大晦日の雰囲気

 何か慌しくて、それでいて何かを待つようなウキウキした気持ち。それが大晦日のなんとはなしの雰囲気だった。「・・・だった」というのは子供の頃で、今はそのウキウキというか、何か新鮮なものを迎えるような雰囲気を感じなくなってしまった。一夜明ければお正月。当たり前にやってくる次の日の朝だが、特別の感慨のある大晦日と元日。私ばかりかも知れないが、どうしてそれがなくなってしまったのだろう。

笑門


 ある年代以降の人達には「盆と正月」という言葉があった。それとは直接関係ないが「○○ならば米の飯(白い米)」という言葉もあった。日本の貧しい時代が残したフレーズだろう。貧しいながらも、親たちは、大人たちは、お盆には先祖達と共に、また正月には子供たちと共に精いっぱいに振舞おうと努力した。





 我が家の場合、母親が大晦日には「ゴシ」の葉を入れた風呂を、元日には米のとぎ汁を入れた風呂を立ててくれた。五右衛門風呂だ。寒い冬の身体を温め、新しい年を健康に、元気に過ごしてはしいという親心であり、願いであったのだろう。今風で言えば薬草風呂だ。貧しい中での生活の知恵だったに違いない。田舎だったからこその風景かも知れない。


飾りもの

 母親はおせち料理も作ってくれた。もちろん、デラックスな今のおせち料理と比べようもないが、そこにも日常と違う朝があった。玄関先には自分たちが山から切って来た松飾りが。日の丸の国旗が、なんとなくいつもと違う朝日を浴びていた。お年玉なんてもらった記憶はない。親たちに、そんな余裕がないことを子供たち自身が知っていた。無し無しのお金をはたいたのだろう、真新しい学生服や下着を与えてくれた。お年玉より生活必需品。それが、また嬉しかった。


お雑煮


 大晦日の夜、子沢山の一家はみんなで≪お歳とり≫の食卓を囲んだ。この日はどんなことがあっても家族が揃って食事をすることが習いだった。それが家族の平安の証であり、新しい年を迎える気構えでもあったのだろう。「おじさん、幾つ?」。私ですか?昭和17年生まれ。子供の頃が戦後間もない頃だったのです。


餅



 当たり前かもしれないが、大晦日や元日の人々のライフスタイルはガラリと変わった。我が家に限らないが、若者たちは年末年始の休みを利用するとばかり、旅行やスキー、スケートに出かけ、親達も温泉旅行にと一家の行動はまちまち。第一、子供たちの数も、ひと頃の子沢山と違って、少なくなってしまったから家族団らんなどは望むべくもなくなってしまった。少ない子供は食事が済めば、さっさと自分の部屋に籠り、インターネットやゲームと自分たちの世界を作っている。





 会社の忘年会だってそうだ。その数は年々減っているという。なにも、ことさら改めてみんなでお酒なんか飲むことねえじゃねえの、というのが若者達の声らしい。マイカーに依存しなければならない地方では、それに拍車をかけた。年が明けてお正月。デパートだって元日からいつもと同じように営業している。「初売り」という言葉もなくなった。とにかく、あと少しで激動の2008年は暮れる。そして来る年こそいい年でありますように。

お正月


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鏡餅ランキング

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紙の門松

 慣れとか、習慣とは恐ろしいものだ。玄関先に飾る門松(松飾)が簡易式の紙になってもう何年、いや何十年になるのだろう。大きな紙に刷り込まれた松竹梅の門松に少しも違和感がなくなった。「な~んだ。紙か」と言った頃がウソみたいだ。

賀正ポスター


 私たちの地域では区で全世帯の(紙の)門松を一括購入、組長がそれぞれの組の世帯にお届けするのである。昨夜は公会堂で区の役員会を開き、この門松の配布はもちろん、年末、年始の諸行事について打ち合わせた。




 年末、年始の行事のメーンは、なんと言っても新年拝賀式互礼会。全戸の代表が集まって、地域の氏神様に参拝、その年の地域とそこに住む人達の安泰を祈願し、一年をスタートさせる行事だ。そのために、区の役員が総出で、氏神様へのしめ縄飾りや、その周辺の清掃はもちろん、拝賀式の後、区民がお神酒を交わす公会堂の大掃除もする。




 こちらは女房達の役目。それぞれの家庭で行う大掃除と同じように区民の拠り所になって来た公会堂の一年の垢を洗い落とすのである。毎年その日は30日を充てている。しめ縄や門松など正月飾りは31日の大晦日や29日にもしない。31日の飾りつけは「一夜松」といって昔から嫌ってきた。縁起担ぎなのだが、29日の場合も同じ。こちらは「九」「苦」で、大掃除もしない。もちろん「九餅」「苦餅」といって餅つきもしない。


門松

 松竹梅の門松が絵入りの門松に変わって久しい。かつて、この門松はクリスマスツリーのモミの木と共に、その調達は子供たちの年末行事の一つだった。ちょうど冬休みになったばかりの子供たちは、当たり前のように近くの山に入り、松を取って来るのである。もちろん、子供ながらにも、小さな松を根元から切って来るようなことはしなかった。松の木によじ登り、手頃な枝を切り落として来るのである。





 子供たちは誰に教わるともなく、山を大事にすることを知っていた。今のように、自然保護がうるさく問われたり、第一、そんな言葉が無かった時代である。山は人々の生活の一部だったからだ。山の木は、今の電気やガスに匹敵する燃料、つまり薪であり、その落ち葉は田んぼや畑の有機肥料だった。




 そのことを大人たちはむろん、子供たちも知っているから無茶な伐採はしなかった。むしろ、年に一度の門松採りやクリスマスツリーとなるモミの木採りは格好の枝払いであり、下刈りでもあった。しかし、都会の人達には自然破壊に写ったに違いない。特に、教条的ともいえる自然保護団体にかかったらどうにもならなかったのだろう。


屋台2


 確かにむやみに切ったら自然の破壊だ。だが、間伐と伐採は違う。門松採りはともかく、人々の生活環境の変化は、山の無視を加速させた。松はもちろん、杉やヒノキに至るまで、やらなければならないはずの枝払い下刈りもしなくなった。お陰で、山という山がいたる所で荒れ放題。そのツケは花粉症惹起の要因にもなっているという。


屋台


 女房が「九」を避けて早いうちに組の各戸に紙の門松を配り歩いた。クリスマスが済んでつかの間、今度は街角に松飾りやしめ縄飾りの屋台がお目見えした。いよいよお正月だ。



お飾り  


飾りもの


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お馬鹿さんキャラと茶の間

 夜、テレビをつけると、どこかのチャンネルで必ず、と言っていいほどクイズ番組をやっている。それもゴールデンタイムといわれる7時、8時の時間帯だ。バラエティー番組に、ちょっと茶の間のみんなが考えるクイズを絡めた構成だが、これが結構面白い。「お馬鹿さんキャラ」なんて流行語を生み出したのも、このクイズ番組だろう。


羞恥心



 お笑いタレントやさまざまのジャンルのタレントさんが出てきてクイズに臨むのだが、この番組を盛り上げているのは何といっても、このお馬鹿さんキャラのタレントさん。「羞恥心」とかいうイケメンの三人組や、やはりお馬鹿さんを標榜する若い女性タレント。この人達の≪活躍≫で立派にバラエティーがクイズ番組に、クイズがバラエティー番組になっているのである。


  ヘキサゴン


 このお馬鹿さんキャラのタレントさんは茶の間の人達に、ちょっぴり優越感を与えてくれる。そのことが分かっていても「あいつ、馬鹿だなあ」と思わせるのだ。これがこの番組のミソだろう。クイズの出題も茶の間のみんなが全部答えられるものでもなければ、全部答えられないものでもない≪手頃な難しさ≫のものを用意してくれている。面白いもので、これが易しすぎても駄目だし、その逆でも駄目。裏方さんは苦労しているのだろう。




 ひと頃、お堅い教育評論家や教育ママと呼ばれるおばさんたちが、この時間帯のバラエティー番組を称して「低俗番組」と酷評した。確かに、ドタバタものが多かったことも事実だろう。しかし、クイズを取り入れることで、この酷評を見事にかわした格好だ。





 かつてのクイズ番組と言えば、どちらかと言うと物知りのタレントを集めていわば正攻法で知識を競うタイプが多かった。観ている方も真剣にならざるをえない。そんなタイプの番組ばかりゴールデンタイムと言われる時間帯にぶっつけられたら茶の間の人達はくたびれてしまう。そこにバラエティーが集まるのもこうした人間の心理を捕らえているのだ。



