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健康欲で頭で食べる

 頭で食べる。決して進んで食べたいと思っているわけではないが、食べているものがある。その一つがゴーヤだ。この付近では「ニガウリ」ともいう。女房は「体のためにいいんだそうですよ。沖縄の人たちが長生きするのもゴーヤや豚肉の料理を沢山食べるからだそうよ」と、いかにも知ったかぶりに言いながら、このゴーヤ料理を出してくれるのだが、私にとってお世辞にも旨い、とは言えない。


ゴーヤ


 我が家では卵や豆腐などと炒め物にして食べる。独特の苦が味と食感、進んでは食べたくないシロモノだ。しかし、何も言わずに食べている。それも全部である。健康のため、という≪欲≫のためだ。酒のつまみにめざしを出させたりする。近くにJAの直売所があって、そこに、ちょっと乾燥気味の旨いヤツが売っているのである。





 これも、健康、という≪欲≫のためだ。ゴーヤもそうだが、栄養的にどうのこうのと知っている訳ではない。若い時は、食べ物に、健康などということを考えなかったが、70歳も半ばを過ぎると、そんなことも考えるようになるのである。苦い薬でも我慢して飲むように、年齢を重ねれば重ねるほど健康への欲が優先するのかもしれない。





 食卓に上るゴーヤはすべて我が家の自前。ゴーヤばかりではない。春先のこかぶやエンドウ、春菊、夏場のタマネギ、ジャガイモ、トマト、ナス、キュウリ、インゲン、秋のサツマイモ、大根、サトイモ、冬場のほうれん草などみんな自前である。今、食べているカボチャやモロヘイヤもそうだ。百姓の真似事をするようになって、野菜は買ったことがない。


野菜



 高さ約2m、長さ15mぐらいの三角屋根のような棚の両側斜面に張ったネットにゴーヤは青々とまではいかないまでも、今もツルを張り、実をならしている。ほぼ同じ頃に植え付けしたキュウリやインゲンは、もう完全に枯れ、トマトももう駄目。ナスもひところの勢いを完全になくしてしまった。




 キュウリと違って、表面がトゲのようにごつごつして、グロテスクなゴーヤ。いかにも逞しい。その生命力が、それを食べる人間にもいいのだろう。知らなかったが、モロヘイヤも逞しさでは負けない。私の身の丈ほどにも大きく繁茂したモロヘイヤはイメージとは大違い。





 子供の頃、地元の岩手小学校の先生をしていて、今も親しくさせて頂いている知人から頂いたものを植えたものだ。最初は園芸用のポットに植えられた20本ぐらいだったが、若芽のように小さいが故に、グングン伸びるカボチャのツルに覆われて、ほとんどが消滅、残った数本だ。おしたしのようにして食べるのだが、そのネバネバ感が人の健康欲をそそるらしい。これも、ゴーヤと同じように決して旨いものではない。




 三角屋根のようなツル物の野菜作りの棚は、骨組みを竹で作っている。ホームセンターに行けば手軽に組み立てられるパイプ状の材料が手に入るのだが、私は自前の竹を使うことにしている。竹は冬場の12月ごろに切ったものがいいという。虫が入らないのだそうだ。近所の人や知人、先輩に教わりながら、一つ一つ自分のものにしたいと思っている。





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退化する体と脳みそ

 何事にも言えることかもしれないが、普段使わなければどんどん忘れ、人間の機能だって退化する。最近そのことをしみじみ思う。例えば、中学、高校と習った連立方程式や因数分解を今やってみろと言われればちんぷんかんぷん。中学校から大学まで習った英語だってしかりだ。




 そんなことはまだいい。今、痛切に感じ始めているのは手足など体の機能である。車に頼り、歩かないから足腰は弱くなる一方。「少しでもいいから、毎日ジョキングか、ウオーキングでもしたら」と言われるのだが、そのじちもない。だから、毎日、何時間かは畑に出ることにしている。




