雪の功罪

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 1日から2日にかけ、甲府盆地は、この冬、2度目の雪が降った。野も山も、住宅の屋根も庭の植え込みやブドウ園も、みんな綿帽子を冠り、あたり一面が銀世界に。雪とは不思議で、全ての音をかき消すかのように、あたりを静まり返らせる。動きと言えば、白銀の上に続く野良猫の足跡が、それを伝えるくらいだ。都市部と違って田舎は、そんな静寂さに包まれるのである。世の中の汚れをみんな覆い隠して、心の中まで真っ新にしてくれるような気もする。




 ものぐさの私に代わってサツキやツツジ、ナンテンなど庭の植え込みの雪落としをしていた女房が白い息を吐きながら言う。「お父さん、13~4㎝はあるわよ」。サツキやツツジは上からの重みに弱いので、早く雪を落としたやらないと、«寝癖»が着いてしまうのである。誰も落とし手がなく、«寝そべって»回復しない街路の植え込みがいい例である。




 積雪は前回とほぼ同じくらい。むろん、降雪は甲府盆地ばかりではなく日本列島の広範囲に及んだ。通勤や通学、さまざまな物流に至るまで大きな影響を及ぼした前回と同じように、また、あっちこっちで混乱をもたらすのだろう。




 「お父さん、今日は甲府に行けないわね」


 孫娘の所に行きたかった女房は、ちょっぴり残念そう。甲府盆地は構造的に雪に弱い。特に私のように山梨市の片田舎に住む者は、定期の路線バスが廃止されて久しく、移動手段は唯一、車。その車という«足»を降雪によって奪われたらどこにも動けない。手足をもがれたダルマにも等しい。

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 新聞もいつもより早く届いた。降雪、積雪を見込んで、発行本社も降版時間を早めるなどの手を打ったのだろう。配達バイクのタイヤ痕は雪に埋もれていた。もう大分前のことだが、山梨に戻って来たばかりの新聞発行本社の経営者が、報じられた降雪予報に、新聞作りや後の配送工程の変更指示をしていた担当者に向かって「10㎝や20㎝の降雪予報でうろたえてどうする!北海道や新潟など豪雪地帯なら日常のことだ」と、一喝したことがある。

 


 しかし、その言葉は全く当たらない。山梨の場合、普段、雪が少ないから、慣れもなければ、備えもない。山岳とは言わないまでも傾斜地が多いので、ちょっとした雪でも人々の生活を混乱に導くのである。東京など都市部だって同じ。«帰宅難民»などという言葉が生まれるほどサラリーマンの足を奪い、物流までも止めた。その代償として商品価格の値上がりまで招いたのだ。一方、適度の雪は果樹農家にとっては歓迎。保水効果はジワジワ畑に染みるので雪が一番である。


京佳野沢温泉雪遊び_convert_20150604234459


 孫娘は今頃、甲府で雪だるまでも作って大はしゃぎしていることだろう。そんな無邪気な姿が目に浮かぶ。私だって「雪見で一杯」と、洒落込みたいところだが、そんな優雅なことばかりも言ってはいられない。4日は立春。暦の上では春。甲府では前日の3日「盆地に春を告げる祭り」として近郷近在から善男善女を集める「大神宮祭」が。節分の日である。




大神宮祭



 雪景色の中での「大神宮祭」は珍しい。暦の春をよそに予報では、まだまだ寒い日が続く。「お母さん、温かい恰好でやれよ」。私に代わって雪かきをする女房の後ろ姿に声をかけた。いつもなら、私がやるのだが、調子のよくない腰を庇ってくれてのピンチヒッターは、結構、雪かきを楽しんで?いる。.




