いびき

ネコ


 「お父さんねえ、うちのミーコ(猫)、今朝起きたら玄関先で気持ち良さそうに、いびきをかいて寝ていましたよ」



 「バカ言え。お前じゃああるまいし、猫がいびきをかくか」


ミー子


 ミーコとはいつの間にか我が家に住みついた野良猫だ。女房とそんな話をしていたら、いつもこのブログにお出でいただく「なめネコれお君の母」さんから、たまたま、こんなコメントが。


 「・・・。パソコンを叩いている脇でれお君(猫)がいびきをかいています。・・・」




 やっぱり、うちのかみさんの話は、まんざらの冗談ではなかった。勝手に住みついた野良猫と、恐らく居間の中で我が子のように可愛がられている猫の違いがあるにせよ、そのいびきの様を想像しただけでも愛嬌があって可愛いい。思わず笑ってしまいたくもなる。


ミー子2


 転じて、うちのかみさん、こうして私がパソコンを叩いている後ろのベッドで、それは見事ないびきをかいてみせる。猫のいびきと違って、お世辞にも可愛いいとは言えない。しかし、このいびき、なにも今日に始まったものではないから、それ程気にもならない。ところが、突然、そのいびきが止んだと思ったら「お父さん、何時までパソコン、叩いているんですか。眠れないじゃあありませんか。早く電気を消して寝てくださいよ・・・」




 「バカめ。自分のいびきを棚に上げて勝手なことを言うんじゃないよ」と心のうちでは思うのだが、それを言ったところで仕方がない。「分かった、分かった。もう寝るよ」と、適当にあしらってパソコンを叩いていると、またいびきが・・・。天下泰平である。


1


 うちのかみさんのいびき、それは半端ではない。時にはまるで地響きのようないびきをかく。でも人間、慣れとは恐ろしいもの。一緒に寝ていても子守唄にも聞こえるから不思議。とは言っても、それを気にも止めず、腹も立たないと言ったらウソになる。翌日の事を考え、一刻も早く眠らなければならない時だ。そんな時、私にはちょっとした≪処方箋≫がある。指先で肩を押し、身体を横向きにさせれば、いびきはピタリと止む。かみさんも無意識ながらも、それを知っているのだ。




 いびきは横向きにうずくまった状態ではかかない。反対に仰向けに寝ると顎が上がり、生理的にもいびきをかき易くなるのだそうだ。かみさんのいびき、お尻を大きくし、我が家での存在感を増すに連れ顕著に。連れ添ってもう48年。それが証拠に20年前、30年前、ましてや新婚時代は、こんないびきはかかなかった。加齢に従ってだんだん温厚になる亭主族とは裏腹に女房族は、どんどんしたたかになる。憎らしくなることもあるのだ。


夫婦


 千葉県の柏にお住まいで山梨の我が家にも時々遊びに来る知人が、お酒を酌み交わしながらこんなことを言ったことがある。「女房のいびきに付き合いきれない時は別の部屋に寝るんですよ・・・」。この方は、かみさんの学生時代の同級生のご主人。いびきの主の共通点は≪体格≫がいいこと。もう一つは屈託がないというか物事に大らかな性格の持ち主だ。女性のことは分からないが、男の場合、総じて私のようなデブの方が、いびきが大きい。




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商社マンと玉葱

ビール


  「やあ~、お久しぶり。今、どこの部署に?」



 「今は本社さ。半月ほど前、東南アジアから帰ったばかり。5年ぶりの本社勤務だよ。やっぱり日本がいいねえ」


 「東南アジアでは、どんな仕事を?」


 「百姓さ。百姓。厳密に言えば百姓の棒頭さ」


 「商社マンが百姓? 棒頭?」


 「そうさ。分かり易く言えば、人件費の安い東南アジアで玉葱などの農産物を作らせ、日本への輸入を図るんだよ。毎日、その現場指揮をしていたのさ」


タマネギ


 もう大分前のことだが、久しぶりに会った友と酒を酌み交わしながら、こんな話をした。この男は大学を出たあと、大手の商社に入り、れっきとした商社マンとして活躍していた。その仕事ぶりは私がイメージしていた商社マンと違っていたから、一つ一つ話は面白かった。久しぶりの再会も手伝って話は弾み、酒も進んだ。この商社マン氏によれば、人件費削減のターゲットとする国は、月給が日本円で1万円以内の所だという。


