銀木犀と植え込みの剪定

銀木犀 


庭の植え込みからなんともいえない芳香が漂ってくる。銀木犀の香りである。金木犀の黄色い花と違って、その色は淡い白。小粒の花をいくつも付け、その一つ一つが一斉に芳香を放つのである。金木犀より匂いは柔らかいが、どこか気品がある。春先の沈丁花もいいが、銀木犀もなんともいえない。世界の香水ブランドだってこれには勝てまい。
 

銀木犀2  


 勤めをリタイア、山梨市の実家に戻って、ぼつぼつ3年。子供の頃から、銀木犀の匂いは覚えているのだが、それがいつ咲くのかは定かでなかった。かぐわしい香りに感動するでもなし、花を観察するでもなしで、全く無頓着に過ごしてきたのである。暇になった、と言ってしまえばそれまでだが、周囲の変化に気をとめることが出来るようになったことは確かだ。



 以前は甲府に住んでいたから、庭木の手入れも植木屋さんにまかせっきり。毎年12月の終わりになると30万円近い請求書が届くのである。しかし、ここ2~3年、植木の剪定はほとんど自分でやっている。長年、黙っていてもやってくれていた植木屋さんには申し訳ない気持ちもするが、年金暮らしになった自らを省みると、そうばかりも言ってはいられないからだ。


庭3  


 それに、自分でやってみると、結構面白い。ホームセンターに行って大小いくつもの剪定鋏電動のバリカンを,また、JAに行ってこれも大小の脚立を調達するなど道具もそれなりに揃えた。シマッタと一瞬思うような枝の落とし方をすることもしばしばだが、自分でやったことだからあきらめも早い。むしろ、失敗は確実に次への糧になる。



 サツキやツツジのように剪定や刈り込みの時期を一歩間違えると翌年、花を付けないものもある。そんな時「どうして?」と詳しい人に素直に聞くことも覚えた。「失敗は成功の元」とはよく言ったものだ。因みにサツキやツツジは花が終わったらすぐ刈り込んでやるのがコツだ。



 「お父さん、植木屋さんみたいだね
女房は私を褒めた後で「脚立から落ちないでよと心配そうに言う。その通り。脚立から落ちでもしたら笑いものだ。万一、落ちたら擦り傷では済まされないことは自分でも分かっている。安全確保のための≪命綱≫を買いに行ったが、うまいものがない。それなりの注意はしている。

庭4  

 植木職人と違って自分物の剪定だから、木の作り方も自由。銀木犀も大きすぎて剪定が大変だから高さを5~6mに詰め、回りも不自然でない程度にちぢめた。香りで気づいた銀木犀の花を見て、ハッと思った。剪定の時期を誤らなくてよかったことだ。



 我が家の銀木犀は、今は咲き始だからクリーム色。満開になると白くなる。金木犀も大きな木だが、まだ開花していない。本来、銀木犀が母親で金木犀はその変種だそうで、原産地は中国南部。江戸時代に渡来したことも知った。中国名は「桂花」というのだそうだ。



 こちらは真っ赤な花を付けるだけで匂いは放たない百日紅は、その名の通り長い開花期間をぼつぼつ閉じようとしている。季節は秋本番へ。庭木の奥の柿も色づいてきた。



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中華街とエクシブ

午前11時半、私達は横浜の中華街のレストランに座っていた。娘の休みの日に合わせて女房と一緒に、来日中のハワイの老夫婦をドライブに誘ったのである。山梨市の自宅を出発したのは午前8時45分。途中2回のトイレ休憩を入れても3時間足らずで横浜へ。道路網の整備の恩恵にほかならない。勝沼ICから中央道に乗り、大月JTで富士吉田線にそれて,終点の河口湖ICから富士五湖道路に乗り継いで,静岡県御殿場市へ。ここから東名高速に乗れば横浜まで一直線である。


中華街2


 土曜日の昼時とあって、中華街は人、人、人。家族連れもいれば、若者達のカップルも。バスから降りて小旗を掲げる添乗員の後に続く団体客もいっぱいだ。会話から分かる韓国や中国人グループも多い。一目で分かる欧米人の姿も。中華街は人々の巨大な胃袋であるばかりでなく、国境を越えた観光地なのだ。中国人の逞しさを見る思いだし、今、騒がれている食品の薬品問題の暗さなんか微塵も感じさせない。通りのあちこちで、売らんかなで試食させてくれる天津栗が旨い。


中華街1


 どのレストラン、というより「店」といった方がいいかも知れないが、アッという間にいっぱい。ただ、中国人の言葉はどの言葉も、紋切り型。サービスなどとはおよそ程遠い。言葉が足りないから腹さえ立つ。「ありません」「だめです」といった具合で、日本人のような「すみません」といった気配りの言葉がないから、不快感どころか「馬鹿野郎」と思いたくなる。


 アメリカ人やイギリス人には「アイ アム ソーリー」という言葉がある。中国人の日本語と言ってしまえばそれまでだが、ここが中華街だからいい。日本の飲食店なら明日から閑古鳥が鳴くだろう。言葉とは不思議なもの。使う場所、使い方で人の受け止め方が違うのである。


エクシブ1

 しばらく、横浜を散策して、夕方には山中湖のホテルへ。「エクシブ」という全国にネットワークするメンバー制のホテルである。車が玄関口に着くとドアマンが笑顔で迎え、荷物を運ぶ。その間にも、またフロントでもお客への気配りは言葉ばかりではない。飲食店とホテルの違い、と言ってしまえばそれまでだが、その差は雲泥の差だ。


 ところで、この「エクシブ」というホテル名、ご存知の方はご存知だが、これは全くのこじつけ。その説明は後にして、このホテルは全国に15前後設けられているのだが、そのメンバーの仕組みはユニークで、一室を14人で≪買う≫形をとっている。個人会員もいれば、企業会員もいるのだが、「14」という数字はメンバーが2週間に1回、利用することを前提にした計算だ。恐らく、ホテル利用の最大公約数を検討、分析した結果だろう。

エクシブ2


 さて、「エクシブ」というホテル名だが、その「14」に謎を解く鍵が。14をアラビヤ数字に置き換えたのだそうだ。つまり、10は「Ⅹ」4は「IV」。これを並べると「XIV」となり、そのまま「エクシブ」と読ませたのだという。数字の遊びだが、その中身は経営上、熟慮を重ねたものだろう。隣接地にはスイートルーム専用棟を増設中だった。

エクシブ増築


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お月様とお天道様

今年の秋はよく降る。猛暑、猛暑でうんざりした夏が過ぎてホッとしたのもつかの間、今度は雨。今日も雨だ。だんだん大きくなる大根の間引きと草取りが気がかりだが、お天気の日を待つしかない。大根は種を蒔くとき3~4粒ずつ蒔くので、間引きしてやらないと勢力が弱まるばかりでなく、曲がったりして、真っ直ぐ伸びないのである。

 
 私達人間は太陽、つまり、お天道様光と熱をもらい、月、つまり、お月様時間をもらって生きている。宇宙というとてつもない空間に生かされている人間は、太陽と月には特別の敬意と畏敬の念を持って、それぞれに「お」を付け「様」をつけて呼んでいる。「お星様」も同じだが、意味合いが全く違う。


月


 ご存知、漢字の「月」は三日月の形状から変化したものだ。その月は時間や期間の単位でもある。中秋の名月、いわゆる、十五夜からもう「半月」が経つ。満月から新月に変わった。雨に泣き、雲に隠されるから、日ごとに、その姿を変えるお月様の姿をうかがうことが出来ないのが残念だ。「女心と秋の空」という言葉があるが、その秋の空が恨めしい。月は肉眼で朔望を確認できる唯一の天体なのである。



 「月」は時間の単位と同時に期間の単位だから、一ヵ月約30日を一定の日数で上手に等分している。いわゆる「当分法」だ。例えば、15日周期を「半月」10日周期を「旬」7日周期を「週」または「七曜」6日周期を「六曜」という。「半月」は1ヵ月を2等分したもので、満月と新月との間が15日であることに因んでいるのだそうだ。



 「旬」は1ヵ月を3等分したもので「上旬」「中旬」「下旬」といった具合に用いている。また、「週」「七曜」は4回から5回で1ヵ月になるし、「六曜」は1ヵ月を5等分したものだ。12と30の最大公約数である。誰が考えたか知らないが、昔の人は頭が良かったし、上手に言葉を作ったものだ。


月3


 お天道様とお月様。人々の受け止めようはさまざまだろうが、私はこう思う。お天道様が男なら、お月様は明らかに女だ。太陽は燃え滾る炎をイメージし、は人を童謡や詩的なデリケートな世界に誘い込む不思議な力を持っている地球に生きる動植物は光や熱、それに伴う水がなければ生きていけない。だから、お天道様は極めて分かり易い。


太陽


 しかし、お月様やお星様は、時として忘れてしまうことがある。都会の街路灯やネオンにかき消されたり、第一、仕事仕事で追われていると見上げる夜空がなくなる。サラリーマン生活のほとんどを一時期の東京と甲府で過ごした私は少なくともそうだった。



 田舎の実家に戻って、月の満ち欠けや星のきらめき、美しさを改めて見た。時として、そっと外に出る。娘や女房が「タバコはやめたら」と、うるさいからで、タバコの煙の向こうに見える月や星、そして真っ黒い山の稜線の上に浮かぶ富士山の山小屋の灯火を眺める。夜空がこんなに綺麗だったとは、と再発見にも似た思いに駆られることもしばしばである。一ヵ月前の8月はじめだと、8合目か9合目あたりまで登山客のライトの光が一本の帯を作ったのだが、今はわずかに残った山小屋の灯火が月の光にかすんでいる。


月2


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ハチの子とヘボ追い

ザザムシの佃煮は確かに旨いから後を引くそこでもう少し書くことにしよう。ある時、親しい友人とお酒を酌み交わしながら、このザザムシの話をした。その友人は書道の先生で、魚釣りが好きな人だった。


 「名前は知らないが、その虫なら笛吹川にもいっぱいいるよ」


 笛吹川 は、山梨市の秩父山塊を水源として、笛吹市、市川三郷町を経て富士川に合流、静岡県の駿河湾に流れ込む。神奈川県の相模湾に注ぐ桂川水系と並ぶ山梨県の2大水系の一つ、富士川水系の支流である。



 笛吹川にもいる、と思ったまではよかったが、それを獲ってフライパンで煎って食べてしまった。「苦くて、旨いものではなかった」という。それでも私から「不老長寿」「精力剤」と聞いていたから、その煎ったザザムシを師匠であるえらい先生に持っていって食べさせてしまったのである。≪ゴマスリ≫もあったのだろう。


 「その先生、食べたんですか?」と聞いたら「なにやら、けげんな顔をしながら食べていた」という。精力剤、不老長寿、と言う殺し文句が効いたのかも知れない。この虫は魚釣りが餌に使う虫で、はっきりとは分からないが、ザザムシとは違うと思う。第一、秘伝の味付けで加工した佃煮と違って、塩味をつけたとはいえ、フライパンで煎ったばかりの、しかも得体の知れない川虫など食べられたものではないことは容易に想像できる。



