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芋のつる

飯田龍太
飯田龍太

 「芋も露 連山影を…」と詠んだ飯田蛇笏は俳句結社と同人誌「雲母」を創設。龍太に引き継いだ。龍太亡き後、その遺志を継いで「雲母」の同人広瀬直人が「白露」を結社した。「雲母」から「白露」と受け継がれた一つの俳句界。その俳句は特に地元山梨でもしっかりと根付き、愛好者、ファンも多い。直人は日川高校の大先輩。もう40年ぐらい前だが、同窓会の当番幹事の下働きの時にお世話になった。学徒動員で神奈川県平塚の軍需工場に行ったと言うから旧制日川中学の最後ぐらい。温厚で、まさに俳人といった方であった。




 なにも芋のツルが長いものだからというわけではないが、「似て非なるもの」の延長線というか第二弾・サトイモトウノイモの話をしよう。我が家ではこの二つを同じ畑に隣り合わせに作った。いずれも収穫期を迎えている。「もうサトイモが食べられるはずだ」。いつもなら私が掘るのだが、腰痛の回復がはかばかしくないので、芋掘りをかみさんに言いづけた。


イモ


 芋は土の中だから多少の霜が降りても大丈夫。しかし、芋のツルは霜には滅法弱い。ツルというより茎だが、水分を多分に含んでいるので、ひとたび霜に遭おうものならひとたまりもない。勢いよく空を向いていたものが一瞬に畑にひれ伏し、見る影もない姿に変わるのだ。サトイモは芋を食べるのだからかまわない。でもトウノイモは茎を食べなければならないから霜に叩かれたら元も子もないのである。




 そこで霜に遭う前に収穫して皮をむく。天日干しした芋のツル巻き寿司の芯になったり、味噌汁の具煮物にしても美味しい。いわゆる保存食。農家の生活の知恵で生まれたのだろう。もっともだんだん手に入りにくくなったのか、芋のツルは巻き寿司にもお目にかからなくなった。そのピンチヒッターのはずだった干瓢(カンピョウ)が今では堂々の主役に。言われは分からないが、寿司屋さんで「かっぱ」といえば芯はキュウリ。それと同じタイプの寿司の芯によく使われるのがカンピョウでもある。

寿司
 カンピョウについてはまた折があったら触れさせて頂くとして、芋のツルとなるトウノイモの茎は皮を剥かなければ食べられない。いくら干して乾燥させてもスジが歯に引っかかってしまうのだ。だから丹念に皮を剥く。葉っぱを切り落とし、根元の方からスーっと剥いていく。アクが強いので手は真っ黒になる。私の経験では霜が降りる寸前が最も剥き易いのだが、初冬のこの時期の作業は決して楽しいものではない。




 こうしてサトイモと似て非なるトウノイモの茎は、芋のツルとして≪第二の人生≫を歩む。片やサトイモの茎は、無用の長物として見捨てられ、まるで邪魔者扱い。やがて畑の土に同化されてゆく。似て非なるこの二つは一長一短。芋のツルとして喜ばれるトウノイモだって、芋としてはちょっと大味だから味をよく知る人にはそんなに歓迎されないのである。餅屋は餅屋だ。



芋のつる 


 「サトイモを掘って食べたら・・・」と言ったのだが、かみさんが掘ってきたのはトウノイモ。案の定、区別がつかなかった。それほどこの二つは似ているのである。


イモ2


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似て非なるもの

サトイモ


 「芋の露 連山影を 正しゅうす」


 ご存知、飯田蛇笏の句だ。蛇笏はわが国を代表する俳人の一人。その息子・飯田龍太もそうだが日本芸術院会員でもあった。明治の中期、山梨県の甲府盆地の南、境川村(現笛吹市境川町)に生まれ、その実家を庵として数々の名句を生んだ。






 境川は中央自動車道を走ったことのある方なら、あるいはご存知。東京方面から来て甲府南ICの手前左側の閑静な部落だ。一画に坊が峰という小高い丘があって、NHKや民放の電波アンテナが立っている。蛇笏の庵があった所の字は大黒坂。この地名の響きがいい。いかにも俳人の庵がありそうな雰囲気がある。


