パソコンは利口者(再)

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 「おかあさん、英語の辞書、どこへやった?」


 「そんな事、知らないわよ。お父さんの辞書なんでしょう。私なんか、英語の辞書なんて関係ないわよ。まったく・・・」



 そんな女房との会話を聞いていた娘が


 「お父さん、英語の辞書、何するの?」

 女房が女房なら、娘も娘。


 「バカっ、単語、調べるに決まっているじぁないか。こんな、コメント、入っているんだけど、分からない単語があるんだよ。お前分かるか」


キーボード


 夕食が済んで母親とお菓子をむしゃむしゃ食べながら、なにやら話していた娘が、晩酌を済ましてパソコンに向かっていた私の後ろに来て



 「ああ、それのこと。お父さん、この英文で分からないことがあったら、パソコンに翻訳機能 があるんだから、それ、使えばいいじゃない。いちいち辞書なんか引かなくたっていいんですよ。パソコンんて、お利口さんなんだから・・・」



 「へえ~、そんなこと出来るのか?」



 「お父さん、何にも分かっていないんだね」



 「バカっ、お父さんに分かるわけねえじゃねえか」と開き直ったら、茶の間にいた女房が



 「お父さん、分からなかったら素直に娘に教わればいいじゃない。すぐ、バカ、バカと言うんだから・・・。まったく・・・」

パソコン加工


 女房は事ある度に娘の弁護をする。その後につくのは「まったく・・・」である。それはともかく、娘がいくつかのキーを叩いたら5~6行の英文コメントはあっという間に和文に翻訳された。「おじさん、そんな事、当たり前だよ」と、このブログをお読みいただくお若い方々に笑われるかも知れないが、私にとっては「目から鱗」であった。





 その翻訳文は、私たちが学生の頃やってきた、ぎこちない訳し方だが、そこそこの日本語になっている。若者達が、といったら叱られるから、娘達と置き換えるが、辞書を引く習慣が失われていく現実がよく分かる。国語の辞書であれ、英語の辞書であれ、そういう自分だって、あの小さな文字をページで追うことが億劫になって、今では電子辞書。いわゆる字引ではなくキーを叩いているのである。

パソコン



 娘が言うようにパソコンと言うヤツは本当に利口者だ。視覚でなんとなく覚えていれば、変換キーで難しい漢字でも、そこに導いてくれるし、お目当ての字が見つからなければ手書きで入力すれば、その字を探してくれる。表計算だってやってくれるから、無し無しの頭を使わなくてもいい。それも絶対に間違えないのだ。英語だって同じだ。



 ただ、こんなに融通の利かないヤツもない。例えば「つ」と「っ」、「ず」と「づ」、これを間違えたら絶対に許してくれない。巷にいそうな人間の利口者とよく似ている。




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富士山は化粧上手(再)

富士の山


 あと20日もすればサクラが咲き、春が来るというのに、窓越しに見える富士山は、今も厚い雪をかぶったまま。一方の南アルプスや八ヶ岳も同じだ。さすがに、前衛の山々には雪はない。だから、富士山や八ヶ岳、南アルプスの北岳や甲斐駒ケ岳、白根三山が一層、際立って、輝いて見えるのだろう。





 それにしても富士山とは不思議な山だ。当然のことだが、冬になれば雪化粧をするし、夏が来ればすっぴんになって、茶色く、どす黒い地肌を見せる。雪化粧も、その時々の寒さや気象に合わせて薄くしたり、厚くしたりする。うちの女房よりずっと化粧上手だ。朝には朝、夕には夕の顔がある。すっぴんの地肌だって色を変えて化粧する。


富士山



 朝日を浴びれば東側の片方の頬を爽やかに輝かせるし、夕日を頂けば見事な赤富士に変わる。二十四節気があるように太陽の黄道が違うから、その高さも光線の角度も異なる。雨も降れば風も吹く。富士山はその一つ一つに機敏に反応するのだ。毎日同じように、どっしりと座っているようだが、一度として同じ顔を見せたことがない。




 この富士山、これも当たり前だが、見る方角によって、その容姿がみんな違う。一般的には東富士とか北富士というが、南富士、西富士だってある。静岡の市街地や伊豆の海からの富士は趣を異にするだろうし、神奈川の小田原の富士は違う。山梨から見た場合でも、富士吉田市や富士河口湖町など、文字通りの山麓地方からの富士と私が住む甲府盆地の東部では、その形は微妙に異なる。第一、甲府盆地では前衛の御坂山塊に遮られるから雄大に尾を引く裾野は見るよしもない。盆地の中心・甲府の南部では前衛の角度で、まったく見えない所もある。

富士山3



 その時々、その場所場所によって顔を変えるばかりではなく、怒ったり、笑ったり、泣いたりもする。静岡や神奈川の地元の人たちもそうだろうが、山梨に住む私たちは、その時々の富士山の、そんな顔を見ながら、その日の天気を占ってきた。今は、気象予報も衛星のITを駆使しているので、テレビやラジオが伝える情報にほとんど狂いがない。勢い、気象衛星は富士山頂の測候所をも駆逐、その施設と人を山頂から追っ払った。




 富士山が吹雪き始めれば下界は寒いし、富士山の上にかかる雲の形、雲の発生の仕方によって風が吹くか吹かないか、その強弱まで分かるのだ。先人から伝えられた生活の知恵である。天候ばかりではない。富士山の表情を農作業の目安にだってする。


赤富士



 毎年、4月から5月の中旬になると富士山の中腹に≪農鳥≫が出現する。冬の間、厚く覆っていた雪が次第に融け、その過程で、残雪が鳥を形作るのである。農家はその出現を、それぞれの種蒔きや田植えの準備などの目安にして来た。農鳥は富士山が発信する初夏の合図であり、農作業へのゴーサインなのだ。




 「富岳百景」の葛飾北斎に代表される江戸時代の浮世絵師達は好んで富士山を描いた。安藤広重も同じだ。その絵の多くは東側、つまり、静岡側からのものが多い。しかし、男らしい富士を見るなら北富士、山梨県側からに限る。身贔屓ではなく、これホント。 静岡側からのそれは女性的だ。




