宇宙アサガオのロマンと現実

宇宙アサガオ


 何気なく見たり、触れたりしているものでも、そのいわれや経緯を知って「へえ~」と、感心させられたり、思わずロマンを感じてしまうものもある。JR中央線山梨市駅前にある市営の地域交流センター「街の駅やまなし」で開かれている宇宙アサガオの写真展。写真のアサガオは、宇宙飛行士の山崎直子さんが宇宙滞在のスペースシャトルに持ち込んだアサガオの種が開花したもの。大きなパネルになって展示された写真は約10枚。ちょっと見ただけでは、どこにでもありそうな、ただのアサガオの花である。


宇宙アサガオ4



 会場の一角に掲示された「写真展開催の経緯」によれば、山崎さんと一緒に宇宙を旅して来たアサガオの種は200粒。その内4粒が山梨県で唯一山梨市内の4つの小学校に配られた。牧丘第一、後屋敷、日下部、加納岩の4小学校の児童たちが「一粒の種」を丹念に育てたことは言うまでもない。毎日水遣りをし、観察日記もつけた。学校が位置する所の違いなのか、大宇宙を周って来たためだろうか、4粒の種は発芽も開花もまちまち。




 うち牧丘第一、後屋敷両小のアサガオが一足早く開花。この話を風の便りに聞いた山梨ロータリークラブのメンバーの一人がカメラに収めた。このロータリアン氏は自他ともに認める写真好き。自宅のある石和町から10㌔、20㌔近い二つの学校に毎日のように通った。「街の駅やまなし」も快く展示スペースを開放。山梨ロータリークラブも応援して写真展が実現した。パネルの写真を見ただけでは何の変哲もないアサガオの花だが、子供のみならず大人たちだって否応なくロマンの世界にいざなってくれる。たった一粒の種を、みんなで一生懸命育てた子供たちの顔を想像しただけでも、微笑ましいし、未来への自信や安心すら感ずるのだ。「へえ~、これが宇宙アサガオか・・・」。みんな興味津々。

宇宙アサガオ2


 ロマンは宇宙を飛び回ってきたアサガオの種ばかりではない。3,000年も前の蓮が花開いたり、モロコシが実をつけて現代に蘇えったり。いくら長生きしたって100歳を超えたところで知れたもので、平均寿命ではわずかに80歳前後の人間。宇宙というレベルから見ればたかが星のひとつでしかない地球。そう考えると、かみさんとつまらぬことで言い争いをしたり、果ては喧嘩をしている自分が馬鹿馬鹿しくなるのだ。




 しかし人間はそれでいい。ロマンの世界から現実に戻って野良の畑の草を見て「この野郎」と臍を噛むのだ。猛暑を口実に手を抜いていた畑に出てみたら一面が草だらけ。都会にお住まいの方だとお分かりになるまいが、雑草をほったらかしにしていたら、ちょっとやそっとでは手がつかない。一旦、刈払機で、その雑草を始末しないと管理機と呼ばれる耕運機も歯が立たないのだ。やっと涼しくなって怠け者の百姓は悪戦苦闘。額の汗を汚れた手拭で拭いながら自らが格闘している雑草の穂先を見て、また、うんざりするのだ。


 
宇宙アサガオ3


 その穂先には何百、何千の種がぎっしり。これが畑一面を埋めているのだ。雑草の種は無数と言っていい。この種が、みんな芽を吹くと思うと恐ろしくなる。来年、芽を吹かなくてもいつかは必ず出て来る。宇宙アサガオにとどまらず、植物の種は逞しい。こんな現実に身を置けばロマンなどとは言っていられない。




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朝顔の花

朝顔


 よくしたものだ。「異常気象」と、散々言われた猛暑が去って、時季を狂わしてまで鳴き続けていた蝉の声が消え、その代わりに赤とんぼが。その下では淡いピンクや白のコスモスが花開いている。気温の著しい低下もさることながら自然界はしっかりと季節の変化を捉えている。人間達は暑いだの、寒いだのと大騒ぎするが、自然界は黙って反応し、かしましいと言うか、小うるさい人間どもに決定的な答えを押し付ける。


コスモス


 「今年はダメだった。気象異変には勝てませんね。でもねえ、俺と女房が精魂込めて作った葡萄。味をみてくださいよ」

コスモス2


 隣村の牧丘町に住む知人が4㌔箱入りの巨峰を届けてくれた。この人は30代にして小学校の先生を辞め葡萄農家の跡を継いだ。以来、奥さんと二人三脚で1町歩近い葡萄園を耕作して来た。息子さん夫婦もやっぱり学校の先生。こちらはお父さんの跡を継ぐ考えはないという。80歳を超した。でも、そんなことにへこたれているわけには行かない。二人とも思いっきり元気を装っている。




 巨峰は昼間と夜の温度差、つまり寒暖の差がないとダメ。黒くいい色がこないんです。昼間の猛暑、よしんばそれはそれでいいんですが、夜の気温が下がらないとダメ。あの連日の熱帯夜ではねえ・・・。どうにもお手上げですよ」


葡萄


 奥秩父山麓にある山梨市の牧丘町。この辺りは山梨が誇る葡萄郷の中でも屈指の巨峰の産地。標高が500mを超し、昼間と夜間の温度差が、その座を揺るぎないものにして来た。




 山梨は言わずと知れた果樹王国。葡萄、桃、サクランボ、スモモ・・・。何でもある。その中核が桃と葡萄だ。開花期である春先、気象異変に見舞われたかと思えば梅雨時の長雨。これで終わりと思ったら夏場からロングランの猛暑である。果樹農家にしてみればダブルパンチどころかトリプルパンチ。まさにノックアウトだ。




