ヘンな坊さんの逆さ論理

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 は上手に書くな」は上手にするな」。

 口を開く度にこんなことを言った坊さんがいた。この坊さん、と言ったらちょっと失礼かも知れないが、この方は、その世界ではちょっと知られた書家である。サラリーマン時代のある時期、職責上、山梨県内に拠点を置いた、ある書道会の新年会に招かれた時のことだ。






 この会合・宴席には会派の隆盛を誇示するかのように、傘下の社中の代表が揃う。毎年、甲府市内の名門ホテルのホールに300人前後の書家が集まるのだ。秘書らしい女性を伴ってやってくるこの坊さんは、来賓の筆頭だから主催者の挨拶に続いて、いわゆる祝辞を述べるのである。




 その中身は、いつも決まっている。「字はまずく書け」だ。そこに集まっているのは、私を除いて全てが書家だ。続いて若輩の私が立場上、ご挨拶を申し上げるのだが、ステージから戻ってくると、この坊さん、恐れ多くも私にお酌をしてくれながら、同じことを言うのである。「話は上手にしてはいけない。まずくするんです」と。 自らを愚庵と号してはばからなかった。


習字


 諭すようで、また一面、唐突のように言う。一切それへの説明は加えない。まるでふざけているような口調で言うものだから、聴いている方は分かるようで分からないのだ。その翌年、この坊さんのお話と直接関係はないのだが、私はつい、こんなことを言ってしまった。




 「画家に狂人あれど、書家に愚者なし」と。ここで詳しいことを書くわけにはいかないが、書道会の中でのある公的な出来事を、ちょっぴり皮肉ってしまったのだ。40歳も半ばの頃。今考えれば若気の至りだった。当然のことながらそれへの反応はあった。会の主催者でもあり、家元的な存在の会長さんは、お酒を酌み交わしながら「厳しいことをおっしゃいますね・・・」と。一方、坊さんは「私の言わんとしていることと同じなんですよ」。当然、これをお読みの方々には、この禅問答のような会話は分からないだろう。


秋


 「まずく書く」「まずく話す」。裏返しの言葉で、まずく書いたり、まずく話すためには、それぞれの基本をしっかりとわきまえていなければ出来ない。この坊さんは、書家というからには、しっかりと字を勉強し、その上に立って自らの字を書くことだ、とハッパをかけたのである。極めるとは行かないまでも、努力をしなければ自分の字を書いたり、話したりすることは出来ない。





 私のような生くらの人間には死ぬまでそんな域には到達など出来っこない。若い頃、ピカソの絵を見たり、有名人の字を見て「これが・・」と思ったことがある。しかし、スペインのピカソ美術館でピカソの若い頃の絵に出会った時、まさに目から鱗だった。私たちが普段目にするピカソとは180度違う、きちっとしたデッサンがあった。書家も臨書を繰り返し勉強しているのである。巷にもある≪変人の個性≫とは全く違う。当たり前かもしれないが基礎が出来た人間はすごい。そして怖い。でも怖さを見せないから不思議だ。


ピカソ      ピカソ2

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手鼻と大根の種蒔き

トマト


 キュウリやインゲンの棚は枯葉が目立ち、やはり夏野菜のトマトやナスもひところの勢いをなくし、我が家の畑も夏から秋への衣替えの準備を始める。大きく伸びた雑草を取り、石灰をまくなどして、そのための圃場整備をするのである。石灰はとかく陥りがちな土壌の酸性化を防ぐための散布だ。特に、ほうれん草作りには欠かせない。


インゲン


 うかうかしているとすぐに大きくなってしまうキュウリも、また田舎では「食いっこ生りっこ」と言われるほど次から次へと生るインゲンも、もう形無しだ。「秋茄子は嫁には食わすな」という言葉があるくらいだから、ナスは夏から秋にまたがる野菜なのだろう。ひところの勢いはなくしたものの、まだまだ健在。我が家ではぬか漬けにしたり、煮物や味噌汁の具にしたりして今も食卓に載っている。



