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趣味のキルト展

キルト1


 へえ~、と思うことがある。玄人はだしという言葉があるが、趣味で始めたことが、やがてプロ顔負けの技を、いとも簡単にやってのけることがしばしばある。もちろん、私のような盆暗には望むべくもないが、そこには人知れない、それへの興味というか執着と努力があることだけは確か。それがまた、技術や奥行きを深めてゆくのだろう。




 先日、甲府市内の総合市民会館でご婦人たちの趣味のグループが開いたキルト展を見せていただいた。普段なら私ごときの野暮天が覗く所ではないが、麻雀仲間でもある高校時代の同級生の奥さんの作品発表とあって喜んで足を運んだ。そこには所狭しと、メンバーの作品が並んでいた。


キルト2



 まさに、へえ~、である。キルトはアメリカやメキシコ、スペインなどの専門店やお土産物屋さんで何度も見たことはあるが、そこで見た≪商品≫と優るとも劣らない作品がずらり。グループの作品発表の場なので作品の脇には出展者の名前が。野暮天の私をいざなってくれたご婦人は同級生の奥さんだから、言わずもがな70歳を超している。


キルト4


 普段は日本一の葡萄の産地・山梨県勝沼町で一丁五反もの葡萄園を栽培するご主人を支え、一年を通しての果樹園の仕事と、シーズンには直売所で観光バスやマイカーでやって来るぶどう狩りのお客さんを見事にさばいてみせる。文字通り内助の功を発揮するのだ。私と同じように、どちらかといえば麻雀しか取り得のないご主人とは、ここから先が違う。




 忙しい畑仕事の合間を縫ってキルトの趣味グループで頑張っているのだ。何年ぐらい続けているかは定かではないが、2年や3年ではないことだけは確かだ。このご婦人、そればかりではない。書道は師についてもう何十年と習い、今では師範格の腕前。毛筆でも硬筆でも、それは見事な字を書く。ご主人はお酒を飲まないのだが、私達、男どもが麻雀や酒に現を抜かしている間に、さまざまな趣味と取り組み、力をつけているのだ。同じ麻雀仲間に限ってみても、定年でその職を後進に譲った元特定郵便局長夫人はピアノの先生、清涼飲料の販売会社を営むオーナー夫人は日本舞踊の師匠。いずれも趣味の域を超えている


キルト3


 キルト展の会場には男性客は珍しい。そんな中で私のような野暮天がもう一人。




 「やあ~、お久しぶり。あなだも義理のお付き合い?」。




 「そうですよ。女房の下働き。小間使いみたいなものですよ」。



 調子に乗って野暮天などとは失礼千万だが、この方は私がサラリーマン現役時代お付き合いをさせて頂いた電力会社の幹部で、実はこのキルト展の主催者、つまり先生のご主人だった。「かみさんの意向を聞いて作品の額を用意したり、展示作業を手伝ったり。いわば小遣さんです」。そのお人柄だろうか、まんざらでもなさそうにニコニコしながら話してくれた。



キルト5


 キルトはヨーロッパの寒冷地で保温着として生まれた。布地の有効利用のために余り布を繋いで作ったのが始まりだという。日本では、この展示会のように多色の布を縫い合わせたパッチワークキルトが主流だそうだ。その織り成す変化は無粋者でも見ていて楽しい。




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いびき

ネコ


 「お父さんねえ、うちのミーコ(猫)、今朝起きたら玄関先で気持ち良さそうに、いびきをかいて寝ていましたよ」



 「バカ言え。お前じゃああるまいし、猫がいびきをかくか」


ミー子


 ミーコとはいつの間にか我が家に住みついた野良猫だ。大分前のことだが、女房とそんな話をしていたら、このブログにお出でいただく「なめネコれお君の母」さんから、たまたま、こんなコメントが。


 「・・・。パソコンを叩いている脇でれお君(猫)がいびきをかいています。・・・」




 やっぱり、うちのかみさんの話は、まんざらの冗談ではなかった。勝手に住みついた野良猫と、恐らく居間の中で我が子のように可愛がられている猫の違いがあるにせよ、そのいびきの様を想像しただけでも愛嬌があって可愛いい。思わず笑ってしまいたくもなる。


