異国の文化

スシ

 よく考えてみれば、異国の文化などというものはそのまま伝わったり、そのまま受け入れられるものではないのだ。今度のアメリカ旅行中、あっちこっちで見たり、接した日本の文化は、一見へんてこりんに、見ようによってはものの見事にアレンジされて、人々の間に、何事もなげに息づいていた。食の文化もしかり、風俗習慣もしかりだ。言葉だってそうかも知れない。




 確かに寿司は日本生まれだ。だからといって、そのシャリはササニシキやコシヒカリなど日本米でなくて、あの大きくて細長いカリフォリニア米でいいし、その国の舌に合わなかったらシャリに酢を打たなくたっていい。ネタだって鮪や海老、烏賊や蛸、コハダやアオヤギなどの生鮮海産物ではなく、果物野菜だっていいのだ。現に日本の回転寿司だってアボカドやメロンの寿司も登場している。家族連れの子供たちは、むしろ自然に受け入れてしまっているのだ。




中華


 立場を変えて、私たちが日本で口にしている中国料理は、はたして本当の中国料理か。北京料理とか上海、広東、四川といった料理は大なり、小なり日本風にアレンジされているのである。日本人の舌に合わせてあるのだ。横浜の中華街で食べる中華料理だって何の違和感もないのはそのためである。




 もう20年ぐらい前のことだが、北京に近い河北省の省都・石家荘を訪ねたことがある。そこは、かつて日本軍が駐留したこともある所だそうだが、私が訪ねた当時、日本人観光客は極めて少ない地域だった。食事をした時のことだ。テーブルに並ぶ美味しそうな料理はどれも香料?が強い。当然のように、その感じ方が口を突いて出る。中には「ふりかけか梅干でも持ってくれば良かった」と、言う人も出る始末。


中華2


 驚いたのはその翌日だ。日本人の鼻を突いたその香料がものの見事に消えていた。言葉が分からないかのように前日は、何の反応も見せなかったレストラン側が、中国料理を私たちの口に合わせてしまったのである。同席した日本人は顔を見合わせて一瞬ホッとした。でも待てよ。私たちはお陰で滞在中、本当の河北料理を食べなかったことになる。





 漢字。いうまでもなく日本には中国から伝わった。しかし、同じ字を書きながら≪本家≫の中国と日本ではその意味が全く違うものは少なくない。例えば、中国ではトイレットペーパーの意味がある「手紙」がどうしたことか日本に来たら、便りの手紙に。中国の「火車」は日本では「汽車」。因みに日本の「汽車」は、中国では「自動車」なのだ。




 伝わる過程で変わったのか、故意に変えたのかは分からないが、文化の移動には、こんなことはおおよそ付き物だろう。≪本家≫から見たり、自分側から見れば、へんてこりんだが、実は人種や国境を越えれば、当たり前のことかもしれない。私たちが今、何事もないように受け入れている外国の食文化や習慣、マナーだって≪本家≫の国の人達から見れば、へんてこりんに写ることはいっぱいあるに違いない。片方の違和感で目くじらを立てたって仕方がない。文化とはおおよそそんなものだろう。





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文化とは何だ?

ショー


 何かヘンだ。外国人から見た日本の文化とは一体なんだ、とつくづく思った。実際とみんな何かちぐはぐなのだ。15日間の大西洋―カリブ海―パナマ―太平洋クルーズを中心にした約1ヶ月のアメリカ旅行で、そんな場面に度々出っくわした。
例えば、今度の旅のメーンとなった船の中。インフォーメーションカウンターやロビーがある7階には「スシバー」(SUSHI BAR)がある。その隣には「鉄板焼きバー」(TETSUPANYAKI BAR)が。鉄板焼きはともかく、なんとなく違和感を感ずるのは寿司屋だ。


