孫娘とチャンネル争い

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 いい歳をして、お恥ずかしい話だが、孫娘とテレビのチャンネル争いをする。孫娘は間もなく4歳。どこの子供も同じだろうが、アニメやおとぎ話、むかし話が大好きで、茶の間のテレビを食い入るように見ている。親馬鹿チャンリンならぬ、婆馬鹿チャンリン。女房は、孫可愛さに、ことある度に孫が喜びそうな幼児番組を録画しておくのだ。




 爺の私は「相棒」など好きなドラマやクイズ番組くらいで、普段、そんなにテレビを見る方ではないが、家にいる時は昼と夕方のニュースは必ず見る。そんな時に限って孫娘と≪バッティング≫するのである。


プリンセス


 甲府にいる孫娘は、週に一度は親に連れられて山梨市の我が家にやって来る。田舎家だから家の間取りも広いし、庭や、その周りも広い。飛び回って遊ぶことには事欠かない。でも昼と夕方の食事時は居間に。お恥ずかしい孫娘とのチャンネル争いは、主には、この時。




 「お爺ちゃんがニュースを見るんだからね」


 この時ばかりは女房(婆)も応援してくれるのだが、≪敵≫もさるもの。「ダメ…」。絶対に譲らないのだ。食い入るように観ていたアニメなどのお気に入り番組を中途で遮られるのだから、考えてみれば怒るのも無理もない。




 茶の間であろうが、飲食店の店先であろうが、テレビは≪空気≫のような存在で、観ているとか観ていないに関係なく点いていることが多い。そんなテレビに普段、見向きもしない孫娘なのに、子供向けの番組が流れると、間髪を入れずに反応し、一人食い入るように見入るのである。


遠藤


 僅
か4歳足らずの子供だから、大人のような知恵がある訳はない。本能とも言える≪動物的≫な反応だろう。裏を返して、そんな番組やストーリーを組み立てる大人たちは凄い。子供たちの心理を読んで、≪虜≫にしてしまう。そんなアニメや童話作家に脱帽させられる。最近では、タブロイド端末にも興味を持って観ている。目を近づけて観るのが心配だ。




 テレビやタブロイド端末に限ったことではない。人の≪観方≫だって知っている。我が家にも様々な人が来る。ご近所の方もいれば、私や女房の友人・知人、親戚の人だっている。そんなお一人、お一人と孫娘を見ていると面白いことに気付く。私たち大人が見て、みんな同じなのに、ある人には直ぐになつき、すぐに心を許してハイタッチをしたり、抱っこまでしてもらっている。




 反対に敬遠とまではいかないまでも、それに近い行動をとる相手もいるのだ。私なんか、後者の方で、大人気なく、ちょっぴりガッカリしたり、僻みたくもなる。子供は血縁とか、他人とかの区別はなく本能的に、その人を見極めているのだ。




 多分、子供に好かれる大人に悪い人はいない。子供とは面白い≪動物≫である。孫娘がその《本能》から脱して、やがては色々のところに気遣いをする時も来るのだろう。自分が歳を取るのは実感しないが、子供は日に日に成長する。嬉しくもあり、寂しくもある。




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遊具と子供

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 山梨の県道や市道道を車で走っていると、あっちこっちに子供たちのための遊園地が目に付く。その場所は神社やお寺の境内だったり、公園や、地域がそのために設けた広場であったり。生い立ちも違えば、環境や大きさも異なる。




 我が家の植え込みの向こうにもある。もう15年以上も前、地域の「ふれあい広場」として、当時の梅畑をお貸しして特設した広場の一角。広場はお年寄りのゲートボール場に使ったり、様々な催しに使う。防災訓練の会場にもなれば、むろん、大震災など災害時の緊急避難場所にもなる。いわば多目的の広場だ。


防災訓練3


 遊具の定番と言えば、ブランコや滑り台、鉄棒、ジャングルジム…。赤や青、黄色など子供たちが飛びつき易いようにカラフルなペイントが施してある。視覚的にも子供たちに馴染み易いような≪演出≫をしているのだ。ここでの主役は言うまでもなく幼児。少なくとも小学生だったら低学年生。むろん幼い子にはお母さんやお父さんが。誰もがほほえましい光景をイメージする。その時間帯は週末が中心である。




