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どんど焼き

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 私だけかもしれないが、一年中で時があっという間に過ぎるのが正月のような気がする。三が日、七日正月が過ぎたと思ったら、もう小正月。何事にも「今年こそは」と心を新たにした元日が昨日のような気がする。考えてみれば「今年こそは、今年こそは」と言いながら一年が過ぎ、今にいる。人間とはそんなたわいもないものかもしれない。しかし、そんな短い一年という空間の中で人間何をするか、何をしたかを問われるのかもしれない。




 七日正月と言えば七草粥、小正月、つまり十四日正月と言えば、どんど焼き。この地方では道祖神祭りの一環である。その風習は地域によって異なるが、私たちの地域・山梨市のこの辺りでは「きっかんじょ」と言って子ども達が灯篭を持って各戸を回り、その後で「どんど焼き」をする。各戸を回る子ども達には、それぞれの家でご祝儀を包む。


どんど焼き


 「きっかんじょ」の灯篭は立方体で、子ども達はその時代、その時代に合った文字や絵を書き込む。今も昔も変わらないのが「家内安全」。私たちが子供の頃、灯篭の四面のうち一つに必ずあった「五穀豊穣」の言葉が姿を消して「交通安全」が。競って大きな灯篭をつくり、担ぐ形態だったものが当たり前の時代から、その灯篭は小型化したばかりか、いつの間にか手提げに。しかもそれを持つのは、主役のはずの子ども達ではなく、付き添いのお母さんたち。重い?ものは親が持ってやるのである。




 「五穀豊穣」の五穀は、言うまでもなく米、麦、粟、稗、豆(大豆)。今の子供たちは米、麦、大豆は知っていても粟や稗など知るはずがない。もっともこの五穀は時代によって変化する。この辺りはかつての米麦養蚕の農業形態から一変、果樹地帯に変わって久しい。しかも勉強優先の親の教育も影響して家業の農業を手伝うことをしない子どもが多いから、粟や稗どころか米や麦すら知らない子ども達だっていっぱいだろう。「五穀豊穣」などという祈りの言葉は、子供達にとって「そんなの関係ねえ」ことかもしれない。




 子ども達が各戸を巡回する「きっかんじょ」が終わると「どんど焼き」が始まる。所は地区のふれあい広場。広いスペースの中央にストームが築かれ、午後7時半を期して点火される。真っ赤な火が夜空を焦がすのだ。見上げる火柱の先には満天の星が。田舎に生活していても普段こんな綺麗な星を見たことはない。一等星もあれば、ニ等星、三等星も。冷え込んで空気が澄んでいるからひと際鮮やかに見える。


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 三々五々集まった大人も子どもも赤々と燃える大きな火の周りを取り囲む。しめ縄などお正月飾りを火の中に投げ込む者もあれば、書初めの文字を燃やす子どもも。数珠状に竹竿に針金で吊るした幾つもの団子を火の中で焼くお父さんもいる。大人には一升瓶のお神酒が振舞われる。火の力とお神酒が手伝って、いつしか身体全体が温まるのだ。


習字  


 「きっかんじょ」もさることながら、この「どんど焼き」もだんだん様変わりしている。自然保護の観点から松飾りの松はなくなり、水田がなくなったから藁束もなくなった。勢い、火種の主役は桃や葡萄の剪定クズ。養蚕もなくなって団子も繭玉を模ったものはなくなり、まん丸に。無邪気な子ども達にとって、そんなことはどっちでもいい。




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道祖神の奇祭

道祖神1


 道祖神村と村の境や村の真ん中、または三差路や村の辻辻に鎮座している。文字通り道案内の神様であったり、村の守り神なのだろう。「村」は「地域」と置き換えた方がいいかもしれない。社のような造りはなく、その代わりなぜか丸石が。男性自身を模った石を祭る所も。天神様や薬師様と明らかに区別できる。私たちの地域では地区のはずれではなく、真ん中、公会堂の脇にある。この表現は逆で、道祖神の脇に公会堂があるのだ。





