水差しの水とワイン

★


 講演を終え、楽屋の控え室に戻ってきた茂太(モタ)さんは、なんとなくしょげていた。





 「今日の講演は、どうも、あとひとつ乗りが悪かった。聴いていて、良くなかったでしょう。こういう時は、いつも気分が落ち込むんです」




 「いやいや、そんなことはありませんでしたよ。面白いお話でした」





 「演壇の、あの水差しがお水ではなく、予定通りワインだったら良かったんだが・・・」



ワイン


 若い女子社員が差し出したおしぼりで手や顔を拭った茂太さんは、しばらくは浮かぬ顔だった。茂太さんとは精神科医で作家の斉藤茂太さん。ご存じない方がいるとすれば、あのアララギ派の詩人・斉藤茂吉のご子息と言えば誰でも知っている。「どくとるマンボウ航海記」の北杜夫のお兄さんでもある。何年か前に故人となられた。本来は「しげた」(茂太)とお読みするのだろうが、なぜかファンには「モタさん」で親しまれていた。


斉藤茂太  


 もう20年ぐらい前のことだ。今は取り壊してなくなったが、山梨県庁前にあった県民会館ホールに、このモタさんこと斉藤茂太先生をお迎えして文化講演会を開いた。演題は忘れたが、モタさんは講演前の控え室で、お世話役に充てていた女子社員に「水差しの中身をワインに替えて欲しい」と言ったという。




 「バカ言え。水差しにお酒など入れちゃあいかんよ。モタさん一流の冗談だよ。冗談」



 モタさんの≪要望≫をけげんな顔で伝えて来た女子社員に言った。入れるとすれば赤ではなく、聴衆席からは水と区別がつかない白ワインだが、ハナから冗談と思い込んでいるのだから答えはひとつ。ワインの産地・山梨へのリップサービスくらいに受け止めたのだ。





 そうと鬱が激しいご性格とお見受けした。前の晩、甲府市内のホテルの座敷で懇談の場を持ち、お酒をご一緒した。飲むほどに愉快な先生で、面白い話がポンポン飛び出すのである。その一方で、精神科医らしい人間の心理を突いたこんな話も。




 「私ゃあねえ、プロ野球のセ・パ両リーグの選手を長男、二男、三男と言うように、その位置づけで分析したことがあるんです。そうしたら面白いことが分かりました。九つのポジションの中で、長男がいないポジションがあるんです。どこだと思います?」
 


 「さて・・・」




 セカンドですよ。セカンド。このポジションはショートを含めたサード側にも、またファースト側にも気配りをしなければならない。一般論で言っても、昔から≪長男の甚六≫というように、長男は二男や三男と比べ周りへの気配りがヘタなんですねえ」


野球


 「もうひとつ、人の笑いを誘う商売、つまり、漫才師なども同じ。長男というのはその生い立ちから言って、どちらかと言うと堅物で、無器用。人に笑われるようなことは嫌うのです。その点、二男の場合、上を見たり、下を見たり、いわゆる柔軟性に長けているんです。半面、長男が多い職場は銀行。堅物にはうってつけです」




 一つ一つが長男である自らに置き換えても頷けた。今の歳になったら、水差しの水とワインの機転くらいは利くのだが・・・。少子化が進む日本。一人っ子にも長男と同じことが言えそう。天国のモタさんは何と言っているだろう?




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茶の間の時代劇

水戸黄門

 「お前は、いい歳してお気楽、極楽でいいよなあ~」と言われるかも知れないが、私はあのテレビドラマ「水戸黄門」のテーマソング「人生楽ありゃ、苦もあるさ・・♪」が好きだ。あの、あっけらか~んとしたトーンがいい。もちろん、好きなのはドラマそのものだ。用事で家を留守にでもしない限り、毎週欠かさず見ている。




 「水戸黄門」はご存知の方はご存知。今は中継ぎのドラマだが、毎週月曜日の夜、TBS系列で放送する。最初は「お父さんは江戸時代の人ですか」と、私をバカにしていた女房も今では「お父さんの好きなアレですよ」とチャンネルを合わせてくれる。娘もいい歳だからチャンネル争いなんかに加わってこない。女房と同じように全く興味がないらしく、別の部屋に行ってなにやら話をしたり、インターネットのパソコンに向かっている。





 「静まれ~、静まれ~。この紋所が目に入らぬか。こちらにおわすお方を、どなたと心得る。恐れ多くも、さきの副将軍、水戸光圀公であらせられるぞ~ ・・・」


印籠


 毎回、決まって最後に出てくる名台詞だ。スカッとする。「オジサン、バカじゃあないの」。女房や娘は諦めてくれているからいいが、このブログをお読み頂いている若い方々は、お笑いになるだろう。その名台詞に思わず拍手したくなるのだ。決まり切った台詞は、このドラマのクライマックスである。これがなかったら味もそっぺもないに違いない。





 放送時間は夜の8時から。放送業界が言う≪ゴールデンタイム≫だ。民放にせよNHKにせよ、視聴率を当て込み、競わなければならない時間帯である。NHKはその前日の日曜日の同じ時間帯に看板番組の大河ドラマ「竜馬伝」をぶっつけていることからも、お分かりだろう。NHK、民放を問わず、大切な時間帯を預かるディレクターは、その成否に首を賭けると言ってもいいほどだ。裏を返せば、長い間、ゴールデンタイムをキープしている「水戸黄門」は、視聴率の高い人気番組ということになる。今、太秦では次のシリーズを制作中。つまり、全国には私のような単純なオジサンがいっぱいいるということでもある。




 「水戸黄門」に限らず私は「暴れん坊将軍」「遠山の金さん」「鬼平犯科帳」など時代劇が大好き。そこに共通しているのは最初と最後、特に最後はいつも同じなのだ。「水戸黄門」の「この紋所が・・」と同じように「遠山の金さん」も裃の片肩を脱いで桜吹雪の刺青を見せ「てめえら・・」とやるのだ。見ている方も、これがなんとも小気味いいのである。