芋



 「芋の露・・・」はそこで詠んだ句だ。「連山影を・・・」の連山は南アルプスの峰峰に違いない。おっと、こんな野暮天に俳句を読む力などありっこない。ただ田舎者がゆえに「芋の露」はよく分かる。恐らくサトイモかトウノイモの大きな葉っぱの上に大粒に丸まった水滴に連山を映したのだろう。表面張力で丸くなる水滴は芋の葉っぱの上でコロコロ転がる。その光景だけでも神秘を感じ、観ているだけでも面白い。この水滴に連山を映したのだから蛇笏の俳人としての観察力、洞察力はすごい。



 芋2



 俳句の世界では秋の季語。蛇笏がこの句を詠んだのは、恐らく初秋だろう。わんぱく小僧だった子供の頃、夕立に遭った学校道で、道端の芋畑に飛び込んで大きな葉っぱをもぎ取っては傘代わりにして家路を急いだものだ。傘とは反対に猪口のような形の芋の葉っぱは子供の身体を雨から避けるほど大きいのである。ただ所詮は芋の葉。本当は傘代わりになんかなりっこない。子供ならではの浅知恵であり、いたずら心に過ぎない。




 この芋の葉。大抵の方がサトイモの葉を連想するだろう。しかし、必ずしもサトイモとは限らない。さっきも書いたようにトウノイモもあるのだ。この二つは似て非なるもの。サトイモ科には違いないのだが種類が違う。ただ背丈や葉っぱの形、ほとんど区別がつかない。芋もバラバラにしてしまえば、これまた分からない。植え付けや収穫期も同じ。



芋のつる



 「もったいぶらずに早く話せよ」とおっしゃるだろう。見分け方は茎の色の違いだ。茎が緑色のものがサトイモ赤みがかったものがトウノイモ。これは見分け方に過ぎない。根本的には作る目的、つまり、食べ方が違うのだ。サトイモは言うまでもなく芋を食べるのが目的。片やトウノイモは茎を、いわゆる芋のツルとして食べるのである。サトイモの茎は食べない。恐らくエゴイのだろう。この二つのどちらを使うのか分からないが、知る人ぞ知っているあの「肥後芋茎」は芋のツルだ。ここではあえて説明を避ける。ちょっと説明がはばかられるからだ。

芋の弦2



 似て非なるサトイモとトウノイモ。知ったかぶって書いているが、実はその違いを知ったのはつい数年前。いい歳をして、と笑われるかもしれないが本当なのだ。勤めをリタイアして農業の真似事、自分でそれを作るようになってからだ。元々は百姓の倅。トウノイモは芋も食べる。でもサトイモと比べて淡白。あまり美味しくない。そういえば子供の頃、食卓に載った芋が旨くなかったことを覚えている。




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大根の二枚葉

おでん

 キャベツのロール巻きや卵、大根、竹輪、はんぺん、がんもどき。そう、おでんの具だ。中でも欠かせないのが、大根である。おでんの定番だからと言うわけではないが、今年も大根の種を蒔いた。かなりの広い面積、盛り土の畝を作り、9月のはじめに蒔き付けをしたが、今年は発芽が順調。すぐに二枚葉が顔を見せた。大根は冬場に食べる沢庵漬けにもなる。


大根の芽      大根の芽2
 大根は数ある野菜の中でも際立って発芽率がいい。蒔いた種は100%近く芽が出る

水撒き
 「お父さん、大根、芽が出て来ましたよ」


 女房がいかにも嬉しそうに言う。人間とはおかしなものだ。最初は嫌々ながらというか、面倒くさそうに水撒きしていたのに、自分が手をかけた種が芽を出したとなると感慨は別。やっぱり愛着が生まれるのだろう。水撒きぐらい、私がやっても何のことはないのだが、畑仕事など知らない、また知ろうともしない女房には、その経験がいい薬。薬は案外利くものだと一人ほくそえんだ。


