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若者たちのグローバル化

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 長期政権を誇った安倍政権は終焉を告げ、菅政権へと移行した。菅内閣は「コロナ対策を最重要課題として取り組む」という。確かに「フレッシュ」などと、新内閣の顔ぶれに新鮮さを求めること自体、不自然な現実がある。




 中国・武漢に端を発したコロナウイルス感染症は、あっという間に地球を丸ごと席巻。世界中を恐怖と、混乱の渦に叩き込んだ。感染のスピードは信じられないほどの速さで、その数はむろん、死者の数も依然として、どんどん増大しているのだ。


 


 今や、幼い子供からお年寄りまで、「コロナ」という言葉を知らない人間はい。だれもが感染予防のためのマスクが当たり前になった。日本ばかりではない。毎日のように報道されるテレビの映像にも世界中のそれが反映されている。


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 地球は小さくなった。コロナウイルス感染症の地球規模の拡大は、世界のグローバル化の象徴にも見える。ICTの進化による情報共有はむろん、人々の国を跨いだ往来が活発である証左だ。サンダル履きで海外旅行する人たちが、帰国と一緒にウイルスを持ち込む。それを自国内にばらまく。感染されたことに気付かず、その人たちが、また外国へ。そんな輪廻が世界中で繰り広げられて、ネズミ算的に地球規模の感染拡大の図式を作ったのである。


 


 グローバル化の一端はこんなところにも。先頃、甲府市で「高校ユネスコ主張大会」が開かれた。山梨県高等学校芸術文化祭実行委員会が主催、同県高等学校ユネスコ連絡協議会や同県国際交流協会が共催して開いたもので、規定部門(11人)と自由部門(18人)の合わせて29人が主張を競った。規定部門のテーマは「国連創設100周年の2045年、よりよい未来を迎えるための提案」。11人の代表は「もし私が国連の事務総長だったら」とした上で「持続可能な開発目標(SDGs)達成のためにこうする」などと、さまざまな視点で論陣を張った。




 自由部門の主張は多彩だ。世界の各地で深刻化している食糧問題や貧困を論ずる人もあれば、エネルギー問題、黒人差別の撤廃やジェンダー平等の実現、さらには「同性愛婚を認めるべきだ」という主張や「LGBT」と真正面から向き合う主張も。同性愛やLGBTを真剣に論ずる若者たちにジェネレーションギャップを感じもした。兎に角、自分たちの身の回りの事象に留まらず、世界を見据え、その流れをしっかりと捉えているのだ。

 コロナ禍。むろん、発表者も、すべての参加者がマスク姿だ。


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 審査は、同大会を長年後押ししている山梨県ユネスコ連絡協議会と、その加盟協会(団体)の代表。県国際交流協会の代表や事実上の主催団体と言っていい県高校ユネスコ連絡協議会も、その役割を担った。高校ユネスコの代表(会長)は北杜市立甲陵高校の校長。熱心に高校ユネスコをリードしている。私も県連の立場で、審査の一翼を担わせていただいた。





 大会は昼食をはさんでの日程。審査員は昼食を取りながら意見を交換。そこでは一様に高校生たちの国際感覚に舌を巻いた。内在する国際問題を、それぞれの感覚で捉え、グローバルに向き合う姿に感動すらした。出場者の中には留学を終えた帰国子女も。



 「今時の若者」。この言葉の裏にはマイナーな捉え方が忍んでいるのだが、いやいや、とんでもない。若者たちは、あるべき世界の未来を極めてグローバルな視点で見ているのだ。日頃、新聞などもよく読んでいるだろうし、インターネットなどSNSも情報ツールとして上手に活用していることが分かる。

 規定部門の山梨県ユネスコ連絡協議会会長賞のUさん(日本航空高)は、10月24日の「第67回国際理解・国際協力のための主張コンクール中央大会に山梨県代表として出場。一方、自由部門は、芸術文化祭賞のSさん(甲陵高)と優秀賞のKさん(甲府西高)は和歌山県で開かれる「第45回全国高等学校総合文化祭」に出場する。







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日常生活の鏡

蛸


 「たこ」。一口に「たこ」と言ってもさまざまだ。大空を地上からの糸に引っぱられて果敢に舞う「凧」もあれば、大空とは反対に、海の底で外敵に追われれば真っ黒い墨を吐いて逃げる「蛸」もいる。また、その人の生活習慣の証のように手足など身体の一部に出来る「胼胝(タコ)」だってある。





