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暑さ寒さも彼岸まで

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 「お父さん、炬燵、入れましょうか…」


 「バカ言え、まだ9月だぞ」




 猛暑、猛暑…。あの暑さ、猛暑は何処に行ったのだろう。「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったものだ。ひと頃、この分では、今年は彼岸を過ぎても暑さは収まらないのでは、とさえ思っていたのだが、よくしたもので、自然は大きくはリズムを狂わすことはしなかった。




 気象庁が大雨と日本列島上陸を予想した台風12号は、列島の東側に逸れて、これといった被害もなく済んだ。でも、いつもの「台風一過」とはならずに曇天が続いた。




 今度の台風は、ちょうど彼岸を挟んで日本列島に迫った。«お彼岸台風»である。台風一過とならなかったのは、折しもやって来た秋雨前線の影響だそうだ。気象音痴のオジサンに詳細な原因を説明できるはずがないのだが、兎に角、彼岸を境に気温は、ぐ~んと下がった。

 こたつ

 ついこの間まで30度を超さない日はなく、34度、5度、時には39度を超して40度に届きそうな時もあった。それがアッという間に20度台の前半に。女房に言われるまでもなく、本当は炬燵が欲しい。ただ、今から体を炬燵に慣らしてしまったら…と、我慢しているのに過ぎない。




 地球が丸ごと変わっちまうのか。春と夏の区別がつかないほど気温が上昇したり、そうかと思えば、各地に「集中豪雨」という名の大雨を降らせたり…。かつてはなかった竜巻も珍しくなくなり、列島のあっちこっちで頻発する地震も不気味だ。米国ではドでかい山火事も。テレビ報道によれば、山火事は麓の街まで焼き尽くしているのだ。




 気温の上昇はこの辺りの果樹農家にも致命的な影響を与えようとしている。例えば、サクランボは山梨が南限。ところが、気温の上昇で栽培適地は北上して行くことは必至。農家は「やっと産地化を実現したのに」と、先を見越して恨めしそうだ。




 春夏秋冬、一年が経つのが何と早いことか。みんなが顔を合わす度に、「暑い、暑い」と悲鳴にも似た声を上げていたと思ったら、いつの間にか涼しい秋が。恐らく、それも束の間。今度は「寒くなりましたねえ」と言葉を交わすうちに一年が終わるのである。

カレンダー


 このリズムが年々早まるように感ずるのは歳のせいか。それとも現役時代のように一日、一日を大切に生きていないためか。特に今年はコロナ禍にあって外出が何となく憚られることもあって一日の生活にバリエーションを欠くことが多い。変化に乏しいせいで、三度の飯の間隔が縮まるようにさえ感ずるのだ。




 1日は24時間、1週間は7日、1年は365日。時間のサイクルは少しも変わっていないのに、人間が受け止める「時間感覚」はさまざま。それぞれの生活環境や心の持ち様によって異なるから不思議だ。確実に言えるのは一日一日が充実していれば、一日や一年が長い。それが証拠に眠ってばかりいたら、一日は知らぬ間に過ぎ去ってしまう。




 ただ、人間、一生の持ち時間はみんな異なる。100歳、それどころか100歳以上も生きる人もいれば、若くして人生を閉じる人もいる。そのこと自体は「宿命」だから仕方がない。大切なのは一日、一日を大切に生きるかどうかだ。そこには当然、暑さも寒さもある。




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秋の朝顔

朝顔

 「恐れ入谷の鬼子母神」

 日常会話の中でもよく使われるフレーズだ。「恐れ入った」「まいった」。そんなタイミングで使う平たい言葉である。江戸時代、ある大名家の奥女中が腰に腫れ物が出来た。そこで入谷の鬼子母神に願掛けしたら見事に治った。このことを狂歌師・太田蜀山人が「恐れ入谷の・・・」と洒落たのが江戸っ子に受けて流行ったのがこの言葉だという。江戸の中期のことだそうだ。本人は意識してはいないのだが、麻雀でヤクマンを振り込んだ時などにしばしばこの洒落が出る。麻雀はともかく、日常のさもない言葉としても定着したのである。


朝顔3


 東京・入谷といえば朝顔市。江戸時代から続くという、この朝顔市はちょっと知られた東京の夏の風物詩だ。風流を愛し、それを気風とした江戸庶民にとどまらず、今も近郷近在から善男善女が集まる。時代とともに減っていく縁日の風景がそこには残っているのだ。そんな所に行くと、あくせくとした日常がウソのよう。異次元の世界に居るような気分になるのは私だけだろうか。


