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百姓の方便

畑  



 草生栽培だとか雑草との共生、という言葉をよく聴くようになった。農家、または≪農家もどき≫の人たちの間にである。100歩譲って草生栽培はいいにしても、雑草との共生で農作物が出来る訳がない。「雑草のように強い」と人にも例えられる言葉があるように雑草は逞しい。その雑草の中で農作物が育つ訳がないからだ。どんな野菜だってその周りの雑草を取ってやらないと雑草に食われてしまうのである。




 友人に≪自然との共生≫≪エコ≫をライフワークに考えている男がいる。その考え自体は素晴らしい。しかしよく分からないのは自然との共生が≪正義≫だからジャガイモやかぼちゃ、たまねぎを撒いても、肥料もやらなければ、雑草も取らないのである。ましてや、除草剤なんかもってのほかだ。


野菜づくり



 その畑を見たことがある。畑は一面草ボウボウ。ジャガイモやかぼちゃはよく見なければ分からないほど雑草の中に見事に埋没していた。今もその方法で野菜作りをしているかどうか分からないが、その畑は山間にあって、周りの畑も草ボウボウ。いわゆる遊休農地である。仲間の畑は農業後継者がいない、その遊休農地の一角をただ同然に借りたのだそうだ。ここなら草ボウボウにしていても近所から苦情も来るわけもないし、とヘンなところで納得したものだ。




 ただ、ここで思ったのは遊びの野菜作りといったら、その友人に叱られるかも知れないが、それと、農業で飯を食っていくということは、まったく別ということである。≪自然との共生≫≪エコ≫はこの友人の哲学といっていい。その哲学と実践を引っさげて、あっちこっちで講演をしたりもする。その頃、車もごく小さなものに乗り、そのどてっぱらにはエコを訴える大きな文字を書き込んでいた。


畑2



 そこまでは良かった。その車のわきで、私と立ち話をしながら、道路わきの畑で実る桃を横目に「この桃だって無農薬で作らなきゃあいけん」と、ぶった。そこをたまたま通りかかった農家の親爺らしき男はカンカン。目をむいて、こう言った。


桃



 「てめえら、何様だと思っているんだ。消毒をしちょだって?桃にゃあ灰星病というやつがすぐ着く。俺たちが消毒をしなかった、輸送中にみんな駄目になっちまって、消費者の口にゃ入らねえんだ。第一、俺たちゃあ、これで汗水たらし、飯を食ってるんだ。何も知らねえで、勝手なこと言うんじゃねえよ」



 私はもちろん、友人も一言の反論も出来なかった。




 さて草生栽培というやつだ。桃、葡萄、サクランボなど果樹園ではいいが、野菜作りでは成り立たない。果樹園での草生栽培にしても農家の方便のような気がしてならない。果樹栽培はだんだん高度化し、その一方で手間もかかるようになった。草に追われる農家は草退治に手が回らず、いっそのことと、草との共生を考えたのではないか。草生栽培といっても時を見て、草刈をしたり、除草剤を撒いているのである。らちもない事ばかり言うと「百姓もどきが、つまらぬこと、言うんじゃあねえよ」と叱られそうだ。




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ベランダ菜園と百姓

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 ベランダでナスやキューリ、トマトはもちろん、最近では私達、百姓の倅にすら分からないような外来野菜まで立派に作ってしまう。その種や苗は探さなくても、いくらでも手に入るし、それを栽培するための土や肥料も簡単に入手出来る。テレビのチャンネルをひねれば、「先生」と呼ばれる家庭菜園の専門家?が懇切丁寧に、その作り方から管理の仕方まで解説付きで教えてくれる。




 自らを「百姓の倅でも・・・」と言ったのは、農家に生まれながら、60歳を過ぎるまで農業とかけ離れた生活をしてしまったからだ。中学、高校まで家業の農業に携わった。年齢で言えば、18歳まで。子供の時代なので「手伝った」という方が正しい。以来、東京で生活した学生時代の4年、さらに、これまで、人生の大半ともいえる40年以上を農業とは無縁のサラリーマンとして生きてしてしまった。



