細雪と残雪

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 「細雪」。大阪は船場の旧家を舞台にした谷崎潤一郎の長編小説だ。船場の上流家庭に生まれた4姉妹の悲喜こもごもの日常を綴った作品。若い頃、何度も本を手にし、東京まで観劇に足を運んだこともある。谷崎がこの作品の表題をなぜ「細雪」としたのかは分からないが、「細雪」という言葉には、何とも言えない深い味わいがある。




 読んで字の如く、「細雪」とは「細かい雪」とか、「まばらに降る雪」を言う。そもそも豪雪地帯の北陸地方や東北、北海道には似合わない言葉だろう。「残雪」などと言う言葉ともマッチングしない。雪の少ない大阪、しかも上流階級が暮らす船場が舞台で、しかも気品を備えた4人のお嬢さんが主人公だから「細雪」の表題が似合うのかも知れない。




 降雪と残雪。降雪は、その降り方によって限りない風情をもたらすが、残雪は風情にも情緒にも欠ける。むろん、人それぞれの受け止めようだ。イメージ的にも暖かい大阪の場合、降っても「細雪」だろうから、残雪まではイメージし難い。比較的雪が少ないものの、甲府盆地の場合はちょっと違って、街中は早く消えても山岳部に近い地域では残雪期間は結構長い。比較的暖かい日差しの下でも、なんとなく寒々しさを煽り立て、埃を冠って汚らしくもなる。人々の嫌われ者になり下がるのである。

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 周囲を見渡しても、ブドウなどの果樹園で日当たりの悪い部分、家屋の裏側(北側)や道路にも残り、道路の残雪は夕方から朝にかけては凍結して、ドライバーの邪魔をする。しかし、邪魔者の残雪も果樹農家にとっては密かに微笑む雪。夏場と違って冬の時期は、降雨量は少なく、畑も乾燥しがちだからだ。




 夏場に多い大雨の場合、地面が呑み込めない分は川に流れ込んで、海へ行ってしまう。むろん、適度の雨は歓迎だが、大雨は作物に留まらず人畜にも害をもたらすことは言うまでもない。雪、しかも一度には融けない残雪は、一面で天の恵み。夏場に水不足を生ずるのも、その時季の雨量ばかりではなく、大きな意味では冬場の降雪量にも起因するのである。




 童謡、歌謡曲を問わず、雪や雨は、しばしば歌に引用されて来た。その情景は細雪だったり、小雨。絶対に大雪や大雨は登場しない。日常、私たちが聞いたり、書いたりする言葉も、えてして慣用的で、雨は「しとしと」降り、雪は「しんしん」と降る。「ざあざあ」降る雨や「ドカ雪」と言われるように大降りの雪だってあるのに、表現したがらないのだ。




 年配の方なら誰もが知っている中村メイコさんのご主人で、作曲家の神津吉行さんが、ある時、甲府で開かれた文化講演会で、こんな話をした。このご夫婦は当時、ユニークな子供教育をすることでも知られていた。




 「雨の降り方、雪の降り方一つとっても降る様も、人の感じ方もみんな違う。決めつけて教える教育は適切ではない。特に、子供達には自由な発想をさせるべきだ。例えば富士山の絵を描かせたとする。下から見たものと、飛行機などで上から見たものでは形はまるで違う。乳牛の大きな乳房を見る子供目線と、大人目線では牛そのものの形まで異なるのだ」




 それにしてもこの冬は窓越しに輝く富士山に雪が少ない。富士には「細雪」は似合わない




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富士の表情

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 「お母さん、今日は風が吹くぞ」


 朝起きて窓のカーテンを上げながら、つぶやくように言うと、一足早く起きて朝餉の支度をしていた女房が「お父さん、そんなことよく分かるわねえ…」と。




 パソコンに向かう窓越しの御坂山塊の上にポッカリ浮かぶ富士山。その表情は毎朝違う。朝日を浴びて、例えようがないほど爽やかな顔を見せる時もあれば、山の脇に雲を沸かせて不穏な雰囲気を醸し出す時もある。その雲は甲府盆地に大なり小なり風をもたらすメッセージでもあるのだ。従える雲は、今にも荒れ狂いそうなものもあれば、穏やかなものも。そのありようが風の強弱に現れるのである。そこに雲がない時には絶対に風は吹かない。


