四川料理と中国酒

料理2
つけ麺


 辛い。何を食べても辛い。口から火を吹きそうだ。東京でも何度か四川料理を食べたことがあるが、そんなものではない。東京でのそれは恐らく、日本人向けに多少のアレンジをしていてくれるのだろう。上海で食べた本物の四川料理の辛さは半端ではなかった




 こんどの中国行きのきっかけをつくり、案内役を買って出てくれた友人ご夫妻は、上海中心街にある四川料理の専門店に連れて行ってくれた。四川料理のディナーを堪能しながら、このレストランが演出する「変面」を楽しもう、という試みをしてくれた。腕時計は現地時間で午後7時半を廻っていた。広いフロアーの予約席はいつの間にか埋まり、私達のテーブルにも次々とコース料理が運ばれて来る。少し離れた隣のテーブルには、私達の黒髪と違って金髪の欧米人らしいご夫婦が。「ワンダフル」「ワンダフル」。


舞台3



 ウェイトレスが運んでくる料理は、「当たり前だよ」と言われるかもしれないが、山梨の片田舎で食べる「中国料理」とは違う。そういっては失礼だが、見た目、その味わいもさることながら、そこに使われる油との絡みがシンプルに感じた。中国料理特有の、あの脂っこさがないのだ。老酒やマオタイの年代物と言われる古酒を飲みながら戴くのだが、これがうまい。でも辛い。メニューによってはみじん切りに散らばる唐辛子を避けながら頂くのだが、やっぱり辛い。そう言いながらも箸が進むから不思議だ。



料理

 勢い、老酒やマオタイ酒の杯も進む。日本では老酒と言えば「紹興酒」が有名。むしろ老酒と言うより「紹興酒」として一人歩きしているのだ。フランスのシャンパン地方で作られるから「シャンパン」と言うように中国の紹興(浙江省)で作られるから「紹興酒」と言うのだが、私なんか、いつの間にか老酒の総称のように使ってしまうことが多い。「スパークリング・ワイン」にしても日本では「シャンパン」の名が通っているので、どこのスパークルング・ワインでも「シャンパン」と呼んでしまうのと同じ。それほど日本では「紹興酒」がポピュラーなのだ。




 マオタイ酒も喉越しといい、胃袋に落ちるまでのあの響きがいい。上等の酒はやっぱりうまい。ロシアのウオッカ、アメリカや南米のテキーラやアブサン、バーボンウィスキーも時々飲むが、これとはまた味わいが違う。今ではそんな馬鹿なことはしないし、出来ないが、若い頃は調子に乗ってというか、粋がって、そんな酒を飲んでみたが、今では頭で知らず知らずにブレーキをかけている。今、家にも何本かのそれがあるが「客人用」。田舎家のリフォームの折に作ったセラーに眠ったままだ。

料理3



 老酒は日本酒とほぼ変わらないアルコール度数だが、マオタイ酒は別格。ロシアのウオッカと同じように脂っこい食の習慣があるからいいのだろう。刺身、酢の物に限らないまでも精進料理のような料理を基調にした日本料理には似合わないのかもしれない。中国料理にせよ、日本料理にせよ、うまい料理を食べ、うまい酒を飲む。人間、これこそ至福の時だ。酒好きの仲間・元郵便局長にも飲ませてあげたいと思った。ただ、そんな中国にあっても、やっぱり日本酒が・・。「日本酒はないの?」と、つい言葉を掛けそうになった。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!
スポンサーサイト

変面と雑技団

  辛いが、うまい四川料理で腹を満たし、古酒の老酒やマオタイ酒で、いい気分になった頃を、まるで見計らってくれたかのように、どこからともなく拍手が。周りを見たら、それに促されるように、また一斉に拍手が沸いた。上海の中心部にある四川料理専門のレストラン。ディナーショーの開幕だった。

舞台



 20以上もあろう大きなテーブル席がある一階フロアーは、二階まで吹き抜けになっていて、その二階部分の正面には日本の神楽殿にも似た突き出しのステージが。そこからも両側に二階部分の客席が正面の階段まで延びている。歌舞伎座の花道が櫓になって二階に上がったような形。もちろんその部分にも客席がある。どこからともなく京劇の隈取のような面(マスク)をつけ、派手な中国の古典衣装をまとった役者が現れた。ショーの始まりである。


舞台2


 その役者はステージで激しく踊り、動く。面を次々に取り替えながら顔を七変化させるのだ。面(マスク)の取替えは、まさに一瞬の早業変面は中央のステージから左右の花道よろしく客席を飛び回り、正面の階段から一階フロアーへも。お客さんへのサービスだろう。その間にも刻々と面を変えてゆく。アッと言う間の早業だから、どんな仕掛けがあるのかも分からない。食事を終えたばかりのお客はステージに向かって中央の階段付近からカメラのシャッターをパチ、パチ。みんなデジカメだ。

観客



 変面は四川省の伝統芸能「京劇」に対して「川劇」と言われる芸能の一部。正確には「変臉」(へんれん)と言うのだそうだ。役者が顔に手を当てると一瞬に「臉譜」(れんぷ)と呼ばれる仮面が変わる。布の仮面をつけていると言われているが、その技と仕組みは「一子相伝」の秘密。中国では第一級の国家秘密として今なお守られている。変面の技術は特定の男子にしか受け継がれないのだそうだ。


舞台3    変面


 京劇、川劇は言うまでもなく中国の古典芸能。京劇は、あの文化大革命にさらされ、ひと頃、その存在すら危ぶまれた。しかし立派に復活。中国を代表する伝統芸能として今に伝えている。日本でも度々公演されるので、馴染みは深い。一方、これも馴染み深い雑技団のショーも見せていただいた。言ってみれば、こちらはアクロバット・ショーだ。




 やはり上海の中心街にある一流ホテルに隣接したシアターは、1,500はあろう客席がほぼ満席。ツアー客が多く、見るからに欧米人と見られるお客さんも目立つ。たまたまかもしれないが、日本人の姿はほとんどなかった。椅子をステージの天井まで積み重ねながら何人もが斜めに倒立してゆくアクロバットをはじめ、天井から垂れ下がる白い帯にぶら下がって宙を舞うさまざまな演技、蛇のように柔らかい身体を自在に操ってのグラスのショー・・・。日本でも時々、上演される上海雑技団の妙技である。