ミー子2


 転じて、うちのかみさん、こうして私がパソコンを叩いている後ろのベッドで、それは見事ないびきをかいてみせる。猫のいびきと違って、お世辞にも可愛いいとは言えない。しかし、このいびき、なにも今日に始まったものではないから、それ程気にもならない。ところが、突然、そのいびきが止んだと思ったら「お父さん、何時までパソコン、叩いているんですか。眠れないじゃあありませんか。早く電気を消して寝てくださいよ・・・」




 「バカめ。自分のいびきを棚に上げて勝手なことを言うんじゃないよ」と心のうちでは思うのだが、それを言ったところで仕方がない。「分かった、分かった。もう寝るよ」と、適当にあしらってパソコンを叩いていると、またいびきが・・・。天下泰平である。


1


 うちのかみさんのいびき、それは半端ではない。時にはまるで地響きのようないびきをかく。でも人間、慣れとは恐ろしいもの。一緒に寝ていても子守唄にも聞こえるから不思議。とは言っても、それを気にも止めず、腹も立たないと言ったらウソになる。翌日の事を考え、一刻も早く眠らなければならない時だ。そんな時、私にはちょっとした≪処方箋≫がある。指先で肩を押し、身体を横向きにさせれば、いびきはピタリと止む。かみさんも無意識ながらも、それを知っているのだ。




 いびきは横向きにうずくまった状態ではかかない。反対に仰向けに寝ると顎が上がり、生理的にもいびきをかき易くなるのだそうだ。かみさんのいびき、お尻を大きくし、我が家での存在感を増すに連れ顕著に。連れ添ってもう50年。それが証拠に20年前、30年前、ましてや新婚時代は、こんないびきはかかなかった。加齢に従ってだんだん温厚になる亭主族とは裏腹に女房族は、どんどんしたたかになる。憎らしくなることもあるのだ。


夫婦


 千葉県の柏にお住まいで山梨の我が家にも時々遊びに来る知人が、お酒を酌み交わしながらこんなことを言ったことがある。「女房のいびきに付き合いきれない時は別の部屋に寝るんですよ・・・」。この方は、かみさんの学生時代の同級生のご主人。いびきの主の共通点は≪体格≫がいいこと。もう一つは屈託がないというか物事に大らかな性格の持ち主だ。女性のことは分からないが、男の場合、総じて私のようなデブの方が、いびきが大きい。




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ワイドショー

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 私たちが住む国・日本は、そんなに悪い国だったのか…。「政治が悪い」、「社会構造に欠陥がある」、「医療システムが未熟だ」…。落ち着く所は大方、「政府が悪い」、「政権がダメ」、「総理の指導力の欠如」である。




 テレビのワイドショー番組は毎日、コメンテーターと称する方々をお呼びして、コロナウイルス感染症をテーマに体制批判の大合唱。テレビの前で、アホ面して観ているお気楽オジサンは「そんなに馬事雑言を浴びせなくても…」、と思う一方で、いつしか「そうなんだ」と思い込む。メディアは魔物だ。体制批判の大合唱は世論調査にも敏感に反応するのである。案の定、内閣支持率は急落した。

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 二か月も三か月もテレビのワイドショーはコロナ、コロナの毎日。よくも同じテーマで番組が作れるものだ、と感心したりもする。でもタネあかしは簡単。毎朝の新聞をネタにして「ああでもない、こうでもない」と、やっているに過ぎない、と見るのは、お気楽オヤジの単なる藪睨みか。




 そんな藪睨みで番組を見ていると、お気楽オジサンでも«気付く»ことがある。タレントのMC(司会者)は台本に添ってかどうかは知らないが、コメンテーター氏に順繰りに質問を振ってゆく。コメンテーター氏は、いかにも自信たっぷりに論評・評論を展開する。その内容は今朝、オジサンも茶の間で見たような気がする新聞の記事や論説を基に喋っているのだ。




 中には「報道によると…」と前置きする先生もいるが、ほとんどが、その日の新聞記事を拝借?自分の主観を前面に得々と述べるのである。つまり、多くが取材の痕跡はない。内容は「あれも悪い、これも悪い」。その矢面は体制批判。政府や関係省庁は、それに怒らないことを知ってか、言いたい放題だ。オジサンたちは新聞やテレビでしか情報を得ることが出来ないのだから「へえ~」と丸呑みするしかない。新聞やテレビから流されてくる情報は「正しい」とハナから思っているからだ。