 果樹王国の中でも葡萄は主力。言ってみれば東西の横綱だ。桃は春先の気象の乱れで、いわゆる核(種)割れを起こした。商品にはならない致命傷。片や葡萄は開花期にぶつかった気象の乱れに加えて梅雨時の長雨。肝心な消毒が出来なかった。出来ても追っかけてくる雨が消毒液を流してしまうから効き目なし。勢いバンプ病やベト病を招いた。これにダメを押したのが夏場の長期にわたる猛暑。色付きに待ったをかけたのである。被害は果樹農家ばかりではない。不作であれば市場価格は値上がりする。消費者は例年の5割り増しの巨峰や甲斐路を食べさせられているのだ。


朝顔2


 牧丘の知人は、そんな話をひとっ話しての帰りがけ、庭先で咲くアサガオの花を見て「こいつは強いねえ。病気もつかねえ」と、羨ましいというか、感心するようにつぶやいた。動物もそうだが、植物は強い。人間が手をかけてくれる桃や葡萄はいいが、アサガオやコスモスなどなどは暑さや寒さ、長雨ぐらいにへこたれていたら行く先は一つ。淘汰、消滅の運命しかない。それにしても今、我が家の庭先で咲いているアサガオはすごい。西洋アサガオというのだそうだが、さらに霜が降りる頃まで咲き続けるのである。



朝顔3         朝顔4


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変わる運動会

柔軟体操1


 「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったものだ。昨日まで「猛暑日」だの「真夏日」だのと言っていたのがウソのように、彼岸の中日を境にすっかり秋らしくなった。連日35度、と言わないまでも30度以上をマークしていた気温がとたんに20度を割るまでにダウン。一転、肌寒さを感ずるようになった。こうしてパソコンを叩いていても素足だと足元が寒い。夜は炬燵が恋しくなる。




 「毎日、暑いですねえ」。挨拶にそんな枕詞を添えていた私達は、まるで手の平を返すように今度は「寒くなりましたねえ」。その落差が大きいだけに不自然さを感じないでもない。人間とは奇妙な動物。なんだ、かんだと言っても暑いだの、寒いだのと言いながら、あとで考えれば何事もなかったように一年が過ぎて行くのだ。それが出来れば人間幸せ、と年老いたおふくろの顔を見ながら思った。


運動会3



 秋。運動会のシーズンでもある。今年も地元の小学校の運動会にお招きを受けた。校舎の中央から放射線状に張られた万国旗。広いグラウンドいっぱいに、伸び伸びと競技や演技を繰り広げる子供たち。そこにもいつもと変わらない風景があった。


運動会2


 運動会には、なぜか万国旗がよく似合う。かなり前のことだが、運動会と、この万国旗について何かの書物で読んだことがある。記憶が間違っていなければ、運動会に万国旗が飾られるようになったのは、国際交流が始まった明治期。その頃、外国人を招いて開くパーティーには必ず万国旗が飾られた。その賑やかな飾り付けが文明開化にふさわしい、と運動会にも奨励したのが、その由来だそうだ。


運動会


 つまり運動会で必ず顔を見せる万国旗は明治の時代から変わらず続いていることになる。その下で繰り広げられる運動会の光景は変わらないようで実は大きく様変わりしているのである。例えば、正面の本部テントはまだしも、競技場を取り巻く観客席のテントは、カラフルな携帯用に様変わり。その下で可愛い我が子の姿を追いかけるカメラは、デジカメやムービー。お父さん、お母さん、場合によってはおじいちゃん、おばあちゃんまでが立派なカメラマンなのだ。

運動会テント     ビデオ運動会


 最も様変わりしたのは、全般的に一周りも、二周りも大きくなった子供たちの体と、その子供たちが行う準備体操。私たちがしていたラジオ体操は完全に姿を消し、代わって登場したのが柔軟体操。立ったり、座ったり。転がったり、四つん這いになったり。誰が振り付けしたか知らないが、先生のリードでそれは見事に身体を動かす。本部テントでその様子をニッコリ見守る来賓のオジサンたちは



 「俺たちの時代、あんな体操なかったよなあ。第一、ラジオ体操ならまだしも、今になったら、あんな柔軟な体操、やってみろと言われても出来ねえよなあ~」


柔軟体操2


 何かヘン、と思って子供たちの姿を見ていたら、みんな運動着が同じ。男の子も女の子も帽子もシャツやズボン、靴に到るまで男女の区別なく同じなのだ。一瞬、この学校には女の子はいないの?と思えたほど。運動会のみならず、教育現場そのものにも変化が・・。




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認知症の母と女房

敬老会3


 普段、自らのずさんさを棚に上げ、私の世話ばかり焼く小うるさい女房だが、文句なしに頭が下がることがある。間もなく95歳になる、おふくろの面倒を献身的に看てくれることだ。私たち夫婦は仕事の関係もあって、親父を亡くした後も山梨市の実家におふくろを残して甲府に設けた自宅に住まいした。そんな息子達夫婦に、気丈なおふくろは愚痴一つ言わずに一人で田舎の家を守っていた。




 それが出来なくなったのは、近所の犬に足を噛まれたのがきっかけ。歩行に支障をきたすようになったのである。そこから女房とおふくろの二人三脚が始まった。女房は,おふくろを甲府に連れて来て、風評も聞きながら病院を探し、歩行が辛そうな足を看て貰った。手術もした。それが功を奏して一時は回復した。田舎を離れるのを嫌がったおふくろも住めば都。しばらく上機嫌で、甲府で暮らしていた。




 しかし高齢者の手術。そんなにうまく行く筈がなかった。再び、不自由を訴えて入院。これが今の病院生活の始まりだった。足の機能が回復しないばかりか、足腰がだんだん弱くなり、車椅子生活に。老いがそうさせたのだ。田舎での一人暮らしだったらいやが上にも歩きもするし、何事も自分でする。それがリハビリにもなったかもしれない。ところが病院は至れり尽くせり。痛みを告げさえすれば、どんな補助だってしてくれる。適切な表現ではないが、甘える事だって出来る。気丈なおふくろも車椅子に逃げ込んだのかもしれない。


