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屋根の上の猫

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 「あれ、うちの猫じゃない。あんな所を歩いているわ」



 畑仕事を手伝ってくれていた女房がびっくりしたように言った。「うちの猫」と言うが、正確に言うと、我が家に住み着いた「野良」だ。お隣の家の屋根の上を我がもの顔で悠々と歩いているのである。




 お隣の家といっても山梨市の片田舎のこと。都市部と違って軒を並べているわけではない。そこそこ広い畑を挟んでいる。ナス、キュウリ、トマト。私たち夫婦は夏野菜の植え付けをしていた。夏大根の種蒔きも。ジャガイモはもう一回目の土寄せをする段階になっている。夏野菜ばかりでなく、サトイモやトウノイモ、サツマイモなど秋野菜の植え付けもした。サツマイモは「植え付け」とは言わず、「挿す」という。種芋から出た茎を切り取って盛り土に挿しておけば秋には立派なイモを付けてくれるのである。


サツマイモ3


 まだ5月の半ばと言うのに今日はやけに暑い。二人がまるで申し合わせたように額の汗を拭いながら顔を上げた時、目線の先にいたのが我が家の野良。たまたまその近くで働いていた隣の親爺さんはこちらの方を向き、ニコニコしながらぺこりと頭を下げた。「よくお稼ぎになりますね」と言いながら我が家の畑に歩み寄って来た。




 この親爺さん。私とひと回り違う午年の生まれだから今年88歳になる。自ら「腰痛の持病持ち」と言いながらも立派な桃や葡萄を作る。私たちの目線を追って自分の家の屋根の上を見た親爺さんは、優しそうに顔をほころばせてニッコリ笑った。


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 「うちの猫、いつもお宅で遊んでいるんですか? いたずらしていたら叱って下さいよ」


 「いやいや、いたずらなんかしませんよ。でも猫はいいですよねえ。人間と違って、何の垣根もなく自由奔放に何処でも歩けるんですから。可愛いもんですね」


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 私と同じように、どちらかといえば、この親爺さん、あまり動物好きには見えないが、奥さんは人一倍の動物好き。大きな犬を飼っていて、いつもこの犬と話しをしているのだ。その会話が面白い。「おはよう。あら、今朝は元気がないじゃない。夕べよく眠れなかったの」「これ、美味しいんだよ。早く食べな」「うちのお父さん、腰が痛いんだって・・・」「今日は雨が降るかもしれないね」。その会話はまるで人間同士のよう。奥さんは85歳前後か。




 朝と夕方、決まった時間に散歩もする。この時も大きな声で犬と話をしながら歩くのだ。その様はいかにも微笑ましい。昨年、それまで飼っていた甲斐犬が老衰で死んだ。奥さんが憔悴したことは言うまでもない。その後、どこからか貰ってきたのが今の柴犬だ。「なかなか、なついてくれなかった」。気性が乱暴なのか散歩中に暴れ、ロープで引っ張りまわされて転び、怪我までさせられたことも。そんな犬も優しい、犬好きの奥さんには勝てないのだろう。いつしか従順になった。


裏道


 そんなお隣さんだから我が家の野良も遊びに行き易いのかもしれない。猫の行動範囲は意外と広い。現に300m、400m離れたお宅の飼い猫が我が家にもちょいちょい遊びに来る。用事でやって来た飼い主が我が家でハチ合わせ。「おまえ、こんな所まで来ているのか・・」。




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野良猫の掟

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 何年間ぐらいだっただろうか。野良猫と付き合ったことがある。付き合ったと言うより、見て来たと言った方が正しいかもしれない。現役のサラリーマン時代だった。甲府の飯田町という所に住んでいた時分の事だが、縁の下にいつの間にか1匹の野良猫が住み着いた。その野良は、これもまたいつの間にか子どもを生み、大きくするのである。なぜかいつも3匹ずつ。


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 母親は人間どもに細心の注意を払いながら子どもを育てるのだ。我が子をしっかりと見守る一方で、ある程度大きくなると餌の奪い合いまでやって見せる。世の中で何がかわいいと言って子猫ほど可愛いものはないと思えるほどだ。小さな身体に似合わないほどクリクリした大きな目。それも3匹一緒。母親でなくても目の中に入れても痛くないほど可愛い。そんな子どもを母親は決して自分より前に出そうとしない。その警戒心は剃刀のようだ。いつも研ぎ澄まされている。

