手鼻と大根の種蒔き

トマト


 キュウリやインゲンの棚は枯葉が目立ち、やはり夏野菜のトマトやナスもひところの勢いをなくし、我が家の畑も夏から秋への衣替えの準備を始める。大きく伸びた雑草を取り、石灰をまくなどして、そのための圃場整備をするのである。石灰はとかく陥りがちな土壌の酸性化を防ぐための散布だ。特に、ほうれん草作りには欠かせない。


インゲン


 うかうかしているとすぐに大きくなってしまうキュウリも、また田舎では「食いっこ生りっこ」と言われるほど次から次へと生るインゲンも、もう形無しだ。「秋茄子は嫁には食わすな」という言葉があるくらいだから、ナスは夏から秋にまたがる野菜なのだろう。ひところの勢いはなくしたものの、まだまだ健在。我が家ではぬか漬けにしたり、煮物や味噌汁の具にしたりして今も食卓に載っている。



茄子1      茄子2


 「秋の陽はつるべ落とし」と言われるように、これから日はどんどん短くなっていく。朝は4時といえば明るくなり、夕方も7時半過ぎまで明るかったひと頃がウソのようだ。まさに「つるべ落とし」。これから急ピッチで日が短くなる。人生の落日にオーバーラップはしたくない。実りの秋への移行と前向きに受け止めている。残暑が緩んで、いつの間にか朝夕は涼しくなった。秋は確実にそこまでやって来ている。

畑


 野良に出て大根の種蒔きの準備をしながら、「手鼻(てばな)」をかんだ。




 「お父さん、汚い事をしないでくださいよ。いつもそうなんだから・・・。まったく・・・」



 嫌々ながらだが、畑仕事を手伝ってくれた女房がいかにも汚いものを見るように、嫌~な顔をしながら言った。「手鼻(てばな)」。都会の方々やお若い方々は見たことも聞いたこともないだろう。鼻の片方を押さえて「ち~ん」とやるのだ。ポケットからテッシュを出して鼻をかむ面倒もないし、第一、鼻をかんだ後、意外とスッキリするのだ。野球選手がフィールドで唾をするのと同じように、見ている側からすれば、お世辞にもいいものでも、褒められたものではない。百姓のフィールドは畑。わが女房よ、ここは大目にね。


キュウリ 


 今はそんな事を言わなくなったが、田舎には「五(御)膳箸」という言葉があった。むすびを食べるのも、漬物を食べるのも箸を使わずに文字通り、5本の指を持つ手で食べるのだ。子供の頃だが、こんな思い出がある。農業の繁忙期ともなれば、朝、学校に行くまで子供たちも親父と一緒に野良に出て仕事を手伝うのだ。夜明けとともに畑に出るのだから朝飯はもちろん畑の中。今のように爪楊枝や箸、ましてやおしぼりなど用意するような余裕も、生活のレベルでもなかったのだろう。何を食べるのも5本の指なのである。


トマト2


 のどかなものだった。衛生云々などともいわなかった。それによって免疫を作ったのか病気にもならなかった。ただ、この五膳箸はともかく、私たちのの学業成績は言わずもがな。朝も早いし、畑仕事で疲れているから授業中は居眠りだ。それが高校時代まで続くのである。広い農地を抱えて、そうでもしなければ間に合わない親父の心の内が今ではよく分かる。幸か不幸か、おふくろからも今時の教育ママのように「勉強、勉強」などといわれなかった。しかし、今考えれば、そんな親父やおふくろで良かったと思っている。少しばかりの勉強より大切なものを教わったような気がする。




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ユリと彼岸の餅

ユリ  


 ユリが咲いた。庭の植え込みといわず、畑の隅々といわず我が家の周りには、白く咲いたユリがいっぱい。近所の人達が「ユリ屋敷みたいですね」というほど、あっちこっちで花を開いているのである。7月から咲いている百日紅(さるすべり)の赤い花や鉢植えのサフィニアの赤と見事なコントラストを見せている。まるで「泣かなければ損」とばかり鳴く蝉がゆく夏を惜しんでいる。そんな季節の変わり目を見守るように、おっとりと白く咲くのがユリの花だ。


サフィニア  百日紅  百日紅2


 一口にユリと言っても我が家のユリは、テッポウユリタカサゴユリらしい。「らしい」と言ったのは、私には確たる知識がないからだ。花の形を見る限りその区別はつかないが、この二つは背丈が全く違う。50cmぐらいのテッポウユリに対して、タカサゴユリは1・5mから2m,大きいものでは3mにもなる。肥料の関係もあるのかもしれない。まるで突然変異でもしたかのようだ。因みにタカサゴユリの原産地は台湾。「台湾百合」というそうだ。



ユリ2



 どちらもラッパのような花をつける。背丈の違いがあるにせよ茎は案外しっかりしていて、下から上まで茎から放射線状に細長い葉をつけ、葉は下のほうは水平に、上に行くに従って斜めになるのだ。白濁色の花弁を落とすと、その跡に出来る筒状の鞘の中にいっぱいの種を宿す。この種が冬の空っ風に煽られて周囲に飛散するのである。


百合3



 我が家のユリ屋敷は、こうして出来たもので、種を蒔いたものでもなければ、球根を植えたものでもない。春から夏にかけての雑草取りに巻き込まれて犠牲にならなければ、ユリはもっともっと増えるはずだ。可憐な花だが、逞しい繁殖力を持っている。




 美人を形容する言葉に「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」というのがある。そんな美人にはそうそうお目にかからないが、その反対の「立てばビヤダル、座ればたらい、歩く姿はドラム缶」。そんな女性は身近にもいる。そんな事を女房に言ったら、やっぱりオカンムリ。「それはお父さんのことよ。失礼しちゃうわ。まったく・・・」。女はいつまでも、そしてこともあろうに自分は百合だと思っているから面白い。


百合



 ところで芍薬と牡丹。似ていて非なるものである。「立てば芍薬」というように芍薬は枝分かれせずに真っ直ぐ立つ。これに対して牡丹は「座れば牡丹」というように横張り樹形の小低木だ。二つとも我が家にあるのだが、中でも芍薬は繊細。根の周りをいびったり、踏み荒らしたりしたら花をつけないのだ。周りの雑草をかじったりするものだから、花を咲かせてくれない。牡丹はお隣中国の国花。似て非なるこの二つは、ともに漢方薬に使われる。牡丹にはさまざまな別名があって「花王石鹸」の「花王」もその一つである。




