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教師とお医者さん

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 「先生」。森昌子のヒット曲ではない。政治家、作家、演出家、作曲家、作詞家、建築家、落語家…。世間ではおよそ○○家と呼ばれる方々を「先生」とお呼びする。タレントさんや歌手、役者さんだって、ある程度の名声を築けば、これまた「先生」。世の中に「先生」は、あっちこっちに溢れている。藪睨み癖の田舎オヤジに言わせれば、「先生」は、ちょっと言葉を変えて気軽に使う敬語のようなものかも知れない。




 人間、一生のうちで必ず、または何らかの形でお世話になるのが学校の先生とお医者さん。この両者は誰しもが躊躇することなく「先生」と呼ぶ。学校の先生は人間が成長する過程で最も大切な教育・教養を授けてくれる人。片やお医者さんは、時として命まで預けなければならない人だ。多くの人が、この両者には逆らうことをしないのも確か。




 両者の違いは、それなりに定められた教材の有り無し。学校の先生には教えるべき教科書があるが、医者には当然のことながら、それがない。決定的なのは、医者は患者が相手を選ぶことが出来るが、学校の先生は、教えてもらう子供たちに選ぶ権利が与えられていない。良くも悪くも担任は一方的だ。人の一生に関わること、と難しく考えれば、子供たちにとっては「当たり」、「外れ」があるのかも知れない。




 75歳を過ぎ、後期高齢者と言われるようになったオジサンたちには、学校の先生には全く縁がなくなった。その代わり、お医者さんとの縁は増えるばかり。肩、腰や心臓などの循環器…。体のあちこちに故障が目立ち、お医者さんに行く回数がだんだん増えてきた。




 待合室で自らの診察を待ちながら、「まだか、まだか」と思う一方で「お医者さんのご苦労」も実感する。毎朝、決まった時間に診察を始め、昼食は午後の1時、2時は当たり前。待ち時間の長さに辟易としながらも、そのご苦労に頭が下がる思いもするのだ。


先生


 ひとたび、急患が現れれば、夜の夜中でも病院に駆け付けなければならないだろうし、そのためには晩酌も酒宴のお酒だって節制しなければならない。救急患者を前にお酒臭い息を吐きながらメスを握ることはむろん、患者と向き合うことすら出来まい。オジサンのようなお酒一つ節制できないズボラ人間には到底務まらない職業だ。




 一方、学校の先生。モンスターピアレントとか呼ばれるお父さん、お母さんはどんどん増え、教師を震え上がらせる。ひとたび、ゲンコツの一つもくれようものなら、やれ、パワハラだのと、かしましい。モンスターピアレントは学校に留まらず、教育委員会にまで飛び込んで、コトを増幅させもする。その反動が怖い。親身になって叱ることすらしない先生が増えることは火を見るより明らかだろう。オジサンたちが子供の頃は、学校で先生にゲンコツをもらったことを親に話でもしたら「お前が悪いからだ」と、またゲンコツ。




 でも、総じて先生はいい。同窓会であれ、同級会であれ、先生は必ず招待され、そこでは「おいコレ」、「おい○○」が通用する。教え子が60、70の歳を重ねていてもだ。教師はいつまで経っても先生。ひるがえって他の職業では、ひとたび職場を去れば、教師(元)のように絶対にお呼びはかからない。やっぱり、教師は≪聖職≫なのか?





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ハラスメント

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 「オジサン、女の子の体、障ったでしょう。それ、セクハラだよ」


 小学校5年生の女の子が目をむいて噛みついてきた。甲府市も中心部に近い愛宕山の一角にある県立少年自然の家のキャンプ場での出来事。8月も始まったばかりの暑い日のことであった。暑いというより、「猛暑」と言った方がいい。




 山梨ユネスコ協会とユネスコみどりの会が野外の共同生活を通じて子供たちの相互理解と、交際理解を図ってもらおうと50年以上、毎年欠かさず開いている恒例行事。場所こそ違え、山梨市を中心に思い思いに参加した小学校高学年の子供たちが、交流する場である。