団欒


 茶の間の団欒とはそんなものだ。テレビはNHK、新聞は○○といった自称インテリと言われる一部の人達や民法のバラエチィー番組に「低俗だ」と異を唱える、お堅い方々と違って、一般の家庭、茶の間はたわいもなく、あっけらかんと、また和やかに過ごしているのだ。庶民の日常とはそんなものである。




 お馬鹿さんキャラが何であんなに人気者になったり、流行語にまでなるのだろうか。その秘密はさまざまな所にあるのだろうが、一つには人間が誰しも持ち合わせている、いわゆる、たわいもなさ、だろう。人間の日常と言ってもいい。お馬鹿さんと利口。人間はみんなこの二つを持ち合わせているのだ。





 もう一つ、テレビで上手に組み合わせているのが美人タレントと「ブス」キャラのタレントさん。美人ばかりが出てきたら、そのうち飽きる。「お前も・・・」と言ったら女房はうまいことを言った。




 「お父さん、美人は三日で飽きる、ブスは三日で慣れると言うんだよ」



 自己弁護にしてもうまい事を言う。「お前も使い道があるな」と言ったら怒っていた。



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お歳暮の蟹と大吟醸

 「お父さん、○○さんからお歳暮が届きましたよ」
 「いつも悪いよなあ。今年はお前と一緒に作った枯露柿、送ってやるか」



枯露柿


 東京に住む親しい友人から今年も大きなタラバガニが届いた。私が蟹大好き人間と知っていてこの人は毎年、蟹を送ってくれるのである。もう何年になるだろうか。その度に、夜が早いこの時期、早めの晩酌をしながら、じっくり頂くのだ。保冷技術もよく、しかも前日発送された物は翌日の午前中に届いてしまうのだから、鮮度も抜群。旨い。勢い、お酒も進む。


タラバガニ


 蟹好きの私は、女房が笑うほど上手に、しかも綺麗に食べるのである。本体も、そして最後はミソも合わせて甲羅酒。これがまたいい。つまり、みんな、しっかり頂いてしまうのだ。




 蟹といえば、私には忘れられない味がある。もう30年ほど前になるが、当時の総理府の外郭団体に「北方領土対策協議会」というのがあって、その案内で北海道・根室の納沙布岬に行ったことがある。確か引揚者対策の施設だったと記憶しているが、根室の市長もお出でになって懇談した折、ご馳走になったタラバガニである。




 何月だったか覚えていないが、とにかくコートの襟を立てるほど寒い時期だった。蟹とはこんなに旨いものかと思うほど美味しかった。市長ら地元の人たちのダイナミックな食べっぷり。「今が旬」と話していた。産地だから獲り立ての蟹だったのだろう。旨いはずだ。寒さも、味に彩を添えたのだろう。お歳暮に蟹を頂く度に、根室を思い出す。



お歳暮


 当たり前だが、このお歳暮、その人の住む環境や立場によって意味合いや心も変わるもの。例えば、会社勤めの現役時代がいい例だ。お中元も含めて、お歳暮のやり取りの多くはそのときの立場やポジションによって行き来する。もちろん、心がないわけではないが、多くは義理である。部下から送られてくるものもあるし、取引先の会社から機械的に送られてくるものもある。いわゆる儀礼なのだ。




 それが証拠に、会社を辞めれば、潮が引くようにそれがなくなっていく。職場を去って3年。その儀礼的なお中元、お歳暮はほとんど全部と言っていいほどなくなった。その代わり、残ったお歳暮のやり取り、新たに生まれるやり取りは、みんな心が通ったものばかり。親しい友だから、お互いが好みまで知っている。だから、お中元とかお歳暮の時期に拘らずに旬に合わせたり、旅先からも送ったり、送られたりする。




 つい先日は広島から「賀茂泉」というお酒の大吟醸が送られてきた。家族ぐるみでお付き合いさせて頂いている女房の学生時代の友達で大方さんというご夫妻。昨年、広島にお邪魔した折、ご馳走になったそのお酒が「美味しい」と言ったら、折に触れては送ってくれるのである。お世辞抜きで、このお酒が旨いのだ。「賀茂泉」の社長が聞けば涙を流して喜ぶかも知れない。


賀茂泉

 意気投合したこのご主人は、まったくの下戸。こちらからは毎秋、葡萄をお送りする。喜んでくれるその顔がまた嬉しい。とにかく、今夜は蟹と「賀茂泉」で乾杯だ。




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不況下のカレンダー

 本屋さんの店頭に、さまざまのカレンダー手帳が並んでいる。それぞれのメーカーが売らんかな、で趣向を凝らしているのは当たり前だが、これも年末、歳末の風物詩である。一方、会社や事業所もカレンダーや手帳をいつものように作って「来年もよろしく」とお客様回りに余念がない。こちらのスタイルは会社のイメージを大切にすべく、そのデザインも伝統を守っている。


カレンダー


 しかし、日本列島、いや、地球規模の不況はこのカレンダーや手帳にも影を落としている。毎朝の新聞を見れば暗いニュースばかりだ。「国内自動車総崩れ」と、わが国経済の一翼を牽引する自動車業界の業績不振を伝え、一方では米国のゼロ金利政策を伝えている。これから先、日本や世界の経済はいったいどうなっちまうんだ、と暗くなるばかりだ。こんな経済環境の中で、カレンダーも荒波を被っているのである。




 我が家が頂くカレンダも毎年、一つ、二つと減っている。そればかりではない。サイズは小さくなり、気のせいだろうか、そのデザインもパッとしなくなった。かつてバブル景気といわれたよき時代には、サイズも大きく、デザインなどその質も良くて、全体に明るさがあった。カレンダーも景気を反映するのだ。




 毎年の事だが、ある割烹旅館を営むロータリアンは12月最初の例会に決まって立派なカレンダーをメンバー全員に配ってくれる。




 「立派なカレンダー、毎年、毎年、済みませんねえ」




 「何十年と、このカレンダーを出していると待っていてくれる人がいるんです。だから、出さんわけにはいかんのですよ」



 もちろん、お客様やファンを考えてのカレンダー作りだが、その大変さを言外ににじませる。12枚綴りの大きなカレンダーには、その月々に合わせるような見事な水墨画があしらってある。




 「水墨画を基調にしたこのデザインは、もう何十年と変わらないんです。言ってみれば、これが家(うち)のイメージ。お客様もこのデザインを待ってくれているんですよ」



 確かにそうだろう。丸く筒に巻いて、ビニールの袋に入ったカレンダーを手にした途端、まだ見ぬ水墨画のデザインが髣髴としてくる。この割烹旅館は山梨ロータリークラブの毎週一回の例会のうち、年6~7回はある夜間例会の会場にさせて頂いている所。このロータリアンにしてみればお客様として気遣ってくれているのだろう





 このほか、我が家には、やはりロータリアンの電気屋さん、無尽会でお世話になる割烹の店、市長の後援会などからもカレンダーが届いた。また、富士山麓にあるユネスコ協会の仲間からはプラスチックに入った卓上の小さなカレンダーが。このカレンダーは同協会が地域の小、中学生を対称に募集した絵画コンクールの入賞作品を12枚のカレンダーにまとめたもので、工夫の手作り作品。コンクールの入賞作品は地元の銀行などで展示会をした後、このカレンダーにまとめたという。子供たちも、親達も大喜びだそうだ。



カレンダー     卓上カレンダー  

 

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傑作の枯露柿

 お待たせしました。枯露柿がぼつぼつ出来上がります。と言っても皆さんのお口にお届けできないのが残念。もちろん、我が家の枯露柿は女房と二人、見よう見真似、近所の人に手ほどきを受けながらの≪作品≫だから商品となる贈答品とはおよそ違うことは残念ながら言うまでもない。




 それでも、今年は400個を超す枯露柿を作った。物置の軒先に特設の干し棚を設け、我が家の畑で採れた甲州百目を吊るして天日干して来た。400個と言っても我が家の畑の分は300個弱。残りの100個はご近所から頂いたものだ。慣れない手つきで皮をむき、嬉しそうに枯露柿作りに取り組む女房の姿を見てか「せっかくだから、もっと作ったらいい」と、わざわざもって来てくれたものである。


干し柿


 この地方の枯露柿作りは、サクランボや桃、葡萄などの果樹農家が、その農閑期を利用してのいわば副業だ。と言っても、隣接の松里地区を中心にこの地域は枯露柿の一大産地。恐らく、これから年末、年始にかけて皆さん方がお食べになる枯露柿の多くはこの地方から出荷されたものと言っていい。山梨の片田舎やこのブログ記事を思い浮かべながらお食べ頂きたい。





