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我が家のひょうたん

 秋の日はつるべ落とし、とはよく言ったものだ。つい2カ月、3ヵ月前だったら7時を過ぎても明るかったのに、11月の声を聞いたと思ったら、もうこの月も終盤。まだ4時半というのに暗くなる。天気が悪ければなおのことで、日に日に冷え込みを感ずるようになった。庭の植え込みの先にある野菜畑では、棚に伸びたゴーヤが実を付けることすら忘れ、葉っぱもだらしなく黄色くなった。その隣では、10個ほどの瓢箪がツルを黄色く枯らして、これまただらしなくぶら下がっている。


瓢箪5



 この瓢箪、実は≪プル友≫つまり、スポーツジムのプールでご一緒するお年寄りがご縁で作ったものだ。この方は80歳を超えているが、毎日プールで歩いたり、泳いだりすることを欠かさない元気者。何をやっても器用な人で、趣味の瓢箪作りはプロ顔負けの腕前だ。瓢箪に絵や字を施し、化粧紐を巻いて置物にするくらいは朝飯前。加工して、フクロウのループタイを作ったり、ツルや亀の置物まで、それは見事に作ってしまう。




 お人柄も温厚な方だから、山梨県瓢箪愛好会の代表も長く務めている。毎年、甲府で愛好者の発表展示会を先頭に立って開くのはもちろん、知り合いに、その技術を教えたりしている。甲府市飯田町の自宅の物置を加工して作ったという≪工房≫にはこの人の傑作がいっぱい。「上手なもんだね」と言ったら「ちょっとやれば、誰にでも出来ますよ」と。テレ笑いしていたが、どうしてどうして。


瓢箪2


 畑の野菜棚にぶら下がっている我が家の瓢箪は、この方から頂いた種を蒔いたものだ。種類はごく普通のもので、抱えるほど大きかったり、奇抜に変形したものではない。3年ほど前、我が家をリホームした時、記念に、と頂いた瓢箪は1m以上もある大きなもので、「気は長~く、心は丸く、腹を立てず、(他)人を大きく、己は小さく」と、教訓めいた文字が入っている。「心」は丸く書かれ、「腹」は縦ではなく、横になっている。トンチも効いたものだ。



 瓢箪1


 瓢箪は古くから縁起物として人々から親しまれている。古来、風水にも用いられ、その形が末広がりであることから、気をためる道具に使われ、財運をもたらすとされた。豊臣秀吉の千成瓢箪は、あまりにもポピュラーだ。美濃の稲葉山城攻略で功を成した秀吉が信長から許された馬印がそれである。以来、秀吉は戦に勝つ度に一つずつ瓢箪を増やしていったという。






 神話にも登場する。中国では古来、中が空洞になっている瓢箪は、その内部に精霊が宿るとか、別世界があるとされ、神話や伝説に登場する。例えば、孫悟空が瓢箪に吸い込まれる話は有名だ。瓢箪が「宇宙」という器の象徴とされたという説もある。


瓢箪3



 乾燥すると容器として使える。横に割ればお椀に、縦に割れば皿やひしゃくの代わりになる。瓢箪に入れたお酒は風味を増すのだそうだ。若い頃、毎晩のように入り浸った居酒屋の一つに「ひさご」という店があって、そこの主は店の屋号について「ひさご」は「ひしゃく」が転化したものだと、お酒と瓢箪の関係を説明してくれたことがある。





 瓢箪作りの名人によれば、我が家の瓢箪も収穫の時期。しばらく水に浸けて種を出すのが肝心だ。「ひょうたんから駒」が出たらいいのになあー。



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ミスマッチ

アサガオ


  晩秋の台風ミスマッチなら、冬と紙一重の晩秋に咲くアサガオはもっとミスマッチだ。我が家の庭先で、アサガオが今を盛りと咲いている。さすがに百日紅(さるすべり)は、花の穂のようになった枝先から小さな花の一つ一つをすっかり落とした。やはり植え込みの所々にある何種類かのカエデも真っ赤に色付いた。その向こうにある柿畑では、黄色く今が盛りと富有柿が実り、晩生の御所柿も初霜を迎えると食べ頃を迎える。周囲の山々は日に日に紅葉を鮮やかにしている。




