なぜか残る記憶

三島由紀夫


 もうそんなに経つのか。三島由紀夫が壮絶な死を遂げた、あの事件から40年だという。クーデターを試みたのだろう。三島は当時、陸上自衛隊第一師団東部方面総監部があった東京・市ヶ谷駐屯地に右翼思想を持つ「楯の会」の同士と共に乗り込み、それに失敗して割腹自刃したのである。部下でもある「楯の会」の幹部に介錯させた三島の首が総監室に転がった。日本中をアッと驚かし、震撼させた事件だった。




 昭和45年11月25日。40年前といっても、この日の事は鮮明に覚えている。私が28歳になったばかりで、しかも一人娘が生まれて間もない頃の出来事であった。ショッキングな事件の第一報を聞いたのは仕事でお訪ねしていた山梨県韮崎市役所の廊下だった。時の市長は現山梨県知事のお父さん。その秘書課長と立ち話をしている所に通りかかった市議会議長が、まるで特ダネでも掴んできたようにこう言うのである。



 「東京でとんでもねえ事件が起きた。あの三島由紀夫が市ヶ谷駐屯地でクーデターに失敗、割腹自決したんだってよ・・」


三島由紀夫2



 三島は当時、将来を嘱望された作家の一人だった。「金閣寺」「潮騒」「禁色」「仮面の告白」「鏡子の家」・・・。葉隠れ武士を題材に「武士道とは死ぬことと見つけたり」と書いた「葉隠れ入門」は壮絶な自らの死に様を予言しているようでもあった。ともかく三島が相次いで発表した作品は人々から「三島文学」と呼ばれた。もしあの事件がなかったら私達は、もっともっと新たな三島文学に接することが出来ただろうに・・。あの日の事を昨日のように思い浮かべながら、そんなことを思った。




 人には年月の経過とは関係なく、なぜか記憶に鮮明に残り、忘れられないことはあるものだ。事件の犯人(容疑者)の名前もその一つだ。オズワルド。山口ニ矢。オズワルドは47年前、第35代米大統領・ジョン・F・ケネディーを狙撃し、暗殺した男。一方、山口ニ矢はその3年前、当時、わが国の野党第一党だった日本社会党の委員長・浅沼稲次郎を刺殺した男である。何事にも忘れっぽい自分がウソのように記憶に新しいのだ。




 当時の日米を代表する政治家の暗殺。ケネディーは全米を遊説中のダラスで、浅沼は東京・日比谷公会堂で演説中だった。まるで映画のシーンのようにテレビに映し出された二つの暗殺事件。まだ学生だった私は言い知れない衝撃を受けたものだ。テキサス州のダラス空港から演説会場に向かうオープンカー。沿道の人たちの目の前で起きた狙撃。車の座席で崩れるケネディー。走る車の上で後部に逃げ惑う夫人。一方、浅沼は演説中の演壇に駆け上がって来た山口に腹部を刺され、丸渕の眼鏡を飛ばしながら崩れるように倒れた。






 いずれもSPが二重、三重もの警備体制を敷いていたはずなのに・・。法治国家でなぜこのような暴挙が・・。このショッキングな出来事は、ある年齢以上の方ならみんな覚えているはず。私は事件もさることながら、なぜかこの二つの事件の犯人の名前も忘れることが出来ないのである。二人とも事件後、謎めいた死を遂げる。人間の記憶とは不思議なもの68歳になるさもない人間の記憶に今も残っているのだ。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!
スポンサーサイト

裸になった柿

庭から


 「お父さん、みんな採らないともったいないじゃないの」
 高い脚立の上に上って柿もぎをしている私を下から見上げていた女房が注意を促すように言った。



 「おまんは何にも知らんのだな。こうして木にいくつかの柿を残すのは、≪木守柿≫と言ってなあ・・・」



 
 柿の木の実をすべてを採らない理由(わけ)を説明してやったら「へえ~、そんなことあるんだ」と、この時ばかりは妙に従順な顔つきでうなずいた。よく考えてみれば、私のような田舎育ちの人間と違って、甲府の町に育った人間にそんな事が分かりっこない。脚立の上から独り言のように「木守柿」について話してやった。





 「木守柿」「きまもりがき」とも「こもりがき」「こまもりがき」「きもりがき」とも読む。木になった柿をみんな採ってしまわずに、いくつか残しておく実のことを言うのである。だんだん寒くなって食べ物がなくなる小鳥のために餌として残してやれ、と子供の頃、近所の年寄りから教わったものだ。このほか、来年の豊作祈願の意味合いもあるとも言う。この風習は野鳥など自然への人間の優しいいたわりの心であり、素朴な祈りなのだ。





 「桃栗3年、柿8年、梅はスイスイ18年・・・」と言うが、柿は梅などと共にすぐには実を付けない。我が家の柿の木はもう何十年も経つ古木で、今年もたくさんの実を付けた。毎年の事だが、東京や埼玉に住む弟達や親しい知人に送ってやる。沢山ならせすぎると、どうしても小ぶりになってしまう。





 今年もすでに何度か吹いた木枯らしで、柿の木はすっかり葉っぱを落とし、脚立の上には橙色に膨らんだ柿をぶら下げている。木枯らしと共にやって来る霜を受けると、甘味を増して、いっそう美味しくなる。形の大小は見栄えだけの問題で、味にはそれほど関係ないのである。この柿は「富有」という品種だ。


柿



 柿にはそのまま食べられる甘柿枯露柿などに加工しなければならない渋柿がある。それぞれ、さまざまな品種があるが、我が家の甘柿は、この富有柿と御所柿ぐらい。かつては次郎柿とか江戸一柿などの品種もあったが、今はない。一方、渋柿もさまざまな品種がある。甲州百目、蜂屋、富士、平角無、西条・・・・。このうち、我が家にあるのは最も人気の甲州百目。今、女房が近所の人に教わりながら枯露柿を作っている最中だ。





