姿を消した雀(再)

 あのたちはどこに行ったのだろう。勤めていた会社を定年で辞め、山梨市の田舎に戻って6年半。春夏秋冬、一年を通して、ほとんどと言っていいほど雀を見かけない。寒くて外に出るのが嫌なものだから、こうしてパソコンを叩きながら、ふと顔を上げ、窓越しの庭や植え込みに眼をやっても、そこにやって来ているのは、見知らぬ鳥ばかり。


鳥

 ざっと40年。今の田舎暮らしから見れば都市部での生活といっていいサラリーマン時代の日常で、雀はおろか小鳥そのものを見たこともなかった。正確に言えば、見るゆとりもなく、慌しく過ごしてしまったと言った方がいい。しかし、≪毎日が日曜日≫となった今、周囲がよく見えるようになった。
景色

 リフォームして家は少し変わったものの、窓越しに見える庭も植え込みも子供の頃とほとんど変わっていない。のっぺりした幹の百日紅も大きな梅の老木も、また金木犀や銀木犀、五葉の松や椿、カリン、柏、石榴、杏、石楠花、キョウチクトウ、南天、くちなし・・。みんな昔のままだ。ところが、そこに来る小鳥はガラリと変わっているのに気づいた。

百日紅

 雀の三倍もありそうなカラフルの鳥もいれば、これも大きく、長い尾をピクピクさせながら、いつも番(つがい)でやってくる小鳥もいる。植え込みの向こうを走る電線に、群れを成して飛んできては一列に規則正しく停まる鳥たちも雀ではない。




 かつて、雀は田舎ののどかな風景のひとコマであった。この時期、子供たちは陽だまりに遊ぶ雀を捕まえようと、笊(ざる)の端を棒で支え、その下に米粒をまいて仕掛けを作り、隠れて紐をひいては遊んだ。朝は雀の鳴き声で目を覚ました。春先の産卵期ともなればわんぱく小僧は高い屋根に上って雀の巣を獲った。雀が巣を作るのは軒先。無邪気にも、瓦を剥がして獲るものだから親父にこっぴどく叱られたものだ。

スズメ2

 「親方、少しは雀の巣、ありますかねえ」


 「ねえねえ。わしら、こうして屋根の葺き替えも沢山やらせてもらうが、最近、雀の巣なんて見たことがねえですよ」


 我が家では、数年前の夏、築80数年の母屋と四つの蔵、そして二つの物置の屋根を思い切って葺き替えた。親方以下、3~4人の屋根職人が二カ月がかりの工事だった。クレーン車など重機を使っての作業だから、ひと頃よりは楽だろうが、高い屋根の上を軽業師のように飛び回る職人さんたちを見て、さすが、と思った。子供の頃が懐かしい。

屋根修理
≪屋根葺き替え中≫


 「どうして、雀がいなくなっちまったんですかねえ」



 「分からねえねえ。多分で言っちゃあいけねえが、餌が減ってしまったことが原因じゃねえですかねえ。それと、見慣れぬ鳥は地球温暖化というヤツのせいじゃあ・・・」

スズメ


 そうかも知れない。米麦中心の農業形態から葡萄、桃、サクランボなど果樹地帯に姿を変えたこの地方は穀物が一粒もなくなった。消毒するから虫も少なくなった。雀たちにとっては住みにくい世の中になったのだろう。変わって登場した野鳥は逞しい。柿も食べれば葡萄も食べる。サクランボなんか、うかうかしていたら、丸裸にされてしまう。


屋敷


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ブログと庭先の小鳥(再)

 寒い。本当に寒い。それもその筈。二十四節気の一つ、大寒を迎えたのだから無理もない。天気がいいので、外に出て、ちょっとは仕事をしなければと、頭では考えるのだが、それが億劫になる。この時期は、農閑期といっても田舎暮らしをしていれば仕事は山ほどある。むしろ、この時期にやらねばいけない植え込みや柿の木の剪定だってその一つだ。ほとんど燃やしてしまうのだが、剪定した枝などの始末もしなければならない。


枝


 イチョウ、カリン、杏、ざくろ・・・。みんな葉っぱを落として裸になっているが、徒長枝は伸び放題。ここで切り落としてやらないと、いい芽が出ないばかりか、そこからまた新しい芽が出て、植え込みがボウボーになってしまうのである。松やチャボヒバ、棕櫚、モミの木などの常緑樹だって同じことだ。

木


 柏の木のようにいつまでも枯葉を落とさず、見苦しいというか、無残な姿をさらけ出しているものもある。この柏の葉っぱは、やがて来る端午の節句で、あの柏餅を包む、おなじみのものだ。周囲の木々がみんな枯葉を落とし、春への準備をするのに、なぜかこれだけはなかなか葉っぱを落とさない。今日も空っ風に吹かれて、枯葉がカサカサ音を立てている。


柏餅


 「明日にしよう」と、そんな植え込みの剪定の先送りを決め込んで、パソコンに向かっていると、庭の植え込みに何羽もの小鳥が。「あっ、あれがメジロか」。いつも見せて頂く東京の「のりぴー」さんのブログを頭に浮かべた。早速、自分のブログの「edita」から「のりぴー」さんのブログhttp://blog.goo.ne.jp/nori_peeを訪問。期待通り、今日も見事な小鳥の写真を掲載していた。



 
 定かなことは分からないが「のりぴー」さんは庭先にミカンやいくつかの餌を置いては、毎日やって来る小鳥をいたわり、望遠レンズでカメラに収めているのだろう。そのひとコマひとコマは実に爽やかで、生き生きしている。メジロもいればヒヨドリやシジュウカラ(四十雀)、ジョウビタキも。小鳥というものは、その時々、こんなに豊かな表情を見せるものかと、感心させられたりもする。周囲の植え込みをも写してくれるから、その時の季節感も一緒に伝わってくる。先日は、梅数厘が花開いていた。山梨より東京の方が、春が早いのだろう。


四十雀


 この写真ブログには一口コメントもついている。それによると、小鳥にもはっきりとした力関係があるのだそうで、一見強そうなジョウビタキはメジロが来ると逃げる。シジュウカラはもっと弱いのだそうだ。「のりぴー」さんはカメラのレンズを通して、いつも小鳥達と会話しているから、その力関係や喜怒哀楽まで分かるのだろう。




