仲間の死

菊

 親しい仲間が逝った。享年69歳。癌だった。手術と入退院を繰り返しながら癌と闘った。必死だっただろう。桃や葡萄など広い果樹園も一部を人に委ね、栽培面積を縮小した。行く末を案じたのだろう。それがまた痛々しい。それでも暗い顔は微塵も見せずに畑にも出、仲間たちとも明るく振舞った。


葡萄畑


 そんな人柄の男だったから、地元にいる特に同級生達は、入院中も自らの仕事の合間を縫って農作業を補った。「うちのことなんか、心配するな。そんな心配より、治療に専念することだよ」。みんなで励ました。しかし、不敵にも癌は強かった。日ごとにこの人の体を蝕み、最後は骨と皮といってもいいほどに肉体まで食い尽くした。


インゲン


 この人には、これまでも身の回りに相次いで不幸が襲った。早くに愛する奥様を亡くし、二人兄弟の弟も何年か前に亡くした。この弟さんは三つ違いで、私と同ない歳だった。どうしてこうも不幸は集中攻撃するのか・・・。この世には神も仏もないのか。





 それでも男手ひとつで一人娘を育てて嫁がせ、二人のお孫さんにも恵まれた。自らの行く末を覚悟しながらも愛らしいお孫さんに目を細め、可愛がった。心の中ではこのお孫さんの成長をもっともっと見届けたかったに違いない。それもふびんでならない。


光


 告別式。仲良しトリオのうちの一人が弔事を読んだ。自他共に認める無二の親友だったこの人は「俺は○○ちゃんと呼ばせてもらうよ」と祭壇の遺影に語り掛け、在りし日の思い出や、その人柄を切々と話した。




 それによると、身の回りを相次いで襲った不幸、その上、自らにも襲い掛かった病魔との闘いにも愚痴ひとつ漏らさなかった。いつも明るく振舞い、周りの仲間達を気遣った。古めかしい言葉かもしれないが、義理人情にも厚かった。「気遣うのはお前ではなく、むしろ俺達だったのに・・・」。そんな故人は息を引き取る数日前、この人の手を握り、弱々しい声で「俺はもうだめだ。あとを頼む。みんなを・・・」と言った。手にはもう力がなかったと言う。無二の親友が読む弔辞は参列者の涙を誘った。


空


 たまたま時期を同じくしたのだが、この告別式の翌日、別の友人の父親が逝った。こちらは98歳だった。69歳の告別式とは対照的だった。年齢差は親子ほどもある。同じ弔辞の中でも「天寿をまっとう・・」という言葉が。人間誰しも、かくありたいと思うのだが、そうはいかないのがこの世の常。




 「人間、60歳を過ぎれば、後先の順番はないんですよ」



 うまい事を言った人がいた。そう思いたくはないが確かにそうだろう。仏教用語で「諸行無常」という言葉がある。人の寿命は神様しか分からない。ただ言えるのは、その人間がどう生きたかなのだろう。寿命の長短だけではない。仲間や周囲を愛しみ、仲間達からも愛された69歳の男を送りながらそうも考えた。


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 梅雨の季節は真っ盛り。その後には暑い夏が待っている。みんなが健康で、仲良くありたい。それが若くして逝った友に報いる道だ。行とし生きるものの鉄則だ、と思っている。





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病院内のドラマ

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 ある総合病院の外来患者の待合室。朝から席を埋めた、大勢の患者に交じって、診察の順番を待ちながら、ふと思った。




 「一見、何事もないように、と言ったらヘンかも知れないが、毎日が決まったように過ぎて行く病院。一皮むけば、良くも悪くも、様々なドラマが展開されているのだろうな…」


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 例えば、今、自分がいる内科外来の待合室。みんな黙りこくって座っているが、病の種類も症状、厳密に言えば、その緊急性だって違う。回復に向かっている人はいい。でも重い病を抱えた患者の心の内は複雑だろう。「一刻も早く呼んで(診察をして)くれないものか」。そう思っているに違いない。診察までに1時間、2時間待ちは当たり前。やっと順番が来たと思っても診察時間は3~4分から5~6分。待ち時間とのギャップが大きいだけに何とも腑に落ちない気分にも陥るだろう。