 人間、ある年になると、妙に「不老長寿」とか「精力剤」という言葉が重みを増す。ハチの子も同じだ。このハチの子はスズメバチなどもあるが、多くはヂバチの幼虫である。これも、よく見ればウジ虫のようで、ザザムシと形こそ違え、グロテスクそのものである。しかし、高たんぱくの食品だ。しかも、量産は出来ないから貴重品であることに違いない。

ハチ     ハチ


 私達の地域では、このヂバチをヘボと呼んでいて、その巣を獲ることを「ヘボ追い」という。その追い方はこうだ。まず、ハチが餌として好むカエルの小さな肉片に真綿をつけて、ハチが来そうなところに置く。それをくわえて巣に戻るハチを真綿を目印に追うのである。


ハチ3


 ヂバチだから土の中や木のウロの中に巣をつくる。巣の在りかを確認したら、穴からスプレーで催眠剤を注入、土の中のハチを眠らせて、巣を取り出すのである。子供の頃の昔は、セルロイドやエボナイト製の筆箱や下敷き、歯ブラシの柄まで、これに使ってしまった。そんな子どもの学業は言わずもがなである。

ハチ2


 ヘボ追いは、見失ったら一巻の終わりだから、上、つまり、ハチばかりを見て走るのである。今、考えればゾッとするようなことを平気でしていたのである。しかし、今の子供たちは、こんな遊びはしなくなった。第一、肝心のハチがいなくなった。果樹地帯を中心に消毒によって、ハチはどんどん姿を消している。むしろ、消毒薬に無縁の都会の軒先にスズメバチが巣を食い、大騒ぎするケースが目立っている。テレビでその駆除の光景を見ると「ハチの子が沢山獲れるのに」と、その顛末が気になるのである。


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珍味のザザムシ

「あれ、なあーに?」。諏訪湖畔のホテルの12階の部屋から湖を眺めていたハワイの従兄弟は、岸に近いところ一面に浮かんでいる青い藻のような物を指差して言った。私に定かなことが分かるはずがないが、藻であることは間違いない。


諏訪湖


 たまたまだが、丁度その時、部屋のテレビは麻生太郎新首相が自ら閣僚名簿を発表していた。麻生首相は環境大臣のところで「今年は日本に台風が一度も上陸していない。こんな年は珍しい」と、最近あちこちで顔をのぞかせる気象異変に触れた。諏訪湖に大量に発生している藻も、この気象異変のせいだろう。



 もう、かなり昔のことになるが、この湖が真っ赤に染まって大騒ぎしたことがある。調査の結果、原因は湖畔のホテルや旅館から垂れ流された雑廃水がプランクトンを異常繁殖させたものと分かり、地元関係者は躍起になって、その対策に取り組み、綺麗な湖水を取り戻した。



 「諏訪湖で異変が起きたり、水が汚れたら、天竜川のザザムシ危ない」。食いしん坊の私は直感的にそう思った。「天竜下れば・・・」と、歌われる、あの「天竜下り」で有名な天竜川の水源地は、この諏訪湖である。霧が峰高原や車山高原など周囲の山々から集めた諏訪湖の水は、下流に行って観光客に天竜下りを楽しませるのである。

天竜川


 その一方で、上流では知る人ぞ知るザザムシを育てるのである。ザザムシはいわゆる川虫で、川底の石の下に張り付いている小さいながらもグロテスクな虫だ。と言っても、実物を見たことはないからはっきりしたことは分からないが、佃煮に加工したザザムシを見れば2~3センチの小さなものだ。



 地元の人たちは、この虫を取って、佃煮に加工し、瓶詰めにして名物のザザムシとして売り出すのである。このザザムシはハチの子や岩茸とともに信州・長野県の名産品の一つである。このザザムシとの出会いは20数年前の事。やり、諏訪湖畔のホテルにお世話になったとき、親しくなった女将が「これは皆さんにはお出ししないんですよ」と言いながら小物の器にスプーン一杯ぐらいのザザムシを出してくれたのが最初。



 いかにも珍重そうに出されたせいもあってか、それは旨かった。「旨い。女将、もっと出してよ」と言ったら「これ、高価なものなんですよ」と、ニコニコしながら言った、あの女将の顔を今でも覚えている。もちろん、お土産としていくつかの瓶詰めを買って帰った。



 珍味の講釈付きで、女房や娘に食べさせたのは言うまでもない。ところが、女房と娘は瓶の蓋を開けるなり「これなあーに」と、目をそむけるどころか、跳ね上がった。「これ、ムカデの子?」と言うのである。確かにザザムシは川虫だから、ムカデのように何本もの足を持っている。やっぱりグロテスクな虫で、しけじけ見たら到底食べる気にはならないのも無理はない。



 「これはたんぱく質など、栄養が豊富で、高級な珍味だぞ」と説明したが、もう、後の祭り。諏訪湖の下流、天竜川の珍味も見てくれだけでソッポを向かれてしまったのである。



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諏訪湖畔のもてなし

諏訪湖1


諏訪湖3

 波一つない静かな諏訪湖の湖面にスワンが浮かんでいた。スワンといっても白鳥ではなく、遊覧船だ。秋の行楽シーズン。船にはいっぱいのお客さんがのんびりと湖上の遊覧を楽しんでいた。周囲の山々は紅葉にはまだ早い。しかし、湖畔の道路沿いに並木のように植えられたカリンの実は、鮮やかな黄色い袋を被り、まるで花が咲いたよう。そこを通るドライバーは誰しも目を奪われる。


諏訪湖2

 「あれ、何ですか?」。後部座席に乗っていたハワイの老夫婦も興味深そうに尋ねてきた。私の従兄弟でもあるこの老夫婦が来日して1週間。両家の墓参りや友人のお見舞い、親戚訪問など慌しく過ごした二人に気分転換も兼ねてのんびりしてもらおうと女房と長野への一泊旅行を計画したのである。



 和室と洋室を併設したホテルの大きな部屋にくつろいだ二人は、日本のホテルならではの気配りに大喜び。夜は和室で懐石料理を楽しんだ。次々に運ばれてくる料理の中にはマツタケやシメジ、シイタケに牛肉を合わせた、ほう葉焼きとマツタケの土瓶蒸しが。「お父さん、これ、マツタケですよ」。女房は二人にそれを知らせるかのように言った。今年初めてお目にかかったマツタケ.その香りからも秋を実感する瞬間だった。


マツタケ


 しかし、お客さんであるはずのハワイの老夫婦は何の反応もしない。 全く肩透かしを食った感じだ。せっかくのマツタケなのに・・・。でもそれもそのはず、無理もない。86歳になる従兄弟は大学時代の4年間と、ほんの一時期しか日本の生活経験がない。ホテルの若い女子従業員が話す言葉が十分に聞き取れない、ヘンなアメリカ日本人なのだ。



 こんな、ヘンな日本人にマツタケどころかカリンだって分かるわけがない。かつて日本では、庭木にカリンの木やカシの木、ナンテンなどを植えた。カリンは言うまでもなく「借りん」であり、カシは「貸し」、ナンテンは「難を転ずる」で、掛け言葉であり、縁起を担いだのだろう。貸すのはいいが、お金は借りないという昔の堅実な日本人の姿だ。



 我が家にも大きなカシやカリン、ナンテンもある。カシの葉は端午の節句の柏餅に、カリンは焼酎付けにして冬場の風邪薬に使っている。ナンテンは「ご不浄」と呼んだトイレの近くにも植えた。その種類は白と赤、つまり紅白がある。昔の人はうまい事を考えたものだし、のんびりしたものだ。今の若いご家庭の庭木にこれらの木はほとんど見られなくなった。



 生活習慣とは恐ろしいものだ。その一つは風呂だ。日本人は旅に行けば総じて大衆風呂にのんびり浸かるのが楽しみ。私の場合、ホテルや旅館の料理などみんな似たか、よったかだから、風呂の良し悪しは旅のご馳走。ところが、シャワーの方がいいという。ヘンな日本人と思ったが、それもしょうがない。



 そんな私達の思いをよそに、ハワイの老夫婦は大喜び。感謝の気持ちを全身で表現していた。でも、諏訪大社の下社で、春宮、秋宮、また上社の本宮、前宮の説明や男宮の上社から女宮の下社に渡る≪御渡り≫にも関心はなさそう。やっぱりヘンな日本人だ。

諏訪大社


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ポール・アンカは生きていた

 ポール・アンカは生きていた。こんな表現をしたら、往年のファンからお叱りを受けるかも知れないが、友人のお宅に行く途中、カーラジオから流れて来た「ポール・アンカ来日」の話題に正直言ってびっくりした。もう≪過去の人≫になっていると思ったからだ。



 ご存知の方はご存知。ポール・アンカはアメリカの1950年代、60年代を代表する歌手の一人。自作自演、いわゆるシンガーソングライターの草分け的な存在で、決して戦争を美化しなかった歌手としても有名だ。



 実は、ポール・アンカは私にとって青春の思い出であり、青春の1ページであった。アメリカ音楽にハマった訳わけでも、そんなに歌ったわけでもない。高校1年の頃だった。親しい友がハマっていたのである。学校からの帰り道、家に誘われては、ヒット曲「ダイアナ」「君はわが運命」をよく聴いた。


ポール・アンカ1


 友は私のような田舎者と違って、秀才型のお坊ちゃんといった感じで、経済的にも恵まれていたのだろう。たいしたお金にもならない農地を沢山抱えた百姓に対して、父親は山梨市の市長を務めるなど、子どもながらにスマートな家庭に見えた。お小遣いを沢山もらっていたのか、親におねだりしたのかは分からないが、次から次えとレコードを買ってくるのである。

★ポール・アンカの曲・試聴


 昭和33年頃のことで、レコードプレィヤーを持っている友達はいなかつたから、私にも珍しかった。当時、この友達がどうしてポール・アンカにハマったのか、分からなかったが、ドライブ中のカーラジオで聞いた「ポール・アンカの初来日は1958年」という話を聞いて、「ああそうか、彼はこれに影響されたのか」と頷けた。



 つまり、ポール・アンカが来日した1958年は昭和33年。時期がぴったり符合する。ポール・アンカは16歳のとき「ダイアナ」を歌い、アメリカに先駆けて日本で空前の大ヒットを飛ばしたのである。この頃、日本では、三橋美智也の「夕焼とんび」島倉千代子の「からたち日記」フランク永井の「有楽町で逢いましょう」が茶の間の人気を集めていた。



 1958年といったら分かりにくいかも知れないが、その2年後は皇太子、つまり、今の天皇のご成婚、4年後は東京オリンピックである。北京オリンピックで高度成長を遂げる中国と同じように日本が発展を遂げようとしている時代であった。東海道新幹線や首都高速道路が開通した時代だったり、「貧乏人は麦を食え」と、励ましたはずの時の首相の首がとんだ時代でもあった。



