秋の虫のオーケストラ

 「うるさいほどの鳴き声」と、表現したら、なんと情感に乏しい人、と蔑まれるかも知れないが、今、我が家の庭先の植え込みとその周囲からは毎夜、虫の音がすごい。恐らく、鈴虫やキリギリス、コオロギなどだろうが、私には判別できない。どうやら分かるのは鈴虫くらいで、本当はキリギリスもコオロギも鳴き声を知っている訳ではない。


鈴虫


 とにかく、その鳴き声は、虫とは思えないほど大きく、明け方まで続くのである。「うるさい」ほどに感ずるのは、我が家が田舎で、車の騒音も聞こえなければ、ご近所の家もちょっと離れているので、人の話し声も聞こえないからかもしれない。寒さと共に虫の鳴き声が途絶える冬場は何の音もないから≪シーンという音≫がする。何らかの騒音が日常的な都会人には理解できないだろうが、本当なのである。



 若い頃はその≪静かな騒音≫が嫌で、音がする都会にあこがれたこともあった。我が家はちょっとした高台にあるから、子供の頃は近くを流れる笛吹川の水の音が聞こえたものだが、上流にダムが出来たことによって、水量が激減、いつの間にかその音も消えた。



 ≪静かな騒音≫を紛らわしてくれているのが虫の音だ。こうして部屋の中でパソコンを叩いていても、近くの居間で勝手に鳴っているテレビの音に負けないほどの虫の音が外から聞こえてくる。夕食後、決まってタバコを吸いながら外に出るのだが、そっと歩く足音にも虫たちは敏感に反応する。ぴたっと音が止み、通り過ぎるとまた鳴き出す。


夜の庭


 母屋から植え込みを過ぎて、ちょっと離れた石の門柱の脇の道沿いに腰掛けて、一人静かにタバコを吸っていると、暗闇の中で、あっちこっちから虫の音が。それも無数といっていいほどの鳴き声だ。ステージで聞く100や120のオーケストラなんてものではない。


 
 どでかい自然をステージにした虫たちのオーケストラの演奏を聞きながら、遠くに黒く連なる山塊の麓に見える帯のように小さく光る家々の灯りをボーッと眺める。あの光が笛吹市一宮町神沢の友の家だろうか、とか、あれが甲州市勝沼町の親戚の灯りだろうかと、思いを巡らしてみたりする。その間も虫たちのオーケストラは絶え間なく続くのである。


虫


 今、鳴いている鈴虫は、もちろん野生のものだ。かなり前のことだが、甲府に住んでいた頃、会社の同僚の中に鈴虫をふ化させる事が得意の人がいて、時期になると、しばしば、その幼虫をもらっては金魚鉢のようなガラスの器で飼っては部屋の中でその鳴き声を楽しんだものだ。騒音と雑音の中で忙しく仕事をして帰った自宅で聞く鈴虫の音は、つかの間の憩いであり、安らぎだった。

 

 かつて鈴虫のふ化は珍しく、毎年その時期になると新聞の話題になった。しかし、実際はそんなに難しいものではなく、そのことを知った同僚は、自分でふ化することを覚え、毎年大量の鈴虫の幼虫を生み出しては私達にくれたのである。今もふ化をさせ続けているに違いない。


虫2


 田舎の実家に戻って、毎晩、うるさいほどの虫の音を聞いていると、あの頃が無性に懐かしくなったりもする。人間とはわがままで、贅沢な生き物である。





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孫娘の運動会

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 「お父さん、今度の土曜日は、空けておいてくれなければ困るわよ」


 「なにかあるのか?」


 「何言っているのよ。チビちゃんの運動会じゃあない」


 女房は孫娘の運動会行きが楽しみで仕方がないらしく、私にそんな念押しをした。




 「天高く馬肥ゆる秋」だとか、「実りの秋」、「食欲の秋」、「スポーツの秋」など、この時季を形容する言葉は多い。「スポーツの秋」が代弁するように、運動会の季節でもある。週末ともなれば、各地の幼稚園や小学校、中学校の運動会が真っ盛り。


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 孫娘は4月生まれの4歳。この春、甲府市内の某大学付属幼稚園の年少組に入った。運動会の会場は体育館。それも、2階の両サイドとステージに向かって正面には何段もの観客席を備えていて、そこだけで、ざっと1500人の観客を収容出来るのだそうだ。学園には中学や高校もあって運動会にとどまらず、入学式や諸々の大型行事に使うのだろう。