敬老会5


 健常者から見れば、病院は天国。空調がしっかりしているから四季を通じて室内温度は一定。三度のメシもそれぞれの体の具合に合わせて作ってくれるし、食べる動作に不自由があれば食べさせてもくれる。内臓疾患とは違い、おふくろのような足腰だけが不自由な患者は、食欲の差こそあれ、食べることには支障がない。至れり尽くせりの生活は緊張感を失い、逆に脳軟化を促してしまうのかも。おふくろの認知症はジワジワと確実に進んでいる。




 認知症。老いは、子供に返ると言う。おふくろの場合も昨日のことは忘れても、昔のことはちゃんと覚えているらしい。「荒城の月」「戦友」などの軍歌を間違いなく歌うのである。繰り返し繰り返し歌うのだ。それがいじらしくもあり、痛々しくもある。「上手だね」と褒めてやると、また歌うのである。私たちが子供の頃、おふくろの歌など聞いたこともなかった。とっくに亡くなってしまった親しい友達の安否を気遣うような話もする。




 その一方で、昨日の事や自分の息子の顔も忘れている。ただ不思議なのは私の女房、つまり嫁の顔だけは忘れていないのだ。ちゃんと名前を呼び、「今日はいい服を着ているね」とか「その服、いい色じゃん」と、いかにも女らしいことを言うのである。毎日とは言わないまでも二日に一度、三日に一度は、病院におふくろを見舞う嫁への感謝の気持ちなのだろうか。それとも女同士、嫁へのある種の緊張感なのか・・・。


敬老会7



 「おたくさんは、どちらさんでしたっけえねえ・・・」


 自らのお腹を痛めた息子を忘れるのが頷けない。「実はとぼけているのでは・・・」と思ってもみたくなる。感謝の気持ちは認知症でもちゃんとあるのかもしれない。




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敬老の日と母

敬老会  


 「どなたさんでしたっけえねえ」


 「俺だよ、俺・・・」

 「ああ、かっちゃんか・・・」

 おふくろは94歳。大正5年1月生まれだから間もなく95歳になる。大正の大部分と昭和、平成と生きて来た。何度もの戦争を体験し、恐らく貧しさのどん底も味わって来た。私がまだ幼い戦後間もない頃、家事のやり繰りの一方で、地域の婦人会の先頭に立ち、栄養改善運動をリードしたり、「新しい時代の地域づくりをするのは若い人たち」と、青年団の育成にも力を入れていた。




 政治にも関心を持った。国政、地方を問わず、選挙となれば、のんびり家にいるようなことはなかった。世間もそれをさせてくれなかったのかもしれない。今風に言う「肝っ玉かあちゃん」。とにかく行動派のおふくろだった。でも人間、歳には勝てない。今は甲府市内の病院に入院中で、認知症も進んで来た。息子の顔も忘れるようになった。


敬老会2


 年老いても気丈で、今私たち夫婦が住む山梨市の家を一人で切り盛りしていた。「≪会社人間≫の倅なんか充てにならない」と、思ったのだろう。親父を亡くした後も単身、まさに気丈に頑張っていた。入院生活は近所の犬に足を噛まれたのがきっかけ。手術もした。以来、精神的にもめっきり弱くなった。足腰が弱くなって、今では車椅子との入院生活。お医者さんや看護士さん任せの気楽さが拍車を掛けるのか、勢い認知症も進んだ。




 9月20日。敬老の日。毎年の事だが、この病院では、家族にも呼びかけて敬老行事を開いてくれる。家族に病院の姿勢や取り組みを説明する一方で、歌のコンサートや踊りでお年寄りを労うのである。この病院は医療を伴う介護病院。これまでは事務方はもちろん、ドクターや看護士など職員総出で演芸を披露してくれていたが、今年は、その部分は市井のボランティアに委ねた。忙しい病院業務の傍らでの準備や練習が大変であることは、容易に想像出来る。日頃からも職員教育を徹底している、この病院の姿勢に頭が下がる。


敬老会2010


 「里の秋」「赤とんぼ」「夕焼け小焼け」・・・。ボランティアのソプラノ歌手が歌う懐かしい歌声に頷きながら、楽しそうに聞いている。中には無邪気そのもの、小さく手踊りしているお年寄りも。子供さながらだ。顔にシワを刻み、頭を白くして、車椅子に乗っているだけの違いで、その仕草や心の内は子供と同じ。見守る家族にしてみれば、可愛くもあり、寂しくもある。「あの、おふくろが・・・」と考えると、むしろ胸が痛くなる。



敬老会2


 認知症が進み、子どものように振舞うおふくろが痛々しい。出来るだけ頻繁に病院に見舞うようにしているのだが、そんなおふくろの姿を見るのが辛い。自らのお腹を痛めた我が子である弟達はもちろん、今は身近にいる長男の私でさえ一瞬、忘れてしまうのだ。一方、おふくろの兄弟は9人。戦争の犠牲になって若くして戦地に散った一人を除いて生存者は半分になった。血を分けた弟や妹達の名前も忘れてしまっている。ただ話せば思い出してくれるのが救いだ。言葉を合わせてくれているだけかもしれない。




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紙風船と越中富山の薬屋さん

紙風船

 「シャボン玉飛んだ♪ 屋根まで飛んだ・・・♪」


 そう、童謡「シャボン玉」の歌い出しだ。この歌を聴いたり、口ずさんで心を洗われる気分にならない大人はいない。今の歳が幾つであれ、誰にもあった幼い頃を髣髴とさせてくれるのである。紙風船だって同じだ。赤、白、青、黄色、紫・・・。何色かに彩られた紙風船は、普段は折りたたまれていて、空気を吹き込むと丸くなるのだ。紙製で、しかも小さくはない空気穴が開いているので、風船はいかにも頼りないのだが、女の子達はそれを上手に上に突いて遊ぶ。男の子も女の姉妹の中にいれば一緒に遊んだ。