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墓所の風景(再)

2


 その人が建立した墓所甲府盆地を一望でき、その向こうに富士山の雄姿が望める湯村山の中腹にあった。春といっても頬をなぜる風はまだ冷たい。なにしろ小高い山の中腹だし、そこから見渡す見事な眺望のせいもあってか、その風は一層爽やかだ。墓所建立の竣工法要に参列した人達が誰ともなく「いい所ですねえ」と、つぶやいた。




 もう60年以上も前、富士山麓に程近い御坂山塊の麓の片田舎から、山梨県の県都・甲府に出てきて運輸業を興した。この人の手腕、力量がモノをいって、会社は着実に業績を伸ばす一方、人柄、人望が手伝って、次第に山梨県経済界の重鎮としての座を不動なものにした。80歳になったのを機に県内の中小企業を束ねる経済団体の会長職を退き、後進に道を譲った。


風紀2


 自らの人生に、ひとつの区切りをつけたのだろう。墓所建立の法要を済ましての、おときの席で、大勢の来賓を前に「やっと念願が叶ってホッとした」と、自らの80年の来し方を振り返った。その顔は経済界の重鎮でも、企業を率いる会長の顔でもなかった。一人の年老いた柔らかな人間の顔に戻っていた。




 「建設中も大勢の人が見に来てくれたんですよ」と、控えめながらもこの人が言うように、墓所は掛け値なしの立派なもの。広く囲んだ玉垣の中には中央に大きないしぶみと、その両側に石塔が。左側の石塔にはこの人の戒名が、やはり健在の奥様のものと並んで刻まれている。もちろん、お二人の戒名の一字は紅。「慶徳院和山宗睦大居士」。戒名の一字「大」がこの人を誰にも分かるように物語っている。


風景



 中央のいしぶみには大きな文字で「孝順」の二文字が刻まれている。墓所建立法要のあとの、おときの席で、この「孝順」を揮毫した臨済宗向岳寺派の管長と、墓所建立の施主であるこの人は、それぞれの立場で、この言葉の奥深い意味を説いた。いつの世にあっても普遍な親や先祖への敬い、感謝、畏敬の念・・・。みんなが頷いた。


孝順


 管長は、挨拶の中で、こんなことも話した。

 「最近の風潮として≪個≫を重んずるあまりに人と人との絆がどんどん弱くなっている。例えば、一番小さな社会である家庭を見ても≪個≫を優先し、親子や家族の絆が希薄になって、そこから家庭内暴力など、さまざまな問題を露呈している」




 そんな僧侶のお話を拝聴しながら「確かに」と頷いた人は多かっただろう。≪個≫を尊重することは決して悪くない。しかし、それが一人歩きすると「自己虫」がどんどん増える。身近な日常でも度々出っくわす「自己虫」。これからの日本は、いったい・・・。


風景3
 

 ところで戒名。この人のそれに、さりげなくというか、重々しくついている「大」の一文字には大きな意味がある。この人の人となりを見事に表しているのだ。社会への貢献もさることながら、広い意味での先祖を敬い、お寺、宗門への貢献度がその基調になっているのだ。権力の象徴でも、ましてやお金でもない。その人がどう生きたかにほかならない。霊園の大小を問わず「大」とか「殿」の文字がつく戒名は少ない。




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ちゃんこ鍋とお相撲さん(再)

 ちゃんこ鍋 


 大相撲春場所は千秋楽。ちゃんこ鍋と言えばお相撲さんだが、ちゃんこ料理の店はあっちこっちに出て、ちゃんこ鍋はすっかりポピュラーになった。山梨の郷土力士・富士錦関が高砂親方になる前の尾上親方の時代、親方が経営しているちゃんこ料理屋に案内され、ご馳走になったことがある。車で連れて行かれたので、場所は定かに覚えていないが、東京・北区の東十条だった。



 道路を挟んで一方が大衆向けの居酒屋風、もう一つがちょっとシックな料亭風の店だった。そこで「へえ~」と、驚いたのは、店で働く従業員達全てがお相撲さん。正確にはそのOBだ。親方はこんな説明をしてくれた。




 「あいつらは、相撲界に入ってきた時には恐らく、みんながみんな大関、横綱を夢見ていた。しかし、勝負の世界はそんなに甘いもんじゃあない。それぞれの能力の限界もあるし、相撲取りとして致命的な怪我だってある。そういう連中にとって、こういう場所がないと困るし、言ってみれば、第二の職場なんですよ」


相撲 


厨房で働いているのもお相撲さんなら、愛想よく接客するのもお相撲さん。普通の居酒屋だったら、かわいいお嬢さんだったり、お姉さんだったりするのだが、ここではみんな若い大男達だ。「ごっさんです」に代表されるように、テレビに映るお相撲さんは口数が少なく、どちらかと言えば口下手の人が多いのだが、どうして、どうして。愛想良く、みんな生き生きしている。下っ端の時代、毎日作っていたから、ちゃんこだってお手のものだ。

相撲1 


 親方はこの居酒屋を見せた後「さあ、今度はゆっくり飲みましょう」と言って、料亭風の店の座敷に案内してくれた。「あれっ、どこに行ったのかな」と思っていたら、ふすまが開いて、スーツ姿から一変、羽織袴姿の親方が。「いらっしゃいませ。よく来てくれました」と、びっくりしたことに三つ指をついて挨拶をするのである。



 「親方、そんな事をされると、困っちゃいますよ。どうぞお手をお挙げになって・・・」


 「わたしゃねえ、ここに来ていただくお客さんには、どなたにもこうするんです」




 この親方は、四股名が富士錦の現役時代、やはり山梨の郷土力士で「突貫小僧」と呼ばれた富士桜関とともに押し相撲に徹し、先代朝潮の高砂親方らに「相撲はかくあるべし」と言わしめたお相撲さん。回しをとり、大イチョウを切り落とした親方は、後進の指導にあたる一方で、見事な経営者に変身していた。「そうしないと、若い連中に飯を食わすことは出来んのですよ」と、言外に言っているようだった。