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七草粥と飲ん兵衛

 うちのかみさん、外国旅行から帰ったばかりの時、しみじみと、こんなことを言った。


 「お父さん、やっぱり私は温かいご飯味噌汁漬物、それに焼き魚でもあれば十分。パンやステーキの生活はうんざり。なにもなかったらお茶漬けでたくさんよ」


ごはん


 私だってそう思う。次々と出されるボリュウムたっぷりのご馳走よりも、そんな淡白な食事の方がいい。日本人の胃袋に合っているのかも知れない。しかし、人間とは浮気で贅沢な動物。そんな質素な食生活が続くと、また・・・。かみさんは言うのである。




 「お父さん、たまには美味しいものでも食べに行きましょうよ。今度、あそこに出来たレストラン、美味しいお肉を食べさせるそうよ」


肉


 おいしそうな料理を目の当たりにすると、私は不思議とあるブレーキが頭をよぎる。「太ったら困る」。ただ、食べ放題だとか、只だったら話は別。そこが貧乏人の性(さが)で、あとで反省することを知りながら、欲で食べてしまうのである。見ていると、悲しいかな、うちのかみさんも同じ。貧乏人の女房だ。ここで私とちょっと違うのは「太ったら・・・」などと、その時点では全く考えないらしい。結果でしか考えないのが女?




 お正月。なんとはなしの正月気分と親しい友やお客さんの来訪も手伝って、やっぱり飲み過ぎ、食べすぎ。年末までプールに行くなどしたダイエットの努力も水の泡。普段、家では計ったことがないが、健康ジムでは必ず乗ってみる体重計が恐ろしい。そんなメタボ人間はさて置き、日本人の食生活の知恵と工夫はすごい。食べ過ぎたり、飲み過ぎたりする時期の後には七草粥のような薬膳料理を食べる習慣を作る。夏の暑い時期、つまり土用の丑の日には鰻を食べて精力をつけ、暑さを乗り切ることを考え、冬至にはカボチャを食べる。食べ物ではないが、ゆず湯の習慣もある。

うなぎ


 スズナ、スズシロ、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ。ご存知、春の七草である。何も決め事ではないが、なぜか書物などではその順序をセリ、ナズナから始め、スズナ、スズシロで結ぶ。私は覚え易い語呂と日常の食卓で馴染み易いものの順、つまりスズナ、スズシロ、セリ、ナズナ・・・の順で言うことにしている。七語調だから覚え易い。言うまでもなくスズナは大根、スズシロは蕪。セリもお馴染みだ。


七草

 「ところで、お母さん、秋の七草って知っているか?」



 「え~と、ハギでしょう・・・」。そのあとが出てこない。春の七草は知っていても、秋の七草は案外知らない。自らのために、ここでおさらいすると、秋の七草とはハギ、オバナ(ススキ)、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、キキョウ。万葉の歌人・山上憶良が「萩の花 尾花葛花 なでしこが花 をみなへし また藤袴 朝顔が花」と詠んだのに由来する。この歌に7つの花が詠み込まれているが、最後の「朝顔が花」はキキョウという説である。因みに、秋の七草の覚え方は「お・す・き・な・ふ・く・は」がいいそうだ。




 春の七草と秋の七草。秋のそれがいかにも風情があるのに対し、春のそれはいかにも現実的。花より団子である。飲み過ぎ人間には七草粥は飛び切りのご馳走だ。




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ゆく年くる年

 門松


 大晦日からお正月。何事もないように時は流れるのだが、一年中でもこの時が最も新鮮で、心が改まる時期でもある。新しい年を迎えるスタイルは人さまざま。共通しているのは来る年こそはいい年でありますようにと願う気持ちだろう。嫌なことは全て忘れ、新しい年へ心を新たにする。



大石神社

 我が家では家族揃って菩提寺に参り、除夜の鐘を突いた後、近くの神社に初詣をする。大石神社と言って250段近い石段を登ると、その名の通り直径30m以上もある奇岩に囲まれた社がある。無住の神社だから地域の人たちが交代で管理しているのだ。長く、急な石段を登るのが年々きつくなる。若い時とは違う。残念だが、歳は正直に反応するのだ。


   大石神社       
      
 
 NHKは恒例の紅白歌合戦を終えると、流れるように、これまた恒例の番組「ゆく年くる年」に。全国の寺社仏閣を結んで、新年を迎える各地の表情を伝えるのである。テレビから流れる除夜の鐘の音に暮れ行く年を身体に感じながら防寒の身支度をして初詣に出かけるのだ。厳松山信盛院まで車で2~3分。




 参拝者が代わる代わる鐘を突く。寒い。鐘楼前の広場では赤々と大きな焚き火が。未明の夜空には満天の星が光る。いつもと同じようにある空だが、ゆく年くる年の夜空はいつものそれとはなぜか違って見える。焚き火を囲みながら振舞われる甘酒がうまい。寒風にさらされたからだが温まる。「明けましておめでとうございます」。会う人ごとに新年の挨拶を交わし「今年も宜しく・・・」。ほとんどが顔なじみだ。




