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為せば成る…

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 「為せば成る 為さねばならぬ 何事も 成らぬは人の 成さぬ為なり」


 江戸時代、窮地ともいえる財政難に追い込まれた藩を見事に立て直したという米沢藩主・上杉鷹山の名言である。この言葉(句)、遡って戦国時代の甲斐の名将・武田信玄の句をパクった、という説もあるが、ここではそんなことはどっちでもいい。




 まさに言い得て妙。人類が存続する限り、普遍の哲学と言ってもいい。誰にも分かる。その通りだと思う。でも、実践できるようで、出来ないのが、このことかも知れない。だからこそ、時代を超えて今も語り継がれているのだろう。ズボラな私のような者には、いつも首から架けておきたいような言葉だ。




 「(第71回毎日書道展で)毎日賞を受賞することが出来ました。(甲府で開く会派の)書道展に出品しますので、ご覧いただければ幸いです」



 サラリーマン現役時代の同僚から残暑見舞いが届いた。その中に、こんな一文が。この男、幹部としての職場の定年が視野に入った頃、「オレは退職後、書道塾を持つ」と決意してカルチャーセンター・山梨文化学園に師と定めた先生の門を叩いた。むろん、勉強は職場がはねた夜の時間である。そう言っては失礼だが、取り立てて字が上手という男ではなかった。




 甲府駅前の山梨県立図書館で開かれた展示会は彼が所属する昭書会が主催、山梨日日新聞社・山梨放送、山梨県書道会などが後援。会員79人の力作と毎日書道展の入賞作品3点が並んでいた。何事においても«凡人»の域を出ることが出来ない私に他人様の作品を評価する眼なぞありっこない。ずらりと並んだ力強い作品群に、ただ圧倒された。


書道1



 そんな中でも彼の作品はひと際異彩を放っていた。会場のメーンに展示されていることや元同僚という贔屓目だけではない。入賞作品の「輝籠淵」は6尺×2尺の大作=写真。もう一つが5尺×9尺の「精華」=写真=だ。「すごい。あの男が、こんな字を書くようになったのか」。正直な驚きであった。作品の前に釘付けになった。




 彼が仕事の傍ら書家を目指したのは10年以上前。その間の定かな努力の在り様は知る由もない。でも人知れない努力があったことは間違いない。かつて、山梨日日新聞社・山梨放送が主催、2万人近い人たちが参加して開く山日・YBS席書き大会で大会大賞(最高賞)を受賞した高校生が「毎日、500枚の書道紙を費やして練習した」という話をしていたことを思い出した。




 そんな言葉の裏にあるのは「努力」以外の何物でもない。Challenge、Chance、Change。この三つの言葉は、相互に関係し合っているような気がする。挑戦、機会、変化。スペルも「lle」と「c」「g」が違うだけ。いずれも「Cha」で始まり「e」で終わるのだ。ChanceとChangeは「c」と「g」の一字違いだけ。挑戦しなければ、変化は生まれないし、その挑戦には、それなりのチャンスを伴う。




 パソコンは人々から文字を書く習慣を奪い取ろうとしている。文字は「書く」ものから「打つ」ものに変わりつつあるのだ。暑中見舞い、残暑見舞い、アッという間にその時季がやって来る年賀状…。いずれも大勢はパソコン文字に。とりわけ、毛筆は稀有になった。しかし、それに接した時、何とも言えない「温かみ」を感ずるのは私だけか…。




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大根の播種

赤とんぼ




 何時しか、暑苦しいミンミンゼミの鳴き声が消えて、空には赤とんぼが。屋敷と言わず、畑と言わず、あっちこっちで咲いていたヒマワリは黄色い花びらを落とした。その下で咲いていた百日草やユリも峠を過ぎて、今では見る影もない。流石に花にはまだ早いが、コスモスが順番を待っている。




 花というものは、咲いているうちが花。まさに«蝶よ花よ»だが、最後はだらしない。「散り際」などと人に愛でられるのは、春の桜ぐらいのものだろう。勢いのある花ほど最後は始末が悪い。たくさんの種を付け、地に落ちれば来年と言わずに所かまわず、発芽する。特にヒマワリは沢山の種ばかりか、背丈も大きく、幹も太くなるので、後始末に閉口するのだ。


