真珠湾の見える丘

ハワイ家2

 アメリカ旅行でハワイ滞在中は従兄弟の家にお世話になった。そこは真珠湾が見下ろせる閑静な住宅街であった。それぞれかなりのスペースを持った住宅はいずれも平屋建て。上手に区画整理されていて、街路も広く、圧迫感が微塵もない。のどかな感じを受ける。申し合わせたようにそれぞれの家には木で出来た自動シャッター付きの車庫がついていて、屋根は瓦ではなくブロックの木造りである。木造りのシャッターはどこの家も格子模様だ。




 平屋建てと併せて屋根に重量感がないのも街全体に圧迫感を感じさせない理由かも知れない。木のブロックを重ね合わせた屋根は雨の音をうまく吸収してくれるようだ。時々スコールのような雨が降ったが、少しもうるさく感じなかった。

 

ハワイ家


 これも申し合わせたように庭には刈り込み形の植木が幾種類も植栽してある。平屋建ての住宅との調和のためなのか大きな樹木は植えていない。玄関ドアを開けて中に入ろうとすると、従兄弟から「待った」がかかった。靴は外に脱いで家に入るのだそうだ。少なくともこの住宅街の家のつくりは同じだが、みんなが玄関の外で靴を脱いで入るのではない。従兄弟夫婦は日本人。欧米人のように外と内が土足の生活様式ではない。そんな詳しい説明はしなかったが、頭ではすぐうなづけた。でも、その違和感は滞在中ずっと消すことは出来なかった。ちょっと改良したらいいのにと思ったのは一緒に行った女房も同じだろう。玄関に上がりかまちがないのだから靴は外に脱ぐしかない。





 車庫はどの家も車2台が入るスペースを確保しているが、家の前の道路にはそこに入り切れない車が止まっている。夕食後、散歩がてら広い住宅街を20分ほど歩いてみた。何気なくそれぞれの家の前に止まっている車をみているうちにその車種を調べてみたくなった。結果は何とここでは90パーセントが日本車だった。ちなみにトヨタ車が大半を占めた。



車中

 ハワイには定期バスはあるが、鉄道も地下鉄もない。だから日本の田舎のように車がなければ1日とて過ごせないのである。一家に2台、3台はあたり前。成人の数だけ車を持たなければならないから、その量が多いのは当然だ。この国の車の所有率はすごく高いだろう。朝夕のラッシュ時は日本と同じようにすごい。ただ日本と違うのは道路が10車線、12車線と広いからまさに車の洪水だ。その解消策かどうか分からないが、時差出勤を採用している企業が多いのだそうで、朝4時、5時に出勤するサラリーマンも多いという。組合が強いこの国のこと、きっちり8時間労働だから帰りも早い。午後1時、2時には帰宅しているサラリーマンも多いのだ。




 ハワイは小さな島の集まり。アメリカ全土で見た場合、国土が広いから鉄道や地下鉄、それに定期バスをくまなくネットワークするわけにはいかない。車産業が発達したゆえんがそこにあるし、車がなければ一日も過ごせない現実がそこにある。ただ、この車産業、トヨタやホンダ、日産、マツダ、三菱など日本車に40パーセントのシェアを取られ、さらに追い上げられているのだから心中穏やかではないだろう。現に経営危機に陥っている有力メーカーも出てきているという。さてオバマ大統領はどんな救援策を取るのだろう。





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ハワイと8の因縁

 ハワイ王室最後の女王の婿となったビショップ氏の冠がつけられたミュウジアム(博物館)の建物は威厳をも漂わせる見事な建築だ。その年は1889年というから日本の明治中期である。中身も2,400万点をも所蔵、当時のハワイ原住民の生活や風俗、習慣が一目で分かるよう気を配っている。


