醤油の味

醤油
画像:ヤマサ醤油

 「珍しい苗字ですね。どちらのご出身?」



 九州の大分です。元々は岐阜県の郡上八幡。その昔、先祖は稲葉一徹の国替えに従って移り住んだようです」



 「へえ~、そうなんですか。では、世が世だったら・・・」



 「いや、いや。下っ端の家臣だったんでしょう」


 石和温泉郷のリハビリテーション病院で、ムチウチ症のマッサージ・PT(理学療法)治療を受けながら、療法士の先生と、たわいもない会話を交わした。電流も含めたハリ治療は約1時間。首の牽引が10分。PT治療が30分。週に一度のハリを除いて、こちらは2日から3日置きに受けている。首を吊られている牽引の時は話をするすべもないが、それ以外はたわいもない話をするのだ。年恰好から見れば50歳代後半とお見受けした。




 大分と言えば別府温泉のある所ですねえ」



 「私の所は、そことは少し離れていて、ちょっとした醤油の産地として九州では知られた所です。関東の人達には馴染みがないと思いますが、私なんか、こちらの醤油は、どうしても馴染まないんです。味も風味も全く違うからです。山梨に来てもう7年になりますが、醤油だけは今でも大分から取り寄せています。家の女房は栃木県宇都宮。関東の出身です。その女房も同じことを言うのですから、やっぱり歴然と違うのでしょう」

かつおしょうゆ       花嫁      ゴールデン紫      
画像:大分フンドーキン醤油さんから


 「へえ~、同じ醤油でも所変われば、そんなに違うんですかねえ」



 「ある時、関東の大きなメーカーが大分への進出を図ったのですが、失敗に終わりました。人間、長い間慣れ親しんだ味と言うものは、簡単には代えられないんでしょうね。ひとつ大分の舌と言うより九州の舌と言ってもいいかも知れません」



 この理学療法士さんは、こんな話もしてくれた。


 「私は学生時代、関東で寮生活をしました。当然のことながら、そこには全国から学生が集まりますよねえ。そこで何とも驚いたのはです。お正月に食べるアレです。出てくるのは四角というか、長方形の切り餅でした。私達の九州では餅といえば、みんな丸いんです。お正月に飾るお供えの一番上にあるようなアレです。みんなで焼いて食べる時、角切りされた平べったい切り餅がプ~っと膨らむのを見て、不思議でなりませんでした」


四角餅


 逆に私達、関東の人間からすれば、丸い餅など信じられないし、ましてや、その焼き餅がプ~っと膨らむことを想像しただけでも滑稽でしかない。所変われば品変わる。風俗も習慣も、また細かく見れば、日常でさりげなく接している、さまざまなものの形や、人間が味覚として感ずる舌も違うのだ。


丸餅


 醤油ばかりではない。食の味付けひとつとっても関東と関西は、まるで違うと言う。その境はどこなのだろう。わずか一日とはいえ、時の政権を賭けて東西両軍が激しく戦った、あの「天下分け目」の関が原の合戦。その舞台・岐阜県に近い名古屋あたりと言う人もいる。狭い日本。でも、やっぱり広い。




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お辞儀と握手

 案の定だ。先頃、初来日したオバマ米大統領が天皇・皇后両陛下謁見の際に見せたお辞儀の仕方。「あんなにへりくだる必要はない。アメリカの権威に関わる」。米国内には大統領のお辞儀の仕方に早速、クレームがついたという。アメリカ人と日本人。受け止め方の違いこそあれ、オバマ大統領のお辞儀をテレビの映像や新聞の写真で見たとき、誰しもが「おやっ」と思ったことは確かだろう。90度に近いほど頭を下げている姿だった。


オバマ来日


 「郷に入れば郷に従い」。日本にはこんな言葉がある。オバマ大統領や米国政府は、そんな日本の文化を斟酌したのだろう。私は何とはなしに、概念的には一抹の違和感を覚えながらも、大統領の取った態度に好感を持った。権威ぶらないその仕草に、むしろ愛嬌にも似た親しみを感じた。一方で、大統領の仕草に異議を唱えるアメリカ人に、大国がもたらす、ある種の覇権主義を垣間見見た。




 お辞儀と握手。伝統的な文化の違いでこそあれ、本質的には同じでは・・・。初対面ではこれからの友好をお互いに誓い合い、再会の時は、それを喜ぶ。お互いの健康や平安を念じ合う場でもある。そこに共通してあるのはお互いに尊敬し合う心、思いやる心があることだ。お辞儀と握手は、その動作の違い、と言ったら言い過ぎだろうか。特にお辞儀は目上の人への敬意を表す仕草でもある。


握手

 日本人にはお辞儀が似合う。しかし、政治家、特に外交に携わる場合、ご法度だという。握手はお互い目と目、顔と顔を向き合って交わすから対等感が生まれる。これに対してお辞儀はそれをする習慣のない相手には従属感をもたらすし、傍から見ても、そう思えてしまうというのだ。




 もう30年も前の若造の頃だった。所は国会の自民党幹事長室時の幹事長は内田常雄氏。あのロッキード事件が明るみに出て、自民党単独政権が末期に近づいていた頃だ。内田は幹事長就任の時、自ら「青天のへきれき」と言ったくらいだから世にあまり知られていない方だが、この方ならみんなご存知。安倍晋太郎氏だ。後の総理大臣安倍晋三氏のお父さんである。たまたま仕事で幹事長室にお邪魔していた時、安倍晋太郎が旧ソ連からの帰朝報告にやって来た。定かに記憶していないが、当時、安倍は外務大臣だったか,それとも特命大使だったか・・。


安倍        安倍晋三


 内田によれば、安倍は当時のソ連首脳(ゴルバチョフ?)と堂々と握手し、すかさず抱きついて友好ぶりを強調したという。「あれでいい。そうでもしなければ大国との対等な外交なんか出来っこない。幸い、あんたは身体もでっかいしなあ~」。内田が安倍に言ったのは政治家の本音だろう。つまり、頭を下げてはいけないというのだ。政治の世界の駆け引き。突っ張りでもある。今度の場合のように大国のオバマ大統領が頭を下げるからいい。でも、その反対なら・・。