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 やれ緊急事態宣言だのステイ・ホームだのと日常生活が制約され、会合、会議はむろん、仲間との飲み会もなくなってストレスが溜まりがちなお気楽オジサンもコメンテーター氏がやってくれる体制批判は痛快にも聞こえるから不思議。逆から言えば、そんな大衆心理を番組を作る側も計算に入れているのかも。自らの情報網や自らの«足»で集めた情報を基に話すタイプと比べると過激とも思える体制批判をするコメンテーター氏の方が、視聴者のウケがいい?らしい。




 ひと頃、医療現場も批判の対象になった。ところが最近は、なにしろ「正義の味方」。医療現場を批判する先生方は誰もいなくなった。まるで手の平を返したよう。総じてメディアは「いい者」と「悪者」を決めたがる。「コロナウイルスと戦う医療関係者を激励しました」と、航空自衛隊のブルーインパルスが演じて見せたアクロバット飛行を大々的に報じたりもした。時も時。空など見上げている人などいっこないのに…。ここでは「こんな無駄遣いを」とは、なぜか先生方は言わない。国や防衛省・自衛隊に対してだ。




 「〇〇知事がこう言った」、それに対して「〇〇知事がこう反論した」。体制批判に事足りずに、言葉尻を掴んでの論評も。どう見ても建設的とは思えない。非常時というのに国会でつまらぬ政府批判ばかりを繰り返す先生方と同じ。いずれにしてもテレビのワイドショーは、来る日も来る日もコロナ一色。チャンネルを変えてコロナ以外の番組に出会うと何故かホッとするのは私だけか…。




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どっこいしょ

腰痛2


 「いっせいの~」、「よいしょ」、「どっこいしょ」…。一見、何の意味も持たないような、こんな言葉が一瞬とは言え、思はぬ「力」を発揮させるのだ。そのためにあるのかも知れない。「いっせいの~」はみんなで気脈を合わせる時などに使うし、「よいしょ」は重いものを持ち上げたり、動かいたりする時に使う。綱引きもそう。その使い方に老若男女は関係ない。しかし、「どっこいしょ」は«高齢者用語»と言ってもいい。子供や若い方々には縁がない。




 最近、その「どっこいしょ」が女房から口をついて出るようになった。テーブルから立ち上がる時などにフと出る言葉なのだが、そんな時、「ああ、女房も歳を取って来たのだなあ~」と内心、思ったりもする。「お前はどうだ?」。私の場合は、もう何年も前から、その現象が。でも口に出さないようにしているだけだ。女房も「どっこいしょ」と言った後、思わず照れ笑いをするのである。




 女房は私と二つ違いの76歳。この2月に新しい歳を数えたばかり。いたって丈夫で、これと言った持病がある訳でもなく、足腰も不具合を訴えたことはない。あえて言うなら、昨年ちょっとした弾みで転んで肩の骨を痛め、それが元で、今度は反対側の肩を痛めた。入院による手術治療を強いられた。私にもシワ寄せして不自由な生活を余儀なくされたことは言うまでもない。考えてみれば、これだって「高齢化現象」の前兆かも。


病院3

 みんなそうかも知れないが、我が女房殿、自分が好きだったり、考えたことだったら、有無を言わずに行動する。陶芸、絵画、ペン習字などの趣味。体操教室にも行く。甲府に離れて住む孫娘を気遣って、頻繁に飛んでも行くのだ。ただ、飽き易いことも確かで、どうやら陶芸や絵画には、今はご執心ではないらしい。




 体操教室だけは長続きしている。もう10年ぐらい続いているだろうか。話に聞けば、この体操教室は、若い人たちのエアロビックスや新体操のようなものではなく、屈伸や跳躍、指圧など体の機能調整のようなもの?らしい。それを女性の先生の下で、ご婦人たちがゲーム感覚でやるのだそうだ。「2時間、3時間、それをやっている時はきつく、汗だくになるけれども、後がスッキリするのよ」。女房は、いつもそんなことを言う。



