ネットは怖いもの?(再)

「学校の教室にある椅子が、なぜ、硬い木の椅子か分かりますか」



 先ごろ、富士吉田市で開かれた山梨県下の人権擁護委員研修会で講演した全国Webカウンセリング協議会理事長の安川雅史氏はこんな問いかけをした。講師は続けた。



 「そうでしょう。もし、座り心地のいいソファーなんかにしたら、児童や生徒はみんな寝てしまいますよ。だから、わざと座り心地のよくない木の椅子にしているんです」



 「そうだよなあ」。ざっと160人ぐらいはいただろ受講者はお互い、隣の人と顔を見合わせながら頷いた。そういえば私達が子どもの頃も今も硬い木の椅子を使っている。経費が高くつくのか最近ではパイプ椅子を使う学校が目立っているが、やっぱり座り心地がよくない、硬い椅子だ。


パイプ椅子


 今、こうしてパソコンを叩いている私の椅子は、もちろん、ソファーではないが、結構、座り心地がいい。我が家にしてはちょっぴり贅沢な椅子だ。


椅子



 「そうか、本を読んでいると、すぐ眠くなるのは、この椅子が原因か」と、椅子のせいにして分かったように頷いた。確かに本を読む時、楽な姿勢を取りたいから腰を深く掛け、後ろに寄りかかる。よく考えれば、眠くなるのも当然である。集中力も違うのだろうが、こうしてパソコンを叩く時には、腰は浅く、前のめりになるからいいのかも知れない。



 講師の安川さんはこんなことも付け加えた。



 「人がふんぞり返っているときは真剣ではない。少なくとも、人の話を真摯に聞こうとはしていない」。



 この日の講演は人権擁護委員が相手だから「木の椅子」の話ではなく、「ネットいじめによる子供の人権と対策」がテーマだ。安川さんは約2時間20分に渡って、子ども達の主に携帯電話を使ったいじめの実態を赤裸々に語った。いずれも、実際に相談のあったケースだと言う。生々しかった。びっくりすることばかりだった。



 それによると、子ども達は今、対面のいじめにとどまらず、携帯電話を駆使して≪顔の見えないいじめ≫に走っているのだそうだ。例えば、メールを使った相対のいじめなんか朝飯前。ひどいケースになると、他人、つまり、クラスの仲間のアドレスを使って標的とするクラスメートをいじめたり、クラス全員に成りすまして集中攻撃するケースも。


携帯



 また、仲のいい二人の間に入って、それぞれに成りすまし、メールで互いを中傷、二人の仲を裂いたりする。いじめられる側の子は完全にクラスの中で孤立したり、心理的にも疑心暗鬼に陥るのである。アナログ人間の私は正直怖くなった。



 子ども達は携帯電話を自由自在に操り、いじめも遊び感覚。裏では暴力団関係者が暗躍する出会い系サイトにも平気で入り込んでいく。安川さんは「子供たちの間でとてつもない勢いで進んでいるこうした実態を大人たちが知らないでいることが問題」と指摘する。「メールもちょうきゅうに打てないアナログ人間に分かるはずがない」とばかり言ってはいられない現実が、自分達の子どもや孫の間で静かに進行しているのである。




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ネットは怖いもの?

「学校の教室にある椅子が、なぜ、硬い木の椅子か分かりますか」



 先ごろ、富士吉田市で開かれた山梨県下の人権擁護委員研修会で講演した全国Webカウンセリング協議会理事長の安川雅史氏はこんな問いかけをした。講師は続けた。



 「そうでしょう。もし、座り心地のいいソファーなんかにしたら、児童や生徒はみんな寝てしまいますよ。だから、わざと座り心地のよくない木の椅子にしているんです」



 「そうだよなあ」。ざっと160人ぐらいはいただろ受講者はお互い、隣の人と顔を見合わせながら頷いた。そういえば私達が子どもの頃も今も硬い木の椅子を使っている。経費が高くつくのか最近ではパイプ椅子を使う学校が目立っているが、やっぱり座り心地がよくない、硬い椅子だ。


