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師への恩

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 母校は健在だった。同窓会役員の片割れとして母校・日川高校の卒業式に臨席して、そんなことを思った。1時間半の式典の一部始終を目の当たりにして、そう感じたのは私ばかりではなかった。私の隣に座っていた先輩役員は、こんなことを言った。




 「オレねえ、毎年のことだけど、この卒業式に来ると胸が熱くなるんだよ。礼儀正しく、しかも粛々と式に臨む母校の生徒たちを見ると,正直言って何か心を洗われるような気持ちになる。だから、ここへのお招きは欠席しないんだ。今の若いヤツ等、立派だよ」





 どの学校も同じだが、式場は体育館。それなりにビニールカーペットを敷くなど床に養生をするが、紅白の幕などは一切使わない。卒業式特有のある種の華やかさはない。一見、地味にも見えるが、それがいい。校訓でもある「質実剛毅」「文武両道」が逆に際立つのだ。


 
質実剛健
山梨県立日川高等学校HPより


 式は国歌斉唱にはじまり、「仰げば尊し」、「蛍の光」、校歌の斉唱で終わる。もちろん県旗と共に国旗も掲揚してある。ここでは「仰げば尊し」や「蛍の光」を「式歌」ときちっと位置付けていた。だから卒業式が引き締まるのだろう。



 かなり前のことだった。「荒れる卒業式」などと揶揄された時代があった。混乱の嵐が全国を席巻したのである。山梨も例外ではなかった。どちらが先かは別にして、そんなムードは成人式にまで飛び火した。




 いわば若者達の反乱だ。国歌や「仰げば尊し」を歌わないばかりか、校歌すら歌うことをしなかった。山梨の場合、「総合選抜」という入試制度にどう考えても問題がなかったとは言えない。でも自分の学び舎であることには違いない。そればかりか国旗の掲揚をも拒み、学校や教育委員会を慌てさせた。




 その裏には直接的か、間接的かは別に≪教育≫の影響があったことは確かだろう。それが多感な若者達の間で火を噴いた。今でも国旗、国歌を軍国主義の象徴と捉えて止まない≪進歩的な先生≫が教育現場には少なからずお出でになるのだそうだ。教育は、純粋で多感な子ども達を右にも左にも動かしていく。そう考えると怖い。



日川高校卒業式




 「仰げば尊し」を歌わなくなったのは生徒が、ましてや児童が言い出したわけでもあるまい。≪進歩的な先生≫のリードがそうさせたことは明白。「仰げば尊し わが師の恩・・・」。先生は言うまでもなく、親や先輩への「恩」、つまり「敬う心」を教えることを放棄したら、その先がどうなるかは、言わずもがなである。その子どもたちが親になる。今、日本中に氾濫する≪モンスター・ピィアレント≫が一つの象徴だ。給食費は払わない。自己中心で、ちょっとでも不都合なことがあれば学校に怒鳴り込む。自分の子供が先生からゲンコツでも食おうものなら大騒ぎだ。誰でもが分かるはずの≪秩序≫を平気でぶっ壊していく。




 世の中とは面白い。そのモンスター・ピィアレントに閉口し、手を焼いてている先生達は、それを作ったのが自分たちの教育であったことに気付いていない。そうでなければ気付こうとしないのだ。輪廻というか、しっぺ返しなのである。こちらは粛々と行なわれた卒業式の一部始終を見せていただく一方で、そんなことを考えたりもした。


 「目標を日々追い求めることが大事。目標の前には目的があり、その先には夢がある」(校長)、「これからの社会を生き抜くためには受け身の姿勢ではなく、どのような未来を創っていくかと言う目的を自ら考える力が不可欠」(県知事メッセージ)

  卒業生たちへの餞の言葉は若者達のこれからの人生指針となるはずだ。 




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母校の卒業式

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 限られた時間とは言え、厳粛な雰囲気の中に身を置く事の心地よさ。3月1日。今年も母校・日川高校の卒業式に招かれた。卒業生や在校生達の爽やかな一挙手一投足、無駄のない研ぎ済まされた式の進行が「厳粛さ」を醸し出すのだろう。



