友と温泉

ほったらかし温泉_convert_20171009230013


 「秋の陽は釣瓶落とし」とはよく言ったものだ。知らず知らずに日暮れが早くなり、一方で冷え込みすら感ずるようになった。猛暑だの、真夏日だのと言っていた、つい先頃までがウソのよう。衣服も半袖から、長袖へ。それでも足りずに上着も。季節の移ろいは正直だ。街路のイチョウも色づき始めた。




 この時季、湯けむりがよく似合う。我が家にやって来てくれた二人の友を山間(やまあい)の温泉に案内した。甲府盆地の東北部、山梨市の我が家の周辺には〈ひなびた〉温泉がいくつもある。いわゆる温泉郷・温泉街の湯とは、一味も二味も違う。特に露天風呂は周囲の自然と四季折々に融和するから心地いい。




 友を案内したのは、小高い山のてっぺんに近いところにある、その名も「ほったらかし温泉」。我が家から車で10分ちょっと。JR中央線山梨市駅からだと5分足らずの所で、山梨市が第三セクターで造った「フルーツパーク」を自らの庭のようにしたホテルの裏の山道を、ちょっと上った所だ。ホテルの名前はズバリ「フルーツパーク富士屋ホテル」。


フルーツパーク_convert_20171009230536


 山を切り開いて作った温泉だから、駐車場も含めた敷地面積も広い。内風呂を一歩外に出ると3つの大きな露天風呂が。もちろん男女は別々。同じような作りになっているのだろう。湯加減はその時季、時季に合わせてくれているから丁度いい。金曜日の夕方だったが、大勢の客で賑わっていた。




 この温泉は眺望ではピカ一。真正面に連なる御坂山塊の上には富士山がポッカリ浮かぶ。その下には甲府盆地の家並みや、ブドウ、桃の果樹地帯がワイドに広がる。少なくとも甲府盆地の3分の1は望めるのだ。陽が落ちれば、家並みの灯りが宝石を一面に振りまいたようにキラキラ光る。あいにく、この日は上空が雲に覆われ、富士は望めなかったものの、下界の甲府盆地は見事な〈宝石〉を見せてくれた。


ほったらかし2_convert_20171009230139 


 「お~、素晴らしい。こんな眺めのいい温泉は初めて」


 二人は口を揃えた。いずれも«全国区»で異動を強いられる公務員。一人は広島県、一人は長野県の伊那谷出身。ともに組織をリードする立場だ。「山梨はいいですねえ~」。例え、社交辞令にしても自分のことのように嬉しい。郷里のこと、仕事のこと…。まさに裸の付き合い。話は弾んだ。我が田舎家で、もてなし料理を作って待つ女房をよそに時間を忘れた。




 東京、神奈川、千葉、埼玉、静岡…。広い駐車場に並ぶ車は県外ナンバーが多い。旅の雑誌やテレビなどで取り上げられることが多いせいもあるのだろう。フルーツパークを中心に付近一帯は「新三大夜景」に指定され、近年では誰ともなく「恋人の聖地」というようになって、若いカップルのドライブ客も多い。メディアの力は大きい。




 湯上りのビールは旨い。我が家に戻った二人の客を囲んで、夜遅くまで盃を交わし、話が弾んだ。サラリーマンにとって生活環境まで変えなければならない異動は避けて通ることは出来ないし、それが宿命。苦もあるが、見方を変えれば、新しい人との出会い、自然や風俗、習慣に触れるチャンスでもある。職場をリタイアした人間にとっては羨ましくもある。




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水差しの水とワイン

★


 講演を終え、楽屋の控え室に戻ってきた茂太(モタ)さんは、なんとなくしょげていた。





 「今日の講演は、どうも、あとひとつ乗りが悪かった。聴いていて、良くなかったでしょう。こういう時は、いつも気分が落ち込むんです」




 「いやいや、そんなことはありませんでしたよ。面白いお話でした」





 「演壇の、あの水差しがお水ではなく、予定通りワインだったら良かったんだが・・・」



ワイン


 若い女子社員が差し出したおしぼりで手や顔を拭った茂太さんは、しばらくは浮かぬ顔だった。茂太さんとは精神科医で作家の斉藤茂太さん。ご存じない方がいるとすれば、あのアララギ派の詩人・斉藤茂吉のご子息と言えば誰でも知っている。「どくとるマンボウ航海記」の北杜夫のお兄さんでもある。何年か前に故人となられた。本来は「しげた」(茂太)とお読みするのだろうが、なぜかファンには「モタさん」で親しまれていた。