 甘柿と渋柿の関係をご存知だろうか。甘柿は渋柿の突然変異だと言われている。わが国特産の品種である。ただ、この渋柿も熟すとだんだん渋が抜けて甘くなる。特に形も大きい甲州百目の≪ずくし≫はうまい。一部は枯露柿にせずに保存しておいて冬中、この≪ずくし≫として食べる。酔い覚ましには絶品だ。




 女房ではないが若い頃、この柿で「へえ~」と思ったことがある。山梨県の八ヶ岳山麓に小淵沢という町がある。標高が7~800mはあるだろう。ここでは「富有」も「次郎」も甘柿はみんな渋柿。甘くならないのである。標高と柿の甘い、渋いの関係をご存知?





ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

大根足と大根役者

  大根5


 「この大根め・・」
 大根の収穫をしながら、なかなか抜けない大根にちょっぴり腹が立って独り言を言ったらそばにいた女房が何を勘違いしたのか




 「大根とは何よ。お父さんの足なんかゴボウじゃない。まったく・・・」



 なにやら女房は自分の足のことをいわれたと思ったらしい。いい歳をしてそそっかしいのは今に始まったことではないが、それにしても面白い。確かに大根はずん胴で、女房の足によく似ている。




 真面目に怒っているのがまた面白くなって「これなんか、おまんにそっくりだよなあ」といったら、また怒っていた。この会話が聞こえたのか隣の畑で仕事をしていた老夫婦はこちらを向いて、軽く頭を下げ、ニコニコ笑っていた。


秋の空


 いい天気だ。小春日和とはこんな日のことを言うのだろう。




 「今日は暖かいですねえ」と声をかけたら、その老夫婦は帽子を取りながらこちらにやって来た。



 「立派な大根を作りましたね。これじゃあ百姓顔負けですよ」



 「お宅じゃあ、大根作らなかったですよねえ。これ持って行って、沢庵に漬けてみて下さいよ


 

 このあたりは葡萄や桃、サクランボなどの果樹地帯だから本格的な農家は手のかかる野菜作りは、どちらかというと敬遠するのだ。大根をネコと呼ばれる一輪車に載せて女房に隣の家まで運ばせた。大喜びしてくれる老夫婦がまたうれしい。大根足と勘違いしてさっきまで怒っていた女房も愛想よくニコニコしていた。




 さてその大根だが、殺菌作用も持ち合わせていて、決してアタル心配のない野菜だそうだ。刺身のつまや、そのパックの下に大根の千切り?が敷いてあるのもそんな理由からだ。それが転じて生まれた言葉が「大根役者」。当たらない、つまり、いつになっても人気が出ない役者のことを言うのである。女房が言う「大根足」は、その形容から誰とはなしに言うようになったのだろう。

大根2


 大根作りには土地が深い火山灰土の地域が適しているのだそうだ。山梨県では八ヶ岳と向かい合う茅が岳山麓の北杜市明野町の「浅尾大根」が有名。真っ直ぐであることはともかく、皮が薄く、沢庵漬けにはうってつけ。味もいい。茅が岳はあの登山家であり、エッセイストでもあった深田久弥さんが亡くなった山としても知られている。




 大根は、「青首」という種類のように地上にも伸びるが、当然、地下に生長する野菜だ。だから土の浅いところは適さないのである。私の地域は粘土質で土地が浅いから大根が真っ直ぐ伸びずに曲がったり、二股になりやすい。抜くのに一苦労する。そればかりか、力を入れると途中からポキンと折れてしまうのである。でも商品として出荷するわけではないからかまわない。今年も大根足ならぬ、しなびた女房の足のような沢庵が食べられる。






ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

ふたつの給食

給食_convert_20101122220323


 たまたまだが、立て続けに小学校で子ども達と給食を食べる機会があった。一つは小学校での≪出前授業シリーズ≫の最終日に図らずも頂いた給食。もう一回は地域の代表たちの「子ども達と給食を食べる会」。最初の給食は担任教諭と子ども達が≪出前授業≫に対してお礼とお別れ会の意味を込めて計画してくれたもの。一方、「・・・食べる会」は、地域の人たちに給食の実態を知ってもらうのも狙い。共通しているのは子ども達と大人のコミュニケーションの場であることだ。≪出前授業≫とはボランティアによる授業のお手伝い。




 古くからこんな言葉がある。「同じ釜の飯を食う」とか「寝食を共にする」という言葉だ。いずれも人と人とが理解をし合える最も分かり易い場であり、近道を意味する。そこにあるのは苦楽を共にする共同生活。「食」には語らいがあり「寝」には安らぎがある。学校の給食には子供たちの体の形成や体力づくりの意味合いもある。




 山梨市の小学校の場合、午前8時45分からの1校時。2校時、3校時と過ぎて4校時が終わる12時20分になると、子供達にとって待ちに待った給食の時間だ。当番さんは割烹着に着替え、みんなの食事の準備。みんな大きなマスクをし、頭にはビニールキャップを。ご飯や味噌汁を盛り付ける仕草も可愛らしい。当番さん以外の子ども達も食卓に早や代わりする机を並び替えたりして、みんなで当番さんに協力している。給食は子ども達の共同作業なのだ。


給食2_convert_20101122220438



 その風景は普段の時も大人たちの代表を招いて開いた「・・・食べる会」も同じなのだろう。「・・・食べる会」にぶつかった日のメニューはご飯に味噌汁、鯖の味噌煮、漬物、それに牛乳。実にシンプルだ。正直言って育ち盛りの子ども達にとって「これでいいの?」とさえ思ったほどだ。事務局が私たち大人たちの代表から集めた≪給食費≫は200円。恐らく、その経費はそんなものだろう。200円を上回ってもたいしたことはないに違いない。