 暑い、暑いと言っているうちに間もなく秋の彼岸がやってくる。春秋の彼岸につき物が牡丹餅(ぼたもち)御萩(おはぎ)。この二つの違いは諸説ある。その一つは字の通り春がぼたもち秋がおはぎ。この二つにはあんこがつくのだが、このあんこがまた違う。春のぼたもちであるのに対して、秋のおはぎこしあんなのである。これにも諸説あって、あんの原料の小豆の収穫期に起因する説が有力だ。小豆が柔らかい春は粒あん、硬くなる秋はこしあんというわけだ。私はお酒が好きなくせにぼた餅も大好き人間である。

餅

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子供たちとキジ撃ち

富士山


 富士山のお山じまいが済んで、季節的には今年の夏山シーズンが終わった。お山じまいの後、山梨県側の富士山の麓、富士吉田市では「吉田の火祭り」が盛大に繰り広げられ、行く夏を惜しんだ。「吉田の火祭り」日本3奇祭の一つで、山梨県内はもちろん、全国から大勢の老若男女が集まる。



吉田の火祭り


 中高年を中心にしたハイキングや登山ブームを反映して、今年も富士登山者はかなりの数にのぼったはずだ。ただ7月1日のお山開き以降のお天気の乱れが登山者の足を止めたことも確かだろう。いつもの年なら山梨市の我が家からも毎夜のように見えた登山者のライトの帯が、今年はあまり見えなかった。ただ、ここは甲府盆地。御坂山塊を挟んで、向こう側の富士山麓地方とはお天気が違うし、富士山の上の天気も違う。





 「頭を雲の 上に出し 四方のお山を 見渡して 雷様を 下に聞く・・・」

 ご存知、唱歌「富士山」だ。この歌の通り、雨雲は3,000m前後の所に生まれるのだから、3,776mの富士山頂は下界が雨でも、晴れている時が多いのだ。私も三度ほど登ったことがあるが、苦労をして辿り着いた山頂で拝すご来光は、筆舌に尽くしがたい感動だ。


富士


 「アルプス1万尺 小槍の上で アルペン踊りを さあ踊りましょう・・・」

 アメリカ民謡「アルプスい1万尺」は山男達の間でよく歌われる。この歌にはさまざまの替え歌があって、その時々の場面に合わせて唄われる。その内容は極真面目だったり、ちょっと砕けたり、果ては男達の酒席に飛び出すようなかなり品性を欠くものも。山男達には、こんな替え歌もある。




 「アルプス1万尺 小槍の上で 小キジを撃てば 穂高あたりは 霧の中・・・」

小キジ、とは小便。因みにキジ撃ちとは大便のこと。山男達の隠語なのだ。都会の方々や お若い方々の中には「わあ、汚い」と、言う人もおいでかもしれないが、山にはトイレなんかない。富士山のように夏山シーズン中、20万人もの登山者があるところは別だ。




富士山2


 「キジ撃ち」とは誰が名づけたか知らないが、そのスタイルからその名がついたのだろう。山のキャンプ地にロッジや公衆トイレが設けられている所はいい。それがない所でキャンプする場合、跨いで用を足す穴を掘って対処する。最後に埋めて帰るのは当然。山を移動中の用は小キジも大キジも、その辺の木陰で。山男達はそれなりの後始末のマナーを知っている。


富士2  


 さて、今の子供たち。私たちが毎年、実施している国際子供キャンプの参加者の中にはロッジの和式トイレすら使えない児も。小学中、高学年の男の子が泣き出すのである。考えてみれば洋式、それも自動のトイレが普及、生まれながらにそれしか知らない子供たちもいるのだ。学校もそれへの対応をしているという。火を遣ってご飯を炊くこと、包丁での料理もさることながら、野外活動の大切さを思い知らされる瞬間である。人間、温室のような環境でばかりで過ごせるとは限らない。何事にも通ずることだろうが、体験したり、知っていて損することはない。さて子供を過保護にしかねない世のお母さんたちは、これをいかがお考えになりますかな。




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草食人間

風景


 民族を大別してよく言われるのが狩猟民族農耕民族。この分類からすると私達日本人は農耕民族だといわれる。ただ、農耕に対比する言葉は狩猟ではなく、牧畜だという分類が正しそう。農耕民族は土地への執着が強く、それとは対照的に牧畜の餌を求めて移動を余儀なくされる牧畜民族は、当たり前だがへ執着する。




 一方、動物を大別すると、肉食草食に分類できるのだろう。こちらの分類は分かり易い。体の部分的な構造が明らかに違うからだ。哺乳類で見た場合、ものを食べる歯の形が違うし、はっきり違うのは目の位置である。例えば、ライオンやハイエナのように肉食動物の目は正面についているし、馬や牛のように草食動物は横についている。肉食の奴らに狙われた時の危険察知に備えて視界を広くしている。足の爪だって違う。肉食の爪は前足に鋭いものを持ち、草食のそれは蹄を持っていて、長距離を走る、つまり敵から逃げる備えを持っているのだ。


ライオン   牛

 

 

 農耕民族と狩猟民族はともかく、肉食動物と草食動物では明らかに逞しさが違う。草食動物は肉食動物に狙われる立場にあり、うっかりしていると食われてしまう。サファリなど大自然の中では食うか食われるかの闘争を繰り返しているのである。そんな動物界、自然界を例えたのだろうか、最近「草食人間」などという言葉がよく言われるようになった。主には覇気や闘争心のない男達、また転じて異性の女性に興味を示さず、結婚などにも関心を持たない若い男性たちのことを言うのである。

うさぎ

 私が歳を取っているせいかもしれないが、この言葉はいい得て妙。お若い男性からお叱りを受けることを覚悟して言えば、確かにそんな若者が増えている。何も男性中心のものの考え方をしているわけでもないし、男性社会を標榜しているわけでもないが、覇気をなくした男性があまりにも目に付く。同じ世代の若者達がいるとする。そこでリーダーシップを取るのはおうおうにして女性のことが多い。それが生まれてもう久しいが「アッシー」などという言葉が現代若者像を物語っている。




 先頃、子供キャンプに加わった時の茶飲み話で、たまたま私と同世代のスタッフの一人が子供たちを横目にこんなことを言った。




 「今の子供たちは男の子より女の子の方が元気があるよなあ。男は男らしく、もっと覇気を・・・」

女の子


 ここまで言ったら隣にいた女性がすかさず口を挟んだ。もう60歳に近いベテランの女教師である。




 「男だから、女だから、かくあるべき、というのはおかしい。私は双方を人間と観て、その結果が男だったり、女だったりするんです.。そう考えなければいけません」


子供たち


 私は頓珍漢かもしれないが、最近よく言われる「ジェンダーフリー」という言葉を思い起こした。とにかく、教育界の中に、この女教師の言う考えがあることは間違いない。男と女の概念も時代とともに変わってくるのだろうか。でも男と女は構造的にも違うし、だからこそ男性は女性をいたわる心を持たなければいけないと思っている。