稲穂


 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」。人の成熟の証をいう例えだ。日本にあっては頭を下げることは美徳。しかし、それがしっかり出来ないのが、またお辞儀なのかもしれない。ただ、お辞儀の不合理を感ずることもないでもない。初対面の名刺交換である。へりくだればへりくだるほど相手の顔も見ずに終わってしまうのだ。それでは友好は生まれない。




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別れと火葬炉の扉

 残念なことだが、人間、出会いがあれば、その一方で必ず別れがある。それが親や兄弟、親しい友だって同じ。人間が背負わされた宿命なのである。


葬儀


 つい先頃のことだが、菩提寺の和尚が逝った。享年78歳。晩年、病床にあったとはいえ、ちょっと早い旅立ちだった。このお寺さんとは浅からぬ関係だったから、総代さんらと共に旅立ちの全ての儀式に立ち合った




 お寺さんの場合、それが宗門の本山であれ、末寺であれ、住職の座に就く時には在家、つまり一般家庭を「宿」として、改めて「山」(寺)に入るのである。この儀式を入山(晋山)式といい、その「宿」をこの辺りでは「親」と言っている。我が家は代々、その「親」を務めている。浅からぬ関係とは、そのことだ。




 お寺さんだから葬儀はお家芸。とは言っても実際の舞台回しをするのは檀家や組の人達。つまり一般の人達だ。どんな葬儀もそうだが、結婚式などお祝い事と違って突然やって来る。準備期間もなければ、心の準備もない。みんなバタバタするのが常。でも蛇の道は蛇。お寺さんの葬儀のノウハウを持つ葬儀屋さんと言うのがあるのだそうで、そのスタッフが、いわゆる≪おくりびと≫の役割をこなすのである。


納棺



 もちろん、葬儀の一切は自分のお寺。一般には、山梨でも片田舎に至るまで、斎場が整備されたから、葬儀の全てを、その斎場と葬儀屋さんにお任せすればいい。このシステムになって久しい。葬儀の仕方は、かつての自宅葬の場合と大きく様変わりした。




 菩提寺の和尚の一連の葬儀に立ち合って、お葬式の原点を省みたような気がした。ご遺体が≪おくりびと≫の介添えを得ながら庫裏の座敷に集まった親族の手で棺に収まるまでは一般と同じ。そこから先の儀式は全て本堂が舞台。そこで読経する僧侶の数も一般とは格段に違う。厳かに粛々と行なわれていくのである。このお寺さんは曹洞宗の末寺で、400前後の檀家を持つ。先代は神奈川県鶴見にある総本山・総持寺のナンバー3、ナンバー2を務めた。


葬儀2


 ただ棺は、一度は外に出なければならない。荼毘にふすためだ。霊柩車に乗って境内を出、火葬場でお骨となって再び寺に戻るまでは一般の仏さんと同じ。集骨、骨上げと呼び、箸を使ってのいわゆる≪箸渡し≫をする。これが仏教のやり方なのだ。


箸渡し


 人間、それが肉親、知人を問わず、死に直面した時、誰しもが言い知れない寂しさに襲われる。その節目は死というものに遭遇した瞬間から始まって、棺に納める納棺の時、仏が霊柩車で自宅を離れる時、そして火葬場の炉に収まる瞬間だ。感情を押さえ切れずに棺にしがみ付いて泣く人たちも多い。誰だって別れたくはない。




 でも人間とは不思議なもの。火葬炉の厚い扉が閉まった途端、なぜか諦めにも似た気持ちになるのだ。自分もそうだが、ましてや集骨、骨上げになって泣いている人はまずない。人との別れの最後は火葬炉の扉かもしれない。




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新しい農具とかみさん

農具2


 へえ~、と思えるような農具がある。それほどびっくりするほどのものではないが、鍬と立ち鉋を合わせたような道具なのだ。「アレ、使い良さそうよ。アレなら私にも出来るかも・・・」。隣の奥さんが使っているのを見たのか、勧められたのか、女房がそんな農具を欲しがった。鍬(くわ)でもない。そうかと言って立ち鉋(かんな)でもない。刃先が三角形をしているのだ。百姓の倅だが、昔はこんな農具は見たこともなかった。


農具2  


 人間とは不思議なものだ。普段、畑仕事など、どちらかと言えば嫌々ながら手伝う女房が、自分が求めた、お気に入りの道具を手にすると、まるで違った人間に。





 「お父さん、私がほうれん草とエンドウを蒔くわよ。玉葱も。どこに植えればいいの?」

エンドウ  

 トンマな亭主がムチウチ症を患っていることもある。黙ってみていると、まんざらそれだけでもない。このまま放っても置けないと思ったのだろう。JA(農協)に電話して石灰や鶏糞、混合肥料などを届けさせ、なにやら種蒔きの準備をしているのである。石灰は酸性土壌を中和するためだ。ほうれん草作りに石灰が欠かせないことも知っている。「野菜作りの本」。いつの間にか園芸用の指南本まで買い込んでいた。




 サラリーマンの足を洗い、それまでの甲府から山梨市の実家に戻ってぼつぼつ四年半。そこそこの農地があるものだから、四季を通じてさまざまな野菜を作る。冬から春にかけては春菊やコカブ、赤カブ、ほうれん草、エンドウ、ウド、・・・。夏にはナス、キューリ、トマトは当たり前。インゲンや人参、玉ネギ、ピーマン、オクラ、シシトウ、タカの爪やカリフラワーも。秋には大根はもちろん、サトイモやトウノイモ、落花生やトウモロコシも作る。四季を通じて台所に欠かせないネギやニンニク、ニラなども同じだ。酒のつまみとして酢味噌和えが大好きなフキノトウやキャラブキとなる蕗だって作っている。



タカの爪   トマト   大根


 この辺りでは、こんなことは自慢にもならない。しっかりした農家は野菜などほとんど作らない。「なぜかって?」。≪本業≫のサクランボや桃、葡萄など果樹栽培に専念しなければならないからだ。昔はどの農家も自分たちが食べる野菜くらい自分で作った。しかし、野菜作りは思った以上に手が掛かる。そんなことをするより、数少ない家族で食べる野菜などはスーパーに委ねればいい。いわゆる集約農業である。