パイプ椅子


 今、こうしてパソコンを叩いている私の椅子は、もちろん、ソファーではないが、結構、座り心地がいい。我が家にしてはちょっぴり贅沢な椅子だ。


椅子


 「そうか、本を読んでいると、すぐ眠くなるのは、この椅子が原因か」と、椅子のせいにして分かったように頷いた。確かに本を読む時、楽な姿勢を取りたいから腰を深く掛け、後ろに寄りかかる。よく考えれば、眠くなるのも当然である。集中力も違うのだろうが、こうしてパソコンを叩く時には、腰は浅く、前のめりになるからいいのかも知れない。



 講師の安川さんはこんなことも付け加えた。



 「人がふんぞり返っているときは真剣ではない。少なくとも、人の話を真摯に聞こうとはしていない」。



 この日の講演は人権擁護委員が相手だから「木の椅子」の話ではなく、「ネットいじめによる子供の人権と対策」がテーマだ。安川さんは約2時間20分に渡って、子ども達の主に携帯電話を使ったいじめの実態を赤裸々に語った。いずれも、実際に相談のあったケースだと言う。生々しかった。びっくりすることばかりだった。



 それによると、子ども達は今、対面のいじめにとどまらず、携帯電話を駆使して≪顔の見えないいじめ≫に走っているのだそうだ。例えば、メールを使った相対のいじめなんか朝飯前。ひどいケースになると、他人、つまり、クラスの仲間のアドレスを使って標的とするクラスメートをいじめたり、クラス全員に成りすまして集中攻撃するケースも。

携帯  


 また、仲のいい二人の間に入って、それぞれに成りすまし、メールで互いを中傷、二人の仲を裂いたりする。いじめられる側の子は完全にクラスの中で孤立したり、心理的にも疑心暗鬼に陥るのである。アナログ人間の私は正直怖くなった。



 子ども達は携帯電話を自由自在に操り、いじめも遊び感覚。裏では暴力団関係者が暗躍する出会い系サイトにも平気で入り込んでいく。安川さんは「子供たちの間でとてつもない勢いで進んでいるこうした実態を大人たちが知らないでいることが問題」と指摘する。「メールもちょうきゅうに打てないアナログ人間に分かるはずがない」とばかり言ってはいられない現実が、自分達の子どもや孫の間で静かに進行しているのである。



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体罰の是非と教育のツケ

 隣にいる子、つまり幼馴染の頭から一筋の血が流れた。小学校の5年生の時だった。何が原因だったかは覚えていないが、担任の先生が筆箱で頭をコツーンと叩いたのである。その頃の筆箱はジュラルミンで出来ていて、上が半開きに開けられる角ばった物だった。


 それでコツーンとやったものだから力を入れなくても当たり所によって頭が切れて血が出よう。先生の弁解をする訳ではないが、決して向きになって叩いたわけではない。ちょっとした弾みで筆箱の角が当たってしまったのだ。


 血を見た先生は、ちょっとうろたえた。「ごめんよ。お父さん、お母さんに謝りに行こうか」。その子は即座に言った。「僕が悪いんだ。お願いだからうちには来ないで。大丈夫だよ」
男の子

 「僕が悪いんだ」という言葉は、その子の本当の気持ちだっただろう。その一方で「うちに来られたらまずい」と考えたことも確かだ。なぜそんなことが分かるのかって? 先生に殴られたことを親に知られたら「お前が悪いことをしたのだろう」と、今度は親からぶん殴られるに決まっているからだ。その子ばかりでなく、クラスのみんなが分かっていた。



 ここで私が言いたいのは二つ。まず一つは先生の叱りだ。結果的に筆箱の角が当たってしまったのだが、それは教師としての子どもへの戒めであり、決して感情的なものではなかったことだ。そしてもう一つ。子どもが取った態度。というより子どもを通して映し出す親達の姿である。どの家庭の親達も学校や先生達を信頼していた。少なくとも我が子のいたずらや非行を棚に挙げて、学校に飛んで行って噛み付くような親はいなかった。



 
こんな姿を現代に置き換えて、こんなことを言う評論家がいる。「親達も高学歴化が進み、先生達と同格意識が強まった」。私はこの考え方は違っていると思っている。≪子ども達との目線≫の勘違いから先生を始とした目上の人たちへの尊敬の念とか、自分中心主義の是非を教えることを怠ったツケが親に表れているのだと思う。つまり、そんな先生に教わった子供たちが親になっているのである。もちろん、すべての先生という訳ではない。


