健康寿命は山梨が首位

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 山梨の「健康寿命」はなぜか高い。厚生労働省の調査によると、男性は73・21歳で第一位、女性は76・22歳で第三位。前回調査までは女性も第一位で、男女仲良くトップの座にあった。このデータに対して役所は、山梨県民の癌検診の受診率が高いことや無尽が盛んな県民習慣を上げている。無尽は、社会的なネットワークが高齢者の孤立を防いでいる、というのである。精神的なリラックスと程よい刺激になっているというのだろう。




 「癌検診の高受診率」は頷けもするが、「無尽による社会的ネットワーク…」は、いかにも役人らしい「取って付けた」分析。そんな単純なものだろうか。気候、風土はむろん、医療や生活環境、食生活…。果ては県民性まで様々な要素が絡まっての結果だろう。机上で簡単にコメントするほど人間の健康は容易く(たやすく)表現出来ないだろうし、寿命まで分析出来るものではないのではないか。




 ここで言う健康寿命や人間の平均寿命は文字通り「平均」。健康寿命とは人間が健康で活動的に暮らせる期間で、WHO(世界保健機関)が提唱した指標だ。つまり、平均寿命から病気、衰弱、認知症などによる介護期間を差し引いたもので、0歳の者が健康で何年暮らせるかを示した数字である。

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 寿命のすぐ隣り合わせにあるのは間違いなく「死」だ。健康寿命だとか、平均寿命の捉え方は漠然としているからいい。しかし、人間、寿命・死期をストレートに伝えられたら穏やかではいられない。私のような小心者だったらノイローゼになってしまうに違いない。人間はいかなる者も自分の死期を知らない。それがいい。




 どんな立派な説を唱える宗教学者や衆生を前に説法するお坊さんだって、絶対に分からないはずだ。神や仏がいるのかどうか、不信心な私にはこの歳になっても分からないのだが、「神のみぞ知る」でいいのだろう。だから人間は死ぬまで屈託なく生きていられるのだろう。




 健康寿命や平均寿命を損ねる成人病。死亡率ではそのトップクラスにある癌をめぐって告知の是非が論議される。癌の死亡率が高いことは誰でも知っている。だからこそ当事者には知らせないで、そっとしていてやることが何よりではないのか。「終末への準備が出来る」などと«冷静»に捉える方もお出でだろうが、自らに置き換えて人間の精神力とは、おしなべて、そんなに強いものではない。




 「知る権利」云々、というが、生死、特に「死」に関しては「知らないでいる権利」があってもいい。知ることによって、逆に心痛、心労を増幅させ、余命を削る恐れだってあるかも知れないのだ。人間なんて、口では強がりを言うが、内面はそんなに強くない。




 「人間五十年、下天の内をくらぶれば夢幻の如くなり」。織田信長が本能寺の変で舞ったと言われる謡曲。1582年のことだ。それから430年余。健康寿命、平均寿命は、ぐ~んと延びた。食生活や医療機器の進歩、さらには人々の生活環境や行動パターンに至るまで、様々な変化がそうさせたことは間違いない。中でも医療の進歩は大きな存在。特に医者の役割、倫理観はひときわ増すに違いない。それにしても人間の健康寿命は僅か70歳台だ…。




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田舎者の脚力

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 「肥満の解消には歩くことが一番。2㎞でも3㎞でもいい。毎朝歩いたら、いかがですか…。私は毎朝、女房と4㎞ぐらい歩くのですが、体重の抑制や体調管理にはてきめん。効果抜群ですよ。肝心なのは続けることです。1か月もすれば必ず効果が表れます」




 もう80歳近くになる先輩だが、メタボな人間を見るに見かねてか、度々そんなことを言ってくれる。仰る通りだ。「よし、オレも明日からやろう」。一旦はそう決意するのだが、「明日から、明日から…」で、日を送り、結局は…。ズボラ人間のズボラ人間たる所以だ。




