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貴腐ワイン

 40年以上も前のことだ。今は故人となられたが、当時、サントリーの名物社長だった佐治敬三氏を囲んで貴腐ワインを頂いた。しこたま、と言ったら品がない。惜しげもなくといった方がいい。まだ30代も半ば。ただでもアルコールに弱い方ではなかった上、無作法や失礼をも省みず頂いてしまったのだろう。甲府市のある有名ホテルの座敷だった。


佐治敬三氏
佐治敬三氏
画像・すべてサントリーHPより


 サントリーは当時、日本で初めて貴腐ワイン作りに成功。立場柄というか仕事柄というか、発売前の試飲会にお招きを受けたのだ。貴腐ワインの原料は言うまでもなく貴腐葡萄。貴腐というのは完熟した葡萄の実にポトリティス・シネレア菌が付着、果実の水分が蒸発して糖度が高まる珍しい現象。もちろん、そこには気温や湿度など気象、気候上の複雑な条件が絡むことは言うまでもない。


ワイン樽


 この貴腐葡萄で醸したワインは専門家の間でも「ワインの帝王」と呼ばれ、それが醸しだす甘味と風味が、その希少性と共に珍重されているのだ。ポトリティス・シネレア菌がもたらす貴腐葡萄を発見、初めて貴腐ワインを世に出したのが山梨県北巨摩郡双葉町(現甲斐市)のサントリー登美の丘ワイナリーである。当時は確か、サントリー山梨ワイナリーと言った。試飲会だからサントリー関係者はともかく、一般人では最初に貴腐ワインを口にした一人であったことは間違いない。

貴腐ワイン

貴腐ワイン「登美ノーブルドール」


 さて、その貴腐葡萄なるもの。貴腐ワインを試飲しながらポトリティス・シネレア菌云々の説明を聞いていた一人がこれまた失礼にも「これって、ぶどう作りの失敗作じゃあないの?」と言った。試飲に招かれた人たちのほとんどは葡萄作りなどには縁のない人達ばかり。でも、正直言って私もそう思った。葡萄の産地に生まれ育ち、少なからず、葡萄作りに携わった経験があるからだ。ポトリティス・シネレア菌などと難しいことは分からないにしても確かに、そんな葡萄は我が家の葡萄園にも。言葉を変えれば発生した。しかし、栽培農家の間では、より高品質な葡萄作りを目指し、品種改良をする一方で、病害虫や病原菌を駆除するための消毒を徹底するようになった。この話はワイン醸造用の葡萄ではなく、生食用のことである。当然のことながらポトリティス・シネレア菌だって死滅する。


収穫   貴腐葡萄
「貴腐まじりの葡萄の収穫」      「収穫された貴腐葡萄」



 つい先頃、中国は上海や千葉の柏から来た友と一緒に訪ねたサントリー登美の丘ワイナリーで、若かりし頃を思い出しながら、貴腐ワインをかみさんにも飲ませてやりたいし、友たちにも土産に持たせたかった。希少価値だから高価であることは分かっている。ところが、そこにあった貴腐ワインのお値段は20数万円。0が一つどころか二つも違うのだ。一瞬、「お土産・・・」の「お」の字を飲み込んだ。もちろん高価といっても3万、5万のモノだってあるのだろう。しかし、そこは所詮貧乏人の性。思わず手が引っ込んだ。女房だって貧乏人の連れ合い。「お父さん、もったいないわよ」と言うに決まっている。




 貴腐ワインは高嶺の花であることは確か。でも女房ぐらいには思いっきり飲ませてやりたいと思う半面で、自分の若かりし頃と、その後も何度かお目にかかった佐治社長の温和なお顔を昨日のことのようにまぶたに浮かべ、赤面の至り、顔が熱くなった。





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梅雨と葡萄

  今年は梅雨が長い。それにしてもよく降る。梅雨だから、といってしまえばそれまでだが、西日本一帯では、その梅雨前線と台風も絡んで豪雨をもたらし、あっちこっちに被害のツメ跡を残した。山梨のこの辺りの葡萄栽培農家は、房作りや消毒作業が思うように進まず、日増しに房を大きくする葡萄棚を尻目に梅雨空を恨めしそうに見上げた。