 考えてみれば相撲界(角界)とは不思議な所だ。両国の国技館に行っても、その裏方で働くのは、お相撲さんや、そのOB。みんなで助け合い、いたわり合って生きている。結びの一番、一日の取り組みの終わりを告げる拍子木が鳴れば、弟子も親方もなく、升席をはじめとした場内整理をするし、部屋に帰れば親方が師匠、女将さんが母親代わりだ。


国技館 



 日本相撲協会は、言ってみれば大きな相撲家族なのかもしれない。そこにはまた国技としての「品格」も求められる。変わりゆく若者感覚、どんどん増える外国人力士。さて、私のかつての仕事仲間で、相撲に滅法詳しい向山さんはどう見ているのだろう。




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いつのまにか・・・

 「結婚以来、いつも私が先を歩いてきたのですが、いつの間にか女房の後ろから歩いている自分に気づきました」


 毎週一回、水曜日に開くロータリークラブの例会で、仲間の一人がこんなことを言った。私が加入する山梨ロータリークラブでは、毎月第一週の例会で、その月に誕生日や結婚記念日を迎えるメンバーのお祝い行事をする。花や記念品を手にした該当者は、一言スピーチをするのである。

 花束_convert_20120321222902


 総勢43人のこじんまりしたクラブだが、その顔ぶれは会社経営者もいれば、農業経営者や街の電気屋さん、ドクター、司法書士、税理士、公務員のOBも。いわゆる多士済々である。私のように会社勤めをリタイアしての百姓モドキもいる。年齢的には40代から80歳代と幅広い。わずかだが、女性会員もいる。


 

 お誕生日の該当者は毎月、誰かどうかいるし、結婚記念日も春や秋、それにジュンブライドに限らない。私のように結婚40年を過ぎたものもいるし、50年、つまり金婚式を迎えた人もいる。毎月のことながら、ちょっぴり照れながらの一言スピーチは面白い。みんな、まんざらでもなさそうにスピーチをするのである。




 私のように、と言うより私たち夫婦のように、と言った方がいいかもしれないが、結婚記念日はおろか、誕生日まで忘れてしまう愚か者までいる。毎年のことながら、このお祝い行事で自分の誕生日に気づき、結婚記念日を知らされるのである。誕生日は嫁にやった娘が、お祝いをしてくれるので、何とか認識をするのだが、「その日」はいつの間にか通り過ぎてしまう。


ケーキ


 今年、古希を迎える。「70歳にもなってお誕生日、誕生祝いでもあるまい」。心のどこかに、そんなテレにも似た思いがあるのかもしれない。それが証拠に、このブログでも「誕生祝い」のメッセージを送る時、年配者のそれには、ちょっぴり二の足を踏むのである。素直じゃあないのかなあ・・・。




 「・・・いつの間にか女房の後ろから歩いている・・・」。そんなスピーチをしたロータリアン氏は、たまたまだが、高校時代の同級生で、同い年。麻雀仲間でもある。よく考えたら私も全く同じ。もっと言うなら、みんな女房の言うなり。それも抵抗感がなくなった。車で出掛ける時も、当たり前のように助手席に乗っているし、そこで着ているものも女房が用意したもの。下着に至るまでだ。

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 彼岸の墓参りも女房に促されてついて行く。そんな自分に何の抵抗感もないから不思議。若い頃は、女房の一挙手一投足に世話を焼き、叱りもした。それがいつの間にか、全くの逆転。同い年の仲間が言うように「言うなり」なのだ。年の功。「人間が丸くなった」と言えば聞こえはいい。「女房を威張らせておく方が楽?」。そんなズルサを覚えたのかもしれない。「お前は無気力人間?」。そうじゃあない。知らず知らずに身につけた知恵かも。とにかく夫婦喧嘩がなくなったことだけは確かだ。




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平成の一休さん(再)

一休さん


 一休さんのトンチ話に「橋」の話しが出てくる。ある時、橋の袂に「このはし、わたるべからず」の立て札が。もちろん、この立て札の「はし」は「橋」。これを見た一休さん、橋の真ん中を堂々と歩いて渡った。キョトンとする周囲やカンカンになって怒る代官所の役人をよそに一休さん、「私は、はし(端)など渡ってはおらん。真ん中を渡ったのだ」と。「はし(橋)」「端」と方便で解釈した、あの有名なトンチ話である。


このはしわたるべからず


 江戸の庶民と役人、それに知識層とも言える坊様が織り成す、いかにものどかなお話である。ところが今はどうだ。ひと頃、テレビのモーニングショーを見れば、総理大臣が演説原稿の文字を読み間違えただの、間違えないのだのとやっていた。大の大人が、それも選良と呼ばれる国会議員の先生方が議場で目くじら立ててやっているのである。


国会議事堂


 コメンテーターも、「一国の総理たるものが・・・」と、これまた真顔でやっている。新聞を開けば、これまた新聞も。一休さんなら、あの大きな目を細めて「わしらの時代は、もっと大らかだったよ。そんな重箱の隅(端)をつつくようなこと・・・。バカじゃないの。平成の人間はちっちゃくなったもんだ」と笑うに違いない。




 どこから100年に一度なのか分からないが、とにかく100年に一度と言われる不況の最中に、国会ではそんな論議に時間を費やしているのである。間違えるより間違えない方がいいに決まっている。でも、総理大臣だって人間だ。目くじらを立てて、お叱りになる先生方やコメンテーターの皆さん方だって、そんなことの一つや二つ、あるんじゃないの、と間違いだらけ、失敗だらけの私なんか同情したくなる。


一休さん2


 そこでまた、お堅い先生方は「お前達はいい。こともあろうに総理大臣だよ・・・」と言うのだろう。「こりゃあ~ダメだ~」




 私なんかもその一人だろうが、日本人はジョークの通じない国民だと言われる。テレビなどを見ていて、アメリカの大統領もその一人だが、ジョークがお上手だ。緊張した場面であればあるほど、ジョークを飛ばし、その場を和らげる。聴く方も、それを解せるから一笑してチョン。




