野良猫の手術

ミー子


 ある時、玄関先に鳥かごを頑固に、しかも大きく作り変えたような小奇麗なが。

 「コレ、なんだ?」


 「猫を入れる篭よ。鳥篭じゃあないわよ」

 「へえ~、こんなものあるんだ・・・」

 蛇の道は蛇。女房がご近所の愛猫家からお借りしてきたのだという。

 「ところで、こんなもの、いったい何に使うんだ?」

 「病院に連れて行くのよ」

 「病院?」

  「避妊手術を受けるのよ」



 そういえば、我が家に住みついた野良君。ちょっと≪美人≫で、案外モテルのである。近所の≪男友達≫が入れ替わり立ち代りやって来る。女房は先回りして避妊手術を思い立ったのだ。普段、物事にそれほど斟酌しない、うちのかみさんだが、女はすごい。男なら考えそうもないことを咄嗟に思いつき、それをすぐに行動に移すのだ。6㌔ぐらい離れた市内の動物病院へ。入院させて来たという。2泊3日。手術代は入院費用も含めて数万円がかかったという。


 「たかが野良猫の避妊手術。そんなにお金がかかるのか・・・?」

 「仕方がないじゃないの。人間と違って保険が利かないんですもの」


 かみさんは完全に野良も家族の一員として考えている。

 「俺にも相談して病院に行けよ」。心の内ではそう思った。お金のことではない。「こいつの二世はもう見ることは出来ない」と考えたら無性に寂しくなった。「こんな野良・・・」と口では言いながらも、家族の一員として捉えている自分が滑稽にも思った。




 「お父さん、猫でも犬でもいいから飼おうよ」。随分前から、かみさんにせがまれた。娘も嫁入りする前、「私は可愛い犬がいいなあ」と母親と共同戦線を張ったりもした。しかし、頑として聞き入れなかった。

犬_convert_20110131232331


 これには、それなりの訳がある。定かではないが、小学校2~3年の頃だった。飼い犬の死に遭遇して幼心に大きなショックを受けた思い出があるからだ。老衰だった。昭和20年代、山梨県の片田舎のこの辺りでは、どこの家でもと言っていいほど犬を飼っていた。今のような、いわゆるペットとしてではない。番犬である。ペットなど、時代と言うより経済が許さなかった。番犬と言ってもみんなで可愛がった。




 屋外に犬小屋を作ってやり、鎖で繋いだ。番犬とは言え今のペットと同じように家族の一員であることに変わりはなかった。私には姉がいるが、3人の男兄弟の頭だった。老衰とは言え≪家族の一員≫の死は衝撃だった。まだこの辺りは今のような果樹地帯ではなく、田圃や桑畑だった。そこに弟達と一緒に≪墓≫を作り、懇ろに弔ったことを覚えている。線香を手向け、ちっちゃな手を合わせた。もうこんな思いはしたくなかったのだ。


景色_convert_20110131203555


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野良猫と女房

ネコ


 いつの間にか野良猫が住み着いた。女房が玄関先に置いてやった小奇麗な発砲スチロールの箱に入って、今では我が家の一員のような、でっかい顔をしている。三度の飯も主の私より先。何年か前、母校・日川高校の同窓会の記念品として頂いた真新しい膝掛けがいつのまにかベッド代わり。刺繍されたコンペイトウの校章を背に、いかにもご満悦なのだ。




 この野良猫、正確に言えば野良かどうかは分からないのだが、毎日のように我が家に遊びに来ていた。こうしてパソコンを叩いていると、ほぼ決まった時間にやって来る。常口から堂々と歩いて来て、窓越しに目が合っても平気。そんな野良に女房が声を掛けるようになった。それが我が家に住み着くきっかけだ。




 よく「動物的な感」という。野良猫でも動物好きな人間は分かるのだろう。洗濯物を干したり、畑に野菜を採りに行く時も女房の後をつき歩くのである。ニャン、ニャン言いながら後になり、先になりながら歩く。時には足にへばりつくような仕草をするのだ。傍から見ていても可愛い。女房が可愛がるのも無理はない。


ミー子2


 この野良君、女房の行動は全部知っていて、玄関口とは反対の勝手口のドアを開けても、その音だけで飛んでいく。発砲スチロールの箱がある玄関口からは視界に入らないのだが、音だけで分かるのだろう。目を丸くして咄嗟に飛び出すのだ。人をちゃんと見ていて、私が勝手口を開けても知らぬ顔だ。「この野良め」と内心、僻(ひが)んでも見たくなる。女房の足音やドアを開ける音と私のそれをしっかり聞き分けているのである。なんじゃあない。「餌をくれるのは、このオバサン」と思っているのか。座敷猫とは明らかに違う。





 猫も見抜いているのだろう。どちらかと言うと、私は、猫はあまり好きではない。それには、ちょっとした訳がある。定年退職で、今住んでいる山梨市の実家に戻る前、長い間暮らしていた甲府の自宅に、やはり野良猫が住み着いた。その野良が子を生み、また大きくなって子供を生むのである。子を産むのはいつも縁の下。いつも三匹。それなりの時期になると、親猫は子供を外に連れ出すのだ。本当に可愛い。しかし、警戒感からだろう、親は子供を決して人間に近づけようとはしない。子猫はいつも遠巻きにいるのだ。


ミー子


 そんな野良の親子がいじらしくなって、ある休みの日、昼間酒をしながら、つまみにしていたマグロの刺身を手のひらに載せて与えようとした。ところがどうだ。親の野良は私の手の平から、ひったくるように刺身を取って逃げた。猫の爪は鋭い。私の手からは血が噴き出し、しばらく傷跡が。可愛げがない。その時見せた野良の鋭い目つきが今でも忘れられない。



 女房はそんな野良を弁護するようにこう言う。

 「猫の母親だって人間と同じ。子供を守るために細心の注意をするんですよ」


 そうかも知れない。でも野良は野良。飼い猫とは違い、ハナから人間を信じていないのだ。しかし、今度の野良君、どこか愛嬌がある。すれた都会の野良と田舎育ちの純朴な野良の違いなのか。場合によっては、どこかの飼い猫? どう見ても人の愛情を知っている