山梨の葡萄棚
山梨の葡萄棚


 実はこの梅雨と葡萄棚は無縁ではない。フランスやイタリアなど世界各地で見られる葡萄の栽培方式は、いずれも立ち木。棚で栽培する方式は日本だけといっていい。山梨にお出でになった方々ならご存知だろう。平地といい、傾斜地の山付き地帯といい、みんなによる栽培なのだ。もちろん山梨ばかりではない。お隣の長野もそうだし、梅雨のない北海道を除いて、みんなこの方式である。先頃、中国や千葉からの友人と訪ねた山梨県甲斐市のサントリー登美の丘ワイナリーに見られる立ち木の葡萄園は全体から見れば稀なのだ。


サントリーの葡萄畑  
サントリー登美の丘ワイナリー 立ち木の葡萄畑
HPから


 その理由は紛れもなく梅雨。葡萄が房を形成、成熟へ向かおうとする6月から7月、日本列島は毎年、梅雨の洗礼を受けるのである。降った雨は当然のことながら地表から跳ね上がる。立ち木の栽培方式だと跳ね上がった雨露は葡萄に何らかの病気をもたらす。そこで先人たちは葡萄の木を棚に仕立てて、枝や葉っぱを地表から離したのだ。棚栽培の場合、面での栽培なので品質の向上ばかりでなく、商品品質の平均化も図ることが出来る。


葡萄


 ワイン原料ならまだしも生食用の場合、日本人は味ばかりでなく外見にもこだわる。だから病害虫による傷物は商品価値を確実に落とす。価格にストレートに跳ね返る訳だから、生産者が棚栽培をするのは、いわば当たり前。個々には栽培面積が狭いので、付加価値の高い生食用でないと採算が合わないのである。ワイン原料用なら品質に拘らない立ち木栽培でもいい。しかし価格が安いワイン原料用の葡萄栽培ではメシが食っていけないのだ。


ポスター

「赤玉ポートワイン」宣伝ポスター と サントリー創始者・鳥井信治郎氏



 ワインには赤と白がある。その違いは原料ばかりでなく製造工程に違いがあるのだ。白ワインは原料葡萄を破砕、皮や種を取り除いた果汁だけを発酵させる。これに対して赤は皮や種ごと圧搾して発酵させるのだ。このため皮や種に含まれるタンニンが含有されるので赤ワイン独特の、あの渋味が味わえるのである。渋味もなく、まろやかな味わいの白に対して、独特な渋味が≪コク≫を感ずる赤。それぞれの好みだが、葡萄の産地で生まれ、赤ワイン製法の密造酒で≪鍛えられた≫せいか、どちらかというと赤の方が好き。赤ワインの原料がベリーAなど赤系の葡萄であることは言うまでもない。


赤ワイン
サントリーワイナリー・HPより


 ≪通≫の人たちは料理によっても白、赤を飲み分ける。例えば、肉料理と魚料理がそれだ。繊細な味が特徴の和食にも言える。ワインに限らず、日本酒や洋酒など幅広いお酒にも言えることだろう。和食のようにシンプルな料理と脂っこい中国料理やロシア料理ではアルコールの度数とも相関関係を持つ。わが国で日本酒が古くから飲まれて来たのも、その食文化によるものである。見学させて頂いたサントリー登美の丘ワイナリーのセラー(貯蔵庫)では無数といってもいい瓶詰めされた5年、10年、20年もののワインが熟成を待っていた。子供の頃、盗み酒をした自家製の密造斗瓶とは風味も品格も異なるのだろう。


ワイン蔵     ワイン樽


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遠方より友

ビアガーデン
ビールで乾杯!


 「カンペイ」「カンペイ」。何度も何度も杯を交わした。懐かしい友、心の通う友と酌み交わす酒はうまい。一人は中国の上海から、一人は千葉県のからやって来た。いずれも奥様をお連れしての来訪で、ニ泊三日、山梨市の我が家で足を休め、夜は和やかにお酒を酌み交わした。中国式の乾杯は酒席を盛り上げてくれる。





 中国からの友は51歳。若い頃、サントリー社に務め、東京や大阪で生活したことがあるというだけあって日本語も上手に話す。今は中国や香港とサントリー社の間にあってウーロン茶の商社活動をしている。一方、千葉からの友は私と同い年の76歳。上海に進出した古河電工の現地法人の社長を引退してボツボツ10年。かつて、私達夫婦の中国行きのきっかけを作ってくれた方だ。この時、現地・上海などを案内してくれたのが一方の中国の友である。