富士山



 雨天の日はむろんだが、富士山が見えない日もある。雨が降らなくても盆地が雲に覆われれば、富士が望めないのは当たり前。その雲が偏西風に押されて、西から東へと流れ、次第に姿を見せる富士も、また味わいがある。御坂山塊の向こうにある富士五湖の一つ本栖湖の対岸では今、湖面越しに「ダイヤモンド富士」が望めるのだそうで、毎朝、アマチュアカメラマンで賑わっているという。写真に挑む者なら押さえて置きたいアングルだろう。


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 「ダイヤモンド富士」とはご存知、富士の山頂から朝日が昇り、文字通り宝石のように輝く光景だ。富士山と太陽が織りなす僅か2分前後の光のショーである。カメラマンでなくともワクワクする瞬間に違いない。防寒具に身を固め、白い息を吐きながら未明からジッと待つ人たちの心の持ちようは、暖房の部屋の窓越しに富士を眺める野暮天の私にだって、よく分かる。




 朝日を浴びて輝く富士が爽やかな象徴とすれば、夕暮れの富士は、風情では爽やかさに負けない。御坂山塊の稜線が黒く浮き上がり、その上が下から湧き上がるように紅色に染まる。そこに均整の取れた富士が浮かぶのである。静岡側、つまり「東富士」と違って山梨側から見る「北富士」は、春夏秋冬、その様相を異にする。一口に言えば、東富士が女性的だとすれば、北富士は明らかに男性的だ。身びいきではなく、私は男らしい北富士が好きだ。


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 静岡側だと、風情を際立たせる御坂山塊を前衛にした夕暮れの光景は望めまい。富士山が西側を中心に赤富士に装いを変えたかと思うと、次第に黒ずみ、前衛の御坂山塊の向こうが大きな帯状に紅く染まる。甲府盆地、特にこの辺りでは御坂山塊とその西にある南アルプスが一連の屏風のように見えるのだが、その稜線の向こうで見せる夕暮れの大パノラマは圧巻。その様は御坂山塊や南アルプスの向こうで、とてつもないスケールの照明を施しているようにも見える。東富士だと三保の松原など雄大な海とのコラボが楽しめるだろう。


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 富士山はユネスコの世界文化遺産に登録された。単なる山ではなく文化の山。その昔、江戸八百八町にあったといわれる富士講の信者たちは白装束で富士の頂を目指し、葛飾北斎や横山大観は、こぞって富士を絵にした。北斎の浮世絵はゴッホにも影響を与えたのである。時代を超え、国境を超え、富士はみんなから愛され続けている。夏山シーズンともなれば、国の内外の人を惹きつけ、活気に溢れる。ただ、この冬は雪化粧が薄いのがちょっとヘン。





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それぞれの紅葉がり

富士山       南アルプス


 ちょっと手前味噌かもしれないが、山梨は山紫水明の地。富士山、南アルプス、八ヶ岳、それに御坂山塊や奥秩父の峰峰。とりわけ四方を山で囲まれた甲府盆地は、春には桃の花が咲き乱れ、ピンクのジュータンと化す。まさに桃源郷と言っていい。夏にはその実が実り、日本一の桃の産地を形成、秋には葡萄が実る。特に一宮、勝沼など盆地の東部一帯は日本的な果実卿なのである。一宮(笛吹市)、勝沼(甲州市)と目と鼻の先にある私のふるさと・岩手地区(山梨市)もサクランボの産地化が立派に進んだ。


桃


 サクランボの産地は、言わずと知れた山形。植性上、その栽培が南限と言われる山梨のサクランボは本場・山形とは時差の勝負。温度差はもちろん、ハウス栽培などの工夫、つまり地の利と生産者の努力で築き上げた。4月の下旬から5月、東京を中心とした首都圏から観光バスが繰り出し、どこの観光サクランボ園も賑わいを見せる。



サクランボ



 サクランボが初夏なら桃は夏。そして秋の葡萄へと果樹王国・山梨の果物はリレーしていく。サクランボ狩り、桃狩り、ぶどう狩りが終われば今度は紅葉狩りだ。その頃になると富士山が真っ先に雪化粧、南アルプスや八ヶ岳の主峰もそれに負けじと薄化粧を始める。晩秋、平たく言えば里の人達に紅葉狩りの季節がやって来たことを告げるメッセージなのだ。



