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百薬の長の方便

ビール


 私も女房のことを「母さん」と呼ぶのだが、女房も「お父さん」と呼ぶ。





 「お父さんねえ、酒は百薬の長、と言うけど、あれねえ、方便だってよ」


酒


 恐らくテレビで見たか、友達とのお茶飲み話で仕入れてきたのだろう。女房は鬼の首でも取ったかのように言う。




 「へえ~・・・」と、とぼけてみたものの、その通りだ。




 若い頃、目にしたモノの本によれば、酒を「百薬の長」と最初に言ったのは古代中国の皇帝。秦の始皇帝なのか、それ以降、どの時代の皇帝であったかは記憶に定かではないが、お酒を専売に組み込む方便に使ったのである。当時、その国の専売は塩と鉄などで、お酒は専売ではなかった。



 どこかの国の政府と同じように財政難に苦しんだ皇帝は、お酒を専売に組み込むことを考えた。高い税率をかけられるのだから民(国民)が歓迎するわけがない。そこで搾り出した知恵が「百薬の長」というキャッチフレーズ。つまり方便だ。この方便はまんまと成功。そればかりか恐らく、お酒の消費拡大にも繋がって一石二鳥の効果まで生んだことは言うまでもない。


ワイン


 「百薬の長」。わが国でもこの言葉は、れっきと独り歩きしている。特に酒飲みは水戸黄門の印籠のように使う。「お父さん、そんなに飲みすぎちゃあ身体に良くないわよ」。女房にブレーキをかけられる度に、この言葉を使うのだが、方便以前に飲みすぎが身体に悪いに決まっている。お酒というヤツは不思議な飲み物で、飲み出すとなかなか止まらない。歌の文句ではないが「分かっちゃいるけど止められない」のがお酒なのだ。



 亭主の健康を気遣ってブレーキをかける女房の気持ちも分かり過ぎるほど分かる。内心、ありがたくさえ思う。ところが口を突いて出るのは、「そんなことはオレが一番よく知っている。人の世話を焼くな・・・」である。場合によって、その言葉の後に続くのは「バカヤロー。いろいろ言うな」。

ウィスキー



 古今東西、嗜好品は税の対象になって来た。タバコもそうだ。どこかの国は「百薬の長」ではなく「健康に害する」ことを方便に徐々に値上げしている。喫煙者は嫌煙者と比べて少数派になっているからいい。この関係が逆だったら大騒ぎだろう。第一、無謀な値上げなんか出来っこない。でも「健康を害する」ことと「値上げ」。この論理、どうもしっくりしない。これも古今東西、新税を創設したり、税の値上げに踏み切る場合、少なからず、住民のコンセンサスを得なければならないのは世の常。そこには決まって方便がいる。いわゆる民は騙されたり、騙されたふりをするのだ。それを仕掛ける為政者は、したたかで、ちゃんとプラス、マイナス、そろばんをはじいている。




 よく考えれば、「百薬の長」が税の新設の対象になったり、「健康に害」が税の値上げになる。変な話だ。見方を変えれば、それこそが方便といっていい。




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パブロフの犬

 「おまえ、しつこいねえ・・・」と言われるかもしれないが、未だに若い女医さんには、ある種の偏見を持っている。私だって男の端くれだから、若い女性には優しかったり、好感を持って接するのだが、白衣を着た女医さんを見ると、正直言ってその場から逃げ出したくなるのだ。可愛くもなければ、むしろ怖くなる。パブロフの犬。条件反射なのだ。
病院2
 前にも触れたが、若い頃、盲腸(虫垂炎)手術を受けた時の新米女医さんの一部始終がきっかけでもあり、その第一弾。細い血管への注射に脂汗をかいて悪戦苦闘するけなげな姿には一面で敬服もするが、時も時。緊急手術の直前措置なのである。人の助けは求めないタイプのようで、逆に見るに見かねた看護婦さんが≪援軍≫を求め、急場をしのいだ。




 第二弾は、別の総合病院での人間ドックの時のこと。胃カメラを飲んだ。担当は若い女医さん。盲腸手術の時の女医さんの顔を思い出さないでもなかったが、所詮はまな板の鯉。カメラを胃袋の中で大胆に押したり引いたり。「もっとお手柔らかに頼むぜ」。そんなことを思う前にゲエ~ゲエ~、ゲボゲボ。技術の良し悪しは別に検査だからそれはそれで仕方がない。