 「ただいまより山梨県立日川高等学校の平成30年度卒業証書授与式を挙行いたします」



 荻野智夫教頭の歯切れのいい開式の言葉が済むと式場となった広い体育館の後方から在校生が奏でるブラスバンドの演奏が。国歌「君が代」。その音色は厳粛の中にも生演奏だけに迫力がある。卒業生や在校生はむろん、教職員や父兄、私達来賓が全員、起立して国歌を斉唱。卒業式の始まりである。




 正面のステージ天井からは国旗と山梨県旗が垂れ下がり、中央の演壇脇には校旗が。武井多加志校長が、その演壇に立つと卒業生の名前が一人一人読み上げられて行く。「ハイ!」。「ハイ!」…。6つのクラス担任の読み上げに応えて起立して行く卒業生の元気な返事が静まりかえった式場に響き渡った。


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 男性教師に混じって卒業生名簿を読み上げる女性教師は、申し合わせたように和服姿。校長や教頭は式服をまとっていた。卒業生名簿の読み上げが終わると、代表が中央から演壇前に上がり、校長から二つ折りにファイルされた卒業証書を受け取るのである。




 再び登壇した武井校長は胸の内ポケットからおもむろに取り出した式辞を読み上げ、丸山公夫同窓会長やPTA会長ら来賓の祝辞が。来賓席には私達同窓会やPTAの役員、歴代の同校校長らのほか、県議会議員や地元市長、学区内の中学校の校長も。そうした来賓も一人一人、そつなく紹介されて行く。




 式次第に沿って淡々と進められていくのだ。その一つ一つに無駄がない。全体に厳粛さを醸し出す由縁がそこにあるのかも知れない。在校生代表の送辞、卒業生代表の答辞。これも定番とはいえ、式は第二のクライマックスへ。答辞を述べる卒業生の代表は、3年間の学園生活を振り返りながら、感極まって声を詰まらせ、耳を傾ける人達の胸を熱くした。送辞、答辞の代表は新旧の生徒会長だろう。




 同校では国歌「君が代」の斉唱はむろん、「仰げば尊し」と「蛍の光」を卒業式の「式歌」として、きちっと位置づけている。卒業生が歌い、これに応えるように在校生の「蛍の光」が。これに校歌が続いて卒業式は最後のクライマックスを迎えるのである。もちろん、その伴奏は迫力に満ちたブラスバンドの演奏。ブラスバンドは関東大会や全国大会で上位入賞の実績を持つ吹奏楽部。卒業式のムードはいやがうえにも盛り上がり、ちょうど1時間半のフィナーレを迎えてていくのだ。




 胸に薔薇の花を付けた卒業生達。正面の校旗や正面脇の壁に掲げられた「質実剛毅」(校訓)の掲額を見詰めながら歌う生徒達の目には涙が。卒業式のこんな光景は来賓席のオジサンや在校生の後ろにずらりと座っているお父さんやお母さん達にもみんな経験がある。その経験は私のように60数年前であったり、60年以上、逆に40年、30年前の人もいる。


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 不思議なことに、毎年、同じように繰り返されている卒業式の一コマ一コマが、みんな新鮮に映り、そのたびに心を洗われるような熱いものを感ずるのである。(次回に続く)




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今時の若者

 大人たちはよく言う。「今時の若いモンは」と。私だってそう思ったことはいっぱいある。でも、とんでもない。「今時の若いモン」は、少なくとも私たちの子供の頃より、ずっとしっかりしているし、今を憂い、将来を、未来を真剣に考えていると思った。

高校生

 そんなことを痛烈に実感させられたのは高校生の弁論大会であり、中学生の作文コンクールだった。



 高校生の弁論大会。大会は山梨県の高校ユネスコが毎年開いている主張大会だ。ここでは同県下の高校ユネスコ部の代表が一堂に会して持ち時間6分で、それぞれの主張を競うのである。国際理解、相互理解など幅広い見地から意見を述べるのだが、もちろん内容は様々。




 発展途上国における飢餓に言及し、飽食の日本に置き換えて平気で食べ残しをする現実に「もったいない運動」を提唱する者もいた。そうかと思えば国連の現実に疑問を呈する生徒も。米国、ロシア、英国、仏国、中国など世界大戦の戦勝国でリードされている現実への疑問だ。


地球  


 食料自給率40%の日本。それを分かっていながら毎日大量に捨てられている食べ物。民主主義を標榜しながら≪強者支配≫の国連。高校生たちは国際感覚で疑問を呈し、改善を訴えた。もちろんテーマは食料や国連ばかりではない。様々な角度から論じた。




