今時の若者

 大人たちはよく言う。「今時の若いモンは」と。私だってそう思ったことはいっぱいある。でも、とんでもない。「今時の若いモン」は、少なくとも私たちの子供の頃より、ずっとしっかりしているし、今を憂い、将来を、未来を真剣に考えていると思った。

高校生

 そんなことを痛烈に実感させられたのは高校生の弁論大会であり、中学生の作文コンクールだった。



 高校生の弁論大会。大会は山梨県の高校ユネスコが毎年開いている主張大会だ。ここでは同県下の高校ユネスコ部の代表が一堂に会して持ち時間6分で、それぞれの主張を競うのである。国際理解、相互理解など幅広い見地から意見を述べるのだが、もちろん内容は様々。




 発展途上国における飢餓に言及し、飽食の日本に置き換えて平気で食べ残しをする現実に「もったいない運動」を提唱する者もいた。そうかと思えば国連の現実に疑問を呈する生徒も。米国、ロシア、英国、仏国、中国など世界大戦の戦勝国でリードされている現実への疑問だ。


地球  


 食料自給率40%の日本。それを分かっていながら毎日大量に捨てられている食べ物。民主主義を標榜しながら≪強者支配≫の国連。高校生たちは国際感覚で疑問を呈し、改善を訴えた。もちろんテーマは食料や国連ばかりではない。様々な角度から論じた。




 コンクールだから採点しなければならない。6人の審査員はみんな頭を抱えた。甲乙つけがたいからだ。表彰式で講評役を仰せつかった私はこんなことを言わせていただいた。




 「高校生の皆さんが自らや自分たちが住む社会をしっかりと見つめ、新たなステップを見出そうとしている。その姿勢に感銘した。主張や提言が自らの体験や勉強に立脚しているから説得力もある・・・」




 驚いたのは若者たちの国際感覚だ。たまたまかもしれないが、帰国子女がいたり、夏休みなどを利用した外国での短期留学・ホームステイを経験している生徒が目立った。若者たちはそこで「何か」を感じ取って帰って来ている。


飛行機


 すぐ自分と重ね合わせてしまうオジサンの悪い癖だが、私たちの高校生の頃は外国に行くことなど夢のまた夢。全く遠い存在だったから、むしろ考えにも及ばなかった。「トリスを飲んでハワイに行こう」。こんなキャッチコピーのコマーシャルがテレビやラジオで、ぼつぼつ流れ始めようとしている時代だった。ハワイが外国、いわばあこがれの地だったのである。新婚旅行はまだ国内一辺倒。因みに山梨に住む私たち夫婦の新婚旅行は南紀白浜だった。




 ユネスコの弁論による主張が高校生なら、こちらは「人権」をテーマにした作文。甲府地方法務局と山梨県人権擁護委員連合会が毎年、同県下の中学生を対象に実施しているもので、今年で37回。37年の歴史を誇っている。全国大会に繋がる催しである。ここでも若者たちは、大人たちをハッと思わせるような論陣を張った。それがまた自らの体験に基づいたものであったことは言うまでもない。 




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子供は育てるもの?育つもの?

親子2

 育児。良くも悪くも人間、そんな時代が華かもしれない。大分前になるが、石和温泉郷にあるリハビリテーション病院でムチウチ症のマッサージ治療(PT=理学療法)を受けながら交わした若い理学療法士さんとの会話の一方で、そんなことをつくづく感じた。この若いお父さんのように育児で悩み、やがてまた教育投資も含めた子育てで苦労もする。考えてみれば誰もが大なり、小なり通らなければならない道かもしれない。



 私にも一人娘がいる。もう40も半ばになる。振り返ってみれば、育児などと難しい事を考えたことは一度もなかった。仕事、仕事で追われ、子供のこと、つまり育児のことなど女房にまかせっきりだった。もちろん、可愛い我が娘のこと、そのやり方を巡って女房と喧嘩をしたことがなかったわけではない。

親子

 育児を女房にまかせっきりだったからと言うわけではないが≪子供は育てるものではなく、育つもの≫だと、今でも思っている。女房と育児を巡る喧嘩があったとすれば、「過保護にするな」の一点ぐらい。過保護に育てたら、やがてそのツケを背負わされるのは、子供自身だと思っているからだ。

