FC2ブログ

岩魚の骨酒と二日酔い

 夕べは飲みすぎた。二日酔いで頭がガンガンする。
「あなたはいつもそうなんだから。これからまだ新年会、幾つも続くんでしょう。体も身のうちって知ってるでしょう。まったく懲りないんだから・・・」


酒



 その通りだ。歌の文句じゃないけれど、分かっちゃいるけど辞められないのである。お酒とはこれまた不思議。沢山飲めば、というより自分のじょうごを超せば二日酔いをすることくらいハナから知っている。しかし、それを何十年と繰り返しているのである。二日酔いの朝、それが重度であればあるほど素直に反省し「もうこんりんざい飲まないぞ」と思ったりする。






 ところが、今でこそ今は昔だが、若い頃は街にネオンが輝く頃になると、身体も頭もそんな事をケロリと忘れてしまうのだ。あれほど不快感をもようした身体も快調、快調。元気いっぱい。それから先は言うまでもない。お酒を飲まない人や女房族は「なんて馬鹿な人達だろう」と、蔑みの目だ見るのだろうが、それが男、酒飲みの酒飲みたる由縁である。


酒


 「そんな事が分からねえのか」と、開き直っても見たいのだが、こればかりはその通り。反論の余地がないほど、みんなよく分かっている。「休肝日」という言葉だって知っている。週に何日かお酒を飲むのを休み、肝臓を労わるほうがいいに決まっている。まともな人なら「分かっているのならなぜ」と、言うのだろうが・・・。人間とはらちもない動物なのかも知れない。






 中学時代の同級生達が集まる無尽会。無尽会といっても、あの頼母子講的なものではなく、気心の知れた仲間達がワイワイ、ガヤガヤ、たわいもなく話し、お酒を酌み交わすのである。みんなとっくに定年を過ぎて職場をリタイアしているから出席率は抜群で、月に一度の集まりには14人のメンバーがほとんど全員顔を揃える。





 決まった会場となる街の割烹の店では、この時期だから工夫した鍋物などを出してくれる。酒、ビール、焼酎、ウイスキーなどメンバーの酒肴もさまざま。この日は仲間の一人が岩魚の骨酒を用意して来てくれた。この男は根っからの釣り好きで、地域の漁業組合の幹部も務めている。





 この日のために冷凍保存しておいてくれた岩魚を熱燗の中に入れて飲むのである。岩魚は27~8cmもある立派なものだ。解凍したばかりの物を生のままお燗に入れるのだが、これがまったく生臭くないのである。べっ甲色になった骨酒は味と言い、香りと言い、絶品だ。


お酒


 「どうして生臭くないの?」「こんなでっかいヤツ、どこで釣った?」




 当然のことながらあっちからもこっちからも質問が飛ぶ。そこでまた当然のように、その男の解説が始まるのだ。その解説を肴にまた飲む。本当に、えもいわれぬ程旨いのだから盃が進むに決まっている。そして二次会はお決まりのカラオケ。今度はビールや焼酎。行き着く先は午前様。そしていつもの二日酔いである。明日は別の新年会だ。





.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


スポンサーサイト

パソコンと消しゴム

消しゴム_convert_20101130200045


 今はどうか知らないが、私たちが子供の頃、消しゴムは文房具の中で数ある脇役の一つだった。もちろん主役は鉛筆。鉛筆削りなどという器用な道具はなかったから、筆箱の中には消しゴムと並んで折りたたみ式の小刀が入っていた。脇役といっても小刀は消しゴムと並ぶ必需品。シャープペンが登場するのはずっと後のことである。




 小刀はわんぱく小僧にとっては曲者でもあった。消しゴムをサイコロ状に刻んでは遊び、時には授業中に仲間同士、ぶっつけっこするのである。もちろん先生からは大目玉を食う。そんな子どもの学業成績は言わずもがな。いいわけはない。小刀は鉛筆を削るばかりではない。工作やさまざまな遊びにも使った。今は筆箱の中から姿を消した。物を刻んだり、紙を切ったりするのはカッターナイフに代わっている。