 そんな事を考えながら、我が家の庭にくる小鳥達を見ていると、無知な自分なりに新たな発見が。「あっ、あれはメジロだ」「ジョウビタキ、シジュウカラもいる」。見慣れぬ小鳥がやってくる、とばかり思っていたら、結構ポピュラーなヤツもいる。.同じ関東の界隈。同じような小鳥が生息しているに決まっている。人間、ちょっと関心をもつか持たないかで普段見えないものも見えたりするから不思議。それにしてもブログとは便利なものだ。



鳥


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子どもたちのお天神講(再)

 「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘れそ」
ご存知、菅原道真の和歌だ。今年も1月25日、地域の子ども達が私の屋敷の一角にあるお天神さまに天神飾りの奉納にやって来た。


お天神講1


 赤、青、黄色・・・。七夕飾りにも似た大きな笹に色とりどりの短冊が。「勉強が出来るようになりますように」「成績がよくなりますように」「今年一年健康に過ごせますように」。短冊には子どもたちのさまざまな願いが記されている。





 その可愛らしい短冊の内容をカメラに収めようと思っていたのだが、ちょっとタイミングをはずしてしまったせいか色があせてしまい、時期をを失した。それはともかく、お天神講は、小正月の道祖神祭りと共に、この地域の子ども達の一大行事。お天神さまは、もしかして学業の成績を上げてくれるかもしれないから、子ども達にとっては道祖神よりありがたい存在かもしれない。

お天神講


 このお天神講、今の子供たちはどんな形でやっているのか定かではないが、私たちが子供の頃はある意味で盛大だった。子ども達はお米や野菜を持ち寄り、各戸持ち回りで、今風に言えば食事会を開くのだ。裏方のお母さん達は大きな釜で炊き出しをした。わいわい言いながら食べた、お母さん達が作ってくれた真っ白いご飯、サトイモや大根、人参などの煮っ転がし、熱い味噌汁・・・。うまかった。この歳になっても、その味は忘れられない。


白米


 リーダー役の6年生は自転車で隣町の文房具屋さんに行ってノートや鉛筆、消しゴム、筆箱、下敷き、クレヨンなどを調達して学年別に配る。いわゆるプレゼントである。それも、嬉しかった。その頃の家は、今のような住宅構造と違って田舎風の造りだったから、内部のふすまを取っ払えばいっぺんに大きな部屋になる。子供たちはそこで腹いっぱい食べ、一日をなんとなく遊ぶのである。戦後の貧しい時代だった。






 菅原道真は、生まれたのも、没したのも25日。それも丑年だった。だから、子ども達の天神講もその日を充てているのだろう。ものの本によれば、わずか5歳で和歌を読み、11歳で漢詩を作った。14~5歳の時には「天才」と言われ、後に「文道の太祖、風目の本主」と仰がれた。天神講は、庶民の教育機関として寺子屋が普及した江戸時代、書道の上達や学業の成就を祈願して行われるようになったという。


湯島天神


 お宮は、おしなべて皇室を祭ったもの。わが国で平民を祭ったお宮は徳川家康の東照宮(日光と久能山)と菅原道真の天満宮だけ。このうち、東照宮は徳川家が自らの権力でなさしめたものだが、天満宮は、ちょっと違う。庶民の人気とは裏腹に左遷されたり、不遇を受けた道真が亡くなった後、天変、地変が相次いだことから、時の権力・平安京が祭ったものだ。道真の怨霊を恐れたのである。

お天神講3


 お天神講の子ども達にとっては、そんなことはどっちでも良かった。たらふく美味しいご飯を食べ、ノートや消しゴムをもらうことの方が喜びだった。俺達「成績がよくなりますように」なんて短冊、書いたっけ?子ども達が奉納した短冊を見ながら今の子供たちとのレベルと世相の違いをまざまざと感じた。そしてなによりも違うのは子ども達の数・短冊の激減だ。





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科学者の沈黙

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 今、ロードショー公開中の映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六」の中でも描いているが、マスコミと世論。この二つは表裏の関係。メディアは人間の心の内や動きを伝え、それを伝えることによって、また世論を形成していく。世論とは、元をただせば、たわいもないもの。だから≪世論はお化け≫とすら思っている。ちょっと乱暴な独断と偏見だ。




 一時的にはひんしゅくを買い、時には、その≪世論≫からの袋叩きを覚悟して、「オレはこう思う」と、化け物の≪世論≫に歯向かう政治家が一人や二人いてもいいのでは、などと勝手なことを考えるたりもする。「百万人と雖も我行かん」。そんな政治家はいなくなり、そういう腹の座った政治家を育てる土壌すら日本には失せてしまったのか。


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 あの東日本大震災がもたらした福島原発事故。国民みんなが空気のように享受した原子力エネルギーは一転、悪者に。もちろん、その被害と恐怖は計り知れない。被災者の気持ちと今を考えると、察するに余りある。「もう原発はご免」。その通りだろう。




 当然のように「原発反対」の狼煙が。「そうだ。そうだ」。メディアはその動きを伝え、結果的に煽り立てる。原発アレルギーは「野火のように…」などと言うのんびりした動きではなく、あっという間に世界をも巻き込んで日本全土を覆った。しかし「本当に大丈夫?」。素朴な原発アレルギーと裏腹に、原発否定に一抹の不安を抱く人だって少なくない筈。




 国民の家計に直接響くコスト高だ。ところが、そんな声は表に出ないばかりか、肝心のメディアだって沈黙? 人々はメディアが伝える太陽エネルギーや水力、風力による発電を叫ぶ。さすがに火力発電は、その資源がないことを知っているので、声高には言わない。




 案の定、東京電力は企業向けを第一弾に電力使用料金の値上げを打ち出して来た。一般家庭向けの値上げの前段であることは言を待たない。安全は欲しい。でもお金を出すことは嫌。これまた、どこかの国の安全保障と同じだ。自分たちの国や家庭は自分たちで守る、と言う本来あるべき気構えは、どんどん薄れていくのか。場渡りで動く日本人の姿が…。


