お正月としめ縄

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 どうしてこんなに時が経つのが早いのだろう。うるう年を除いて今も昔も一年は365日なのに子どもの頃や若い時分のそれとは感じ方が際立って違う。アッという間に一年が過ぎる。やたらと短く感ずるのだ。加齢の勢だろうか。西暦では2010年から2011年に、年号では平成22年から23年に、また干支では寅から兎へとリレーする。





 松飾りなど正月飾りの飾りつけは大晦日にはしない。「一夜飾り」といって忌み嫌うのだ。「苦」(9)が伴う29日も同じ。我が家では毎年、30日にやっている。神棚にしめ縄とおしんまいを飾り、座敷の床の間には鏡餅のお供えを。薬師如来やお天神様など屋敷神さんにもお供え餅を飾る。おしんまいはいくつかの蔵や物置の入り口にも。




 「苦餅」と言って29日には餅つきはしないが、毎年暮れになると昔は、この辺りでは自前で餅をついた。お供え用の鏡餅はむろん、お正月用のお雑煮やお汁粉、焼餅用の切り餅である。どこの家にもがあって、餅つきは大掃除などと並んで歳末の恒例行事でもあった。あっちこっちのお宅からも餅つきの音が聞こえて来た。


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 餅つきは歳末の風物詩でもあった。ところがいつの間にか、この風物詩は街のスーパーにかき消された。切り餅ばかりでなくお供え用の鏡餅も気軽に、しかも安価で手に入る。鏡餅は素人が作るものとは違っていかにもスマート。飾りつけも上手に出来ていて、大きさもお好み次第。しかもプラスチックでカバーされているので屋外の屋敷神さんなどに供えるにはうってつけだ。いたずらものの犬や猫の餌食にもなりにくい。




 「立派なしめ縄、毎年、毎年、すみませんね」


 しめ縄は近所の親しい友達が手作りしたものを届けてくれる。何気なく戴いていたこのしめ縄。縄のない方が普通の縄と違うことを初めて知った。しめ縄特有の太さとか形のことではない。縄のない方そのものが違うのである。つまり普通の縄は右ないに対して、こちらは左ないにするのだそうだ。お恥ずかしい話だが、この歳になって初めて知った。


神棚



 この友達は小学校時代の同級生。何をやっても器用な人で、しめ縄作りも若い頃、当時のお年寄りから教わったという。しめ縄が自前なら、その藁も自前。葡萄やサクランボを作る一方で2反歩近い水田も作っている。ずっと米麦、養蚕の農業形態を続けて来たこの一帯は昭和30年代半ばから40年代にかけて葡萄、桃を中心とした果樹地帯に一変した。




 「俺たちが食べる米と親戚にあげる米くらい自分で作る」




 果樹地帯のど真ん中で頑固というか、かたくなに水田を作り続けて来た。夏には水を張った田圃から蛙の鳴き声が聞こえ、秋の収穫が済むと今は懐かしい藁積みの≪にお≫も出来る。しめ縄はこの藁を使うのである。


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 これも歳末の風物詩だが、27日から大晦日にかけて街角には正月飾りの露店が並ぶ。この人が作るしめ縄は、そこに並ぶ商売人が作ったものと比べても少しも見劣りしない。同じ同級生でも私のような不器用な人間とは訳が違う。感謝しながら一年間、その神棚に手を合わせる。




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傑作の枯露柿

干し柿


 お待たせしました。枯露柿が出来上がりました。と言っても皆さんのお口にお届けできないのが残念。もちろん、我が家の枯露柿は女房と二人、見よう見真似、近所の人に手ほどきを受けながらの≪作品≫だから商品となる贈答品とはおよそ違うことは残念ながら言うまでもない。





 それでも、今年は400個を超す枯露柿を作った。物置の軒先に特設の干し棚を設け、我が家の畑で採れた甲州百目を吊るして天日干して来た。400個と言っても我が家の畑の分は300個弱。残りの100個はご近所から頂いたものだ。慣れない手つきで皮をむき、嬉しそうに枯露柿作りに取り組む女房の姿を見てか「せっかくだから、もっと作ったらいい」と、わざわざもって来てくれたものである。





 この地方の枯露柿作りは、サクランボや桃、葡萄などの果樹農家が、その農閑期を利用してのいわば副業だ。と言っても、隣接の松里地区を中心にこの地域は枯露柿の一大産地。恐らく、これから年末、年始にかけて皆さん方がお食べになる枯露柿の多くはこの地方から出荷されたものと言っていい。山梨の片田舎やこのブログ記事を思い浮かべながらお食べ頂きたい。


干し柿


 今年は、手頃の冷え込みと空っ風も吹いて、まずまずの出来具合だという。枯露柿農家はぼつぼつ出荷作業に入っている。クリスマス、年末年始の贈答品市場がターゲットだ。パラフィンで一つ一つ包まれて小さな箱に詰められた枯露柿は一箱1万円前後で市場に出回る。高級贈答品と言っていい。ただ、年が明けての出荷だと市場価格は大幅に下がる。




 加工食品にありがちな添加物は何もない。強いて言えば生柿を皮むきして天日干する過程で殺菌と仕上がりの色をよくするための硫黄燻蒸だけ。砂糖も香料も一切添加していない。防腐剤だってしかりだ。まったくの無添加食品で、天然のお菓子と言っていい。私は農家が作るまさに芸術品だと思っている。天日干で最初から最後まで作るから太陽の光もいっぱい吸い込んでいる。こんな加工食品は枯露柿を置いて他にないだろう。