 


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レコードとCD

蓄音機



 我が家には100年前にアメリカで作られたという蓄音機がある。今風な言葉で言えばアンティーク○○だが、ただ部屋の片隅に置いてあるだけで、なんの用も足していない。物心ついた頃から同じ場所に空気のようにあるのだ。私の歳から考えれば少なくとも66年、恐らく生まれるずっと前の70年、80年、いやもっと前からあるのかもしれない。

 



 子供の頃、この舶来の蓄音機のサイドボードには、レコードが冊子のようになっていっぱい入っていた。レコードはジャズでもなければ演歌でもない。みんな浪曲だった。多分、江戸末期生まれの祖父母達が聴いたのだろう。レコードが何たるかすら知らない田舎のわんぱく小僧にとっては無用の長物。叩き割っては遊んだ。




 舶来の、それも田舎では珍しかっただろう蓄音機と浪曲のレコード。今考えればいかにもミスマッチだ。高校時代になって先進的な仲間の影響もあってポールアンカニールセダカにあこがれた。その仲間は東京電力の幹部・役員を経て、関連会社の社長を務めている。当時彼の父親は市長を務めていて、私のような田舎の百姓のせがれと暮らしぶりも大分違っていたのだろう。レコードを次々買ってくる、また、それが出来る少年は、仲間の間でも極めて珍しかった。


ポール・アンカ1


 蓄音機。レコード。みんな死語になった。浪曲とか舶来という言葉も同じだ。私のこのブログに時々おいで頂き、厳しいご指摘を頂く柳居子さんも、ある時「舶来」という言葉を使っていた。恐らく私たちと同世代の人間だろう。物のない時代に子供の頃を過ごした世代にとっては舶来品、舶来の文化は憧れだったのだ。




 アナログからデジタルへ。茶の間のテレビも2年後にはデジタル化するし、身の回りを見れば、知らぬ間にデジタルにどんどん移行。レコードは完全にCDに変わった。CDはコンパクトでいい。つい先日、やはり高校時代の同級生が作詞した歌のCDがホリデージャパンから発売された。レコードならさしずめA面、B 面というのだろうが、仲間の歌はそのひとつ。題名は「ふるさと」作詞:茂手木卓也。作曲:泉盛望。編曲:牧野三朗。歌手は高石正三改め真矢翔多真矢にとっては名前を改めての第一作目。気合も入っている。




ふるさと


 作詞の茂手木卓也は山梨県の石和温泉郷に程近いところにある農家の長男坊に生まれたが、大手の生命保険会社に。東京はもちろん、福島や長崎、長野など全国を股に支社長など地方勤務もして、理事・役員を最後に40年のサラリーマン生活に終止符を打った。歌詞には外から見た「ふるさと」がにじんでいる。早くも第二弾の「介護」をテーマにしたCD発売の準備が進んでいる。




 四方に連なる 山並みに ももや ぶどうの 色鮮(さ)やか
 豊かな香り 風に舞う 昔なつかし 面影残す
 ああ ふるさとは有難きかな



 鮒やほたるを 追いかけて 夕やみ遊びし この川辺
 いで湯の煙 風に舞う 流れ 絶ゆまぬ 面影残す
 ああ ふるさとは有難きかな



 竹馬の友の 思い出と 人の情けに 涙して
 明日への光 風に舞う 愛しき父母の 面影残す。
 ああ ふるさとは有難きかな



 歌詞も曲も何か純朴な唱歌を思わせるような歌だ。やはりこのブログにおいで頂くゴールデンチルドさんは歌手・清野明子の応援団だという。私は遅咲きの作詞家・茂手木卓也の応援団になりたい


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個人情報保護法ってヘンな法律?

人々

 おかしな法律が出来たもんだ。私はいつもそう思っている。「個人情報保護法」という法律だ。もちろん、法律そのものがおかしいというわけではない。私は法曹界の人間でもなければ学者でもない。たかが田舎の百姓である。だから、理屈ぬきでおかしいと思うのだ。




 私達が日常を生きている上で、堅苦しい法律なんか考えることどころか、眼中にない。普通にというか、まともに生きていれば、法律など知らなくてもいいし、考える必要もない。何か特別の悪さを考えたり、その抜け道の必要性にでも迫られない限り、法律は空気のような存在なのだ。


人々2


 もしあるとすれば、道交法くらいのものだろう。地域柄、交通手段をマイカーに依存せざるを得ない私達は、そこで規定されている飲酒運転やスピード違反は、否応なく気にするし、気にしなければならない。もし警察に捕まり、処分されたら、罰金もさることながら、明日からの「足」がなくなる。そのことを知っているからだ。




 ところが個人情報保護法というヤツは、なぜかみんなの日常生活の中に入り込んで、特別の存在のように一人歩きしているのだ。一人歩きというより、みんなが過敏に反応、その情報をことさらにシャットアウトしてしまうのである。典型的なのは行政だ。例えば、民生委員を委嘱したとする。ところが、その関連情報を、個人情報保護の名の下に出さないというのだ。民生委員にしてみれば、実態を知らずして真の活動など出来っこない。秘密の厳守は十分に心得ているだろうし、それが出来なければ任に当たれないはずだ。



人々3


 私はこの春から区長を仰せつかっている。先月のことだが、9月15日の「敬老の日」に因んで開く敬老会事務局担当者がやって来て、こう言うのだ。



 「区長さん、敬老会にお招きするお年寄りのみなさんの名簿が手に入らないのです」


 「市役所に行けばすぐ分かるよ」



 「それが、市役所は個人情報に関わることだから、出すわけには行かない、と言うんです」




 お年寄りはお亡くなりになるケースもあれば、若い人と同じように移動、つまり、地域を出たり、入ったりするケースだってある。地域行政がらみでの敬老会だから、ご案内はそそうのないようにしなければならないのは当然だ。




 交通安全協会というのがある。そこで15年以上無事故、無違反のドライバーを表彰することになった。そのデータは公安委員会、つまり警察にあるはず。ところがこれまた個人情報保護法だ。学校も同じ。万一に備えて作った電話番号入りの連絡網名簿を廃止しているところが増えているという。個人情報はそこまでして保護しなければいけないのか。法律の精神は人が安心して円滑、かつ合理的に生活するためのルールであるはずなのに。


車


 その背景にあるのは、お役所や学校の事なかれ主義にほかならない。私のブログはハナから理屈っぽいことは書かないことにしている。評論は評論家先生にお任せすればいい、と思っているからだ。でもコレだけはどこかおかしい、と思っている。あまたある法律の中で、恐らく、これほどみんなが神経質になつたり、趣旨を履き違える法律はないだろう。




