ゆく年くる年

 門松


 大晦日からお正月。何事もないように時は流れるのだが、一年中でもこの時が最も新鮮で、心が改まる時期でもある。新しい年を迎えるスタイルは人さまざま。共通しているのは来る年こそはいい年でありますようにと願う気持ちだろう。嫌なことは全て忘れ、新しい年へ心を新たにする。



大石神社


 我が家では家族揃って菩提寺に参り、除夜の鐘を突いた後、近くの神社に初詣をする。大石神社と言って250段近い石段を登ると、その名の通り直径30m以上もある奇岩に囲まれた社がある。無住の神社だから地域の人たちが交代で管理しているのだ。長く、急な石段を登るのが年々きつくなる。若い時とは違う。残念だが、歳は正直に反応するのだ。


   大石神社       
      
 
 NHKは恒例の紅白歌合戦を終えると、流れるように、これまた恒例の番組「ゆく年くる年」に。全国の寺社仏閣を結んで、新年を迎える各地の表情を伝えるのである。テレビから流れる除夜の鐘の音に暮れ行く年を身体に感じながら防寒の身支度をして初詣に出かけるのだ。厳松山信盛院まで車で2~3分。




 参拝者が代わる代わる鐘を突く。寒い。鐘楼前の広場では赤々と大きな焚き火が。未明の夜空には満天の星が光る。いつもと同じようにある空だが、ゆく年くる年の夜空はいつものそれとはなぜか違って見える。焚き火を囲みながら振舞われる甘酒がうまい。寒風にさらされたからだが温まる。「明けましておめでとうございます」。会う人ごとに新年の挨拶を交わし「今年も宜しく・・・」。ほとんどが顔なじみだ。




 除夜の鐘は大晦日から元日に掛けての古くからの慣わし。煩悩を鐘に託して打ち払う。その数は108つ。私達は、面白がってと言ったら不謹慎だが、みんなで思いのままに突いている。しかし、正しくは大晦日のうちに107回を突き、年が明けたら最後の108回目を突くのだそうだ。しかも、そのペース配分も大切で、1回目から大晦日分の107回と新年の108回目までが均一になるのが正式だという。しかも鐘を突く力のバランスも強弱を交互にするのが作法だそうだ。「ゆく年くる年」のテレビに登場する全国の名刹から流れる除夜の鐘は、恐らくそんな作法にのっとっているのだろう。


鐘


 108つ目の鐘が鳴るとお正月。新しい年の始まりだ。一般家庭では少なくなったが、会社、官庁の玄関先にどんと居座る松飾り。「松竹梅」が誰の目にもお正月の到来をいやが上にも印象付ける。言うまでもなく「松竹梅」はおめでたいものの代表格。モノの本によれば、松と竹と梅は「歳寒の三友」と言われ、この三つが一枚の絵に描かれているものを「三友図」という。


松飾り



 さて、この三つの順序。昔から松・竹・梅の順で、これをイレギュラーして言う人はいない。その理由は単なる語呂という説もあれば、最初のは、季節によって葉っぱを落とす竹や梅と違って厳寒にも強く、いつも緑を蓄えるからだという説も。まあ、そんなことはどっちでもいい。お正月は、また旨い酒が飲める。2日は母校(日川高校)の同級会だ。卒業以来、欠かさず開いていて、50回目を迎える。懐かしい友との酒が楽しみだ。




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年の瀬のキーワード

神社

 ある年代以上の方なら誰でも知っている。テレビの人気番組に「連想ゲーム」というのがあった。その連想ゲームならずとも「すす払い」とか「大掃除」といえば、誰しも年末を思い起こすに違いない。文字通り一年の垢を払い落として、すがすがしい気分で新年を迎えようという行事なのだ。神社やお寺でのすす払いは、テレビや新聞などで歳末の風物詩としてクローズアップされ、それを見た人々は改めて年の瀬を実感するのだ。




 このすす払いとともに一般家庭の年末行事のひとつに、障子の張り替えがあった。子供の頃だった。この辺りでは「うどん粉」と言ったのだが、おふくろが小麦粉(うどん粉)で作った糊で家中の障子を張り替えるのだ。その頃の田舎家は間仕切りといえば、ほとんどが障子かふすま。もちろん、贅沢なケヤキの帯戸もあるが、その数は少ない。



障子12


 おふくろと言うより、母親、いや、お母ちゃんといった方がいい。鍋にいっぱい作った糊とハケを巧みに使って障子を張替えて行くのである。破れたり、汚れた紙を剥ぎ取り、障子の桟(さん)を綺麗に洗ってからの作業であるのはいうまでもない。




 冬休みの子供たちも母さんの手伝いをするのだが、なにしろわんぱく盛り。今のように一人っ子、二人っ子ではなく子供が多いものだから、一人がいたずらすれば、脱線は停まらない。昭和20年代も終わりの頃、モノクロのテレビでは力道山がオルテガやライト兄弟、ルーテーズといった外国人レスラーを相手に空手チョップで活躍するプロレスが子供たちの人気だった。夕方は大相撲中継だ。もちろん画像は今の地デジなどとはほど遠く、粗末なものだった。時々、ジャー、ジャーと音を立て、波打った。


力


 力道山人気。子供たちが真似しないはずがない。母親が丹念に張ったばかりの真新しい障子の升目めがけて、みんなで空手チョップの嵐。快いと言うか、手頃の音を伴うものだから、いたずら盛りの子供たちにとっては痛快至極。母親にとってはたまったものではない。張り替えたばかりの障子は4人も5人もいる悪ガキの手で穴だらけになってしまうのである。叱られるのは言うまでもない。しかし、今のお母さんたちのそれとはちょっと違った。今にして思えば、おふくろは子供たちのいたずらを、ある程度、許容していた。そんな母親の気持ちが分かってか、やがて上の子は下の子のわんぱくを戒めたりもした。考えてみれば昔の親は偉かった。子供たちにいたずらの良し悪しを考えさせるゆとりがあった。ゆとりというより、沢山の子供を怒りきれなかったのかもしれない。


襖  


 障子は一般家庭からどんどんその量を減らしている。畳の和室がフローリングの洋間に変わるなど住宅構造が大きく変化しているからだ。我が家を見ても障子の面積は半分どころか3分の1に減った。個室化で壁やドアに姿を変えた。数少なくなった障子だって子供が少なくなったり、核家族化によって家族そのものが少ないから、破れもしなければ、汚れもしない。我が家ではここ何年も障子の張替えなんかしてない。大掃除も同じで、高性能の掃除機があるから女房が時々、その掃除機を掛ければいい。障子の張替えも大掃除も年末の風物詩足り得なくなった。面倒な仕事はゴメンだが、それもなんとなく寂しい。