 枯露柿作りのコツはどうやら干し具合と揉み具合のようだ。特に、揉む過程で「芯切り」という作業がある。この芯切りをタイミングよく、しかも上手にしないと、あのスマートな枯露柿の形が生まれないのである。芯を切る、と言っても刃物ではなく、指先で外側からつまむようにして、時期を見ながら二回にわたって切っていくのだ。


干し柿


 味は別にして、プロが作る枯露柿と我が家のものでは歴然と違う。同じように天日干ししているのに色も形もまったく違うのだ。揉み方と、この芯切りの仕方がまぎれもない原因である。もう一つ、色が悪いのは、我が家のものは硫黄薫淨ではなく、湯通しているためだ。しかしこの方法の方が味はいいのだという。100度ぐらいの熱湯に10秒浸けるのである。




 「お父さん、何も、出荷してお金を頂くわけじゃないし、家で食べたり、親しい人に差し上げるんだからいいじゃない」



 そう。女房の言う通りだ。来年はもっと上手になるだろう。







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岩魚の骨酒と二日酔い

 夕べは飲みすぎた。二日酔いで頭がガンガンする。
「あなたはいつもそうなんだから。これからまだ忘年会、幾つも続くんでしょう。体も身のうちって知ってるでしょう。まったく懲りないんだから・・・」


日本酒


 その通りだ。歌の文句じゃないけれど、分かっちゃいるけど辞められないのである。お酒とはこれまた不思議。沢山飲めば、というより自分のじょうごを超せば二日酔いをすることくらいハナから知っている。しかし、それを何十年と繰り返しているのである。二日酔いの朝、それが重度であればあるほど素直に反省し「もうこんりんざい飲まないぞ」と思ったりする。





 ところが、街にネオンが輝く頃になると、身体も頭もそんな事をケロリと忘れてしまうのだ。あれほど不快感をもようした身体も快調、快調。元気いっぱい。それから先は言うまでもない。お酒を飲まない人や女房族は「なんて馬鹿な人達だろう」と、蔑みの目だ見るのだろうが、それが男、酒飲みの酒飲みたる由縁である。


お猪口


 「そんな事が分からねえのか」と、開き直っても見たいのだが、こればかりはその通り。反論の余地がないほど、みんなよく分かっている。「休肝日」という言葉だって知っている。週に何日かお酒を飲むのを休み、肝臓を労わるほうがいいに決まっている。まともな人なら「分かっているのならなぜ」と、言うのだろうが・・・。人間とはらちもない動物なのかも知れない。





 昨夜は中学時代の同級生達が集まる無尽会。無尽会といっても、あの頼母子講的なものではなく、気心の知れた仲間達がワイワイ、ガヤガヤ、たわいもなく話し、お酒を酌み交わすのである。みんなとっくに定年を過ぎて職場をリタイアしているから出席率は抜群で、月に一度の集まりには14人のメンバーがほとんど全員顔を揃える。






 決まった会場となる街の割烹の店では、この時期だから工夫した鍋物などを出してくれる。酒、ビール、焼酎、ウイスキーなどメンバーの酒肴もさまざま。この日は仲間の一人が岩魚の骨酒を用意して来てくれた。この男は根っからの釣り好きで、地域の漁業組合の幹部も務めている。





 この日のために冷凍保存しておいてくれた岩魚を熱燗の中に入れて飲むのである。岩魚は27~8cmもある立派なものだ。解凍したばかりの物を生のままお燗に入れるのだが、これがまったく生臭くないのである。べっ甲色になった骨酒は味と言い、香りと言い、絶品だ。


熱燗



 「どうして生臭くないの?」「こんなでっかいヤツ、どこで釣った?」






 当然のことながらあっちからもこっちからも質問が飛ぶ。そこでまた当然のように、その男の解説が始まるのだ。その解説を肴にまた飲む。本当に、えもいわれぬ程旨いのだから盃が進むに決まっている。そして二次会はお決まりのカラオケ。今度はビールや焼酎。行き着く先は午前様。そしていつもの二日酔いである。明日は別の忘年会だ。






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木枯らしと枯露柿作り

小春日和


 小春日和。この時期、いかにものどかな冬の一日を連想する。どこか哀愁を秘めた「木漏れ日」とはまた違った味わいのある言葉だ。そこに住む人々の年代や人それぞれの地域や環境によって受け止め方は微妙に違うかもしれない。





 今は住宅構造がガラリと変わり、縁側のある家は皆無といっていい。サッシ戸が雨戸に取って代わり、のんびりした縁側空間は合理的ともいえる住宅間取りに飲み込まれて姿を消したのである。年老いたおばあちゃんが小春日和の柔らかい冬の日差しを浴びながら、縁側でのんびりと孫の手袋やマフラーを編む。その脇で玉糸にじゃれて遊ぶ子猫。田舎育ちの私達が子供の頃は、当たり前に目にした光景だ。

おばあちゃん

 この小春日和。今、私達の地域ではみんなが恨めしがっている。以前にもちょっと紹介したことがあるが、山梨県甲府盆地の東部一帯は「松里」という地区を中心に枯露柿の一大産地。知る人ぞ知る全国的な産地なのである。その枯露柿作りには小春日和ではなく、冷たい木枯らしが必要。温かい小春日和は、むしろ大敵なのだ。


枯露柿



 巨峰やピオーネ、甲斐路、甲州・・・。果樹の最終ランナー・葡萄の収穫を終えて農作業を一段落させた農家は、つかの間の息抜きを挟んで11月の声とともに枯露柿作りに取り掛かるのである。農家は仕掛けを作った竹竿を使って柿をもぎ取り、一家総出で皮剥きに精出す。夜なべ仕事になる事だってある。皮剥きした柿は縄や紐で、簾状に吊るし、天日干しする。吊るす前に硫黄薫淨を欠かさない。仕上がりの色付けをよくするためだ。 100度ぐらいの熱湯に湯通しする人もいるが、仕上がりの色は硫黄の方が優るのだという。ただ味は湯通しの方がいいのだそうだ。