酒


 「あなたも知っている通り、農産物に限らず、商品のコストダウンを図るためには、まず人件費の削減だ。それだけじゃあダメ。こちらが求める質と量を安定的に作らせることだ。その上にもっと肝心なことがある。玉葱であれ、キューリであれ、全てを同一規格にすることだ。そうでなければ、我々はひとつたりとも引き取らない」


たまねぎ


 「安定供給もさることながら、同一規格にすれば国内で流通させる場合の箱詰めひとつとっても無駄なく、合理的に出来る。第一、値札を付ける場合に、いちいちハカリを使わなくても済む。スーパーなど小売店の省力化、つまりはコストダウンに繋がる寸法さ。形も目方も同じだから、売る側は機械的に値札だけを付ければいい」


トマト


 「そう言えば、スーパーに限らず、生鮮食料品の小売店でハカリが姿を消しちまったよなあ・・・」



 「ハカリで計るという行為ひとつ取ったって、商品のコスト計算上はバカにならないものがあるんだよ」

キュウリ


 山梨市の田舎で生まれた百姓の倅でありながら学生時代からサラリーマン時代のざっと45年間を東京や甲府で過ごしてしまった。自ずと食卓に載る全ての野菜はスーパーや八百屋さんから。現在のように女房と二人で作る曲がったキューリなどお目にかかりようもなかった。一転して今はナスもトマトも大根やサトイモ、玉葱、サツマイモも、みんな形がまちまちであるばかりか、傷モノもいっぱい。でも味は変わらない。むしろ、自分が作った贔屓目かもしれないが、こっちの方がうまい。真っ直ぐであろうが、曲がっていようがキューリの味は同じだ。
 商売上のコスト削減や流通の合理化が、いつの間にか消費者の商品概念を変えた。でも、その反動からか、それが次第に見直されている。「道の駅」など田舎の直売所では形にこだわらないナスやキューリが売れている。消費者だってバカじゃあない。地域の農家と、そんな消費者がうまくかみ合い、どこも人気上昇中なのである。





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女房の存在

がぞりんスタンド2  


 「お父さん、私がいなくなったら、どうするんです? 何も出来ないんだから・・・」



 「お前は大丈夫。俺より長生きするさ。お前のお気楽、極楽ぶりじゃあ、あと50年、100年生きるよ」


 「失礼しちゃうわ。お父さんは(困れば)いつもそうなんだから・・・。自分のことぐらい自分でやってくれなきゃあ、困りますよ・・・」


 セルフのガソリンスタンドで、車の給油をしながらの、うちのかみさんとのやり取りである。車の運転もさることながら、ガソリンの給油も最近では、みんな女房任せ。実を言うと、車の運転はともかくとして、私にはセルフ給油の操作が分からないのだ。




 「まず車の給油口を開け、取り外したコックをここに置いたら、ここをタッチ。次にガソリンの種類を選定、給油作業に入る前にここにタッチして体の静電気を取り除くんです。給油が済んだら、ここを・・・」

ガソリンスタンド


 女房は馴れた手つきで、それをやって見せる。当たり前だが、セルフの給油機は、全てが指による機械操作だ。利用者の確定処理から始まって、料金請求のレシートを受け取るまで利用者が指示してやらなければ、給油が完了しない。


ガソリンスタンド3


 「へえ~い、いらっしゃい」


 車で通勤していた現役時代は、頻繁にガソリンスタンドに寄った。その頃はスタンドに車を横付けにしさえすれば、顔馴染みの店員さんが黙っていてもやってくれ、最後は「毎度あり・・・」。そればかりか、タバコの灰皿から窓ガラスの拭き掃除までサービスは≪満タン≫だった。