 若い男女が入れ替わり、立ち代り、2時間半、スリル満点のアクロバット・ショーを繰り広げるのである。ステージ照明も見事。幻想的なドラマに仕立てたプログラムもあって観客は最後まで拍手喝さいだった。変面。雑技団。中国の伝統技の深さを見た。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

中国の変化

虎丘     虎丘2
蘇州・虎丘


 その昔、長安といい、国の都があった西安はおろか、今はその国の首都・北京でさえ、道路という道路は、わずかな中心を除けば、ほんのわずかな車が走るだけで土煙を上げていた。2回にわたってそこを訪れた20数年前のことだ。北京空港に降り立ち、ひとたび北京の中心部に向かう道路も、その周辺も真っ暗。それどころか、国の玄関口であるはずの北京空港も薄暗く、私達日本人の目には不気味に映ったものだ。


虎丘で
虎丘で


 上海や、ましてや蘇州だって同じ。その時、私達の目に「へえ~」と思わせたのは、上海にあっては黄浦江に面した所に広がる「租界地」だった。周囲の環境をよそに黄浦江の対岸にそびえる古めかしいビル群が異様に映ったものだ。イギリスやフランス、アメリカ・・・。日本の租界地もあった。今回は租界地の対岸ではなく、その租界地側から反対側を見たのだが、その対岸には20数年前に見た租界地より、もっとびっくりするような高層ビルやタワーがそびえていた。


租界地


 今や開発が目覚しい対岸を望む租界地側の方が観光スポットに取って代わったようで、午前9時を過ぎたばかりなのに大勢の観光客で賑わっていた。それも降りしきる雨の中。租界地はその名の通り日本も含めた外交特権地域。つまり中国からお金で賃借したそれぞれの国の使用地である。中国各地からの観光客は目の前を流れるともなく流れる大きな川・黄浦江を挟んで対岸に広がる近代的な上海ビル群を眺め、今は古めかしい租界地の散策を楽しんでいた。ビルラッシュが続く対岸と違って、おっとりとした時間が流れていた。




 その国の、もっと小さく家庭にしてもそうだが、トイレのありようを見ればその生活ぶりや文化の水準がよく分かるという。少なくとも私が体験した20数年前、その頃でも国際都市と言われた上海の一流デパートでさえ、トイレにドアーがなく、しかも水洗とは名ばかりだった。その入り口では無粋な男がトイレットペーパー(手紙)と交換に「使用料」を取っていた。そのデパートは東京で言えば三越や今の伊勢丹である。




 国際都市と言われる上海の一流デパートがそうだから、地方に点在する観光地、つまり名所や史跡は言を待たない。下品な表現に聞こえるかもしれないが、ただ水が流れる上の床から用を足すのである。下に水が流れていれば、まだまし。もちろん、ドアーなんかない。お若い方は知りっこないが、日本の戦後間もない頃を見た思いだった。


TOTO.jpg


 ところがどうだ。地方の一般家庭はどうか知らないが、ホテルもデパートも上海や蘇州の観光地に整備された公衆トイレも見事な水洗に変わっていた。ただ「トイレに紙を流さないで」と、言外に下水道の不備を示す所も。上海はもちろん、そこから遠くない蘇州の観光地は上海万博にやって来るお客さんを意識したにわか造りの環境整備に見えた。観光地の花壇や、そのあちこちに見られる、飾りつけも、いかにもと思えるようなものもあって、白々しくも見えた。バスやトイレのメーカー・TOTOは強い。一流のホテルやレストランのトイレに行くと決まってメーカーはTOTOなのだ。そのブランドがない所は、たまたまかもしれないが、蛇口のコックが壊れていたり、不具合が目立った。中国産である。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

世界遺産

桃の花



 「春に三日の天気なし」とはよく言ったものだ。薄ら寒い雨模様の天気が去って、今日は久しぶりにいい天気になった。そうはいっても空はこの時期特有の春霞。こうしてパソコンを叩く窓越しには、昨日の雨でまた雪化粧を厚くした富士山が真っ白く浮かんでいる。手前の庭の植え込みでは各種の楓が、あるものは紅く、あるものは緑に若葉を付けた。その遠く向こうに見える富士山の前衛の下辺りには一面に桃の花が。花は甲府盆地の里の方からだんだん、標高の高い桃園へと上り、ピンクのジュータンは移動していくのだ。





 天気一つで、温度一つで、また時の変化にも微妙に反応して表情を変える富士山。今その足元の山梨県と静岡県では「富士山を世界遺産に・・・」と、ヤッキリキになっている。両県はそれぞれの行政組織の中に「対策室」を設け、相互に情報を交換しながらユネスコを説得するための資料など「決め手」作りに懸命である。富士山は日本人の心、日本人のシンボルだ。自然遺産ではなく、文化遺産に舵を切っての世界遺産指定を目指す作戦。


富士山


 わが国には現在、14の世界遺産(文化遺産11、自然遺産3)がある。第1号の法隆寺地域の仏教建造物(1993年)から14番目に指定を受けた石見銀山遺跡とその文化景観(2007年)だ。世界遺産の分類には複合遺産と危機遺産もあるのだが、わが国にはその対象となる遺産の指定はない。


周荘


 万里の長城や故宮・・・。その数は別としても中国のそれのスケールはケタ違いだし、歴史の重みや深みもまた同じ。日本にはない庭園の世界遺産も数あるのだ。3度目となった今度の中国行きで、その庭園を見た。上海から車で小1時間。蘇州の「拙政園」「留園」がそれ。このほかにも「獅子林」「芝園」など5つもの庭園が世界遺産に指定されているのだ。残る3つも紹介してみたいのだが、このパソコンにその字がない。
     


水の都3


 蘇州は水の都。アメリカのどなたかの言葉だが、「東洋のベネチア」とはよく言ったものだ。「周庄」はそこの名所の一つ。蘇州市の郊外にある。大きな湖に面した岬のような所にあるので、街に張り巡らされた水路には沢山の小舟が。広大な街並みも、その水路もみんな古代そのままに保存され、悠久の昔を今に伝えている。3mにも満たない街路の両側にはお土産物屋さんが並んでいるが、その建物は昔のまま。街の真ん中のような所を静かに流れる運河の両側には2階建ての食べ物屋さんが並んでいる。街並みを散策した観光客はそのレストランで食事をし、休息をとるのだ。運河の両側に植えられた街路樹の柳が緑の芽を吹き、周囲と見事なハーモニーを奏でていた。街並みの中心にデンと構えた朱塗りの寺院の建物、太古の湖で侵食された大きな岩と庭園。それぞれがみんな調和し合っていた。



