日本人の通り道

  獣道。文字の通り、鹿や熊など獣が通る道だ。山を歩いたことがおありの方なら、そんな「道」に出っくわしたことがおありだろう。人間ばかりでなく、獣だって習慣的に通る道があるのだ。今は女房からでさえ「メタボ人間」と蔑まれるわが身では、山登りどころか、ハイキングに毛が生えた程度の山菜採りだっておぼつかないのだから、そんな道に遭遇するはずがない。今は昔、そんなメタボ人間にだって、スリムで山を自在に飛び回った頃もあったのだ。


乙女高原2



  藪を縫い、曲がりくねりながら伸びる細い道。恐らく、人間には計り知れない動物達の悲喜こもごもの「ホームグラウンド」であり、「生活道路」の証なのだろう。その道のどこかに鹿や熊の親子が・・・。そんな思いを巡らすと、何故か少年のような夢の世界にも、いざなってくれる。毎年夏、ボランティアでユネスコの国際子供キャンプを率いて山梨、埼玉の県境にまたがる奥秩父連峰の乙女高原に行くのだが、あっちこっちに散らばる鹿やウサギの糞に出っくわした時、そこを飛び歩いていた野生動物の姿が頭に浮かぶ。そんな瞬間は結構楽しいものだ。このGW中も、その下見で登った山で何度も出会った。


乙女高原
乙女高原


 人間の通る道を獣道と一緒にしたら叱られるかもしれないが、人間にもそんな道があるような気がするのだ。外国旅行、特にツアー旅行の時である。ハワイであれ、イギリス、フランス、スペイン、イタリアであれ、日本人が歩く道は大なり小なり同じ。その昔、「ノーキョーさん」と揶揄された「旗」を立てての旅行はさすがに姿を消したものの、時代と共に変わる人気スポットは、ツアーを仕組む旅行社が違っても、そんなに変わるものではないらしい。私達はそのことに案外気付かないのだ。

旅行
コロンビアで


 いるいる。どこに行っても日本人に出っくわす。むろん相手側もそう思っているのだろう。二月、三月の春先には、卒業旅行と称した学生さん達、また一年を通しておばさんたちのグループが目立つ。新婚旅行らしい若いカップルだって少なくない。行く先々で日本人に会うものだから、とてつもなく沢山の日本人が外国のあっちこっちを歩いているような錯覚に陥るのだ。




 よく考えてみたら、何の事はない。成田や関空を毎日同じ時間に飛び立ち、同じような観光スポットを歩いているのだから、やたらと日本人に会うのは当たり前。会わない方がおかしいのだ。野生動物の獣道ならぬ人間達の旅行道を歩いているのに過ぎないのである。恐らく飛行機、一機か二機分に過ぎないお客の数だろう。



クルーズ


 それが証拠に、日本のツアーを外れて旅行してみたら、不思議と思えるほど日本人とは出っくわさない。何年か前のアメリカ旅行(大西洋―パナマー太平洋クルーズや、中国旅行(上海、蘇州)では、まったくと言うほど日本人の顔を見なかった。ちょっぴり孤独感を味わわないでもないが、広い外国、それが当たり前だ。出発時間、朝食、荷物出しの時間に到るまで、時間に縛られた旅行はもううんざり。これからは獣道ならぬ旅行道から外れた気ままの旅の方がいい。




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のんびり屋のせっかち屋

 「俺はいったいどんな性格の人間なのだ」と自問したら「ムチウチ症のあいつ、頭を打ったせいで、とうとうオツムがヘンになっちまった」と言うに違いない。でも私は、こんなことを思うことがある。「俺は短気なのか気長なのか」「鈍感なのか敏感なのか」「せっかちなのか、のろまなのか」「几帳面なのか、無精者なのか」「けちん坊なのか、それとも・・・」。ただ、これだけは分かっている。「バカなのか利口なのか」だ。自覚出来るだけはいいのだろう。しかし、このことを除けば、自分でもそれが分からないことが多い。


道路

 「お父さんは車に乗ると、まるで別人のようになりますね。何もそんなに急がなくてもいいじゃあありませんか。そんなに時間が変わるわけでもないのに・・・。いつもは、のんびり、のほほ~んとしているのに・・・」