病院


 ところがこの女医さん、突然、「あら困ったわ。あら困ったわ。これなあ~に。これなあ~に・・」。子供のように絶叫し始めた。カメラを持つ手はブルブル震えている。何にも分からず、ただゲエ~ゲエ~している、まな板の鯉はたまったものではない。ここでもベテラン先生の≪援軍≫が飛んで来た。その検査室では何人もが、まな板に乗っていた。何の事かわかりようもないし、動転する女医さんの甲高い悲鳴にみんな、びっくりしたに違いない。



 「ああ~、これねえ、アニサキスと言うんですよ。初めてだったんですねえ。検査が終わったらつまみ出して患者さんに見せてあげてください。心配要りませんよ」




 さすがにベテラン先生。女医先生はやっと落ち着きを取り戻した。この時も駆けつけたベテラン先生は、いかにもへりくだって「先生、私にも見せていただいていいですか?」。


病院3


 この騒動にはまだオチがある。「ところで先生、私のお腹にいたアニサキスってどんな虫ですか?」。さっきまでの動転がウソのようにタカビーに振舞う女医さんに尋ねた。「あらいないわ」。女医さんは味もそっぺもなく、まるで人事のように言うのである。正直、腹が立った。服装を整え、帰りがけドックの受付に寄ったら「本会計に行って治療代5,000円を払っていってください」。「えっ、治療?アニサキスは途中で落としてしまったようだよ」。再び腹が立って思わずそう言おうとしたが、馬鹿馬鹿しくなってその言葉を飲み込んだ。


受付


 「俺ねえ、治療にしろ、人間ドックの胃カメラにせよ若い女医さんにばかり当たるんだよ。毎回なんだ。それも新米のような・・・。俺って若い女性にモテルのかねえ・・・」




 ある時、親しい大学病院のベテラン医師と酒を酌み交わした時、そんな話をしたら


 「あなたはバカだねえ。あなたのようなタイプの患者さんには新人を当てるに決まっているじゃない。なぜかって?太っていて、いかにも鈍感に見えるからねえ・・。どんな医師だって、どんな難しい手術だって必ず≪始めて≫があるのさ。医学はそうして進歩するんだよ。誰かがそれを担ってくれなきゃあ・・・」




 「冗談じゃあないよ。俺、いつも練習台かい?俺の立場にもなってみろよ・・・」




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デブの細い血管

病院


 自分では自らの神経が太いのか、細いのかは分からないが、血管だけは間違いなく細い。私の身体にだって、あるべき所に血管が走り、それなりの血液が流れているのだろうが、見た目では分からないのだ。お医者さんや看護師さん泣かせの血管なのである。




 勤めをリタイアした後も毎年一度、かみさんと一緒に人間ドックに行く。そのドックで検査メニューの中に必ずあるのが採血。ここでほとんどの看護師さんが手こずるのだ。血管が細く位置が分かりにくいので、採血までに悪戦苦闘するのである。そんな姿を見る前に「私の血管は分かりにくいんですよ・・・」と、こちらから言い訳するのだが、針の先で血管を探されるのは内心、いいものではない。採血する時のポーズからも、その一部始終が見えるから始末が悪い。正直言って、いくら鈍感な私だって気にもなる。


注射器  
 
もちろん看護師さんは無事採血を終えるのだが、中にはベテランの先輩にバトンを委ねるケースも。こんなこともあった。もう大分前のことだが、盲腸(虫垂炎)を手こずらせて甲府市内のある総合病院で緊急手術をするハメになった時のことだ。採血だったのか、静脈注射だったかは忘れたが、針が血管に入らないのだ。若い≪看護師さん≫は脂汗をポトポトと落とし始めた。それもそのはず。10人前後はいる看護師さんの注視の中だった。




 気の毒というか、可愛そうになった。「いいんですよ。ゆっくりやってください」。ヘンな所で女性に優しい自分がおかしくなった。そんなことを言えば言うほど大粒の脂汗が。「誰か代わってあげたらいいのに・・」。そんなことを思い始めた矢先、戴帽から婦長さんらしき看護師さんが年配の男性医師を連れて来た。看護師さんが気を利かせて求めた援軍である。