茄子1      茄子2


 「秋の陽はつるべ落とし」と言われるように、これから日はどんどん短くなっていく。朝は4時といえば明るくなり、夕方も7時半過ぎまで明るかったひと頃がウソのようだ。まさに「つるべ落とし」。これから急ピッチで日が短くなる。人生の落日にオーバーラップはしたくない。実りの秋への移行と前向きに受け止めている。残暑が緩んで、いつの間にか朝夕は涼しくなった。秋は確実にそこまでやって来ている。

畑


 野良に出て大根の種蒔きの準備をしながら、「手鼻(てばな)」をかんだ。




 「お父さん、汚い事をしないでくださいよ。いつもそうなんだから・・・。まったく・・・」



 嫌々ながらだが、畑仕事を手伝ってくれた女房がいかにも汚いものを見るように、嫌~な顔をしながら言った。「手鼻(てばな)」。都会の方々やお若い方々は見たことも聞いたこともないだろう。鼻の片方を押さえて「ち~ん」とやるのだ。ポケットからテッシュを出して鼻をかむ面倒もないし、第一、鼻をかんだ後、意外とスッキリするのだ。野球選手がフィールドで唾をするのと同じように、見ている側からすれば、お世辞にもいいものでも、褒められたものではない。百姓のフィールドは畑。わが女房よ、ここは大目にね。


キュウリ 


 今はそんな事を言わなくなったが、田舎には「五(御)膳箸」という言葉があった。むすびを食べるのも、漬物を食べるのも箸を使わずに文字通り、5本の指を持つ手で食べるのだ。子供の頃だが、こんな思い出がある。農業の繁忙期ともなれば、朝、学校に行くまで子供たちも親父と一緒に野良に出て仕事を手伝うのだ。夜明けとともに畑に出るのだから朝飯はもちろん畑の中。今のように爪楊枝や箸、ましてやおしぼりなど用意するような余裕も、生活のレベルでもなかったのだろう。何を食べるのも5本の指なのである。


トマト2


 のどかなものだった。衛生云々などともいわなかった。それによって免疫を作ったのか病気にもならなかった。ただ、この五膳箸はともかく、私たちのの学業成績は言わずもがな。朝も早いし、畑仕事で疲れているから授業中は居眠りだ。それが高校時代まで続くのである。広い農地を抱えて、そうでもしなければ間に合わない親父の心の内が今ではよく分かる。幸か不幸か、おふくろからも今時の教育ママのように「勉強、勉強」などといわれなかった。しかし、今考えれば、そんな親父やおふくろで良かったと思っている。少しばかりの勉強より大切なものを教わったような気がする。




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「明日でいいや」

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 人間、みんな大なり小なり「面倒がり屋」で、ズボラなのか。それともオレだけか。とにかく、それが顕著な自分に我ながら呆れることが多い。その場で処理してしまえば、何でもないことなのに、「後でいいわ」、「明日でいいわ」と、後回しにする。




 歳のせい?確かに若い時にはそんなことはなかった。というより周りが、職場が、先輩が許してくれなかった。元来、ズボラな人間が周りに引きずられて切り抜けて来られたのかも知れない。それが証拠に自分事の試験勉強。「一夜づけ」は、当たり前だった。そんな人間の成績は言わずもがな。




 何事にも言えることなのだろうが、後回し、後回しのツケは必ず自分に回って来る。試験勉強は、自業自得。でも人様に関わることは「ご迷惑」という形で大なり小なり関係者に跳ね返えることもあるのだから、自分ごとでは済まされない。学生、生徒の間に「一夜づけ」という言葉があるくらいだから、ズボラはオレだけではなく、少なからず、お仲間はいるに違いない。