斉藤茂太  


 もう20年ぐらい前のことだ。今は取り壊してなくなったが、山梨県庁前にあった県民会館ホールに、このモタさんこと斉藤茂太先生をお迎えして文化講演会を開いた。演題は忘れたが、モタさんは講演前の控え室で、お世話役に充てていた女子社員に「水差しの中身をワインに替えて欲しい」と言ったという。




 「バカ言え。水差しにお酒など入れちゃあいかんよ。モタさん一流の冗談だよ。冗談」



 モタさんの≪要望≫をけげんな顔で伝えて来た女子社員に言った。入れるとすれば赤ではなく、聴衆席からは水と区別がつかない白ワインだが、ハナから冗談と思い込んでいるのだから答えはひとつ。ワインの産地・山梨へのリップサービスくらいに受け止めたのだ。





 そうと鬱が激しいご性格とお見受けした。前の晩、甲府市内のホテルの座敷で懇談の場を持ち、お酒をご一緒した。飲むほどに愉快な先生で、面白い話がポンポン飛び出すのである。その一方で、精神科医らしい人間の心理を突いたこんな話も。




 「私ゃあねえ、プロ野球のセ・パ両リーグの選手を長男、二男、三男と言うように、その位置づけで分析したことがあるんです。そうしたら面白いことが分かりました。九つのポジションの中で、長男がいないポジションがあるんです。どこだと思います?」
 


 「さて・・・」




 セカンドですよ。セカンド。このポジションはショートを含めたサード側にも、またファースト側にも気配りをしなければならない。一般論で言っても、昔から≪長男の甚六≫というように、長男は二男や三男と比べ周りへの気配りがヘタなんですねえ」


野球


 「もうひとつ、人の笑いを誘う商売、つまり、漫才師なども同じ。長男というのはその生い立ちから言って、どちらかと言うと堅物で、無器用。人に笑われるようなことは嫌うのです。その点、二男の場合、上を見たり、下を見たり、いわゆる柔軟性に長けているんです。半面、長男が多い職場は銀行。堅物にはうってつけです」




 一つ一つが長男である自らに置き換えても頷けた。今の歳になったら、水差しの水とワインの機転くらいは利くのだが・・・。少子化が進む日本。一人っ子にも長男と同じことが言えそう。天国のモタさんは何と言っているだろう?




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誕生会と忘年会

料理

 250人くらいがいただろうか。山梨県甲府盆地の東部、御坂山塊の一角にあるゴルフ場のクラブハウス。クマやイノシシ、鹿の料理もあれば飲み物では沖縄の泡盛も。山梨県中小企業中央会の会長職を退いて、今は野にいる方が毎年この時期に開いてくれるパーティーである。自らの誕生会を口実に親しい友を招いての一足早い忘年懇親会だ。昼間は親睦のゴルフをし、パーティーに臨むのだ。私は、腰を痛めてしばらくゴルフをやらないのだが、別のお付き合いから毎年、この催しにお招き頂いている。


花


 ゴルフ場のクラブハウスだからキャパシティーには自ずと限界がある。生い立ちからか経済人が多いが、政治家もいれば、出席者の職種はさまざま。幅広い付き合いの縮図がそこにある。主催者であり、ホスト役でもあるこの人は、冒頭のご挨拶でこんな話をした。





 「私は先頃、82歳の誕生日を迎えた。多くの方々のご協力も頂きながら、食も心を込めてご用意した。存分に楽しんで頂きたい。私は子供の頃から、食べるものは自分ひとりで食べるな、と親から教わった・・・・」



