プライバシー保護シール

プライバシー保護シール


 嫌なご時世になったものだ。昨日、山梨市のある総合病院から来月開く理事会の案内通知が届いた。当然のことながら、そこには出欠を問う返信用のハガキが添えられていた。その内容は「出席」、「欠席」、つまり出欠の有無と住所、氏名、連絡先である電話番号欄、いわゆる月並み、当たり前の返信用のハガキだ。




 それはそれでいい。「あれっ」と思ったのは、そこにハガキ大のシールが添えられていたことだ。「プライバシー保護シール」。裏面にはこんな説明書きが。


 「必要事項をご記入されましたら内容が隠れる様に、このシールをお貼りのうえ、ご投函下さい」




 この「プライバシー保護シール」が悪いと言っている訳ではない。むしろ、病院の個人情報?に対する気配りには恐れ入ったりもする。私が「おやっ」と思ったのは、ここまでしなければならなくなった?世の中になっていることだ。法の精神は、あくまでも個人情報の「有効活用」と、その「保護」。つまり有効利用するために適切な個人情報の取り扱いを促したもの。事業者に対する義務を定めた法律だから、それはそれでいいのだが…。




 私は法務省に関わる、ある民間機関で事務処理の合理化や迅速化、情報の共有化を促すためのICT(情報コミュニケーション技術)推進の先頭に立ったことがある。お若い方からは笑われるかも知れないが、ICTの名にもとに委員さんたちのパソコンによる事務の電子化。なにしろ山梨県内218人の委員さんの平均年齢は68歳に近い。アナログ世代である。




 ここでも「個人情報の漏えいに繋がらないか」、「セキュリティーは?」といった大真面目なご意見が。中には緊急、直接の連絡網にもなる携帯電話番号の登録さえ躊躇する人も。個人情報保護法は本来の《事業者規制》の域を出て国民一人一人に浸透。独り歩きしている。国民がこれほど神経質になる法律は他にあるまい。あるとすれば自分の命や免許証に関わる道路交通法くらいのものだろう。善良な市民なら日常の中で法律などどうでもいい。


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 病院の待合室は診察を待つ患者さんで何時もいっぱい。その病院側の呼び出し方。名前ではなく、受付番号で呼び出すところが多い。会計処理の呼び出しも同じだ。これも個人情報保護法。病院側のやり方が間違っているわけではない。でも肝心の患者さんたちは、自らが持つ受付番号を握りしめ、呼び出しのアナウンスがある度に睨めっこ。中には3人に一人、5人に一人は自分(番号)が呼ばれたことが分からない人も。戸惑いは隠せない。




 小池東京都知事がよく口にする「都民フアースト」ではないが、病院は確実に「患者ファースト」。言うまでもなく、五体満足・健常者が行く所ではない。法によって、あらゆる個人情報を保護しなければならない病院側の処置は、分からないわけでもない。でも法律が私たちのような市井の人間を、あっちこっちで不自由に陥れているとしたら…。




 このままエスカレートしたら将来、電話帳はどうなってしまうのか。事業所が社員、職員に持たせる名刺は…。個人情報保護の名のもとに、電話帳がなくなったら…。人々の拡大解釈や法の一人歩きで結果的に不合理な道を歩むバカらしさを感ずるのは私だけか。




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どんど焼きと子供たち

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 早いもので小正月が過ぎて、2月へまっしぐら。元日の朝、氏神さんに地域のみんなが集まって新年の拝賀式を開いて、この一年の平安祈ったのが、ついこの間。三ヶ日が終わって働き蜂達は、会社や官庁に戻り、農家もそれぞれの畑仕事に。そうしながらも人々は七草粥や小正月などの伝統行事を《それなりに》にこなしてゆく。




 山梨県地方では、この間、雪に見舞われた。サラリーマンは出勤の足に少なからず気をもみ、果樹農家、特にブドウ栽培農家はブドウ棚の倒壊に気をもんだ。数年前、予想にもしなかった大雪で壊滅的とも言える被害を被った経験があるだけに、ブドウ栽培農家は、ことさらに神経質になっているのだ。