 今年は、手頃の冷え込み空っ風も吹いて、まずまずの出来具合だという。枯露柿農家はぼつぼつ出荷作業に入っている。クリスマス、年末年始の贈答品市場がターゲットだ。パラフィンで一つ一つ包まれて小さな箱に詰められた枯露柿は一箱1万円前後で市場に出回る。高級贈答品と言っていい。ただ、年が明けての出荷だと市場価格は大幅に下がる。




 加工食品にありがちな添加物は何もない。強いて言えば生柿を皮むきして天日干する過程で殺菌と仕上がりの色をよくするための硫黄薫淨だけ。砂糖も香料も一切添加していない。防腐剤だってしかりだ。まったくの無添加食品で、天然のお菓子と言っていい。私は農家が作るまさに芸術品だと思っている。天日干で最初から最後まで作るから太陽の光もいっぱい吸い込んでいる。こんな加工食品は枯露柿を置いて他にないだろう。




 枯露柿作りのコツはどうやら干し具合揉み具合のようだ。特に、揉む過程で「芯切り」という作業がある。この芯切りをタイミングよく、しかも上手にしないと、あのスマートな枯露柿の形が生まれないのである。芯を切る、と言っても刃物ではなく、指先で外側からつまむようにして、時期を見ながら二回にわたって切っていくのだ。




 味は別にして、プロが作る枯露柿と我が家のものでは歴然と違う。同じように天日干ししているのに色も形もまったく違うのだ。揉み方と、この芯切りの仕方がまぎれもない原因である。もう一つ、色が悪いのは、我が家のものは硫黄薫淨ではなく、湯通しているためだ。しかしこの方法の方が味はいいのだそうだ。100度ぐらいの熱湯に10秒浸けるのだ。



干し柿


 「お父さん、何も、出荷してお金を頂くわけじゃないし、家で食べたり、親しい人に差し上げるんだからいいじゃない」





 そう。女房の言う通りだ。来年はもっと上手になるだろう。





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おじさんのパソコン

 ケイタイやインターネットは化け物だとつくづく思う。デジタルの世界にオンチなアナログ人間だからだろうか。どこまで行ったら到達点なのか、先が全く見えない。もう数十年も前になるが、娘に、確かスーパーマリオというゲーム機を買ってやり、一緒に遊んだ事がある。この時も、どんどん先に進む娘をよそに、いつも入り口であえなくダウン。その先に何があるのか毛頭分からずじまいだった。ケイタイやインターネットはこんなゲーム機とはわけが違うのだ。


スーパーマリオ



 「パソコンやインターネットを始めて1年やそこらのヤツに分かるはずがねえよ」。おっしゃる通り。このブログをお読みいただいている読者の皆さん方の大方はそうおっしゃるに違いないし、それを熟知されているから、ここにも来れたり、どこにでも一人歩きできるのだろう。




 しかし、私の場合、と言うより私も含めた仲間達の多くがと言ったほうがいいかも知れないが、例えばケイタイは「モシモシ」の道具に過ぎない。メールすら満足に打てない世代なのだ。絵文字なんてはじめて見た時にはキツネにつままれたようだった。あなた幾つ?私ですか?66歳。戦中生まれなんです。仲間達の中には「分かりっこない」が先行、メールすらしない人達がいっぱい。


ケイタイ

 そんな人間達だからケイタイに内蔵されているさまざまな機能を操れるはずがない。でもみんなのポケットにはケイタイが入っているのである。「モシモシ」のまさに携帯電話なのだ。不思議にもカメラの機能だけはよく使っている。電卓だって同じ。足し算、引き算、掛け算、割り算、これにちょっと毛がはえた程度の機能しか使っていないのである。これまた「まさか」とお思いでしょうがホント





 「俺、ブログを開設したんだよ。URL教えるから暇があったら見てよ」




 「URLって何?」




 アドレスという言葉なら分かるが、URLとなるともう分からない。そう言う私だってブログを始めた5ヶ月前、初めて知ったのだ。昨年の夏、女房と一緒にパソコン講座に通った時には、入門編、ワード、エクセル、いわゆる基礎講座だったからそんなことは教えてくれなかった。





 仲間達の中には言い訳なのか「この歳になってパソコンやインターネットをやると目に悪い」と言ってハナから触ろうともしない人達がいっぱいだ。そんなことを娘に話したら「お父さん、そんなもんだよ。仮に、ヘタだって、やろうとする事だけでもいい事さ」と、励まされた。ここでは親子が逆転である。


顔つきパソコン


 パソコンの入り口は、かつての仕事柄か、私たちの世代ではITに滅法詳しい高校時代の同級生が師匠だが、日常の先生はこの娘。≪二人の先生≫を頼りに毎日、悪戦苦闘。ハマルという言葉を久しぶりに実感した。お陰で、テレビを見ながらだらだらと続いた晩酌時間が減った。女房は、そのうち飽きるさ、と見ているらしいが、どうして、どうして・・・。




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岩魚の骨酒と二日酔い

 夕べは飲みすぎた。二日酔いで頭がガンガンする。
「あなたはいつもそうなんだから。これからまだ忘年会、幾つも続くんでしょう。体も身のうちって知ってるでしょう。まったく懲りないんだから・・・」


日本酒


 その通りだ。歌の文句じゃないけれど、分かっちゃいるけど辞められないのである。お酒とはこれまた不思議。沢山飲めば、というより自分のじょうごを超せば二日酔いをすることくらいハナから知っている。しかし、それを何十年と繰り返しているのである。二日酔いの朝、それが重度であればあるほど素直に反省し「もうこんりんざい飲まないぞ」と思ったりする。





 ところが、街にネオンが輝く頃になると、身体も頭もそんな事をケロリと忘れてしまうのだ。あれほど不快感をもようした身体も快調、快調。元気いっぱい。それから先は言うまでもない。お酒を飲まない人や女房族は「なんて馬鹿な人達だろう」と、蔑みの目だ見るのだろうが、それが男、酒飲みの酒飲みたる由縁である。


お猪口



 「そんな事が分からねえのか」と、開き直っても見たいのだが、こればかりはその通り。反論の余地がないほど、みんなよく分かっている。「休肝日」とい
う言葉だって知っている。週に何日かお酒を飲むのを休み、肝臓を労わるほうがいいに決まっている。まともな人なら「分かっているのならなぜ」と、言うのだろうが・・・。人間とはらちもない動物なのかも知れない。





 昨夜は中学時代の同級生達が集まる無尽会。無尽会といっても、あの頼母子講的なものではなく、気心の知れた仲間達がワイワイ、ガヤガヤ、たわいもなく話し、お酒を酌み交わすのである。みんなとっくに定年を過ぎて職場をリタイアしているから出席率は抜群で、月に一度の集まりには14人のメンバーがほとんど全員顔を揃える。






 決まった会場となる街の割烹の店では、この時期だから工夫した鍋物などを出してくれる。酒、ビール、焼酎、ウイスキーなどメンバーの酒肴もさまざま。この日は仲間の一人が岩魚の骨酒を用意して来てくれた。この男は根っからの釣り好きで、地域の漁業組合の幹部も務めている。



熱燗


 この日のために冷凍保存しておいてくれた岩魚を熱燗の中に入れて飲むのである。岩魚は27~8cmもある立派なものだ。解凍したばかりの物を生のままお燗に入れるのだが、これがまったく生臭くないのである。べっ甲色になった骨酒は味と言い、香りと言い、絶品だ。




 「どうして生臭くないの?」「こんなでっかいヤツ、どこで釣った?」





 当然のことながらあっちからもこっちからも質問が飛ぶ。そこでまた当然のように、その男の解説が始まるのだ。その解説を肴にまた飲む。本当に、えもいわれぬ程旨いのだから盃が進むに決まっている。そして二次会はお決まりのカラオケ。今度はビールや焼酎。行き着く先は午前様。そしていつもの二日酔いである。明日は別の忘年会だ。





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馬鹿と阿呆

 「バカ」
 「バカとは何よ」
 「そんな事ですぐ向きになるからお前はバカなんだよ」
 「なにも、バカなんて言わなくたっていいじゃない。まったく~」





 私と女房のよくある口喧嘩だ。不思議にもこの文字数が示すように、およそ夫婦喧嘩の発端はたわいもない事から始まって、エスカレートするものだ。




 この「バカ」(馬鹿)という言葉。かなで書いても、漢字でも二文字。しかし、その使い方、受け止め方によって喧嘩にもなれば、叱咤激励にもなる。「バカ、そんなことはないよ」といった具合に否定の接頭語的な役割を果たす事だってある。「バカ」に「め」をつけて「バカめ」となると女房はもっと向きになる。




 私はこの「バカ」という言葉を気にもしないし、気にもならない。関西人が「この阿呆」とよく使うように、むしろ、挨拶代わりみたいなものだ。もちろん、親しい仲間、気の置けない仲間同士のことだ。これをどこででも使ったら、失礼千万。