スシバー1  寿司あー2


 カウンターはそこそこ。その中で寿司を握っているのは、恐らく東南アジアの若者らしい男だった。私よりかなり≪日焼け≫していた。新鮮な魚介類を扱う職人が持つ「威勢」や「愛想」などというものは微塵もなく、黙々と客の注文に応じている。お客はみんな白人だ。箸と並んでフォークも。それはそれでいい。問題は寿司そのものだ。





 もちろん、鮪もあれば、海老もある。ところが、メーンは巻き寿司。海苔巻きかというとそうではない。太巻きの中の渦には海苔が見えるのだが、周りには海苔はない。中身の芯はピーマンパプリカ。日本の定番、芋の弦やかんぴょう、玉子焼き、キュウリなどは入っていない。シャリはというと、細長い大きな粒のカリフォルニア米。もっとピンとこないのはシャリに酢を打っていないことだ。


 


 そういっては失礼だが、食えたシロモノではない。寿司の命はシャリ。酢の微妙な使い方も旨さを醸し出すコツだ。日本の寿司屋では「むらさき」と呼ぶ醤油は、欧米では「ショウイソース」として、テーブルに載り「キッコウマン」や「ヤマサ」は知る人ぞ、知っている。ところが、酢というのは舌が理解しないのだろう。




 日本ならこんな寿司屋にお客は来ないに違いない。ところが毎晩、そこそこ賑わっている。目を内装に向けると、壁のデザインは唐草模様の原型。あのラーメンのどんぶりに描かれているデザインだ。店の雰囲気は中国風といった感じ。欧米人は日本と中国の区別が分からないらしい。


芸者ショー


 船には1,500人前後のキャパシティをもつ立派なシアターがあって、毎晩、趣向を凝らしたステージを繰り広げる。ジャズやクラッシックのコンサートもあれば、プレビューやマジック、コントのショーも。14日間、乗客を飽きさせない。そのフィナーレは「芸者」(GEISHIYA)をテーマにしたダンスのショーだった。足の長い、それは綺麗な白人や黒人女性が和服に草履、下駄履き姿で登場、ロックミュージックに乗って踊るのだ。


芸者ショー2


 ショーには二本差のサムライや忍者も。朱の欄干、滝、朱の鳥居もバックで彩を添え、ステージから客席に向けては、頭上に提灯が。その提灯に書かれている文字は「吉祥」や「大吉」。日本のゲイシャをロックで表現、提灯は中国風。その違和感が面白い。女房は
「あれなあに。へんてこりんよねえ・・・」


 

 寿司にしろ、ステージにしろ異国の文化を受け入れる側は、それを自在にアレンジする。





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レディファーストの苦労

名称未設定-4

 日本の「かかあ天下」はともかく、アメリカのレディファーストの精神は徹底している。アメリカというより欧米といった方がいいのかもしれないが、とにかく日常に根付いている。車の乗り降りもそうだし、エレベーターだってそうだ。車もドアを開け、ご婦人を乗せた後、男性は、その反対側に廻って乗り込むのである。降りる場合も同じだ。




 エレベーターだって男性は女性を乗せて、後から乗り込む。船では毎朝、周回できるデッキを散歩、ウオーキングするカップルが。年配者が目立つ。ご夫婦だろう。ほとんどが手を繋いでいる。日本でも手を繋いで街ゆく若いカップルが目立つようになった。恋人、愛情の表現だろうが、待てよ。アメリカのそれは、日本の若者達のそれとちょっと違うような気がした。


レディーファースト

 つまり、愛情の表現もさることながら、そこには男性の女性に対する、いたわりの心、ナイトの精神があるように思えた。ナイトといえば、同意語のように武士が。外国人は、日本といえば侍をイメージし、腹切り(切腹)をイメージする人が少なくないという。事実、今度の大西洋―パナマ―太平洋クルーズ中、毎晩のように通ったカジノでもデーラー達は日本人の私に、親しみを込めて「サムライ」「ハラ キリー」と言った。