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信じられない訃報

 また親しい友が逝った。享年56歳。若過ぎる。私より一回りも下だ。まだ一ヶ月と経たない1月2日、母校・日川高校の同級新年会で、幹事役としてご苦労を買って出てくれたT氏と酒を酌み交わしながら、その男の噂話をしたばかりだった。




 「彼はオレの隣組だよ。甲府の非農家から婿に来たんだけど、それは真面目で仕事熱心。立派な桃も作る。毎日元気いっぱい頑張っているよ。近所でも評判の男だ」


桃


 近隣に住む人のそんな言葉が我が事のように嬉しかった。 その思いが覚めやらない時の訃報だった。


 「おまえが話していた、あの男が亡くなっちまった。ついさっきだ」


 T氏から電話で飛び込んできた突然の訃報に驚愕した。正直言って信じることが出来なかった。


 「何があったんだ。あんなに元気に頑張っていた男が・・・」


 「俺も詳しいことは分からんのだが、脂肪肝が原因で、肝機能障害を起こしたらしい。みんなびっくりしている。親しい友と聞いたから、真っ先に連絡したのさ」



 脂肪肝といえば、私にも身に覚えがある。人間ドックに行けば必ず引っかかり、医者から脅かされる。脅かされるなどと人事のように言ったら叱られる。注意を受ける、と言った方がいい。そんな自分とオーバーラップして改めて怖さを思い知らされもした。今考えると彼は太っていた。もちろん、デブの私が人のことを「デブ」などと言えたギリではない。ともかく、でっぷりと太り、祭壇の中央で微笑む遺影がなんともいじらしい。香を手向けながら胸を熱くし、涙を禁じ得なかった。 それ以上に涙で顔をくしゃくしゃに濡らしている奥さんが痛々しかった。



 年齢でひと回り、つまり12歳違う彼との出会いは、丁度30年ぐらい前。13日間にわたる中国の旅であった。主催した山梨県は「青年の翼」と銘打った。いわば官製の青少年国際交流事業だ。県内の市町村から選抜された若者達を海外研修に送り出したのである。その第一回目。行く先は北京、西安、杭州、上海、蘇州。


万里の長城_convert_20110127210627  


 県も最初だからこの事業をアピールしたかったのだろう。知事が団長として先頭に立ち、ベテラン県議が脇を固め、60人を超す訪問団を編成した。私も≪役員待遇≫の脇役。同行取材に加わったのである。二つの目、カメラのレンズを通してみる彼は、主役である青年達の中にあってリーダー的な存在であった。


寒山寺_convert_20110127211011


 この訪問団の一方で県が密かにもくろんでいたのは、姉妹都市探しの縁談。北京では人民大会堂で、当時の中日友好協会会長・孫平華氏とも会談した。この時も知事夫妻やベテラン県議に混じって彼も青年代表として同席していた。因みに山梨県は今、中国・四川省と姉妹都市交流をしている。この時の会談が今を導いたのは言うまでもない。




 桃の産地で全国的にも知られる一宮町の果樹農家に婿入りしたのは、帰国してそう時間が経たない頃であった。「オレ、訪中青年のOB会を作りたいんですよ」。そんな相談にやって来た。年齢が離れた知事やベテラン県議より相談し易かったのだろう。そんな彼の努力で出来たのが「万里の会」。そのリーダーを失ったこ とをも意味する。人間の命を平気で奪い取る病魔は思わぬところで牙を剥いている。




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酔客の原風景

 人間には忘れられない味忘れられない人が一人や二人はいるし、一つや二つあるものだ。もう45年ぐらい前になるのだろうか。学校を出てサラリーマン稼業に就いて間もない22~3歳の頃だった。甲府警察署や裁判所、検察庁など官庁街と目と鼻の先に「ホルモン焼」の看板を出した、さもない店があった。看板などという、たいそうなものではなく、店自体もお世辞にも綺麗ではなかった。

ホルモン_convert_20110125222925


 今のように猛暑日だとか熱帯夜などという言葉はなかったが、その夜もめちゃくちゃ暑かった。間口が一間半ぐらいで、奥行きが深く、鰻の寝床のような店であった。店の中は「ホルモン」を焼く煙と、えもいわれぬいい臭いが安物の扇風機に煽られていた。そこの親爺は目つきが悪く、まるでテキヤの親爺かチンピラやくざといった感じ。下着のような白いシャツを着て胴巻きをつけ、下はステテコのようなものを履いている。頭は坊主刈り。およそ客商売のタイプではない。




 この親爺、注文の「ホルモン」を焼くまではいいが、その皿をテーブルに投げるように出すのだ。愛想などというものはまるでない。でも何故か憎めないのだ。それよりも出てきた「ホルモン焼」のうまいこと、うまいこと。これを大ジョッキのホッピーを飲みながら食べるのである。ホッピーとは焼酎を「ホッピー」というビールに似た清涼飲料で割ったもの。焼酎が今のように≪市民権≫を得ていない時代たった。今、若者や女性の間で人気が復活中のハイボールと同じ。ハイボールはウイスキーを炭酸飲料で割る。両方ともアルコールの量を調節出来るので、それが弱い人にとっても強い人にとっても都合がいい。私達は焼酎の量を特別に増やしてもらうのである。貧乏サラリーマンにはうってつけだ。


