マツタケとカジノ

朝顔

 11月も半ばになったというのに、我が家の庭では、まだ朝顔が咲いている。その目と鼻の先ではダリアや紅白の山茶花が。言うまでもなく山茶花は冬の花だ。私は朝顔に夏の花のイメージを抱いているから、なんとなく違和感を覚えないでもない。その近くでは菊が。こちらは「菊薫る秋」というから晩秋の域でもタイムリーだろう。


花1     菊


 9月の終わり頃だったか、このブログで我が家の朝顔を紹介させて頂いた折、「その朝顔は西洋種」とコメントでお教えいただいたことがある。でも、昨年と比べると、開花している期間が長い。私のような凡人には詳しいことは分からないが、気象の変化とも微妙に関係しているのでないかと思ったりもした。夏場、あまり蝉が鳴かなかったり、秋になって、なぜか虫の音が聞けなかった。いつもの年なら庭の植え込みで、スズムシやマツムシ、コオロギがうるさいほど鳴いた。一方、この辺りばかりでなく、キノコも全国的に不作だという。秋の味覚のトップバッター松茸も、その煽りを食った。お陰で市場価格も高騰しているという。こちらは夏場の天候不順がもろに響いたことは間違いない。





 「あいつなんかに高い松茸など食えっこない」。そんな計らいをしてくれたかどうかは別に、親しい友が沢山の松茸を届けてくれた。


マツタケ


 「高価なものを、しかも、こんなに沢山、済まんなあ~」


 「これねえ~、韓国産なんだよ。国産だと高くて手が出ねえものなあ~」




 この友達は山梨市内に社屋を構える建設会社の会長。息子さんに社長職を譲った心のゆとりもあってか、毎月のように韓国に行く。ハマっている、と言ったら失礼だが、目的はカジノ。ひと頃、羽田空港のハブ化問題がクローズアップされた。その羽田から韓国には飛行機が飛んでいるので、山梨からでもソウルは近い。羽田までは道路がすいてさえいれば車で2時間足らす。そこからは空路だから、たいしたことはない。


カジノ


 私もカジノは大好き。この友達と何度かソウル郊外のウォーカーヒルに足を運んだ。いつも日程は2泊3日。大統領府の青瓦台や明洞の市場、焼け落ちる前と後の南大門も一度見ればいい。夜は美味しく、安い焼肉や海鮮料理など韓国の食を楽しみ、時間を惜しむようにカジノにどっぷり浸かるのだ。ソウルのウォーカーヒルは、中国のマカオ、アメリカのラスベカスとともにファンなら誰でも知っている。カジノの一大拠点だ。ルーレットもあれば、各種のカードゲーム、さらにスロットなど、さまざまなマシーンも。一晩中でも遊びには事欠かない。友もそうだが、私はカードゲーム派。ファイブカードなど時にはポーカーゲームもするが、ほとんどがブラックジャックだ。面白い。でも結果は・・・。



カジノ2


 「お父さん、いい加減になさったら。クルーズで船に乗れば、毎晩、カジノに入りびたり。陸(おか)に上がれば今度はソウルですか。そんなお金があるならみんなで美味しいものでも食べた方がいいじゃない。バカばっかりしているんだから・・・」



 詳しいことは話さないが、かみさんはバカな亭主の行状くらい、先刻ご存知。でも、女房と二人して友から頂いた韓国産の松茸を頂きながら、内心、またソウルが恋しくなった。


カジノ#12853;  


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リハビリと二枚の張り紙

リハビリ室  


 山梨県甲府市の郊外とも言える石和温泉郷にある温泉病院。そこのリハビリコーナーの壁に張られていたもう一枚の張り紙。別のもう一つの張り紙と同じようなイラスト付きの大きめな紙に、色紙のように優しい独特の筆調で書かれていた。




 「みんな苦しみながら大きくなっていくんだよ。みんなどんなに辛い思いをしたかわからないんだよ。ただ、それを言葉に出さず、じっと耐えてきたんだよ」


みんな苦しみながら大きくな



 二枚とも注意しなければ見落としかねないようにさりげなく張られている。最初の一枚「行けるるところまで行くんだよ。やれるところまでやるんだよ。・・・」「努力」をキーワードにしているとしたら、こちらキーワードは「耐える」だ。その文面は続けて、こうも言っていていた。