 ところが、その週末。遊園地に子供たちの姿がない。その原因は、地域に住む私達にはピーンと来る。地域に≪主役≫であるべき子供がいないのだ。少子化の波は、まず田舎を直撃、地方をまるで津波のように襲っている。山梨の人口は82万人台にまで落ち込んだ。




 学校は卒業式を終わって、間もなく入学式のシーズンを迎える。私の「部落」、と言ったら難しい人には「差別用語」と叱られるかも知れないので、「地区」または「行政区」と置き換えるが、全部で60戸。今年も小学校への新入学児童はゼロ。「ゼロ行進」が続いている。旧村地区で見ても少子化現象は顕著で、小学校の統廃合問題が行政の俎上に上り始めた。今年度末現在で、この小学校の全校児童の数は、たったの36人。私たちが子供の頃の1クラスにも満たないのである。お隣の町では昨年春、3校を一つに統廃合した。




 保育園も推して知るべし。山梨市内では今年度も1,2の公立保育園が閉鎖に追い込まれる。東京など大都市にお住まいの方だと「え?ウソ…」と、首を傾げるかも知れないが、これホント。公立保育園のように≪甘いこと≫?を言っていられない私立の幼稚園は、広範囲に送迎バスを巡回させるのはむろん、入園前、対象年齢の親子を招いて無料の体験教室を開くなど、あの手この手、至れり尽くせりの勧誘合戦。それでも定員を充足出来ない幼稚園が。経営面での「頭痛の種」は想像に難くない。


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 茶の間のテレビを点ければ、国会の予算委員会中継が。東京など大都市で社会問題化している保育園からあふれ、就園出来ない子供たちの対策を議論している。この≪ギャップ≫はひど過ぎる。地方に子供を産む若者たちがいないわけではない。道路や下水道などインフラ整備の遅れや、少ない働き場所…。自ずと若者たちは都市部へと流れてしまうのだ。




 社会資本の投下は大都市集中型となり、その反動を被るのは地方。大都市と地方の格差は広がる一方。≪格差の輪廻≫≪格差の循環≫を、どこかで断ち切らないと…。「選良」と呼ばれる議員の先生方、≪揚げ足取り≫の議論も結構だが、これ大丈夫でしょうかねえ…。




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おばあちゃんの失敗談

一宮浅間神社


 世の中にはそそっかしい人はいるものだ。当のご本人によれば、このおばあちゃんは正月もまだ初々しい3日、2人のお孫さんを連れて、甲斐の名刹・一宮浅間神社に初詣した。ご主人も一緒。可愛いお孫さんの手を引いて境内へ。この神社は甲府の武田神社や住吉神社、昇仙峡の金桜神社などと並んで山梨では初詣の名所である。境内は新春を寿ぎ、新しい年がいい年でありますようにと願う善男善女や家族連れで賑わっていた。本殿に手を合わせ、おみくじを引いて新しい年を占う。お孫さんを中心にした、ここまでは何の事はないただの初詣の光景だ。





 そそっかしいおばあちゃんの行状はここから。この神社には、ご神木というほどではないのだろうが、有名な「夫婦梅」というのがある。本殿の裏のほうにあって、→印のガイドがある。おばあちゃんは二人のお孫さんを伴って→印の方向に。あった。立派な枝ぶりの梅の木?が。その梅の木を大切に覆うように金網が囲っていた。この金網を神社のシンボルともいえる「夫婦梅」保護のため、と信じて疑わなかった。


夫婦梅  

夫婦梅

 夫婦梅は浅間神社本殿北側にあり、ひとつの花から二つの実を結ぶ。
祭神の御神徳により子授けの霊験があると伝えられ、参拝祈願して梅の実を請うものがある。
神社では毎年旧暦4月の第2亥の日に梅折の神事を行い収穫する。



 おばあちゃんは、その大きな金網の中の「夫婦梅」に向かって目をつむり、手を合わせた。おばあちゃんに促された2人のお孫さんも可愛い手を合わせて従った。おばあちゃんは手を合わせながら、酒好きなご主人や目の中に入れても痛くないほどのお孫さん、娘さん達夫婦、今年95歳になる年老いた姑の名前を頭の中で一人一人なぞりながら「みんなが今年一年、健康でありますように・・・」と、一心に祈った。正直な気持ちだった。