 考えてみれば、このジョーク、言う方より、解す側の方が大事だ。いくら素晴らしいジョークを言っても、それが分からなければダメ。むしろその場はしらけてしまう。とにかく、ジョークがどんどん飛び出したり、それが解せる日常でありたい。こんな暗い世の中だからこそ・・・。

みんな


 私の中学時代の同級生に、このジョークの、それはうまい男がいる。ジョークと言うより、駄洒落といった方がいいのかもしれないが、とにかく上手だ。毎月一回、14~5人が集まっては、ワイワイ、ガヤガヤ飲むのだが、時には仲間同士で意見が対立することも。そんな時には決まって彼の出番。タイミングよく、ジョークなのか、その駄洒落が飛び出す。



 この一発で、酒席に何とはなしに漂った重苦しい雰囲気が一変、和やかムードに戻るのである。この男、平成の一休さんだと、私は思っている。


一休さん3


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結婚式の今昔(再)

指輪

 桜が咲き乱れる春爛漫には、まだしばらく時間がかかるが、その前座を担う梅は、あっちこっちで花開き、これと歩調を合わせるように人間達の営みも春の幕を開けた。若者達の結婚式もその一つ。春の結婚シーズンの到来である。


ブーケ


 カレンダーを見たら「友引」だった。知人の息子さんの結婚式にお招きを受けた。甲府の湯村温泉郷にある甲府富士屋ホテルの披露宴会場。黒のスーツに白のネクタイ姿の男性陣、和服を着飾ったご婦人方が沢山のテーブルを埋めていた。招待客の数はざっと見ても300人近くいるだろう。



 「大変お待たせしました。新郎新婦のご入場でございます」



 男性司会者の甲高いアナウンスと共に会場の照明が落ち、中央の扉が開いて新郎新婦が登場。ちょっと強めのBGM.と嵐のような拍手。スポットライトに浮かび上がった晴れやかな若い二人は、いっぱいの笑顔をこぼしながら会場正面の雛壇に着く。司会者は地元テレビ局の若手アナウンサーだった。


結婚式4



 披露宴の始まりである。ここまでは、このブログをお読みいただく≪経験者の皆さん方のそれ≫も、大なり小なり同じだっただろう。まったく違うのは仲人さんの存在だ。かつては新郎新婦の両脇には二人の縁を取り持った仲人さんご夫妻がいて、「それでは、新郎新婦のご紹介も合わせまして、媒酌人としてのご挨拶を・・・」と続くのである。




 ところが、この仲人さんがいつの間にか雛壇から消えた。この10年ぐらいの間だろう。ひと頃は結婚式の脇役として重要な役割を果たした媒酌人・仲人さんは、その言葉すら死語になったと言っていい。その過渡期で、恐らく方便だろう、「人前結婚式」などという言葉を使ったのだが、これもほんの一時。若者達は、あっ、という間に新しい結婚式のスタイルを作った。


結婚式3



 ただ変わらないのは招待客の多さと宴の中途で行なう余興だ。山梨だけかもしれないが、招待客の数は200人、250人は当たり前。多いケースだと300人、400人、時には500人前後の大型の披露宴もある。若い二人にそんな広い交際範囲があるわけではないから、こちらは親側の判断。ただ、このド派手な披露宴、不況とどのように連動していくのか・・。



結婚式2



 一方、親達とは関係なく、若い二人が仲間達と演出する余興というヤツだ。新郎新婦の勤務先の上司や親の知人でもあるお歴々など、いわゆる主賓のご挨拶や何人かのスピーチが終わると、それを待ち受けていたように始まるのが宴の余興である。もちろん、「愛は二人のため」?など結婚式にちなんだ歌をカラオケで歌うくらいはちっとも珍しくない。


結婚式1



 ドタバタと言ったら若い方々に叱られるかもしれないが、若者達はさまざまの芸を披露するのである。どこで調達するのか貸衣装をまとい、役者さながら化粧までして登場するのだ。みんなの呼吸を合わせなければならないので、事前の練習もしているのだろう。まるで子ども達の学芸会さながらである。今の若者達は表現力が豊かになっているのだろうか。それとも、だんだん強まる自己主張の現われ?とにかくみんなが楽しそうにやっているのだからいいのだろう。水をかけることもあるまい。結婚式の今昔である。




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春の便り(再)

梅の花


 「お母さん、が咲いたぞ」
居間のカーテンを開けながら、台所で朝餉の支度をしていた女房に、そう言ったら



 「そう、咲いたの。(甲府地方)気象台は、きのう、開花を宣言してたわよ」



 どうやら、家の女房は花より団子らしい。その口っぷりは梅の開花に、これといった関心を示すでもなく、感慨を持つでもなしで、まったくのうわの空。


 
梅 白


 そんな女房をよそに、私はなんとなく心弾む思いがした。花開いたのは裏庭の中梅の古木。この梅の木は私が子どもの頃から同じような太さだから、100年、いや200年は経っているのだろう。太い幹にはウロが入っている。毎年、勢いよく伸びる徒長子を丹念に切り落としてやるばかりでなく、大きくなりすぎて、剪定がしにくいので、昨年、頭を大胆に切り落とした。白い花は紅梅と違って淡白だが、春到来を告げるのに十分だ。




 我が家には、この中梅の古木のほか、表庭に豊後梅や小梅、紅梅などが何本もある。いずれも樹齢は100年以上の古木だが、威勢があって、紅梅を除いて毎年沢山の実を付ける。紅く見事な花を付けた、しだれ梅は枯れ朽ちたので、昨年、切り倒した。この時、近所の古老は、古木を切り倒す場合、酒と塩で清め、長い生命を労わることを教えてくれた。



梅 赤



 山梨の人ならだれでも知っているが、甲府の郊外に「不老園」という県内きっての梅の名所がある。水戸の偕楽園や岡山の後楽園とは比べようもないものの、その種類は豊富で、毎年この時期には多くの花見客で賑わう。恐らく、その本数は数千本にも及ぶだろう。


不老園
不老園


 日本人は花と言えば桜だが、梅もまた違った味わいがある。花をめでる、などと無粋な私には縁遠い話とは言え、ひと頃、この不老園にはよく行った。仲良しになった管理人は「これ、持って行って・・・」と、帰りがけに必ず盆栽の鉢をもたせてくれた。その時々、種類を違えてくれるのである。




