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スマホと孫娘

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 「この子が20歳、30歳、果ては私たちの年齢になった時、世の中はどうなっているのだろう」。




 ママのスマホや私のタブレット端末を«占領»して、無邪気に遊んでいる孫娘を見てふと、そんなことを考えた。IT、AIの世界は想像もつかない進化を遂げているに違いない。孫娘は平成25年生まれの6歳。4月には小学校に入る。入学先の小学校も既に決まった。
孫娘のスマホやタブレット端末との戯れは今に始まったことではない。その操作は、誰に教わった訳でもないし、もちろん、「使用書」が読める訳でもない。いつの間にか、パパやママに電話したり…。自由に遊んでいるのだ。最近では簡単なメールまで打つようになった。





 タブレット端末に至っては自分の好きなアニメを次から次へと探しては観ている。正直言って私には、アニメをどこから引き出せばいいのかすら分からない。孫娘は、遊んでいるうちに、それをいつの間にか探してしまうのである。「習うより、慣れろ」とは、よく言ったものだ。アニメはともかく、80に近い私だってスマホやインターネットは面白い。




 私たち大人は新しいものに出会った時、とかく二の足を踏む。「私たち」と言ったら語弊がある。「自分の場合」と言わなければいけないのかも知れないが、使用書を読まなければ前に進めないのだ。しかし家庭の電化製品にせよ、IT機器にせよ、その説明書きは小さな文字なのでので、ハナから読む気になれない。その場で人に教わればいいのだが、それすら怠る。勢い、分からず仕舞い、ということに。

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 娘たち夫婦の住まいは甲府。休みの日には孫娘を連れて山梨市の田舎に。孫娘は私の顔を見るなり「爺じ、あれは?」と、タブレットの端末をせがむのだ。どうやら、パパやママは娘のそんな心の内を読んで、最初から持たないようにしているらしい。その反動からか、タブレット端末と遊べる我が家に来るのが楽しみのよう。




 それが分かるから、タブレットやスマホを必ず充電しておいてやるのだ。「お爺ちゃんは、この子に甘いんだから…」。母親である娘は、私をなじるように言う。よく分かる。私だって内心そう思う。見始めたら1時間でも2時間でも、いや3時間でも…。よく飽きない。




 それだけならまだいい。夢中になるあまりに、目を近づけて食い入るように見ているのだ。スマホにせよ、タブレット端末にせよ、コントラストが強いので、目にいいわけがない。「目を離して見るんだよ」と、促すのだが、正すのは一瞬だけ。子供だから無理もない。でもそんなことを放任していると、やがては「牛乳瓶の底のような」眼鏡を掛けなければならなくなるのは必至だ。




 IT、ICTの進化は目覚ましい。僅かの期間のポケベルに変わって登場したケイタイが普及し始めたのは20年ちょっと前。さらに、さまざまな機能を内蔵したスマホが登場。今や国民一人に一台以上の普及を見るようになった。身近な家電、人間の足・交通機関、工場の生産工程や医療現場など、ありとあらゆる現場を、このITが席巻しているのだ。やがてAIが人間どもを«支配»する。恐らく、その進化は留まるところを知らない。孫娘は確実に、そんな社会を生きて行くのだ。




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消えゆく手書き文字

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 松の内が去ったと思ったら、あっ、という間に小正月。一年中でも正月は時が過ぎるのが一番早いような気がする。親しい友や親戚、知人からの年賀状も、もう色あせたような感じがする。年賀状の束は、その顔ぶれを一部変えて、また今年の暮れまで引き出しに入る運命なのだ。




 引き出しで眠らせる前、もう一度、目を通すこの年賀状。今、改めて見ても、なんと味気ないものか。みんな、申し合わせたように活字で宛先や名前が打たれ、裏返して本文を見ても印刷の活字。その内容も、似たり、依ったりで、ほとんど同じだ。そう言う自分だって最近では同じことをしている。


パソコン加工



 パソコン普及の功罪はこんなところにもある。パソコンが身近になかった時分は、もちろん、みんな手書きだった。自分もそうだが、字の下手くそな人もいれば、びっくりするほど上手な人もいる。大きな字を書く人や縮こまったような字の人も。また、文章が上手だったり、そうでない人も。




