スマホと若者

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 凄い。足元にも追いつくことは出来ない。若者たちのスマホやインターネットなど、総じてICTの世界への順応性だ。次から次へと開発されるアプリを、当たり前のように吸収し、自分のものにしてゆく。開発されたものが使用(流通)されなければ商品化の意味はないのだから、難度も含めて開発する側は、それへの適応力を見据えている。




 定期バスなど公共交通機関が乏しい山梨は、総じて車社会。とりわけ私のように山梨市の片田舎に住む人間は、車一辺倒、と言ってもいい。バスはむろん、電車に乗る機会も少ないが、時折乗る電車の中で驚かされるのは、スマホと遊ぶ若者がいかに多いかということだ。通勤・通学の時間帯であれば、むろん、サラリーマンや学生さんである。ひと頃、と言ってもスマホなどがなかった時代のサラリーマンは、新聞を見ていた。




 発行本社は、そんなサラリーマンの需要に応えるべく、駅やスタンド売りの新聞に力を入れた。しかも電車の中で読み易いタブロイド判を開発。ヒット商品にもなった。ところが一転、スマホへ。新聞を見ているのは、寂しい定年間際とみられるオジサンぐらい。余計なお世話かも知れないが、通勤客目当てに目論んだ発行元は、その売り上げ減に頭を痛めているはずだ。




 宅配の一般紙だって同じだろう。若者たちの活字離れは進む一方。スマホやインターネットが拍車をかけていることは言うまでもない。いくら活字を大きくしても歳を取れば、活字を読むことが億劫になる。両者の背景は異なるにせよ、活字離れという観点からは同じこと。そんな時代背景を見越して新聞社も新聞の電子化を急いでいる。すでに珍しくはなくなった電子(版)新聞。スマホやインターネットでのニュース発信は、より細かくなっている。


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 若者たちは電車の中であろうが、職場や、休み時間の公園であろうが、スマホと遊ぶ。「遊ぶ」と言ったら語弊があるとすれば、楽しんでいる。仲間同士の交信はむろん、さまざまな情報の入手、買い物や週末の旅行先のホテルやアクセスする切符の予約、さらにはオークションなど、多岐にわたるのだろう。好きな音楽を一人楽しむ人だっている。




 ひと頃、若者たちに人気を博し、ヒット商品と言われた「ウォークマン」は、スマホに、そのお株を取られた。今や多くの人々にとって«万能のツール»と言っていい。スマホでのキャッシュレス決済の実現も時間の問題だという。誰のポケットやハンドバックにも入っているスマホ。限られた人だけのスーパーマンではなく、誰しもの手の中にいるスーパーマンなのである。便利という次元を超えて、人々の当たり前のツールとなった。




 「お父さん、見て、見て…。チビちゃんが今、スキーをしているわよ」

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 炬燵で、のんびりミカンを食べていた女房が、娘から送られてきたスキー場で戯れる孫娘のスマホ写真を見て大喜び。長野県の白馬スキー場でパパやママと遊ぶ4歳半の孫娘の姿が、山梨市の茶の間で、リアルタイムで見られるのだから、女房だって喜ぶに決まっている。「どれどれ…」、普段は会話が少なくなくなりがちな老夫婦にも、勢い笑顔と会話が。スマホは人の心を温めるツールにもなるのだ。一方で、使い方によっては人を傷つける凶器になったり、とてつもない犯罪のツールにもなる。時代に追いついていけないアナログ人間にとっては、それだけが怖い。




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メールと手紙

船
 スマホやパソコンなどによるメールのやり取りは、人々の間に猛烈な勢いで根付き、手書き文字による手紙を、どんどん隅っこに押しやっている。とは言っても、「負けてなるものか」とばかり、嗜好を凝らした「絵手紙」の静かなブームも見逃せないのだが…。




 「遅くなりましたが、海上自衛隊のカレンダーが手に入りましたのでお送りいたします。一両日中には届くと思います」




 海上自衛隊の中堅幹部をとっくに«卒業»した友からのメールだった。高校時代の同級生で、船が好きなことを知っていてくれての贈り物。私の船好きは、元はと言えば、この友の影響もある。海上自衛隊の観艦式を見学させてくれたり、折に触れてのメールでのレクチャーが、その一つだ。