 三島由紀夫著書「葉隠れ入門」の中で葉隠れ武士の精神だろう「武士道とは死ぬことと見つけたり」と書いている。とにかく、外国人に日本―サムライ―ハラキリと言われるのは愉快なものではない。男の哲学だろうが、武士道にだってナイトにも似た哲学があるはずなのだ。レディファーストを全てに地でいく船の中でそんな事を思ったものだ。

船


 タキシードを着たボーイは、レストランで私たち二人をテーブルに案内すると決まって、奥まったところの椅子に女房を座らせた上で、メニュー表も先に渡してオーダーを取るのだ。全てが女性優先。まあ、そんなことはどっちでもいい。スープ、サラダ、ステーキ、チキン、アイスクリームくらいは分かるが、その中身の説明もさることながら、メニュー表いっぱいに書かれている横文字を見ているとチンプンかんぷん。それだけで、食欲をなくすのだ。田舎者の私なんか、こんな高級レストランより大衆的なビッフェの方がいい。


料理

 そこにいくと女は逞しい。女房はこれから出てくるご馳走を想像してか目を輝かせている。もちろん、メニュー表の横文字なんか読めるはずがないから「これとこれ」と言った具合に指差すのだ。だから、何が出て来るかは分からないのだが、前菜、スープ、メインデッシュ、デザートと一応形は整う。




 失敗は明日への糧。自信にも繋がる。最初のクルーズ、つまり3年前のハワイ6島の旅で、女房はメニュー表が読めないばかりか、前菜もメインデッシュの区別も分からず「これとこれ」とやったものだから、テーブルにはメインデッシュが3つも4つも。冷や汗ものだった。さすがに、女房も今度はその徹は踏まない。レディファーストに懲りたのか、今度は「お父さん、これなんとなく美味しそうだよねえ」と、私の顔を見るのだ。その顔は、やっぱり「レディファーストはもういいよ」と言いたそうだった。






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レディファーストと女房

船上  


 「お父さん、外国じゃあ、みんなあのようにするんですよ。レディファースト、レディファースト。お父さんもそうしなきゃあ・・・」




 「バカ、俺は日本人だ。そんな事が出来るか・・・」



 ディナーのレストランで、隣のテーブルに案内されてきた紳士然とした男性は、恐らく奥さんだろう、連れ添って来た女性の椅子を静かに引いて座らせ、その後で向かいの席に座った。それを見ていた女房はいかにも私にもそうしろ、と言わんばかりに、そう言う。


レストラン


 大西洋―カリブ海―パナマ―太平洋クルーズの船の中では、13ある大小のレストランで朝、昼、晩、それぞれの好みで食事を取れるようになっている。この13のレストランの中には、一部「スシバー」とか「テッパンヤキ」といった、いわゆるバー方式のレストランがあるが、これを除いて、いずれも無料。食べ放題だ。
 
スシバー


 ビッフェと言うのだが、日本風に言うバイキング方式の大衆型のレストランもあれば、見るからに高級なワインやシャンパンを並べ、タキシード姿のボーイがオーダーのためのメニュー表を渡してくれるレストランもある。


メニュー表  


 「お父さん、このワインやシャンパン、只じゃあないんでしょうね」



 「バカ、そんなにでっかい声で言うな。当たり前じゃあないか。ドリンク類だけはどこだって有料だよ」


 「そうなの?大きな声って言うけど、みんな日本語なんて分かる人、いないわよ」



 貧乏人は毎晩、そんな高級ワインやシャンパンを飲むわけには行かない。ボーイの問いに「ノー サンキュー」。こちらには、そんな事もあろうかと、成田の免税店から買い込んで来た高級日本酒があるのだ。免税だから「久保田の万寿」だって、そこそこ安い。


演奏  


 ブレックファーストやランチはともかく、ディナーの時には、ほとんどが正装?に着替えてやって来る。男性はスーツ姿、女性はイブニングドレスだ。昼間、プールやデッキ、バスケットボールコートやゴルフの打ちっ放しでくつろぐ姿とは装いを変えるのである。