 指導者は主催の両組織のメンバーと、それを補助するカウンセラー役の高校生。主催者の構成メンバーはなぜか教育者のOBが多い。開催場所の選定はむろん、プログラムや万一の場合の救急医療体制など5月ごろから会議をもって準備を整える。


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 この日の猛暑は半端ではなかった。主催者はウオーキングなどを伴う野外プログラムを変更、同キャンプ場に近い科学センターに設けられたプラネタリュームの観賞に切り替えるなど緊急措置を取った。それでも熱中症と思える症状を訴える子が出た。




 「私、吐きそう」


 小学5年生の女の子が、それは気持ち悪そうに訴えた。「熱中症だ」と直感した指導者は、すぐさま病院への手配をする一方、近くにあった椅子を並べて寝かせ、背中をなぜてやったのだ。


 「吐きたかったら、吐いてもいいんだよ」




 口の近くにビニール袋を用意して、背中をなぜてやった。セクハラ騒ぎは、そこでの出来事。「大丈夫か?…。大丈夫だよ。すぐお医者さんに連れて行ってあげるからね」。そんな賢明な応急措置をするオジサンたちを前に「セクハラ」を指摘する女の子は、何もしようとせず、ただ、ののしるだけ。険悪なムードすら感じさせた。




 嫌な世の中になったものだ。もしその少女が指摘する「セクハラ」が相当するとすれば、苦しむ孫娘のような子供の背中一つさすってやれないことになる。今度の事象をムキになって考えようとは思わないが、世の中全般に過敏になり過ぎていないか。ひと頃、テレビのチャンネルをひねれば、やれセクハラだの、パワハラだのと、「いい加減にしたら…」と、言いたくなるような番組がいっぱい。




 番組に呼ばれるコメンテーターの評論家先生たちは、誰もがもっともらしく解説し、番組は矢面に立たされた人を«追い込む»まで執拗に繰り返す。そんな光景を目にすれば、大人のみならず、子供だって影響されるに決まっている。現代人は、ひと頃のように「あら?エッチねえ…」とか、「いい加減にしたら…」といった≪寛容な心≫をなくしてしまったのか。




 セクハラ、パワハラ…。世の中にハラスメントと称する行為?は41種類もあるのだそうだ。その前提条件は対象になった人が「不快と感じたら」成立するのだとか。お互いを許し合えない。全く、嫌な世の中になったもんだ。人間、もっと大らかだったはずなのに…。




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孫の幼稚園と敬老の日

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 「お父さん、今日はチビちゃんの幼稚園に行く日ですよ。チビちゃんたちが敬老の日を祝ってくれるんだって…」




 74歳なる女房は朝からソワソワ。普段は面倒臭がり屋の私だって、まんざらでもない。二人は孫娘とママを乗せて甲府市酒折町にある幼稚園へ。親バカならぬ爺バカ、婆バカが可愛らしい孫の手を引いて次から次へと。幼稚園の構内には、恐らくいつもとは違った活気と賑わいが醸し出されていた。




 ママや爺婆まで従えた孫娘は、ちょっぴりはにかみながらも元気いっぱい。園舎の前の広場で、はしゃいでいたチビッ子たちは幼いながらも≪勝手知ったる我が家≫とばかり爺婆の手を引いて年長組、年中組、年少組に分かれて教室へ。壁には子供たちが描いたいかにも愛らしい絵がいっぱい。床には園児用のちっちゃな椅子が半円形に並んでいた。半円が空いた片隅には大きなピアノが。我が家の孫娘は5歳。年中さんだ。


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 「今日はお爺ちゃんや、おばあちゃんに元気な、みんなを見てもらおうね」




 20代後半と思しき女性教師が「♪大きなクリの木の下で」をピアノ伴奏を交えて子供たちの遊戯をリードしたり、お爺ちゃんやお婆ちゃん相手の「じゃんけんゲーム」などを見事に誘導していく。

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 遊戯は10時から11時までの1時間。ざっと10のプログラムにお爺ちゃんお婆ちゃんは目を細めて大喜び。目に入れても痛くない孫の演技に拍手喝さい。自らも孫と一緒の遊戯を童心に帰って楽しんだ。この幼稚園は私立大学の付属幼稚園。大学生も応援に駆けつけて先生の≪補助役≫を務めていた。