柿



 ある程度乾いたところで平干ししながら仕上げにかかる。この過程では「筋切り」というこれまた欠かせない工程があって、全体を揉みながら形を整え、柿の脊椎ともいえる筋を切るのである。これにはちょっとしたコツがいる。この筋切りは、揉む作業とともに枯露柿作りの技術的なポイントでもある。これらの工程を経て平干しした柿はやがて「粉」と呼ばれる白い粉状な物を噴出すのだ。そこまで来るとほぼ完成。






 枯露柿作りの最大のポイントは乾燥。硫黄薫淨を除けば全てが自然に委ねるのが枯露柿作りの特徴。私は自然が作る、まさに高級菓子ともいえる芸術食品は枯露柿をおいてないと思っている。それだけに自然の成り行きを拠り所にしなければならない。


枯露柿



 最も肝心なのは天日による乾燥工程だ。暖冬だと乾燥が遅れ、カビが生えてしまう。生柿を乾燥させるためには、一定の寒さと木枯らしのような通風が大切なのだ。暖冬と雨続きがもたらす湿度の多さが大敵。暖冬と小春日和は厳密には意味が違うが、ある意味、紙一重でもある。誰だって寒い冬より暖かい冬の方がいいに決まっている。しかし、死活問題、と言ったら大げさかもしれないが、枯露柿農家にとっては生命線であることは確か。今年は甲州百目など原料の柿が不作。枯露柿は間もなく年末年始の贈答用品として市場に出回るが、例年より高値になることは避けられまい。







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不況下のカレンダー

 本屋さんの店頭に、さまざまのカレンダ手帳が並んでいる。それぞれのメーカーが売らんかな、で趣向を凝らしているのは当たり前だが、これも年末、歳末の風物詩である。一方、会社や事業所もカレンダーや手帳をいつものように作って「来年もよろしく」とお客様回りに余念がない。こちらのスタイルは会社のイメージを大切にすべく、そのデザインも伝統を守っている。


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 しかし、日本列島、いや、地球規模の不況はこのカレンダーや手帳にも影を落としている。毎朝の新聞を見れば暗いニュースばかりだ。「国内自動車総崩れ」と、わが国経済の一翼を牽引する自動車業界の業績不振を伝え、一方では米国のゼロ金利政策を伝えている。これから先、日本や世界の経済はいったいどうなっちまうんだ、と暗くなるばかりだ。こんな経済環境の中で、カレンダーも荒波を被っているのである。





 我が家が頂くカレンダも毎年、一つ、二つと減っている。そればかりではない。サイズは小さくなり、気のせいだろうか、そのデザインもパッとしなくなった。かつてバブル景気といわれたよき時代には、サイズも大きく、デザインなどその質も良くて、全体に明るさがあった。カレンダーも景気を反映するのだ。


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 毎年の事だが、ある割烹旅館を営むロータリアンは12月最初の例会に決まって立派なカレンダーをメンバー全員に配ってくれる。



 「立派なカレンダー、毎年、毎年、済みませんねえ」



 「何十年と、このカレンダーを出していると待っていてくれる人がいるんです。だから、出さんわけにはいかんのですよ」




 もちろん、お客様やファンを考えてのカレンダー作りだが、その大変さを言外ににじませる。12枚綴りの大きなカレンダーには、その月々に合わせるような見事な水墨画があしらってある。



 「水墨画を基調にしたこのデザインは、もう何十年と変わらないんです。言ってみれば、これが家(うち)のイメージ。お客様もこのデザインを待ってくれているんですよ」




 確かにそうだろう。丸く筒に巻いて、ビニールの袋に入ったカレンダーを手にした途端、まだ見ぬ水墨画のデザインが髣髴としてくる。この割烹旅館は山梨ロータリークラブの毎週一回の例会のうち、年6~7回はある夜間例会の会場にさせて頂いている所。このロータリアンにしてみればお客様として気遣ってくれているのだろう


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 このほか、我が家には、やはりロータリアンの電気屋さん、無尽会でお世話になる割烹の店、市長の後援会などからもカレンダーが届いた。また、富士山麓にあるユネスコ協会の仲間からはプラスチックに入った卓上の小さなカレンダーが。このカレンダーは同協会が地域の小、中学生を対称に募集した絵画コンクールの入賞作品を12枚のカレンダーにまとめたもので、工夫の手作り作品。コンクールの入賞作品は地元の銀行などで展示会をした後、このカレンダーにまとめたという。子供たちも、親達も大喜びだそうだ。





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芋茎(ずいき)と木枯らし(再)

 これが木枯らしというのだろうか。今日の甲府盆地は朝から冷たい風が吹いた。一番霜に遭ったのか、トウノイモのツル(茎)もひと頃の元気をなくした。毛糸の帽子を冠って畑に出たが、冷たい風が頬を刺す。庭先の御所柿も、その冷たい風に吹かれて、葉っぱをすっかり落とし、裸になった木に黄色い実だけをぶら下げている。


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 「夕陽の丘のふもとゆく バスの車掌の襟ぼくろ 別れた人に生き写し・・・」





 ご存知の方ご存知、昭和30年代の後半、石原裕次郎と朝丘ルリ子が唄った「夕陽の丘」の歌い出しである。その3番はこんな歌詞だ。





 「真菰の葦は風に揺れ 落ち葉くるくる水に舞う この世の秋の哀れさを しみじみ胸にバスは行く」



 この歌の舞台は、どこかのひなびた湖の畔(ほとり)だろう。私が住む農村地帯のスチュエーションとは違うが、季節はちょうど今頃。落ち葉が風に舞う光景は全く同じだ。一枚、二枚とどんどん落ちていく柿の葉はカラコロと音を立てて風に舞うのである。