 つまり、みんな個性があったその字が家族の団欒の話題になったり、贈り手の心の温もりを伝えた。一人一人の顔や生活ぶりまでが目に浮かんだ。年賀状一枚一枚に血が通っていた。ところがどうだ。今のパソコン年賀状は大なり、小なり、みんな同じだから味もそっぺもない。決まり文句の本文なんか読むまでもないし、言ってみれば、どなたからの年賀状であるかを確認するに過ぎない。ちょっと言い過ぎだろうか。




 パソコンのソフトメーカーも、こうした声を反映しているのだろう。毛筆に似た字体のソフトを改良したりしているのだが、所詮は作り物。人の心や感情を活字に映し出すことは叶うまい。第一、みんな平均的で、上手過ぎるからいけないのだ。機械が書いた字が人の心を表せる筈がないし、掴める筈もない。





 私は勤めの現役時代、その職責柄、山梨県のいくつかの書道会の新年会や表彰式に招かれた。その名の通り、書家たちの集まりだから、当然のことながら、年賀状はもちろんのこと、日常の手紙も直筆でお書きになるだろう。現に、頂く年賀状はみんな個性豊かな毛筆だ。自分も、こんな字が書けたらと、つくずく思う。

習字

 挨拶をせよ、というので、その都度、私はこんなことを言わせて頂いた。



 「私の年賀状の95㌫以上はパソコンなど印刷文字。どうか自筆の文字を大切にし、それを書くことを教え、育み続けてほしい。そうしないと、日本人が日本人でありながら日本の文字を書くことを知らず知らずのうちに忘れてしまう。そんな気がしてならないのです。先生方はどうお考えになりますか」




 確かにパソコンはいい。この年賀状一つ例にとっても、原稿さえ作れば、備え付けのプリンターで大量に印刷が出来、宛名書きだって、そのソフトさえ組めば自動的にやってくれる。作業に要する時間だって、大幅に短縮できる。




 でも、それだけでいいのだろうか。こんなことに頼っていたら早晩、年賀状の習慣は廃れていくに違いない。現に、若者達はその通信がパンクするほどメール志向に走っている。今年の年賀状の中にはこんなのも。「年賀状は今年をもって終わりとします」。こちらは年配者の「年賀状終結宣言」だ。




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興味が開く人生の扉

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 物事に、ちょっとした関心を持って、それをきっかけに発展する趣味や道楽。そんな何気ない«入り口»が人の心の持ち様や人生をも変えて行くと思うと不思議だ。そのハマり方や行き着く先は人それぞれ。そこには、私のような凡人とはどこか違う«何か»がある。人生のゴールの仕方や距離はみな異なる。でも与えられた一日の時間は須らく同じ。そんな時間の中で、ちょっとした興味が、味わい深い人生の扉を開いてくれることがあるのだ。




 「わたしゃあねえ、御朱印に興味を持ち、寺社仏閣巡りをするようになった。いや、動機はその逆さかも知れませんがねえ…」




 そんな話を何気なくしてくれたのは母校の先輩でもあるTさん。根っからの高校ラグビーフアンでもある。14年連続、49回目の「花園」出場を果たした日川高校ラグビーチームを応援するため今年もご一緒して「花園」へ向かうバスの中。たわいもない世間話からだった。

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 趣味の御朱印集め。それがもう何年になるかは、お聞きしなかったが、既に溜まった御朱印帳は28冊。歩いた寺社仏閣は800にも及ぶという。スマホを片手に地図を調べ、自らの足で一か所一か所、丹念に歩く。交通手段は電車とバス。「自分で調べ、自分の足と知恵で歩く。これが大切なんです」。Tさんは、これまた何気ないように言う。確かにそうだ。自分の足で歩かないと、すぐに忘れる。




 この人の寺社仏閣巡りのツールはスマホだけ。御年81歳。アナログ世代と思いきや、若者顔負けにスマホを操る。目的地や、そこまでのアクセス、細部のロードマップはむろん、その寺社仏閣の沿革や、そこを取り巻く歴史まで何でも調べてしまう。そればかりではない。記憶を損なわないためにと、スマホに「メモ帳」を設けていて、いつでも、どこでも思い起こせるように丹念にメモするのだそうだ。「歳のせいでしょうか、忘れっぽくなっていますからねえ…」。ニッコリ笑うのである。