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 ホルモン焼は、その名前のイメージからいかにも栄養がありそう。でも、何の事はない。豚の内臓、つまりモツを焼いたものだ。胃袋もあれば、腸もある。後に知ったのだが「ホルモン」とは「放るもん」、つまり「棄てるもの」から来た言葉だという。毎月25日の給料日。飲み屋のツケを払って回れば薄い給料袋は一晩で空っぽ。そんな人間にとって安くて、うまいホルモン焼きは魅力だった。
  何故か、この店の親爺とは気が合った。ちょっとお金があって、バーやキャバレーに行こうと店の前を通りかかると、うちわ片手に店先で夕涼みをしていた親爺は「おめえら、ここ、素通りするのかい。寄ってけよ」。普段、口数が少なく、偏屈親爺というのがぴったりの人だが、どこか人間臭い。時には「どうせカネなんかもうねえんだろう。給料貰ってからでいいよ」。偏屈親爺が一瞬、神様にも見えるのだ。
 その一方で、酒癖が悪いお客や見るからにチンピラ、ヤクザのような客が来ると「てめえたちのようなヤツが来る所じぁあねえ」と一括。追い払ってしまうのである。いかにもドスが利いているので相手は黙って帰って行く。「親爺、自分の方がヤクザのようじゃあねえか」と、からかうと「バカ言うんじゃあねえ。俺は客を選ぶんだ」と真顔で言うのである。今考えれば、この親爺、元はと言えばその道の≪出身≫だったのかもしれない。
 この界隈は「錦町」という。先日、社友会の二次会でかつての職場の仲間たちと久しぶりに歩いた。もちろん、その店の跡は一変していた。なんともいえない味があった、あの偏屈親爺は、どこに行ったのだろう。





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夫唱婦随

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 今更言うことではないが、サッシ窓はありがたい。機密性が強いから外の寒気を完全にシャットアウトしてくれる。冬の日差しとはいえ、そこから差し込む光はほのぼのと温かい。しかしこの辺りの冬は寒く、暖房をしなければ部屋の中でも10度を軽く下回る。恐らく外は3~4度だろう。寒いので外に出るのが億劫になってパソコンに向かった。




 その手を休め、植え込みの向こうに広がる空を眺めると真っ白い飛行線(飛行機雲)が。雲ひとつない澄み切った冬の大空を飛行機雲は西の空へゆっくりと進む。山梨の上空は外国航路になっているようで、この飛行機雲はひっきりなし。成田空港から数分置きに飛び立つジャンボ機だ。この時季、真っ白い富士山を左の眼下に進み、長野、新潟から日本海を超え、中国大陸へ。さらに飛行機はシベリヤのツンドラ地帯を下に見ながらモスクワを経てヨーロッパへと向かう。

 青空


 高度はざっと10,000m、時速800キロぐらいで飛んでいるのだろうが、ここから見る飛行機雲の動きは極めてゆっくり。時折、その先端の機体が太陽光線に反射してキラッ、キラッと光る。米粒ほどの機体から尾を引く飛行機雲は一定の長さで次第にとぼれて消えていく。その後ろにまた次の飛行機雲が。その後にも・・・。航路となる大空は飛行機のラッシュなのだ。300人、400人もの乗客、乗員を乗せたジャンボ機がどうしてあんなにも簡単に飛ぶのだろう。いい歳をしてふと子供のようなことを考えたりもした。




 その大空から目の前の植え込みに視線を転ずると、何匹かの小鳥が木から木へと渡り歩いている。葉っぱを落としたカエデは枝の先端の芽を心なしか膨らませて春を待つ。紅梅や白梅はもう蕾を大きくし始めた。もちろんチャボヒバや五葉の松など常緑樹もあるが、寒いこの時季、虫たちはまだ出ていまい。鳥たちがついばんでいるのは膨らみかけた木々の芽かもしれない。



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 木々を渡り歩く小鳥は一種類、二種類、三種類・・・。ヒヨドリもいれば、オナガドリもいる。いずれも二匹ずつ。番(つがい)だろう。いつもそうだが、我が家の植え込みにやってくる小鳥は、ニ匹ずつである。後になり、先になりながら木から木へ。やがてどこかに帰って行く。当然のことながら種類によって鳴き声は異なる。人間には何を話しているのか分かりようもないが、小鳥の夫婦は仲がいい。夫唱婦随である。我が家は婦唱夫随だ。




 植え込みの剪定は、半分は済ませたが、残りはこれから。背丈が高いチャボヒバなどは脚立梯子を使うのが億劫。つい後回しになるのだ。だんだん、高い所に上るのが怖くなるのである。今の脚立や梯子はアルミ製で軽い。だから持ち運びや移動には極めて便利。ただ軽いが故に安定性に乏しいのが欠点だ。



 特に脚立は怖い。幸い大きな怪我にはならなかったが何度かひっくり返って痛い思いをしたものだ。そこへいくと小鳥達はいい。木から木へ。細い枝や狭い空間でも平チャラだ。「飛んで鳥には叶うまい」「泳いで魚には叶うまい」。人間などちょっとばかり威張ったところで所詮は大した事はない。ボ~っと番の小鳥を目で追いながら、そんなことを思った。




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消え往く手書き文字

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 松の内が去ったと思ったら、あっ、という間に十四日正月も。一年中でも正月は時が過ぎるのが一番早いような気がする。親しい友や親戚、知人からの年賀状も、もう色あせたような感じがする。年賀状の束は、その顔ぶれを一部変えて、また今年の暮れまで引き出しに入る運命なのである。





 引き出しで眠らせる前、もう一度、目を通すこの年賀状。今、改めて見ても、なんと味気ないものか。みんな、申し合わせたように活字で宛先や名前が打たれ、裏返して本文を見ても印刷の活字。その内容も、似たり、依ったりで、ほとんど同じだ。


パソコン加工



 パソコン普及の功罪はこんなところにもある。パソコンが身近になかった時分は、もちろん、みんな手書きだった。自分もそうだが、字の下手くそな人もいれば、びっくりするほど上手な人もいる。大きな字を書く人や縮こまったような字の人も。また、文章が上手だったり、そうでない人も。




 つまり、みんな個性があった。その字が家族の団欒の話題になったり、贈り手の心の温もりを伝えた。一人一人の顔や生活ぶりまでが目に浮かんだ。年賀状一枚一枚に血が通っていた。ところがどうだ。今のパソコン年賀状は大なり、小なり、みんな同じだから味もそっぺもない。決まり文句の本文なんか読むまでもないし、言ってみれば、どなたからの年賀状であるかを確認するに過ぎない。ちょっと言い過ぎだろうか。




 パソコンのソフトメーカーも、こうした声を反映しているのだろう。毛筆に似た字体のソフトを改良したりしているのだが、所詮は作り物。人の心や感情を活字に映し出すことは叶うまい。第一、みんな平均的で、上手過ぎるからいけないのだ。機械が書いた字が人の心を表せる筈がないし、掴める筈もない。