そんな体操教室だからか受講者は年齢の高いご婦人ばかりらしい。何事にも飽きやすい女房が10年前後も続けているのだから、それなりの効果を実感しているのだろう。



 

私も職場をリタイアして今の田舎の実家に戻る前の数年間、それまでの住まいがあった甲府で何年かスイミングプールに通ったことがある。634歳の頃で、狙いはダイエット。泳ぎもさることながら、プールの中を歩く有酸素運動?である。足腰などに負荷をかけ、減量を図ろうというものだ。25mのプールを40分ぐらい懸命に歩き、2300mぐらい泳いだあと、ジャグジンの温泉風呂でくつろいで帰るコースであった。


プール

 その頃は、足腰の衰えなど全く実感しなかった。それから10年ちょっと。あっちこっちに故障が。60の半ばと比べ、ウソのように体が傷んで来る。女房の「どっこいしょ」が、その前兆であって欲しくない。




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ブログは肝臓の良薬?

パソコン


 六十の手習いならぬ六十五の手習い。遅蒔きながらパソコンを覚えて12年。親しい友に«おだてられ»てブログを始めたのが10年ちょっと前。そのパソコンやブログが今は、私にとって欠くことの出来ない存在になった。




 朝起きて第一にやるのはパソコンを開くこと。前の晩のメールを確認した後、ブログを開く。訪問者のブログを読ませていただくのだ。その内容は共感したり、感動させられるものばかり。その日の何気ない出来事をさりげなく綴ったものもあれば、野鳥やその時々の花を紹介しているものも。見事なカメラワークとシャッターチャンスで捉えた写真は、朝を一層爽やかにしてくれるのだ。



 政権の在り様をこっぴどく批判してやまない硬派のブログもあれば、シリーズで我が国の歴史をズームアップして解説してくれるブログもある。コラムニストよろしく小気味よく?世相を切って見せるブログも。勉強させられることがいっぱいだ。愛犬、愛猫のブログも少なくない。そこからは我が子のように可愛がっている飼い主の日常がいやが上にも伝わって来る。音楽や読書、釣りなど多岐にわたる趣味…。女性らしい美容やファッションについてのブログも。競馬は予想や結果を解説してくれる。




 職場をリタイアした後、毎週末のように、石和温泉郷の一角にある場外馬券場に通い詰めた。«遅ボケ»の競馬だ。女房には嫌がられたが、「やると決めたら、とことんやるさ」とばかりアホなこともした。同じ類。同級生で、勝沼のブドウ作りの篤農家や郵便局長さんもいた。でも今はやっぱり«足»を洗ったらしい。それが証拠に酒の席でも、そんな話は出ない。


競馬


 勝負事など総じて遊びは熱病にも似ていて、それが覚めると「そんなこともあったなあ~」と思うから不思議。懐かしい競馬に関わるブログを拝見しても「昔の虫」が起き上がらない。そんな男のロマン?や心の変化は、女房には分かるはずがない。




 毎日、お出でいただくブログを拝見するのは、むろん時間がかかる。朝と夜に結構、時間を分けて読ませていただくのだが、二日がかりになってしまうこともしばしばだ。




 「お父さんはタブレット端末で遊ぶチビちゃんと同じで、パソコンがいい玩具ね」




 台所で夕餉の片付けをしながら、タブレット端末のアニメに夢中の孫娘を横目にそんなことを言う。孫娘は、この4月で7歳になった。大人の眼からすれば、どうして、あんなにアニメに夢中になるのか分からない。いつの間にか操作の仕方を覚え、自分で探すのだ。




 考えてみれば、女房が言うように、自分だって幼い子供と同じようなものかも知れない。ひと頃までは、時間にかまわずに飲んでいた晩酌も今ではさっさと切り上げ、パソコンの前へ。当然のことながら、酒量も格段に減った。«上戸»とは、習慣で大きくもなれば小さくもなる。もちろん歳のせいもあるのだろうが、無尽会などの酒席でも。お蔭で、ひと頃は当たり前のようにあった二日酔いは最近、全くない。むろん、この数か月はコロナウイルス騒動で無尽会も、みんな中止だ。


パソコン


 我が«肝臓君»も楽をしているに違いない。肝臓にとってパソコン遊び?は良薬になっていることは確かだ。毎晩の晩酌のたびに「その位にしたら…」の女房のお小言も今ではウソのよう。代わりに「パソコンは目に悪いわよ」のお小言が。ことごとくのお小言。女房とはありがたい?ものだ。




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あなたは性善説?性悪説?