 「自分に負けるのが一番弱い人間なんだよ。苦しい時はみんな苦しいんだよ。その時、明るく笑顔で行きぬく人が強い人間なんだよ」


景色

 ムチウチ症治療のための首の牽引、局部のマッサージ、ハリ治療を終えてリハビリ室を出掛けに、この張り紙を眺めていたら、受付の可愛いお嬢さんが、こんなことを言った。


 「同じように、この張り紙を一字一句眺め、中にはメモして行く方もいるんですよ」



 私もそうだが、この二枚の張り紙がさりげなく語りかける言葉が、そこを訪れる患者達の目を止め、「そうだ。その通りだ」と思わせるのだろう。みんながみんな俺は、私は「どんなことをしても病や患部を治すんだ」という強い決意決にも似た「闘争心」を呼び起こすのだ。



富士温泉病院2   


 当たり前のことだが、人間、健常時にはこんな「闘争心」を起こさないし、起こしようもない。しかし、病に犯されれば、人は皆、何とか早く治し、元通りになりたい一心で闘おうとする。いわゆる「闘病」と言う言葉がそれだ。病と闘う強い意志がなかったら病気は治らないし、やがての行く先は幾つもない。



リハビリ室2


 病がひどければひどいほど、苦しかったり、切なかったりすればするほど、「藁をも」「神にも」すがりたくなるのが人情だ。その一方で同じように病や疾患を持つ人達への理解も生まれる。ちょっとニュアンスが違う例もあるかもしれないが「同病相哀れむ」の例えがそれである。




 「どうされましたか。私は打ちっ放しの練習場で首をひねっちまって・・」


 リハビリの待合で首にカラーギブスを巻いた同年輩の男性が、自らのトンマが原因でムチウチ症を患っている私に話しかけてきた。「え~、ゴルフの打ちっ放しで首を・・」。私のように不注意が招いた事故もあれば、こんな想定外の事故もある。




 「闘争する心」。健常者にも病を患う弱者にも、そこには共通して「目標」がある。アスリートは記録への挑戦であり、サッカー、相撲、ボクシングなど格闘技の選手たちは、立ちはだかる相手を倒すために果敢に戦う。患者が病と闘うことは言うまでもない。両者のもう一つの共通項は、リハビリ室の壁にあった二枚の張り紙が患者達に語りかけていた文面のキーワード「努力」と「忍耐」のように思えた。




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惹かれる言葉と人の心

行けるところまで    


 「行けるところまで、ひとりで行ってみよう。やれるとこまで、ひとりでやってみよう」


 幼稚園や小学校の教室にある掲示板ではない。文面は、さらに続く。




 「耐えられるところまで、ひとりで耐えてみよう。その中から本当の自分の生きる道をみつけよう。本当の自分の心をみつけよう」




 病院のリハビリ室の壁に何気なく貼られた一枚の張り紙である。なぜか惹かれた。リハビリ室は幾つものセクションに分かれていて、首や腰の牽引をしている人もいれば、はり治療を受けている人もいる。ホールのような広いコーナーでは、マッサージや歩行訓練、輪投げやボール投げなど機能回復訓練をしている人も。マッサージも患者の症状によって、みんな違うのだ。扉で仕切られた隣のプールでは温泉での機能回復訓練が。



リハビリ室



 共通しているのは、全てが患者と医師のマン・ツーマン。「行けるとこまで・・。やれるとこまで・・。耐えられるとこまで・・」。患者と医師の呼吸が一つになっているのはもちろんだが、リハビリ室全体に漂う呼吸がまさに一つ。それも明るい。誰一人我がままを言う患者はいない。親身になった医者と患者のマン・ツーマン治療が続くのだ。





 いい所に導いてもらえたと思った。トンマが故の自損のムチウチ症を患って、もう一ヵ月以上。首の痛みというか、起きていると左半分の肩と言わず、背中、胸、果ては腕まで激痛が走るのである。