さくらんぼ    桃     葡萄



 「○○食べ放題」。果物の新鮮な味を楽しむ行楽から、目で見て自然を身体で味わう行楽へと移っていく。葡萄はだんだん姿を消していくが林檎や柿はこれからが旬だ。石和温泉郷などでゆっくり湯に浸かり、ほうとうなどの郷土料理も待っている。山梨は大都市東京の100㌔圏。山梨県人は「東京の奥座敷」という。人々をくつろがせる自然を持っている。



ほうとう  



 とはいえ、そこに住む私達はこの豊かな自然も当たり前。人間とは贅沢な動物だ。日々、その時々、表情を変える富士山の容姿も、外からお出でになった方々が目を見張る山々の紅葉も、そこにいれば特別の驚きもなければ感動もしない。まるで空気のように受け止めるのだ。ところが一歩外に出て見る同じような景色や光景には感激したり、びっくりもする。考えてみれば、それが旅行や行楽のよさなのだろう。


いろは坂



 数年前、ロータリークラブの親睦旅行の時、栃木県奥日光の中禅寺湖で見た鮮やかな紅葉は今でも忘れられない。旅行には30数人のメンバーが参加、日光東照宮に参拝した後、鬼怒川温泉に宿泊。翌日、中禅寺湖へ。そのバス旅行で見た、いろは坂の紅葉もさることながら中禅寺湖の紅葉は素晴らしいの一言に尽きた。


日光東照宮



 赤や黄色。その赤や黄色もそれぞれが微妙に色合いを異にするのである。紅く黄色く萌えた目の前の男体山が湖面にその姿を映し、男体山の前衛をなす湖周辺の木々は、近くで見るからか、その数倍も鮮やかだった。カエデやウルシ、ナナカマド。とりわけウルシやナナカマドの色は例えようがないほど紅い。所々にある常緑樹がその赤を引き立てるのだ。
紅葉のアクセントとして存在感が大きいナナカマド。一説によれば、極めて燃えにくい木だそうで、かまどで7度も燃やさないと燃え尽きないことからその名がついたと言うが・・・。





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里の秋と蚕

紅葉


 里の秋は山から下りて来る。中秋を過ぎて晩秋と言った方がいいかもしれないが、富士山に初雪が降る頃になると、周りの山々は顔色を替え、装いを替え始める。紅葉だ。赤、紅、黄色。やがて山は萌え始め、それが里へと連鎖するのである。


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 昔、この辺が米麦、養蚕の農業形態だった頃、人々はまるで里の秋を輪切りにでもするように蚕の掃き立てをした。掃き立て、とは蚕の飼育を始めることだ。まさに初秋に当たる初秋蚕から始まって秋蚕(あきご)晩秋蚕(ばんしゅうさん)晩晩秋蚕といった具合に秋をリレーするのだ。暑さが真っ盛りの夏蚕(なつご)の後を拝する初秋蚕の時期は当然のように残暑が残る。それから周囲は徐々に気温を下げ、晩晩秋蚕の頃になると朝晩は寒くさえなる。それがちょうど今後頃だった。自然は正直だ。「掃き立て」とは卵から孵ったばかりの小さな蚕の幼虫を大切に掃くかのように扱ったことから来たのだろう。





 四六時中と言っていいほど蚕には、次から次へとを与える。その作業のため、子供たちも夜遅くといい、朝早くといい時間にかまわず叩き起こされるのである。「俺達は一日、三度の飯。お蚕はいったい何度飯を食えば気が済むんだ」。子供心にそう思った。昼間の遊び疲れで眠たいのに加え、周りは薄ら寒くなっているのだから、無性に腹が立つのである。そんな子供心を尻目に蚕は「バリバリ」と音を立てて無心に桑を食べるのだ。



