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進むジェンダーフリー

学校

 オンボロの木造から鉄筋に変わって久しい校舎の中央から放射線状に張られた万国旗。その下で元気いっぱい跳んだり、跳ねたりする子供たち。コロナ禍の影響はさて置いて、この二つを除けばみんな様変わりしていた。厳密に言えば、子供たちもだ。グラウンドに並ぶ子供たちの数は、へえ~と思うほど減った。少子化の波は容赦なく学校を襲っていた。

おとこのこ
 地元の小学校の運動会に招かれた。この学校は、今は山梨市立の小学校だが、旧村時代からの伝統校。100年以上の歴史を持つ。女の子の児童会長が持つ校旗を先頭に入場行進、グラウンドに整列した児童たちを前に、まずは校長先生が挨拶する。




 「今年はコロナ禍での運動会。でも、みんなで思う存分、運動会を楽しみ、沢山の思い出を作ってください」




 児童の数ひと頃の3分の1、4分の1、私たちの時代に比べれば7分の1,8分の1にも減っていた。全校でたったの30数人だから、一学年5人ちょっとの勘定だ。入場、整列、そして全てのプログラムは全校児童を紅白に分けての対抗戦。1年生から6年生までの男女をほぼ2等分しているのである。




 おやっ、と思ったのは児童の運動着男の子も女の子もみんな同じなのだ。よく見ないと男の子なのか女の子なのか区別がつかない。もちろん靴もそうだ。女の子の運動着として長い歴史を刻んだ≪ブルーマ≫は、とっくに姿を消していた。紅白チームの区別は裏返しで被れる帽子の赤と白の識別だけ。もう一つ、各種の児童紹介のアナウンス。男の子も女の子も全て「○○さん」。かつての男の子の呼称「○○君」は学校から消えていた。皮肉な言い方をすれば、無理やり?男女を平等に。


体操着

 そうか、ジェンダーフリーと言うヤツか。ふと、何年か前、奥秩父山塊の一角で開いた子供キャンプの折、スタッフの一人でもあるベテラン女教師が言った言葉を思い出した。




 「人を男とか女で見るのではなく、まず人間としてみて、結果的にそれが女であったり、男であったりするんです。初めから男と女を区別してはいけない」



男の子           女の子

 改めてインターネットで「ジェンダーフリー」を検索してみた。どこで、どなたが書いているのか分からないが、あるある。運動会で見た光景の全てが事細かく書いてある。学籍名簿の男女の区別はもちろん、ランドセルの赤、黒の色に対する疑問まで。「男女」を「女男」とも置き換えているのである。正直言って、私にはどうしてそこまでしなければならないのか分からない。



ランドセル

 一方、なぜかホッとしたのは競技に入る前の準備体操。「ラジオ体操第一」だった。昨年は確か、見事に振り付けしたストレッチ体操だった。子供たちの競技や演技を見守るグラウンド周囲の父兄席はスマートなアウトドア用のテントが。座席も茣蓙(ゴザ)ではなく携帯用の椅子だ。 そこでのお父さんやお母さんはビデオカメラで可愛いわが子の姿を追っていた。




 変わらないのは本部テントに隣接して設けられた来賓席。各地区の区長や市教委、PTAや老人クラブ、各種行政委員などの代表が並んでいる。その顔ぶれは変わっても肩書き中心の大人たちのやり方は変わらない。いつしか自分もそんな所に座っていた。

 今年はコロナ禍を反映して、市議会の代表を来賓から外したり、来賓の挨拶は市長を除いて、全てカット。何より、プログラム自体を午前中で終わりに。よく考えたら、運動会の定番・万国旗もなかった?それは兎も角、子供たちの一挙手、一投足、元気いっぱいの競技がコロナ禍を吹っ飛ばしていた。でもマスク姿の競技が、やっぱりコロナ禍の運動会を強烈に印象付けていた。

 来賓紹介の時、こちらから「おはようございます」、「頑張ってください」とやると、その都度、返事が返って来る。オープニング行事の太鼓演奏や、競技の合間に盛り込んだ「ソーラン踊り」も息の合った演技が。第一、子供たちの眼がいい。全校が一つにまとまっていた。小規模校ならではか。




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子供たちのケイタイ

 もうすぐクリスマスやお正月。子供たちにとってクリスマスプレゼントやお年玉がもらえる心弾む季節だ。夏休みほど長くはないが、楽しい冬休みにもなる。その一方で大人たちは「子供対策」を考えるのである。プレゼントやお年玉ばかりではない。冬休み中の「生活指導」の方策だ。