 先日、用事のついでに、ある町の図書館を覗いた。そこには小学生や中学生がいっぱい。


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 「今の子供さんは、みんなよく勉強をするんだ…」




 ひとり、つぶやくように感心していたら、一緒にいた仲間が




 「そうじゃあないんですよ。夏休みの宿題を後回しにしてきた子供たちが、新学期を前に«つじつま合わせの宿題をしているんですよ」




 塾通いをし、親からは「勉強」、「勉強」と言われるのが日常だと思っていた今の子供たちが、宿題を後回し、後回しにして夏休みを過ごしてしまった姿を想像しながら、年甲斐もなく自分に置き換えてホっとした。極端かも知れないが、塾通いで毎日、勉強、勉強。その疲れや気分の転換はスマホやパソコンなどの電子機器を使ったゲームや、お友達との顔の見えない会話。「そんな子供たちが大人になって果たして…」と、まったく余計な心配もしてみたくなる。




 一昔前だが、市町村で「すぐやる課」という行政機構を設けるところが相次いで、話題を呼んだ。住民サービスを使命とする行政が「すぐやる」ことは当たり前。考えてみれば、それが話題になること自体、おかしなこと。裏を返せば、普段、「すぐやっていなかった」証拠だ。そう考えると、面倒臭いことは先送りしようとするのは人間のサガなのか。




 「すぐやる課」どころではない。おらが町には市長さんが警察に逮捕されてしまって不在。逮捕容疑は市の職員採用をめぐって、採点を水増しして合格させ、現金80万円をもらったというのだ。市長ばかりでなく事件に関わった«役者»が面白い。贈賄側は中学校の校長先生。「悪いことをしてはダメだぞ」。と、子供たちに教えなければならない教育者。




 そんな校長先生の息子の不正採用を«あっせん»したのは、これまた、こともあろうにお寺のご住職さん。みんな世の中に範を垂れなければならない人たちばかり。お恥ずかしい限りだ。善良な市民の声。そう考えると面倒なことを先送りするズボラ人間など可愛いもの?。




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草食人間

風景


 民族を大別してよく言われるのが狩猟民族農耕民族。この分類からすると私達日本人は農耕民族だといわれる。ただ、農耕に対比する言葉は狩猟ではなく、牧畜だという分類が正しそう。農耕民族は土地への執着が強く、それとは対照的に牧畜の餌を求めて移動を余儀なくされる牧畜民族は、当たり前だがへ執着する。




 一方、動物を大別すると、肉食草食に分類できるのだろう。こちらの分類は分かり易い。体の部分的な構造が明らかに違うからだ。哺乳類で見た場合、ものを食べる歯の形が違うし、はっきり違うのは目の位置である。例えば、ライオンやハイエナのように肉食動物の目は正面についているし、馬や牛のように草食動物は横についている。肉食の奴らに狙われた時の危険察知に備えて視界を広くしている。足の爪だって違う。肉食の爪は前足に鋭いものを持ち、草食のそれは蹄を持っていて、長距離を走る、つまり敵から逃げる備えを持っているのだ。

ライオン   牛

 

 

 農耕民族と狩猟民族はともかく、肉食動物と草食動物では明らかに逞しさが違う。草食動物は肉食動物に狙われる立場にあり、うっかりしていると食われてしまう。サファリなど大自然の中では食うか食われるかの闘争を繰り返しているのである。そんな動物界、自然界を例えたのだろうか、最近「草食人間」などという言葉がよく言われるようになった。主には覇気や闘争心のない男達、また転じて異性の女性に興味を示さず、結婚などにも関心を持たない若い男性たちのことを言うのである。

うさぎ

 私が歳を取っているせいかもしれないが、この言葉はいい得て妙。お若い男性からお叱りを受けることを覚悟して言えば、確かにそんな若者が増えている。何も男性中心のものの考え方をしているわけでもないし、男性社会を標榜しているわけでもないが、覇気をなくした男性があまりにも目に付く。同じ世代の若者達がいるとする。そこでリーダーシップを取るのはおうおうにして女性のことが多い。それが生まれてもう久しいが「アッシー」などという言葉が現代若者像を物語っている。