 アサガオと言えば、誰しもあの暑かった夏を思い出し、うちわ片手に浴衣姿で歩く縁日をも連想するだろう。今も江戸の情緒を漂わす東京・入谷鬼子母神の朝顔市(7月)も、とっくに終わった。ただ俳句の世界で言えば、そのアサガオは秋の季語だ。幾つもの大輪を窓越しに見ながらパソコンを叩く足元は冷たい。部屋にも暖房が欲しくなった。


朝顔



 このアサガオは近所の人に頂いた7本。苗は確か5月頃植えた。9月になって咲き始め、今も母屋の前で簾(すだれ)を形成している。高さは4m近い。1mぐらいの間隔で植えたので、幅はざっと7m。ピンクというか、紫の花をあちこちに付けた。まさに緑のカーテンである。はっきりした種類は分からないが、日本のアサガオとは異なる西洋アサガオ。我が家に持って来てくれた近所の人も詳しい学名は知らないという。




 ホームセンターで買ってきたビニール製のネットを伝わって上へ上へと伸びたアサガオは、憎らしいほど逞しい。芯のツルは直径1㎝近くにもなり、幹のよう。そのツル幹からまるで枝のように、またツルを縦横に伸ばしている。花はなぜか半分より上の方に付ける。下のほうには1輪もつけないのだ。「もっと全体にバランスよく付けてくれよ」。そう言いたくなる。




 このアサガオの簾は、いつも来訪者の話題になった。あの猛暑の頃は



 「まさに緑のカーテンだね。日除けと花の鑑賞。一石二鳥ですね・・・」



 「こんなにでっかい花のアサガオ、初めて見たよ」


朝顔2

 最近では


 「まだアサガオが咲いているんですね。こいつは珍しい」


 玄関からお客さんを迎え入れる前、ひとしきりこのアサガオの話になる。帰るときも同じだ。でも空気に冷気を感じ、日増しに日差しが弱くなると緑のカーテンも鬱陶しくなる。



 「覚えていて、来年は種を分けてくださいよ」


 そんな友人や知人も。でも、このアサガオ、種を付けないのである。なんとか自分で増やしてみよう、と昨年も注意して観察したが、やっぱりダメ。種らしい種を付けないのだ。では、どうして繁殖するのか。私に苗を届けてくれる近所の人も「入手元の苗屋さんに聞いても教えてくれないんです」と、不可解そうに言う。いくら逞しいと言ってもやがて来る霜には勝てない。霜が降る前、つまり花が終わるのを待って今年は、ツルの一部を切り取って、日当たりのいい地中に埋めて越冬させてみようと思っている。繁殖へのトライアルだ。




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テレビのハチ追い

ハチ1


 懐かしい。子どもの頃を思い出した。友から鹿児島旅行の土産として頂いた美味しい焼酎を飲みながらテレビを見ていたら、蜂追いの名人が画面で大活躍していた。秋の花の蜜を吸う蜂の胴体に薄紙の目印を付ける名人。飛び立つ蜂を双眼鏡で追い、無線電話でリレーする仲間達。蜂の巣を見つけた名人達のグループは、薬剤をジェット噴射、蜂が催眠している間に土の中から巣を掘り出すのである。



 「今もやっているんだ」。その手法は私達と、と言うより、ここでは俺達と言った方がいいが、同じだ。ただ、違うのは双眼鏡もなければ、まして携帯無線も、ケイタイもなかった。最後の詰めともいえる、一斉に交戦して来る蜂の大群を抑止するスプレーだって同じだ。さらに、目印の薄い紙っ片を蜂の胴体に付ける知恵までは廻らず、に付けてそれを運ばせたのである。


ハチ★小  ハチ★極小   ハチ★極小  ハチ★極小  ハチ★極小  ハチ★極小  ハチ★極小


 この目印蜂追いの最大のポイントである。肝心の蜂を見失ったら、目的の巣に辿り着けないからだ。そこは今も昔も同じ。違うのは、携帯無線も携帯電話もなかったから蜂を追うのは独り。何人かの仲間をあちこちに配置しておくチームワークプレーの知恵が廻らなかったのである。これだけは携帯無線などの化学兵器が無かった時代でも出来たはず。後の祭りだ。空を飛ぶ蜂だけを見て走る。今だったらこんな危ない事は絶対出来ない。