遠山の金さん


 「水戸黄門」水戸光圀「暴れん坊将軍」徳川吉宗「遠山の金さん」遠山左衛門尉景元「鬼平犯科帳」長谷川平蔵。生きた時代こそ違え、みんな実在の人物。このうち、遠山の金さんと鬼の平蔵は前後した時期の人。モノの本によれば、面白いことに遠山の金さんは、本所二ツ目にあった長谷川家の屋敷に移り住んでいる。火付盗賊改の長谷川平蔵、北町奉行の遠山左衛門尉景元こと遠山の金さん。歴史のロマンを感ずるのだ。


椿三十郎


 もう一つ、時代劇ではなぜか切られても血を出さない。黒澤明が映画「椿三十郎」で見せた真っ赤な血しぶきはともかく、テレビドラマでは血を見せない。家族団らん、特に夕食時の茶の間にはショッキングな血は似合わない。お気楽オジサンの晩酌時には丁度いい。





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おばあちゃんの失敗談

一宮浅間神社


 世の中にはそそっかしい人はいるものだ。当のご本人によれば、このおばあちゃんは正月もまだ初々しい3日、2人のお孫さんを連れて、甲斐の名刹・一宮浅間神社に初詣した。ご主人も一緒。可愛いお孫さんの手を引いて境内へ。この神社は甲府の武田神社や住吉神社、昇仙峡の金桜神社などと並んで山梨では初詣の名所である。境内は新春を寿ぎ、新しい年がいい年でありますようにと願う善男善女や家族連れで賑わっていた。本殿に手を合わせ、おみくじを引いて新しい年を占う。お孫さんを中心にした、ここまでは何の事はないただの初詣の光景だ。





 そそっかしいおばあちゃんの行状はここから。この神社には、ご神木というほどではないのだろうが、有名な「夫婦梅」というのがある。本殿の裏のほうにあって、→印のガイドがある。おばあちゃんは二人のお孫さんを伴って→印の方向に。あった。立派な枝ぶりの梅の木?が。その梅の木を大切に覆うように金網が囲っていた。この金網を神社のシンボルともいえる「夫婦梅」保護のため、と信じて疑わなかった。


夫婦梅  

夫婦梅

 夫婦梅は浅間神社本殿北側にあり、ひとつの花から二つの実を結ぶ。
祭神の御神徳により子授けの霊験があると伝えられ、参拝祈願して梅の実を請うものがある。
神社では毎年旧暦4月の第2亥の日に梅折の神事を行い収穫する。



 おばあちゃんは、その大きな金網の中の「夫婦梅」に向かって目をつむり、手を合わせた。おばあちゃんに促された2人のお孫さんも可愛い手を合わせて従った。おばあちゃんは手を合わせながら、酒好きなご主人や目の中に入れても痛くないほどのお孫さん、娘さん達夫婦、今年95歳になる年老いた姑の名前を頭の中で一人一人なぞりながら「みんなが今年一年、健康でありますように・・・」と、一心に祈った。正直な気持ちだった。




 お孫さんは小学校5年生と1年生。上の子が長く手を合わせるおばあちゃんに向かって幼いながらも半信半疑に、こう言いかけた。





 「おばあちゃん、この梅、花を咲かせないの?なんだか枯れているみたいだね・・・」




 そんなお孫さんの言葉が終わるか終わらないかの時、一足遅れで追いかけてきたおじいちゃんは神妙な顔つきで手を合わせる奥さん達の姿にびっくり。




 「おい、おい。それは鳥小屋だよ・・・」



 おばあちゃんは、その瞬間、顔から火が出る思いだったと言う。金網の中に尾長の鳥であれ、なんであれ一匹でもいれば何の事はなかったのだが・・・。


鳥



 そんな笑い話のような話は「3人会」と言う酒席の場だった。高校時代の同級生、夫婦同伴で年に3~4回酒席の懇親会を開く。もう10年近く続いている。一人は山梨の信用組合の理事を4年ほど前、定年で退いた。今では私と同じ「毎日が日曜日」。もう一人は甲府市内のデパートの役員を退いた後も、請われてサラリーマン生活を延長。しかし、昨年暮で、めでたく卒業。「おめでとう。ご苦労さん。この3人会、今度はちょいちょい開けるなあ~」。3人の奥さん方も一緒に盃を交わした。話題のおばあちゃん。おばあちゃんと言っても私達の同級生の連れ合いだから65歳前後か、それ以下。人柄もよく、綺麗なご婦人だ。日本舞踊もやる。「私はあの時の事を考えると恥ずかしくて・・・」。せっかち屋さんの失敗談は、その夜の格好な酒のつまみになった。二次会はそんなことを忘れて、いつものようにスナックでカラオケを。




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けちん坊と無駄遣い

 ジキルとハイド。二重人格。そう言ったら、ちょっと刺激的かもしれないが、人間、おしなべて二面性を持ち合わせているような気がする。二面性というより多面性と言った方がいいかもしれない。私なんかその典型だ。自分ではお金やモノに執着しないというか、大らかなタイプと思っていたが、意外とけちん坊な自分に気付いて嫌になることがある。


マネーー


 飲み屋街から夜遅くタクシーで家に帰る。「その塀の切れ目でいいよ」。タクシーが止まる寸前、メーターがカチッと廻るのだ。その瞬間、ワンメーターの90円が妙に損をしたような気がするのである。お酒に酔っていてもだから、根っからのけちん坊だろう。店を出る時、女の娘に千円、二千円のチップをやるのにだ。




 こんな経験もある。サラリーマン現役時代だが、東京に出掛け、仲間達とのお酒やカラオケ、時には麻雀で遊び過ぎて終電車に乗り遅れる。しかし、明日の仕事を考えれば帰らざるを得ない。当然、足はタクシーしかない。当時、私が住んでいた甲府の家までは東京から距離にして120㌔から130㌔はある。その頃でもタクシー料金は、帰りの高速道路代やチップを入れると6万円近くになった。

マネー


 承知の上だから、それはそれでいい。しかし深夜の高速道路。スピードは時速100㌔を超す。メーターは「カチ、カチ、カチ」と回転、その音に酔いが覚める思いをしたものだ。6万円近いタクシー代は、一回としたら決して少なくはない。終電車に間に合うように遊びを切り上げればなんでもないのだが、そこがお馬鹿さん。そんな事が何度もあった。




