勝者のアングルの謎(再)

 今、開かれているパラリンピックもそうだが、オリンピックでメダリストが一様にとる、あるポーズを見ていて、市川右太衛門という、往年の大スターを思い浮かべた。そのポーズとはメダリストがカメラに収まるとき、まるで申し合わせたように、首にかけたメダルを顔の近くに持って行って微笑むか、それを噛んで見せる形のことだ。


メダルを噛む


 市川右太衛門 といえば北大路欣也のお父さん。というより、そう、あの旗本退屈男の早乙女主水之介を演じた俳優さんだ。少なくとも60歳を超えた人なら誰でも知っている。映画「旗本退屈男」(1930~1963年)は33年間で30作品を数えたわが国の映画史上記録的な人気シリーズだ。

旗本退屈男

 若い頃、その市川右太衛門さんにお会いしてお話を伺ったことがある。映画では早乙女主水之介が悪を懲らしめる見せ場で「天下御免の向こう傷。ご存知、旗本退屈男・・・」と見栄を切って、太刀を構えるシーンがある。右太衛門さんはこのポーズについて、こんなことを話してくれたのである。



 「諸羽流正眼崩などという剣法は元々ないんです。映画の世界の話なのですが、最大の見せ場となる見栄を切った後の太刀の構え方にはかなりの時間を費やして、あのポーズを作り上げたのです」



 右太衛門さんによれば、着流し姿の早乙女主水之介の看板は、額に紅く刻まれた、三日月型のいわゆる「天下御免の向こう傷。これと「諸羽流正眼崩」の太刀の構えを一枚の絵にまとめるには太刀の位置を顔の近くに持ってこなければならなかった、というのだ。



 つまり、剣術の基本的な構え方でもある上段、または下段の構えでは額の向こう傷がアップされない。いくら見栄を切ったところで、「天下御免の向こう傷」を強調できなかったら台詞の意味がなくなってしまう。隠れた映画作りの苦労話に、なるほど、とうなずいたものだ。



 オリンピックばかりでなく、各種のスポーツ大会で勝者が顔の横にメダル持って微笑んだり、メダルを噛んで見せたりするのはこの理屈だと思ったのである。カメラマンがそうしたポーズを求めたのが最初だったことは容易に想像できる。早乙女主水之介の刀ではないが、メダルを首から長く吊るしたまま、ニッコリ微笑まれても≪絵≫にならないからだ。



オリンピックメダリスト村田_convert_20120910144805

 ポーズをとる、という言葉の一方で、とらせる、という言葉もある。ポーズをとるのは右太衛門さんのような被写体であり、とらせるのは監督やカメラマンである。そこに共通しているのは見る側に、いかに好感やインパクトを与えるかを考えているということだ。それが動画であろうが、スチールの一枚写真であっても同じことだ。



 私達、素人だって、デジタルカメラで写真を撮るとき「ハイ、ポーズ」とやったり、「ハイ、チーズ」とやったりする。いつの間にか撮られる方も「ハイ、チーズ」とポーズをとるようになる。それがオリンピックでのあのポーズにつながるのだろう。それにしても、勝者の笑顔はいつ見てもサマになるし、素晴らしい。


オリンピックメダリスト鈴木聡美_convert_20120910143749


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勝者のアングルの謎

 今、開かれているパラリンピックもそうだが、オリンピックでメダリストが一様にとる、あるポーズを見ていて、市川右太衛門という、往年の大スターを思い浮かべた。そのポーズとはメダリストがカメラに収まるとき、まるで申し合わせたように、首にかけたメダルを顔の近くに持って行って微笑むか、それを噛んで見せる形のことだ。


メダルを噛む  


 市川右太衛門 といえば北大路欣也のお父さん。というより、そう、あの旗本退屈男の早乙女主水之介を演じた俳優さんだ。少なくとも60歳を超えた人なら誰でも知っている。映画「旗本退屈男」(1930~1963年)は33年間で30作品を数えたわが国の映画史上記録的な人気シリーズだ。