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 特殊の大型はさみで切り倒して、種がなるべく落ちない内に畑のあっちこっちに山積みして燃やすのだが、どうしても種は落ち、それが来年へと繋がってしまうのである。我が家では毎年この時季、そんな作業が一日がかりで続く。




 「お父さん、来年はもうヒマワリはやめましょうね。それはともかく、もう大根を蒔かなきゃあ…」



 畑でヒマワリの後始末を手伝ってくれていた女房が、促すように言う。我が家では毎年、9月4日前後をメドに大根の種を蒔く。二人暮らしの我が家だけでは、僅かでいいのだが、娘の家や女房の姉夫婦、それに親しい家に差し上げる分まで作るのだ。秋大根は主には冬の時期の沢庵の漬物用。幸か不幸か畑だけは事欠かないので、作付け面積にはこだわらない。




 むろん播種の床づくりは私の仕事。持病の腰痛が邪魔して、作業は決して楽ではないのだが、女房が用意した塩入のペットボトルの水を飲みながら汗だくで畝を作って行くのだ。播種は女房の仕事。概ね30センチ間隔で蒔いていく。大根は発芽率がいい。ひと頃は3粒ずつ蒔いたが、2粒で十分。複数で播種するのは植物が持つ競い合う習性を考慮してのこと。




 問題は発芽後の病害虫対策。うっかりしていると、蝶々が若葉の裏に卵を産み、その幼虫が葉っぱを舐めるように食い荒らしてしまうのである。発芽のタイミングで「オルトラン」という殺虫薬を蒔くのだ。「♪ちょうちょ、ちょうちょ菜の葉にとまれ…」。人間とは勝手なもので、立場によって、そんな蝶々を摺り潰したくなるから不思議。




 大根は数ある野菜の中でも極めて逞しい。発芽率もいいし、生育も早い。9月に種蒔きすれば11月には収穫できるのである。「ど根性大根」だとか、「大根役者」、女房が「失礼しちゃうわ」と怒る「大根足」…。そのキーワードは総じて「逞しさ」だ。都会の方々が「アスファルトの割れ目から大根が…」と、大騒ぎするのもその一例。「大根役者」はいつまでも人気が出ない(当たらない)役者の比喩である。

大根


 「当たらない」は食品学上も的を射ていて、大根を食べて食中毒を起こしたという話は聞いたことがない。日常の食卓でも、刺身など生魚のツマに使われるのも大根が持つ「殺菌」効果に他ならない。食べて良し、おろして良し、刺身のツマにしても良し…。そう遠くない冬の時季、おでんの定番は、やっぱり大根。残暑も、やがてウソのように消えてその先に…。




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ホームレスは不労者

風景


 子どもの頃、しばしば、浮浪者がやって来た。当時、この辺りは今のような果樹地帯の形成には程遠く、米麦養蚕の貧しい農村地帯だった。そんな農業形態は戦後の昭和20年代はおろか、30年代後半の高度経済成長の足音が聞こえて来る頃まで続くのである。米麦は供出制度があり、養蚕が大切な現金収入の手段、といった時代であった。ちょっと注釈をつけるとすれば、その養蚕の衰退が果樹への転換の引き金となり、今の果樹王国の形成を導いた。日本の養蚕の衰退、消滅は安い韓国産生糸の出現だったことは誰でも知っている。




 浮浪者のことを、この辺りの人たちは「お乞食(おこんじき)」と呼んだ。子供心にもいかにもぴったりの言葉だと思った。汚い身なりで、物乞いをして歩くからだ。服ともいえないボロボロの布をまとい、日焼けした浅黒い顔は、剃刀なんか何日も当てないから、髭ボウボウ。お碗片手におこぼれに預かりそうな家を回るのだ。その風体こそ違うが、歳末、僧侶が修行の一環で行なう「托鉢」に似ている。そんな托鉢を例えにすると坊さんに叱られるが、なにしろ「お乞食」「浮浪者」という言葉がぴったりだった。


風景2


 世の中全体、戦後の貧しい時代だから、子ども達だって、今のような恵まれた身なりや食生活をしていたわけではない。貧しい農家の経済がそうさせたのである。でも親達は無し無しのお金をお碗に入れてやり、お米をも持たせた。そんなうしろ姿を見たのか、子供たちも、これこそ無し無しの小遣いの中からニ円、三円と恵むことを覚えた。ウキウキと心を弾ませて行く祭りのお小遣いが30円、40円の時代である。