 この人は近所に住む農業従事者。今でもブドウやサクランボを1ha近くも手掛ける篤農家である。こんなことも言う。




 「俺たち百姓は一昔前までは、確かに手や身体はむろん、足を使った。でも、機械化が進み、その必要がなくなった。遠い、近いを問わず、自宅から畑までは軽トラック。むろん、帰りも同じ。畑での作業は、消毒にせよ、除草にせよみんな機械。歩いたり、昔のように身体を使わなくても済むんです」




 農機具の機械化や除草剤など農業を取り巻く環境はどんどん変わっている。篤農家と言われる人ほど機械化による作業の合理化が進んでいるのだ。歩くことばかりでなく、力仕事も格段に減った。ブドウやサクランボのハウス栽培に至っては、コンピュータ制御で内部を管理するのだ。剪定や収穫など腕の疲労を和らげる補助ロボット(器具)の使用も。

葡萄9月

 一昔前のように農作業に鍬や鎌、立ち鉋を使うのは、私のような«百姓もどき»だけ。ましてや手にタコを作るような人間は、笑われ者でしかない。一方で、しっかりした農家ほど«運動不足»という皮肉な現象を生むのである。歩行による健康管理は農家の人たちにも喫緊の課題になっているのだ。




 朝に夕に、ウオーキングをする人たちが目立つようになった。夫婦連れが多く、犬を連れている人たちも多い。「実は、犬は私たちのウオーキングの先導者なんです」と。つまり犬を飼えば、散歩をさせてやらねばならない。犬への愛情からも必然的に人間も歩く(歩かされる)、という訳だ。我が家の植え込みの向こうを走る、自動車の通行が不可能な狭い古道は、今や、こうした人たちの格好のウオーキング・ロードになった。


裏の道1


 私は与えられた役職絡みの会議で、しばしば東京に行く。そんな時、自らの足の衰えをいやが上にも実感させられる。乗降ホームでの歩行、JRや地下鉄の乗り継ぎ…。その長さにうんざりするばかりか、歩くのが嫌になって、正直、その場に座り込みたくなる。歩行ペースも遅く、遥か後ろから来るハイヒールのご婦人に、どんどん追い越される始末だ。


都会


 普段歩く習慣をなくしたツケ以外の何物でもない。毎日の生活が車、車。僅かな距離の隣の家に行くのも車だ。ドア・ツウ・ドアの車社会にどっぷり浸かってしまった。




 田舎者ほど歩かない。公共交通機関が少ないから、勢いマイカーに依存する。都会にお住いの方々と全く逆な日常になってしまったのである。その皮肉な現実に甘んじて歩かなくなる。必然的に足腰が弱くなる。悪循環のサイクルが私たち田舎者の健康を蝕んでいるのだ。




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肺炎とCT画像

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 目の前のパソコンに映し出されたCT(Computed Tomography=コンピュータ断層撮影)画像を見ながら呼吸器内科のドクターは言った。三度目のCT検査を踏まえた診察だった。




 「う~ん…。もう大丈夫です。肺炎の影(症状)は消えていますね…」


 肺炎騒ぎの発端は昨年暮れも押し詰まった頃。あとで考えれば、咳と熱を伴った具合の悪い体を押して朝の早い行事に出たのがいけなかった。その行事は母校・日川高校ラグビー部の全国大会「花園」への出発式。その日の朝は特に寒かった。




 私には、そもそも「心房細動」(不整脈)という持病がって、定期的に同じ病院の循環器内科で診察を受けていた。読んで字の如く、脈が一定のリズムで打たない病気(症状)で、放っておくと血栓が出来て、その血栓が心臓に飛びつくと「心筋梗塞」、脳に飛びつくと「脳梗塞」を惹き起こすのだという。予防薬として血液をサラサラにする投薬を朝晩欠かさない。今、私が一番怖いのはこれだ。「あなたの行きつく先はそのどちらかですよ」。他人事だと思って…。もちろん、親しさからの注意の喚起と忠告であることは言うまでもない。