 私たちが子供の頃は、小正月を前にした七日正月が済むとリヤカーを引いて村の中を回り、松飾りや諸々の正月飾りを集め、道祖神にお小屋を作る。それがどんな意味を持つのかは今も分かっていないが、いわば仮の社かもしれない。門松や藁で作ったお小屋は、雪国の「かまくら」にも似ていて、子ども達はその中で夜を徹して遊びもした。今のようにパソコンもなければ、ケイタイもない。塾もなく、親達も「勉強、勉強」などと言わなかった。悪ガキというのではなく、素朴な田舎っ子達の遊びの舞台だった。




道祖神お札



 このお小屋作りはむろん、十四日正月に定めて行なう「きっかんじょ」祭りの始めから終わりまで子どもたちが運営し、取り仕切った。今のように親達、大人たちの力は借りなかった。今はというと全くの逆。大人がお小屋を作ってやり、お札作りもしてやる。灯篭作りもそうだ。若いお父さんやお母さんの中にはそれすら出来ない人も。お金を出して建具やさんに作ってもらう親も珍しくなくなった。肝心の子ども達の意識も様変わり。自分たちの祭りではなく、親や地域の大人たちに仕方なく付き合っている、というのが実際かもしれない。完全に主客転倒。親掛かりの行事になった。


道祖神2



 道祖神祭りの風習は地域によってさまざまだ。所変われば、そのやり方、中身はみんな違う。若い頃、もっと分かり易く言えば、結婚して間もない27~8歳の頃だった。珍しい道祖神祭りにお目にかかった。今は町村合併で北杜市になったのだが、当時は山梨県の北巨摩郡双葉町と言った。この町のある地域では、私にすれば奇妙な祭りが行なわれていた。恐らく今も続いているだろう。
 



 その祭りとは、男性と女性の性器を餅で作り、道祖神に奉納「おぶっく」として地域のご家庭にお配りするのである。餅は男性が搗き、女性が男女の性器になぞらえた、いわゆるあんころ餅を作るのである。餅の性器は小豆のあんこをまぶしたものだが、それが極めてリアル。神聖な祭りの行事。卑猥な勘ぐりは禁物。みんな大真面目なのだ。しかも、これを作るのは、その地域の新婚さんに限られるというから面白い。しかも檀紙に水引をつけて厳かに包まれた餅(性器)は見事に組み立てられているのだ。それを新婚花嫁が一堂に会して作るのである。




 この道祖神にまつわる奇祭は、双葉町の限られた地域。その地域は「小林」性の家ばかり。つまり、小林性の人たちの祭りなのだ。「子宝」を祈る祭事としても知る人は知る慣わしだという。「毎年、子宝を願う善男善女が全国からやって来る」と話していた。今は鬼籍の人になって久しいが、当時、子宝に恵まれなかった先輩に会社に持ち帰っておすそ分けしたら、その珍しさも手伝って大喜び。因みに、私に一人娘が授かったのもその年だった。




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岩魚の骨酒と二日酔い

 夕べは飲みすぎた。二日酔いで頭がガンガンする。
「あなたはいつもそうなんだから。これからまだ新年会、幾つも続くんでしょう。体も身のうちって知ってるでしょう。まったく懲りないんだから・・・」


酒



 その通りだ。歌の文句じゃないけれど、分かっちゃいるけど辞められないのである。お酒とはこれまた不思議。沢山飲めば、というより自分のじょうごを超せば二日酔いをすることくらいハナから知っている。しかし、それを何十年と繰り返しているのである。二日酔いの朝、それが重度であればあるほど素直に反省し「もうこんりんざい飲まないぞ」と思ったりする。






 ところが、今でこそ今は昔だが、若い頃は街にネオンが輝く頃になると、身体も頭もそんな事をケロリと忘れてしまうのだ。あれほど不快感をもようした身体も快調、快調。元気いっぱい。それから先は言うまでもない。お酒を飲まない人や女房族は「なんて馬鹿な人達だろう」と、蔑みの目だ見るのだろうが、それが男、酒飲みの酒飲みたる由縁である。