 階が変わって入院病棟。ここだって様々だ。入院期間の長短は別に、闘病を乗り越え、花束片手に退院していく人もあれば、今なお必死の思いで病と闘う人もいる。入院患者ひとり一人の症状や病状だって異なる。中には《明日をも知れない》患者さんだっているはずだ。取り巻く、医者や看護師、家族の胸中も、また様々。


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 病院の中を歩いているのは主役の患者さんばかりではない。当然のことながら、その患者さんを治療する医師、サポートする看護師や技師たち…。入院患者を気遣う家族や見舞客もいる。医師ら医療に携わる人たちや事務職の人たちは白衣や制服で、入院患者も病室着だから、すぐ分かる。ただ、外来患者や入院患者の家族、見舞客などは区別がつかない。




 医療の場でありながらも病院とは不思議な所で、他にも様々な人たちが行き交っているのである。製薬会社のセールスマンもいれば、葬儀社の人だっている。「葬儀社の人」というと、病気を治療する病院には不似合いだが、現実には絶対必要な役目を担う。《万一の場合》の応急的な措置や搬送など、その家族をサポートする欠かせない存在でもある。手際のいい措置をしないと、少なからず入院患者に心理的な影響を与えてしまうからだ。




 私には忘れられない出来事がある。義父(女房の父親)が入院。末期の胃癌だった。93歳で亡くなったのだが、その症状は重く、手術も不可能。最後は連日、のたうち回るほど苦しんだ。痛みがひどかったのだ。見るに見かねてナースセンターに跳んで、医師の目を見詰めて言った。「先生、あのままでは可愛そうだ。何とかしてくれないか…」と。




 医師は言った。「あなたは自分が言っている意味が分かっているんですね」。「もちろんです」。医師も私の目を見て言った。「そうでしょうね。実の子供さんは女性ばかり。あなたでなければそんなことは言い出せませんよね。お爺ちゃんは長くもっても後4~5日。正直言って私も同じことを考えましたが医師として、それを率先することは出来ませんでした」。
  薬(注射)で痛みを和らげてやることは患者の《最期》を意味する。ウソのように痛みを訴えなくなり、笑顔すら見せた。その一日後、本当に安らかな顔で逝った。判断は今でも間違いなかったと思っている。ひと時であっても、安らかな時間を与えてやれたからだ。




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不整脈(心房細動)

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 「あなたの行き付く先は、心筋梗塞か脳梗塞だよ。注意しなきゃあ~」


 かかりつけの親しいドクターは、事もなげに言った。


 「脅かさないでくれよ。縁起でもない…」


 「注意しなきゃあ~」の一言が付いているとはいえ、当事者にしてみればショッキングな言葉だった。心筋梗塞とか脳梗塞という言葉自体、私達、医学や医療に全く知識がない者でも、重大に受け止める。ドキッとするのである。そう言えば親父も心筋梗塞で逝った。




 心房細動が見つかったのは4~5年前の人間ドック。腰の靭帯手術などもあって、ここ2年ほどサボったものの、ドックは女房と二人して毎年受けている。担当の医師は、一日も早い治療を促す一方、知り合いの専門医に紹介状を書いてくれた。以来、毎日、朝晩の二回、薬を飲んでいる。血液の凝固を防止する、いわゆる血液をサラサラにする薬だという。


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 「心房細動」という疾患は、一般に言う「不整脈」。文字通り、心臓が規則正しく脈を打たず、時折、脈打ちをサボってしまうのだ。規則正しく血液を送り出さない、と言った方が分かり易い。心電図を見せてもらえば、素人でも一目瞭然。心臓から正しく血液を送り出さないから、前の血液が凝固する危険性が高まり、その血栓が心臓に飛びつけば「心筋梗塞」、脳ならば「脳梗塞」を惹き起こす可能性が大きいのだそうだ。