 田舎者の我が家を振り返れば、レコードプレィヤーならぬ、蓄音機があった。その扉を開けると、ポール・アンカどころか「浪花節」のレコードがいっぱい入っていた。そんなレコードには興味がないから、みんなおもちゃのように叩き割った。ある時、この蓄音機を見た専門家が「これは100年以上前のアメリカ製のもの。大切にしなければいけませんよ」と言われて、「へえー、そうですか」といった程度のもの。ポール・アンカに魅せられたとはいえ、音楽オンチの人間とはこんなものだ。


レコードプレーヤー



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彼岸とハワイの老夫婦

 明日、9月23日は彼岸の中日。「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったものだ。連日30度を超すあの猛暑がウソのように朝夕は肌寒さを感ずるようになった。この彼岸に合わせたのか86歳と84歳になるハワイの老夫婦が来日した。わたしの従兄弟。ハワイ2世とはいえ、日本人の≪純血≫だ。従兄弟の親父は私の家から出た人で、墓地も山梨市にあって、両親やひと足先に逝った弟も眠っている。



 この夏、女房とハワイ、シアトル、そしてカナダも含めたアラスカクルーズをした時、さまざまの世話をしてくれた夫婦である。やはり歳には勝てない。足腰は確実に弱くなっている。私達夫婦は、何とかこの二人を、そう遠くならないうちに来日させてあげたい、と考えた。 



 「もう、俺達には長旅は無理だよ」



 「そんなことはないさ。俺達が成田への出迎えはもちろん、滞在中のフォローをするから大丈夫さ」

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 そんなやり取りの末での来日だった。年齢と、自分が一番よく分かる足腰、思い切った日本行きであったことは容易に想像できる。航空会社の職員に車椅子を押されて、出国ロビーを出てきた従兄弟は出迎えた私達と満面の笑みで握手した。3ヶ月ぶりの再会と無事、訪日出来てホッとした気持ちが交錯したのだろう。目には涙が浮かんでいた。



 この老夫婦の訪日が双方の先祖への墓参りと親しい友との再会であったことは言うまでもない。それも≪最後の訪日≫と決め込んでいる心のうちを思うと、胸が熱くなった。自分だってその心のうちが分からない年齢ではない。痛々しい気持ちになったのは私の思い過ごしだろうか。



 成田から最初に向かったのは東京・品川に住む友の高級マンションだった。田舎者でもカーナビという便利なものがあるから案内役も苦にならない。この夫婦も75歳前後。大喜びで歓待し、すっかりハワイへの足が遠のいた自分達を省みながら仕事で飛びまわった頃の思い出話に花を咲かせた。夜は行きつけの寿司屋に。話は尽きなかった。


 
 翌日は小平市へ飛んでワイフの先祖の墓参り。都営だという小平霊園は初めてだと迷子になりそうなほど大きい。墓地のスタイルもさまざまで「壁墓地」「芝生墓地」と表示された、田舎では見慣れない墓地の区域もあった。そこから今度は青梅の病院へ。病院と言うより介護施設だ。ワイフの幼馴染のお見舞いである。それほど間を置いていない再会だそうだが、あまりの変わりように、密かに目頭を押さえる従兄弟夫婦が痛々しかった。

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 見舞いする人、される人。同ない歳でもこれほど差があるものか。自分もそう思った。年老いた従兄弟夫婦は自らの行く末とオーバーラップしてみたに違いない。80歳も半ばを過ぎると、誰しもが時として自らの終末を考えるだろう。山梨に着くと、明日は我が家の墓地と隣り合わせにある従兄弟の先祖の墓参り。彼岸が済んだら、雰囲気をがらりと変えて山梨の秋を明るく満喫させてやりたいと思った。



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防災無線とふれあい広場

 防災無線。いかにもいかめしい呼び名だが、言ってみれば、地域の生活情報を伝える基地局だ。キー局は山梨市役所の中にあるのだろう。施設は市内の地域端末局とネットワークされていて、情報の性格や対象によってキー局からでも地域の端末局からでも自由に放送できる仕組みになっている。私達の地域は町場と違って、平坦ではなく、傾斜地や高低差があるので、火の見やぐらにそれぞれの方向に向けたスピーカーを取り付け、放送を聞き取り易くしている。



 キー局からの発信は、言うまでもなく市民全体向け。行政、民間を問わず、全市レベルの連絡事や催し物情報などが流される。一方、地域局は地区の行事連絡から始まって、果樹の消毒など農業指導やご不幸のお知らせと通夜、告別式など葬儀の連絡など何でもこなす。時々ある認知症のお年寄りの捜には決まって威力を発揮する。行方不明の放送があって数分後には「発見」の放送が。みんながホッとするのである。



 回覧板という情報ツールもあるのだが、当然のことながら、スピードにかけては、これには勝てない。しかし、他地区に職場を持っていたり、放送時に地元を留守にしている人もいるので、回覧板も欠かせない。回覧板はその都度、隣組に発信するのである。今、区長代理を兼ねた組長を仰せつかっているが、回覧板が組を一巡して手元に戻るまでにはかなりの時間がかかる。

回覧板

 防災無線はその名の通り、元々の設置目的は地震や火事など非常時の災害への対処だろう。これこそ、頻繁にあっては困るのだが、火事が発生した場合「今、○○で火災が発生しました」と、その一報を速報するばかりでなく、鎮火したかどうかも知らせる。場合によって、火事の途中情報も。また、交通事故や、それに伴う交通規制などの情報もタイムリーに伝える。



 その防災無線と前後して私達の地域に登場したのが災害時に住民が避難するための広場だ。これも現実的には多目的広場。広場の隅には防災倉庫を設けて万一に備えているが、日常的には子ども達の遊びの広場であったり、お年寄りのゲートボール場だったりする。いわゆる住民達の憩いの場だ。もちろん9月1日の「防災の日」には訓練会場になる。それでいい。

お花見 009


お花見 016


 この広場には、ちょっとしたいきさつがあった。10数年前のことである。当時の区長ら区の役員が顔を揃えてやって来て「お宅の梅畑を貸して欲しい」と座り込んで来たのである。「地域のためになるなら」と、快く応じたものだ。その面積は10アール近いが、畑には戻らないから寄付したに等しい。それでいい。周囲のしだれ桜やハナミズキもすっかり大きくなり、寄付させて頂いたベンチや防災倉庫もそこに彩を添えている。


お花見 013


 いつの間にか秋がやって来た。ひと頃の猛暑がウソのようだ。昼間の子ども達やゲートボールのお年寄りの歓声とは違って、宵闇に瞬時の涼を求めるように花火を楽しむ家族ずれ。ふれあい広場にお使い頂いて良かったと、しみじみ思う。



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今日も流れる「花かげ」のメロディ

十五夜

 
「十五夜お月さま ひとりぼち 桜吹雪の花かげに 花嫁姿のお姉さま お馬にゆられて行きました」


 ご存知、童謡「花かげ」の一節である。この「花かげ」のメロディ毎日午後5時になると、私が住む山梨市と笛吹川を挟んで反対側の甲州市から流れてくる。甲州市ばかりでなく、この地方では防災無線の放送設備が整備されていて、さまざまの連絡媒体として威力を発揮しているのである。




 甲州市では午後5時の「花かげ」ばかりでなく、朝7時には「のばら」のメロディを流す。私達の山梨市では音楽ではなくて、チャイムで時を知らせるのである。地域の人たちは、それを合図に農作業や家事、出・退勤の時間的な目安にするのである。



 「花かげ」のメロディを流すのには理由がある。今は甲州市の一部・旧塩山市の塩の山の麓に向岳寺という名刹があって、そこに「花かげ」の歌碑があるからだ。いわば、地元のテーマソングみたいなものだろう。塩山市のロータリークラブでは月初めの例会では必ずこの歌を歌うのだそうだ。「花かげ」を地域の人たちが誇りにしている証拠である。



 「花かげ」の作詞者大村主計(1904~1980年)の生誕地はその塩山市の隣村の旧牧丘町。私達が住む旧岩手村の隣村で、今は山梨市に組み込まれている。「花かげ」の歌詞に出て来る「花嫁姿のお姉さま」は大村のお姉さん。「お馬に揺られて」通りかかった「桜吹雪」は向岳寺の桜並木だったのだろう。

桜吹雪
 このお寺さんは 臨済宗向岳寺派の総本山日蓮宗の総本山身延山久遠時と共に山梨県では二つしかない総本山の一つである。大村が「桜吹雪」と歌った境内の桜や塩の山付近の桜は見事で、シーズンには大勢の花見客で賑わいを見せる。ただ、その桜吹雪と歌の冒頭に出て来る「十五夜お月さま」がいかにもミスマッチのような気がしてならない。



 つまり、十五夜は「旧暦の8月15日・・・」と言うから、文字通りの解釈をすれば秋。いうまでもなく桜は春だから季節が合わない。恐らく、「十五夜お月さま」は、いわゆる中秋の名月ではなく、満月のお月さまを指しているのだろう。大村主計と「花かげ」の資料は山梨と埼玉を結ぶ国道140号(雁坂道)沿いに設けられた牧丘町の道の駅の隣接地に移築された町の資料館に展示されている。



 大村主計さんとは生前、何度か仕事の関係でお目にかかったことがある。当時、大村さんは山梨県の文化人達でつくる山人会のメンバーで、毎月、東京・新橋にある中華料理屋さんで会合を持っていた。文化人というと個性的な方々が多いのだが、実に穏やかで,優しい雰囲気をお持ちになった方だった。



 今にして思えば、その時に「十五夜お月さん」と「桜吹雪の花かげ」の裏話も聞いておけばよかった、と思っている。ただ「花嫁姿のお姉さま」は実のお姉さまであることはご本人のお話なので間違いない。心優しい大村さんならではの歌である。秋の日はつるべ落とし。だんだん日が短くなっているが、毎夕流れて来る「花かげ」のメロディは感慨深い。



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十五夜お月さん

午前9時30分。成田空港出国ロビー。「こりゃー、早く着き過ぎたよなあー」。女房と顔を見合わせた。出迎えるハワイからのお客は正午ジャスト着のJAL75便。まだ2時間半もある。「荷物を受け取り、出国手続きを計算すれば3時間半もあるよなあー」と言ったら女房も「そうだよねえー」。


 山梨市の自宅を車で出たのは午前6時。スムーズに行けば3時間、または3時間半みれば十分に成田に着ける。しかし万が一、交通渋滞にでも巻き込まれたら、と考えたら田舎者は気が気ではないのだ。ハワイからやって来る86歳と84歳の夫婦がまごつくのは目に見えている。さて、と周りを見渡したら金屏風を背にススキやサツマイモを添えた月見団子、つまり、十五夜さんの飾り付けが目に付いた。その脇には親切な解説が。