 私の場合、この紙風船を見ると、なぜか越中富山の薬屋さんを思い出す。子供たちにとって薬なんかどっちでもいい。そのおじさんがくれる風船の方が楽しみなのだ。今のようにゲーム機もなければ、パソコンや、ましてインターネットもなかった。やがて一般家庭にも入って来るのだが、テレビだって満足にない。電波障害や故障でピー、ピーいうラジオが情報や娯楽の主流だった時代だ。


風景3



 越中富山の薬屋さんは毎年、決まった頃にやってくる。いわゆる家庭常備薬の訪問販売である。どこの地域でも同じだったのだろうが、我が家の場合も、この薬屋さんが必要と思われる風邪薬や胃腸薬、消毒薬に到るまで一括して置いて行く。翌年、その集金と薬の補充、入れ替えにやって来るのだ。薬屋さんは拠点拠点に親しいお宅を持っていて、その家では三度のメシも一緒。一宿一飯。泊まって行きもする。




 そこには理屈なしの人間関係信頼関係があった。考えてみれば、身分を証明する何かを持っていた様子もない。お互いの信頼関係以外の何物でもなかった。今、世間を騒がすオレオレ詐欺や手当たり次第に騙してしまう訪問販売の悪者がウソのよう。いつからこんな世相に変わってしまったのだろう。「人を見たら泥棒と思え」とは言わないまでも嫌な世の中になったものだ。薬屋のおじさんがくれる紙風船は今風に言えば景品グッズ。越中富山の薬屋さんのトレードマークでもあった。夜は子供たちと遊んでくれ、行商旅で見た面白い話も聞かせてくれた。一年中、全国を歩き回っているのだから話題も豊富。山梨の片田舎に生まれ育ち、情報が少ない子供たちにとって、おじさんの話は新鮮だった。大人たちだって同じだろう。一宿一飯のお返しでもあった。


彼岸花


 あの越中富山の薬屋さんのおじさんたちはどこに行ってしまったのだろう。薬に限らないが、あらゆる商品の流通・販売形態はガラリと変わった。一つ薬を例にとっても一歩外に出れば薬局はもちろん、ドラックストア、物によってはコンビニでも手軽に手に入る。紙風船でのんびり遊んでいる子供なんか見たことはない。第一、紙風船そのものが子どもたちの遊びから消えた。変わって登場したのがゲーム機やケイタイをツールにした遊び。遊びのパターンは屋外から屋内、複数から個人に変わった。遊びの知的なレベルアップの一方で、個人主義と自己主張はどんどん強くなる。のんびりした時代に生きたオジサンは、そんな子供が怖くなることさえある。こんな風潮の加速は、恐らく誰にも止められない。




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限界集落

 やっぱり長野は涼しかった。上田市。東信に位置した人口11万のこじんまりした街だ。在来線と長野新幹線が重なった上田駅を中心に市街地を形成しているが、元はと言えば真田幸村が築いた城下町。すぐお隣は島崎藤村のあの「小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ・・・」小諸市だ。落ち着いた街並みと、いかにものんびりした自然がいい。そこを流れる千曲川が風情を添えている。


千曲川



 山梨から車でざっと3時間。ドライブ気分でやって来た。長野大学を会場に二日間の日程で開かれた中部東ブロックユネスコ研究大会に参加するためだ。長野、山梨、神奈川、静岡4県のユネスコ協会の代表が集まってユネスコ活動全般を研究討議するのである。日本ユネスコ協会連盟が主催、四つの県の各地にあるユネスコ協会が回りばんこにホスト役になって毎年1回、開いているもので、今年は上田ユネスコ協会が当番。いわゆる主管協会である。約120人が集まった。ユネスコ活動を共にする人達の交流広場でもある。


ユネスコ



 大会の基調テーマは「自然と農・そして食」~地域から考える 環境といのち~。初日は研究討議のベースになる基調講演やシンポジュウム。二日目はそれを踏まえた討議や各地の単位協会の活動報告と問題提起によるデスカッションである。基調講演では長野大学の教授が「限界集落と地域再生」をテーマに話し、シンポジュウムでは長野を中心に26店舗を展開するスーパーの会長や食の応援団を自称する主婦、会社方式で大規模な農場経営をする若い農業従事者がパネラーに。コーディネーターは長野大学環境ツーリズム学部の准教授が務めた。「環境ツーリズム」。耳慣れない言葉だが、最近、注目を集めている。




 失われつつある「食の旬」、アンバランスな子ども達の食生活や好き嫌い、農業環境の変化がもたらす協働社会・地域社会の崩れ、食の流通の変化。シンポジュウムでは、パネラーがそれぞれの立場で熱く語った。それよりも何よりも心にグサッと来たのは基調講演のテーマになった「限界集落」という言葉。講師は農林業の衰退が進む山村が見せる農村の準限界集落化、さらに限界集落への移行の現状を説明した上で、その再生への取り組みの大切さを説いた。


ユネスコ2


 日本列島のあっちこっちで進む「限界集落化」は、地域の伝統文化の衰退や棚田など山村の原風景の喪失などといった感傷的な事柄だけにとどまらない。食文化を支える農業そのものの衰退、さらには「山」の荒廃がもたえあす保水力の低下にも結びつき、下流域の都市住民や漁業関係者の生活まで脅かして行くのだ。私のように山梨の片田舎に住み、その「現実」を実感している者にとっては単なる講演として聞き流すことは出来なかった。




 毎日、朝になれば陽が登り、夕方になれば西の空に沈む。何事もないように毎日が過ぎて行くのだが、ふと周りを見渡せば、軒並みと言っていいほど農業後継者はいない。もちろん我が家も同じだ。このままでは5年、10年先には、耕作放棄地がどんどん生まれることは間違いない。そんな危惧を地域の数少ない若者達と話している。基調講演の演題になった「限界集落」まではともかく、嫌~な予感がする。「限界集落」。全く嫌な言葉である。




