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小正月の道祖神祭り

 「十四日祭礼、お祝い申~せ」
 「家内安全、お祝い申~せ」


 ひと頃より、少しは日が長くなったとはいえ、まだまだ暗くなるのが早い。この夕暮れを待って、子供たちは今年も可愛らしい声を夜空に響かせながら、地域の家々を廻った。みんな手に手に灯篭を提げ、その後ろを育成会のお父さんやお母さん、それに交通安全協会の役員さんが見守っている。


道祖神お札



 十四日正月、つまり小正月、この地域に伝わる道祖神祭りのひとコマである。道祖神祭りの風習というか行事は、地域によって、みんな違うのだろうが、この地域では毎年、1月13日の夜、「きっかんじ」といって灯篭を担いで家々を廻り、五穀豊穣家内安全無病息災を祈った。




 この時ばかりは子供たちが主役。子供たちは七日正月が過ぎたところで、家々の松飾りや正月飾りを集めて道祖神場に「オコヤ」と呼ばれる小屋を作り、道祖神を祭るのである。今は生活改善や自然保護のため、松飾りをせずに、紙の代用品の松飾りになってしまったので、子供たちはこの「オコヤ」作りの素材集めに苦労しているらしい。米作農業から果樹農業に完全に転換されてしまったから、松ばかりか藁も手に入らない。



道祖神1



 昔のことを言ったら笑われるかも知れない。でも私たちが子供の頃、考えてみたらもう65年以上も前のことだが、その時分は大きな「オコヤ」を作った。東北地方の冬の風物詩でもあるあの「かまくら」にも似て、子供たちはその「オコヤ」でモチを焼いたり、みかんを食べたりして遊んだ。悪ガキ達が集まる夜のコミュニケーションの場でもあったのである。
 


道祖神2



 灯篭も縦5~60cm、横4~50cmもある立方体の骨組みを作って、障子紙を張り、色とりどりのリボンや造花で飾った。灯篭の四面には「家内安全」「五穀豊穣」「無病息災」などのことばを書き込み、デスプレイするのである。子供たちはそれをいかにカラフルに、豪華にするかを競ったりもした。


道祖神


 しかし、半世紀の時はさまざまな面で変化をもたらした。この灯篭一つ例にとっても、子供たちの手作りではなく、みんな親が作ったか、専門家が作ったもの。そのスタイルも竹竿の先に固定して担ぐのではなく、形をぐ~ん、と小さくして、手にぶら下げる方式に変わった。子供たちは「団子食うべし、虫歯の薬、お祝い、申~せ」といった言葉を今も引き継いでいるのだが、その意味すら分かっているかどうか。米、麦、粟・・・。「五穀豊穣」の五穀も見たくても見ることが出来ない。


どんど焼き


 五穀は桃や葡萄、サクランボに置き換えればいい。しかし、肝心なのは祭りを担う?子供たちが激減してしまったことだ。その一方で、過保護のお父さん、お母さんだけはどんどん増えている。「きっかんじ」の行事も、へたをすれば一人っ子に二親が付き添って廻るのだから、子供の数より大人の方が多いのである。子供たちはほとんど親掛かり。育成会のリーダーがちょっと手を抜けば、この伝統行事もあっという間に消滅しかねない。




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酔っ払いの七草粥

 七草粥

 「お父さん、今日は七草粥ですよ。ちょっと意味合いが違うかもしれませんが、お酒の飲みすぎにもいいかもしれませんよ」



 「もう7日か。その前に、ちょっと迎え酒をくれ」




 「駄目ですよ。身体も身のうち、と言うでしょう。さあ~,さあ~、お粥,お粥・・・」



 7日の朝、女房はいつもの年と同じように家族のために七草粥を用意した。七草粥といっても入っているのは、どうもスズナ(大根)スズシロ(かぶ)くらいのものらしいが、これが結構旨い。二日酔いにはこれがいい、と内心思った。


お酒


 七草粥は新春を寿ぐ行事の一つ。古くは中国から伝わった。7日の未明、人々は七草ばやしを歌いながら、包丁で草を叩いて、拍子をとりながら粥を作って神に供え、家人も食べて一年の無病息災を祈った。