人々_convert_20110316205104


 「日本はもちろん、世界中には科学者と言う、頭のいい人、沢山いるんでしょう。原子力だって、そもそもは人間が開発したもの。何で、その安全確保が出来ないの?」



 うちのかみさん、時にはうまいことを言う。国民世論に作り上げられようとする原発アレルギー、原発否定の動きを横目に科学者たちは沈黙?を守ったまま。もちろん、ただ沈黙し、何もしないわけではないだろう。しかし、人々が将来に向けて安心や夢を抱かせてくれるような科学者の声は少なくとも聞こえて来ない。政治家に至っては、ただ大衆迎合するばかり。それへの対策を講じようとしない。漫画家手塚治虫の方がよっぽど夢がある。




 民主党政権がパフォーマンスでやって見せた「事業仕分け」。その時、仕分けの中心的な立場にいた女性政治家は、こともあろうにこんなことを。「日本の科学技術は一番でなければいけないんですか?」。何事にも言えること。一番を目指さずして、二番も三番もないことはみんなが知っている。「もっと科学技術の開発にお金をかければいいのに…」。うちのかみさんだって言う。原発は、今は諸刃の剣なのだ。




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原発の是非

 人間が生きて行く上で、最も大事、というより欠かせないものが空気。それでいて、いつも周りにあるから、つい、そのありがたさを忘れてしまうのも空気と水だ。「空気や水のように」。私たちは、大切なものを粗末に考えたり、扱うことを、その喩(例え)とする。

水


 電気も同じ。日常の中に何事もなくあって、日常生活に、これまた反乱する電化製品を空気のように、当たり前に作動させる。茶の間のテレビや炬燵、エアコン、台所の電気炊飯器や冷蔵庫、レンジ、それに洗濯機や掃除機…。居間や台所の床暖房や風呂場の湯沸しも。まさに電気も空気や水と同じようになった。

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 3・11。昨年の東日本大震災、とりわけ、あの大津波がもたらした福島原発事故は、電気の在り方に留まらず、その在り様まで突き詰めて考える、とてつもなく大きな問いかけを国民に投げかけた。原発の是非である。


 「お父さん、津波も怖いけど、放射能の方がもっと怖いわよねえ…」


 「そうだよなあ~…」


 「原発なんか、ご免だわよ。あれ、みんな、無くしちゃえばいいのよ」


 「原発を無くしたら、俺たちが使う電力、どうして賄うんだ?」


 「火力だって、水力、風力だってあるじゃない。太陽光発電だって…。ソーラーよ。テレビで宣伝しているじゃない…」


 「でもなあ~、みんな、原発の何倍ものコストがかかるんだぞ」


 冬は陽が短いし、寒いから、夕方早目に炬燵に入り、晩酌をしながらの女房とのやり取り。いつものように、たわいもないバカな夫婦の会話である。


冬景色4


 女房ばかりでなく、私だってそうだが、日本人はメディアの影響を受け易い。「テレビでやっていたわよ」。「テレビで言っていたわよ」。お世辞にも新聞をよく読むなんて言えない、うちの女房、情報の大半は、確実にテレビから。しかも簡単に影響されるのだ。




 独断と偏見かもしれないが、日本人は事ある度に、ある種の最大公約数を求めたがる。その行為は無意識のうちからかもしれない。例えば、自民党と民主党の政権交代劇、近くは大阪の市長選。≪何か≫を求めて、わぁ~っと動く。それが≪世論≫という名の化け物を作り上げる。その陰にテレビや新聞などのメディアが。メディアはまた、それを「世論だ」と、もっともらしく固定するのだ。




 よく考えてみれば、日本人特有?の付和雷同の結果以外の何物でもないようにも思う。新聞、テレビの報道や、人々が何の気なしに作り上げる口コミに、知らず知らずに自らの言動を導き出していく。熟慮した結果、などという大そうなものではないのではないことだけは確か。でも、それを世論と位置づけると、途端に重みが出るから不思議だ。かつてタレント候補を圧勝させた大都市・東京、大阪の知事選のパワーも凄かった。




 東日本大震災がもたらした福島の原発事故。原子力発電の是非は、空気や水と同じように人々の生に関わる事柄だけに付和雷同の答えでは済まされまい。




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停電の暗闇

 我が家にとっては、ある大きな出来事があって 大勢の人が集まった。当然、普段より多くの部屋の電気も付ける。寒いから電気炬燵も。料理のための電子レンジも頻繁に使うし、冷蔵庫も男どもが欲しがるビールなどでいっぱい。電気炊飯器や湯沸しのための電気ポットもフル稼働。台所や居間の床暖だって使う。そのうえ、エアコン暖房も。


 突然、家中の電気が消えて真っ暗に。


 「おい、ヒューズが飛んじまった・・・」


暗闇_convert_20120120094100


 戦中生まれの私もそうだが、少なくとも戦争を前後した生まれの人間は、電気が消えると「ヒューズが飛んだ」と、直感し、そんな表現をする。正しくは「ブレーカーが落ちる」なのである。昔のようなヒユーズなどというものはなく、そこへの電流が過剰になると、自動的にブレーカーが落ち、電流の流れを遮断するのである。



 「兄貴のところは、家が大きいんだし、人が集まる機会が多いんだから、電気の容量をもっと大きくしておかなきゃあダメだよ・・・」


 「バカ言え、ここは50アンペアにしてあるんだぞ」


 「へえ~、それでもダメか」



 暗闇の中で、戦中生まれや戦後間もなくの生まれの弟たちは、暗闇の中で一瞬、右往左往。それどころか、その子供や孫たちに至っては大騒ぎ。全国的だったのかどうかは知らないが、この辺り(山梨)でも、昨年の3・11の福島原発事故の後、何度か「計画停電」という名の洗礼を受けた。でも人々は、それに甘んじた。文句も言わなかった。


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 「のど元過ぎれば、熱さ忘れる」。先人は、うまい格言を残したものだ。あの3・11の後、「計画停電」の不自由を文句も言わずに許容し、そればかりか、電気の大切さも知った。節電にも心掛けた。ところが今…。