 お正月の風物詩でもあった凧揚げは、今ではすっかり影を潜め、その一方で静岡県浜松市のように子供たちの健やかな成長を願って大々的に繰り広げる凧揚げもある。遠州灘の砂丘を舞台に繰り広げる、この凧揚げ祭りは爽快だ。誰もが一度は見てみたい行事の一つだろう。


凧揚げ


 花より団子。「たこ」は「たこ」でも「蛸」は食べられる。酢蛸もよし、生の刺身で食べる蛸も旨い。あのたこ焼きには欠かせない具にもなる。祭りや夏の縁日で食べる、たこ焼きは格別だ。子供の頃は、ねじり鉢巻をしたオジサンが、今の年になったら屋台の活きのいいオニイサンさんが売ってくれるたこ焼きは、祭りや縁日には欠かせない味の一つ。都会の街角でのたこ焼き屋さんも街ゆく人達と見事に息が合う。


祭り


 一方、同じ「たこ」でも「胼胝(タコ)」は風情もなければ、味もそっぺもない。OLのかかとに出来る靴擦れのタコのように邪魔者であり、無用の長物だ。しかし、見方を変えれば良くも悪くも、その人の人生の証かもしれない。ちょっと大げさなモノの言いようかもしれないが、そうなのだ。例えば、畳屋さんには肘に、大工さんには手に・・・。およそ職人と言われる方々には、身体のどこかに、この「胼胝(タコ)」がある。考えようによれば、これほど尊いものはない。その人の生き様であり、年輪なのだ。


手


 私にも三箇所にタコがある。いずれも右手。その一つは麻雀タコだ。職人さんの尊いタコと一緒にしたら叱られる。「良くも悪くも・・・」と書いたのはそのためだ。学生時代の4年間、サラリーマン時代の40年間、そしてリタイア後の現在まで、ざっと50年間のろくでもない男の証なのである。言い訳のようだが、職人さんたちに失礼なので繰り返しておく。自慢のできるシロモノではない。


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 胼胝(タコ)というものは、同じ習慣を繰り返していれば、成長するのである。場所によっては邪魔になる。私の場合、右手の中指の第二と第三の節に出る。大きくなるので時々、爪切りで削り取るのである。その手を見て女房は、馬鹿にし、あざけるようにこう言う。




 「どこで死んでいてもこの手を見れば麻雀好きの人間とすぐ分かりますよねえ」



 あと二つのタコは、若い時のペンダコと勤めをリタイアした後に出来た農作業によるタコ。時代が一変、今はパソコンだからペンダコなんか出来っこない。そんなものを見せたら「オジサンはいつの人?」と笑われるのがオチ。自分だって今はこうしてパソコンを叩いている。自らは心の底では勲章と思っているペンダコもやせ細る一方だ。もう一つ農作業でのタコは、鍬や立ち鉋を使うからで、こちらはどうやらまとも。野菜作りが主で、ささやかな汗の結晶である。でも我が家の経済にはそれほど結びついてはいない。


トマト            畑



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大きさを増す女房の座

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 「わたしゃあ、あなたのお母さんじゃあありませんよ。まったく・・・」

 時々、女房ははき捨てるようにこう言う。風向きによってご機嫌斜めの時だ。世の中の半分を占める女性の皆さんにバッシングを受けることを覚悟で言えば、女というものは単純なものだと思っている。わが女房だけかもしれないが、とかくその時の感情だけでモノを言うのだ。





 しかし、このことに限れば、女房の言う通りだ。確かに、女房は私のお母さんではない。女房を「お母さん」と呼び始めたのは何も今に始まったことではない。恐らく一人娘が生まれた頃からだろう。もう50年近くになる。我が家ではそれが定着したかのように普段は「お母さん」で通っているのだ。




 そういえば、私が女房を「お母さん」と呼び始めた頃、おふくろがキョトーンとした顔をしたことを今でも覚えている。逆算すれば、おふくろはその頃、50台も半ば。息子が嫁を「お母さん」と呼んだのには、違和感を覚えただろうし、面食らったに違いない。よく考えてみれば、そういう私は娘が生まれて、子供を中心の家庭を無意識のうちに考えたのかもしれない。待てよ、「わたしゃあ、あなたの・・・」と言う女房だって私のことを「お父さん」と呼んでいる。