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あっ、赤トンボが・・・

赤とんぼ  


 地図で見る限り、山梨県は日本列島のど真ん中だ。少なくとも私はそう思っている。山に囲まれた海なし県。それゆえに冬は乾燥し、夏は湿度が高く、蒸し暑い。内陸地方特有の気象なのだ。今は田舎暮らしになって、幾分、過ごし易いが、なべ底のような盆地の底・甲府に住んでいた時分は、夏場の夜など寝苦しくて眠れたものではなかった。今住んでいる山梨市とは標高が200mは違うだろうし、第一、緑の量も家並みの空間も違う。


緑


 毎年の事ながら日本列島を丸太に大移動したお盆休みも終わり、働き蜂のサラリーマンは、また職場に戻った。そんなお盆休みの後、区の役員さんに呼び掛けて、地域のふれあい広場に除草剤を散布した。今月末に予定している地区の防災訓練に備えるためである。防災訓練は9月1日の「防災の日」を前にした地区ぐるみの大掛かりな訓練だ。




 この夏、山梨県地方は梅雨明けが早かったものの、その後もまるで梅雨空のようなお天気が続いた。どうやら晴れ上がって夏らしくなったのは8月も10日過ぎ。草だって伸び放題だ。広場の周りで太くなったソメイヨシノや枝垂桜、栴檀やハナミズキなどの剪定をする一方で、除草剤を噴霧散布するのである。




 暑い。みんな汗びっしょりだ。女房が用意したペットボトルのお茶や水をがぶがぶ飲みながらベンチで一服。こんな時には水が何よりのご馳走だ。手拭で噴出す汗を拭いながら、ふと空を見上げるとトンボがいっぱい。赤トンボやアキアカネだろう。「もう秋だよなあ」。役員さんの一人がつぶやくように言った。トンボが近づくを告げていた。


赤トンボ  


 今年の夏は雨や曇天が多かったせいか、例年の夏とどこか違う。いつもならアブラ蝉ミンミン蝉とリレーするように蝉が鳴き、モクモクと湧き上がる入道雲の空の下の水辺にはシオカラトンボが舞った。それが夏を象徴し、暑さを煽り立ったものだ。そんな暑さの中で、子供の頃は越中フンドシひとつで河原でトンボを追い回し、水浴びに興じた。木によじ登って蝉も採った。


網


 アブラ蝉からミンミン蝉、ヒグラシなど蝉の順番どころか、一足飛びに赤トンボだ。いつもの年だとミンミンゼミが暑苦しいほど鳴くのだが、今年はほとんどその声を聞かない。昔、「日本で一番長い日」という映画があった。終戦の日8月15日をテーマにしたものだが、そこでも、いかにも暑い夏を印象付けるように蝉が鳴いていた。




 は一年のほとんどを土の中で過ごす。木に張り付いてミンミン鳴くのは死ぬまでのわずかに1週間前後だという。そう考えると、この夏の天候不順は、蝉にとっても恨めしいに違いない。世に出て、鳴き声もあげずに死んでいってしまう蝉もいるのだろう・・・。


蝉の抜け殻  


 天候不順の犠牲
になったのはばかりではない。農家も同じだ。野菜農家は日照不足による不作に泣き、果樹、特に桃栽培農家は春先の猛暑と遅霜、それに収穫期の日照不足がたたって核割れをもたらした。葡萄だって同じ。糖度はもちろん、色付きは昼間と夜の温度差が大切。雨続きで昼間の温度が上がらなかったため、巨峰、ピオーネの色付きはよくない。やっぱり冬は寒く、夏は暑くなければダメだ。狂ったのは今年ばかりか・・。どうやら地球規模で狂っているらしい。




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どこへ行くグループ活動

空2  


 「(前略)ユネスコ、ユニセフ。以前はもっとアクティブだったように思いますが、(ユネスコは)ユニセフに比べて、その活動が目立たなくなっているのは何故でしょう(後略)」




 8月6日付で更新したブログ「ユネスコの仲間達」に対してゴールデンチルドさんからお寄せ頂いたコメントだ。仰る通りである。「目立たなくなった」のはユネスコ活動そのものが沈滞している証拠。山梨県だけを見ても確かに、その人口は減る一方。甲府や山梨市をはじめとする各地のユネスコ協会は、人数的にも弱体化は否めない。その上、若い層の参加が少ないから、組織は高齢化傾向にある。


風景


 ユネスコ活動の沈滞傾向は、社会人ばかりではない。学校教育の場においてもしかりだ。例えば高校。ひと頃、ほとんど全てといっていい学校にあったユネスコ部は、ひとつ消え、ふたつ消え、今は40校を超す高校の中でユネスコ部があるのは10校に満たない。古くからもそうだが、その呼称は、国際部や社会部などユネスコに限らない。しかし、活動はユネスコを根底に置いた平和活動である。




 そうかと言って高校におけるユネスコ活動が衰退しきっているわけでは決してない。その活動の一環として、各高校が何人ずつかの代表を出して今でも「国際理解のための高校生の主張大会」を開いている。私はもちろん、それに参加する立場ではなく、審査員としてお邪魔するのだが、そこに登場する若者達は平和を築くための相互理解、国際理解の大切さを真剣に考え、論じている。思わず拍手したくなるほど立派だ。



高校生の主張1

国際交流・国際理解のための高校生の主張大会山梨県大会表彰式


 私はロータリークラブにも所属させて頂いている。ここでも加入人口は下降線をたどっている。若い層の加入者が減っているためだ。ひとつ私たちのクラブに限ったことではなく、全国的な傾向なのである。そんなに沢山あるわけではないが、消滅、解散に追い込まれるクラブもある。加入人口の減少に歯止めをかけなければならないのは、恐らく、ライオンズクラブなども同じだろう。




 ユネスコやロータリー、ライオンズなどに限らず、世間にあまたあるボランティアグループは、なぜか同じような傾向にある。会員の減少と高齢化、大なり、小なり同じような悩みを抱えている。一口に社会生活の多様化や繁忙化のせいばかりではない。人々の考えや志向、習慣がグループでの行動より、個や個人重視にどんどん傾斜している。もちろん個人を大切に考え、家庭最優先が悪いわけではない。最も大事なことだ。