フローリング


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節目と人間

入学式  


 会社や学校には始業時があれば終業時もある。学校の場合、入学式があって卒業式がある。私達の日常生活を時間的に見ても、一日の始まりと終わり、一週間、一ヵ月、一年といった具合に「節目」がある。一年は1月~12月の暦年で言ったり、学校のように4月~3月の年度で言ったりもする。会社は上半期、下半期、さらに細分化して第一四半期、第二四半期といった具合に1年を4分割、売上や業績を整理したり、チェックしたりする。学校の場合も最近では2学期制に移行する所も出ているが、多くは3学期制だ。




 誕生日も節目のひとつ。生きていれば毎年同じ日に誕生日がやってくる。その瞬間にカチっと年齢の時計が廻る。可愛いわが子やお父さん、お母さんの誕生日をささやかなケーキを囲んで祝う家族もあれば、グループで賑やかに祝うケースもある。年老いてくれば、その誕生日が素直に喜べない事だってあるかもしれない。人生の悲哀というか複雑な気分になる事だってあるだろう。


ケーキ


 その人間が没すれば一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌といった具合に周りの人がそれなりの法要をしてくれる。もちろん、この回忌は1年ごとにあることは言うまでもないし、仏教では七日、七日が基本。いずれにしても人間、生きていようが、没して仏になろうが、それなりの節目を迎え、重ねて行く。風雪に強い竹にも節があり、樹木には年輪がある。人間も自然界も、みんな節目の中で生きているのである。一年や一日の時間は太陽と地球の関係から作り出したものであり、人間はその中に二十四節気なるものをも当てはめた。そのひとつ冬至が過ぎて、間もなく1年のカレンダーが終わり、新しい年へとリレーする。


法事


 とてつもなく大きく、黙って何事もないように動いている自然界はともかく、さまざまな節目に対する人間の受け止めよう、接し方はこれまたさまざま。サラリーマンは一週間の仕事の疲れを癒したり、自らや家族とのレジャーのための週末を楽しみにし、子供たちは学業から解放される冬休みが楽しいはずだ。




 私のように勤めをリタイアして、いわゆる「毎日が日曜日」の人間にとっては週末なんか関係ない。曜日だって考えなくてもいい。考えるとすれば、曜日で設定してある無尽会や、地域やグループの会合だけ。多くは日時での約束事が多い。生活の中で月末も月始めも、何の意味も持たないのだ。




 私だけかもしれないが、曜日にとどまらず、さまざまな「節目」がだんだん薄らいでいくような気がしてならない。例えば、間もなくやって来る年の瀬やお正月。なんとなく慌しく、やがて迎えるお正月を控えてウキウキする心の持ちようもないし、お正月だって普段とそれ程変わらない。晴れ着姿に着飾った子供たちの羽根突きや正月を寿ぐ獅子舞もどこかに行ってしまった。デパートやスーパーも年中無休だから「初売り」もなくなった。


晴れ着          羽根突き
 

 節目の行事もさることながら、気温の変化も人間の感覚をあいまいにしているかもしれない。地球規模の温暖化は二十四節気の一つ一つまで、そのイメージを微妙に狂わせている。私のようなズボラな人間には気候的にも習慣的にもやっぱり節目が必要だ。




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今時の若者

酒


 居酒屋で酒を酌み交わしながら私の友人が、こんなことを言った。この男はある大学病院の勤務医。歳から言って、病院では中堅というより、その上だろう。



 「今の若い連中ときたら、何を考えているのか分からないよなあ~」


 「藪から棒に何を言い出すんだ」



 「頭に来るというか、それ以前に信じられないようなことを平気でやってくれるんだ。頭を解剖してみたくなるよ」


鍋


 このお医者さんの話はこうだ。ある時、大学病院にインターンを終えて間もない若い勤務医が入ってきた。この病院では新人が入って来ると、新しい仲間の歓迎会をするのが恒例になっていて、いつものように料亭の座敷には医局の全員が顔をそろえた。当然のことながら、上座に教授クラスの偉い先生が座る。言わず語らずの序列があるのだ。床の間を背にした真ん中の一つだけが空席。もちろん、この夜だけの主役・新人先生の席だ。



 「〇〇君はどうしたんですか・・・」


 定刻を過ぎた。床の間を背負っていた教授先生の一人が、おもむろに、しかも穏やかな口調で口を開いた。




 「夕方で道が混雑、タクシーが遅れているのでしょう。間もなく着くと思います。恐れ入りますがしばらくお待ちください」




 そうは言ったものの幹事役の、この先生、気が気ではなかった。廊下に出てケイタイのダイヤルを。そのケイタイは呼び出し音が続くばかり。歓迎会の定刻をかなり過ぎているのだから、まさか家にいることはない、と思いながらも仕方なく自宅に電話した。ところが、その電話に出て来たのは本人





 「君、どうしたの? 先生方もみんなお揃いで、とっくから君が来るのを待っているんだよ。今日は君の歓迎会だから、主役のあなたがこなければ始まらないんだよ」




 その主役さんは、しばらく黙りこくりながら口を開いた。




 「僕、歓迎会なんかに出たくないんです」



 「今になって、そんなこと言われたら困るじゃあないか」



 「僕が頼んだわけじゃあないんですよね。僕はそんな所に出るより、家で音楽でも聴いている方がいいんです・・・」


部屋


 幹事役の先生、あいた口がふさがらなかった。もちろん、賑やかになるはすの座敷は、どっちらけ。幹事役は上役でもある教授先生たちに平身低頭したことは言うまでもない。誰が考えても自分勝手。若いといっても、この先生は医師。こんな先生に命を預けると思うと、私だってゾッとする。頭だけよければいいというものではない。この話、病院の片隅で起きたことだが、巷でもケースこそ違え、同じような現象がないでもない。会社、官庁の忘・新年会だ。「俺たちそんなの出たくねえよ」。若者達は恒例行事? にあっちこっちで≪造反≫を起こしているのだそうだ。それが原因で姿を消す忘・新年会もあるという。




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知らぬは亭主ばかりなり

スパゲティ    サラダ    ピザ   


 昼間、有名ホテルのバイキングコーナーを覗けば、ほとんどと言っていいほどお客さんは女性。オバサン達だ。旅行先でも、映画館でも、観劇コンサートホールでも見かけるのは圧倒的に女性。年末の恒例となった「第九」。山梨県甲府市にある県立の県民文化ホールで開かれるコンサートを聴きに行ってもお客の8割方は女性である。数少ない男達は、かみさんの運転手代わりだったり、いわばエスコート役? 「第九」は別だが、そういう私だって義理。行きたくて行っているのではないし、そもそもクラッシック音楽など理解する能力なんか持ち合わせていないのだから、居眠りでもするのがオチ。