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 一昔前はプロレスやプロボクシングの会場にもなった。子供のころ力道山やシャープ兄弟、白井義男の試合を観戦したこともある。当時は、山梨県内には、そんな興業を出来る体育館はなかったのである。懐かしくもあった。




 園児は年長さん、年中さん、年少さんに分かれていて、それぞれの人数は75人前後。いずれも3クラスずつだというから、1クラスが25人前後。«学年»は赤、青、黄色の帽子で分けていた。«競技»は駆けっこやリレー競争、障害物競技や親子一緒のプログラムも。さらに入園予備軍に配慮した「宝拾い」ゲームもあって、これも親子参加のプログラム。来年度の園児確保の戦略も見え見え。




 スピードこそ違え、園児たちは上手に演技をこなす。先生の指導で何度も練習したのだろう。みんな真剣。一挙手一投足が可愛い。二階のスタンドを埋めた«観衆»は、その一つ一つに拍手喝さい。一人の園児にパパ、ママはむろん、爺婆、それも両方の爺婆が。親バカならぬ、爺バカ、婆バカが、また微笑ましい。私たち夫婦も爺婆チャンリンだ。


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 運動会は午前9時から正午までの3時間。緊張気味で演技を披露する園児より、スタンドの方が喜んでいる、と言った方がいい。スマホやビデオカメラ、望遠レンズを装着したカメラで我が子や孫の演技を、それは嬉しそうに追っかけていた。自分もその一人。一生懸命シャッターを切る自分に気づいて可笑しくなった。




 この日の園児は、行くのも帰るのも爺婆も含めて一緒。普段の通園は園児バスが巡回。それも隣接の笛吹市も含めて甲府市内一円と言っていいほど広範囲でバスを走らせる。どこの幼稚園、保育園も同じで、それぞれの経営の裏側では、し烈な園児獲得合戦を繰り広げているのである。




 幼稚園や保育園不足が社会問題化している東京など大都市では、考えられない現象だろう。競争に負ければ、潰れる以外に道はない。過酷な現実がある。人口の大都市集中とそれに伴う予算のアンバランスな投下。地方は疲弊する一方。幼稚園の運動会にもその影が…。




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秋の朝顔

朝顔


 「恐れ入谷の鬼子母神」

 日常会話に中でもよく使われるフレーズだ。「恐れ入った」「まいった」。そんなタイミングで使う平たい言葉である。江戸時代、ある大名家の奥女中が腰に腫れ物が出来た。そこで入谷の鬼子母神に願掛けしたら見事に治った。このことを狂歌師・太田蜀山人が「恐れ入谷の・・・」と洒落たのが江戸っ子に受け、流行ったという。江戸の中期のことだそうだ。本人は意識してはいないのだが、麻雀でヤクマンを振り込んだ時などにしばしばこの洒落が出る。そんなさもない日常の言葉としても定着したのである。


朝顔3


 東京・入谷といえば朝顔市。江戸時代から続くという、この朝顔市はちょっと知られた東京の夏の風物詩だ。風流を愛し、それを気風とした江戸庶民にとどまらず、今も近郷近在から善男善女が集まる。今年も7月6日から8日まで開かれ、大勢の人達で賑わった。時代とともに減っていく縁日の風景がそこには残っている。そんな所に行くと、あくせくとした日常がウソのよう。異次元の世界に居るような気分になるのは私だけだろうか。


朝顔4


 朝顔は俳句でも夏の季語。入谷の朝顔市もそうだし、打ち水をする庶民の軒先と朝顔はよく似合う。一首ひねり出したくもなる光景だ。ところが彼岸の中日も過ぎた今、山梨の我が家では、この朝顔が満開。満開というより次から次へと咲くのである。それも直径13cm~15cmもある大輪だ。色は水色がかった紫。深紅にも見える。


朝顔2


 毎年、親しい友達が園芸用の小さなポットに植えつけた苗を6~7本届けてくれるのだ。5月の中旬頃、女房と二人して庭先に植え付けをする。しばらくして近くの山路から採ってきた小箸竹で大きな棚を作ってやると朝顔のつるは空に向かってどんどん伸びる。その逞しさはすごい。竹の棚の頂上まで伸び、その先、行く先を失うと今度は垂れ下がるのだ。そして9月のはじめ頃から一輪、二輪と花を開き始めるのである。