酒


 「そんな事が分からねえのか」と、開き直っても見たいのだが、こればかりはその通り。反論の余地がないほど、みんなよく分かっている。「休肝日」という言葉だって知っている。週に何日かお酒を飲むのを休み、肝臓を労わるほうがいいに決まっている。まともな人なら「分かっているのならなぜ」と、言うのだろうが・・・。人間とはらちもない動物なのかも知れない。






 中学時代の同級生達が集まる無尽会。無尽会といっても、あの頼母子講的なものではなく、気心の知れた仲間達がワイワイ、ガヤガヤ、たわいもなく話し、お酒を酌み交わすのである。みんなとっくに定年を過ぎて職場をリタイアしているから出席率は抜群で、月に一度の集まりには14人のメンバーがほとんど全員顔を揃える。





 決まった会場となる街の割烹の店では、この時期だから工夫した鍋物などを出してくれる。酒、ビール、焼酎、ウイスキーなどメンバーの酒肴もさまざま。この日は仲間の一人が岩魚の骨酒を用意して来てくれた。この男は根っからの釣り好きで、地域の漁業組合の幹部も務めている。





 この日のために冷凍保存しておいてくれた岩魚を熱燗の中に入れて飲むのである。岩魚は27~8cmもある立派なものだ。解凍したばかりの物を生のままお燗に入れるのだが、これがまったく生臭くないのである。べっ甲色になった骨酒は味と言い、香りと言い、絶品だ。


お酒


 「どうして生臭くないの?」「こんなでっかいヤツ、どこで釣った?」




 当然のことながらあっちからもこっちからも質問が飛ぶ。そこでまた当然のように、その男の解説が始まるのだ。その解説を肴にまた飲む。本当に、えもいわれぬ程旨いのだから盃が進むに決まっている。そして二次会はお決まりのカラオケ。今度はビールや焼酎。行き着く先は午前様。そしていつもの二日酔いである。明日は別の新年会だ。





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重箱の隅

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 三が日もあっという間に過ぎた。毎日が日曜日の身とは言え、あっという間に過ぎるお正月に後ろ髪を惹かれる思いがする。子どもの頃とは違って、あのなんとも言えないウキウキした心の持ちようは薄らいだものの、やっぱりお正月の気分はいい。なにか晴れ晴れとしていて爽やかだ。

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 心機一転。嫌なことや自分にとって不都合なことは「去年のこと」として忘れようとし、希望を持って新しい年を歩み出す。親しい同級生同士、数年前まで週一回ぐらいのペースで麻雀会を楽しんでいたのだが、いつも負け頭の私なんか、「今年は完敗。来年さ」と成績不良を水に流すのである。M氏も同じようなことを言った。年の瀬とお正月。もっと言うならば大晦日と元日は一晩の違いだが、人の心の持ちようはガラリと変わるのだ。




 ご馳走もお正月に食べればお節(おせち)。もちろん、お節の中身はそれなりの理屈がある。それには重箱を用いたりもする。「重箱の隅を突付く」。お節には関係ないのだが、こんな言葉もある。些細なことまで問題視したり、干渉することを言うのだが、ものは考えようで、「重箱の隅を突付く」ことも意味があるし、突付かれてありがたいこともある。


おせち料理_convert_20110105000523


 何年か前の暮れ、このブログにいつもお出で頂く「柳居子」さんからこんなコメントを頂いたことがある。「傑作の枯露柿」と題して書いた枯露柿作りの記事で無知の上にパソコンに頼りすぎの変換ミスが手伝って「硫黄燻蒸」とするところを「硫黄薫淨」としてしまったのが事の起こり。




 「変換ミスの傑作ともいえます。其れらしく思わす言葉ですが、硫黄が付くとやはりそれで通すのは無理のように思います。おせちの重箱をつつく様なコメントで失礼しました。 (後略)」



 いやいや、どうしてどうして。「重箱の隅をつつく・・・」などととんでもない。当の本人が間違いに気付いていないのだから、指摘を受けなければ、ずっとそのまま。自らの間違いに一瞬ドキッとし、その次には感謝の気持ちに。人の間違いを見てみぬフリをしたり、正そうともしない風潮がある中で自分もかくありたいと思ったりする。