指揮


 そんなレベルの人間の僻み(ひがみ)だろうか、オバサンと言っては失礼だが、どの顔もみんな生き生きとしている。レストランやホテルでは楽しそうに料理と向き合う。そこでの話は決まって文化的。ファッションや観劇などの話題だ。中高年に対して口が悪い、あの漫談家・綾小路きみまろなら、どんな言葉で、このご婦人たちを捉え、表現するのだろうか。世の中、100年に一度の不景気などといっているが、そんな暗さは微塵もない。





 旅先、特に外国旅行でも、やっぱり日本からの客は女性、オバサングループが幅を利かす。寄り合い所帯のツアーバスの座席を見渡せば、いつも男性は少数派。男、女を問わず、日本人と欧米人の旅行の仕方はまるで違う。集団といったら品がないが、日本人の多くがグループで旅行しているのに対して、欧米人は夫婦連れ。若い人というより、勤めをリタイアした後、のんびり旅行を楽しむといったタイプだ。傍から見て「日本人は金持ち」に見えるのも無理もない。これから春先に向けて「卒業旅行」と言う名のギャルも増える。


旅行


 あっちこっちにお目見えする高級エステはどこも大繁盛。昼間のエアロビックススポーツジムは、お腹や腰に脂肪を貯めたご婦人たちでいっぱいだ。ここでも若いインストラクターを相手にハッスル、ハッスル。息を切らしながら着いて行くのがやっとの、わずかに混じるオジサンたちを尻目に次々とメニューをこなして行くのである。

エクササイズ


 一方、そんな頃、サラリーマンのご亭主たちは職場という戦場で仕事、仕事。昼飯時ともなれば、ホテルのバイキングコーナーならぬ街の定食屋へ。ある統計によれば、サラリーマンの昼食代は、平均では500円に満たないという。値下げ値下げで顧客を集める牛丼チェーン店が、そんなオトウサン達の人気を集めるのだ。毎月のお小遣い? わずかに数千円というサラリーマン氏も珍しくない。

牛丼


 今に始まった事ではないが、世の奥様方に時間を与えたのは家庭の電化。洗濯機や掃除機、電子炊飯器は大きくゆとりを生み出したのである。一方で経済的なゆとりから≪セレブ≫などという言葉も何事もないように使われるようになった。会社を定年退職して田舎で百姓の真似事をしながら暮らす貧乏亭主。昼間の無尽会帰りに我が家に立ち寄った女房の仲間たちの話を聞いていたら「今日のホテルのバイキング、美味しかったわねえ・・」。我が女房もそんな所に。そればかりではない。知らぬ間に健康ジムや手芸など趣味の講座にも。私の場合、今だから見えるが、女房族の行動、知らぬは亭主ばかりなりか・・・。




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子供は育てるもの?育つもの?

親子2

 育児。良くも悪くも人間、そんな時代が華かもしれない。石和温泉郷にあるリハビリテーション病院でムチウチ症のマッサージ治療(PT=理学療法)を受けながら交わした若い理学療法士さんとの会話の一方で、そんなことをつくづく感じた。この若いお父さんのように育児で悩み、やがてまた教育投資も含めた子育てで苦労もする。考えてみれば誰もが大なり、小なり通らなければならない道かもしれない。




 私にも一人娘がいる。もう30も半ばを過ぎた。振り返ってみれば、育児などと難しい事を考えたことは一度もなかった。仕事、仕事で追われ、子供のこと、つまり育児のことなど女房にまかせっきりだった。もちろん、可愛い我が娘のこと、そのやり方を巡って女房と喧嘩をしたことがなかったわけではない。

親子


 育児を女房にまかせっきりだったからと言うわけではないが≪子供は育てるものではなく、育つもの≫だと、今でも思っている。女房と育児を巡る喧嘩があったとすれば、「過保護にするな」の一点ぐらい。過保護に育てたら、やがてそのツケを背負わされるのは、子供自身だと思っているからだ。「年寄りっ子は三文安」。昔の人はうまい事を言ったものだ。その時の感情で孫を気ままに可愛がり、あとは野となれ山となれ、そのツケは孫に行くの例えである。私にはたまたま娘一人しかいないが、私達の世代では自らの子供は2~3人が普通。私の兄弟は4人。おふくろの兄弟も親父の兄弟も9人。だんだん子供の数は減っている。3世代で世代が変わる度に半減している勘定で、今では一人っ子は当たり前。統計で見てもわが国の出生率は1・25人ぐらいだからそれを裏付けている。

赤ちゃん


 昔の親は偉かった。4人、5人、8人、9人を平気で育てたのである。自分の場合を例にしても、私は戦中生まれ、姉は戦前。弟二人は戦後間もない頃の生まれ。経済的にも最も貧しい頃だった。食べることにも事欠いた。物がなく、小学校時代、配給物資をくじ引きで分け合ったこともある。食生活が貧しいから栄養失調の子供も。私もどちらかと言えば、その一人だった。肥満が溢れ、栄養失調という言葉が死語になった今とは大違い。




 そんな兄弟も立派にとはいかないまでも世間様にご迷惑をかけない程度の大人に育った。男3人だから兄弟喧嘩もした。わんぱくもした。その度に親父から怒られ、ゲンコツを食った。日常茶飯事だった。そんな親父は怖かった。学校に行けば先生から、これまたゲンコツ。それを家に帰って話そうものなら「お前が悪いからだ」と、またゲンコツだ。いたずらをして近所のオヤジから怒られることも珍しくはなかった。みんなが、みんなで子供を戒め、見守った。


男の子


 「ヘタに叱って性格が歪んだら・・・」。若い理学療法士のお父さんや、その奥さんが言うような迷いや心配は誰もしなかった。むしろ、そんな親父や先生、近所のオヤジのやり方がわかり易かった。今、国では子供手当て云々の論議をしている。もちろんあった方がいいに決まっている。でも、これだって、みんなの税金。裏を返せば借金の先食いだ。親に対する≪過保護≫にもみえる。むしろ、貧しいながらも何人もの子供を育てた昔の親達に、その根性を学びたい。子供手当ては、本当に政治家先生が言う少子化対策になるのか・・。




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若いお父さんと育児

 「うちの息子は5歳。その息子が最近、ウソを言ったり、言うことを聞かなくなって困るんです。我が家ではその育児を巡って毎日、夫婦喧嘩です。女房は『あなたがちゃんと教えないからですよ。このままだとこの子、大人になったら大嘘つきになってしまう』と私に責任を転嫁するし・・・。正直言って僕にはどうしたらいいか分からないんです」