電球_convert_20120120095226

 考えてみれば、私たちが子供の頃は、停電なんか日常茶飯事。夏と言わず、冬だって停電するのだから、暗闇になってもみんなびくともしなかった。



 「蝋燭を持って来い…」


 どの家庭にも手近かに蝋燭が用意されていて、急場を、その光でしのぐのだ。テレビもなければ、電気炊飯器も冷蔵庫もないのでびくともしない。炬燵だって炭火だから平ちゃら。夏だと落雷、冬だと子供の凧揚げなど、一年を通して事故や送電、変電のトラブルが原因で停電が起きるのだ。4人、5人と子沢山の子供を抱えたどの家庭も、ちゃぶ台や炬燵の上の淡い蝋燭の火を囲んで電気の点くのを待った。


雷_convert_20120120094254



 歌謡曲や浪曲が流れるラジオが止まるのが、ちょっと寂しいが、停電を当たり前のこととして受け止めた。ところが、そんなことを体で知っているはずの私たちですら、今、ひとたび停電に見舞われようものなら、みんなで右往左往。大騒ぎするのである。福島原発事故を契機に知った「節電」もいつの間にか忘れて来たのか、「早く何とかしろよ」。久方ぶりに集まった≪大家族≫は、誰も停電を我慢しようとしないのである。(次回に続く)




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お地蔵様のよだれかけ

雪景色_convert_20110212202043


 「お父さんねえ、どうしてお地蔵さんは赤い服を着ているの?」



 「お前、藪から棒に何を言い出すんだよ」


  「だって、いつも、そう思うんだもの。さっきも道端にあったお地蔵さん、やっぱり赤い服着てたわよ…」


 女房は車のハンドルを握りながら、助手席の私に、こんなことを言った。

車_convert_20111014071257


 「この寒空に、お地蔵さんだって裸じゃあ寒くて風邪を引くだろうに…。かわいそうじゃないか」


  「私が聞いているのは、なぜ、赤い服を着せるかってことよ」


 「いい歳して、バカだねえ。お地蔵さんに黒い服を着せたら様にならないし、白だったらすぐ埃で真っ黒になっちまうじゃあないか」



 いい加減なことを言った。正直言って答えに窮した。赤い布が着物ではなく、赤ちゃんのヨダレかけで、頭に被っているのは頭巾であることくらいは知っている。お地蔵さん信仰は、子安、子育て信仰、と聞いたことがある。ならば「ヨダレかけ」も理にかなう。


 でも女房がたわいもなく言うように、なぜ赤? 確かに、みんな赤いヨダレかけをし、赤い頭巾を被っている。


 ある時、仲間と酒を酌み交わしながら、私たちバカな夫婦のたわいもない会話を思い出して、酒飲み話にしてみた。そうしたら・・・。




 「お前、そんなこと知らないの? 赤はねえ、血の色。つまり生命を表しているのさ。そもそもは、お前が言うように子安、子育て信仰から来たもので、人々は子供の安寧と救済、供養をも願った。水子地蔵はその一つ。お地蔵さんへの期待は大きく、やがて交通安全をも委ねるようになった。交通事故が頻繁に起きれば、地域の人々はお地蔵さんを祭って『もう二度と事故が起きませんように』と、願ったのさ」


 酒飲み話とはいえ、話はしてみるものだ。


 何時だったか長野県の佐久に親しい知人の病院長をお尋ねした時、奥さん共々「佐久に来たんだから鯉料理をご馳走するよ」と言って有名な鯉料理屋さんに案内してくれた。そのすぐ近くに「ぴんころ地蔵」というお地蔵さんが立っていた。

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 「ピンコロ、ってなんなの? ヘンなお地蔵さんですね」


 歳取ったら、病もせず、あっさりとあの世に逝かせてくれる、ありがたいお地蔵さんさ。分かり易いんじゃあないですか。ぴん、ころ・・・」



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 何でも、そのお地蔵さんの名付け親は佐久の市長さんだという。「ピンピン、コロリ」。言葉尻からすれば、いかにも乱暴のようにも響くが、歳取った人間の気持ちとすれば、まさに言い得て妙。言葉尻をつかんで、つまらぬことで上げ足を取りたがる姑息で、ヘンな世の中。この市長さんの地蔵命名は何とも小気味がいい。人間は何でもお地蔵さんに頼んでしまう。ただ、このお地蔵さんに赤いヨダレかけはかかっていなかった。 お年寄り相手だから?・・・。



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赤富士と紅富士

 「♪頭を雲の上に出し 四方のお山を見渡して 雷様を下に聞く 富士は日本一の山」
ご存じ、唱歌「富士山」の一節である。

富士山


 むろん頻繁ではないが、外国からの親戚や知人が来ると必ず、富士山にお連れする。ホームステイでお預かりする中国などの学生さんも同じだ。登山など望むべくもないから、五合目までだが、その度にお客さんのみならず、富士山の大きさと≪日本一≫を実感する。





 「♪木曾の御嶽山 ・・・・・夏でも寒いよ・・・」。御嶽山ですら、と言ったら叱られるかもしれないが、標高3,067mの御嶽山が夏でも寒いのだから、日本一の富士山は言わずもがな。昨年夏も山梨県人権擁護委員連合会の人権啓発イベントで登ったが、寒いこと寒いこと。たまたま天候が乱れたので、みんなで震え上がった。「富士山」の歌にあるように雲海は眼下に。雨は上からではなく下から吹き上げるように降って来るのだ。




 これも当たり前。夏の富士山は肌をむき出しにする。車で五合目まで行けば、すぐそこに3,776mの山頂が見え、そこには木一本、草一本生えていない。あるのは崩れた黒色の溶岩と赤茶けた荒目の土。それも溶岩土で、カサカサにあれた山肌だけ。


富士山2


 人によっては「富士山は登る山ではなく、見る山」という。まさに言いえて妙。素肌を見ずに、遠くから曲線美を楽しみ、下界で妄想に耽る方がいい。荒れた山肌や、その真っただ中に立たされたら、ロマンにも絵にも字にもなるまい。

 


 写真家や絵師、文人はいつの世でも、この山を題材にし、その表現にあくなき挑戦を続けて来た。浮世絵師・葛飾北斎の「富岳三十八景」もその一つだし、横山大観も好んで富士を描いた。山岳写真家の白旗史郎はその師・岡田紅陽と共に厳冬の富士を狙った。松本清張は、その裾野に広がる青木が原樹海を小説「波の塔」で有名にし、皮肉にも自殺の名所に作り上げた。「富士には月見草がよく似合う」と書いたのは太宰治だ。