 ところが、所詮は無粋者。この梅の盆栽が一年ともたないのだ。綺麗に花をつけている時には、水もやれば、手入れもする。ところが、花が散ってしまえば、その存在すら忘れてしまうのである。枯れるに決まっている。見事な枝ぶりに、これまた見事な花を付けた盆栽は、無残な姿をさらし、結局は鉢だけがたまる。そればかりか、親父が丹精込めた松やケヤキの大きな盆栽も枯らしてしまったから、庭の片隅には、この盆栽の鉢がゴロゴロしている。だから、盆栽好きの親しい仲間に差し上げている始末だ。




 ロータリークラブでご一緒させて頂いているメンバーの一人に、めっぽう盆栽好きな方がいる。旅館の経営者だが、庭先には100鉢を超す大小の盆栽が。皐月が中心で、やがて向かえる開花に備えて、形の整った枝には青々とした葉が蓄えられている。花はなくても、それは見事で、見る人を飽きさせない。

盆栽     ぼんあi 


 その一画には紅白の梅の盆栽も。もちろん、こちらはこの時期、葉っぱは付けないが、ふっくら膨らんだ蕾が一輪、二輪と花を開き始めていた。お孫さんを慈しむように盆栽を愛しむこの人の傑作なのである。まだ外は寒い。でも春は確実に、そこまで来ている。


盆栽3



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別れと出会い

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 別れの季節がやって来た。学校では卒業式が行われ、官公庁や民間会社では春の定期人事異動が発令される。人の生死を分ける別れと違って、ここでは、別れの先に新たな人と人の出会いが待っている。一抹の寂しさの一方で、新たな出会いへの夢が膨らむのもこの時季。学生たちは次のステップでの新たな友が、職場では新しい仕事や仲間たちが待っているのだ。



 今年も母校・日川高校の卒業式にお招きを受けた。卒業生は男女合わせて272人。50年前の私たちの時代(400人)と比べれば生徒の数は大幅に減ったし、女性がびっくりするほど増えた。制服も学生服からスーツに替わった。男性はネクタイ、女性はリボン。みんな統一したファッションだ。胸には白いバラが。


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 次期の生徒会長だろう。卒業生の後ろに並んだ在校生を代表して送辞を述べる。これに対して卒業生の代表が答辞を。それぞれの立場で、思い出をいっぱい盛り込んだエールの交換である。在校生は入学時に遡り、厳しいオリエンテーション、後の部活動や生徒会活動など先輩との思い出を回想。卒業生は学園祭(紫葉祭)や体力の限界まで挑んだ競歩大会など、数々の思い出を。最後に「110年の伝統をしっかりと守り、さらなる発展を」と後輩に託した。




 エールの交換はまだある。卒業生は「仰げば尊し」を歌い、在校生は「蛍の光」で送る。卒業式のクライマックスだ。272人の卒業生には、その数だけ高校時代の思い出がある。一緒に起立している教職員も同じように感慨深い瞬間だ。教わる立場。教える立場。それぞれに3年間の思い出がある。

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 「仰げば尊し」「蛍の光」。山梨県立高校すべてかどうかは分からないが、この学校では、この二つの歌を「式歌」とプログラムの中で、しっかりと位置づけていた。



 「私ゃあねえ、卒業式のこの瞬間が一番いいんだよねえ・・・。なぜか新鮮で、心が洗われるような気がするんです」



 来賓席で、隣に座っていた先輩氏は、そんなことを言った。確かにそうだ。式場になった体育館いっぱいに響き渡る「仰げば尊し」を聞きながら51年、半世紀も前の自らを重ね合わせ、感慨にふけっている自分に気づいた。周りにいるオジサンたちもみんな同じだった。


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 この歌は流行歌と違って年に一度、それも卒業式でしか歌わない。この歌を歌う時、人は間違いなく純真になり、高校生は3年間の学舎での出来事を振り返るのである。歌う人も、聞く人も目頭や胸を熱くするのだ。


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 「蛍の光」も同じだ。「仰げば尊し」の《前奏》があるからか、当事者たちにとどめず、そこに立ち会うみんなの胸を熱くする。この二つの歌は卒業式によく似合う。そう思っているのは私だけではあるまい。しかし現実にはこの「仰げば尊し」を歌わない学校があるし、「蛍の光」も替え歌になっている小学校も。国歌「君が代」ばかりでなく、進歩的な先生は伝統を塗り替えたり、消し去ろうとしているようにも見える。





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下手の横好き(再)

花札



 パチンコ、競馬は当たり前。マージャン、花札、チンチロリン・・・。ヘタなくせに、この勝負事が大好き。といってもここ1~2年、パチンコも競馬もとんとご無沙汰だ。凝るといったら聞こえがいいが、どちらかといえばはまるタイプで、ひと頃、毎週のように石和の場外馬券場に通ったことがある。



 「パチンコだの競馬だの、あんな馬鹿馬鹿しいこと、まだやってるの」

 親しい同級生から笑われた。




 「まだ、じゃあなくて、始めたばっかりだよ」と言ったら、「遅ボケだね」とまた笑われた。その仲間に言わせればこうだ。


 「俺も若い頃、競馬に凝って、薄っぺらの給料をみんなはたいちまった。帰りの電車賃がなくなっちまうんだよ。それじゃあ家に帰れないから、帰りの切符だけは行きの切符と一緒に買っておくんだ。結局、こんな馬鹿馬鹿しい事、ときっぱり足を洗った。あれほど凝った自分が不思議に思えるんだが、今じゃあ、関心もないよ」


「へえ~、そんなもんかねえ」



 遅ボケと言われたっていい。俺はとことんやってやる、なんて思いながら、コンビニから毎週、400円の競馬専門紙を買って来ては一心に研究?馬券場に通った。女房の蔑みにも似た冷たい目線を横目にしながらである。