旗本退屈男


 若い頃、その市川右太衛門さんにお会いしてお話を伺ったことがある。映画では早乙女主水之介が悪を懲らしめる見せ場で「天下御免の向こう傷。ご存知、旗本退屈男・・・」と見栄を切って、太刀を構えるシーンがある。右太衛門さんはこのポーズについて、こんなことを話してくれたのである。


 諸羽流正眼崩などという剣法は元々ないんです。映画の世界の話なのですが、最大の見せ場となる見栄を切った後の太刀の構え方にはかなりの時間を費やして、あのポーズを作り上げたのです


 右太衛門さんによれば、着流し姿の早乙女主水之介の看板は、額に紅く刻まれた、三日月型のいわゆる「天下御免の向こう傷。これと「諸羽流正眼崩」太刀の構えを一枚の絵にまとめるには太刀の位置を顔の近くに持ってこなければならなかったというのだ。


 つまり、剣術の基本的な構え方でもある上段、または下段の構えでは額の向こう傷がアップされない。いくら見栄を切ったところで、「天下御免の向こう傷」を強調できなかったら台詞の意味がなくなってしまう。隠れた映画作りの苦労話に、なるほど、とうなずいたものだ。



 オリンピックばかりでなく、各種のスポーツ大会で勝者が顔の横にメダル持って微笑んだり、メダルを噛んで見せたりするのはこの理屈だと思ったのである。カメラマンがそうしたポーズを求めたのが最初だったことは容易に想像できる。早乙女主水之介の刀ではないが、メダルを首から長く吊るしたまま、ニッコリ微笑まれても≪絵≫にならないからだ。



 ポーズをとる、という言葉の一方で、とらせる、という言葉もある。ポーズをとるのは右太衛門さんのような被写体であり、とらせるのは監督やカメラマンである。そこに共通しているのは見る側に、いかに好感やインパクトを与えるかを考えているということだ。それが動画であろうが、スチールの一枚写真であっても同じことだ。



 私達、素人だって、デジタルカメラで写真を撮るとき「ハイ、ポーズ」とやったり、「ハイ、チーズ」とやったりする。いつの間にか撮られる方も「ハイ、チーズ」とポーズをとるようになる。それがオリンピックでのあのポーズにつながるのだろう。それにしても、勝者の笑顔はいつ見てもサマになるし、素晴らしい。



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身近に感ずるパラリンピック

 あのオリンピックのような熱気は伝わってこないが、今、北京では愛称「鳥の巣」を中心に、パラリンピックが佳境を迎えつつある。そう言っては叱られるかもしれないが、4年前、8年前は見向きもしなかったパラリンピックを自分でも不思議に思うほど関心を持ってみている。


 8月28日付けの「もう一つのオリンピック」でも触れたが、山梨市出身の義足のハイジャンパー 鈴木徹選手が出場しているためだ。同じ部落に住む青年である。鈴木選手は4年前のアテネにも出場している。しかし、郷里・岩手の青年であることは知ってはいたものの、ずっと甲府で暮らしていたこともあって、正直言って親近感はなかった。


 不思議なものだ。それが、壮行会に出たり、直接、本人と言葉を交わしたりすると、親近感はいや応なく増す。恐らくそうであろう親、兄弟、親戚のように北京まで飛んでいってしまうほどではないが、選手への期待や関心は人一倍だ。



 9月6日の開会式で、鈴木選手は日本選手団の旗手を務めた。28歳とは思え堂々とした旗手ぶりだった。人間にはどこかに郷土愛とか母国愛というものがちゃんとある。毎年夏の高校野球もその一つだ。甲子園で汗にまみれて頑張る郷土のナインにテレビの前で熱狂し、拍手、声援を送る。普段、野球に関心を持たない人までもだ。



 
国レベルで言っても同じ。日本の選手が表彰台に上がり、国歌・君が代が流れ、国旗掲揚台に日の丸が揚がると、自分の事のように感動し、胸がジーンとするのは私ばかりではあるまい。人間が本質的に持つ国家愛とか郷土愛、その言葉がふさわしくないとしたら、身近なものへの愛の表れであろう。