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 親が子供を虐待したり、果ては殺してしまう。反対に子供が親に暴力を振るったり、平気で殺す。先頃、死刑判決を受けた男は障害者施設で、入所者を手当たり次第に手にかけて大勢の尊い命を奪った。「障害者など、この世の中にいらない」。考えられない短絡的な動機だった。かなり前の話だが、殺人の動機を「人を殺してみたかった」と平然と言ってのける若者も。«動機なき»通り魔無差別殺人も後を絶たない。虐待の親を除けば、いずれも若者だ。




 一体、この世の中、どうなっているの?人間だったら誰だって首を傾げたくなる。意見の食い違いで、口論になり、場合によって殴り合いの喧嘩になることはある。でも、どこかで、理性が働く。それ以上やってはいけないと無意識のうちにもブレーキがかかるのだ。人間ならば、誰もが持ち合わせている真理。だから世の中の秩序が成り立ち、社会が回っているのだろう。




 昔は、と言ったら、懐古趣味に聞こえるかも知れないが、誰だって目に入れても痛くないはずの可愛い我が子を虐待し、ましてや殺したり、自分を産んでくれた親を殺すようなことはなかった。もしあったとすれば、自らも病弱で、年老いた親の介護に窮した挙句、ぎりぎりの選択として涙ながらに手をかけてしまうケースだ。もちろん、人を殺める行為を肯定出来るものではないが、同じ人間として一抹の同情は出来る。

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 「個」の尊重。この行き過ぎた結果が、時代背景にあるような気がしてならない。ひと頃流行った「自己虫」などと言う言葉は、その象徴と言えないか。もちろん、個の尊重が悪いということではない。むしろ、「個」を大事にすることによって人間一人一人が持つ計り知れない能力を引き出していく。全体という大枠でくくったら、それを潰してしまうことだってある。ただ「自己虫」の«繁殖»は何処かに原因が…。



 言ってみれば、世の中、その両方のバランスの上に成り立っている。世の中の全てに言えることだろうが、物事がバランスを崩した時、往々にして、あってはならないことを惹き起こす。いずれにせよ、教育は一歩間違うととんでもない方向に人間を導くことは確かだろう。




 人間性善説と性悪説というのがある。古く紀元前の中国で荀子が唱えたのが性悪説。孟子の性善説に対抗した説だそうだ。対抗というより、発展させたと言った方がいいのかも知れない。つまり、孟子は「人間の本質は生まれながらにして善」という。




 荀子が言う性悪説は、その反対。さてどちらが正しいのか。その答えはないのだろう。何故なら2000年以上も、これに答えを出した者はいないからだ。永遠に答えが出ない論争であり、答えのない論争なのだろう。

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 私は心情的には孟子の性善説かも。私たち人間の本性は、少なくとも生まれながらには「善」であって欲しいからだ。一方で、無邪気に遊ぶ孫娘を見ながら、人間、元々は我儘で、悪いことも辞さない、いわゆる「悪」の本性を持っているのではないか、と思うこともある。自らの欲求が満たされなければ泣きわめく。いたずらや、いじめもその一つ。無邪気と言えばそれまでだが…。そんな子供も成長と共にみんなが「善悪」をわきまえるのである。




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人間の運命

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 人間、歳を重ねれば、身体のあちこちに故障を生ずるのは、いわば必然。私のように普段、不養生な人間ほどそれが顕著で、お医者さんの診察券が年ごとに増える。虫歯や歯周病などの歯科、腰痛治療の整形外科、もう通院が長く、持病と言ってもいい心房細動の循環器内科…。最近では白内障の眼科や、頻尿で泌尿器科も加わった。頻尿は間違いなく高齢化現象だ。




 女房が見つけて来てくれたビニール製の診察券入れは保険証を含めて満杯。歯医者さんや泌尿器科のように開業医もあれば、心房細動や腰痛などの総合病院もある。この診察券、少ないうちは窓口で一枚ずつ出していたのだが、最近では、それが面倒になってケースごと丸投げする始末。受付嬢も、そんな開き直りを理解してか、笑って処理してくれている。