 私は勤めの現役時代、その職責柄、山梨県のいくつかの書道会の新年会や表彰式に招かれた。その名の通り、書家たちの集まりだから、当然のことながら、年賀状はもちろんのこと、日常の手紙も直筆でお書きになるだろう。現に、頂く年賀状はみんな個性豊かな毛筆だ。自分も、こんな字が書けたらと、つくずく思う。


習字


 挨拶をせよ、というので、その都度、私はこんなことを言わせて頂いた。




 「私の年賀状の95㌫以上はパソコンなど印刷文字。どうか自筆の文字を大切にし、それを書くことを教え、育み続けてほしい。そうしないと、日本人が日本人でありながら日本の文字を書くことを知らず知らずのうちに忘れてしまう。そんな気がしてならないのです。先生方はどうお考えになりますか」




 確かにパソコンはいい。この年賀状一つ例にとっても、原稿さえ作れば、備え付けのプリンターで大量に印刷が出来、宛名書きだって、そのソフトさえ組めば自動的にやってくれる。作業に要する時間だって、大幅に短縮できる。




 でも、それだけでいいのだろうか。こんなことに頼っていたら早晩、年賀状の習慣は廃れていくに違いない。現に、若者達はその通信がパンクするほどメール志向に走っている。





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酒飲みの上戸

 弱くなった。そう感ずるのは一つばかりではない。視力であり、思考力であり、体力、つまり持久力であり、あれもこれもだ。もその一つ。「酒?そんなこと、どっちでもいいじゃないか」。多くの人達はそう言うだろうが、私にとっては、これほど「歳」を感ずものはない。視力とか思考力、持久力の低下は、なぜか自然に受け止めるのだが、不思議なことに酒だけは、それらのことに輪をかけて、からだの衰えと妙に結びつくのである。弱くなるのは当たり前なのに、何かしら一抹の寂しさを覚えるのだ。


お酒



 お酒をお飲みにならない方だったら、この気持ちは分からないかもしれない。「おまえ、バカだねえ~」と言われるかもしれないが、毎日、言ってみれば1年365日、お酒の顔を見ない日はない。晩酌をしないと一日が終わったような気がしないのだ。「おまえ、アル中?」。そんなことはない。ただ、惰性と言われればそうかもしれない。



 「お父さん、たまには≪休肝日≫を作った方がいいわよ。毎日、毎日、お酒飲んだら肝臓だって休む暇ないんじゃない。飲む量を減らすとか・・・」


 女房は、しばしばこんなことを言う。「仰せごもっとも」。心の中ではその通りだと思うし、女房の忠告は痛いほど分かる。正直言ってありがたいとも思う。しかし、こちらから返す言葉は「そんなこと、おまえに言われなくても分かっている。人の世話をやくな」。場合によっては、その後ろに「バカヤロウ」がくっつくのである。


 「勝手にしなさいよ。身体を壊しても知らないから・・・」


 そんな夫婦のやり取りは日常茶飯事。女房も、どうやら慣れっこになった。でも困ったものなのか、ありがたいことなのか、女房は今でも忠告の匙を投げていない。


お酒



 類は類を呼ぶと言う。訪ねて来た仲間の顔を見て


 「おい、上がれよ。一杯やろう」「かあさん、熱燗、つけてくれ」


 「せっかくだからお邪魔するか・・・」


 友は、まんざらでもなさそうにニッコリ笑いながら広くもない居間へ。たわいもない世間話をつまみに二人の酒盛りが始まるのである。果樹の収穫が終わり、畑仕事が暇になる晩秋から冬の時期は、酒好きな仲間だったら真っ昼間でもお構いなし。


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 女房も、よく知った亭主の友人のこと、「さあ~、さあ~どうぞ」と、ニコニコしながらお酒を運んでくる。そこそこのつまみの料理も。二人の酒はどんどん進むのだ。ところが、ここでも、やがては女房のブレーキが。よせばいいのに、だまっていない。


 「お二人とも、そのへんにしたら?飲み過ぎると身体によくないですよ」


 「余計な世話を焼くな。おまえの悪い癖だ。そんなことはこっちで考える」


 一緒に飲んでいた友も酒の酔いも手伝ってか


 「奥さん、ご主人の言う通りですよ。お酒っちゅうヤツは飲んでいる人間が一番よく分かっているんですよ。私も女房によく言われるんですがねえ・・・」



 私と同じように分かったようなことを言う。でも、やっぱり行き着く先はやっぱり二日酔いだ。



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結婚記念日

結婚記念日


 「そうか、今月は結婚記念日だったよねえ」。うちのかみさんは私が持ち帰った盛り花を見てこんななことを言った。この盛り花、私が買い求めたものではない。無粋な私にそんな気が利いたことが出来るはずがない。ロータリークラブの例会でいただいたものだ。




 私が所属させて頂いている山梨ロータリークラブでは、毎月第一週の例会(水曜日)で,その月に誕生日結婚記念日を迎える会員をお祝いする習わしがある。メンバー全員の生年月日や配偶者、結婚記念日が登録されているので、お祝い事は簡単。誕生日には記念の品を、また結婚記念日を迎えた人には、お祝いのメッセージを付けた盛り花を贈っている。




 該当者は贈られた記念品や盛り花を手に1分スピーチをする。1月25日(昭和45年)が結婚記念日の私はこんな挨拶をした。


 「私はこのクラブに所属する前は、結婚記念日はおろか自らの誕生日ですら忘れ、意識もしないまま、その日を通り過ぎていました。仕事の忙しさにかまけた、と言えば方便でしょう。夫婦そろってズボラがなせる業かもしれません。結婚したのは私が27歳、女房が26歳でした。あれから40年、厳密には41年ですが、当時は初々しくも、それなりに可愛くもあった女房も、体全体に一周りも二周りも肉を付けたばかりか、尻は重くなり、いつの間にか態度もでっかくなりました。そんな我が家は完全に政権交代です・・・」