 「俺は年間通せば40種類を超す野菜を作るよ」。この人は、以前、このブログでも紹介したことがある「ふるさと」を作詞、CDを発売した高校時代の同級生。今は老人ケア施設の非常勤役員を務める傍らの≪農業≫だ。口の悪い言い方だが、私と同じように職場を定年退職した、いわば、年金生活者の≪百姓もどき≫に過ぎない。

ふるさと


 でも、自分で作った野菜は旨い。全くの無農薬栽培だから、健康にもいいに決まっている。何よりも「自分が作った」という愛着だ。山梨市の田舎に帰って来なかったら恐らく一生味わうことがなかっただろう女房の畑仕事。「お父さん、やっぱり、家の野菜は美味しいね」。嫌々ながらの畑仕事であるかどうかは別に、うちのかみさん、確実に自然の味を知った。田舎の良さにだんだん気付き始めている。




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喪中の挨拶状

喪中


 「お父さん、○○さんのお母さんがお亡くなりになったんだそうですよ。今からでも、ご挨拶にお伺いしなきゃあ・・・」



 女房がポストに届いた「喪中」の挨拶状を私の手元に持ってくる。



 「喪中につき年末年始のご挨拶をご遠慮申し上げます」



 文面はみんな同じだが、こんな挨拶状が11月に入って毎日のように届く。もちろん、ほとんどが葬儀・告別式に弔問しているので心当たりがあるのだが、中には、この挨拶状で初めてご不幸を知ることもある。特に友の奥さんのご実家のご不幸の場合、知らせがなければ知る由もない。そんな時、早々に文(ふみ)をお送りしたり、お悔やみに駆けつけたりする。この場合、決まり文句のような言い訳を伴うのだ。「知らないこととはいえ・・・」。



喪中2



 この挨拶状は文言の通り、喪中であることを知らせ、予め年賀状など新年の挨拶をしないことを伝えるのだ。≪ブク≫を被らせてはいけない、という配慮からである。その習慣がどこにもあるかどうかは分からないが、ここ山梨ではある意味で年末を控えての風物詩でもある。人々が年賀状を書き始める前に発送することは言うまでもない。




 毎年、年賀状を交換している親戚、友人、知人など親しい人達を対象にする人もいれば、葬儀・告別式への参列者全員に出す場合もある。昨年の年賀状の控えではなく、香典帳を基にした、いわゆる儀礼的な発送だ。その場合、かなりの枚数になるから、作業も大変。時期が制約されているので、年賀状のように明日、明日と先送りは出来ない。




風景



 「あの人も・・」「この人も・・」。今年はお葬式が多かった。少なくても10件や20件ではない。年々その数が多くなるような気がする。このお葬式にお伺いする数は、人それぞれの交友関係のバロメーター。一般とは少々性格を異にするが、政治家は大変だなあ、と思ったことがある。「私なんか少ない方」と言う、ある県議会議員の場合、その数は350件を超すと言う。平均すれば、毎日、1件の割合でお葬式を廻っていることになる。




 法律で政治家の寄付行為は禁止されているとはいえ、お葬式の香典は古くからの慣行であるばかりか、相互扶助的な意味合いもある。手ぶらで弔問するわけにもいくまい。大きなお世話かもしれないが、その経費だけでも大変だろう。大政治家ならいざ知らず、県議会議員や市議会議員など、献金のような政治資金がほとんどない地方政治家の場合、頭が痛いはず。全く大きなお世話。選挙のためだから仕方がないか・・。



富士



 11月も半ばを過ぎた。喪中の挨拶状が一段落する頃になると師走。もうすぐだ。一年が経つのがなんと早いことか。仕事に追われ、毎日を慌しく過ごしていた現役時代の方が一年が長かったような気がする。今年の幹事さんは手回しがいい。早くも新年会(クラス会)の案内状が舞い込んだ。窓越しに見える富士山も下界に降る一雨ごとに雪化粧を厚くする。庭の柿の木も日に日に葉っぱを薄くしている。地面に落ちた枯葉がカラコロと音を立てて転がる。こうしてパソコンを叩く足元も冷たくなった。師走になると時間の経つペースはもっと速くなる。年賀状だって書かなければならない





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必殺仕分け人

必殺仕事人  


 私は時代劇大好き人間。テレビで見る「必殺仕事人」もそのひとつだ。時代劇のコンセプトは「勧善懲悪」。だからドラマは悪代官や、それにへつらって悪巧みをする大店(おおだな)を仕事人は小気味よく、しかもスリリングに、やっつけてくれる。茶の間にいる単純な私達は、その一部始終にスカッとし、拍手するのだ。




 最近は、この「
必殺仕事人」ならぬ「仕分け人」がテレビに登場してくる。表向き、これも勧善懲悪。と言うよりそれを気取っているのだろうか。脱官僚を錦の御旗に官僚を悪者に仕立て、彼らが作った予算をバッタバッタと切り捨てるのである。テレビのメディアで場数を踏み、国会議員になった「仕分け人」の先生は「仕置き人」宜しく問答無用、有無を言わさず官僚どもをやっつけるのだ。しかも、その必殺仕分け人は美人ときている。


1


 ドラマの「仕事人」は裏稼業。これに対して「仕分け人」は時の政権の代表だから、言うまでもなく表の稼業。その舞台をマスコミに公開しているから、まさにショーだ。それを意識しているかどうかは知らないが、「仕分け人」の先生達は自信たっぷりに主役を演じて見せる。さすがに攻めの切り口も堂に入っている。




 さて見ている側。あの選挙を前後した約3ヶ月もの間、毎日のように「脱官僚」を新聞で、テレビで、ラジオでオウム返しに代弁されると、私達は官僚と聞いただけで悪者に見えてしまうのだ。新政権は「脱官僚」を標榜しただけで、実は官僚を悪者とは言っていないのだが、不思議なことに、そう錯覚するのである。いや暗に、そう仕向けたのかも。


国会議事堂


 「脱官僚」。「政権交代」もそうだが、見事なキーワードを演出したものだ。人間、と言うより庶民は今も昔も権力者やお金持ち、それに頭のいい人には、とかく反発をする。それがない者の僻(ひが)み? 情けないが、頭の片隅に潜在しているのだ。時に頼りにしたり、頭を下げながらも、内心、良しとしないのである。




