ギャンブルと女性

1


 黒駒の勝蔵、竹居の咆安(安五郎)といえば穴生徳(あのうとく)と並び、清水次郎長伝に出てくる悪役だ。これは講談や映画の世界のお話で、甲州人、今の私達山梨県人にとっては迷惑千万。地元にあっては黒駒の勝蔵も竹居の咆安も、実は立派な貸元だったのである。江戸と京を結ぶベルト地帯の東海道。中でも将軍家・幕府のある江戸と目と鼻の先の駿河(静岡)を拠点に勢力を持つ清水一家。明治の初期も含め、時の政権が利用しない手はない。政治の舞台裏で、陰に陽にテコ入れしては治安の維持に活用したことは、容易に想像できる。


清水次郎長
清水次郎長

 かつて大学紛争が華やかなりし頃、大学側が体育会系の学生をその親衛隊にしたことにもよく似ている。それはともかく、次郎長はもちろん、大政、小政、森の石松・・・。みんなカッコいい。悪役に仕立て上げられた黒駒の勝蔵や竹居の咆安だって、それなりに味がある。しかし今も昔もご婦人からは嫌われ者の博打打ちだったことには違いはない。


2


 「やまびこさんには博打好きのイメージではありませんでした。私の知る山梨県の人は、みんな真面目の人ばかりでした」




 先頃、私のブログによくお出で頂く「ゴールデンチルド」さんから、こんなコメントを頂いた。不真面目でごめんなさい。私が毎週のように麻雀をし、時にカジノを求めてソウルのウォーカーヒルまで飛んで行く道楽者であることをブログで知ったからだろう。


カジノ



 黒駒の勝蔵の顕彰?碑は山梨県笛吹市御坂町の上黒駒にある。私が住む山梨市とは南へ目と鼻の先である。そのまた近くに竹居の咆安が。博打好きと言ったら品がないし、聞こえが悪いから、勝負事と置き換えるが、私は、そんな甲州人の血を引いているのか・・・。




 「バカ言えよ。俺達ゃあ、そんな柔な、小者の博打打ちじゃあねえんだ。講談の世界じゃあ、次郎長の陰に隠れちまったが、やせても枯れても甲州の東部一円を仕切った貸元よ。一緒にされたら笑止千万」


3


 生きていれば間違いなく、お叱りを受けるに違いない。「飲む」「打つ」「買う」は昔から男の遊びの3要素。それは時代と共に変化していることは確かだが、このうち「打つ」が勝負事、ギャンブルだ。その勝負事。これほど、人の性格が現れるものはない。勝負に、あっけらか~んと臨む者もいれば、終始、こだわる人も。お金への執着や決断力のあるなしも表れる。私のような、どちらかといえば、ズボラな上、せっかちなタイプもあれば、その反対の石橋型の慎重派も。タイプはさまざまだ。「このうち強いのは誰?」。それは誰もが想像する通りだろう。ただ、カジノなどのように≪一か八か≫の勝負は別かも。




 カジノは日本では認められていないから、ギャンブルといえば競馬や競輪がその代表格。競馬、競輪はともかく女性、特に年齢の高いご婦人は総じてギャンブルにアレルギー反応を示す。うちのかみさんもその一人だ。リスクや冒険を嫌う女性の本能だろう。でも若い女性はちょっと違う。その証拠に、このブログにお出で頂く方々の中には競馬の予想やエッセイを書く若い女性が何人もいる。競馬場を見ても若い方々が多く、カップルのデートコースにも。ギャンブルの概念もやがては変わるのだろう。




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露天風呂の語らい

タマネギ


 「タマネギ、ぼつぼつ植え付けをしなきゃあ、いけませんかね」


 「そうだ。霜が来る前に植え付けなくちゃあ…」


 「わたしゃあ、今年はタマネギ作り、失敗しちまいましたよ。ホームセンターから買って来た苗を植えたんですが、玉が大きくならないうちにトウが立っちまって…」


 「買って来る苗には当たり外れがあるのさ。タマネギに限らず、野菜は自分で種を取り、苗作りから始めるのに限るね。でも、忙しかったり、初めての人は、そうするわけにはいかない。そんな時には信頼出来る種屋さんや苗屋さんをみつけることさ」