大根

 種は25cmから30cm間隔に3粒ぐらいずつ蒔くのである。それも女房の仕事。発芽率がいいから1粒づつでもいいのだが、これには訳がある。発芽しない万一の予備もさることながら、植物が持つお互い競い合う本能を考えてのこと。隣にいる仲間に負けじとばかり大きくなろうとする習性、つまり生存競争を利用するのだ。ある程度大きくなったところで、一番大きなものを残して、後は間引きするのである。放っていても生存競争に敗れたヤツは、やがてはとぼれて行く。自然界の掟なのである。





 「ど根性大根」などという言葉がどこで生まれたのかは分からないが、アスファルト道路の割れ目からニョキニョキ顔を出したり、普段ならおよそ顔を出さないような所に生えて、新聞やテレビの話題になる。どんどん≪やわ≫になっていく人間やそれをよしとするような社会風潮への警鐘とも受け取れなくもないが、とにかく大根は逞しい


大根2


 小石など障害物があれば、それを避けてでも地下に伸びる。青首大根のように肩まで地上に出しても強い太陽光線や逆に冷たい霜も何のその。私の畑は古くは河原だったのだろう。比較的土壌が浅く、小石が多い。だから曲がったり、二股になるので、抜くのに一苦労するのだ。本当はこんな地質の所は大根作りには適さない。東京で言えば練馬、山梨で言えば茅が岳山麓の明野など火山灰土の所が適しているのだ。

 

 大根はおでんのように煮物でも食べれば、大根おろしのように生でも食べる。消化がよく、殺菌作用もある。刺身のつまになったりするのもそのためだ。「大根役者」という言葉を生むくらい≪当たらない≫のである。そのいわれを知らない女房なんか「大根」と言うと、自分の足を言われたと勘違いしてすぐ怒るから、また面白い。とにかく大根は日常会話の中にもしばしば登場する。





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シャインマスカットの魅力

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 梅雨の季節は真っ盛り。日本列島を覆った梅雨前線は各地に大雨を降らせ、熊本などで甚大な被害をもたらした。この異常気象はともかく、毎年繰り返される梅雨は、我が国の葡萄栽培の在り様にも決定的な影響を与えて来た。




 日本列島は毎年、北海道を除いて6月から7月にかけて梅雨という名の雨に見舞われる。丁度この時季、実を結んで房を形成するのが葡萄。房が低い所にあると地面に堕ちた雨がいやが上にも跳ね返り、結実して間もない葡萄に病害をもたらすのである。このため、我が国は梅雨のない国々のような立木のいわゆる「垣根栽培」は全くの不向きなのだ。




 そこで確立されたのが今の「棚栽培」。棚を作り、葡萄の木を高い棚の上に上げて房を雨露の跳ね返りから守ったのである。ツルを棚の上に這わせることによって房を付ける面積を増やし、収穫量も増大させた。耕地面積が狭い国土にも合い、いわば一石二鳥の栽培方法として広く根付いたのである。

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 栽培に手をかけることもした。生食が目的だから、栽培農家は一房一房、丹念に育てるのだ。結実したばかりの段階で、一粒一粒、粒抜きして房の形を整えた上で二度のジベレリン処理を施すのである。さらに雨がかからないようにパラフィンの傘や袋をかけるのだ。病害虫を避けるための消毒作業は当たり前。ジベレリン処理は促成と種抜きである。




 百姓のなれのはて。フランスやイタリア、アメリカのロスアンジェルス、中南米などを旅した時、葡萄の圃場を注意して見るのだが、まさに月とスッポン。垣根のように整然と管理されている「圃場」は決して多くはなく、野生のような栽培方法であった。所詮は醸造用。形や色、虫食いも気にしない。糖度だって人工の糖分で調整すればいい。生食用としてテーブルでお目にかかったこともないではないが、正直言って食える代物ではなかった。




 棚栽培と立木栽培。葡萄の作り方に留まらず、果樹栽培の基本である圃場づくりから全く違う。いわゆる土づくり。こちらは有機肥料で圃場をしっかりと管理する。生育を補う丹念な剪定も欠かさない。野生同然と言ってもいい立木栽培と違って全てに「手の掛け方」が違うのだ。その上に開発されたジベレリン薬が我が国のブドウ栽培に「革命」をもたらした。