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 「柳居子」さんとはブログを通じたインターネット上の知り合い。もちろん面識もない。私もちょいちょい、この方のブログ(柳居子徒然‐楽天ブログ(Blog))にお邪魔するのだが、京都にお住まいで、私と少なからず同年輩のよう。ただ違うのは、すこぶる勉強家で、歯に衣着せぬ言い方をする。だから分かり易くていい。




 その一方で気配りもしてくれる。コメントの中身によって送信を分けるのである。私の無知を気遣ってか、今度のコメントはオープンではない「管理者のみ閲覧」に。だから、それをコピペして、このブログに書いてしまったらお叱りを受けるかもしれない。お屠蘇気分の抜けない人間の戯言とお許し願いたい。


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 三が日が過ぎて、もう七日正月。七草粥だ。お節も飽きて、さっぱりしたお粥の方がいい。第一、お節の重箱は空っぽになった。突付くものがなくなった。




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恩師のご高説

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 「おい、始まったよ。今年もご高説をお聞きするか・・・」


 「若者風に言えばKY(空気読めない)といったところかねえ・・・」



 母校・日川高校の新年同級会にお招きした恩師のご挨拶が始まると会場のあっちこっちで昔の悪ガキが聞こえよがしに、ぼそぼそ。毎年のことながら、この恩師先生のお話は長い。お話というより授業さながら、黙っていれば、いつまでも続くのである。

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 いつもの年なら恩師先生のお話をお伺いしてから「乾杯」して宴に入るのだが、今年の幹事さん、空気を読んで「先生のご挨拶は宴に入ってからお伺いすることといたしまして」と、まずは乾杯。「それがいい。それがいい」と素直に同調する者もあれば、お屠蘇気分も手伝って「そりゃあまずいよ」と混ぜ返す者もいて和気あいあい。





 この恩師先生は国語の先生。出身は甲府一高だが、「オレは日川のヤツ等が大好きだ」と言って毎年1月2日に日川高校前のすし屋さんで開くこの新年会に欠かさず出席してくれる。88歳・米寿を迎えた。でも教え子の私たちと一回り(12歳)しか違わない。若形で、座敷の真ん中に陣取っていなければ、同級生の一人と言っても分からないほどだ。むしろふけ形の教え子より若く見える。



 お話は毎年、干支のご高説から始まる。無駄口や隣同士、ボソボソ話している者がいようものなら「コレ〇〇、黙って聞け。人の話はちゃんと聞くもんだ」と一喝。乾杯が済んだとはいえ、ここでも幹事さんはヤキモキ。いつものように長くなると、みんなの近況報告の時間がなくなるからだ。お歳をお取りになっても勉強家の先生だからお話そのものは面白い。


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 幹事のブレーキも手伝ってお話が終わると、仲間たちの近況報告。しかし「人の話はちゃんと聞くもんだ」といっていた恩師先生は、どうやら聞く耳持たぬありさま。新年会と言っても当世車事情からお酒を飲めない仲間たちもいる。私のように差しつ差されつ存分に呑んでしまうものもあれば、ウーロン茶で最後まで通す者も。こんな醒めた仲間の反応は厳しい。


 「先生という稼業はいいよなあ。教え子が幾つになろうと、教え子。オイ、コレが通る。教師を除けばシャバじゃあ考えられんよなあ・・・」



 「そうだよなあ。でも考えてみりゃあ、先生稼業は退職するまで、ざっと40年、全て自分より目下の子ども達相手。父兄がいたって人質を取られた父兄。学校という世界は、他にはない特殊な世界かも知れんよなあ・・・。オレ、生まれ変わったら今度は先生になりてえよ」



 改まって文字にすると角が立ったり、失礼のそしりを免れないが、そこは年に一度の同窓の集まり。感ずるままに言いたい放題もまたいい。みんながつかの間、ざっと60年前の悪ガキ時代に戻り、恩師もその悪ガキたちを教え、戒めた若き先生に戻る。20㌔近い甲府にお住まいのこの先生を送り迎えするのも仲間の中の二人。恩師先生は「オレは生きている限りおまえ達のこの会には出る」と毎年言う。先生も先生。教え子も教え子。言いたい放題言えるのがいい。来年も長~いご高説が聞きたい。いつまでもお元気に、と願うのはわたしばかりではない。