 コンクールだから採点しなければならない。6人の審査員はみんな頭を抱えた。甲乙つけがたいからだ。表彰式で講評役を仰せつかった私はこんなことを言わせていただいた。




 「高校生の皆さんが自らや自分たちが住む社会をしっかりと見つめ、新たなステップを見出そうとしている。その姿勢に感銘した。主張や提言が自らの体験や勉強に立脚しているから説得力もある・・・」




 驚いたのは若者たちの国際感覚だ。たまたまかもしれないが、帰国子女がいたり、夏休みなどを利用した外国での短期留学・ホームステイを経験している生徒が目立った。若者たちはそこで「何か」を感じ取って帰って来ている。


飛行機


 すぐ自分と重ね合わせてしまうオジサンの悪い癖だが、私たちの高校生の頃は外国に行くことなど夢のまた夢。全く遠い存在だったから、むしろ考えにも及ばなかった。「トリスを飲んでハワイに行こう」。こんなキャッチコピーのコマーシャルがテレビやラジオで、ぼつぼつ流れ始めようとしている時代だった。ハワイが外国、いわばあこがれの地だったのである。新婚旅行はまだ国内一辺倒。因みに山梨に住む私たち夫婦の新婚旅行は南紀白浜だった。




 ユネスコの弁論による主張が高校生なら、こちらは「人権」をテーマにした作文。甲府地方法務局と山梨県人権擁護委員連合会が毎年、同県下の中学生を対象に実施しているもので、ここでも若者たちは、大人たちをハッと思わせるような論陣を張った。それがまた自らの体験に基づいたものであったことは言うまでもない。 




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貧乏農家の絆

 中学時代や高校、大学の頃、明日は試験というのに何の準備もしていなかった時「困った」と素直に思う一方で「え~い、今更・・。どうにでもなれ」と、開き直った経験は少なからず、どなたにもおありだろう。怠け者のご粗末を、どなたでもと言ったら叱られる。


畑


 百姓の実家を離れ、東京で気ままに過ごした学生時代はともかく、だだっ広い農地を抱え、四苦八苦していた親父たちを見ていた中学、高校の頃、子供たちの畑仕事への手伝いは当たり前に思った。戦後の農地解放で田畑の面積は大幅に減ったとはいえ、それでも2丁歩以上の土地が残った。親父たちは苦労した。機械力もない時代である。自らの農地を手にした人たちは、その耕作に専念しなければならないので、他人(ひと)の手伝いをしたくても、それを許してくれないのだ。勢い、それぞれが頑張るしかなかったのである。そんな親達が心配にもなった。学生の頃も休みで実家に戻れば文句なく畑仕事を手伝った。親孝行などとたいそうなものではなく、当たり前だった。





 親父の背中を見て4人の子供たちは、不平を言わなかった。言わなかったというより、子供心にも言えなかった。朝は学校に行く前、野良仕事を手伝い、帰ってくれば当たり前に田圃や畑に。お蚕さんと呼んだ養蚕の時期には桑やりを蚕のお腹に合わせなければならないので、夜中も朝っぱらも関係なかった。蚕を「お蚕さん」といい、桑を与えることを「あげる」と言ったことからも、蚕がいかに大切だったかがお分りだろう。眠たい目をこすりながら手伝うのだ。最も忙しい農繁期ともなれば朝飯を食べるのは、いつも野良。時間稼ぎである。子供たちは学校の始業時間に合わせて飛び返り、学校へ。


蚕      繭


 こんなことを並べ立てると、まるで子供をこき使う収容所のように聞こえるかもしれないが、そこは自由奔放な田舎の子供。地域の子供たちと群れになって遊んだし、わんぱくもした。それに加えての百姓の手伝いである。当時も学校の先生がよく言った予習も復習も疲れて出来るはずがない。朝も同じで、学校では居眠りか、目を開けているのが精いっぱい。元々が勉強嫌い。どう考えたって、そんな子供の成績がいいはずがない。


畑2  


 教育ママ、教育パパが氾濫している今では、およそ考えられないし、ひんしゅくを買い、場合によっては「なんとひどいことを・・・」と叱られるかもしれない。でも、当の子供たちはなんとも思わなかった。一方の親父やおふくろたちはどう考えていたかは知る由もないが、恐らく忸怩たる思いをしていただろうことは、自分がその立場になってみると分かる気がする。心の内は生活の現実と子どもたちの教育の狭間に立たされていたはずだ。




