節目と人間

ランドセル


  会社や学校には始業時があれば終業時もある。学校の場合、入学式があって卒業式がある。私達の日常生活を時間的に見ても、一日の始まりと終わり、一週間、一ヵ月、一年といった具合に「節目」がある。一年は1月~12月の暦年で言ったり、学校のように4月~3月の年度で言ったりもする。会社は上半期、下半期、さらに細分化して第一四半期、第二四半期といった具合に1年を4分割、売上や業績を整理したり、チェックしたりする。学校の場合も最近では2学期制に移行する所も出ているが、多くは3学期制だ。



 誕生日も節目のひとつ。生きていれば毎年同じ日に誕生日がやってくる。その瞬間にカチっと年齢の時計が廻る。可愛いわが子やお父さん、お母さんの誕生日をささやかなケーキを囲んで祝う家族もあれば、グループで賑やかに祝うケースもある。年老いてくれば、その誕生日が素直に喜べない事だってあるかもしれない。人生の悲哀というか複雑な気分になる事だってあるだろう。 昨夜もたまたま誕生日だった親しい仲間とそんな話をした。




 人間が没すれば一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌といった具合に周りの人がそれなりの法要をしてくれる。もちろん、この回忌は1年ごとにあることは言うまでもないし、仏教では七日、七日が基本。いずれにしても人間、生きていようが、没して仏になろうが、それなりの節目を迎え、重ねて行く。風雪に強い竹にも節があり、樹木には年輪がある。人間も自然界も、みんな節目の中で生きているのである。一年や一日の時間は太陽と地球の関係から作り出したものであり、人間はその中に二十四節気なるものをも当てはめた。
 
 とてつもなく大きく、黙って何事もないように動いている自然界はともかく、さまざまな節目に対する人間の受け止めよう、接し方はこれまたさまざま。サラリーマンは一週間の仕事の疲れを癒したり、自らや家族とのレジャーのための週末を楽しみにし、子供たちは学業から解放される夏休みや冬休みが楽しいはずだ。間もなく春休みがやって来る。 




 私のように勤めをリタイアして、いわゆる「毎日が日曜日」の人間にとっては週末なんか関係ない。曜日だって考えなくてもいい。考えるとすれば、曜日で設定してある無尽会や、地域やグループの会合だけ。多くは日時での約束事が多い。生活の中で月末も月始めも、何の意味も持たないのだ。





 私だけかもしれないが、曜日にとどまらず、さまざまな「節目」がだんだん薄らいでいくような気がしてならない。例えば、年の瀬やお正月。なんとなく慌しく、お正月を控えてウキウキする心の持ちようもないし、お正月だって普段とそれ程変わらない。晴れ着姿に着飾った子供たちの羽根突きや正月を寿ぐ獅子舞もどこかに行ってしまった。デパートやスーパーも年中無休だから「初売り」もなくなった。そんなお正月も、あっという間に過ぎ、2月も間もなく終わる。 


羽子板


 節目の行事もさることながら、気温の変化も人間の感覚をあいまいにしているかもしれない。地球規模の温暖化は二十四節気の一つ一つまで、そのイメージを微妙に狂わせている。私のようなズボラな人間には気候的にも習慣的にもやっぱり節目が必要だ。





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統計の説得力と魔力

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 統計数字がもたらす説得力と人々を飲み込む信頼性は「魔力」とも言える力を持つ。例えば、マスコミや政府機関などが行う世論調査だ。その結果は往々にして世論まで動かしてしまうのである。全国民を対象とした調査のサンプルは、ざっと3,000。回答率はいつも半分に満たず、せいぜい1,200~1,300どまり。国民の0・001%程度の数字だ。




 「統計学とはそんなもの」という。門外漢の私たちは、それを認めざるを得ないが、ちょっと疑問に思うのは調査の仕方。つまり、今や定番になった電話調査だ。かつては住民基本台帳から、一定の法則・ルールに沿って調査対象者を選択。設問の仕方も面接方式だった。これがいつしか電話方式に。これも1対1の対話ではなく、コンピュータによる設問。だから電話に出る人を住民台帳方式のように指定していない。