水の都    水の都2



 そんな古代の街並みの目と鼻の先には、湖に面して2階建て、3階建ての別荘群が。中国の富裕層、お金持ちの人達のそれであることは言うまでもない。目の前に海と言ってもおかしくない大きな湖が広がり、後ろに名だたる観光地を抱えた文字通りの一等地。もちろん、そのお値段は億単位(日本円)だという。舞台裏では投資家達のバブルマネーも動いているのだそうだ。


別荘
●湖に面した別荘群●


ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

格差社会

  「あの子、ヨン様みたいね。かっこいいわね」

 大きな丸テーブルの向かい側に座った青年をうかがい見て、隣の女房が年甲斐もなく、しかも嬉しそうに言った。上海郊外の高級マンション団地の一角にあるレストラン。やはり、その団地の中にある自宅に私達夫婦と今度の中国行きのきっかけを作ってくれた友人夫婦を招いてくれた中国人氏ご夫妻はその夜、歓迎の夕食会を開いてくれた。この青年はそのお二人の息子さん。背丈も大きくスマート。気はいいが、でっぷりとしていて、いかにもしたたかな中国人といった感じのお父さんとは大違い。男の目から見てもカッコいい。


レストラン


 ロンドン大学に留学、7年間、英国暮らしをしただけあってか、スーツの着こなしもお父さんとは対照的。その父親と違って日本語はダメだが、さすがに英語はぺらぺらだという。大学を卒業、ロンドンから帰ったばかり。今は上海中心部の高層ビルにオフィスを構える証券会社に勤めるサラリーマンだ。お父さんにとっては自慢の息子のようで、会社がはね、帰宅するのを待って会食の席に呼んだ。どちらかと言うと、無愛想に見える中国人の中にあって、いつもニコニコしていて、見るからに愛想がいい。




 「へえ~、そんなにくれるの?」。その青年の給料を聞いてびっくりした。まだ20歳も半ば、それも新入社員というのに月給は日本円にして30万円を超すという。その話を補足するお父さんの説明によれば、中国における労働者の賃金格差は半端ではない。言葉が適当ではないかもしれないが、頭脳労働者と、そうでない人たちとの格差は際立っていて、2万円、3万円の給料だって珍しくはない。いや、それ以下の人だっていっぱいいるという。

上海


 その日の朝のことだった。私達夫婦は上海中心街にある滞在先のホテルで、朝食をとるために足を運んだレストランでのことである。その時間は定刻の7時より6~7分早かった。朝食会場の係員は電気すらつけずに、ただブラブラ。私達の顔を見て、いかにも迷惑そうに電気をつけ、無愛想に目で私達を迎え入れた。「ニーハオ」。もちろん朝の挨拶もない。このホテルは上海では上のレベルの4つ星ホテル。日本では絶対に考えられないことだ。そんな出来事を会食中の中国人氏に話したら、こんな説明が返って来た。





 「恐らく彼らは、そんなに高い給料を貰っていません。自らの給料と天秤にかけて仕事そのものへの情熱を失っているのです。給料分だけ働けばいい、そんな考えがあるのではないでしょうか。日本と違って、この国ではそんなことは珍しいことではありません」


ホテル


 格差社会は人間の表情まで変えてしまうのか。どこの国だって、どこの地域だって、大なり小なり都市部と地方は環境も、そこに住む人々の生業も違う。当たり前のことだ。多少の言葉遣いや振舞い方が違っても心は違わないはずだ。しかし人間がそれぞれの事象で、諦めたり、ひがんだりした時に、その表情や言動にしばしば現れてくるのかもしれない。日本が経験したあのバブルとはケタ違いに見えるこの国のバブルと、とんでもないように見える格差社会。日本の格差などチョロイ、チョロイ。そんな中国の一端を見た。しかし、その裏側に、とんでもない底力を秘めているようにも見えた。そこが日本との違いだ。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

バブルに踊る?

キャベツの置物


 初めて知った。中国では白菜は縁起物だという。私達夫婦を上海郊外の自宅マンションに招いてくれた中国人夫妻は、その夜、マンション団地内にあるレストランでご馳走してくれた後、そこで顔を合わせた親しい友の家へ。やはり、その団地内にあって、自らも言うように友のマンションは、一戸建て、2階造りの見るからに豪勢なお宅だった。立ち並ぶマンション群の中にあって、ここは大きな庭付き。エントランスには90cmぐらいはあろう玉(ぎょく)の置物が。形は白菜。真っ白く、本物そっくりのでっかい白菜だった。奥にある居間に行く前に案内してくれたエントランス脇の「サンルームです」と説明する広い空間には大きな玉(ぎょく)の置物が。横2m、縦1mは有にある、この玉は明らかにヒスイ。


上海1


 「これは私がウン千万円で分けてあげたものです。めったに手に入らない代物です」




 これも事も無げに言う。そんな置物や高価な調度品があちこちにあるのだ。広く贅沢なスペースをとったサンルームは半円のガラス張り。もちろん天井がガラスであることは言うまでもない。そこから外を覗くと、横庭のあちこちで淡く光を放つ庭専用の小さな街灯がその脇を流れる小川のせせらぎをも静かに照らしていた。団地にあるマンションはみんな同じではなく、そんな環境をも備えているからお値段もぐ~んと跳ね上がるのだろう。


置物


 このお宅のご主人は見るからにまだ若い。親しい友達と言う中国人氏に訪ねてみたら
「私と11歳違いだから、ちょうど40歳。今は書類のファイルを作る会社のオーナーをしています。もちろん、この会社の業績はいいようですが、なんと言っても私と同じように株式やマンションへの投資がお金を生んでいるのです。そんな億万長者は私達の周りにはいっぱいです。中国では・・・と言ってもいいかもしれません」