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 たまたま、その定期診療の日。「先生。オレ、熱と咳が出るばかりか、身体が怠くて…」と言ったら、「心房細動」の検査で出て来た血液検査のデータを見たドクターは「これは異常だ」。すぐにレントゲン、さらにCT、MRI (Magnetic Resonance Imaging=磁気共鳴画像)と、検査を重ね、「明らかに肺炎」と、私を隣の呼吸器内科へ。最後は抗生剤の点滴と翌日の診察の予約。朝9時に病院に行った私が病院を出たのは午後4時過ぎだった。




 「先生、大阪の花園に行かなければならんのですが、何とかなりませんか…」


 「バカ言っちゃあいけませんよ。ドクター・ストップという言葉を知りませんか。ドクター・ストップ!ドクター・ストップ!」


 花園行きを断念したことは言うまでもない。


 女房は言う。


 「肺炎の予防接種をしなきゃあいけない、と言ったでしょう。あなたは、無茶ばかりで、いつも私の言うことを聞かないんだから。まったく…」




 75歳の人たちには「高齢者肺炎球菌予防接種」の補助金制度があって、確かに山梨市から期限付き(平成29年4月1日~30年3月31日)での公費助成(1回4,000円)通知が来ていた。後の祭りとは、このことだ。この補助制度は65歳から、5年周期であるらしい。




 肺炎を起こしたのは初めて。若い頃から、「風邪なんか、ちょっと深酒、そうでなければ玉子酒でもグッと飲んで寝てしまえば治るもの」と信じ込んでいた。でも65歳を過ぎた頃から、それが通じなくなった。今では、いったん、風邪を引こうものなら、完治するまで2週間も、3週間、いやもっとかかる。体力の低下のためだろうか。




 巷では3月に入った今もインフルエンザが流行っているという。おかしな年だ。4歳半の孫娘もどうやら、インフルエンザらしい。田舎の我が家に一晩預かった女房は「38度9分も熱があるわよ。明日、幼稚園を休ませて病院に連れて行かなきゃあ…」と、大騒ぎ。当の本人はケロっと。子供は熱にめっぽう強い?。




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不摂生のツケは何時払う

 「人間なんて分からんもんだよなあ。あいつのように、規則正しく、言ってみれば模範的な生活をしているヤツが、病気になり、俺やお前のように、いい加減な生活をしたヤツが病気にならない。神様のやり方、間違っているよなあ・・・」

自然

 つい先頃、親しい仲間が、やはり友達の検査入院の結果を私に告げながら、こんなことを言った。三人は高校時代の同級生。友の検査入院を知らせてくれたのは、このブログでも紹介したことのある男で、大手生命保険会社の理事を定年で辞め、CDのカップリング曲「ふるさと」を作詞したり、地元(市)の教育委員も務めたことがある。




 一方、検査入院したのは、石和温泉郷に程近い所に住むその男と目と鼻の先に住んでいるから、にわか百姓の良き相談相手でもある。私にとっては、こうしてパソコンを叩き、ブログに興味が持てたのも、その男のお陰。私はパソコンの、ブログの師匠だと思っている。足を向けては寝られない立場だ。


パソコン  


 お酒も飲まなければ、タバコも吸わない。早寝早起きをし、健康づくりのため、出来るだけ車を避け自転車で動く。私の家とは約8㌔。それも傾斜地なので坂道が多いが、平気で自転車に乗ってやって来る。奥さんとご一緒に山歩きもする。野草や野の花にも興味を持ち、趣味のクラフトの指導をしたり、農業のNPO法人の指導役を買って出たりもする。やはり奥さんとご一緒の外国旅行だって安易なツアーではなく、リュックを背に自然を愛でて歩く。

 サイクリング2  

 冒頭の友が言うように、まさに模範的な生活をしている男だ。片や、今でこそそれが出来なくなったが、ひと頃は大酒を飲み、不規則の極みをやって来た私達。バカと言われるかもしれないが、一升酒も飲んだ。歳とともに酒量は減ったものの、晩酌は欠かさないし、これまたアホウと言われるかもしれないが、その量は他人(ひと)より多い。不規則な生活態度が一夜で改まるはずがないから、言ってみれば、この男とは月とスッポン