上海
上海・周庄


 この二組の夫婦の案内で上海や蘇州を気ままに歩き、夜は四川料理や広東料理を囲んで、老酒やマオタイ酒で乾杯した。「今度は日本の山梨の我が家でやろう」。そんな約束が実現した。もう永い付き合いの千葉からの友はともかく、中国からの友はわずかな期間の出会い。でも古くからの友人のような気がする。人の心の通いとは不思議なものだ。




 サントリーは、お酒をお飲みになる方々だったら誰でも知っているお酒のメーカー。ウイスキー、ブランディー、ワイン、ビール・・・。ウイスキーは拠点工場の一つに京都の山崎が。「山崎」というブランドもある。さらに昭和40年代には山梨県の南アルプス山麓にある白州町(現北杜市)に新たな拠点を設けた。その「白州」ブランドも定着した。一方、ワインは山梨県に古くから拠点を置いている。その登美の丘ワイナリーは100年の歴史を持つ。双葉町(現甲斐市)の登美丘陵にあって「登美」「登美の丘」「登美の詩」といったブランドも。ビールはキリンやサッポロ、アサヒに比べれば後発だ。


登美の丘サントリーワイナリー
サントリー登美の丘ワイナリーHPから


 そのサントリー登美の丘ワイナリーを訪ねた。案内したというより中国の友がほんの一時期とはいえ携わったこともあるところだから、案内してもらったといった方がいいかもしれない。何年ぶりかにワイン博物館や工場見学をさせていただいたり、肉料理や魚料理を囲んでワインもしこたま戴いた。もちろん真昼間だ。昼間の酒はうまい。眼下に広がる甲府盆地、その向こうに浮かぶ富士山、右手には南アルプス。富士山の反対側には八ヶ岳が。そんなロケーションの中で戴くワインの味はまた格別。杯も進もうというものだ。


ワイナリー食事
登美の丘サントリーワイナリーレストラン「ワインテラス」にて


 広大な登美丘陵を埋め尽くすようなブドウ農場にはまだ小さく青いワイン原料用のブドウが秋の収穫に向け実を膨らます。山梨県を中心としたブドウは棚による栽培方式。しかし、ここではフランスやイタリアなど外国に見られる立ち木栽培を取り入れた農場が目立つ。広大な丘陵に広がる、その栽培様式はヨーロッパを髣髴とさせてくれる。


登美の丘

サントリー 登美の丘ワイナリーHPから


 サントリーの佐治敬三社長(故人)の懐近くにいたこともある、この≪遠方からの友≫は、ワイン博士といってもいい同ワイナリーの所長と和やかに話していた。でも、この男の専門はウーロン茶。我が家でも酒を酌み交わしながらのウーロン茶談義になると目の輝きを変える。そのウーロン茶、いつの間にか私達日本人の生活にしっかり根付いた。


烏龍茶


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数字の好き嫌い

数字


 食べ物に好き嫌いがあるように人間には数字にも好き嫌い
が。嫌いの方(ほう)は「あえて言えば」の類でしょうが、意識的に避けている数字もある。例えば、病院は「4」と「9」の部屋番号を避けているところが多いことにお気づきだろう。病院が嫌うというのではなく、そこに入院する患者さんが嫌うからだ。




 全くのこじつけだったり、縁起担ぎだったりするのだが、「4」は「死」に、また「9」は「苦」に結び付けてしまうのだ。アパートやマンションの中にもそんなところがないでもない。ただ頭の数字は、その建物のフロアー(階)を現すから、一概に避けたり、嫌ったりするわけにはいかないこともある。

マンション


 車にはナンバープレートがある。ここでも「4」と「9」は嫌われ者。日本では一般の車両ナンバーは4桁。そのうち前の2桁であれ、後ろの2桁であれ、「4」と「9」がセットになったりすると、これもやっぱり「死」「苦」で忌み嫌うのだ。これを「死ぐ」に語呂合わせしてしまうと、やっぱり穏やかではない。車は大なり小なり交通事故の危険と隣り合わせ。普段、数字のこじつけや縁起かつぎになんか無頓着な人でも周りからそんなことを言われると、気味悪く思ってしまう。




 今は車のナンバーを選べるシステムになっているので、そんなことの解消は簡単。「俺、陸運に行ってナンバーを変えてもらってきたよ」という知人もいた。車のナンバーには一番頭に〇〇と、その地域を特定する文字が入っている。いわゆる「〇〇ナンバー」といわれるものだ。山梨、静岡両県の富士山麓には「富士山ナンバー」が創設されて、珍しさも手伝ってか、ちょっとした人気。車のナンバーは車両の登録エリアを意味するものだから、この〇〇部分は、選択の余地はない。そんな中でも例えば東京の「足立ナンバー」と「品川ナンバー」を比較すると「品川」の方が人気があるのだという。「品川」の方がスマートな印象があるようだ。「足立」の方々、ごめんなさい。