ミュージアム


 ハワイの原住民には生活の中に文字というものが無かった時代があった。カメハメハ大王の後を継いだ2世の王(カメハメハの息子)は、このことを憂い、12の文字からなる言葉を作った。いわゆるハワイ語である。アルハベットが26字だからその構成は極めて少ないが、人々に文字による言葉が初めて生まれたのである。3世(2世の弟)は土地を住民に解放する一方、コイン(通貨)や切手を発行、ホノルルをハワイの首都に定めた。こうしてハワイ王朝は国家としての体裁をだんだん整えていくのである。さらに4世(3世の甥)は病院を作り、5世(4世の兄)は日本と平和条約を締結して外交への足がかりを作った。6世は老人ホームを造り、7世はサトウキビ農場を奨励して住民の経済基盤を確立したのである。特に7世は平和条約を足がかりに日本の皇室との縁組を提案している。しかし、この提案は実らず、8世の民間アメリカ人迎え入れにつながっていく。そのころ日本の天皇家がハワイの皇室と縁組をするはずがない。





 王を王室だけで継承したのは5世まで。6世から議会から選ぶ、いわゆる公選制にしたのである。血縁による婚姻から起きる弊害で王位の継続すらままならないハワイ王朝の裏側が透けて見える。例えば2世の兄から王位を継承した3世は、若干10歳であった。



海


 ビショップ・ミュウジアムのエントランスホールには、左側にハワイ王朝最後の女王8世の肖像画が、右側にその婿ビショップの肖像画が大きく掲げられ、その右側の大きな部屋には威厳と威儀をただしたカメハメハ大王から7世までの肖像画が展示されている。エントランスをはさんで右側、さらに2階、3階の大きな展示ホールにはざっと2,400万点といわれるハワイの歴史、文化、自然にかかわるコレクションが並んでいるのである。その一つひとつにハワイと南太平洋諸島の逸話をはらんでいることは間違いない。


ミュージアム2
 

 8という数字。ハワイ王朝8人の王が統治したハワイ諸島8つの島。その統治期間が98年、その終焉、つまりアメリカ合衆国入りの年が1889年みんな8絡みなのである。そしてハワイの州都ホノルルの人口は、今80万人だ。




 ホノルルを中心にハワイには日系人が多い。ひところ3分の1を占めるといわれたが、最近やや減っているという。それにしても、これほど日本の影響が大きい島も世界にあるまい。現に、私たち夫婦がお世話になっている真珠湾が望める高台・ローヤルサミット近くの丘には従兄弟夫婦が暮らしているし、ブログ仲間で、いつもネットを通じて交流させて頂いているマダムさんも、このハワイのどこかにお住まいだ。

ハワイ景色


 ここでは、私のように英語がヘタな人間でも苦にならない。日本語で通じるからで、こんな便利な島はない。無理して英語をしゃべらなくてもいいからだ。





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カメハメハ王朝の終焉

 「七転び八起き」とか「末広がり」といって、わが国では8は縁起のいい数字だ。しかしハワイ王朝にとって8という数字は、結果的にその終焉を意味する不吉なものであった。




 かつてこの王朝が支配したハワイには8つの島がある。南からハワイ島、マウイ島、ラナイ島、マルカイ島、オハフ島、カウアイ島、それに人を寄せ付けない無人島と、個人が所有する島だ。ご存知、州都ホノルルはオハフ島にある。


ハワイ_convert_20090430202936


 アラスカに次いで50番目の州になったハワイ全土の人口は今、ざっと120万人。うち約80万人がホノルルを中心としたオハフ島に住んでいるのだそうだ。一年中アロハシャツとサンダルがあれば過ごせる、まさに世界のリゾート地である。ワイキキの浜辺では1年を通してナイスバデイの若者たちが海水浴やサーフインを楽しみ、リタイアした老夫婦たちものんびり日光浴をしている。白人や黒人に混じって浜辺ではしゃぐ日本人の姿も少なくない。ただ、一年中アロハシャツとサンダルがあれば過ごせるということは、裏を返せば、ここで世界のファッションなどというものは決して生まれるはずがない。


ハワイ2_convert_20090430205554


 ハワイはもともとは一個の王国。あの有名なカメハメハ大王から始まって8人の王様が8つのハワイ諸島を支配するのである。しかし8世でハワイ王国は終焉を迎え、1889年、アメリカ合衆国に組み入れられる。建国から98年、ハワイ王国は100年足らずの歴史しかないし、アメリカになっての歴史も120年足らずということになる。