置きmの


 仲間のことを、そんな風に説明する、この中国人氏は若い頃は四川料理のコックさんだったらしい。20代から30代にかけて10年近く東京・日比谷の東京會舘に勤め、フランス料理を勉強したという。中野に借りたアパートから西武新宿線や地下鉄を乗り継いで職場に通った。日本語はそこで覚えたのだそうだ。≪億万長者≫になる前、奥さんはタクシーの運転手として上海の街を走っていた。




 「もう一度、東京に行ってみたい。でも日本国政府は許してくれないかもしれません。私にはビザを発給してくれないでしょう」



 「どうして?」




 「観光ビザを遣っての東京生活だったのですが、最後にその手続きを怠り、不法滞在を咎められたのです。もうかなりの年月が経っていますから、あるいは・・・。でもやっぱりダメでしょうね」




 上海の万博会場のすぐ近くで大きな土産物店を仲間と共同経営するこの中国人氏は、かなりの親日家のようで、商いにもJTBや近畿日本ツーリストなど日本の旅行社とも太いパイプを持っている。事業の拡大に日本の何かを求め、模索しているようだった。バブルの最中、と言ってもいい中国で、若い起業家達の「欲と夢」はまだまだ続く?




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

社会主義と自由主義

上海


 「私達の国は、ご存知のように社会主義の国。でも、それは政治の世界のことで、経済は自由主義。もっと言うなら自由主義以上の自由主義と言ってもいいかもしれません。それが現在の中国の活性化、高度成長をもたす原動力なのです」





 わが国大手通信メーカーの中国現地法人の元社長夫妻と私達夫婦を自宅に招いてくれた中国人氏は、こんな説明をしてくれた。それは途小平以降のことだという。この人は51歳。上海の中心街からそう遠くない所にある高級マンションに奥さんと子供さん2人の4人暮らし。上海万博会場の入り口のような所で観光客目当てにした大きい土産物店を仲間3人と共同経営している。


上海4



 自宅のマンションは10年ぐらい前、500万元、日本円にして7,500万円で買ったものだが、今の資産価値は倍の1億5,000万円はしているという。その一帯は同じようなマンションがいっぱいあるところで、いわば高級マンションの団地だ。団地の入り口にはゲートがあって、専門の警備員が24時間、人の出入りをチェック。万全のセキリュティー体制を敷いている。団地の中には高級品を揃えたスーパーやレストランもあって、そこには気品に満ちた、ゆったりした時間が流れていた。


上海3


 日本の間取りで言えば10畳から15畳もあろうフローリングの居間には高級のソファーが置かれ、家族が見るテレビは日本のソニー51インチ。調度品は見るからに高級品ばかり。まずお茶を出してくれるのだが、その入れ方も高級な茶器と道具を使い、何気なくも中国の作法にのっとっている。海南島で採れたという熟れたマンゴーが美味しかった。




 一人っ子政策のこの国にあって、この家は二人っ子。「どうして?」。そのお父さんによれば、人口抑制は国の政策だから二人目の子供を生めば罰金。ニコニコしながら罰金の話をし、「中にはアメリカなど外国に行って子供を産む人も少なくありません。この場合、国籍との絡みで、罰金はかかりませんが、そのための経費がかかります。罰金も含めて誰もが出来る技ではありません」ともいう。


 言外に中国の人たちの経済的な格差を説明し、そうした手続きの裏で、お役人への賄賂の存在もほのめかすのだ。


 「車の無謀な運転もしかり。この国の今は、何でもあり、なんですよ」


 言葉少なく、ニヤリとしながら言った。ノロマをしていたら負け組、とも。



 上の男の子供さんはイギリスのロンドン大学に留学させた。大学院まで7年間、仕送りをしたという。


上海景色


 「投資のために今の住まいのほか、3つ、4つ買っておいたマンションの一つを7,000万円で売り、仕送りに充てました。持っていれば、これも3倍ぐらいに値上がりしていたでしょう。このほかウン千万円の玉(ぎょく)の置物も息子の留学費用に化けました」


 これも、事も無げに言う。今、まさに中国はバブル経済。お金持ちの人たちや野心家は「この時を逃しては・・・」とばかり、マンションへの投資や株式投資をするのだという。「あなたもやってみたら?」。そんな私への勧めの一方で、バブル崩壊を警戒していた。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

庭園の美とスケール

桜2010



 五日間の上海の旅を終えて山梨の我が家に帰ったら、庭先や隣接する広場の桜は満開。それどころか桃の花まで同時に満開だった。いつもの年なら桜の後を追っかけるのが桃の花なのだが、今年は異常。二つが競演するように同時に満開になっていたのである。桜が淡いピンクなら、桃の花はそれよりもずっと濃い。山梨は日本一の桃の産地だから特に甲府盆地の東部一帯はこの時期、ピンクのジュータンを敷き詰めたような光景を見せる。


桃2010
桃の花


 私が住むこの辺りには、幾つもの名刹があって、そこに咲く年代ものの桜も美しい。武田信玄公の菩提寺でもある恵林寺、同じ臨済宗のお寺だが、向嶽寺派の総本山である向嶽寺。また樋口一葉ゆかりの慈雲寺境内にあるイトザクラも見事だ。桜とは別に恵林寺の庭園は鎌倉時代、かの夢窓国師築庭のそれとして有名。


桜2


 旅行のため留守を頼んでおいたご近所や区(村)の役員さんに帰宅を知らせ、土産を届けに行ったら、私達が中国に発った直後に山梨県地方は、時期はずれの寒波に見舞われ、スモモやサクランボが大打撃を受けたことを知った。それまで異常なほど暖かかったせいで、開花を早めてしまったスモモやサクランボの花が突然の寒波で凍みてしまったのだという。果樹農家が一番恐れていた事態が現実になってしまったのである。

桜3

 上海は緯度から見て私達が住む山梨と比べればずっと高い。しかし、その頃、雨には降られたが、寒くはなかった。街の所々、また上海や蘇州の庭園にもポツン、ポツンと桜が。日本人は外国で桜を見ると、何故か望郷の念に駆られる。上海では日本人オーナーで、日本の建築家が建てた「上海ワールドフィナンシャルセンタービル」、通称「森ビル」の根元のような所の街路に何本も植えられ、淡いピンクの花を咲かせていた。高さ474m、100階建て。空を突き抜く巨大なビルと、それまで高くないにしても林立するビル群の下で咲く桜は、いかにもミスマッチにさえ見えた。