富士山



 一方、好きな数字はその人によってまちまち。「7」が好きな人もいれば、「8」や「1」などさまざま。中には誕生日の数字で競馬の馬券を買う人もいる。例えば4月12日生まれの人が「4番」「12番」というように、どんなレースでもその番号を一枚は買うのだという。ただ、そこには実力がモノをいうレース上の根拠があるわけではないので、ほとんどがハズレ馬券ということに・・・。でもまかり間違えると万馬券では済まされない。




 「ラッキーセブン」とか「末広がり」というように「7」や「8」は人気者だが、やっぱり日本人がその昔から好んで使うのは「3」だろう。お正月は「三が日」、やはりおめでたの結婚式は「三々九度」。極めつけは「三大〇〇」である。日本人は何でもかんでも「三つ」にまとめたがるのだ。「三大祭」「三奇祭」「三奇矯」「三大急流」「三大夜景」・・・。日本の「三大〇〇」は山ほどある。「3」という数字はそれなりの根拠もあるのだ。拍手の「三三七拍子」はリズム上の感覚、絵画や設計でいう「黄金法」も根拠がある。見事な空間をもたらす「鼎」も3本足。カメラの三脚は当たり前。共通点は安定感だ。




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栴檀とズボラ人間

栴檀


 栴檀は双葉より芳し、という。優れた人間は幼い時から普通の人とは違う、の例えだ。実際そんな人間がいるかどうかは別として、私のような人間には無縁な言葉であることだけは間違いない。正直言って栴檀という木に出遭ったのは、そんなに昔ではない。最初は現役時代、四国は高知県で開かれた、ある会議のついでに訪ねた高知城の一角。確か明治の元勲の銅像の脇に茂っていたものだが「これが双葉より芳し、の栴檀か」と、説明プレートを見ながらつぶやいたら、案内してくれた人は、いかにも自信なさそうに「俺にもよく分からんのだよ」。


高知城
高知城の栴檀


 それからしばらく経って山梨県の南部にある市川大門町(現市川三郷町)にある造り酒屋をお訪ねした時、高知城で見た同じ木に出遭った。その造り酒屋さんが出しているお酒の銘柄は「栴檀」。「やっぱり、これが栴檀か」。妙な所で納得させられた。その栴檀の木が現役を引退した後、ムチウチ症(頚椎捻挫)の治療で通ったリハビリ病院の庭にもいっぱい植えられていた。みんな大きな木だった。先頃まで白い小さな花をつけ、今は青い実がいっぱい。秋には黒いモクのような実がなる。ただ無知な私が納得できないのが香り。いずれも、どうみても「芳しくない」のだ。


栴檀2


 首の牽引をし、OT(作業療法)、PT(理学療法)と呼ばれるマッサージ治療を受けながら窓越しに見える、その栴檀の木を見るともなく眺めながら、いつも釈然としない思いをしている。双葉より芳しいのなら、大きくなったって芳しいはずなのに・・・。ムチウチ症の治療とはそんなもの。どっちでもいいことを考えるヒマがあるのだ。大した事はないじゃないか、と思えばそうでもない。ムチウチ症というのはそんな疾患かもしれない。




 人間にはそんな定めがあるのだろうか。たまたまだが、昨日、山梨市役所で、山梨市青少年のための市民会議が開かれた。各界の代表で組織、さらに下部組織としての地区会議を設けている。間もなくやって来る夏休みを前に子供たちの非行防止を考えようというもの。当然、ここでは「双葉より芳し」の子供たちは議論の対象にはならない。


栴檀3


 考えてみれば、この組織も不思議な組織だ。長年続いていて大なり小なり非行をして来た子供が大人になり、真面目顔で子供たちの非行防止を考え、幾つものスローガンを掲げて、それを話し合うのである。「双葉より芳し」とは違う子供たちを指導するオジサンたちの「非行対策」はみんな「来た道」。少なからず覚えがあるから対策だって簡単。ところがこのオジサンたちに分からないのがケイタイやインターネット絡みの処方箋である。




 今の子供たちがやっているのは大人たちが考えている携帯(ケイタイ)なんかではない。つまり「モシモシ」の電話ではないのだ。そこに内蔵されたソフトや機能を自由に操って、さまざまな遊びもすれば、いじめもする。インターネットにも繋がるから、どこにでも≪潜入≫していく。面白いはずだ。