 「いただきまあ~す」。当番さんの合図でみんな一斉に箸を動かす。プラスチックのお膳の上には、なぜかスプーンやフォークも置いてある。食生活の違いへの計らいなのか。食べるのが早い子もいれば遅い子も。みんな和気あいあいだ。好き嫌いを言う子もいる。いずれにしても微笑ましい給食風景である。羨ましくもある。


サツマイモ3



 オジサンたちの時代は給食などなかった。戦後間もない頃だったから弁当箱の中身は白い米すらままならず、麦飯ならまだしもサツマイモモロコシのおやきを持ってくる子も珍しくなかった。そんな時代だから「食」の陰に、ある種の卑屈さがなかったといったらウソになるが、そこそこ明るかったし、第一、好き嫌いなど言っている暇はなかった。少なくとも食べるものを残すようなことはなかった。




 「食」と子ども達。その環境は大きく様変わりしている。好き嫌いならまだしも、朝飯を食べてこない子ども達が多いという。塾通いや夜食・・・。夜型人間が増えるなど一日のライフサイクルも変化している。でも食べ盛りの子ども達が好んで朝飯を食べてこないのだろうか。平気になった食べ残しも含めて親達、大人たちに責任はないのか・・・。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

にわか教え子

山田先生_convert_20101120224105


 「・・先生 ありがとうございました 牧ニ小 五年生」



 クレヨン書きしたカラフルな表紙に緑のリボンで綴られた11人の手紙。子供たちが心を込めて書いてくれた手紙の綴りだった。嬉しかった。胸が熱くなった。



 牧ニ小。山梨市の北のはずれ、奥秩父山麓に程近い丘陵地帯にある小さな小学校。大房系の葡萄・巨峰の里として知られ、一面に葡萄園が広がっている。収穫が済んだ葡萄棚は、葉っぱを黄色く枯らし始めている。



 この小学校の子供たちとのご縁は、山梨市教育委員会の「学校支援制度」。平たく言えば、文部科学省の指定を受けた教育委員会お墨付きの民間人による≪出前授業≫だ。もっと分かり易く言えば、普段着のボランティア先生である。


新聞1_convert_20101120224442


 毎週一回、子供たちと勉強させて頂いた。テーマは「子ども新聞づくり」。題材は9月初めに同校の5年生が奥秩父山系の一角にある乙女高原で行なった自然観察。基本に立ち返り文章の書き方から始めた。文章が出来たらパソコンへの入力。子ども達が撮った写真も取り込んでレイアウトした。最終的には模造紙に「牧2小子ども新聞」としてまとめた。



 授業は毎回、1時間半。3校時と4校時の総合学習の時間を使うのである。10月から11月にかけての5週、延べでは7時間半に及んだ。



 「読む人の立場にたって文章を書こう」

 「分かり易い文章にするため、センテンスを出来るだけ短くしよう」

 「書き手にだけしか分からない形容詞や意味のない接続詞は使わないようにしよう」


新聞4_convert_20101120224945


 子ども達はそんなことを頭に入れながら自然観察の模様を原稿用紙1枚から2枚に綴った。アザミなど秋の乙女高原に咲く山野草、そこに飛んでくるマルハナバチなどの昆虫。高原のシラカバや大きなブナの木も観察した。子ども達の目に写った自然が生き生きと綴られていく。それぞれが自分の文章に見出しも付けた。文章の段落の仕方も勉強した。




 授業の始めと終わりにはみんなで元気いっぱい挨拶を交わす。終わりには、やはりその日の当番が音頭を取ってお礼の言葉も言ってくれるのだ。実に可愛い。毎回、前回の復習をしながら前に進んでいく。11人の22の瞳が輝いている。子ども達は勉強したことをどんどん吸収していくのだ。

新聞2_convert_20101120224620


 パソコンへの入力段階になるとみんな和気あいあい。見出しを大きくしたり、色付けもする。デジカメで撮ってきた写真の取り込み方や大きさも工夫した。




 子ども達が手紙をくれたのは最後の授業が終わった後、給食を一緒にご馳走になった時だった。11人の子ども達がA4大の黄色い便箋に感謝の気持ちを可愛らしく綴っていた。                                

 「これからも分かり易い文章を書くよう、もっともっと勉強します」
 「分からない字は辞書を引いて調べます」
 「僕は新聞作りに興味を持ちました」・・。


 教材用の便箋だろう。クレヨン書きの挿絵が入った手紙も。何事にも純真に向かってくる子ども達の陰には担任教諭の日頃からの優れた指導力があったことは言うまでもない。



新聞3_convert_20101120224751



ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

夫婦喧嘩

 パンダの蘭蘭ではないが、うちの女房にはヒゲではなく、「トントン」「ブータン」という愛称がある。どうして「トントン」「ブータン」なのかを文字で書くと角が立つのでやめることにするが、その女房を呼ぶ時、この「トントン」などのほか「お母さん」と呼んだりする。

子豚

 これに対する返事で、女房の心中の雲行きが分かるから面白い。不機嫌なときはこうだ。



 「わたしゃあ、あなたのお母さんじゃないわよ」




 もっと雲行きが悪くなると「あなた」が「あんた」に変わるのである。おっしゃる通りで、俺のお母さんではない。お袋が元気な頃、私が女房を「お母さん」と呼ぶものだから、調子が狂ったのか目をパチクリしたものだ。「あんた、とはなんだ」と、ちょっと声を強めたら、言い過ぎと思ったのか口をつぐんだ。