 暮れと言わず、正月と言わず、防寒具に身を固めてはブドウ園に出て、剪定作業に追われた。剪定作業は、そもそも無駄に伸びた枝(ツル)を切り落とし、今年の収穫をより良く安定させるためのものだ。この作業が遅れ、万一、大雪にでも見舞われたらムダ枝に積もる雪の負荷、つまり重みで棚の倒壊を招きかねない。梅雨がある日本特有の棚栽培の宿命かも知れない。梅雨がある日本では欧米のような垣根のような立木栽培は不向きなのだ。





 そこへ行くと桃の木は雪には強い。多くの果樹にも言えることだが、枝は上(空)に向かって伸びる。いわゆる徒長枝というヤツだ。だから雪の負荷は少ない。梅、桃、梨、かりん…。みんな同じだ。この剪定くずは畑など空き地で燃やしてしまうのだが、最近では消防署がうるさくなり、これを細かく裁断する器具まで登場している。土に返すのである。




 時季も時季。この辺りでは小正月行事の「どんど焼き」の種火にも。「どんど焼き」は、前の年のしめ縄やお札などを焼き、神に戻すのである。昔からの風習を今に伝え、小さく丸めた団子を銀紙に包んで焼く人たちも。本当かどうか知らないが、この団子を食べると虫歯にならないばかりか、無病息災を約束してくれるのだとか。真っ赤に燃え上がる「どんど焼き」の炎を囲む。地区役員が竹仕立ての猪口でお神酒を振る舞い、みんなにミカンを配ってくれる。正月を惜しむように火は赤々と燃え続けるのである。


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 この地域には、この「どんど焼き」に先立って小正月行事のシンボルとも言っていい「きっかんじょ」という習わしがあった。小学生を中心に子供たちが思い思いの灯篭を造り、夕方から夜にかけて地域の家々を回って、家内安全や五穀豊穣を祈るのだ。各戸は、それなりのご祝儀を包み、それを子供たちは子供クラブの費用に充てた。そこには子供なりの「和」が養われていた。「どんど焼き」は、その延長線。むろん陰に隠れた大人たちのサポートがあったことは言うまでもない。




 ところが、この「きっかんじょ」も、いつの間にか消えた。「どんど焼き」も子供クラブではなく《区営》に。この地域も少子化の波に完全に飲まれた。《主役》であるはずの子供がいなくなったことに他ならない。かつての婦人会が消え、青年団が消え、性格こそ違うが子供クラブも消えた。地方疲弊の縮図でもある。でも「時」だけは何事もないように過ぎて行く。私たちの周りは知らず知らずに様変わりしていくのだ。




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栴檀は双葉より…

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 ヒヨドリ、ムクドリ、カラス…。小鳥は、さまざまな草や樹木の種を、あっちこっちに運ぶ。畑であろうが、野原であろうが、石崖の間だろうが所を構わない。食べた雑草の実や樹木の実を糞と一緒にまき散らすのである。それが農家を少なからず困らせたり、長い年月とともに森を作ったりもする。私達人間どもには残念ながら、その確かな経路や実態は知る由もないのだ。獣や目には見えない風が運ぶケースもあろう。




 一方で、人間にとって《害虫》を食べてくれるかと思えば、鳥インフルエンザのように得体の知れない菌をどこからともなく運んで来て、人間どもを困らせる。何千羽、何万羽の鳥を断腸の思いで殺処分しなければならない養鶏農家にしたら、たまったものではない。その《犯人》である小鳥も天敵に襲われ《不遇の死》を遂げることも、もちろんあるだろう。自然界の摂理、輪廻とは不思議でもあり、奇奇怪怪である。




 雑草の種はむろん、樹木の種の移動の定かなことは誰にも分からない。でもセンダンの種の経路だけは、私には日常の畑仕事の中で手に取るように分かる。春から夏にかけて生える根拠のないセンダンがあっちこっちに生い、そのままにしておけば、どんどん大きくなるのだ。我が家の植え込みの向こうの広場の周りにある何本かの大きなセンダンの木が《発信元》。その実を小鳥が食べ、糞と共に畑や植え込みにまき散らしているのである。


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 センダン(栴檀・学名Melia azedarach)はセンダン科の落葉高木。広場は普段、子供たちの遊び場だったり、お年寄りのゲートボール場。万一の災害時には地域の人たちの避難場所にもなる。開設時に広場の周りに植えたセンダンは、今ではみんな10mを超す立派な大木となり、シーズンにはいっぱいの実をつける。