 一方、庭園に咲く桜は中国にあっても、さまになる。すぐ近くにある恵林寺境内の夢窓国師築庭の枯れ山水の庭はともかく、わが国にも京都や奈良にとどまらず、名園と言われる庭はいっぱいある。日本三大庭園といわれる金沢の兼六園、水戸の偕楽園、岡山の後楽園もしかりだ。しかし、中国のそれはスケール一つとっても違う。庭園そのものがユネスコの世界遺産に指定されているのである。

拙政園
拙政園」

 蘇州にある「拙政園」はその一つ。中国を代表する名園で、そこに何百年もの歴史を刻む池や岩、樹木、そこにあしらわれる建物。その一つ一つがそれぞれ周りのまた一つ一つと見事に調和するのである。竹は、それ程大きくない見るからに中国風の、日本で言えば、あずまや風の建物と見事に調和するし、朱のあずまやに緑の池が映える。一口にあずまやと言っても日本のそれとはイメージは全く違う。古代中国の粋を集めた建築様式を保っているのだ。岩は太古の湖で侵食されたもので、庭園に点在する朱塗りの建物と、そのイメージがひと際、古代中国を浮き彫りにしていた。その昔、左遷されてうだつが上がらない高官が自費で造ったというこの庭園には中国各地からの≪おのぼりさん≫がいっぱいだった。



拙政園2
拙政園」


ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

近代国家へのデビュー

上海道路

上海
  


 上海の道路事情は、自動車王国・アメリカを髣髴とさせた。片側5車線、6車線とはいかないまでも、道路は広く、片側3車線、4車線の道路が当たり前のように走る。その道路が対面になっているので余計に広く見えるのだ。高層ビル群の間を、ある時は真っ直ぐに、またある時は立体交差でループを描いて走る。道路を埋めるカラフルな車の洪水と高層ビル群のハーモニーが今や国際都市・上海をイメージ的にも不動なものにしていた。



 「今、走っているこの橋の屋根の上から、ひと頃は工事中の万博会場が一望出来たんです。橋を吊っている道路両側の曲線の屋根には歩道からエレベーターで昇ることが出来るようになっています。でも現在は万博の警備上、昇降出来ません」


雨の上海
●雨の上海●


 街の上、川の上を立体交差で走るこの大橋は東京のお台場のそれを連想して頂ければいい。ループして走る高い橋の屋根に上って360度の眺望を楽しめるとしたら・・・。道路の両側に設けられた広い歩道からエレベーターで橋の屋根に昇ったら面積では史上最大といわれる上海万博会場も丸ごと一望できるに違いない。



 そればかりではない。60階、70階、80階、90階のビルは珍しくない上海の街にあって、今は最も高い100階建て、高さ474m「上海ワールドフィナンシャルセンタービル」もその全てを望むことが出来るのだろう。このビルはそのオーナーである日本のビル王、不動産王の名前を取って人々は「森ビル」と呼んでいる。設計も日本人建築家である。


上海ワールドフィナンシャル


 許されないからそこからの眺望は望むべくもないが、100階建て474mはいかにも高い。街の中で、下から眺めるのだが、てっぺんは見えないのだ。私達が車で街を散策した時はたまたま雨に煙っていたから余計に雨雲の中。このビルの高さは東京タワーと比較したらいい。東京タワーより140mも高いのだ。普段でもスモックに覆われて、てっぺんが見えることは少ないという。こののっぽビルも間もなくトップの座を譲る。それを上回るビルの建設計画が着々と進んでいるのだ。


東京タワー



 ビルの高層化が進む一方で、車の急激な増大。東京と同じように排気ガスのしっぺ返しはここ上海でも深刻になることは時間の問題だろう。のんびりとした佇まいを見せる中国の中にあって別格と言っていいほど早くから国際都市としての道を歩んできた上海。ここに来てそのペースは一気に加速している。その功罪は、そこに住む人々にとって避けて通ることは出来ない課題になっていくことは間違いない。


上海6


 つい先頃まで許され、市民や中国全土からの≪おのぼりさん≫たちの上海展望のスポットだった立体道路橋の屋根は、恐らく万博が終わるまで展望台としての付帯機能を中止するという。開幕を間近に控えて工事の進捗を視察する政府高官が連日繰り込んで来ているのだそうで、展望台からの銃による万一の狙撃を警戒してのことだという。万博が開幕してからも同じ。期間中は中国政府高官にとどまらず、世界各国から要人が訪れる。そこでの事故やテロは国家の威信にかけても阻止しなければならないことは言うまでもない。上海での万博の開催は上海にとどまらず、中国にとって近代国家へのデビュー戦なのだ。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

突貫工事

上海万博会場地


 万国博の開幕を間近に控えて、会場周辺はもちろん、上海の至る所で大詰めの整備工事が行なわれていた。会場内はむろん見ることは出来ないが、その周辺ではブルドーザーが音を立て、一方では最後の化粧作業が。広大な面積の駐車場はほぼ出来上がり、一般入場道路とは別に、開会式にやって来る各国首脳のための専用道路の建設が行なわれていた。外からでは分からないが、各国のパビリオンの中でもおおわらわの準備作業が繰り広げられているのだろう。


万博工事


 「こんなことで、5月1日の開幕に間に合うの?」。大きなお世話だが、気になった。これに対して、私達夫婦を会場周辺に案内してくれた中国人氏は、事も無げに言った。




 「大丈夫、大丈夫。まだ開幕まで一ヵ月もあります。なにしろ中国には労働力となる人はいっぱいいます。24時間の突貫工事。いざとなれば政府は惜しみなく人を動員して間に合わせるでしょう。道路の一本や二本すぐにでも造れますよ」




 この国の土地は全てが国有地。住宅であれ、工場であれ、畑であれ、それを利用する国民は国に借地料を払って借りるシステムだ。万一の場合、返還を約束させられているから、その一札で、いわば問答無用。日本のように地主と自治体がごたごたする事もないし、ましてや周辺住民の反対運動もない。日本のように土地収用法を適用する必要もない。全国から労働者はいくらでも集まるし、そのために必要な時間さえあれば十分だという。