ブドウ


 会社人間に終止符を打った時、「よ~し、今度は思う存分、百姓をやってやる」と、正直、心に決めた。ところが、55年を超す歳月はそれを許してくれなかった。一つ果樹栽培を例にとっても、品種もその栽培技術もガラリと変わっていた。そればかりではない。木や棚の仕立て方、消毒薬やその取り扱いまで一変してしまった。




 決定的な決め手は身体体力と言った方がいい。栽培方法や技術は覚えればいいし、勉強すれば追いつける。でも、体力だけはそうはいかない。若い頃は時間的にも仕事全てに、かなりハードな所に身を置いたし、大抵のことならへこたれない根性も身に付けたと思っている。しかし歳はウソを言わない。


 もちろん、私達の年齢の人たち、仲間たちは今も立派に百姓をやっている。決定的に違うのは5
5年という歳月のブランクだ。「日曜百姓」と言われるように週末だけでも畑に出る生活をすればよかったのだが、仕事柄、そんな事も許されなかったし、しようとも思わなかった。




 悲しいかな、今の私には「ベランダの野菜作り」の方が理解できる。その一方で「いい世の中」「便利な世の中」になったもんだ、と思う半面、これからの農業はどうなっちまうんだ、と思ったりもする。ベランダ菜園は趣味であったり、遊びだからいい。不気味なのは一方で進む工場農業だ。


トマト


 もう2、30年前になるが茨城県で開かれたつくば博覧会で、とてつもなく大きいトマトの水耕栽培を見たことがある。正直言ってド肝を抜かれ、やがて日本の農業は・・・と考えされたりもした。


つくば博
つくば'85


 この時の水耕栽培は今や博覧会のレベルではなく、さまざまな工場農業技術として実用化され、珍しくもなくなった。そこにあるのはコンピューター。太陽の光も土も要らない。そんなやり方は農業ばかりでなく、既に養鶏などでは当たり前になった。コンピューター管理の、しかも無菌状態のハウスの中で食用のニワトリを大量生産する。本当に太陽光や土は要らないのか。そんなことを考えると、まだ自然があるベランダ菜園の方がいい。




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ハゲ頭とネクタリン桃

日差し


 「やっぱりがないと直射日光をまともに受けたり、ちょっとした外からの作用で傷だって付き易い。暑さ寒さもさることながら、毛があれば日焼けもしない。あってみればなんでもないのですが、無いとやっぱり不自由。毛は大事なんですねえ」


 隣の親爺は自らのハゲ頭に手をやり、ジャガイモの土寄せ中の私に真面目顔で言った。




 この親爺さんが言う「毛」とは髪の毛の「毛」ではない。の毛の話だ。その桃とはネクタリンという品種。早生種の白鳳や、その後を追いかけて出て来る白桃に代表される桃の改良品種である。漢字にすれば「油桃」というのだそうだ。「油桃」の字がイメージするように表面がツルツルしていて、いわゆる桃のような毛がない。形こそ違うがスモモのような肌をしている。桃の毛は病害虫から表皮が弱い実を守る役割も果たしているのだ。


ネクタリン
ネクタリン


 林檎にしろ、梨や柿、スモモ、サクランボにしろ、果実の表面に毛があるのは桃くらいのもの。葡萄だってない。あえて言えばキウイフルーツくらいのものだろう。ただ、このキウイフルーツは間違っても皮ごと食べることはないので、桃とは、ちょっと性格が違う。当たり前のように食べているが、桃は数ある果物の中でも特殊。丸かじりする場合、この毛を洗い落とさなければ食べられない。しかしネクタリンは全く毛がないので丸かじりだって出来る。親爺さんは、このネクタリン種の成木を何本も切ってしまった。しっかりした実をつけるに前にバッサリとやった。未練を残さないためだろう。

キウイ   桃


 「もったいないですねえ。それにしても、よく思い切ったことをしましたね



 「そうです。私にすれば断腸の思いです。消費者の人気はあと一歩。残念ながら売りにくい桃です。それに生産者がまばらなので、流通への出荷もしにくいのです。食べてはうまいのですがねえ・・・。独特の酸味が消費者に敬遠されるのかもしれません。なかなかポピュラーになり得ないのです」