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 虫歯や歯周病など歯科の病は、治療してもらえば、すぐよくなる。痛い思いをして我慢していた自分がアホらしく思えることさえあるのだ。そんな経験をしたのは私だけではあるまい。ただ、限られた自分の歯が一本、また一本と消えて行くことだけは確か。ふと寂しい思いをする患者をよそに、歯医者さんは、こんなことを言う。





 「歯は人間にとってモノをかみ砕いて食べる機械。故障したり、役に立たなくなったら取り代えればいいんです。悪い歯を後生大事にしているのは意味のないこと。義歯にした方がよっぽど合理的。もっと言えば、総入れ歯の方がずっと具合がいいんです」





 「他人(ひと)のことだと思って…」と一瞬思うのだが、確かにそうかも知れない。



 しかし、心房細動(不整脈)や腰痛はそうはいかない。心臓を取り換える訳にはいかないし、腰の骨だってそうだ。そんな病だって治療はピンからキリまで。医学の進歩で、かつては手術に困難を極めた疾病でも簡単な手術で完治するケースだって珍しくなくなった。

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 心房細動。いかめしい病名だが、何のことはない。心臓の血管が局所的に細くなり、血液の流れを阻害する疾患だ。正常な心臓は規則正しく脈を打ち、弛むことなく全身に血液を送ってくれるのだが、そのパイプが痛んで、細くなっているから勢い、血液の流れを悪くし、正常なリズムを損ねる。いわゆる不整脈の現象を起こすのである。





 血液は空気に触れたり、一定のリズムで流れていないと凝固する。その血液の塊・血栓が心臓に飛びつけば心筋梗塞、脳に飛びつけば脳梗塞を発症するのだそうだ。その治療は今では簡単に出来るようになった。足や腕の付け根から動脈にカテーテル(管)を入れて、心臓の細くなった血管にバルーンを。生死を分けかねない心臓切開手術は昔のこと。今は全身麻酔もなく、しかも患者にライブの映像画面を見せながら、2時間前後で手術を済ましてしまうのだという。





 「だったら、お前もその手術を受ければいいじゃないか」



 誰もがそう仰るに違ない。そこに人間の運、不運が。主治医によれば、私の場合「欠陥部分が今の医療技術だと手術が困難な所にあって、その成功確率は70%。つまり30%のリスクを承知で手術は出来ない」のだという。





 主治医は言う。「血液がサラサラになる、この薬を飲み続けて下さい」。万一、薬が効かなくなったらオレはアウト?それはないよ…。でも、遺伝なのか親父も心筋梗塞を発症、70歳台半ばで逝った。人間ドックが今のように普及していなかった親父の世代。心房細動などという疾病すら一般的に知られていなかったに違いない。





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タンポポの花

たんぽぽ


 コロナ、コロナで大騒ぎしている人間どもをよそに自然界は新緑から青葉の季節へと着実に移行しつつある。窓越しの富士山も、どんどん雪化粧を落として、筋状に青く地肌を見せ始めた。雪解けと残雪がもたらす「農鳥」が今年も姿を現して、ほぼいつもの年のリズムで夏へのステップを進めている。先頃は遠く沖縄地方からは梅雨入りの便りが。




 庭先のツツジは、いつの間にか花を落とし、サツキへのバトンタッチを待つ。真っ白い大小の花の競演を見せてくれたコテマリとオオテマリは一足早くコテマリが茶色く顔色を変えて、オオテマリに後を託した。その脇では真っ赤な薔薇が順繰りに花を付ける。薔薇の種類は豊富で、赤もあれば、白や黄色、ピンクも。ビロードもある。多彩な表情を見せる一方で、鋭いトゲを持ちながらも人に愛される、こんな花は他にあるまい。


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 世界中を混乱のるつぼに叩きこんだコロナウイルス騒動は別としても、日常、ことある度に一喜一憂する人間。泣いたり笑ったり、時には些細なことで罵り合いまでして見せる人間どもと違って、自然界は全てに動じることなく、泰然自若を貫くのである。ウイルス一つで、世界中の人間が慌てふためき、それが原因で猜疑心を呼び、犯罪まで惹き起こす愚かな人間どもを尻目に自然界は、まさに«他人(ひと)事»とばかり、ものともしないのだ。