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 時代をずっと遡って万葉の時代。歌人も好んで富士を詠んだ。ろくに勉強しなかった高校時代だが、何故か一つだけこの歌を覚えている。「田子の浦ゆ うち出でて見れば 真白にぞ 富士の高嶺に雪は降りける」。山部宿祢赤人の歌と先生は教えた。若い頃、一人娘を連れて静岡の伊豆に海水浴に行き、連絡船で田子の浦から見た富士が瞼に焼き付いている。




 万葉集全二十巻には、この山部の歌のほか十の歌が詠まれているのだそうだ。調べてみたら三巻と十一巻、十四巻にあった。古代から人々は、この山を崇め、畏れ、文化人は、それぞれの視点で富士山を見つめ、表現し続けた。この営みはこれからも永遠に続くのだろう。




 久しぶりに早起きして窓越しに見た富士は朝日に真っ赤に映えていた。その日の新年会の酒席で「今朝の『赤富士』は見事だったよ」と言ったら笑われた。この男は日川高校時代の同級生で、私のパソコンの師匠。「萩さん」というのだが、勉強家で実は万葉集11首も彼から。彼によると、赤富士は夏の富士。今の時季、冬の冠雪した富士が朝日に赤く染まった富士は「紅富士」という。正月早々、ひょんなことから勉強させていただいた。




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富士の素顔

富士山 


 富士山とは不思議な山だ。こうしてパソコンを叩きながら、ふと顔を上げ、窓越しに見える富士山を眺めながら、いつも、そう思う。お天気が悪ければ、もちろん姿を隠すのだが、天気さえよければ、いつだってこちらを向いてくれる。当たり前の日常だが、その顔は一度として同じ顔を見せたことがない。四季折々、表情はみんな違うし、一日の内でも朝、昼、晩、一刻一刻、違うのである。



 泰然自若に構えていたと思ったら、頭の辺りに雲を呼び、怒ったように風を吹かす。その怒りの度合いは、前衛の御坂山塊を隔てた、甲府盆地のここ山梨市に居ても手に取るように分かる。今の時季だと雪化粧の顔や髪を振り乱して吹雪を起こし、風を吹かせるのだ。その怒りが激しければ激しいほど、甲府盆地は、諸に強風の洗礼を受ける。


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 山梨の人たちは富士山の表情を見ながら天気を占う。山頂付近に雲がかかれば「風が吹くぞ」と、習慣的に悟り、5月の中旬、富士山の中腹に「農鳥」が出来ると、田植えなど、その時々の農作業のはじめを知る。「農鳥」とは春の雪解けがもたらすもので、何故か毎年同じ時期に鳥の形の残雪を同じ所に貯めるのである。




 この時季になれば、それまでの厚い雪はじわじわと解け、夏の富士へと姿を変えるのだが、今の1月はそうはいかない。うちの女房ではないが、化粧(雪)をだんだん厚くし、名実ともに威厳を強めるのだ。私は赤茶けた素肌を見せる夏の富士より、雪を冠り、しっかりと化粧した富士の方がいい。女性の厚化粧はいただけないが、富士の厚化粧は重厚だ。



富士山


 富士山は山梨県と静岡県の境に座っている。一般に山梨県側を北富士と言い、静岡県側を東富士と言う。方角だから間違いはない。現に、その両方に存在する自衛隊の演習場は山梨県側を北富士演習場と言い、静岡県側を東富士演習場と言う。両方とも日米地位協定によって米軍も使用している。




 国防とか自衛、ましてや日米のしがらみなど、ここではどっちでもいい。一年中、土手っ腹では大砲の音が鳴り響いているのだが、当の富士山はびくともしない。それどころかユネスコの世界遺産(文化遺産)登録をもにらんでいる。来年の今頃は、それを成就しているだろう。




 季節や刻々と変わる表情もさることながら、富士山にはいくつもの顔がある。当たり前のことだが、四方、八方、見る位置で形が違うのだ。富士があしらう富士五湖から望む富士山を見ても、山中湖からの富士と、河口湖や西湖、精進湖、本栖湖の富士はみんな違う。五つの湖の風情に合わせてその雄姿を映し出してくれるのである。


富士山


 もっと範囲を広げて北と東。山梨県側から見る富士と静岡県側から見る富士は、また違う。一口に表現すると山梨県側からの富士が男性的なら、静岡県側からの富士は女性的。ワンサイド、山梨県側から見た場合、丸ごと見える山麓地方は別に、甲府盆地からの富士は、見る場所で形も違えば大きさも違う。御坂山塊が足腰を隠す屏風の役割を果たしてしまうからで、場所によっては頭まですっぽり隠してしまう所もあるのだ。(次回に続く)




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映画の字幕

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 「今日、お父さんと山本五十六の映画を見に行ったんだけど、びっくりしたわよ。あなたの息子さんの名前が字幕に出ているじゃあない…」



 娘夫婦たちと一緒に映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六」を観て山梨市の自宅に戻って来た女房は、まるで特ダネでもつかんだような口ぶりで友達に電話していた。この友達は、女房の学生時代の仲良しで、広島県は宮島生まれの広島育ち。ご主人は起業家で、数年前、息子さんに社長職を譲った。映画の字幕は製作協力者としてであった。



 「お父さん、映画一本作るのに、あんなに沢山の人たちが関わるのね…」




 女房はそんなことも言った。山本五十六は戦争が暗転して行く昭和18年5月、死を覚悟して苦戦を強いられる南方諸島の前線視察に出かける。狙いは一線兵士の激励だ。参謀たちは危険を伴う前線視察に猛反対する。五十六を乗せた軍用機は案の定、敵機の襲撃を受け、火と煙を吹きながら南方樹林の上を彷徨うように落下、爆発、炎上する。この映画の事実上のラストシーンである。

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 そのあと、バックミュージックに乗って字幕が流れるのだ。山本五十六を演じた役所広司らオールキャスト、監督以下のオールスタッフ、製作協力者・・・と続く。字幕だからその中身は単調だが、紺碧の海の上に流れるように映し出される字の帯は、意外に迫力がある。それに相乗効果をもたらすのがサウンドミュージック。3分ぐらい続くのだろうか。