 我が家だけだとは思わないが、電話に出るのは往々にして女性が多い。我が国の人口構成からすれば、やや女性が多いものの大きくは、男女比率は半々。しかし、女性の電話応対が多いとすれば、データ結果が女性の考え・意識に傾斜するのは当たり前。そこに誤差は生じないのか。もちろん、面接方式の調査の場合も、質問者の口調、果ては人相まで回答者に微妙な影響を及ぼす、という実証分析もあったという。




 電話方式であれ、面接方式であれ、肝心なのは設問の仕方。どのように問いかけるかだ。答えを誘導するような問いかけだったとしたら、結果は言わずもがな。私たちは、調査結果をそのまま受け止めているのだ。

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 もう一つ、新聞の報道の仕方。例えば、一つの事象に対する「賛成」と「反対」があったとする。見出しを「賛成」の立場で取るのと「反対」でとるのとでは、私たち読者の受け止めようは、大きく違うのだ。単純な私なんか、新聞が大見出しで伝えれば、額面通りに受け止めてしまうのである。それが「世論」となってしまうとしたら怖い。




 マスコミは、ある意味、魔物だ。新聞やテレビ、特にテレビのワイドショウなどで繰り返し、繰り返し報道されると、オジサンのような単純人間は、それを、いつしか重大問題のように受け止め、そこでの論調を自分の考えのように受け入れてしまったりもする。




 放送する側は、する側で「日本中で注目を集めた…」という。よく考えたら自分たちが繰り返し大騒ぎしてそうしたものなのに…。むろん人の受け止めようによって異なるだろうが、日馬富士の暴行問題に端を発した、大相撲の大騒ぎがいい例。毎日毎日、まるでキャンペーンとも思えるように番組を組まれたら、いやが上にも«事»を過大に捉えてしまうのも必然。でもウンザリする。「いい加減にしたら!」と、感じたのはオジサンだけだろうか。相撲協会に同情したくもなる。




 先日、ロータリークラブのIM(インター・シテイ・ミーテング)で日本総合研究所主任研究員の「山梨県の活性化」と題する講演を聴いた。終始、統計データに基づく話。「う~ん、いかにも…」。説得力がある。

 講師先生はデータを示す度に聴衆全員に1・2・3の指合図で、その受け止めようを問い掛けるのだが、これが不思議。客観データに基づく話なのに、その受け止め方、感じ方の答えは、みんなマチマチだった。つまり、数字やデータの積み重ねは、時として人々を暗示にかける証拠なのかも…。そもそも人間は数字に弱いのか…。





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仮想通貨の謎?

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 ピットコインだとか仮想通貨と言われても、アナログおじさんには、なんとも理解し難い。通貨が仮想、と言われただけで、頭の中がこんがらかってしまうのである。お金と言う物体が元にあってのカードの使用、決済なら分かる。「おじさん、バカだねえ~」と、お若い方々からは笑われるだろうが、本当に分からないし、頭がこんがらかってしまうのだ。




 電子マネーだから円からドルやユーロ、元、ポンドなど通貨換金の手間や手数料の付加がないことぐらいは、なんとなく理解できる。通貨は古来、その国の信用の上に成り立って来
た。むろん信用が揺らげば、価値は下落する。そのくらいのことは誰だって分かっている。でも仮想通貨は電子マネー。そこからアナログおじさんの頭は混乱してしまうのだ。


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 何百億円もの仮想通貨がインターネットを駆使したハッカーの手に落ちる。電子マネーだから、そのことが起き得ること自体は、何となくだが、アナログおじさんにも想像できる。問題はそこから。«胴元»は、慌てた様子もなく記者会見に応じ、「その被害額を現金で補填する」と、こともなく言ってのけるのだ。500億円に近い損失を出せば、小さな会社なら、ぶっ飛んでしまうに違いない。



 その昔、「赤いダイヤ」という言葉が相場取り引きの世界にあった。小豆を媒体にした先物取引で、むろん、この先物取引は小豆に限らず、広く行われる。原油や、様々な穀物などが、それだ。天候や政情などによって不確定要素が大きい商品である。そこには後先の動きは別に«物»や«お金»が介在するから、いくらアナログおじさんにも理解できる。しかし「仮想通貨」、「電子マネー」と言われるとハナから、こんがらがってしまう。