 最後の詰めがまた違う。蜂の巣を取り出すということは、とりもなおさず、蜂の城をのっとるという事にほかならない。そこには最もえらい女王蜂を守る二重三重の警備兵や外敵を迎え撃つ特攻兵もいるのだ。昔は蜂よけの防護服やマスクなんかなかったから、この場面は緊張の瞬間だった。



ハチ★大



 警備兵や特攻部隊に気づかれないうちに催眠剤を穴の中に差し込むのである。その催眠剤も、化学薬品のスプレーなんかではなく、歯ブラシや学校で使う筆箱下敷きであった。勉強で使う筆箱や下敷きを燃やしてしまうのだから、その学業成績は何をかいわんや、言わずと知れたことである。



 テレビを見ていて、おやっと思ったのは蜂の呼び名だ。蜂の種類であるヘボ(ジバチ)とスズメバチが一緒である。画面に映っているのは明らかにスズメバチ。スズメバチは黒い横縞があって、肌は黄色く、ヘボより二まわりも三まわりも大きい。ヘボは形が小さいばかりか、肌は黒く、白の横縞があるのだ。



 ディレクターのご苦労がよく分かる。蜂追いの名人から細部にわたって取材をし、さまざまの角度から番組作りの検討を重ねたはずだ。しかし、わんぱく小僧を体験した人間との差は、歴然と現れるものだ。都会で生まれ、都会で育った人間がいかに、しっかり勉強し、取材したとしても、時として十分に理解しきっていないことはあって当たり前。



 体験に勝るものなし、と言う。その裏返しで、私達が少しばかりの知識で勝手なことを言っているとしたらゾッとする。人間、良いも悪いも多くの体験をするに越したことはない。ただ、人様に迷惑をかけないことだけは鉄則だ。



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機械の故障

 人間、どんな機械にせよ故障されると困るものだし、そのありがたさが分かる。一つは農作業用の管理機の故障だ。お陰で農作業が大幅に滞った。大根など秋物野菜の播種の旬をずらしてしまったのである。「なあ~に、収穫が遅れるだけさ」。そうタカをくくってはいるのだが、果たしてモノになるかどうか。気懸かりと言うか、興味深くもある。



大根


 言うまでもなく種蒔きの旬は、それぞれの野菜の発芽や生長に適した時季。主には気温だろうが、細かくは雨量や害虫との関係もあるだろう。自分の経験から言わせて貰えば、白菜などは播種があまり早いと幼い葉の段階から虫にやられる。全くの無農薬栽培をしているので、蝶など虫の産卵やふ化、成長はまさに大敵。その時期を遅らせれば、これへの障害はある程度クリアできるのだが、半面、野菜そのものの成長に支障をきたすのだ。






 一般的にもそうだが、我が家の場合、秋物の大根は毎年、8月下旬、遅くも9月の上旬には蒔きつける。これが沢庵になったり、温かいおでんや味噌汁の具になったりするのである。管理機の故障もさることながら、播種の時季を遅れても蒔きつけたのは、それなりの理由がある。実は昨年も大根の種蒔きのタイミングをちょっとずらしてしまった。当然のことながら、発育のペースは遅れる。寒さがやって来て霜も降りる。


大根3


 開き直った。発育遅れの大根に霜対策の藁をかけて放って置いた。何と寒い冬中も成長するではないか。これだと、かつてのように一旦、収穫して土の中にいけるなど特別の保存策を取らなくてもいい。地球の温暖化がこんな所にも作用しているのかもしれない。昨年の≪実践例≫に味をしめたり、拡大解釈しての大根作りだが、果たしてどうか。特に今年は夏を飛び越えての猛暑、一足飛びの冬の気配。ここ数日の冷え込みは尋常ではない。やっぱり気懸かりだ。




 管理機。字面からも都会の方々には分かりにくいだろうが、分かり易くいえばミニ耕運機である。親しい友達の中に器用な男がいて、電話一本で故障を直してくれた。人間の体と違って一旦故障した機械は、そのまま放って置いたら永遠に機能を回復することはない。これに対して人間の身体は、人間がそもそも持つ治癒能力によって自然治癒する場合もある。例えば、切り傷であり、骨折やひび割れ。軽い風邪や腹痛も同じだ。