 お正月の三連休の中日とあってか、300人ほどの収容能力がある映画館はほぼ満員。物語そのものが終わっても観客は誰ひとり立ち上がらなかった。昔の映画では「字幕はいいよ」とばかり立ち上がり、せっかちに劇場を出る人たちが目立ったものだが、全く違った。




 女房もその一人。いくらお友達の息子さんと言え、洪水のように流れる、あの膨大な人の名前の中で、一人の名前に気付くのは大変だ。何の気なし、とはいえ、じっくり字幕を見ていた証拠だろう。映画が質の高いものであればあるほど、最後の字幕放映に余韻を残すものかもしれない。




 そういえば、映画から足が遠のくばかりだ。最近見たのは1~2年前の「休暇」、その前はずっと前の「タイタニック」。げに映画を見たければ、家庭に居ながら茶の間のテレビで楽しめる。そんな時代背景が映画館、引いては映画産業そのものを斜陽化させた。映画製作の一方では、ビデオ制作を同時進行させ、一定のタイムラグで市場化するようになって久しい。私たちはロードショーから半年すれば、茶の間で、その映画を楽しめるのだ。

タイタニック 


 昔は地域のあちこちにあった映画館が、雪崩を起こすように消え、ここ山梨でも県都甲府の繁華街からでさえ一つ二つと消えている。ところがその映画興行に新たな動きが。商業活動の郊外化をリード、後押しするように甲府の周辺部に大手のショッピングセンターが進出。買い物客の流れを変えたばかりか、人々の娯楽の域まで変えつつある。




 現に「聯合艦隊司令長官 山本五十六」も甲府の中心街から5~6k先に出来た大手のSC「イオンモール」での放映。一つの街、と言ってもいいほどのショッピング街の一角にお目見えした映画館なのである。




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葡萄棚潰しと映画

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 どなただったか、このブログにお出で頂く方のコメントに誘発されて映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六」を観た。「久しぶりに映画でも観に行くか」。寒空の中でブドウの剪定を手伝った女房と娘夫婦の≪慰労≫の意味合いもあってのことであった。



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 一口に言って面白かった。初めは「お父さん、戦争映画なんて嫌いよ」と言っていた女房も「面白かったわね」と、ご機嫌。映画は日独伊三国同盟をめぐる軍部内の対立から描き始める。米国との戦争が日本を破滅に追い込む、と考え、戦争をなんとか阻止しようとする五十六。しかし、軍部と世論?は戦争へと引っ張り込んでしまう。


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 五十六は、そうなった以上、米国の主力艦隊集結基地・真珠湾を攻撃、大打撃を与えたうえでの≪講和≫で、早期の戦争終結を目論むのだが…。映画は、一方で≪世論≫という名の化け物も描く。新聞の社説は戦争推進派の軍部を擁護し、戦争を煽り立っていく。それまで経済的にも閉塞感に包まれた国民は「勝った」「勝った」とうかれる。ところが実際の戦況は報道とは違っていた。




 日本を戦争に導いたのは、軍部だけではなく、当時のマスコミも加担していたことを、この映画は、言外に語っていくのだ。それを知る由もない、国民は報じられる戦況に拍手喝采し、日ロ、日清の戦争勝利の再現を信じて浮かれ≪世論≫という名の化け物を作り上げていく。




 テレビなんかない時代だから現代の「劇場型」という表現は当たらないかもしれないが、本質は同じ。70年前もマスコミ報道に簡単に踊らされる国民性は変わらなかったのか。映画では、新聞の論調を左右する主筆が、まるで日本のかじ取りを任されたように傲慢に振る舞い、世論形成をしていくのだ。もちろん、それに疑問を抱く記者も。しかし、勢いはそれも封じ込めてしまう。



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 現代にも、これに似た現象はないか。70年前と違うのはテレビ。じり貧状態にある新聞の一方で登場したテレビは、速報性を武器に、茶の間にデンと座った。タイムリーな速報に留まらず、事ある度に「これでもか」「これでもか」とばかり繰り返しの報道をするものだから、良きにつけ悪しきにつけ、私たちは、それに巻き込まれ、やがては洗脳?されていくのだ。




 そんなつまらぬことを考えるきっかけとなった映画の鑑賞。そのそもそもはブドウの剪定。剪定と言えば聞こえがいいが、ブドウ作りにバンザイしてのブドウ棚潰し。ざっと6反歩の巨峰、ピオーネを全部切ってしまおうというものだ。真珠湾の奇襲攻撃で突っ込んだ日米開戦は、私が生まれるちょうど一年前。その頃、この辺りの農業構造は文字通りの米麦養蚕であった。


山梨の葡萄棚


 それから70年。その間にブドウや桃、スモモ、サクランボなどの果樹地帯に一変、大局では順調に歩んで来た。しかし、この果樹地帯も根底では、グラグラと揺らぎ始めている。近代農業に脱皮できない農業構造もさることながら、今日、明日にも迫った後継者不足が決定的な難題。そんな事情にTPPなど世界経済の荒波が…。平成の黒舟が農業鎖国の開国を迫っている。農業ばかりでなく、日本はどこに向かうのか。シビアに現実を見る山本五十六だったら…。


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被統治能力

 「今の政権には統治能力がないが、国民には確実に被統治能力がある」


 今年も1月2日、開かれた母校・日川高校の同級新年会で、恩師先生は、のっけからこんなご高説をたれた。「被統治能力」。オヤっ、と思った。それほど聞き慣れた言葉ではないからだ。一瞬、痛烈な皮肉にも聞こえた。

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 しかし、恩師先生は、いつもの口調で、得々と話す。


 「間もなく1年になる、あの東日本大震災を見て見ろ。未曾有の災害と言われた震災の後、被災地では虐脱も起きなければ、暴動の一かけらも起きなかった。外国だったら、こんな時、住民は虐脱に走り、政治に不満を抱いて暴動まで起こす。それがどうだ。みんなが助け合いながら後始末をし、復興への模索を始めた。こんな国民は世界に居ないね」




 確かにそうだ。日本人の優れた≪被統治能力≫かもしれない。本当の意味での絆、という言葉をも確かなものにし、その絆を全国民、世界にも広げた。恩師先生に言わせれば、それが外国人には≪日本人固有の美≫として映った。考えてみれば、窮地に陥った時、どう振る舞うかが人間の普遍の真価なのである。