結婚記念日3



 ちょっと調子に乗って「世の中にはチェンジとかチャレンジという言葉がありますが、今更(女房の)チェンジも叶いませんし、第一、それにチャレンジする元気もありません」と。そうしたら案の定、会場からはこんなヤジが。「おまえがチェンジされるよ」。言い得て妙。40年も経つと家庭の中の権力構造も変化する。




 スピーチをしながら考えたら女房と連れ添って41年もの年月が。あっという間だった。結婚式は今のような洒落たチャペルなんかではなくホテルというか結婚式場の旅館に設けられた神殿。披露宴も畳の大広間で、二の膳、三の膳を前にした招待客が何列にも並んだ。もちろん女房はウエディングドレスではなく内掛け。新郎の私は紋付袴である。その両脇には仲人さんが座った。いつの間にか結婚式に仲人さんの姿が消えた。




 新婚旅行は南紀白浜ハワイなど海外の時代はそのしばらく後のことである。時はマイカー時代がぼつぼつ到来しようとしていた頃。女房が花嫁道具代わりに持って来たトヨタのマークⅡで、開通して5年ちょっとの東名高速をすっ飛ばした。甲府を夕方出て富士五湖の一つ河口湖に一泊、翌日、京都、大阪を経て南紀へ。4泊5日ぐらいの行程だったように記憶している。マークⅡは自らの安給料では買えなかった。



結婚記念日2


 漫談家の綾小路きみまろではないが、あれから40年。女房が変わったばかりか親父も女房の両親も黄泉に行って久しく、入院中のふくろも認知症が進んでいる。泣いたり笑ったり、あれほど喧嘩をした私たちも自分で言ってはヘンだが、丸くもなり、いたわり合うようにもなった。「おまえ百まで、わしゃ九十九まで・・・」。お互いそんなに生きられっこないが、最近、白髪が富に目立ってきた。因みにこの言葉の「おまえ」は亭主を指すのである。




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道祖神の奇祭

道祖神1


 道祖神村と村の境や村の真ん中、または三差路や村の辻辻に鎮座している。文字通り道案内の神様であったり、村の守り神なのだろう。「村」は「地域」と置き換えた方がいいかもしれない。社のような造りはなく、その代わりなぜか丸石が。男性自身を模った石を祭る所も。天神様や薬師様と明らかに区別できる。私たちの地域では地区のはずれではなく、真ん中、公会堂の脇にある。この表現は逆で、道祖神の脇に公会堂があるのだ。





 私たちが子供の頃は、小正月を前にした七日正月が済むとリヤカーを引いて村の中を回り、松飾りや諸々の正月飾りを集め、道祖神にお小屋を作る。それがどんな意味を持つのかは今も分かっていないが、いわば仮の社かもしれない。門松や藁で作ったお小屋は、雪国の「かまくら」にも似ていて、子ども達はその中で夜を徹して遊びもした。今のようにパソコンもなければ、ケイタイもない。塾もなく、親達も「勉強、勉強」などと言わなかった。悪ガキというのではなく、素朴な田舎っ子達の遊びの舞台だった。




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 このお小屋作りはむろん、十四日正月に定めて行なう「きっかんじょ」祭りの始めから終わりまで子どもたちが運営し、取り仕切った。今のように親達、大人たちの力は借りなかった。今はというと全くの逆。大人がお小屋を作ってやり、お札作りもしてやる。灯篭作りもそうだ。若いお父さんやお母さんの中にはそれすら出来ない人も。お金を出して建具やさんに作ってもらう親も珍しくなくなった。肝心の子ども達の意識も様変わり。自分たちの祭りではなく、親や地域の大人たちに仕方なく付き合っている、というのが実際かもしれない。完全に主客転倒。親掛かりの行事になった。


道祖神2



 道祖神祭りの風習は地域によってさまざまだ。所変われば、そのやり方、中身はみんな違う。若い頃、もっと分かり易く言えば、結婚して間もない27~8歳の頃だった。珍しい道祖神祭りにお目にかかった。今は町村合併で北杜市になったのだが、当時は山梨県の北巨摩郡双葉町と言った。この町のある地域では、私にすれば奇妙な祭りが行なわれていた。恐らく今も続いているだろう。
 



 その祭りとは、男性と女性の性器を餅で作り、道祖神に奉納「おぶっく」として地域のご家庭にお配りするのである。餅は男性が搗き、女性が男女の性器になぞらえた、いわゆるあんころ餅を作るのである。餅の性器は小豆のあんこをまぶしたものだが、それが極めてリアル。神聖な祭りの行事。卑猥な勘ぐりは禁物。みんな大真面目なのだ。しかも、これを作るのは、その地域の新婚さんに限られるというから面白い。しかも檀紙に水引をつけて厳かに包まれた餅(性器)は見事に組み立てられているのだ。それを新婚花嫁が一堂に会して作るのである。




 この道祖神にまつわる奇祭は、双葉町の限られた地域。その地域は「小林」性の家ばかり。つまり、小林性の人たちの祭りなのだ。「子宝」を祈る祭事としても知る人は知る慣わしだという。「毎年、子宝を願う善男善女が全国からやって来る」と話していた。今は鬼籍の人になって久しいが、当時、子宝に恵まれなかった先輩に会社に持ち帰っておすそ分けしたら、その珍しさも手伝って大喜び。因みに、私に一人娘が授かったのもその年だった。




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どんど焼き

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 私だけかもしれないが、一年中で時があっという間に過ぎるのが正月のような気がする。三が日、七日正月が過ぎたと思ったら、もう小正月。何事にも「今年こそは」と心を新たにした元日が昨日のような気がする。考えてみれば「今年こそは、今年こそは」と言いながら一年が過ぎ、今にいる。人間とはそんなたわいもないものかもしれない。しかし、そんな短い一年という空間の中で人間何をするか、何をしたかを問われるのかもしれない。




 七日正月と言えば七草粥、小正月、つまり十四日正月と言えば、どんど焼き。この地方では道祖神祭りの一環である。その風習は地域によって異なるが、私たちの地域・山梨市のこの辺りでは「きっかんじょ」と言って子ども達が灯篭を持って各戸を回り、その後で「どんど焼き」をする。各戸を回る子ども達には、それぞれの家でご祝儀を包む。