 ところが、ある時、その「お乞食」の本領を見透かしてしまうような出来事に出っくわした。学校からの帰り道、川べりの林で仲間と道草を食っている時のことだ。物乞いをしていた「お乞食」がそれまで着ていたボロボロの服を小奇麗なスーツと着替え、それを風呂敷に包み、颯爽と自転車で立ち去るではないか。髭はそのままだが、髪には丁寧にクシを入れているのだ。子供心にも「この詐欺野郎め」と思ったものだ。




 それからうん十年。わが国は経済大国と言われるようになった。よく考えるとホームレスはいるが、物乞いをする「お乞食」はいなくなった。そのホームレスの一人とワンカップの冷酒を飲みながら話した。東京・隅田川の川っ淵に自ら設けたダンボールやビニールシートの小屋を根城にする浮浪者だ。たまたまかもしれないが、出合ったホームレスは脱サラ男。「堅苦しい会社勤めが嫌になった」という50男だった。「俺たちゃあ、何不自由なく暮らしている。決して強がりなんかじゃあねえ」と言い「自由が財産だ」とも言った。


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 このホームレスは「みんな自分自分。他人のことは分からねえが、大なり小なり、みんな同じだと思うよ」とも言う。子どもの頃、出合った「お乞食」と今の「ホームレス」。呼び名こそ違うが、共通した言葉に置き換えるとしたら「不労者」。これこそまさにぴったりの言葉だ。文化人とか評論家と呼ばれる人たちは、もっともらしく政治の貧困だとか、社会構造の欠陥を指摘する。でも何の事はない。平和ボケ日本の落とし子なのではないのか。分かり易く言えば、仕事嫌いの「不労者」だ。




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宝の山

 そう言えばホームレスが集団で歩いている所なんか見たことがない。東京・隅田川の川っ淵で知り合ったホームレス男が言うように、それが習性のようにみんな一人で行動している。昭和30年代、東京の上野に近い「山谷」に集まって暴動を起こした労務者とは違う。その暴動は、職を求めての一揆だった。 



隅田川桜2


 「どうしてかって?そんなの分からねえよ。俺の場合は、人と話をすることなんて面倒臭くなっちまった。この川っ淵にいる連中、みんな行動パターンが違うんだ。それぞれが宝の山(ゴミ置き場)を持っているし、メシを食う(捨てたものを拾って食べる)レストランや料理屋も違う。言ってみりゃあ、独自のテリトリーを持っているのさ。みんなメシのタネだから大事にするさ。穴場を人に教えるようなことは、誰だってするもんか」




 「そりゃあそうだよなあ・・・」



 「ダンナねえ、ダンナたちゃあ、俺たちを蔑んで見たり、時に生活に困っているだろうと同情もしてくれるようだが、俺たちゃあ、ダンナたちが考えているほど困っちゃあいねえ。欲しいものがあればなんでも手に入る。前にも言ったが、手に入らないのは家と棺桶ぐらいのものだ。宝の山のゴミ置き場を二つ、三つ回れば、いいのさ」


隅田川東京タワー


 「今使っている毛布が汚れて、取り替えようと思えば、もっといい毛布があるし、ビニールシートの小屋を補強しようと思えばそれもある。中に敷く絨毯だって転がっている。これを運ぶのに自転車が欲しいと思えば、これだって簡単。こんなものは持って来ても置く所がねえから困るが、大型家具の箪笥やソファーだってある。冬場、寒い時にはガスコンロを探すんだ。使い残した携帯用のガスボンベイだって捨ててあるから暖を取るのに十分。俺たちゃあ煮炊きはしないけど、お茶くらい沸かそうと思えば、それも出来るぜ。俺はもう読まねえけど、暇つぶしに本の一冊も読む気になりゃあ、それも出来る。マンガ本から小難しい学術書まで何でもある。時にゃあ、金庫だって落ちている。これだけは、俺たちには必要ねえがねえ・・・。風呂? 銭湯に行くくらいの小銭、たばこ銭と同じよ」