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 この新年会は、毎年同じ日に母校の正門前にある「ふじ寿司」という割烹で開く。自分たちで言ってはおこがましいが、卒業した翌年から一度も欠かさず開いているのだから尊い。それも今年で50回、半世紀の歴史を刻んだ。中には、その50年、一度も出席を欠かしたことがないという仲間も何人もいる。




 立場こそ違え、恩師先生もそのお一人。「オレは、お前らと、こうして酒を飲むのが楽しみだ」と言い、「オレの生きている証だよ」と言ってはばからない。全員が顔をそろえたところを見計らって、幹事役が「先生から一言、お話を頂きます」と水を向けると、ご高説が始まるのだ。幹事さんは一年交代。二人ずつが当たる。



 御歳81歳。午年生まれだから、教え子の私たちと丁度、ひと回り、12歳違う。でもこの歳になっての12歳の差は姿かたちの違いを薄めてしまう。若形だから表から見れば、教え子との差は全くと言っていいほど感じない。でも、その言動は今でも≪先生≫だ。

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 この先生のご高説は毎年、干支の話から始まる。


 「今年の干支は辰(龍)だ。元日の山梨日日新聞も書いていたが、十二支の中で唯一、実在の動物ではないのが辰。架空のこの辰はねえ・・・」


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 「先生の話は、また長いぞ」。居並ぶ教え子たちは、不良生徒よろしく、そう言ってニヤニヤし始めるのである。そう言えば、先生のご高説は年ごとに長くなる。毎年、15㎞ぐらい離れた甲府市のお宅まで迎えに行っているという仲間に言わせれば、ちょっと見る日常の片鱗にも≪年齢≫は隠せなくなったという。



 「奥さんを亡くしたせいか、家の中の整理もままならないよう。居間には何か月も前の新聞やチラシが…。ただ、ライフワークの新聞の切り抜きは丹念にやっている」


 「オレ、最近、耳が遠くなってなあ…」とニッコリ。「先生、長生き出来る証拠ですよ」。 

  隣にいた仲間は「俺たちより先生の方が元気いいよ」と。確かにお若い。そういえば、昨年はこの席にいた功刀君の姿がなかった。「この歳になりゃあ、あっちの世界との関係は、恩師も教え子も関係なくなるんだよなあ~」。そんなこと考えるのは、ちょっと早過ぎゃあしませんかな…。



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お年寄り達の歓声とゲートボール(再)

 ふれあい広場にお年寄りの歓声が戻ってきた。


 「1番ゲート通過」「3番にタッチ」



 ゲートボールを楽しむお年寄り達だ。広場の脇にはミニバイクや軽自動車が止まっていた。年の頃は70代から80代の女性ばかり7~8人。あれっ、あんなおばあちゃん達、この地域にいたっけ?見慣れない人たちばかりだった。多分、別の地区の人たちだろう。

ゲートボール

 この地域は、どこの地方にも珍しくない少子化と高齢化が進む一方。ここでは少子化はさて置くとして、70代、80代のお年寄りはいっぱいだ。これに60代も加えれば部落人口の大半は、いわゆる高齢者である。一方で、少子化のツケが、まるでボデイブローのように響いて農業後継者不足が深刻になりつつあるのも無理はない。




 我が家の植え込みと小さな畑をはさんですぐ近くにある、このふれあい広場には特別の思い入れがある。こうしてパソコンを叩いていても歓声が聞こえるほどのの距離にあるということもさる事ながら、広場を地域にお貸しした当事者であるからだ。かつて梅畑だった10アール弱の広場だが、そこから挙がってくる歓声は、なぜか我が事のように嬉しくなるのである。より多くの人たちのふれあいの場になって欲しい、そんな思いだ。




 普段、年に一度の防災訓練やわずかな子ども達のブランコ遊び、夏場に夕涼みがてら花火を楽しむ近所の家族ずれなど、限られたような利用頻度だった。お袋が元気だった6~7年前は天気さえよければ毎日のようにお年寄り達がゲートボールを楽しんでいた。しかし、いつの間にか広場からお年寄り達の歓声が消えて久しかった。

ゲートボール2

 お年寄りはいっぱいいるはずなのに、とお思いの方もお出でだろうが、ゲートボールのようなチームゲーム、特にお年寄りの遊びは誰か音頭とりをする人がいないと駄目のようだ。ゲームとか、お年寄りに限らず、音頭とりのある、無しはすべての事のまとまりの良し悪しに繋がるのだろうが、とにかく広場からお年寄りの姿が消えていた。




 私には、若い頃だが、ゲートボールに不思議なご縁があった。まだ40代の前半だった。当時、勤務していた新聞社の会長が山梨県ゲートボール協会の会長に就任したのがきっかけ。その橋渡しをしたことや、当時の会社でのポジションもあって、協会の筆頭理事に着かされてしまったのだ。会長が本業で忙しい時には、陰に陽にその代役をやれ、ということらしかった。





 県の体育協会の中でも、競技人口では最も大きい方の団体だから、もちろん、そのための副会長もいれば、理事長もいる。ただ、協会側にしても会長にしても、その間をつなぐパイプ役が欲しかったのだろう。生い立ちが生い立ちだから、へんてこりんな理事であった。協会幹部なのでゲートボールの競技そのものを熟知し、審判員の上級資格を持っていて当然。私には何もなかった。しかし、面白い仕事だった。新聞社が主催する大会にも多く携わった。おかげで山梨県内の主だったゲートボール愛好者とも知り合った。広場で歓声を上げる人たちの中にも顔見知りがいるのではと思ったのだか・・・。時代が変わっていた。





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年寄り笑うな、行く道だもの(再)

 「子ども叱るな、来た道だもの、年寄り笑うな、行く道だもの」


 誰が言ったか知らないが、うまい事を言ったものである。私達、生きとし生けるもの、すべての人間への教訓だ。だが、人間は、およそ、叱られ、怒られ、笑われながら生き、死んで行くものかも知れない



 とはいっても、私には子どもを叱ることは出来ても、お年寄りを笑ったり、蔑むことは到底出来ない。自分が間もなく、そのお年寄りとやらの仲間入りをしなければならないことを、実感せざるを得ない年齢に差しかかろうとしているからだ。