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ホームレスは不労者

風景


 子どもの頃、しばしば、浮浪者がやって来た。当時、この辺りは今のような果樹地帯の形成には程遠く、米麦養蚕の貧しい農村地帯だった。そんな農業形態は戦後の昭和20年代はおろか、30年代後半の高度経済成長の足音が聞こえて来る頃まで続くのである。米麦は供出制度があり、養蚕が大切な現金収入の手段、といった時代であった。ちょっと注釈をつけるとすれば、その養蚕の衰退が果樹への転換の引き金となり、今の果樹王国の形成を導いた。日本の養蚕の衰退、消滅は安い韓国産生糸の出現だったことは誰でも知っている。




 浮浪者のことを、この辺りの人たちは「お乞食(おこんじき)」と呼んだ。子供心にもいかにもぴったりの言葉だと思った。汚い身なりで、物乞いをして歩くからだ。服ともいえないボロボロの布をまとい、日焼けした浅黒い顔は、剃刀なんか何日も当てないから、髭ボウボウ。お碗片手におこぼれに預かりそうな家を回るのだ。その風体こそ違うが、歳末、僧侶が修行の一環で行なう「托鉢」に似ている。そんな托鉢を例えにすると坊さんに叱られるが、なにしろ「お乞食」「浮浪者」という言葉がぴったりだった。


風景2


 世の中全体、戦後の貧しい時代だから、子ども達だって、今のような恵まれた身なりや食生活をしていたわけではない。貧しい農家の経済がそうさせたのである。でも親達は無し無しのお金をお碗に入れてやり、お米をも持たせた。そんなうしろ姿を見たのか、子供たちも、これこそ無し無しの小遣いの中からニ円、三円と恵むことを覚えた。ウキウキと心を弾ませて行く祭りのお小遣いが30円、40円の時代である。




 ところが、ある時、その「お乞食」の本領を見透かしてしまうような出来事に出っくわした。学校からの帰り道、川べりの林で仲間と道草を食っている時のことだ。物乞いをしていた「お乞食」がそれまで着ていたボロボロの服を小奇麗なスーツと着替え、それを風呂敷に包み、颯爽と自転車で立ち去るではないか。髭はそのままだが、髪には丁寧にクシを入れているのだ。子供心にも「この詐欺野郎め」と思ったものだ。




 それからうん十年。わが国は経済大国と言われるようになった。よく考えるとホームレスはいるが、物乞いをする「お乞食」はいなくなった。そのホームレスの一人とワンカップの冷酒を飲みながら話した。東京・隅田川の川っ淵に自ら設けたダンボールやビニールシートの小屋を根城にする浮浪者だ。たまたまかもしれないが、出合ったホームレスは脱サラ男。「堅苦しい会社勤めが嫌になった」という50男だった。「俺たちゃあ、何不自由なく暮らしている。決して強がりなんかじゃあねえ」と言い「自由が財産だ」とも言った。


隅田川1


 このホームレスは「みんな自分自分。他人のことは分からねえが、大なり小なり、みんな同じだと思うよ」とも言う。子どもの頃、出合った「お乞食」と今の「ホームレス」。呼び名こそ違うが、共通した言葉に置き換えるとしたら「不労者」。これこそまさにぴったりの言葉だ。文化人とか評論家と呼ばれる人たちは、もっともらしく政治の貧困だとか、社会構造の欠陥を指摘する。でも何の事はない。平和ボケ日本の落とし子なのではないのか。分かり易く言えば、仕事嫌いの「不労者」だ。




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宝の山

 そう言えばホームレスが集団で歩いている所なんか見たことがない。東京・隅田川の川っ淵で知り合ったホームレス男が言うように、それが習性のようにみんな一人で行動している。昭和30年代、東京の上野に近い「山谷」に集まって暴動を起こした労務者とは違う。その暴動は、職を求めての一揆だった。 



隅田川桜2


 「どうしてかって?そんなの分からねえよ。俺の場合は、人と話をすることなんて面倒臭くなっちまった。この川っ淵にいる連中、みんな行動パターンが違うんだ。それぞれが宝の山(ゴミ置き場)を持っているし、メシを食う(捨てたものを拾って食べる)レストランや料理屋も違う。言ってみりゃあ、独自のテリトリーを持っているのさ。みんなメシのタネだから大事にするさ。穴場を人に教えるようなことは、誰だってするもんか」




 「そりゃあそうだよなあ・・・」



 「ダンナねえ、ダンナたちゃあ、俺たちを蔑んで見たり、時に生活に困っているだろうと同情もしてくれるようだが、俺たちゃあ、ダンナたちが考えているほど困っちゃあいねえ。欲しいものがあればなんでも手に入る。前にも言ったが、手に入らないのは家と棺桶ぐらいのものだ。宝の山のゴミ置き場を二つ、三つ回れば、いいのさ」


隅田川東京タワー


 「今使っている毛布が汚れて、取り替えようと思えば、もっといい毛布があるし、ビニールシートの小屋を補強しようと思えばそれもある。中に敷く絨毯だって転がっている。これを運ぶのに自転車が欲しいと思えば、これだって簡単。こんなものは持って来ても置く所がねえから困るが、大型家具の箪笥やソファーだってある。冬場、寒い時にはガスコンロを探すんだ。使い残した携帯用のガスボンベイだって捨ててあるから暖を取るのに十分。俺たちゃあ煮炊きはしないけど、お茶くらい沸かそうと思えば、それも出来るぜ。俺はもう読まねえけど、暇つぶしに本の一冊も読む気になりゃあ、それも出来る。マンガ本から小難しい学術書まで何でもある。時にゃあ、金庫だって落ちている。これだけは、俺たちには必要ねえがねえ・・・。風呂? 銭湯に行くくらいの小銭、たばこ銭と同じよ」