鉛筆_convert_20101130200145



 鉛筆からシャープペン万年筆からボールペン小刀からカッターナイフ。子ども達や学生さん達の≪筆箱事情≫は様変わりした。こうしてパソコンを叩く私の机の上にも筆箱ならぬ≪筆皿≫がある。鉛筆が影を潜めて、ポールペンがいっぱい。太書きもあれば、細書きもある。いずれも自分で買い求めたものではない。何かの催しのグッツとして頂いたものだ。


筆皿_convert_20101201200047


 若い頃、かなりのお金をはたいて買ったり、知人から頂いた万年筆は、インクが乾いたままホコリをかむっている。今年もやって来た年賀状書きの時季になっても出番はない。万年筆からバトンを受けたボールペンも最近ではほとんど使わない。消しゴムにいたっては完全に用無しの存在に。パソコンがそうさせた。仰々しく言えばパソコン革命である。




 万年筆、鉛筆、ボールペン・・・。書く道具もいらなければ、消しゴムも必要ない。パソコンとは実に便利なものだ。文章を書いていて不都合があったり、間違えたらワンタッチ。Backspace か Deleteキーを叩けば一瞬に消してくれる。消しゴムもいらなければ、修正液もいらない。そればかりか文章を組み変えたり、貼り付けたりすることも自在である。


キーボード_convert_20101130200338


 好都合極まりない。お陰ですっかり文字を書かなくなった。一日おきに原稿用紙3枚程度の分量でエッセイの真似事のようなものを書いているのだが、これも全てがパソコン。ブログに投稿した後も気になることがあれば、すぐにでも手直しできるからいい。そんなことをしていると面白いことに文章が≪生き物≫であることを実感するのだ。




 山梨市教育委員会から≪ボランティア先生≫(学校支援コーディネーター)の委嘱を受けて、毎週のように市内の小中学校にお邪魔するのだが、どの学校にもパソコン実習のための教室がある。温度調節された教室にはパソコンがずらりと並び、子供たちは嬉々としてキーボードに向かっている。




 どうやらキッツ用のパソコンのようで、子供達に使い易く作られている。危険なアクセスが出来ないようにフィルタリングが施されていることは言うまでもない。消しゴムの存在など、まさにどっちでもいい。自在にパソコンを操る子供たちを見ていて、これから先、手書きの文字はいったいどうなって行くのだろう。ふと、そんなことを思った。



.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


俺は粗大ゴミ?

ゴミ置き場


 もう年末が近いのか。地域防災無線から流れる「粗大ゴミ回収のお知らせ」のアナウンスを聞いて、そんなことを思った。私達の地域の場合、粗大ゴミは通常のごみ収集とは別に、年に数回、日時を指定して回収している。年末が中心だ。有料(テレビや冷蔵庫などの電化製品)と無料があって、業者を巻き込んだ大掛かりな回収である。




 この地区は旧村の岩手村(昭和の合併で山梨市に)という所で、今の世帯数は500戸ほどのこじんまりした地域である。回収の指定場所は、この時期は休眠状態に入っているJAの果実共選所前の広場だ。年末にはちょっと早いようだが、市内を一巡するには今から始めないと間に合わないのだろう。



 「粗大ゴミの回収だそうよ。お父さんも行くんでしょう」



 アナウンスを聞いていた女房がかる口を叩いた。



 「おい、おい、俺は粗大ゴミかよ」



 「冗談よ、冗談。お父さんが粗大ゴミであるわけないでしょう」



 女房はちょっと言い過ぎたと思ったのか、ニヤニヤしながら慌てて打ち消した。でも、よく考えてみれば今の俺は女房にとって粗大ゴミみたいなものかも知れない。風が吹いても嵐が来ても毎朝、決まった時間に出勤し、月末にはきちんと給料を運んできた数年前までと違って、今は、毎日が日曜日。時に、やぶせったい存在に違いない。


family.jpg



 三度の食事だって作らなければならないし、箸の上げ下ろしまでとは言わないまでも、いなければ聞かなくてもいい小言だって聴かなければならない。ナスやキユウリ、白菜や大根、サツマイモやサトイモ、そんなものを作る百姓の真似事だって、ほとんど女房も一緒。今はこまごました家事を考えれば一日の仕事量は女房の方が多いのかも知れない。