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 嫁と姑。古くから、確執の代名詞のように言われてきたが、私が見る限り我が家にはそれがなかった。おふくろは若い頃からなぜか隣近所で起きる嫁、姑間のトラブルの調整役をすることが多かったせいか、その徹を踏んではいけないと、女房に一定の気配りをしていたことも事実だろう。女房との喧嘩や諍いは、後にも先にも見たことがない。しかし女房にしてみれば姑であることに間違いないし、おふくろもそれを意識していただろう。


嫁姑  

 人間、当たり前のことだが、それがいつの間にか逆転するのである。それがいつ頃であったかは定かではない。一つ言えるのは、おふくろ自身が老いを感じ、身体に偏重を覚え始めた頃だろう。大きくなるお尻と並行するように、女房の存在感が増して行くのである。うっかりしていると亭主すら尻の下に敷くのだ。




 おふくろは大正5年生まれ。存命であれば、100歳を超す。晩年は介護医療の病院にお世話になった。ほとんど毎日のように行って話し相手になったり、身の回りの世話をしてくれる女房には、全く頭が上がらないようで、息子の私より頼りにしていた。それは入院に始まったことではなく、丈夫の時からも、女房を相談相手にし、その立場を立てていた。やがて面倒を見てもらうのは嫁、と考えていたのだろう。
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 おふくろは足腰が不自由になったばかりか、痴呆も始まった。しかし、残り少なくなった自らの兄弟や、次男坊や三男坊など息子たちのことは忘れても、私の女房、つまり嫁のことは忘れない。世話になっている、また世話にならなければならないという気持ちの一方で、姑としての嫁に対する緊張感があるのかもしれない。姑を子供のように優しく扱う女房。片やおふくろは息子の私より頼りにし、感謝していたことは確かだ。




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物忘れ

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 「オレばかりではないのか?」。1か月ぐらい前だっただろうか、拙ブログにもお出でいただく柳居子さんのブログ「柳居子徒然」を拝見していて、そんなことを思った。「物忘れ」だ。柳居子さんは京都にお住まいで、年齢は多少違うものの、どうやら私と同世代のよう。結構の自信家だ。私のような田舎暮らしの「百姓もどき」と違って、京の都で悠々自適に茶房を営み?,通いながら?、毎日、ブログを綴っているらしい。



 柳居子さんはブログにこんなことを綴っていた。


 「加齢が進むと、如何しても物忘れが多くなる。人の名前だけに限らず 薬の名前や ふと出てこない年号 町の名前など 絶対知っている筈が出てこないと、焦りを通リ越して、歳だからと諦める事にしている。特に最近仕入れた情報知識とか、最近始めてお眼に掛かった人の名前など 別れた途端忘れるような事が有る…(後略)」




 私にとって最も困るのは、人の名前を忘れることだ。柳居子さんの言う薬の名前や年号ならまだいい。薬は医者から処方されたものを飲んでいればいいし、歴史上の年号だったら所詮、そんなに«蓄積»がないのだから、苦にはならない。ただ、人の名前だけは困る。

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 つい最近のことだ。街で久しぶりの友人とぱったり出会った。懐かしかった。立ち話とは言え、話は弾んだ。ところが、その人の名前が何としても出て来ないのである。「今さら、『あなたの名前は…』」などと聞くことは出来ない。困った挙句、「今、何をしている?名刺をくれない?」と言ったら、友人は不思議そうな顔をして「名刺なんてある訳ないじゃん。職場こそ違え、貴方と同じで、リタイア人間だもの…」。




 もちろん、後で何事もなかったように思い出すのだが、この時ほど物忘れの怖さというか、困ったことはなかった。そう言えば、ちょうど50年ぐらい前のこと、こんなことがあった。甲府駅前の目抜き通り・平和通りのアーケード街を甲府の市長さんとご一緒して歩いていた。もう鬼籍に入られて久しいが、河口親賀さんと言った。当選を果たして間もない頃だったが、ちょっと遅い初陣だったので60歳前後のお歳だっただろう。




 前から歩いて来た年配の男性が「やあ~、河口さん、久しぶり」と声をかけ、二人はいかにも親しそうに話していた。その間、5分ぐらいだっただろうか。私はちょっと前に進んで待っていたので、二人の会話がどんなものであったのか分からない。5分ぐらいと言っても待つ時間とは長く感ずるもの。