落ち葉


 今日の風が春一番ならぬ木枯らし一番かどうかは分からないが、季節は本格的な 冬へとまっしぐらに進んでいることは間違いない。我が家も冬支度へやることはいっぱいだ。ロータリークラブの地区大会で浜松へ行ったり、地区のグランドゴルフ大会など、出掛けることが多く、枯露柿作りの柿もぎもやりかけ。トウノイモやサトイモ、サツマイモも掘らなければならない。特に、トウノイモは霜に当てたら肝心のツルが駄目になってしまう。


サトイモ


 トウノイモとサトイモは掘り出してみればその違いが分かるが、外観ではほとんど区別がつかない。答えをお教えしよう。簡単な見分け方は、ツル、つまり、大きな葉っぱを一つだけつけた茎が赤いのがトウノイモ青いもがサトイモである。芋はサトイモがたくさんの小芋をつけるのに対して、トウノイモは親芋だけが大きく、小芋は少ない。トウノイモの親芋はもちろん食べられるが、どちらかと言うと大味だ。


芋のつる


 この二つは作り手のそもそもの狙いが違うのである。言うまでもなく、サトイモは芋を食べることが主眼。これに対して、トウノイモはむしろ、ツルの方を食べることに主眼を置いているのである。同じようなツルだが、サトイモのツルは食べない。





 トウノイモのツルはどうして食べるの?とお思いの方もお出でだろうが、あなたも食べたことがある筈だ。巻き寿司の芯に使うあれだ。と言っても、最近はカンピョウが多く、滅多にお目にかからない。味はピカイチだが、カンピョウのように量産が出来ないからだろう。


芋の弦2


 芋茎(ずいき)ともいう。肥後芋茎が有名だ。「随喜の涙」という言葉があるが、これとは関係ない。しかし、意味深に結びつきそうな言葉だ。いずれにしてもここで詳しく説明するわけにもいくまい。八百屋さんではなく薬局で売っている商品だ。





 刈り取ったトウノイモのツルは皮を剥いて天日干しにし、保存するが、寿司の芯ばかりでなく煮物にしてもいい。酒のつまみには絶品だ。明日はそのツル剥きをする。




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長い夜

冬景色4  


 寒い。朝、布団から離れるのが億劫になるばかりか、畑に出るのも億劫になる。この時季、特に差し迫った畑仕事はないのだが、なんにもないわけではない。肥料掛けもあるし、植木の剪定だってしておかなければならない。剪定で出来たクズを畑で焼却処分するのも一仕事だ。




 「お父さん、サツマイモ、持って来ましたよ」


サツマイモ2


 ニヤニヤしながら言うのだが、家のかみさんの連想力は素晴らしい。亭主が畑で精出す剪定クズの焼却もかみさんにかかったら「焚き火」。格好の焼き芋の場だ。銀紙に包んだり、濡れ新聞に包んだりして火の中に投げ込むのである。焼き芋もいいが、「少しくらいは仕事の手伝いをしろよ」と言いたいのだが、まあそれもいい。かみさんのささやかな楽しみなのだ。かみさん流の「焚き火」云々は別に、農作業の合間での焼却作業は正直言って暖を取るのにはいい。つい、かみさんの焼き芋作りに同調してしまうのである。冷え切った体が温まる。



冬景色3


 私は若い頃からなぜか帽子嫌い。夏の暑い時期でもよほどのことがない限りかむらない。しかし、冬場の寒い時期、帽子が体の防寒にいいことに気付いた。特に毛糸の帽子を深めにかぶるのだ。温かい。毛糸だから圧迫感もない。麻雀仲間の同級生M氏がいつもこの毛糸の帽子をかむっているのが頷ける。髪の毛が薄い人にはうってつけなのだろう。


冬景色2  


 冬の夕暮れはいかにも寒々しい。しかも日没が早く、4時半を過ぎれば薄暗くなり、5時といえば真っ暗。「夏場だったら暑さを避けて、この時間から畑に出るのだが・・・」。昼間の時間が短いと、なにか損をしたような気にもなる。日没が早くなると勢い、夕飯も早くなる。


冬景色


 サラリーマン時代は、もちろん、日没と夕飯は関係なかった。5時、6時はまだまだ仕事の真っ最中。ましてや風呂に入って晩酌など考えもつかなかった。第一、かみさんと向き合って夕飯など食ったことなどなかった。

冬景色5


 職場をリタイアして5年半。そんな生活が当たり前になった。太陽のサイクルでの生活は、いかにものんびりしている。でも何か物足りない。特に日が短いこの時季は、やたらに夜が長く感ずるのだ。本を読むのもいいが、歳のせいか目が疲れる。そう考えると、パソコンを覚えてよかった。夜の時間つぶしにはうってつけなのである。



 「お父さん、炬燵でおやりになったら・・・」


 晩酌を済ませて机に向かう私に、かみさんは、いつもそう言う。でも必ず机に向かう。その方が頭も身体もシャキッとするのである。



 「いつまで続くのかしらねえ。第一、そんなことしていて肩が凝らないのかしら・・・」


 かみさんはそんなことも言うが、どうしてどうして。子どもの頃のように嫌々ながらする宿題と違って好きでやることというのは恐ろしいもの。肩も凝らなければ、目だって疲れない。むしろ、かみさんが言うこのパソコン遊びがなかったら、こんな長い夜をどうしたらいいの、と考えてしまいもするのだ。




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年下の訃報(再)