 でもそんな無駄遣いも「俺もバカだなあ」と思うくらいで、それほど気にもならないのだ。ところが、不思議なことに普段、家の前で「カチッ」と廻るワンメーターの90円は気になるのである。俺って少し頭がおかしいのかなあ、と思うことすらある。


小銭


 麻雀や競馬だって同じだ。元々勝負事に弱い私だから大抵は負け組。その金額はお上に申し訳ないので、ここでは詳しくは書けないが、90円でも100円でもないことだけは確か。今は馬鹿馬鹿しくなって足を洗った競馬に至っては一日で10万、20万負けることも珍しくはなかった。不思議なことに、これも苦にならなかった。「また次があるさ」とあっけらかんとするのだ。ある意味ではこれが勝負事の魔力なのかもしれない。




 こんなことをかみさんが知ったら、恐らく即倒するだろう。何しろ新聞折込みのチラシを見てはデパートのバーゲンを目の色を変えて飛び回り、大根が一本10円、20円安いといっては遠くのスーパーへ。男と女の違いといってしまえばそれまでだが・・・。その女房だって高い車のガソリン代を払い、挙句の果てに帰りに車でもこすれば、世話はない。見方を変えれば、女房は女房で、それを結構楽しんでいるのだ。そんなものかもしれない。

小銭2

 政治の世界では「無駄の排除」を目くらまし?に事業予算の削減に躍起だが、庶民は大なり小なりこんなバカなことをしているのだ。税金の無駄遣いは困るが、人間、大きな目で見れば無駄があるからいいのかもしれない。女房はいつも言う。「お父さんは、お酒やタバコばかりでなく、麻雀や競馬。一生のうちでは家が建つわね」。女房はバカな亭主の行状を先刻ご承知? ともかく俺はけちん坊なのかバカなのか。その両方かもしれない。




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漫画と落書き

落書き

 うちの女房はふるっていると言うか、面白い。




 「お父さん、これいいでしょう。上手だと思う?」




 ある研修会で隣り合わせの机に並んで座り、講演を聴いていた私に向かって、女房が自ら書いた漫画を滑らすように差し出した。



 「バカっ。人が話をしているのに、漫画なんか書いているヤツがあるか」





 声を潜めて、そうは言ったものの、その漫画、実に面白い。前の席に座っているオジサンの頭を書いたものだが、はげ頭に何本かの長い髪の毛がミミズのように這っている。もちろん、書かれている側のオジサンは、そんなことは露知らずに、時折こっくりと。後ろの私には、その様と女房の漫画を見比べることが出来るから、思わず噴出しそうになった。


らくがき



 女房は私が所属するユネスコ関係の研修会に義理で連れて来られたのだから無理もない。女房を叱かってしまった引け目からか、反動のように周りを見渡した。何人もが居眠りを。実は私も居眠りを必死にこらえていた。居眠りをしているのは男性ばかり。さすがに女性は誰もいなかった。こんな時の≪知恵≫は女房のように女性の方が優れているのか。真面目顔で講演している講師の先生には失礼千万だが、また噴出しそうになった。




 漫画といえば聞こえはいい。分かり易く言えば、暇つぶしの落書きだ。人間、落書きをする、またしたくなる心理は、どこかに潜んでいる。その場所をわきまえるかどうかは、その人が持ち合わせた理性でしかない。公共的な壁や、公共施設の中でも唯一、密室になる公衆トイレでの落書きがそれだ。




 日常、持ち合わせていることが多いボールペンや鉛筆なら、まだ可愛い。ところがスプレーで壁といわず、電柱や商店街のシャッターに至るまで所かまわず落書きをする奴等がいる。捕まえてぶん殴ってやりたくなるのは私ばかりではないだろう。スプレーもカラフルなものが多いから、大胆至極だ。落書きをする人間と、それを始末する人間のイタチごっこは今日も続いているのだ。





 山梨県甲府市郊外の愛宕山の麓を走る県道沿いにコンクリートの回廊のような壁がある。延長が60mぐらいはあるだろうか。そこはいつも落書きのキャンパスのようで、管理者が消せば書く、書けば消すの繰り返し。たまりかねた管理者は数年前、そのコンクリート壁を本当のキャンパスに見立てて、恐らく近くの中学生だろう、額状に幾つもの絵を書かせた。葡萄の絵もあれば富士山も。

愛宕壁画    愛宕壁画2


 不思議なことに以来、この壁に落書きする人は誰もいなくなった。子供たちが懸命に書いた絵の上に落書きするのはさすがにはばかるのだろう。女房のように自分の紙に密かに落書きの漫画を書いているくらいなら可愛いもの。人様や社会には迷惑ではない。講演をされている先生には失礼千万だが、コンクリート壁のように、それをさせない講演者の知恵と工夫も必要かも。正直言って義理がなければ俺だって漫画でも書いていたかった。ただ、かみさんのように上手に書ければのことだが・・・。




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星のロマンとホタル族

夜空1

 寒いから外に出るのが億劫だが、冬の夜空は美しい。満天に星だ。宵の明星も見えれば、お馴染みの北斗七星も。おうし座やふたご座、こいぬ座、オリオン座も見えるのだろうが、小学校時代、ちゃんと先生の話を聞いていなかったから、分かりっこない。星座の知識があったら、夜空の見方もちょっとは違っただろう。





 私が住む山梨市のこの辺りは甲府盆地の中でも高台だから、満天の星の下と言うか、延長線上には、これまた宝石のように街の灯りがキラキラ輝いて見える。「あの辺りが友の住む石和温泉郷か・・・」。「あの山付きの光は桃の産地・一宮町千米地のあいつの家か・・・」。寒空の下で夜空と夜景を眺めるのだ。何の事はない。女房や娘が嫌がるからタバコを吸うため、仕方なく外に出て目に入る夜空なのだ。


夜景
近所の笛吹川フルーツ公園から見える夜景
「新日本三大夜景」に選ばれました
画像:笛吹川フルーツ公園HPから


 寒い。でも炬燵の中でミカンやお菓子をムシャムシャ食べながら娘とたわいもない話をしている女房には、この美しさは分かるまい。ざまあ~見ろ、と言いたいところだが、やっぱり寒い。何で、亭主の俺が・・・と、思わないでもない。でも、そんな夜空を眺めながらの一服も、まんざらでもない。負け惜しみなんかではない。