どんど焼き


 「きっかんじょ」の灯篭は立方体で、子ども達はその時代、その時代に合った文字や絵を書き込む。今も昔も変わらないのが「家内安全」。私たちが子供の頃、灯篭の四面のうち一つに必ずあった「五穀豊穣」の言葉が姿を消して「交通安全」が。競って大きな灯篭をつくり、担ぐ形態だったものが当たり前の時代から、その灯篭は小型化したばかりか、いつの間にか手提げに。しかもそれを持つのは、主役のはずの子ども達ではなく、付き添いのお母さんたち。重い?ものは親が持ってやるのである。




 「五穀豊穣」の五穀は、言うまでもなく米、麦、粟、稗、豆(大豆)。今の子供たちは米、麦、大豆は知っていても粟や稗など知るはずがない。もっともこの五穀は時代によって変化する。この辺りはかつての米麦養蚕の農業形態から一変、果樹地帯に変わって久しい。しかも勉強優先の親の教育も影響して家業の農業を手伝うことをしない子どもが多いから、粟や稗どころか米や麦すら知らない子ども達だっていっぱいだろう。「五穀豊穣」などという祈りの言葉は、子供達にとって「そんなの関係ねえ」ことかもしれない。




 子ども達が各戸を巡回する「きっかんじょ」が終わると「どんど焼き」が始まる。所は笛吹川に近い河川敷。広いスペースの中央にストームが築かれ、午後7時半を期して点火される。真っ赤な火が夜空を焦がすのだ。見上げる火柱の先には満天の星が。田舎に生活していても普段こんな綺麗な星を見たことはない。一等星もあれば、ニ等星、三等星も。冷え込んで空気が澄んでいるからひと際鮮やかに見える。


どんど焼き_convert_20110112232541


 三々五々集まった大人も子どもも赤々と燃える大きな火の周りを取り囲む。しめ縄などお正月飾りを火の中に投げ込む者もあれば、書初めの文字を燃やす子どもも。数珠状に竹竿に針金で吊るした幾つもの団子を火の中で焼くお父さんもいる。大人には一升瓶のお神酒が振舞われる。火の力とお神酒が手伝って、いつしか身体全体が温まるのだ。


習字  


 「きっかんじょ」もさることながら、この「どんど焼き」もだんだん様変わりしている。自然保護の観点から松飾りの松はなくなり、水田がなくなったから藁束もなくなった。勢い、火種の主役は桃や葡萄の剪定クズ。養蚕もなくなって団子も繭玉を模ったものはなくなり、まん丸に。無邪気な子ども達にとって、そんなことはどっちでもいい。




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曹操に学べ

 私の知人に地方自治体の代表監査委員をしているお二方の男がいる。一人は山梨県内のある市で、もう一人は東京都の大きな市の代表監査委員だ。母校日川高校の先輩と同級生でもある。ここで紹介する同級生の方は公認会計士。いってみればその道のプロ。ある時、酒を酌み交わしながら、こんなことを言った。


酒_convert_20110110215559


「こんなご時世、財政事情の悪い自治体の監査委員など引き受けるもんじゃあないんだよ。貧すれば鈍す。自治体だって、そこで働く職員だって、ややもすると・・・」


 本音だった。



 「でもねえ、そこの市長さんはニコニコしながら財政的には優れていることを説明してくれた。だから正直言ってお引き受けしたのさ」




 この男、現実をしっかり直視したかと思えば、決して自らの夢やポリシーだって忘れない。風貌は一見、田舎の不動産屋の親爺と言った感じだが、やること為すこと意外とスマート。 「幾つになっても見聞を広めることが大事」と考えているのだろう。忙しい仕事の合間を縫っては頻繁に海外旅行にも行く。愛妻家。いつも奥様同伴だ。毎朝、英字新聞にも必ず目を通す。




 根っからの勉強家だから本もよく読むのだろう。正月2日に今年も開いた同級生の新年会で、この男は「三国志」で有名な曹操の詩を引用してこんなことを言った。


  「男は人生の晩年になっても、やらんかなの気概だけは失っちゃあいけない」

多くの仲間たちはいつものようにほろ酔い加減でたわいもない話をしていた。控え目な口調ながらも真顔の弁舌に一瞬、みんなが耳を傾けた。そうは思いたくはないが「晩年」の域に入っている自分たちが「かくありたい」と心のどこかで思っている事柄だからである。


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 曹操は小説「三国志」の中では典型的な悪役。物語の構成だからそれも仕方がない。でも曹操は見事な詩を残している。仲間のS氏が引用したのは「歩出夏門行」の一節だ。



       神亀雖寿  猶有竟時
      騰蛇乗霧  終為土灰
      老驥伏櫪  志在千里
      烈士暮年  壮心不已



 (寿命が長いといわれる亀でも、いつかは死ぬ時を迎える。霧に乗じて大空に舞い上がる龍だって、いつかは死んで土となる。しかし一日に千里を走るといわれる驥は、年老いて厩につながれても志だけは千里のかなたにある。それと同じように真の男は、人生の晩年になっても、やらんかなの気概だけは失わないものだ)


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 S氏が説いたのは、この詩の結句とも言える最後の一節。この友が言うようにいくら歳をとっても気概だけは失いたくないもの。でも加齢というものは正直。足腰など体のあっちこっちに、その≪足≫を引っ張る現象が。ついこの間まで平気だった徹夜麻雀も今では・・・。




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恩師のご高説

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 「おい、始まったよ。今年もご高説をお聞きするか・・・」


 「若者風に言えばKY(空気読めない)といったところかねえ・・・」



 母校・日川高校の新年同級会にお招きした恩師のご挨拶が始まると会場のあっちこっちで昔の悪ガキが聞こえよがしに、ぼそぼそ。毎年のことながら、この恩師先生のお話は長い。お話というより授業さながら、黙っていれば、いつまでも続くのである。