病院3


 「〇〇先生、私にやらせてくれませんか?」。そこで初めて気付いた。脂汗の若い≪看護師さん≫は女医さんだったのである。「お医者さんのくせに・・・」。なぜか無性に腹が立って来た。人間とは勝手なもの。今の今まで悪戦苦闘を励ますように許して来たのにプロの医者と分かると、途端に「この野郎」と手の平を返すのだ。




 この女医さんとは、この時ばかりのお付き合いではなかった。盲腸手術の執刀をしていただいたかどうかは分からないが、術後も終始、主治医としてお世話を頂くハメに。私の虫垂炎は、腹膜炎を誘発するほど手遅れ状態での緊急手術だったせいか、自分でも分かるほど術後の経過は悪かった。手術から数日後。お腹がパンパンに膨れ上がり、激痛を伴うようになった。

女医さん


 「先生、お腹がどうもヘンですよ」。若い女医先生は、そんな私の切実とも言える訴えに、いともそっけなく「あらそう・・・?」。
 お腹の中で化膿を起こしてしまったのである。一旦は縫った傷口を開き、その日からお腹に溜まる膿を除去する治療が始まったことは言うまでもない。傷口から長い帯のようなガーゼを突っ込んで、膿を吸わせるのだ。それを引き抜く時は一瞬だからいいが、入れる時にはピンセットで順送りする。可愛げもなく乱暴に扱うのだ。やっぱり私の神経は細いのかもしれない。痛い。たまったものではない。お陰で私のお腹にはでっかい大きな傷が残っている。あれから20数年。ツッパリ気味だった若い女医さんも如才のないベテラン先生になっているだろう。




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健康寿命は山梨が首位

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 山梨の「健康寿命」はなぜか高い。厚生労働省の調査によると、男性は73・21歳で第一位、女性は76・22歳で第三位。前回調査までは女性も第一位で、男女仲良くトップの座にあった。このデータに対して役所は、山梨県民の癌検診の受診率が高いことや無尽が盛んな県民習慣を上げている。無尽は、社会的なネットワークが高齢者の孤立を防いでいる、というのである。精神的なリラックスと程よい刺激になっているというのだろう。




 「癌検診の高受診率」は頷けもするが、「無尽による社会的ネットワーク…」は、いかにも役人らしい「取って付けた」分析。そんな単純なものだろうか。気候、風土はむろん、医療や生活環境、食生活…。果ては県民性まで様々な要素が絡まっての結果だろう。机上で簡単にコメントするほど人間の健康は容易く(たやすく)表現出来ないだろうし、寿命まで分析出来るものではないのではないか。




 ここで言う健康寿命や人間の平均寿命は文字通り「平均」。健康寿命とは人間が健康で活動的に暮らせる期間で、WHO(世界保健機関)が提唱した指標だ。つまり、平均寿命から病気、衰弱、認知症などによる介護期間を差し引いたもので、0歳の者が健康で何年暮らせるかを示した数字である。

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 寿命のすぐ隣り合わせにあるのは間違いなく「死」だ。健康寿命だとか、平均寿命の捉え方は漠然としているからいい。しかし、人間、寿命・死期をストレートに伝えられたら穏やかではいられない。私のような小心者だったらノイローゼになってしまうに違いない。人間はいかなる者も自分の死期を知らない。それがいい。




 どんな立派な説を唱える宗教学者や衆生を前に説法するお坊さんだって、絶対に分からないはずだ。神や仏がいるのかどうか、不信心な私にはこの歳になっても分からないのだが、「神のみぞ知る」でいいのだろう。だから人間は死ぬまで屈託なく生きていられるのだろう。




 健康寿命や平均寿命を損ねる成人病。死亡率ではそのトップクラスにある癌をめぐって告知の是非が論議される。癌の死亡率が高いことは誰でも知っている。だからこそ当事者には知らせないで、そっとしていてやることが何よりではないのか。「終末への準備が出来る」などと«冷静»に捉える方もお出でだろうが、自らに置き換えて人間の精神力とは、おしなべて、そんなに強いものではない。