 世に言うホタル族。タバコを吸う時、事実上の締め出しを食うのは、何も今に始まったことではない。今ではグズグズ言われる前に自分で外に出る。その時期、時期、星座の位置は違うのだが、冬の夜空はひときわ美しい。空気が澄んでいるからで、夏の夜空、ましてや春の夜空とはまったく趣が異なる。一つ一つの星が氷のように、いかにも冷たく輝いているのだ。


夜空



 一等星、二等星、三等星・・・。満天の星は何事もないように悠然と、堂々と輝くのだが、そのひとつが東の空から西の空に静かに、しかも一直線に動く。もちろん、流れ星ではない。一定間隔で点滅を繰り返しながら飛ぶ飛行機の灯りである。大宇宙の中をゆったりと泳ぐ異端児の星に見えるのだ。




 その後を、またもうひとつの灯りが。その後にも・・・。大宇宙というキャンパスだから一つの空間に見えるが、その間隔は10分前後はあるのだろう。管制塔の誘導で次々と飛び立つ夜の成田空港が目に浮かぶ。山梨の上空は外国航路になっているようで、昼間は白い飛行機雲の尾を引いて同じように飛んでいくのだ。あのツンドラ地帯のシベリア上空を飛んで、ヨーロッパに行くのだろうか。夜8時を過ぎると飛行機はウソのようになくなる。



夜空2


 そんな夜空の星と飛行機を眺めながら、もう20数年前になる日航機の御巣鷹山墜落事故を思い出した。今、再建問題がクローズアップしている、あの日本航空だ。 同時に頭をよぎるのが山崎豊子の小説「沈まぬ太陽」。今の日本航空を暗示さえしている。




 「見上げてごらん 夜の星を・・・♪」



 国民的なアイドル歌手・坂本九も一緒に逝った。高校時代の恩師の一人娘さんも一緒だった。もちろん、今見る定期の航路であるはずがない。東から西ではなく、イレギュラーして南から北へとフラフラ飛んで群馬県の御巣鷹山へ。お盆に入ったばかり、夏の夜の出来事だった。タバコをふかし、寒空を見上げながら坂本九の歌を寂しく口ずさんだ。


空

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女性天国へ着々と

国会予算委員会
 


 政治家や、その動きを伝えるメディア関係者の中にも女性の姿がどんどん多くなっている。第174通常国会が始まった。例えばだが、衆・参両院の本会議場がテレビカメラで大写しになる。そこに映し出される女性議員がなんと増えたことか。赤、白、黄色。女性の衣服はカラフルだから、すぐ分かる。かつての小泉チルドレンと言われた人達、つまり、小泉政治のしっぺ返しで野に下った人達に変わって登場してきた小沢ファミリーと言われる方々の中にも女性がなんと多いことか。




 攻守ところを変えた与野党を問わず、いずれもお若く、美貌に富んだ方々が多い。そうした方々や総理大臣、閣僚などの動きを取材する、いわゆるぶら下がり取材の記者キャスターをみても女性が知らぬ間に増えている。そればかりではない。事件記者や芸能人を追い回す芸能リポーターに至るまで女性がどんどん幅を利かせている。男なら逆に躊躇し兼ねない所までマイク片手に黄色い声を張り上げながら食いついていくのだ。「おや、おや」と思えるほど女性は頼もしい。


衆議院本会議場  


 女性の進出は国会ばかりではない。都道府県や市町村の首長、議員に至るまで女性がジワジワとその数を増している。知事を見ても北海道は現に女性だし、先頃までは大都市の大阪や千葉の知事も女性だった。国会議員、道府県知事、都道府県・市町村議員まで候補者選びで手詰まりになれば、必ず、と言っていいほど女性の名が挙がり、それが案外、功を奏すのである。政党によっては女性票を狙ってハナから女性をぶつけているところも。




 民間にあってもこの傾向は同じ。データがないのではっきりしたことは分からないが、企業のトップだってひと昔前より女性の存在感は増しているはずだ。メディアに登場してくる人達を見ても知的職業と言われる評論家作家弁護士などの中にも女性が目立つ。私達の歳から言って、普段あまり接する機会が少ない学校をみても、特に小学校の場合、女教師がなんと増えたことか。




 その学校の中でリーダー役の児童会長さんも女の子がかなり多いはず。中学や高校だって同じかもしれない。これも例えばだが、かつてはバンカラを良しとしていた私の母校・日川高校は、そのシンボル的な存在だった応援団までひと頃、女性に席巻された。


応援団長  
山梨日日新聞miljanから
日川高第61代応援団長 大竹みずほさん(右)


 むしろ、女性の台頭は子供たちの方が目覚しい。作文、標語、書道、絵画、工作。さまざまなコンクールで、ふたを開けてみると、上位に座っているのは決まって女の子だ。会社の入社試験をすれば、これまた上位は大方を女性が占める。大人の世界で女性が幅を利かす根拠、下地はちゃんとある。身の回りの日常を見ても、家事の合理化などで時間が出来たオバサン達は、職場であくせく働く亭主をよそに健康ジムに通い、コンサートや観劇を楽しむ。残業亭主は帰りがけに縄のれんで安酒を引っ掛けて、上司の悪口や愚痴でも言っているのがセキの山。通勤のスタイルによって飲酒運転の取締りが厳しいから、その安酒すら飲めない亭主族も。日本はやがて女性天国に・・?残念だが、うちは既にかみさんに≪占領≫された。「それでいいんだよ」と言う人がいるが、それホント?




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不摂生のツケは何時払う?