新年同窓会_convert_20110108220143


 いつもの年なら恩師先生のお話をお伺いしてから「乾杯」して宴に入るのだが、今年の幹事さん、空気を読んで「先生のご挨拶は宴に入ってからお伺いすることといたしまして」と、まずは乾杯。「それがいい。それがいい」と素直に同調する者もあれば、お屠蘇気分も手伝って「そりゃあまずいよ」と混ぜ返す者もいて和気あいあい。





 この恩師先生は国語の先生。出身は甲府一高だが、「オレは日川のヤツ等が大好きだ」と言って毎年1月2日に日川高校前のすし屋さんで開くこの新年会に欠かさず出席してくれる。80歳を過ぎた。でも教え子の私たちと一回り(12歳)しか違わない。若形で、座敷の真ん中に陣取っていなければ、同級生の一人と言っても分からないほどだ。むしろふけ形の教え子より若く見える。



 お話は毎年、干支のご高説から始まる。無駄口や隣同士、ボソボソ話している者がいようものなら「コレ〇〇、黙って聞け。人の話はちゃんと聞くもんだ」と一喝。乾杯が済んだとはいえ、ここでも幹事さんはヤキモキ。いつものように長くなると、みんなの近況報告の時間がなくなるからだ。お歳をお取りになっても勉強家の先生だからお話そのものは面白い。


日本酒_convert_20110108221308



 幹事のブレーキも手伝ってお話が終わると、仲間たちの近況報告。しかし「人の話はちゃんと聞くもんだ」といっていた恩師先生は、どうやら聞く耳持たぬありさま。新年会と言っても当世車事情からお酒を飲めない仲間たちもいる。私のように差しつ差されつ存分に呑んでしまうものもあれば、ウーロン茶で最後まで通す者も。こんな醒めた仲間の反応は厳しい。


 「先生という稼業はいいよなあ。教え子が幾つになろうと、教え子。オイ、コレが通る。教師を除けばシャバじゃあ考えられんよなあ・・・」



 「そうだよなあ。でも考えてみりゃあ、先生稼業は退職するまで、ざっと40年、全て自分より目下の子ども達相手。父兄がいたって人質を取られた父兄。学校という世界は、他にはない特殊な世界かも知れんよなあ・・・。オレ、生まれ変わったら今度は先生になりてえよ」



 改まって文字にすると角が立ったり、失礼のそしりを免れないが、そこは年に一度の同窓の集まり。感ずるままに言いたい放題もまたいい。みんながつかの間、ちょうど50年前の悪ガキ時代に戻り、恩師もその悪ガキたちを教え、戒めた若き先生に戻る。20㌔近い甲府にお住まいのこの先生を送り迎えするのも仲間の中の二人。恩師先生は「オレは生きている限りおまえ達のこの会には出る」と毎年言う。先生も先生。教え子も教え子。言いたい放題言えるのがいい。来年も長~いご高説が聞きたい。いつまでもお元気に、と願うのはわたしばかりではない。




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若者達のコピペ

 コピペ? 「コピー アンド ペースト」の略だという。へえー、うまく略すもんだ。感心はしたものの、その意味はさっぱり分からない。テレビで見ていて、パソコンやインターネット用語だと分かった。文章など、さまざまなデータをコピーし、貼り付けることを言うのだそうだ。文字の通りだ。そこでまた、へえー。


コピペ


 家族で食卓を囲んでいた時、娘が晩酌中の私に向かって言った。


 「そんなこと、知らないの。お父さんだってやってるじゃない」


 何を言っているのか分からなかった。



 「俺がやっている?」



 「そうよ。お父さんだってブログ書きながら文章を置き換える時、コピーマークをクリックしてから貼り付けたりしてるじゃない」


 「へえー、そのことか」


 単純に頷いたが、テレビはこのコピペを問題意識を持って取り上げていた。コピーし、貼り付けるというこの単純な行為に頼ってしまうと人間の脳は考えることや創造する能力を退化させてしまうのだそうだ。ここでまた、へえー。


パソコン_convert_20110106220352


 テレビを見ていたら、問題視の意味がよく分かった。教育現場、つまり大学や高校、小、中学校に至るまで、このコピペがどんどん入り込んでいるのだそうだ。例えば、大学生にあるテーマで論文を書かせると、学生達はインターネットで、それに近い解説を探して、それを切り張りしながら論文を完成させてしまうのだという。

パソコンをたたく手


 自分で資料を探し、考えながらやれば何日もかかる論文作りをわずか30分足らずでやってしまうという。第一、インターネットからの写しで、自分の考えではないから研究論文とはいえない。このコピペは小、中学校の読書感想文や作文にも今や珍しくなくなったという。私は化け物だと思っているが、インターネットにはなんでもデータが入っている。





 テレビの大学教授は苦笑いしながらこんなことを話していた。


 「学生達の論文を見ていたら、同じ内容のものどころか字句まで同じものがいっぱい。いずれもインターネットからの引用、貼り付けで、ひどいケースだと全体の64%、つまり自分の文字は、文章のつなぎも含めて36%に過ぎなかった」



 子供の頃からテレビゲームで育っているから携帯電話でのメールも空気のようにこなす。パソコンやインターネットも自在だ。私のようなアナログ人間からみれば羨ましい限り。携帯電話を片手に別の事をしながら電話機を見ずにメールを打つ子供たちを見ると「へえー」と尊敬したくもなる。


マウス

 こんな人間からすれば、今の子供たちはものすごく進化しているように見えるのだが、どうして、どうして。幼稚といったら言い過ぎかもしれないが、やっぱり幼稚だ。インターネットの情報をそのままコピペすればすぐにバレてしまうに決まっている。ITは果てしなく進化する。しかし人間の内面はそれに追いついていけないでいる。




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重箱の隅

お正月_convert_20110105000030


 三が日もあっという間に過ぎた。毎日が日曜日の身とは言え、あっという間に過ぎるお正月に後ろ髪を惹かれる思いがする。子どもの頃とは違って、あのなんとも言えないウキウキした心の持ちようは薄らいだものの、やっぱりお正月の気分はいい。なにか晴れ晴れとしていて爽やかだ。