 山間の露天風呂で知り合った親爺さんとの話は弾んだ。この親爺さんは、山梨県は桃の一大産地・一宮町からやって来る。「この笛吹の湯の露天風呂が大好きだ」。車で3~40分かかるという。御年、84歳。「癌で胃袋を全部取っちまった」。体は痩せているが、元気いっぱい。毎日、朝は5時に起き、畑を見回る。家で食べる野菜は全部、自分の手で作るのだという。広い桃畑は「息子に任せた」。


笛吹の湯_convert_20121101160117


 「癌が見つかったのは、この春。腹に出た帯状疱疹の治療で医者に行ったのがきっかけさ。ひょうたんから駒ってヤツさ。医者は『切らなければ三ヶ月と命は持たない』と言った。84歳になる今の今まで医者に10円と払ったことはなかった。それがねえ…。癌だってよ。どうせ死ぬなら痛い思いはご免。手術を拒んだ。でも家族に説得されて切ったのさ」



 親爺さんはそんな話もしてくれた。


 「オレの癌はともかく、露天風呂とはいいものだよ。体の癒しばかりでなく、勉強になるぜ。たわいもない世間話から始まって農作業や政治の話も。ただ聞いているだけでも面白い。一つ野菜作りを例にとっても、種まきの旬から、作り方のコツまで、雑談の中で教わるんだ。この歳になっても『ああ、そうか』と再発見することがいっぱいさ」


はやぶさ温泉鯉


 こうも言う。


 「野菜作りだって何だってそうだが、成功するには人の知恵を借りることさ。みんな、失敗を重ね、工夫を重ねながら本物を掴む。オレは胃袋を切っぱらう前からここに来ているが、湯船の中でたわいもなく教わったことは数知れないね。人間、『ああ、そうか』の繰り返しだよね」



 やっぱり歳の功。うまいことを言う。


 「野菜であろうが、果樹であろうが、手を加える“旬”というヤツがある。野菜の場合、種まきの遅い早いで、その後の手の加え方が異なるし、標高や土壌などによっても違う。隣の家で摘花や摘果を始めたからと言って、うちもやらなければ、というのは間違い。微妙な違いをしっかり掴まなきゃあ…。カボチャでも何でも“花結び”の時期の扱いは特に気を配らなければいけないよ。妊婦のそれと同じなんだから…」


かぼちゃ


 「私はほうれん草や人参作りがへたくそで、毎年、ロクなものが出来ないんです」


 「肝心なことを、あんたは知っていないんだよ。間違いなく土のかけ過ぎだ」
(次回に続く)
 


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相撲部屋の親方と弟子

大相撲2016_convert_20160921225505


 高田川部屋にお邪魔した。大相撲の部屋をお訪ねするのは、若い頃、何度かあった高砂部屋以来だ。もう三十数年前のことで、当時の高砂親方は先代の元横綱・朝潮関。部屋には、後にこの部屋を継ぐ尾上親方(元関脇・富士錦)がいた。尾上親方は甲府市出身。度々の訪問はそんなご縁もあった。


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高田川親方


 今度の高田川部屋訪問は、両国国技館で開催中の大相撲九月場所7日目観戦の帰り道。高田川部屋の親方は、元関脇の安芸乃島関。そこにはやはり甲府市出身の力士・竜電(十両)がいた。そもそもは10月、甲府で開催する地方巡業「富士山山梨県場所」の勧進元を務める方のご配慮。部屋との関わりは自らが竜電の入門に関わったいきさつもあるのだろう。


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竜 電


 IT企業の社長さんで、勧進元を務めるこの人は、恐らく、巡業の打ち合わせも兼ねての国技館行き。«特別席»に座る自分とは別に正面の1等級の升席を私たち夫婦のために用意してくれた。通常4人の升席なのに、デブの私に気遣いもしてくれたに違いない。


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 高田川部屋訪問と、かつての高砂部屋訪問では、全く違いがあった。高砂部屋が朝稽古を見せていただくためであったのに対して、今度は本場所中。しかも、その日の取り組みが終わった夕方。素人の私でもそこにいる力士たちの気分や部屋の雰囲気の違いは分かる。汗まみれ、砂まみれで稽古をする力士たちと、本場所での真剣勝負を終えて、その日の勝敗、取り組みの結果に一喜一憂する力士たちの表情は、違うに決まっている。