 ホームレスのオヤジは浅黒い顔をほころばせ、ニコリと白い歯を見せた。我が家では日常、ゴミ出しはかみさんの役目。しかし、車で走りながら見かける粗大ゴミ置き場の光景を頭に浮かべて、ホームレスのこのオヤジの話が一つ一つ頷けた。「日本という国はいい国さ」。二人でワンカップの冷酒を飲みなら交わす言葉の節々に出てくるこの言葉は、もっともらしく言えば、平和ボケし、物を平気で粗末にする私たちへの痛烈な皮肉だ。


隅田川2



 政治の世界では子供手当てや高校授業料の無償化などが議論され、実現している。その一方で街のあちこちにあるゴミ置き場に転がる真新しい勉強机や子供用の自転車・・・。カバンやランドセル、参考書や辞書だってある。ゴミ置き場を「宝の山」というホームレスオヤジの目には政治が真面目くさってやっている政策がどう写っているのだろう。あと3ヶ月もしないうちに師走がやって来る。NPOや行政は「ホームレス対策と救済」の名の元に今年も日比谷公園などで炊き出しをしたり、手当ての支給をするのだろう。善政ぶった、こうした動きに当のホームレスたちは「シャバのヤツらバカだねえ」と笑っているかも? (この続きは次回で)




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日替わりメニュー

 ホームレス男は物好きにも東京・隅田川の川っ淵くんだりまで押しかけていった、まあ変わり者の私に話を続けた。


 「俺たちゃあ、言ってみりゃあ、日替わりメニューで三度のメシを食っている。夜を中心にして一週間の食事計画を立てるのさ。今日は寿司、明日はフランス料理、あさっては中国料理といった具合にね。そんなものに飽きたら和食だって食う。昼間は前日の夕方確保しておいたコンビニ弁当。これはなかなか店ごとに捨ててくれないから見つけるのに苦労するんだよ。朝?これも一流のパン屋さんの裏口に行けば売れ残りとはいえ、真新しい、しかも、うまいパンが手に入る。牛乳やお茶など飲み物は、コンビニなどの売れ残りで十分。言っとくがねえ、これも一流の店を狙うのがコツさ」




 「もちろん、上げ膳据え膳でこんな上等なものを食っているわけじゃあねえ。くどいが、一旦は捨てたものだ。店側にしりゃあ、俺たち社会のクズのような人間でも、腹痛でも起こされて、開き直られたりでもしたらかなわんもんな。だから俺たちが欲しがっていることが分かっていても、一旦はポリバケツに捨てるわけさ。でも人間、捨てたもんじゃあねえ。同じ捨てるにも、そっと置くように捨ててくれるんだ。ありがてえじゃあねえか。そんな時、顔でニコッと笑って心の中で手を合わせるのよ」


屋形船隅田川


 「これもくどいがねえ。プライドというものが、ちょっとだってあったらそんな技、つまり、いくら真新しいといったってポリバケツのものを食うことなど出来ねえよなあ。俺たちゃあ当たり前だが、レストランに行ったり、それどころか三度のメシを食うカネなんかねえ。プライドなんかクソくらえさ」




 「でも、プライドをかなぐり捨ててしまったら人間寂しいねえ。そうは思わんのかい?」



 「そんなの温ぬく生きているダンナたちの言い分さ。第一、そんなものがあったらホームレスは出来ねえし、やっちゃあいねえ。まあ、惰性がねえといったらウソになるが、みんな結構、当たり前にやっているのさ。強がり言っているわけじゃあねえけど、俺の場合、こんな生活、そこそこ楽しんでいるんだよ」




 「この隅田川の川っ淵にいる連中、みんな同じなのかい?」



 「そうだと思うよ。みんな自分、自分。付き合いなんかねえから分からんが、そうでなきゃあ生きていけねえもんな」


夕焼け隅田川2


 「今飲んでいるタバコはどうするんだい?」




 「これだけは誰も捨ててはくれん。仕方がないからお金を出して買うのさ。そのくらいのカネ、朝ゴミ置き場をひと回れば、すぐ作れる。ダンボールやビールの空き缶さ。これ、そこそこのカネになるんだよ。これも蛇の道は蛇。俺たちのようなヤツらを相手に商いをする業者がちゃんといるんだよ。ゴミ置き場は俺たちにとっちゃあ貴重な宝の山さ。なんでも手に入る。ないのは≪家と棺桶≫くらいのもの。日本は贅沢な国だと、つくづく思うね」。(この続きは次回で)




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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