 「栴檀は双葉より芳し」。鼻たらし小僧で、今でも取りえのない私のような人間には、全く無縁な言葉。それが証拠に、センダンは兎に角香りのいい(芳しい)木だと思い込んでいた。諺の栴檀と私たちの周りにあるセンダン(栴檀)が違うということを知ったのは恥ずかしながら、サラリーマン現役時代の、それも40歳過ぎの頃。会議で高知県に行き、高知城を案内していただいた時であった。もう30年ぐらい前のことである。


栴檀の花


 公園となっている城址の一画には確か、自由民権運動の祖・板垣退助の石碑があって、その脇に「センダン」の名札が着いた大木が繁っていた。「これがセンダンか…。でも何の香りもしないじゃあないか?」。いくら物知らずでも「センダンは双葉より…」の諺ぐらいは知っていた。つぶやくように一緒にいた人に尋ねた。しかし答えはなかった。後に「…双葉より芳し」の諺にある栴檀は、実は中国の「白檀」であることが分かった。だが、栴檀がどうして白檀なのかは、未だに分からない。いずれにせよ高級扇子の素材などに使われる白檀の香りは、一度嗅いだら忘れない。なんとも言えない品格すら感ずる香なのだ。




 その昔、センダンは獄門台の素材として使われたという。日本では「悪木」とされ、庭に植えることを嫌った。インドでは古来、邪気を払う力があると信じられ、この信仰が中国を経て日本に伝わり、獄門台に使われたという説が有力だとか。これは穏やかでない話。.




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鈍感力

 鈍感力。なぜか深みがあって惹かれる言葉だ。近くは数年前、当時の小泉首相がテレビの中で、ふと漏らしたのを覚えている。多分、自戒を込めて言ったのだろう。元々この言葉の元祖は作家の渡辺淳一。その著書「鈍感力」のズバリのタイトルだ。渡辺淳一は、その著書のキャッチコピーで、こう言っている。

鈍感力



 「些細なことで動じない≪鈍さ≫」こそ、今を生き抜く新しい知恵」



 この人は元々は整形外科医。「光と影」で直木賞を受賞したほか、それを前後して文壇でさまざまな賞を受賞している。異色作家の一人だ。お歳もかなりになるのだろう。私はその作風は好きだが、熟年の恋愛や恋心をリアルに書くものだから、「この助兵衛オヤジ」と悪口を叩く人もいる。でも「鈍感力」は人間が生きていく上で欠かせないかもしれない。


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 助兵衛云々はともかく、渡辺淳一は「鈍感力」の中で、こんなことを書いている。


 「鈍感力は恋愛においても欠かせません。男が女を口説く時、鈍感であることは有力な武器となる。誠実さに鈍感力、この二つがあれば鬼に金棒・・・」




 なるほど言い得て妙だ。まだ渡辺淳一がこの「鈍感力」を書いていないから仕方がないが、もし私がもっと若い頃、この本に出会い、その極意を教わっていたら、もっと違った人生があったかもしれない。不謹慎? かみさんが年甲斐もなくツノを立てるかも。




 「じゅんいち」「恋愛」と聞くと、字こそ違うがタレントの石田純一を思い出す。渡辺淳一と石田純一。このお二人は、お歳も生業も全く違うのだが、何か共通項を持っている。幾つになっても失おうとしない「恋愛」への心だ。それをしっかり支えているのは「鈍感力」にほかならない。「鈍感力」の裏には必ず「敏感力」が培われているのだろう。


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 石田純一は「鈍感力」を武器にして恋愛を楽しみ、そればかりか「不倫も文化」などとしゃあしゃあと言ってのけるのだ。世のご婦人、奥様方もこれといったバッシングをしないのだから、それ程の嫌悪感を覚えないのだろう。むしろそのキャラクターを当て込んで、クライアントは宣伝イベントにこぞって引っ張り出すのだそうだ。人が言う助兵衛オヤジは、今や奥様方からも人気者なのである。