ミニ耕運機


 ただ、人間の体の中で歯だけは治癒能力を持っていないのだそうだ。虫歯に犯された歯は絶対に治癒することはないし、一旦折れた歯は元には戻らない。機械と同じなのだ。機械というものは故障して初めてそのありがたさが分かる。手足や目、耳。みんなそうだが、とりわけ意識することもなく毎日三度三度お世話になっている歯。その歯が故障して、そのことをしみじみと思った。


歯科


 私の場合、前歯が虫歯で根元から折れてしまった。始末が悪いことにその歯は数本の入れ歯をブリッチして支えていた歯なのである。入れ歯まで機能しなくなった。食べることの不自由ばかりでなく、前歯だから息が漏ってしまい会話にも事欠くのだ。これだけは明日、明日と先送りするわけには行かない。すぐに知人の歯医者さんにお世話になった。




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節目の人間

ランドセル


  会社や学校には始業時があれば終業時もある。学校の場合、入学式があって卒業式がある。私達の日常生活を時間的に見ても、一日の始まりと終わり、一週間、一ヵ月、一年といった具合に「節目」がある。一年は1月~12月の暦年で言ったり、学校のように4月~3月の年度で言ったりもする。会社は上半期、下半期、さらに細分化して第一四半期、第二四半期といった具合に1年を4分割、売上や業績を整理したり、チェックしたりする。学校の場合も最近では2学期制に移行する所も出ているが、多くは3学期制だ。



 誕生日も節目のひとつ。生きていれば毎年同じ日に誕生日がやってくる。その瞬間にカチっと年齢の時計が廻る。可愛いわが子やお父さん、お母さんの誕生日をささやかなケーキを囲んで祝う家族もあれば、グループで賑やかに祝うケースもある。年老いてくれば、その誕生日が素直に喜べない事だってあるかもしれない。人生の悲哀というか複雑な気分になる事だってあるだろう。 昨夜もたまたま誕生日だった親しい仲間と麻雀をしながらそんな話をした。




 人間が没すれば一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌といった具合に周りの人がそれなりの法要をしてくれる。もちろん、この回忌は1年ごとにあることは言うまでもないし、仏教では七日、七日が基本。いずれにしても人間、生きていようが、没して仏になろうが、それなりの節目を迎え、重ねて行く。風雪に強い竹にも節があり、樹木には年輪がある。人間も自然界も、みんな節目の中で生きているのである。一年や一日の時間は太陽と地球の関係から作り出したものであり、人間はその中に二十四節気なるものをも当てはめた。そのひとつ霜降が過ぎ、立冬,その後には小雪が。
 とてつもなく大きく、黙って何事もないように動いている自然界はともかく、さまざまな節目に対する人間の受け止めよう、接し方はこれまたさまざま。サラリーマンは一週間の仕事の疲れを癒したり、自らや家族とのレジャーのための週末を楽しみにし、子供たちは学業から解放される夏休みや冬休みが楽しいはずだ。




 私のように勤めをリタイアして、いわゆる「毎日が日曜日」の人間にとっては週末なんか関係ない。曜日だって考えなくてもいい。考えるとすれば、曜日で設定してある無尽会や、地域やグループの会合だけ。多くは日時での約束事が多い。生活の中で月末も月始めも、何の意味も持たないのだ。





 私だけかもしれないが、曜日にとどまらず、さまざまな「節目」がだんだん薄らいでいくような気がしてならない。例えば、あと何日かすればやって来る年の瀬やお正月。なんとなく慌しく、やがて迎えるお正月を控えてウキウキする心の持ちようもないし、お正月だって普段とそれ程変わらない。晴れ着姿に着飾った子供たちの羽根突きや正月を寿ぐ獅子舞もどこかに行ってしまった。デパートやスーパーも年中無休だから「初売り」もなくなった。


羽子板


 節目の行事もさることながら、気温の変化も人間の感覚をあいまいにしているかもしれない。地球規模の温暖化は二十四節気の一つ一つまで、そのイメージを微妙に狂わせている。私のようなズボラな人間には気候的にも習慣的にもやっぱり節目が必要だ。





