人生への扉

風景



 晩酌をしながらテレビを見ていたら野村克也元楽天監督が、その選手たちに言った「心が変われば人生が変わる」という言葉が引き合いに出されていた。その話のコーデネーターをしていたのは松岡修造。プロテニスの元アスリートだった。野村元監督も野球という世界のいわばアスリートなのだ。「心が変われば・・・」。人間、誰もが大なり小なりこの言葉を言われたり、噛み締めたりしたことがあるはずだ。親から、先生から、時には先輩から・・・。多くは戒めの言葉であり、野村監督が選手たちに言ったように、ある意味、叱咤激励であったり、しごきの言葉であったかもしれない。



選手



 実は私もこの言葉が好き。好きというより、只でもズボラで体たらくな自らの戒めにしている。こうしてパソコンを叩く机の脇に張り紙しているのだ。「お前のようなヤツには絶対この言葉が必要」と思ったのだろう。親しい友がプリントして持って来てくれた。表題は「人生への扉」。誰が考え、誰が作ったかは分からないが、うまい事を言ったものだ。




    心が変われば、態度が変わる
  態度が変われば、行動が変わる
  行動が変われば、習慣が変わる
  習慣が変われば、人格が変わる
  人格が変われば、運命が変わる
  運命が変われば、人生が変わる



 


 そのプロセスはともかく「心が変われば、人生が変わる」。まさに言い得て妙。誰だってこれに反論は出来まい。しかし、簡単に行動に移せないのが人間かもしれない。その大切さはみんな分かる。私なんか壁に張り紙しながらも、一向にそれがちっとも実現出来ないばかりか、近づく事すら出来ないのだ。家庭という一番小さな社会にあっても、心が変わらないから毎日の生活態度も変わらない。だから行動も変わらないし、習慣も変わらない。そんなヤツに人格が変わるはずがないし、運命も、ましてや人生も切り開いていけっこない。ふがいない自分にうんざりする。



人生への扉


 勝負や記録に挑むアスリートたち。過酷ともいえる訓練にも耐える。人の意見、忠告にも真摯に耳を傾け自戒もする。それをバネに次への挑戦もする。それがその人の運命を変え、人生を変えるのだろう。そのこと自体は私のような凡人でも分かる。肝心なのは、それが出来るか出来ないかだ。凡人と非凡のその差がそれぞれの人生の、また運命の差として表れるのかもしれない。


選手2



 同じテレビの番組で、電卓の全国大会に臥薪嘗胆、挑む女子高校生クラブを取り上げていた。顧問教師や厳しい臨時コーチの指導に涙ながら食いついて行く女子高生達の姿に感動した。わずか16~7歳の女の子。すごい。その技術もさることながら、その精神力に脱帽した。なんでもそうだ。本気にやる気になれば、人間、びっくりするようなことまでやってのけ、到達するものだと。いい歳をしたオジサンが女子高生に改めて教えられた。




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去来する友の在りし日

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 祭壇の上でほほ笑む同級生の遺影に手を合わせながら、在りし日の思い出が走馬灯のように去来した。同級生と言っても机を並べたのは中学生時代の一時期。卒業後、二人は普通高校と工業高校とに進路を分けた。当然のように二人の交流は、ほとんどなくなった。生活の舞台が違ってしまったのだから、当たり前と言えば、当たり前。




 それから、かなりの年月が経った。若いと言っても、恐らく40歳も半ばを迎えようとしていた頃だろう。誰とはなしの発案で、同級会が開かれた。250人近くいた学年の3分の1ぐらいの仲間が集まっていただろうか。隣に座っていたT子さんが、囁くように、こんなことを言った。




 「今、遅れて入って来たS君、あなたと仲良しだったわよね。きっと、ここに来ると思うけど、私、びっくりしたの。就活中の娘が受験したいという会社のパンフレットを持って来たのよ。『どれどれ…』とばかり、その会社案内を開いたら、従業員800人を率いるIT企業の社長としてS君の挨拶文が載っているじゃあない。写真があったからすぐ分かったわ」