 ホームレスのオヤジは浅黒い顔をほころばせ、ニコリと白い歯を見せた。我が家では日常、ゴミ出しはかみさんの役目。しかし、車で走りながら見かける粗大ゴミ置き場の光景を頭に浮かべて、ホームレスのこのオヤジの話が一つ一つ頷けた。「日本という国はいい国さ」。二人でワンカップの冷酒を飲みなら交わす言葉の節々に出てくるこの言葉は、もっともらしく言えば、平和ボケし、物を平気で粗末にする私たちへの痛烈な皮肉だ。


隅田川2



 政治の世界では子供手当てや高校授業料の無償化などが議論され、実現している。その一方で街のあちこちにあるゴミ置き場に転がる真新しい勉強机や子供用の自転車・・・。カバンやランドセル、参考書や辞書だってある。ゴミ置き場を「宝の山」というホームレスオヤジの目には政治が真面目くさってやっている政策がどう写っているのだろう。あと3ヶ月もしないうちに師走がやって来る。NPOや行政は「ホームレス対策と救済」の名の元に今年も日比谷公園などで炊き出しをしたり、手当ての支給をするのだろう。善政ぶった、こうした動きに当のホームレスたちは「シャバのヤツらバカだねえ」と笑っているかも?




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日替わりメニュー

 ホームレス男は物好きにも東京・隅田川の川っ淵くんだりまで押しかけていった、まあ変わり者の私に話を続けた。


 「俺たちゃあ、言ってみりゃあ、日替わりメニューで三度のメシを食っている。夜を中心にして一週間の食事計画を立てるのさ。今日は寿司、明日はフランス料理、あさっては中国料理といった具合にね。そんなものに飽きたら和食だって食う。昼間は前日の夕方確保しておいたコンビニ弁当。これはなかなか店ごとに捨ててくれないから見つけるのに苦労するんだよ。朝?これも一流のパン屋さんの裏口に行けば売れ残りとはいえ、真新しい、しかも、うまいパンが手に入る。牛乳やお茶など飲み物は、コンビニなどの売れ残りで十分。言っとくがねえ、これも一流の店を狙うのがコツさ」




 「もちろん、上げ膳据え膳でこんな上等なものを食っているわけじゃあねえ。くどいが、一旦は捨てたものだ。店側にしりゃあ、俺たち社会のクズのような人間でも、腹痛でも起こされて、開き直られたりでもしたらかなわんもんな。だから俺たちが欲しがっていることが分かっていても、一旦はポリバケツに捨てるわけさ。でも人間、捨てたもんじゃあねえ。同じ捨てるにも、そっと置くように捨ててくれるんだ。ありがてえじゃあねえか。そんな時、顔でニコッと笑って心の中で手を合わせるのよ」


屋形船隅田川


 「これもくどいがねえ。プライドというものが、ちょっとだってあったらそんな技、つまり、いくら真新しいといったってポリバケツのものを食うことなど出来ねえよなあ。俺たちゃあ当たり前だが、レストランに行ったり、それどころか三度のメシを食うカネなんかねえ。プライドなんかクソくらえさ」




 「でも、プライドをかなぐり捨ててしまったら人間寂しいねえ。そうは思わんのかい?」



 「そんなの温ぬく生きているダンナたちの言い分さ。第一、そんなものがあったらホームレスは出来ねえし、やっちゃあいねえ。まあ、惰性がねえといったらウソになるが、みんな結構、当たり前にやっているのさ。強がり言っているわけじゃあねえけど、俺の場合、こんな生活、そこそこ楽しんでいるんだよ」




 「この隅田川の川っ淵にいる連中、みんな同じなのかい?」



 「そうだと思うよ。みんな自分、自分。付き合いなんかねえから分からんが、そうでなきゃあ生きていけねえもんな」


夕焼け隅田川2


 「今飲んでいるタバコはどうするんだい?」




 「これだけは誰も捨ててはくれん。仕方がないからお金を出して買うのさ。そのくらいのカネ、朝ゴミ置き場をひと回れば、すぐ作れる。ダンボールやビールの空き缶さ。これ、そこそこのカネになるんだよ。これも蛇の道は蛇。俺たちのようなヤツらを相手に商いをする業者がちゃんといるんだよ。ゴミ置き場は俺たちにとっちゃあ貴重な宝の山さ。なんでも手に入る。ないのは≪家と棺桶≫くらいのもの。日本は贅沢な国だと、つくづく思うね」。(この続きは次回で)




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栄養過多のホームレス

隅田川アサヒビール本社

 初めはけげんな顔で私を見、ポツリ、ポツリと、しかも面倒臭そうに話していたホームレスのオヤジが、だんだん饒舌になった。



 「みんな、俺たちを犬、猫以下に見るどころか、まるで汚いものでも見るように遠巻きに通り過ぎるのに、ダンナも変わっているねえ。こんな隅田川の川っ淵まで好き好んで来るんだからねえ・・・」



 「あんたに変わり者呼ばわりなんかしてもらいたくねえね。恐らく、そこそこの給料を貰っていた会社を飛び出し、その上、女房まで捨ててホームレスをやっている、あんたにねえ・・・」




 まあ、そんなことは、どっちでもいい。お互い、気を許したせいか、それとも3合近いワンカップの冷酒を飲んだせいか、見知らぬ者同士がいつの間にか友達のような会話をしていた。「普段、他人と話すことなどほとんどない」と自らも言うホームレス男。隅田川下りで船の上から見て興味を持ったとはいえ、山梨くんだりからノコノコとやって来たヘンな男。やっぱり変わり者同士に変わりはない。だからこそ気心が通じ合うのかもしれない。