 「やあ、済まん、済まん。待たしちまったね」。そこまではいい。その次、こう言うのである。「あの人、名前は何と言ったっけ?あなたなら知っているだろう」。この時は市長の顔を見ながら「あれほど親しげに話していたのに…。この人、根っからのお調子者」と、その人柄さえ疑ったものだ。因みに私の年齢は物忘れなど無縁の28~9歳。




 今でこそ、その時の市長さんの心の在り様が手に取るように分かる。物忘れは高齢化すれば誰にもある現象。柳居子さんが言うように諦めるほかはない。でも、この物忘れが認知症の前兆だとしたら…。くわばら、くわばら。




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異常な夏

夏 猛暑


 こんな夏、あったかしらねえ。間もなく78歳になるが、思い出す限り、経験したことがない。焼き上がるような猛暑の連続だ。それも世界中の人たちが、もっと言うなら人類が経験したことのないコロナ禍の最中での猛暑である。いわばダブルパンチだ。




 「こちらは山梨市健康増進課です。熱中症予防についてお知らせします。山梨県地方は本日も気温が上昇。熱中症の危険が高まっています。外出は出来るだけ控え、水分をこまめに採るなど熱中症予防に心掛けてください」

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 毎日午前10時になると、市の防災無線から、こんな放送が流れる。果樹地帯のこの辺りでは、桃の出荷がほぼ終わり、デラウエアーや巨峰、ピオーネ、シャインマスカットなど葡萄の出荷に移った。お盆が、このバトンタッチの時季と言っていい。




 葡萄は、過熟が早い桃と比べて、出荷に一日を争はないから、農家は多少の気は抜ける。でも、忙しさに追われることに変わりはない。桃や葡萄などの果樹、さらにトウモロコシなど各種の野菜の収穫はみんな早朝。だから、暑さが本格化する前に作業を終える。


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 しかし、収穫だけが仕事ではない。出荷作業もしなければならないし、スプリンクラーを駆使しての水やりも。草取りだってある。「体も身の内」。どの農家も夜明けを待って作業を始め、早い人は気温が上昇し始める8時、遅くも9時と言えば、仕事を終える。




 私のような«百姓もどき»ほど朝の踏ん切りが悪く、その分、後ろに時間がずれ込む。つまり、仕事の時間を前倒しして、暑くならない内に仕事を終えればいいのに、毎日バカなことをしているのだ。市の防災無線の注意喚起を畑で聞くことがしばしばで、「こんな時間まで仕事をしたら、身体を壊しますよ」と、ご近所の方から注意を促されることも。




 用事もなく家に居る時は朝6時、遅くも6時半には畑に出る。作業は幸か不幸か親が残してくれた広い農地の草取り。いわゆる除草だ。5時には作業を始める本格農家と比べれば1時間、1時間半遅い。そのギャップは大きい。頭では十分にそのことが分かっているのだが、長いサラリーマン時代の習慣が邪魔して、「夜明けと一緒」とはいかないのである。


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 毎朝、2本のペットボトルの水を持って畑に出ては、管理機という名の除草機を使っての草取り。葡萄は、木は切ってしまったものの、ブドウ園の枠組みは残しているので、畑には杭が残っている。杭が邪魔して機械が入らない畑の周りは立ち鉋による手作業。親しい人からは「除草剤を使えば…」と、言われるのだが、これがまた愚の骨頂。「オレは、いつまで続く変わらないが、除草剤は使わない」と、頑固に決め込んでいるのだ。




 2本のペットボトルの水がなくなるころになると、いつしか9時、10時。暑い。シャツは汗で重くなるほどびっしょりになる。「お父さん、もうお止めになったら…。体に毒ですよ」。女房のそんな言葉をきっかけにその日の作業を終了。

ビール


 シャワーを浴びて、ちょっと早い昼飯。この時のビールが何と美味いことか。女房は「昼間からお酒なんか飲んじゃあ、いけませんよ」と言うのだが、これが至福の時。これがあるから仕事をするようなものだ。女房なんかに分かるもんか。でも、ダイエットには…。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 職場を離れた後は«農業もどき»で頑張っています。傍ら、人権擁護委員やロータリー、ユネスコなどの活動も。農業は«もどき»とはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定もします。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは、身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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