 「俺の所の病院に来いよ。うちに、いい先生がいる。診立てが変われば、打開の道が見つかるかも」


富士温泉病院  



 はかばかしくない私のムチウチ症を気遣ってくれた高校時代の同級生が声を掛けてくれた。この男は山梨県甲府市の郊外ともいえる石和温泉郷の一角にある温泉病院、分かり易く言えばリハビリテーション病院の管理部門を事実上仕切っている。毎月一回、日川高校の同級生で作る無尽会でお酒を酌み交わしたり、麻雀をする仲間である。「医者の診立てを替えてみろ」。やはり心配してくれた同じ仲間達の意見でもあった。友への心遣い、病院での気配り。さらに病院のみんなが労わり合い、心を一つにして治療に取り組むリハビリ室で、一緒になって首の牽引をしながら、友達の≪心≫のありがたさをかみ締めた。麻雀でいつもやっつけてくれる≪鬼≫のような仲間達が、この時ばかりは神にも仏にも思えた。


病院2



 石和温泉郷には私が知っているだけでも五つ、六つのこうした温泉付きのリハビリテーション病院がある。東京など全国からも患者がやって来る。私のようなムチウチ症や交通障害、さまざまな疾患から来る機能障害などの症状を持つ人達である。私の隣のベッドで、はり治療を受けていたご婦人も県外からの患者だった。そのご婦人は担当医とこんな話を。





 「ここは全国でも有数の温泉リハビリが進んだ所。ここに来る障害者は多いはず。ところが、その玄関口のJR石和温泉駅にはエレベーターもなければエスカレーターもない




 私達は地元に住みながら、そんなことを気にも留めなかったし、誰一人として言わなかった。観光客の玄関口くらいに思っていた。人の心も含めて健康を害して初めて気付くことがいっぱいあることを思い知った。




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薔薇のトゲ

薔薇1


  ハナから読めないならまだしも、読めるけれども、いざ書いてみろといわれれば書けない漢字は案外多いものだ。その一つが「薔薇」である。「林檎」もそうだろう。でもパソコンとは便利なもので、キーさえ叩けば一発で出してくれる。なにも軽い頭を使って覚えなくていいから、また困る。私なんか一生書くことが出来ない字の一つかもしれない。
薔薇4


 薔薇は日本人にとって桜と共に馴染み深い花。童謡や流行歌にも歌われ、小説や映画、ドラマにもしばしば登場する。日本では「花」といえば「桜」。花の代表格だが、これも日本だけ。しかし「薔薇」は世界的。日本語訳がそうしたのかもしれないが、あの有名な「野ばら」もあれば、「薔薇が咲いた 薔薇が咲いた 真っ赤な薔薇が・・・♪」と誰もが口ずさみたくなるようなものや、ちょっと渋い水原ひろしの「黒い花びら」なんて歌もある。


紅い薔薇


 人間に愛されながらもトゲがあるのもこの花だけ。「美しいものにはトゲがある」などと美しい女性に例えられることもある。「お前にはトゲがないからいいよなあ~」。冗談交じりに喧嘩を売られたとも知らない、うちのかみさんは「何なの?それ・・・」と、キョトンとしながらも、その意味を知って「失礼しちゃうわ。まったく・・・」。



 そのかみさんが植えた薔薇が庭の植え込みのあっちこっちで今が盛りとばかり咲いている。赤、ピンク、橙。大輪のものもあれば、比較的小さいものも。それぞれ咲いている期間は結構長い。種類によっては、これから夏、秋、さらに冬の寒い時期まで咲く薔薇だってある。一年中、楽しめるのだ。よく見ると満開だったり、もう峠を過ぎた花の隣で次々と蕾をつけるのである。


薔薇2



 三分咲き、五分咲き、八分咲きと徐々に花を開いて、春の柔らかい風に吹かれてハラハラと一斉に散ってしまう桜とは違って風情こそないが、そこはかとない重厚さがある。「薔薇」は「ばら」のほか「そうび」とか「しょうび」とも読む。今6月の誕生花で、俳句で言えば夏の季語。ただこの花は不思議な花で「冬薔薇」(ふゆそうび)となると冬の季語になる。季語では≪二重人格≫なのだ。世に多いブスのひがみ。美人の女性にオーバーラップして使われるのもそのためだろう。ラテン語ではRosa。ローズピンクというように色の代表としても使う。クレオパトラの薔薇の硬水は有名だ。
 薔薇の種類は100種類にも及ぶという。我が家にだって、よく見たら10種類以上もの薔薇がある。いずれも、かみさんが、いつももように後先かまわず、行き当たりばったりに植えたものだが、花を付けているうちはいい。いくら無粋者の私だって美しい花を愛でる目ぐらい持っている。