 除夜の鐘は大晦日から元日に掛けての古くからの慣わし。煩悩を鐘に託して打ち払う。その数は108つ。私達は、面白がってと言ったら不謹慎だが、みんなで思いのままに突いている。しかし、正しくは大晦日のうちに107回を突き、年が明けたら最後の108回目を突くのだそうだ。しかも、そのペース配分も大切で、1回目から大晦日分の107回と新年の108回目までが均一になるのが正式だという。しかも鐘を突く力のバランスも強弱を交互にするのが作法だそうだ。「ゆく年くる年」のテレビに登場する全国の名刹から流れる除夜の鐘は、恐らくそんな作法にのっとっているのだろう。


鐘

 108つ目の鐘が鳴るとお正月。新しい年の始まりだ。一般家庭では少なくなったが、会社、官庁の玄関先にどんと居座る松飾り。「松竹梅」が誰の目にもお正月の到来をいやが上にも印象付ける。言うまでもなく「松竹梅」はおめでたいものの代表格。モノの本によれば、松と竹と梅は「歳寒の三友」と言われ、この三つが一枚の絵に描かれているものを「三友図」という。


松飾り

 さて、この三つの順序。昔から松・竹・梅の順で、これをイレギュラーして言う人はいない。その理由は単なる語呂という説もあれば、最初のは、季節によって葉っぱを落とす竹や梅と違って厳寒にも強く、いつも緑を蓄えるからだという説も。まあ、そんなことはどっちでもいい。お正月は、また旨い酒が飲める。2日は母校(日川高校)の同級会だ。卒業以来、欠かさず開いていて、57回目を迎える。懐かしい友との酒が楽しみだ。




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年の瀬のキーワード

神社

 ある年代以上の方なら誰でも知っている。テレビの人気番組に「連想ゲーム」というのがあった。その連想ゲームならずとも「すす払い」とか「大掃除」といえば、誰しも年末を思い起こすに違いない。文字通り一年の垢を払い落として、すがすがしい気分で新年を迎えようという行事なのだ。神社やお寺でのすす払いは、テレビや新聞などで歳末の風物詩としてクローズアップされ、それを見た人々は改めて年の瀬を実感するのだ。




 このすす払いとともに一般家庭の年末行事のひとつに、障子の張り替えがあった。子供の頃だった。この辺りでは「うどん粉」と言ったのだが、おふくろが小麦粉(うどん粉)で作った糊で家中の障子を張り替えるのだ。その頃の田舎家は間仕切りといえば、ほとんどが障子かふすま。もちろん、贅沢なケヤキの帯戸もあるが、その数は少ない。



障子12


 おふくろと言うより、母親、いや、お母ちゃんといった方がいい。鍋にいっぱい作った糊とハケを巧みに使って障子を張替えて行くのである。破れたり、汚れた紙を剥ぎ取り、障子の桟(さん)を綺麗に洗ってからの作業であるのはいうまでもない。




 冬休みの子供たちも母さんの手伝いをするのだが、なにしろわんぱく盛り。今のように一人っ子、二人っ子ではなく子供が多いものだから、一人がいたずらすれば、脱線は停まらない。昭和20年代も終わりの頃、モノクロのテレビでは力道山がオルテガやライト兄弟、ルーテーズといった外国人レスラーを相手に空手チョップで活躍するプロレスが子供たちの人気だった。夕方は大相撲中継だ。もちろん画像は今の地デジなどとはほど遠く、粗末なものだった。時々、ジャー、ジャーと音を立て、波打った。


力


 力道山人気。子供たちが真似しないはずがない。母親が丹念に張ったばかりの真新しい障子の升目めがけて、みんなで空手チョップの嵐。快いと言うか、手頃の音を伴うものだから、いたずら盛りの子供たちにとっては痛快至極。母親にとってはたまったものではない。張り替えたばかりの障子は4人も5人もいる悪ガキの手で穴だらけになってしまうのである。叱られるのは言うまでもない。しかし、今のお母さんたちのそれとはちょっと違った。今にして思えば、おふくろは子供たちのいたずらを、ある程度、許容していた。そんな母親の気持ちが分かってか、やがて上の子は下の子のわんぱくを戒めたりもした。考えてみれば昔の親は偉かった。子供たちにいたずらの良し悪しを考えさせるゆとりがあった。ゆとりというより、沢山の子供を怒りきれなかったのかもしれない。