    贈り物のカレンダーには、別紙で月々の写真の解説が。1月は最新鋭潜水艦「ずいりゅう」、2月は護衛艦と冬景色(雪の舞鶴港)、3月が幹部候補生学校卒業式(江田島)と言った具合に続く。一目瞭然、分かり易く説明してくれているのだ。

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 海ばかりでなく、空にも詳しく、レクチャーは海や空の防衛はむろん、事故や北朝鮮をめぐるミサイル発射問題など多岐にわたる。テレビでもっともらしく?お話になる評論家先生とは違って実務体験を踏まえているから説得力があるし、分かり易い。




 「カレンダー、ありがとう」


 当たり前だが、お礼を言う。日頃の通信も含めて、みんなメール。いまさら言うまでもないことだが、メールとは本当に都合がいい。電話なら深夜や早朝など時間帯によりきり遠慮もするし、第一、憚る。手紙の場合は郵便局や最寄りのポストまで足を運ばなければならない。メールは時をかまわず、しかもパソコンやスマホさえあれば、どこにいても「ワンタッチ」で«こと»が足りるのである。
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 新年会でお酒を飲む機会が日常化していた1月。深夜の«ご帰還»が多い時でもメールは十分に用を足してくれた。人間、一度、楽な道を知ると、どっぷり、それにハマる。総じて連絡事はメールでいい。でも、ことによりきり、手紙を書かねば、と思っても、つい、メールに手が出る。贈り物に対するお礼くらいは手紙で、と心では決めているのだが…。




 アナログおじさん。はて?メールと手紙の違いは何だろう、と考えた。メールには発信する者と受信する者との間に距離感が全くない。ワンタッチでことが足りるからだが、それよりも何よりも「心」がない。活字は誰が打っても同じ文字。一方、手紙の文字は送り手の個性が文面に滲み出る。大きな字、小さい字。上手、下手もある。その一つ一つが「心」として相手に伝わるのだ。


手紙2


 パソコンやスマホなど電子ツールは、活字文化の姿をどんどん変えてゆく。昔はなかった「絵文字の文化」をも生み出した。アッ、と言う間に正月が過ぎて、年賀状のシーズンは終わった。やがて、この年賀状も消えて行く運命なのか…。




 こんな感傷的なことを言っているのは、アナログ世代の人間の証拠。広辞苑も10年ぶりとかの改定で、中身を大幅に増やした。巷には«新語»がどんどん登場するのだから、アナログおじさんには、改訂広辞苑はありがたい存在だ。




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鈍感力

 鈍感力。なぜか深みがあって惹かれる言葉だ。近くは数年前、当時の小泉首相がテレビの中で、ふと漏らしたのを覚えている。多分、自戒を込めて言ったのだろう。元々この言葉の元祖は作家の渡辺淳一。その著書「鈍感力」のズバリのタイトルだ。渡辺淳一は、その著書のキャッチコピーで、こう言っている。

鈍感力


 「些細なことで動じない≪鈍さ≫」こそ、今を生き抜く新しい知恵」



 この人は元々は整形外科医。「光と影」で直木賞を受賞したほか、それを前後して文壇でさまざまな賞を受賞している。異色作家の一人だった。私はその作風は好きだが、熟年の恋愛や恋心をリアルに書くものだから、「この助兵衛オヤジ」と悪口を叩く人もいた。でも「鈍感力」は人間が生きていく上で欠かせないかもしれない。


海


 助兵衛云々はともかく、渡辺淳一は「鈍感力」の中で、こんなことを書いている。


 「鈍感力は恋愛においても欠かせません。男が女を口説く時、鈍感であることは有力な武器となる。誠実さに鈍感力、この二つがあれば鬼に金棒・・・」




 なるほど言い得て妙だ。まだ渡辺淳一がこの「鈍感力」を書いていないから仕方がないが、もし私がもっと若い頃、この本に出会い、その極意を教わっていたら、もっと違った人生があったかもしれない。不謹慎? かみさんが年甲斐もなくツノを立てるかも。