 そういえば、ひと頃、どの地域にもあった婦人会青年団は今では完全といっていいほど姿を消した。家庭婦人は家庭婦人の立場で、青年達はまたその立場で、みんなで考えたり、行動しながら、地域にそれなりの貢献をした。それがなくなるから、人間関係は疎遠になる。私たちは、いつか知らぬ間にかそれを「都市化」という3文字に大雑把にくくってしまうのだ。今では言わなくなったが、わが女房も甲府での生活から田舎暮らしになった時、その煩わしさを言外に口にしたことさえある。でも不思議な事に、その女房がご近所の奥さん達と裸で付き合い、地域に溶け込むようになって生き生きとしてきた


花 


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運命の泣き別れ

雨  


 馬の背を分けるという。この時期、夕立などに見られる現象だ。今、ここでは降っていないのに、すぐ先は雨。その逆もある。もちろん夏の時期ばかりではない。雨が落ちていないところは日が差しているから、「お天気雨」などともいう。山の稜線でも≪馬の背を分ける≫ことがある。あちら側は雨でもこちらは晴れ。やがて一帯が雨雲に覆われることも。




 「じゃあ~、あばよ」。一緒に仲良く落ちてきた雨粒は、山の稜線を境に一方は山のあちら側に、一方はこちら側に泣き別れするのだ。このふた粒の雨は結果的に行き着く先がまったく違うのである。例えば、山梨県の甲府盆地と富士山麓地方を分ける御坂山塊の場合、甲府盆地側に落ちた雨は日本3大急流のひとつ富士川を経て駿河湾に流れ込むし、反対側の富士山麓側に落ちれば桂川に流れ込んで相模湾に。


海2


 山梨県を流れる水系は、たったのふたつ。富士川桂川だ。もちろん、笛吹川や釜無川など、それぞれに支流はいっぱいある。いずれにしても山梨県に降った雨は、みんな太平洋に注ぐ。お隣の長野県の場合、天竜川などを経て太平洋に流れるものもあれば、まったく違う日本海に注ぐものもある。日本列島をアルプスで背を分けるのである。


川



 馬の背分けやお天気雨は、自然界ばかりではない。さっきまで泣いていた人が笑ったり、昨日まで一緒にいた人が、いつの間にかいなくなったり・・・。前者を人は「お天気やさん」という。感情の起伏が激しいのだろうが、これも案外始末が悪い。




 「お天気やさん」はともかく、ふた粒の雨と同じように人の出会いと別れは不思議なものだ。人間、一生のうちに出会う人の数は膨大なものだろう。もちろん、その人の性格や生活環境、生き様などによっても違う。いずれにしてもその舞台は小、中、高、大学などの学校だったり、社会人になれば職場や趣味、広い意味での遊びだったりする。社会人になってからの方が人の出会いは格段に多い。




 初対面の時、名刺交換をする。その一枚の名刺がいいビジネス取引に繋がったり、かけがえのない生涯の友への切符になったりもする。その逆に、たった一度の出会いで終わることだってある。その場合、名刺の交換だけだから、お互い顔すら覚えていないのだ。


名刺交換


 勤めをリタイアした今、在職中にいただいた名刺が山ほどある。40年を超す歳月の重さをいやが上にも思い知らされるのだが、それを整理していながら、ほとんどが顔と名前が一致しないのだ。相手側もまったく同じだろう。人の出会いの入り口であり、その証のような名刺の交換がいかに儀礼的で、儚いものかを今更ながら思い知らされたりもする。


名刺


 たまたま分水嶺に落ちる雨ではないが、子供の頃、小学校や中学校、高校や大学で机を並べた仲間が卒業という分水嶺で別れ、同級会などで再開した時、その変わりようにびっくりすることがある。ふた粒の雨のようにたまたま落ちたところの違いで、駿河湾にも相模湾にも流れれば、太平洋にも日本海にも分かれるのだ。行き着く先の海ばかりではない。そこまでの過程もまったく違う。水の流れとなって、もみ合う仲間の雨も違えば、ぶつかり合う石や岩、岸辺など環境そのものがまったく違うのだ。そう考えると、自然界や人間界には、動かしがたい運命のようなものがあるような気がしてならない。


海


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月下美人と女房

月下美人1


 「お母さんは間違いなく長生きするよなあ・・・」

 いつものように居間で晩酌をしながら、夕餉の支度をする女房をからかうように言ったら、キョトンとしながらも、からかわれたことに腹を立てたのか、ちょっぴりオカンムリ。


 「お父さん、急に何をおっしゃるんですか。人をバカにするようなことを言わないでくださいよ」



 「そうだろう、美人薄命と言う言葉、知ってるか?」




 そこまで言ったら女房は「私はブスと言うことですか」とう代わりに「そうですか。咲いたんですね」と言いながら、飛んで来て居間のサッシ戸を開けた。わが女房、まんざらの鈍感でもない。居間の外側に置いてある月下美人が咲いたことを直感したのだ。




月下美人2   月下美人3



 私は晩酌の途中でかかってきた仲間からの電話に立った時から、開花に気付いてワクワクしていた。女房を驚かせてやろうと、我が家にとってはこの大ニュースを温めていたのだ。女房だって開花がいつか、いつか、と思っていた一人なのである。サッシ戸を開けた途端、なんともいえないあのかぐわしい香りが。四つもいっぺんに咲いたのだ。




 その匂い、なんと表現していいか分からない。なんともソフトで、気品がある。シャネルなど女性たちが追い求める、世界の香水ブランドだってこの匂いを作り出すことは出来まい。強くもなく、そうかといって弱くもなく、あたり一面に芳香を漂わせるのである。匂いの発信元がどこか分からないほど穏やかなのだ。


月下美人6


 かぐわしいのは、匂いだけでなく、その姿、容姿だ。15~6㎝はあろう花の大輪は、真っ白というか白濁色。写真でご覧頂くように花の中央にはおしべ、めしべまで、くっきりと見て取れる。花全体が醸し出す気品は半端ではない。春夏秋冬、花はあまた咲くが、この花の気品には恐らく、勝つものはないだろう。




 初春にいただくシンビジュームやカトレア、コチョウランも確かに気品を備えた花だが、その気品、品格は月下美人には及ばない。この花を何よりも神秘的にしているのは、一夜限りの花ということだろう。「美人薄命」などといわれる所以もそこにあるのだが、いかにもドラマチックだ。お隣甲州市の友人夫婦にも電話で知らせ、夜中まで美人を愛でた。


月下美人5


 そもそも比較しては≪美人≫に叱られるかもしれないが、「百日紅」と書く「さるすべり」のように長期間咲いている花とは対照的。月見草は、昼間は花を閉じるが、次の夜にはまた開く。しかし、この花は、全くの一夜限り。誰が名づけたか月下美人、転じて美人薄命とはよく言ったものだ。