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 向かい側に座ったので否応なしに目が合い、オレのお膳の前に。「お久しぶり。ご無沙汰しっ放しで…」。しばらく酒を酌み交わした後「ここ、そっと抜け出せないか?オレ、おまえに相談したいことがあるんだよ」と。連れて行かれた先は、彼が予め用意しておいたという、山梨市では名のある割烹料理屋の座敷だった。車は当時とすれば珍しいベンツ。




 「何だ。かしこまって相談とは?」


 「ズバリ言わせてもらうけど、お前に、うちの会社に来てもらいたいのだよ…」


 「バカいえよ。オレはお前と違って、しがないマスコミ人間。IT の世界に縁もなければ、金を使うことは知っていても、稼ぐことを知らない世界に生きている人間。そんな人間を引き込んだら、お前の会社、潰しちゃうぞ。お前が従業員800人もの企業を作り上げたことは、さっき聞いた」


 「そう言うと思ったよ。でもねえ、技術は技術屋に任せればいいし、営業は営業に委ねるさ。お前には、これまでの経験を生かした総括、つまり、何でも言いたい放題、気付いたことを言ってもらう、いわばオレに限らず、会社にとっても重要な相談役だよ」




 お断りしたことは言うまでもない。彼は言った。会社が時流に乗って急成長したとは言え、時代感覚を見失ったら「明日」すらない業界であること、何よりもトップにいる自分が«孤独»であることや周りとは対照的に自らが«高卒»という潜在する«ひがみ»も打ち明けた。




 「バカ言えよ。トップが孤独であることなんか世の常。学歴?韓国じゃあるまいし、今の世の中は実力の世界だよ。自信を持ってバンバンやりゃあいいじゃないか」


 こんなことがきっかけで二人は昔の友に戻った。オーナー会社であるが故の悩みか、身内の後継がいなくて、会社を身売りするハメになったこと、そこから生じた何十億円もの資産の処理など、何でも腹を割って相談して来た。しがないオレに応えられるはずがない。一見、恵まれた人間にもオレのような貧乏人には分からない悩みはあるものだと思い知った。




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墓所の風景

墓


 その人が建立した墓所甲府盆地を一望でき、その向こうに富士山の雄姿が望める湯村山の中腹にあった。春といっても頬をなぜる風はまだ冷たい。なにしろ小高い山の中腹だし、そこから見渡す見事な眺望のせいもあってか、その風は一層爽やかだ。墓所建立の竣工法要に参列した人達が誰ともなく「いい所ですねえ」と、つぶやいた。




 もう60年以上も前、富士山麓に程近い御坂山塊の麓の片田舎から、山梨県の県都・甲府に出てきて運輸業を興した。この人の手腕、力量がモノをいって、会社は着実に業績を伸ばす一方、人柄、人望が手伝って、次第に山梨県経済界の重鎮としての座を不動なものにした。80歳になったのを機に県内の中小企業を束ねる経済団体の会長職を退き、後進に道を譲った。



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 自らの人生に、ひとつの区切りをつけたのだろう。墓所建立の法要を済ましての、おときの席で、大勢の来賓を前に「やっと念願が叶ってホッとした」と、自らの80年の来し方を振り返った。その顔は経済界の重鎮でも、企業を率いる会長の顔でもなかった。一人の年老いた柔らかな人間の顔に戻っていた。




 「建設中も大勢の人が見に来てくれたんですよ」と、控えめながらもこの人が言うように、墓所は掛け値なしの立派なもの。広く囲んだ玉垣の中には中央に大きないしぶみと、その両側に石塔が。左側の石塔にはこの人の戒名が、やはり健在の奥様のものと並んで刻まれている。もちろん、お二人の戒名の一字は紅。「慶徳院和山宗睦大居士」。戒名の一字「大」がこの人を誰にも分かるように物語っている。


