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テレビのハチ追い

ハチ1


 懐かしい。子どもの頃を思い出した。友から鹿児島旅行の土産として頂いた美味しい焼酎を飲みながらテレビを見ていたら、蜂追いの名人が画面で大活躍していた。秋の花の蜜を吸う蜂の胴体に薄紙の目印を付ける名人。飛び立つ蜂を双眼鏡で追い、無線電話でリレーする仲間達。蜂の巣を見つけた名人達のグループは、薬剤をジェット噴射、蜂が催眠している間に土の中から巣を掘り出すのである。



 「今もやっているんだ」。その手法は私達と、と言うより、ここでは俺達と言った方がいいが、同じだ。ただ、違うのは双眼鏡もなければ、まして携帯無線も、ケイタイもなかった。最後の詰めともいえる、一斉に交戦して来る蜂の大群を抑止するスプレーだって同じだ。さらに、目印の薄い紙っ片を蜂の胴体に付ける知恵までは廻らず、に付けてそれを運ばせたのである。


ハチ★小  ハチ★極小   ハチ★極小  ハチ★極小  ハチ★極小  ハチ★極小  ハチ★極小


 この目印蜂追いの最大のポイントである。肝心の蜂を見失ったら、目的の巣に辿り着けないからだ。そこは今も昔も同じ。違うのは、携帯無線も携帯電話もなかったから蜂を追うのは独り。何人かの仲間をあちこちに配置しておくチームワークプレーの知恵が廻らなかったのである。これだけは携帯無線などの化学兵器が無かった時代でも出来たはず。後の祭りだ。空を飛ぶ蜂だけを見て走る。今だったらこんな危ない事は絶対出来ない。



 最後の詰めがまた違う。蜂の巣を取り出すということは、とりもなおさず、蜂の城をのっとるという事にほかならない。そこには最もえらい女王蜂を守る二重三重の警備兵や外敵を迎え撃つ特攻兵もいるのだ。昔は蜂よけの防護服やマスクなんかなかったから、この場面は緊張の瞬間だった。



ハチ★大



 警備兵や特攻部隊に気づかれないうちに催眠剤を穴の中に差し込むのである。その催眠剤も、化学薬品のスプレーなんかではなく、歯ブラシや学校で使う筆箱下敷きであった。勉強で使う筆箱や下敷きを燃やしてしまうのだから、その学業成績は何をかいわんや、言わずと知れたことである。



 テレビを見ていて、おやっと思ったのは蜂の呼び名だ。蜂の種類であるヘボ(ジバチ)とスズメバチが一緒である。画面に映っているのは明らかにスズメバチ。スズメバチは黒い横縞があって、肌は黄色く、ヘボより二まわりも三まわりも大きい。ヘボは形が小さいばかりか、肌は黒く、白の横縞があるのだ。



 ディレクターのご苦労がよく分かる。蜂追いの名人から細部にわたって取材をし、さまざまの角度から番組作りの検討を重ねたはずだ。しかし、わんぱく小僧を体験した人間との差は、歴然と現れるものだ。都会で生まれ、都会で育った人間がいかに、しっかり勉強し、取材したとしても、時として十分に理解しきっていないことはあって当たり前。



 体験に勝るものなし、と言う。その裏返しで、私達が少しばかりの知識で勝手なことを言っているとしたらゾッとする。人間、良いも悪いも多くの体験をするに越したことはない。ただ、人様に迷惑をかけないことだけは鉄則だ。



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テレビのハチ追い

ハチ1


 懐かしい。子どもの頃を思い出した。友から鹿児島旅行の土産として頂いた美味しい焼酎を飲みながらテレビを見ていたら、蜂追いの名人が画面で大活躍していた。秋の花の蜜を吸う蜂の胴体に薄紙の目印を付ける名人。飛び立つ蜂を双眼鏡で追い、無線電話でリレーする仲間達。蜂の巣を見つけた名人達のグループは、薬剤をジェット噴射、蜂が催眠している間に土の中から巣を掘り出すのである。



 「今もやっているんだ」。その手法は私達と、と言うより、ここでは俺達と言った方がいいが、同じだ。ただ、違うのは双眼鏡もなければ、まして携帯無線も、ケイタイもなかった。最後の詰めともいえる、一斉に交戦して来る蜂の大群を抑止するスプレーだって同じだ。さらに、目印の薄い紙っ片を蜂の胴体に付ける知恵までは廻らず、に付けてそれを運ばせたのである。