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 一方、餌の奪い合い。そこそこ子どもの体が大きくなった頃を見計らって演じて見せるのだ。親子でである。ノロマをしていたら生きていけないことを、身をもって教えているのだろう。奪い合いは壮絶。教える、などと言った類ではない。まさに親子ではなく、そこにあるのは動物対動物。弱肉強食そのもの。迫真極まるのだ。その親の気持ちが分からないでもないから、いじらしくもある。




 そんな母親の教育を受けて子ども達の目つきは、いつしか母親のそれと同じになるから不思議。子どもの教育の良し悪しは人間様も同じかも。もっと不思議なのは、ひとり立ち出来た一匹を残して、みんな何処かにいってしまうことだ。それが野良猫の掟なのか。代々同じことを繰り返すのである。いったい何処に行くのだろう。母親はまた流浪の旅に出、成長した子ども達は、母親と同じ≪人生≫を歩むのか。それとも外に出されたのは子ども(子孫)を生めない男だからなのか。なぜか残るのはメスなのだ。





 こんな野良とは対照的に今、我が家に住み着いた3匹は、全くおおらか。警戒心が全くないと言ったらウソになるが、どこか人懐っこい。目つきもいい。人を信じることも知っている。特に三度のメシをくれる、うちのかみさんには、文句なしに従順。正直言って、あまり猫が好きではない私にだって媚を売るように近づいてくる。野良仕事をしている傍で、また植木の手入れをしている時も近くにいて仕事を見守っているのだ。可愛くもなる。どこかの飼い猫であったことは間違いない。

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 「おまえ、どこから来たんだ?飼い主が心配しているぞ。早く帰ってやれよ。それとも捨てられたのか。それなら、うちにいていいぞ。遠慮はいらん」



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 人間の言葉など分かるはずもない猫に話しかけている自分がおかしくなった。一方で、かみさんの方にばかりなつく野良へのひがみが潜在的にあるのか、こんなことも。


 「おまえ達に餌をくれるのは≪餌やりオバサン」。本当の主はオレなんだぞ」



 その野良、何の意味か分からないが、大きなあくびをした。「こんな時に、あくびするな」。

 
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吾輩は猫

 時には仲間喧嘩もしないでもないが、結構、友達とも仲良くする。暑さや寒さも平チャラ。精神力も逞しい。その上、社交的。どこへでも、どこの家にでも気軽に行き、おやつやご飯も戴く。屈託などまるでない。愛嬌だってある。だから可愛がられるのだろう。

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 これは人間様ではない。その吾輩は、猫である。昨年、一匹の野良猫が住み着いたのをきっかけに、我が家には野良や近所の飼い猫が集まるようになった。畑仕事が暇な時、こうしてパソコンを叩いている窓越しには、いつも決まっていくつもの猫がやって来る。そのうちの何匹かが我が家の軒先に住み着くようになった。押しかけ女房ならぬ、押しかけニャンニャンだ。最初の野良猫が≪道筋≫をつけたことは言うまでもない。いつか知らぬ間に3匹に。みんな我が家の家族を気取っている。その手助けをしたのは、紛れもなくうちのかみさん。いつの間にか「キャッツフード」と書かれた大きな袋を買い込んで来た。ホームセンターからだろう。昔の猫なら喜んで食べたはずの、めざしの頭や食べ残しの魚には見向きもしない。今時の猫は贅沢極まる。「猫メシ」と言って女房はバカにするが、私は今でも時々、ご飯に味噌汁をかけて食べる。うまい。だが、これにもそっぽを向くのだ。




 猫の種類など、からきし分からないから、正確に表現することが出来ないが、先陣を切ったのは虎模様のメス。「ミーコ」と名付けてやった。二匹目は白で、顔は茶色と黒。ペルシャ系か。三つ目は真っ黒。「クロ」と呼んでいる。白いヤツは「シロ」「シロ」と呼ぶようになった。共通しているのは、みんなそれなりに「品」がある。贔屓目なんかではない。野良猫にはとても見えない。第一、愛嬌がある。野良猫特有の鋭い目つきではない。