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 中央のいしぶみには大きな文字で「順考」の二文字が刻まれている。墓所建立法要のあとの、おときの席で、この「孝順」を揮毫した臨済宗向岳寺派の管長と、墓所建立の施主であるこの人は、それぞれの立場で、この言葉の奥深い意味を説いた。いつの世にあっても普遍な親や先祖への敬い、感謝、畏敬の念・・・。みんなが頷いた。


孝順


 管長は、挨拶の中で、こんなことも話した。

 「最近の風潮として≪個≫を重んずるあまりに人と人との絆がどんどん弱くなっている。例えば、一番小さな社会である家庭を見ても≪個≫を優先し、親子や家族の絆が希薄になって、そこから家庭内暴力など、さまざまな問題を露呈している」




 そんな僧侶のお話を拝聴しながら「確かに」と頷いた人は多かっただろう。≪個≫を尊重することは決して悪くない。しかし、それが一人歩きすると「自己虫」がどんどん増える。身近な日常でも度々出っくわす「自己虫」。これからの日本は、いったい・・・。




 ところで戒名。この人のそれに、さりげなくというか、重々しくついている「大」の一文字には大きな意味がある。この人の人となりを見事に表しているのだ。社会への貢献もさることながら、広い意味での先祖を敬い、お寺、宗門への貢献度がその基調になっているのだ。権力の象徴でも、ましてやお金でもない。その人がどう生きたかにほかならない。霊園の大小を問わず「大」とか「殿」の文字がつく戒名は少ない。





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結婚のお披露目

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 「式」と一口に言っても様々。シーズン的には卒業式もあれば、入学式、入社式も。起工式や竣工式、結婚式やお葬式もある。この内、ない方がいいに決まっているお葬式を除けば、ほとんどがお祝い、つまり「寿ぎ」の儀式だ。その時を契機に人々が新しい人生へ決意を新たにし、人それぞれに生活のパターンを変えて行く。お葬式だって当事者(故人)にしてみれば、《人生の終わり》の儀式。一方、遺族にしてみれば、二度とない《別れ》の儀式なのである。




 入学式や入社式は「迷い」と「選択」の末の儀式であり、起工式や竣工式は,将来をしっかり見据えなければならないばかりか、予算・お金との《相談》だって伴うから、やはり大きな決断がいる。マイホームであろうが事業所の社屋、工場も同じだ。共通しているのは、お葬式の当事者(故人)を除いて、すべての関係者が人知れない《気配り》をしている点である。




 先日、結婚式を挙げたばかりの若いお二人の《お披露目》の宴にお招きを受けた。新郎・新婦はICT関連企業での社内結婚で、会社も住まいも東京。山梨に住む新郎のご両親は、距離と時間を伴う東京への招待を気遣い、改めて山梨でのお披露目を設定したのだ。


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 宴のざっと2か月前、ご両親は若い二人を伴って、新婦の紹介方々、招待者のお宅を回り、お披露目への出席を促した。当日は会場となるホテルまでの送迎バスを用意。宴の席での食べ物や飲み物、引き物などの、きめ細かい気配りは言うまでもない。




 男女二人の子供を持つ施主のご両親は昨年、娘を嫁がせ、今度は長男の嫁取り。二人の子供を文字通りの《社会人》にしてホっとしただろう。招待者に「お礼の言葉」を言う父親。目を閉じ、時折、声を詰まらせた。分かる。同じ子を持つ親として、そのお父さんの心の内が分かり過ぎるほど分かる。


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 息子さんの海外勤務(英国)が7年と長かったせいもあって、ご両親は「婚期が遅れては…」と、気を揉んだ。英国を拠点にフランスやドイツなどEU諸国を股に、飛び歩いている息子さんをよそに親とは、そんなものなのだ。賢明な息子さんだから、口にこそ出さないまでも、そんな親の気持ちはハナから分かっているに違いない。




 ご実家、つまり山梨のご両親はブドウやサクランボを大きく手掛ける果樹農家。それとは裏腹に祝辞を命ぜられた私は、こんなことを言った。


 「今は(田舎の果樹園のことなど忘れて)東京で精いっぱい仕事に打ち込むことが大切。それこそが、あなた方お二人の未来を拓く道だ。ご両親の願いでもある」




 「田舎のことなど忘れていていい」と、言外に言ったのである。ご両親もこのことは良く分かっていて、かつて国鉄マンだったお父さんは、二人の子供を《片付けた》ことをきっかけに果樹園の縮小を試み始めた。お父さんはもう喜寿。


