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金木犀

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 秋の香りと言ったら、この金木犀を置いてほかにないだろう。我が家の金木犀はさすがに、匂いの峠を越したが、ひと頃は、それは、それはいい香りを周囲に放った。いやが上にも匂って来るものだから、金木犀は我が家を訪れる方々の挨拶代わりの話題になった。




 「いい匂いですねえ。樹も見事ですね」



 玄関先で、しばらく匂い談義をするのである。確かに、いい匂いだ。人間が古今東西、知恵を絞り、工夫を重ねて作る香水だって、金木犀には叶うまい。どんな人間にも嫌みを感じさせない。甘い香りは自然ならではのもので、人工では作れないだろう。数ある植物の中でも、これほどの芳香を放つ植物はないだろう。




 我が家に限らず、この時季と言うより、ちょっと前、行く先々で、金木犀の芳香に出会った。それも田舎暮らしの≪特権≫かもしれない。車で走っていても、その芳香は飛び込んで来る。今では寒くなってダメだが、ちょっと前ではお天気の日には窓を開けて走った。匂いの先には大きな金木犀が。

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 この匂い、どのくらいの距離まで届くのだろうか。空気と、それを動かす風が媒体だから、それほど広範囲ではないはずだ。でもそこを通りかかる車や人は、芳香の恩恵にあずかるのである。不思議と心豊かな気分にさせてくれるのだ。




 我が家の植え込みには三本の金木犀がある。うち一本は数年前、親しい友が「いい品種が見つかった」と、言って持ってきてくれたもの。残る二本は古木。子供の頃からそこにある。恐らく80年、90年、もっと経っているものだろう。田舎家の大きな、高い屋根まで届きそうなほど大きい。それから放たれる芳香なので威力もある。




 金木犀をご存じない方もおいでだろう。色はその名の通り金色。一つ一つの花は米粒大で、それが枝のいたるところに。いっぱいに咲くのである。緑色の固い葉っぱの間に間に花を付ける。その数は、まさに無数だから、樹全体が芳香を放つように見えるのである。



金木犀2_convert_20111024102345



 繊細な匂いを放つ割に、金木犀は逞しい。放っておけば、どんどん大きくなってしまう。それが≪お荷物≫に感じることさえあるのだ。庭木の手入れを植木屋さんに任せていた時はいいが、自分で剪定をするようになった今、大き過ぎて手入れがままならないのだ。よほど大きな脚立でも用をなさない。高い梯子を使うとなると、その都度、仕掛けに手数がかかるし、第一、高い所に上るのが怖い。




 仕方ないから何本もある幹を根元から間引きするのである。ひと回りも二回りも小さくしたいのだ。でも高い所は植木屋さんに切り落としてもらうより方法はない。人間とは勝手なもので、花が散れば、無用の長物。厄介者にしてしまうのだ。隣にある大きな赤松は、松くい虫にやられて枯れた。何本もあった立派な松は全滅。これは根元から切り倒せばいい。チェーンソーを買ってきて、自分でやる。



庭3


 すでに刈り込みを済ませたサツキやつつじの植え込みを除いて、ぼつぼつと剪定を始める時期を迎えた。素人が見よう見まねで、それも時間はお構いなしにやるのだ。




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秋桜

コスモス2



 春爛漫の象徴が桜なら、秋の花の象徴コスモス(秋桜)だろう。コスモスは春の桜と同じで、花そのものは決して派手でも、見ごたえのあるものではない。一つ一つの花を見た場合である。例えば、薔薇やチューリップのように一つ一つが個性を持って訴えかける花とは、いささか異なるのだ。それでいて、全体感では人々を魅了し、圧倒するのである。




 これに対して桜とちょっと時季をずらして、ひっそりと咲きながら、それでいて存在感があるのが、知る人ぞ知るサクラソウ(桜草)。春を告げる桜と秋を告げる秋桜の間で、それほど目立つことなく咲く花である。桜や秋桜のように一本の木や茎にたくさんの花を付けるわけではないので、見る人を圧倒する迫力はないが、それでいて何か人の心を引き付けるのがサクラソウだ。