月下美人4


 月下美人はメキシコが原産で、サボテン科の植物。2年ほど前、親しい仲間からもらったものだが、これだけは大事にしたいと女房にも言い聞かせている。いわゆるサボテンの一種だから、あまり水はいらないのだろう。だんだん、幹も太くなり、背丈も150cmぐらいになった。鉢と土を変えてやらねばと思っている。ところが無粋な人間とは困ったもの。その要領を知らないのだ。どなたかご教示を頂ければ有り難いのですが・・・。




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国際子供キャンプ

乙女高原1



 天候不順。今日も雨、昨日も雨。天候が一向に定まらない。例年なら7月の梅雨明けから立秋を前後した時期、つまりお盆前は、最も天候が安定する時期なのに・・・。


テントの前で1   テントの前で


 子供ではないが、てるてる坊主を作りたいほどお天気が気になった。8月8日、9日、毎年恒例のユネスコ国際子供キャンプを計画していたからだ。野外活動だからお天気に邪魔されれば計画は丸つぶれとなることは必至。天への願いが通じたのか、期間中どうやら天気に恵まれた。




 秩父多摩甲斐国立公園の一角とも言える山梨市のはずれにある乙女高原には約30人の日本の子供たち、やはり同数の外国の子供たち、そしてスタッフ合わせて約80人が集まった。もちろん、集合場所を山梨市の市民会館前に決め、そこからバスやスタッフの車で現地まで輸送するのだ。


乙女高原


 日本の子供たちは山梨市を中心に甲府など山梨県のあちこちから集まる。一方、外国の子供たちは、お父さんやお母さんの仕事の関係で日本にやってきている人達。ブラジルペルー、イラン、タイ、フィリピン、スリランカ、韓国中国もいる。皮膚の色や目の色も微妙に違う。




 最初はちょっぴりはにかんでいた子供たちも、皮膚の色や言語、習慣を乗り越えてみんな友達に。二日間、プログラムに沿ってゲーム高原の散策、食器作りなどのクラフト活動飯盒炊さんでカレーライスやほうとうも作った。夜は星空の下でキャンプファイヤを、また一夜開けて山登りや山の湖での水遊びも楽しんだ。


キャンプファイヤー2      キャンプファイヤー


 このキャンプのスタッフでもあり、甲府市内の小学校教諭を務めながら外国人、特に子どもたちの言語指導や生活習慣の指導に献身的な取り組みをしている女教師によると、山梨県には今、ざっと17,000人の外国人がいる。山梨県の人口は約89万人だから、そこに占める割合は決して少なくない。その国の数は76カ国にも及ぶという。ほとんどが山梨県内での就労目的にやってきている人達と、その師弟である。




 そんな背景があるのか、山梨県は国際結婚率が全国第一位だという。山梨は工業県でもなければ、都市型でもなく、どちらかというと田舎型の農業県だ。そこに住む私たちには、にわかには信じられないデータだが、紛れもない事実なのだ。ただ、この中には、そう思いたくないが、あの偽装結婚に巻き込まれたケースも含まれているかもしれない。一方、インターネット教材のダウンロード回数も日本一。これは指導に当たる先生の熱心さが反映しているのだろう。


飯ごうすいさん


 そこがブラジルやペルーなどの南米であれ、イランなどの中近東、タイやフィリピン、マレーシアなどの東南アジア、隣国の韓国や中国にせよ、日本にやってくる外国人は、全ての面で逞しい。子供たちも含めて日本の言葉を一年も満たないうちに覚えてしまうし、風俗や習慣だって同じだ。少なくても中学、高校、それに大学の一般教養まで入れれば8年間も英語を勉強しながら、それを話すことが出来ない自分が哀れになった。二日間のキャンプで子供たちが見せた多国籍交流を横目に、日本人てなんだ、と考えさせられたりもした。


朝食 


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人間ドックのトラウマ

人間ドック  


 「お父さん、今日と明日、便を採らなきゃあダメよ」
 人間ドックは、事実上、その日から二日遡って始まる。血液検査から始まって身長、体重、視力、聴力は当たり前。眼底圧や心電図、内臓のエコーなど検査項目は多岐にわたるが、検便だけは指定の検査機器に便を付着させたものを持ち込まなければならないからだ。





 人間ドックは、毎年一度は受けている。サラリーマン時代は会社の仲間達と、それをリタイアした後は女房と一緒だ。中でも私にとって一番億劫なのが胃の内視鏡検査。億劫でありながら最も気になるのが、この検査の結果である。長い間、お酒を飲み、胃を酷使していることもさることながら、気掛かりなのは癌に侵されていないかどうかだ。


胃  


 人間、よくしたもので、自分のして来たことはよく知っているし、気になることはちゃんと心得ている。癌の怖さは頭のどこかに焼きついているし、年がら年中休むことを知らないお酒が肝臓に大きな負担をかけていることも、分かりすぎるほど分かっている。もう50年近くもタバコを吸っている私に、女房がよく言う肺癌のチェックもしかりだ。




 ドックは半日コース。検査の後の昼食を挟んで行なわれる医師による検査結果の説明。何を言われるか、内心気掛かりだが、結果は「特別に悪いところはありません。コレストロール値や体脂肪率、中性脂肪が高いのは体重を減らせば改善できます」。ホッと一息である。肝脂肪が多いのは明らかにお酒の贈り物である。人間とは勝手なもの。結果に大きな異常がないと、今度は、あえて嫌いな胃の内視鏡検査などやらねばよかったと思うのだ。



人間ドック3


 あの黒い管を伴うカメラを腹の底まで突っ込まれるのだから誰だってご馳走ではないはずだ。それを操作するお医者さんだって所詮は人の子。上手な人もいれば、下手くそな人もいる。幸か配慮か、今回は上手な先生にぶつかった。苦痛を全く伴わず、検査は時間を感じさせないほどすんなり済んだ。それもそのはず、この先生はある公立病院の院長まで務めたベテラン。その腕と人柄からだろう。若い時からファンが多く、この先生の診察担当日には、院内の待合には「○○銀座」というほど患者さんが列を成した。


人間ドック2

 そんな先生だから定年後も、世間が黙っているはずがない。やはり甲府市内のある団体病院に引っ張り込まれた。私も懇意にさせていただいているファンの一人。女房とのドックもこの病院に替えた。この日の私たちのドック入りを知っていてくれたのだろう。緊張気味で検査ベッドに横になってこの先生の顔を見た時、ホッとし、しめたとさえ思った。