お月見2


 「旧暦の8月15日、満月の夜、縁側にすずきや農作物、月見団子などを備え、収穫への感謝の気持ちを表す日本の伝統行事です。古くは、中国の中秋節が平安時代に日本に入って来て、室町時代に月見の習慣が始まった」


 
お月見1



 その通りだ。その習慣が薄れてもう何十年経つのだろうか。我が家はもちろん、この地方ではみんな解説のような月見飾りをした。そのこと自体当たり前だが、この飾り付けを目当ての「団子突き」の風習があったのである。自分も含めて、子ども達は竹の棒の先に尖った針金を付けた、槍のようなものを作り、縁側に飾り付けた団子を突くのである。いくつ突いたかが子ども達の自慢で、突かれる方もなくなるのを密かに待っているのである。ちょっぴり罪悪感を伴ったスリルを味わう子ども達、その子ども達の気持ちを分かっていて、裏でニヤニヤする大人たち。秋の風物詩だった。



 テレビゲームや携帯電話どころか、テレビですら満足にない時代だったから、こんな遊びは楽しみの一つ。地域には必ずガキ大将がいて、≪夜盗≫の集団が村の民家を次々と襲っていくのである。馬鹿げている、と、お叱りになる方もおいでだろうが、とにかく、のどかな時代であった。そんな遊びは別に、ガキ大将、つまりどこの地域でも縦割りの子ども達のグループが姿を消した。良くも悪くも、年上の子どもたちが、年下の子どもに無意識のうちに教える≪サイクル≫が途絶えたのである。かつては、子ども達は日常の遊びの中で、危ないとか、痛い、怖いといった、いわゆるカンばかりでなく、子供同士、知らず知らずのうちに≪工夫≫すること、自分で行動する≪知恵≫を覚えた。




 住宅構造も大きく変わった。田舎にあっても家という家は近代的な住宅に姿を変え、第一≪縁側≫など見たくても見られなくなった。100年近く前の住宅に住み、非近代的な生活を余儀なくしている我が家ですら、リホーム、リホームで、とおに縁側をなくした。かつての戸障子もサッシ戸に姿を変えて、内と外とを遮断した


 月見団子も家で作ることはなく、ススキなどと共にスーパーで買ってくるのだが、うっかりすると十五夜自体を忘れてしまうのである。風情も風流もあったものではない。満月の月は、今の地球、今の日本をどう見ているのだろうか・・・

お月見3


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水利権

川


 「川」という字は「鳥」などと共に象形文字の典型。大きな「河」と違って、山間の、のどかで、素朴な流れを髣髴とさせ、街の中や田園地帯をひっそり流れる「せぎ」や「小川」をも連想させる。「川の字に寝る」という言葉もあって、字の形がかもし出すイメージは穏やかな日常そのものだ。



 しかし、その川が知らず知らずのうちに変わってしまった。どの川も水量を減らした。そればかりならまだいい。川は汚れる一方だ洗剤などを多く含んだ家庭雑廃水や工場廃水が川を汚す。工場廃水のたれ流しは法的規制もあって、さすがに減っているが、下水道化が遅れている地方では、どうしても家庭の雑廃水が流れ込む。



 昔は地方へ行けばいくほど、田舎へ行けばいくほど、川を大事にした。川は人々の生活の生命線だったからだ。人はそこで食卓に上る野菜を洗い、顔や食器まで洗った。だから、みんなが川を大事にした。川自体も自浄能力が強く「3尺流れればお水神様が清める」とまで言った。

川2

 無邪気な子どもが川に向かって小便でもしようものなら、大人たちは「おちんちんが曲がるぞ」といって、戒めたものである。ところが、今は子どもを戒めるはずの大人が平気で川に立小便をし、お母さん達は台所の野菜くずを川に捨てる。川をゴミ捨て場と勘違いしていると思えるような若いお母さんさえいる。



 川自体の水量も減った。無理もない。上流にダムが出来、本来下流に流れるはずの水が灌漑用水としてスプリンクラーで畑にまかれ、上水道水になった。水が減れば汚れを滞留させ、酸素を入れないから自浄作用も低下させる。それが、一方で紛争の火種すら起こそうとしている。

川3


 農業形態や生活環境の変化で人々が忘れかけていた「水利権」という≪寝た子≫を起こそうとしているのである。同じクラブでご一緒するロータリアンに、この地方一帯の水利権組合を束ねる連合会の会長さんがいる。彼は頭を抱えながら、こう言う。



 「地域の水にみんなが無関心になった。それをよいことに行政も水利権者と締結している協定を無視、行政だけの都合で水を使おうとする。例えば水道水への転用だ。水道に使ってはいけない、と言っているのではない。そのバランスを考えなければ将来必ず禍根を残す。田んぼを作ろうと思ってもそれも出来ないし、万一火事があっても川に水の流れがなければ消火作業すら間々ならなくなる。挙げ出せばきりがない。水というものは一つの目的ばかりでなく、多様性をはらんでいるのだ



 かつてこの地方は、平地はほとんどが水田だった。ところが果樹地帯に変わったとたん、それまでの水争いがなくなったのはいいが、川の水自体を忘れてしまった。つまり、無関心で、それがさまざまの弊害を撒き散らしているのだ。水利権組合の連合会長は「私達の組合はエゴだけで権益を主張する団体ではない。農業にとどまらず、広い意味での≪地域の水≫を守らなければならない」ともいう。




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 「空気や水のよう」。私達は日常生活の中で、よくこんな言葉を使う。あって当たり前で、その大切さが分からないことの例えだ。しかし、そのが都会にお住まいの方々ばかりでなく、私のように田舎暮らしをする者ですら、時にお金を出して買う時代になっている。ブランド名はともかく、どこのご家庭の冷蔵庫にも一本や二本、水のペットボトルが入っているだろう。遊び感覚だが、富士山頂などでは「空気の缶詰」も売られている。


空気の缶詰

 
 水代わりのお茶もそうだ。山梨では葬式の香典返しにお茶を袋で引くケースが多く、お茶なんかいっぱいあるのに、ペットボトルのそれを買って飲むのに抵抗感すらなくなった。女房に「もったいないじゃないか。あれ使えよ」と言った自分も、いつの間にか平気になった。  いつもお邪魔する仲間の家のマージャンルームには家庭用のものをちょっと小型にした冷蔵庫がポツーンと置いてあって、中には清涼飲料がいっぱい入っている。もちろん、コーヒーや各種のジュース類もあって、水やお茶ばかりではない。ペットボトルやカンは便利だ。お茶にしてもわざわざお湯を沸かさなくてもいいから気軽である。




  この仲間はそのお茶やコーヒー、ジュースを自動販売機で売る
清涼飲料水販売会社のオーナーである。何台もの車や大勢の従業員を使って、県下各地に設置している系列の自販機を巡回して中の飲料水の管理や集金をしているのである。パチンコ屋さんなど設置場所がいいところに当たれば、一般では考えられないような売り上げをするのだそうだ。お茶やスポーツドリンクなどと並んで水もよく売れるという。


水


 全く別の仲間だが、いつか、こんな愚痴を言ったことがある。

「俺達が汗水たらして売る牛乳は水より安いんだよ。全く、やっていれねえよ」


 この男は富士山の西山麓にある冨士豊茂という所で、牛を何頭も飼う酪農家だ。富士山のすぐ麓だから夏は涼しいが、冬ともなれば一面の銀世界。凍てつく、という言葉がぴったりの寒さの中に巻き込まれる。



 草がある夏場のうちにサイロに牛達の餌になる枯れ草を確保して越冬しなければならない。牛との生活だからハエだつてブンブン。汚いだの、うるさいだのと言ってはいられない。冨士豊茂は山梨県でも最も大きい酪農基地。八ヶ岳山麓の田舎町からここに婿養子に来た男だから、まさに水は空気のようなもの。今の自分の苦労と重ね合わせるから「水が牛乳より高い」現実に割り切れないでいるのも無理はない。



牛乳


 県外から山梨に来たお客さんが新聞などのインタビューに応えて「水が旨いし、空気が旨い」と口を揃えるように言うのを聞くと「なんとキザな」と感じたものだ。しかし、いったん東京など都市部で暮らしてみると、そのことが逆の立場からよく分かる。



 確かに旨いキザでもなければ、お世辞でもない。たかが、甲府から山梨市の実家に戻っただけでもそれを感じるのだ。しかしその水、旨い、旨いと有頂天になってばかりではいられない。例えば、水道水。最近、滅菌用の塩素が強くなったような気がするのだ





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≪健康欲≫で頭で食べる

頭で食べる。決して進んで食べたいと思っているわけではないが、食べているものがある。その一つがゴーヤだ。この付近では「ニガウリ」ともいう。女房は「体のためにいいんだそうですよ。沖縄の人たちが長生きするのもゴーヤや豚肉の料理を沢山食べるからだそうよ」と、いかにも知ったかぶりに言いながら、このゴーヤ料理を出してくれるのだが、私にとってお世辞にも旨い、とは言えない

ゴーヤ



 我が家では卵や豆腐などと炒め物にして食べる。独特の苦が味と食感、進んでは食べたくないシロモノだ。しかし、何も言わずに食べている。それも全部である。健康のため、という≪欲≫のためだ。酒のつまみにめざしを出させたりする。近くにJAの直売所があって、そこに、ちょっと乾燥気味の旨いヤツが売っているのである。


 これも、健康、という≪欲≫のためだ。ゴーヤもそうだが、栄養的にどうのこうのと知っている訳ではない。若い時は、食べ物に、健康などということを考えなかったが、60歳も半ばを過ぎると、そんなことも考えるようになるのである。苦い薬でも我慢して飲むように、年齢を重ねれば重ねるほど健康への欲が優先するのかもしれない。


 食卓に上るゴーヤはすべて我が家の自前。ゴーヤばかりではない。春先のこかぶやエンドウ春菊、夏場のタマネギジャガイモトマトなすキュウリインゲン、秋のサツマイモ大根サトイモ、冬場のほうれん草などみんな自前である。今、食べているカボチャモロヘイヤもそうだ。この一年、野菜は買ったことがない。

野菜

 高さ約2m、長さ15mぐらいの三角屋根のような棚の両側斜面に張ったネットにゴーヤは今も青々とツルを張り、実をならしている。ほぼ同じ頃に植え付けしたキュウリやインゲンは、もう完全に枯れ、トマトももう駄目。ナスもひところの勢いを完全になくしてしまった。



 キュウリと違って、表面がトゲのようにごつごつして、グロテスクなゴーヤ。いかにも逞しい。その生命力が、それを食べる人間にもいいのだろう。知らなかったが、モロヘイヤも逞しさでは負けない。私の身の丈ほどにも大きく繁茂したモロヘイヤはイメージとは大違い。