襖  


 障子は一般家庭からどんどんその量を減らしている。畳の和室がフローリングの洋間に変わるなど住宅構造が大きく変化しているからだ。我が家を見ても障子の面積は半分どころか3分の1に減った。個室化で壁やドアに姿を変えた。数少なくなった障子だって子供が少なくなったり、核家族化によって家族そのものが少ないから、破れもしなければ、汚れもしない。我が家ではここ何年も障子の張替えなんかしてない。大掃除も同じで、高性能の掃除機があるから女房が時々、その掃除機を掛ければいい。障子の張替えも大掃除も年末の風物詩足り得なくなった。面倒な仕事はゴメンだが、それもなんとなく寂しい。


フローリング


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焚き火と焼き芋

青空


 昨日の終日の雨とうって変わって今日はいい天気になった。空は雲ひとつない。秋の時期なら「抜けるような青空」と言うのだろうが、この時期だとそうはいかない。地上からの放射熱が上昇して空中に水蒸気の層を作るから秋の空とはどこか違う。




 「冬の空は下から見上げるといい青空に見えるが、空の上から見るといつも霞がいっぱい。特に都市部、つまり、住宅街の上空はそれが顕著。オフイスや家庭から放出される暖房熱のためだ。航空写真をとる場合、雨の少ない冬の時期は好都合のように思われがちだが、案外駄目。こうした暖房熱が少ない山間部はすっきりと下が見えるのですが・・・」



 ヘリコプタやセスナ機で航空写真を撮ることが多い知り合いのカメラマンがこんな話をしてくれたことがある。


飛行機と空



 今、朝の8時半。窓越しに見える富士山は、下界では雨だった昨日、雪の衣を厚くして青い空にくっきりと浮かび上がっている。東側の四分の一ぐらいの部分を朝日でまぶしく輝かせている。残る影の部分は青白い。そのコントラストが壮厳な富士を演出してくれる。下界と違って、そのうち、この富士の上空で風が起これば東斜面の雪が吹雪となって舞い上がる。その光景もまたいいものだ。





 こうしてパソコンを叩いているデスクの窓越しに見える富士は、30mぐらい先にある石の門柱のちょうど左側の肩に浮かんでいる。門柱の手前には種類の異なるカエデやイチョウがあるが、今は枯葉を落とし出して、みすぼらしい姿をさらけ出そうとしている。一ヶ月ほど前だと、イチョウは黄色に輝き、種類の異なるカエデはあるものは黄色に、またあるものは真っ赤に燃えていた。高く伸びた棕櫚(しゅろ)や各種の常緑樹の緑とマッチして見事な紅葉を見せてくれた。


富士山



 地面を見れば、その残骸ともいえる落ち葉がいっぱい。一足早く落とした柿の葉っぱなどとともに枯葉のじゅうたんである。ものの哀れさすら覚えるのだが、そんな感傷的な事ばかり言ってもいられない。厄介者を熊手でまとめては燃やすのである。そう、あの童謡にもある落ち葉焚きだ。


落ち葉 秋 紅葉_convert_20121206193103


 「お父さん、サツマイモを持って来ましょうか」



 普段、気が利かない女房がこんな時ばかりは嬉しそうに飛び回る。そのためでもないが、今年は我が家でサツマイモを作ったからいいが、昨年などは3~4㌔先のスーパーまで行ってサツマイモやホイル用の銀紙を買って来るのである。普段、用事を言いつければ、なんやかやと理由をつけては逃げてしまうのに、嬉々としながら率先するのだ。



サツマイモ3



 女という動物は元来、焼き芋が好きなのか。まあ、それはともかく、濡れ新聞紙やホイルに包んで焚き火の中に放り込んで置くと、確かにうまい焼き芋が出来る。濡れ新聞紙やホイルの銀紙まで用意して焼き芋をしたい女房の気持ちも分からないでもない。何より、冷え込む一方の冬空の下では、焚き火は暖かい。この機会に剪定で切り落とした植木の枝も処分するのだ。焚き火。そういえば、都会では味わえないかも知れませんね。





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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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