子供2


 もう一つ、気にしなくなった訳がある。わんぱくな子供の頃、いたずらをする度に親父から「バカめ」「馬鹿野郎」と怒鳴られた。河原で水浴びをし、近くの畑のスイカ採りの競争をすれば、当たり前だが、見知らぬ親爺から「馬鹿野郎」。この言葉はわんぱく小僧の勲章のようなものだった。
子供

 「そんな事が分からないのか」「もっとしっかり掃除しろ」。学校に行けば先生から叱られる。その言葉の頭と尻につく言葉はまた「バカ」だ。社会人になって会社に入れば先輩から遅いの、早いので怒鳴られる。ちょっとひどくなると「死んじまえ」だ。その後ろと前にはやっぱり「バカ」が付くのである。考えてみれば「バカ」と言われなかったのは大学の4年間ぐらいのものだ。ただ、そんな教授の顔は一人も覚えていない。




 この「バカ」「バカめ」には、全く悪意はなく、いわゆる親心の叱責であり、親身になっての励ましの意味まで含んだ表現であることが多い。人間、褒められたことなど記憶に残っていないものだが、叱られたことは覚えているものだ。教訓として受け止めているからだろう。叱られた先生や先輩ほど懐かしい。不思議な事に間違いなく親近感が増すのだ。




 これも不思議。叱った方は、それを忘れている。女房が向きになって怒るように深刻なものではないからだろう。ただ、私には一つだけ、反省にも似た「馬鹿野郎」の相手側の反応がある。もう15年ぐらい前のことだが、若い社員「馬鹿野郎」と怒鳴った。将来に向けて育てたいと思った男だった。その社員は怒鳴られた途端、大粒の涙をボロボロ。「男のくせに、涙を拭け」と言ったら、また涙だ。

サラリーんまん

 同僚幹部が言った。「今の若いのは親や先生から怒られることもなく、ましてや他人から馬鹿野郎、などと言われたことがないんですよね。それが≪いいぼこ≫であればあるほどですよ」。確かにそうだ。親も先生も、ましてや隣の親爺も子供を叱らなくなった。先生や隣の親爺は見てみぬふりだ。




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ロータリーアンのクリスマス

イルミネーション


 もう、そんな季節がやって来たのだ。夜、車で走っていると、あっちこっちの家にクリスマスの電飾が。赤、青、黄色。さまざまに模られたイルミネーションが闇に浮かび、子供ならずとも、心弾むような、ロマンチックな気分にさせてくれる。なぜか、その電飾は数軒ずつかたまっているのである。ある知人が、こんなことを言った。





 「あれねえ、隣近所というか、人間の心理を見事に反映しているんですよ。最初、どこかの家で、この電飾を始めますよねえ。すると、それが両隣に波及するんです。そこで、もう一つ面白いのは、波及の方向。全てとはいえませんが、その波及の順路は道を挟んで反対側ではなく、一方づきながらやがて反対側にも広がるんです」


電飾


 へえ~。そんなものかなあ、と注意して見たら、やっぱりそうだ。まあ、そんなことはどっちでもいい。子供達と一緒に楽しそうにクリスマスの電飾の飾り付けをする若いお父さんやお母さん。平和な家庭の証だ。微笑ましくもあるし、傍から見ていても楽しい。


クリスマスツリー



 私たちのロータリークラブでは毎年、12月の第二土曜日と決めてクリスマス家族会を開いている。メンバーが子供達やお孫さん、おじいちゃん、おばあちゃんまで連れてきて、みんな一緒に和やかなひと時を過ごすのである。メンバーの奥さんはもちろんだ。歌やゲーム、子供達や奥さん達へのプレゼントもいっぱい。



クリスマスサンタ



 名前の通りの家族会だが、恒例で市長やライオンズクラブ、JC(青年会議所)の代表をもお招きする。クリスマスならではのカラフルなとんがり帽子やレイがみんなよく似合う。催しの裏方を務めるのはクラブ内で分担しているクラブ管理運営委員会の親睦担当のメンバーたち。事前に「炉辺会談」という古めかしい名の打ち合わせ会を開いて、その趣向を凝らす。


クリスマス会2


 街のアマチュアバンドを呼んで来たり、時にはプロの歌手をお呼びすることも。いずれにしてもみんな手作りである。夫婦揃っているから金婚式や銀婚式を迎えた会員カップルのお祝いもする。お祝いの花束は会員が営む花屋さんから、子供達や奥さん達へのプレゼントは出来るだけメンバーに関係するお店から調達する。大はしゃぎで喜んだり、楽しんだりしているのは子供達ばかりではなく、お父さん達も同じ。和やかなクリスマスの夜は更けていく。



クリスマス会ステージ  クリスマス会


 この家族会が済むと、わがロータリークラブの年内の行事はあと一回の例会を残すだけ。7月から始まるロータリー年度は前半から後半へと折り返す。対外行事は別として、クラブ内の行事は親睦旅行も済んで大きな行事は一段落。一年交代の今年の三役(会長、副会長、幹事)も内心ホッとしているだろう。




 一年が経つのがやたらと早い。あと10日余り、クリスマスが終わって街の電飾が消えれば、すぐ除夜の鐘だ。今度はお寺の鐘を突く。一夜明ければお正月。手のひらを返したように、あっちこっちの神社に初詣だ。よく考えれば日本人は面白い民族である。世界的にも珍しいに違いない。



門松


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子供たちのケイタイ

 もうすぐクリスマスやお正月。子供たちにとってクリスマスプレゼントやお年玉がもらえる心弾む季節だ。夏休みほど長くはないが、楽しい冬休みにもなる。その一方で大人たちは「子供対策」を考えるのである。プレゼントやお年玉ばかりではない。冬休み中の「生活指導」の方策だ。


クリスマスケーキ   プレゼント   お正月


 昨夜、公民館で「青少年育成地区市民会議」が開かれた。四つの地区の区長を始め、PTA育成会体育協会老人クラブ人権擁護委員民生委員消防団に至るまで各種団体の代表が集まって冬休み中の子どもたちの生活指導について協議するのである。もちろん、小、中学校の校長先生や生活指導担当の先生など学校側の代表も出席する。


青少年育成会議1


 気が緩みがちな子供たちの非行防止や健全育成について地域や家庭、学校の立場から話し合うのだが、その中身は、地域ぐるみの挨拶運動の展開、家族の間でのコミュニケーションを促すための団欒など主だったものは同じ。だが、だんだん重きを増しているのは、やっぱりケイタイインターネットの存在だ。




 「携帯電話やインターネットの使い方について家族でよく話し合うと共に、アダルト、出会い系サイトへの接続防止ソフトやプロバイダのフィルタリングサービスを利用し、青少年に視聴できないようにしましょう」




 「携帯電話は安易に買い与えないようにしましょう



 資料のプリントには、こんな所にアンダーラインや◎が。論議も、このケイタイやインターネットに集中する。


青少年育成会議2


 論議の行き着く先は「子供に携帯電話は必要か」「学校に持ち込ませないように規制すべきだ」ということになる。学校側は「教育現場では必要ないものだが、子供の安全対策連絡のため必要、というご父兄の声もある」と、戸惑いも。つまり、総じて大人たちは、このケイタイを「モシモシ」の電話としてだけしか捉えていないのである。





 この論議を子供たちが聞いたら「今の大人たちは何にも分かっちゃあいねえんだよなあ~」と笑うだろう。子供たちにとってケイタイはもはや電話ではなく、もっと高度な、もっと「普通な」IT機器なのである。その奥深い、子供たちには当たり前のケイタイを知らないのは、そこに居る先生も含めて、私たち大人たちだろう。




 大人たちは大抵の事なら子供たちのする事、考える事は分かる。自分が来た道だからだ。しかし、ケイタイやインターネットは、その来た道に全くなかった。「俺たちは・・・」とハナから遠巻きに居る人達はもちろん、分かっているようなつもりでいる大人たちでさえ、実はほとんど分かっていないのだ。




 そこにケイタイやインターネットをめぐる指導の難しさがある。事実、この日の会議でも同席した校長先生は「実は私たちにも・・・」と本音をちらり。こうしている間にも子供たちは、どんどん、その奥へ奥へと入っていっているのである。もし、指導をするとすれば、もはや家庭の域を超えていることに気づいていない。しっかりしないと事故が起きる。




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雪を恐れた葡萄の剪定

葡萄畑1  


 「お宅では大根作っていないんでしょう。うちの畑の大根、抜いてってよ。俺、畑に行かないけど。遠慮はいらんから、たくさん持ってけし」



 私の家の葡萄園を耕作してくれている人が久しぶりに顔を見せた。葡萄栽培農家は遅い人でも10月半ばには収穫を終え、その後の追肥かけも済まして、今は一段落の時。夫婦や農家仲間で旅行に行ったりするのもこの時期だ。