 そんな純真な日本の伝統が、いつしかお正月のご馳走ずくめで疲れた胃袋の休養食の意味合いにも。私のように「二日酔いにはこれがいい」などと言ったら神様に「このバチ当たりめ」と叱られるだろう。




 七草は春と秋の二通りあるのだが、ここで言う七草は春の七草。つまり、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロだ。私はこれを覚えるのになんとはなしの語調からスズナ、スズシロ、セリ、ナズナまで行って、ひと区切りして後に続けることにしている。まあ、そんなことはどっちでもいい。

七草

 物の本によれば、七草はそれぞれに効能があるのだそうだ。セリ解毒、食欲増進、神経痛、リュウマチナズナ高血圧、貧血、食欲増進ゴギョウ咳止め、痰きり、利尿作用ハコベラ歯槽膿漏、催乳、健胃整腸ホトケノザ体質改善スズナスズシロ骨粗しょう症、腸内環境改善に利くのだそうだ。




 古来、人々は二十四節気や雑気に合わせて、さまざまな行事や食を楽しみ、生活に区切りをつけたり、気分の転換も図った。それは健康、言い換えれば無病息災であったり、五穀豊穣への祈りだった。夏の土用にはうなぎを食べ、冬至にはゆず湯に入る。春、秋の彼岸には牡丹餅やオハギを仏前に供えたりもする。よく考えれば、日本人は風情というか情感豊かな民族なのである。
おはぎ
 しかし、そんな風習や文化が時代の流れの中で、知らず知らずのうちにかき消されつつあることも確か。このブログで年末年始に触れた時、何人かから、こんな意味合いのコメントを頂いた。




 「家庭の中で親がしなかったら子供たちは知るよしもない。お正月飾りやおせちだってしかりで、私はささやかなりとも、子供たちに教えたいと思っています」


おせち料理


 確かにそうだ。おせち一つとってみても、お母さんが作るものではなく、デパートやスーパーで買ってくるものと思っていたり、お屠蘇とお酒の違いが分からない人が増えていないだろうか。そんな事を基にした家族の団欒や心のゆとりがどんどんどこかに行ってしまうような気がする。



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ネズミの戯言

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 甲府盆地の今年の三が日は穏やかな日和だった。空は青く、風もなかった。新春を迎えた今、この言葉を使うタイミングが適切であるかどうかはともかく、小春日和というのは、このことか。今年4月には7歳、小学1年生になる孫娘を連れて、近くの臨済宗の名刹・恵林寺と放光寺に初詣した。むろん、ママや我が女房も一緒だ。放光寺には七福神の一つ・大黒天も祭られている。




 孫娘は、私が与えた小銭を賽銭箱に投げ入れて、本殿に向かって可愛らしい手を合わせる。太い手綱をちっちゃな両手で、やっと掴み、見上げるように鈴を鳴らす無邪気な顔は愛らしい。「健やかに育って欲しい」、そう願わずにはいられなかった。

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 境内には縁日とは、ちょっと雰囲気を変えた屋台も。今年の干支はネズミ。大小のだるまや破魔矢、熊手などの縁起物と共にネズミの置物などがズラリと並ぶ。ネズミは、この一年の主(あるじ)なのだ。12年ぶりに回って来た主役の座である。




 このネズミさん。一年中とはいかないまでも、少なくとも正月中は「いい者」として君臨する。人間とは器用で、普段は、どちらかといえば敬遠する存在でも、その時々、見方をガラリと変えて表現する。いわば、ご都合主義なのだが、よく言えば、その時の都合で、物事をどちらからでも捉えることが出来る柔軟性を備えている。




 ネズミは穀物などを手当たり次第に食べ荒らし、その時季が真近かになった雛人形であろうが、何でもかんでも、かじってしまう。いたずら者の典型。姑息な人間を「このネズミ野郎」などと言う人もいる。庶民に好かれたのは江戸時代、義賊とうたわれた「鼠小僧治郎吉」ぐらいのものだろう。むろん講談や映画の世界。科学や医学の世界で役立っているのは、モルモットだ。
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 良くも悪くも庶民にはなじみの深いネズミ。この辺りでは、すっかり見かけなくなった。孫娘どころか、40歳を超えた娘ですら我が家で見たことがないはずだ。米麦中心の農村地帯は昭和30年代中頃を境に、ブドウ、モモを中心とした果樹へと転換。コメ、麦、大豆など穀物は畑からも、むろん蔵からも姿を消した。