 「人間なんて分からんもんだよなあ。あいつのように、規則正しく、言ってみれば模範的な生活をしているヤツが、病気になり、俺やお前のように、いい加減な生活をしたヤツが病気にならない。神様のやり方、間違っているよなあ・・・」

自然


 つい先頃、親しい仲間が、やはり友達の検査入院の結果を私に告げながら、こんなことを言った。三人は高校時代の同級生。友の検査入院を知らせてくれたのは、このブログでも紹介したことのある男で、大手生命保険会社の理事を定年で辞め、CDのカップリング曲「ふるさと」を作詞したり、今年から地元・笛吹市の教育委員も務めている。




 一方、検査入院したのは、石和温泉郷に程近い所に住むその男と目と鼻の先に住んでいるから、にわか百姓の良き相談相手でもある。私にとっては、こうしてパソコンを叩き、ブログに興味が持てたのも、その男のお陰。私はパソコンの、ブログの師匠だと思っている。足を向けては寝られない立場だ。


パソコン  


 お酒も飲まなければ、タバコも吸わない。早寝早起きをし、健康づくりのため、出来るだけ車を避け自転車で動く。私の家とは約8㌔。それも傾斜地なので坂道が多いが、平気で自転車に乗ってやって来る。奥さんとご一緒に山歩きもする。野草や野の花にも興味を持ち、趣味のクラフトの指導をしたり、農業のNPO法人の指導役を買って出たりもする。やはり奥さんとご一緒の外国旅行だって安易なツアーではなく、リュックを背に自然を愛でて歩く。

 サイクリング2  


 冒頭の友が言うように、まさに模範的な生活をしている男だ。片や、今でこそそれが出来なくなったが、ひと頃は大酒を飲み、不規則の極みをやって来た私達。バカと言われるかもしれないが、一升酒も飲んだ。歳とともに酒量は減ったものの、晩酌は欠かさないし、これまたアホウと言われるかもしれないが、その量は他人(ひと)より多い。不規則な生活態度が一夜で改まるはずがないから、言ってみれば、この男とは月とスッポン


酒


 検査結果は気管支喘息と心筋梗塞。「俺、生死の境まで行って来たよ」。同級会の幹事役をしっかりやってくれた、この男はパソコンのメールで、こんなことを書いて来た。




 「一日一日を大切に風邪を引かないように注意しています」


 その後には「初日の出 富士の高嶺に 紅を引く」という句が。意味深な句だ。それにはこんなコメントも。


 「化粧して紅を差した情景です」



 一病息災という。こういう人ほど長生きをするのが世の常。こうして人ごとのように講釈している、俺達に待っているのは・・・。どうしてって? いい加減な生活をしたツケは何時か払わなければならないような気がする。この男が幹事役をしてくれた同級会にお越し頂いた恩師先生も私達に人生の節制訓を説いてくれた。私たち自身の日常にだって、つまらぬ事で惹き起こしたムチウチ症や階段でこけての怪我という天誅もあった。好意的に解釈すれば、注意信号を出してくれている。




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言葉のマジック

 口から出任せ、と言ったら言い過ぎかもしれないが、口ばかりで実行が伴わないことを「舌先三寸」という。たいそうごもっともなことを言うのだが、いつも口先ばかり、という人もいないでもない。そうありたくはないし、そんな人間はやがては人の信頼を損ねてしまうのは世の常だ。


国会議事堂


 最近テレビを見ていて「おやっ?」と思うのが「国民のため」と言う言葉だ。わが国のリーダーである総理大臣だから、当然と言えば当然。鳩山さんは言葉の節々に必ずといっていいほど、このフレーズを使う。閣僚達も同じだ。政権を支える民主党の幹事長・小沢さんもそうだ。党の議員達もテレビの討論番組に出てきて、やっぱり同じことを言う。




 「国民のため」。この言葉の響きはいい。「お前達のために・・・」というニュアンスと違って、その響きはいかにも謙虚で、耳障りがいい。私なんか単純だから「今度の政権は私達、国民の事を本気で考えてくれている」と、なんとなく思い込んでしまう。まるで枕詞のように、また申し合わせたように、この「国民のため」を使う。こんな総理大臣や政治家がこれまでいただろうか。


通勤


 でも待てよ。私達はこの言葉のマジックにかかっていないだろうか。勝てば官軍・錦の御旗のように、テレビドラマ「水戸黄門」に出て来る印籠のように、いかにも正義ぶっていないだろうか。一見、謙虚な物言いの裏で「国民のため」を金看板に反対意見を封じ込めて、物事を強引に推し進めようとするしたたかさが見え隠れするのだ。




 その鳩山さん。内閣発足当時の衆・参両院の本会議や予算委員会で、野党に転落して間もない自民党の追及をかわす手段として失礼千万、こんな言い方をした。



 「あんたにだけは、そんなことを言われたくない・・・」


 事あるごとに発した、この言葉と前後して言い出した「国民のため」という言葉は、それといかにも対照的。鳩のようなクリクリした目を、さらに大きくして言ったものだが、この大柄な言い方は「一国の総理たる者・・・」の一発で、あえなくダウン。「あんただけには言われたくない」。ご本人は本気で言っているのだろうが、売り言葉に買い言葉。茶の間からみれば、まさに子供の喧嘩にも等しい。


総理大臣官邸


 「国民のため」とはいったいなんだろう。枕詞のように口を突いて出て来る「国民のため」は、本当に国民のためなのか。その裏づけがあってのことなのだろうか。熟慮した結果なのだろうか。「人民の 人民による 人民のための 人民の政治」(government of the people by the people for the people)。アメリカ合衆国第16代大統領エブラハム・リンカーンの有名な演説の一節だ。




 民主政治の原点が、限られたフレーズの中に見事といっていいほど凝縮されている。「国民のため・・・」。ぶら下がり取材も含めて、記者会見などで口を開けば事ある度に出て来る薄っぺらな言葉とは、誰が考えても違う。確かに「政治は言葉」という。でも、言葉のマジックで翻弄されたら国民はたまったものではない。不況をよそに何事もないように新しい年がまた動き出した。今年こそはいい年であって欲しいものだ。




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死期の宣告

  お寺


 私達の地域を治めていた市長が逝った。現職も現職。傍から見ればまったくの急逝だった。享年60歳。昨年暮れの28日、月曜日の朝のことだった。体調の急変に気付いた家族が救急車を呼んだ時には、心肺停止の状態だったという。「どうして、こんなことに・・・」。市長になる前から懇意にさせていただいていたものだから、言いようのないショックを覚えた。訃報が地元テレビのニュース速報で流れても、にわかに信じることが出来なかった。七日正月が済むのを待って昨日、葬儀がしめやかに執り行われた。





 死因は肝細胞癌。亡くなった翌々日、急遽開かれた後援会の幹部会で後援会長は「私も知らなかった」と前置きした上で、癌が市長の体を蝕んでいた経過を説明「本人にしてみれば壮絶な死だった」と話した。家族の話などを総合しながらの後援会長の話によれば、亡くなるちょうど3ヶ月ぐらい前、かかりつけの医師から「長くもっても、あと3ヶ月・・・」と死期の宣告を受けていたという。