薔薇3


 でも、これほど頭に来る、というか腹が立つヤツはない。花を落とした後だ。当然のことながら秋から冬場にかけて植木の手入れをする。この時、シャツやズボンならまだしも手足まで傷だらけにさせられるのだ。薔薇のトゲは半端ではない。それなりの注意はしているのだが、ことごとくに邪魔をするから正直、頭に来るのである。悔し紛れに剪定鋏で・・・。そこからご想像の夫婦喧嘩。「どうして切ってしまうのよ」。目を剥いて怒るのだ。トゲがあるのは美人だけと思ったら、うちのかみさんにもでっかいトゲがある。そんなかみさんも植え込みから薔薇を切り取って来ては 居間などの花瓶にいけている。女である。




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校歌に生きる青春

青春


 どんな人間にも青春がある。過ぎ去った青春もあれば、これから迎える青春だってある。楽しかった青春もあれば、苦しかった青春もある。仮に、苦しくても、辛くても過ぎてみれば、その方が中身の濃い青春かもしれない。




 それぞれの青春。その青春を間違いなく呼び起こしてくれるもののひとつに学校の校歌がある。そこには、それが中学校であれ、高校であれ、大学や専門学校であれ、それを歌う者でなければ分からない青春があるのだ。



同窓会  



 ことしも 母校の同窓会が開かれた。山梨県甲府盆地の東部に位置する県立の日川高校というのだが、同校の場合、毎年11月3日の[文化の日]をその日に充てている。大きな体育館に設えられた特設の会場には各地から同窓生が、この日を楽しみに集まって来るのだ。その数は毎年、700人前後。顔ぶれは旧制中学の大先輩から、いわゆる親子三代にわたる。宴の始まりを宣言する今年の乾杯の音頭は93歳。旧制中学の大先輩であった。


同窓会2


 この集まりは、名目的には総会。お決まりの事業・決算報告や、その新しい計画も審議するのだが、集まった人達にとっては、そんなことはどっちでもいい。「やあ~、お久しぶり。元気でなによりだ」「今、何をしている?」「お互い、頭が白くなったなあ~」・・・。一年ぶり、また何年かぶりの再会に話が弾むのだ。酌み交わすお酒も進もうというもの。会場の一角には、武田信玄が旗印にしたという、孫子のあの「風林火山」を大書きした懸垂幕も。書家でもある同窓生がバケツの墨汁を使って雑巾で書いたというシロモノだ。宴は当番幹事を中心にした手作りである。


同窓会3



 総会という名の宴の最後を飾るのが校歌の斉唱だ。それまでワイワイ、ガヤガヤやっていた老いも若きも一瞬、静まり返り、大声で歌う。ステージの上でリードするのは、破れ帽子に学ラン姿の往年の応援団。当番幹事である46~7歳と33~4歳の、つわもの達の手さばきは半端ではない。それに合わせて歌う顔、顔、顔・・。頭に白いものを頂き、顔にシワを刻みながらも、その顔は純真そのもの。何十年も前の青春にタイムスリップしていた。



同窓会4



 当たり前だが、校歌は流行歌と違って、それぞれの学校の、そこに学んだそれぞれの人達だけの固有の歌である。逆に言えば、だからこそ愛着があるのだろう。在学中のそれと、歳を経て歌う校歌の感慨は、まるで違う。あの日、あの時、さまざまな青春が校歌に宿っているからだろう。在学中、それ程勉強したわけでもなく、そうかと言ってそれ程の悪ガキでもなかった私のような者でも、それを歌う時、心にジ~ンと来るものが。「ノスタルチックの世界さ」と笑えない何かがある




同窓会5



 日川高校のそれは「天地の正気 甲南に・・・」で始まり、4番の最後は「何時の世までも轟かむ」で終わる。同校の校章は、お菓子のコンペイトウに似ている。その発祥が甲府中学の「第2中」の意味合いがあったのだろう。二つの「中」を横縦に重ねてデザインしたと言われる。同窓会は記念品に、その校章をあしらったネクタイピンなどを出しているから、それを見た同窓生が「お前は天地の正気か?」と、思わぬ場面で意気投合することも少なくない。同じ釜の飯を食った、大きな意味での仲間達の青春。どこの学校の卒業生にも、そんな触れ合いがあるのだろう。