男の子

 つまらぬことからムチウチ症を患っている私は、今も二日おきのペースで石和温泉郷にあるリハビリテーション病院に通っている。週に一度のハリ治療もあるが、主には首の牽引とPT(理学療法)OT(作業療法)と呼ばれるマッサージ治療をするためだ。このリハビリ治療はもう2ヶ月近くになるから、担当の理学療法士さんとも顔なじみ。お互いに気心も通じ合うのだ。マッサージをしてもらいながら、たわいもなく色々なことを話す。


リハビリ室


 育児の悩みを打ち明けたのは、年恰好から30歳過ぎて間もないくらいの若い理学療法士さん。私はうつ伏せになっているから、その表情こそ分からないが、育児の悩みは真に迫っていた。イケメンであるばかりか、いかにも真面目そうな青年で、そんな育児の悩みがなければ、可愛い子供を囲む美男、美女の仲睦ましいカップルであることが容易に想像できる。

男の子2

 この若者の打ち明け話とも、相談ともつかない話はさらに続く。



 「いう事を聴かないこともさることながら、平気でウソを言うのが心配。女房は『あまり怒ったら性格が歪む』と言って、手をこまねいているし、僕だってどうしたらいいか分からないんです」





 「その子は一人っ子ですか?」


 「そうです。始から一人の計画ですが、そうでなくても、こんなに難しいものなら、とてもこれ以上は無理ですよ。経済的にゆとりもありませんしねえ・・・」



 「経済的なゆとり?」



 「僕たちのような安給料じゃあ、二人、三人の子供なんか育てることは出来ませんよ」



 「安給料なんて、当たり前じゃあないの。何時の時代だって、あなたのようなお若い方々の給料なんて沢山くれるはずはありませんよ。経済的なゆとりはともかくとして、子供が悪いことをしたり、ウソを言ったら叱るのが当たり前。私はあなたより少しばかり歳を取っているからと言って、お説教じみて言うわけじゃあないけど、親が叱らなかったら子供はどうするんです」




 「でも、どう叱ったらいいか・・・」



 「あなたが感じたままを子供さんに伝えればいいんですよ。あんまり考えちまったらダメなんだよねえ。そのまま叱ればいいんじゃあないの。大きな声を出さなければならないこともあるし、時にはゲンコツだって・・。子供さんには、その意味が必ず伝わりますよ


 親子

 話を聞いたら、この理学療法士さんも一人っ子だという。いい子で叱られたことなどなかったのだろう。この若いお父さんの育児の悩み、今の世の中、どうやら特異なケースではなさそう。





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ギャンブルと女性

1


 黒駒の勝蔵、竹居の咆安(安五郎)といえば穴生徳(あのうとく)と並び、清水次郎長伝に出てくる悪役だ。これは講談や映画の世界のお話で、甲州人、今の私達山梨県人にとっては迷惑千万。地元にあっては黒駒の勝蔵も竹居の咆安も、実は立派な貸元だったのである。江戸と京を結ぶベルト地帯の東海道。中でも将軍家・幕府のある江戸と目と鼻の先の駿河(静岡)を拠点に勢力を持つ清水一家。明治の初期も含め、時の政権が利用しない手はない。政治の舞台裏で、陰に陽にテコ入れしては治安の維持に活用したことは、容易に想像できる。


清水次郎長
清水次郎長

 かつて大学紛争が華やかなりし頃、大学側が体育会系の学生をその親衛隊にしたことにもよく似ている。それはともかく、次郎長はもちろん、大政、小政、森の石松・・・。みんなカッコいい。悪役に仕立て上げられた黒駒の勝蔵や竹居の咆安だって、それなりに味がある。しかし今も昔もご婦人からは嫌われ者の博打打ちだったことには違いはない。


2


 「やまびこさんには博打好きのイメージではありませんでした。私の知る山梨県の人は、みんな真面目の人ばかりでした」




 先頃、私のブログによくお出で頂く「ゴールデンチルド」さんから、こんなコメントを頂いた。不真面目でごめんなさい。私が毎週のように麻雀をし、時にカジノを求めてソウルのウォーカーヒルまで飛んで行く道楽者であることをブログで知ったからだろう。


カジノ



 黒駒の勝蔵の顕彰?碑は山梨県笛吹市御坂町の上黒駒にある。私が住む山梨市とは南へ目と鼻の先である。そのまた近くに竹居の咆安が。博打好きと言ったら品がないし、聞こえが悪いから、勝負事と置き換えるが、私は、そんな甲州人の血を引いているのか・・・。




 「バカ言えよ。俺達ゃあ、そんな柔な、小者の博打打ちじゃあねえんだ。講談の世界じゃあ、次郎長の陰に隠れちまったが、やせても枯れても甲州の東部一円を仕切った貸元よ。一緒にされたら笑止千万」


3


 生きていれば間違いなく、お叱りを受けるに違いない。「飲む」「打つ」「買う」は昔から男の遊びの3要素。それは時代と共に変化していることは確かだが、このうち「打つ」が勝負事、ギャンブルだ。その勝負事。これほど、人の性格が現れるものはない。勝負に、あっけらか~んと臨む者もいれば、終始、こだわる人も。お金への執着や決断力のあるなしも表れる。私のような、どちらかといえば、ズボラな上、せっかちなタイプもあれば、その反対の石橋型の慎重派も。タイプはさまざまだ。「このうち強いのは誰?」。それは誰もが想像する通りだろう。ただ、カジノなどのように≪一か八か≫の勝負は別かも。




 カジノは日本では認められていないから、ギャンブルといえば競馬や競輪がその代表格。競馬、競輪はともかく女性、特に年齢の高いご婦人は総じてギャンブルにアレルギー反応を示す。うちのかみさんもその一人だ。リスクや冒険を嫌う女性の本能だろう。でも若い女性はちょっと違う。その証拠に、このブログにお出で頂く方々の中には競馬の予想やエッセイを書く若い女性が何人もいる。競馬場を見ても若い方々が多く、カップルのデートコースにも。ギャンブルの概念もやがては変わるのだろう。もうすぐGI「有馬記念」だ。




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クリスマスがやって来る

クリスマス


 一足早いクリスマスの集いが開かれた。山梨ロータリークラブ恒例のクリスマス家族会だ。その帰り道、民家の軒先にはあっちにもこっちにもクリスマスの電飾が。その翌日は市民ホールに陸上自衛隊東部方面音楽隊がやって来て、クリスマス音楽祭が。よほど鈍感な私でもクリスマスや年の瀬が近いことを否応なく実感させられる。