 そうすれば、中腰で鍬を使ったり、転がって草むしりもする。嫌でも足腰や腕の筋肉を使うからだ。汗びっしょりになる。特に夏場だと、その汗はシャツを搾るほど。おかげで体重も3㌔ぐらい減らすことが出来た。昼飯の時に飲む一杯のビールがうまい。つい、一杯が二杯、二杯が三杯に。


ビール



 女房は「せめて昼間は飲むのをやめたら」と、憎たらしくも言う。俺の身体を気遣っての言葉であることは分かっている。でも、このうまさは夜のそれとは比べものにならない。最近ではあきらめたのか、同じ事を言わなくなったが、冷蔵庫からビールを持ってくる顔は、やっぱり渋い。飲まない方がいいに決まっている。だけど・・・。




 肝臓というヤツも同じで、使わなければ機能をどんどん低下させる。お酒の引き合いに出すのは方便に過ぎないが、自分の経験から確実に言える。




 かつての会社仲間4人で「百石クラブ」という集まりを作って、時々、甲府のホテルなどあっちこっちで飲み会を開く。「百石クラブ」は自分達が新米の頃、仕事を共にした旧社屋が甲府市の旧百石町という所にあったことから名付けたものだが、昔話をおかずに飲む酒もうまい。


お酒



 しかし、みんなお酒が弱くなった。現役時代、浴びるほど飲んだ同僚や先輩がすぐに「俺はもう・・」と言い出すのである。「最近、飲む機会が少なくなったせいか、弱くなっちまって」ともいう。年齢のせいもあるが、確かにお酒も飲まないでいれば体が忘れさせてくれるし、肝心の肝臓がその機能をなくしてくれる。




 肝臓ばかりではない。人間の臓器や体は使わなければ確実に退化していく。特に、腎臓という臓器は、それが顕著で、いったん、人工透析などをしてしまったら、自分で働くことを忘れてしまうのだそうだ。




 頭、つまり、脳も同じ。ある年齢以降、緊張感をなくした生活をしていると、ボケること受けあいだと最近自分の事として思うようになった。こうして毎晩、パソコンを叩いてブログを書くのも、指先や少ない脳みそを少しでも使うからいいと思っている。私も大好き人間だが、マージャン仲間が、それをしない人から「好きだねえ」と、冷やかされたりすると「指の運動とボケ防止さ」と;言う。これは方便。徹マンが体にいい訳ないさ。




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ニトロのペンダント

 心筋梗塞で倒れ、九死に一生を得た友は言った。

 「人間というヤツは痛い目に遭わないと分からないことがいっぱいあるもんだ」

 確かにそうだろう。そんな分かったような事を言っている私だって本当は分かっていない。健康とはそんなもの。例えは悪いが、親や女房、あるいは立場を変えて亭主など、居て当たり前の存在が突然いなくなった時、そのありがたさを痛感するのと同じ。もっと大事にしておけばよかった、と思ってもあとの祭りなのだ。

病院


 ロータリークラブの例会で自らの反省を踏まえて「病気の予兆を見逃すな」「万一の場合は救急車に頼れ」と説いた友のA氏は、首にニトロを入れたペンダントを吊るしていた。大分前になるが、突然の狭心症発作で病院に担ぎ込まれ、治療を受けたあとのフォローだ。心臓の血管に出来た狭窄部分にバルーンを入れた。「もう大丈夫」と言う。ペンダントは、主治医はむろん、奥さんや息子さん夫婦らご家族の勧めだろう。備えあれば憂いなしである。




 A氏が卓話(ミニ講話)のキーワードにした「病気の予兆」「救急車」は、実は面白い関係にある。病気の予兆は、それなりに必ずある。ところが≪その時≫には気付かなかったり、無視してしまう。「そう言えば、あの時に・・・」。そんなことは大なり小なり誰でも経験がおありだろう。一方、救急車。≪その時≫に誰もがひらめくし、普段からもその大切さも知っている。