 「今年も旅行に行って来たけ」



 「沖縄に行ってきたさ。女房を連れての二泊三日。沖縄は暖かいね。でも、今年は葡萄がよくなかったから、いまいち気分が乗らなかったけどね」



 「いいじゃない。お天道様との勝負だもの、来年があるさ」




 「そうだよねえ。そう考えなけりゃあ、百姓などやっちゃあいられんよねえ」


葡萄畑4


 この人に委ねている我が家の葡萄園は約0・5ヘクタール。賃借料は全くの只同然ということもあってか、仕事以外にも、時々来ては気を使ってくれるのである。もちろん、今はその時期ではないが、柿の消毒の時期には「葡萄のついでだから、俺がやってやるよ」と、「自分でも出来るよ」という私を振り切って消毒の作業をやってくれるのである。




 「今日はねえ、葡萄の剪定をボツボツやろうと思ってねえ」




 「まだ早いんじゃないの。いつもなら年が明けて1月、2月じゃない」




 「今年はヘンな予感がするんですよ。またいつかのような大雪にでも見舞われたら大変だものねえ


葡萄畑5  


 もう10年近く前になるが山梨県地方は60年ぶりという大雪に見舞われた。その時、甲府盆地、特にこの地方の葡萄農家は大きな打撃を受けた。大雪といっても積雪量は6~70cmだが、雪の重みで葡萄棚が押しつぶされたのである。あの細い葡萄棚の針金や葡萄のツルに積もった雪が棚を押しつぶし、中には壊滅状態に遭った所もある。




 農家はその教訓を痛いほど知っている。しかし、一年間の労を癒すのもこの時期。のど元過ぎれば、もあるが、農家のみんなが一服したいのもこの時期なのだ。



 「よく間に合わせるねえ。でもそれがいいさ。先手必勝だもの」




 収穫期を遠に終えた葡萄棚は木枯らしに吹かれて枯葉を落として丸裸。来春まで、いわば休眠状態に入るのである。普通なら果樹農家はこの葡萄が芽を吹いて活動を始める前の少なくとも2月頃までに剪定を終えればいいのだ。と、言ってしまえば簡単だが、その作業は寒風が吹きすさぶ中での仕事。しかも、葡萄園だから、甲州名物といわれる空っ風をよけてくれる物は何もない。低い葡萄棚の下で、上を向きっ放しでの作業である。


葡萄畑3



 追肥かけが終わりの仕事なら、この剪定作業は葡萄栽培の最初の仕事である。絶対に避けて通ることの出来ない作業なのだ。大喜びで沢山の大根を持ち帰るこの人はニコニコしながら「こんな立派な大根作るとはねえ・・・。本格的な百姓顔負け。まったく脱帽ですよ」と、お世辞も忘れなかった。




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喪中の挨拶状

葉書2


 「喪中につき年末年始のご挨拶を失礼いたします」
年の瀬を控えて、こんな葉書が毎日のように届く。あの人も、あの人のお父さんも・・・。喪中の葉書を見ながら思い起こせば、今年はいつもの年と比べて知り合いや知り合いの家族にご不幸が多かったような気がする。今年の夏の際立った暑さやここに来ての急な冷え込みもお年寄りや病人にはこたえているのだろう。



喪中の葉書1


 中には、この挨拶状で、ご不幸があった事をはじめて知るケースも少なくない。親戚はもちろん、同級生など親しい仲間の無尽会、ロータリークラブやユネスコ、人権擁護委員会など自分が関わる組織の関係者だと何らかのネットワークがあるから必ず連絡が入る。村内というか、地域のことなら地域防災無線がその威力を余すことなく発揮する。新聞の「おくやみ」欄もその心強い情報ツールだ。





 ところが、新聞を見落としたり、お亡くなりになった人が知人の奥さんの親だったりする場合、その知人が一抹の遠慮から連絡を躊躇すれば、新聞のおくやみ欄だけでは分からない。勢い、お悔やみの儀礼をする機会を失したり、義理事を欠いたりすることもある。ひどいケースになると、喪中の挨拶状で、小一年前のご不幸を知ることも珍しくない。


fuuke.jpg


 今日も女房と一緒に遅ればせながらのお悔やみのご挨拶に行って来た。このケースは、私たち夫婦が若い頃、仲人をさせて頂いたカップルで、お嫁さん側のお父さんのご不幸。




 「お父さん、○○子さんのお父さんがお亡くなりになったそうよ。それも6月。今からでも、お悔やみのご挨拶にお伺いしないといけませんよねえ」




 「そうだよなあ。半年も前の事で、ちょっとタイミングがズレちまったが、お線香だけでも手向けさせて頂こう」




 郵便受けから喪中の挨拶状を持ってきた女房とこんな会話をした後のお悔やみ行きだった。南アルプスの麓、早川町の奈良田という所で大きな旅館を営んでいる方で、享年75歳。発見してからわずか二年の末期癌だった。娘さんの嫁ぎ先は石和温泉郷に近い春日居町。半年の時間は既に、その娘さんらカップルの悲しみを徐々に癒しつつあった。





 両親のうち、早くもお父さんを亡くしてしまった娘さん。一方の嫁ぎ先のお父さんも亡くし、義母も年老いた。しばらくご無沙汰していたら、何となく弱々しくなっていた。自分の事は気づかないものだが、周囲の人の老いはてきめんに分かる。私の場合も、女房の両親と父親をすでになくし、残る母親も93歳。足腰が思うに任せず、病院暮らしだ。



fuukei-2.jpg


 生きとし生けるもの、みんなが健康でありたいと思う。それぞれが健康に注意するしかない。帰り道、女房と二人でインフルエンザの予防注射を打ってきた。風邪の予防注射は、時期的にはちょっと遅いのだそうだが、やらないよりはましだ。





 この冬はA○○型という悪質なインフルエンザが流行の兆しだという。みんなで注意したいものだ。こうしてブログを書いていても「訪問者」には「足あとコメント」で「風邪にはご用心」と付け加えている。みんなが元気で新年を迎えたい。





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隣の奥さんの愛犬

裏の道2


 もちろん、日の出や日没時間に違いがある夏と冬とでは異なるが、毎日、我が家の前の小道を犬を連れて散歩する隣の奥さんがこの一両日、通らない。この小道は古(いにしえ)の≪幹線道路≫と言われているが、車時代になった今、その機能を散歩道に変えた。コンクリート舗装はされてはいるものの、2m足らずのこの≪幹線道路≫が今の時代に受け入れられるはずがない。我が家の庭、そしてこうしてパソコンを叩いている私の机の窓越しからでも2~30mぐらいの所にある道だ。


裏の道1


 隣の奥さんは人一倍の犬好き。朝が遅く、日暮れが早いこの時期だと、朝は7時半前後夕方は4時半前後には必ずといっていいほど大きな犬を連れて通るのである。連れて、と言うより連れられてと言った方がいいが、この奥さんは私がいる時には遠くから目を合わせるように軽く頭を下げて通り過ぎる。連れている犬は老衰で死んでしまったという前の犬に変わって見つけてきた雑種犬。なんとなくだが、前の犬と違って双方の呼吸が合わないのか、奥さんが犬に引っ張られているようにも見えた。

犬1

 その奥さんが昨日も今日も通らない。なんとなく気になった。ご主人は私と年齢が一回り以上も違う80歳近い歳だから、もう70歳も半ばを過ぎているだろう。



 「奥さん、この一両日、姿が見えないですね。風邪でも引いたんですか」



 畑で遅まきながらサトイモを掘っていた私が顔を上げたらニコニコしながらこちらにやって来た隣のご主人に私はこう言った。そのご主人は笑顔を崩さないまま



 「いやあ、風邪じゃあないんですよ。実は、犬に引っ張られて転んだ弾みで肋骨にひびが入ってしまってねえ・・・」



 「えっ、それで、入院しているんですか。どんな具合です?」



 「いやいや、入院なんちゅうもんじゃあないんですが、家に居ると女はどうしてもこまごま動いてしまうので三日、四日、病院に預かってもらうことにしたんですよ」




 「いずれにしても心配だ。わたしゃあ組長だからみんなで見舞いに行かんといけんね」


 「いやいや、ホント。すぐ帰って来るんですよ」




 それから三日後、その奥さんがニコニコしながらやって来て「心配かけちゃいましたねえ」と言いながら事故の顛末を話してくれた。それによるとこうだ。




 根っからの犬好きのこの奥さんは20年近くも飼っていた犬が老衰で死んだ後、犬が諦め切れず、知り合いから「拾い犬」という、やはり雑種犬をもらってきた。ところが、警戒心がひときわ強い犬で、なかなか慣れてはくれなかった。それでも、必ず慣れてくれる、と信じながら毎朝、毎夕の散歩も欠かさなかった。その大事に仕方は人並みではない。