 


 山梨ロータリークラブのクリスマス家族会は毎年、12月の第二土曜日と決まっている。40人のメンバーはもちろん、家族会だから、そのご夫人方やお孫さんたちも加わって参加者は100人を超す。それに地元の市長、ライオンズクラブや青年会議所(JC)の代表もお招きする。


クリスマス 


 会場は市民会館。ホールのステージには大きなクリスマスツリーを飾り、ステージの中央からは放射線状に万国旗が。子供も大人もとんがり帽子、首にはレイを着ける。みんなメンバー達の手作りの演出だ。クラブ管理運営委員長や会長の挨拶、来賓代表である市長のお祝いの言葉などセレモニーに続いて、友好団体のライオンズクラブ会長の音頭取りで乾杯をして宴に。


シャンパン


 乾杯のグラスはもちろんシャンパン。テーブルにはチキンやサンドウイッチなど盛沢山の料理、それに子供たちが喜ぶケーキも。パーン、パーン。子供たちはテーブルに用意したクラッカーを、まるで競うかのように鳴らす。地元出身の歌手・高石省三改め真矢翔多をお呼びしての歌謡ショーも。みんな飲むほどに楽しく、宴はいやが上にも盛り上がっていく。2時間余りの最後は山梨の新民謡「よっちゃばれ踊り」やロータリーソング「手に手つないで」をみんなで踊り、歌ってお開きとなるのだ。もちろん二次会も。近くのカラオケハウスである。調子に乗って飲みすぎたら案の定、二日酔いだ。


ケーキ  



 翌日の自衛隊音楽祭は、市の多目的ホールが会場。「花かげホール」と名付けられている。「十五夜お月さん一人ぼち 桜吹雪の花かげに・・・」で始まる童謡「花かげ」を作った地元出身の大村主計に因んだ命名だ。500人ぐらいは入るだろうホールは超満員。プログラムは二部構成。一部ではNHK大河ドラマ「天地人」のオープニングテーマから始まって、行進曲「ボギー大佐」、組曲「宇宙戦艦ヤマト」と、小気味良い演奏が続く。




 第二部は約50人の奏者が全員サンタクロース姿に装いを変えて再登場。そりすべり、クリスマスキャロル・ファンタジー、クリスマス・トゥデイ、行進曲「雷神」などお馴染みの曲が次々と。もちろん「聖夜」も。みんな拍手喝さい。最後は山梨の民謡「武田節」のサービスも忘れなかった。


 クリスマス2


 この時期、町といわず、田舎といわず、お目見えするのがクリスマスの電飾。ビジネス絡みのイルミネーションはともかく、一般家庭のそれはなぜか微笑ましい。子供たちやお父さん、お母さん、家族ぐるみの飾り付けの様子が伝わってくるからだ。でも、気のせいか、飾り付けはいつもの年より寂しい。不景気がこんな所にも影を落としている。


クリスマス2  

 
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チラシとボーナス

チラシ



 「お父さん、今日の新聞、こんなに沢山、チラシが入っているわよ」


 「そうか?明日はボーナスサンディーだものなあ・・・」


 「みんな、ボーナスが出たんですねえ。でも、うちは関係ないよねえ」


 女房はおろか、私だって女房がポストから持って来た新聞の折込チラシを見るまで世の中がボーナスシーズンを迎えていることなど眼中になかった。年金生活といったらわびしくなるから、そうは言いたくないのだが、そんな生活になってぼつぼつ4年半。ボーナスという言葉も頭の中から消えていた。




 いつものことだが、女房は新聞の中身より、そこに折り込まれるチラシの方が興味があるらしい。茶の間に広げて、楽しそうに見ている。家電のチラシもあれば、衣類や食品、おもちゃのチラシもある。三つ折の、どでかいものもある。


チラシ2


 「お父さん、こんなに大きいチラシもあるよ。それにしても、みんな安いわね」


 その後に、こんなこともつぶやいた。


 「それにしても、こんなに安売り競争をしていいのかしらねえ・・・。テレビで言っていたけど、デフレが進んでいるんだよね・・・」




 我が女房にしては、思わぬことを言う。毎朝、新聞の中身より先に丹念にチラシに目を通している女房と違って、私はチラシなんかあまり見たことはない。特別これといって欲しいものがあるわけでもないし、毎日食べる物だって女房任せだから、チラシの中身に関心もなければ、興味もない。あるとすれば、今はまっているパソコンくらいのものだ。



チラシ3



 楽しそうにチラシを見る女房を見て、思わずデジカメを向けたら、普段は物事に敏感ではない女房「お父さん、私なんか写さないでよ。今朝はまだお化粧、していないんだから・・・」。咄嗟にブログのカット写真に使われると思ったのだろう。



 「バカっ。お前を撮るんじゃあないんだよ。チラシだよ。チラシ・・・」



 カメラを向けると咄嗟にポーズをとろうとしたり、何よりもお化粧や身だしなみを考える。女の本能のようなものか。「この歳になっても我が女房、女であることに違いないのか」。内心、おかしくなった。




 チラシからボーナスを連想して、今も現役で頑張っている、かつての職場の後輩達の顔を思い浮かべた。「みんなボーナスもどんどんカットされているんだろうな」。この不況下にあって、どの企業だって業績はよくないはずだ。女房が「沢山・・・」というチラシの量だって、ひと頃と比べれば、格段に少ない。それを折り込んでいる新聞自体だって、そう言ってはクライアントに失礼だが、ろくな広告は入っていない。新聞社も自社広告で穴埋めしている。この二つを見ただけでも経済界や友のボーナスの中身まで透けて見える。




 私達が現役を退いた時もバブルがはじけて不況のトンネルに入っていた。でも地方への波及は遅く、ボーナスもそこそこもらえた。しかし、今は何時抜けるかも分からない真っ暗なトンネルの中。正直言って現役の後輩達に同情したくなる。ここは我慢しかないよ。




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鈍感力

 鈍感力。なぜか深みがあって惹かれる言葉だ。近くは数年前、当時の小泉首相がテレビの中で、ふと漏らしたのを覚えている。多分、自戒を込めて言ったのだろう。元々この言葉の元祖は作家の渡辺淳一。その著書「鈍感力」のズバリのタイトルだ。渡辺淳一は、その著書のキャッチコピーで、こう言っている。

鈍感力



 「些細なことで動じない≪鈍さ≫」こそ、今を生き抜く新しい知恵」



 この人は元々は整形外科医。「光と影」で直木賞を受賞したほか、それを前後して文壇でさまざまな賞を受賞している。異色作家の一人だ。お歳もかなりになるのだろう。私はその作風は好きだが、熟年の恋愛や恋心をリアルに書くものだから、「この助兵衛オヤジ」と悪口を叩く人もいる。でも「鈍感力」は人間が生きていく上で欠かせないかもしれない。