工事中


 その中国人氏によれば、事実、高速、一般を問わず、計画さえ出来れば道路もあっという間に仕上げてしまう。「私達、上海に住んでいる人間でも、一年もそこに行かないと分からないほど道が変わり、立派な高速道路が走っていることも珍しくありません」。道路ばかりでなく、高層ビルやマンションなど建物だって同じ。それこそがこの国の機動力の源かもしれない。




 上海万博の会場は、上海市の中心部、南浦大橋から蘆浦大橋までの間の黄浦江の両岸。その面積は万国博史上、最大だという。5月1日から10月31日までの半年間で7,000万人の入場者を見込んでいる。周囲を走る車から見る限り各国のパビリオンは仕上がっていて、その中心に位置した中国館が外からもひときわ目立つ。朱塗りの奇抜な中国風の建物の模型が高級レストランのロビーに飾られていた。

中国館

中国館の模型


 「心の和 技の和」をテーマにした日本館パビリオンのユニークな建物。エココントロール技術を取り入れて、外部が太陽光で発電出来る超軽型フィルムで囲まれ、内部は循環式呼吸ホールなどの最新技術を施しているのだそうだ。その広さは6,000㎡。各国がそれぞれの威信をかけて展示する最先端技術や情報。その将来を占うのが万国博かもしれない。


日本館

2010上海万博 日本館


 日本からも期間中、30~40万人の来訪を見込んでいるという。入場チケットはJTBなど旅行社が扱っている。ホテルはどんどん予約で埋まりつつあるのだそうだ。北京オリンピックに次ぐ上海万博。中国は再び活気づこうとしていた。その一方で、投資家達は、やがて来るかもしれないバブルの崩壊を懸念し始めている。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

寒山寺

寒山寺 


 月落烏啼霜満天 「月は西に落ちて、カラスが啼き、霜が満天下に降りている」

 江楓漁火對愁眠 「川辺の楓が漁火に映え、旅人も旅愁を帯びた眠りに」

 姑蘇城外寒山寺 「姑蘇城(蘇州城)の外にある寒山寺から」


 夜半鐘聲到客船 「夜中の鐘の音が(作者の張継が)旅宿している船に響いてきた」

楓橋夜泊



 唐の時代中期の詩人・張継「楓橋夜泊」である。漢文の教科書にも出てくるからか日本人には親しみ深い詩。床の間の掛け軸にも好んで用いられる。高校時代、小難しい漢文の授業となると居眠りでもしているのが関の山だったが、なぜかこの詩だけは覚えた。


寒山寺2


 詩に歌われている寒山寺は、中国は江蘇省蘇州市の西郊外にあって、「楓橋夜泊」の詩碑はその境内にある。訪中は今度で三度目だが、一度目の時、北京、西安、杭州、上海などと共に、ここを訪ねた。29年前。まだ30代の頃で、言ってみれば、それ程の関心もなく、そこを通り抜けた程度の訪問だった。


寒山寺3


 「今度はじっくり、この詩の古里を訪ねてみたい」。今回の中国行きの大きな狙いの一つでもあった。私達夫婦の案内役を買って出てくれた日本の中国現地法人元社長ご夫妻と中国人氏に、あえてお願いして、その寒山寺を訪ねた。「あれ? こんなお寺だったっけ・・・」。観光客目当ての商店街整備など周囲の環境がガラリと変わってしまったからか、それとも29年前の記憶がざっぱくだったためか、なんとなく別のお寺に来たような気がした。


寒山寺6


 事実、お堂なども一部が改修されたり、大きな鐘も別の所にデンと居座っていた。お目当ての詩碑も境内のあちこちに模刻碑(レプリカ)が設けられ、本体はお堂の回廊のような所に移動、木枠のガラスケースに入って建っていた。外での雨ざらしによる風化を防ぐためだろう。



本物

ガラスケースに入っている「楓橋夜泊」の詩碑


 寒山寺のあるこの辺りは湖沼が多く、その昔、水路の運河が発達した地域。船旅が盛んで、空海も船でこの地を訪れたと言われている。「夜半鐘到客船」。夜半にこの寒山寺からの鐘の音が運河をゆく客船にも聞こえたという鐘はどこにあるのだろう。探してみたが見つからなかった。寒山寺は唐の時代からの長い歴史の中で、何度も消失。鐘も日本人に持ち去られた歴史があるのだそうだ。それを悔いた明治の元勲・伊藤博文公が25㌧の鐘を寺に贈ったという逸話も。ともあれ、この寒山寺の鐘の音を聞くと「10年若返る」という、ありがたい鐘なのだ。


寒山寺の鐘  

寒山寺4    寒山寺5


 境内の一画に設けられた工房のような売店では「楓橋夜泊」の掛け軸が。日本人と見たのだろう、中年の中国人女性が私達をその工房へ迎え入れた。そこでは「ご住職さん」といわれる僧が掛け軸に健筆を振るっていた。おのぼりさんらしい中国人グループを追い出すように外に出した、その女性はもっともらしい講釈付きで売り込みに余念がない。29年前の時は拓本が主流だった。日本人観光客に飛ぶように売れていた。しかし拓本はすっかり影を潜めた。時代の変化かもしれない。そんな掛け軸を好む人たちが減ったためか、住宅様式の変化で、掛け軸そのものが不要になったせいか。29年ぶりの寒山寺には日本人の影も少なかった。

寒山寺7


ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!



 

友の案内

中国館
中国2010年上海万博★中国館模型


 「私がご案内しますから、是非行きましょうよ。私の女房も一緒にお供します」





 今度の中国行きは、日本の大手通信メーカーが上海郊外に進出した現地法人の社長を、つい先頃まで務めていた方の勧めがきっかけだった。この方は女房の学生時代の友人のご主人。現在は千葉の柏にお住まいで、私が住む山梨の田舎家にもご夫婦でお出で頂き、お泊り頂くこともある。私のようなズボラな人間と違って、理工系の几帳面な方だが、同い年ということもあってか、妙に気が合い、夜遅くまで酒を酌み交わす仲だ。





 「今は、あなたと同じように毎日が日曜日。上海は、少しは知っていますので、まかせておいて下さいよ。一ヵ月後に迫った上海万博の開幕前ですが、むしろこの時期の方が混雑しないので、ゆっくり上海を楽しむにはいいかもしれません」