 人間とは、夫婦とは面白いものだ。毎日、朝から晩まで忙しく仕事をしていた頃は、少なくとも≪粗大ゴミ≫などという言葉を口にしなかった。そこには無意識のうちにも給料という名の生活費を稼いで来てくれる≪一家の主(あるじ)≫としての受け止め方があったのだろう。「のどもと過ぎれば・・・」。先人はうまいことを言ったものだ。給料の運び屋を辞めて10年以上も経つと、女房たちはいつの間にかその≪ありがたさ≫を忘れてしまう。
妻

 「お前は今、誰のおかげで飯を食っていると思っているんだ」
時々、女房の言葉の節々が妙に引っかかって、冗談とも本気ともつかない、こんなことを言うことがある。世の女房族のみなさんには案外分からないかも知れないが、男には「沽券(こけん)」というものがあるのだ。

夫

 サラリーマン時代からそうだが、私は、家事は一切、女房に任せている。その代わり給料は全部女房に渡して来た。それをどう使おうと口を挟まないことにしている。今は銀行振り込みになったが、給料袋の時代もずっと丸投げした。先日の「振り込め詐欺」についてのブログ記事で、私は被害者にならない事を前提に人ごとのように書いたのはそのためだ。お金と言うお金は全て女房任せ。騙されても振り込みようがないのだ。



.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!



木枯らしと枯露柿作り

小春日和


 小春日和。この時期、いかにものどかな冬の一日を連想する。どこか哀愁を秘めた「木漏れ日」とはまた違った味わいのある言葉だ。そこに住む人々の年代や人それぞれの地域や環境によって受け止め方は微妙に違うかもしれない。





 今は住宅構造がガラリと変わり、縁側のある家は皆無といっていい。サッシ戸が雨戸に取って代わり、のんびりした縁側空間は合理的ともいえる住宅間取りに飲み込まれて姿を消したのである。年老いたおばあちゃんが小春日和の柔らかい冬の日差しを浴びながら、縁側でのんびりと孫の手袋やマフラーを編む。その脇で玉糸にじゃれて遊ぶ子猫。田舎育ちの私達が子供の頃は、当たり前に目にした光景だ。

おばあちゃん

 この小春日和。今、私達の地域ではみんなが恨めしがっている。以前にもちょっと紹介したことがあるが、山梨県甲府盆地の東部一帯は「松里」という地区を中心に枯露柿の一大産地。知る人ぞ知る全国的な産地なのである。その枯露柿作りには小春日和ではなく、冷たい木枯らしが必要。温かい小春日和は、むしろ大敵なのだ。


枯露柿



 巨峰やピオーネ、甲斐路、甲州・・・。果樹の最終ランナー・葡萄の収穫を終えて農作業を一段落させた農家は、つかの間の息抜きを挟んで11月の声とともに枯露柿作りに取り掛かるのである。農家は仕掛けを作った竹竿を使って柿をもぎ取り、一家総出で皮剥きに精出す。夜なべ仕事になる事だってある。皮剥きした柿は縄や紐で、簾状に吊るし、天日干しする。吊るす前に硫黄薫淨を欠かさない。仕上がりの色付けをよくするためだ。 100度ぐらいの熱湯に湯通しする人もいるが、仕上がりの色は硫黄の方が優るのだという。ただ味は湯通しの方がいいのだそうだ。


柿



 ある程度乾いたところで平干ししながら仕上げにかかる。この過程では「筋切り」というこれまた欠かせない工程があって、全体を揉みながら形を整え、柿の脊椎ともいえる筋を切るのである。これにはちょっとしたコツがいる。この筋切りは、揉む作業とともに枯露柿作りの技術的なポイントでもある。これらの工程を経て平干しした柿はやがて「粉」と呼ばれる白い粉状な物を噴出すのだ。そこまで来るとほぼ完成。






 枯露柿作りの最大のポイントは乾燥。硫黄薫淨を除けば全てが自然に委ねるのが枯露柿作りの特徴。私は自然が作る、まさに高級菓子ともいえる芸術食品は枯露柿をおいてないと思っている。それだけに自然の成り行きを拠り所にしなければならない。