 時はそんな経緯を知らないように経って行く。不思議なことに子供たちは、みんなそこそこに育ち、今を生きている。翻って今の子供たちが羨ましくも見え、かわいそうにも思えるのだ。学校から帰れば塾通い。家に戻ったら戻ったで勉強、勉強だ。夏休みや冬休みも塾通いだから休みがないのも同じだ。社会人への入り口・就職試験で父親の職業について聞かれ、農業であることは知っていても、その畑や果樹園がどこにあるかさえ知らない人がいっぱい。家庭の連帯や家族を思う心は確実に希薄になっている。今、新聞やテレビを賑わわせている高齢な親のほったらかしや所在不明騒ぎ。何も小難しいことを言うつもりはないが、勉強、勉強優先の家庭教育は、そんな社会をさらに助長していくのだろうか。




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ボランティア先生

勉強会


  子供の頃、ろくに勉強しなかった人間が今、週に一度のペースとはいえ、学校で子どもたちと一緒に勉強している。私が住む山梨市の教育委員会にはボランティアによる「学校支援制度」というのがあって、外野にいるそれぞれの分野の人達が忙しい先生達をバックアップしたり、フォローするのだ。とりあえずは2年任期。教育委員会が各分野の適任者に白羽の矢を当て、教育長が委嘱するのである。正確には「学校支援コーディネーター」と呼んでいる。いわば民間のボランティア先生だ。


勉強会3



 この制度は文部科学省が全国幾つかの市町村を選んで設けた教育畑での民活モデル事業である。教育に関わる資材、教材などの経費は予算化されているが、そのための人件費はなく、原則的にはまったくのボランティア。定期的に市内小中学校の代表教諭も交えて打ち合わせのための会議を開くが、ボランティア先生はスポーツの分野もあれば、英語や理科、社会、図書館司書など多岐に渡る。私が委嘱され、担当するのは「学芸」といわれる分野で、文章の書き方や学校新聞作りがテーマ。文科省は教育現場に民間の風を導入しようとしているのだ。


勉強会4


 メンバーは学校の校長先生などのOB、いわゆる教育経験者がほとんど。私のような生粋の民間人は数少ない。未知の制度でスタートからそれ程時間が経っていないので、正直言って学校側にも、それを支えるボランティア側、さらに教育委員会にだって戸惑いは隠せない。



 「自分たちが住む地域をもっと知ろう。知ったらそれをみんなに知らせよう」



 そんなテーマで先頃、山梨市にある日下部小と山梨北中の児童、生徒25人を集め、学習会を開いた。子供たちの身の回りに近い史跡や文化財を実際に見て回り、そこで学んだことを、自由な切り口で記事にまとめ、夏休み明けに、それぞれの学校で発表してみようというものだ。社会科というか郷土史の勉強と、それを記事にまとめる文章力養成の二段構えの講座である。主には前段を郷土史に詳しい学芸コーディネーターが担当、後段を私が受け持つことになっている。3人のコーディネーターはもちろん事前に打ち合わせをする。


勉強会2


 これより先、やはり山梨市立の岩手小学校では、文章の書き方教室をスタートさせた。放課後の1時間半ぐらいを使って週1回のペースで勉強するのだ。こちらは一歩進んでいてそれぞれの児童が書いた記事を添削、パソコンで打っている。記事は児童会のことや自らが参加する少年野球やミニバス、中には地域の神社についてお父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんから取材してきた子もいる。支援講座はこの秋以降、別の小中学校にも広げる。むろん学校側の要望が前提だ。


勉強会5


 「俺たちが子供の頃、こんなに飲み込みが良かったかなあ・・・」。そんなことを自問するほど、今の子供たちの理解力は優れている。それより驚かされるのはパソコンを自在とは行かないまでも遜色なく操ることだ。見出し部分も活字を大きくしたり、簡単にゴジックや明朝にもする。子供たちのIT化は手をこまねいている大人をよそに急ピッチで進んでいる。幼い頃からゲーム機で育った子供たち。嬉嬉としながら遊び感覚でパソコンのキーボードを叩くのである。その教室には学習用のパソコンがずらりと並んでいた。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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