こんぺいとう


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それぞれの紅葉がり

富士山       南アルプス


 ちょっと手前味噌かもしれないが、山梨は山紫水明の地。富士山、南アルプス、八ヶ岳、それに御坂山塊や奥秩父の峰峰。とりわけ四方を山で囲まれた甲府盆地は、春には桃の花が咲き乱れ、ピンクのジュータンと化す。まさに桃源郷と言っていい。夏にはその実が実り、日本一の桃の産地を形成、秋には葡萄が実る。特に一宮、勝沼など盆地の東部一帯は日本的な果実卿なのである。一宮(笛吹市)、勝沼(甲州市)と目と鼻の先にある私のふるさと・岩手地区(山梨市)もサクランボの産地化が立派に進んだ。


桃


 サクランボの産地は、言わずと知れた山形。植性上、その栽培が南限と言われる山梨のサクランボは本場・山形とは時差の勝負。温度差はもちろん、ハウス栽培などの工夫、つまり地の利と生産者の努力で築き上げた。4月の下旬から5月、東京を中心とした首都圏から観光バスが繰り出し、どこの観光サクランボ園も賑わいを見せる。



サクランボ



 サクランボが初夏なら桃は夏。そして秋の葡萄へと果樹王国・山梨の果物はリレーしていく。サクランボ狩り、桃狩り、ぶどう狩りが終われば今度は紅葉狩りだ。その頃になると富士山が真っ先に雪化粧、南アルプスや八ヶ岳の主峰もそれに負けじと薄化粧を始める。晩秋、平たく言えば里の人達に紅葉狩りの季節がやって来たことを告げるメッセージなのだ。



さくらんぼ    桃     葡萄



 「○○食べ放題」。果物の新鮮な味を楽しむ行楽から、目で見て自然を身体で味わう行楽へと移っていく。葡萄はだんだん姿を消していくが林檎や柿はこれからが旬だ。石和温泉郷などでゆっくり湯に浸かり、ほうとうなどの郷土料理も待っている。山梨は大都市東京の100㌔圏。山梨県人は「東京の奥座敷」という。人々をくつろがせる自然を持っている。



ほうとう  



 とはいえ、そこに住む私達はこの豊かな自然も当たり前。人間とは贅沢な動物だ。日々、その時々、表情を変える富士山の容姿も、外からお出でになった方々が目を見張る山々の紅葉も、そこにいれば特別の驚きもなければ感動もしない。まるで空気のように受け止めるのだ。ところが一歩外に出て見る同じような景色や光景には感激したり、びっくりもする。考えてみれば、それが旅行や行楽のよさなのだろう。


いろは坂



 数年前、ロータリークラブの親睦旅行の時、栃木県奥日光の中禅寺湖で見た鮮やかな紅葉は今でも忘れられない。旅行には30数人のメンバーが参加、日光東照宮に参拝した後、鬼怒川温泉に宿泊。翌日、中禅寺湖へ。そのバス旅行で見た、いろは坂の紅葉もさることながら中禅寺湖の紅葉は素晴らしいの一言に尽きた。


日光東照宮



 赤や黄色。その赤や黄色もそれぞれが微妙に色合いを異にするのである。紅く黄色く萌えた目の前の男体山が湖面にその姿を映し、男体山の前衛をなす湖周辺の木々は、近くで見るからか、その数倍も鮮やかだった。カエデやウルシ、ナナカマド。とりわけウルシやナナカマドの色は例えようがないほど紅い。所々にある常緑樹がその赤を引き立てるのだ。
紅葉のアクセントとして存在感が大きいナナカマド。一説によれば、極めて燃えにくい木だそうで、かまどで7度も燃やさないと燃え尽きないことからその名がついたと言うが・・・。





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里の秋と蚕

紅葉


 里の秋は山から下りて来る。中秋を過ぎて晩秋と言った方がいいかもしれないが、富士山に初雪が降る頃になると、周りの山々は顔色を替え、装いを替え始める。紅葉だ。赤、紅、黄色。やがて山は萌え始め、それが里へと連鎖するのである。