朝顔4

 朝顔は俳句では夏の季語。入谷の朝顔市もそうだし、打ち水をする庶民の軒先と朝顔はよく似合う。一首ひねり出したくもなる光景だ。ところが彼岸の中日も過ぎた今、山梨の我が家では、この朝顔が満開。満開というより次から次へと咲くのである。それも直径13cm~15cmもある大輪だ。色は水色がかった紫。深紅にも見える。


朝顔2

 何年か前、親しい友達からいただいた園芸用の小さなポットに植えつけた苗・6~7本が毎年、我が家の敷石の下のにもぐりこんで冬を越し、時季には弦を伸ばして花を咲かすのである。朝顔のつるは空に向かってどんどん伸びる。その逞しさはすごい。竹の棚の頂上まで伸び、その先、行く先を失うと今度は垂れ下がるのだ。そして9月のはじめ頃から一輪、二輪と花を開き始めるのである。


蝶1    蝶2

 開花期は入谷の朝顔市からすれば2ヶ月以上も遅い。開花の時期もさることながら見事な大輪は我が家を訪れる人達の人気者。「是非、種を・・・」という。ところが、この朝顔、どこにも種らしい種を付けないのである。葡萄園の片隅で支柱に這い登るようにして咲く野生の朝顔は、前の年、自らが落とした種に逞しく花をつける。私に朝顔の苗をくれた友達も、どこからかもらって来たのだが、その仲間も「企業秘密」なのか、育成の仕方を教えてくれないという。




 朝顔とは不思議な花。桜のように満開に咲くのではなく、一輪、一輪、飛び飛びに咲く。だから風情があるのかもしれない。戦国の世、あの千利休は幾つも花を咲かせる朝顔を一輪だけ残して、全てを摘み取り、見物の秀吉を迎えたという。有名な話だ。千利休はきっと一輪の朝顔に茶の心を写したかったのだろう。


庭

 とにかく次々と花開く朝顔を横目に7月から咲いていた百日紅(さるすべり)は、さすがに勢いをなくし、紅い花をどんどん落としている。我が家の秋もどんどんと深まっていく。因みに朝顔の花言葉「愛情」とか「あなたは私に絡みつく」だそうだ。




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ユリと彼岸の餅

ユリ  


 ユリが咲いた。庭の植え込みといわず、畑の隅々といわず我が家の周りには、白く咲いたユリがいっぱい。近所の人達が「ユリ屋敷みたいですね」というほど、あっちこっちで花を開いているのである。7月から咲いている百日紅(さるすべり)の赤い花や鉢植えのサフィニアの赤と見事なコントラストを見せている。まるで「泣かなければ損」とばかり鳴く蝉がゆく夏を惜しんでいる。そんな季節の変わり目を見守るように、おっとりと白く咲くのがユリの花だ。


サフィニア  百日紅  百日紅2


 一口にユリと言っても我が家のユリは、テッポウユリタカサゴユリらしい。「らしい」と言ったのは、私には確たる知識がないからだ。花の形を見る限りその区別はつかないが、この二つは背丈が全く違う。50cmぐらいのテッポウユリに対して、タカサゴユリは1・5mから2m,大きいものでは3mにもなる。肥料の関係もあるのかもしれない。まるで突然変異でもしたかのようだ。因みにタカサゴユリの原産地は台湾。「台湾百合」というそうだ。



ユリ2



 どちらもラッパのような花をつける。背丈の違いがあるにせよ茎は案外しっかりしていて、下から上まで茎から放射線状に細長い葉をつけ、葉は下のほうは水平に、上に行くに従って斜めになるのだ。白濁色の花弁を落とすと、その跡に出来る筒状の鞘の中にいっぱいの種を宿す。この種が冬の空っ風に煽られて周囲に飛散するのである。


百合3


 我が家のユリ屋敷は、こうして出来たもので、種を蒔いたものでもなければ、球根を植えたものでもない。春から夏にかけての雑草取りに巻き込まれて犠牲にならなければ、ユリはもっともっと増えるはずだ。可憐な花だが、逞しい繁殖力を持っている。