 私の場合、大抵の事なら、怒らない。ただ、言い訳だけは嫌いだ。ちょっとした女房の言い訳がきっかけで口論、これがエスカレートして、いわゆる夫婦喧嘩になるのである。例えばこうだ。



 「こんな天気の日に、何も洗濯なんかしなくてもいいじゃないか」



 「しょうがないじゃない。雨ばかり降っているんだもの」



 「少しは後先、考えてやれよ」



 「考えてるわよ」




 「言い訳するな。少しは考えてやれ、と言っているんだ。バカめ」



 「バカとは何よ」




 「バカだからバカと言っているんだ」


洗濯物


 我が家の夫婦喧嘩はざっとこんな具合で、この場合、私が洗濯など、天気のいい時にやればいいのに、と、注意したのがきっかけ。たわいもない事から、ちょっとした口論となり、それがエスカレートするのである。「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」とはよく言ったものだ。





 その後を見ていれば分かるが、女房はかなりカッカとしている。しかし私の方は少しもカッカしていないのである。私の何気ない注意を≪売られた喧嘩≫と勘違い?したまでのこと。「考えてやれよ」と言われたときに「そうだよねえ」と言えば、そこで口論にも喧嘩にもならなかったはずである。





 私は結婚式の挨拶で時々こんなことを言うことがある。「夫婦だからこそ喧嘩する。どんどんすればいい。ただ喧嘩は売るもので、買うものではない。買わなければ本当の喧嘩には絶対にならない」と。八つ当たりして猫を蹴飛ばす、なんて話もあるものねえ。




 話のきっかけが何であったかは忘れたが、長野に行った時、道の駅の温泉で出会った大工の棟梁と名乗る親爺さんがうまいことを言ったのを思い出した。



 「女はとかく、目先だけでものを考え、後先考えずに直感でものを言う。だから怖いんだよなあー。そこへ行くと、男はそんなバカなことはしねえ」





ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!






ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

山砂と雑木の山林

砂1

 ピンポーン。朝早く、勝手口のチャイムが鳴った。パジャマ姿のままドアを開けると、近所の親しい人がニコニコしながら立っていた。



 「まだ寝ていた? 朝早くて悪かったかなあ。、持って来てあげたんだけど、どこに下ろそうか」



 頭越しに、裏庭を見ると、砂をいっぱい積んだ軽トラックが止まっていた



 「すみません。いつも手数をかけますねえ。ありがとうございます」


砂と父2


 その人は、私が場所を指示するまでもなく、家って知ったる、とばかり母屋とお蔵の間を抜け、表庭に一番近い所にトラックを停めて、砂を降ろし始めた。軽トラックだからざっと1トンスコップで手際よく下ろした



 「お茶、飲んでけし。お金も払わんと、いけんし」



 「今日は、そうもしていられんさ。またご馳走になります。お金なんかいいよ」



 そう言い残して、慌しく帰っていった。




 サクランボや葡萄を結構手広く作っている果樹農家だが、暇がある時には遊びにやって来る。時にはお茶を飲みながら夕方まで話し込むことも珍しくない。そんな時、庭を眺めながら「岩手山からいい砂が出る。これを入れると草取りも楽だし、植木にもいい」と言っては、時期を見計らって砂利砂を運んでくれるのである。その量はもう10トン近い。


砂と父1


 岩手山は秩父山塊から南に下がった山梨市にある山で、我が家にとっては裏山みたいな所だ。もう何年も前から業者が砂利の採取をしている。コンクリート工事用だろうが、果樹農家の中には、この砂を買ってきて畑に入れる人もいる。この付近の土壌はどちらかというと粘土質だから山砂とブレンドするといいのだそうだ。





 実は、業者が砂を採取している山の目と鼻の先には我が家の山もある。ひと山といっていいほど大きいものだが、雑木の山林で、1銭にもならない。かつては薪山として売れた。石の採取でお金になったこともあった。しかし、薪はどんな田舎でも無縁になって久しい。一方、採石は昭和50年代に中央自動車道の建設工事に使われたり、一時期は墓石としても採取された。





 一帯は御影石だから墓石にはもってこい。ところが掘って行くうちに、この御影石に斑が入るようになったとかで、ソッポを向かれた。もちろん中央自動車道用の採石も、その完成とともに終わり。今や、山は誰からも相手にされない無用の長物?となった。





 人間、いくばくともお金にならないと、山だって見向きもしない。だから、我が家の山に限らず、山という山は荒れ放題である。かつては、宝の山と言われた杉、ヒノキの山でさえ、買い手がなく荒れるに任せている。高くつく人件費との絡みで、わが国の建築用木材はほとんど外材に頼っているのである。




 私も含めて地元の人たちは業者が掘り出す山砂を工夫しながら、それぞれの使い方をしているのだが、業者は環境面からも後始末が大変のはずだ。







ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

お年寄り達の歓声とゲートボール

 ふれあい広場にお年寄りの歓声が戻ってきた。


 「1番ゲート通過」「3番にタッチ」


 ゲートボールを楽しむお年寄り達だ。広場の脇にはミニバイクや軽自動車が止まっていた。年の頃は70代から80代の女性ばかり7~8人。あれっ、あんなおばあちゃん達、この地域にいたっけ?見慣れない人たちばかりだった。多分、別の地区の人たちだろう。

ゲートボール


 この地域は、どこの地方にも珍しくない少子化と高齢化が進む一方。ここでは少子化はさて置くとして、70代、80代のお年寄りはいっぱいだ。これに60代も加えれば部落人口の大半は、いわゆる高齢者である。一方で、少子化のツケが、まるでボデイブローのように響いて農業後継者不足が深刻になりつつあるのも無理はない。