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お正月としめ縄

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 どうしてこんなに時が経つのが早いのだろう。うるう年を除いて今も昔も一年は365日なのに子どもの頃や若い時分のそれとは感じ方が際立って違う。アッという間に一年が過ぎる。やたらと短く感ずるのだ。加齢の勢だろうか。西暦では2018年から2019年に、年号では平成30年から31年に、また干支では戌から亥へとリレーする。年号は天皇の退位によって、5月には改まる。平成31年は4か月で閉幕するのである。
 




 松飾りなど正月飾りの飾りつけは大晦日にはしない。「一夜飾り」といって忌み嫌うのだ。「苦」(9)が伴う29日も同じ。我が家では毎年、30日にやっている。神棚にしめ縄とおしんまいを飾り、座敷の床の間には鏡餅のお供えを。薬師如来やお天神様など屋敷神さんにもお供え餅を飾る。おしんまいはいくつかの蔵や物置の入り口にも。




 「苦餅」と言って29日には餅つきはしないが、毎年暮れになると昔は、この辺りでは自前で餅をついた。お供え用の鏡餅はむろん、お正月用のお雑煮やお汁粉、焼餅用の切り餅である。どこの家にもがあって、餅つきは大掃除などと並んで歳末の恒例行事でもあった。あっちこっちのお宅からも餅つきの音が聞こえて来た。


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 餅つきは歳末の風物詩でもあった。ところがいつの間にか、この風物詩は街のスーパーにかき消された。切り餅ばかりでなくお供え用の鏡餅も気軽に、しかも安価で手に入る。鏡餅は素人が作るものとは違っていかにもスマート。飾りつけも上手に出来ていて、大きさもお好み次第。しかもプラスチックでカバーされているので屋外の屋敷神さんなどに供えるにはうってつけだ。いたずらものの犬や猫の餌食にもなりにくい。




 「立派なしめ縄、毎年、毎年、すみませんね」


 しめ縄は近所の親しい友達が手作りしたものを届けてくれる。何気なく戴いていたこのしめ縄。縄のない方が普通の縄と違うことを初めて知った。しめ縄特有の太さとか形のことではない。縄のない方そのものが違うのである。つまり普通の縄は右ないに対して、こちらは左ないにするのだそうだ。お恥ずかしい話だが、この歳になって初めて知った。


神棚



 この友達は小学校時代の同級生。何をやっても器用な人で、しめ縄作りも若い頃、当時のお年寄りから教わったという。しめ縄が自前なら、その藁も自前。葡萄やサクランボを作る一方で2反歩近い水田も作っている。ずっと米麦、養蚕の農業形態を続けて来たこの一帯は昭和30年代半ばから40年代にかけて葡萄、桃を中心とした果樹地帯に一変した。




 「俺たちが食べる米と親戚にあげる米くらい自分で作る」




 果樹地帯のど真ん中で頑固というか、かたくなに水田を作り続けて来た。夏には水を張った田圃から蛙の鳴き声が聞こえ、秋の収穫が済むと今は懐かしい藁積みの≪にお≫も出来る。しめ縄はこの藁を使うのである。


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 これも歳末の風物詩だが、27日から大晦日にかけて街角には正月飾りの露店が並ぶ。この人が作るしめ縄は、そこに並ぶ商売人が作ったものと比べても少しも見劣りしない。同じ同級生でも私のような不器用な人間とは訳が違う。感謝しながら一年間、その神棚に手を合わせる。




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パソコンと消しゴム

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 今はどうか知らないが、私たちが子供の頃、消しゴムは文房具の中で数ある脇役の一つだった。もちろん主役は鉛筆。鉛筆削りなどという器用な道具はなかったから、筆箱の中には消しゴムと並んで折りたたみ式の小刀が入っていた。脇役といっても小刀は消しゴムと並ぶ必需品。シャープペンが登場するのはずっと後のことである。