 「待機児童」が社会問題化している東京など都市部をよそに山梨では、園児集めに躍起。山梨と言うより日本の地方と言った方がいいかも知れない。ただでも進む人口減に加えて、若者の都市への流失。どの幼稚園、保育園も「人集め」に腐心。行政管轄下の保育園はともかく、私立の施設には≪食うか食われるか≫の死活が懸かっているのだ。




 広範囲に園児バスを運行しての、子供達の送り迎えは当たり前。年に何回かは対象児の父母を招いての説明会で特徴をアピールしたり、運動会や学芸会、給食会などにも親を招待して親子交流を図るなどあの手この手。親に留まらず、爺婆まで配慮しての「敬老行事」も、その一つ。一義的には子供たちに敬老精神を養うのが狙いであることは言うまでもない。


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 そんな努力も実らず、閉園に追い込まれる幼稚園も珍しくない。全体のパイが小さくなるのだから、言葉は悪いが、子供の奪い合いは当然。「地方創生」。政治家先生はよくこの言葉を口にする。しかし具体策を示さず、≪口だけ≫。その間に都市と地方の格差は広がり、肥大化して様々な問題点を露呈する都市部の一方で、地方はどんどん疲弊していく。




 「日本列島改造論」の田中角栄が、今となっては恨めしい。石原慎太郎が書いた「天才」など田中政治を見直す著書が目立ち、売れているのも、はっきり言って頷ける。石原は現役の衆院議員時代、「青嵐会」をリード、田中政治を真っ向から批判した人物だ。あの「ロッキード事件」がなかったら、日本列島に地方創生の≪ブルドーザー≫が動いたかもしれない。




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一匹のハエ

うちわ

 暑い。汗びっしょりになって野良から帰ったら、かみさんと娘がなにやら大騒ぎしているのだ。それほど広くもない茶の間をうちわ片手に飛び回っているのである。部屋の中は程よく冷房が効いている。



 「お前達、何やってるんだ?」

 「ハエよ、ハエ・・・」


 「たかがハエ一匹。大騒ぎすること、ないじゃあないか」

 「だって汚いじゃあない・・・」


ハエ


 見れば大きなハエが一匹。むきになって追い回す二人をあざ笑うように右に左に、上に下にと飛び回っている。ハエだって命は欲しい。バカな二人に易々捕まってたまるものか、と思っているのだろう。女二人とハエの闘いだ。第一、うちわなんかでハエが獲れるはずがない。女どもは単純だ。

ハエ


 「サッシ戸を開けてやれば外に逃げるじゃあないか」

 「ダメよ。こいつは死刑よ。絶対逃がさないわよ。絶対・・・」

 「勝手にしろ・・・」



 女は執念深い。


 この辺りは、山間部とまではいかないまでも山梨市の片田舎。そういえば、ここしばらくハエにお目にかかったことがない。かつては、わんさといたハエは、いったい何処に行ってしまったのだろう。子供の頃を思い出した。リフォームしてイメージこそ違ってはいるものの、夏のこの時期、我が家の部屋という部屋、ハエがブンブン飛んでいた。



 何処の雑貨屋さんにもハエタタキはもちろん、ハエ取り紙というヤツが売っていて、どの家でも1ダースのケースごと買って来るのだ。それを天井からぶら下げるのである。モチのような油紙にハエが張り付く仕組みなのだ。しばらくすると真っ黒になるほどハエが捕れる。

  実はこのハエ取り作戦も焼け石に水。ハエは次から次へと湧いてくるのだ。だから正直、ハエを気にしていたら一日も過ごせない。うかうかしていたら、ちゃぶ台(食卓)に置かれた麦飯ご飯もハエで真っ黒に。習慣とは恐ろしい。みんなビクともしなかった。

 ヘンな例えだが、ある意味で農村の風物詩のようなものだった。「わあ~、汚い」。娘はもちろん、農村育ちではない、かみさんはそんな話に顔をそむけるのだが、田舎育ちの私なんかハエ一匹、どっちだっていいのである。ハエ取り紙もハエ叩きも完全に姿を消した。