隅田川東京タワー


 「ところでメシのことなんだけど、毎日どうしているんだい。カネだってあるわけねえし・・・。人ごととは言え心配になるよ」



 「ダンナ、やっぱり俺たちのこと、なんにも分かっちゃいねえな。三度のメシ寝起きをする場所の確保は、俺たちが何をさて置いても考えなければならないことさ。それが出来なきゃあホームレスは出来ねえんだよ。そうでなきゃあ、日本中からホームレスは消えちまうよ。蛇の道は蛇。俺たちホームレスはホームレスで、みんな知恵が働くんだよ」



 「へえ~、そんなもんかねえ・・・」


隅田川


 「ところでダンナ、この一週間、どんなもの食った? 寿司食ったかい?フランス料理や中国料理食ったかい? 俺たちゃあ、そんなもの年中、食ってるぜ。みんなと言ったら言い過ぎだが、この隅田川の川っ淵に巣を食う俺たちの同類は、大なり小なりうまいものを食っているはずだ。お陰で俺は、このところ栄養過多になっちまった・・・」




 「稼ぎもねえ、あんたらに、そんなこと出来るわけねえじゃあねえか」




 「それが出来るんだよ。蛇の道は蛇といっただろう。レストランや料理屋、それも高級のねえ・・・。コンビニだって行く」




 「高級レストラン? 料理屋?」




 「俺たちゃあ、予め高級と思われるレストランや料理屋の裏口を回ってみるんだ。そうすりゃあ、そこで何時、どんな物を、どう捨てるかが分かる。翌日からその時間に合わせて行くのさ。しっかりしたレストランや料理屋ほど、その時間に狂いはねえんだ。それを存分に頂くんだ。前にも言ったろう。プライドさ。これだけは捨てなきゃあ出来ねえ技なんだぜ。日本はいい国さ。消費期限とか賞味期限というヤツがあって、食べ残しじゃあねえ、真新しいものを目の前で捨ててくれるんだ・・・」(この続きは次回で)




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ホームレスのオヤジ

隅田川3


 「あっちゃあいけねえもの、捨てなきゃあいけねえもの、とは何なのかねえ?




 プライドだよ。プライド。これだけは捨てなきゃあ、この稼業は一日たりともやっちゃあ行けねえ・・・。世の人たちは俺たちのことをホームレスと呼んでくれるが、何と呼ぼうが、そんなことはどっちだっていいのさ。でもねえ、正直言って俺たち、世間の人たちが見たり、感じたりするほど屈折したり、不自由はしてねえんだよねえ・・・」



 「へえ~、そんなもんかねえ

 


 東京・隅田川の川っ淵に自分で設けたダンボール小屋を根城に、ホームレス生活を続けるオヤジと山梨の田舎から出て行った物好きなオジサンとの会話である。≪手土産≫?代わりにポケットに忍ばせて行ったワンカップの冷酒も話をするうち、底を突いて来た。



 「俺にも、ワンカップがちょうど二つある。ダンナ、今度はこれを飲むかい?」


隅田川6


 この≪脱サラホームレス≫のオヤジ、予期せぬ変わり者の訪問者に、どうやら気を許したらしく、ダンボール小屋の隅に転がっていたワンカップの酒2本を持って来て、うち1本を私に差し出した。二人とも申し合わせたようにコックのつまみを引っ張って栓を開けた。酒飲みなら誰でも知っている。大事な酒をこぼさないように上手に蓋を取るのだ。




 堅苦しい宮仕えに嫌気が差して、まだ50代の働き盛りなのに会社を飛び出し、自ら好んでホームレスになったこの男。奥さんにも逃げられたという。面と向かっては言えないが、そんな男に奥さんだってついて行くはずがない。俺がもし、そんな道を選んだら、うちのかみさんだって、さっさと逃げていくだろう。この男は「そんなことは平気」と言わんばかりに、こうも言う。

 
 「職場もない。家族もなければ、友達や隣近所など世間のしがらみもねえ。傍から見りゃあ、この変わり者めとか、寂しくはねえか、と言うかも知れねえが、大きなお世話。当の俺にしりゃあ、さっぱりしていていいのさ。第一、毎日が自由。これが俺の財産だよ・・・」


隅田川2  



 「こんなことをしていて歳取ったら、どうするんだい?」



 「その時はその時さ」




 「暑い夏は裸でいりゃあいいかもしれないが、寒い冬なんかどうして過ごすんだね?」



 「ダンナ、俺たちのことや俺たちの知恵というもの、まったく分かっちゃあいねえな。毛布だって暖房のコンロだってあるじゃあねえか・・・」



 「毛布?コンロ?




 「そうさ。そんなもの、必要とあれば、いつでも揃う。朝飯前だよ。ちょっと早起きしてゴミ置き場をぐるっと回ればいいのさ。真新しいヤツが何時でも手に入る。しかも、みんな只だ。ゴミ収集車だって俺たちが持って行ってくれりゃあ、処理する量が減って助かるというもんだ。ゴミ置き場に行けば何でも揃うなんてことは、サラリーマンをしていた時分はまったく気付かなかったがねえ・・・。口を開けば、不景気だの、やれ何だのと言うが、日本という国はいい国だよ・・・」



 「ところで、肝心のメシはどうしているんだい?」(続きは次回で)




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隅田川のダンボール小屋

 「お前の物好きというか、野次馬根性にはあきれるよ・・・」


 もうかなり前になるが、ある休日、野暮用で上京した折、隅田川沿岸を歩いたことがある。そこを根城にするホームレスと話をするためだ。親しい仲間が言うように確かに物好きかもしれない。スーツとズボンの両方のポケットに駅のキヨスクで買った4本のワンカップの酒を忍ばせて隅田川に向かった。街ゆく人たちは、まだコートの襟を立てて歩いていたから桜の春には、ちょっと早い時季だった。