蝶1    蝶2


 開花期は入谷の朝顔市からすれば2ヶ月以上も遅い。開花の時期もさることながら見事な大輪は我が家を訪れる人達の人気者。「是非、種を・・・」という。ところが、この朝顔、どこにも種らしい種を付けないのである。葡萄園の片隅で支柱に這い登るようにして咲く野生の朝顔は、前の年、自らが落とした種に逞しく花をつける。私に朝顔の苗をくれる友達も、どこからかもらってくるのだが、その仲間も「企業秘密」なのか、育成の仕方を教えてくれないという。




 朝顔とは不思議な花。桜のように満開に咲くのではなく、一輪、一輪、飛び飛びに咲く。だから風情があるのかもしれない。戦国の世、あの千利休満開の朝顔を一輪だけ残して、全てを摘み取り、見物の秀吉を迎えたという。有名な話だ。千利休はきっと一輪の朝顔に茶の心を写したかったのだろう。


庭


 とにかく次々と花開く朝顔を横目に7月から咲いていた百日紅(さるすべり)は、さすがに勢いをなくし、紅い花をどんどん落としている。我が家の秋もどんどんと深まっていく。因みに朝顔の花言葉「愛情」とか「あなたは私に絡みつく」だそうだ。




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ユリと彼岸の餅

ユリ  


 ユリが咲いた。庭の植え込みといわず、畑の隅々といわず我が家の周りには、白く咲いたユリがいっぱい。近所の人達が「ユリ屋敷みたいですね」というほど、あっちこっちで花を開いているのである。7月から咲いている百日紅(さるすべり)の赤い花や鉢植えのサフィニアの赤と見事なコントラストを見せている。まるで「泣かなければ損」とばかり鳴く蝉がゆく夏を惜しんでいる。そんな季節の変わり目を見守るように、おっとりと白く咲くのがユリの花だ。


サフィニア  百日紅  百日紅2


 一口にユリと言っても我が家のユリは、テッポウユリタカサゴユリらしい。「らしい」と言ったのは、私には確たる知識がないからだ。花の形を見る限りその区別はつかないが、この二つは背丈が全く違う。50cmぐらいのテッポウユリに対して、タカサゴユリは1・5mから2m,大きいものでは3mにもなる。肥料の関係もあるのかもしれない。まるで突然変異でもしたかのようだ。因みにタカサゴユリの原産地は台湾。「台湾百合」というそうだ。



ユリ2



 どちらもラッパのような花をつける。背丈の違いがあるにせよ茎は案外しっかりしていて、下から上まで茎から放射線状に細長い葉をつけ、葉は下のほうは水平に、上に行くに従って斜めになるのだ。白濁色の花弁を落とすと、その跡に出来る筒状の鞘の中にいっぱいの種を宿す。この種が冬の空っ風に煽られて周囲に飛散するのである。


百合3


 我が家のユリ屋敷は、こうして出来たもので、種を蒔いたものでもなければ、球根を植えたものでもない。春から夏にかけての雑草取りに巻き込まれて犠牲にならなければ、ユリはもっともっと増えるはずだ。可憐な花だが、逞しい繁殖力を持っている。




 美人を形容する言葉に「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」というのがある。そんな美人にはそうそうお目にかからないが、その反対の「立てばビヤダル、座ればたらい、歩く姿はドラム缶」。そんな女性は身近にもいる。そんな事を女房に言ったら、やっぱりオカンムリ。「それはお父さんのことよ。失礼しちゃうわ。まったく・・・」。女はいつまでも、そしてこともあろうに自分は百合だと思っているから面白い。


百合


 ところで芍薬と牡丹。似ていて非なるものである。「立てば芍薬」というように芍薬は枝分かれせずに真っ直ぐ立つ。これに対して牡丹は「座れば牡丹」というように横張り樹形の小低木だ。二つとも我が家にあるのだが、中でも芍薬は繊細。根の周りをいびったり、踏み荒らしたりしたら花をつけないのだ。周りの雑草をかじったりするものだから、花を咲かせてくれない。牡丹はお隣中国の国花。似て非なるこの二つは、ともに漢方薬に使われる。牡丹にはさまざまな別名があって「花王石鹸」の「花王」もその一つである。