リボンハエ取り
リボンハエ取り


 農業形態や生活環境の変化が確実にハエを駆逐した。農耕用の馬や牛。それに家畜の豚や山羊、鶏もいなくなった。番犬として外で飼った犬もほとんど姿を消し、代わって可愛い猫や犬が座敷に上がった。米麦、養蚕に代わって家の周りを埋めた果樹園では病害虫駆除のための消毒が。ハエなんか住める環境ではない。

 目に見えるハエ。目には見えない消毒の影響。さて、どっちの方が・・・。かみさんや娘が追い回す一匹のハエを見ながら暮らしの変化を思い知らされた。ただ、いっぱいいるハエより、時々紛れ込む一匹のハエの方が確かに気になる。不思議だ。





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料理への反応

パスタ

 昼間、テレビのチャンネルを回せば、どこかで必ずといっていいほど料理番組をやっている。たわいもないといったら叱られるのだろうが、料理番組は主婦達の間で人気がある証拠だろう。うちのかみさんも真顔でテレビに向かい、そのレシピをメモにとっている。主婦の端くれだから、それはそれでいい。




 番組はタレントさんを使って出来立ての料理を食べさせて見せる。これも当然といえば当然。面白いのはここからだ。みんな「美味しい」「うまい」と表情豊かに身体全体で表現するのだ。そこはタレントさん。職業柄、演技は堂に入っている。10人が10人、100人が100人、間違っても「まずい」などと言う人はいない。中には口に入れるか入れないうちに「うまい」と、身体丸ごとを使って表現して見せるのだ。見ている方からすれば、それがいかにも白々しいのである。



ピザ



 食べ物は噛み締めたり、喉を通した後に初めてその味わいを実感するもの。タレントさんであろうが凡人であろうが、人間はみんな同じだろう。でも、それを端的に表現することは案外難しい。文字ならばさまざまな工夫で表現することが出来るからいい。しかし、言葉、しかも短時間というか瞬間的に表現することは大変だ。そこに引っ張り出されたタレントさん達の苦労が分かるような気もする。




 「うまい」「美味しい」がありふれていて≪味気ない≫と考えたのか、ひと頃、「甘い」という言葉が流行った。若い特に女性のタレントさんが「甘~い」と満面に笑みを浮かべて言って見せるのだ。見ている方、聞いている方からすれば、これが白々しいばかりか、えもいわれぬ違和感を感ずるのである。やっぱり、食べ物は「うまい」「美味しい」だろう。しかし、それを、いかにもうまそうに、美味しそうに表現するかがタレントさんや芸能人の真骨頂なのだ。おやっ、と思ったら最近、「甘~い」という言葉がピタッと影を潜めた。「甘~い」の乱発をディレクターさんから叱られたのかもしれない。


料理



 私には料理番組でこそないが、この食べ物に関係した番組で苦い経験がある。現役サラリーマンの頃、新聞社、放送局のハウス広告代理店の役員をしたことがある。山梨の大手生菓子メーカーが、ここぞと売り出した「信玄桃」という名の生菓子が、あるテレビキー局の番組に登場した。石鹸・洗剤の大手メーカーがスポンサーで、今でも続いている真っ昼間のバラエティー番組だ。テーブルに置かれたこの「信玄桃」を口にしたタレントさん、よせばいいのに「これ酢っぱ~い」とやってしまったのだ。


信玄桃


 たまたまだが、生菓子メーカーの社長も含めて新聞社、放送局の大口クライアントの社長さんをご案内して10日余りのヨーロッパ旅行から帰った日のことだった。そこは儀礼。会社には相次いでお礼の電話が。ただ一人、生菓子メーカーの社長の電話は違った。「会社に戻ったら大騒ぎ。うちの目玉商品をどうしてくれるんです」。早速、問題になった番組のビデオテープを見た。司会者の小堺一輝は何とかつくろったが、あとの祭り。キー局や、ましてやタレントさんだけのせいにしているわけにもいかない。キー局に抗議する一方で放送局の幹部を生菓子メーカーに飛ばして平身低頭したのである。因みに、そのタレントは後の番組から姿を消した。





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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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