犬2


 ところが、ある朝の散歩中、この犬が急に走り出し、ロープで繋がれていた奥さんは犬に引っ張られて転倒、胸を打った。体重が2~30㌔はある大きな犬だから、女性の力ではどうにもならなかったのだろう。でも犬好きのこの奥さん、今日もその犬と散歩を続けている。「奥さんの気持ち、きっとこの犬に伝わりますよ」と、言ってあげた。





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焚き火と焼き芋

青空  

 昨日の終日の雨とうって変わって今日はいい天気になった。空は雲ひとつない。秋の時期なら「抜けるような青空」と言うのだろうが、この時期だとそうはいかない。地上からの放射熱が上昇して空中に水蒸気の層を作るから秋の空とはどこか違う。






 「冬の空は下から見上げるといい青空に見えるが、空の上から見るといつも霞がいっぱい。特に都市部、つまり、住宅街の上空はそれが顕著。オフイスや家庭から放出される暖房熱のためだ。航空写真をとる場合、雨の少ない冬の時期は好都合のように思われがちだが、案外駄目。こうした暖房熱が少ない山間部はすっきりと下が見えるのですが・・・」

飛行機


 ヘリコプタやセスナ機で航空写真を撮ることが多い知り合いのカメラマンがこんな話をしてくれたことがある。

 


 今、朝の8時半。窓越しに見える富士山は、下界では雨だった昨日、雪の衣を厚くして青い空にくっきりと浮かび上がっている。東側の四分の一ぐらいの部分を朝日でまぶしく輝かせている。残る影の部分は青白い。そのコントラストが壮厳な富士を演出してくれる。下界と違って、そのうち、この富士の上空で風が起これば東斜面の雪が吹雪となって舞い上がる。その光景もまたいいものだ。


富士山


 こうしてパソコンを叩いているデスクの窓越しに見える富士は、30mぐらい先にある石の門柱のちょうど左側の肩に浮かんでいる。門柱の手前には種類の異なるカエデやイチョウがあるが、今は枯葉を落とし出して、みすぼらしい姿をさらけ出そうとしている。半月ほど前だと、イチョウは黄色に輝き、種類の異なるカエデはあるものは黄色に、またあるものは真っ赤に燃えていた。高く伸びた棕櫚(しゅろ)や各種の常緑樹の緑とマッチして見事な紅葉を見せてくれた。






 地面を見れば、その残骸ともいえる落ち葉がいっぱい。一足早く落とした柿の葉っぱなどとともに枯葉のじゅうたんである。ものの哀れさすら覚えるのだが、そんな感傷的な事ばかり言ってもいられない。厄介者を熊手でまとめては燃やすのである。そう、あの童謡にもある落ち葉焚きだ。


枯葉


 「お父さん、サツマイモを持って来ましょうか」





 普段、気が利かない女房がこんな時ばかりは嬉しそうに飛び回る。そのためでもないが、今年は我が家でサツマイモを作ったからいいが、昨年などは3~4㌔先のスーパーまで行ってサツマイモホイル用の銀紙を買って来るのである。普段、用事を言いつければ、なんやかやと理由をつけては逃げてしまうのに、嬉々としながら率先するのだ。


サツマイモ


 女という動物は元来、焼き芋が好きなのか。まあ、それはともかく、濡れ新聞紙やホイルに包んで焚き火の中に放り込んで置くと、確かにうまい焼き芋が出来る。濡れ新聞紙やホイルの銀紙まで用意して焼き芋をしたい女房の気持ちも分からないでもない。何より、冷え込む一方の冬空の下では、焚き火は暖かい。この機会に剪定で切り落とした植木の枝も処分するのだ。焚き火。そういえば、都会では味わえないかも知れませんね。


焚き火    焼き芋食べる


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親が子に家業を譲る時

 ロータリークラブでは週一度の例会で「卓話」という名のミニ講話をする。メンバーが交代で2~30分、思い思いのテーマで話すのだが、これがなかなか面白い。さまざまな職種さまざまな分野で豊かな経験を持った人達が集まっているからだ。




 私たちのクラブは地域柄、果樹農家もいるし、医者公認会計士行政書士商店主僧侶、もちろん会社経営者も多い。一口に会社経営者といっても、さまざまで、不動産会社もあれば測量会社、家電清涼飲料保険などの販売会社、また機械部品の製造メーカーや観光自動車会社のオーナーもいる。





 私のように会社をリタイアして農業の真似事をしている者もいるし、学校の校長を定年で辞めて葡萄作りに励んでいる人もいる。農業と一口に言っても、この葡萄ばかりかサクランボ、また花卉栽培農家もいる。その花卉を商う花屋さんも。ロータリークラブはそうした職業を通じての社会奉仕を標榜しているのである。だからメンバーの職業分類もしっかりしている。

ユリ


 過日の卓話では清涼飲料の販売会社を営む会員が、我が子に自らが苦労して育て上げた会社を譲る親の心境を話した。この人は私と同い年の66歳。高校時代の同級生で、私が勤めをリタイアしたのをきっかけに、このクラブへ導いてくれた人でもある。「俺も早く会社を卒業したいよ」。私が3年前、役員定年で会社を辞めた時、こんなことを言ったものだ。この人は卓話の中でもそんな心の内を話した。





 「サラリーマンには定年がある。でもオーナー社長には定年がない。≪その時≫は自分で決めなければならない。それは傍が考えるほどやさしくはない」




 確かにそうだろう。サラリーマンなら、その立場がどうであれ「定年」という問答無用の掟があるから簡単。しかし粉骨砕身、企業を育ててきた、しかも創業のオーナー社長が、いつまでも子供と思っている我が子にバトンを譲るのだから、タイミングは難しいに違いない。


牛乳


 この人は20代で脱サラして牛乳販売店を起こし、年商2億円の清涼飲料の販売会社に育て上げた。父ちゃん、母ちゃんとアルバイトを使っての、いわゆる町の牛乳屋さんだった。しかし、この人の着眼は良かった。当時は今のような普及を夢にも考えなかった自販機による販売に,いち早く戦略を切り替えていった。その中身も時代とともにコーヒーやジュース、お茶などの飲料に変えていったのである。



自動販売機


 今では山梨県下の至る所に自販機を設けて、毎日、数十人の従業員が保冷トラックで同県下を飛び回っている。「事業は走りながら考えるもの」がモットーで「まず自販機を置くことが先。営業効果の理由付けは後でいい」が口癖だった。大学を出たての息子さんを取引先でもある大手飲料メーカーに預けて実戦の経営学や帝王学を学ばせた。5年間の≪勉強≫も終えて結婚、一児の父親となった。今では専務として実質的に会社の経営を立派に担っている。



自動販売機2


 世相の乱れ。急成長を遂げたこの自販機ビジネスも多発する自販機荒らしが嫌な予感を感じさせないでもない。いずれにせよ、間もなく親父に代わって息子さんの出番だ。自らの会社にとどまらず、業界へのデビューも意味する。


自動販売機3  


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人権擁護と炭焼き小屋

秋

 12月4日から全国人権擁護週間が始まった。初日の4日、山梨県人権擁護委員会連合会の山梨グループは山梨市民会館で終日、特設人権相談を開設する一方、午前と午後、広報車を繰り出して市民への人権啓発に努めた。広報車は山梨市の市街地はもちろん、埼玉県境まである同市の山間部までくまなく巡回、人権の大切さを訴えたり、「いじめ」など人権侵害があった場合の気軽な相談を呼びかけた。





 特設相談は隔月で山梨市の市民会館などを会場に同市内に委嘱されている人権擁護委員14人が2~3人一組で相談に応ずる。一方、これとは別に甲府地方法務局やその出先では常設の相談所が開設されていて、山梨県内に209人いる人権擁護委員が交代で毎日、相談に応じている。県下各地から手弁当でやって来て、午前9時~午後4時まで民間の相談員の立場でその業務に当たるのである。




 啓発活動は広報車の巡回やパレード(人権週間中)のほか、それぞれの地域の小、中、高校生を対象とした「いじめ110番」への利用を呼びかけるチラシの配布、また、毎年いくつかの小学校を指定して「人権の花」を子供たちに配ったり、その種を風船に託したりする。「人権の花」は子供たちばかりではなく、祭りや商店街の大売出しなどの機会を捉えながら一般の大人たちにも配って理解を求める。