 小泉元首相が引用した渡辺淳一の「鈍感力」。きっと小泉さんもこの言葉に身につまされたのだろう。政治家、とりわけトップに立たなければならない人達は、この「鈍感力」を身に付けていなければ一日も過ごせまい。あっちからもこっちからも追及、反論と言う名の鉄砲玉が飛んでくる。馬耳東風、馬の耳に念仏、品のない言い方だが「カエルの面に小便」でいなければならないこともあるだろう。「鈍感力」がないからか、自殺に追い込まれた大臣や大物政治家、さらに近くは酒に溺れて不慮の死を遂げた政治家だっている。


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 「鈍感力」の大切さは仲間やご近所、もっと身近な家庭にも言えそう。私たち夫婦に、この「鈍感力」が備わっていたら、日常茶飯事に繰り返される夫婦喧嘩もなくなるだろうに。私たち凡人には「鈍感力」は簡単に身に付きそうもない。ただ我が家では、この夫婦喧嘩がめっきり少なくなった。歳のせいだろうか。考えてみればこれも寂しい。




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プロの洞察力

望月春江
望月春江 : 泰山木


 「例えばですが、私は鯉を描こうとする時、鱗の一枚一枚まで数えるのです。木々が付ける葉っぱだって同じ・・・」




 ムチウチ症の治療のため、一週間に何度か通っている病院で、診察の待ち時間中、暇つぶしに眺めた中庭の池の中。そこに泳ぐ鯉を見ながら、ふと、ある老人を思い出した。老人といっては失礼だが、この方は日本画、特に花鳥画にかけてはわが国を代表する画家だった。画伯と言った方がいい。その名を望月春江といった。もう鬼籍に入って久しい。


望月春江写真
望月春江

 私が30歳の半ば過ぎ、会社の東京支社にいた若造の時分だから、もう30年ぐらい前になる。山梨の同郷のよしみということもあったのだろう。仕事でお目にかかったのをご縁に、なぜか可愛がって頂き、お宅にもよくお邪魔した。アトリエを兼ねたお宅は上野の池之端という所にあった。不忍池のすぐ近くだ。庵といった方がいいかもしれない。





 「鯉の鱗一枚まで・・・」「葉っぱのスジまで・・・」。何気なく、穏やかに話すお顔を拝見しながら、私は目に見えない斧で頭をガツ~ンとやられたような思いをした。あっけらか~ん、と言えばまだ聞こえがいいが、のんびり生きている自分を省みたからだ。のんびりというのもちょっと違うかもしれない。サラリーマンの、仕事の、「忙しさ」と言う隠れ蓑を被って、ややもすると目先だけで動き、本質を見失いかねない自分がいたからだ。


美ヶ原
望月春江 : 美ヶ原


 プロはすごい。「へえ~、すごい絵だなあ~」と、思いながらも、素人が当たり前のように見る一枚の絵。そこには限りない観察力と緻密な計算があったのだ。木一本を描くにも漫然とではなく、緻密な計算と奥深い観察をする。例えば、そこに幾つもの架空の点と線を引いては枝と葉っぱの関わりなどをつぶさに観察するのだという。鯉だって同じ。泳ぎ方の一部始終を見、その仕組み、構造まで摑んでしまうに違いない。





 その観察力が限りない洞察力に繋がっていくのだろう。そんな望月春江にかかれば鯉一匹、草木一つが本物より本物らしく、生き生きと生まれ変わるのである。俺達凡人には逆立ちしたって出来っこないのだが、プロには、それをやってのける日頃の鍛錬が導く、研ぎ澄まされた洞察力があるのだ。画家ばかりではない。音楽家だって、役者だって、物づくりのプロだって、みんな同じに違いない。凡人には見えないものが見え、聞こえないものが聞こえ、また感じないものが感ずるのだ。


惜春
望月春江 : 惜春

 お茶を、時にはお酒を頂きながらの私に、いつものように穏やかに話す画家・望月春江は、ある時、こんなことも言った。



 「あらゆる動物がそうであるように、人間も事あるごとに群れたがる。でも私はそれが嫌だった。だから、いずれの派閥にも属さず生きてきた。それが良かったか悪かったか・・」



 その口元には貫き通した信念とは裏腹に一抹の寂しさのようなものが・・・。




 病院の中庭で見た池の鯉も群れていた。人が近づけば群れていた鯉は我先にとそこに集まって来る。餌を求めてだ。しかし、不思議なことに一匹や二匹、その群れに入らないヤツがいる。でも、よく見ると寂しそうに見えるその鯉は悠然と、むしろ輝いて見えた。


