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座敷の雛飾り

雛人形2


 「灯りを つけましょ ぼんぼりに・・・」

この間、節分、立春を過ぎたと思ったら、もう雛祭り。今年も女房が奥座敷に七段飾りのお雛様を飾った。一人娘が生まれた時、義父母、つまり女房の親から贈られたものだ。もう48年も前のことだ。でも少しも痛んでいない。サラリーマン現役時代、甲府に住んでいた時分は家が狭かったから、そこで飾ることもママならなかったが、今はスペースに事欠かない。こんな時は田舎家はいい。心なしか一つ一つのお雛様ものびのび、生き生きしているように見えるから不思議だ。



雛人形



 娘が生まれたのは昭和45年10月。この年は作家・三島由紀夫が東京・市ヶ谷の陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で壮絶な自決を図った年。このショッキングな事件は娘の誕生の一ヵ月ちょっと後だったので鮮明に覚えている。私が28歳になろうとしている時だった。今の娘の年よりずっと若かったことになる。




 48年という歳月。あっという間だった。光陰矢のごとし。雛飾りを眺めながら、しみじみとこの言葉を実感した。ふと、周りを見れば、この雛飾りを贈ってくれた女房の両親と私の親父もとっくに他界。唯一残っていたおふくろも96歳でこの世を去り、数年後には13回忌を迎える。。晩年は自力での生活は困難になって、病院にお世話になっていた。認知症の症状が進んでもいた。主役の娘ばかりではなく、私たちにもこの雛飾りにはさまざまな思い出がいっぱい詰まっているのだ。お袋にとっては認知症下の雛飾りが最後だった。


雛人形3


 田舎でも住宅構造は、どんどん変わり、合理的で、コンパクトな間取りになったので雛飾り、特に大型の雛壇飾りはしにくくなった。だからなのか、訪ねて来る近所の人や女房も含めての友人、知人はみんな自分の事のように大喜びするのだ。そこにはそれぞれの子ども達や自らの若かりし頃の思い出をオーバーラップしているのだろう。その一つ一つの顔は歳をとっても純真そのものである。
 その一人が言った。


「俺のところは男の子。毎年、端午の節句には鯉のぼりと武者のぼりを立てるんです。のぼりを立てるための竹竿が痛んでしまったので、知人にお願いして竹やぶから太い立派な竹を何本か頂いて来た。準備は万端。大きな鯉のぼりが今年も五月の風に泳ぎ、それを上回る武者のぼりがはためきますよ」


鯉のぼり



 自分の事のように嬉しそうだった。他の地方のことは分からないが、山梨では端午の節句に鯉のぼりと共に武者のぼりを立てる。文字通り武者絵をあしらったのぼりで、その丈は10m近くもある大きなものだ。鯉のぼりだって大きい。だから、それを支える竹竿だって、よほど太く、頑丈なものでなくてはダメ。市販の金属製のものだと風の圧力に負けてしまうのだそうだ。杉などの木を使う人もいるが、弾力のある竹の方がいいという。




 女の子にせよ、男の子にせよ、子どもの健やかな成長を願わない親はいまい。桃の節句、それを追っかけるようにやってくる端午の節句。そんな機会に大人たちも自らの子どもの頃を懐かしんでみるのもいい。しかし、我が家もそうだが、一人っ子が気になる。私の兄弟は4人だった。すでに結婚した甥、姪達には「子どもはたくさんがいい」と言っている。自分が歳を取ったらよく分かる。

雛祭り




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春の足音

富士山_convert_20110225000018


 日が長くなった。午後5時半。ついこの間まで、5時と言えば真っ暗だったのに、まだ明るい。最も日が短い時季だと4時半といえば暗くなった。その頃と比べると1時間以上も長くなった勘定だ。日本列島は東西に長い。だから日の出も日没も地域によって違う。
 列島のど真ん中。内陸の山梨のことである。門柱の向こうに黒く連なる御坂山塊の上にどっかりと浮かぶ富士山が夕日を浴びて輝いている。前衛の御坂山塊が黒く見えるのは、一足早く日差しを失ったからだ。今年は積雪が例年になく少ないとはいえ、今の富士山は、もちろん白い。