クリスマスケーキ   プレゼント   お正月


 昨夜、公民館で「青少年育成地区市民会議」が開かれた。四つの地区の区長を始め、PTA育成会体育協会老人クラブ人権擁護委員民生委員消防団に至るまで各種団体の代表が集まって冬休み中の子どもたちの生活指導について協議するのである。もちろん、小、中学校の校長先生や生活指導担当の先生など学校側の代表も出席する。


青少年育成会議1


 気が緩みがちな子供たちの非行防止や健全育成について地域や家庭、学校の立場から話し合うのだが、その中身は、地域ぐるみの挨拶運動の展開、家族の間でのコミュニケーションを促すための団欒など主だったものは同じ。だが、だんだん重きを増しているのは、やっぱりスマホインターネットの存在だ。




 「携帯電話やインターネットの使い方について家族でよく話し合うと共に、アダルト、出会い系サイトへの接続防止ソフトやプロバイダのフィルタリングサービスを利用し、青少年に視聴できないようにしましょう」




 「携帯電話は安易に買い与えないようにしましょう



 資料のプリントには、こんな所にアンダーラインや◎が。論議も、このスマホやインターネットに集中する。


青少年育成会議2


 論議の行き着く先は「子供に携帯電話は必要か」「学校に持ち込ませないように規制すべきだ」ということになる。学校側は「教育現場では必要ないものだが、子供の安全対策連絡のため必要、というご父兄の声もある」と、戸惑いも。つまり、総じて大人たちは、このケイタイを「モシモシ」の電話としてだけしか捉えていないのである。





 この論議を子供たちが聞いたら「今の大人たちは何にも分かっちゃあいねえんだよなあ~」と笑うだろう。子供たちにとってケイタイはもはや電話ではなく、もっと高度な、もっと「普通な」IT機器なのである。その奥深い、子供たちには当たり前のケイタイを知らないのは、そこに居る先生も含めて、私たち大人たちだろう。




 大人たちは大抵の事なら子供たちのする事、考える事は分かる。自分が来た道だからだ。しかし、ケイタイやインターネットは、その来た道に全くなかった。「俺たちは・・・」とハナから遠巻きに居る人達はもちろん、分かっているようなつもりでいる大人たちでさえ、実はほとんど分かっていないのだ。




 そこにケイタイやインターネットをめぐる指導の難しさがある。事実、この日の会議でも同席した校長先生は「実は私たちにも・・・」と本音をちらり。こうしている間にも子供たちは、どんどん、その奥へ奥へと入っていっているのである。もし、指導をするとすれば、もはや家庭の域を超えていることに気づいていない。しっかりしないと事故が起きる。





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師への恩

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 母校は健在だった。同窓会役員の片割れとして母校・日川高校の卒業式に臨席して、そんなことを思った。1時間半の式典の一部始終を目の当たりにして、そう感じたのは私ばかりではなかった。私の隣に座っていた先輩役員は、こんなことを言った。




 「オレねえ、毎年のことだけど、この卒業式に来ると胸が熱くなるんだよ。礼儀正しく、しかも粛々と式に臨む母校の生徒たちを見ると,正直言って何か心を洗われるような気持ちになる。だから、ここへのお招きは欠席しないんだ。今の若いヤツ等、立派だよ」





 どの学校も同じだが、式場は体育館。それなりにビニールカーペットを敷くなど床に養生をするが、紅白の幕などは一切使わない。卒業式特有のある種の華やかさはない。一見、地味にも見えるが、それがいい。校訓でもある「質実剛毅」「文武両道」が逆に際立つのだ。


 
質実剛健
山梨県立日川高等学校HPより


 式は国歌斉唱にはじまり、「仰げば尊し」、「蛍の光」、校歌の斉唱で終わる。もちろん県旗と共に国旗も掲揚してある。ここでは「仰げば尊し」や「蛍の光」を「式歌」ときちっと位置付けていた。だから卒業式が引き締まるのだろう。



 かなり前のことだった。「荒れる卒業式」などと揶揄された時代があった。混乱の嵐が全国を席巻したのである。山梨も例外ではなかった。どちらが先かは別にして、そんなムードは成人式にまで飛び火した。