 「ここは滋賀の○○。ここにはあまりメジャーではないが〇〇寺があって、この寺は…」

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 高校ラグビー応援バスの旅は、山梨―長野―岐阜―愛知―志賀―京都―大阪と中央道、東名・名神高速道路行で6府県にまたがるが、その折々で分かり易く解説してくれる。観光バスツアーのガイドさんのように通り一遍ではなく、自らの足で集めた«血の通った»話だから面白い。片道7時間近くの長旅の退屈を埋めるのに十分の話題でもあった。歩くことには自信がある。




 「夏なら5時。冬でも6時には起きて毎朝ウオーキングをするんです。少なくとも1万歩、大抵2万歩前後は必ず歩きます」




 十数年前までは山梨県内でも名のある製菓会社の社長さん。どうやら今は悠々自適の身。そんな方だから世間も黙っていない。地域や県の様々な役職も努めている。800もの寺社仏閣巡りをし、28冊もの御朱印帳を持つ人は、あまたいまい。思い立ったら吉日。スマホ片手に旅に出る。81歳のお歳で、しかも一人旅。その旅先が全国に及ぶからすごい。




 高校ラグビーの日川は、2回戦で島根県の強豪・石見智翠館に敗れてベスト16への進出はならなかった。来年は100回大会。恐らく、それへの切符も掴んでくれるだろう。今年と同じようにバスの中で全国の名刹とそれにまつわる«物語»をお聞きするのも楽しみだ。


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馬鹿と阿呆

 「バカ」

 「バカとは何よ」

 「そんな事ですぐ向きになるからお前はバカなんだよ」

 「なにも、バカなんて言わなくたっていいじゃない。まったく~」


妻

 私と女房のよくある口喧嘩だ。不思議にもこの文字数が示すように、およそ夫婦喧嘩の発端はたわいもない事から始まって、エスカレートするものだ。





 この「バカ」(馬鹿)という言葉。かなで書いても、漢字でも二文字。しかし、その使い方、受け止め方によって喧嘩にもなれば、叱咤激励にもなる。「バカ、そんなことはないよ」といった具合に否定の接頭語的な役割を果たす事だってある。「バカ」に「め」をつけて「バカめ」となると女房はもっと向きになる。





 私はこの「バカ」という言葉を気にもしないし、気にもならない。関西人が「この阿呆」とよく使うように、むしろ、挨拶代わりみたいなものだ。もちろん、親しい仲間、気の置けない仲間同士のことだ。これをどこででも使ったら、失礼千万。

子供


 もう一つ、気にしなくなった訳がある。わんぱくな子供の頃、いたずらをする度に親父から「バカめ」「馬鹿野郎」と怒鳴られた。河原で水浴びをし、近くの畑のスイカ採りの競争をすれば、当たり前だが、見知らぬ親爺から「馬鹿野郎」。この言葉はわんぱく小僧の勲章のようなものだった。
子供2

 「そんな事が分からないのか」「もっとしっかり掃除しろ」。学校に行けば先生から叱られる。その言葉の頭と尻につく言葉はまた「バカ」だ。社会人になって会社に入れば先輩から遅いの、早いので怒鳴られる。ちょっとひどくなると「死んじまえ」だ。その後ろと前にはやっぱり「バカ」が付くのである。考えてみれば「バカ」と言われなかったのは大学の4年間ぐらいのものだ。ただ、そんな教授の顔は一人も覚えていない。






 この「バカ」「バカめ」には、全く悪意はなく、いわゆる親心の叱責であり、親身になっての励ましの意味まで含んだ表現であることが多い。人間、褒められたことなど記憶に残っていないものだが、叱られたことは覚えているものだ。教訓として受け止めているからだろう。叱られた先生や先輩ほど懐かしい。不思議な事に間違いなく親近感が増すのだ。