 「俺達、新政権は予算も公開の場で作る」


 仕分け人はテレビカメラの前で、まるで官僚たちを被告人扱い。予算をなで斬りするばかりか、そこではいかにも政治主導を「天の声」と言わんばかりに演出するのだ。「脱官僚」のキーワードを使って官僚に悪者イメージを焼き付けた上での作戦?だから、単純な私達は、ここでも小気味よく感じるのだ。テレビは仕分け人という名の政治家先生と官僚のバトルを垂れ流し、それを解説してみせる。その論調はやっぱり「政治主導」「官僚は悪」のトーンだ。見ている側は知らぬ間に、その流れに引きずり込まれる。


予算委員会


 もうひとつのキーワードは「無駄」。誰だって「無駄を排除する」と言えば拍手喝さいをする。無駄を是認する国民は誰一人としていまい。「脱官僚」の名で言外に官僚を悪者に仕立て、それに「無駄」を絡ませれば鬼に金棒。でも、よく考えたらこの金棒、私達が享受し得る予算を切り詰める道具に使っているだけでは・・・。仕分け作業をテレビで見せ、予算編成の公開を演出してみてはいるものの、そんなものは一握り。肝心な所は今も昔も闇の中。俺達の溜飲を下げるには、やっぱり「必殺仕事人」に頼むしかない?




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「結い」の精神

 山梨県人権擁護委員会連合会は定期的に機関誌を出している。その名を「結い」という。「田植えなどの時に互いに力を貸しあうこと。また、その人。手間がえ」。広辞苑は「結い」についてこんな解説をしている。また「結うこと。源氏物語(若葉上)『御腰結い』とも。その発行は人権擁護委員の中から編集委員を出して、文字通りの手作りをするのだ。


まもるくん    あゆみちゃん
人KEN守るくん と 人KEN歩みちゃん


 私は人権擁護委員に委嘱されて、まだ2年足らずの新米。そのためか、委員会の運営ぶりに頭が下がることが多い。機関誌の発行にとどまらず、運営の全てに「結い」の精神を貫いていることだ。山梨県には200人ちょっとの委員がいるが「ひとり一役」を基本に、全てがその運営に携わる。日常の運営に欠かせない事務局はもちろん、幾つもの委員会を設けて、役割を分担しているのだ。例えば、常務、総務、研修、男女共同参画、子供人権などで、常務委員会は事業など全般の企画、立案をするし、研修委員会は、全委員の資質の向上に欠かせない年3~4回の研修会を計画、実施する。子供人権委員会は学校との関わりを深く持ち、各地に散在する委員全員を動員して子供たちとのパイプを作っている。「子供人権110番」や「SOSミニレター」など、いじめ対策の先頭に立つのだ。


風船と生徒



 人権擁護委員は、市町村長が推薦、それぞれの議会の承認を経て、法務大臣が委嘱する仕組み。言ってみれば、民間とはいえ、国、地方自治体の下請け機関のようなものだ。その活動は、全てが手弁当のボランティア。運営もみんな委員会の自前。主管官庁の地方法務局は運営に直接には手も出さないし、口も出さない。この種の組織の場合、国、地方を問わず、自治体側は最低でも事務処理くらいは代行するのが常。しかし、いつも遠巻きに見ているのである。「法務省はうまい組織、制度を作ったもんだ」。つくづくそう思う。もちろん、それが悪いと言うわけではない。逆から言えば、だからこそ、自主的な活動を促し、見事に維持されているのだろう。


研修会    賞状
人権擁護のための研修会            人権の花運動参加校へ感謝状


 言うまでもなく、人権擁護委員の本分は運営の云々にあるのではなく、人権保護の先頭に立っての実践や啓発だ。日常の指導や相談活動のほか、市町村ごとに日時、場所を定めて隔月に開く特設相談会、また地方法務局やその支所で毎日開設している常設相談にも委員が交代で当たる。子供たちのいじめ防止のため、学校を訪問したりもする。一方、啓発活動では、人権週間に因んでの街頭パレードや、子供達に人権思想を養ってもらうための「人権の花」贈呈式など多岐にわたる。地域にあっては人が大勢集まる祭りなどの催しで花の種やリーフレットを配りながら折に触れ、人権保護を呼びかけるのだ。



生徒さん      
 


 山梨県人権擁護委員会連合会の機関誌「結い」の編集委員会から、コラムへの投稿を命ぜられた。200字足らずのあっさりしたものだが、今、こうしてハマっているパソコンとブログについて書いた。その中で、いつも持ち歩いているデジカメについても触れた。デジカメはポケットに入ってしまうから便利だ。不思議なことに、そのレンズを通して、これまで見えなかったものが見えるようになった気がする。私にとってパソコンもデジカメも今はかけがえのない≪おもちゃ≫なのである。


カメラ



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トンマなムチウチ男と池の鯉

錦鯉 


 がこんなに不細工で、グロテスクな魚とは思わなかった。「お前、藪から棒に何言ってるんだ」と言われるかもしれないが、両側に距離を置いたツボのような目と、その下に、これもまた奇妙な形の二つの鼻。口はもっとグロテスク。大きいばかりではなく、よくもこれまで唇が伸びるものだと思うほど。前に突き出してパクパクやるのだ。その両側には、こともあろうに鰌(どじょう)ひげのような品のない髭をつけている。赤、白、黒・・・。綺麗に着飾った錦鯉でさえ、しかりだ。陸(おか)で見ていると結構、面白い。




 「お前は、そんなのんびりしたことを言っていられていいね」。確かにそうだ。でも年金生活になった暇人だからというわけでもない。ムチウチ症のリハビリ治療のひとつPT(理学療法)や首の牽引を終えて、次のメニューOT(作業療法)を待つ間、病棟の中庭の一角に設けられた大きな池の傍にあるベンチに腰掛けて、ボ~っと、池の中を眺めていた


庭


 真鯉もいれば、緋鯉もいる。もちろん、赤や白、黄色、黒と見事な模様をつけた錦鯉も。小さいのもいれば、でっかいのもいるが、大きさはそれ程変わらない。当然のことながら、ここに来るのは障害や疾患を持つ人ばかり。私のように首が痛かったり、足を引きずった人や車椅子の人。そんな患者達の心の内を知ってか知らずか、池の鯉は悠然と泳いでいる。