紅葉2  



 昔、この辺が米麦、養蚕の農業形態だった頃、人々はまるで里の秋を輪切りにでもするように蚕の掃き立てをした。掃き立て、とは蚕の飼育を始めることだ。まさに初秋に当たる初秋蚕から始まって秋蚕(あきご)晩秋蚕(ばんしゅうさん)晩晩秋蚕といった具合に秋をリレーするのだ。暑さが真っ盛りの夏蚕(なつご)の後を拝する初秋蚕の時期は当然のように残暑が残る。それから周囲は徐々に気温を下げ、晩晩秋蚕の頃になると朝晩は寒くさえなる。それがちょうど今後頃だった。自然は正直だ。「掃き立て」とは卵から孵ったばかりの小さな蚕の幼虫を大切に掃くかのように扱ったことから来たのだろう。





 四六時中と言っていいほど蚕には、次から次へとを与える。その作業のため、子供たちも夜遅くといい、朝早くといい時間にかまわず叩き起こされるのである。「俺達は一日、三度の飯。お蚕はいったい何度飯を食えば気が済むんだ」。子供心にそう思った。昼間の遊び疲れで眠たいのに加え、周りは薄ら寒くなっているのだから、無性に腹が立つのである。そんな子供心を尻目に蚕は「バリバリ」と音を立てて無心に桑を食べるのだ。



蚕 



 蚕の飼育は秋ばかりではない。蚕の唯一の餌である桑が葉っぱを付ける春から始まる。同じように春の季節を輪切りにして夏蚕を経て秋の蚕に繋げるのだ。一年中とは言わないまでも蚕は、桑が春に緑の葉っぱを付け、秋に黄色くなって葉を落とす寸前まで半年近く断続的に飼育する。米麦中心の農家にとってはかけがえのない現金収入の道だった。今風に言えば「ドル箱」だった。何しろ蚕は掃き立てて(飼育し始めて)からひきる(上属)まで最長でも30日。夏の暑い時期だと20日もあれば繭になってしまう。それそれの農家に見合った労力配分計画的な蚕の飼育が出来、しかも短期間に現金収入が得られるのだからありがたい。しかし国際経済の容赦ない波は蚕とそれを収入の道とした農家を一瞬に飲み込んだ。韓国産の安い生糸に食われたのである。





 ともかく蚕ほど尊ばれた虫、もっと言えば生き物はいまい。蚕の頭には「お」を付け、尻には「さん」まで付けて「お蚕さん」と言った。そればかりか桑(餌)を与えることを「上げる」というのである。私なんか「さん」を付けてもらえればいい方。ちょっと間違えば「コレ」だ。かみさんなんかも、機嫌の悪い時など「あんたあ~」である。「私は貝になりたい」という小説があったが、俺は「お蚕さん」になりたい。


 繭


 教育の欠陥というか、世の中デタラメになったというか、日常の人間社会の中で敬語がおろそかになりつつあるような気がしてならない。まあ、ここでは難しいことはさて置くとして、里にも確実に秋が下りてきた。かつてはお蚕さんの餌となった桑畑の跡に堂々と広がる葡萄園は、既に実りの房をなくし、日に日に葉っぱを黄色くしている。肌寒さばかりでなく、目でも秋を感ずる季節となった。


もみじ

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柿と牡蠣と柿(こけら)

牡蠣



 誰が言ったか知らないが、牡蠣を海のミルクと言う。12月頃から翌年2月ごろが旬だそうだ。つまり冬場の食べ物。もちろん、山梨の我が家でも食べるが、数年前、松島への高校の同級生でつくる無尽会の旅行の時や、広島の友人に招かれた時にご馳走になった牡蠣の味は今も忘れられない。なんでもそうだが、本場で食べる味は格別だ。なにしろ旨い。




牡蠣2



 こうしてパソコンを叩いていると、やっぱりムチウチ症の首が痛くなってくる。顔を上げて窓越しに外を眺めると庭先の柿が色付き始めた。種類は「御所」「富有」。まだ食べるには少し早い。美味しくなるのは霜が降りるようになってからだ。柿の中でも御所柿は年生りの激しい種類。今年はほとんど生っていない。どんな果物にも共通して言えるのだが、特に柿は消毒を怠ったらダメ。ヘタに虫が入り、実が熟す前にみんな落ちてしまうのである。年生りというより、今年の不作はその徹を踏んでしまったからでもある。