隅田川5


 仲間が言う「どっちでもいいこと」を思い立ったのには、ちょっとした訳がある。誰と一緒だったか忘れたが、浅草から水上ボートや屋形船で、何度か隅田川の川下りを楽しんだことがある。幾つもの橋をくぐり、日の出桟橋か、その先辺りまで4~50分の「船旅」。頬を刺激する冷たい川風が逆になんとも気持ちいい。船内アナウンスは両国国技館や高級マンション群、それに橋の数々をくぐるたびに、そのいわれやエピソードを説明してくれる。



隅田川桜


 そんなアナウンスを聞くともなく聞きながら目に留まったのが沿岸のダンボールやビニールシートで囲った小屋だった。目に留まるなどといった感じのものではなく、隅田川の両側にへばりつくように並ぶ、その数々の小屋の風情は異様にさえ見えた。沿岸の陽だまりを選ぶように並ぶそれは、小屋と呼ぶにもふさわしくないほど粗末なもの。言ってみれば雨風をしのげればいいといった程度のものだった。




 川下りの水上ボートには100人ぐらいの乗船客がいただろうか。中国人や韓国人の団体観光客も目立った。みんな私たちと同じ顔をしているが、ガヤガヤと、なにやら早口で話す言葉で否応なく日本人ではないことが分かる。「あれはなんだろう」と言っているのか、岸辺を指差して奇異な目つきで話しているのだ。




 「いい天気だねえ。花見にはちょっと早いが一杯やろうぜ」



 ダンボール小屋の前で日向ぼっこをしていたホームレスの男に話しかけた。この男、予期せぬ来客に一瞬、疑い深そうなまなざしを向けてきた。

 「こんな所にやって来て、『一杯やろう』などと、ダンナも物好きだねえ」

 
「川下りをした時、ここの住人と一度、話をしてみたいと思ったのさ。ここに来がけにワンカップの酒を買ってきた。一緒にやるかい?」

ワンカップ  


 最初は構えていた二人が、なんとなくうちとけるのにそう時間はかからなかった。「俺にもあるが、せっかくだから頂くか」。二人でワンカップの酒をちびちびやりながら話し始めた。男は50代半ば。ダンボール小屋の内側に同じようなワンカップが転がっていた。




 「俺ねえ、自分で言ってはなんだが、そこそこ名のある会社に勤めていたのさ。でもね、堅苦しい宮仕えが無性に嫌になっちまって、この世界に飛び込んじまった。ダンナと同じだよ。あっち(隅田川の上)から川っ淵のヤツらを見て、なんとなく惹かれちまったのさ。もちろん、そんな俺に女房がついて来るわけねえよ」



 「ダンナねえ、この稼業もまんざら捨てたもんじゃあねえ。でもねえ、ただ一つだが、絶対にあっちゃあいけないものがあるんだよ・・・」。(この続きは次回)。




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虫たちの嘆き

ヒマワリとムシ


 「人間どもは猛暑だの残暑だのと言っていりゃあいいが、秋がぶっ飛んだら俺たちゃあ地上に這い上がれないまま一生を終わっちまう。人間はいいよなあ。残暑と言ったってエアコンや扇風機だってある。寒い冬が来りゃあ暖房施設やストーブだってある。俺たちゃあ秋が短いの、長い野のなんて悠長なことを言っていられんのさ。寒いその時期がくりゃあ、お陀仏よ」




 9月3日。今の時計? 午後8時ちょっと過ぎ。窓越しの植え込みでは虫の音が。その鳴き声がコオロギなのか、キリギリスなのか、それとも別の虫かは、無粋な私なんかに分かるはずがない。鈴虫ではないことだけは確かである。私が気付いた範囲では、大合唱はこの秋、第一声だ。狂ったとしか言いようのない暑さが収まるのを待っていられないのだろう。虫たちが、どうボヤキ、何と言っているかは定かではないが、ヤケクソの見切り発車かもしれない。


蟷螂


 ここは山梨の片田舎。標高は、430m前後はある。こうしてパソコンを叩いている我が家の書斎、いやいや書斎なんて言える立派なものではなく、居間の延長みたいな部屋だが、デジタル時計に併設の温度計は30度を表示している。因みに湿度は60%。ランニングにステテコ姿でも汗ばんでくる。後ろの扇風機が周期的に風を送ってくるのだが、そんなものは焼け石に水。かみさんや娘は「お父さん、エアコン、点ければいいのに」という。しかし、元来が田舎者なのか、エアコンを敬遠してしまうのだ。




 この異常気象。人間だって右往左往しているのだから、虫なんかなおさら戸惑っているに違いない。戸惑うくらいならまだいい。自然死を待てずに熱中症で一生を終える虫たちもいる。このブログに度々お出でいただく「donchan」さんからこんなコメントを頂いた。


 「(前略)ほんとに連日、暑過ぎて蝉もたまらないのでしょう。都会のアスファルトに無造作に転がってる蝉の死骸の数に驚いています。早くヒグラシの鳴き声を聞いて秋の気配を感じたいものです(後略)」



植物


 気象異変のせいなのだろうか。私はこんなコメントをお返しした。


 「都会のアスファルトの上に蝉の死骸。田舎者には想像できない光景ですね。やっぱり今年の暑さは異常。その一つの現れかもしれませんね。動物や昆虫などは、おしなべて、その死を迎える時、なぜか人目を避けるのです。蝉などの昆虫ばかりでなく、鳥も野良猫などもそうです。田舎には都会より もその数は多くいるのですが、それが証拠に滅多に死骸を見かけません。この暑さ、人間にもこたえ、死者まで出しているんですものねえ・・・(後略)」


虫


 暑さ、寒さは虫たちの活動の始まりでもあり、終わりでもある。そこには一定のインターバル、つまり、それぞれの寿命があるのだ。残酷にも暑さが続くから、また秋が早いの、遅いのはどうやら関係がないらしい。80年前後はある人間の寿命と違って昆虫の一生は短く、人間のそれと比べれば、まさに一瞬。人間のように猛暑だの残暑だのと言っている暇はなく、見切り発車もしたくなる気持ちが分かる。




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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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