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百薬の長の方便

ビール


 私も女房のことを「母さん」と呼ぶのだが、女房も「お父さん」と呼ぶ。





 「お父さんねえ、酒は百薬の長、と言うけど、あれねえ、方便だってよ」


酒


 恐らくテレビで見たか、友達とのお茶飲み話で仕入れてきたのだろう。女房は鬼の首でも取ったかのように言う。




 「へえ~・・・」と、とぼけてみたものの、その通りだ。




 若い頃、目にしたモノの本によれば、酒を「百薬の長」と最初に言ったのは古代中国の皇帝。秦の始皇帝なのか、それ以降、どの時代の皇帝であったかは記憶に定かではないが、お酒を専売に組み込む方便に使ったのである。当時、その国の専売は塩と鉄などで、お酒は専売ではなかった。



 どこかの国の政府と同じように財政難に苦しんだ皇帝は、お酒を専売に組み込むことを考えた。高い税率をかけられるのだから民(国民)が歓迎するわけがない。そこで搾り出した知恵が「百薬の長」というキャッチフレーズ。つまり方便だ。この方便はまんまと成功。そればかりか恐らく、お酒の消費拡大にも繋がって一石二鳥の効果まで生んだことは言うまでもない。


ワイン


 「百薬の長」。わが国でもこの言葉は、れっきと独り歩きしている。特に酒飲みは水戸黄門の印籠のように使う。「お父さん、そんなに飲みすぎちゃあ身体に良くないわよ」。女房にブレーキをかけられる度に、この言葉を使うのだが、方便以前に飲みすぎが身体に悪いに決まっている。お酒というヤツは不思議な飲み物で、飲み出すとなかなか止まらない。歌の文句ではないが「分かっちゃいるけど止められない」のがお酒なのだ。



 亭主の健康を気遣ってブレーキをかける女房の気持ちも分かり過ぎるほど分かる。内心、ありがたくさえ思う。ところが口を突いて出るのは、「そんなことはオレが一番よく知っている。人の世話を焼くな・・・」である。場合によって、その言葉の後に続くのは「バカヤロー。いろいろ言うな」。

ウィスキー



 古今東西、嗜好品は税の対象になって来た。タバコもそうだ。どこかの国は「百薬の長」ではなく「健康に害する」ことを方便に徐々に値上げしている。喫煙者は嫌煙者と比べて少数派になっているからいい。この関係が逆だったら大騒ぎだろう。第一、無謀な値上げなんか出来っこない。でも「健康を害する」ことと「値上げ」。この論理、どうもしっくりしない。これも古今東西、新税を創設したり、税の値上げに踏み切る場合、少なからず、住民のコンセンサスを得なければならないのは世の常。そこには決まって方便がいる。いわゆる民は騙されたり、騙されたふりをするのだ。それを仕掛ける為政者は、したたかで、ちゃんとプラス、マイナス、そろばんをはじいている。




 よく考えれば、「百薬の長」が税の新設の対象になったり、「健康に害」が税の値上げになる。変な話だ。見方を変えれば、それこそが方便といっていい。




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人の行動パターン

 私たちは毎日、それぞれの日常生活を送っているが、みんな、個々に共通した行動パターンがある。朝起きる時間がほとんど同じなら、夜、寝る時間もほぼ同じ頃。食事をしたり、新聞やテレビを見てくつろぐ居間での座る位置も毎日同じ。みんな無意識のうちにそんな行動をしているのである。


家庭



 これはありふれた日常だが、この「座る」という事を例にとっても、その行動パターンは定例の会合や無尽会、果ては飲み会に至るまで、いつの間にか同じになっているのである。今、町にも銭湯を見かけなくなったが、恐らくそこでも同じだろう。私の場合、週に何度か通うスポーツジムでも同じ事をしていることに気づく。例えば、下足のロッカーや更衣室のロッカーでも無意識のうちにほぼ決まったロッカーを使っている