 そんな自然界の片隅で、短い春を謳歌して来たタンポポ。黄色い花びらをすっかり散らして、白いダウンのような種を付けている。ちょっとした風にも舞い、人知れずどこかに飛んでいく。その行く先は風の向くまま。落ちた先が新たな子孫繁栄の出発点になるのだ。

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 桜やツツジ、サツキ、バラ、チューリップ、コテマリやオオテマリ…。確実に、その折々に存在感を放つ花々と違って、タンポポは極めて控えめな花だ。植え込みの樹々のさもない根元や畑の淵、野辺の片隅で、ひっそりと花開き、やがては風に舞って跡形もなく消える。




 そんな地味な花なのに、タンポポを知らない人はいない。田舎暮らしだとか、都会暮らしに関係なく、何故かタンポポは人の心を捉え続ける花なのだ。私の場合、田舎生まれだから、小学校の帰り道でもタンポポの花を摘んで遊んだ。道から逸れて桑の実を食べたりするのと同じ。そこには男の子、女の子の区別もなかった。わんぱく小僧をも惹きつけるのである。




 実は、そのタンポポに«異変»が起きて久しいことをご存知か。在来種の日本タンポポが姿を消して、西洋タンポポに代わっているのである。少なくとも果樹地帯のこの辺りでは日本タンポポはお目に掛かれない。茎が短く、いかにも控えめなタイプの日本タンポポに対し、西洋タンポポは茎が長く、花も含めて全体的に大柄。葉っぱのギザギザも顕著で、見るからに逞しい。




 日本タンポポから西洋タンポポへのチェンジは農薬のなせる業に他ならない。農薬(除草剤)によって駆逐され、輸入肥料や飼料に交じって持ち込まれた逞しい外来種にその座を奪われたのである。強いものだけが生き残る。これが自然界の掟なのだ。コロナウイルス一つで世界中が右往左往する人間界を、したたかな自然界は、あざ笑っているに違いない。アメリカなのかヨーロッパなのか知らないが、外国からやって来たタンポポはしたたかだ。




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パソコンに向かっている時間

 机に向かっている時間、正確にはパソコンに向かっている時間と言うべきなのだろうが、そんな時間が長くなった。


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 「お父さん、子どもの頃から、これほど熱心に机に向かえば、さぞかし、今頃は博士か大臣か、でしょうね」


 近くでわたしの晩酌の後片付けをしていた女房が、皮肉混じりにこんな軽口を叩いた。



 「お前、俺の子どもの頃なんてよく分かるじゃあないか」



 「分かるわよ。もう50年も夫婦、やっているんですもの。お父さんがそんなに勉強しなかったことぐらいお見通しよ」


マウス


 確かにそうだ。パソコンを覚えて14~5年。特に、このブログを始めて10年以上。暇さえあれば机に向かっている。自分でも不思議に思うくらいだ。コロナウイルス感染症騒動で外出の機会を失ったこの数か月は特に顕著だ。インターネットはおろか、パソコンすら触ろうとしない仲間達は「歳とって、そんな肩の凝ることを・・・。第一、目に悪いよ」と、笑うのだが、とにかく惹かれるのである。




 肩が凝るのは今に始まったことではないから、このパソコンが原因じゃあない。もう一つの目もくたびれない。夜、遅くなっても、案外、眠くならないのである。言葉には出さないが、女房が言うように、子どものころこれほど熱心に机に向かっていたら、俺の人生が変わっていたのではと、正直思う。


鉛筆


 考えてみれば、子どもの頃、こんなに意欲的に机に向かったことも、いわんや勉強したこともなかった。女房の言う通りだ。今の教育ママと違って、親達もたくさんの子どもを抱え、生活そのものも楽ではなかったからか、子ども達にそれほど「勉強しろ」などと言わなかった。そんな暇もなかったのだろう。それが幸か不幸か・・・。



 宿題をしていかないと明日、先生から怒られるので、仕方なく机に向かうのだが、これまた昼間の遊び疲れで、すぐに眠くなるのだ。そんな事を繰り返しながら中学、高校へ。3年生になる頃になって大学受験を意識して「これじゃあ困る」と、自覚?にも似た心境になるのだが、その体質が一夜に変わるはずもない。面白くないから、また居眠りだ。