 美人を形容する言葉に「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」というのがある。そんな美人にはそうそうお目にかからないが、その反対の「立てばビヤダル、座ればたらい、歩く姿はドラム缶」。そんな女性は身近にもいる。そんな事を女房に言ったら、やっぱりオカンムリ。「それはお父さんのことよ。失礼しちゃうわ。まったく・・・」。女はいつまでも、そしてこともあろうに自分は百合だと思っているから面白い。


百合


 ところで芍薬と牡丹。似ていて非なるものである。「立てば芍薬」というように芍薬は枝分かれせずに真っ直ぐ立つ。これに対して牡丹は「座れば牡丹」というように横張り樹形の小低木だ。二つとも我が家にあるのだが、中でも芍薬は繊細。根の周りをいびったり、踏み荒らしたりしたら花をつけないのだ。周りの雑草をかじったりするものだから、花を咲かせてくれない。牡丹はお隣中国の国花。似て非なるこの二つは、ともに漢方薬に使われる。牡丹にはさまざまな別名があって「花王石鹸」の「花王」もその一つである。




 暑い、暑いと言っているうちに間もなく秋の彼岸がやってくる。春秋の彼岸につき物が牡丹餅(ぼたもち)御萩(おはぎ)。この二つの違いは諸説ある。その一つは字の通り春がぼたもち秋がおはぎ。この二つにはあんこがつくのだが、このあんこがまた違う。春のぼたもちであるのに対して、秋のおはぎこしあんなのである。これにも諸説あって、あんの原料の小豆の収穫期に起因する説が有力だ。小豆が柔らかい春は粒あん、硬くなる秋はこしあんというわけだ。私はお酒が好きなくせにぼた餅も大好き人間である。

餅

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あっ、赤とんぼが

赤とんぼ  


 地図で見る限り、山梨県は日本列島のど真ん中だ。少なくとも私はそう思っている。山に囲まれた海なし県。それゆえに冬は乾燥し、夏は湿度が高く、蒸し暑い。内陸地方特有の気象なのだ。今は田舎暮らしになって、幾分、過ごし易いが、なべ底のような盆地の底・甲府に住んでいた時分は、夏場の夜など寝苦しくて眠れたものではなかった。今住んでいる山梨市とは標高が200mは違うだろうし、第一、緑の量も家並みの空間も違う。


緑

 コロナ禍が災いして今年は様相を一変したが、お盆休みも終わり、働き蜂のサラリーマンは、また職場に戻った。そんなお盆休みの後、区の役員さんたちが、地域のふれあい広場に除草剤を散布した。今月末に予定している地区の防災訓練に備えるためである。防災訓練は9月1日の「防災の日」を前にした地区ぐるみの大掛かりな訓練だ。ただ、コロナ禍は、ここにも。恐らく中止かも。 




 この夏、山梨県地方は梅雨明けが8月に持ち越し、その後もまるで梅雨空のようなお天気が続いた。晴れ上がって夏らしくなったと思ったら、今度はとてつもない猛暑の連続。草だって伸び放題だ。広場の周りで太くなったソメイヨシノや枝垂桜、栴檀やハナミズキなどの剪定をする一方で、除草剤を噴霧散布するのである。




 暑い。みんな汗びっしょりだ。女房が用意したペットボトルのお茶や水をがぶがぶ飲みながらベンチで一服。こんな時には水が何よりのご馳走だ。手拭で噴出す汗を拭いながら、ふと空を見上げるとトンボがいっぱい。赤トンボやアキアカネだろう。「もう秋だよなあ」。役員さんの一人がつぶやくように言った。トンボが近づくを告げていた。


赤トンボ  

 今年の夏、少なくとも最初は雨や曇天が多かったせいか、例年の夏とどこか違う。いつもならアブラ蝉ミンミン蝉とリレーするように蝉が鳴き、モクモクと湧き上がる入道雲の空の下の水辺にはシオカラトンボが舞った。それが夏を象徴し、暑さを煽り立ったものだ。そんな暑さの中で、子供の頃は越中フンドシひとつで河原でトンボを追い回し、水浴びに興じた。木によじ登って蝉も採った。


網

 アブラ蝉からミンミン蝉、ヒグラシなど蝉の順番どころか、一足飛びに赤トンボだ。いつもの年だとミンミンゼミが暑苦しいほど鳴くのだが、今年はほとんどその声を聞かない。昔、「日本で一番長い日」という映画があった。終戦の日8月15日をテーマにしたものだが、そこでも、いかにも暑い夏を印象付けるように蝉が鳴いていた。