 
救急車_convert_20110216215346


 近所で救急車のサイレンが止むと「どなたが、具合が悪いんだろう」と、その家族の顔まで思い浮かべながら心配する。その裏返しなのか、当の本人がその対象になると、尻込みしてしまうのだ。A氏が言うように「ご近所に心配をかける」ことが躊躇に結びつく。「ピーポ、ピーポ」。私だってあのサイレンの音が嫌だ。結果的に狭心症で苦しんでいた頑固オヤジのA氏の場合も「救急車を呼ぶのならサイレンを止めるように言って・・・」と奥さんに促したという。




 緊急車両だからと言ってしまえばそれまでだが、あの音、何とかならないものか。患者にだって精神的に、いいはずがない。最近ではと言うより、随分前からだが、サイレンを鳴らしながら「右に曲がります」「左に曲がります」と、それも夜中、通行の車も人もいないのに所かまわず、アナウンスするのだ。救急車両が右左折のウインカーを出せば、自動的に発声する仕組みになっているのだろうが、「救急車のお通りだい」は無神経極まる。


病院


 横道にそれた。根っから真面目なA氏は「万一の場合の参考に、出来るだけ多くの人に自らのケースを話したい。知ってさえいれば、避け得る大事もあるはず」という。この人によれば、狭心症の≪体験者≫は意外に多い。お見舞いに来てくれた人に限ってみても、5~7%に及んだという。実は私の親父も狭心症で突然倒れた。享年は75歳だった。


 

 健康とは、損なってはじめて、そのありがたさを知るものかもしれない。ただA氏が体験から話すように自らや周囲の人たちがちょっとした知識を持っているか、いないかで事態は大きく変わる。場合によって、それが生死を分けるのだ。




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病の教訓

 「正直言って死ぬとは、こういうことかと思いましたよ」

 何年か前のことだが、お見舞いにお伺いした病院のベッドで、ロータリークラブでご一緒させて頂いていた親しい友のA氏がしみじみ言った。心筋梗塞で倒れ、間一髪、助かった。発作が起き、担ぎ込まれた病院で、意識がもうろうとなっていく。不思議なことにそれまでの激痛を伴う苦しみが和らいだ。「自分はこのまま死んでいくんだ」。そう思った。これも不思議なことに言い知れない安らかな気持ちになったという。因みにこの方は当時69歳だった。


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 発作を起こしたのは車の中。暮れもぼつぼつ押し詰まろうとしていたある日の夜。10時ごろのことだった。山梨市の自宅から10㌔ぐらいの石和温泉郷のホテルで開かれた同級生の無尽会に出席しての帰り道。少しだが、お酒を飲んだので、代行運転者を頼み、自宅に向かっていた。




 脇の下から肩にかけて激痛が走った。突然だった。「運転手さん、悪いけど窓を少し開けてよ」。身体がやたらと熱くなった。12月。山梨の夜はかなり冷え込む。それなのに上着のスーツを脱ぎ、肌着同然になっても熱い。「お客さん、苦しそうですね。このまま病院に行きましょうか?」。代行車の運転手さんも気遣った。「大丈夫。すぐに収まるよ・・・」。本人も一歩間違うと、自分の命を奪いかねない病魔が襲いかかって来ていることなど知る由もなかった。




 「その時、どうして病院に行かなかったんですか?」。帰り道には二つの大きな総合病院があった。後の祭りだ。お宅に帰ってからも、もちろん、発作は収まらなかった。奥さんや二世帯住宅で同居同然の息子のお嫁さんも心配して大騒ぎ。当然、救急車を呼ぼうとした。ここでも頑固オヤジぶりが・・・。「救急車なんか呼ぶな。ご近所に心配をかける」。結局、家族の運転する車で病院へ。「救急車で来なきゃあダメじゃあないか。あなたはバカだねえ。死んじまったらどうするんだ」。医者からこっぴどく叱られたという。



 今の医学は進んでいる。私たち素人には分からないが、心臓の血管にバルーンを入れ、狭窄部分を治療してしまうのだ。この方の場合、足の付け根から血管を通して管を入れた。手術の所要時間は3時間にも満たなかったという。そんな事故からちょうど40日。ロータリークラブの例会に姿を見せ、心筋梗塞の発作と、そこに到る≪予兆≫の顛末を語った。「病に遭遇して知識があるとないでは生と死を分けるほどの違いがある。私の体験談が皆さんや皆さんの周りの人たちのお役に立てば・・・」。卓話という20分そこそこのミニ講話を買って出た。この頑固オヤジは結果的に家族の咄嗟の思いやりに救われたと言っていい。