 「じゅんいち」「恋愛」と聞くと、字こそ違うがタレントの石田純一を思い出す。渡辺淳一と石田純一。このお二人は、お歳も生業も全く違うのだが、何か共通項を持っている。幾つになっても失おうとしない「恋愛」への心だ。それをしっかり支えているのは「鈍感力」にほかならない。「鈍感力」の裏には必ず「敏感力」が培われているのだろう。


風景  

 石田純一は「鈍感力」を武器にして恋愛を楽しみ、そればかりか「不倫も文化」などとしゃあしゃあと言ってのけるのだ。世のご婦人、奥様方もこれといったバッシングをしないのだから、それ程の嫌悪感を覚えないのだろう。むしろそのキャラクターを当て込んで、クライアントは宣伝イベントにこぞって引っ張り出すのだそうだ。人が言う助兵衛オヤジは、今や奥様方からも人気者なのである。




 小泉元首相が引用した渡辺淳一の「鈍感力」。きっと小泉さんもこの言葉に身につまされたのだろう。政治家、とりわけトップに立たなければならない人達は、この「鈍感力」を身に付けていなければ一日も過ごせまい。あっちからもこっちからも追及、反論と言う名の鉄砲玉が飛んでくる。馬耳東風、馬の耳に念仏、品のない言い方だが「カエルの面に小便」でいなければならないこともあるだろう。「鈍感力」がないからか、自殺に追い込まれた大臣や大物政治家、さらに酒に溺れて不慮の死を遂げた政治家だっている。


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 「鈍感力」の大切さは仲間やご近所、もっと身近な家庭にも言えそう。私たち夫婦に、この「鈍感力」が備わっていたら、日常茶飯事に繰り返される夫婦喧嘩もなくなるだろうに。私たち凡人には「鈍感力」は簡単に身に付きそうもない。ただ我が家では、この夫婦喧嘩がめっきり少なくなった。歳のせいだろうか。考えてみればこれも寂しい。




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醤油の味

醤油
画像:ヤマサ醤油

 「珍しい苗字ですね。どちらのご出身?」



 九州の大分です。元々は岐阜県の郡上八幡。その昔、先祖は稲葉一徹の国替えに従って移り住んだようです」



 「へえ~、そうなんですか。では、世が世だったら・・・」



 「いや、いや。下っ端の家臣だったんでしょう」


 石和温泉郷のリハビリテーション病院で、ムチウチ症のマッサージ・PT(理学療法)治療を受けながら、療法士の先生と、たわいもない会話を交わした。電流も含めたハリ治療は約1時間。首の牽引が10分。PT治療が30分。週に一度のハリを除いて、こちらは2日から3日置きに受けている。首を吊られている牽引の時は話をするすべもないが、それ以外はたわいもない話をするのだ。年恰好から見れば50歳代後半とお見受けした。




 大分と言えば別府温泉のある所ですねえ」



 「私の所は、そことは少し離れていて、ちょっとした醤油の産地として九州では知られた所です。関東の人達には馴染みがないと思いますが、私なんか、こちらの醤油は、どうしても馴染まないんです。味も風味も全く違うからです。山梨に来てもう7年になりますが、醤油だけは今でも大分から取り寄せています。家の女房は栃木県宇都宮。関東の出身です。その女房も同じことを言うのですから、やっぱり歴然と違うのでしょう」

かつおしょうゆ       花嫁      ゴールデン紫      
画像:大分フンドーキン醤油さんから


 「へえ~、同じ醤油でも所変われば、そんなに違うんですかねえ」



 「ある時、関東の大きなメーカーが大分への進出を図ったのですが、失敗に終わりました。人間、長い間慣れ親しんだ味と言うものは、簡単には代えられないんでしょうね。ひとつ大分の舌と言うより九州の舌と言ってもいいかも知れません」