 今にして思えば、この仲間の言う通り。馬鹿馬鹿しいと言うより、馬券場に行くこと自体も面倒になった。じちがなくなったのかもしれない。競馬にせよ、パチンコにせよ、およそ、勝負事というものは、その名の通り勝ち負けがあるから、のめり込むのだし、面白いのだ。もちろん、負けっ放しだったら、何をかいわんや、である。



 ただ、競馬やパチンコとマージャンや花札などは、遊び方そのものが根本的に違うのである。一方が自分ひとりの遊びであるのに対して、一方は仲間がいることだ。



 「今日は何時から?」


 週末ともなればマージャン仲間からお誘いの電話が。こちらからも電話する。もちろん家庭もあれば地域もあるのだから、仕事や用事がないわけではない。しかし、毎日が日曜日の仲間達だから、すぐに面子は揃うのである。面子の中に、かたくなに「午前零時が限度」という仲間がいる。そんな時はいいが、そうでもなければ確実に午前様。



 「体も身のうちですよ」と、ひと頃はいぶかしがっていた女房も今では「言っても駄目」と思ったのか、さじを投げている。8時間、9時間は当たり前。時には15時間20時間の時も。面白い。時間がウソのように、あっという間に過ぎてしまう。



 さて、その勝ち負けだ。総じて上手なヤツが勝つのに決まっている。「お前はどっち?」。私はどうやら負け頭。不思議だが、人には勝負事に強い人間と弱い人間がいる。ちょっとしたジャンケン、編み蛇くじやビンゴゲームだってそうだ。理屈では計れない先天性のようなものを備えた人間がこの世の中には確実にいる。運の強い人間というのだろう。




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食文化の違い(再)

韓国


 日本のご婦人たちが追っかけまでした、あのヨン様ブームはどこへ行ってしまったのだろう。それとは別に、韓国からの日本へのお客さんは円高、,さらには致命的ともいえる福島原発災害が災いして激減、観光業界にも暗い影を落としている。地域によっては回復の兆しが出ているものの、東京の奥座敷と言っていい、山梨県の一大温泉地・石和温泉郷は、そのあおりを食ったままだという。


ヨンさま


 日本と一番近い国・韓国。顔も体形もそっくりだから、言葉をしゃべらなければ、その区別はつかない。でも、当たり前だが、習慣やモノの考え方はまるで違う。食文化だってその一つだ。




 つい先日だが、在日の韓国のご婦人と昼食をご一緒する機会があった。カレーを注文、カレーをご飯にかけたまではよかった。あっ、と思ったのはそれからだ。ご婦人は一緒についてきたポットの小さなラッキョウや福神漬けを載せ、やおらにかき混ぜ始めた。そのかき混ぜ方は、そんな簡単なものではなく、皿の中のカレーライスは、なんとも言えないグロテスクなシロモノに変身していた。

カレーライス


 それを見ながら、ふと、私たちが焼肉屋さんで食べるビビンバを思い出した。親しい甲府の焼肉屋さんのご主人がこんなことを言ったことがある。



 ビビンと言うのは韓国語で混ぜる、はご飯の意味だ。簡単に言えば、混ぜご飯。よく混ぜることが美味しく食べるコツなんです」



 そのご主人というか、社長はカネの器のビビンバを上手にかき混ぜた。よく見ると、やはりグロテスクだが、それほど違和感はない。ビビンバとはそういうものだと思っているからだろう。ところが、目の前のカレーライスはいかにもグロテスク。人間の食に対する概念かもしれないが異様に写るのだ。




 食文化の違いなのである。日本ではかき混ぜる食は少ない。納豆やとろろなど、かき混ぜることによって粘りを生ずるものくらいのもの。盛り付けられた料理を丸ごとかき回すことはない。日本の食文化は味や香り、風味、食感など、いわゆる口や鼻で味わうばかりではなく、目でも食べるのだ。だから、色や盛り付けにも工夫を凝らす。


日本料理2



 考えてみれば、日本料理ほど、繊細な食は世界にないだろう。世界の3大料理と言われるフランス料理、中国料理、トルコ料理。さらに韓国料理やロシア料理・・・。おしなべて、みんな大雑把だ。食べ方ばかりではない。食を盛り付ける器だってそうだ。例えば、フランス料理だって、器のサラも極めてシンプル。


中華



 箸。欧米では主にはフォークやナイフ、韓国や中国では箸を使うが、その箸はカネや竹。これもシンプルである。ところが、日本では、この箸まで凝っている。ホテルや旅館、料理屋さんでは凝った割り箸を使う。そればかりか、綺麗な紙の袋や紅白の水引をもあしらったりする。もちろん使い捨て。古くから衛生面を考えたものだろう。

日本料理


 しかし、この割り箸、ようやく見直されようとしてきた。自然保護、省エネの観点からだ。いわゆるマイ箸の動きである。でも、それによって食の文化が変わるわけではない。




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電報で咲くサクラ(再)

サクラサク



 「サクラサク」、ましてや「サクラチル」なんて言葉はまだ早い。今年はいつまでも寒く、桜の季節までにはあと一ヶ月近くかかるだろう。いつもならとっくに花開いているはずの白梅や紅梅もまだつぼみを堅くしている。そんなイレギュラーした春を前に受験シーズンが真っ盛りだ。子ども達は志望校目指してねじりハチマキ。そして否応なく運命の合格発表へと移行する。






 年配者ならこの「サクラサク」の5文字には懐かしい響きがあるだろう。そう、この「サクラサク」は合格を伝える代名詞。大学などの構内から郷里の親などに打った電文だ。電報は、その文字数で料金計算される仕組みだから、最短文字が、この5文字なのだ。誰が考えたか、貧乏学生の知恵だったのだろう。「サクラチル」となると、涙の不合格。そんな受験者と、その家族の一喜一憂が5文字の電報に託された時代があったのである。





 お若い方々は「おじさんたち、バカじぁないの。ケイタイ使えばいいじぁない。電話だっていいし、ファックスだって使えば・・・」と笑うに違いない。しかし、おじさんたちが大学受験の頃、つまり昭和30年代の半ば、特に山梨の田舎には電話が十分に普及していなかったのである。山梨に限らず、地方は全国どこも同じだっただろう。だから電報が手っ取り早い通信手段だった。その電報も料金を節約するため電文を出来るだけシンプルにしたのだ。「サクラサク」「サクラチル」は、その要件を十分に満たした。