 このネクタリン表皮に毛がないことと酸味が特徴。この酸味は、私なんかにはえもいわれぬ味だが、どうやら酸味は大衆的には受け入れられないようだ。「甲州種」と呼ばれる葡萄がそうだ。山梨県人はどんな葡萄にせよ、種ごと飲み込む習慣があるのでいいが、都市型の消費者の多くは種を出す。酸味は核、つまり種の周りにあるので、勢い「これ、酸っぱい」ということになる。かつて甲州葡萄の代表ブランドの地位にあった「甲州種」は生食用の座を追われ、ワイン原料に成り下がった。大抵の葡萄はジベレリンという薬品処理で種が抜ける。しかし甲州種は果肉が柔らかいためか、それが不可能なのだ。


甲州種
甲州種


 この親爺さんは若い頃は山梨県の果樹試験場で果樹の品種改良に取り組んだ一級の技術者だった。定年後、自らの桃畑にネクタリンを大々的に植えたのも、それと無関係ではない。木の作り方も一般の桃とは違い、葡萄のそれと同じような仕立て方を工夫した。「ネクタリンをもっと多くの消費者に食べてもらおう」。そんな夢があったのだろう。でも負けた。それを後押ししてしまったのは、紛れもなく歳だった。




 「もう87歳です。後継者もいないしねえ・・・」




 髪の毛のほとんど失くした親爺さんはやっぱり寂しそうだった。




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油と農家の今昔

大豆


 ゴマ、菜種、大豆、ヒマ・・・といえば共通点はなんだ。クイズの出題ではないが、答えはである。私が子供の頃、山梨のこの付近の農家では、ゴマや菜種を作った。もちろん、食用油にするためで、ヒマは薬用だったように思う。「ひまし油」といって漢方の下剤のように使ったりもした。葡萄、桃、サクランボなど現在のような果樹地帯になる前の事。主力の米麦、養蚕の農業の傍らで、どの農家も大根や、タマネギ、人参などの野菜ばかりでなく、食用の油まで自らで作ったのである。味噌、醤油は当たり前。


 


 いわゆる自給自足型の農業形態だった。屋敷の片隅にはニワトリ小屋やウサギ小屋。ヤギ小屋もあった。池には鯉が・・・。それがそのまま卵や肉、乳、つまり私達の蛋白源になった。古くなったニワトリは≪潰して≫肉を食べるのだが、この時、おふくろは「骨団子」といって、ニワトリの骨まで子供たちに食べさせた。骨を潰して団子状に。カルシュームの摂取を考えたのである。一方、牛乳ではなく山羊乳。私なんかヤギの乳で育ったようなものだ。もちろん乳搾りは自分たちで。何人もの兄弟が日替わりの当番制で搾った。


ヤギ


 その頃の我が家の、また、この付近の農家の食料自給率は100%に近かっただろう。過去のデータからみてもわが国全体の食料自給率は70%をはるかに上回っていた。それが今はどうだ。政府統計によれば、40%そこそこに落ち込んでいるのである。田舎のこの付近では食料ばかりでなく、暖房や調理のためのまで焼いた。炭焼きをしないまでも、炬燵の火はかまどの消し炭を使った。全てに貧しさの中で育まれた≪生活の知恵≫があった。




 食料需給率を落としたのは経済活動のさまざまな歯車にほかならない。それに人間の飽くなき合理化への欲求が拍車を掛けた。慣れないソロバンをはじいた農家は利益を追求するあまりに集約農業に走った。大根、白菜、なす、キュウリなど野菜はおろか、主食の米まで作ることを放棄したのである。例えば果樹農家は、主力の桃や葡萄、サクランボの生産性を上げるために、米も野菜もスーパーに求めた。ましてや手間がかかるゴマや菜種からの油の製造などするはずがない。

 
葡萄9月 


 平野部での大規模農業はともかく、圃場の構造が変わらない地方の農家も、確かに生産性を向上させた。しかし≪蔵が建つ≫ほどの利益に結びついたかというと、とんでもない話。そこで得たお金は、外国からの米麦や野菜、肉に姿を変えるだけに過ぎない。一方で、大規模であろうが、なかろうが、そこに残るのは農機具の減価償却残留農薬。農機具を例えて、口の悪い人は「機会貧乏」と言う。言い得て妙である。さらに、こうした農家を不安に陥れているのが自らの老齢化と後継者不足だ。一見合理的に見える集約型農業の内側で、さまざまな現実の矛盾に気付きながらも、そこからの脱出はもはや困難。