 小刀はわんぱく小僧にとっては曲者でもあった。消しゴムをサイコロ状に刻んでは遊び、時には授業中に仲間同士、ぶっつけっこするのである。もちろん先生からは大目玉を食う。そんな子どもの学業成績は言わずもがな。いいわけはない。小刀は鉛筆を削るばかりではない。工作やさまざまな遊びにも使った。今は筆箱の中から姿を消した。物を刻んだり、紙を切ったりするのはカッターナイフに代わっている。

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 鉛筆からシャープペン万年筆からボールペン小刀からカッターナイフ。子ども達や学生さん達の≪筆箱事情≫は様変わりした。こうしてパソコンを叩く私の机の上にも筆箱ならぬ≪筆皿≫がある。鉛筆が影を潜めて、ポールペンがいっぱい。太書きもあれば、細書きもある。いずれも自分で買い求めたものではない。何かの催しのグッツとして頂いたものだ。


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 若い頃、かなりのお金をはたいて買ったり、知人から頂いた万年筆は、インクが乾いたままホコリをかむっている。今年もやって来た年賀状書きの時季になっても出番はない。万年筆からバトンを受けたボールペンも最近ではほとんど使わない。消しゴムにいたっては完全に用無しの存在に。パソコンがそうさせた。仰々しく言えばパソコン革命である。




 万年筆、鉛筆、ボールペン・・・。書く道具もいらなければ、消しゴムも必要ない。パソコンとは実に便利なものだ。文章を書いていて不都合があったり、間違えたらワンタッチ。Backspace か Deleteキーを叩けば一瞬に消してくれる。消しゴムもいらなければ、修正液もいらない。そればかりか文章を組み変えたり、貼り付けたりすることも自在である。


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 好都合極まりない。お陰ですっかり文字を書かなくなった。一日おきに原稿用紙3枚程度の分量でエッセイの真似事のようなものを書いているのだが、これも全てがパソコン。ブログに投稿した後も気になることがあれば、すぐにでも手直しできるからいい。そんなことをしていると面白いことに文章が≪生き物≫であることを実感するのだ。




 山梨市教育委員会から≪ボランティア先生≫(学校支援コーディネーター)の委嘱を受けて、毎週のように市内の小中学校にお邪魔するのだが、どの学校にもパソコン実習のための教室がある。温度調節された教室にはパソコンがずらりと並び、子供たちは嬉々としてキーボードに向かっている。




 どうやらキッツ用のパソコンのようで、子供達に使い易く作られている。危険なアクセスが出来ないようにフィルタリングが施されていることは言うまでもない。消しゴムの存在など、まさにどっちでもいい。自在にパソコンを操る子供たちを見ていて、これから先、手書きの文字はいったいどうなって行くのだろう。ふと、そんなことを思った。



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馬鹿と阿呆

 「バカ」

 「バカとは何よ」

 「そんな事ですぐ向きになるからお前はバカなんだよ」

 「なにも、バカなんて言わなくたっていいじゃない。まったく~」


妻

 私と女房のよくある口喧嘩だ。不思議にもこの文字数が示すように、およそ夫婦喧嘩の発端はたわいもない事から始まって、エスカレートするものだ。





 この「バカ」(馬鹿)という言葉。かなで書いても、漢字でも二文字。しかし、その使い方、受け止め方によって喧嘩にもなれば、叱咤激励にもなる。「バカ、そんなことはないよ」といった具合に否定の接頭語的な役割を果たす事だってある。「バカ」に「め」をつけて「バカめ」となると女房はもっと向きになる。





 私はこの「バカ」という言葉を気にもしないし、気にもならない。関西人が「この阿呆」とよく使うように、むしろ、挨拶代わりみたいなものだ。もちろん、親しい仲間、気の置けない仲間同士のことだ。これをどこででも使ったら、失礼千万。

子供


 もう一つ、気にしなくなった訳がある。わんぱくな子供の頃、いたずらをする度に親父から「バカめ」「馬鹿野郎」と怒鳴られた。河原で水浴びをし、近くの畑のスイカ採りの競争をすれば、当たり前だが、見知らぬ親爺から「馬鹿野郎」。この言葉はわんぱく小僧の勲章のようなものだった。
子供2