さくらそう_convert_20111021213915



 サクラ、コスモス、サクラソウ。キーワードは「桜」。日本人は、なぜか桜が大好き。春にも秋にも、その間にもその「桜」を愛でる。そればかりではない。学校の校章にも使えば、学生服のボタンにも。「同期の桜」は「桜にいかり」だ。牛肉とはちょっと格下になるのを補うためか、馬肉を「桜肉」と言う。




 時代劇に出て来る遊び人の象徴の刺青と言えば、これまた桜。諸肌脱いで「えい、えい、てめえら、この桜吹雪を…」と、お白州で言い逃れをする悪者を相手に大見得を切る遠山の金さん。刺青は見事な桜だ。「風さそふ 花よりもなお・・・」と辞世の句を読んで切腹する浅野匠守のバックを彩るのも桜。ご存じ「忠臣蔵」の欠かせない一場面である。


遠山の金さん



 そこへいくと「タトゥー」と呼んでいる外国人は、ポパイであったり、碇であったり・・・。こだわりはない。もっとも最近、お隣の長野・八ヶ岳山麓の別荘地で発見されたニューハーフの遺体の二の腕には人魚の刺青が。若者たちの刺青に対する感覚も様変わりしているのだろう。≪美人≫ニューハーフの殺人遺体と人魚の刺青。いかにも週刊誌が喜びそうなスチュエーションだ。



コスモス



 我が家の畑の片隅で咲き誇っていたコスモスは、さすがに峠を越し、バトンタッチするように山茶花が。去年の種が落ちて自生したコスモスと違って、山茶花は垣根代わりに植えたもの。もう35年以上経つ。大量の苗を買い込んで来て垣根づくりをしたおふくろも逝った。

 「さざんか さざんか 咲いたころ たきびだ たきびだ・・・♪」と「焚火のうた」で歌われる山茶花は、なんとなくもの寂しい花だ。晩秋と言うより、寒い冬の到来を告げる花のせいだろうか。元気だった頃のおふくろと重ね合わせてしまうためか、もの寂しさが増幅するのだ。山茶花は赤ばかりでなく、白もある。おふくろが描いた我が家の垣根は、その赤と白が交互に植えられている。


山茶花2


 この山茶花、薔薇やチューリップと違って一つ一つが個性を持っているわけでも、桜のように散り際が良かったり、秋桜のように爽やかさを醸し出す花でもない。不思議な花だ。




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変わる運動会

柔軟体操1


 「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったものだ。昨日まで「猛暑日」だの「真夏日」だのと言っていたのがウソのように、彼岸の中日を境にすっかり秋らしくなった。連日35度、と言わないまでも30度以上をマークしていた気温がとたんに20度を割るまでにダウン。一転、肌寒さを感ずるようになった。こうしてパソコンを叩いていても素足だと足元が寒い。夜は炬燵が恋しくなる。




 「毎日、暑いですねえ」。挨拶にそんな枕詞を添えていた私達は、まるで手の平を返すように今度は「寒くなりましたねえ」。その落差が大きいだけに不自然さを感じないでもない。人間とは奇妙な動物。なんだ、かんだと言っても暑いだの、寒いだのと言いながら、あとで考えれば何事もなかったように一年が過ぎて行くのだ。それが出来れば人間幸せ、と年老いたおふくろの顔を見ながら思った。


運動会3



 秋。運動会のシーズンでもある。今年も地元の小学校の運動会にお招きを受けた。校舎の中央から放射線状に張られた万国旗。広いグラウンドいっぱいに、伸び伸びと競技や演技を繰り広げる子供たち。そこにもいつもと変わらない風景があった。


運動会2


 運動会には、なぜか万国旗がよく似合う。かなり前のことだが、運動会と、この万国旗について何かの書物で読んだことがある。記憶が間違っていなければ、運動会に万国旗が飾られるようになったのは、国際交流が始まった明治期。その頃、外国人を招いて開くパーティーには必ず万国旗が飾られた。その賑やかな飾り付けが文明開化にふさわしい、と運動会にも奨励したのが、その由来だそうだ。