 「年寄りっ子は三文安」。昔の人はうまい事を言ったものだ。その時の感情で孫を気ままに可愛がり、あとは野となれ山となれ、そのツケは孫に行くの例えである。私にはたまたま娘一人しかいないが、私達の世代では自らの子供は2~3人が普通。私の兄弟は4人。おふくろの兄弟も親父の兄弟も9人。だんだん子供の数は減っている。3世代で世代が変わる度に半減している勘定で、今では一人っ子は当たり前。統計で見てもわが国の出生率は1・25人ぐらいだからそれを裏付けている。


赤ちゃん

 昔の親は偉かった。4人、5人、8人、9人を平気で育てたのである。自分の場合を例にしても、私は戦中生まれ、姉は戦前。弟二人は戦後間もない頃の生まれ。経済的にも最も貧しい頃だった。食べることにも事欠いた。物がなく、小学校時代、配給物資をくじ引きで分け合ったこともある。食生活が貧しいから栄養失調の子供も。私もどちらかと言えば、その一人だった。肥満が溢れ、栄養失調という言葉が死語になった今とは大違い。




 そんな兄弟も立派にとはいかないまでも世間様にご迷惑をかけない程度の大人に育った。男3人だから兄弟喧嘩もした。わんぱくもした。その度に親父から怒られ、ゲンコツを食った。日常茶飯事だった。そんな親父は怖かった。学校に行けば先生から、これまたゲンコツ。それを家に帰って話そうものなら「お前が悪いからだ」と、またゲンコツだ。いたずらをして近所のオヤジから怒られることも珍しくはなかった。みんなが、みんなで子供を戒め、見守った。


男の子

 「ヘタに叱って性格が歪んだら・・・」。若い理学療法士のお父さんや、その奥さんが言うような迷いや心配は誰もしなかった。むしろ、そんな親父や先生、近所のオヤジのやり方がわかり易かった。今、国では子供手当て云々の論議をしている。もちろんあった方がいいに決まっている。でも、これだって、みんなの税金。裏を返せば借金の先食いだ。親に対する≪過保護≫にもみえる。むしろ、貧しいながらも何人もの子供を育てた昔の親達に、その根性を学びたい。子供手当ては、本当に政治家先生が言う少子化対策になるのか・・。




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若いお父さんの育児

 「うちの息子は5歳。その息子が最近、ウソを言ったり、言うことを聞かなくなって困るんです。我が家ではその育児を巡って毎日、夫婦喧嘩です。女房は『あなたがちゃんと教えないからですよ。このままだとこの子、大人になったら大嘘つきになってしまう』と私に責任を転嫁するし・・・。正直言って僕にはどうしたらいいか分からないんです」

男の子

 つまらぬことからムチウチ症を患った時、私は二日おきのペースで石和温泉郷にあるリハビリテーション病院に通っていた。週に一度のハリ治療もあったが、主には首の牽引とPT(理学療法)OT(作業療法)と呼ばれるマッサージ治療をするためだ。このリハビリ治療は2ヶ月近く続いたから、担当の理学療法士さんとも顔なじみ。お互いに気心も通じ合うのだ。マッサージをしてもらいながら、たわいもなく色々なことを話す。


リハビリ室

 育児の悩みを打ち明けたのは、年恰好から30歳過ぎて間もないくらいの若い理学療法士さん。私はうつ伏せになっているから、その表情こそ分からないが、育児の悩みは真に迫っていた。イケメンであるばかりか、いかにも真面目そうな青年で、そんな育児の悩みがなければ、可愛い子供を囲む美男、美女の仲睦ましいカップルであることが容易に想像できる。

男の子2

 この若者の打ち明け話とも、相談ともつかない話はさらに続く。



 「いう事を聴かないこともさることながら、平気でウソを言うのが心配。女房は『あまり怒ったら性格が歪む』と言って、手をこまねいているし、僕だってどうしたらいいか分からないんです」