 女房がまるで鬼の首でも取ったように言うレディファースト。その言葉に、なぜか、甲府にある山梨学院大学に初代の学長をお訪ねした若い頃の事を思い出した。現学長のお父さんで、みんなが「髭の学長」というほど立派なカイゼル髭を蓄えていた。その学長先生はカイゼル髭をねじり上げながら、ちょうど子供ほどの若い私にこう言うのである。




 「先生はナイト武士の違いが分かりますか」


 「先生などと、おっしゃらないでください。それはともかく、ナイトと武士はヨーロッパと日本の違いで、その根底にあるものは同じではないでしょうか.ナイトはイギリス中世の騎士階級に由来した称号…」



 その時、学長は答えを言わなかった。ここでは女房の言うレディファーストとナイトをオーバーラップしたのだが、日本はいまやレディファーストの先進国。「かかあ天下」という言葉がそれで、世の女房族の多くは亭主を尻に敷いているのである。欧米の弱きものをいたわるレディファーストなんて言葉は日本では逆だ。






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ワイドなスクリーン

海1

 船のデッキで手摺に寄りかかって見るのもよし、デッキに並べられた長椅子に寝っ転がって見るのもよし、そこから見える空は圧巻だ。何も考えずに、である。大西洋のキューバやカリブ海の南米・コロンビア、そこからパナマ運河を通り抜けると、そこは太平洋。さらに船は中南米のパナマ、コスタリカ、エクアドル、ガテマラ、メキシコと地図上では、その沿岸を進むのだが、島のひとつ、ましてや大陸の端だって見えない。いわば、船は海のど真ん中を航行するのである。ただ見えるのは青い海青い空だけ。海によく似合うカモメだって一匹もいない。




 「何も考えずに・・・」と書いたのは、大西洋や太平洋のど真ん中に、ちっぽけな自分の身を置いたら、不思議な事に何も考えなくてもよくなるのだ。考えるとすれば「この海は日本にも繋がっているのだなあ」という、ロマンだけだ。大きな海と大きな空を見ていたら、みみっちく、煩わしい日常なんか入り込む余地がない。


海5


 それが海のもたらす魅力だ。私がクルージングにはまっているのも実はそこにある。決してお世辞にもロマンチストと言えない女房でさえ、デッキで心地よい潮風を頬に受けながら、こんなことを漏らした。




 「お父さん、海っていいね。この海、何にもない海を見ていると、ちまちましたことなんか、どっちでもよくなるね」


海6

 確かにそうだろう。誰がどう言ったとか、果てはスーパーの大根が一本いくら安い、などといった日常を過ごしている女房にしてみれば、なおさらかも知れない。




 一言で海とか空と言っても、その様は千変万化。朝、昼、晩、その時々に見事といっていいほど表情を変える。よく見れば一度として同じ顔を見せないのだ。海のことは前回のブログで書いた。海も、その変化はとても文字や文章で表現出来るものではないが、空だって全く同じである。


海2

 船のデッキや甲板の船首、船尾で見る海と空は、まるで手が届くようなところにある水平線がその境界をくっきりと分けている。どこにいても180度見える水平線は、地球が丸いことを思わせるように弧を描いている。それほど遠くない水平線の向こうで、海の水がこぼれてしまわないかと思うくらいだ。




 大きな空は、まるで大パノラマだ。あのプッツリ切れる水平線の向こうには何があるのだろうか。コロンブスやマジェランが大海に漕ぎ出した気持ちがよく分かる。大航海時代、土佐の海から漕ぎ出したジョン万次郎の気持ちも全く同じだったのだろう。一方で、この海のどこかで、今も昔も海賊が暗躍すると思うと、映画の世界にでも飛び込んだような気分になる。



海3

 銀幕の世界で、ワイドスクリーンが生まれた頃、シネマスコープという言葉が使われた。水平線から始まる空は、とてつもなく大きなシネマスコープで、4層、六層の屏風なんてものではない。狩野派や洋画のどんな優れた画家だって、このキャンパスは埋められまい。


海4


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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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