 「そんな事が分からないのか」「もっとしっかり掃除しろ」。学校に行けば先生から叱られる。その言葉の頭と尻につく言葉はまた「バカ」だ。社会人になって会社に入れば先輩から遅いの、早いので怒鳴られる。ちょっとひどくなると「死んじまえ」だ。その後ろと前にはやっぱり「バカ」が付くのである。考えてみれば「バカ」と言われなかったのは大学の4年間ぐらいのものだ。ただ、そんな教授の顔は一人も覚えていない。






 この「バカ」「バカめ」には、全く悪意はなく、いわゆる親心の叱責であり、親身になっての励ましの意味まで含んだ表現であることが多い。人間、褒められたことなど記憶に残っていないものだが、叱られたことは覚えているものだ。教訓として受け止めているからだろう。叱られた先生や先輩ほど懐かしい。不思議な事に間違いなく親近感が増すのだ。





 これも不思議。叱った方は、それを忘れている。女房が向きになって怒るように深刻なものではないからだろう。ただ、私には一つだけ、反省にも似た「馬鹿野郎」の相手側の反応がある。もう30年ぐらい前のことだが、若い社員を「馬鹿野郎」と怒鳴った。将来に向けて育てたいと思った男だった。その社員は怒鳴られた途端、大粒の涙をボロボロ。「男のくせに、涙を拭け」と言ったら、また涙だ。


サラリーんまん

 同僚幹部が言った。「今の若いのは親や先生から怒られることもなく、ましてや他人から馬鹿野郎、などと言われたことがないんですよね。それが≪いいぼこ≫であればあるほどですよ」。確かにそうだ。親も先生も、ましてや隣の親爺も子供を叱らなくなった。先生や隣の親爺は見てみぬふりだ。





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植木の剪定

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 「お父さん、無理して落ちないでよ。でも上手だわ。植木屋さんみたい」


 脚立に上って庭の植え込みの剪定をする私を見上げながら、女房が注意とも冷やかしともつかない言葉を投げかける。




 つい先頃まで「紅葉狩り」だの「紅葉散歩」などと言っていたのがウソのように周囲の山々も、身近な里もすっかり冬の装いに変わった。地球の温暖化が騒がれながらも大きな意味では、季節の移ろいは正直だ。樹々は赤や黄色に燃えた葉っぱを一枚、二枚と落とし、丸裸になった。「落ち葉掃き」などと言う言葉がピッタリ。放って置けば固い柿の葉などはカラコロと風に舞う。身に染みる冷え込みもさることながら、視覚的にも寒々しい。




 剪定作業は毎年、この時季に。職場をリタイアしてからだから、もう10年ちょっと経つ。現役時代は年老いたおふくろに実家を任せっきりの«放蕩息子»。それでも植木の管理は気になった。私が頼んだ植木屋さんが、やはりこの時季、黙っていても植木の手入れをしてくれ、住まいしていた甲府の家に請求書だけを送って来たものだ。


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 「オジサン(植木屋さん)、オレ、暇になったんで、自分でボチボチやってみようと思うんだが…。勝手言って済みませんね」


 「それはようございます。分からないことがあったら、電話でも何でもいいので、ワシに聞いて下さいよ」




 丸投げした我が家の植木の管理を長年やってくれた植木屋さんは、ニッコリ笑って、そう言った。当時80歳ぐらいだったから、ご存命なら95歳近くになっているはずだ。植木屋さんの送って来る請求書は長年、ずっと変わらず、40万円ちょっと。長い«お付き合い»がそうしてくれたのだろう。梯子を下り、キセル煙草に火を点け、上を見上げてはまた梯子に。そんな光景を何度か見た。今でも、その顔が目に浮かぶ。




 「暇になったから…」は口実。これからやらなければならない年金生活への覚悟があったことも事実だ。植木の剪定を好きで始めたわけではない。普段は着けない毛糸の帽子を深々と冠り、防寒具に身を固めて脚立に上るのである。この脚立、10段ぐらいのものだが、最近、高い所まで登るのが怖くなった。昔の脚立は鉄パイプ製だったので安定性があった。しかし、最近のものはアルミ製が増え、軽くて持ち運びには便利な反面、安定感が悪い。