 人間ドックとは、上手いネーミングをしたものだ。身体全体を検査。さらにオプションで申し込めば、規定(法定?)の検査項目以外でもピンポイントで検査してくれる。車の定期車検と同じで、お金はかかるが安心。車検と違って、人間ドックは自治体からの補助があるのがいい。規定外の検査が値段的に高いのは、その適用から除外されるためだ。




 薬を欠かさないのはむろん、一定の期間をおいて診察を受ける。血液検査を始め、心電図、胸のレントゲン撮影など様々で、時間もかかる。診察までの待ち時間も長い。市内の総合病院なので、待合室では知り合いにもよく会う。




 「どこが悪いの?」


 「心房細動でねえ。もう長く通っているんだよ」




 私のような患者は結構、多い。中には血管にバルーンを入れる手術や、ペースメーカーを入れたという人もいた。同級生が20人ぐらい集まる月に一度の無尽会でも、話が《健康》に及ぶと「オレも心房細動で病院に通っているんだよ」と。




 「お酒は控えなければダメ。カロリー過多になるんです。心房細動に限らず、あなたの様々な疾患の原因は太り過ぎ。その元凶は、お酒ですよ」


 運動不足の上に、カロリーの摂り過ぎ。「♪これじゃ、体にいいわけないさ…」。歌の文句じゃあないが、「♪分かっているけど…」である。脂肪肝や高脂血症…。そればかりではない。糖尿病や痛風などいくつかの《予備軍宣告》を受けている。朝晩の薬の量が、だんだん増えている。気遣ってくれた義妹からの「薬ケース」が手放せない。1週間ごと丹念に朝、昼、晩に分けた薬をケースに入れ「忘れないように」飲むのである。 




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人間ドックの妙

人間ドック2 


 3年ぶりだろうか。人間ドックを受けた。腰椎の手術(黄色靭帯骨化症)など、あれやこれやで、さぼっていたドックだ。


 「お父さん、人間ドックは、定期的にやらなければダメですよ…」


 そこまではいい。その後に。


 「私は知りませんよ。どうなっても。ご自分の身体のことですからね…」


 女房の言葉は、いつもひと言多い。そうは言っても亭主の身体を気遣ってのこと。感謝せねばなるまい。サラリーマン現役の頃は、ある年齢以上になると、関係部署が半ば強制的にドック入りをコントロールしてくれた。でも今は、私のようなズボラ人間にとって、コントローラーは女房しかいないことも確か。口にこそ出さないが、ありがたい。




 ドックは、いつも女房と一緒に受診する。その受け入れ先は、ここ10年変わらない。ある公立病院の院長から《天下り》した親しいドクターを追っかけて鞍替えした。このドクターは消化器内科が専門。研究熱心であることはむろん、患者を親身に扱う姿勢をお持ちの方で、特に胃カメラ検診は天下一品だと思っている。このブログで前にも書いたが、私には胃カメラにトラウマがあるせいもあって、このドクター以外の胃カメラは飲まないとさえ思っているくらい。ヘタな医者に胃袋をかき回されたら「金輪際…」と思うのだ。


人間ドック


 「お父さん、せっかくだからレギュラー検診ばかりでなく、オプションの肺がんや、脳梗塞、胃腸のピロリ菌検査も受けたら…。ピロリ菌は癌の発症に繋がり易いんだってよ」


 「お金、かかるんだろう?」


 「何言っているのよ。お酒を飲んだり、勝負事にお金をかけることは何とも思わないのにヘンな所でケチケチするのね」。女房に一本取られた。




 心電図、エコー、CT(コンピュタ断層撮影)、MRI(磁気共鳴画像診断)、MRA(磁気共鳴血管造影)…。今に始まったことではないが医療機器の進歩は目覚ましい。血液検査の威力も凄い。大抵の疾患は、そのデータから読み取れるのだ。患者側から見れば検査後、基準値を超えた部分を朱色でマーク、プリントで渡してくれるので素人でも一目瞭然。