 この理学療法士さんは、こんな話もしてくれた。


 「私は学生時代、関東で寮生活をしました。当然のことながら、そこには全国から学生が集まりますよねえ。そこで何とも驚いたのはです。お正月に食べるアレです。出てくるのは四角というか、長方形の切り餅でした。私達の九州では餅といえば、みんな丸いんです。お正月に飾るお供えの一番上にあるようなアレです。みんなで焼いて食べる時、角切りされた平べったい切り餅がプ~っと膨らむのを見て、不思議でなりませんでした」


四角餅


 逆に私達、関東の人間からすれば、丸い餅など信じられないし、ましてや、その焼き餅がプ~っと膨らむことを想像しただけでも滑稽でしかない。所変われば品変わる。風俗も習慣も、また細かく見れば、日常でさりげなく接している、さまざまなものの形や、人間が味覚として感ずる舌も違うのだ。


丸餅


 醤油ばかりではない。食の味付けひとつとっても関東と関西は、まるで違うと言う。その境はどこなのだろう。わずか一日とはいえ、時の政権を賭けて東西両軍が激しく戦った、あの「天下分け目」の関が原の合戦。その舞台・岐阜県に近い名古屋あたりと言う人もいる。狭い日本。でも、やっぱり広い。




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ヘンな坊さんの逆さ論理

1


 は上手に書くな」は上手にするな」。

 口を開く度にこんなことを言った坊さんがいた。この坊さん、と言ったらちょっと失礼かも知れないが、この方は、その世界ではちょっと知られた書家である。サラリーマン時代のある時期、職責上、山梨県内に拠点を置いた、ある書道会の新年会に招かれた時のことだ。






 この会合・宴席には会派の隆盛を誇示するかのように、傘下の社中の代表が揃う。毎年、甲府市内の名門ホテルのホールに300人前後の書家が集まるのだ。秘書らしい女性を伴ってやってくるこの坊さんは、来賓の筆頭だから主催者の挨拶に続いて、いわゆる祝辞を述べるのである。




 その中身は、いつも決まっている。「字はまずく書け」だ。そこに集まっているのは、私を除いて全てが書家だ。続いて若輩の私が立場上、ご挨拶を申し上げるのだが、ステージから戻ってくると、この坊さん、恐れ多くも私にお酌をしてくれながら、同じことを言うのである。「話は上手にしてはいけない。まずくするんです」と。 自らを愚庵と号してはばからなかった。


習字


 諭すようで、また一面、唐突のように言う。一切それへの説明は加えない。まるでふざけているような口調で言うものだから、聴いている方は分かるようで分からないのだ。その翌年、この坊さんのお話と直接関係はないのだが、私はつい、こんなことを言ってしまった。




 「画家に狂人あれど、書家に愚者なし」と。ここで詳しいことを書くわけにはいかないが、書道会の中でのある公的な出来事を、ちょっぴり皮肉ってしまったのだ。40歳も半ばの頃。今考えれば若気の至りだった。当然のことながらそれへの反応はあった。会の主催者でもあり、家元的な存在の会長さんは、お酒を酌み交わしながら「厳しいことをおっしゃいますね・・・」と。一方、坊さんは「私の言わんとしていることと同じなんですよ」。当然、これをお読みの方々には、この禅問答のような会話は分からないだろう。


秋


 「まずく書く」「まずく話す」。裏返しの言葉で、まずく書いたり、まずく話すためには、それぞれの基本をしっかりとわきまえていなければ出来ない。この坊さんは、書家というからには、しっかりと字を勉強し、その上に立って自らの字を書くことだ、とハッパをかけたのである。極めるとは行かないまでも、努力をしなければ自分の字を書いたり、話したりすることは出来ない。





 私のような生くらの人間には死ぬまでそんな域には到達など出来っこない。若い頃、ピカソの絵を見たり、有名人の字を見て「これが・・」と思ったことがある。しかし、スペインのピカソ美術館でピカソの若い頃の絵に出会った時、まさに目から鱗だった。私たちが普段目にするピカソとは180度違う、きちっとしたデッサンがあった。書家も臨書を繰り返し勉強しているのである。巷にもある≪変人の個性≫とは全く違う。当たり前かもしれないが基礎が出来た人間はすごい。そして怖い。でも怖さを見せないから不思議だ。


ピカソ      ピカソ2

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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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