カメハメハ大王像


 ハワイ王国はどうして100年足らずで崩壊してしまったのか。ホノルルからそう遠くないところにあるビショップ・ミュウジアム(博物館)の学芸員によれば、血族結婚にその原因の一つがあった。ハワイ王朝は代々、王族間で婚姻が結ばれた。そのためか病弱の王が多く、100年足らずで8人が王様を交代するハメになった。ひとりが平均12年3ヵ月しか王位を勤めなかったことになるから、いかに短命政権が続いたかが分かる。


博物館


 そのことに気づいた王室は8世(女王)のとき、その婿に一般人を迎え入れた。しかし時はすでに遅く、8世の女王は20歳台の若さで病死、王家の血筋は完全に絶えてしまったのである。皇室間の婚姻に終止符を打ち、2代に渡って皇太子妃を一般人から迎かえたどこかの国とよく似ている。皇室ではないが、265年続いた徳川幕府の将軍職は15人。1人平均の在職期間は17年6ヵ月。やはり、それほど長くはないが、ハワイ王朝とはちょっと違う。徳川幕府は家柄を重んじた縁組の一方で、万一の場合を考え、後継者を確保する手段として公式に≪大奥≫というシステムを作った。そこには血縁の近い婚姻がもたらす弊害を避けようという意図もあったのである。



博物館2


 女王を亡くした婿は王家の全財産を学校や博物館の建設などハワイの公共事業に寄付、98年のハワイ王朝に終止符を打ったのである。その人の名がビショップ氏、この博物館も王朝が崩壊した年に建てられたものだ。
世界のリゾート地としての座をほしいままにしているハワイ。その原点を知る上で欠くことのできない施設である。


ミュージアム
ビショップ・ミュウジアム



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クルージングと出稼ぎ

自衛隊4


 船に乗ることに興味を覚えたきっかけは2年前のハワイ諸島めぐりのクルージング。昨年は海上自衛隊の体験航海に応募、横須賀や清水に飛んで、護衛艦に乗った。水平線に向かってすべるように進む船での航行はいかにもダイナミックで、気持ちがいい。体験航海だから操舵室や船橋(ブリッジ)にも入れてくれる。「面舵いっぱ~い」。海上らしいスマートな白の制服に身を包んだ自衛官が双眼鏡をのぞきながら前方を確認し、操舵室に運行指示を出している。肩と胸には階級章がついていて、それぞれの立場が一目で分かるようになっている。


自衛隊


 面舵とは右旋回、これに対して取り舵は左旋回のことを言う。「いっぱ~い」は30度のことをいうのだそうだ。つまり、船は左右30度の旋回が限度ということか。護衛艦は昔の駆逐艦。自衛隊は「駆逐」という言葉を避けているのだろうか。戦艦も客船も多くはタグボートを使って接岸したり、離岸する。しかし最近ではこのタグボートを使わすにすむ機能を備えた船が増えているのだそうだ。


自衛隊3


 護衛艦と客船は目的が異なるから、もちろん見た目も中身も違う。性能は別にして、双方ともレーダーを積載、船橋や操舵室もほぼ同じだろう。当然のことながら根本的に違うのはミサイルなどの搭載外観の色も違う。客船が極めてカラフルなのに対して護衛艦は敵の視界から見えにくいメタリック色だ。呼称は異なるが、客船でもキャプテン(艦長)以下、幹部は肩、または胸に階級章を付けていて、担当別のクルーの指揮を執っている。


自衛隊2


 例えばレストラン。クルーは幾つかのレストランを日替わりで担当しているようで、あっちこっちで同じ顔ぶれに出っくわして顔馴染みになったりもした。そのクルーばかりでなく、全艦の乗務員に言えることだが、白人より東南アジア人が多いように見えた。主にタイ、マレーシア、フィリピン人のようで、中には黒人もいた。




 日本で言うバイキング方式の大衆レストランはともかく、テーブルに高級ワインやシャンペンを並べ、個々にメニューを渡し、前菜からメーンデッシュ、デザートまでオーダーを取るレストランで、もたもたする私たちに「ジャパニーズ?」と声をかけてきた。「イエス」とこたえると「おげんきですか?」「こんにちは」と、愛想よく片言の日本語で返してくる。グアムの出身だというその男はそのクルーのチーフで、数年前、東京のホテルで接客の研修を受けたという。「研修ではなく、一度は日本に行きたい」とも。