鯉


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女は怖い

稲妻


 「お父さん、女を甘く見ると怖いわよ。言うことを聴かないと私だって、分からないわよ・・」


 「おい、おい、脅かすなよ。酒が喉に引っかかるじゃあないか」


 


 午後7時。テレビのニュースを見ながら晩酌をしていた私に向かって台所の女房が言った。ニュースは二つの県で起きている女性の殺人容疑事件を立て続けに伝えていた。いずれも、何人もの男を手玉にとって、お金を騙し取った上、殺してしまったのではないか、というのだ。いわゆる連続殺人事件の疑いで警察が捜査しているという。



 私だって女は怖いと思って視ていた。女房はそれを見透かすように本音とも、冗談ともつかないような表情で言うのである。


噴火


 その二つの事件の後にはさらに女子大生のバラバラ殺人事件が。世の中が活発に動くウイークデイ。注目の政治の動きもあれば、経済の動き、面白い話題だってある。いわば、この時間帯のニュースは、その日の出来事の集大成である。一つぐらいならまだしも、トップニュースから立て続けに、こんな殺伐とした事件が伝えられることは滅多にない。それも女が主役だ。




 ヘンな世の中になったもんだ。つくづくそう思った。残念だが、これまでにも殺人事件と名の付く事件は山ほどあった。でも、その主役はほとんどが男。女がらみの事件も手玉に取るのは、いつも男だった。猟奇的なバラバラ事件も犯人が捕まってみれば、暴力団の組員など、これも男。女が主役になる事件は稀だった。

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 でも、そもそも女性にだって凶暴性が内在していないわけではない。昭和40年代の初めだっただろうか、山梨県甲府市の郊外で、こんな事件があった。地方にもモータリゼーションの波がぼつぼつ押し寄せ始めた頃だった。女房が亭主に多額の保険金をかけ、懇(ねんごろ)になっていた暴力団の男と図って、交通事故を装って亭主を殺した保険金詐欺殺人事件だった。警察の捜査本部は事件の発生現場に因んで「万歳橋殺人事件」と名づけた。




 一見、貞淑な妻。暴力団。保険金詐欺。それに時代を反映した交通事故偽装。3拍子も、4拍子もそろった事件だったから、新聞はもちろん、当時の週刊誌は寄ってタカって書きたてた。交通事故を偽装した保険金殺人の全国第1号だった。今のようにテレビのモーニングショーや現場中継が華やかだったら全国的に知らない人はいなかっただろう。


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 それから数年後。群馬県の榛名山中で起きた赤軍派の大量惨殺事件。これも首謀者は永田何某という女だった。革命を前提に山梨県の大菩薩峠で行なった軍事訓練が摘発された後、連合赤軍は分裂して一部は「よど号」を乗っ取って北朝鮮へ。最も過激だったのが永田らのグループ。その延長線上にあったのが、あの「浅間山荘事件」だ。一方、中東に飛んでテロ事件の先頭に立ったのも女性。因みに「浅間山荘事件」はアポロの月面着陸と並んで今のテレビ中継の走りだった。世の中に半分はいる女性にお叱りを受ける覚悟で言えば、うちのかみさんが冗談交じりに言うように、やっぱり女は怖いのかもしれない。


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七草粥と飲ん兵衛

 うちのかみさん、外国旅行から帰ったばかりの時、しみじみと、こんなことを言った。


 「お父さん、やっぱり私は温かいご飯味噌汁漬物、それに焼き魚でもあれば十分。パンやステーキの生活はうんざり。なにもなかったらお茶漬けでたくさんよ」


ごはん


 私だってそう思う。次々と出されるボリュウムたっぷりのご馳走よりも、そんな淡白な食事の方がいい。日本人の胃袋に合っているのかも知れない。しかし、人間とは浮気で贅沢な動物。そんな質素な食生活が続くと、また・・・。かみさんは言うのである。




 「お父さん、たまには美味しいものでも食べに行きましょうよ。今度、あそこに出来たレストラン、美味しいお肉を食べさせるそうよ」


肉


 おいしそうな料理を目の当たりにすると、私は不思議とあるブレーキが頭をよぎる。「太ったら困る」。ただ、食べ放題だとか、只だったら話は別。そこが貧乏人の性(さが)で、あとで反省することを知りながら、欲で食べてしまうのである。見ていると、悲しいかな、うちのかみさんも同じ。貧乏人の女房だ。ここで私とちょっと違うのは「太ったら・・・」などと、その時点では全く考えないらしい。結果でしか考えないのが女?