 私にはこの内視鏡検査に、ある種のトラウマのようなものがあるのだ。いつもは、そう言っては失礼だが、下手くそな先生ばかりに当たるのである。当然のことながら検査に脂汗を掻く思いをするのだ。そんな事をある親しい開業医と酒飲み話に話したら、その先生曰く「あなたはバカだねえ。どこの病院だって新米の医師は一人や二人いるさ。あなたのように太っていて、鈍感そうな人には、こうした医師を充てるのにうってつけ。言ってみりゃあ、あなたは新米医師の技術の向上、大げさに言えば医療技術の向上に貢献しているわけだよ」



 なんとなく、うなずけもする。でも「そんな馬鹿な・・・。俺はどうしてくれるんだ」




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内視鏡とアニサキス

病院

 人間ドック、内視鏡、病院。こんなキーワードを耳にした時、私は必ず、と言っていいほど、ヘンな体験を思い出す。もう何年も前のことだ。甲府市内のある社会保険病院で、人間ドックを受診した時のことである。いつものように手術台のような硬いベッドに横になり、黒い管の胃カメラを飲み込んでゲエ~、ゲエ~しながら脂汗を掻いている時だった。




 「あれ困ったわ。コレなあ~に。これなあ~に。いやだ~」





 私の検査を担当してくれた若い女医さんは突然、大声を上げて、動転しはじめたのだ。結果的には、私の胃袋に、それが一匹であるかニ匹であったかは分からないが、アニサキスという虫がうごめいていたのだ。自分の立場も場所も忘れて動転してしまったのだから、この女医さん、はじめて見たアニサキスによほどびっくりしたのだろう。

 


 そのこと自体は分からないでもない。でも、腹にカメラを突っ込まれて苦しい思いをしている私にとってはたまったものではない。女医さんの内視鏡を持つ手は小刻みに震えていた。これをお読みになっている皆さんには、その双方の光景が容易に想像できよう。




 私は、ただ唖然とするばかり。何が起きたかすら分からない。それを聞いてみようにも太い内視鏡の管を口から突っ込まれているので、口も聞けないのだ。内視鏡室では何人もが検査を受けていた。私と同じようにみんなが、何が起きたかも分からず、カメラの管をくわえたまま「いったい何事が起きたのだろう・・・」と思ったに違いない。



胃1


 当然のことながら、何人もいる先輩医師が黙って見ているわけはない。いかにもベテランらしい医師がすっ跳んで来て、今にも検査を放り出しそうな女医さんに言った。



 「先生、これアニサキスと言うんです。初めてでしたか。あとで取り出して患者さんに見せてあげてください」




 アニサキスという寄生虫の名は、このとき始めて知った。恐らく、一生忘れる事の出来ない名前だ。鯖やホタルイカなどに寄生する虫で、マグロなどにもいるのだそうだ。口の悪い仲間によると、寿司屋さんの舞台裏では、このアニサキスをピンセットで取り除く光景だって決して珍しくない。鯖を酢でしめるのは、ひとつにはこのアニサキスを退治するためだそうだ。因みに、人間の身体に入ったアニサキスは胃酸でやがては死滅するという。




 先輩の先生に、落ち着くよう言外に促された女医先生はやっと平静を取り戻したのか検査を再会。しかし下手くそは変わらず、カメラの管を私の胃袋の中で押したり、引いたり・・・。




 やっと検査が済み、拷問から開放されたような気分でベッドを降りた。ホッとしながら検査の所見を丁重に尋ねた。医者に悪態は損。結果は「異常ありませんね」。「ところでアニサキスは?」。「ああ、あれ。いないわ。カメラを抜く時、落としてしまったのかしら・・」


エコー

 

 これにはまだオチがある。すべての検査を終えて人間ドックの会計窓口に行くと「あなたは治療費がありますので本会計の窓口へ」と言うのである。アニサキスを除去したと言うのだ。検査と治療。検査の帰りにアニサキスを連れ帰ったのは立派な治療だという。そうだとしても俺、アニサキスの顔なんか見てねえんだけどなあ~。なんだか腑に落ちなかった。




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ユネスコの仲間達

  集合写真


 高校時代の延長線で、ユネスコ活動に携わった仲間達が8月末、何十年ぶりかに集まる。山梨県関係者ばかりだが、懐かしい友との再会は楽しみだ。

ユネスコ  

 ユネスコは、ご存知、国連の一機関で、国際連合教育科学文化機構(United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization)の略、つまり頭文字「UNESCO」を取ったものだ。日本は世界唯一の被爆国。あの忌まわしい広島、長崎への原爆投下を経た終戦後、日本は民間としては世界では真っ先に、この平和運動ののろしを上げた。今日8月6日と9日はその原爆を投下された日である。




 「戦争は人の心で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」



木


 ユネスコ憲章は、その全文で、こう述べている。民間の活動は人と人の相互理解、国民と国民にあっては国際理解をコンセプトにした平和活動といっていい。UNESCO。この中のE(教育)S(科学)C(文化)の3つの分野で、その取り組みをしようというものだ。




 一方、パリのユネスコ本部では自然と文化の両面から世界遺産保護の運動に乗り出していて、この面からもユネスコは世界の人々の間でポピュラーになった。ユネスコとユニセフ(国際児童基金)を混同する人もいないでもないが、世界遺産保護などパリの本部が推進する政府間の活動もさることながら、民間が果たしている役割は決して小さくはない。


木2


 わが国の民間ユネスコの発祥地は仙台。63年前、そこで起きた民間ユネスコの火の手は、瞬く間に日本全土に広がった。山梨県もそのひとつ。後に日本ユネスコ国内委員会委員を務める露木寛という医師がその先頭に立った。県の教育委員長をもお務めになったことも幸いして、学校教育、社会教育の分野でもユネスコは着々と社会に浸透した。




 県下の高校には、その呼称はともかく、ユネスコを標榜するクラブがどこにもあって、そこで活動した若者達が、やがて社会人のジュニアリーダーとしての役割を担った。この人達は全国の若者達のグループに呼び掛け、全国レベルの活動母体である「日本青年ユネスコ連絡協議会」結成の原動力になった。


みどりの会           ユネスコみどりの会
 

 その役割を果たしたのがユネスコみどりの会。8月27日、山梨県の石和温泉郷に集まる仲間達だ。ほとんどが還暦を過ぎ、中には古希を迎えた人も。男性だと頭に白いものを頂き、その髪の毛すら失くした人達もいるだろう。男女を問わず、子供さんやお孫さんがバトンを受けてユネスコ活動をしている人もいる。山梨市のユネスコ協会の会長などを務め、今なお現役の人も。8月8日、9日には秩父山系の一画でユネスコ国際子供キャンプを開く。