葬儀3  


 土、日を挟んで金曜日まで、いつもと同じように登庁、土曜日、日曜日も市の関連行事に顔を出し、亡くなる前夜は、隣接する甲州市の元市長の通夜に参列していた。もちろん、市の幹部達も市長が癌の宣告を受け、しかも死期まで伝えられていることなど知るよしも無かった。でも、このところ体が痩せ、顔色が優れないので、幹部達は体調を気遣って休養を促していたという。


 


 山梨県議会議員を4期務め、市長になって8年。この間、隣接する2町村との合併も成し遂げた。「職員を鍛え直し、みんなでいい市を作る」。これが口癖だった。職員には厳しかった。その姿勢は市長として、また市民から見ても当然だが、片や職員からはボヤキも聞こえた。使われる立場からすれば、誰だって厳しいより、安易な方がいいに決まっている。それに反対勢力の中傷も加わるのだから、心中は穏やかとは言えなかっただろう。しかし、それに対する愚痴はもちろん、宣告を受けた癌についても知らぬ顔を通した。


葬儀


 もっと早い時点で処置するすべはなかったのか。そんなことを言っても後の祭り。癌の性格から、それなりの理由があったのだろう。それよりもなによりも癌に蝕まれていく自分、その死期すら知りながら、それを誰にもいえずに公務と向き合う市長。どう考えても、その心中は察するに余りあるし、痛々しくもある。


葬儀2


 市長とは、首長とは、政治家とは、それほど孤独なのか。私だってサラリーマン、その成れの果ても経験した。おおよその見当はつく。経営トップが孤独に陥り易いことを。政治家だって同じだろう。企業のトップと違って政治家には必ず大きな敵がいる。その数は最大、半分弱か、それより少ないかは別に、いつもどこかで密かに牙を剥いている。




 考えようによれば、政治家の方が何倍もプレッシャーが大きい。政治家にとって病気、特に癌は致命傷と言われる。国会議員にしても、その地位が高くなればなるほど、うわさの流布には神経質になり、その病状を知られまいと、医者など関係者に、かん口令を敷く。この市長さんも政治家の道を歩み出す前は、国会議員の秘書。そんなことまで勉強したのだろうか。そう考えると、また痛々しい。心からご冥福を祈りたい。




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拍子木の今昔

 拍子木。大相撲や歌舞伎、寄席のファンなら知っている。あのなんともいえない音と響き。ちょっと考えれば、あってもなくてもいいようなものだが、これがなくては始めも終わりもしまらない。大相撲は初場所が、歌舞伎は新春公演が始まっている。お客さんはこの拍子木の音を聞き、これからの土俵や舞台の出し物に期待を抱き、また名残を惜しむ。たかが拍子木、されど拍子木なのだ。 
拍子木
 

 特殊な世界にだけに生き残るこの拍子木。実は、かつては身近にもあった。お若い方々や都市部にお住まいの方々は、ご存知ないかもしれないが、火の用心を呼び掛ける、欠くことのできない道具だったのである。回覧板のように拍子木が各戸をリレーし、毎夜、日替わり当番で、この拍子木を叩きながら地域を巡回するのだ。人々は夜警と呼んだ。




 火災が増えるのは、今も昔も冬の時期。寒い。これといった防寒着がない昔は、ドテラと呼ばれた綿入れを着込んでは拍子木と共に「火の用心」を呼び掛けながら巡回するのである。一晩に2~3回。お父さんに連れられて一緒に廻る子供もいた。時代劇に出て来る人っ子ひとりいない夜道を頬かむり姿で歩くあの火の番を想像すればいい。凍てつく夜空に犬の遠吠えも。夜警が火事のみならず、防犯にも役立った。


消防3


 その拍子木が田舎から消えて久しい。変わって登場したのが法被。持ち回りの夜警を消防団に委ねたのである。消防ポンプも「ガッチャンポンプ」と言われた手動式から高性能の自動の車式に。自主訓練も含めて団員の教育も徹底するようになった。お正月恒例の新年出初め式が中学校のグラウンドで開かれた。県議、市議、区長ら各界代表、消防OBなどを招いて、日頃の訓練ぶりを披露するのである。


消防4       消防2


 出初めの式は礼式や表彰が中心。礼式は、実戦のポンプ操法と共に欠くことの出来ない規律だ。約2時間、その技を見事に披露した。「俺達にもあんな時代があったなあ~」。観覧席で、かつて消防団長を務めたOBは、後輩達の演技を懐かしそうに見守っていた。その一方で、みんなが共通して頭を痛めるのが消防団員の際立った減少だ。




 この地域でも少子化と若者達の都市部への流出が顕著。地域防災の先頭に立つはずの消防団にも確実にシワ寄せし、その戦力への危惧さえ出てきた。このため区は昨年、自主防災組織としての消防協力隊を発足させた。75歳定年制とし、中高年も含めて主に日中地元にいることが多い人達を中心とした編成である。万一の場合、消防団をサポートするための実戦部隊である。6つの班に分けて毎月、ポンプ操法の消防訓練も欠かさない。


消防5


 もちろん、自治体の広域消防もある。「自治体消防に任せればいい」。こんな割り切った声もないではない。しかし、人口密度が少なく、その拠点から比較的遠隔地にある山間地の場合、初期消火などに地元の力は欠かせないのだ。


消防1


 「自治体消防は何をしているのだ」。その声は都市部から地方の田舎へとジワジワと波及している。拍子木が身の回りから消え、特殊なものになった今、自分たちの地域を守る基本的な意識も変わりつつある。親と一緒に拍子木を叩きながら夜警に歩いた子供たちがいつの間にか60歳代になった。拍子木が消え、次には法被もやがて消えていくのか・・。




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加齢と記憶

箸


 「お母さん、夕べ、俺、何を食べたっけ?お前はみんな覚えているか?