 お正月。なんとはなしの正月気分と親しい友やお客さんの来訪も手伝って、やっぱり飲み過ぎ、食べすぎ。年末までプールに行くなどしたダイエットの努力も水の泡。普段、家では計ったことがないが、健康ジムでは必ず乗ってみる体重計が恐ろしい。そんなメタボ人間はさて置き、日本人の食生活の知恵と工夫はすごい。食べ過ぎたり、飲み過ぎたりする時期の後には七草粥のような薬膳料理を食べる習慣を作る。夏の暑い時期、つまり土用の丑の日には鰻を食べて精力をつけ、暑さを乗り切ることを考え、冬至にはカボチャを食べる。食べ物ではないが、ゆず湯の習慣もある。

うなぎ


 スズナ、スズシロ、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ。ご存知、春の七草である。何も決め事ではないが、なぜか書物などではその順序をセリ、ナズナから始め、スズナ、スズシロで結ぶ。私は覚え易い語呂と日常の食卓で馴染み易いものの順、つまりスズナ、スズシロ、セリ、ナズナ・・・の順で言うことにしている。七語調だから覚え易い。言うまでもなくスズナは大根、スズシロは蕪。セリもお馴染みだ。


七草

 「ところで、お母さん、秋の七草って知っているか?」



 「え~と、ハギでしょう・・・」。そのあとが出てこない。春の七草は知っていても、秋の七草は案外知らない。自らのために、ここでおさらいすると、秋の七草とはハギ、オバナ(ススキ)、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、キキョウ。万葉の歌人・山上憶良が「萩の花 尾花葛花 なでしこが花 をみなへし また藤袴 朝顔が花」と詠んだのに由来する。この歌に7つの花が詠み込まれているが、最後の「朝顔が花」はキキョウという説である。因みに、秋の七草の覚え方は「お・す・き・な・ふ・く・は」がいいそうだ。




 春の七草と秋の七草。秋のそれがいかにも風情があるのに対し、春のそれはいかにも現実的。花より団子である。飲み過ぎ人間には七草粥は飛び切りのご馳走だ。




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ギャンブルと女性

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 黒駒の勝蔵、竹居の咆安(安五郎)といえば穴生徳(あのうとく)と並び、清水次郎長伝に出てくる悪役だ。これは講談や映画の世界のお話で、甲州人、今の私達山梨県人にとっては迷惑千万。地元にあっては黒駒の勝蔵も竹居の咆安も、実は立派な貸元だったのである。江戸と京を結ぶベルト地帯の東海道。中でも将軍家・幕府のある江戸と目と鼻の先の駿河(静岡)を拠点に勢力を持つ清水一家。明治の初期も含め、時の政権が利用しない手はない。政治の舞台裏で、陰に陽にテコ入れしては治安の維持に活用したことは、容易に想像できる。


清水次郎長
清水次郎長

 かつて大学紛争が華やかなりし頃、大学側が体育会系の学生をその親衛隊にしたことにもよく似ている。それはともかく、次郎長はもちろん、大政、小政、森の石松・・・。みんなカッコいい。悪役に仕立て上げられた黒駒の勝蔵や竹居の咆安だって、それなりに味がある。しかし今も昔もご婦人からは嫌われ者の博打打ちだったことには違いはない。


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 「やまびこさんには博打好きのイメージではありませんでした。私の知る山梨県の人は、みんな真面目の人ばかりでした」




 先頃、私のブログによくお出で頂く「ゴールデンチルド」さんから、こんなコメントを頂いた。不真面目でごめんなさい。私が毎週のように麻雀をし、時にカジノを求めてソウルのウォーカーヒルまで飛んで行く道楽者であることをブログで知ったからだろう。


カジノ



 黒駒の勝蔵の顕彰?碑は山梨県笛吹市御坂町の上黒駒にある。私が住む山梨市とは南へ目と鼻の先である。そのまた近くに竹居の咆安が。博打好きと言ったら品がないし、聞こえが悪いから、勝負事と置き換えるが、私は、そんな甲州人の血を引いているのか・・・。