海



 助兵衛云々はともかく、渡辺淳一は「鈍感力」の中で、こんなことを書いている。


 「鈍感力は恋愛においても欠かせません。男が女を口説く時、鈍感であることは有力な武器となる。誠実さに鈍感力、この二つがあれば鬼に金棒・・・」




 なるほど言い得て妙だ。まだ渡辺淳一がこの「鈍感力」を書いていないから仕方がないが、もし私がもっと若い頃、この本に出会い、その極意を教わっていたら、もっと違った人生があったかもしれない。不謹慎? かみさんが年甲斐もなくツノを立てるかも。




 「じゅんいち」「恋愛」と聞くと、字こそ違うがタレントの石田純一を思い出す。渡辺淳一と石田純一。このお二人は、お歳も生業も全く違うのだが、何か共通項を持っている。幾つになっても失おうとしない「恋愛」への心だ。それをしっかり支えているのは「鈍感力」にほかならない。「鈍感力」の裏には必ず「敏感力」が培われているのだろう。


風景  


 石田純一は「鈍感力」を武器にして恋愛を楽しみ、そればかりか「不倫も文化」などとしゃあしゃあと言ってのけるのだ。世のご婦人、奥様方もこれといったバッシングをしないのだから、それ程の嫌悪感を覚えないのだろう。むしろそのキャラクターを当て込んで、クライアントは宣伝イベントにこぞって引っ張り出すのだそうだ。人が言う助兵衛オヤジは、今や奥様方からも人気者なのである。




 小泉元首相が引用した渡辺淳一の「鈍感力」。きっと小泉さんもこの言葉に身につまされたのだろう。政治家、とりわけトップに立たなければならない人達は、この「鈍感力」を身に付けていなければ一日も過ごせまい。あっちからもこっちからも追及、反論と言う名の鉄砲玉が飛んでくる。馬耳東風、馬の耳に念仏、品のない言い方だが「カエルの面に小便」でいなければならないこともあるだろう。「鈍感力」がないからか、自殺に追い込まれた大臣や大物政治家、さらに近くは酒に溺れて不慮の死を遂げた政治家だっている。


海2  


 「鈍感力」の大切さは仲間やご近所、もっと身近な家庭にも言えそう。私たち夫婦に、この「鈍感力」が備わっていたら、日常茶飯事に繰り返される夫婦喧嘩もなくなるだろうに。私たち凡人には「鈍感力」は簡単に身に付きそうもない。ただ我が家では、この夫婦喧嘩がめっきり少なくなった。歳のせいだろうか。考えてみればこれも寂しい。




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女は怖い

稲妻


 「お父さん、女を甘く見ると怖いわよ。言うことを聴かないと私だって、分からないわよ・・」


 「おい、おい、脅かすなよ。酒が喉に引っかかるじゃあないか」


 


 午後7時。テレビのニュースを見ながら晩酌をしていた私に向かって台所の女房が言った。ニュースは二つの県で起きている女性の殺人容疑事件を立て続けに伝えていた。いずれも、何人もの男を手玉にとって、お金を騙し取った上、殺してしまったのではないか、というのだ。いわゆる連続殺人事件の疑いで警察が捜査しているという。



 私だって女は怖いと思って視ていた。女房はそれを見透かすように本音とも、冗談ともつかないような表情で言うのである。


噴火


 その二つの事件の後にはさらに女子大生のバラバラ殺人事件が。世の中が活発に動くウイークデイ。注目の政治の動きもあれば、経済の動き、面白い話題だってある。いわば、この時間帯のニュースは、その日の出来事の集大成である。一つぐらいならまだしも、トップニュースから立て続けに、こんな殺伐とした事件が伝えられることは滅多にない。それも女が主役だ。




 ヘンな世の中になったもんだ。つくづくそう思った。残念だが、これまでにも殺人事件と名の付く事件は山ほどあった。でも、その主役はほとんどが男。女がらみの事件も手玉に取るのは、いつも男だった。猟奇的なバラバラ事件も犯人が捕まってみれば、暴力団の組員など、これも男。女が主役になる事件は稀だった。

1


 でも、そもそも女性にだって凶暴性が内在していないわけではない。昭和40年代の初めだっただろうか、山梨県甲府市の郊外で、こんな事件があった。地方にもモータリゼーションの波がぼつぼつ押し寄せ始めた頃だった。女房が亭主に多額の保険金をかけ、懇(ねんごろ)になっていた暴力団の男と図って、交通事故を装って亭主を殺した保険金詐欺殺人事件だった。警察の捜査本部は事件の発生現場に因んで「万歳橋殺人事件」と名づけた。




 一見、貞淑な妻。暴力団。保険金詐欺。それに時代を反映した交通事故偽装。3拍子も、4拍子もそろった事件だったから、新聞はもちろん、当時の週刊誌は寄ってタカって書きたてた。交通事故を偽装した保険金殺人の全国第1号だった。今のようにテレビのモーニングショーや現場中継が華やかだったら全国的に知らない人はいなかっただろう。


3


 それから数年後。群馬県の榛名山中で起きた赤軍派の大量惨殺事件。これも首謀者は永田何某という女だった。革命を前提に山梨県の大菩薩峠で行なった軍事訓練が摘発された後、連合赤軍は分裂して一部は「よど号」を乗っ取って北朝鮮へ。最も過激だったのが永田らのグループ。その延長線上にあったのが、あの「浅間山荘事件」だ。一方、中東に飛んでテロ事件の先頭に立ったのも女性。因みに「浅間山荘事件」はアポロの月面着陸と並んで今のテレビ中継の走りだった。世の中に半分はいる女性にお叱りを受ける覚悟で言えば、うちのかみさんが冗談交じりに言うように、やっぱり女は怖いのかもしれない。


2  


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木枯らしと枯露柿作り

小春日和


 小春日和。この時期、いかにものどかな冬の一日を連想する。どこか哀愁を秘めた「木漏れ日」とはまた違った味わいのある言葉だ。そこに住む人々の年代や人それぞれの地域や環境によって受け止め方は微妙に違うかもしれない。




 今は住宅構造がガラリと変わり、縁側のある家は皆無といっていい。サッシ戸が雨戸に取って代わり、のんびりした縁側空間は合理的ともいえる住宅間取りに飲み込まれて姿を消したのである。年老いたおばあちゃんが小春日和の柔らかい冬の日差しを浴びながら、縁側でのんびりと孫の手袋やマフラーを編む。その脇で玉糸にじゃれて遊ぶ子猫。田舎育ちの私達が子供の頃は、当たり前に目にした光景だ。