モロヘイヤ                モロヘイヤ2


 子供の頃、地元の岩手小学校の先生をしていて、今も親しくさせて頂いている知人から頂いたものを植えたものだ。最初は園芸用のポットに植えられた20本ぐらいだったが、若芽のように小さいが故に、グングン伸びるカボチャのツルに覆われて、ほとんどが消滅、残った数本だ。おしたしのようにして食べるのだが、そのネバネバ感が人の健康欲をそそるらしい。これも、ゴーヤと同じように決して旨いものではない。


 三角屋根のようなツル物の野菜作りの棚は、骨組みを竹で作っている。ホームセンターに行けば手軽に組み立てられるパイプ状の材料が手に入るのだが、私は自前の竹を使うことにしている。竹は冬場の12月ごろに切ったものがいいという。虫が入らないのだそうだ。近所の人や知人、先輩に教わりながら、一つ一つ自分のものにしたいと思っている。



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敬老の日

 「お元気ですか。秋の果物がおいしくなって来ましたね。私は岩手小4年の○○です。私はバスケットボールが好きです。(中略)おばあちゃんの好きなことは何ですか?・・・」

手紙

 敬老の日の9月15日、こんな、可愛らしい手紙93歳になる私の母宛てに届いた。恐らくコスモスだろう、クレヨンで描いた赤とピンク、橙色の花をあしらった鉛筆書きの手紙の文字は、一字一字、心を込めて書かれていた。女の子の名前だった。

手紙2

 「子どもたちが敬老の日にちなみ、日ごろの慰労と感謝の気持ちを込めて手紙を書きました。拙い文章で、失礼な面も多々あると思いますが、どうか意を汲み取ってお読みいただければ幸いです」



 子どもの手紙にはパソコン文字の校長先生名の手紙も添えられていた。いずれも、母宛のものだが、自分の事のように嬉しかった。小さな小学校の、そのまた小さな教室で、お年寄りをいたわることの大切さを教える先生、それを素直に考え、手紙にする子ども達。そんな素晴らしい光景が目に浮かぶ。



 たまたま、一昨日、山梨県人権擁護委員会連合会と甲府地方法務局が募集した人権擁護作文コンクールの作品審査をさせて頂いた。中学生の作品だったが、そこにも「思いやりの心」が綴られた作品に出合った。お年寄りや障害者へのそれであったり、いじめに立ち向かう勇気、いじめられっ子へのいたわりの心だ。



 人権を大切にし、人権を守るということは、この「思いやりの心」にほかならない。子ども達はそのことをちゃんと知っている。自らがいじめに遭ったり、お年寄りや障害者に接した体験を踏まえて書いているから説得力がある。手紙の小学生も同じだが、文章力もある。上手だ。みんな入選させてあげたいほど素晴らしい。



 大正5年生まれの母は足腰が急激に弱くなり、家庭での自立生活は無理になって、今は甲府にある医療介護施設に預かってもらっている。特に女房が二日に一度、少なくとも三日に一度は病院に行くのだが、この日は「敬老の日」なので、勤めが休みの娘も連れて家族3人で病院を訪ねた。弟夫婦も花を持って埼玉からやってきた。


敬老の日2


 病院では車椅子のお年寄りをホールに集め、敬老の日の催しを開いてくれていた。クラシック童謡のアンサンブル、それに太鼓の演奏でお年寄り達は大喜び。部屋に戻ると昼食が待っていた。赤飯をメーンにした食事の脇には、こんなカードが添えられていた。

敬老の日3

 「本日は栄養室よりお祝いご膳を提供させて頂きます。これからも末永くお元気でいてくださいね」



 折鶴をあしらった手作りのカードだった。お祝い行事をしたホールの看板も、廊下の壁に飾った「お祝い」の花のデコレーションもみんな職員の手作り。入院しているお年寄り達への病院ぐるみの「思いやり」の心が伝わってきた。優しい心の持ちようを教え、実践する学校、職員総ぐるみでお年寄りをいたわる病院。官僚やお役人のご粗末が生んだ年金問題など福祉をめぐるトラブルや不祥事は多い。でも日本は決して捨てたものではない


敬老の日1



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桃太郎の生みの親は白鳳?

桃太郎

 桃太郎が生まれた桃は「白鳳」だった? 月に一度、定例的に開いているユネスコ関係の友達の無尽会で、お酒を酌み交わしながら、桃作りをしている仲間の話を聞いていて、つまらぬ事を≪発見≫した。この人は甲府盆地の一番東側の山付き、というより土地が肥沃な扇状地の笛吹市御坂町という所で桃作りをしている。



 御坂町は映画、講談の「清水次郎長伝」に必ず登場する悪役・黒駒の勝三の生誕地だ。そんなことはどっちでもいい話だが、彼はこの町では名うての篤農家。この人の話によれば、数ある桃の品種の源流品種といっていい「白桃」と「白鳳」の違いの一つに果肉と種がはなれ易いか否かがあるという。



 「白鳳」、「白桃」が果肉と種がしっかりくっついているのに対して、それがはがれ易いのだそうだ。桃太郎伝説は、山に柴刈に行ったおじいさんとは別に、川へ洗濯に行ったおばあさんが上流からどんぶりこ、どんぶりこと流れて来た桃を拾って割ってみると、中から大きな男の子が出てきたというご存知のお話である。



 このとき、桃がパックリ割れないとこのお話は、うまく後に繋がらないのである。酔っ払って、たわいもない事を言っているじゃないよって? その通り。
どっちでもいい話である。 桃太郎さんはさておき、白鳳と白桃の2系列を源流とした桃は、品種といったらさまざまで、その数は50を超すという。

桃


 町の果物屋さんやスーパーではほとんど「白鳳」「白桃」としか表示していないから消費者の皆さんはご存じないかも知れないが、その桃にはみんな○○白鳳○○白桃といった具合に名前がついているのである。特に白桃に品種の数が多い。特によく知られているものの一つに「浅間白桃」がある。「浅間」とか「日川」「山根」というように山梨県の地名をとったものが多い。



 御坂町の篤農家さんによれば、日本の桃の原点は中国の水蜜桃。これが日本の風土に合わせて改良されて、比較的早生品種の白鳳の流れを作っていった。この論理からすると、元々は白桃が改良されて白鳳が生まれたことになる。とにかく白桃を中心に桃の品種が多いということは、改良に改良を重ねた先人達の苦労があったことを意味する。



 暑さ、寒さも彼岸までという。あの信じられないような猛暑がいつの間にか去って、季節は名実共に秋。山梨の果実峡であるこの地方は桃のシーズンに終止符を打って、葡萄の季節に移行した。一口に葡萄といっても、さまざま。白鳳の後、つまり、比較的奥手の白桃系の桃と収穫がオーバーラップするデラウエアー種から始まって、人気の巨峰ピオーネ甲斐路など、大房系の葡萄へと移行した。

葡萄

 これにネオマスカット
べリーA 甲州種など、これまでに挙げたポピュラーなものを中心に品種の数は多い。在来種は甲州種ぐらいのもので、ほとんどが外国品種との改良品種である。ただ、桃と違うのは食べてみなくても、その形状、色などで素人でもすぐに区別がつくことだ。とにかく、この地方の実りの秋は、まだしばらく続く。



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へえー、よく知っているもんだ

 本当によく知っている。へえー、こんなことまで。テレビを見ていて、つくづく感心した。感心を通り過ぎて、びつくりしたといった方がいい。10日ほど前のことだが、夜のテレビで「高校生クイズ選手権」という番組をやっていた。全国の都道府県から出てきた3人一組の代表が、さまざまなジャンルでクイズを競う年一度の恒例番組だ。おらが山梨からも甲府南高校が出場していた。

高校生クイズ


 なんとなくだが、クイズ番組が好きだ。日曜日の昼間の「アタック25」もそうだし、夜、あっちこっちの局でやっているバラエティー風のクイズ番組もよく見る。ちょっとした頭の体操にはうってつけだ。この日も茶の間でビールのグラスを傾けながら見ていた。次から次と出題される問題を早押しで答える仕組みである。



 その問題も、一口に、さまざまといっても、まさに、さまざま。歴史もあれば、政治や経済、娯楽、音楽も。数学や科学、物理・・・。問題はポンポン飛び出してくる。古代から未来まで、地球を丸ごとテーマにしたような出題が続く。

高校生

 始めのうちはいい。しかし、だんだん難しくなってくる。番組も後半になって、出場校40数校から準決勝に進む8校を決める頃になると、観ている方がダウン。最初の頃は結構気をよくしていた私は、もうちんぷんかんぷん。グーの音も出なくなった。


 ところが、高校生達はどんどん答えていくのである。いつしか観ている自分のスタンスが完全に変わっているのに気づいた。一緒に答えようとするのではなく、正解が出るのか、出ないのかや、どのチームが勝ち残るかの、いわゆるバトルとして見るようになっていた


 それどころか「今度こそ分かるまい」と思っていると、どうしてどうして、高校生達は正解を続けていくのである。本当によく知っている。驚きというより、自分の息子の年齢にも満たない高校生達を尊敬したくなった。よく勉強している。司会のアナウサーは「東大合格率日本一」とか「校内成績一番」と選手達の緊張感を煽るのである。


 クイズに参加できなくなった自分は「へえー、この子達がやがて日本をリードするような人間になっていくのか」と、高校生達の顔と漠然と描く官僚や政治家の顔を思い浮かべたりもした。ちなみに、甲府南高校はクイズで20位ぐらいをキープしていた。


 クイズ番組とは不思議なもの。自分が参加しているうちはいいが、それから外れるとだんだん意気消沈するのである。「大きなお世話」と言われるかも知れないが、この種の番組を毎週やったら視聴者はくたびれるのかも知れない、と考える一方で、お馬鹿さんキャラ の人気者を回答者に組み入れてクイズ番組を作るディレクターの手法が妙に分かるような気がした。
羞恥心  

 お馬鹿さんキャラの人気者がユーモアたっぷりに間違い、視聴者の優越感をくすぐるのも、その辺の心理を上手に掴んでいる。最近、クイズ番組が増えている。特にバラエティー番組でのそれだ。いい歳して、知らないことばかりの、そしてビールでも飲みながらの自分には気軽に楽しめるバラエティー形のクイズの方がいい。


ヘキサゴン


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勝者のアングルの謎

 今、開かれているパラリンピックもそうだが、オリンピックでメダリストが一様にとる、あるポーズを見ていて、市川右太衛門という、往年の大スターを思い浮かべた。そのポーズとはメダリストがカメラに収まるとき、まるで申し合わせたように、首にかけたメダルを顔の近くに持って行って微笑むか、それを噛んで見せる形のことだ。


メダルを噛む  


 市川右太衛門 といえば北大路欣也のお父さん。というより、そう、あの旗本退屈男の早乙女主水之介を演じた俳優さんだ。少なくとも60歳を超えた人なら誰でも知っている。映画「旗本退屈男」(1930~1963年)は33年間で30作品を数えたわが国の映画史上記録的な人気シリーズだ。