 もちろん、そんなガソリンスタンドがなくなったわけではない。でも、ただででも利幅が少ない、この業界は長引く経済不況と原油の高騰というダブルパンチにあえぎ、四苦八苦。閉鎖に追い込まれているスタンドだって珍しくない。生き残りを賭けた自衛策に懸命なのだ。「少しでも安く」。そんな消費者ニーズと人件費の削減などスタンド側の思惑がピタリと合ったのがセルフのスタンド。街にはこのタイプがどんどん増えている。徹底したサービスで勝負するか、それとも「安さ」で勝負するかの戦いといっていい。


ガソリンスタンド4


 普段からモノの値段には敏感な,特に主婦達は、はしっこい。普段はノロマな、うちのかみさん,いつの間にか銀行口座を設けて、セルフのスタンドでの給油に切り替えた。「全く何も出来ないんだから・・」「自分のことは自分で・・」。待てよ? うちのかみさん、亭主に向かっていつの間にか、子供にでも言うような口の聞き方をするようになった。




 考えてみたら、その時期は会社勤めをリタイアした頃からかもしれない。現役時代は少なくとも、そんなことはなかった。その金額が多いか、少ないかは別に、サラリーを運んでくれる≪打ち出の小槌≫だったからだろう。女とは現金なものだ。いくら年金生活に舵を切ったとはいえ「お前が今、こうしてメシを食っていられるのは誰のお陰だ」と開き直ってもみたくなる。でも、そんな女房がいるから我が家がもっているのかもしれない。




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振り子とデジタル

時計

 「あの人は振り子のような人だ」と言うと、いつも几帳面な行動をする人を言い、「振り子現象」と言うと、一方に偏った力を元に戻す力学を言う。右傾化すれば左に戻そうとする。車に乗っていてカーブを曲がる時、一方で反対側にも力が働く。いわゆる遠心力の力学もこれと同じだろう。人は、この振り子をさまざまな所で例えに使う。




 振り子は元々、時計の重要な一部であったことは言うまでもない。ところが、この振り子時計、最近、トンと見かけなくなった。我が家にもひと頃までは、振り子の柱時計がいくつかあった。それぞれが気ままに「ペーン、ペーん」と時を刻むのである。折に触れ、ねじを巻くのだが、それぞれの時計に癖があるから、遅れたり、進んだり。刻む時もまちまちなのだ。みんな、のんびりしたもので、そんな誤差も気にも留めなかった。




 アナログからデジタルへ。真っ先に時代の波のあおりを食ったのが、この振り子時計かもしれない。柱に掛けた、いわゆる柱時計も壁掛けのデジタル時計に。振り子の柱時計は今やアンティーク家具になった。それを歌にしたものや、決まった時間に扉を開けて時を告げたハト時計も、みんなノスタルジックな世界に追いやられた。


デジタル時計


 デジタル化はどんどん進んで、いつの間にか電子時計が。一分、一秒狂わないのだ。仮に狂いが生じても、何時か知らぬ間に修正されているのである。電波でコントロールされているのだろうが、アナログ人間の私なんかに、その理屈が分かるはずがない。そんなことを考えると、ひと頃、流行った漫才のギャグではないが「夜も眠れなくなる」。


 


 アナログの柱時計が姿を消す一方で、そのデジタル化は私達の身の回りに新しいタイプの時計を氾濫させた。腕時計や壁掛け時計、置時計、目覚まし時計は当たり前。いつもポケットに持ち歩くケイタイにも付いているし、電子炊飯器やシステムキッチン、風呂場やトイレのコントローラーにも。テレビを点ければ、ここにもデジタル表示されている。


ガス


 一歩外に出ても街頭に、ビルの上に。バス停や駅のホームはむろんのことだ。マイカーにだって・・・。今や腕時計など必要ないくらいだ。でもこれが不思議。腕時計がないとなんとなく落ち着かないし、不安なのだ。習慣とは恐ろしい。我が家の中に限って時計の数(個数・箇所)を数えてみたら、ざっと20を超えていた。まさに時計の氾濫である。


 


 そのルーツを思い起こしてみたら、壁掛け時計や置時計の多くは結婚式や何かの催しの記念品。裏側には往年の新郎新婦の名前が。その新郎新婦は子供さんをもうけ、今では立派なオジサン、オバサンに。時はこんな所にも刻んでいた。