 我が家の植え込みと小さな畑をはさんですぐ近くにある、このふれあい広場には特別の思い入れがある。こうしてパソコンを叩いていても歓声が聞こえるほどのの距離にあるということもさる事ながら、広場を地域にお貸しした当事者であるからだ。かつて梅畑だった10アール弱の広場だが、そこから挙がってくる歓声は、なぜか我が事のように嬉しくなるのである。より多くの人たちのふれあいの場になって欲しい、そんな思いだ。




 普段、年に一度の防災訓練やわずかな子ども達のブランコ遊び、夏場に夕涼みがてら花火を楽しむ近所の家族ずれなど、限られたような利用頻度だった。お袋が元気だった6~7年前は天気さえよければ毎日のようにお年寄り達がゲートボールを楽しんでいた。しかし、いつの間にか広場からお年寄り達の歓声が消えて久しかった

ゲートボール2


 お年寄りはいっぱいいるはずなのに、とお思いの方もお出でだろうが、ゲートボールのようなチームゲーム、特にお年寄りの遊びは誰か音頭とりをする人がいないと駄目のようだ。ゲームとか、お年寄りに限らず、音頭とりのある、無しはすべての事のまとまりの良し悪しに繋がるのだろうが、とにかく広場からお年寄りの姿が消えていた。





 私には、若い頃だが、ゲートボールに不思議なご縁があった。まだ40代の前半だった。当時、勤務していた新聞社の会長が山梨県ゲートボール協会の会長に就任したのがきっかけ。その橋渡しをしたことや、当時の会社でのポジションもあって、協会の筆頭理事に着かされてしまったのだ。会長が本業で忙しい時には、陰に陽にその代役をやれ、ということらしかった。





 県の体育協会の中でも、競技人口では最も大きい方の団体だから、もちろん、そのための副会長もいれば、理事長もいる。ただ、協会側にしても会長にしても、その間をつなぐパイプ役が欲しかったのだろう。生い立ちが生い立ちだから、へんてこりんな理事であった。協会幹部なのでゲートボールの競技そのものを熟知し、審判員の上級資格を持っていて当然。私には何もなかった。しかし、面白い仕事だった。新聞社が主催する大会にも多く携わった。おかげで山梨県内の主だったゲートボール愛好者とも知り合った。広場で歓声を上げる人たちの中にも顔見知りがいるのではと思ったのだか・・・。時代が変わっていた。





ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

テレビのハチ追い

 懐かしい。子どもの頃を思い出した。友から鹿児島旅行の土産として頂いた美味しい焼酎を飲みながらテレビを見ていたら、蜂追いの名人が画面で大活躍していた。秋の花の蜜を吸う蜂の胴体に薄紙の目印を付ける名人。飛び立つ蜂を双眼鏡で追い、無線電話でリレーする仲間達。蜂の巣を見つけた名人達のグループは、薬剤をジェット噴射、蜂が催眠している間に土の中から巣を掘り出すのである。


ハチ3  


 「今もやっているんだ」。その手法は私達と、と言うより、ここでは俺達と言った方がいいが、同じだ。ただ、違うのは双眼鏡もなければ、まして携帯無線も、ケイタイもなかった。最後の詰めともいえる、一斉に交戦して来る蜂の大群を抑止するスプレーだって同じだ。さらに、目印の薄い紙っ片を蜂の胴体に付ける知恵までは廻らず、餌に付けてそれを運ばせたのである。




 この目印は蜂追いの最大のポイントである。肝心の蜂を見失ったら、目的の巣に辿り着けないからだ。そこは今も昔も同じ。違うのは、携帯無線も携帯電話もなかったから蜂を追うのは独り。何人かの仲間をあちこちに配置しておくチームワークプレーの知恵が廻らなかったのである。これだけは携帯無線などの化学兵器が無かった時代でも出来たはず。後の祭りだ。空を飛ぶ蜂だけを見て走る。今だったらこんな危ない事は絶対出来ない。


ハチ★小  ハチ★極小   ハチ★極小   ハチ★極小   ハチ★極小


 最後の詰めがまた違う。蜂の巣を取り出すということは、とりもなおさず、蜂の城をのっとるという事にほかならない。そこには最もえらい女王蜂を守る二重三重の警備兵や外敵を迎え撃つ特攻兵もいるのだ。昔は蜂よけの防護服やマスクなんかなかったから、この場面は緊張の瞬間だった。





 警備兵や特攻部隊に気づかれないうちに催眠剤を穴の中に差し込むのである。その催眠剤も、化学薬品のスプレーなんかではなく、歯ブラシや学校で使う筆箱や下敷きであった。勉強で使う筆箱や下敷きを燃やしてしまうのだから、その学業成績は何をかいわんや、言わずと知れたことである。


ハチ★大


 テレビを見ていて、おやっと思ったのは蜂の呼び名だ。蜂の種類であるヘボ(ジバチ)とスズメバチが一緒である。画面に映っているのは明らかにスズメバチ。スズメバチは黒い横縞があって、肌は黄色く、ヘボより二まわりも三まわりも大きい。ヘボは形が小さいばかりか、肌は黒く、白の横縞があるのだ。





 ディレクターのご苦労がよく分かる。蜂追いの名人から細部にわたって取材をし、さまざまの角度から番組作りの検討を重ねたはずだ。しかし、わんぱく小僧を体験した人間との差は、歴然と現れるものだ。都会で生まれ、都会で育った人間がいかに、しっかり勉強し、取材したとしても、時として十分に理解しきっていないことはあって当たり前。






 体験に勝るものな、と言う。その裏返しで、私達が少しばかりの知識で勝手なことを言っているとしたらゾッとする。人間、良いも悪いも多くの体験をするに越したことはない。ただ、人様に迷惑をかけないことだけは鉄則だ。





ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

我が家のひょうたん

 秋の日はつるべ落とし、とはよく言ったものだ。つい2カ月、3ヵ月前だったら7時を過ぎても明るかったのに、11月の声を聞いたら、まだ5時というのに暗くなる。天気が悪ければなおのことで、冷え込みさえ感ずるようになった。庭の植え込みの先にある野菜畑では、棚に伸びたキューリやゴーヤが実を付けることすら忘れ、葉っぱもだらしなく黄色くなった。その隣では、10個ほどの瓢箪がツルを黄色く枯らして、これまただらしなくぶら下がっている。


瓢箪5



 この瓢箪、実は≪プル友≫つまり、スポーツジムのプールでご一緒するお年寄りがご縁で作ったものだ。この方は80歳を超えているが、毎日プールで歩いたり、泳いだりすることを欠かさない元気者。何をやっても器用な人で、趣味の瓢箪作りはプロ顔負けの腕前だ。瓢箪に絵や字を施し、化粧紐を巻いて置物にするくらいは朝飯前。加工して、フクロウのループタイを作ったり、ツルや亀の置物まで、それは見事に作ってしまう。




 お人柄も温厚な方だから、山梨県瓢箪愛好会の代表も長く務めている。毎年、甲府で愛好者の発表展示会を先頭に立って開くのはもちろん、知り合いに、その技術を教えたりしている。甲府市飯田町の自宅の物置を加工して作ったという≪工房≫にはこの人の傑作がいっぱい。「上手なもんだね」と言ったら「ちょっとやれば、誰にでも出来ますよ」と。テレ笑いしていたが、どうしてどうして。


瓢箪2


 畑の野菜棚にぶら下がっている我が家の瓢箪は、この方から頂いた種を蒔いたものだ。種類はごく普通のもので、抱えるほど大きかったり、奇抜に変形したものではない。3年ほど前、我が家をリホームした時、記念に、と頂いた瓢箪は1m以上もある大きなもので、「気は長~く、心は丸く、腹を立てず、(他)人を大きく、己は小さく」と、教訓めいた文字が入っている。「心」は丸く書かれ、「腹」は縦ではなく、横になっている。トンチも効いたものだ。



 瓢箪1


 瓢箪は古くから縁起物として人々から親しまれている。古来、風水にも用いられ、その形が末広がりであることから、気をためる道具に使われ、財運をもたらすとされた。豊臣秀吉の千成瓢箪は、あまりにもポピュラーだ。美濃の稲葉山城攻略で功を成した秀吉が信長から許された馬印がそれである。以来、秀吉は戦に勝つ度に一つずつ瓢箪を増やしていったという。






 神話にも登場する。中国では古来、中が空洞になっている瓢箪は、その内部に精霊が宿るとか、別世界があるとされ、神話や伝説に登場する。例えば、孫悟空が瓢箪に吸い込まれる話は有名だ。瓢箪が「宇宙」という器の象徴とされたという説もある。


瓢箪3



 乾燥すると容器として使える。横に割ればお椀に、縦に割れば皿やひしゃくの代わりになる。瓢箪に入れたお酒は風味を増すのだそうだ。若い頃、毎晩のように入り浸った居酒屋の一つに「ひさご」という店があって、そこの主は店の屋号について「ひさご」は「ひしゃく」が転化したものだと、お酒と瓢箪の関係を説明してくれたことがある。





 瓢箪作りの名人によれば、我が家の瓢箪も収穫の時期。しばらく水に浸けて種を出すのが肝心だ。「ひょうたんから駒」が出たらいいのになあー。






ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

我が家の柿と柿落とし

 秋に色づく「柿」柿落とし(こけらおとし)の「柿」とは今の今まで同じだと思っていた。いい歳をして、とお笑いになる方もお出でだろうが、これホント。どうして「こけら」を「柿」と書くのかは不思議に思ったことはある。が、そのまま通り過ぎていた。字面で見れば全く分からないが、字そのものが違うのだそうだ。

柿1


 つまり、食べる「柿」は「木扁」に「亠」の下に「巾」を書く。ところが「柿落とし」の「柿」は「木扁」に「一」を書き、その下に「ワ」を書いて上から「1」を書くのである。言葉で言うと分かりにくいが、食べる「柿」の画数は九、「こけら」の「柿」は八画である。因みに、柿落としは、新しく建てられた劇場ではじめて行われる催しの事だ。「柿(こけら)」とは木片のことで、建設工事の最後に木片を払うことが語源だという。




 「柿落とし」はさておき、我が家の柿も色づき始めた。一口に言って、柿は1,000種類を超す品種があるそうだが、我が家にあるのは富有、御所、甲州百目など数種類にすぎない。かつては次郎、蜂屋といった柿もあったが今はない。富有、御所、次郎は甘柿、甲州百目、蜂屋は渋柿だ。11月も半ばを過ぎて霜でも降りる頃にならないと美味しくならない御所柿と比べ、実りが早い富有柿はあと数日もすれば食べられるだろう。


柿


 「柿が赤くなると医者が青くなる」という、ことわざがある。私の従兄弟にも医者がいるが、柿はビタミンCを多く含むなど栄養価も高い。その上、殺菌作用やタンパク質凝固作用があるため、下痢止め、便秘の解消などの整腸作用、さらには血止めしもやけ、やけど、発熱、風邪の薬にも用いられたという。因みに、ビタミンCの含有量はレモンに次いで2番手グループだという。




 私は柿のずくしが好きで、甲州百目を収穫後、とっておいて、冬場に食べるのである。冷蔵庫で冷やしてコタツの中で食べると実に旨い。そればかりか二日酔いにめっぽう効くのだ。柿には利尿作用がある成分が含まれているので、アルコール分の排出にいいのだそうだ。でも飲みすぎればやっぱり駄目だ。また、柿にはカリウムが多く含まれていて、血液中のナトリウムを排出させ、血圧を下げる作用もあるという。低血圧の人は注意が必要かも。