 は一年のほとんどを土の中で過ごす。木に張り付いてミンミン鳴くのは死ぬまでのわずかに1週間前後だという。そう考えると、この夏の天候不順は、蝉にとっても恨めしいに違いない。世に出て、鳴き声もあげずに死んでいってしまう蝉もいるのだろう・・・。


蝉の抜け殻  


 天候不順の犠牲
になったのはばかりではない。農家も同じだ。野菜農家は猛暑による不作に泣き、果樹、特に桃栽培農家は春先の猛暑と遅霜、それに収穫期の猛暑がたたって実が割れたり、核割れをもたらした。葡萄だって同じ。糖度はもちろん、色付きは昼間と夜の温度差が大切。昼夜を問わない猛暑のため、巨峰、ピオーネの色付きはよくない。やっぱり冬は寒く、夏は暑いばかりでなく、適度の雨もなければダメだ。狂ったのは今年ばかりか・・。どうやら地球規模で狂っているらしい。




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月下美人と女房

月下美人1

 「お母さんは間違いなく長生きするよなあ・・・」

 いつものように居間で晩酌をしながら、夕餉の支度をする女房をからかうように言ったら、キョトンとしながらも、からかわれたことに腹を立てたのか、ちょっぴりオカンムリ。


 「お父さん、急に何をおっしゃるんですか。人をバカにするようなことを言わないでくださいよ」



 「そうだろう、美人薄命と言う言葉、知ってるか?」




 そこまで言ったら女房は「私はブスと言うことですか」とう代わりに「そうですか。咲いたんですね」と言いながら、飛んで来て居間のサッシ戸を開けた。わが女房、まんざらの鈍感でもない。居間の外側に置いてある月下美人が咲いたことを直感したのだ。




月下美人2   月下美人3



 私は晩酌の途中でかかってきた仲間からの電話に立った時から、開花に気付いてワクワクしていた。女房を驚かせてやろうと、我が家にとってはこの大ニュースを温めていたのだ。女房だって開花がいつか、いつか、と思っていた一人なのである。サッシ戸を開けた途端、なんともいえないあのかぐわしい香りが。四つもいっぺんに咲いたのだ。




 その匂い、なんと表現していいか分からない。なんともソフトで、気品がある。シャネルなど女性たちが追い求める、世界の香水ブランドだってこの匂いを作り出すことは出来まい。強くもなく、そうかといって弱くもなく、あたり一面に芳香を漂わせるのである。匂いの発信元がどこか分からないほど穏やかなのだ。


月下美人6


 かぐわしいのは、匂いだけでなく、その姿、容姿だ。15~6㎝はあろう花の大輪は、真っ白というか白濁色。写真でご覧頂くように花の中央にはおしべ、めしべまで、くっきりと見て取れる。花全体が醸し出す気品は半端ではない。春夏秋冬、花はあまた咲くが、この花の気品には恐らく、勝つものはないだろう。




 初春にいただくシンビジュームやカトレア、コチョウランも確かに気品を備えた花だが、その気品、品格は月下美人には及ばない。この花を何よりも神秘的にしているのは、一夜限りの花ということだろう。「美人薄命」などといわれる所以もそこにあるのだが、いかにもドラマチックだ。お隣甲州市の友人夫婦にも電話で知らせ、夜中まで美人を愛でた。


月下美人5

 そもそも比較しては≪美人≫に叱られるかもしれないが、「百日紅」と書く「さるすべり」のように長期間咲いている花とは対照的。月見草は、昼間は花を閉じるが、次の夜にはまた開く。しかし、この花は、全くの一夜限り。誰が名づけたか月下美人、転じて美人薄命とはよく言ったものだ。


月下美人4

 月下美人はメキシコが原産で、サボテン科の植物。2年ほど前、親しい仲間からもらったものだが、これだけは大事にしたいと女房にも言い聞かせている。いわゆるサボテンの一種だから、あまり水はいらないのだろう。だんだん、幹も太くなり、背丈も150cmぐらいになった。鉢と土を変えてやらねばと思っている。ところが無粋な人間とは困ったもの。その要領を知らないのだ。どなたかご教示を頂ければ有り難いのですが・・・。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 職場を離れた後は«農業もどき»で頑張っています。傍ら、人権擁護委員やロータリー、ユネスコなどの活動も。農業は«もどき»とはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定もします。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは、身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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