 先頃、子供キャンプに加わった時の茶飲み話で、たまたま私と同世代のスタッフの一人が子供たちを横目にこんなことを言った。




 「今の子供たちは男の子より女の子の方が元気があるよなあ。男は男らしく、もっと覇気を・・・」

女の子


 ここまで言ったら隣にいた女性がすかさず口を挟んだ。もう60歳に近いベテランの女教師である。




 「男だから、女だから、かくあるべき、というのはおかしい。私は双方を人間と観て、その結果が男だったり、女だったりするんです.。そう考えなければいけません」

子供たち


 私は頓珍漢かもしれないが、最近よく言われる「ジェンダーフリー」という言葉を思い起こした。とにかく、教育界の中に、この女教師の言う考えがあることは間違いない。男と女の概念も時代とともに変わってくるのだろうか。でも男と女は構造的にも違うし、だからこそ男性は女性をいたわる心を持たなければいけないと思っている。

 



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個人情報保護法ってヘンな法律

人々

 おかしな法律が出来たもんだ。私はいつもそう思っている。「個人情報保護法」という法律だ。もちろん、法律そのものがおかしいというわけではない。私は法曹界の人間でもなければ学者でもない。たかが田舎の百姓である。だから、理屈ぬきでおかしいと思うのだ。




 私達が日常を生きている上で、堅苦しい法律なんか考えることどころか、眼中にない。普通にというか、まともに生きていれば、法律など知らなくてもいいし、考える必要もない。何か特別の悪さを考えたり、その抜け道の必要性にでも迫られない限り、法律は空気のような存在なのだ。


人々2

 もしあるとすれば、道交法くらいのものだろう。地域柄、交通手段をマイカーに依存せざるを得ない私達は、そこで規定されている飲酒運転やスピード違反は、否応なく気にするし、気にしなければならない。もし警察に捕まり、処分されたら、罰金もさることながら、明日からの「足」がなくなる。そのことを知っているからだ。




 ところが個人情報保護法というヤツは、なぜかみんなの日常生活の中に入り込んで、特別の存在のように一人歩きしているのだ。一人歩きというより、みんなが過敏に反応、その情報をことさらにシャットアウトしてしまうのである。典型的なのは行政だ。例えば、民生委員を委嘱したとする。ところが、その関連情報を、個人情報保護の名の下に出さないというのだ。民生委員にしてみれば、実態を知らずして真の活動など出来っこない。秘密の厳守は十分に心得ているだろうし、それが出来なければ任に当たれないはずだ。



人々3

 私はこの春から区長を仰せつかっている。先月のことだが、9月15日の「敬老の日」に因んで開く敬老会事務局担当者がやって来て、こう言うのだ。



 「区長さん、敬老会にお招きするお年寄りのみなさんの名簿が手に入らないのです」


 「市役所に行けばすぐ分かるよ」



 「それが、市役所は個人情報に関わることだから、出すわけには行かない、と言うんです」




 お年寄りはお亡くなりになるケースもあれば、若い人と同じように移動、つまり、地域を出たり、入ったりするケースだってある。地域行政がらみでの敬老会だから、ご案内はそそうのないようにしなければならないのは当然だ。




 交通安全協会というのがある。そこで15年以上無事故、無違反のドライバーを表彰することになった。そのデータは公安委員会、つまり警察にあるはず。ところがこれまた個人情報保護法だ。学校も同じ。万一に備えて作った電話番号入りの連絡網名簿を廃止しているところが増えているという。個人情報はそこまでして保護しなければいけないのか。法律の精神は人が安心して円滑、かつ合理的に生活するためのルールであるはずなのに。


車

 その背景にあるのは、お役所や学校の事なかれ主義にほかならない。私のブログはハナから理屈っぽいことは書かないことにしている。評論は評論家先生にお任せすればいい、と思っているからだ。でもコレだけはどこかおかしい、と思っている。あまたある法律の中で、恐らく、これほどみんなが神経質になつたり、趣旨を履き違える法律はないだろう。





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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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