柿3



 アルコールといえば、我が家でもやるのだが、柿の渋を抜く一つの方法焼酎をへたの部分に塗ってビニール袋に入れ、4~5日置く、と渋が抜けるのである。これから町の果物屋さんに並ぶ渋抜きの柿は、こんな方法だとまどろっこしいので、炭酸ガスを使っての渋抜きをしているはず。倉庫のような大きな部屋で、コンテナのようなものに入れた柿に炭酸ガスをかけて渋抜きする方法だ。





 毎年、柿が実ると東京や埼玉に住む弟達に送ってやる。子どもの頃食べた味と同じ。大喜びしてくれる。それが嬉しい。そのためには、冬場に剪定もし、何回かの消毒も欠かせない。消毒を欠かしたら柿は絶対駄目。実を付けたとしても必ず落ちてしまうのである。もう一つ、柿の木には登ってはいけない。柿の木は裂け易い。くれぐれもご用心あれ。





ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

ハロウィンカボチャと野菜作り

 「お母さん、来年はハロウィンカボチャを作るか」

 「そうねえ。あれ、あっちこっちで見るよねえ。色といい、大きさといい、面白い置物になるよねえ」



 こんな女房との会話は夕食時のテレビのニュースがきっかけ。農業関係のコースを持つ山梨県内の三つの高校が開いたハロウィンカボチャコンクールの話題だった。テレビ画面に映し出された黄色いカボチャは、人間が抱えるほど大きい見事なものであった。


ハロウィン3


 ハロウィンは諸聖人の祝日の前夜、つまり、10月31日にアメリカで行われる祭りで、その起源はスコットランド・アイルランド地方だという。そこに登場するお化けカボチャはユーモラスで、楽しい。日本でも、女房が言うように、観賞用としてあっちこっちで見かけるようになった。

ハロウィン2             ハロウィン1


 ハロウィンカボチャはさておき、かつては盛んに作られた「土手カボチャ」に、とんとお目にかからなくなった。「土手カボチャのような顔」などと形容する言葉があるくらいだから昔はポピュラーな品種だったのだろう。もちろん、正式な品種名ではない。子どもの頃はよく食べたもので、カボチャといえばこれだった。





 全体は平たいのだが、縦ジワに、縦横にボクボクしていて、いかにも絵になるカボチャだった。カボチャの挿絵といえばほとんどがこれ。最近のカボチャは、いわゆる西洋カボチャだ。さまざまな改良品種が出回っている。スーパーや八百屋さんに並んでいるのを見ると、黒っぽい青か、白っぽい黄色で、いずれも型は小型。土手カボチャのような大きいものにはお目にかからない。



 

 我が家でも昨年から、このカボチャを作っているが、確かにうまい。しかし、作り方が難しい。土手カボチャの場合、極端に言えば、食べた後の種を畑に捨てておくと翌年自然に芽を出し、大きなカボチャをゴロゴロならしたものだ。ところが、最近のカボチャときたら、そうはいかない。手を掛け、丹精しないと、駄目。


家のカボチャ



 種からだと失敗するので、ホームセンターなどで苗を買ってきて植えつけるのだが、どうもうまくいかないのである。実は付けたとしても、形もきわめて小さいから、張り合いどころか拍子抜けしてしまう。ツルだけは人並みに張るが思うような実を付けてくれない。あの逞しい土手カボチャが恨めしい。




 野菜という野菜、全てがどんどん改良されていき、味はびっくりするほどうまくなった。その分、作り方が難しくなった。野性味をなくしているようにも思う。例えば、モロコシがいい例だ。一昔前のモロコシは一本の木に何本もの実をならせたが、今の改良品種は一本に一つだけ。栽培農家は本来、いくつかならす実を一本に絞るのである。味は抜群だ。


カボチャ3



 もう一つの特徴は、多くの野菜の苗が接木であることだ。トマト、キュウリ、ナス、みんな接木で、値段も普通のものより高い。私の場合、キュウリやナスはそこそこに作るのだが、毎年、トマトが駄目。どなたかご教授を。





ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

お月様とお天道様

月3


 今年の秋は冷える。寒いと言った方がいい。猛暑、猛暑でうんざりした夏が過ぎてホッとしたのもつかの間、今度は一転、冷え込みだ。だんだん大きくなる大根の間引きと草取りが気がかりだが、なんとなく畑に出るのが億劫になり始めた。大根は種を蒔くとき3~4粒ずつ蒔くので、間引きしてやらないと勢力が弱まるばかりでなく、曲がったりして、真っ直ぐ伸びないのである。我が家の場合、今年は遅蒔きの大根だ。




 私達人間は太陽、つまり、お天道様光と熱をもらい、月、つまり、お月様時間をもらって生きている。宇宙というとてつもない空間に生かされている人間は、太陽と月には特別の敬意と畏敬の念を持って、それぞれに「お」を付け「様」をつけて呼んでいる。「お星様」も同じだが、意味合いが全く違う。




 ご存知、漢字の「月」は三日月の形状から変化したものだ。その月は時間や期間の単位でもある。中秋の名月、いわゆる、十五夜からもう一ヵ月半が経つ。満月から新月に変わった。日ごとに、その姿を変えるお月様の姿がやけに寒々しくなった。「女心と秋の空」という言葉があるが、今年の秋の空はいつもの年と何か違う。短い秋のせいなのか・・・。