 暑い、暑いと言っているうちに間もなく秋の彼岸がやってくる。春秋の彼岸につき物が牡丹餅(ぼたもち)御萩(おはぎ)。この二つの違いは諸説ある。その一つは字の通り春がぼたもち秋がおはぎ。この二つにはあんこがつくのだが、このあんこがまた違う。春のぼたもちであるのに対して、秋のおはぎこしあんなのである。これにも諸説あって、あんの原料の小豆の収穫期に起因する説が有力だ。小豆が柔らかい春は粒あん、硬くなる秋はこしあんというわけだ。私はお酒が好きなくせにぼた餅も大好き人間である。

餅

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あっ、赤とんぼが・・・

赤とんぼ  


 地図で見る限り、山梨県は日本列島のど真ん中だ。少なくとも私はそう思っている。山に囲まれた海なし県。それゆえに冬は乾燥し、夏は湿度が高く、蒸し暑い。内陸地方特有の気象なのだ。今は田舎暮らしになって、幾分、過ごし易いが、なべ底のような盆地の底・甲府に住んでいた時分は、夏場の夜など寝苦しくて眠れたものではなかった。今住んでいる山梨市とは標高が200mは違うだろうし、第一、緑の量も家並みの空間も違う。


緑


 毎年の事ながら日本列島を丸太に大移動したお盆休みも終わり、働き蜂のサラリーマンは、また職場に戻った。そんなお盆休みの後、区の役員さんに呼び掛けて、地域のふれあい広場に除草剤を散布した。今月末に予定している地区の防災訓練に備えるためである。防災訓練は9月1日の「防災の日」を前にした地区ぐるみの大掛かりな訓練だ。




 この夏、山梨県地方は梅雨明けが早かったものの、その後もまるで梅雨空のようなお天気が続いた。どうやら晴れ上がって夏らしくなったのは8月も10日過ぎ。草だって伸び放題だ。広場の周りで太くなったソメイヨシノや枝垂桜、栴檀やハナミズキなどの剪定をする一方で、除草剤を噴霧散布するのである。




 暑い。みんな汗びっしょりだ。女房が用意したペットボトルのお茶や水をがぶがぶ飲みながらベンチで一服。こんな時には水が何よりのご馳走だ。手拭で噴出す汗を拭いながら、ふと空を見上げるとトンボがいっぱい。赤トンボやアキアカネだろう。「もう秋だよなあ」。役員さんの一人がつぶやくように言った。トンボが近づくを告げていた。


赤トンボ  


 今年の夏は雨や曇天が多かったせいか、例年の夏とどこか違う。いつもならアブラ蝉ミンミン蝉とリレーするように蝉が鳴き、モクモクと湧き上がる入道雲の空の下の水辺にはシオカラトンボが舞った。それが夏を象徴し、暑さを煽り立ったものだ。そんな暑さの中で、子供の頃は越中フンドシひとつで河原でトンボを追い回し、水浴びに興じた。木によじ登って蝉も採った。


網


 アブラ蝉からミンミン蝉、ヒグラシなど蝉の順番どころか、一足飛びに赤トンボだ。いつもの年だとミンミンゼミが暑苦しいほど鳴くのだが、今年はほとんどその声を聞かない。昔、「日本で一番長い日」という映画があった。終戦の日8月15日をテーマにしたものだが、そこでも、いかにも暑い夏を印象付けるように蝉が鳴いていた。




 は一年のほとんどを土の中で過ごす。木に張り付いてミンミン鳴くのは死ぬまでのわずかに1週間前後だという。そう考えると、この夏の天候不順は、蝉にとっても恨めしいに違いない。世に出て、鳴き声もあげずに死んでいってしまう蝉もいるのだろう・・・。


蝉の抜け殻  


 天候不順の犠牲
になったのはばかりではない。農家も同じだ。野菜農家は日照不足による不作に泣き、果樹、特に桃栽培農家は春先の猛暑と遅霜、それに収穫期の日照不足がたたって核割れをもたらした。葡萄だって同じ。糖度はもちろん、色付きは昼間と夜の温度差が大切。雨続きで昼間の温度が上がらなかったため、巨峰、ピオーネの色付きはよくない。やっぱり冬は寒く、夏は暑くなければダメだ。狂ったのは今年ばかりか・・。どうやら地球規模で狂っているらしい。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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