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 ただ、なんとなく想像できるのは、やがては一万円だの五千円だのと言った現金が必要なくなる時代が来るということだろう。近代兵器として銀行や街角にまで当たり前のように登場したATMでさえ、確実に無用の存在になり下がることを意味する。«近代兵器»でありながら利用者は少なくとも、そこまで足を運ばなければならないし、一方で設置のための費用も莫大なものがあるだろう。犯罪に狙われるリスクだって見逃せない。現に、ATMが大型重機を使って襲われる事件が、あちこちで起きている。




 茶の間に居ながら商品の取り引きや決済までできるのだから、面倒がり屋にはこの上ないシステムだ。面倒な上、刻々と変化する為替レートも寸時に計算、処理してくれると言うスーパーマンである。しかし、正直言ってアナログおじさんには夢の世界であり、異次元の世界。怖くて、それに近寄ることも出来ないというのが本音。




 そんなアナログおじさんの足元では、4歳半の孫娘がママのiパットで遊んでいる。誰が教えた訳でもないのにスイッチを入れて起動。可愛らしい手で画面を動かしては、好みのアニメ動画を飽きもせず見ている。理屈や知識ではなく、本能の赴くままに行動しているのだ。




 爺だったら他人(ひと)に教えてもらうか、「説明書」を見なければ確実に手も足も出ない。その説明書を見ることさえ億劫なのである。無邪気に電子機器を«おもちゃ»に遊ぶ孫娘を横目に「この子が大きくなった頃は、どんな世の中に…」と考えると複雑な気持ちと言うより、空恐ろしくもなる。




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過ぎゆく正月

どんど焼き
どんど焼き

 正月三が日、七日正月や小正月(14日正月)も、いつの間にか過ぎて、またいつもの毎日に。会議であれ、人と人との出会い・ふれあいであれ、「あけましておめでとうございます。本年もよろしく…」の「枕詞」も色あせて来た。いつもと変わらない日常の歯車に戻るのである。一年中で最も時の経つのを早く感ずるのは、この時季。アッと思う間に正月は終わる。小正月行事「どんど焼き」の火の中に消える正月飾りは、それを象徴していた。



 「今年こそは良い年でありますように」


 みんなの願いだ。日銀や各種の調査機関によれば、我が国の景気は上昇基調にあるという。しかし、多くの事業主も、そこで禄を食むサラリーマンも多くは実感がない。そうだろう。円高なども影響する輸出関連の大企業ばかりでなく、通常の受注や製品の取り引きが増え、働く人たちの給料が増えなければ、それを実感出来るはずがない。




 政府挙げての景気浮揚策。賃上げ交渉は労働界のお家芸だったが、ここ数年、政府が、その音頭取り。経済界への働きかけは、イデオロギーを超えて反論する者はいまい。要は働きかけが真に実を結ぶかどうかだ。それなりに実現しなければ、私たち庶民は、現実とデータのはざまで身もだえるばかりであることは言を待たない。


 一方では「働き方改革」が唱えられ、サラリーマンの«生活改善»の動きも。表向きは誰しも異論をはさむ余地はない。でも、事実上の給料(手取り)減となったら元も子もない。«3K»を嫌う風潮の若者たち。そんなことはないだろうが、「働かない改革」になったり、ムード化したら、これも怖い。

 
サラリーマン


 年金生活で手も足も出ない私らには、一見他人(ひと)ごとかも知れないが、本当はそうでもない。食うや食わずの時代に生まれながらも、いつの間にか世界第二位の経済大国に。それも束の間。その座をお隣の中国に奪われて陥落。そればかりではない。隣国間での領土や領海問題、さらには国家としての安全保障問題に至るまで揺れ動いている。世界の«地図»は、やがて塗り替えられていくのだろう。

 日本全体でも人口はどんどん減り、都市と地方の格差は拡大する一方。正直言って日本はむろん、「オレたちが住む田舎はどうなっていくのか?」。無邪気に遊ぶ孫娘を見ながらそんなことを思った。




 「働き方改革」の口火となった「過労自殺」や「過労死」。菩提寺の新春法要に招かれ、方丈の読経をお聞きしながら、「今の若者は、どうして簡単に自らの命を絶つのだろう?」と、法要とは違うことを考えていた。どうして、そこまで自分を追い詰めなければならないのか。オレだったら、そこまで行く前に辞める道だって選ぶだろうし、仲間にも相談する。