 ところがどうだ。これまでだらだらと飲んでいて女房から嫌がられた晩酌も、さっと切り上げて机に向かうし、お酒を飲んで午前様で帰っても一度はパソコンに向かう。メールやブログを開き、留守中の訪問者にコメントを返すのだ。



 「お父さん、今何時だと思っていらっしゃるの。眠れないじゃない。早く電気消して、寝てくださいよ」



 女房がうるさいから、仕方なく止めるのだが、このうるさいヤツがいなかったら・・・。



 何事にも言えることだろうが、興味を持つということは恐ろしいものだ。矢印マークやハンドマークを動かしては手当たり次第にクリック、そこにまた「へえ~」と思える発見が。ブログ記事のカット写真を作るため、デジカメも持ち歩くようになった。若い頃、仕事にも使ったアナログのカメラは押入れの中だ。レンズの先の視点も変わった。




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薀蓄のある言葉

 「いればうるさい、でも、いなきゃ寂しい」
女房のさりげない一言だが、言い得て妙。大げさだが、薀蓄すら感ずる。亭主とは、また、夫婦とは、よく考えてみればそんなものかもしれない。

夫婦

 この言葉は、今は家を空けることなど以前と比べればめっきり少なくなったのだが、それでも仲間との一泊二日、二泊三日の小旅行、飲酒運転が出来ないので宿泊形式でする忘年会や新年会、それに、今こそなくなったが、徹夜マージャン、そんな時の女房のちょっとした台詞だ。むろん、コロナウイルス禍の今、旅行もなければ、同級会などもない。




 若い頃というか、サラリーマン現役時代は、そんな蘊蓄めいた事を言ったり、ましてや感心したりしている心の余裕や暇はなかった。朝起きれば決まった時間には家を飛び出し、帰宅する夜も遅い。時には午前様だって珍しくない。それが当たり前だから、正直言って家も女房も省みたことはほとんどなかった。


夫婦#12860;

 仕事が終われば、仲間と居酒屋へ。仕事をめぐって青臭い議論もすれば、上司や先輩を酒の肴に愚痴も言う。はしごの先に行き着くところはマージャン荘。そこから先はお決まりの午前様。家で待っている女房達はともかく、自分たちにとっては格好のストレス解消策だった。そんな事を繰り返していても疲れなかったし、逆に生き生きしてさえいた。もちろん、振り子のような規則正しい人間もいないわけではない。が、そんなバカなサラリーマンが多かったことも事実。

サラリーマン
 こんなことを言ったら世のお父さん、お母さんから白い目で見られ、ひんしゅくを買うかもしれないが、ここで白状すれば、一人娘が顔を見るたびに、大きくなるのがよく分かった。仕事柄、朝や昼、夜が不規則だから、幼い娘の顔を見ることが少なかったからだ。娘側から見れば、私は時々来るどこかのおじさんみたいなものだったのかもしれない。
子供
 こんな事があった。娘が幼稚園の頃だっただろうか。ある日曜日、娘が友達の家に行ったら、そこには、お友達のお父さんがいて、子ども達と一緒に犬小屋を作り、一緒にインスタントラーメンを食べた。それが、うちの娘にはびっくりするほど特別の事に映ったのだろう。家に帰った娘は母親である女房にそのことを話したという。




 ハッとした。これじゃあいけない、と思った。それからは、時間を見つけては少なからず娘と遊ぶことを心掛けた。休みをやりくりして海にも行った運動会幼稚園の父親参観にも顔を出してやった。その時の、娘の嬉しそうな顔を今でも忘れられない。その娘が今では、このブログ作りやパソコンの先生の一人である。その子、つまり孫はそのころの娘の年齢を超え、小学一年生だ。




 夢中と言ったら大げさかもしれないが、そんな若かりし時期、女房だって「いればうるさい、いなきゃ寂しい」なんて、感傷的なことを言っている暇もなければ、余裕もなかっただろう。そうとは思いたくないが、歳をとった証拠かもしれない。それにしても、夫婦とは空気のようでいて、空気ではない妙なものである。

夫婦3



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やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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