人間ドック


 この病院は民間の団体病院。一般診療もするが、人間ドックが主力。医師や看護師はむろん、関係スタッフも多い。《お客様ファースト》を徹底していて、一日100人近い検診客を手際よくこなすのである。職員は早朝から並ぶ検診者を玄関先で迎え、ロッカーキーはむろん、検診のコードナンバーとなる下足キーを腕に付けさせて次にバトンタッチ。受付へと誘導、検診が始まるのだが、そのバトンタッチが見事。検診担当者も次への案内に手を貸すのだ。「なるほど。スムーズに検診を運ぶコツはこれか」。そう思った。本人確認や検診結果も下足キー。肩に付けたワッペンの受付番号とコンピュータで連動しているのだ。




 MRIとMRAは3分、3分連続して行うのだが、お値段は1万円ずつの2万円。詳しい検査結果は普通検診より遅れるが、その結果が「凶」と出れば困るし、「吉」と出れば損した気分になるだろう。そもそも人間ドックとはそんなものかも知れない。貧乏人の嵯峨か。




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患者の欲

風景


 これまでの人生で、私達は、しばしば、こんなことを言われたり、自らも言ったりもして来た。


 「お前、素直じゃあねえな。もっと自分に正直になれよ」


 この「素直になる」「正直になれ」という言葉。文字通りの意味にとどまらず、「反抗」とか「文句」のような意味合いの態度をやめるよう促したり、また戒めたりする時にも広く使われる。子供の頃は親や先生から言われ、大人になった今、我が子や職場の後輩に言ったりするのだ。

子供


 素直でなくてはいけない子供の頃、親にすねてみたり、反抗もした。学校で先生の言うことを聴かず、逆らったりもした。もっと素直になって親や先生の言うことを聴いて勉強したり、努力をしていたら、少しは違った人生があっただろうに、と思うのだが、今となっては後の祭り。そんな自分が子供たちや職場の後輩に向かって「素直にやれ」とか「真面目にやれ」などと、たいそうごもっともに大口を叩いているのだから世話はない。


 


 こんな悪餓鬼や大人が、素直になれる相手がいる。医者だ。言うまでもなく、医者と向き合う時は、少なからず病や疾患を持っている。それが重症であればあるほど素直になれるのだ。指示された処方に従って薬も飲めば、決められた時間に病院にも通う。酒を控えろ、タバコをやめろ、と言われれば、それにも従う。言ってみれば言うなりだ。


先生


 世の中に「先生」と呼ばれる職業の人達はいっぱいいる。学校の先生もいれば、政治家の先生もいる。芸術家や研究者、料理の講習をする人や、話の講演をする人達にも「先生」をつける。しかし、医者を除いて、それに向き合う人達は、心のどこかで疑念を抱いたり、反発もするのだ。学校の先生に対する悪ガキ達もそのひとりだろう。先生だって、そんな子供たちに手こずるのである。


男の子


 患者と医者は弱者と強者の関係。つまり、助けられる者と助ける者の関係だ。患者側から見れば、「何とか病や患部を治してもらいたい、助けてもらいたい」。そう思う。自分も、つい最近までムチウチ症が原因の激痛を経験したが、辛ければ、辛いほどその一心になる。反発したり、ましてや邪念なんか入り込む余地はない。



病院



 弱者と強者。患者と医者と同じように、その例えは適切ではないかもしれないが、学校の児童・生徒と先生も同様だろう。これも当然だが、児童、生徒は教えてもらう立場だし、対して先生は、上から教える立場。経験を伴う年齢も違う。医者と教師。同じ先生でも相手の立場が全く違う。一方が障害を持つ、いわゆる病人であるのに対し、片っ方は、子供と言えども健常者。待てよ。医者に対する「素直さ」、よく考えたら患者の「欲」かも・・。




 人間、60歳も半ばを過ぎると、親や親戚、知人など多くの人達の死と直面する。その顔は、みんながみんな穏やかで、本当に素直な顔をしている人間が欲とか邪念を全て捨て去った時の姿なのだろう。私のような凡人には本当の意味での「素直さ」を身に付けるのは、そんな時でしかないのだろうか。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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