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 そんな心の内を隠すように、私達«お客さん»を、ちゃんこ鍋で、もてなしてくれる若いお相撲さんや、それを、わが子のように優しく見守る、綺麗なおかみさんを横目に


 「親方、親方は、いつも、このお弟子さんたちを怒るんでしょうね?」


 「それがワシの仕事なんです。時にはぶん殴りもしますよ。でも、むやみに叱るわけではありません。例えば、負けても基本にのっとった相撲をしたら、褒めてもやります。逆に、勝っても相撲の中身が悪かったら、こっぴどく怒鳴りつけます。何事にも言えることかも知れませんが、基本をわきまえず、ごまかしの仕事をするヤツは、絶対に伸びません」


 「世間では、体罰といいますが、ぶん殴るんですか?」


 「当たり前ですよ。殴られた意味が理解出来なかったり、フクレたりするヤツは、絶対に成長しませんし、第一、この世界から消えて行きますよ…。よく大人たちは≪今の若いもんは≫と言います。100年、200年言い続けて来たし、これからもそう言うでしょう。でも、それは見方、年齢など立ち位置の問題。むしろ今の若者は体力、それに情報を伴う技術力が格段に優れています。大丈夫ですよ。後は気力。これを育てることが肝心ですね」


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 「教育界にも聞かせてやりたいですね」と、言ったら41歳になるという親方は「ワッハッハ」と笑った。


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 話は国技館に戻る。特別な客?が座る「桟敷席」と違って「升席」は、私のようなお酒好きには、うってつけ。飲み放題で、担当の「お茶屋さん」が持って来てくれるお酒や、つまみに舌鼓を打ちながらの観戦が、なんともいい。「お前ら、その裏側(チップなどの配慮)を何も知らないで」。そんな社長さんの«心の声»をよそに、こちらはご機嫌。遠藤など贔屓力士に声援。土俵の上には「満員御礼」の垂れ幕が…。(次回へ続く)


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遊びの変化

 「買う」方は力不足で、からっきしダメだったが、残る「飲む」「打つ」はそこそこやった。人並み以上かもしれない。もちろん、人並みがどのあたりかは物差しがないが、自分ではそう思っているのだ。その感想?あまり、褒められたものではないし、今にして思えば、そんなお金があったらもっと違うところに使ったら・・・、といくばくかは後悔している。恐らく、家一軒ぐらいは建っただろう。


家


 今はそんな言葉は死語になりつつあるが、「飲む」「打つ」「買う」は、古くからの遊びの代名詞。遊びの三要素といってもよかった。もちろん、男の遊びだ。「なんと下品なオジサン」と、ご婦人やお若い方々からひんしゅくを買うかもしれないが、そんな時代があったことは事実だ。




 遊びは驚くほど多様化した。趣味も広義の遊びと捉えれば、まさに多種多様。情報化社会、交通網の発達が拍車をかけたことは間違いない。不況だの貧困、格差社会などといわれても、日本人、そこそこのお金をも持っている。子供たちは夏休みに入り、そんな子供たちを巻き込んでお父さん達の夏休み、いわゆる盆休みもやって来る。



スイカ


 この時期、日本中の高速道路は行楽を楽しむ家族連れの車であふれ、どの空港も海外でバランスを楽しむ人達でごった返す。今年も中央自動車道など、どの高速道路も、あの30㌔、40㌔の交通渋滞を生むのだろう。行く先のホテルや旅館は普段の5割増し、10割り増し。車の渋滞にうんざりしながらも、ホテルや旅館の料金の割高に閉口しながらも人は動く。普段忙しいサラリーマンにとって、お金より暇、時間の方が尊いのである。


道路


 あるある。書店を覗けば、趣味も含めて遊びをガイドする雑誌がいっぱい。釣りもあれば、ハイキングや登山、ドライブ、音楽、手芸、囲碁や将棋の入門書もある。マンションのベランダで出来る趣味の園芸も。種類はないものがないほど多岐にわたる。しかも、その切り口も年齢層で輪切りにしてあるのだ。顧客心理を掴むためターゲットを絞り込んでいる。





 大きなお世話だろうが、こんなに多様の本を出して出版社は採算に合っているのかと思ってみたくもなる。裏を返せば、それほど遊びのガイドを求めて止まない人達が多いということを意味する。