 「おいおい、のほほ~んはないだろう」




 一緒に車に乗っている時の女房とのやり取りだ。サラリーマン時代は女房と一緒に車で出歩くことなどほとんどなかったのだが、今では私のプライベイトの用事を除けば、ほとんど一緒。それも運転は女房任せ。こと、運転にかけては女房の方が上手と思っているからだ。今では出かける時、黙っていても女房がハンドルを握る


車


 私は車をノロノロ運転するのが大嫌い。後続車にも迷惑をかけるからだ。場合によってはノロノロ運転が原因で事故を招くケースだってある。山梨市から甲府に向かう約20㌔間のざっと4分の1の区間に片側1車線の自動車専用道路が出来た。ほぼ直線。視界もいい。制限速度は60㌔。この道路を60㌔ならまだしも50㌔、40㌔で走る車が目立つのだ。当然、後続車は数珠繋ぎ。もちろん前には車はいない。1車線だから追い越しようもない。


道路2

 それも通勤時間帯だ。腹が立つ。女房は「そんなに腹を立てることないじゃあない」と言うのだが、男達にはその先に仕事が待っているのだ。後ろからは「ブー、ブー」クラクションの音が。やっぱりイライラするのだろう。しかし、ノロノロ車両は、そんなブーイングもどこ吹く風。人の事など完全に無視だ。わが道を行くのである。それがまた腹が立つのだ。臨機応変。「この無法者め」とお叱りを受けるかもしれないが、状況によってスピード規制への対処だって固いことを言わず弾力的であってもいいじゃないか、と思うのだが・・・。


道路3

 かつて中央自動車道の山梨県区間が開通する間際に、その規制速度を巡って道路を造った日本道路公団と速度規制値を定める公安委員会との間で論争が起きた。特にトンネル内の速度規制だ。道路公団によると、道路には車のスピードに耐えうる「設計速度」というのがある。所要時間の短縮、快適なドライブを主張する公団と安全性、事故防止を考える公安委員会の論争だった。

 もちろん、この論争の軍配は公安委員会に。安全と事故防止を優先するに決まっている。普段、のろまのくせに時として、せっかちになる自分とオーバーラップしながら女房が言う「そんなに急がなくても・・」の言葉をやむなく飲み込んだ。ノロマは嫌い。せっかちな性分は、最近ではめったにしないが、麻雀でも出てしまうのだ。だから、時にチョンボもする。




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蛙っ跳びとウサギっ跳び

ハイビスカス

 行ったり、来たり。私がいつもお邪魔させて頂いている沢山のブログの中に、蛙をハンドルマークに使っている方がいる。その顔はなんともひょうきんで、一度拝見しただけでも忘れない。グリーンの多分、雨蛙だろう。ブログは興味深い沖縄の文化を伝えてくれている。




 は蛇と違って愛嬌がある。「蛇のようなヤツ」とか「蛇の生殺し」などといった具合に蛇はいい例えには使われない。これに対して蛙は「蛙っ跳び」などと、その動きを想像しただけでも面白い使い方をされるのだ。蛙と蛇は体形や行動パターンがまったく違うし、イメージ的にも可愛くもあれば、憎らしくも。「古池や・・」。蛙は俳句にも登場する。

蛙

 「蛙っ跳び」と「ウサギっ跳び」。人間がやる蛙っ跳びは蛙が動く様を真似したものだろう。一般には「ウサギっ跳び」と言うのだが、その様がよく似ているので、ここでは「蛙っ跳び」と置き換えさせて頂く。主にはスポーツの世界で足腰の鍛錬に使った。先輩後輩の間柄が厳しい運動部では何かのペナルティーとして、この蛙っ跳び、ウサギっ跳びを強いられるのだ。これがきついこと、きついこと。歯を食いしばってやったこともある。

ウサギ  
 これも今や昔の話。スポーツの世界でも完全に姿を消した。足腰の鍛錬のために良しとされたこの動作は筋肉運動によくないことが科学的に証明されたのだそうだ。科学とか、へんてこな理屈になぜか逆らう自分を時々、バカだなあ~と思うのだが、釈然としないと言うか、一抹の寂しさを覚えないでもない。