 「その子は一人っ子ですか?」


 「そうです。始から一人の計画ですが、そうでなくても、こんなに難しいものなら、とてもこれ以上は無理ですよ。経済的にゆとりもありませんしねえ・・・」



 「経済的なゆとり?」



 「僕たちのような安給料じゃあ、二人、三人の子供なんか育てることは出来ませんよ」



 「安給料なんて、当たり前じゃあないの。何時の時代だって、あなたのようなお若い方々の給料なんて沢山くれるはずはありませんよ。経済的なゆとりはともかくとして、子供が悪いことをしたり、ウソを言ったら叱るのが当たり前。私はあなたより少しばかり歳を取っているからと言って、お説教じみて言うわけじゃあないけど、親が叱らなかったら子供はどうするんです」




 「でも、どう叱ったらいいか・・・」



 「あなたが感じたままを子供さんに伝えればいいんですよ。あんまり考えちまったらダメなんだよねえ。そのまま叱ればいいんじゃあないの。大きな声を出さなければならないこともあるし、時にはゲンコツだって・・。子供さんには、その意味が必ず伝わりますよ


 親子

 話を聞いたら、この理学療法士さんも一人っ子だという。いい子で叱られたことなどなかったのだろう。この若いお父さんの育児の悩み、今の世の中、どうやら特異なケースではなさそう。





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教科書の変化



信玄謙信_convert_20180114171546



 戦国の時代、川中島の合戦で名をはせた武田信玄と上杉謙信。言うならば天下取りを目指した甲信越のライバル同士。我が山梨では今もなお、英雄として人々の心に深く刻まれている。その信玄や謙信が教科書から消えるとあっては、少なからず、心穏やかではない。後に上杉鷹山を輩出した謙信の地元だって同じだろう。近代日本の先駆者となった坂本龍馬も教科書から消える候補の一人だという。積み重ねる歴史の運命とはそんなものだろう、と頭では分かっていても一抹の寂しさは隠すことが出来ない。

武田信玄

 折しも山梨の県都・甲府は来年、「開府500年」。武田氏が現在の甲府市北部の躑躅が崎に館を築き、甲斐の国を開いた、つまり「甲斐の国府」・「甲府」が出来たのである。そんな時に降ってわいた教科書記述問題は、山梨県人なら誰しも寂しいに違いない。甲斐も、武田も、甲府も、関係ない他県の皆さんだって、その気持ちだけは、ご理解いただけるだろう。




 武田氏は躑躅が崎に館を構えて南に«下町»を作った。時間は遥か後になるが、「新住居表示」とやらで、豊臣や徳川政権など後の時代をも含めた町の名前は、みんな消えた。往時を偲ぶと言えば、敵の侵入を妨げる鍵型の道路が中心部に一部残されているくらい。これとて車社会の現代では«邪魔者»になり下がった。




 躑躅が崎の館の裏手は信玄が生まれた要害山(温泉)。帯那山―太良峠を経て現在の山梨市に。つまり躑躅が崎の館の「裏(北)の護り」を任されたのは岩手氏。モノの本によれば、岩手氏は今の山梨市や甲州市など11ケ村を所領とし、峡東地方と呼ばれる一帯に«睨み»をきかせた。


 一方で、武田家の旗奉行も務めた。旗奉行とは戦(いくさ)時には前線に本陣からの指示を伝え、その報告を担う役目。一番槍の言葉に代表されるように敵の首を幾つ取ったかが、武門の誉とされた時代にあっては役目柄、目立たぬ存在であったことは想像に難くない。




 岩手氏の何代目に当たるのかは定かではないが、縄美の子に信盛(のぶもり)という人物がいた。岩手氏は元々、武田氏の親戚で、信盛は信虎の従弟に当たる。この地に残る名刹・信盛院(しんじょういん)は、その名の通り信盛の開基。信盛(信盛院殿宥山雲公大庵主)の墓は今も信盛院にある。



    信盛院は5年前、先代住職の死去に伴う新住職・村上隆司師の晋山(入山)に合わせて450遠忌の法要を営んだ。逆算すると、信盛院は開府して間もない頃、生まれたことになる。隆司師は、信盛院開基以来、代々寺親を務める我が家を「安下処」として晋山した。