 さすがに私のようなメタボな鯉はいない。総じてスマートだ。胴が太く、どっしりした黒い真鯉やメタリックがかったドイツ鯉は、一匹だけ見詰めれば、海深く航行する潜水艦のよう。数ある船の中で、ただ一つ海底を行く潜水艦が、魚を真似して造られたのだから仕方がない。その泳ぎっぷりは迫力さえある。




 鯉は顔つきが不細工ばかりではない。顔はみんな同じだと思っていたら、全くの十匹十色。でも自分の顔が入ってしまうようなでっかい口でパクパクする仕草はみんな同じだ。「お前だけは、もっと品良くしろよ」。綺麗な錦鯉だってそうなのだ。

 
鯉



 「恋」は優しい。しかし、一方のこの「鯉」はどう猛なのだろうか。そのでっかい口で、何でもかんでもパクパク飲み込む。虫であろうが、舞い落ちる木の葉であろうが、手当たり次第に口に入れるのである。一旦はみんな口に入れ、また吐き出す。しっかりしたもので、虫やパン屑など餌になるものは見逃さない。木の葉など自分に必要のないものは、何事もなかったように水中に戻すのだ。もちろん、錦鯉だって同じことをやっている。




 石和温泉郷にあるこのリハビリテーション病院と目と鼻の先には錦鯉の養殖場もある。 この辺りは、その名の通り温泉地だから、錦鯉の養殖には適しているのだろう。鯉は産地の新潟県から来るのだが、いくつかの養殖屋さんはファンなら知る人ぞ知っている。付近を流れる平等川など小川には真鯉や緋鯉に混じって錦鯉もいっぱい泳いでいる。養殖にしても、自然の小川にしても、水が温かいから魚にも天国なのだろう。


錦鯉センター


 入れ替わり立ち代りやって来る患者達を今日も明日も平然と見ている池の鯉。帰りがけに前庭の駐車場を見たら半分以上が県外ナンバーだった。埼玉、東京、神奈川・・・。地元山梨に住みながら知らなかった石和の温泉リハビリの広域性を再認識させられた。




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患者の欲

風景


 これまでの人生で、私達は、しばしば、こんなことを言われたり、自らも言ったりもして来た。


 「お前、素直じゃあねえな。もっと自分に正直になれよ」


 この「素直になる」「正直になれ」という言葉。文字通りの意味にとどまらず、「反抗」とか「文句」のような意味合いの態度をやめるよう促したり、また戒めたりする時にも広く使われる。子供の頃は親や先生から言われ、大人になった今、我が子や職場の後輩に言ったりするのだ。

子供


 素直でなくてはいけない子供の頃、親にすねてみたり、反抗もした。学校で先生の言うことを聴かず、逆らったりもした。もっと素直になって親や先生の言うことを聴いて勉強したり、努力をしていたら、少しは違った人生があっただろうに、と思うのだが、今となっては後の祭り。そんな自分が子供たちや職場の後輩に向かって「素直にやれ」とか「真面目にやれ」などと、たいそうごもっともに大口を叩いているのだから世話はない。


 


 こんな悪餓鬼や大人が、素直になれる相手がいる。医者だ。言うまでもなく、医者と向き合う時は、少なからず病や疾患を持っている。それが重症であればあるほど素直になれるのだ。指示された処方に従って薬も飲めば、決められた時間に病院にも通う。酒を控えろ、タバコをやめろ、と言われれば、それにも従う。言ってみれば言うなりだ。


先生


 世の中に「先生」と呼ばれる職業の人達はいっぱいいる。学校の先生もいれば、政治家の先生もいる。芸術家や研究者、料理の講習をする人や、話の講演をする人達にも「先生」をつける。しかし、医者を除いて、それに向き合う人達は、心のどこかで疑念を抱いたり、反発もするのだ。学校の先生に対する悪ガキ達もそのひとりだろう。先生だって、そんな子供たちに手こずるのである。


男の子


 患者と医者は弱者と強者の関係。つまり、助けられる者と助ける者の関係だ。患者側から見れば、「何とか病や患部を治してもらいたい、助けてもらいたい」。そう思う。自分も、つい最近までムチウチ症が原因の激痛を経験したが、辛ければ、辛いほどその一心になる。反発したり、ましてや邪念なんか入り込む余地はない。



病院



 弱者と強者。患者と医者と同じように、その例えは適切ではないかもしれないが、学校の児童・生徒と先生も同様だろう。これも当然だが、児童、生徒は教えてもらう立場だし、対して先生は、上から教える立場。経験を伴う年齢も違う。医者と教師。同じ先生でも相手の立場が全く違う。一方が障害を持つ、いわゆる病人であるのに対し、片っ方は、子供と言えども健常者。待てよ。医者に対する「素直さ」、よく考えたら患者の「欲」かも・・。




 人間、60歳も半ばを過ぎると、親や親戚、知人など多くの人達の死と直面する。その顔は、みんながみんな穏やかで、本当に素直な顔をしている人間が欲とか邪念を全て捨て去った時の姿なのだろう。私のような凡人には本当の意味での「素直さ」を身に付けるのは、そんな時でしかないのだろうか。




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治療への執念

生け花

 人間、同じような悩みや疾患を持つ人はいるものだ。「あら、どうなさったんですか。こんな所でお会いするなんて・・・」。ムチウチ症をリハビリ治療するための病院で、知り合いのご婦人にバッタリお会いし、声を掛けられた。「私は初期のリューマチの影響だと言うんですが、首が廻らなくなって・・・」。心持か元気がなかった。




 このご婦人は、高校時代の同級生の奥さん。同級生の奥さんと言うより、サラリーマン現役時代、あっちこっちでお目にかかる機会があった方だ。その顔は、大勢のお弟子さんを抱える華道の師匠であるかと思えば、ある時期、山梨県の弓道界で一、二を争ったほどの弓の達人。秀才型で、弓道で見せる強靭な精神力を持ちながらも、それを少しも表に見せない、おしとやかな女性だ。ご主人も山梨県のタイトルを握ったことがある。蛙の子は蛙。息子さんも錬師6段。