 いわば若者達の反乱だ。国歌や「仰げば尊し」を歌わないばかりか、校歌すら歌うことをしなかった。山梨の場合、「総合選抜」という入試制度にどう考えても問題がなかったとは言えない。でも自分の学び舎であることには違いない。そればかりか国旗の掲揚をも拒み、学校や教育委員会を慌てさせた。




 その裏には直接的か、間接的かは別に≪教育≫の影響があったことは確かだろう。それが多感な若者達の間で火を噴いた。今でも国旗、国歌を軍国主義の象徴と捉えて止まない≪進歩的な先生≫が教育現場には少なからずお出でになるのだそうだ。教育は、純粋で多感な子ども達を右にも左にも動かしていく。そう考えると怖い。



日川高校卒業式




 「仰げば尊し」を歌わなくなったのは生徒が、ましてや児童が言い出したわけでもあるまい。≪進歩的な先生≫のリードがそうさせたことは明白。「仰げば尊し わが師の恩・・・」。先生は言うまでもなく、親や先輩への「恩」、つまり「敬う心」を教えることを放棄したら、その先がどうなるかは、言わずもがなである。その子どもたちが親になる。今、日本中に氾濫する≪モンスター・ピィアレント≫が一つの象徴だ。給食費は払わない。自己中心で、ちょっとでも不都合なことがあれば学校に怒鳴り込む。自分の子供が先生からゲンコツでも食おうものなら大騒ぎだ。誰でもが分かるはずの≪秩序≫を平気でぶっ壊していく。




 世の中とは面白い。そのモンスター・ピィアレントに閉口し、手を焼いてている先生達は、それを作ったのが自分たちの教育であったことに気付いていない。そうでなければ気付こうとしないのだ。輪廻というか、しっぺ返しなのである。こちらは粛々と行なわれた卒業式の一部始終を見せていただく一方で、そんなことを考えたりもした。


 「目標を日々追い求めることが大事。目標の前には目的があり、その先には夢がある」(校長)、「これからの社会を生き抜くためには受け身の姿勢ではなく、どのような未来を創っていくかと言う目的を自ら考える力が不可欠」(県知事メッセージ)

  卒業生たちへの餞の言葉は若者達のこれからの人生指針となるはずだ。 




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母校の卒業式

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 限られた時間とは言え、厳粛な雰囲気の中に身を置く事の心地よさ。3月1日。今年も母校・日川高校の卒業式に招かれた。卒業生や在校生達の爽やかな一挙手一投足、無駄のない研ぎ済まされた式の進行が「厳粛さ」を醸し出すのだろう。



 「ただいまより山梨県立日川高等学校の平成30年度卒業証書授与式を挙行いたします」



 荻野智夫教頭の歯切れのいい開式の言葉が済むと式場となった広い体育館の後方から在校生が奏でるブラスバンドの演奏が。国歌「君が代」。その音色は厳粛の中にも生演奏だけに迫力がある。卒業生や在校生はむろん、教職員や父兄、私達来賓が全員、起立して国歌を斉唱。卒業式の始まりである。




 正面のステージ天井からは国旗と山梨県旗が垂れ下がり、中央の演壇脇には校旗が。武井多加志校長が、その演壇に立つと卒業生の名前が一人一人読み上げられて行く。「ハイ!」。「ハイ!」…。6つのクラス担任の読み上げに応えて起立して行く卒業生の元気な返事が静まりかえった式場に響き渡った。


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 男性教師に混じって卒業生名簿を読み上げる女性教師は、申し合わせたように和服姿。校長や教頭は式服をまとっていた。卒業生名簿の読み上げが終わると、代表が中央から演壇前に上がり、校長から二つ折りにファイルされた卒業証書を受け取るのである。




 再び登壇した武井校長は胸の内ポケットからおもむろに取り出した式辞を読み上げ、丸山公夫同窓会長やPTA会長ら来賓の祝辞が。来賓席には私達同窓会やPTAの役員、歴代の同校校長らのほか、県議会議員や地元市長、学区内の中学校の校長も。そうした来賓も一人一人、そつなく紹介されて行く。




 式次第に沿って淡々と進められていくのだ。その一つ一つに無駄がない。全体に厳粛さを醸し出す由縁がそこにあるのかも知れない。在校生代表の送辞、卒業生代表の答辞。これも定番とはいえ、式は第二のクライマックスへ。答辞を述べる卒業生の代表は、3年間の学園生活を振り返りながら、感極まって声を詰まらせ、耳を傾ける人達の胸を熱くした。送辞、答辞の代表は新旧の生徒会長だろう。