 「藪から棒に何を仰っているんですか。お父さん、正月早々から頭がおかしくなったんじゃあないの?第一、夕べの食事は私が作ったんだから覚えているに決まってるじゃない



 「そうだよなあ~・・・」




 そうは言ったものの、私には夕べの食卓の全てが思い出せないのである。家にいればのことだが、一年365日、晩酌は欠かさない。その晩酌もビールと日本酒だから、これだけは思い起こさなくても分かる。しかも、最近では、その量も≪原則的≫には決めているので、自分が飲んだ量まで分かっている。


酒


 さてその次だ。酒のつまみにはマグロの刺身があって・・・。その次がもう出て来ない。テーブルの真ん中にあったはずの鍋の具に至っては、全部言えないのだ。一晩、寝たとは言え、わずか12~3時間前のこと、しかも、たらふく自分の胃袋に収めた物ばかりなのだ。
かみさんが言うように、こんなことを言ったり、考えたりすること自体、いかにも唐突。


鍋  


 「俺も認知症の前兆かなあ~」




 ちょっぴり不安になった。こんなことを考えたことはなかったから、それが何時頃から始まったかは分からない。考えるきっかけは、おふくろ。おふくろは大正5年1月生まれ。94歳になった。足腰が悪く、今は病院に入院中だ。一方で認知症が進んできた。暑さ寒さも完璧なエアコンでガードされ、食事はもちろん、寝起きに至るまで至れり尽くせり。これと言って心配事もないから加齢も手伝って認知症が進行するのも無理もない。




 かみさんは、ほぼ1日おきに、私も1週間か10日おきには病院に顔を見せる。その度に子供のように嬉しそうな顔をする。それがいじらしく、私には逆にいたたまれない思いすらするのである。そんなおふくろは確実に昨日のことはみんな忘れている。うかうかしていると長男であるはずの私の顔さえ忘れかねない。



手


 やはり、おふくろを案じて、しばしば見舞いに来てくれる二人の弟達夫婦のことなどすぐに忘れてしまうのだ。「わざわざ東京や埼玉から来てくれるんだから忘れちゃっちゃあダメじゃない」。そんなことを言ったってしょうがない。ただハラハラさせられるのはせっかく来てくれる近所の人達や知人、つまり、お他人様に対してだ。「どなたさんでしたっけねえ?」とやってしまうのである。息子達の顔すら忘れかねないのだから無理もない。




 ただ不思議なことに私の女房、つまり長男の嫁のことだけは忘れないのである。病院に行く頻度が多いだけではないような気がするのだ。ろくでもない息子より嫁の方がよっぽど頼りになるし、よっぽど世話になっていると思っているからだろう。女房と接している所を見ると認知症がウソのようにも見える。どこかに嫁に対する姑の緊張感があるのかも。




 ところで夕べのメシ。同年代の友に、女房にしたと同じような問いをしてみたら、しばらく考えたあと「俺も夕べ何を食べたか、みんな言えねえよ」。赤信号ではないが、みんながそうなら怖くない・・・。でも黄信号が点灯していることだけは間違いない。




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七草粥と飲ん兵衛

 うちのかみさん、外国旅行から帰ったばかりの時、しみじみと、こんなことを言った。


 「お父さん、やっぱり私は温かいご飯味噌汁漬物、それに焼き魚でもあれば十分。パンやステーキの生活はうんざり。なにもなかったらお茶漬けでたくさんよ」


ごはん


 私だってそう思う。次々と出されるボリュウムたっぷりのご馳走よりも、そんな淡白な食事の方がいい。日本人の胃袋に合っているのかも知れない。しかし、人間とは浮気で贅沢な動物。そんな質素な食生活が続くと、また・・・。かみさんは言うのである。




 「お父さん、たまには美味しいものでも食べに行きましょうよ。今度、あそこに出来たレストラン、美味しいお肉を食べさせるそうよ」


肉


 おいしそうな料理を目の当たりにすると、私は不思議とあるブレーキが頭をよぎる。「太ったら困る」。ただ、食べ放題だとか、只だったら話は別。そこが貧乏人の性(さが)で、あとで反省することを知りながら、欲で食べてしまうのである。見ていると、悲しいかな、うちのかみさんも同じ。貧乏人の女房だ。ここで私とちょっと違うのは「太ったら・・・」などと、その時点では全く考えないらしい。結果でしか考えないのが女?




 お正月。なんとはなしの正月気分と親しい友やお客さんの来訪も手伝って、やっぱり飲み過ぎ、食べすぎ。年末までプールに行くなどしたダイエットの努力も水の泡。普段、家では計ったことがないが、健康ジムでは必ず乗ってみる体重計が恐ろしい。そんなメタボ人間はさて置き、日本人の食生活の知恵と工夫はすごい。食べ過ぎたり、飲み過ぎたりする時期の後には七草粥のような薬膳料理を食べる習慣を作る。夏の暑い時期、つまり土用の丑の日には鰻を食べて精力をつけ、暑さを乗り切ることを考え、冬至にはカボチャを食べる。食べ物ではないが、ゆず湯の習慣もある。

うなぎ


 スズナ、スズシロ、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ。ご存知、春の七草である。何も決め事ではないが、なぜか書物などではその順序をセリ、ナズナから始め、スズナ、スズシロで結ぶ。私は覚え易い語呂と日常の食卓で馴染み易いものの順、つまりスズナ、スズシロ、セリ、ナズナ・・・の順で言うことにしている。七語調だから覚え易い。言うまでもなくスズナは大根、スズシロは蕪。セリもお馴染みだ。


七草

 「ところで、お母さん、秋の七草って知っているか?」



 「え~と、ハギでしょう・・・」。そのあとが出てこない。春の七草は知っていても、秋の七草は案外知らない。自らのために、ここでおさらいすると、秋の七草とはハギ、オバナ(ススキ)、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、キキョウ。万葉の歌人・山上憶良が「萩の花 尾花葛花 なでしこが花 をみなへし また藤袴 朝顔が花」と詠んだのに由来する。この歌に7つの花が詠み込まれているが、最後の「朝顔が花」はキキョウという説である。因みに、秋の七草の覚え方は「お・す・き・な・ふ・く・は」がいいそうだ。