 こうしてパソコンを叩きながら、ボ~ッと窓越しに外を眺めながら、いつも思うのだが、富士山という山は不思議な山だ。一っ時とも同じ顔を見せたことがない。さっきまで西側の頬を夕日に赤く染めていたかと思えば、それもつかの間。青い氷のように表情を変える。甲府盆地は四方が山。下界が暗くなるに連れ、周囲の山はどす黒くなり、その稜線がまだ明るさを保つ空との境界を神秘的に分けるのだ。西の山の稜線辺りに広がる夕陽の残照が消えると、それまで荘厳さを保っていた富士山も暗闇に消える。このパソコンの隅に表示されるデジタル時計を見たらちょうど6時だった。防災無線から、その6時を告げる童謡「花かげ」のメロディーが。


富士山2_convert_20110225000123



 日中の日差しもなんとなく違ってきた。まだ外気は寒く、寒がりの私の身体ではそれ程実感しないのだが、寒さだって日に日に和らいできているのだろう。そういえば庭の白梅がいつの間にか花をつけ、晩生の紅梅も蕾を目に見えて膨らませている。私のように鈍感な人間と違って自然界は正直。タイムリーに反応する。


白梅2_convert_20110225000225


 「お父さん、フキノトウが出てきたわよ。まだ採っちゃあ、もったいないかしらねえ・・・」


 畑にネギを採りに行った女房が、まるで宝物でも見つけた子どものように窓の外でこちらを見て得意そうに言った。その顔は純真。嬉しそうでもある。足元を女房が可愛がっている3匹の猫がまとわりつくように歩いていた。「おまえ達には苦くて食べられないよねえ。酢味噌和えと言って、お父さんのお酒のつまみにするんだよ」。女房は人間の言葉など分かりもしない猫たちに、そんなことを言っていた。




 今年は我が家の畑の片隅に生えるフキノトウが顔を出すのが遅いような気がする。夕飯時のテレビが伝える天気予報では「3月中旬の気温」と言っている。私の勘違いなのか。でも、いつもの年と同じように、ほろ苦いフキノトウで一杯やれる日が近いことだけは確かだ。女房が言うようにフキノトウは酢味噌和えが一番いい。酒飲みはヘンなところにこだわるものなのだ。


ふきのとう



 夕方6時に防災無線から流れる童謡「花かげ」。作詞者・大村主計は山梨市牧丘町の出身。夕方の定時予報の代わりに市内全域に流れているのだ。隣の甲州市では「七つの子」、また別の地区では「靴がなる」。そんなメロディーと共に一日が暮れて行くのである。因みに「花かげ」は「十五夜お月さん ひとりぼち 桜吹雪の花かげに 花嫁姿のお姉さま ・・・」の歌詞で始まる。 大村が自分のお姉さんをモデルに作った、といわれている。




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春を告げる祭り

 立春が過ぎ、暦の上では春を迎えたとは言え、いつものことながら寒い。でもデータ的には例年より温かいのだそうだ。3月上旬並みの陽気だという。二十四節気に触れるのは、いつもこのブログにおいで頂き、歳時記にはめっぽう詳しい秋田のmatsuyamaさんにお任せするとして、ここでは山梨の春祭りにちょっと触れてみることにする。


大神宮祭り
大神宮祭(サンニチmiljan)


 甲府盆地に春を告げる祭りと言えば、その第一弾は、県都・甲府のど真ん中に程近い通称柳町と横近習の一帯で繰り広げる大神宮祭。節分会に合わせて柳町と横近習の大神宮が同時開催するのである。今年は2月3日。1㌔ぐらい離れた二つの大神宮間の道路は車両の全面規制が行なわれてホコ天に。沿道にはダルマなどの縁起物からカヤ飴や切り山椒、さらにポピュラーな綿菓子やたこ焼き、おでんなどの屋台がずらりと並ぶ。福を求めて近郷近在からやって来る善男善女で夜遅くまで賑わうのである。


 屋台              屋台2



 今年は用事で失礼したが、私もこの大神宮(横近習)の豆まきに毎年お招きを受けていた。さまざまな節分会の儀式のあと豆まきをし、参拝客に福をお分けするのだ。

大神宮祭


 「今年も(大神宮祭で)豆をまいているの?テレビで祭りの様子を中継していたので電話したのさ・・・。そう、今年は(祭りに)行っていないの・・・」


 友人は自宅で晩酌をしながら半ば冷やかし半分に電話してきたのだろう。電話では福(ツキ)は呼べまい。冗談、冗談。一夜明けると立春。



 甲府盆地の春祭りの第二弾は2月10日の「十日市」南アルプス市の若草町十日市場で開く。十日市に「ないものは猫の卵と馬の角」と言われるユニークな祭り。近郷近在から持ち寄って来るさまざまな品物で沿道の露天が埋まるのだ。