 お孫さんは小学校5年生と1年生。上の子が長く手を合わせるおばあちゃんに向かって幼いながらも半信半疑に、こう言いかけた。





 「おばあちゃん、この梅、花を咲かせないの?なんだか枯れているみたいだね・・・」




 そんなお孫さんの言葉が終わるか終わらないかの時、一足遅れで追いかけてきたおじいちゃんは神妙な顔つきで手を合わせる奥さん達の姿にびっくり。




 「おい、おい。それは鳥小屋だよ・・・」



 おばあちゃんは、その瞬間、顔から火が出る思いだったと言う。金網の中に尾長の鳥であれ、なんであれ一匹でもいれば何の事はなかったのだが・・・。


鳥



 そんな笑い話のような話は「3人会」と言う酒席の場だった。高校時代の同級生、夫婦同伴で年に3~4回酒席の懇親会を開く。もう10年近く続いている。一人は山梨の信用組合の理事を10 年ほど前、定年で退いた。今では私と同じ「毎日が日曜日」。もう一人は甲府市内のデパートの役員を退いた後も、請われてサラリーマン生活を延長したが、しばらくして卒業。「おめでとう。ご苦労さん。この3人会、今度はちょいちょい開けるなあ~」。3人の奥さん方も一緒に盃を交わした。話題のおばあちゃん。おばあちゃんと言っても私達の同級生の連れ合いだから65歳前後か、それ以下。人柄もよく、綺麗なご婦人だ。日本舞踊もやる。「私はあの時の事を考えると恥ずかしくて・・・」。せっかち屋さんの失敗談は、その夜の格好な酒のつまみになった。二次会はそんなことを忘れて、いつものようにスナックでカラオケを。




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卒業式の変化

日川卒業式2


 「一組、○○、○○…、2組、○○、○○…、3組、○○、○○…4組、…」


 クラスを受け持った先生が6組まである生徒たち全員の名前を次々と呼んでゆく。卒業式の冒頭行なわれる光景だ。正式には「卒業証書授与式」という。母校(高校)の卒業式に招かれ、来賓席に座りながら自らが経験した卒業式と重ね合わせながら、式場となった体育館にこだます卒業生名簿の呼び声を聴いていた。




 まず気付くのは卒業生の数。私たちの時代(昭和36年)、400人いた卒業生は239人に。私たちのような戦中生まれの子供たちから、戦後、いわゆる「団塊の世代」と言われる頃の450人、500人の時代と比べると、半分に減った。わが国を襲う人口減、少子化の影響は母校の卒業式にも確実に反映していた。クラス編成も、かつての50人から40人に。




 「ハイ!」。名前を呼ばれた卒業生は元気よく、しかも規律正しく起立していくのだ。そこでまた、気付かされるのは女性の数。どのクラスも女性が前に、男性が後ろに座っているのだが、女性の占める割合は全体の半分、いや半分を超えるかも知れない。統計上の、出生率から見れば、女性の方が高いのだから、不自然でも何でもない。




 しかし、この高校は旧制中学の時代から《男の学校》として続いて来たものだから。そんなところにも《違和感》を感ずるのだ。昭和の終わりの頃だったか、山梨県教委は高校の入学者選抜制度を大きく転換。「総合選抜」の名の基に、大枠で割り振った地域ブロックの学校間で順次、成績順で複数校に入学者を振り分ける選抜制を取った


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 公立高校の学校間格差の是正が狙いで、結果的に真の意味での男女共学も実現した。この選抜制度は東京都の「学校群制度」を習ったもの。その導入は全国的に流行った。私学が台頭したのも、この時期である。結果的に同制度がそれを後押ししたことは間違いない。




 ところが、脚光を浴びたはずの東京都の「学校群制度」は間もなく破綻。山梨での「総合選抜」導入は、そのずっと後。私学の台頭と、塾産業も含めた新興は山梨も例外ではなかった。その裏では東京都と同じように伝統校の著しい《地番沈下》を招いた。




 次々と呼ばれる卒業生の名前を聞いていて、改めて日本人の名前の付け方の変化をも思い知らされた。男性、女性を問わず、何と奇抜な名前が多いことか。もちろん、このことは今に始まったことではなく、ずっと以前からだが、何百人と言う大勢の名前を一度に耳にする機会はないので、その変化を改めて思い知ったのである。