掛け時計


 デジタル時計にも致命的な欠点がある。アナログの柱時計にネジ回しが欠かせないと同じように、電池がなくなれば、グーの音も出ない。デジタルだってオールマイティーではない証だ。それに風呂場やトイレなど、いわばどっちでもいい所に付いている時計は、すぐに狂う。とにかく、デジタルの時計が氾濫する一方で、案外、時間が守れないのが人間。私の田舎ばかりかもしれないが、会合で時間が守られたためしがない。デジタル化がどんどん進んでも人間は、それに付いていけないでいるのだろうか。




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孫娘はアニメがお好き

キョウカ_convert_20180420224919


 「爺爺、iパットは?」


 ママやパパに連れられてやって来る孫娘が開口一番、口にするのは、この言葉だ。「直して(充電)おいてあげたよ」。そんな私の言葉に可愛らしく「ありがとう」とニッコリ。その笑顔が終わるか終わらない内にiパットに飛びつくのだ。嬉しそうな仕草が、また可愛い。とにかくアニメが大好きで、食いつくように見ている。黙っていれば1時間でも2時間でも平気。アニメは理屈抜きに子供たちを惹きつけて止まない魔力があるのだろう。




 ママは、そんな娘の行状が分かっていて、家(うち)ではiパットを遠ざけているらしい。孫に甘く、言うなりになる私に対して、時に«いぶかし気»な顔を見せもする。「お爺ちゃんは、この子の言うなりになるからダメよ」。はっきり苦言を呈することも。親にしたら当然。よく分かる。女房も私に目配せして言外に注意を促す。年は取っても«母親経験者»だ。「年寄り子供は三文安」。昔からよく言った。分かってはいるが、やっぱり孫は可愛い。何でも言うことを聞いてやってしまうのである。




 ただ、これだけは口うるさく言う。「目を離して見るんだよ」。夢中になればなるほど前のめりになる。iパットに限らずスマホやどの電子機器も、何故かコントラストが強いので目にいい訳がない。文科省や県教委の調査でも子供たちの視力の低下がはっきりデータとして出ている。電子機器が、その元凶であることは言うまでもない。牛乳瓶の底のような眼鏡を掛けている幼い子供さんを見るたびに「大人の責任」を痛感するのだ。


キョウカ2


 幼い子には、その善し悪しが分からない。大人なら、というより歳を取れば取るほど目にこたえ、疲れを感ずるから、警戒もすれば、時に敬遠もする。でも子供の眼は、どんな条件の光をも受け入れてしまうのか。大人の頭で考えれば、それが怖い。その辺のことを考えてやらなければ、結果的に子供が少なからず犠牲になると思うのは考え過ぎなのか?




 今と昔の子供達では遊び一つとっても根本的に異なる。IT、ICTなどイノベーションがもたらした電子機器などと無縁な時代に育った子供たちは、春夏秋冬、季節の移ろいと共に遊びの場を自然の中、つまり「外」に求めた。しかし、今は、そのスタイルをガラリと変えた。一概には言えないまでも子供たちは遊びの場を「室内」に移し、そこにはIT端末や、スマホ、パソコンなどの電子機器が。遊びの内容まで変えてしまった。




 電子機器がもたらす生活の合理化はむろん、その根底にあるIT、ICTの進化は人々の情報量を飛躍的に増大させた。子供たちを例にした場合も、鼻たらし小僧で、ろくに勉強もせず、日が暮れるまで外で遊びほうけていたオジサンたちの子供の頃と、今の子供たちとでは情報量はむろん、学力も雲泥の差があるのだろう。ただ一つ優れているものがあるとすれば「創作力」。情報量が乏しいので、遊びの仕方も自分たちで考えざるを得なかったのだ。




 5歳足らずの孫娘が誰の教えも受けず、遊びながらにスマホやiパット端末の操作を覚え、新しいアニメのアプリを次々と見つけ出す。遊びの発見とはそんなもの、と頭では理解できてもアナログ人間にとっては、ただ驚くばかりである。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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