 この人は、言外に分かち合うことの大切さをさらりと話した。もちろん、主催者の挨拶だからそんなことを言うのが狙いではない。が、なぜか「食べるものは自分ひとりで食べるな・・・」という言葉に重い何かを感じた。この人とは歳が一回り以上も違うのだが、私も確かに同じことを親から教えられた。親と言うより大人たちと言った方がいい。ふと自らに置き換えてみた。「俺達は子供達にそんなことを教えただろうか・・・」。


フルーツ


 この時間ならぼつぼつ勤めから帰宅しているはずの娘の顔を思い浮かべた。その世代に今、食べ物を≪分かち合う≫という考えがあるだろうか。飽食の時代と言われる中にあって、分かち合うどころか、食べ物を粗末にすることが平気になった。大人たちも何時しか貧しかった時代を忘れてしまった。そんな事を考えていたら、久しぶりの友がビールグラスを片手に私の前にやって来た。


 「やあ~、ご無沙汰していまして・・・。お元気ですか」



 「あなたが獲ったクマや鹿の肉、ご馳走になっていますよ」




 パーティーは立食形式。主催者が用意してくれた上等の泡盛をストレートで頂きながら話が弾んだ。この人は山梨県の茅が岳山麓に住み、運送業を手広く営む社長さん。狩猟が趣味でその時期には茅が岳や八ヶ岳の山麓一帯で仲間達と鹿やクマ、イノシシなど大物を追う。私は毎年、この人のお相伴に預かって、その獲物に舌鼓を打ちながら旨い酒を飲む。もちろん、この日のパーティーの珍しいご馳走もこの人によるものであることは言うまでもない。


ワイン  


 主催者の人脈は広い。この人のようなハンターもいれば、ワイン会社の社長や酒屋のオヤジもいる。頂いている上等な泡盛も、ご婦人たちが和気合い合いと傾けているワインも、そんな仲間達からの差し入れかも。みんなが言わず語らずに≪分かち合う≫ことを知っている。主催者にとってはむしろ高くつくのは言うまでもないのだが、その分かち合いがみんなの和を作っているように思えた。主催者の隠居は「私は生ある限りこの仲間達とのパーティーは続ける」と挨拶を結んだ。




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同級生の無尽会

飲み会


 「18日会」という。母校・日川高校の気の合う仲間たち20人前後が毎月、18日に山梨市の決まった割烹料理屋で無尽会を開く。「20人前後」と書いたのは、長い間には人数が時に変動する。この歳になれば、癌など病魔に取りつかれる者もあれば、体調を崩す者だっている。ここ数年の間に2人も亡くした。反対に「オレも仲間に入れてくれ」という人だっているのだ。




 同級生だからだろう。言いたい放題、わいわい、ガヤガヤ。とりとめのない話をする。地域柄、果樹づくりの話もあれば、そこにはいない仲間の動向、いわゆる世間話など、さまざま。歳のせいだろうか。健康問題が話題に上ることが多くなった。会場となる座敷は、畳の間だが、一つ、二つ、三つ…。簡易の座椅子を使う仲間が増えた。自分もその一人だ。


畳


 座椅子ばかりではない。全般に酒量も減った。若い頃は«浴びるように»飲んでいた男たちが「もういいよ」と、仲間の、お酌をやんわりと断る光景も。ビールの瓶や酒徳利が山ほど並んだ、ひと頃がウソのよう。




 もう一つの特徴は出席率が極めて高くなったことだ。一次であるか、二次であるかは別に、ほとんどが職場をリタイアしたことが要因。現職と言えば、果樹農家や市議会議員などの政治家ぐらいのもの。なぜか、このグループには、まだリタイアとはいかない弁護士や医者はいない。




 無尽会(講)は「頼母子講」といわれ、江戸の昔、大阪商人の間で盛んに流行した。歴史的には、起源は時代をさらに遡る。商人同士が集まってお金を出し合い、必要な時の資金繰りをしたのだそうだ。そこには「セリ金」という名のみんなへの「還元金」が伴った。

 山梨は、全国でも珍しいほど、無尽会が盛んな県だといわれる。昔はどうであったか知らないが、山梨のそれは、頼母子講、つまり資金繰りを目的にしたものではない。ほとんどが親しい仲間たちのコミュニケーションの場だ。