旗本退屈男


 若い頃、その市川右太衛門さんにお会いしてお話を伺ったことがある。映画では早乙女主水之介が悪を懲らしめる見せ場で「天下御免の向こう傷。ご存知、旗本退屈男・・・」と見栄を切って、太刀を構えるシーンがある。右太衛門さんはこのポーズについて、こんなことを話してくれたのである。


 諸羽流正眼崩などという剣法は元々ないんです。映画の世界の話なのですが、最大の見せ場となる見栄を切った後の太刀の構え方にはかなりの時間を費やして、あのポーズを作り上げたのです


 右太衛門さんによれば、着流し姿の早乙女主水之介の看板は、額に紅く刻まれた、三日月型のいわゆる「天下御免の向こう傷。これと「諸羽流正眼崩」太刀の構えを一枚の絵にまとめるには太刀の位置を顔の近くに持ってこなければならなかったというのだ。


 つまり、剣術の基本的な構え方でもある上段、または下段の構えでは額の向こう傷がアップされない。いくら見栄を切ったところで、「天下御免の向こう傷」を強調できなかったら台詞の意味がなくなってしまう。隠れた映画作りの苦労話に、なるほど、とうなずいたものだ。



 オリンピックばかりでなく、各種のスポーツ大会で勝者が顔の横にメダル持って微笑んだり、メダルを噛んで見せたりするのはこの理屈だと思ったのである。カメラマンがそうしたポーズを求めたのが最初だったことは容易に想像できる。早乙女主水之介の刀ではないが、メダルを首から長く吊るしたまま、ニッコリ微笑まれても≪絵≫にならないからだ。



 ポーズをとる、という言葉の一方で、とらせる、という言葉もある。ポーズをとるのは右太衛門さんのような被写体であり、とらせるのは監督やカメラマンである。そこに共通しているのは見る側に、いかに好感やインパクトを与えるかを考えているということだ。それが動画であろうが、スチールの一枚写真であっても同じことだ。



 私達、素人だって、デジタルカメラで写真を撮るとき「ハイ、ポーズ」とやったり、「ハイ、チーズ」とやったりする。いつの間にか撮られる方も「ハイ、チーズ」とポーズをとるようになる。それがオリンピックでのあのポーズにつながるのだろう。それにしても、勝者の笑顔はいつ見てもサマになるし、素晴らしい。



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身近に感ずるパラリンピック

 あのオリンピックのような熱気は伝わってこないが、今、北京では愛称「鳥の巣」を中心に、パラリンピックが佳境を迎えつつある。そう言っては叱られるかもしれないが、4年前、8年前は見向きもしなかったパラリンピックを自分でも不思議に思うほど関心を持ってみている。


 8月28日付けの「もう一つのオリンピック」でも触れたが、山梨市出身の義足のハイジャンパー 鈴木徹選手が出場しているためだ。同じ部落に住む青年である。鈴木選手は4年前のアテネにも出場している。しかし、郷里・岩手の青年であることは知ってはいたものの、ずっと甲府で暮らしていたこともあって、正直言って親近感はなかった。


 不思議なものだ。それが、壮行会に出たり、直接、本人と言葉を交わしたりすると、親近感はいや応なく増す。恐らくそうであろう親、兄弟、親戚のように北京まで飛んでいってしまうほどではないが、選手への期待や関心は人一倍だ。



 9月6日の開会式で、鈴木選手は日本選手団の旗手を務めた。28歳とは思え堂々とした旗手ぶりだった。人間にはどこかに郷土愛とか母国愛というものがちゃんとある。毎年夏の高校野球もその一つだ。甲子園で汗にまみれて頑張る郷土のナインにテレビの前で熱狂し、拍手、声援を送る。普段、野球に関心を持たない人までもだ。



 
国レベルで言っても同じ。日本の選手が表彰台に上がり、国歌・君が代が流れ、国旗掲揚台に日の丸が揚がると、自分の事のように感動し、胸がジーンとするのは私ばかりではあるまい。人間が本質的に持つ国家愛とか郷土愛、その言葉がふさわしくないとしたら、身近なものへの愛の表れであろう。

日の丸

 
愛国という言葉や君が代に異常とも思えるほどヒステリックになる一部の文化人や教育者達はオリンピックを舞台にした日の丸や君が代をどんなように受け止め、反応しているのだろうか。まさか、いつものように「軍国主義の復活。とんでもない」などと目を吊り上げている訳ではあるまい。同じように感動し、拍手を贈っているはずだ。  スポーツにはおよそ本音も建前もない。教条的、と言ったら失礼かも知れないが、凝り固まったことばかり言う一部文化人や教育者たちと違って、そこにあるのは一心不乱の勝負への挑戦だったり、果てしない記録へのチャレンジだ。そこには微塵の屁理屈もない。あるのは結果だけだ。

テニスボール

 
パラリンピックを伝えるテレビに映る選手達。片足で泳ぐ選手もいれば両足が義足のランナーもいる。車椅子でテニスやバスケットボールに挑むアスリーとも。共通しているのは不屈の精神力であり、底抜けの明るさである。自分の持つ障害などものともしない。義足のハイジャンパー鈴木選手も同じだ。



 
健常者であれば障害者をいたわらなければならないことは当然。パラリンピックの選手達は障害者のエリート、と言う人がいるかも知れないが、彼らから言外に教えられるのは、どんな境遇であろうと「いつも前向きであれ」ということだ。健常者も障害者もない。



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個人情報保護法の怪

 「お父さん、駄目、駄目。これ、賞味期限が切れてるよ


 食卓に並んだプリンを食べようとしたら、自分のプリンの容器を何気なく見た娘が言った。


 「大丈夫だよ。傷んでいる訳じゃないんだから」と言ったら、一緒にいた女房までが「駄目、駄目」と、まるで汚いものでも見るような目つきで言う。賞味期限も、消費期限もみんな同じ。黙っていれば、プリンは残飯入れへ一直線だ。もったいない話である。

プリン

 「期限」という文字に人が異常に反応するようになった。よしんば、消費期限が切れたからといってすぐ食べられなくなるという訳ではないのに。おっと、これは生産者の立場で言ってもらっては困るのだが、実際には食べることが出来るのである。賞味期限とは、その商品を美味しく食べられる期限を言っているのに「食べられない」と受け取ってしまう。



 商品にさまざまな表示をする。そのことはいいことだ。特に安全を真っ先に考えなければならない食品の場合、ことさらだ。しかし、今の私達は自分の舌や鼻を忘れてしまっていないだろうか。こんな表示が無かった時代、誰もが自分の舌や鼻で、それが食べられるか、食べられないかをきちっと判断した

卵


 ところが、いつの間にか、表示に頼りっきり。もしスーパーなどの店頭に賞味期限はおろか、消費期限切れの商品でも並んでいようものならきっと大騒ぎだ。物事をあまり考えることをしないまま、すぐに反応してしまうのである。



 例えがちょっと飛躍するかもしれないが、個人情報保護法というヤツもそうだ。普段、法律などに無頓着な国民が、なぜか、これには異常に反応する。昨夜、あるロータリークラブのホームページを検索したら、会員や役員部分はロックされていた。見られて不都合なものなら、初めから載せなければいいのだが、そこまで気配りしている。



 こんなことならまだいい。学校現場では、個人情報保護を理由に、子ども達の緊急時に使う連絡網の一覧表を廃止してしまったところがいっぱいだという。子ども達の名前や電話番号が明記されるからいけないのだそうだ。同好のグループや公私を問わず組織の中でも、誰かがその≪錦の御旗≫を持ち出すと会員名簿は消えてしまうという。


雑踏


 役所も、何でもかでも、個人情報保護の一点張り。空き家バンクの制度作りに奔走していた、ある宅建業界の役員が地域の空き家の実態を役所に調べに行ったら、この法律を盾に門前払いだったという。また交通安全協会の役員の場合、無事故無違反者を表彰するため、その資料を得ようとしたら、警察もやっぱり同じ。例は挙げ出せば限がない。



 人間が善良で円滑な市民生活をするために設けるルールが法律だ。第一、私達が日常生活の中で、法律を考えたり、意識してから行動することはまずない。普通の社会生活を営んでいる限り、現実には法律は空気みたいなものだ。五万とある法律の中で、これほど国民がヒステリックに反応を示す法律はないだろう。確かに、プライバシーの保護は大事だ。しかし、法の精神とは別に行き過ぎた解釈やむやみな反応は、人々の生活を阻害する。



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おかんなりさん

 鬼がトラの皮を肩からまとい、首に数珠のようにかけた太鼓を叩いている。鬼だから二本の角を出しているが、決して怖くはなく、笑っているようで実にユーモラスだ。雷さま、雷神の絵である。誰が書いたのか知らないがうまく表現したものだ。

雷さま

 その雷が今年はやけに多いような気がする。こうしてパソコンを叩く窓越しの闇に稲妻が走ったかと思うと、間髪をいれずにゴロゴロっと雷鳴が響き渡る。その次に来るのが雨だ。真っ昼間の雷鳴だってある。


 物事にハマルとは不思議なもので、畑にいても直感的にパソコンのデータが気になる。いつも野良着のズボンに押し込んでいる携帯電話で家にいる女房に連絡してパソコンの電源を落としてもらうのである。


 今のことだから、雷へのガードぐらいしてあるのだろうが、そんなことがよく分かっていないアナログ人間は電源を切らなければ不安なのだ。「どっちみち使わないのだから、外に出るときぐらい電源を落としておけばいいのに」と、女房は言うが、そこがズボラ人間の成せるワザだ。



 この雷、日本人は、なぜか敬語をつけて呼ぶ。「おかんなり」「かみなりさん」。さらに頭に「お」を、尻に「さん」を付けて「おかんなりさん」とも言う。童謡であり、文部省唱歌の「富士山」では、その一節で「雷様」と歌っている。インターネットで調べてみたらこの歌の作詞は
巌谷小波という人だそうだ。


 ご存知、歌詞はこうだ。

     「あたまを雲の上に出し 四方のお山を見渡して 雷様を下に聞く 冨士は日本一の山」


富士山

 富士山は3,776m。「雷様を下に聞く」のだから雷は少なくと 3,700m以下の所で発生することになる。ちなみに富士山の高さは「ミナナロウ富士山のように」と覚えればいい。いい歳して馬鹿なこと言ってるじゃないよ、と言われるかも知れないが、飛行機の上で雷を聞くことはない。ところで、雷をどうして敬語で呼ぶのだろうか。昔から怖いものの例えで「地震」「雷」「火事」「親父」という。語呂との絡みもあるのだろうが、雷は地震の次だ。雷神という言葉があるように人々が恐れ、慄いた存在であった証だろう。



 もう一つ。私にはそれを科学的に説明することは出来ないが、昔から農家の人たちは「雷が多い年は豊作だ」と言った。その根拠は雷が空気中に窒素を合成するからだそうだ。ご存知、窒素はリン酸、カリと共に植物の3大栄養素の一つ。それを只で作り、五穀豊穣をもたらしてくれるとあったら、やっぱりありがたい神様だ。