 山梨ロータリークラブの例会は毎週木曜日の午後零時半から山梨市の割烹旅館「秋月」で開く。この時も同じなのだ。もちろん、三々五々集まってくる。思い思いにテーブル席に着く。しかし例会の開会を告げる会長の点鐘の時、全体を見ると、みんながほぼいつもの席に座っている。年に何度かある夜間の例会の場合も同じ。
 例会行事の後の酒席で、気づいて見れば隣や前でお酒を酌み交わす顔ぶれはいつもほとんど同じである。そんなことを考慮して、ある時から席を«抽選式»にして広い相互交流が出来るようにした。 





 酒席を伴う場合は別だが、通常の例会にはみんなマイカーでやって来る。その駐車位置も大体同じ。やって来る時間もそれぞれが、ほぼ同じだから、後から来る人達は「ああー、○○さんはもう来ているな」とすぐ分かる。イレギュラーがない限りみんながほとんど行動パターンが同じとあれば、空いている所もまた同じ。このことはスポーツジムの更衣室でも同じことが言える。

ロッカー



 更衣室はかなりのスペースをとっているが、入り口を使う人もあれば、真ん中も、また奥まった所を使う人、それぞれさまざまだ。トレーニングを終えて更衣室に戻った顔を見ると、そこには決まった顔がある。隣のロッカー、前のロッカーとほぼ同じ顔ぶれだ。勢い話もはずみ、親しみも増幅してくるから不思議である。




 スポーツジムの下足ロッカーは小さいスペースで済むので、ロビーを過ぎて一段上がった所に壁状に沢山のロッカーが並ぶ。そこには算用数字で規則正しく番号がふってある。上段を使う人、また中段、それに出来るだけ下の方のロッカーを使う人と、行動パターンが現れるのだ。ここで面白いのはロッカーナンバー




 人にはなぜか好きな数字というものがある。3 とか 5 とか 7,8,1 といった具合にそれぞれ何とはなしにお気に入りの数字を持っている。そんなに意識しているわけでもないが、下足を入れる時、その好きな数字に入れているのである。選ぶ所が沢山あればあるほど、この心理が働くのだ。





 こうした行動パターンが示すように人間は大きな変化を求めない動物なのかも。チェンジ。大きな変化があっても、またそれに対応できるのも人間だ。毎日、太陽が東から昇り、西へと沈む。四季をも繰り返す。人間は一定の行動パターンでそれに順応しているのだ。





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パブロフの犬

 「おまえ、しつこいねえ・・・」と言われるかもしれないが、未だに若い女医さんには、ある種の偏見を持っている。私だって男の端くれだから、若い女性には優しかったり、好感を持って接するのだが、白衣を着た女医さんを見ると、正直言ってその場から逃げ出したくなるのだ。可愛くもなければ、むしろ怖くなる。パブロフの犬。条件反射なのだ。
病院2
 前にも触れたが、若い頃、盲腸(虫垂炎)手術を受けた時の新米女医さんの一部始終がきっかけでもあり、その第一弾。細い血管への注射に脂汗をかいて悪戦苦闘するけなげな姿には一面で敬服もするが、時も時。緊急手術の直前措置なのである。人の助けは求めないタイプのようで、逆に見るに見かねた看護婦さんが≪援軍≫を求め、急場をしのいだ。




 第二弾は、別の総合病院での人間ドックの時のこと。胃カメラを飲んだ。担当は若い女医さん。盲腸手術の時の女医さんの顔を思い出さないでもなかったが、所詮はまな板の鯉。カメラを胃袋の中で大胆に押したり引いたり。「もっとお手柔らかに頼むぜ」。そんなことを思う前にゲエ~ゲエ~、ゲボゲボ。技術の良し悪しは別に検査だからそれはそれで仕方がない。


病院


 ところがこの女医さん、突然、「あら困ったわ。あら困ったわ。これなあ~に。これなあ~に・・」。子供のように絶叫し始めた。カメラを持つ手はブルブル震えている。何にも分からず、ただゲエ~ゲエ~している、まな板の鯉はたまったものではない。ここでもベテラン先生の≪援軍≫が飛んで来た。その検査室では何人もが、まな板に乗っていた。何の事かわかりようもないし、動転する女医さんの甲高い悲鳴にみんな、びっくりしたに違いない。