 昔は男の子の名前と言えば「○○男」(雄、夫…)や「○○郎」(朗、…)…。女の子では「○○子」や「○○枝」(恵、江、…)などが多く、《定番》と言ってもよかった。そんな名前の《パターン》は全くない。少なくとも「子」の突く女の子は一人としていなかった。「翔、元気、大、…」。「優香、沙織、…」。全く様々で、親御さんの我が子に対する素直な気持ちがストレートに反映されている。かなり前のことだが、わが子の入籍を巡って「悪魔」と言う名前が話題になったことがある。「悪魔を跳ね除ける力を持て」。親の願いだったかも知れない。しかし名前と言うものは、いつの世も《付けられる側》は知らない。




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チドリ足の酒

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 大したお酒の量ではなかった。恐らく4合程度だっただろう。先輩に自宅まで送っていただき、車を降りて家に入ろうとするのだが、足がもつれてフラフラ。「これがチドリ足…」。お送りいただいた先輩に何とか礼を言い、家に入ったのだが、迎えに出た女房は「お父さん、どうなさったの…」。無理もない。女房と一緒になって40数年。こんなことは一度もなかった。「このくらいの酒で…」。歳のせいか。それとも体調のせいか。酔っ払いながらも、自らの不甲斐なさをつくづく感じた。「やっぱり歳のせいかなあ~…」。




 隔世遺伝なのか。お酒をこよなく愛した母方の祖父譲りで、私もお酒が大好き。こう言うと大げさに聞こえるかも知れないが、若い時分は《浴びるほど》のんだ。決して自慢できる話でもなければ、人様に大きな声で言えることでもない。ただ祖父を見ていて「酒の飲み方とはかくあるべきだ」と若いながらも思ったことがある。「飲まれるな」と言うこと。


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 今考えれば、祖父の年齢は80前後の歳だっただろう。お酒は、きちんと燗を付けさせ、猪口でゆったりと飲む。つまみにも拘った。そんな祖父を見ていて、若造ながら燗に拘り、徳利や猪口に拘った時期もある。「カラスミ」を覚えたのもこの頃。仕事関係の会議で金沢や佐賀に行けば、九谷焼や有田焼を買って帰った。なけなしの安給料をはたいての自分としては《密かな道楽》であった。




 「オイ、大事にしてくれよ。オレのお気に入りだからな…。(値段が」高かったんだぞ」


 「分かっていますよ」。そんな女房の返事が終わるか、終わらないうちに台所から聞こえて来た音は「ガチャ~ン」。説明するまでもない。不思議なことに、大事に思っているものほど、紛失したり、簡単に壊してしまったりするものだ。「バカヤロー。大事に扱え、と言ったばかりじゃあないか」と、一度は叱ったものの、壊れてしまった徳利が戻ってくるわけでもない。《後の祭り》とは、このことだ。




 祖父に影響された、お酒の飲み方も、何時しか「コップ酒」に。コップ酒、と言うと、何かしら品性を問われそうだが、どうして、どうして。第一、飲酒量が分かっていい。家で飲む時には、これに限る、とさえ思っている。しかも、燗にこだわることなく、《常温》で飲むようになった。「お酒の本当の味はこれだ」。今ではお酒は常温に限る、と思っている。自分もあと何年かすれば祖父の年齢になる。困ったことに、その自覚は全くないのだ。




 「チドリ足」とは、よく言ったものだ。交互に運ぶ足が中へ中へと入ってフラフラになるのである。「酒飲みが今更…」と、おっしゃるだろうが正直言って《このくらいの酒》で、こんなことはなかった。強がりではない。それどころか言いようのない自信喪失を覚えた。




 「チドリ足」の、そもそものきっかけは夕刻から開かれた母校(高校)に関わる会議の後、「まだ夕飯前。寿司でもつまんで帰ろう」と、言うことになって4~5人連れで校門前の寿司屋へ。ここが問題で、根っからの酒好き人間が飲まずにいられるわけがない。「車、置いて行けばいいじゃない。オレが送ってあげるよ」。その言葉に調子に乗ったのが運の尽き。それより何より、かつて経験したことのない「チドリ足」は痛烈な《反省材料》だ。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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