 雷の次の「火事」は別として、「親父」はそんなに怖い存在だったのだろうか。地震や火事ほどではなかったが、やっぱり親父は怖かった。しかし今の親父はどうか。威厳がなくなっているどころか、うかうかしていたら子供に金属バットで殺されかねない時代になってしまった。親父が「おかんなりさん」を落とせなくなったのである。



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言いたい放題

 全く、言いたい放題だ。甲州弁では「言いてえ放でえだ」という。今、テレビでは自民党の総裁選の話題でもちきりだ。その発端は福田康夫首相の突然の辞任。もちろん、今はポスト福田に話題が移ってしまっているが、その頃、テレビでは突然の辞任劇をめぐって、みんなが言いたい放題。


 市井の人間ではない。国政にも世の中にも大きな影響力を持つはずの
野党の党首級のみなさん達だ。口々に、政権を放り出した福田首相を非難する。確かに非難に値するし、非難されても仕方がない。一国の首相がこともあろうに、二人も続けて、しかも、一年そこそこでの辞任だから当たり前だ。そんなことは誰にだってわかる。

 

 総理大臣旧官邸
総理大臣旧官邸


 でも、待てよ。この先生達はつい昨日まで福田首相の退陣をに迫っていたはずだ。「もはや、政権担当能力がない」と。その首相が国会運営の行き詰まりや支持率の低下を理由に、能力の限界を認めて辞任した。野党の先生達にとっては所期の目的を達成したのではなかったのか。退陣を一方で迫りながら、その口が渇かないうちに、無責任だ、という。野党の宿命とか戦略と言ってしまえばそれまでだが、頭はこんがらがってしまう。むしろ首相の論法の方がまともだ。



 与党の自民党や公明党だって同じだ。マイクを向けられると,口を揃えるようにに「びっくりした」という。いまさら、びっくりしたもない。国民の支持率がどんどん落ち込む福田内閣を尻目に「このままじゃあ次の選挙は戦えない」と、思っていたし、露骨に首相の足を引っ張っていた議員のみなさん方もいたはずだ。永田町にいる先生だったらそんな空気は先刻ご承知だ。もしその空気が読めないなら、まさに若者達が言う KY だろう。


総理大臣官邸


 テレビ局が街角で拾うインタビュー。驚き非難当たり前。これはマスコミが「さまざまな意見」としてバランスをとるから当然の形だろう。私もそうだが、国民は意外に醒めていると思う。その国民が、いざとなると一転して舞い上がる。落下傘という言葉はあったが、≪刺客≫などという時代劇めいた言葉を生んだ前回の総選挙。



 劇場型政治といわれた小泉内閣は、予想だにしなかった支持を受け、自民党は大勝、それが皮肉にも振り子現象につながって、その後の参院選で民主党など野党の勝利を誘った。それが、いわゆる≪ねじれ国会≫を生み、結果的に安倍、福田と続く首相の辞任劇につながったのだ。

国会議事堂


 マスコミは小泉政治を振り返って「劇場型政治」という。しかし、その劇場型政治を演出したり、それに大きな役割を果たしたのはマスコミではなかったのか。みんながちょっと前のことは忘れてしまったかのように言いたい放題言う。劇場型政治に一役買った田中真紀子元外相はこうだ。


 「辞める時の言葉を聴けば、その人の資質が分かる。言い訳や愚痴はいかがなものか」よく言ったものだ。ご自分が外務大臣を更迭された時、泣きわめくように愚痴を言い、≪盟友気取り≫でいたはずの小泉首相を頭から非難したのはそんなに前の事ではない。この人、毒舌キャラを出さなければ出番がないのだから仕方ないか。それにしても言いたい放題だ。



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ユリの花と本当の百姓

 「立てば芍薬、座ればボタン、歩く姿はユリの花」

 そこまで書いたら、覗き込んでいた女房が「ヘンな事かかないでよ」と言いながら「立てばビヤ樽、座ればたらい、歩く姿はドラム缶、でしょう」と、かる口を叩いた。このところ、女房を引き合いに出して書くものだから、機嫌が悪い。「お前なんか、お世辞にも、立てば芍薬・・・なんて言えないよなあ」と、返そうと思ったがやめた。


ユリ2


 我が家の植え込み、畑の周りや隅々では今、ユリの花が満開 だ。真っ白いラッパのような花を付ける。一本に三つ四つ、多いものでは五つも六つも。その咲きっぷりはなんとなく控えめで、満開と言う表現はふさわしくないかもしれない。いかにも地味だが、白い花は周りの緑や真っ赤な百日紅の花と見事なコントラストを見せてくれる。


ユリ1


 この時期、我が家の周りで、花といえば、このユリや百日紅のほか、すごく地味な露草くらいのもの。コスモスにはちょっと早い。百日紅の開花時期の息は長く、9月終わりまで咲いているから、今を盛りと咲くユリは遅くに開いて、すぐ散る運命。花びらを落とすとその跡に種の袋が膨らむ。このユリ、今年はやけに大きい。2mを超すものもいっぱいだ。こんなに背丈が大きいユリは始めてである。天候異変のためだろうか。頭が重いので風でも吹けばひっくり返りそうだ。


ユリ3


 畑とは別に、5反ほどあるぶどう園は隣部落の人に作って貰っている。ピンポン玉をひとまわり小さくしたような大きな粒をつけたピオーネの房が収穫期を迎えている。勤めをリタイヤする時には「よーし、今度は俺がいい葡萄を作ってやる」と,本気で思った。しかし、その序盤でやってみた畑仕事、それよりなによりも、作ってくれている人のきめの細かい仕事っぷりや手法を見ていたら「これは駄目だ」と、思った。


葡萄


 なぜかって? 労力もさることながら、技術が全くない。技術なら覚えればいいじゃないか、とお思いの方がおいでかもしれないが、どうして、どうして。一朝一夕に覚えられるものではないし、経験が育むカンはすぐには掴めない。果樹農家は毎年、成功と、失敗を繰り返し、さまざまの研究を重ねながら、今日の葡萄を作っているのである。


 ぶどう狩りを楽しんだり、ただ食べている人たちには分からなくていい。果樹作りや百姓を甘く見てはいけないことを思い知った。そればかりではない。私にとって、絶対駄目だと思ったのは、地域ブランドを壊し、隣近所にご迷惑をかけかねないことだ。いい加減なものを作ればブランドの足を引っ張るし、消毒の手を抜けば病害虫の温床になり、隣近所に降りかかるのである。そんなことが出来るはずがない。


 大根やジャガイモは種を蒔けば芽を出し、そこそこの収穫が出来る。しかし、そんな家庭菜園に毛が生えたような百姓とは違う。勝沼で一町七反のぶどう園を栽培するマージャン仲間の同級生は「どんなに遅く寝てもお天とう様が出る頃には畑にいる」と、言う。その手を見ると、グローブのように大きい。


 その仲間のように本当の百姓は、大根やジャガイモなんか作っていない。忙しくて、そんなところに手が回らないのである。俺はあきらめた。家庭菜園に毛が生えた百姓でいい。



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退化する体と脳みそ

 何事にも言えることかもしれないが、普段使わなければどんどん忘れ、人間の機能だって退化する。最近そのことをしみじみ思う。例えば、中学、高校と習った連立方程式因数分解を今やってみろと言われればちんぷんかんぷん。中学校から大学まで習った英語だってしかりだ。


 そんなことはまだいい。今、痛切に感じ始めているのは手足など体の機能である。車に頼り、歩かないから足腰は弱くなる一方。「少しでもいいから、毎日ジョキングか、ウオーキングでもしたら」と言われるのだが、そのじちもない。だから、毎日、何時間かは畑に出ることにしている。


 
そうすれば、中腰で鍬を使ったり、転がって草むしりもする。嫌でも足腰や腕の筋肉を使うからだ。汗びっしょりになる。特に夏場だと、その汗はシャツを搾るほど。おかげで体重も3㌔ぐらい減らすことが出来た。昼飯の時に飲む一杯のビールがうまい。つい、一杯が二杯、二杯が三杯に。
ビール


 
女房は「せめて昼間は飲むのをやめたら」と、憎たらしくも言う。俺の身体を気遣っての言葉であることは分かっている。でも、このうまさは夜のそれとは比べものにならない。最近ではあきらめたのか、同じ事を言わなくなったが、冷蔵庫からビールを持ってくる顔は、やっぱり渋い。飲まない方がいいに決まっている。だけど・・・。


 肝臓
というヤツも同じで、使わなければ機能をどんどん低下させる。お酒の引き合いに出すのは方便に過ぎないが、自分の経験から確実に言える。


 
かつての会社仲間4人で「百石クラブ」という集まりを作って、時々、甲府のホテルなどあっちこっちで飲み会を開く。「百石クラブ」は自分達が新米の頃、仕事を共にした旧社屋が甲府市の旧百石町という所にあったことから名付けたものだが、昔話をおかずに飲む酒もうまい。

お酒


 しかし、みんなお酒が弱くなった。現役時代、浴びるほど飲んだ同僚や先輩がすぐに「俺はもう・・」と言い出すのである。「最近、飲む機会が少なくなったせいか、弱くなっちまって」ともいう。年齢のせいもあるが、確かにお酒も飲まないでいれば体が忘れさせてくれるし、肝心の肝臓がその機能をなくしてくれる。


 肝臓ばかりではない。人間の臓器や体は使わなければ確実に退化していく特に、腎臓という臓器は、それが顕著で、いったん、人工透析などをしてしまったら、自分で働くことを忘れてしまうのだそうだ。


 頭、つまり、脳も同じ。ある年齢以降、緊張感をなくした生活をしていると、ボケること受けあいだと最近自分の事として思うようになった。こうして毎晩、パソコンを叩いてブログを書くのも、指先や少ない脳みそを少しでも使うからいいと思っている。私も大好き人間だが、マージャン仲間が、それをしない人から「好きだねえ」と、冷やかされたりすると「指の運動とボケ防止さ」と;言う。これは方便。徹マンが体にいい訳ないさ。



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美人とのすれ違い

トンボ

 芽を出した大根畑で草取りをしていたら、赤とんぼが飛んでいた。秋の到来を実感する瞬間だった。でも残暑はきつい。今日も30度を超しているだろう。額の汗を首にぶら下げた手拭で拭いながら、その赤トンボを目で追っていたら、その先に真っ白い蝶ちょが。はて? この時期に、こんな蝶ちょがいたっけ。春じゃあなかったか。いかに、自然に無頓着に過ごしていたかを実感した一瞬でもあった。



 問題は、白い蝶ちょだ。これまでなら確実に、ヒラヒラと舞うこの蝶ちょを、可愛らしく思い、目を細めて追っただろう。だが違った。瞬間的に、追っかけて捕まえ、すりつぶしたくなった。「お前は異常性格者か」と、ひんしゅくを買うかもしれないが、異常性格でもなんでもない。単なる立場の問題だ。実はこの蝶ちょ、無邪気に初秋の空を舞う赤とんぼと違い、ちゃんと目的があるのだ。可愛らしく、舞っているようだが、実は魂胆があるのである。