 その時季がネズミと私たちの決別の時であった。それまでは畑と言わず、穀物を貯蔵する、お蔵や母屋に至るまでネズミでいっぱい。お蔵はともかく、母屋も夜ともなればネズミと猫の«運動会場»。猫が獲物のネズミを追っかけて死闘を繰り広げるのである。

 農村地帯の田舎家は、今風の近代住宅と違って大造りだから、ネズミはむろん、それを追いかける猫も自由奔放。「キー、ストーン」。2階で繰り広げる«死闘»は、下の階に住む人間どもにも手に取るように分かるのだ。そんな話を孫娘にしてやっても分かるはずもない。それどころか、今の猫はネズミの捕り方すら知らないのではないか。


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 ドブネズミもいた。「せぎ」と呼ばれる農業用水路にはドジョウやフナなどの小魚、ゲンゴロウや春先にはオタマジャクシもいた。夏の時期には、そこを拠点に蛍も飛んだ。ドブネズミの格好の餌になったのは言うまでもない。

 そんな光景は今や「おとぎ話」。「せぎ」に果樹消毒のための農薬が流れ込むためで、ドブネズミの餌となる小魚や虫という虫はすべて死滅した。自らも身につまされかねない「回りくどい話」の例えに使う「風が吹けば桶屋がもうかる」のネズミと猫の説明を孫娘にしても分かるまい。




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煮干とお神酒

 「尾頭(おかしら)付き」とはうまいことを言ったものだ。鯛でもなければ、平目でもない。煮干一匹である。この煮干がお神酒と見事にマッチしてしまうのだ。煮干?そう、女房達が台所で味噌汁や料理のだし取りに使う、あの煮干だ。



 「新年明けましておめでとうございます」


富士山


 新元号となった2019 年が行って、何はともあれ新しい年が来た。今年もどうぞよろしく。そして、今年こそは災害や、何時までも残る不景気風?をぶっ飛ばして、穏やかな、平安の一年でありたい、そう思うのは私ばかりではないだろう。私たちの地区では毎年元日の朝、そんな願いを込めて、新年の拝賀式を兼ねた互礼会をする。氏神様に地区の人達が揃って参拝、一年の平安を願い、隣接する公会堂で、お神酒を酌み交わし、新年の挨拶をし合うのである。


氏神様2       氏神様


 このとき登場するのが、この尾頭付きの煮干。酌み交わすお神酒は公会堂に備え付けの湯飲み茶椀に一升瓶のお酒を注ぐ、いわゆる茶碗酒だ。一升瓶は、その前の拝賀式で氏神の神前にあげたばかりの日本酒である。役員が手分けで茶碗にお神酒を注ぎ、お盆の煮干をまわす。進行役から指名された地区の長老が「地区の皆さんが健康で、穏やかな一年でありますように・・・」といった内容の挨拶をして乾杯するのである。


神酒


 そこには喪中だったり、都合でこれない人達を除いて、一家の代表60人近くが集まる。煮干を噛みながら茶碗酒のお神酒を頂くのだが、これが旨い。それぞれの家庭が用意するおせち料理を食べる前の朝一番のお神酒だから五臓六腑に染み渡る。そのつまみとなるのが煮干。たかが煮干、されど煮干。これが、またいいのだ。つまみというものは、この一本の煮干を除いて何もない。


煮干


 へえ~、と驚かれる方もいるでしょうが、一本の煮干をかみ締めながらお酒を飲んでご覧なさい。へえ~、と思いますよ。不況だの、不景気だのといっていながら毎日、そこそこのものを口にしている今の日本人。仮に、一合の晩酌を煮干一匹でする人はまずいないだろう。一年に一度、それも元日の朝、かみ締める煮干の味は、何かを考えさせられる。


元旦


 この頭付きの煮干というヤツ、この地域でいつの時代に始まったかは定かではない。恐らく、貧しい時代の名残であったり、冷蔵庫など保冷の機器や技術が行き届かない田舎にあって、乾物の尾頭付き、つまり生の魚などを容易に手に入れるすべがなかった頃の名残だろう。乾燥しているから外での神事にはうってつけ。決定的な方便は「お頭付き」だ。