蚕 



 蚕の飼育は秋ばかりではない。蚕の唯一の餌である桑が葉っぱを付ける春から始まる。同じように春の季節を輪切りにして夏蚕を経て秋の蚕に繋げるのだ。一年中とは言わないまでも蚕は、桑が春に緑の葉っぱを付け、秋に黄色くなって葉を落とす寸前まで半年近く断続的に飼育する。米麦中心の農家にとってはかけがえのない現金収入の道だった。今風に言えば「ドル箱」だった。何しろ蚕は掃き立てて(飼育し始めて)からひきる(上属)まで最長でも30日。夏の暑い時期だと20日もあれば繭になってしまう。それそれの農家に見合った労力配分計画的な蚕の飼育が出来、しかも短期間に現金収入が得られるのだからありがたい。しかし国際経済の容赦ない波は蚕とそれを収入の道とした農家を一瞬に飲み込んだ。韓国産の安い生糸に食われたのである。





 ともかく蚕ほど尊ばれた虫、もっと言えば生き物はいまい。蚕の頭には「お」を付け、尻には「さん」まで付けて「お蚕さん」と言った。そればかりか桑(餌)を与えることを「上げる」というのである。私なんか「さん」を付けてもらえればいい方。ちょっと間違えば「コレ」だ。かみさんなんかも、機嫌の悪い時など「あんたあ~」である。「私は貝になりたい」という小説があったが、俺は「お蚕さん」になりたい。


 繭


 教育の欠陥というか、世の中デタラメになったというか、日常の人間社会の中で敬語がおろそかになりつつあるような気がしてならない。まあ、ここでは難しいことはさて置くとして、里にも確実に秋が下りてきた。かつてはお蚕さんの餌となった桑畑の跡に堂々と広がる葡萄園は、既に実りの房をなくし、日に日に葉っぱを黄色くしている。肌寒さばかりでなく、目でも秋を感ずる季節となった。


もみじ

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柿と牡蠣と柿(こけら)

牡蠣



 誰が言ったか知らないが、牡蠣を海のミルクと言う。12月頃から翌年2月ごろが旬だそうだ。つまり冬場の食べ物。もちろん、山梨の我が家でも食べるが、数年前、松島への高校の同級生でつくる無尽会の旅行の時や、広島の友人に招かれた時にご馳走になった牡蠣の味は今も忘れられない。なんでもそうだが、本場で食べる味は格別だ。なにしろ旨い。




牡蠣2



 こうしてパソコンを叩いていると、やっぱりムチウチ症の首が痛くなってくる。顔を上げて窓越しに外を眺めると庭先の柿が色付き始めた。種類は「御所」「富有」。まだ食べるには少し早い。美味しくなるのは霜が降りるようになってからだ。柿の中でも御所柿は年生りの激しい種類。今年はほとんど生っていない。どんな果物にも共通して言えるのだが、特に柿は消毒を怠ったらダメ。ヘタに虫が入り、実が熟す前にみんな落ちてしまうのである。年生りというより、今年の不作はその徹を踏んでしまったからでもある。



柿1



 牡蠣。同じ「かき」だが、この二つは海の幸と山の幸。立場を異にする。しかし海と山を代表する栄養価の高い食べ物であることに違いはない。なにしろ柿だって昔からこんなことを言われている。


 


 「柿が赤くなれば医者が青くなる」


柿2



 栄養価の高い果物としての比喩でもある。ただこれには実りの秋が背景にあることも確か。柿ばかりではなく林檎や栗などさまざまな果物、大根などの野菜も採れる。黄金の稲穂が刈り取られ、美味しい新米が採れるのもこの時期だ。その秋の象徴が柿かもしれない。



栗



 その柿。同じ「柿」だが、果物の柿とは全く違う「柿」がある。「杮落とし」「杮」(こけら)だ。確か前にもちょっと触れたような記憶もあるが、実はこの二つの「柿」は意味ばかりではなく、字そのものが違うのである。「柿」(かき)は「木」ヘンに「
」を書き「巾」を書く。一方「杮」(こけら)は「一」に「巾」の縦の線を上に突き出すように書く。だから「柿」(かき)が九画なのに対して、「杮」(こけら)は八画なのだ。見た目は同じだが、全く異なる字なのである。試しに、かみさんに聞いてみたら案の定「杮(こけら)落とし」すら知らなかった。




 因みに「杮」(こけら)木材を削った時に出来るカンナ屑のこと。転じて柿落としは、この木片を払って新築、改築したばかりの建物で始めて行う催しのことを言う。元々は歌舞伎など劇場の催しを言ったのだそうだが、やがて多目的の文化ホールや競技場など公的施設のオープンなどにも使われるようになったのだという。

柿3


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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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