三富


 この日、山間部の広報車巡回の案内役を買って出てくれたのは旧村の三富村から出ている67歳の委員さん。先頃の合併後は三富地区という。雁坂という峠を越せば、お隣はもう埼玉県の秩父。山梨市の一番北の端で、人口1,200人足らずの小さな部落だ。村役場の幹部として長い間行政に携わってきただけに、地域住民への愛着も人一倍で、人権擁護のボランティア活動にも熱心。特設、常設の相談会はもちろん、各種の啓発活動や研修会も参加を欠かしたことがない。


炭焼き小屋1   炭焼き小屋2
炭焼き小屋3   薪


 この人は農業の傍ら、趣味で炭焼きを始めた。人権の巡回啓発広報を終えて帰る途中、その炭焼き小屋を見せてくれた。埼玉県境に近い国道140号,通称「雁坂道」からやや西にそれた山すその集落。3m四方はあろう炭焼き小屋からは白い煙が冬の空に寒々しく立ち昇っていた。ちょっと反対側に目を注げば谷底のような所を流れる笛吹川の支流が。その崖の上からは高さ数10mはある滝が流れ落ちていた。紅葉から枯葉に変わってはいるものの周囲の木々とマッチして見事な景観を見せていた。


滝


 「こんなのどかで、自然豊かな所で、犯罪はもちろん、人権侵害事案など起こりっこないよなあ」



 同行者の一人が誰に言うともなくつぶやいた。確かに犯罪や各種の人権侵害事案の発生には生活環境が大きく影響を及ぼすだろう。社会環境や家庭環境が複雑になればなるほど人の心は歪みかねない。地域や家庭の意思の疎通が希薄になればなるほど、あっちこっちの人間関係にひずみが出来るのは当たり前。子供のいじめ一つとっても都市部に多いのも頷ける。自然もいつまでも豊かでありたい。


吊り橋


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人の行動パターン

 私たちは毎日、それぞれの日常生活を送っているが、みんな、個々に共通した行動パターンがある。朝起きる時間がほとんど同じなら、夜、寝る時間もほぼ同じ頃。食事をしたり、新聞やテレビを見てくつろぐ居間での座る位置も毎日同じ。みんな無意識のうちにそんな行動をしているのである。



家庭


 これはありふれた日常だが、この「座る」という事を例にとつても、その行動パターンは定例の会合や無尽会、果ては飲み会に至るまで、いつの間にか同じになっているのである。今、町にも銭湯を見かけなくなったが、恐らくそこでも同じだろう。私の場合、週に何度か通うスポーツジムでも同じ事をしていることに気づく。例えば、下足のロッカーや更衣室のロッカーでも無意識のうちにほぼ決まったロッカーを使っている。



下足ロッカー



 山梨ロータリークラブの例会は毎週木曜日の午後零時半から山梨市の市民会館で開く。この時も同じなのだ。もちろん、三々五々集まってくる。思い思いにテーブル席に着く。しかし例会の開会を告げる会長の点鐘の時、全体を見ると、みんながほぼいつもの席に座っている。年に何度かある夜間の例会の場合も同じ。例会行事の後の酒席で、気づいて見れば隣や前でお酒を酌み交わす顔ぶれはいつもほとんど同じである。


お酒



 酒席を伴う場合は別だが、通常の例会にはみんなマイカーでやって来る。その駐車位置も大体同じ。やって来る時間もそれぞれが、ほぼ同じだから、後から来る人達は「ああー、○○さんはもう来ているな」とすぐ分かる。イレギュラーがない限りみんながほとんど行動パターンが同じとあれば、空いている所もまた同じ。このことはスポーツジムの更衣室でも同じことが言える。



ロッカー


 更衣室はかなりのスペースをとっているが、入り口を使う人もあれば、真ん中も、また奥まった所を使う人、それぞれさまざまだ。トレーニングを終えて更衣室に戻った顔を見ると、そこには決まった顔がある。隣のロッカー、前のロッカーとほぼ同じ顔ぶれだ。勢い話もはずみ、親しみも増幅してくるから不思議である。





 スポーツジムの下足ロッカーは小さいスペースで済むので、ロビーを過ぎて一段上がった所に壁状に沢山のロッカーが並ぶ。そこには算用数字で規則正しく番号がふってある。上段を使う人、また中段、それに出来るだけ下の方のロッカーを使う人と、行動パターンが現れるのだ。ここで面白いのはロッカーナンバー





 人にはなぜか好きな数字というものがある。3 とか 5  とか 7,8,1 といった具合にそれぞれ何とはなしにお気に入りの数字を持っている。そんなに意識しているわけでもないが、下足を入れる時、その好きな数字に入れているのである。選ぶ所が沢山あればあるほど、この心理が働くのだ。





 こうした行動パターンが示すように人間は大きな変化を求めない動物なのかも。チェンジ。大きな変化があっても、またそれに対応できるのも人間だ。毎日、太陽が東から昇り、西へと沈む。四季をも繰り返す。人間は一定の行動パターンでそれに順応しているのだ。



海


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縁側の陽だまり

 「夕方出かけて朝帰ってくるものはな~んだ」
 私達が幼い頃、こんな「なぞなぞ遊び」があった。答えは「雨戸」だが、今の子供達にこのなぞなぞを問いかけたら、きっと「家(うち)のお父さん」と答える子供さんが多かろう。家の娘だったら確実に「マージャン好きのお父さん」と答えるに違いない。特に、休日の前ともなれば、同僚とお酒を飲み歩き、その行く先はマージャン荘。決まって朝帰りだった。元気もあった。そんな生き生きした?現役時代が今となっては懐かしい。



夜明け



 今の子供達が「雨戸」を知らないのも無理はない。ここで言う雨戸は縁側の外側にある板張りの戸である。都会だったら100%お目にかかれまい。田舎だって近代住宅にどんどん変わってしまった今、縁側を伴った雨戸の家など見たくても見られなくなった。





 お若い方なら分からないだろうから、ちょっと説明すると、文化財として各地に残る古民家武家屋敷を注意して御覧なさい。いくつも並ぶ部屋の外側に板張りの廊下が設けてある。これが縁側だ。その外側に戸がなかったら防寒、防風にも困るし、第一無用心である。だから、この雨戸は昔の住宅では欠かせなかったのだ。隅々には必ず戸袋があって「夕方に(閉めた)出かけた雨戸は朝帰って」この戸袋に収まるのである。




 古来、わが国の民家は、多くがこのような構造で、部屋と部屋を仕切るのは壁ではなくてふすま帯戸、それに障子。これを取り払えば、一つの大広間になるのだ。親、子、孫までが同居する大家族制を維持せしめた家屋構造であり、一方ではさまざまな条件に対応できる、いわゆる多目的構造であった。地域の集会、ひとたび不幸が生ずればお葬式、また結婚式にも。地域によって、お蚕の飼育場に早代わりした家もあるだろう。



障子


 どちらが先かは分からないが、今の近代住宅構造は古来の大家族主義を根底からぶっ潰し≪個≫を助長する生活様式に変えた。一つの家に同居するにしても、親達は親達、年寄りや子供達も、またそれぞれの部屋を持つ。子供の場合、その数によって子供部屋を設けるのが普通となった。その良し悪しは別として≪個≫が優先するから≪家族団らん≫の風潮はだんだん希薄になっていくに決まっている。実質的な核家族化である。




 陽だまりと縁側。この二つはよく似合った。そこにお年寄りでもいればなおさらだ。お年寄りが縁側の陽だまりで編み物をしたり、孫と遊んでいる光景があったら絵にもなる。近所の人たちが一人二人と寄って茶飲み話をする場ともなった。いわゆる地域の人達のコミュニケーションの舞台にもなったのである。


縁側


 雨戸と縁側が消えると同時に、かつてはどこの田舎にもあった、こんなのどかな光景をも一遍に消し去った。それはまた人々の心まで変えようとしている。都会、都市部では当たり前になった「隣は何をする人ぞ」の無関心風潮は田舎にも忍び寄っている。





 こんな硬苦しい話はともかく、縁側すら残る古い我が家の場合、リフォームして雨戸をサッシ戸に替えたからいいが、そうでもしなければ女房だって一緒に住んではくれまい。ただ、サッシでガードした縁側は、ただの廊下に成り下がった。




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忘年会の走りのパーティー

 午後5時半。甲府盆地の灯を東側から眼下に見下ろすゴルフ場のクラブハウス。日が短くなって外は真っ暗だ。しかし、山の中に煌々と明かりをともすクラブハウスの中は200人を超す人たちで大賑わい。81歳になる男の誕生祝を兼ねた、一足早い忘年会が開かれていた。もちろんゴルフを楽しんだ後で、ご婦人たちは後から駆けつけた。