 しかし行く先には子供たちを蝕む≪罠≫が仕掛けられているかもしれない。そこでオジサンたちが頭を抱えるのがその対策。これまでやってきた悪書追放運動や喫煙、夜間徘徊の戒めなんかは分かり易いからいい。でも「通ってきた道」ではないITの世界には戸惑うばかりだ。


 ところで注釈。「栴檀は双葉より・・」の栴檀はなぜか白檀のことを言うのだそうだ。そう聞けば「双葉より芳し」だけは頷ける。 でもなぜ「白檀」が「栴檀」? また分からなくなった。



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過剰包装

 それ程、外国を歩いているわけでもないが、そこで、ふと考えさせられることがある。包装の仕方の違いだ。中国やアメリカ、それにフランスやスペインなどヨーロッパの国々。どこで買い物しても、その包装や入れ物は極めてラフ。日本のように包装を過剰にする国はない。その違いは誰が見ても歴然としている。習慣や国民性の違いといってしまえば、それまでだが、やっぱり合理感覚の違いだろう。


包装紙


 わが国の場合、お土産物一つとっても包み紙入れ物に細心とも言える気配りと工夫をする。高級果物のメロンやマンゴーに到っては桐の箱にまで入れてしまうのである。高価イメージのシールやリボンなんかも当たり前。消費者側もそれが当然と思っているし、むしろ、それを求める場合だってある。一流デパートのように包み紙そのものがブランドの証だったりする。ただ、この一流デパートの包み紙は時の流れの中で、地殻変動も。山梨で言えば「岡島」、東京で言えば「三越」もその一つかもしれない。

メロン

 消費が経済成長の原動力、などと分かったようなことを言われると返す言葉もないが、よく考えてみると、間違いなく無駄。なにも立派な紙を使ったカラフルな包み紙や桐の箱を食べるわけでもなく、開いた後はただのゴミ。当然、この包装にはそれなりのコストが。この過剰包装の習慣は、日本人が長い間に身に付けさせられた「見栄」の裏返しなのか。それとも形や外見にこだわる日本人の特性なのか。


包装紙2


 そんなたわいもない事を考えていたら茶の間のテレビで「見た目の損得論」などと、これまたたわいもない番組をやっていた。晩酌をしながら何気なく見ていたバラエティー番組。何人かの人気タレントさんに囲まれた経済アナリストが真面目顔で話していた。それによると、人間、イケメンだったり、感じのいい風貌やイメージを持った人は、それと反対の人と比べると一生のうちでは、お金で換算すると4,000万円の得をするというのだ。




 番組は「実験」と称して街頭にイケメンと、そうでない男の人を二人並べて広告入りのティッシュを道行く人に配らせた。どちらの方が沢山配るか、言い換えれば道行く人たちがどちらからティッシュを受け取るかだ。隠しカメラでそれを追って見せるのだが、結果はイケメン男性に圧倒的な軍配。その差は歴然としていた。女性の場合の就職試験面接にもその差は知らず知らずに現れているのだそうだ。




 「見た目」というのは理屈では分からない不思議な力を持っている証。過剰包装はそんな日本人の心理を商いの中に捉えているのだろうが、考えてみればやっぱり無駄。ゴミの山への貨物列車だ。そんなことを考えるともなく晩酌を重ねていたら、うちのかみさん、「お父さん、これをお中元として送りたいんですけど、包み紙、これでいいかしら。これだと安っぽく見えるかしらねえ」。


ゴミの山


 ひと頃、イケメンの代表格のようにオバサマ方から人気を集め、追っかけに囲まれた、あのヨン様は・・・。どうやら日本の奥様方は包装紙ばかりでなく、マスコミにも弱い。マスコミに取り上げられなくなると、あっさりと忘れてしまうのだ。 国政、地方を問わず、選挙だって「見た目」やマスコミによって作られる「人気」というレッテルにも左右されていく。「総理大臣にふさわしい人」がいい例だ。その人を支持するのもしないのも気まぐれなのだ。



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simple is best

 [Simple is best]。うまいことを言ったものだ。フレーズだって、まさにシンプル。この言葉は古今東西、普遍のような気がする。人間、単純であった方が何事にも分かり易い。しかし、これまた古今東西、単純に行かないのが人間であり、人間の世界かもしれない。