 「ああ~、これねえ、アニサキスと言うんですよ。初めてだったんですねえ。検査が終わったらつまみ出して患者さんに見せてあげてください。心配要りませんよ」




 さすがにベテラン先生。女医先生はやっと落ち着きを取り戻した。この時も駆けつけたベテラン先生は、いかにもへりくだって「先生、私にも見せていただいていいですか?」。


病院3


 この騒動にはまだオチがある。「ところで先生、私のお腹にいたアニサキスってどんな虫ですか?」。さっきまでの動転がウソのようにタカビーに振舞う女医さんに尋ねた。「あらいないわ」。女医さんは味もそっぺもなく、まるで人事のように言うのである。正直、腹が立った。服装を整え、帰りがけドックの受付に寄ったら「本会計に行って治療代5,000円を払っていってください」。「えっ、治療?アニサキスは途中で落としてしまったようだよ」。再び腹が立って思わずそう言おうとしたが、馬鹿馬鹿しくなってその言葉を飲み込んだ。


受付


 「俺ねえ、治療にしろ、人間ドックの胃カメラにせよ若い女医さんにばかり当たるんだよ。毎回なんだ。それも新米のような・・・。俺って若い女性にモテルのかねえ・・・」




 ある時、親しい大学病院のベテラン医師と酒を酌み交わした時、そんな話をしたら


 「あなたはバカだねえ。あなたのようなタイプの患者さんには新人を当てるに決まっているじゃない。なぜかって?太っていて、いかにも鈍感に見えるからねえ・・。どんな医師だって、どんな難しい手術だって必ず≪始めて≫があるのさ。医学はそうして進歩するんだよ。誰かがそれを担ってくれなきゃあ・・・」




 「冗談じゃあないよ。俺、いつも練習台かい?俺の立場にもなってみろよ・・・」




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マツタケは素人にも採れるか

マツタケ



 秋の味覚のトップバッターといえば、やっぱりマツタケだろう。場所によってかもしれないが、今年はこのマツタケが不作だったという。春から夏にかけての天候不順が影響したのだそうだ。私達庶民の口にそうそう入るものではないが、やっぱり残念だ。土瓶蒸し、焼きマツタケ、握りのマツタケ寿司。あの香りと食感。なんとも言えない。ポピュラーなマツタケご飯もある。




 山に行っていないから分からないが、山梨市の岩手山にある我が家の持ち山にも見つければマツタケの一つや二つは生えているのだろう。子どもの頃は秋になればみんながビクを腰に山に入った。遊びと実用だった。アメジコウ、ウラトリ、シメジ、ミネゴシ、クロット、ホウキダケ。田舎の子は田舎の子ならでは、かもしれない。危険なキノコは絶対に採らなかった。誰からともなく、毒キノコの怖さを教えられていたのである。

まつたけ  

 よく考えてみると、マツタケを採った記憶はない。第一マツタケなど知らなかったといった方がいい。子どもばかりでなく、みんなが食べる事が先で、マツタケの香りや食感を楽しむなどという余裕などなかったのだろう。マツタケ採りを初めてしたのは27歳のころだった。今でもよく覚えている。今は北杜市になったが、当時、南アルプスの前衛山麓に武川村という村があって、そこの小学校の校長先生を辞めた後、村議会議員をしていた人と知り合ったのがきっかけ。その人は中山という自分の山をマツタケ山として開発、お客の誘致を始めたのである。




 マツタケ狩りの山開きの日になると毎年私を招待してくれた。のしをつけた酒2升を吊るしては山に登ると、その親爺さんは嬉しそうに、私に言うのである。「あなたの来る前にマツタケを採って置いたから、まずこれで一杯やろう」。バラックのような管理小屋で、茶碗酒だ。時には親爺さんが獲ったばかりだというアオダイショウを藁灰で焼いて食べたこともある。硬いが、うまかった。帰りには藁とスギの葉で作った筒状のものにマツタケをいっぱい差して持たせてくれるのである。


松茸  


 それから間もなくして、県の林務事務所と国の営林署の人たちと八ヶ岳山麓の別の山にマツタケ狩りに出かけた。自他共に≪マツタケ採りの名人≫という地元の人が案内役だった。その名人は途中で地面に直径1mぐらいの円を描き「この中にマツタケがある」というのである。しかし目を皿のようにしてもマツタケはない。ニコニコしながら名人が円の中心付近の土を指で掃くようにのけると、土の下からマツタケが。