サクラ2



 ちょっと懐古趣味になってしまうが、当時、山梨から東京に行くには国鉄(現JR)中央線で4時間近くかかった。汽車のタイプも蒸気機関車で、窓を開けていようものならトンネルを出た後の顔はススだらけ。そう、あのSLだ。中央線がオール電化され、特急が走り始めたのは、それからしばらくした40年代初頭。山梨や、その先の長野の人々にとって画期的な出来事であった。




 そして今、甲府-新宿間は特急「あずさ」が1時間半前後で結んでいる。富士山麓に近い県境ではリニアイクスプレスの実用実験が大詰めとなって、次のステップ・路線設定へと動き出している。東京―大阪を1時間で結ぶ夢の超特急・リニアモーターカー計画が進んでいるのである。


リニアモーターカー



 電話はいつの間にかケイタイに進化、大人、子どもを問わず、ポケットの中に入った。だから電報は用無しの存在に。日常生活では確実に忘れられている。密かに息をしているとすれば、結婚式とお葬式ぐらいのもの。あの祝電弔電というヤツだ。それもカタカナ文字の読みにくいものから、ひらがな、漢字交じりの普通の文章。ファックス通信をも加味しているのだろう。




 各種の手帳の後ろを見ると、年齢や計量の早見表などと共に、祝電や弔電のモデルがあって、ナンバーで申し込めるようになっている。NTTの数少ない電報ファンへのサービス。一方、支持者への祝電や弔電に気遣う政治家秘書さんにとっては、日常的におなじみだ。「サクラサク」。早く春爛漫の過ごし易い季節が来て欲しいし、受験者にも思い通りの「桜が咲いて」欲しいものだ。今は「散る桜」は見たくない。


サクラ



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ザゼンソウの神秘(再)

ザゼンソウ1


 「夏が来れば 思い出す はるかな尾瀬・・・」
そう、あの尾瀬のミズバショウを唄った歌だ。日本人ならだれもが口ずさんだことがあるだろう。この歌の通り、尾瀬のミズバショウが花開くのは夏。私は尾瀬に行ったことはないので、写真のそれしか知らない。尾瀬はともかく、ミズバショウそのものを見たことがない人はかなり多いはずだ。ところがみんな知っているし、ずっと昔から馴染み深い花のような錯覚にさえ・・・。歌の魔力だろう。





 このミズバショウを彷彿とさせるのがザゼンソウ(座禅草)。開花期は夏と初春でまったく違うが、どちらもサトイモ科の多年草だから、ご親戚だろう。ミズバショウと違って、こちらは馴染みが薄く、恐らく見たことはおろか、名前すら知らない方も多いはずだ。そのザゼンソウが今、山梨県甲州市の小倉山の山麓で見ごろ。ここは甲府盆地の東北部、秩父山塊のはずれのような所で、竹森という地域だ。




 「ザゼンソウって見たことあります?実に神秘的な花なんですよ」


ザゼンソウ2



 山梨ロータリークラブでご一緒する仲間が例会の後、その竹森のザゼンソウ群生地に案内してくれた。車で行ったのだが、JR中央線塩山駅から北へ約5㌔、時間にして6~7分の所。いわば塩山駅とは目と鼻の先。眼下に塩山の街並みが見える。




 山あいの人家からちょっとそれて、駐車場らしい広場に車を停め、1~2分歩くと、ある、ある。ザゼンソウがいっぱい。杉木立の中を小川、いや、岩清水と言った方がいいが、その流れの両側にかなりの幅で、帯状に群生しているのである。その群生は山の頂に向かって2~300m延びている。




 岩清水が集まるこの山沢の湿地帯に群生しているザゼンソウは黄色いものもあるが、ほとんどが赤茶色。大きさは15cm前後。仏像の光背に似た形の花弁の重なりが真ん中の胞子を包むように咲いているのである。まさにザゼンソウ(座禅草)の名の通り、花の中で僧侶が座禅を組んでいるように見える。卵型のこの花は別名ダルマソウともいう。


ザゼンソウ3


 回廊のようにジグザグ延びる木造板の遊歩道で、しきりに望遠レンズのシャッターを切っていたアマチュアらしいカメラマンは


 「私たちは毎年、地元の甲州市に見ごろを問い合わせては東京からやってくるんです。華やかさこそないが、ひっそりと山あいの湿地で咲く、このザゼンソウに魅せられるんです。まさに、ひなびた山あいで座禅を組む仏様か観音様。なんとも神秘的な花ですよねえ」



ザゼンソウ4



 この群生地に程近いところに住み、毎朝、ランニングのコースにしているという仲間のロータリアン氏によれば、シーズン中、週末ともなれば大勢の見物客で賑わう。県内外からのお客さんを当て込んで茶店も出るほどだ。ザゼンソウの群生地は、栃木県の大田原なども知られているが、この甲州市の竹森は、自生地としてはわが国の南限。その意味でも貴重だ。



 ただイノシシが天敵らしく、周囲には弱い電流を流す細い鉄条網が張り巡らされていた。




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卒業式の感動(再)

岩手小卒業式


 元総理の小泉さんではないが感動した。卒業生の数13人。小さな学校だから出来た卒業式の風景だった。1時間15分の式の大詰め。卒業生を「送ることば」と、それへ応える「別れのことば」。私達の頃は多分、「送辞」とか「答辞」といったのだろうが、これを代表ではなく、みんなでやるのである。≪優等生≫の言葉ではない、顔も背丈も個性も違う一人一人がしゃべるからお面白い。一人が故の単調にならないので話にも味わいがある。



岩手卒業式



 卒業生はステージ前にひな壇のように並び、在校生と向き合う。山梨市にあるこの学校の児童数は全校で64人。まず在校生が「送ることば」を述べるのだが、それをワンフレーズずつ代わる代わるやるのだ。卒業生の「別れのことば」も同じ。在校生は5年生から、ついこの間入学したばかりの1年生まで幅広い。小学生の1年、2年間の体力格差は歴然としていて、1年坊主は、まだあどけなさが。式に臨んでも無邪気は隠せない。