 ご夫婦は同い年。ご主人が男子校だった日川高校の弓道部、片や奥さんは、それ程遠くない所にある女子校・山梨高校の弓道部。いわば弓道がとりなしたカップルで、仲のいいおしどり夫婦だ。石和温泉郷に近い自宅には立派な矢場まで設けている。

弓道
全日本弓道連盟から

 「今も弓は引いているんですか。リューマチで手が痛むと、いつか同級会で会った時、ご主人からお聞きしましたが・・・」





 「もちろん、やっています。でも手もさることながら、首が自由に動かないと、弓が安定しないんですよ。首がいかに大切かを実感します」




 待合室で治療の順番を待ちながら、このご婦人とこんな話をした。「一刻も早く直して、ライフワークの弓をいつまでも引きたい」。穏やかに、ニッコリと話すご婦人の口元からは治療への、好きな弓道への≪執念≫のようなものを感じた。


弓道2


 この日は、時期はずれの台風の余波なのか、山梨県地方も朝から雨。晩秋の冷え込みも手伝ってムチウチ症など障害を持つ人には、特に嫌な天気だ。その上、家事を預かる主婦にとっては朝の時間は忙しい。しかし、私もそうだが、病や疾患を持つ人達は、治療を受ける方が先だ。痛みや切ない思いから一刻も早く脱したい、早く直して正常な日常に戻りたい。みんなが共通して、そんな思いを抱いている。逆の言い方をすれば、それがあるから病や疾患が治るのだ。そうでなければ、どんな名医でも治せまい。





 ご婦人はこんなことも言った。


 「歳のせいもあるんでしょうね。以前と比べると、的への的中率はてき面に落ちました」


 「そりゃあ、そうですよ。ゴルフにも言えることですが、年齢とともに飛距離は落ちる。残念ですが、それは仕方がありませんよ」


ゴルフ


 自然がそうであるように、人間の身体も正直だ。その時々、その事象事象で、ウソのない答えを出す。頭では、なんでもないと思っていることが、実際には体が言うことを聴いてくれない。若い時にはそんなことはなかった。「私も人のことは言えませんけど、お父さんも、もうそんなに若くはないんですからねえ」。かみさんが、いつになく優しくなった。娘も同じだ。でも、かみさんにガミガミ言われたり、世話の焼ける娘の方がいい。




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マツタケとカジノ

朝顔

 11月も半ばになったというのに、我が家の庭では、まだ朝顔が咲いている。その目と鼻の先ではダリアや紅白の山茶花が。言うまでもなく山茶花は冬の花だ。私は朝顔に夏の花のイメージを抱いているから、なんとなく違和感を覚えないでもない。その近くでは菊が。こちらは「菊薫る秋」というから晩秋の域でもタイムリーだろう。


花1     菊


 9月の終わり頃だったか、このブログで我が家の朝顔を紹介させて頂いた折、「その朝顔は西洋種」とコメントでお教えいただいたことがある。でも、昨年と比べると、開花している期間が長い。私のような凡人には詳しいことは分からないが、気象の変化とも微妙に関係しているのでないかと思ったりもした。夏場、あまり蝉が鳴かなかったり、秋になって、なぜか虫の音が聞けなかった。いつもの年なら庭の植え込みで、スズムシやマツムシ、コオロギがうるさいほど鳴いた。一方、この辺りばかりでなく、キノコも全国的に不作だという。秋の味覚のトップバッター松茸も、その煽りを食った。お陰で市場価格も高騰しているという。こちらは夏場の天候不順がもろに響いたことは間違いない。





 「あいつなんかに高い松茸など食えっこない」。そんな計らいをしてくれたかどうかは別に、親しい友が沢山の松茸を届けてくれた。


マツタケ


 「高価なものを、しかも、こんなに沢山、済まんなあ~」


 「これねえ~、韓国産なんだよ。国産だと高くて手が出ねえものなあ~」




 この友達は山梨市内に社屋を構える建設会社の会長。息子さんに社長職を譲った心のゆとりもあってか、毎月のように韓国に行く。ハマっている、と言ったら失礼だが、目的はカジノ。ひと頃、羽田空港のハブ化問題がクローズアップされた。その羽田から韓国には飛行機が飛んでいるので、山梨からでもソウルは近い。羽田までは道路がすいてさえいれば車で2時間足らす。そこからは空路だから、たいしたことはない。


カジノ


 私もカジノは大好き。この友達と何度かソウル郊外のウォーカーヒルに足を運んだ。いつも日程は2泊3日。大統領府の青瓦台や明洞の市場、焼け落ちる前と後の南大門も一度見ればいい。夜は美味しく、安い焼肉や海鮮料理など韓国の食を楽しみ、時間を惜しむようにカジノにどっぷり浸かるのだ。ソウルのウォーカーヒルは、中国のマカオ、アメリカのラスベカスとともにファンなら誰でも知っている。カジノの一大拠点だ。ルーレットもあれば、各種のカードゲーム、さらにスロットなど、さまざまなマシーンも。一晩中でも遊びには事欠かない。友もそうだが、私はカードゲーム派。ファイブカードなど時にはポーカーゲームもするが、ほとんどがブラックジャックだ。面白い。でも結果は・・・。



カジノ2


 「お父さん、いい加減になさったら。クルーズで船に乗れば、毎晩、カジノに入りびたり。陸(おか)に上がれば今度はソウルですか。そんなお金があるならみんなで美味しいものでも食べた方がいいじゃない。バカばっかりしているんだから・・・」



 詳しいことは話さないが、かみさんはバカな亭主の行状くらい、先刻ご存知。でも、女房と二人して友から頂いた韓国産の松茸を頂きながら、内心、またソウルが恋しくなった。


カジノ#12853;  


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医療現場と人間

ボール

 人間ドックでお馴染みの胃の内視鏡検査や胸部のレントゲン検査、心電図やエコー検査ならいざ知らず、CTとかMRIなどのハイテク医療機器にお目にかかるとは思いもよらなかった。トンマが故のムチウチ症に遭遇しなかったら、恐らく、ここ5年や10年、あるいは一生、出遭わなかった機器かもしれない。PTとかOTといった、医療の世界では当たり前でも、一般には知る必要もない専門医療用語も知った。