 同校では国歌「君が代」の斉唱はむろん、「仰げば尊し」と「蛍の光」を卒業式の「式歌」として、きちっと位置づけている。卒業生が歌い、これに応えるように在校生の「蛍の光」が。これに校歌が続いて卒業式は最後のクライマックスを迎えるのである。もちろん、その伴奏は迫力に満ちたブラスバンドの演奏。ブラスバンドは関東大会や全国大会で上位入賞の実績を持つ吹奏楽部。卒業式のムードはいやがうえにも盛り上がり、ちょうど1時間半のフィナーレを迎えてていくのだ。




 胸に薔薇の花を付けた卒業生達。正面の校旗や正面脇の壁に掲げられた「質実剛毅」(校訓)の掲額を見詰めながら歌う生徒達の目には涙が。卒業式のこんな光景は来賓席のオジサンや在校生の後ろにずらりと座っているお父さんやお母さん達にもみんな経験がある。その経験は私のように60数年前であったり、60年以上、逆に40年、30年前の人もいる。


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 不思議なことに、毎年、同じように繰り返されている卒業式の一コマ一コマが、みんな新鮮に映り、そのたびに心を洗われるような熱いものを感ずるのである。(次回に続く)




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今時の若者

 大人たちはよく言う。「今時の若いモンは」と。私だってそう思ったことはいっぱいある。でも、とんでもない。「今時の若いモン」は、少なくとも私たちの子供の頃より、ずっとしっかりしているし、今を憂い、将来を、未来を真剣に考えていると思った。

高校生

 そんなことを痛烈に実感させられたのは高校生の弁論大会であり、中学生の作文コンクールだった。



 高校生の弁論大会。大会は山梨県の高校ユネスコが毎年開いている主張大会だ。ここでは同県下の高校ユネスコ部の代表が一堂に会して持ち時間6分で、それぞれの主張を競うのである。国際理解、相互理解など幅広い見地から意見を述べるのだが、もちろん内容は様々。




 発展途上国における飢餓に言及し、飽食の日本に置き換えて平気で食べ残しをする現実に「もったいない運動」を提唱する者もいた。そうかと思えば国連の現実に疑問を呈する生徒も。米国、ロシア、英国、仏国、中国など世界大戦の戦勝国でリードされている現実への疑問だ。


地球  


 食料自給率40%の日本。それを分かっていながら毎日大量に捨てられている食べ物。民主主義を標榜しながら≪強者支配≫の国連。高校生たちは国際感覚で疑問を呈し、改善を訴えた。もちろんテーマは食料や国連ばかりではない。様々な角度から論じた。




 コンクールだから採点しなければならない。6人の審査員はみんな頭を抱えた。甲乙つけがたいからだ。表彰式で講評役を仰せつかった私はこんなことを言わせていただいた。




 「高校生の皆さんが自らや自分たちが住む社会をしっかりと見つめ、新たなステップを見出そうとしている。その姿勢に感銘した。主張や提言が自らの体験や勉強に立脚しているから説得力もある・・・」




 驚いたのは若者たちの国際感覚だ。たまたまかもしれないが、帰国子女がいたり、夏休みなどを利用した外国での短期留学・ホームステイを経験している生徒が目立った。若者たちはそこで「何か」を感じ取って帰って来ている。


飛行機


 すぐ自分と重ね合わせてしまうオジサンの悪い癖だが、私たちの高校生の頃は外国に行くことなど夢のまた夢。全く遠い存在だったから、むしろ考えにも及ばなかった。「トリスを飲んでハワイに行こう」。こんなキャッチコピーのコマーシャルがテレビやラジオで、ぼつぼつ流れ始めようとしている時代だった。ハワイが外国、いわばあこがれの地だったのである。新婚旅行はまだ国内一辺倒。因みに山梨に住む私たち夫婦の新婚旅行は南紀白浜だった。




 ユネスコの弁論による主張が高校生なら、こちらは「人権」をテーマにした作文。甲府地方法務局と山梨県人権擁護委員連合会が毎年、同県下の中学生を対象に実施しているもので、ここでも若者たちは、大人たちをハッと思わせるような論陣を張った。それがまた自らの体験に基づいたものであったことは言うまでもない。 




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 職場を離れた後は«農業もどき»で頑張っています。傍ら、人権擁護委員やロータリー、ユネスコなどの活動も。農業は«もどき»とはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定もします。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは、身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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