十日市_convert_20110206212746
十日市(南アルプス市HPより)


 二日、中を挟んで13日は甲府で開かれる厄地除け地蔵尊祭。武田信玄の時代からと言われる≪老舗≫の温泉郷・湯村の真ん中にある塩沢寺の春の例大祭である。この祭りもユニーク。寺にはそれは大きな耳をした地蔵さんが祀られていて、年に一度この祭りの時だけなんでも願い事を聞いてくれるというのだ。しかも期間限定。13日の正午から14日の正午まで。その時間帯であれば、願い事はなんでも、というありがたい地蔵さんとあって、この温泉郷一帯は人、人、人。人々は厄地蔵さんと呼ぶ。やはり近郷近在の善男善女で埋まる。


厄地除け地蔵尊祭



 祭りの期間が前日の正午から翌日の正午までだから、文字通り夜を徹しての祭り。特に厄年の人は厄除けのため、こぞってお参りする。その人の歳の数だけお団子を持って参拝、奉納するのである。このお寺さん、普段はひっそりしている。願い事を聞いてくれるのは≪期間限定≫だから無理もない。いつの時代からかは分からないが祭りを運営する寺と檀家さんはうまい事を考えたものだ。一年の稼ぎを一日に集約してしまった?下衆の勘ぐり、つまらぬことを言うとお地蔵さんに叱られる。



 甲府盆地の寒さは例年、この祭りを境に峠を越し、次第に本当の春へと移行していく。寒さへの我慢もあと少し。庭先の紅梅、白梅の蕾も心なしか膨らんで来た。



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女房の豆まき

節分


 「福は~内。鬼は~外」「鬼は~外。福は~内」


 我が家の節分の豆まき。今年はかみさんに任せた。ただ大きいばかりで、寒々しい田舎家の部屋を次々と開け放ちながら几帳面に豆をまいて行く。任された緊張感なのか。


 「豆まきは一家の主がするものよ・・・」




 そんなことを言いながらも、かみさんは結構、嬉々として、しかも部屋ごとに丹念にやっている。一階ばかりでなく二階にも。娘が嫁ぐ前は私が豆をまき、かみさんと娘がそれに従った。今はかみさんと二人の生活。そんなことを真面目くさってやるのが何とはなしに白々しくなって、その役目を女房に振ったのである。言い換えれば面倒になったからだ。


豆まき2


 「もっと大きな声でやらないと鬼は出て行かないし、福だって来ないぞ。第一、もっと沢山握ってまかなきゃあ・・・」


 「そんなこと言ったって、そんなに大きな声なんか出ませんよ。お父さんは何でも面倒臭がるんだから・・・。沢山まけと言ったって、部屋ごとにまくんだから豆がなくなってしまうんですよ。いらないような部屋、こんなに幾つもあるんだもの・・・」


 うちのかみさんもやっぱり主婦の端くれ。≪もったいない≫が先に立つのだろうか。


豆まき


 家庭にあって節分の豆まきは一家の主がするものかどうかは別にして、我が家の場合、≪政権≫はかみさんに渡ったのにも等しい。私は、かみさんのことを冗談に「将軍様」と呼ぶ。「北朝鮮みたいじゃあない」とひと頃は、この冗談をまともに受けていぶかしがったものだが、今では風に柳。ことごとくに「将軍様」ぶりを発揮するのである。




 職場を定年退職したのを機に山梨市の片田舎にある私の実家に戻って、ぼつぼつ15年。最初は確実に田舎暮らしを敬遠していたかみさんが、いつの間にか腰をどっしりと据えた。女は逞しい。今では近所付き合いから親戚づきあいまでほとんどやってしまう。



 「お父さん、帰って来なくてもいいんですよ。そのまま外で遊んでいたら?」



 もちろん冗談だが、最近ではそんな皮肉も平気で言う。飲み会で午前様になったり、朝帰りと言わないまでも麻雀で明け方に帰った時である。昔は冗談にもこんなことは言わなかったし、言わせもしなかった。