日の丸

 
愛国という言葉や君が代に異常とも思えるほどヒステリックになる一部の文化人や教育者達はオリンピックを舞台にした日の丸や君が代をどんなように受け止め、反応しているのだろうか。まさか、いつものように「軍国主義の復活。とんでもない」などと目を吊り上げている訳ではあるまい。同じように感動し、拍手を贈っているはずだ。  スポーツにはおよそ本音も建前もない。教条的、と言ったら失礼かも知れないが、凝り固まったことばかり言う一部文化人や教育者たちと違って、そこにあるのは一心不乱の勝負への挑戦だったり、果てしない記録へのチャレンジだ。そこには微塵の屁理屈もない。あるのは結果だけだ。

テニスボール

 
パラリンピックを伝えるテレビに映る選手達。片足で泳ぐ選手もいれば両足が義足のランナーもいる。車椅子でテニスやバスケットボールに挑むアスリーとも。共通しているのは不屈の精神力であり、底抜けの明るさである。自分の持つ障害などものともしない。義足のハイジャンパー鈴木選手も同じだ。



 
健常者であれば障害者をいたわらなければならないことは当然。パラリンピックの選手達は障害者のエリート、と言う人がいるかも知れないが、彼らから言外に教えられるのは、どんな境遇であろうと「いつも前向きであれ」ということだ。健常者も障害者もない。



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もう一つのオリンピック

 通称、鳥の巣の聖火台の火が消えて、17日間にわたった北京オリンピックが幕を閉じた。新聞やテレビの熱狂的ともいえる報道合戦も終わり、日常に戻った。その同じ舞台で9月6日からパラリンピックが開幕する。やはり4年に一度、オリンピック会場で開かれるもう一つのオリンピックだ。
パラリンピックロゴ 

 北京オリンピックの開幕を真近かにした8月2日夜、地区の公民館で、そのパラリンピックに出場するアスリートの壮行会が開かれた。主役のアスリートは、走り高跳び鈴木徹選手。開会式で日本選手団の旗手を務める。

☆鈴木徹選手のHP☆


 山梨市の片田舎にある公民館2階の座敷は、鈴木選手を励まそうと集まった地区の代表約40人で埋まった。壮行会の看板も手作り。会費は持ち寄り500円である。ペットボトルのお茶で乾杯し、市長が贈った日章旗と市旗にみんなで激励のサインをした。



 主催者は地区の体育協会と社会福祉協議会。司会者の合図で、この日の主役・鈴木選手が入場してきた。私は初対面だった。でっかい。座敷の鴨居をくぐるように入ってくる鈴木選手は見るからに明るく、逞しかった。片っ方が義足だが、その歩きっぷりも身のこなしも健常者と少しも変わらない。



 主催者や市長、体協会長らの挨拶が続く。それに応える鈴木選手の挨拶は爽やかだった。次々と激励の挨拶をする関係者は「勝つ」とか「メダル」といった言葉を一切使わないのである。障害者であることを気遣ったのだろう。なんとなく違和感があった。これに対して鈴木選手は「自己の記録を更新して・・・」と。オリンピック選手と全く変わりない迫力に満ちた挨拶に、それまでの歯切れの悪い激励をぶっ飛ばすように拍手が沸いた。


 地元の岩手小学校から山梨北中、私立の駿台甲府高校に進み、ハンドボールの主力選手として活躍した。そして筑波大学への推薦入学も決まった。ところが鈴木少年は卒業間際、交通事故で右足をもぎ取られたのである。ここからが鈴木少年の真骨頂。へこたれるどころか、ハンドボール復帰へ食い下がった。ここで出会ったのが走り高跳びのマットだったという。走るトレーニング中での偶然の出会いだった。跳んでみた。



 そのマットが運命を変えた。その時、当時の日本記録150cmを上回る165cmを跳んだ。その瞬間からパラリンピックを意識、ハンドボールと決別した。そして半年後にはシドニーパラリンピックの日本代表に選ばれて、178cmを跳び6位。4年後のアテネでは180cmを跳んでやはり6
位に入賞。世界のトップアスリートの仲間入りを果たした。自己記録は2m。