パソコン


 ここで言いたい「Simple is best」は、そんな小難しいことでも屁理屈でも何でもない。このブログをやっていて、つくづく思うことである。アナログ人間が遅ボケにパソコンを習い、インターネット、果てはブログにハマリ、パソコンに向かいながら痛感することなのだ。自ら記事を発信する一方で、人様の記事やメッセージを一人でも多く拝見させて頂く。このこと自体、当たり前なことだと思っている。




 ところが、目指すページがなかなか開かないのだ。「待機中」「不明なゾーン」。10秒、20秒ならまだいい。これが1分、2分となるとイライラするのだ。10分、20分、ましてや1時間、2時間を考えればわずかな時間だが、この待つ時間がなんと長いことか。「お前は気が短いんだよ」とお叱りを受けるかもしれないが、正直言ってうんざりするのである。


時計


 その時どうするか。おっしゃる通り、せっかち者だから、お目当てのページが開かれるのを待ちきれずに次ぎのステップに移ってしまうのだ。百歩譲って、それがまかり通ったとしても、その後にはツケが回って来るのである。




 それを繰り返すと結果的にパソコンがストレスを貯めてしまうのだ。アナログ人間が「ストレスを貯める」などと、分かったようなことを言うのは似合わないかもしれない。しかし経験から、それを繰り返していると必ず、パソコンはトラブルを起こすのだ。その時に、為すすべを知らないので、やることは一つ。再起動して振り出しから改めて手順を踏んでいくのだ。これがまた煩わしい。せっかち者の所以である。




 その原因をアナログ人間なりに考えた。「大きなお世話」とお叱りを受けるかもしれないが、ブログのベテラン、つまり、それへの知識と技術をお持ちの方に、トラブルの原因が多いようにお見受けした。高度なテクニックを施すものだから、コンピュータだって解析するための時間を要するのだろう。動画文字もその一つ。これは単なる私の経験則。シンプルな発信をしてくれるブログにトラブルは少ない。


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 他山の石。同じ轍は踏むまいと思っている自分も人様にご迷惑をかけているのではないかと思うことがある。私のブログは日常生活の中で見たもの、感じたものを文字と写真で綴っているエッセイ。素人なりに文字はともかく写真の多用は、それなりの負荷を招いているのではと思ったりする。事実、次ぎへのステップに時間がかかるようになった。




 私が住む山梨市は甲府盆地の東北部。山間部とはいかないまでも、それに近い。これもアナログ人間の経験則だが、お天気の悪い時の接続はよくない。科学的な根拠を持って言っているのではないのだが、雨の日などは極めて接続がよくないのだ。総じてこの世界に知識豊かな若い方々と反対に、一般的にアナログ層のブログの方がお訪ねの接続がし易い。Simple is bestである。発信する文章は読んで頂くもの、写真は見て頂くものだ。




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葡萄の種

ブドウ


 葡萄の種は気にならないが、西瓜の種は気になる。その反対もあるだろう。それを取り巻く習慣や生まれ、育ちなど環境の違いかもしれない。知人の一人に西瓜を食べる時、ダイナミックにかぶりつき、種まで飲み込んでしまう男がいた。西瓜の産地の人だった。私なんか、あのバラバラにある種がどうにも気になり、スプーンやフォークの先で予め取り除いてから食べるのだ。そんな時、西瓜に種がなかったらいいのになあ~、と正直思う。




 そんな自分はというと、葡萄の種なら平気。何の違和感もなく飲み込んでしまうのだ。甲府盆地の東北部に位置する、この辺りは「勝沼」を中心に古くから葡萄の産地。そんな環境に生まれたせいか、子供の頃から当たり前のように葡萄の粒を種ごと飲み込んだ。汚い話をして恐縮だが、その頃、この辺りはトイレの浄化槽も、ましてや下水道も整備されていなかったので、その種はトイレの槽の底に溜まるのだ。


ブドウ畑



 トイレの糞尿は溜まると「下肥」として野菜作りの肥料に。その頃は今のような少子化の時代と違って子供の数だって4人、5人は当たり前。大勢の家族が食べる葡萄は決して少なくない。必然的にそこに溜まる葡萄の種は半端ではないのだ。下肥の水分は当然、畑に沁み込む。畝(うね)にはその半端でない葡萄の種が残るのである。人間の胃袋を通って排泄された種は、綺麗に洗われてリアルな形で再び世に出てくるのだ。