車椅子


 身近には、意味不明なことを言い、明らかに痴呆というか、認知症が進行いる母親がいるし、3分、5分前の事を忘れ、何度も同じことを聞いたり、言ったりする従兄弟もいた。母親は正月三日、96歳の誕生日を迎えた。話の従兄弟は92歳で、つい先ごろ逝ってしまった。考えてみれば人間、90歳にもなれば、そうなっても不思議ではない。第一、私にはそこまで生きられないだろう。





 叔母と甥が一緒に認知症に。それもそのはず、叔母、甥の関係とはいえ、その歳の差はわずか三つ。普通なら兄弟みたいな年齢だ。私と、その従兄弟は24も歳が違う。まさに親子の歳の差である。




 「貧乏人の子沢山」などと大臣が言ったら、その首が飛びかねない、揚げ足取りのような今の世の中だが、この言葉も言い得て妙。昔なら7人、8人の兄弟がいるのは普通。9人、10人だって珍しくはなかった。経済的には決して恵まれていたとはいえない時代だったはずだ。9人も10人も子どもがいれば、その子どもの年齢差が一番上と一番下とでは20も25も違って不思議ではない。今、騒がれている少子化問題がウソのようだ。


老人


 事実、私の親父は9人兄弟の末っ子、母親は8人兄弟だった。母親は長女だったから叔母と姪の年齢が逆転していた。子供の頃、母親が明らかに年下に見える人を「叔母さん」と呼んでいるのを見て、どうしても理解できなかった。親父の兄弟は自らも含めてすべてがこの世を去り、母親の兄弟も半分になった。





 母親は足腰が弱く、自力歩行は困難。だから、医療介護の病院で看てもらっている。緊張感どころか、何不自由ない毎日を送っていると痴呆が進むのか、最近は時々、おかしなことを言うし、昨日のことをみんな忘れてしまうのである。東京や埼玉から来る二人の弟達夫婦はともかく、せっかく来てくれた友達や近所の人たちを忘れてしまうのだから始末が悪い。時には「どなたでしたっけ」とやってしまうものだから、そばにいる私達はひやひやものだ。さすがに、頻繁に行く私達夫婦、特に女房の顔は忘れない。一番世話になっている、ことを知っているのだろう。それも時間の問題かもしれない。


握手


 元気な頃は歌など歌ったことがない母親が、最近、童謡や軍歌を歌うのである。それも正確に歌うのだ。昨日の事は忘れるのに、子供の頃や昔のことは覚えているのである。そんな母を見ていると、無性に目頭が熱くなる。自分も含めて、みんなが行く道、たどる道とはいえ、寂しい思いがする。「頑張って長生きして」。心で祈りながら母の顔を見た。





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煮干とお神酒

 「お頭(おかしら)付き」とはうまいことを言ったものだ。鯛でもなければ、平目でもない。煮干一匹である。この煮干がお神酒と見事にマッチしてしまうのだ。煮干?そう、女房達が台所で味噌汁や料理のだし取りに使う、あの煮干だ。



 「新年明けましておめでとうございます」


富士山


 激動と不況の2011年が行って、何はともあれ新しい年が来た。今年もどうぞよろしく。そして、今年こそは不景気風をぶっ飛ばして、穏やかな、平安の一年でありたい、そう思うのは私ばかりではないだろう。私たちの地区では毎年元日の朝、そんな願いを込めて、新年の拝賀式を兼ねた互礼会をする。氏神様に地区の人達が揃って参拝、一年の平安を願い、隣接する公会堂で、お神酒を酌み交わし、新年の挨拶をし合うのである。


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 このとき登場するのが、このお頭付きの煮干。酌み交わすお神酒は公会堂に備え付けの湯飲み茶椀に一升瓶のお酒を注ぐ、いわゆる茶碗酒だ。一升瓶は、その前の拝賀式で氏神の神前にあげたばかりの日本酒である。役員が手分けで茶碗にお神酒を注ぎ、お盆の煮干をまわす。進行役から指名された地区の長老が「地区の皆さんが健康で、穏やかな一年でありますように・・・」といった内容の挨拶をして乾杯するのである。


神酒


 そこには喪中だったり、都合でこれない人達を除いて、一家の代表60人近くが集まる。煮干を噛みながら茶碗酒のお神酒を頂くのだが、これが旨い。それぞれの家庭が用意するおせち料理を食べる前の朝一番のお神酒だから五臓六腑に染み渡る。そのつまみとなるのが煮干。たかが煮干、されど煮干。これが、またいいのだ。つまみというものは、この一本の煮干を除いて何もない。


煮干


 へえ~、と驚かれる方もいるでしょうが、一本の煮干をかみ締めながらお酒を飲んでご覧なさい。へえ~、と思いますよ。不況だの、不景気だのといっていながら毎日、そこそこのものを口にしている今の日本人。仮に、一合の晩酌を煮干一匹でする人はまずいないだろう。一年に一度、それも元日の朝、かみ締める煮干の味は、何かを考えさせられる。


元旦


 このお頭付きの煮干というヤツ、この地域でいつの時代に始まったかは定かではない。恐らく、貧しい時代の名残であったり、冷蔵庫など保冷の機器や技術が行き届かない田舎にあって、乾物のお頭付き、つまり生の魚などを容易に手に入れるすべがなかった頃の名残だろう。乾燥しているから外での神事にはうってつけ。決定的な方便は「お頭付き」だ。


煮干2


 なぜ、鰯の煮干か。そんな田舎の生活環境もあったのだろうが、もう一つ、理由があるような気がする。あの節分祭と鰯、正確に言えば鰯の頭だが、この二つの関係が何かを語っているように思う。魔除けなど、どこかで迷信とか縁起と結びついているような気がする。どなたか詳しいことをご存知の方がおいでならお教えいただきたいものだ。




 新年拝賀式と互礼会。一昔前は、そこに集まる人の多くは「どてら」と呼ばれる冬の家庭着姿だった。しかし、いつの間にかスマートなスーツ姿に変わった。互礼会の前の拝賀式では区長がもっともらしく世界経済から説き起こし、地域に触れて挨拶をするのだ。その内容は今朝の新聞によく似ていた。





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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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