 逆から言えば、思いもよらない事故に遭遇したから、そんな体験も出来たし、知識も得た。こんな人ごとのようなことを言えるのも、症状が回復して来たからこそだ。健常時に受ける人間ドックとは違って、苦しい時は、このハイテク医療機器が神にも仏にも見えるのである。「この機器にかかれば、必ず完治の糸口が見つかり、痛みや切なさから解放される」。まさに、まな板の鯉。そんな気持ちで初めての医療機器と向き合うのだ。



リハビリ室3


 医療に関わる機器や用語、治療の仕方ばかりではない。日常茶飯事に起きている交通事故で障害を負い、リハビリ治療を余儀なくされた人。農作業や植木の選定中、脚立から落ちて重症を負って後遺症に悩む人。自宅のさもない階段から落ちて骨折や頭への障害を引きずらなければならない人達もいる。そのケースはさまざまだし、いかにそうした人の数か多いことも目の当たりにした。



ボール


 自分が同じ立場に立てばよく分かる。病や疾患と真正面から向き合い、闘う患者の気持ち。それを懸命に手助けしてくれる医師や医療従事者。そんな医療の現場が手に取るように分かるような気がするのだ。




 「オジサン、歳だよ。俺達にはCTもMRIもPTもOTも、そんなもの関係ないよ」


 そうおっしゃる、お若い方々もお出でだろう。でも、そのオジサンが今、痛感するのは人間生きていれば何があるか分からないということだ。よしんば自らに、こうした災いが降りかからなくても、身近には、お父さんやお母さん、さらには年老いたおじいちゃんやおばあちゃんもお出でだろう。そう考えれば全くの無関心でもいられまい。知っていても損はない。


リハビリ室


 PT,OT。治療を受けていて気持ちがいい。主治医の説明によれば、PTとはPhysical Therapy(理学療法)の略。またOPはOccupational Therapy(作業療法)の略。いずれもマッサージやさまざまな機器、道具を使っての機能回復訓練だ。何度も通った山梨県石和温泉郷のリハビリテーション病院にある機能回復コーナーには、各種の機器のほか、オルガンやお手玉、輪投げ、ボール、移動ブロックなど子供の遊び道具のようなものもいっぱい。



リハビリ室2 



 訓練は、いずれも患者と療法士のマン・ツーマン。30分間の治療訓練が続く。その影にはインターンといわれる研修生がピタリと張り付いていた。PT、OTの卵たちだ。高校を卒業した後、4年間、専門学校で学び、国家試験をパスして、この医療現場に立つのだ。先輩療法士の一挙手一投足を、目をサラのようにして見守り、患者と医師のやり取りを聴く。「俺達のような患者のために頑張ってくれよ」。素直に応援したくなった。




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校歌に生きる青春

青春


 どんな人間にも青春がある。過ぎ去った青春もあれば、これから迎える青春だってある。楽しかった青春もあれば、苦しかった青春もある。仮に、苦しくても、辛くても過ぎてみれば、その方が中身の濃い青春かもしれない。




 それぞれの青春。その青春を間違いなく呼び起こしてくれるもののひとつに学校の校歌がある。そこには、それが中学校であれ、高校であれ、大学や専門学校であれ、それを歌う者でなければ分からない青春があるのだ。



同窓会  



 ことしも 母校の同窓会が開かれた。山梨県甲府盆地の東部に位置する県立の日川高校というのだが、同校の場合、毎年11月3日の[文化の日]をその日に充てている。大きな体育館に設えられた特設の会場には各地から同窓生が、この日を楽しみに集まって来るのだ。その数は毎年、700人前後。顔ぶれは旧制中学の大先輩から、いわゆる親子三代にわたる。宴の始まりを宣言する今年の乾杯の音頭は93歳。旧制中学の大先輩であった。


同窓会2


 この集まりは、名目的には総会。お決まりの事業・決算報告や、その新しい計画も審議するのだが、集まった人達にとっては、そんなことはどっちでもいい。「やあ~、お久しぶり。元気でなによりだ」「今、何をしている?」「お互い、頭が白くなったなあ~」・・・。一年ぶり、また何年かぶりの再会に話が弾むのだ。酌み交わすお酒も進もうというもの。会場の一角には、武田信玄が旗印にしたという、孫子のあの「風林火山」を大書きした懸垂幕も。書家でもある同窓生がバケツの墨汁を使って雑巾で書いたというシロモノだ。宴は当番幹事を中心にした手作りである。


同窓会3



 総会という名の宴の最後を飾るのが校歌の斉唱だ。それまでワイワイ、ガヤガヤやっていた老いも若きも一瞬、静まり返り、大声で歌う。ステージの上でリードするのは、破れ帽子に学ラン姿の往年の応援団。当番幹事である46~7歳と33~4歳の、つわもの達の手さばきは半端ではない。それに合わせて歌う顔、顔、顔・・。頭に白いものを頂き、顔にシワを刻みながらも、その顔は純真そのもの。何十年も前の青春にタイムスリップしていた。



同窓会4



 当たり前だが、校歌は流行歌と違って、それぞれの学校の、そこに学んだそれぞれの人達だけの固有の歌である。逆に言えば、だからこそ愛着があるのだろう。在学中のそれと、歳を経て歌う校歌の感慨は、まるで違う。あの日、あの時、さまざまな青春が校歌に宿っているからだろう。在学中、それ程勉強したわけでもなく、そうかと言ってそれ程の悪ガキでもなかった私のような者でも、それを歌う時、心にジ~ンと来るものが。「ノスタルチックの世界さ」と笑えない何かがある




同窓会5



 日川高校のそれは「天地の正気 甲南に・・・」で始まり、4番の最後は「何時の世までも轟かむ」で終わる。同校の校章は、お菓子のコンペイトウに似ている。その発祥が甲府中学の「第2中」の意味合いがあったのだろう。二つの「中」を横縦に重ねてデザインしたと言われる。同窓会は記念品に、その校章をあしらったネクタイピンなどを出しているから、それを見た同窓生が「お前は天地の正気か?」と、思わぬ場面で意気投合することも少なくない。同じ釜の飯を食った、大きな意味での仲間達の青春。どこの学校の卒業生にも、そんな触れ合いがあるのだろう。