 「バカ言えよ。俺達ゃあ、そんな柔な、小者の博打打ちじゃあねえんだ。講談の世界じゃあ、次郎長の陰に隠れちまったが、やせても枯れても甲州の東部一円を仕切った貸元よ。一緒にされたら笑止千万」


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 生きていれば間違いなく、お叱りを受けるに違いない。「飲む」「打つ」「買う」は昔から男の遊びの3要素。それは時代と共に変化していることは確かだが、このうち「打つ」が勝負事、ギャンブルだ。その勝負事。これほど、人の性格が現れるものはない。勝負に、あっけらか~んと臨む者もいれば、終始、こだわる人も。お金への執着や決断力のあるなしも表れる。私のような、どちらかといえば、ズボラな上、せっかちなタイプもあれば、その反対の石橋型の慎重派も。タイプはさまざまだ。「このうち強いのは誰?」。それは誰もが想像する通りだろう。ただ、カジノなどのように≪一か八か≫の勝負は別かも。




 カジノは日本では認められていないから、ギャンブルといえば競馬や競輪がその代表格。競馬、競輪はともかく女性、特に年齢の高いご婦人は総じてギャンブルにアレルギー反応を示す。うちのかみさんもその一人だ。リスクや冒険を嫌う女性の本能だろう。でも若い女性はちょっと違う。その証拠に、このブログにお出で頂く方々の中には競馬の予想やエッセイを書く若い女性が何人もいる。競馬場を見ても若い方々が多く、カップルのデートコースにも。ギャンブルの概念もやがては変わるのだろう。




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木枯らしと枯露柿

小春日和


 小春日和。この時期、いかにものどかな冬の一日を連想する。どこか哀愁を秘めた「木漏れ日」とはまた違った味わいのある言葉だ。そこに住む人々の年代や人それぞれの地域や環境によって受け止め方は微妙に違うかもしれない。





 今は住宅構造がガラリと変わり、縁側のある家は皆無といっていい。サッシ戸が雨戸に取って代わり、のんびりした縁側空間は合理的ともいえる住宅間取りに飲み込まれて姿を消したのである。年老いたおばあちゃんが小春日和の柔らかい冬の日差しを浴びながら、縁側でのんびりと孫の手袋やマフラーを編む。その脇で玉糸にじゃれて遊ぶ子猫。田舎育ちの私達が子供の頃は、当たり前に目にした光景だ。

おばあちゃん

 この小春日和。今、私達の地域ではみんなが恨めしがっている。以前にもちょっと紹介したことがあるが、山梨県甲府盆地の東部一帯は「松里」という地区を中心に枯露柿の一大産地。知る人ぞ知る全国的な産地なのである。その枯露柿作りには小春日和ではなく、冷たい木枯らしが必要。温かい小春日和は、むしろ大敵なのだ。


枯露柿



 巨峰やピオーネ、甲斐路、甲州・・・。果樹の最終ランナー・葡萄の収穫を終えて農作業を一段落させた農家は、つかの間の息抜きを挟んで11月の声とともに枯露柿作りに取り掛かるのである。農家は仕掛けを作った竹竿を使って柿をもぎ取り、一家総出で皮剥きに精出す。夜なべ仕事になる事だってある。皮剥きした柿は縄や紐で、簾状に吊るし、天日干しする。吊るす前に硫黄薫淨を欠かさない。仕上がりの色付けをよくするためだ。 100度ぐらいの熱湯に湯通しする人もいるが、仕上がりの色は硫黄の方が優るのだという。ただ味は湯通しの方がいいのだそうだ。


柿



 ある程度乾いたところで平干ししながら仕上げにかかる。この過程では「筋切り」というこれまた欠かせない工程があって、全体を揉みながら形を整え、柿の脊椎ともいえる筋を切るのである。これにはちょっとしたコツがいる。この筋切りは、揉む作業とともに枯露柿作りの技術的なポイントでもある。これらの工程を経て平干しした柿はやがて「粉」と呼ばれる白い粉状な物を噴出すのだ。そこまで来るとほぼ完成。