葡萄9月


 お祝いの言葉の中では、こんなことも言った。「この若いお二人が私たちの年代になった社会は、どうなっているのだろうか。恐らくICT産業が中核を担い、社会や生活の機能を大きく変え、そのICTも含めて新郎がその一端を覗いた国際間のグローバル化も進んみ、地球丸ごと一つになって行くのだろう。出来ることなら、もう一度、若いお二人の時代に戻りたい…」とも。




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別れと火葬炉の扉

 残念なことだが、人間、出会いがあれば、その一方で必ず別れがある。それが親や兄弟、親しい友だって同じ。人間が背負わされた宿命なのである。


葬儀


 つい先頃のことだが、菩提寺の和尚が逝った。享年78歳。晩年、病床にあったとはいえ、ちょっと早い旅立ちだった。このお寺さんとは浅からぬ関係だったから、総代さんらと共に旅立ちの全ての儀式に立ち合った




 お寺さんの場合、それが宗門の本山であれ、末寺であれ、住職の座に就く時には在家、つまり一般家庭を「宿」として、改めて「山」(寺)に入るのである。この儀式を入山(晋山)式といい、その「宿」をこの辺りでは「親」と言っている。我が家は代々、その「親」を務めている。浅からぬ関係とは、そのことだ。




 お寺さんだから葬儀はお家芸。とは言っても実際の舞台回しをするのは檀家や組の人達。つまり一般の人達だ。どんな葬儀もそうだが、結婚式などお祝い事と違って突然やって来る。準備期間もなければ、心の準備もない。みんなバタバタするのが常。でも蛇の道は蛇。お寺さんの葬儀のノウハウを持つ葬儀屋さんと言うのがあるのだそうで、そのスタッフが、いわゆる≪おくりびと≫の役割をこなすのである。


納棺



 もちろん、葬儀の一切は自分のお寺。一般には、山梨でも片田舎に至るまで、斎場が整備されたから、葬儀の全てを、その斎場と葬儀屋さんにお任せすればいい。このシステムになって久しい。葬儀の仕方は、かつての自宅葬の場合と大きく様変わりした。




 菩提寺の和尚の一連の葬儀に立ち合って、お葬式の原点を省みたような気がした。ご遺体が≪おくりびと≫の介添えを得ながら庫裏の座敷に集まった親族の手で棺に収まるまでは一般と同じ。そこから先の儀式は全て本堂が舞台。そこで読経する僧侶の数も一般とは格段に違う。厳かに粛々と行なわれていくのである。このお寺さんは曹洞宗の末寺で、400前後の檀家を持つ。先代は神奈川県鶴見にある総本山・総持寺のナンバー3、ナンバー2を務めた。


葬儀2


 ただ棺は、一度は外に出なければならない。荼毘にふすためだ。霊柩車に乗って境内を出、火葬場でお骨となって再び寺に戻るまでは一般の仏さんと同じ。集骨、骨上げと呼び、箸を使ってのいわゆる≪箸渡し≫をする。これが仏教のやり方なのだ。


箸渡し


 人間、それが肉親、知人を問わず、死に直面した時、誰しもが言い知れない寂しさに襲われる。その節目は死というものに遭遇した瞬間から始まって、棺に納める納棺の時、仏が霊柩車で自宅を離れる時、そして火葬場の炉に収まる瞬間だ。感情を押さえ切れずに棺にしがみ付いて泣く人たちも多い。誰だって別れたくはない。




 でも人間とは不思議なもの。火葬炉の厚い扉が閉まった途端、なぜか諦めにも似た気持ちになるのだ。自分もそうだが、ましてや集骨、骨上げになって泣いている人はまずない。人との別れの最後は火葬炉の扉かもしれない。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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