 理屈とか科学。全ての世界に必要だし、基本であることに違いない。特に究極を追求するアスリートにとっては絶対に無視できないことなのだろう。100分の1秒、1,000分の1秒を競う世界では当たり前のことだ。あらゆる無駄や障害を排除し、有効な能力の発揮を求める。またそうしなければアスリート足り得ないのである。


陸上

 ただ、この科学と根性の醸成は別問題のような気がするのだ。水泳や陸上などコンマ何秒を争うスポーツとは対照的なボクシングや相撲など、俗に≪ハングリースポーツ≫と言われる格闘技の世界。例えばだが、わが国の≪お家芸≫とまで言われたこれらのスポーツが、皮肉なことに、この≪科学≫が台頭し始めた頃と符節を合わせるように、どんどん地盤沈下した。いわゆる根性と言うものがスポーツの世界でも、ないがしろと言わないまでもおろそかにされた証のような気がしてならない。根底にあるのは科学万能、理屈の教育にあるのではないかとさえ思ったりする。

 
ボクシング
 極ありふれた日常生活の中で、足腰の筋肉を弱くしているなあ~と思うのが便座のトイレ。あれは確実に足の筋肉の退化に一役買っている。それが証拠に和式のトイレに入った時、座るのがえらいこと、えらいこと。ましてや立ち上がる時もだ。「歳のせいだよ」と言われてしまえば、それまでだが、毎日繰り返す当たり前の動作や習慣は、確実に人間の身体の機能を変えていく。科学とか物理を考えない蛙やウサギはいい。本当の逞しさはそちらの方にあるのかも。




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ジェネレーションの違い?

スポーツ

 「それホントの気持ち?」。ジェネレーションギャップだろうか。新聞やテレビで若いアスリート達が事も無げに言う「楽しむ」という言葉だ。さまざまなヒノキ舞台に挑む時はむろん、過酷な練習に対しても同じ言葉を使う。甲府市にあるスポーツジムのプールで泳いだ後、ジャグジン風呂に浸かりながら、そんな事が話題になった。




 陸上の競技や水泳競技・・・。さまざまな種目に挑むアスリート達。栄光の裏には日頃のたゆまぬ努力と過酷な鍛錬がある。マラソンのランナーは毎日、当たり前のように30㌔、40㌔、50㌔を走り込むし、水泳選手は7,000㍍、8,000㍍、日によっては10,000mをはるかに超える距離を泳ぐという。指導コーチの厳しい罵声にも耐える。


スポーツ2


 それを乗り越える精神力がなかったら、およそ世界のヒノキ舞台に立てっこないし、アスリート足り得ないのだろう。もちろん、その人が持つ先天的な能力もある。でも、本人の人並みはずれた努力と精進があることは誰にだって分かる。ヒノキ舞台に立つアスリートとは、それが出来た者達だけに与えられた特権だろう。そんなことは、これといった忍耐力もなければ、根性もない私にだって分かる。その次。勝つか負けるか、コンマ何秒、コンマ0何秒の世界に挑む人達の心の持ちようだ。監督や指導コーチから課せられた厳しい練習メニューもしかり。ましてや、世界選手権大会やオリンピックのようなビックな大会に挑む時、「楽しむ」なんていう心の余裕があるのだろうか。余計な詮索かもしれないが、「楽しむ」などという気持ちは押し殺されてしまうのではないかと素人は思ってしまう。


国旗

 ジャグジン風呂の中で、そんなたわいもない話をしたのは日曜日の昼下がりだった。平日なら男性だと私のような勤めをリタイアした人や家庭のご婦人達。しかし、日曜日とあって50代の現役もいた。たまたまだが、その50代氏は高校時代、水泳競技ではちょっと鳴らしたアスリート。自分ではそのことを一言も言わないが、幾つものタイトルをとり、記録を保持した。むかし取った杵柄。今もマスターズの水泳で活躍している。


プール

 「楽しむという言葉、私にもちょっと違和感がないわけでもありませんが、あれは案外、素直な言葉かもしれません。今の若者は、全てとは言いませんが、プレッシャーというものを、ひと頃の人のように感じないのです。見方を変えれば、プレッシャーに強いんです」