ハチ★小  ハチ★極小   ハチ★極小  ハチ★極小  ハチ★極小  ハチ★極小  ハチ★極小


 この目印蜂追いの最大のポイントである。肝心の蜂を見失ったら、目的の巣に辿り着けないからだ。そこは今も昔も同じ。違うのは、携帯無線も携帯電話もなかったから蜂を追うのは独り。何人かの仲間をあちこちに配置しておくチームワークプレーの知恵が廻らなかったのである。これだけは携帯無線などの化学兵器が無かった時代でも出来たはず。後の祭りだ。空を飛ぶ蜂だけを見て走る。今だったらこんな危ない事は絶対出来ない。



 最後の詰めがまた違う。蜂の巣を取り出すということは、とりもなおさず、蜂の城をのっとるという事にほかならない。そこには最もえらい女王蜂を守る二重三重の警備兵や外敵を迎え撃つ特攻兵もいるのだ。昔は蜂よけの防護服やマスクなんかなかったから、この場面は緊張の瞬間だった。



ハチ★大



 警備兵や特攻部隊に気づかれないうちに催眠剤を穴の中に差し込むのである。その催眠剤も、化学薬品のスプレーなんかではなく、歯ブラシや学校で使う筆箱下敷きであった。勉強で使う筆箱や下敷きを燃やしてしまうのだから、その学業成績は何をかいわんや、言わずと知れたことである。



 テレビを見ていて、おやっと思ったのは蜂の呼び名だ。蜂の種類であるヘボ(ジバチ)とスズメバチが一緒である。画面に映っているのは明らかにスズメバチ。スズメバチは黒い横縞があって、肌は黄色く、ヘボより二まわりも三まわりも大きい。ヘボは形が小さいばかりか、肌は黒く、白の横縞があるのだ。



 ディレクターのご苦労がよく分かる。蜂追いの名人から細部にわたって取材をし、さまざまの角度から番組作りの検討を重ねたはずだ。しかし、わんぱく小僧を体験した人間との差は、歴然と現れるものだ。都会で生まれ、都会で育った人間がいかに、しっかり勉強し、取材したとしても、時として十分に理解しきっていないことはあって当たり前。



 体験に勝るものなし、と言う。その裏返しで、私達が少しばかりの知識で勝手なことを言っているとしたらゾッとする。人間、良いも悪いも多くの体験をするに越したことはない。ただ、人様に迷惑をかけないことだけは鉄則だ。



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犬と猫

猫3


 つまらぬことというか、汚い話を度々、お目にかけて恐縮だが、犬と猫は用足しのお行儀が全く違う。猫が自分できちっと始末するのに対して、犬は所構わず、である。私の偏見かもしれない。我が家に住みついた3匹の野良猫や人間の散歩に同行する飼い犬を見る限りのことだ。




 野良でさえ猫は土に穴を掘って用を足し、済んだ後は土を被せて後始末をする。これに対して犬は所構わずだから散歩道にも時として犬の用足しの痕跡が。あっちこっちで苦情さえ出るようになった。今は野良犬などいない。みんな飼い犬である。散歩者の中には糞を処理するための手ごてや袋など小道具を持ち歩く人も。植込みや畑を挟んでいるが、我が家の前を走る道は古道なので幅員が狭く、車が通れない。お蔭で犬を連れての格好の散歩道なのだ。




 散歩の主はいずれも農家の人たち。この辺りはブドウやサクランボを基軸とした果樹地帯。かつては農家の人たちの散歩など、全く考えられなかったが、急速に進んだ機械化がそうさせた。畑への行き帰りは軽トラック。畑の中での仕事は機械依存なので、体を使う部分はめっきり減った。第一、歩かなくなった。

葡萄


 その副産物が犬、と言ったら犬に気の毒だが、ひと頃に比べ犬を飼う農家が目立つようになった。この辺りでは、昔は、犬の飼育は≪番犬≫としてであった。しかし防犯体制の整備や、しっかりした施錠など住宅構造の変化は番犬を用無しにし、犬は単なる愛玩動物に。ペットだ。人間とは勝手なもの。ここでは自分だけではつい億劫になる散歩のアイテムなのである。「散歩をしてやらなければ犬が可愛そう」。それは方便。本当は、とかく意思の弱い人間が散歩をするための足かせにしているのだ。