病院2

 卓話のキーワードは二つ。その一つは「病気の予兆」。確かにそうだが、どんな病にも後で考えれば、それなりの自覚症状がある。簡単に考えたり、見逃してしまうだけだ。A氏の場合、しばらく前から、脇の下から肩にかけて刺すような痛みを覚えた。単なる肩こりと思っていたという。もう一つは「救急車の的確な活用」。私なんかもそうだが、田舎人間はとかく救急車の利用を嫌う。「ご近所に心配をかけては・・・」。そんな気遣いからだが、病院に着いてからの対応、つまり一刻を争う治療の順番も違う。A氏はさまざまな体験談を話した。




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百薬の長の方便

ビール


 私も女房のことを「母さん」と呼ぶのだが、女房も「お父さん」と呼ぶ。





 「お父さんねえ、酒は百薬の長、と言うけど、あれねえ、方便だってよ」


酒


 恐らくテレビで見たか、友達とのお茶飲み話で仕入れてきたのだろう。女房は鬼の首でも取ったかのように言う。




 「へえ~・・・」と、とぼけてみたものの、その通りだ。




 若い頃、目にしたモノの本によれば、酒を「百薬の長」と最初に言ったのは古代中国の皇帝。秦の始皇帝なのか、それ以降、どの時代の皇帝であったかは記憶に定かではないが、お酒を専売に組み込む方便に使ったのである。当時、その国の専売は塩と鉄などで、お酒は専売ではなかった。



 どこかの国の政府と同じように財政難に苦しんだ皇帝は、お酒を専売に組み込むことを考えた。高い税率をかけられるのだから民(国民)が歓迎するわけがない。そこで搾り出した知恵が「百薬の長」というキャッチフレーズ。つまり方便だ。この方便はまんまと成功。そればかりか恐らく、お酒の消費拡大にも繋がって一石二鳥の効果まで生んだことは言うまでもない。


ワイン


 「百薬の長」。わが国でもこの言葉は、れっきと独り歩きしている。特に酒飲みは水戸黄門の印籠のように使う。「お父さん、そんなに飲みすぎちゃあ身体に良くないわよ」。女房にブレーキをかけられる度に、この言葉を使うのだが、方便以前に飲みすぎが身体に悪いに決まっている。お酒というヤツは不思議な飲み物で、飲み出すとなかなか止まらない。歌の文句ではないが「分かっちゃいるけど止められない」のがお酒なのだ。



 亭主の健康を気遣ってブレーキをかける女房の気持ちも分かり過ぎるほど分かる。内心、ありがたくさえ思う。ところが口を突いて出るのは、「そんなことはオレが一番よく知っている。人の世話を焼くな・・・」である。場合によって、その言葉の後に続くのは「バカヤロー。いろいろ言うな」。

ウィスキー



 古今東西、嗜好品は税の対象になって来た。タバコもそうだ。どこかの国は「百薬の長」ではなく「健康に害する」ことを方便に徐々に値上げしている。喫煙者は嫌煙者と比べて少数派になっているからいい。この関係が逆だったら大騒ぎだろう。第一、無謀な値上げなんか出来っこない。でも「健康を害する」ことと「値上げ」。この論理、どうもしっくりしない。これも古今東西、新税を創設したり、税の値上げに踏み切る場合、少なからず、住民のコンセンサスを得なければならないのは世の常。そこには決まって方便がいる。いわゆる民は騙されたり、騙されたふりをするのだ。それを仕掛ける為政者は、したたかで、ちゃんとプラス、マイナス、そろばんをはじいている。




 よく考えれば、「百薬の長」が税の新設の対象になったり、「健康に害」が税の値上げになる。変な話だ。見方を変えれば、それこそが方便といっていい。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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