万博看板    万博看板2

中国2010上海万博の看板



 その旅行は4泊5日。貧乏人の私達を気遣ってか、安いツアーを探してくれた。それでもホテルは4つ星。私はギチギチにセットされたツアー旅行はどうも性に合わない。そのことを知ってか知らずか、ツアーの申し込みといっても飛行機と滞在するホテルだけ。いわゆるステイトラベルである。日本人好みの所を日数に合わせてセットする、決まり切ったツアー旅行と違って、気ままに見たい所、行きたい所へ時間にかまわずに行くことが出来るからいい。


ホテル



 女房と二人、甲府を8時50分の高速バスに乗り、成田発15時のエアー・チャイナ機に乗った。上海まではざっと3時間。空港の到着ロビーには先発した友人と、その友達の中国人夫婦が出迎えてくれた。日本との時差は1時間。現地時間はまだ午後5時を少し廻ったばかりだった。空港は第一ターミナルと第二ターミナルに別れていて、規模的には成田をしのぐようにも見えた。



空港2



 でも内部の雰囲気はどこか違う。なんとなく閑散としているのだ。成田空港のようにあらゆる種類と言っていい土産物の店や飲食店街はない。帰りの飛行機。税関を通って搭乗ロビーにもブランドの免税店は成田ほど賑やかではない。動く歩道も途切れ途切れ。その両側にあるのは、一定間隔に設けられたトイレと喫煙コーナーだけ。喫煙コーナーは探さなくても分かるほど、いっぱいあるので、私のような愛煙家には便利。ただスペースはきわめて狭く、煙を清浄する装置もなければ、のっぺらぼうの部屋があるだけ。愛煙家でありながら、モーモーとしたタバコの煙にむせて外に飛び出した。


空港


 空港には出迎えの中国人夫妻が車を横付けしてくれた。この中国人氏は今51歳。日本のサントリーに10年以上も勤めたことのある日本通。サントリーでは佐治社長時代、その通訳を務めたり、山梨県にある同社の山梨ワイナリーにもいたことがあるといい、思わぬ出会いに意気投合。その夜は上海市内の高級レストランで歓迎宴を開いてくれた。


料理1     料理2



 肉、魚、野菜。どの料理をとってもみんなうまい。何よりも年代モノの老酒がいい。やはり年代モノのマオタイ酒が腹に沁みる。この中国人夫妻は日本語がぺらぺら。飲むほどに話が弾んだ。夜が更けるのも忘れた。上海の旅の始まりだった。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!


何でもあり

車


 車が泳ぐ。中国・上海を車で走っていた時の実感だった。東京であれ、名古屋、大阪であれ、地方の山梨であれ、車の渋滞は大なり、小なりあるし、珍しくもない。GDP世界第2位を長い間堅持していた日本を抜いて、その椅子に座った中国。そう考えれば、車が多いこと自体は、ちっとも不思議ではないのだが、私達の目から見れば、不自然がいっぱい。片側3車線、4車線を埋める車は、ルールもなければ、思いやりもない。隙さえあれば前に。追い越しに追い越しをかけるのである。S字に車が泳いでいくのだ。




 「お父さん、ここでは私なんかには車を運転することは出来ないわよねえ。日本の右ハンドルと中国の左ハンドルの違いもさることながら、あんな荒っぽい運転は出来ないし、第一、怖くて立ち往生してしまいますよ」


車2


 乗せて頂いていた車の中で、女房がしみじみと言った。知人の中国人が運転する車はトヨタの高級車。もちろん左ハンドルだ。車の運転にかけては普段、私より女房の方がずっとうまい。そんなことを知ってか知らずか、中国人の友はこんなことを言った。




 「ここ中国では前に出た方が勝ちなのです。まあ、言ってみれば、ノロマをしていたら負けなのです。一言で言えば、何でもありなんです。残念ですが、それは全てに通じます」




 「でもあんな乱暴な運転をしていて、よくぶつかりませんね」




 女房がその中国の知人に問い返すように言った。みんな小気味いいほど運転がうまい。それが証拠に、前を見ても、右や左を見ても傷を持った車は一台も走っていないのだ。わき見運転などしている暇はないし、ぶつからないためには四六時中、緊張していなくてはならないだろう。一般道と言っても日本の高速道路にも数少ない片側3車線、4車線の道路、しかも延々と続く車の洪水の中で事故でも起こそうものなら・・・。その時の光景はおおよそ見当がつくだろう。


車3


 ひとたび事故が起きた場合、車が溢れる道のど真ん中で「お前が悪い」「いやお前だ」と、罵り合うのだという。自分の非を認めたらダメ。後ろにどんな交通渋滞が起ころうとも、そんなことはお構いなし。のんびりした警察が来るまで喧々諤々の自己主張を続けるのだそうだ。抗議のクラクションがあっちこっちで鳴らされようとも気にしない、気にしない。そんな話を聞いて、今の中国人の気質を垣間見たような気がした。

車4


 その中国人氏によれば、乱暴な運転をするのは決まってタクシーやバス、トラックなどの営業車。自分の売上収入に絡むから勢い先を急ぐ。タクシーの車種はワーゲンやBMWが目立つ。こうした外国車は中国での現地生産で、日本で走っているそれとはランクも見るからに違う。そう言っては失礼だが、「これなら多少はぶつかっても・・・」と思えるほどだ。観光バスだって同じ。大勢の命を預かるバス。日本ではおよそ考えられないが、乱暴極まる運転は、ここでは平気。恐らく乗客の中からも不安視や文句も出ないのだろう。そんなところにも今の中国人の気質がのぞく。一方、高級車に乗る人は、そんな無茶はしないという。「金持ち、喧嘩せず」である。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!