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 「お父さんねえ、これ、みんな飼い猫だったと思うわよ。野良猫だったら、こんなに人間になつかないわよ。かわいそうに。捨てられたのかしらねえ・・・」


 「そうだよなあ。ここが住みいいということかもしれんな。まあ、何かの縁だ」




 かみさんとそんな話をした。前にも書いたことがあるが、私はかつて野良猫と≪付き合った≫経験がある。職場を退いて現在の山梨市の実家に戻る前のサラリーマン時代、甲府の自宅に住み着いた野良猫だ。縁の下で3匹ぐらいずつ子どもを生んでは育て、世代交代していく。つまり、やがては内一匹だけを残して親も子も、どこかに消えてしまうのである。この間に人間への警戒心だけは徹底して教え込んでいるのだ。餌をくれる女房ですら本当には信じ切っていない。そのことはあらゆる仕草から見て取れる。


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 その頃は仕事で忙しく、野良猫なんかにかまっていられなかったし、ましてや観察している暇もなかったのだが、親は幼い頃から子供に人間への警戒心を叩き込んでいたことだけは確かだ。まさに「雀百まで踊り忘れず」。そんな教えを受けた野良猫は大人になっても絶対に人を信じないのだ。そうでもしなければ、危ない人間社会の片隅で生きていくことなんか出来っこないと思い込んでいるのだろう。野良猫の宿命かもしれない。




 所詮は野良。子どもを作るお相手は、同じ野良同士でもいいし、通りがかりのご近所の飼い猫でもいい。相手の男は全くの無責任で、いつか知らぬ間に、どこかに行ってしまう。




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野良猫と女房

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 いつの間にか野良猫が住み着いた。女房が玄関先に置いてやった小奇麗な発砲スチロールの箱に入って、今では我が家の一員のような、でっかい顔をしている。三度の飯も主の私より先。何年か前、母校・日川高校の同窓会の記念品として頂いた真新しい膝掛けがいつのまにかベッド代わり。刺繍されたコンペイトウの校章を背に、いかにもご満悦なのだ。




 この野良猫、正確に言えば野良かどうかは分からないのだが、毎日のように我が家に遊びに来ていた。こうしてパソコンを叩いていると、ほぼ決まった時間にやって来る。常口から堂々と歩いて来て、窓越しに目が合っても平気。そんな野良に女房が声を掛けるようになった。それが我が家に住み着くきっかけだ。




 よく「動物的な感」という。野良猫でも動物好きな人間は分かるのだろう。洗濯物を干したり、畑に野菜を採りに行く時も女房の後をつき歩くのである。ニャン、ニャン言いながら後になり、先になりながら歩く。時には足にへばりつくような仕草をするのだ。傍から見ていても可愛い。女房が可愛がるのも無理はない。

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 この野良君、女房の行動は全部知っていて、玄関口とは反対の勝手口のドアを開けても、その音だけで飛んでいく。発砲スチロールの箱がある玄関口からは視界に入らないのだが、音だけで分かるのだろう。目を丸くして咄嗟に飛び出すのだ。人をちゃんと見ていて、私が勝手口を開けても知らぬ顔だ。「この野良め」と内心、僻(ひが)んでも見たくなる。女房の足音やドアを開ける音と私のそれをしっかり聞き分けているのである。なんじゃあない。「餌をくれるのは、このオバサン」と思っているのか。座敷猫とは明らかに違う。




 猫も見抜いているのだろう。どちらかと言うと、私は、猫はあまり好きではない。それには、ちょっとした訳がある。定年退職で、今住んでいる山梨市の実家に戻る前、長い間暮らしていた甲府の自宅に、やはり野良猫が住み着いた。その野良が子を生み、また大きくなって子供を生むのである。子を産むのはいつも縁の下。いつも三匹。それなりの時期になると、親猫は子供を外に連れ出すのだ。本当に可愛い。しかし、警戒感からだろう、親は子供を決して人間に近づけようとはしない。子猫はいつも遠巻きにいるのだ。