 女房が「落ちないで…」と言ったのは、そこにある。私に言わせれば「落ちる」ではなく「倒れる」だ。それはともかく年々、高い所が怖くなった。そこで単純にも考えたのが自分流に作業しやすいように植木の背丈を縮めること。みんな背丈を低く切り落とした。




 「立派な古木をもったいない」。ご近所の長老は言うのだが«背に腹は変えられない»。無理して脚立から落ちたり、脚立ごと倒れたりでもしたら元も子もない。若い時なら何でもないことが今では通じないもどかしさを身に染みて感ずるのである。




 リフトの籠に乗って悠々と、しかも余裕たっぷりにイチョウなどの街路樹を剪定している植木職人を見ると羨ましい限りだ。もちろん、歳も若い。




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地球の温暖化と人間ども

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 人間とは身勝手な動物だ。夏の暑さに「暑い、暑い」と、ぼやき、「オレは寒い方がいい」と言い、冬になれば「寒い、寒い」と嘆く。その度に反対の季節や「やっぱり、春や秋がいい」という。




 今年の秋はヤケに短かった。記録的ともいえる「猛暑」から一転、秋を飛び越えて冬を迎えてしまった。一方、暑さの始まりが早かったせいか、春も短かった。




 加齢とともに時の流れ、一年の流れがやたらと早く感ずるせいかも知れない。ただ日本の四季は、長いスパンで見ると徐々に変化していることも確かだろう。季節のバランスが崩れ、時に猛暑や局地的な集中豪雨、冬の寒波や大雪など極端な気象異変すらもたらすのである。



 日本列島の四季の狂いは、地球規模で見れば、ほんの些細なもののように見えるかも知れないが、その異変は大きなうねりの中にある。太平洋の南で発生する台風のコース一つ例にとっても、日本列島周辺では従来の概念を覆した。この夏の台風は従来の西からの旋回・上陸を、逆に東から西へと旋回、いわゆる逆さ回りを見せたりもした。




 地球の温暖化。その元凶は、特に先進国と言われる国々の人間たち。つまり、もとはと言えば自分たちが蒔いた種なのだ。そのことに気付きCOP21は地球の温暖化対策に乗り出してはいるものの、各国の足並みは必ずしも一致していない。それぞれの国の経済振興に連動するからに他ならない。

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 地球の温暖化は、農家の作付にも変化をもたらそうとしている。果樹地帯である身近なこの辺りを見ても、夏から秋にかけての桃や葡萄はむろん、春から初夏にかけてのサクランボボ栽培にも温暖化の弊害が影を落とそうとしているのだ。桃や葡萄は生育や色付きにはっきりと影響を与え、サクランボ栽培者は、立地から来る作付け自体を心配する向きも出始めた。




 サクランボの栽培は山梨が南限とされている。言うまでもなく元々の本場は山形。気象の«タイムラグ»を生かして早出し地域の産地化に成功した。南アルプス市の白根や山梨市の岩手(いわで)地区がその一例だ。果樹農家は春先からのサクランボから夏の桃、すぐ続く葡萄と労力を分散したサイクルを作り上げた。




 ところが地球の温暖化は、作付けの南限地域を北上させようとしているのである。品種改良によって、それを乗り越えようという期待もないではないが、確たる見通しは立っていない。一方、ミカン栽培の北限はお隣の静岡。しかし、そのミカンが山梨でも…、という人もいる。かつて黄色くならずに青いままだった、いわば盆栽の域を出なかったミカンが最近では黄色く色づくようになった。青くカチカチだったミカンが「果実」としての体を成すようになっているのである。気象の変化の威力は、言うまでもなく人間の知恵や力には及ばない。




 冬至を過ぎ、冬も名実ともに本番。寒さもこれから。でも待てよ。よく考えたら、昔、つまりオレたちが子供の頃と比べたら雲泥の差。田んぼという田んぼ、小川、湖に至るまで全面結氷した。いつの間にか温暖化に慣らされた人間どもは、やっぱり「寒い、寒い」。




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Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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