 春の七草と秋の七草。秋のそれがいかにも風情があるのに対し、春のそれはいかにも現実的。花より団子である。飲み過ぎ人間には七草粥は飛び切りのご馳走だ。




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同級会の近況報告

 新年恒例の同級会で近況報告の順番が廻ってきた時、仲間の一人がこんなことを言った。

 「俺は今でも毎朝、英字新聞を読んでいる。そこで感ずるのだが、英語の表現はいつも端的だ。日本語のように薀蓄もなければ、受け止めようによって解釈の仕方が微妙に異なることもない。英語は単純に人の意思を伝えるからいい」


同窓会3  


 確かにそうだ。逆から言えば、日本語ほど曖昧な表現が多い国語はないのかもしれない。英語ばかりでなく、中国語だってそうだ。ストレートに表現する。日本人は、その都合によって言葉をぼかし、相手もそれなりに理解する。いわゆる「玉虫色」などという言葉があるように臨機応変に言葉を操るのだ。


 英字新聞j


 見方によれば、言葉自体に薀蓄があるから文学的な表現もし易いのかもしれない。反対に、その曖昧さが外交には極めて不都合だろう。私達素人でも外交という舞台で、いわゆる「玉虫色」の表現が理解出来ない外国人に、それが通ずるわけがないし、トラブルの原因になることも容易に想像できる。



同窓会2  


 毎朝読むという英字新聞の話から言葉の違いをさらりと説いたこの男は、その風貌から言うと街の不動産屋のオヤジといった感じだが、れっきとした公認会計士。現在は東京・八王子市の代表監査委員も務めている。子供の頃から勉強家だった。山梨県は甲州市(旧塩山市)の山家の生まれだったせいか純朴。今でもわが道を行く、その面影を失っていない。





 恒例の新年会に集まったのは、母校・日川高校時代の仲間達だ。いつもの年より参加者が少なかったが、みんなで和気あいあい、酒を酌み交わした。歳が歳だから総じてみんな職場をリタイアした連中。先の公認会計士や市議会の議長、お寺の住職、大学の非常勤講師、市の教育委員、それに果樹農業などの自営業者を除けば、みんなそこそこの悠々自適。いわゆる「毎日が日曜日」だ。



同窓会2010


 だから近況報告も現役時代とは、ちょっと違ってくる。孫の話健康の話。もうひとつ目立ち始めたのが「ボケ防止のために・・・」という冠言葉だ。その一人、わが国きっての葡萄郷と言っていい勝沼町で一丁五反もの葡萄園を栽培する篤農家の男は「最近、同じことばかり言って女房や息子夫婦、孫からも笑われる」と話してみんなを笑わせた。同級会にとどまらず、毎週のようにマージャンをする仲間だが、どうしてどうしてボケどころか一番しっかりしている。慎重に、しかも正確に事を運ぶ。


同窓会  


 仲間たちの近況報告に先立って拝聴するのが恩師先生のご高説。お三人の恩師にお出で頂いたのだが、お一人は戦争体験を、お一人は十か条からなる人生の節制訓を、またもうお一人は、先頃、発売されたCDのカップリング曲「ふるさと」を作詞した同席の教え子をおかずに、これまた同じお説教じみたお話を・・・。話は長い。その上「おい、これ」だ。50年前の悪がき時代の教室が蘇える。教師はいい。何時になっても無邪気で威張れる先生でいれる。




 「天地の正気 甲南に・・・」。最後はみんなで校歌を噛み締めるように歌って散会。タクトはかつての音楽部の部長。応援の指揮はやはり、みんなと同じ≪日川バカ≫の元郵便局長と暗黙のうちに決まっている。




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人生への扉

風景



 晩酌をしながらテレビを見ていたら野村克也元楽天監督が、その選手たちに言った「心が変われば人生が変わる」という言葉が引き合いに出されていた。その話のコーデネーターをしていたのは松岡修造。プロテニスの元アスリートだった。野村元監督も野球という世界のいわばアスリートなのだ。「心が変われば・・・」。人間、誰もが大なり小なりこの言葉を言われたり、噛み締めたりしたことがあるはずだ。親から、先生から、時には先輩から・・・。多くは戒めの言葉であり、野村監督が選手たちに言ったように、ある意味、叱咤激励であったり、しごきの言葉であったかもしれない。



選手



 実は私もこの言葉が好き。好きというより、只でもズボラで体たらくな自らの戒めにしている。こうしてパソコンを叩く机の脇に張り紙しているのだ。「お前のようなヤツには絶対この言葉が必要」と思ったのだろう。親しい友がプリントして持って来てくれた。表題は「人生への扉」。誰が考え、誰が作ったかは分からないが、うまい事を言ったものだ。




    心が変われば、態度が変わる
  態度が変われば、行動が変わる
  行動が変われば、習慣が変わる
  習慣が変われば、人格が変わる
  人格が変われば、運命が変わる
  運命が変われば、人生が変わる



 


 そのプロセスはともかく「心が変われば、人生が変わる」。まさに言い得て妙。誰だってこれに反論は出来まい。しかし、簡単に行動に移せないのが人間かもしれない。その大切さはみんな分かる。私なんか壁に張り紙しながらも、一向にそれがちっとも実現出来ないばかりか、近づく事すら出来ないのだ。家庭という一番小さな社会にあっても、心が変わらないから毎日の生活態度も変わらない。だから行動も変わらないし、習慣も変わらない。そんなヤツに人格が変わるはずがないし、運命も、ましてや人生も切り開いていけっこない。ふがいない自分にうんざりする。



人生への扉


 勝負や記録に挑むアスリートたち。過酷ともいえる訓練にも耐える。人の意見、忠告にも真摯に耳を傾け自戒もする。それをバネに次への挑戦もする。それがその人の運命を変え、人生を変えるのだろう。そのこと自体は私のような凡人でも分かる。肝心なのは、それが出来るか出来ないかだ。凡人と非凡のその差がそれぞれの人生の、また運命の差として表れるのかもしれない。


選手2



 同じテレビの番組で、電卓の全国大会に臥薪嘗胆、挑む女子高校生クラブを取り上げていた。顧問教師や厳しい臨時コーチの指導に涙ながら食いついて行く女子高生達の姿に感動した。わずか16~7歳の女の子。すごい。その技術もさることながら、その精神力に脱帽した。なんでもそうだ。本気にやる気になれば、人間、びっくりするようなことまでやってのけ、到達するものだと。いい歳をしたオジサンが女子高生に改めて教えられた。




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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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