葡萄

 ジベレリンは葡萄を食べる時、邪魔になる種を無くしたばかりでなく、特有の酸味も減らせたのである。桃でもミカンやリンゴでも言えることなのだが、果実の酸味は種(核)の周りに強い。ジベレリン剤による処理は、消費者にとって厄介な種と酸味を同時に消したのだから一石二鳥の役割を果たしたことになる。




 ここまで来ると今度は皮。そこで開発された品種がシャインマスカット。「皮まで丸ごと食べられる葡萄」を作ったのだ。口の中で実と皮を選別、皮を出さなくてもいいとあって、これはありがたい。その上、CLIMB_AGAINさんが言うように皮に含まれているポリフェノールが摂取出来るとあって人気が出ない筈がない。市場ではその人気を反映して価格も上昇。これまでの大房系の巨峰やピオーネをはるかにしのぐ価格で取引されているのだ。葡萄の種なしは既に確立。今は皮ごと食べられる品種の開発競争に視点が移っている。




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ベランダ菜園と百姓

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 ベランダでナスやキューリ、トマトはもちろん、最近では私達、百姓の倅にすら分からないような外来野菜まで立派に作ってしまう。その種や苗は探さなくても、いくらでも手に入るし、それを栽培するための土や肥料も簡単に入手出来る。テレビのチャンネルをひねれば、「先生」と呼ばれる家庭菜園の専門家?が懇切丁寧に、その作り方から管理の仕方まで解説付きで教えてくれる。




 自らを「百姓の倅でも・・・」と言ったのは、農家に生まれながら、60歳を過ぎるまで農業とかけ離れた生活をしてしまったからだ。中学、高校まで家業の農業に携わった。年齢で言えば、18歳まで。子供の時代なので「手伝った」という方が正しい。以来、東京で生活した学生時代の4年、さらに、これまで、人生の大半・ざっと60年近くを農業とは無縁のサラリーマンとして生きてしてしまった。



ブドウ


 会社人間に終止符を打った時、「よ~し、今度は思う存分、百姓をやってやる」と、正直、心に決めた。ところが、歳月はそれを許してくれなかった。一つ果樹栽培を例にとっても、品種もその栽培技術もガラリと変わっていた。そればかりではない。木や棚の仕立て方、消毒薬やその取り扱いまで一変してしまった。




 決定的な決め手は身体体力と言った方がいい。栽培方法や技術は覚えればいいし、勉強すれば追いつける。でも、体力だけはそうはいかない。若い頃は時間的にも仕事全てに、かなりハードな所に身を置いたし、大抵のことならへこたれない根性も身に付けたと思っている。しかし歳はウソを言わない。


 もちろん、私達の年齢の人たち、仲間たちは今も立派に百姓をやっている。決定的に違うのは60年という歳月のブランクだ。「日曜百姓」と言われるように週末だけでも畑に出る生活をすればよかったのだが、仕事柄、そんな事も許されなかったし、しようとも思わなかった。




 悲しいかな、今の私には「ベランダの野菜作り」の方が理解できる。その一方で「いい世の中」「便利な世の中」になったもんだ、と思う半面、これからの農業はどうなっちまうんだ、と思ったりもする。ベランダ菜園は趣味であったり、遊びだからいい。不気味なのは一方で進む工場農業だ。


トマト


 もう40年ぐらい前になるが茨城県で開かれたつくば万国博覧会で、とてつもなく大きいトマトの水耕栽培を見たことがある。正直言ってド肝を抜かれ、やがて日本の農業は・・・と考えされたりもした。


つくば博
つくば'85


 この時の水耕栽培は今や博覧会のレベルではなく、さまざまな工場農業技術として実用化され、珍しくもなくなった。そこにあるのはコンピューター。太陽の光も土も要らない。そんなやり方は農業ばかりでなく、既に養鶏などでは当たり前になった。コンピューター管理の、しかも無菌状態のハウスの中で食用のニワトリを大量生産する。本当に太陽光や土は要らないのか。そんなことを考えると、まだ自然があるベランダ菜園の方がいい。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 職場を離れた後は«農業もどき»で頑張っています。傍ら、人権擁護委員やロータリー、ユネスコなどの活動も。農業は«もどき»とはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定もします。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは、身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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