運動会


 つまり運動会で必ず顔を見せる万国旗は明治の時代から変わらず続いていることになる。その下で繰り広げられる運動会の光景は変わらないようで実は大きく様変わりしているのである。例えば、正面の本部テントはまだしも、競技場を取り巻く観客席のテントは、カラフルな携帯用に様変わり。その下で可愛い我が子の姿を追いかけるカメラは、デジカメやムービー。お父さん、お母さん、場合によってはおじいちゃん、おばあちゃんまでが立派なカメラマンなのだ。

運動会テント     ビデオ運動会


 最も様変わりしたのは、全般的に一周りも、二周りも大きくなった子供たちの体と、その子供たちが行う準備体操。私たちがしていたラジオ体操は完全に姿を消し、代わって登場したのが柔軟体操。立ったり、座ったり。転がったり、四つん這いになったり。誰が振り付けしたか知らないが、先生のリードでそれは見事に身体を動かす。本部テントでその様子をニッコリ見守る来賓のオジサンたちは



 「俺たちの時代、あんな体操なかったよなあ。第一、ラジオ体操ならまだしも、今になったら、あんな柔軟な体操、やってみろと言われても出来ねえよなあ~」


柔軟体操2


 何かヘン、と思って子供たちの姿を見ていたら、みんな運動着が同じ。男の子も女の子も帽子もシャツやズボン、靴に到るまで男女の区別なく同じなのだ。一瞬、この学校には女の子はいないの?と思えたほど。運動会のみならず、教育現場そのものにも変化が・・。




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 やたらにクソ暑いから畑に出るのをサボり、会議など外に用事でもない限り、日中は家の中にいることにしている。8月が終わり、9月の声を聞いたというのに山梨県地方は相変わらずの猛暑日が。特に四方を山に囲まれ、すり鉢の底のような地形の甲府盆地は、ただの暑さではない。湿度をはらんで蒸し暑いのだ。エアコンでもなければ、やりきれない。


夏


 エアコンを点ける前、居間の温度計を見たら30度を超していた。この夏、ひどい時には35度を超したこともあった。くどいが、家の中である。温度計などと洒落たものではなく、デジタル時計の下に湿度と共に表示されるのだ。どなたかの結婚式の記念品としていただいたものだが、そこに表示される湿度は毎日のように60%を超す。この辺りと標高が200m近くも低い甲府の人たちには同情したくなる。夏場なんか暑苦るしくて眠れまい。




 そうは言っても9月は9月。昆虫や植物の花は素直に反応する。蝉はその種類ごとに時期に合わせてリレーし、日本アサガオとは時期を遅らせて咲く西洋アサガオが大きな花をつけ始めた。毎年の事ながら珍しいと思うのだが、この朝顔、日本アサガオのように夏の真っ盛りに咲くのではなく、その開花時期をずらし、晩秋まで咲き続ける。霜が降りる11月頃まで咲いているのだから晩秋どころか初冬といった方がいいかもしれない。


アサガオ


 蝉は、この辺りでは梅雨が明けるのを待ちわびるように、まずジージーゼミが「我が世の春」とばかり鳴き始め、アブラゼミミンミンゼミへとリレーするのだ。この頃になると外気の暑さと相まって、その蝉の声が無性に暑苦しく感ずるのである。それがしばらく続くと今度はヒグラシが。晩夏というか、初秋のこの時季、特に朝夕に「カナカナ」と鳴くこのヒグラシは別名カナカナゼミとも呼ばれる。




 「静けさや 岩に沁みる入る 蝉の声」




 俳句の世界では、蝉は夏の季語。しかしヒグラシは秋の季語である。日暮、蜩、秋蜩、茅蜩とも書く。いくら周りが暑かろうが、このヒグラシが鳴き始めるとなんとはなしに秋の到来を感ずるのだ。しかし実際には、ヒグラシの成虫は梅雨の最中の6月下旬から発生、活動を始める。他の蝉より早く鳴き始めるという。その上、9月中旬まで夕方の日暮れ時に鳴くものだから「日を暮れさせるもの」としてヒグラシの和名がついたのだそうだ。




 いくら暑い、暑いと言っても季節というものは正直。朝夕の空気はひと頃とは明らかに違うようになった。暑いことには変わりはないのだが、どこかしら秋が近づいていることを感じさせるのだ。それに一役買っているのがヒグラシかもしれない。周りの葡萄園では巨峰ピオーネが真っ黒に色付き、収穫期を迎えた。デラウエアー種などからのリレーだ。