 突然の訃報がショックだった。一隣家に住んでいて、区の役員を一緒に務めていた間柄で、ついこの間の役員会や市道の補修工事、防火貯水槽の泥上げ作業で一緒になったばかりだった。今思えば、ちょっと顔色がよくなかったかなあ、と思うくらいで、いつもと変わりなくにこやかに話し、元気に作業にも加わっていた。


風景


 享年62歳。私より六つも若い。残された奥さんやまだ独身の息子さんも力を落としただろう。家族の話によれば、この人は大の医者嫌い。誰だって医者が好きなんて人はいないが、そんな半端なものではない。





 結果的には肺炎をこじらせたのが命取りになったのだが、この時も40度を超す高熱に震えをきたしながらも医者へ行こうとせず、近所の人に諭されて救急車で病院に運ばれたくらい。防火貯水槽の泥上げ作業で傷つけた手が化膿し、大きく膨れ上がった時も「こんなものすぐ治る」と言って家族の医者行きの勧めを拒んでいたという。





 体力が弱ったところで引いた風邪が引き金となって肺炎を併発、これが致命傷になってしまった。「家族や周りの話を聞いて早く医者に行っていたら・・・」。これこそ、後の祭りだ。同じ60代の人間とすれば、まだまだこれから、と思いたい。それだけに告別式は涙ながらのものとなった。

花



 この地方は10年ぐらい前まではどこも自宅葬だった。しかし、民間や広域行政、それにJAの葬儀場が次から次へとお目見えして、これに取って代わった。通夜、告別式と続く葬儀は隣組が何をさて置いても手伝い、運営するのだが、斎場葬になってからは、隣組がする仕事はほとんどなくなり、昔は帳場といわれた受付の仕事くらいのもの。斎場業者がほとんど全てを取り仕切ってくれる。






 ついこの間といっていい自宅葬の時まで脈々と続いてきた野辺の送りもなくなった。だから、それに伴う松明や提灯、五色の旗はもちろん、墓標も姿を消した。葬儀のスタイルは大きく様変わりした。いつの間にか葬儀の際の親族の座り方まで定着した。つまり、祭壇に向かって左側に女性、右側に男性といった具合である。どうしてこの不文律が出来たのか、私にはよく分からない。まあ、そんな事はどっちでもいい。


菊  


 山梨の場合、他県に比べて葬儀が派手で、丁寧だという。時々行くことがある東京や埼玉の場合、ほとんどの弔問客が通夜で弔問焼香を済ませ、翌日の告別式は親族が中心。親族が心静かに故人を送るケースが多いような気がした。続く略式の初七日法要も、もちろん内輪の色彩が強い。通夜を中心とした一般の弔問客も黒の式服(略式)ではなく、普段のスーツにネクタイを変えるだけ。合理的に見える。





 ところが、山梨では通夜と告別式がほとんど同じ事をするのである。一般の弔問客も同じように二度行って焼香をし、葬儀に続いて営んでしまう初七日法要も100人,150人は当たり前。多いケースでは200人,300人も珍しくない。通夜と葬儀の目で見た違いは僧侶の数ぐらいのものだ。隣人の葬儀に臨みながら、お葬式の変化をふと考えた。




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振り込め詐欺にご用心

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 「お母さん、振り込め詐欺になんか引っかかるなよな」


 「私なんか、どんな電話がかかってきたって、騙されるようなへまはしませんよ」


 「バカ言え、そういうヤツがすぐ引っかかるんだよ。娘やおふくろでもヤツらに仕掛けられたら一発さ」



 地域防災無線で今日も繰り返される振り込め詐欺の被害情報と注意を呼びかけるアナウンスに、女房と交わした会話である。女房は最後にはこうだ。



 「お父さん、大丈夫、大丈夫。うちには何百万ものお金をポンと振り込むほどのお金、ないもん」


 これには一本とられた。バカな夫婦のこんなやり取りはともかく、≪振り込め詐欺に注意≫のアナウンスはこのところ毎日である。




 「山梨市役所と日下部警察署から振り込め詐欺に注意のお知らせをいたします。昨日、山梨市内の70歳代の女性が振り込め詐欺の被害に遭いました。山梨市の職員を名乗る男から電話があり 『 後ほど社会保険庁からも連絡があると思うが、お宅は社会保険料の未払いがある。連絡があり次第お金を振り込んでください 』 と言われ、この女性はATMから振り込んでしまいました。市役所はこのような電話はいたしません。もしこんな電話があっても絶対に振込みをせず、市役所か警察にご連絡、ご相談ください」



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 防災無線については前にもこのブログで書いたが、こうした注意情報は各地に設けられた地域基地局から市内全域に一斉に流れる仕組みである。振り込め詐欺の手口は、保険料の未払いや子ども、孫の交通事故を装ったものなどさまざま。市役所や県庁、警察などを言葉の上で巧みに絡ませて騙すもので、ターゲットはお年寄りや主婦。1万数千世帯ぐらいの山梨市内で毎日、誰かどうか被害になっている勘定だ。





 犯人は東京なのか大阪なのか分からないが、日本のどこかで電話を使って大量の仕掛けをしているのだろう。私はこうした騙しの電話に出っくわしたことはないが、言葉は極めて巧みなのだろう。皆がみんな「私は絶対、引っかからない」と言いながら、巧みな言葉に騙されてしまうのである。



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 被害の連続にたまりかねたのか今日はこんなアナウンスも流された。


 「市老人クラブ連合会は明後日、地区公民館で、悪徳商法予防講習会を開きます。お年寄りや主婦の皆さんのご出席を・・・」



 市役所や警察が老人クラブとタイアップして地域ごとに振り込め詐欺予防の出前講座を計画したのだ。毎日のように出る被害から類推すれば、ものすごい数の騙し電話がかかっていることは容易に想像できる。



 「私だけは絶対騙されない」。そんなあなただって引っかかるかも。普段、亭主の言葉なんかに敏感に反応しない女房も、娘のことでも引き合いに出されれば・・・。石川五右衛門ではないが「世に盗人の種は尽きまじ」とはよく言ったものだ。悪いヤツは今日もどこかで暗躍している。




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俺は粗大ゴミ?