親子

 
いっぱいあるがもう一つだけ例を挙げよう。今度は中学校のケース。ある時、部活動に使う部室の前で起きた教師の体罰事件だ。先生が部室にあったドライヤーで生徒の頭を殴り、頭を切った生徒が病院に運ばれたというのだ。この事件の顛末を書き出したら長くなるので、その要点だけを書くことにする。



 先生が、久しぶりに訪ねてきた知人と部室の前で立ち話をしていた時のことだ。たまたま通りかかった生徒がすれ違いざまにその先生を小馬鹿にするような言葉を浴びせた。カッとした先生はお客さんである知人が帰るのを待って、その生徒を呼びつけ、ドライヤーでメッタ打ちしたというのである。その先生は普段は教育熱心な先生だった。



 少子化。そこそこの経済力。子どもへの教育投資。先生はもちろん、親達からも殴られることのなかった子どもたちが先生になっていく。もちろんそのことが悪いわけではない。しかし、どこを叩いたら危ないかすら知らない先生がいたとしたら、これこそ怖い。

子供のいじめと大人たち

 1,000点を超す子供たちの人権をテーマにした標語を読ませていただいた。山梨県人権擁護委員協議会が山梨県下の小中、高校、一般の3部門で募集した標語は、応募総数で7,500点を超えたという。それを地域ごとに部門別の一次審査でふるいにかけ、それを持ち寄って県レベルの二次審査を経て、三次審査で最終的な入賞作品が決まる手順である。



 私が読ませていただいたのは、ブロック別の小中学生の応募作品450点余りと、県レベルの小中学生部門、それに一般部門合わせて約550点。そのほとんどがいずれ劣らぬ作品であることは言うまでもないが、特に目立つのが小中学生部門での≪いじめ≫をテーマにした作品である。

k子供


 これはとりもなおさず小中学校現場で、いじめがいに日常化しているかを意味する。それも、気になるのは、数少ない標語の文字の中に「命」という文字を織り込んでいる作品があまりにも多いことである。



 ハッとした。子供たちの間でいじめ問題が深刻であることは、分からない訳ではなかった。いじめに起因した自殺のケースも新聞やテレビの報道で知っている。しかし、いじめが子供たちの間で、果てしなく繰り広げられ、それが一部分であるだろうが日常化している現実があっちこっちにあるという事である。


子供2


 昔からいじめっ子はいたし、裏を返せばいじめられっ子もいた。しかし、子供同士の自浄作用や、第一に学校現場での先生の叱りがその抑止力になった。しかし、その先生たちにいじめの抑止力がなくなった。先生ばかりの責任にしてはいけない。では家廷はどうか。いじめられっこは身近にいるわが子だから分かるが、自分の子がいじめる側に廻っていることには全くの無関心。気づかないケースだってあるだろう。



 とすると、いじめ退治の最短現場にいるのは学校である。しかし現実はどうか。こんな話を聞いたことがある。ある甲府市内の中学校の話である。気の弱そうな子を何人かの女の子が取り囲み、コンサートなどの券を高額で売りつけるのだそうだ。いわば体のいい恐喝である。

子供3


 ここからが問題。周りにいた仲間達は、まき添えになってはいけないと、本能的にすっと逃げてしまう。この後だ。それを見ていたかどうかは分からないが、近くにいた先生がそれを戒めようとせず、いつの間にか姿を消してしまうというのである。同じ学校で起きたケース。ある時、放課後、生徒がバイクで正門から正面玄関に乗り込み、事もあろうに廊下を走り回った。バイクの音が廊下に響くのだから生徒も、先生も廊下に飛び出す。


 しかしここでも先生は身を隠してしまったという。だが、そんな先生ばかりではなかった。一人の先生が飛び出してきて「馬鹿野郎」と一喝したら、そのバイクの子はしゅんとなって退散したというのだ。多少の体罰をもモノともしない体育系の先生だった。子供たちが深刻に考えているいじめ。そして、標語で「見て見ぬフリ」をしては駄目、と自らを戒める子供たち。むしろそれを最も戒めなければならないのは私たち大人かもしれない。
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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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