 人間、自ら手をかけなくてもやがては死ぬ。これだけはこの世に生まれて来た以上、避けて通ることは出来ないのだ。誤解を招くことを承知で言わせてもらえば、死ぬ人は自らの決断だからいい。でも残された家族や、周りの人の悲しみや、場合によって計り知れない«迷惑»をかけることを知るべきだろう。


 ただ、子供のいじめ、それが導く自殺は、殺人にも値する。新春法要で淡々と続く読経。ひときわ響いた木魚の音で一瞬我に。とにかく、今年が良い年でなくてはならない。みんなが健康で笑顔の一年でありたいものだ。時の経つのは早い。つい昨日掲げたと思っていた1月のカレンダーは、間もなく消える。





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人間と節目

ランドセル


  会社や学校には始業時があれば終業時もある。学校の場合、入学式があって卒業式がある。私達の日常生活を時間的に見ても、一日の始まりと終わり、一週間、一ヵ月、一年といった具合に「節目」がある。一年は1月~12月の暦年で言ったり、学校のように4月~3月の年度で言ったりもする。会社は上半期、下半期、さらに細分化して第一四半期、第二四半期といった具合に1年を4分割、売上や業績を整理したり、チェックしたりする。学校の場合も最近では2学期制に移行する所も出ているが、多くは3学期制だ。



 誕生日も節目のひとつ。生きていれば毎年同じ日に誕生日がやってくる。その瞬間にカチっと年齢の時計が廻る。可愛いわが子やお父さん、お母さんの誕生日をささやかなケーキを囲んで祝う家族もあれば、グループで賑やかに祝うケースもある。年老いてくれば、その誕生日が素直に喜べない事だってあるかもしれない。人生の悲哀というか複雑な気分になる事だってあるだろう。 昨夜もたまたま誕生日だった親しい仲間と麻雀をしながらそんな話をした。




 人間が没すれば一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌といった具合に周りの人がそれなりの法要をしてくれる。もちろん、この回忌は1年ごとにあることは言うまでもないし、仏教では七日、七日が基本。いずれにしても人間、生きていようが、没して仏になろうが、それなりの節目を迎え、重ねて行く。風雪に強い竹にも節があり、樹木には年輪がある。人間も自然界も、みんな節目の中で生きているのである。一年や一日の時間は太陽と地球の関係から作り出したものであり、人間はその中に二十四節気なるものをも当てはめた。寒さを迎えれば、霜降、立冬,その後には小雪が。
 とてつもなく大きく、黙って何事もないように動いている自然界はともかく、さまざまな節目に対する人間の受け止めよう、接し方はこれまたさまざま。サラリーマンは一週間の仕事の疲れを癒したり、自らや家族とのレジャーのための週末を楽しみにし、子供たちは学業から解放される冬休みや夏休みが楽しいはずだ。




 私のように勤めをリタイアして、いわゆる「毎日が日曜日」の人間にとっては週末なんか関係ない。曜日だって考えなくてもいい。考えるとすれば、曜日で設定してある無尽会や、地域やグループの会合だけ。多くは日時での約束事が多い。生活の中で月末も月始めも、何の意味も持たないのだ。





 私だけかもしれないが、曜日にとどまらず、さまざまな「節目」がだんだん薄らいでいくような気がしてならない。例えば、年の瀬やお正月。なんとなく慌しく、年の瀬になって、やがて迎えるお正月にウキウキする心の持ちようもないし、今、迎えている、お正月だって普段とそれ程変わらない。晴れ着姿に着飾った子供たちの羽根突きや正月を寿ぐ獅子舞もどこかに行ってしまった。デパートやスーパーも年中無休だから「初売り」もなくなった。


羽子板


 節目の行事もさることながら、気温の変化も人間の感覚をあいまいにしているかもしれない。地球規模の温暖化は二十四節気の一つ一つまで、そのイメージを微妙に狂わせている。私のようなズボラな人間には気候的にも習慣的にもやっぱり節目が必要だ。





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おきてがみ
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やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
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