オリンピック観客


 この間、家族の導きもあって、優れた義肢装具士や走り高跳びの日本記録保持者を育てた指導者との出会いもあった。これが鈴木選手の今を支える力になったことも間違いない。しかし、それより確かなのは自らの何事にもへこたれない強靭な精神力だ。



 健常者こそ鈴木選手のような障害者に学ばねばいけないと思った。健常者の勘違いしたいたわりや同情。健常者こそが障害者に見えたかもしれない。鈴木選手は言う。「走り高跳びは唯一失敗して終わる競技」。言外にそこからがまた新しい出発であり挑戦 だと言った。

舞台裏で休む人たち

五輪

 北京オリンピックが佳境に入った。水泳の北島康介の100m、200m平泳ぎでの相次ぐ金メダル、それに柔道や体操、フェンシングなど日本勢の活躍は翌日の朝刊の一面を華やかに飾る。メダルを誇らしげにかざしたり、噛んだりする選手のアップ写真が大きな見出しを伴って躍る。それが華やかであればあるほど読者は痛快だし、日本勢がオリンピックという国際舞台で活躍している証でもある。


 一般紙、スポーツ紙を問わず、日本選手の金メダルが出るたびに、新聞社は競うように号外を出す。どの新聞もスポーツ面を通常の何倍にも増やして、その詳報を、これでもかと言わんばかりに伝えている。確かに活気があって面白い。普段なら主役の座にあるはずのプロ野球や夏の高校野球がすっかり陰に隠れてしまっている。それが読者に違和感を感じさせないほど新聞のオリンピック報道は強烈だ。

プール


 新聞ばかりではない。テレビだって同じだ。NHKや民放キー局は、さかのぼって、オリンピックの種目別放映権の確保に奔走、それぞれリアルタイムで放映したり、特別番組を組んでいる。NHKのように夜7時のニュース番組をオリンピックアワーに変更したり、民放各局もバラエテー番組の中にオリンピック報道をどんどん組み入れている。NHKにとって夜7時のニュースは、いわば看板番組である。


 華やかな報道合戦の舞台裏はというと、とりもなおさず、視聴率の競い合いであったり、新聞の拡張合戦なのである。古今東西、大事件やビックイベントは、新聞社なら読者を、放送局なら視聴率を確保する絶好のチャンスなのである。面白がって見ている視聴者や読者をよそに、新聞社や放送局の担当者は息を抜けない日々なのである。


 コマーシャルがないNHKはともかく、民放各局は番組変更のたびにスポンサーとの調整や合意取りに奔走しなければならない。オリンピックに限らず、いつものプロ野球ナイターの延長戦で出っくわす、放送の延長か打ち切りかの分かれ目がそれだ。華やかな報道合戦の舞台裏では担当者達のさまざまの努力と苦労がある。

オリンピック




 その一方で、この際、交代で休みを取って、夏のバカンスを、としゃれ込むといったらいけないかもしれないが、休暇を楽しむ人たちもいるはずだ。オリンピックに、かなりのスペースを割き、時間を割くということは、とりもなおさず、そのほかの分野は縮小されると言うことだ。だから上手に休みを取る工夫をしない手はない。

風鈴

 今回のオリンピックはお盆の時期を丸々に飲み込んだ。いわゆる恒例の夏休みの時期なのだ。テレビやラジオがこぞって帰省ラッシュやUターンラッシュを伝えるほど、日本列島の道路は夏休みを楽しむ家族ずれなどで混雑する。どの企業にとっても言えることだが、上手に休みを取ったり、取らせることは、経営上からいってもテクニックの一つ。オリンピックで忙しい担当者達は時差で取ればいいことなのだ。


 「見て来たようなことを言うじゃあねえか、って?」。私もかつて新聞社や広告代理店にいたことがあって、それぞれの立場で、何度もオリンピックに戦略に加わったことがある。

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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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