酒

 検査結果は気管支喘息と心筋梗塞。「俺、生死の境まで行って来たよ」。同級会の幹事役をしっかりやってくれた、この男はパソコンのメールで、こんなことを書いて来た。




 「一日一日を大切に風邪を引かないように注意しています」


 その後には「初日の出 富士の高嶺に 紅を引く」という句が。意味深な句だ。それにはこんなコメントも。


 「化粧して紅を差した情景です」



 一病息災という。こういう人ほど長生きをするのが世の常。こうして人ごとのように講釈している、俺達に待っているのは・・・。どうしてって? いい加減な生活をしたツケは何時か払わなければならないような気がする。この男が幹事役をしてくれた同級会にお越し頂いた恩師先生も私達に人生の節制訓を説いてくれた。私たち自身の日常にだって、つまらぬ事で惹き起こしたムチウチ症や階段でこけての怪我という天誅もあった。好意的に解釈すれば、注意信号を出してくれている。




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患者の欲

風景


 これまでの人生で、私達は、しばしば、こんなことを言われたり、自らも言ったりもして来た。


 「お前、素直じゃあねえな。もっと自分に正直になれよ」


 この「素直になる」「正直になれ」という言葉。文字通りの意味にとどまらず、「反抗」とか「文句」のような意味合いの態度をやめるよう促したり、また戒めたりする時にも広く使われる。子供の頃は親や先生から言われ、大人になった今、我が子や職場の後輩に言ったりするのだ。

子供


 素直でなくてはいけない子供の頃、親にすねてみたり、反抗もした。学校で先生の言うことを聴かず、逆らったりもした。もっと素直になって親や先生の言うことを聴いて勉強したり、努力をしていたら、少しは違った人生があっただろうに、と思うのだが、今となっては後の祭り。そんな自分が子供たちや職場の後輩に向かって「素直にやれ」とか「真面目にやれ」などと、たいそうごもっともに大口を叩いているのだから世話はない。


 


 こんな悪餓鬼や大人が、素直になれる相手がいる。医者だ。言うまでもなく、医者と向き合う時は、少なからず病や疾患を持っている。それが重症であればあるほど素直になれるのだ。指示された処方に従って薬も飲めば、決められた時間に病院にも通う。酒を控えろ、タバコをやめろ、と言われれば、それにも従う。言ってみれば言うなりだ。


先生


 世の中に「先生」と呼ばれる職業の人達はいっぱいいる。学校の先生もいれば、政治家の先生もいる。芸術家や研究者、料理の講習をする人や、話の講演をする人達にも「先生」をつける。しかし、医者を除いて、それに向き合う人達は、心のどこかで疑念を抱いたり、反発もするのだ。学校の先生に対する悪ガキ達もそのひとりだろう。先生だって、そんな子供たちに手こずるのである。


男の子


 患者と医者は弱者と強者の関係。つまり、助けられる者と助ける者の関係だ。患者側から見れば、「何とか病や患部を治してもらいたい、助けてもらいたい」。そう思う。自分も、つい最近までムチウチ症が原因の激痛を経験したが、辛ければ、辛いほどその一心になる。反発したり、ましてや邪念なんか入り込む余地はない。



病院



 弱者と強者。患者と医者と同じように、その例えは適切ではないかもしれないが、学校の児童・生徒と先生も同様だろう。これも当然だが、児童、生徒は教えてもらう立場だし、対して先生は、上から教える立場。経験を伴う年齢も違う。医者と教師。同じ先生でも相手の立場が全く違う。一方が障害を持つ、いわゆる病人であるのに対し、片っ方は、子供と言えども健常者。待てよ。医者に対する「素直さ」、よく考えたら患者の「欲」かも・・。




 人間、60歳も半ばを過ぎると、親や親戚、知人など多くの人達の死と直面する。その顔は、みんながみんな穏やかで、本当に素直な顔をしている人間が欲とか邪念を全て捨て去った時の姿なのだろう。私のような凡人には本当の意味での「素直さ」を身に付けるのは、そんな時でしかないのだろうか。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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