犬_convert_20110131232331


 「お父さん、うちでも犬を飼おうか。そして二人で歩こうよ。そうしないと足腰がどんどん弱くなっちまうわよ。みんな朝に晩によく歩いているじゃない」



 犬と散歩する人たちに触発されるのか、女房がこんなことを言う。


 「う~ん・・・」



 そのたびに私はどっちともつかない返事をするのである。私が犬の飼育に二の足を踏むのには、ちょっとした理由(わけ)がある。幼い頃、四人の兄弟が可愛がっていた愛犬(番犬)が老衰で死亡、幼心にショックを受けたこと。もう一つはお尋ねした知人の隣の家で見た、放置された犬の糞だ。庭のような空地は糞だらけ。それに抜け毛。庭と言わず、玄関先と言わず、抜け毛がいっぱい。恐らく家の中も…。




 もちろん、これは特異なケースに決まっている。でも、なぜか犬の飼育話とオーバーラップしてしまうのだ。これも特異なケースだろうが、世の中には犬屋敷だの猫屋敷と言われて世間のひんしゅくを買って平然としている人たちがいる。一方で、犬や猫に留まらず、愛玩動物としながら、飽きれば、次の日はポイ。人間、勝手すぎないか。ニシキヘビだのワニだの通常では考えられない≪ペット≫がいとも簡単に捨てられる現実があるのだ。人間、いつかバチが当たる。動物をなめたらいかんぞね…。




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トンマなムチウチ男と池の鯉

錦鯉 


 がこんなに不細工で、グロテスクな魚とは思わなかった。「お前、藪から棒に何言ってるんだ」と言われるかもしれないが、両側に距離を置いたツボのような目と、その下に、これもまた奇妙な形の二つの鼻。口はもっとグロテスク。大きいばかりではなく、よくもこれまで唇が伸びるものだと思うほど。前に突き出してパクパクやるのだ。その両側には、こともあろうに鰌(どじょう)ひげのような品のない髭をつけている。赤、白、黒・・・。綺麗に着飾った錦鯉でさえ、しかりだ。陸(おか)で見ていると結構、面白い。




 「お前は、そんなのんびりしたことを言っていられていいね」。確かにそうだ。でも年金生活になった暇人だからというわけでもない。ムチウチ症のリハビリ治療のひとつPT(理学療法)や首の牽引を終えて、次のメニューOT(作業療法)を待つ間、病棟の中庭の一角に設けられた大きな池の傍にあるベンチに腰掛けて、ボ~っと、池の中を眺めていた


庭


 真鯉もいれば、緋鯉もいる。もちろん、赤や白、黄色、黒と見事な模様をつけた錦鯉も。小さいのもいれば、でっかいのもいるが、大きさはそれ程変わらない。当然のことながら、ここに来るのは障害や疾患を持つ人ばかり。私のように首が痛かったり、足を引きずった人や車椅子の人。そんな患者達の心の内を知ってか知らずか、池の鯉は悠然と泳いでいる。




 さすがに私のようなメタボな鯉はいない。総じてスマートだ。胴が太く、どっしりした黒い真鯉やメタリックがかったドイツ鯉は、一匹だけ見詰めれば、海深く航行する潜水艦のよう。数ある船の中で、ただ一つ海底を行く潜水艦が、魚を真似して造られたのだから仕方がない。その泳ぎっぷりは迫力さえある。




 鯉は顔つきが不細工ばかりではない。顔はみんな同じだと思っていたら、全くの十匹十色。でも自分の顔が入ってしまうようなでっかい口でパクパクする仕草はみんな同じだ。「お前だけは、もっと品良くしろよ」。綺麗な錦鯉だってそうなのだ。

 
鯉



 「恋」は優しい。しかし、一方のこの「鯉」はどう猛なのだろうか。そのでっかい口で、何でもかんでもパクパク飲み込む。虫であろうが、舞い落ちる木の葉であろうが、手当たり次第に口に入れるのである。一旦はみんな口に入れ、また吐き出す。しっかりしたもので、虫やパン屑など餌になるものは見逃さない。木の葉など自分に必要のないものは、何事もなかったように水中に戻すのだ。もちろん、錦鯉だって同じことをやっている。