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 高校や小・中学校、年齢を超えた職場のOBや地域の仲間たち…。その構成や形態はさまざま。お若い方々はともかく、中年以上の人たちなら、一つや二つ、多い人なら四つや五つ、もっと多くの無尽会に入っている人だって珍しくない。私だって少し減った(減らした)が四つの会に入っている。それぞれが、それぞれに違った仲間たちと交流し、それなりに楽しんでいるのである。




 そこでの話題。不思議なことにイデオロギーに絡んだ話は少ない。人間、それぞれが自分のイデオロギーを持っている。いくら親しくても譲れない一線もあるのだ。でも、選挙など、時の動きが話題にならないこともない。中には陣営の幹部的な立場の人間もいるのだが、そこは双方、みんなが«大人»。決して角を立てない。




 無尽会という酒席の夜は和やかに更けてゆく。タクシーや代行車を呼ぶ者、中には奥さんが送り迎えする人も。公共交通機関に乏しい田舎では車という«足»がなければ無尽会に来ることすら出来ない。警察の目も厳しい。間違っても酔っ払い運転はしない。そして1か月後の18日がすぐ来るのだ。歳のせいか一か月が早いこと、早いこと。




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旬とコミュニケーション

スモモ



 「これ、撥ね出し物だけど、美味しいから食べてくれますか」



 近所の人が、時にはサクランボ、時には桃、スモモといった具合に、段ボール箱や果物のもぎ箱に入れて持って来てくれる。箱への並べ方は大雑把だ。



 「何時も済みませんね」


 お礼を言うと

  「これ、形が悪かったり、過熟気味になってしまって出荷出来ないんですよ」



 いかにも美味しそうだ。食べてみてもうまい。当たり前である。木で熟れた物を、そのまま持って来てくれたからだ。桃でも、スモモでも同じだが、輸送やセリ、店頭での陳列など消費者の口に入るまでの時間を考慮して、熟れる前のものを出荷するのである。出荷の過程で、すぐ過熟になってしまうトマトなどはその典型で、真ん中の尖った所がちょっと赤くなった段階で出荷してしまう。





 桃やスモモに限らず、旬の果物や野菜をあっちこっちから頂く。こちらも、ナスやキユウリ、ジャガイモ、サトイモ、落花生など家の畑で採れたものをお届けする。果樹農家の中には、こうした野菜を自分で作らない人が多いのである。果樹作りで忙しく、手が回らないから、種類が多く、手間のかかる野菜なんか作っている暇がないというのである。


野菜



 百姓もどきというか百姓見習いの私が作ったものだから、お世辞にも立派なものではないが、無農薬で、採りたての新鮮野菜であることだけは間違いない。




 「お百姓などしたことがない人が、こんなに立派なものをお作りになって。大したもんですねえ」



 お世辞なのかなんだか分からないが、喜ばれるとうれしいものだ。田舎にはいつも、こんなコミュニケーションがあったり、旬というものの実感がある。




 小学校から高校まで、つまり子供の頃を除いてそのほとんどを甲府や東京で過ごした。土のないサラリーマン生活である。ざっと50年近く、野菜や果物はほとんどを買って食べた。子供の頃、実家では桃や葡萄を作っていたので、それを買って食べることにはちょっぴり抵抗があったが、食卓を賄う女房は甲府、つまり非農家の生まれだから、一向に気にしなかった。




 八百屋さんや果物屋さんに行けば、その店頭には一年中何でも並んでいて、季節感なんてものはない。自分ばかりではない。日本人は
というものを忘れさせられてしまったのではないか。ハウス栽培という名の施設園芸の普及とその技術の高度化によるものである。あらゆる野菜や果物が一年中食べられるのだ。

筍


 竹の子を「筍」とも書く。文字通り旬の野菜である。これだけはハウスで作ってもらいたくないものだ。ともかく、会社勤めをリタイア、土のある生活に戻って、特に自分の家で作った野菜のうまさを実感した。物事にかなり鈍感な女房でさえ「お父さん、やつぱり、買ったものと家で作ったものは味が違うね」と言うのだから間違いないだろう。





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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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