 枯露柿作りの最大のポイントは乾燥。硫黄薫淨を除けば全てが自然に委ねるのが枯露柿作りの特徴。私は自然が作る、まさに高級菓子ともいえる芸術食品は枯露柿をおいてないと思っている。それだけに自然の成り行きを拠り所にしなければならない。


枯露柿



 最も肝心なのは天日による乾燥工程だ。暖冬だと乾燥が遅れ、カビが生えてしまう。生柿を乾燥させるためには、一定の寒さと木枯らしのような通風が大切なのだ。暖冬と雨続きがもたらす湿度の多さが大敵。暖冬と小春日和は厳密には意味が違うが、ある意味、紙一重でもある。誰だって寒い冬より暖かい冬の方がいいに決まっている。しかし、死活問題、と言ったら大げさかもしれないが、枯露柿農家にとっては生命線であることは確か。今年は甲州百目など原料の柿が豊作。枯露柿は年末から今の年始にかけての贈答用品として市場に出回っている。







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ゆく年くる年

 門松


 大晦日からお正月。何事もないように時は流れるのだが、一年中でもこの時が最も新鮮で、心が改まる時期でもある。新しい年を迎えるスタイルは人さまざま。共通しているのは来る年こそはいい年でありますようにと願う気持ちだろう。嫌なことは全て忘れ、新しい年へ心を新たにする。



大石神社

 我が家では家族揃って菩提寺に参り、除夜の鐘を突いた後、近くの神社に初詣をする。大石神社と言って250段近い石段を登ると、その名の通り直径30m以上もある奇岩に囲まれた社がある。無住の神社だから地域の人たちが交代で管理しているのだ。長く、急な石段を登るのが年々きつくなる。若い時とは違う。残念だが、歳は正直に反応するのだ。


   大石神社       
      
 
 NHKは恒例の紅白歌合戦を終えると、流れるように、これまた恒例の番組「ゆく年くる年」に。全国の寺社仏閣を結んで、新年を迎える各地の表情を伝えるのである。テレビから流れる除夜の鐘の音に暮れ行く年を身体に感じながら防寒の身支度をして初詣に出かけるのだ。厳松山信盛院まで車で2~3分。




 参拝者が代わる代わる鐘を突く。寒い。鐘楼前の広場では赤々と大きな焚き火が。未明の夜空には満天の星が光る。いつもと同じようにある空だが、ゆく年くる年の夜空はいつものそれとはなぜか違って見える。焚き火を囲みながら振舞われる甘酒がうまい。寒風にさらされたからだが温まる。「明けましておめでとうございます」。会う人ごとに新年の挨拶を交わし「今年も宜しく・・・」。ほとんどが顔なじみだ。




 除夜の鐘は大晦日から元日に掛けての古くからの慣わし。煩悩を鐘に託して打ち払う。その数は108つ。私達は、面白がってと言ったら不謹慎だが、みんなで思いのままに突いている。しかし、正しくは大晦日のうちに107回を突き、年が明けたら最後の108回目を突くのだそうだ。しかも、そのペース配分も大切で、1回目から大晦日分の107回と新年の108回目までが均一になるのが正式だという。しかも鐘を突く力のバランスも強弱を交互にするのが作法だそうだ。「ゆく年くる年」のテレビに登場する全国の名刹から流れる除夜の鐘は、恐らくそんな作法にのっとっているのだろう。


鐘

 108つ目の鐘が鳴るとお正月。新しい年の始まりだ。一般家庭では少なくなったが、会社、官庁の玄関先にどんと居座る松飾り。「松竹梅」が誰の目にもお正月の到来をいやが上にも印象付ける。言うまでもなく「松竹梅」はおめでたいものの代表格。モノの本によれば、松と竹と梅は「歳寒の三友」と言われ、この三つが一枚の絵に描かれているものを「三友図」という。


松飾り

 さて、この三つの順序。昔から松・竹・梅の順で、これをイレギュラーして言う人はいない。その理由は単なる語呂という説もあれば、最初のは、季節によって葉っぱを落とす竹や梅と違って厳寒にも強く、いつも緑を蓄えるからだという説も。まあ、そんなことはどっちでもいい。お正月は、また旨い酒が飲める。2日は母校(日川高校)の同級会だ。卒業以来、欠かさず開いていて、50回目を迎える。懐かしい友との酒が楽しみだ。




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Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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