食事_convert_20090430200808


 東南アジア系のクルーといえば、ハワイに来る時の飛行機の中でも同じような現象を見た。日航機だったが、かつてはスチュワーデスといった客室乗務員のほとんどがタイ人だった。この人たちをリードする日本人のアテンダントに内緒で聞いてみたら、日航では10年ぐらい前からタイ人女性を採用しているのだそうで、さらにフィリピン女性の採用を検討しているという。東南アジア系の採用は何れも人件費削減策に他ならない。ことの良し悪しは別に日本を除く東南アジア人の≪出稼ぎ範囲≫はあっちこっちに広がっている。そのみんなが、それぞれ夢を持って頑張っているのである。





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女房と英会話

USA.jpg


 「お父さん、上手でなくてもいいから今時、少しくらい英語、しゃべれるようじゃなくては絶対ダメだよねえ。私は帰ったら英会話を勉強しますよ。絶対・・・」




 ハワイからマイアミに飛び、そこからカリブ海を通ってロス・アンゼルスに向かう船の中で、女房はしみじみ言った。旅行中、言葉が通じない不自由さを、身を持って体験したからにほかならない。





 「お前、去年、アラスカへ行った時も、その前のハワイの時もそう言ったじゃあないか」




 「そうだったかなあ。でも、今度は絶対、勉強するよ。お父さんも一緒にやらない? そうしないと、やっぱりダメだよ」


USA


 旅行から帰って、現実の生活に戻れば、そんな事を言ったのがウソのように忘れてしまうに決まっている。でも、この時の女房の気持ちはウソでもなければ、かりそめでもない。本当の気持ちだろう。これじゃあダメだと、思うのは女房だけでなく、女房の前では言わないが、俺だって同じだ。





 日本人が多いハワイだったらまだいい。あっちこっちで日本語は聞こえるし、日本人が多いから、相手側も日本語で話てくれる。タクシーに乗っても、買い物のお店に入っても、あまり心配にならない。仮に相手が日本語を話せなくても「日本語、話せませんか」で済む。人間の心理とは不思議なもので、ここでは「なあ~んだ、日本語、話せねえのか・・・」と、なぜか日本人としての主体性を持っているのである。


ハワイ


 ところがどうだ。文字通り海の中に放り出された今度のクルーズでは、右を向いても左を見ても一日中、聞こえてくるのは英語ばかりだ。ノルウエーの船だそうだが、この船には約2,500人の乗客と約1,000人のスタッフが乗り組んでいるのだという。たまたまだったかも知れないが、日本人は私たち夫婦を除いてほとんどゼロ。カルチャーショックなんてもんじゃあない。それを通り過ぎてコンプレックスだ。普段、いくらうるさくても日本語を話してくれる女房が、無性に可愛くなる。女房も女房で普段と打って変わってなんでも「お父さん、お父さん」と、従順だ。


クルーズ1


 豪華賞品に目がくらんで?女房と早速、ビンゴゲームに参加した。広いホールの、ふんわりした豪華なボックスシートで、大勢の人達が日本でもおなじみのあのビンゴゲームを楽しむのだ。ところが、数字くらいなら・・・と思いきや、これだって一筋縄ではいかない。最初は数字の発音が聞き取れないのである。20がトエニーくらいならまだいい。40をホーリー、41をホーリーワンとやるから女房なんかハナからカードの枡を潰せないのだ。




 このビンゴゲームくらいだと早い数字の発音に慣れればなんとか大丈夫。とこらが、シアターでのコントショーとなると、チンプンかんぷん。あの掛け合い万歳のようなものだから話のテンポが命。当然のことながら早口だ。そんなヤツを聞き取れるはずもない。一緒に行った90歳近いハワイの老夫婦は、大好きで、みんなと一緒に笑っている。しらけている私たち夫婦を除いてみんながどっと笑うのだ。その度に悲哀を感ずるのである。





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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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