枯露柿



 最も肝心なのは天日による乾燥工程だ。暖冬だと乾燥が遅れ、カビが生えてしまう。生柿を乾燥させるためには、一定の寒さと木枯らしのような通風が大切なのだ。暖冬と雨続きがもたらす湿度の多さが大敵。暖冬と小春日和は厳密には意味が違うが、ある意味、紙一重でもある。誰だって寒い冬より暖かい冬の方がいいに決まっている。しかし、死活問題、と言ったら大げさかもしれないが、枯露柿農家にとっては生命線であることは確か。今年は甲州百目など原料の柿が不作。枯露柿は間もなく年末年始の贈答用品として市場に出回るが、例年より高値になることは避けられまい。







.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


なぜか残る記憶

三島由紀夫


 もうそんなに経つのか。三島由紀夫が壮絶な死を遂げた、あの事件から48年だという。クーデターを試みたのだろう。三島は当時、陸上自衛隊第一師団東部方面総監部があった東京・市ヶ谷駐屯地に右翼思想を持つ「楯の会」の同士と共に乗り込み、それに失敗して割腹自刃したのである。部下でもある「楯の会」の幹部に介錯させた三島の首が総監室に転がった。日本中をアッと驚かし、震撼させた事件だった。




 昭和45年11月25日。48年前といっても、この日の事は鮮明に覚えている。私が28歳になったばかりで、しかも一人娘が生まれて間もない頃の出来事であった。ショッキングな事件の第一報を聞いたのは仕事でお訪ねしていた山梨県韮崎市役所の廊下だった。時の市長は元山梨県知事のお父さん。その秘書課長と立ち話をしている所に通りかかった市議会議長が、まるで特ダネでも掴んできたようにこう言うのである。



 「東京でとんでもねえ事件が起きた。あの三島由紀夫が市ヶ谷駐屯地でクーデターに失敗、割腹自決したんだってよ・・」


三島由紀夫2



 三島は当時、将来を嘱望された作家の一人だった。「金閣寺」「潮騒」「禁色」「仮面の告白」「鏡子の家」・・・。葉隠れ武士を題材に「武士道とは死ぬことと見つけたり」と書いた「葉隠れ入門」は壮絶な自らの死に様を予言しているようでもあった。ともかく三島が相次いで発表した作品は人々から「三島文学」と呼ばれた。もしあの事件がなかったら私達は、もっともっと新たな三島文学に接することが出来ただろうに・・。あの日の事を昨日のように思い浮かべながら、そんなことを思った。




 人には年月の経過とは関係なく、なぜか記憶に鮮明に残り、忘れられないことはあるものだ。事件の犯人(容疑者)の名前もその一つだ。オズワルド。山口ニ矢。オズワルドは55年前、第35代米大統領・ジョン・F・ケネディーを狙撃し、暗殺した男。一方、山口ニ矢はその3年前、当時、わが国の野党第一党だった日本社会党の委員長・浅沼稲次郎を刺殺した男である。何事にも忘れっぽい自分がウソのように記憶に新しいのだ。




 当時の日米を代表する政治家の暗殺。ケネディーは全米を遊説中のダラスで、浅沼は東京・日比谷公会堂で演説中だった。まるで映画のシーンのようにテレビに映し出された二つの暗殺事件。まだ学生だった私は言い知れない衝撃を受けたものだ。テキサス州のダラス空港から演説会場に向かうオープンカー。沿道の人たちの目の前で起きた狙撃。車の座席で崩れるケネディー。走る車の上で後部に逃げ惑う夫人。一方、浅沼は演説中の演壇に駆け上がって来た山口に腹部を刺され、丸渕の眼鏡を飛ばしながら崩れるように倒れた。






 いずれもSPが二重、三重もの警備体制を敷いていたはずなのに・・。法治国家でなぜこのような暴挙が・・。このショッキングな出来事は、ある年齢以上の方ならみんな覚えているはず。私は事件もさることながら、なぜかこの二つの事件の犯人の名前も忘れることが出来ないのである。二人とも事件後、謎めいた死を遂げる。人間の記憶とは不思議なもの76歳になるさもない人間の記憶に今も残っているのだ。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


ランキング参加中です!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】
おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

最新記事
カテゴリ
最新コメント
FC2カウンター
ブログ成分解析
ブログランキングならblogram
検索フォーム
月別アーカイブ
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

全国からアクセスありがとう!

ジオターゲティング
最新トラックバック
アルバム
リンク
忍者ツール
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
FC2ブログジャンキー

「アクセス数が全然伸びない…」そんな悩みをブログジャンキーが解決します!