 タネあかしはこうだ。マツタケは毎年、同じ所に出るのだそうで、名人はそのポイントをみんな知っているのである。テリトリーはざっと300.シーズンになると二日に1回、巡回しては土がちょっと盛り上がったところ、つまりマツタケが地面に頭を出す前に抜き取るのだという。いっぱいある雑キノコには見向きもしない。




 名人はそうしながら新たなポイントを見つけては一つずつテリトリーを増やしていくのだそうで、そのテリトリーはかわいい我が子にも教えないという。私はこの時を境に「素人にマツタケなど採れる筈がない」と、勝手に決め込んでいる。素人が採れるのは、山を自分の庭のように歩く名人達が、目こぼししたものに過ぎないからだ。





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デブの細い血管

病院


 自分では自らの神経が太いのか、細いのかは分からないが、血管だけは間違いなく細い。私の身体にだって、あるべき所に血管が走り、それなりの血液が流れているのだろうが、見た目では分からないのだ。お医者さんや看護師さん泣かせの血管なのである。




 勤めをリタイアした後も毎年一度、かみさんと一緒に人間ドックに行く。そのドックで検査メニューの中に必ずあるのが採血。ここでほとんどの看護師さんが手こずるのだ。血管が細く位置が分かりにくいので、採血までに悪戦苦闘するのである。そんな姿を見る前に「私の血管は分かりにくいんですよ・・・」と、こちらから言い訳するのだが、針の先で血管を探されるのは内心、いいものではない。採血する時のポーズからも、その一部始終が見えるから始末が悪い。正直言って、いくら鈍感な私だって気にもなる。


注射器  
 
もちろん看護師さんは無事採血を終えるのだが、中にはベテランの先輩にバトンを委ねるケースも。こんなこともあった。もう大分前のことだが、盲腸(虫垂炎)を手こずらせて甲府市内のある総合病院で緊急手術をするハメになった時のことだ。採血だったのか、静脈注射だったかは忘れたが、針が血管に入らないのだ。若い≪看護師さん≫は脂汗をポトポトと落とし始めた。それもそのはず。10人前後はいる看護師さんの注視の中だった。




 気の毒というか、可愛そうになった。「いいんですよ。ゆっくりやってください」。ヘンな所で女性に優しい自分がおかしくなった。そんなことを言えば言うほど大粒の脂汗が。「誰か代わってあげたらいいのに・・」。そんなことを思い始めた矢先、戴帽から婦長さんらしき看護師さんが年配の男性医師を連れて来た。看護師さんが気を利かせて求めた援軍である。

病院3


 「〇〇先生、私にやらせてくれませんか?」。そこで初めて気付いた。脂汗の若い≪看護師さん≫は女医さんだったのである。「お医者さんのくせに・・・」。なぜか無性に腹が立って来た。人間とは勝手なもの。今の今まで悪戦苦闘を励ますように許して来たのにプロの医者と分かると、途端に「この野郎」と手の平を返すのだ。




 この女医さんとは、この時ばかりのお付き合いではなかった。盲腸手術の執刀をしていただいたかどうかは分からないが、術後も終始、主治医としてお世話を頂くハメに。私の虫垂炎は、腹膜炎を誘発するほど手遅れ状態での緊急手術だったせいか、自分でも分かるほど術後の経過は悪かった。手術から数日後。お腹がパンパンに膨れ上がり、激痛を伴うようになった。

女医さん


 「先生、お腹がどうもヘンですよ」。若い女医先生は、そんな私の切実とも言える訴えに、いともそっけなく「あらそう・・・?」。
 お腹の中で化膿を起こしてしまったのである。一旦は縫った傷口を開き、その日からお腹に溜まる膿を除去する治療が始まったことは言うまでもない。傷口から長い帯のようなガーゼを突っ込んで、膿を吸わせるのだ。それを引き抜く時は一瞬だからいいが、入れる時にはピンセットで順送りする。可愛げもなく乱暴に扱うのだ。やっぱり私の神経は細いのかもしれない。痛い。たまったものではない。お陰で私のお腹にはでっかい大きな傷が残っている。あれから20数年。ツッパリ気味だった若い女医さんも如才のないベテラン先生になっているだろう。




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やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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