ブドウ


 今しばらくはミンミンゼミとヒグラシの競演。この二つが鳴き止むと、今度はスズムシやコウロギの出番。本格的な秋の到来を意味する。考えてみれば人間など、我がままでもあり、たわいもないものだ。「暑い、暑い」と言って、やれエアコンだの熱中症だのと言って大騒ぎをし、それが収まるとケロリと忘れ、やがて「寒い、寒い」と言って騒ぐのだ。虫はその時をひたすらに鳴き続け、誰にも気付かれないように静かに姿を消していく。




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富士登山と中国人

吉田の火祭り


 毎年の事ながら「吉田の火祭り」富士山のお山じまいを意味し、夏山シーズンの終わりをも意味する。今年も8月26日、山梨県富士吉田市で賑やかに「吉田の火祭り」が繰り広げられた。富士に向かって真っ直ぐに伸びる富士吉田市の目抜き通りには松明が延々と並び、夕暮れと共に一斉に点火されるのだ。松明はいずれも根元の太い所で直径2m、高さは5m近くもある。それに火が点されるのだから厳かでもあり、ダイナミックでもある。


吉田の火祭り2  


 一帯は歩行者天国に早変わり。沿道にはたこ焼きやおでん、綿菓子などの露店が延々と並ぶ。夜の縁日という言葉がぴったり。浴衣姿の娘さんやお父さんお母さんもいる。近郷近在から集まった観光客も含めて、善男善女がゆく夏を惜しむのである。松明のかがり火に照らし出される顔。顔。顔。この松明が燃え尽き、一夜明けると翌日は装いを替えて「ススキ祭り」。文字通り富士山麓に秋の訪れを宣言するのである。


吉田の火祭り4
富士吉田市HPより


 この夏の富士登山者は、山梨県側だけに限ってみても約20万人。マイカー規制の影響もあってか、人数では昨年を下回ったものの富士登山人気は高い。7月1日のお山開きから2ヶ月足らず。一日平均3,000人以上が登山したことになる。富士山への登山口は静岡県側の御殿場口もある。だから全体では、その倍近くになる勘定だ。登山者は言うまでもなく週末に集中する。一日で何万人もの人が山頂を目指す日も珍しくない。まさに≪富士山銀座≫の出現である。


富士登山


 「この夏、人権啓発活動の一環で富士山に登ったのですが、そこで行きかう人に『ご苦労様ですね。事故のないように気をつけてください』と声を掛けたら『I DON`T NO』と返事が返ってきてびっくり。登山者の中に中国人が多いことに驚きました」


人権擁護委員
人権擁護委員


 こんな話をしてくれたのは山梨県人権擁護委員連合会の会長。同連合会の有志は7月30日、富士山の山頂と五合目で人権擁護を呼びかけるチラシやキーホルダーなどのグッズを配って全国から集まる登山者を対象に人権の大切さをアピールした。その会長によれば、声を掛ければ中国語で返って来たり、中国語が分からないと思ってか「I DON`T NO」。人権マスコット・キャラクターの「まもるくん」「あゆみちゃん」グッツを配布すると中国人登山者がわっと押し寄せるのだという。



人権イメージキャラクター
人権イメージキャラクター☆ 人KENあゆみちゃん と 人KENまもる君 ☆



 富士山は日本の富士山にとどまらない。政府の中国人観光客誘致政策も功を奏して日本への中国人観光客はうなぎのぼり。秋葉原や浅草、東京タワーなど東京の観光名所はもちろん、奈良、京都など全国の観光地に中国人が溢れている。一見しただけだと分からないが、言葉を聴いてその多さに気づく方もおいでだろう。夏場の富士山は観光登山のメーンコースなのだ。富士登山者に占める中国人観光客の統計をとることが出来るとすれば、予想外の数になるはずだ。「吉田の火祭り」は日本三奇祭の一つ。今年のお山じまいは、残暑どころか猛暑の中でのフィナーレ。しかし季節の移り変わりは正直。お山が閉まり、「吉田の火祭り」が済むと日本列島には一歩、一歩、確実に秋がやって来る。

吉田の火祭り3
吉田の火祭り・お山さん(御影)



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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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