誕生日



 主役のこの方は山梨県の運輸業界の会長を務めた後、やはり同県の中小企業団体組織の会長をした人。会場を埋めた人たちの多くはこの二つに関係する人たちだが、中には、趣味のハンターもいて、この人が最近射止めたばかりという鹿や猪の肉もテーブルに並んだ。もちろん、お酒も料理もどっさり。私の場合、現役時代からの知り合いということにとどめず、今はスポーツジムのプール仲間、いわゆるプル友だ。女房も一緒に招かれた。私たちばかりではなく、何人かのプル友も一緒。


プール


 「俺はお祭り大好き。生きている限りはこの会を続けたい」




 昨年、80歳を契機に山梨県の中小企業団体組織の会長を退いたのを機に開いた傘寿のお祝い会がスタートだ。元来が親分肌の人だから人もさっと集まる。多くの人達の面倒も見て来たのだろう。挨拶でマイクの前に立つお歴々は「俺達は○○学校の教え子、これからも長生きして・・・」と、ヨイショする。


誕生日会


 事実上、最後の公職と言っていい同組織の会長を退く前、プールに併設されたジャグジーの風呂で、この人はこんなことを言った。


ジャグジー


 「俺も80。なんぼうでも役職にしがみついているように思われちゃあいけんので、この辺で区切りをつけようと思うんだよ」



 「そうですよねえ。後進に道を譲られて、ゆっくりすることも大事なことですよ」



 「でも、こんな(経済が)多難のとき、後が心配ということもあるんだよなあ・・・」




 「な~に、教え子達がちゃんと後を引き継ぎますよ。任せることも、また仕事じゃあないんですか」




 裸の付き合い。二人は目を見ながらこんな会話を交わした。どのような組織であれ、このような腹を割った話は、その組織の中ではしにくいものだ。私に問いかけながらも、自らに言い聞かせるように言うこの人の心の内がよく分かるような気がした。いつまでも子供と思っている我が子に、親が家業を譲るときの心境に似た思いを見た気がした。




 おかしなもので、こうした役職に着かれている方たちの中には10年,20年,長いケースになると死ぬまでしがみついている?人たちもいる。いずれも使命感や責任感からだろうが、傍ではそうは受け止めないから気の毒だ。「後進に道を譲る」という言葉がある。それこそが人材育成のあるべき姿だろう。定年制はその意味で立派な意味がある。




 会社であれ、官庁、各種の団体、それに政治家であれ、それを辞めてバッチをはすせばただの人。在職中の手腕力量や貢献は問われるのはもちろんだが、そこで着けていたバッチは整理係の印みたいなものなのだ。勘違いしてエラがっていたらしっぺ返しが来る。



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新年同級会の通知

 今度の幹事は用意周到なのか来年の新年会の通知が今年は11月中に届いた。高校時代の同級会で、毎年1月2日に母校・日川高校の正門前のすし屋さんで開く。昭和36年の卒業生。当時は8クラス400人。今のように1クラス30人とか40人ではなく、みんな50人学級だった。誰ともなくの呼び掛けで卒業直後から1~3組合同での同級会が始まった。卒業して48年になるが、この同級会は一度も休んだことはない。

人

 自慢ではないが、同級会を卒業してから一度も休まずに続けているところは、いっぱいあるように思うかもしれないけれども実は案外少ないはずだ。同級会にとどまらず、およそ人の集まりというものは途中で途切れたり空中分解するケースが珍しくない。しかし、この同級会は間もなく無傷の50回を迎えるのである。
学校

 50回ということは見方を変えれば半世紀の歴史を刻んだことになる。歳をとるのも当たり前。ほとんどが66歳になった。あと5ヶ月もすれば早い仲間は67歳になる。50人学級3クラスだからこの同級会の対象者は約150人。残念ながらこのうち一割以上の仲間達が鬼籍に入り、このほかに消息が分からない人たちもいる。




 長続きの秘訣はなんだろう。仲間意識?郷愁?もちろんそれもあるのだろうが、幹事の選任の仕方にあるような気がするのである。この同級会は次の年の幹事を集まった人の中から決める。珍しく参加した人がいれば暗黙のうちにその人を充てる。幹事は二人。宴の最後にこの二人が挨拶して来年の大勢の参加を促すのである。その年の幹事は残金なども含めて次年の幹事に引き継ぐ。新幹事が来年の座敷を押さえて帰るのだ。




 こうしておくと幹事役を放り投げることはない。それも二人だから、どちらかが都合を生じても残りの一人がフォローすればいい。幹事は一ヶ月前をメドに案内通知を出す。常連の参加者は正月の恒例行事としてそれぞれの日程に入れている。そこは伝統の成せる技だ。中には50年近くも続くこの同級会を一度も欠席した事がないという仲間もいる。


絵会


 恩師の先生方もお招きする。各クラスの担任、副担任である。残念ながら鬼籍に入られた先生の数のほうが多い。毎年必ずといっていいほど出席してくれる恩師の一人は「俺はここに出てくることが生きている証だと思っている。俺の青春が蘇えって来るような気がするんだよ。第一、こんな楽しいひと時はない」と、いつも言ってくれる。




 思い思いに、ワイワイ、ガヤガヤ。みんなで酒を酌み交わす。みんなが一人ずつ近況を話す時間も持つ。農業や会社経営など自営者を除けば、みんな勤めをリタイアした。6~7年前までは仕事の話ばかりだったが、最近は自らの健康土いじりなどの趣味、可愛い孫の話など家庭を中心の話に変わった。

子供

 お腹が突っ張る一方で、頭は白くなり、その髪すらなくした仲間達も・・・。みんな歳は隠せない。乱暴な口の利き方をしていた仲間も いつの間にか穏やかになった。しかし、恩師は「おい、これ・・・」の先生ぶりは変わらない。いつまでも先生であり、教え子なのだ。それがいい。校歌を歌い「フレ~、フレ~」の応援が同級会の締めだ。




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女房と俺の差

 「お父さん、へんなこと書かないでよ」
 「何の事、言ってるんだ」
 「大根よ、大根。あなたの遊び(ブログ)に私を引き合いに出すことないじゃないの」

人物
 64歳になる女房は時々、私のブログを覗いているらしく、ニヤニヤしながらブツブツ言った。私と同じようにITなどおよそオンチの女房もパソコンを開いて、インターネットに接続するくらいは出来るのである。ブログへは「お気に入り」があるから簡単。



 そう言えば、女房と一緒に山梨市のパソコン講座に通ったのは一年前の夏。乗って行く車のハンドルが焼け付くほど暑い頃だった。入門、ワード、エクセルの3講座があって、それぞれの講座が一日2時間で週4日。つまり1講座8時間だから、延べでは24時間勉強したことになる。



 今、考えてみれば、60も半ばの人間にとってはあの講座のスピードは、ちょっときつい。私の場合、今でも師匠と思っている萩原という同級生に基礎的なことを教わっていたからいいが、女房の場合、天付けだから無理もない。十分に理解しないまま講座を終え、よく分からないから、やらない、やらないから興味も沸かない、といった具合に悪循環で、せっかくの受講も今では台無し。



 娘に教わったりしながらブログを始めてぼつぼつ半年。毎日欠かさない晩酌の後、パソコンに向かう。外でお酒を飲んだり、マージャンで朝帰りの日はともかく、この日記は毎晩、書くことにしている。そう、新米の私がパソコンのキーを叩いている姿は、今、これをお読み頂いている皆さんが想像されている通りである。


キーボード

 キーを叩くホームが身についていないから文字を打つのが遅く、従って完了までにどうしても時間がかかってしまう。私の日記はワードの1ページ分、つまり、400字詰めの原稿用紙3枚半ぐらいと決めている。その分量は多くもなく、少なくもない1ページぴったりに収めているのだ。



 不思議なことに、いくら時間がかかっても飽きないし、疲れもしないのである。物事にハマっている時とはこんなものかもしれない。むしろ慣れてしまったら逆に飽きが来るのだろう。分からないからぶつかるもの全てに興味が沸くから面白い。子供の頃、こんな感覚で勉強にも取り組んでいたら・・・。



 何でもそうだろうが、パソコンも日常的に使わなければ忘れてしまう。例えば、エクセルも一通り教わったのだが、ワード・ブログにかまけていたら、みんな忘れてしまった。頭の老化現象も手伝っているのだろうが、1年半で綺麗さっぱりだ。人間の頭なんてたわいもないものだ。



 そんな事を親しい現役の経営者に話したら「私なんかその逆。表計算などでエクセルは毎日遣うからいいが、他の使わないものはみんな駄目。同じことですよ」と、慰めてくれた。それから考えれば、女房なんか当たり前だ。



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やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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