 この人はこんなことも話してくれた。




 「ある年代以前のアスリート達は例えば、国際大会に出る時、恐らく、みんなが日の丸、つまり日本の代表であることをいやが上にも背中に背負った。もちろん、今のアスリート達にそれがないというのではありません。でも、その一方で、アスリートの≪個≫が根付いてしまっているのではないでしょうか。自分を主張することが上手になってきています」


表彰台  

 そんな話を聞きながら昭和39年の東京オリンピックのマラソン銅メダリスト・円谷選手の後の自殺悲劇を思い出した。今の若者にはないプレッシャー以外の何ものでもなかった。今、2年後の東京五輪に向けてまっしぐら。アスリートの皆さん、存分に「楽しんで」…。日本人は目の見えるところでも、見えないところでも、どんどん変わっている。




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けちん坊と無駄遣い

 ジキルとハイド。二重人格。そう言ったら、ちょっと刺激的かもしれないが、人間、おしなべて二面性を持ち合わせているような気がする。二面性というより多面性と言った方がいいかもしれない。私なんかその典型だ。自分ではお金やモノに執着しないというか、大らかなタイプと思っていたが、意外とけちん坊な自分に気付いて嫌になることがある。


マネーー


 飲み屋街から夜遅くタクシーで家に帰る。「その塀の切れ目でいいよ」。タクシーが止まる寸前、メーターがカチッと廻るのだ。その瞬間、ワンメーターの90円が妙に損をしたような気がするのである。お酒に酔っていてもだから、根っからのけちん坊だろう。店を出る時、女の娘に千円、二千円のチップをやるのにだ。




 こんな経験もある。サラリーマン現役時代だが、東京に出掛け、仲間達とのお酒やカラオケ、時には麻雀で遊び過ぎて終電車に乗り遅れる。しかし、明日の仕事を考えれば帰らざるを得ない。当然、足はタクシーしかない。当時、私が住んでいた甲府の家までは東京から距離にして120㌔から130㌔はある。その頃でもタクシー料金は、帰りの高速道路代やチップを入れると6万円近くになった。

マネー


 承知の上だから、それはそれでいい。しかし深夜の高速道路。スピードは時速100㌔を超す。メーターは「カチ、カチ、カチ」と回転、その音に酔いが覚める思いをしたものだ。6万円近いタクシー代は、一回としたら決して少なくはない。終電車に間に合うように遊びを切り上げればなんでもないのだが、そこがお馬鹿さん。そんな事が何度もあった。




 でもそんな無駄遣いも「俺もバカだなあ」と思うくらいで、それほど気にもならないのだ。ところが、不思議なことに普段、家の前で「カチッ」と廻るワンメーターの90円は気になるのである。俺って少し頭がおかしいのかなあ、と思うことすらある。


小銭


 麻雀や競馬だって同じだ。元々勝負事に弱い私だから大抵は負け組。その金額はお上に申し訳ないので、ここでは詳しくは書けないが、90円でも100円でもないことだけは確か。今は馬鹿馬鹿しくなって足を洗った競馬に至っては一日で10万、20万負けることも珍しくはなかった。不思議なことに、これも苦にならなかった。「また次があるさ」とあっけらかんとするのだ。ある意味ではこれが勝負事の魔力なのかもしれない。




 こんなことをかみさんが知ったら、恐らく即倒するだろう。何しろ新聞折込みのチラシを見てはデパートのバーゲンを目の色を変えて飛び回り、大根が一本10円、20円安いといっては遠くのスーパーへ。男と女の違いといってしまえばそれまでだが・・・。その女房だって高い車のガソリン代を払い、挙句の果てに帰りに車でもこすれば、世話はない。見方を変えれば、女房は女房で、それを結構楽しんでいるのだ。そんなものかもしれない。

小銭2

 政治の世界では「無駄の排除」を目くらまし?に事業予算の削減に躍起だが、庶民は大なり小なりこんなバカなことをしているのだ。税金の無駄遣いは困るが、人間、大きな目で見れば無駄があるからいいのかもしれない。女房はいつも言う。「お父さんは、お酒やタバコばかりでなく、麻雀や競馬。一生のうちでは家が建つわね」。女房はバカな亭主の行状を先刻ご承知? ともかく俺はけちん坊なのかバカなのか。その両方かもしれない。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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