 考えてみれば結婚してぼつぼつ50年。この年月、時間にもお金にも無頓着な亭主と一緒にいれば、強くもなるはず。やり繰り上手にもなるのかもしれない。



 「亭主元気で留守がいい」。昔からうまい事を言ったものだ。女は強い。亭主に先立たれても落ち込むのはほんの一時。しばらくすると何事もなかったように、むしろ伸び伸びと頑張っている。若くして亡くなった友の奥さんを見ていてそう思う。「いればうるさい。いなきゃ寂しい」。うちのかみさんは冗談交じりにこんなことも言う。年金生活になった亭主とはそんなもの?節分が済んで立春。暦の上では今年も春が来た。歳を取るのが早い。




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どんど焼き

迎春_convert_20110112232323


 私だけかもしれないが、一年中で時があっという間に過ぎるのが正月のような気がする。三が日、七日正月が過ぎたと思ったら、もう小正月。何事にも「今年こそは」と心を新たにした元日が昨日のような気がする。考えてみれば「今年こそは、今年こそは」と言いながら一年が過ぎ、今にいる。人間とはそんなたわいもないものかもしれない。しかし、そんな短い一年という空間の中で人間何をするか、何をしたかを問われるのかもしれない。




 七日正月と言えば七草粥、小正月、つまり十四日正月と言えば、どんど焼き。この地方では道祖神祭りの一環である。その風習は地域によって異なるが、私たちの地域・山梨市のこの辺りでは「きっかんじょ」と言って子ども達が灯篭を持って各戸を回り、その後で「どんど焼き」をする。各戸を回る子ども達には、それぞれの家でご祝儀を包む。


どんど焼き


 「きっかんじょ」の灯篭は立方体で、子ども達はその時代、その時代に合った文字や絵を書き込む。今も昔も変わらないのが「家内安全」。私たちが子供の頃、灯篭の四面のうち一つに必ずあった「五穀豊穣」の言葉が姿を消して「交通安全」が。競って大きな灯篭をつくり、担ぐ形態だったものが当たり前の時代から、その灯篭は小型化したばかりか、いつの間にか手提げに。しかもそれを持つのは、主役のはずの子ども達ではなく、付き添いのお母さんたち。重い?ものは親が持ってやるのである。




 「五穀豊穣」の五穀は、言うまでもなく米、麦、粟、稗、豆(大豆)。今の子供たちは米、麦、大豆は知っていても粟や稗など知るはずがない。もっともこの五穀は時代によって変化する。この辺りはかつての米麦養蚕の農業形態から一変、果樹地帯に変わって久しい。しかも勉強優先の親の教育も影響して家業の農業を手伝うことをしない子どもが多いから、粟や稗どころか米や麦すら知らない子ども達だっていっぱいだろう。「五穀豊穣」などという祈りの言葉は、子供達にとって「そんなの関係ねえ」ことかもしれない。




 子ども達が各戸を巡回する「きっかんじょ」が終わると「どんど焼き」が始まる。所は地区のふれあい広場。広いスペースの中央にストームが築かれ、午後7時半を期して点火される。真っ赤な火が夜空を焦がすのだ。見上げる火柱の先には満天の星が。田舎に生活していても普段こんな綺麗な星を見たことはない。一等星もあれば、ニ等星、三等星も。冷え込んで空気が澄んでいるからひと際鮮やかに見える。


どんど焼き_convert_20110112232541


 三々五々集まった大人も子どもも赤々と燃える大きな火の周りを取り囲む。しめ縄などお正月飾りを火の中に投げ込む者もあれば、書初めの文字を燃やす子どもも。数珠状に竹竿に針金で吊るした幾つもの団子を火の中で焼くお父さんもいる。大人には一升瓶のお神酒が振舞われる。火の力とお神酒が手伝って、いつしか身体全体が温まるのだ。


習字  


 「きっかんじょ」もさることながら、この「どんど焼き」もだんだん様変わりしている。自然保護の観点から松飾りの松はなくなり、水田がなくなったから藁束もなくなった。勢い、火種の主役は桃や葡萄の剪定クズ。養蚕もなくなって団子も繭玉を模ったものはなくなり、まん丸に。無邪気な子ども達にとって、そんなことはどっちでもいい。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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