煮干2


 なぜ、鰯の煮干か。そんな田舎の生活環境もあったのだろうが、もう一つ、理由があるような気がする。あの節分祭と鰯、正確に言えば鰯の頭だが、この二つの関係が何かを語っているように思う。魔除けなど、どこかで迷信とか縁起と結びついているような気がする。どなたか詳しいことをご存知の方がおいでならお教えいただきたいものだ。




 新年拝賀式と互礼会。一昔前は、そこに集まる人の多くは「どてら」と呼ばれる冬の家庭着姿だった。しかし、いつの間にかスマートなスーツ姿に変わった。互礼会の前の拝賀式では区長がもっともらしく世界経済から説き起こし、地域に触れて挨拶をするのだ。その内容は今朝の新聞によく似ていた。





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お歳暮の蟹と大吟醸

 「お父さん、○○さんからお歳暮が届きましたよ」

 「いつも悪いよなあ。今年はお前と一緒に作った枯露柿、送ってやるか」


枯露柿


 東京に住む親しい友人から今年も大きなタラバガニが届いた。私が蟹大好き人間と知っていてこの人は毎年、蟹を送ってくれるのである。もう何年になるだろうか。その度に、夜が早いこの時期、早めの晩酌をしながら、じっくり頂くのだ。保冷技術もよく、しかも前日発送された物は翌日の午前中に届いてしまうのだから、鮮度も抜群。旨い。勢い、お酒も進む。


タラバガニ


 蟹好きの私は、女房が笑うほど上手に、しかも綺麗に食べるのである。足も本体も、そして最後はミソも合わせて甲羅酒。これがまたいい。つまり、みんな、しっかり頂いてしまうのだ。




 蟹といえば、私には忘れられない味がある。もう45年ほど前になるが、当時の総理府の外郭団体に「北方領土対策協議会」というのがあって、その案内で北海道・根室の納沙布岬に行ったことがある。確か引揚者対策の施設だったと記憶しているが、根室の市長もお出でになって懇談した折、ご馳走になったタラバガニである。




 何月だったか覚えていないが、とにかくコートの襟を立てるほど寒い時期だった。蟹とはこんなに旨いものかと思うほど美味しかった。市長ら地元の人たちのダイナミックな食べっぷり。「今が旬」と話していた。産地だから獲り立ての蟹だったのだろう。旨いはずだ。寒さも、味に彩を添えたのだろう。お歳暮に蟹を頂く度に、根室を思い出す。


お歳暮


 当たり前だが、このお歳暮、その人の住む環境や立場によって意味合いや心も変わるもの。例えば、会社勤めの現役時代がいい例だ。お中元も含めて、お歳暮のやり取りの多くはそのときの立場やポジションによって行き来する。もちろん、心がないわけではないが、多くは義理である。部下から送られてくるものもあるし、取引先の会社から機械的に送られてくるものもある。いわゆる儀礼なのだ。




 それが証拠に、会社を辞めれば、潮が引くようにそれがなくなっていく。職場を去って3年。その儀礼的なお中元、お歳暮はほとんど全部と言っていいほどなくなった。その代わり、残ったお歳暮のやり取り、新たに生まれるやり取りは、みんな心が通ったものばかり。親しい友だから、お互いが好みまで知っている。だから、お中元とかお歳暮の時期に拘らずに旬に合わせたり、旅先からも送ったり、送られたりする。




 つい先日は広島から「賀茂泉」というお酒の大吟醸が送られてきた。家族ぐるみでお付き合いさせて頂いている女房の学生時代の友達で大方さんというご夫妻。昨年、広島にお邪魔した折、ご馳走になったそのお酒が「美味しい」と言ったら、折に触れては送ってくれるのである。お世辞抜きで、このお酒が旨いのだ。「賀茂泉」の社長が聞けば涙を流して喜ぶかも知れない。

賀茂泉


 意気投合したこのご主人は、まったくの下戸。こちらからは毎秋、葡萄をお送りする。喜んでくれるその顔がまた嬉しい。とにかく、今夜は蟹と「賀茂泉」で乾杯だ。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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