 そんな農家をよそに、非農家の人達は野菜作りや炭焼きを。只で貸してくれもする農地を上手に使っての野菜作り、果樹作りが年々盛んになっている。いわゆる「一坪農園」。何よりも農薬漬けの農家を尻目に、こちらは無農薬の野菜を作ってニンマリ。炭焼きだって今や趣味と実益。旅した伊豆大島で久しぶりに炭焼き小屋を見てそんなことを思った。




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芋のつる

飯田龍太
飯田龍太

 「芋も露 連山影を…」と詠んだ飯田蛇笏は俳句結社と同人誌「雲母」を創設。龍太に引き継いだ。龍太亡き後、その遺志を継いで「雲母」の同人広瀬直人が「白露」を結社した。「雲母」から「白露」と受け継がれる一つの俳句界。その俳句は特に地元山梨でもしっかりと根付き、愛好者、ファンも多い。直人は日川高校の大先輩。もう20年ぐらい前だが同窓会の当番幹事の下働きの時にお世話になった。学徒動員で神奈川県平塚の軍需工場に行ったと言うから旧制日川中学の最後ぐらいのお歳。温厚で、まさに俳人といった方だ。




 なにも芋のツルが長いものだからというわけではないが、「似て非なるもの」の延長線というか第二弾・サトイモトウノイモの話をしよう。我が家ではこの二つを同じ畑に隣り合わせに作った。いずれも収穫期を迎えている。「もうサトイモが食べられるはずだ」。いつもなら私が掘るのだが、思わぬトンマがたたってのムチウチ症がはかばかしくないので、芋掘りをかみさんに言いづけた。


イモ


 芋は土の中だから多少の霜が降りても大丈夫。しかし、芋のツルは霜には滅法弱い。ツルというより茎だが、水分を多分に含んでいるので、ひとたび霜に遭おうものならひとたまりもない。勢いよく空を向いていたものが一瞬に畑にひれ伏し、見る影もない姿に変わるのだ。サトイモは芋を食べるのだからかまわない。でもトウノイモは茎を食べなければならないから霜に叩かれたら元も子もないのである。




 そこで霜に遭う前に収穫して皮をむく。天日干しした芋のツル巻き寿司の芯になったり、味噌汁の具煮物にしても美味しい。いわゆる保存食。農家の生活の知恵で生まれたのだろう。もっともだんだん手に入りにくくなったのか、芋のツルは巻き寿司にもお目にかからなくなった。そのピンチヒッターのはずだった干瓢(カンピョウ)が今では堂々の主役に。言われは分からないが、寿司屋さんで「かっぱ」といえば芯はキュウリ。それと同じタイプの寿司の芯によく使われるのがカンピョウでもある。

寿司
 カンピョウについてはまた折があったら触れさせて頂くとして、芋のツルとなるトウノイモの茎は皮を剥かなければ食べられない。いくら干して乾燥させてもスジが歯に引っかかってしまうのだ。だから丹念に皮を剥く。葉っぱを切り落とし、根元の方からスーっと剥いていく。アクが強いので手は真っ黒になる。私の経験では霜が降りる寸前が最も剥き易いのだが、初冬のこの時期の作業は決して楽しいものではない。




 こうしてサトイモと似て非なるトウノイモの茎は、芋のツルとして≪第二の人生≫を歩む。片やサトイモの茎は、無用の長物として見捨てられ、まるで邪魔者扱い。やがて畑の土に同化されてゆく。似て非なるこの二つは一長一短。芋のツルとして喜ばれるトウノイモだって、芋としてはちょっと大味だから味をよく知る人にはそんなに歓迎されないのである。餅屋は餅屋だ。



芋のつる 


 「サトイモを掘って食べたら・・・」と言ったのだが、かみさんが掘ってきたのはトウノイモ。案の定、区別がつかなかった。それほどこの二つは似ているのである。


イモ2


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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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