柿1



 牡蠣。同じ「かき」だが、この二つは海の幸と山の幸。立場を異にする。しかし海と山を代表する栄養価の高い食べ物であることに違いはない。なにしろ柿だって昔からこんなことを言われている。


 


 「柿が赤くなれば医者が青くなる」


柿2



 栄養価の高い果物としての比喩でもある。ただこれには実りの秋が背景にあることも確か。柿ばかりではなく林檎や栗などさまざまな果物、大根などの野菜も採れる。黄金の稲穂が刈り取られ、美味しい新米が採れるのもこの時期だ。その秋の象徴が柿かもしれない。



栗



 その柿。同じ「柿」だが、果物の柿とは全く違う「柿」がある。「杮落とし」「杮」(こけら)だ。確か前にもちょっと触れたような記憶もあるが、実はこの二つの「柿」は意味ばかりではなく、字そのものが違うのである。「柿」(かき)は「木」ヘンに「
」を書き「巾」を書く。一方「杮」(こけら)は「一」に「巾」の縦の線を上に突き出すように書く。だから「柿」(かき)が九画なのに対して、「杮」(こけら)は八画なのだ。見た目は同じだが、全く異なる字なのである。試しに、かみさんに聞いてみたら案の定「杮(こけら)落とし」すら知らなかった。




 因みに「杮」(こけら)木材を削った時に出来るカンナ屑のこと。転じて柿落としは、この木片を払って新築、改築したばかりの建物で始めて行う催しのことを言う。元々は歌舞伎など劇場の催しを言ったのだそうだが、やがて多目的の文化ホールや競技場など公的施設のオープンなどにも使われるようになったのだという。

柿3


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芋のつる

飯田龍太
飯田龍太

 「芋も露 連山影を…」と詠んだ飯田蛇笏は俳句結社と同人誌「雲母」を創設。龍太に引き継いだ。龍太亡き後、その遺志を継いで「雲母」の同人広瀬直人が「白露」を結社した。「雲母」から「白露」と受け継がれる一つの俳句界。その俳句は特に地元山梨でもしっかりと根付き、愛好者、ファンも多い。直人は日川高校の大先輩。もう20年ぐらい前だが同窓会の当番幹事の下働きの時にお世話になった。学徒動員で神奈川県平塚の軍需工場に行ったと言うから旧制日川中学の最後ぐらいのお歳。温厚で、まさに俳人といった方だ。




 なにも芋のツルが長いものだからというわけではないが、「似て非なるもの」の延長線というか第二弾・サトイモトウノイモの話をしよう。我が家ではこの二つを同じ畑に隣り合わせに作った。いずれも収穫期を迎えている。「もうサトイモが食べられるはずだ」。いつもなら私が掘るのだが、思わぬトンマがたたってのムチウチ症がはかばかしくないので、芋掘りをかみさんに言いづけた。


イモ


 芋は土の中だから多少の霜が降りても大丈夫。しかし、芋のツルは霜には滅法弱い。ツルというより茎だが、水分を多分に含んでいるので、ひとたび霜に遭おうものならひとたまりもない。勢いよく空を向いていたものが一瞬に畑にひれ伏し、見る影もない姿に変わるのだ。サトイモは芋を食べるのだからかまわない。でもトウノイモは茎を食べなければならないから霜に叩かれたら元も子もないのである。




 そこで霜に遭う前に収穫して皮をむく。天日干しした芋のツル巻き寿司の芯になったり、味噌汁の具煮物にしても美味しい。いわゆる保存食。農家の生活の知恵で生まれたのだろう。もっともだんだん手に入りにくくなったのか、芋のツルは巻き寿司にもお目にかからなくなった。そのピンチヒッターのはずだった干瓢(カンピョウ)が今では堂々の主役に。言われは分からないが、寿司屋さんで「かっぱ」といえば芯はキュウリ。それと同じタイプの寿司の芯によく使われるのがカンピョウでもある。