 「知る権利」云々、というが、生死、特に「死」に関しては「知らないでいる権利」があってもいい。知ることによって、逆に心痛、心労を増幅させ、余命を削る恐れだってあるかも知れないのだ。人間なんて、口では強がりを言うが、内面はそんなに強くない。




 「人間五十年、下天の内をくらぶれば夢幻の如くなり」。織田信長が本能寺の変で舞ったと言われる謡曲。1582年のことだ。それから430年余。健康寿命、平均寿命は、ぐ~んと延びた。食生活や医療機器の進歩、さらには人々の生活環境や行動パターンに至るまで、様々な変化がそうさせたことは間違いない。中でも医療の進歩は大きな存在。特に医者の役割、倫理観はひときわ増すに違いない。それにしても人間の健康寿命は僅か70歳台だ…。




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田舎者の脚力

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 「肥満の解消には歩くことが一番。2㎞でも3㎞でもいい。毎朝歩いたら、いかがですか…。私は毎朝、女房と4㎞ぐらい歩くのですが、体重の抑制や体調管理にはてきめん。効果抜群ですよ。肝心なのは続けることです。1か月もすれば必ず効果が表れます」




 もう80歳近くになる先輩だが、メタボな人間を見るに見かねてか、度々そんなことを言ってくれる。仰る通りだ。「よし、オレも明日からやろう」。一旦はそう決意するのだが、「明日から、明日から…」で、日を送り、結局は…。ズボラ人間のズボラ人間たる所以だ。




 この人は近所に住む農業従事者。今でもブドウやサクランボを1ha近くも手掛ける篤農家である。こんなことも言う。




 「俺たち百姓は一昔前までは、確かに手や身体はむろん、足を使った。でも、機械化が進み、その必要がなくなった。遠い、近いを問わず、自宅から畑までは軽トラック。むろん、帰りも同じ。畑での作業は、消毒にせよ、除草にせよみんな機械。歩いたり、昔のように身体を使わなくても済むんです」




 農機具の機械化や除草剤など農業を取り巻く環境はどんどん変わっている。篤農家と言われる人ほど機械化による作業の合理化が進んでいるのだ。歩くことばかりでなく、力仕事も格段に減った。ブドウやサクランボのハウス栽培に至っては、コンピュータ制御で内部を管理するのだ。剪定や収穫など腕の疲労を和らげる補助ロボット(器具)の使用も。

葡萄9月

 一昔前のように農作業に鍬や鎌、立ち鉋を使うのは、私のような«百姓もどき»だけ。ましてや手にタコを作るような人間は、笑われ者でしかない。一方で、しっかりした農家ほど«運動不足»という皮肉な現象を生むのである。歩行による健康管理は農家の人たちにも喫緊の課題になっているのだ。




 朝に夕に、ウオーキングをする人たちが目立つようになった。夫婦連れが多く、犬を連れている人たちも多い。「実は、犬は私たちのウオーキングの先導者なんです」と。つまり犬を飼えば、散歩をさせてやらねばならない。犬への愛情からも必然的に人間も歩く(歩かされる)、という訳だ。我が家の植え込みの向こうを走る、自動車の通行が不可能な狭い古道は、今や、こうした人たちの格好のウオーキング・ロードになった。


裏の道1


 私は与えられた役職絡みの会議で、しばしば東京に行く。そんな時、自らの足の衰えをいやが上にも実感させられる。乗降ホームでの歩行、JRや地下鉄の乗り継ぎ…。その長さにうんざりするばかりか、歩くのが嫌になって、正直、その場に座り込みたくなる。歩行ペースも遅く、遥か後ろから来るハイヒールのご婦人に、どんどん追い越される始末だ。


都会


 普段歩く習慣をなくしたツケ以外の何物でもない。毎日の生活が車、車。僅かな距離の隣の家に行くのも車だ。ドア・ツウ・ドアの車社会にどっぷり浸かってしまった。




 田舎者ほど歩かない。公共交通機関が少ないから、勢いマイカーに依存する。都会にお住いの方々と全く逆な日常になってしまったのである。その皮肉な現実に甘んじて歩かなくなる。必然的に足腰が弱くなる。悪循環のサイクルが私たち田舎者の健康を蝕んでいるのだ。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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