 そんな野良の親子がいじらしくなって、ある休みの日、昼間酒をしながら、つまみにしていたマグロの刺身を手のひらに載せて与えようとした。ところがどうだ。親の野良は私の手の平から、ひったくるように刺身を取って逃げた。猫の爪は鋭い。私の手からは血が噴き出し、しばらく傷跡が。可愛げがない。その時見せた野良の鋭い目つきが今でも忘れられない。

猫

 女房はそんな野良を弁護するようにこう言う。


 「猫の母親だって人間と同じ。子供を守るために細心の注意をするんですよ」


 そうかも知れない。でも野良は野良。飼い猫とは違い、ハナから人間を信じていないのだ。しかし、今度の野良君、どこか愛嬌がある。すれた都会の野良と田舎育ちの純朴な野良の違いなのか。場合によっては、どこかの飼い猫? どう見ても人の愛情を知っている。




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テレビのハチ追い

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 懐かしい。子どもの頃を思い出した。友から鹿児島旅行の土産として頂いた美味しい焼酎を飲みながらテレビを見ていたら、蜂追いの名人が画面で大活躍していた。秋の花の蜜を吸う蜂の胴体に薄紙の目印を付ける名人。飛び立つ蜂を双眼鏡で追い、無線電話でリレーする仲間達。蜂の巣を見つけた名人達のグループは、薬剤をジェット噴射、蜂が催眠している間に土の中から巣を掘り出すのである。



 「今もやっているんだ」。その手法は私達と、と言うより、ここでは俺達と言った方がいいが、同じだ。ただ、違うのは双眼鏡もなければ、まして携帯無線も、ケイタイもなかった。最後の詰めともいえる、一斉に交戦して来る蜂の大群を抑止するスプレーだって同じだ。さらに、目印の薄い紙っ片を蜂の胴体に付ける知恵までは廻らず、に付けてそれを運ばせたのである。


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 この目印蜂追いの最大のポイントである。肝心の蜂を見失ったら、目的の巣に辿り着けないからだ。そこは今も昔も同じ。違うのは、携帯無線も携帯電話もなかったから蜂を追うのは独り。何人かの仲間をあちこちに配置しておくチームワークプレーの知恵が廻らなかったのである。これだけは携帯無線などの化学兵器が無かった時代でも出来たはず。後の祭りだ。空を飛ぶ蜂だけを見て走る。今だったらこんな危ない事は絶対出来ない。



 最後の詰めがまた違う。蜂の巣を取り出すということは、とりもなおさず、蜂の城をのっとるという事にほかならない。そこには最もえらい女王蜂を守る二重三重の警備兵や外敵を迎え撃つ特攻兵もいるのだ。昔は蜂よけの防護服やマスクなんかなかったから、この場面は緊張の瞬間だった。



ハチ★大



 警備兵や特攻部隊に気づかれないうちに催眠剤を穴の中に差し込むのである。その催眠剤も、化学薬品のスプレーなんかではなく、歯ブラシや学校で使う筆箱下敷きであった。勉強で使う筆箱や下敷きを燃やしてしまうのだから、その学業成績は何をかいわんや、言わずと知れたことである。



 テレビを見ていて、おやっと思ったのは蜂の呼び名だ。蜂の種類であるヘボ(ジバチ)とスズメバチが一緒である。画面に映っているのは明らかにスズメバチ。スズメバチは黒い横縞があって、肌は黄色く、ヘボより二まわりも三まわりも大きい。ヘボは形が小さいばかりか、肌は黒く、白の横縞があるのだ。



 ディレクターのご苦労がよく分かる。蜂追いの名人から細部にわたって取材をし、さまざまの角度から番組作りの検討を重ねたはずだ。しかし、わんぱく小僧を体験した人間との差は、歴然と現れるものだ。都会で生まれ、都会で育った人間がいかに、しっかり勉強し、取材したとしても、時として十分に理解しきっていないことはあって当たり前。



 体験に勝るものなし、と言う。その裏返しで、私達が少しばかりの知識で勝手なことを言っているとしたらゾッとする。人間、良いも悪いも多くの体験をするに越したことはない。ただ、人様に迷惑をかけないことだけは鉄則だ。



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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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