おばあちゃん
 この小春日和。今、私達の地域ではみんなが恨めしがっている。以前にもちょっと紹介したことがあるが、山梨県甲府盆地の東部一帯は「松里」という地区を中心に枯露柿の一大産地。知る人ぞ知る全国的な産地なのである。その枯露柿作りには小春日和ではなく、冷たい木枯らしが必要。温かい小春日和は、むしろ大敵なのだ。


枯露柿


 巨峰やピオーネ、甲斐路、甲州・・・。果樹の最終ランナー・葡萄の収穫を終えて農作業を一段落させた農家は、つかの間の息抜きを挟んで11月の声とともに枯露柿作りに取り掛かるのである。農家は仕掛けを作った竹竿を使って柿をもぎ取り、一家総出で皮剥きに精出す。夜なべ仕事になる事だってある。皮剥きした柿は縄や紐で、簾状に吊るし、天日干しする。吊るす前に硫黄薫淨を欠かさない。仕上がりの色付けをよくするためだ。100度ぐらいの熱湯に湯通しする人もいるが、仕上がりの色は硫黄の方が優るのだという。ただ味は湯通しの方がいいのだそうだ。


柿


 ある程度乾いたところで平干ししながら仕上げにかかる。この過程では「筋切り」というこれまた欠かせない工程があって、全体を揉みながら形を整え、柿の脊椎ともいえる筋を切るのである。これにはちょっとしたコツがいる。この筋切りは、揉む作業とともに枯露柿作りの技術的なポイントでもある。これらの工程を経て平干しした柿はやがて「粉」と呼ばれる白い粉状な物を噴出すのだ。そこまで来るとほぼ完成。




 枯露柿作りの最大のポイントは乾燥硫黄薫淨を除けば全てが自然に委ねるのが枯露柿作りの特徴。私は自然が作る、まさに高級菓子ともいえる芸術食品は枯露柿をおいてないと思っている。それだけに自然の成り行きを拠り所にしなければならない。


柿4


 最も肝心なのは天日による乾燥工程だ。暖冬だと乾燥が遅れ、カビが生えてしまう。生柿を乾燥させるためには、一定の寒さと木枯らしのような通風が大切なのだ。今年のようないわゆる暖冬と雨続きがもたらす湿度の多さが大敵。暖冬と小春日和は厳密には意味が違うが、ある意味、紙一重でもある。誰だって寒い冬より暖かい冬の方がいいに決まっている。しかし、死活問題、と言ったら大げさかもしれないが、枯露柿農家にとっては生命線であることは確か。今年は暖冬に加えて甲州百目など原料の柿が不作。枯露柿は間もなく年末年始の贈答用品として市場に出回るが、例年より高値になることは避けられまい。




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誕生会と忘年会

料理

 250人くらいがいただろうか。山梨県甲府盆地の東部、御坂山塊の一角にあるゴルフ場のクラブハウス。クマやイノシシ、鹿の料理もあれば飲み物では沖縄の泡盛も。山梨県中小企業中央会の会長職を退いて、今は野にいる方が毎年この時期に開いてくれるパーティーである。自らの誕生会を口実に親しい友を招いての一足早い忘年懇親会だ。昼間は親睦のゴルフをし、パーティーに臨むのだ。私は、腰を痛めてしばらくゴルフをやらないのだが、別のお付き合いから毎年、この催しにお招き頂いている。


花


 ゴルフ場のクラブハウスだからキャパシティーには自ずと限界がある。生い立ちからか経済人が多いが、政治家もいれば、出席者の職種はさまざま。幅広い付き合いの縮図がそこにある。主催者であり、ホスト役でもあるこの人は、冒頭のご挨拶でこんな話をした。





 「私は先頃、82歳の誕生日を迎えた。多くの方々のご協力も頂きながら、食も心を込めてご用意した。存分に楽しんで頂きたい。私は子供の頃から、食べるものは自分ひとりで食べるな、と親から教わった・・・・」



 この人は、言外に分かち合うことの大切さをさらりと話した。もちろん、主催者の挨拶だからそんなことを言うのが狙いではない。が、なぜか「食べるものは自分ひとりで食べるな・・・」という言葉に重い何かを感じた。この人とは歳が一回り以上も違うのだが、私も確かに同じことを親から教えられた。親と言うより大人たちと言った方がいい。ふと自らに置き換えてみた。「俺達は子供達にそんなことを教えただろうか・・・」。


フルーツ


 この時間ならぼつぼつ勤めから帰宅しているはずの娘の顔を思い浮かべた。その世代に今、食べ物を≪分かち合う≫という考えがあるだろうか。飽食の時代と言われる中にあって、分かち合うどころか、食べ物を粗末にすることが平気になった。大人たちも何時しか貧しかった時代を忘れてしまった。そんな事を考えていたら、久しぶりの友がビールグラスを片手に私の前にやって来た。


 「やあ~、ご無沙汰していまして・・・。お元気ですか」



 「あなたが獲ったクマや鹿の肉、ご馳走になっていますよ」




 パーティーは立食形式。主催者が用意してくれた上等の泡盛をストレートで頂きながら話が弾んだ。この人は山梨県の茅が岳山麓に住み、運送業を手広く営む社長さん。狩猟が趣味でその時期には茅が岳や八ヶ岳の山麓一帯で仲間達と鹿やクマ、イノシシなど大物を追う。私は毎年、この人のお相伴に預かって、その獲物に舌鼓を打ちながら旨い酒を飲む。もちろん、この日のパーティーの珍しいご馳走もこの人によるものであることは言うまでもない。


ワイン  


 主催者の人脈は広い。この人のようなハンターもいれば、ワイン会社の社長や酒屋のオヤジもいる。頂いている上等な泡盛も、ご婦人たちが和気合い合いと傾けているワインも、そんな仲間達からの差し入れかも。みんなが言わず語らずに≪分かち合う≫ことを知っている。主催者にとってはむしろ高くつくのは言うまでもないのだが、その分かち合いがみんなの和を作っているように思えた。主催者の隠居は「私は生ある限りこの仲間達とのパーティーは続ける」と挨拶を結んだ。




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手作りの祭り

 仮面ライダーなどと言ったら、恐らく子供たちから「オジサン何にも分かっちゃあいないんだよなあ~」と笑われるだろう。とにかく、仮面をつけたヒーローと悪役がステージで格闘ショーを繰り広げる。広場に集まった子供たちはそのステージを取り囲んで大喜び。若いお父さんやお母さんも一緒だ。