卒業式2



 5年生、4年生などお兄さん、お姉さん達が運動会など≪先輩達≫との思い出を話せば、1年生は1年前、手を引いてもらって臨んだ入学式の思い出を。一人ずつみんなが大きな声で言葉を区切って「送ることば」をリレーしてゆく。これがまた可愛らしい。最後に全員で「中学校でも頑張って」と結ぶのだ。一方、卒業生は下級生と一緒になっての学校ぐるみの太鼓演奏や遠足、また修学旅行など6年間の思い出を同じようにワンフレーズずつ区切って言葉をリレーする。同校は山梨県の小学校で初めて導入された文科省の英語教育実践校。その授業のエピソードも。男5人、女8人。みんなの目に涙が。感極まって涙声になる子も。こちらも最後に後輩にエールを送る。「みんなで力を合わせ、学校を盛り上げて」。来賓席のオジサン達も胸が熱くなった。同校は児童数が激減、このままでは近い将来、存続すら危ぶまれている。


卒業式1_convert_20110328212409


 式が終わり、えんじの着物、袴姿の担任女教師の先導で、在校生や教職員、来賓などの拍手の中を退場する卒業生。この後の演出がふるっている。一旦、式場を出た卒業生は再び会場に戻って、その入り口に設えられた和太鼓を演奏するのである。式次第にはないサプライズだった。この小学校には学校の名前と地域の名をとった「岩手太鼓」という太鼓隊が編成されている。小さな学校だから中学年以上は全員がメンバー奏者。裏を返せば、この学校の卒業生は全員が太鼓を叩くことが出来るのだ。もう20年近い歴史があって、山梨市内はもちろん、山梨県内でもちょっと知られた存在だ。「この太鼓の響きを何時までも」といわんばかりに、堂々の≪カーテンコール≫。拍手喝さいだった。


岩手太鼓



 時間はちょっと遡って卒業証書の授与。卒業生席から一人一人卒業証書を受けるのだが、そのマナーは12歳の子供とは思えないほど素晴らしい。多分、リハーサルもしているのだろう。名前を呼ばれて校長先生から壇上で証書を受け、席に戻るまでの歩き方、恩師や来賓への挨拶の仕方、その間合いまで堂にいっている。そんな子供たちに校長先生は、ある作家の言葉を引用しながら「あなた方の未来には『希望の道』がある。優しさと思いやりのある人こそ本当の強さのある人間だ」とはなむけの言葉を贈った。その校長先生の眼にも涙が・・・。心を洗われるような卒業式だった。ただ「仰げば尊し」や「蛍の光」の斉唱がないのがオジサン達の年代には寂しかった。それは卒業式から消えて久しいのだという。卒業式も変わった。




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雪の下の大根(再)

大根



 一昨日降った雪を乗せていた木々が、綿帽子を落として軽くした枝を、初春の風に静かに揺らしている。庭の植え込みのあちこちには春の淡雪が冷たく光り、石の門柱の向こうに新しい雪をいただいて光る富士山が悠然と浮かんでいる。前衛の御坂山塊は雪の薄化粧を徐々に落とし、風交じりの逆光にうす黒くたたずんでいた。


雪景色


 私の家は上流に出来たダムの影響で流れを乏しくした笛吹川の高台にある。目線の下に不規則に浮かぶ住宅の甍はまだ残雪でまぶしい。いつもはやってくる小鳥は、今日は見えない。犬に引かれて散歩する老人が門柱の向こうをいつものようにのんびりと歩いてゆく。窓越しにボ~っと外を眺めていた私と目が合ったのか小首を下げて通り過ぎて行った。



 「大根、お宅にはもう無いでしょう。食べてください。あるいはお宅にもあるかなあ・・」



 門柱の前の小道の一段下がったところで、畑仕事をしていた近所の奥さんがニコニコしながらやってきた。両手に二本ずつ大きな大根を吊るしていた。畑といっても3畝足らずの小さな面積だが、ナスやキユウリ、トマト、白菜、ジャガイモ、ほうれん草など季節に合わせて何でも作っている。ご主人は私より3つ下の66歳だから、この奥さん、60歳を超えているのだろう。実家は非農家だというが、野菜つくりも手馴れたものである。



 「ここに嫁いでもう30年以上経つんですもの。お義母さんが生きている頃、手取り足取りで教わりましたからね」



大根3      大根2



 私が顔を合わすたびに「よくやりますね」と褒めると照れくさそうでいて、まんざらでもなさそうな顔つきでにっこり笑う。この時期、畑は大根など秋野菜の名残りと、ほうれん草くらいのもの。多くの農家は秋にいったん抜いた大根を土にいけて保存するのだが、この奥さんは抜かずに土や藁をかけて霜から守るのだそうだ。確かに大根は少しも傷んでいない。我が家も、今年、この奥さんに見習ってみた。


大根5


 桃の節句を迎えたというのに冷たい風がほほを刺す。



 「いつもいつもすみませんね」



 「いえいえ、そんなことはありません。いつも、お世話になっているんですもの・・・」


大根4


 そんな会話の後、しばらく世間話をしていた奥さんは「それじゃあ・・・」と言って、踵(きびす)を返した。そんな後姿に女房が「ちょっと待って・・・」と、声をかけた。



 「奥さんねえ、これ頂き物の京都の漬物なんですよ。ご主人と味を見てくださいよ」



「嬉しいわ。私、これが大好きなんですよ。でも、高い大根になっちゃいましたね」



 この山梨市の田舎から見れば都会だろう、サラリーマン時代、甲府に住んでいた頃にはなかった光景であり、会話だった。いつも≪普段着≫。素朴な会話、素朴な近所付き合いの中に言葉に表せない温もりがある。


雪景色2



 甲府から私の実家に戻って6年半。田舎生活を敬遠していた女房もすっかりとまでは行かないまでも地域に馴染んだ。野菜作りの手ほどきを受けたり、枯露柿作りも覚えた。逆に、食事会や趣味の講座への案内も。田舎の隣近所のコミュニケーションには味がある。





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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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