ゴミ置き場


 もう年末が近いのか。地域防災無線から流れる「粗大ゴミ回収のお知らせ」のアナウンスを聞いて、そんなことを思った。私達の地域の場合、粗大ゴミは通常のごみ収集とは別に、年に数回、日時を指定して回収している。年末が中心だ。有料(テレビや冷蔵庫などの電化製品)と無料があって、業者を巻き込んだ大掛かりな回収である。




 この地区は旧村の岩手村(昭和の合併で山梨市に)という所で、今の世帯数は500戸ほどのこじんまりした地域である。回収の指定場所は、この時期は休眠状態に入っているJAの果実共選所前の広場だ。年末にはちょっと早いようだが、市内を一巡するには今から始めないと間に合わないのだろう。



 「粗大ゴミの回収だそうよ。お父さんも行くんでしょう」



 アナウンスを聞いていた女房がかる口を叩いた。



 「おい、おい、俺は粗大ゴミかよ」



 「冗談よ、冗談。お父さんが粗大ゴミであるわけないでしょう」



 女房はちょっと言い過ぎたと思ったのか、ニヤニヤしながら慌てて打ち消した。でも、よく考えてみれば今の俺は女房にとって粗大ゴミみたいなものかも知れない。風が吹いても嵐が来ても毎朝、決まった時間に出勤し、月末にはきちんと給料を運んできた数年前までと違って、今は、毎日が日曜日。時に、やぶせったい存在に違いない。


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 三度の食事だって作らなければならないし、箸の上げ下ろしまでとは言わないまでも、いなければ聞かなくてもいい小言だって聴かなければならない。ナスやキユウリ、白菜や大根、サツマイモやサトイモ、そんなものを作る百姓の真似事だって、ほとんど女房も一緒。今はこまごました家事を考えれば一日の仕事量は女房の方が多いのかも知れない。





 人間とは、夫婦とは面白いものだ。毎日、朝から晩まで忙しく仕事をしていた頃は、少なくとも≪粗大ゴミ≫などという言葉を口にしなかった。そこには無意識のうちにも給料という名の生活費を稼いで来てくれる≪一家の主(あるじ)≫としての受け止め方があったのだろう。「のどもと過ぎれば・・・」。先人はうまいことを言ったものだ。給料の運び屋を辞めて5年も経つと、女房たちはいつの間にかその≪ありがたさ≫を忘れてしまう。
妻

 「お前は今、誰のおかげで飯を食っていると思っているんだ」
時々、女房の言葉の節々が妙に引っかかって、冗談とも本気ともつかない、こんなことを言うことがある。世の女房族のみなさんには案外分からないかも知れないが、男には「沽券(こけん)」というものがあるのだ。

夫

 サラリーマン時代からそうだが、私は、家事は一切、女房に任せている。その代わり給料は全部女房に渡して来た。それをどう使おうと口を挟まないことにしている。今は銀行振り込みになったが、給料袋の時代もずっと丸投げした。先日の「振り込め詐欺」についてのブログ記事で、私は被害者にならない事を前提に人ごとのように書いたのはそのためだ。お金と言うお金は全て女房任せ。騙されても振り込みようがないのだ。




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焚き火と焼き芋

青空


 昨日の終日の雨とうって変わって今日はいい天気になった。空は雲ひとつない。秋の時期なら「抜けるような青空」と言うのだろうが、この時期だとそうはいかない。地上からの放射熱が上昇して空中に水蒸気の層を作るから秋の空とはどこか違う。




 「冬の空は下から見上げるといい青空に見えるが、空の上から見るといつも霞がいっぱい。特に都市部、つまり、住宅街の上空はそれが顕著。オフイスや家庭から放出される暖房熱のためだ。航空写真をとる場合、雨の少ない冬の時期は好都合のように思われがちだが、案外駄目。こうした暖房熱が少ない山間部はすっきりと下が見えるのですが・・・」



 ヘリコプタやセスナ機で航空写真を撮ることが多い知り合いのカメラマンがこんな話をしてくれたことがある。


飛行機



 今、朝の8時半。窓越しに見える富士山は、下界では雨だった昨日、雪の衣を厚くして青い空にくっきりと浮かび上がっている。東側の四分の一ぐらいの部分を朝日でまぶしく輝かせている。残る影の部分は青白い。そのコントラストが壮厳な富士を演出してくれる。下界と違って、そのうち、この富士の上空で風が起これば東斜面の雪が吹雪となって舞い上がる。その光景もまたいいものだ。






 こうしてパソコンを叩いているデスクの窓越しに見える富士は、30mぐらい先にある石の門柱のちょうど左側の肩に浮かんでいる。門柱の手前には種類の異なるカエデやイチョウがあるが、今は枯葉を落とし出して、みすぼらしい姿をさらけ出そうとしている。半月ほど前だと、イチョウは黄色に輝き、種類の異なるカエデはあるものは黄色に、またあるものは真っ赤に燃えていた。高く伸びた棕櫚(しゅろ)や各種の常緑樹の緑とマッチして見事な紅葉を見せてくれた。