 石和温泉郷にあるこのリハビリテーション病院と目と鼻の先には錦鯉の養殖場もある。 この辺りは、その名の通り温泉地だから、錦鯉の養殖には適しているのだろう。鯉は産地の新潟県から来るのだが、いくつかの養殖屋さんはファンなら知る人ぞ知っている。付近を流れる平等川など小川には真鯉や緋鯉に混じって錦鯉もいっぱい泳いでいる。養殖にしても、自然の小川にしても、水が温かいから魚にも天国なのだろう。


錦鯉センター


 入れ替わり立ち代りやって来る患者達を今日も明日も平然と見ている池の鯉。帰りがけに前庭の駐車場を見たら半分以上が県外ナンバーだった。埼玉、東京、神奈川・・・。地元山梨に住みながら知らなかった石和の温泉リハビリの広域性を再認識させられた。




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野良猫と女房

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 いつの間にか野良猫が住み着いた。女房が玄関先に置いてやった小奇麗な発砲スチロールの箱に入って、今では我が家の一員のような、でっかい顔をしている。三度の飯も主の私より先。何年か前、母校・日川高校の同窓会の記念品として頂いた真新しい膝掛けがいつのまにかベッド代わり。刺繍されたコンペイトウの校章を背に、いかにもご満悦なのだ。




 この野良猫、正確に言えば野良かどうかは分からないのだが、毎日のように我が家に遊びに来ていた。こうしてパソコンを叩いていると、ほぼ決まった時間にやって来る。常口から堂々と歩いて来て、窓越しに目が合っても平気。そんな野良に女房が声を掛けるようになった。それが我が家に住み着くきっかけだ。




 よく「動物的な感」という。野良猫でも動物好きな人間は分かるのだろう。洗濯物を干したり、畑に野菜を採りに行く時も女房の後をつき歩くのである。ニャン、ニャン言いながら後になり、先になりながら歩く。時には足にへばりつくような仕草をするのだ。傍から見ていても可愛い。女房が可愛がるのも無理はない。

猫130918-4_convert_20130918145202


 この野良君、女房の行動は全部知っていて、玄関口とは反対の勝手口のドアを開けても、その音だけで飛んでいく。発砲スチロールの箱がある玄関口からは視界に入らないのだが、音だけで分かるのだろう。目を丸くして咄嗟に飛び出すのだ。人をちゃんと見ていて、私が勝手口を開けても知らぬ顔だ。「この野良め」と内心、僻(ひが)んでも見たくなる。女房の足音やドアを開ける音と私のそれをしっかり聞き分けているのである。なんじゃあない。「餌をくれるのは、このオバサン」と思っているのか。座敷猫とは明らかに違う。




 猫も見抜いているのだろう。どちらかと言うと、私は、猫はあまり好きではない。それには、ちょっとした訳がある。定年退職で、今住んでいる山梨市の実家に戻る前、長い間暮らしていた甲府の自宅に、やはり野良猫が住み着いた。その野良が子を生み、また大きくなって子供を生むのである。子を産むのはいつも縁の下。いつも三匹。それなりの時期になると、親猫は子供を外に連れ出すのだ。本当に可愛い。しかし、警戒感からだろう、親は子供を決して人間に近づけようとはしない。子猫はいつも遠巻きにいるのだ。




 そんな野良の親子がいじらしくなって、ある休みの日、昼間酒をしながら、つまみにしていたマグロの刺身を手のひらに載せて与えようとした。ところがどうだ。親の野良は私の手の平から、ひったくるように刺身を取って逃げた。猫の爪は鋭い。私の手からは血が噴き出し、しばらく傷跡が。可愛げがない。その時見せた野良の鋭い目つきが今でも忘れられない。

猫

 女房はそんな野良を弁護するようにこう言う。


 「猫の母親だって人間と同じ。子供を守るために細心の注意をするんですよ」


 そうかも知れない。でも野良は野良。飼い猫とは違い、ハナから人間を信じていないのだ。しかし、今度の野良君、どこか愛嬌がある。すれた都会の野良と田舎育ちの純朴な野良の違いなのか。場合によっては、どこかの飼い猫? どう見ても人の愛情を知っている。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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