寿司
 カンピョウについてはまた折があったら触れさせて頂くとして、芋のツルとなるトウノイモの茎は皮を剥かなければ食べられない。いくら干して乾燥させてもスジが歯に引っかかってしまうのだ。だから丹念に皮を剥く。葉っぱを切り落とし、根元の方からスーっと剥いていく。アクが強いので手は真っ黒になる。私の経験では霜が降りる寸前が最も剥き易いのだが、初冬のこの時期の作業は決して楽しいものではない。




 こうしてサトイモと似て非なるトウノイモの茎は、芋のツルとして≪第二の人生≫を歩む。片やサトイモの茎は、無用の長物として見捨てられ、まるで邪魔者扱い。やがて畑の土に同化されてゆく。似て非なるこの二つは一長一短。芋のツルとして喜ばれるトウノイモだって、芋としてはちょっと大味だから味をよく知る人にはそんなに歓迎されないのである。餅屋は餅屋だ。



芋のつる 


 「サトイモを掘って食べたら・・・」と言ったのだが、かみさんが掘ってきたのはトウノイモ。案の定、区別がつかなかった。それほどこの二つは似ているのである。


イモ2


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何でも真似する孫娘

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 「チビちゃん、その顔、どうしたの?」


 爺に見せようと得意げな顔つきで、ニコニコしながら私の前に現れた孫娘。その顔は口の周りが真っ赤。ママの口紅を持ち出しての仕業であることは一目瞭然。まるでピエロだ。面白いと思う一方で、その無邪気さが何とも可愛かった。4歳になったばかりのことであった。




 それから半年。孫娘は再びママの口紅を差していた。今度は«ピエロ»ではない。差し方が様になっているばかりか、顔にはお化粧が…。

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 「お前、チビちゃんに可愛くお化粧してやったじゃあないか」


 「違うわよ。私がしてあげたんじゃあないのよ。チビちゃんが自分でしたの…」


 女房によると、孫娘はママのポーチをいつの間にか持ち出し、洗面所の鏡を見ながら、口紅を差し、ほっぺ(頬)に化粧をしていたという。むろん、洗面所は大人用に作ってあるので背の低い子供に鏡が見えるはずがない。そこで、子供用の椅子を持って来ての«作業»だったと言う。女房もびっくりするように話した。そっと仕草を見ていたという




 日ごろのママの化粧する姿を見ていての真似であることは間違いないが、男の子なら、そんなことは絶対にしないだろう。真似事にせよ、そこに不思議な幼児の«女ごころ»を垣間見た思いがした。動物的な本能なのだろうか。びっくりすると同時に可愛らしくもなった。何でも大人の真似をする。


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 「サイトウさん」、「私、失敗しないので…」。テレビに出て来るセリフも、いつの間にか覚えて得意気に口にするのである。子供は大人の真似をして成長して行く。大人だってそれが言えるのかも知れない。「臨書」と言って書家の卵は、先輩や先人の書を見習って「書」を身に着け、やがて自分の字を書くようになる。内面的には、子供たちは全て、大人の真似や教えによって大きくなり、やがて«自分»を確立して行く。とても「確立」まではいかないが、自分だって同じだ。




 化粧ばかりではない。最近では着るもの・洋服まで好みを言うようになった。家に居る時も着飾って見せるし、外に行く時も自分のお気に入りの洋服を着る。子供とはとても思えない、おしゃれな一面も覗かせるのだ。


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 少子化は勢い子供への投資を高めていることは間違いない。教育への投資に限らずフアッションへの投資も促している。おおもちゃ、洋服、履物…。デパートやスーパーに入れば、必ずどこかに子供コーナーがあって、子供たちを惹きつけるのだ。子供が欲しがらない訳がない。俗称「ガッチャン」と言うのだそうだが、ミニの玩具を詰め込んだ機械を置く店も。




 私は女房によく言う。「孫の言うなりに買い与えたらダメだぞ」。そんな自分が孫娘にせがまれると「ウン、ウン…」と«要求»に答えてしまう。「お爺ちゃんだって、そうじゃない」。女房は「自分だけ«いい子»になって」と言わんばかりにニヤニヤ。その昔から「年寄子供は三文安」という。年寄に育てられた子供は、えてして良くない、と言う意味だが、正にその通りかも知れない。現に孫に甘い爺婆に娘が苦い顔をする。それが本当の親かも知れない。




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やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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