    キャンプファイヤー2


 いわば今度の集いはユネスコみどりの会の同窓会だ。山梨県内はもちろん、東京や埼玉、神奈川、遠くは大島や金沢の兼六園近くからもやってくる。催しの事務局には案内通知の返信が戻り始めた。その備考欄には、いかにも懐かしい友との何十年ぶりの再会を楽しみにしている文面が。同じ釜の飯を食う、という。それが何であれ、同じ目的に向かって夢中になった若き日は、それぞれの人生の宝物と言っていい。




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小鳥の番いと人間の夫婦

曇り空


 久しぶりに晴れた。しかし本当の夏空ではない。この夏、あの勢いのある入道雲など一日か二日しか見たことがない。本当に梅雨が明けたのか。8月に入ったというのに、雨か曇天続き。気象台の梅雨明け宣言を疑いたくもなる。暑さはご馳走ではないが、そうかといって暑くなければ夏ではない。


葡萄1


 そんな天気をよそに、我が家の葡萄園では大房系の巨峰ピオーネが色づき始めた。その棚の下では2羽の山鳩が寄り添うように、チョコ、チョコと餌をついばんでいた。草の種だろう。広い葡萄園に隣接する植え込みでは、やはり2羽の小鳥が。こちらは緑の木々に宿る虫を食べているのだろう。カラフルで尾が長く、大柄な鳥だ。よく見かけるのだが、名前は定かではない。


葡萄2


 2匹はいずれも番い(つがい)だろう。そういえば、群れを成して動くムクドリなどを除けば、多くの小鳥が番い、つまり夫婦で行動している。何を話しながら餌をついばみ、飛び回っているのかは分からないが、仲のいい夫婦であることはおおよそ見当がつく。人間のようにつまらないことで夫婦の喧嘩などしないのだろう。


鳥


 そういえば私達夫婦も喧嘩が少なくなった。若い頃と比べればウソのようだ。60歳も半ばを過ぎ、お互い歳を重ねたせいだろうか。若い時には勤めがあったから女房と顔を合わすのは朝と夜くらいのもの。それでもぶつかった。「バカ野郎」「バカとは何よ」。おおよそ最後はこんな具合だ。


 

 現役を退いた今は毎日が日曜日。農作業や地域のことなど仕事がないわけではないが、女房と一緒にいる時間は格段に増えた。あまり役には立たないが、農作業も手伝ってくれるので、言ってみれば四六時中、一緒にいるのである。お互い、箸の上げ下ろしまで気になっても不思議ではないのだ。

1

 お互い、怒ることや喧嘩することが面倒臭くなったのか、それとも、それを飲み込める力がついたのか。どちらにせよ、歳のせいだろう。それがいいのか、悪いのか。喧嘩がないことに超したことはないが、歳のせいだとすると一抹の寂しさを感じないでもない。


 


 「居ればうるさい。でも、居なきゃ寂しい」



 仲間との飲み会や徹夜麻雀、ちょっとした旅行などで家を留守した後、女房がこんなことを言う。仕事、仕事で追われ、時には家に帰らなかったことすら多かった現役時代は、もちろんこんなことは一度も言わなかった。人間とは不思議なもの。居なければ居ないで当たり前だが、いつも居る人間が居ないと落ち着かないものらしい。


2


 普段、家庭の中で食事をする時もお茶を飲む時も、なぜか座るところまでが決まっている。寝る時も同じだ。そこが空白になった時、何か違和感を感ずるのだ。中学や高校の同級生で無尽会の名の飲み会をいくつか持っているのだが、その仲間達が年に一度実施する旅行にも女房を連れて行くことにしている。小鳥の番いと同じで、いつも一緒だ。


 

 居ればうるさい。居なきゃ寂しい。いい得て妙。亭主とはそんなもの。夫婦とはそんなものかもしれない。でも、喧嘩があった頃の方が生活に活気があったような気がする。

3


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珍味のうるか

鮎
 もう何年ぐらい前になるだろうか。鮎釣りが三度のメシより好き、という割烹料理店のオヤジがいた。甲府市の中心街に程近い所で店を構えていたのだが、世間が「釣りキチ」というほど、時には仕事そっちのけの釣り三昧。「釣りキチ」といっても、なぜか鮎しかやらない。夏場だけで、山女も岩魚も見向きもしないのだ。




 「うちのダンナ、少し叱ってやってくださいよ」



 そこの女将がよく言った。釣り三昧を責めているのではない。女将も釣りキチは認めるというか、諦めているのだが、この男は世に言う一風流の性格で、いい、悪いをはっきりしないと気がすまないタイプ。だから客とも平気でぶつかってしまうのである。



 「お勘定はいらねえ。帰ってくれ」



 そんな啖呵も珍しくはない。その代わり、板前としての腕は一級品。常連の客なら誰でもが認めるほどの腕を持っている。だから、固定客をしっかり掴んでいて、いつ行ってもそこそこの客がいた。そんなオヤジと若い私はなぜか気が合った。




 「今夜、暇? 暇なんかありっこねえよなあ。とにかく、旨いやつ食わせるから来いよ。早いうちなんて言わねえ。遅くなってもいいから寄ってよ。必ずだよ・・・」




 夏の夕方、このオヤジから職場に電話がかかってくるのだ。「この小忙しいのに、何言ってるんだ」と、一瞬思うのだが、オヤジの電話の先にある「旨いもの」が気になる。会社帰りに店を覗くのである。いつも午前零時を廻っていた


酒


 「待ってたよ。のれんはもう下ろしたが、さあ、座った、座った。あんた方の仕事、夜が忙しいんだものなあ・・・。俺も一緒に飲むか」





 このオヤジが用意してくれていた旨いものというのは鮎の「うるか」だった。


 「最初はビールだったよなあ~。うまい酒もあるよ」



 「このうるか、旨いねえ」



 「そうだろう・・・」



 「もっとくれよ」


 「バカ言っちゃあ、いけねえよ。これだけの、うるか、作るのに何匹の鮎使うか、分かっちゃあいねえな・・・」




 うるか、といってもご存じない方もお出でだろうから、ちょっと説明するが、一口に言えば鮎の内臓の塩辛である。鮎は小さいうちは虫などの餌を食べるが、大きくなるとそれをしない。食べるのは水蘚だけ。だから内臓が綺麗。川魚で内臓を好んで食べるのは、あまたいる魚の中で鮎くらいのものだろう。


鮎2


 釣れる鮎は大小あるが、所詮は鮎。一匹から取れる内臓の量は知れたもの。そのことを考えれば、貴重品に違いない。オヤジは言った。




 「これなあ、商品じゃあねえんだよ。いくら沢山釣ったからといって、そこから採れるうるかは、何ぼもねえ。それに伴う苦労も考えりゃあ、値段なんてつけられねえよ」




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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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