こんぺいとう


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薄皮を剥ぐ変化

空


 俺には天高い青空も、透き通るような大空もいらない。空にも天井があればいい。唐突だが、正直そう思った。空に天井があれば、そこからの縄やバンドで、首を吊って、支えてもらえるのに。これも物騒なモノの言いようだが、自殺志願者でも何でもない。自らの非でムチウチ症を患い、首の痛みに耐えかねたトンマな男の正直な気持ちだ。とにかく痛い。横になっていれば、その痛みは収まるのだが、起き上がれば、ひどい時には30分もすると、左半分の肩から背中、胸、手に至るまで激痛が走る。首が落ちそうになるのである。




 人間の頭がこんなに重いとは知らなかった。他の人から比べれば、かなり軽い頭だろうが、ストローででも中身を吸い出し、もっと軽くしてもらいたい。頭を切り落として欲しいとさえ思った。そんな症状になった者でないと、恐らくこの気持ちは分からないだろう。


痛み


 薄皮を剥くように、という言葉がある。事故からざっと一ヵ月半。もちろん、痛みは続いている。でも、本当に少しずつだが、痛みが和らいできた。どこが違うかと問われると答えようがないのだが、痛みの薄皮が剥がれていることだけは確かだ。医者はありがたい。薬を替え、リハビリに戦術転換してくれた。首の牽引をし、二種類のマッサージをし、ハリや、血流をよくするための皮膚吸引もした。マッサージはPT(理学療法)、OT(作業療法)というのだそうだ。


病院4


 この病院ではリハビリ治療にハリ、つまり東洋医学を積極的に取り入れている。自覚症状に基づく素人判断だが、これも「薄皮を剥ぐ」のに功を奏しているような気がする。治療手段に西洋医学と、ハリや灸も含めた東洋医学の併用。これには医師や病院の考えで多少の温度差があるようだ。この病院で診てもらう前の先生は、ハリ治療には全く関心がなく、むしろ否定的だった。




 ことの起こりは9月17日。家の近くの掘割を跨ごうとして、前にあった障害物にぶっつかり、後ろにひっくり返って首を強打した。当初は傷口と打ち付けた部分の痛みだけだった。首などの痛みの症状が出てきたのは、それから4~5日後。猛烈な痛みだった。病院で週に一度、肩に何本かの注射をしてもらい、痛み止めや血流をよくする薬を飲んだ。効果が出てこない。友の勧めで、今の病院での治療となったのである。


病院2



 生活習慣病といわれるメタボに近い人間だが、これまで、こんなに長い病院通いをしたことはなかった。痔や盲腸(虫垂炎)、胆石症の手術くらいのもの。いずれも外科の手術だから、ほぼ決まった時間が解決してくれた。ところが今度はちょっと違う。はっきりした見通しがつかないから、不安でもあり、ヤキモキもする。ただ「薄皮が剥がれている」ことに確かな光明を得ている。




 医者の患者への対応が変わった。医療機器の進歩もさることながら、お医者さんが症状や治療方針を丁寧に説明してくれるようになったことだ。医療と分離した薬局も処方の薬について、一つ一つ説明してくれるのだ。「患者は医師のすることに従っていればいい」式のお医者さんはいなくなった。障害を持って始めて、そんな変化にも気付いた。





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運のいいヤツ悪いヤツ

病院3


 人様まで一緒にしては失礼千番だが、世の中には私のようなトンマと言うか、そそっかしいヤツはいるものだ。首のリハビリ治療を受けての帰り道、石和温泉郷に程近い春日居町という所に住む親しい友のお宅にお寄りした。すぐ東隣にある畑で、野菜作りの下準備をしていた、その友の顔を見てびっくり右目の周りを、まるで狸のように真っ黒く腫らして、その目のちょっと上には絆創膏が。メガネの下だから遠くからは目立たないが、只事ではなかったことだけはひと目で分かる。



 「その目、どうしたの?」




 「うちの階段から転げ落ちちまった。今はもう腫れが引いて来たが、救急医で3針も4針も縫ったんだよ」



 そんな二人のやり取りを隣で聞いていた奥さんが優しそうな口調の中にも、ご主人を戒めるように言った。庭には富有柿が黄色く実っていた。


柿1


 「うちの主人ときたら、普段からも、そそっかしいいんですよ。二階から降りる途中、それも一番下の段からこけたんです」




 友の説明によれば、両手に電話の子機や書類を持っていたという。両手がふさがっていたから、なおのこと始末が悪かった。




 「それにしても眼球をやられなくてよかったねえ」




 「そう。幸い、こけた時、メガネが飛んでくれた。そうでなければ、レンズが割れ、それが眼球に突き刺さっていたら今頃、失明さ。医者にも言われたよ」


めがね


 「俺だってそうだ。ムチウチ症で済んだが、掘割で後ろにひっくり返った時、首ではなく、後頭部を打っていたら今頃、お釈迦さんだったよ。考えようによっては、お互い運がいいと言うことさ」


大根2



 事故はムチウチ症の私を気遣い、見舞ってくれた翌日だという。自らがそんな危機一髪の事故に遭遇するなんて誰だって思わない。「お互い、もう若くはないんだよなあ。気をつけなきゃあ、いかんよ」。そう言って帰った矢先のことだった。高校時代の同級生だから、もう67歳になる。考えてみれば、こんな私達の年齢が頭と体がちぐはぐになる歳かもしれない。自分では出来ると思っているのに肝心の体がついてこないのだ。たまに仕方なくするソフトボールや地区の運動会の簡単な競技でも、それをつくづく感ずるのである。認知症の兆しでもあるまいが、最近、なんとなくモノ忘れもする。




 人間、不思議なことに階段でも、脚立でも一番上、総じて高い所からは落ちないのだそうだ。どんな人間でも高い所にいる時には大なり小なり緊張感を持つ。しかし・・・。気の緩みにほかならない。それに頭と体のアンバランスが絡むのだから始末が悪い。




 私が通う病院でも同じようなリハビリ患者がいた。何段もある脚立の上ではなく、一番下の段から足を踏み外したのだという。「後で考えたら、こんな所で・・」。私の場合もそうだった。事故というものは、大方、そんなものだろう。人間、生きていれば何が起こるか分からない。「注意一秒、怪我一生」。昔の人はうまい事を言ったものだ。




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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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