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 心機一転。嫌なことや自分にとって不都合なことは「去年のこと」として忘れようとし、希望を持って新しい年を歩み出す。親しい同級生同士、週一回ぐらいのペースで麻雀会を楽しんでいるのだが、いつも負け頭の私なんか、「今年は完敗。来年さ」と成績不良を水に流すのである。M氏も同じようなことを言う。年の瀬とお正月。もっと言うならば大晦日と元日は一晩の違いだが、人の心の持ちようはガラリと変わるのだ。




 ご馳走もお正月に食べればお節(おせち)。もちろん、お節の中身はそれなりの理屈がある。それには重箱を用いたりもする。「重箱の隅を突付く」。お節には関係ないのだが、こんな言葉もある。些細なことまで問題視したり、干渉することを言うのだが、ものは考えようで、「重箱の隅を突付く」ことも意味があるし、突付かれてありがたいこともある。


おせち料理_convert_20110105000523


 去年の暮れ、このブログにいつもお出で頂く「柳居子」さんからこんなコメントを頂いた。去年と言うと遠い日のように錯覚するのだが、実は数日前の事。「傑作の枯露柿」と題して書いた枯露柿作りの記事で無知の上にパソコンに頼りすぎの変換ミスが手伝って「硫黄燻蒸」とするところを「硫黄薫淨」としてしまったのが事の起こり。




 「変換ミスの傑作ともいえます。其れらしく思わす言葉ですが、硫黄が付くとやはりそれで通すのは無理のように思います。おせちの重箱をつつく様なコメントで失礼しました。 (後略)」



 いやいや、どうしてどうして。「重箱の隅をつつく・・・」などととんでもない。当の本人が間違いに気付いていないのだから、指摘を受けなければ、ずっとそのまま。自らの間違いに一瞬ドキッとし、その次には感謝の気持ちに。人の間違いを見てみぬフリをしたり、正そうともしない風潮がある中で自分もかくありたいと思ったりする。

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 「柳居子」さんとはブログを通じたインターネット上の知り合い。もちろん面識もない。私もちょいちょい、この方のブログ(柳居子徒然‐楽天ブログ(Blog))にお邪魔するのだが、どうやら京都にお住まいで、私と少なからず同年輩のよう。ただ違うのは、すこぶる勉強家で、歯に衣着せぬ言い方をする。だから分かり易くていい。




 その一方で気配りもしてくれる。コメントの中身によって送信を分けるのである。私の無知を気遣ってか、今度のコメントはオープンではない「管理者のみ閲覧」に。だから、それをコピペして、このブログに書いてしまったらお叱りを受けるかもしれない。お屠蘇気分の抜けない人間の戯言とお許し願いたい。


七草粥_convert_20110105000706


 三が日が過ぎて、もう七日正月。七草粥だ。お節も飽きて、さっぱりしたお粥の方がいい。第一、お節の重箱は空っぽになった。突付くものがなくなった。




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恒例行事

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 どんな人にも、どんな地域にも恒例の行事とはあるものだ。一年中で始ての恒例行事といえば新年会であり、新年互例会である。もっと限定すれば新年拝賀式だ。これこそ元日の朝に決まっている。山梨市の片田舎にある私たちの地域では毎年決まって8時から地域の人たちが氏神さんに集まって拝賀式を行なう。終了後はすぐ隣の公会堂に会場を移して新年互例会を開くのだ。



 真新しいしめ縄や鏡餅が供えられた氏神さん前の広場にはスーツ姿の地域の人たちが。「おめでとうございます」。三々五々、集まる度に挨拶を交わす。やはり正月。みんな新鮮で爽やかだ。2礼2拍1礼。拝殿前で代表の区長に合わせて拍手を叩く。区長が年頭の挨拶をする。昨年からその役を私が仰せつかっている。

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 当たり前だが、区長だから昨年一年間の区政を総括しながら新しい年を展望、地域全体の安寧と平和、それへの地域住民の協力を求める。もちろんサラリーマンもいるが、この地域は果樹地帯だから多くが果樹農家。昨年は春先の天候不順、梅雨時の長雨、夏から秋にかけての猛暑に次ぐ猛暑。農家はおしなべて打撃を食った。「今年こそいい年でありますように」。区長の挨拶に待つまでもなくみんなの願いだ。




 新年互例会の会場・公会堂は石油ストーブで暖房が効いている。進行役はこれも決まって区長代理。年長者の音頭で乾杯。お頭付の煮干でお神酒をいただく。お神酒と言えば体がいいが、私のようなお酒好きは、神聖なお神酒もいつの間にかいつもの茶碗酒に。すきっ腹の朝一番の≪お神酒≫は利く。今年始めてのお酒。五臓六腑に染み渡る。次々に話を弾ませながら茶碗の盃を交わすのである。


お猪口


 明けて2日は母校・日川高校の同級会。これも恒例行事。卒業以来、一度も欠かさず開いて来た。50回目を迎えた。私たちの時代は今のような30人、40人といった少人数学級と違って1クラスは50人。1学年400人だった。新年会は1,2,3組が合同で開く。地元山梨だけでなく東京や埼玉、千葉、神奈川など近都県はもちろん、時には関西から駆けつける友もいる。




 幹事は2人ずつ毎年交代で担当、案内通知の発送から当日の取り仕切り、会計処理まで一切を担当する。50年も続くとみんな手馴れたもので、宴はスムーズに進む。代わる代わる近況を報告したり、四方山話に花を咲かせながらお酒を酌み交わすのである。みんな頭に白いものを頂くようになり、中にはその白いものすら失くした仲間も。その一方で顎や口ひげを逞しくしている人たちも。


新年_convert_20110101193022


 この新年会、母校の前の寿司屋さん「ふじ寿司」で開くのだが、甲府や石和温泉郷のホテルを会場にしているクラスもある。共通しているのは青春の一時期,,学舎を共にした仲間達。本当に勉強したものもあれば、私のようにろくに勉強しなかったものもいる。しかし,みんな心が通じ、共通した青春の思い出がある。最後に歌う母校の校歌に今更ながら50年前の青春に戻って胸を熱くするのである。




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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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