富士山



 地面を見れば、その残骸ともいえる落ち葉がいっぱい。一足早く落とした柿の葉っぱなどとともに枯葉のじゅうたんである。ものの哀れさすら覚えるのだが、そんな感傷的な事ばかり言ってもいられない。厄介者を熊手でまとめては燃やすのである。そう、あの童謡にもある落ち葉焚きだ。


枯葉


 「お父さん、サツマイモを持って来ましょうか」





 普段、気が利かない女房がこんな時ばかりは嬉しそうに飛び回る。そのためでもないが、今年は我が家でサツマイモを作ったからいいが、昨年などは3~4㌔先のスーパーまで行ってサツマイモやホイル用の銀紙を買って来るのである。普段、用事を言いつければ、なんやかやと理由をつけては逃げてしまうのに、嬉々としながら率先するのだ。


サツマイモ1



 女という動物は元来、焼き芋が好きなのか。まあ、それはともかく、濡れ新聞紙やホイルに包んで焚き火の中に放り込んで置くと、確かにうまい焼き芋が出来る。濡れ新聞紙やホイルの銀紙まで用意して焼き芋をしたい女房の気持ちも分からないでもない。何より、冷え込む一方の冬空の下では、焚き火は暖かい。この機会に剪定で切り落とした植木の枝も処分するのだ。焚き火。そういえば、都会では味わえないかも知れませんね。




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冬に向かう里の秋

もみじ_convert_20101205223620


 里の秋は、どんどん深まって行く。深まるというより冬へとバトンタッチしているのだ。街路樹のイチョウ並木は黄色い葉っぱをハラハラと風に落とし、我が家の植え込みのカエデも紅葉の盛りを通り過ぎた。常口の前を東西に伸びる3尺程度の細い古道沿いに垣根代わりに植えられた山茶花が「今度はこちらの出番」とばかり開花し始めた。秋は山から里へ。ついこの間まで紅葉狩りの行楽客で賑わった山間の渓谷は人影をなくし、もはや冬のたたずまいである。自然界は季節の移ろいを見事に表現してくれる。


山茶花_convert_20101205223708


 紅葉を織り成す代表格は、何と言ってもカエデであり、ナナカマドウルシだろう。とりわけナナカマドは鮮やかだ。ナナカマドは火に燃えにくい木だそうで、七回も釜戸に入れないと燃えないことからその名が付いたという説がある。ウルシなどと共に真っ赤に染まり、周囲の松や杉など常緑樹と、これまた見事なコントラストを見せるのだ。


もみじ2_convert_20101205223801


 「もみじ」という植物はない。一般に「もみじ」と言われるのはカエデだ。このカエデにもさまざまな種類がある。我が家にも大小10本近いカエデがあるのだが、それぞれがみんな違う。真っ赤に色付くものもあれば、深紅や淡い赤、茶色っぽいものもある。それぞれが独自の色合いを表現するのである。初夏、若葉の色合いもまた異なる。ほとんどが緑の葉を付けるのに、まるで黄金色の葉っぱを付けるものもあるのだ。




 逆から言えばカエデは「もみじ」とも言われ、紅葉を「もみじする」とも言う。可愛い赤ちゃんの手を「もみじのような手」などという。若い女の子達は紅葉したカエデの葉っぱを栞代わりにする。カエデは古来、人々の心や生活に深く溶け込んでいる。料亭の会席料理にしばしば添えられるのもこのカエデ、つまりもみじだ。街路樹のイチョウが落とす銀杏も茶碗蒸しの具の定番。


イチョウ_convert_20101205223910


 イチョウが葉っぱを落とす頃になると、なぜか東京・永田町のイチョウ並木を思い出す。国会議事堂と衆・参議員会館の間を走る街路樹である。この辺りを毎日、仕事で歩き回っていた若い時分のことである。35~6歳、東チョン時代であった。品川に近い泉岳寺にある知り合いのホテルで仲間たちとしこたまお酒を飲み、朝帰りした。出勤にはちょっと早いが、なにせ単身赴任。そのまま仕事場に直行。地下鉄国会議事堂前で降りると、そのイチョウ並木の下で通勤途中のOLたちが競うように銀杏を拾っているのである。場所が場所。OLたちは国会職員や議員秘書だ。あっという間に落ちた銀杏は跡形もなくなる。


国会議事堂_convert_20101205222706


 「へえ~、こんな所に銀杏のなる木があったのか」。普段、何気なく歩いていた街路で再発見させられた思いだった。ご存知のようにイチョウは全てが銀杏を付けるのではない街路樹は一般的に実を付けないイチョウを植える。実が入り、落ちた銀杏は表現し難い異様な臭いを放つ。これが嫌われるのだろう。でも珍しさが先行するのかOL達はなんのその。「この銀杏、美味しいですよ」とお訪ねした議員事務所の秘書さん。「これは首相官邸から何本目のイチョウの木の下から拾ってきたものだね」と言ったらびっくりしていた。ともかくお陰でこの街路のイチョウで実を付ける木を今でもみんな覚えている。





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馬鹿と阿呆

 「バカ」
 「バカとは何よ」
 「そんな事ですぐ向きになるからお前はバカなんだよ」
 「なにも、バカなんて言わなくたっていいじゃない。まったく~」



 私と女房のよくある口喧嘩だ。不思議にもこの文字数が示すように、およそ夫婦喧嘩の発端はたわいもない事から始まって、エスカレートするものだ。




 この「バカ」(馬鹿)という言葉。かなで書いても、漢字でも二文字。しかし、その使い方、受け止め方によって喧嘩にもなれば、叱咤激励にもなる。「バカ、そんなことはないよ」といった具合に否定の接頭語的な役割を果たす事だってある。「バカ」に「め」をつけて「バカめ」となると女房はもっと向きになる。