信盛院


 信盛院の目と鼻の先には、やはり信盛が庇護したと言われる大石神社がある。その名の通り、小高い丘ともいえる山の上に直径10m、20mを超す巨岩が幾つもあって、今では関東一円のアマチュア・ロッククライマーの人気スポットとなっている。なぜ、こんな山の上に巨岩が? 古代、地層の隆起がもたらした産物なのだが、見た人は疑問を持つに違いない。岩手氏は武田氏滅亡後も生き延び、徳川の世でも旗本をキープするのである。


大石神社


   我が家の前を走る古道・秩父往還の裏街道は、車社会では用なしの、ただの散歩道に過ぎなくなった。往時を偲ぶものもなくなって、大きな歴史のるつぼに消えてゆく。おしなべて多くの歴史遺産の伝導は教科書への記述に留まらず、それぞれの歴史に詳しい語り部によるところも少なくない。そのいずれもがなくなったら先人が築いてきた「過去の歴史」は巨大な消しゴムのように次々とかき消されるのだ。




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進むジェンダーフリー

学校

 オンボロの木造から鉄筋に変わって久しい校舎の中央から放射線状に張られた万国旗。その下で元気いっぱい跳んだり、跳ねたりする子供たち。この二つを除けばみんな様変わりしていた。厳密に言えば、子供たちもだ。グラウンドに並ぶ子供たちの数は、へえ~と思うほど減った。少子化の波は容赦なく学校を襲っていた。

おとこのこ
 地元の小学校の運動会に招かれた。この学校は、今は山梨市立の小学校だが、旧村時代からの伝統校。100年以上の歴史を持つ。女の子の児童会長が持つ校旗を先頭に入場行進、グラウンドに整列した児童たちを前に、まずは校長先生が挨拶する。




 「心配された新型インフルエンザも皆さんの努力で立派にはねのけて、今日は全校児童64人が一人も休むことなく、参加しての運動会となった。沢山の思い出を作ってください」




 児童の数ひと頃の3分の1、4分の1にも減っていた。全校でたったの64人だから、一学年10人前後しかいない勘定だ。入場、整列、そして全てのプログラムは全校児童を紅白に分けての対抗戦。1年生から6年生までの男女をほぼ2等分しているのである。




 おやっ、と思ったのは児童の運動着男の子も女の子もみんな同じなのだ。上は白、下は横に白いストライブの入った青色の短パン。よく見ないと男の子なのか女の子なのか区別がつかない。女のこの運動着として長い歴史を刻んだ≪ブルーマ≫は完全に姿を消していた。紅白チームの区別は裏返しで被れる帽子の赤と白の識別だけ。もう一つ、選手紹介のアナウンス。男の子も女の子も全て「○○さん」。かつての男の子の呼称「○○君」は完全に学校から消えていた。皮肉な言い方をすれば、無理やり男女を平等?に。


体操着

 そうか、ジェンダーフリーと言うヤツか。ふと、この夏、奥秩父山塊の一角で開いた子供キャンプの折、スタッフの一人でもあるベテラン女教師が言った言葉を思い出した。




 「人を男とか女で見るのではなく、まず人間としてみて、結果的にそれが女であったり、男であったりするんです。初めから男と女を区別してはいけない」



男の子           女の子


 改めてインターネットで「ジェンダーフリー」を検索してみた。どこでどなたが書いているのか分からないが、あるある。運動会で見た光景の全てが事細かく書いてある。学籍名簿の男女の区別はもちろん、ランドセルの赤、黒の色に対する疑問まで。「男女」を「女男」とも置き換えているのである。正直言って、私にはどうしてそこまでしなければならないのか分からない。



ランドセル

 一方、なるほどと思ったのは競技に入る前の準備体操。かつては「ラジオ体操第一」が準備体操の定番だった。ところが見事に振り付けしたストレッチ体操に変わっていた。子供たちの競技や演技を見守るグラウンド周囲の父兄席はスマートなアウトドア用のテントが。座席も茣蓙(ゴザ)ではなく携帯用の椅子だ。 そこでのお父さんやお母さんはビデオカメラで可愛いわが子の姿を追っていた。




 変わらないのは本部テントに隣接して設けられた来賓席。区長や市教委、市議会の代表、PTAや老人クラブ、安協などの代表が並んでいる。その顔ぶれは変わっても肩書き中心の大人たちのやり方は変わらない。いつしか自分もそんな所に座る年齢になっていた。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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