 西瓜の種にも同じことが言えるのだろうが「葡萄の種をそのまま飲み込むと盲腸(虫垂炎)になる」と言った人がいた。生理学的にも医学的にもそんなことはないはず。もしそうだったら葡萄の種を飲み込んでしまう習慣があった山梨県人は、みんな盲腸になってしまっていることになる。


ブドウ畑2



 「葡萄に種なんかあるの?」。都会の消費者、特に種なし葡萄に慣らされた若い方々は首を傾げるに違いない。ジベレリンの開発と実用化は一部の品種を除いて葡萄の種なし化を可能にした。これは今に始まったものではなく、歴史は古い。この地方では、デラウエアー種に始まったジベレリン処理は巨峰、ピオーネなどの大房系の葡萄に到るまで幅広く取り入れられ、技術的にも完全に成功。今では種なしが当たり前になった。果肉が柔らかい甲州種を除けばほとんどの品種で、この技法は成功している。




 ジベレリン処理は種を抜くという画期的な技のほか果実の促成にも役立つ。2回に分けて行なうのだが、ポイントは処理の時期ジベレリン水溶液の濃度。どちらを間違えても失敗するのだ。当初、デラウエアー種で成功したこの手法は果樹試験場などの研究機関ばかりでなく、果樹栽培農家の試行錯誤が今の完全実用化をもたらした。


ブドウ2


 核、つまり種の周りに酸味が多いのが果実の特性。現代人はなぜか酸味を嫌う。種を抜くと同時にこの酸味を少なくするのだからジベレリン処理の効果は一石二鳥。私なんか種があって、適度の酸味があった方が美味しいように思うのだが・・・。確実に種ありの方が味がいい。でも葡萄には種がない、と消費者に思い込ませてしまった今、あと戻りは出来ない。今がそのジベ処理の最盛期。小さな房には雨除けの傘、蝋紙をかけるのだ。




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ベランダ菜園と百姓

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 ベランダでナスやキューリ、トマトはもちろん、最近では私達、百姓の倅にすら分からないような外来野菜まで立派に作ってしまう。その種や苗は探さなくても、いくらでも手に入るし、それを栽培するための土や肥料も簡単に入手出来る。テレビのチャンネルをひねれば、「先生」と呼ばれる家庭菜園の専門家?が懇切丁寧に、その作り方から管理の仕方まで解説付きで教えてくれる。




 自らを「百姓の倅でも・・・」と言ったのは、農家に生まれながら、60歳を過ぎるまで農業とかけ離れた生活をしてしまったからだ。中学、高校まで家業の農業に携わった。年齢で言えば、18歳まで。子供の時代なので「手伝った」という方が正しい。以来、東京で生活した学生時代の4年、さらに、これまで、人生の大半ともいえる40年以上を農業とは無縁のサラリーマンとして生きてしてしまった。



ブドウ


 会社人間に終止符を打った時、「よ~し、今度は思う存分、百姓をやってやる」と、正直、心に決めた。ところが、55年を超す歳月はそれを許してくれなかった。一つ果樹栽培を例にとっても、品種もその栽培技術もガラリと変わっていた。そればかりではない。木や棚の仕立て方、消毒薬やその取り扱いまで一変してしまった。




 決定的な決め手は身体体力と言った方がいい。栽培方法や技術は覚えればいいし、勉強すれば追いつける。でも、体力だけはそうはいかない。若い頃は時間的にも仕事全てに、かなりハードな所に身を置いたし、大抵のことならへこたれない根性も身に付けたと思っている。しかし歳はウソを言わない。


 もちろん、私達の年齢の人たち、仲間たちは今も立派に百姓をやっている。決定的に違うのは5
5年という歳月のブランクだ。「日曜百姓」と言われるように週末だけでも畑に出る生活をすればよかったのだが、仕事柄、そんな事も許されなかったし、しようとも思わなかった。




 悲しいかな、今の私には「ベランダの野菜作り」の方が理解できる。その一方で「いい世の中」「便利な世の中」になったもんだ、と思う半面、これからの農業はどうなっちまうんだ、と思ったりもする。ベランダ菜園は趣味であったり、遊びだからいい。不気味なのは一方で進む工場農業だ。


トマト


 もう40年ぐらい前になるが茨城県で開かれたつくば万国博覧会で、とてつもなく大きいトマトの水耕栽培を見たことがある。正直言ってド肝を抜かれ、やがて日本の農業は・・・と考えされたりもした。