麦わら帽子


 私たちが子供の頃と比べれば、遊びも、その環境も雲泥の差だ。当然のことながら子供たちには夏休みはあった。でも、この時期、一帯は桃や葡萄の出荷の真っ盛り。子供たちも当然のことながら、その手伝いに駆り出されるのである。それを逃げ出して遊ぶとすれば、水浴びか雑魚獲り。車なんかないからドライブや遠出の旅行など知るよしもない。


水遊び


 社会人となった昭和40年代初頭、サラリーマンはみんな働き蜂。昼間は仕事、仕事で終わり、夜はといえば、赤提灯、ネオンの下町へ。その帰りは我が家ではなく、麻雀荘。時代が過ぎて甲府市郊外ともいえる石和町に場外馬券場がお目見えすると、週末には決まって競馬だ。花札やソウルへのカジノにも通った。競馬はなんとなく卒業したが、麻雀は、まだ現役。週末ともなると「今日は?・・・」。いつものように同級生の仲間から誘いの電話が来るのである。そして午前様だ。


麻雀

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野麦峠の感慨

野麦峠  


 どこから聞こえてくるのかウグイスの鳴き声が。標高1672m。夏といってもそこの空気はひんやりしていた。峠道の脇の杉木立では、可愛らしい一匹の小猿がくりくりした目で、愛嬌たっぷりにこちらを見ていた。




 野麦峠。長野県松本市と岐阜県高山市の境に位置する。山本茂美の小説「ああ野麦峠」の舞台になった所だ。昭和54年、山本薩夫監督が確か大竹しのぶを主演女優として映画化、多くの人達に感動を与えた。


ああ野麦峠


 小説「ああ野麦峠」は明治から大正にかけた時代のルポルタージュのノンフィクション。この時代、岐阜県の飛騨から長野県の岡谷や諏訪の製糸工場にいわば身売り同然に駆り立てられた娘さんたちの峠越えを描いた作品である。この野麦峠は、その時代の女工哀史を語る上でも悲しい物語を秘めた所なのだ。




 北アルプスを横断して信州と飛騨を結ぶこのあたりは昔から積雪の多い所。この一帯の主要道路・野麦街道の難所だった。積雪で峠を越えられずに死んでいった人達もいたといい、そこには現在も「お助け小屋」というのが残っている。もちろん、今は車の時代。「お助け小屋」はお土産や食事所に姿を変えてはいるが、何とはなしに哀愁を残している。


お助け小屋2


 そこを訪れる私たちの胸をいやがうえにもジ~ンとさせるのは「お助け小屋」の前庭に建てられている「ああ飛騨が見える」の石像だ。等身大とはいかないまでも大きな石像は、製糸工場で病に倒れて里に突っ返される妹を背負い子で担ぐ兄を形作ったものだ。石像の裏面に刻まれた解説によると、病の娘は政井みね。20歳。兄は11違いの辰次郎。みねは明治42年12月20日、この野麦峠の頂上で、やっと見ることが出来た故郷に「ああ飛騨が見える」と言って息を引き取った。


お助け小屋


 この野麦峠行きは、仲間に誘われての木曽路へのワラビ採りの帰り道だった。御嶽山の目の前のような所にある岐阜県高山市高根町の山には太いワラビがいっぱい。我が家は女房と二人、2時間余りで大きな籠にどっさり、近所に木曽の香りをおすそ分けした。




 木曽といっても山梨から車でちょうど3時間。そんなに遠くない。伊那ICで中央自動車道を降り、権兵衛トンネルを経て、国道19号をしばらく走る。そこから林道に入るのだが、目の前には御嶽山、その向かいには穂高が見える。到着は7時。朝もやの木々は、まだ朝露に濡れていた。林道脇には松本ナンバーの車が3~4台。先客がいた。帰り道、御嶽山の麓で、ウド採りを試みたが、こちらはさすがに時期遅しだった。




 そこから野麦峠までは約1時間。帰りは、もちろん、道そのものは違うのだが、飛騨の娘達が歩んだ信州に降り、国道19号を中央自動車道塩尻ICに向かうのである。途中、あの有名な奈良井宿が。平日だったが、現存するわが国でも最大級の宿場町は散策する観光客で賑わっていた。






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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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