 月は肉眼で朔望を確認できる唯一の天体なのである。


月2


 「月」は時間の単位と同時に期間の単位だから、一ヵ月約30日を一定の日数で上手に等分している。いわゆる「当分法」だ。例えば、15日周期を「半月」、10日周期を「旬」、7日周期を「週」または「七曜」、6日周期を「六曜」という。「半月」は1ヵ月を2等分したもので、満月と新月との間が15日であることに因んでいるのだそうだ。





 「旬」は1ヵ月を3等分したもので「上旬」「中旬」「下旬」といった具合に用いている。また、「週」「七曜」は4回から5回で1ヵ月になるし、「六曜」は1ヵ月を5等分したものだ。12と30の最大公約数である。誰が考えたか知らないが、昔の人は頭が良かったし、上手に言葉を作ったものだ。

月



 お天道様とお月様。人々の受け止めようはさまざまだろうが、私はこう思う。お天道様が男なら、お月様は明らかに女だ。太陽は燃え滾る炎をイメージし、月は人を童謡や詩的なデリケートな世界に誘い込む不思議な力を持っている。地球に生きる動植物は光や熱、それに伴う水がなければ生きていけない。だから、お天道様は極めて分かり易い。




 しかし、お月様やお星様は、時として忘れてしまうことがある。都会の街路灯やネオンにかき消されたり、第一、仕事仕事で追われていると見上げる夜空がなくなる。サラリーマン生活のほとんどを一時期の東京と甲府で過ごした私は少なくともそうだった。





 田舎の実家に戻って、月の満ち欠けや星のきらめき、美しさを改めて見た。時として、そっと外に出る。娘や女房が「タバコはやめたら」と、うるさいからで、タバコの煙の向こうに見える月や星、そして夏なら真っ黒い山の稜線の上に浮かぶ富士山の山小屋の灯火を眺める。夜空がこんなに綺麗だったとは、と再発見にも似た思いに駆られることもしばしばである。あの暑かった8月はじめだと、8合目か9合目あたりまで登山客のライトの光が一本の帯を作ったのだが、今は登山客が姿を消し、わずかに残った山小屋の灯火が月の光にかすんでいる。





ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

ミスマッチ

アサガオ


  晩秋の台風ミスマッチなら、冬と紙一重の晩秋に咲くアサガオはもっとミスマッチだ。季節外れの台風が去って青空が戻った我が家の庭先で、アサガオが今を盛りと咲いている。さすがに百日紅(さるすべり)は、花の穂のようになった枝先から小さな花の一つ一つをすっかり落とした。やはり植え込みの所々にある何種類かのカエデも色付き始めた。その向こうにある柿畑では、黄色く富有柿が実り、晩生の御所柿も初霜を迎える頃には食べ頃を迎えるだろう。周囲の山々は日に日に紅葉を鮮やかにしている。




 アサガオと言えば、誰しもあの暑かった夏を思い出し、うちわ片手に浴衣姿で歩く縁日をも連想するだろう。今も江戸の情緒を漂わす東京・入谷鬼子母神の朝顔市(7月)も、とっくに終わった。ただ俳句の世界で言えば、そのアサガオは秋の季語だ。幾つもの大輪を窓越しに見ながらパソコンを叩く足元は冷たい。部屋にも暖房が欲しくなった。


朝顔



 このアサガオは近所の人に頂いた7本。苗は確か5月頃植えた。9月になって咲き始め、今も母屋の前で簾(すだれ)を形成している。高さは4m近い。1mぐらいの間隔で植えたので、幅はざっと7m。ピンクというか、紫の花をあちこちに付けた。まさに緑のカーテンである。はっきりした種類は分からないが、日本のアサガオとは異なる西洋アサガオ。我が家に持って来てくれた近所の人も詳しい学名は知らないという。




 ホームセンターで買ってきたビニール製のネットを伝わって上へ上へと伸びたアサガオは、憎らしいほど逞しい。芯のツルは直径1㎝近くにもなり、幹のよう。そのツル幹からまるで枝のように、またツルを縦横に伸ばしている。花はなぜか半分より上の方に付ける。下のほうには1輪もつけないのだ。「もっと全体にバランスよく付けてくれよ」。そう言いたくなる。




 このアサガオの簾は、いつも来訪者の話題になった。あの猛暑の頃は



 「まさに緑のカーテンだね。日除けと花の鑑賞。一石二鳥ですね・・・」



 「こんなにでっかい花のアサガオ、初めて見たよ」


朝顔2

 最近では


 「まだアサガオが咲いているんですね。こいつは珍しい」


 玄関からお客さんを迎え入れる前、ひとしきりこのアサガオの話になる。帰るときも同じだ。でも空気に冷気を感じ、日増しに日差しが弱くなると緑のカーテンも鬱陶しくなる。



 「覚えていて、来年は種を分けてくださいよ」


 そんな友人や知人も。でも、このアサガオ、種を付けないのである。なんとか自分で増やしてみよう、と昨年も注意して観察したが、やっぱりダメ。種らしい種を付けないのだ。では、どうして繁殖するのか。私に苗を届けてくれる近所の人も「入手元の苗屋さんに聞いても教えてくれないんです」と、不可解そうに言う。いくら逞しいと言ってもやがて来る霜には勝てない。霜が降る前、つまり花が終わるのを待って今年は、ツルの一部を切り取って、日当たりのいい地中に埋めて越冬させてみようと思っている。繁殖へのトライアルだ。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!
ランキング参加中です!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】
おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

最新記事
カテゴリ
最新コメント
FC2カウンター
ブログ成分解析
ブログランキングならblogram
検索フォーム
月別アーカイブ
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

全国からアクセスありがとう!

ジオターゲティング
最新トラックバック
アルバム
リンク
忍者ツール
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
FC2ブログジャンキー

「アクセス数が全然伸びない…」そんな悩みをブログジャンキーが解決します!