蝶  

 やっと芽を出し、二枚葉になったばかりの大根の葉っぱの裏側に、次々と卵を産み付けるのだ。この卵はやがて蝶の幼虫となって、大根の葉っぱを食いつぶすという寸法である。よほどののうてんきでも、可愛い、などと言ってはいられまい。汗だくで種を蒔き、晩秋というか、初冬の収穫を夢見ている百姓にとつては天敵以外のなにものでもない。



 蝶ちょへの恨み節はさておき、残暑はあってももう秋だ。日が暮れれば庭先の植え込みからはコーロギや鈴虫の鳴き声が。私はこの時期になると毎夜のように密かに外へ出る。虫の音を聞くためではなく、ある美人に会うため だ。


 「お父さん、毎晩、外に何しに出るの」。女房の疑いを込めた問いかけに「美人に会いに行くんだよ」と、言ったら「なに馬鹿なこと言ってるのよ」と、これまた、けげんな顔。庭先の月下美人を見に行っていることを知った女房は「ああ、そうか。もうそんな季節になったんですねえ」。うちの女房、極楽トンボで、季節感がねえのかなあ。


月下美人2
昨年の月下美人


 我が家の月下美人は一昨年、親しい友が鉢植えで持って来てくれたものだ。昨年も見事な大輪を三つも四つもつけた。色といい、形といい、まさに美人である。なんともいえない気品も備えている。才色兼備である。その上、なんともいえない、いい香りを放つ。シャネルやエルメスなど世界の香水ブランドでもこの香りはつくれまい。ご存知、月下美人は夜、花を開き、一夜にして萎む「美人薄命」という言葉はここから来たのだろう。


月下美人1
昨年の開花(2007年9月25日)

 今年はその美人とすれ違いになってしまった。マージャン会や無尽会で、留守にした夜に咲いてしまったのである。シワだらけに萎んだ≪昔の美人≫がいくつもぶら下がっていた。私が「美人、美人」と言うものだから女房は何を勘違いしたのか「お父さんねえ、≪美人は三日で飽きる、ブスは三日で慣れる」と言うんだよ」と。「じゃあ、救いようのないブスはどう言うんだ」と聞いたら「一円玉ブス、と言うんでしょう」。「そうだよなあ、これ以上、壊しようがねえものなあ」。「お父さん、美人に逃げられたからといって八つ当たりはよしてよ」と笑っていた。とにかく美人との再会は来年までお預けだ。



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300人を突破

 「お母さん、300人を突破したぞ」


 大きな声で言ったら、キッチンで夕食の後始末をしていた女房が「300人が何をしたんですか」と、けげんな声を返してきた。


 「俺のブログへのアクセス件数が300件を超えたんだよ」


 これに対して女房はこうだ。


 「へえー。でも、ブログやる人、全国には何万といるんでしょう」


 全くかわいくねえなあ。俺にはすごくびっくりする事だよ。記念すべき日なんだよ。時計はまだ9月2日だった。

葉1  

 私がブログを開設したのは6月の終わり。確か、女房と二人連れのハワイ、アメリカ旅行から帰った後だった。しかし、来る日も来る日は
アクセスはゼロ行進。だれも読んでくれなかった。寂しいものだ。


 「自分の日記みたいなものだものなあ。まあ、いいさ」



 と、半ばあきらめはじめた頃、カウンターに数字が入り始めた。メツセージも着いてきた。嬉しかった。いい歳をして、と笑われるかもしれないが、それは驚きにも似た新鮮な喜びだった。パソコンに、はまり出した≪新米≫の物珍しさでもあった。



 最初のメッセージは「まなみ」さんだった。お名前や書き込みの書きっぷりから、お若い方のようで、私のブログには迷い込んできたようだった。でも嬉しかった。「まなみ」さん、ありがとう。「札幌のロータリアン」さんや、やはり北海道の「学生塾の塾長」さんもいた。



 女房は300人を少しもびっくりしない。しかし、拙い自分の日記を延べとはいえ、300人もの人にお読み頂いた。皆さん方に感謝ししなければならない。北海道の「塾長」さんは、いじめ問題を真剣に考えておられたし、山梨県の埼玉県境にある「廣瀬ダムの近くから甲府に嫁いだ」奥さんの土いじりの話など、それぞれのお立場での真剣な書き込みだった。

葉2

 ブログとは奇妙なものだ。メッセージの書き込みをすれば別だが、多くはどこのどなたが読んでくれているのか分からない。しかし、読んでくれている人の数、厳密に言えばアクセス件数だが、それがきちっとカウントされるのである。それに感銘したり、共感したりすると拍手マークでその意思を伝えることも出来る。有名人の人気ブログならいざ知らず、名もない新米のブログへのアクセス、これに感慨を持たない人間はいまい。



 化け物のようなインターネット。一瞬のうちに情報を収集することが出来たり、また伝えることも出来る。それも地球レベルでだ。もう20年近い前のことだ。もう、というより、まだ、といった方がいいのかもしれないが、現役中の会社内で、インターネット戦略を協議したことがある。この時、「こんなものが企業の経済戦略に遣われるのはずっと先」と、内心、高をくくったことがある自分が恥ずかしい。




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若者達のコピペ

 コピペ? 「コピー アンド ペースト」の略だという。へえー、うまく略すもんだ。感心はしたものの、その意味はさっぱり分からない。テレビで見ていて、パソコンやインターネット用語だと分かった。文章など、さまざまなデータをコピーし、貼り付けることを言うのだそうだ。文字の通りだ。そこでまた、へえー。

コピペ


 家族で食卓を囲んでいた時、娘がビールを飲んでいた私に向かって言った。


 「そんなこと、知らないの。お父さんだってやってるじゃない」


 何を言っているのか分からなかった。


 「俺がやっている?」


 「そうよ。お父さんだってブログ書きながら文章を置き換えるとき、鋏マークで切り取ったり、コピーマークをクリックして貼り付けたりしてるじゃない」

 「へえー、そのことか」


 単純に頷いたが、テレビはこのコピペを問題意識を持って取り上げていた。コピーし、貼り付けるというこの単純な行為に頼ってしまうと人間の脳は考えることや創造する能力を退化させてしまうのだそうだ。ここでまた、へえー。



 テレビを見ていたら、問題視の意味がよく分かった。教育現場、つまり大学や高校、小、中学校に至るまで、このコピペがどんどん入り込んでいるのだそうだ。例えば、大学生にあるテーマで論文を書かせると、学生達はインターネットで、それに近い解説を探して、それを切り張りしながら論文を完成させてしまうのだという。
パソコンをたたく手

 自分で資料を探し、考えながらやれば何日もかかる論文作りをわずか30分足らずでやってしまうという。第一、インターネットからの写しで、自分の考えではないから研究論文とはいえない。このコピペは小、中学校の読書感想文や作文にも今や珍しくなくなったという。私は化け物だと思っているが、インターネットにはなんでもデータが入っている。



 テレビの大学教授は苦笑いしながらこんなことを話していた。



 「学生達の論文を見ていたら、同じ内容のものどころか字句まで同じものがいっぱい。いずれもインターネットからの引用、貼り付けで、ひどいケースだと全体の64%、つまり自分の文字は、文章のつなぎも含めて36%に過ぎなかった」


マウス

 子供の頃からテレビゲームで育っているから携帯電話でのメールも空気のようにこなす。パソコンやインターネットも自在だ。私のようなアナログ人間からみれば羨ましい限り。携帯電話を片手に別の事をしながら電話機を見ずにメールを打つ子供たちを見ると「へえー」と尊敬したくもなる。



 こんな人間からすれば、今の子供たちはものすごく進化しているように見えるのだが、どうして、どうして。幼稚といったら言い過ぎかもしれないが、やっぱり幼稚だ。インターネットの情報をそのままコピペすればすぐにバレてしまうに決まっている。ITは果てしなく進化する。しかし人間の内面はそれに追いついていけないでいる

出張菜園と空き家バンク

 8月31日付の「遊び感覚の農業」で書いた農業のNPO法人に再度触れてみよう。都会の人たちが田舎に、それぞれに見合った農地を確保、土に親しみ、それなりの農業を楽しむ。それは、実践者が言うように「こんな安上がりで、気軽なレジャーはない


 家族連れのサラリーマン氏はこんなことも言った。


 「コンクリートの道を歩き、コンクリートのビルで仕事をして、疲れて帰る所が、またコンクリートの家。女房や学校に行く子ども達だって同じ。ストレスだって知らず知らずのうちに溜まりますよ。だから出張菜園は手ごろのストレス解消策だし、家族の健康づくりの秘訣なんです。情操を豊かにしなければいけない子ども達にとっても格好の情操教育、自然教育の場だと思っています」


葡萄畑2


 このサラリーマン氏の場合、年数万円で山梨市に農地を借り、時期には毎週のように東京からやって来る。土曜日、または日曜日、しかも朝早く家を出るから東京からでも1時間半に満たない距離だ。夏休みなどには近くに安い旅館をキープ、家族旅行を兼ねてやって来ることもあるという。



 ちょっとショッキングな言い方をすればコンクリート地獄に住む都会の人たちにとって、このサラリーマン氏のような願望は決して少なくないように思う。願望があっても、その受け皿や、そこへのアクセスを知らないのが実情のよう。


葡萄畑


 山梨は首都圏から100㌔の圏域。しかし、農業後継者不足は、ここもご多分に漏れずで、農地は余る一方。だから農地は格安で借りられる。私の周りだって、その受け皿はゴロゴロしている。後継者不足と高齢化で耕作の手が回らないということであって、まだ農家がなくなった訳ではない。だから指導者はいる



 同じクラブでご一緒するロータリアンの中に、宅建業界の幹部を務め、目下、空き家バンクの推進に尽力されている方がいる。都市集中現象。これもご多分に漏れずかも知れないが、山梨市を中心としたこの地方には空き家が少なくない。文字通りこの空き家を有効利用しようというものだ。

水車

 このロータリアンとこんな話をしたことがある。


 「空き家バンクと地域に増えつつある遊休農地をうまくかみ合わせ、都会の人たちに活用してもらうシステムは作れないものか。そうすれば利用者だけにとどまらず、後継者不足に悩む農家にも新展開になるのでは」



 もちろん、これには農地法の規制をはじめ、さまざまのネックがあることも確かである。宅建業界が超えられないテリトリーだってあるはずだ。しかし、行政の関係部署や農業委員会などの機関とが一緒になって、真剣に考えれば打開策はあるはずである。現に、NPO法人は農地の有効活用を角度を変えて実践し始めている。ただ利用者にとって、その受け皿が見えにくかったり、手続きの仕方が分からないから、そこに飛び込めないでいるのだ。これに道筋をつければ双方が助かる。


山梨市空き家情報(山梨市役所HPから)

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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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