 これも不思議。叱った方は、それを忘れている。女房が向きになって怒るように深刻なものではないからだろう。ただ、私には一つだけ、反省にも似た「馬鹿野郎」の相手側の反応がある。もう30年ぐらい前のことだが、若い社員を「馬鹿野郎」と怒鳴った。将来に向けて育てたいと思った男だった。その社員は怒鳴られた途端、大粒の涙をボロボロ。「男のくせに、涙を拭け」と言ったら、また涙だ。


サラリーんまん

 同僚幹部が言った。「今の若いのは親や先生から怒られることもなく、ましてや他人から馬鹿野郎、などと言われたことがないんですよね。それが≪いいぼこ≫であればあるほどですよ」。確かにそうだ。親も先生も、ましてや隣の親爺も子供を叱らなくなった。先生や隣の親爺は見てみぬふりだ。





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縁側の陽だまり

 「夕方出かけて朝帰ってくるものはな~んだ」
 私達が幼い頃、こんな「なぞなぞ遊び」があった。答えは「雨戸」だが、今の子供達にこのなぞなぞを問いかけたら、きっと「家(うち)のお父さん」と答える子供さんが多かろう。家の娘だったら確実に「マージャン好きのお父さん」と答えるに違いない。特に、休日の前ともなれば、同僚とお酒を飲み歩き、その行く先はマージャン荘。決まって朝帰りだった。元気もあった。そんな生き生きした?現役時代が今となっては懐かしい。


夜明け


 今の子供達が「雨戸」を知らないのも無理はない。ここで言う雨戸は縁側の外側にある板張りの戸である。都会だったら100%お目にかかれまい。田舎だって近代住宅にどんどん変わってしまった今、縁側を伴った雨戸の家など見たくても見られなくなった。




 お若い方なら分からないだろうから、ちょっと説明すると、文化財として各地に残る古民家武家屋敷を注意して御覧なさい。いくつも並ぶ部屋の外側に板張りの廊下が設けてある。これが縁側だ。その外側に戸がなかったら防寒、防風にも困るし、第一無用心である。だから、この雨戸は昔の住宅では欠かせなかったのだ。隅々には必ず戸袋があって「夕方に(閉めた)出かけた雨戸は朝帰って」この戸袋に収まるのである。




 古来、わが国の民家は、多くがこのような構造で、部屋と部屋を仕切るのは壁ではなくてふすま帯戸、それに障子。これを取り払えば、一つの大広間になるのだ。親、子、孫までが同居する大家族制を維持せしめた家屋構造であり、一方ではさまざまな条件に対応できる、いわゆる多目的構造であった。地域の集会、ひとたび不幸が生ずればお葬式、また結婚式にも。地域によって、お蚕の飼育場に早代わりした家もあるだろう。


障子


 どちらが先かは分からないが、今の近代住宅構造は古来の大家族主義を根底からぶっ潰し≪個≫を助長する生活様式に変えた。一つの家に同居するにしても、親達は親達、年寄りや子供達も、またそれぞれの部屋を持つ。子供の場合、その数によって子供部屋を設けるのが普通となった。その良し悪しは別として≪個≫が優先するから≪家族団らん≫の風潮はだんだん希薄になっていくに決まっている。実質的な核家族化である。




 陽だまりと縁側。この二つはよく似合った。そこにお年寄りでもいればなおさらだ。お年寄りが縁側の陽だまりで編み物をしたり、孫と遊んでいる光景があったら絵にもなる。近所の人たちが一人二人と寄って茶飲み話をする場ともなった。いわゆる地域の人達のコミュニケーションの舞台にもなったのである。


縁側


 雨戸と縁側が消えると同時に、かつてはどこの田舎にもあった、こんなのどかな光景をも一遍に消し去った。それはまた人々の心まで変えようとしている。都会、都市部では当たり前になった「隣は何をする人ぞ」の無関心風潮は田舎にも忍び寄っている。




 こんな硬苦しい話はともかく、縁側すら残る古い我が家の場合、リフォームして雨戸をサッシ戸に替えたからいいが、そうでもしなければ女房だって一緒に住んではくれまい。ただ、サッシでガードした縁側は、ただの廊下に成り下がった。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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