祭り3   祭り1  祭り2
    
 慌しさを色濃くする師走を前にした日曜日、山梨県のJR中央線山梨市駅前の広場で繰り広げられた祭りのひとコマ。商店街の若者達が、その活性化を狙いに作り上げた手作りの祭りで、ネーミングも「いい駅どっと混む祭り」と洒落ている。広場の周りにはぐるりとテントのブースが。




 そのブースは寺社仏閣の伝統的な祭りや縁日のそれとはなんとなく違う。いわゆる屋台ではない。屋台が一般的には≪てきや≫と呼ばれる専門家が所場割した出店であるのに対して、こちらは祭りの実行委員会が地元で募った≪協賛者≫だ。お店ではない地域の青年会議所(JC)や人権擁護委員会の啓発ブース、病院の健康コーナーもある。


祭り7


 人権擁護委員会のブースでは12月4日から全国一斉に繰り広げられる人権週間を先取りした形で法被姿の委員さんたちが「人権の花」と銘打った花のポットを無料配布。病院の健康コーナーでは血圧や体脂肪の測定など健康相談に応じた。いずれも無料。JCは日頃の活動をPRした。


花2    花


 もちろん、祭りにはなんとなくつき物の綿菓子やヨーヨー、子供も大人も楽しめる、おでんや焼きそば、たこ焼きのブースも。衣類や食器など普段家庭で使わずに埋もれている物を持ち寄ってのフリーマーケットもあれば、近郷の農家が持ち込んだ大根や白菜など農産物の即売コーナーもある。どのブースも家族連れで大繁盛。




 こんな祭りを音と動きで盛り上げているのがステージで繰り広げるショーだ。やっぱり分からないから、とりあえず仮面ライダーとするが、ショーはそればかりではない。オープニングは近くの幼稚園の園児の鼓笛演奏。これがまた可愛い。可愛いばかりでなく見事に訓練されていて、みんな拍手喝さい。ステージのショーは30分刻みぐらいに次から次へと続く。エアロビックス、てこんどうの演技、ソーラン踊り・・・・。


   祭り4   祭り5


 いずれも地域の同好グループだ。そのグループが旨く編成されていて、大人もいれば子供もいる。女性もいれば男性も。特に、チームに子供を加えているのがミソ。それが小気味いい。子供を出演させれば、お父さんやお母さんも来る。おじいちゃんおばあちゃんだって孫の演技を見たい。それが証拠に見物席ではお父さんやお母さんたちがデジカメでパチリパチリ。多くはビデオカメラで我が子の姿を追う。そんなカメラの前でステージの子供たちはアイドル気分で堂々の演技を見せるのである。



  祭り6


 恐らく、祭りの実行委員会は、祭りへのお客動員を計算に入れてこのプログラムを企画したのだろう。出店ばかりでなく、ショーでお客を動員、そのバックで流れる音楽でその気分を高揚させる。無料で花の配布をしてくれる人権擁護委員会の啓発活動を取り込んだのも経費削減の一手。地域おこし、商店街おこしに掛ける若者達の知恵は見事。祭りを上手に演出していた。




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プロの洞察力

望月春江
望月春江 : 泰山木


 「例えばですが、私は鯉を描こうとする時、鱗の一枚一枚まで数えるのです。木々が付ける葉っぱだって同じ・・・」




 ムチウチ症の治療のため、一週間に何度か通っている病院で、診察の待ち時間中、暇つぶしに眺めた中庭の池の中。そこに泳ぐ鯉を見ながら、ふと、ある老人を思い出した。老人といっては失礼だが、この方は日本画、特に花鳥画にかけてはわが国を代表する画家だった。画伯と言った方がいい。その名を望月春江といった。もう鬼籍に入って久しい。


望月春江写真
望月春江

 私が30歳の半ば過ぎ、会社の東京支社にいた若造の時分だから、もう30年ぐらい前になる。山梨の同郷のよしみということもあったのだろう。仕事でお目にかかったのをご縁に、なぜか可愛がって頂き、お宅にもよくお邪魔した。アトリエを兼ねたお宅は上野の池之端という所にあった。不忍池のすぐ近くだ。庵といった方がいいかもしれない。





 「鯉の鱗一枚まで・・・」「葉っぱのスジまで・・・」。何気なく、穏やかに話すお顔を拝見しながら、私は目に見えない斧で頭をガツ~ンとやられたような思いをした。あっけらか~ん、と言えばまだ聞こえがいいが、のんびり生きている自分を省みたからだ。のんびりというのもちょっと違うかもしれない。サラリーマンの、仕事の、「忙しさ」と言う隠れ蓑を被って、ややもすると目先だけで動き、本質を見失いかねない自分がいたからだ。


美ヶ原
望月春江 : 美ヶ原


 プロはすごい。「へえ~、すごい絵だなあ~」と、思いながらも、素人が当たり前のように見る一枚の絵。そこには限りない観察力と緻密な計算があったのだ。木一本を描くにも漫然とではなく、緻密な計算と奥深い観察をする。例えば、そこに幾つもの架空の点と線を引いては枝と葉っぱの関わりなどをつぶさに観察するのだという。鯉だって同じ。泳ぎ方の一部始終を見、その仕組み、構造まで摑んでしまうに違いない。





 その観察力が限りない洞察力に繋がっていくのだろう。そんな望月春江にかかれば鯉一匹、草木一つが本物より本物らしく、生き生きと生まれ変わるのである。俺達凡人には逆立ちしたって出来っこないのだが、プロには、それをやってのける日頃の鍛錬が導く、研ぎ澄まされた洞察力があるのだ。画家ばかりではない。音楽家だって、役者だって、物づくりのプロだって、みんな同じに違いない。凡人には見えないものが見え、聞こえないものが聞こえ、また感じないものが感ずるのだ。


惜春
望月春江 : 惜春

 お茶を、時にはお酒を頂きながらの私に、いつものように穏やかに話す画家・望月春江は、ある時、こんなことも言った。



 「あらゆる動物がそうであるように、人間も事あるごとに群れたがる。でも私はそれが嫌だった。だから、いずれの派閥にも属さず生きてきた。それが良かったか悪かったか・・」



 その口元には貫き通した信念とは裏腹に一抹の寂しさのようなものが・・・。




 病院の中庭で見た池の鯉も群れていた。人が近づけば群れていた鯉は我先にとそこに集まって来る。餌を求めてだ。しかし、不思議なことに一匹や二匹、その群れに入らないヤツがいる。でも、よく見ると寂しそうに見えるその鯉は悠然と、むしろ輝いて見えた。


鯉


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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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