つくば博
つくば'85


 この時の水耕栽培は今や博覧会のレベルではなく、さまざまな工場農業技術として実用化され、珍しくもなくなった。そこにあるのはコンピューター。太陽の光も土も要らない。そんなやり方は農業ばかりでなく、既に養鶏などでは当たり前になった。コンピューター管理の、しかも無菌状態のハウスの中で食用のニワトリを大量生産する。本当に太陽光や土は要らないのか。そんなことを考えると、まだ自然があるベランダ菜園の方がいい。




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御嶽山と山菜

御嶽山


 木曽福島はワラビが最盛期だった。木曽のシンボル・御嶽山の麓にあるスキー場は山ウドが手頃に淡い緑の頭をもたげていた。


 「木曽のなあ~ 木曽のなかのりさん♪ 木曽の御嶽山はなんじゃらホイ・・・♪」。


地図



 木曽節にもそう歌われる御嶽山は「夏でも寒い♪」。雲間から時折姿を見せるその山頂はまだ厚い雪を被り、中腹にもまだかなりの残雪が。車でやって来る人達の登山口ともなる駐車場には10数台の乗用車が停まっていた。3,067m。霊峰・御嶽山の山頂を目指している人達の車だろう。名古屋や福井、横浜や東京の品川ナンバーの車もある。あの痛ましい噴火から何年が経つのだろう。地元の人たちはむろん、御岳山を愛した登山者の心の傷は、まだ癒えていない。 




 「上りは丁度3時間半。帰りの下りは2時間ちょっと。山頂はもちろん雪に包まれていますが、風もなく、寒さを感じませんでした。でも…」


雪山


 時計は午後2時を回っていた。一人で山から下りてきた40歳前後と見られる男性は、疲れた様子も見せずにニコニコしながら山の様子を話してくれた。この男性は前夜のうちに福井県からやって来て駐車場の車の中で仮眠、朝7時を期して山頂を目指したという。恐らく、残る車の人たちも同じような行程を辿っているのだろう。



 白い雷鳥(保護色)にも出遭いました」




 山菜採りをする私達をよそに、御嶽山はまだ冬。この駐車場に繋がる山道の両側に広がるダケカンバやシラカンバの林からはウグイスの声が。3,000mを超す御嶽山は、まだはっきりと季節を分けていた。山頂は冬。標高を下げるに従い春から初夏へ。麓には初夏の山菜が。登山口の駐車場の脇には日影をよいことに厚い雪が残っている。


中仙道中間地点


 この山でも似て非なるものがダケカンバ(岳樺)とシラカンバ(白樺)。見れば、私のような素人でも、その区別は分かる。幹の色だ。ダケカンバは幹が灰褐色。シラカンバはその字の通り白い。ダケカンバの林は山道を下り始めると、いつの間にかシラカンバに変わる。恐らく標高1,500mから1,600m辺りが、その境なのだろう。




 その辺りは一面がスキー場。一帯を厚い雪が包むシーズンなら若者達の歓声で賑わう何本ものリフトが今は場違いにさえ見える。何箇所ものクッションを経て、上へ上へと伸びるケーブルは心なしか錆び付き、その要所要所で半カップ状の風車が空虚に回っていた。今、山ウドの格好の狩場は、そのスキー場。何人もの先客がいた。みんな申し合わせたように大きなビニール袋を片手に、まだ地表に顔を出して間もない山ウドを鎌で掘り出すのだ。土に埋まった根に近い白い部分を食べるのだが、里のウドと違って味と香りは抜群。





 一方、ワラビ狩りは、そんな一帯よりまだ標高を下げた所。木曽は名だたる杉、檜の産地。そんな杉、檜の山を横目にした原野に近い所が狩場である。案内役は自らも「渓流釣りや山菜採りが大好き人間」というベテラン。どこもかしこもホタルのけつ。毎年、女房と私を案内してくれる。この日も朝5時に山梨市の家を出発。中央道伊那ICで降りて権兵衛トンネルを通り、国道19号(旧中仙道)を経て木曽の山へ。途中の「道の駅」には「江戸ー京都の中間地点」を告げる標識も。 そのちょっと松本寄りの塩尻には江戸時代の旅人達が足を休めた「奈良井宿」もある。


御嶽山2


 木曽の御嶽山は言わずと知れた信仰の山。車で上って行くとスキー場のゲレンデが切れる辺りから登山道の両側には無数といってもいいほどの石碑が。信者の方々が寄進、奉納したのだろう。いやが上にも霊峰、霊場・御嶽山の存在の大きさを印象付けていた。




御嶽山


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Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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