 私はこの「バカ」という言葉を気にもしないし、気にもならない。関西人が「この阿呆」とよく使うように、むしろ、挨拶代わりみたいなものだ。もちろん、親しい仲間、気の置けない仲間同士のことだ。これをどこででも使ったら、失礼千万。


子供


 もう一つ、気にしなくなった訳がある。わんぱくな子供の頃、いたずらをする度に親父から「バカめ」「馬鹿野郎」と怒鳴られた。河原で水浴びをし、近くの畑のスイカ採りの競争をすれば、当たり前だが、見知らぬ親爺から「馬鹿野郎」。この言葉はわんぱく小僧の勲章のようなものだった。

子供2


 「そんな事が分からないのか」「もっとしっかり掃除しろ」。学校に行けば先生から叱られる。その言葉の頭と尻につく言葉はまた「バカ」だ。社会人になって会社に入れば先輩から遅いの、早いので怒鳴られる。ちょっとひどくなると「死んじまえ」だ。その後ろと前にはやっぱり「バカ」が付くのである。考えてみれば「バカ」と言われなかったのは大学の4年間ぐらいのものだ。ただ、そんな教授の顔は一人も覚えていない。




 この「バカ」「バカめ」には、全く悪意はなく、いわゆる親心の叱責であり、親身になっての励ましの意味まで含んだ表現であることが多い。人間、褒められたことなど記憶に残っていないものだが、叱られたことは覚えているものだ。教訓として受け止めているからだろう。叱られた先生や先輩ほど懐かしい。不思議な事に間違いなく親近感が増すのだ。





 これも不思議。叱った方は、それを忘れている。女房が向きになって怒るように深刻なものではないからだろう。ただ、私には一つだけ、反省にも似た「馬鹿野郎」の相手側の反応がある。もう15年ぐらい前のことだが、若い社員を「馬鹿野郎」と怒鳴った。将来に向けて育てたいと思った男だった。その社員は怒鳴られた途端、大粒の涙をボロボロ。「男のくせに、涙を拭け」と言ったら、また涙だ。

サラリーんまん

 同僚幹部が言った。「今の若いのは親や先生から怒られることもなく、ましてや他人から馬鹿野郎、などと言われたことがないんですよね。それが≪いいぼこ≫であればあるほどですよ」。確かにそうだ。親も先生も、ましてや隣の親爺も子供を叱らなくなった。先生や隣の親爺は見てみぬふりだ。





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パソコンと消しゴム

消しゴム_convert_20101130200045


 今はどうか知らないが、私たちが子供の頃、消しゴムは文房具の中で数ある脇役の一つだった。もちろん主役は鉛筆。鉛筆削りなどという器用な道具はなかったから、筆箱の中には消しゴムと並んで折りたたみ式の小刀が入っていた。脇役といっても小刀は消しゴムと並ぶ必需品。シャープペンが登場するのはずっと後のことである。




 小刀はわんぱく小僧にとっては曲者でもあった。消しゴムをサイコロ状に刻んでは遊び、時には授業中に仲間同士、ぶっつけっこするのである。もちろん先生からは大目玉を食う。そんな子どもの学業成績は言わずもがな。いいわけはない。小刀は鉛筆を削るばかりではない。工作やさまざまな遊びにも使った。今は筆箱の中から姿を消した。物を刻んだり、紙を切ったりするのはカッターナイフに代わっている。

鉛筆_convert_20101130200145



 鉛筆からシャープペン万年筆からボールペン小刀からカッターナイフ。子ども達や学生さん達の≪筆箱事情≫は様変わりした。こうしてパソコンを叩く私の机の上にも筆箱ならぬ≪筆皿≫がある。鉛筆が影を潜めて、ポールペンがいっぱい。太書きもあれば、細書きもある。いずれも自分で買い求めたものではない。何かの催しのグッツとして頂いたものだ。


筆皿_convert_20101201200047


 若い頃、かなりのお金をはたいて買ったり、知人から頂いた万年筆は、インクが乾いたままホコリをかむっている。今年もやって来た年賀状書きの時季になっても出番はない。万年筆からバトンを受けたボールペンも最近ではほとんど使わない。消しゴムにいたっては完全に用無しの存在に。パソコンがそうさせた。仰々しく言えばパソコン革命である。




 万年筆、鉛筆、ボールペン・・・。書く道具もいらなければ、消しゴムも必要ない。パソコンとは実に便利なものだ。文章を書いていて不都合があったり、間違えたらワンタッチ。Backspace か Deleteキーを叩けば一瞬に消してくれる。消しゴムもいらなければ、修正液もいらない。そればかりか文章を組み変えたり、貼り付けたりすることも自在である。


キーボード_convert_20101130200338


 好都合極まりない。お陰ですっかり文字を書かなくなった。一日おきに原稿用紙3枚程度の分量でエッセイの真似事のようなものを書いているのだが、これも全てがパソコン。ブログに投稿した後も気になることがあれば、すぐにでも手直しできるからいい。そんなことをしていると面白いことに文章が≪生き物≫であることを実感するのだ。




 山梨市教育委員会から≪ボランティア先生≫(学校支援コーディネーター)の委嘱を受けて、毎週のように市内の小中学校にお邪魔するのだが、どの学校にもパソコン実習のための教室がある。温度調節された教室にはパソコンがずらりと並び、子供たちは嬉々としてキーボードに向かっている。




 どうやらキッツ用のパソコンのようで、子供達に使い易く作られている。危険なアクセスが出来ないようにフィルタリングが施されていることは言うまでもない。消しゴムの存在など、まさにどっちでもいい。自在にパソコンを操る子供たちを見ていて、これから先、手書きの文字はいったいどうなって行くのだろう。ふと、そんなことを思った。




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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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