上海で見た車の洪水

上海


 20年以上も前と比較するから当たり前だろうが、その空間がついこの間のように思えるのでびっくりする以上にびっくりした。視界には数十階建てのビル群が並び、今、走っている道路は車の洪水。高架橋の下、両脇では間もなく開幕する世界万国博に向けての大詰めの仕上げ作業が急ピッチだった。中国は上海のひとコマである。



上海2


 上海の人口は統計上、1,800万人。これに農村部から流入する季節労働者を加えると3,000万人をはるかに上回るという。中国全土の人口は13億人と言われているが、それはアバウトな数字で、実際には定かではない。このことは地元の中国人の話として後で書くことにするが、とにかく、その縮図のような上海は人、人、人。車、車。活気に満ちていた。



上海3


 私はこれまでにも2回、中国の地を踏んでいる。一度目は1981年。29年前だ。二度目はそれから5~6年後。その間はほとんど変化はなかった。上海、北京、西安、杭州、石家荘、桂林、蘇州・・・。いずれも遊びではなく、仕事でお訪ねしたのだが、その頃の都市はどこも人と自転車の洪水だった。



 人々はみんな紺の人民服に、これも申し合わせたように同じ帽子を被り、黙々と、それもゆったりと自転車をこぐ。決して急ごうともしない。その間を自転車が引っ張るリヤカーや牛馬の荷車が。そのおびただしい数と、えもいわれぬ迫力に圧倒されたものだ。


上海7


 車と言えば、恐らく政府高官が乗るのだろう、「紅旗」「上海」などわずかな高級車と、日本などからの観光客を乗せる大型バスだけ。その乗用車や観光バスは、それ程広くもない道路をまるで我がもの顔で、土煙を上げて走る。観光バスはほとんどと言っていいほど日本の中古車。中には山梨、静岡両県を走る富士急行のネームをそのまま付けたバスも走っていた。そこのけ、そこのけとばかりに鳴らすクラクションの音に一瞬、クモの子を散らすように脇に逃げるのだ。センターラインもなければ、ましてや信号もない。運転手が鳴らすクラクションが≪法律≫だった。その時の政府派遣の案内役は「事故に巻き込まれたら轢かれ損ですよ」と、事も無げに言った。


上海4


 そして今。その自転車は車に代わっていた。トヨタや日産、ホンダやいすゞなどの日本車もあれば、ベンツやワーゲン、BMW・・・。世界の車が。もちろん中国国産の車も多い。それぞれの合弁現地法人が供給しているもので、いずれにしても車が自転車に取って代わった。アリのように自転車に乗って群れを成していた人間が車に乗り換えているのだから、車の量たるもの、おおよその見当はつくだろう。



上海5


 もちろん、みんなが乗用車に乗るわけではない。日本の都市部と同じように定期バスが。どのバスも満員だ。乗用車、バス、トラック。日本で言えば、高速道路のような片側3車線、4車線の道路はどこも車の洪水。そんな光景は東京など日本の都市部にとどまらず、山梨など地方の市街地だって珍しくもない。問題はその交通体系、ドライバーのマナーやルールのありようだ。日本ではおおよそ考えようもない追い越しや割り込みは普通。車線変更も右左折も先に首を突っ込んだ方が勝ち。危ないと思ったり、都合が悪かったらクラクションを鳴らせばいい。車の騒音とクラクションの音が異様なハーモニーを奏でていた。

上海6



ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!


パソコンの功罪

飛行機


 「お父さんねえ、アメリカ人でも英語をゴジック体で書く人が増えているんだってよ。日本語の行書体や草書体のような書き方が出来ない人が多くなっているんだって」




 ハワイに居る私の従兄弟夫婦、従兄弟と言っても87歳と86歳になるのだが、そこへの贈り物の送り状をアルファベットで書いていた女房が「ヘンだよねえ」と言わんばかりに独り言のように言った。


ハワイ


 「どうしてだ?」



 「パソコンよ。パソコン」



 おおよそ、テレビか雑誌で見て知ったのだろうが、その女房によれば、パソコンの普及はアメリカでも≪異変≫を起こしているのか。「アメリカでも」などと言ったら主客転倒。アメリカ(シアトル)はパソコンソフト「ウィンドウズ」のビル・ゲイツを生んだ国。彼のマイクロソフト社は世界のIT界をリードしているのだ。

パソコン


 確かにパソコンは人間の文字を書く習慣をどんどん変えている。人がだんだん文字を書かないようになり、代わって「キーボードを叩く」時代になった。私の場合を例にすれば、遅ボケのパソコンを覚えて足掛け3年。この間、ほとんど自分の手で文字を書いていない。あるとすれば、お中元やお歳暮のお礼状や年賀状の宛名くらいのもの。年賀状の本文はパソコンで作り、印刷してしまう。書くのは宛名だけだから文字の量はたいしたことはない。お礼状だって、儀礼のものではなく、親しい人同士のそれだから知れている。



ペン


 旧来の筆やペン、鉛筆、ボールペンなどの筆記用具は必要なくなった。パソコンを覚えるまでは「あんな面倒くさいものを・・・。ボールペンや鉛筆で書いた方がよっぽど楽だし、早い」と思ったものだ。ところがあにはからんや。速さはともかく、パソコンの方が楽、楽。間違えればワンタッチで消せるし、言葉の並べ替えも自由に出来る。ただ手書きの方がよっぽど早い。なぜかって? 何時までも初心者の域を脱することが出来ず、キーのたたき方が遅いからだ。「機関銃のように文字が打てたら・・・」。考えて見ただけでも、これが出来たら、こんな面白いことはないと思う。夢のまた夢かもしれないが、遅ボケ人間ならでわの、かすかな≪野心≫も捨てていない。



キーボード


 パソコンは文字を忘れさせることだけは確かだ。文字、ここでは漢字のことだが、書かなければ忘れ去られる宿命を持っている。パソコンという化け物は、それを確実に助長するのである。人間は、ことあるたびに理屈は言うが、元来、怠惰だから安易な方向ばかりを考える。




 パソコンで、かな文字打ちし、変換キーを叩きさえすればいい。人間、書いてみろ、と言われれば書けないが、見れば分かるのが漢字。しかし、その安易さのツケは「変換ミス」と言う落とし穴にハメもする。英語は変換ミスの心配はない。ただ女房が言うように、パソコンの普及は字そのものをキーに頼るあまりに、書き方を知らず知らずに忘れたり、微妙な変化を惹き起こしている。その異変は言語の違いを超えて進行しているのだ。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!


ランキング参加中です!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】
おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

最新記事
カテゴリ
最新コメント
FC2カウンター
ブログ成分解析
ブログランキングならblogram
検索フォーム
月別アーカイブ
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

全国からアクセスありがとう!

ジオターゲティング
最新トラックバック
アルバム
リンク
忍者ツール
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
FC2ブログジャンキー

「アクセス数が全然伸びない…」そんな悩みをブログジャンキーが解決します!