へんてこな寿司屋さん(再)

 8日間のアラスカクルーズで日本人には一人も出会わなかった。ハワイからツアーできた日系人はいたが、純然たる日本人は私たちだけ。その日系人たちも日本語はほとんど駄目。いつもこの船には日本人が少ないのか、日本人向けのサービスはゼロに等しい。


イラスト寿司


 しかし、ちょっぴりカルチャーショックに陥りそうな私たち日本人にとって嬉しくなったのは寿司や鉄板焼きのレストランがあったことだ。のぞいて見るといつも白人達でそこそこ賑わっていた。鮨バーと大きく書かれてあって、中にはカウンターもある。鮪、烏賊、海老などそこそこのネタが並んでいるが、へんてこな巻き寿司が妙に気になった。海苔を使わず、キュウリなどちょっとした具を中心に渦巻状に巻くのである。




 へんてこといえば、このレストランはへんてこだらけ。まず、外観から気に入らない。店内の装飾は唐草模様。鮨を握っている親爺、というより息子といったほうがいいかもしれないが、その男は色がちょっと黒い。おそらくタイかマレーシア人である。のっけから寿司屋に行った気分にはならない。白人の男女達が、箸を使って、ワイングラスを傾けながらへんてこな巻き寿司を食べているのである。  


寿司



食べてみたら、もっとへんてこ。シャリは細長いカリフォルニア米。百歩譲ってカリフォルニア米はいいにしてもシャリの味が全く駄目。シャリに酢を打っていないのである。「これが鮨か」、口には出さないが、腹が立った。それでも白人のお客たちはそこそこ美味しそうに食べているからなおさら腹が立つ。




 まだある。この鮨バーの入り口の壁には鮮やかな朱色で蛇の目傘が描いてあるのだが、その傘に書かれている文字がなんともへんてこである。漢字なのかなんだか分からない。ここばかりでなく船のデッキの壁面に書かれた蛇の目傘も同じだった。




 よく考えてみれば、このようなへんてこな場面は多々ある。たとえば、映画を見ていても日本人を描きながら、着ているものがチャイナ服のようなものであったり、部屋の家具がいかにも中国風であったりするケースによく出会う。欧米人は日本と中国、韓国など東南アジアの国国の区別がよく分からないのである。 




 「経済大国日本」、なんて言われているらしいから日本は世界によく知られると思っていたら大間違いということがよく分かる。日本の文化が私たちの意に反して以外に知られていないということである。国際化はどんどん進み、情報テクノロジーは急速に進化しているのに、その溝はまだまだ埋まっていない。へんてこりんな鮨バーだって、そのオーナーなり、担当者がちょっと勉強すればすぐ理解できるのに、と思うのだが・・。




 待てよ。その逆の場合はどうだ。私たちがアメリカやフランス、ドイツ、その文化を十分に理解しているだろうか。残念ながら、はなはだ疑問である。≪知っているつもり≫ だが、案外知らないことがいっぱいではないだろうか。
 同じ言葉を使うアメリカ人とイギリス人はおろかアメリカ人とフランス人の生活習慣や文化が分かるだろうかと考えたら、私はノーだ。人の事を言えた柄ではなかった。




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胃袋の違い(再)

 よくあんなに食べれるもんだ。日本人が食べる3倍、とはいかないまでも倍以上、平気で食べてケロッとしているのである。



 ハワイ滞在中、従兄弟夫婦はランチやデナーに街の大衆レストランへ連れて行ってくれた。そこでいつも目にする白人たちの食べっぷりである。例えば、ランチ。お皿の上には幾重にも重なったハンバーガーとポテトチップス。そのポテトチップスの量も半端ではない。日本ではあんきに3人分である。

ハンバーガー


 それに飲み物もだ。セルフサービスのカウンターの端にコーラや日本では見慣れない飲み物のセルフコーナーがあって、思い思いに持ってくるのだが、その紙コップの大きさもどでかい。ハワイではコカよりペプシが強いのか、ペプシコーラコーラばっかり。他の飲み物も同じように甘い。ハンバーグをパクパク食べながら、その甘い飲み物をがぶがぶ飲み、またお変わりを持ちに行く。



 その食べっぷりにビックリしたのは私ばかりではなかった。隣に座っていた女房は日本語が相手に分からないことをいいことに「この人たち、よくあんなに食べれるわね。だからみんなあんなにデブになっちゃうんだよね」。日本ではけして人のことを「デブ」などといえた柄の体形ではない女房がまるで人ごとのように言う。アメリカを旅している間中≪デブ≫の女房が確かにスマートに見えたから不思議だ。そんな女房はこれまた人ごと、「お父さんもスマートに見えるわねえ」と、ニヤニヤしながら言った。




特に白人女性のデブっぷりは私たちの目からすれば桁外れにすごい。そもそも身長があるから若いときにはスマートで綺麗だ。しかし、ある年齢になるとぶくぶく太り出す。自分だってデブの女房が「夜寝るときベットが壊れないかしら」と、心配するほど。余計なお世話というものだが、その私もあっちこっちで出会うそのデブたちにあっ気に取られる、というより圧倒されたものだ。



 女たちほど気にならないが、男たちも同じだ。とにかくよく食べる体もでっかい。日本人とアメリカ人の胃袋の違いだろうか。5,6年前、ロス・アンジェルスに行った時も同じような光景に出っくわしたことを思い出した。そして、そこから空路ラスベカスに飛んだ飛行機の窓から延々と続く台地を見下ろしながら「こんな国のやつらと戦争をしたら勝てっこない」と、直感的に思ったものだ。食いっぷりも、第一、国土のスケールも違う。


肉



 ラスベカスはかつては緑一つない砂漠だった。そこにアメリカ人は≪ラスベカス≫という世界的といっていい歓楽街を造ってしまった。人が住む上でもっとも大事なのは水である。当然のことながら砂漠には水がない。100㌔も150㌔も先から水を引いたのである。その水で、街路樹などの緑も育てた。



 アメリカ人の開拓精神は逞しい。あの広大な国土に人口は3億前後。そのアメリカが世界の超大国たらしめている根底は、このフロンテア精神、その源は大きな胃袋かもしれない。そんなことまで考えさせられるアメリカ人の食いっぷりであった。


アメリカ星


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欲望と不夜城のカジノ(再)

ラスベガス夜景



 全体が煌びやかなネオンで埋まり、夜を知らない、いわゆる不夜城の街と言ったらラスベカス。この街のもうひとつの顔はカジノ、つまりギャンブルだ。5、6年前ロス・アンジェルスを経て、このラスベカスに行った事がある。宿泊したのはホテルベネチアンだった。宿泊というよりはカジノにどっぷり浸かったと言う方がいいかもしれない。


ベネチアン
ベネチアン



 ベネチアンはホテルというより、それ自体が一つの大きな街といった感じで、そのスケールに圧倒された。ホテルの中にショッピングロードやくつろぎ、散策の広場があり、ホテルやカジノがあるといった感じである。ビルのなかの街が昼間ばかりでなく、夕暮れや朝まで演出する。また一つカジノを例にとっても、そのスペースはとんでもなく広い。ゲームの途中トイレに立ったら、その帰り、自分のテーブルを見失ったくらいだ。




 ラスベカスはカジノのメッカ。しかし、その規模ではマカオがラスベカスをしのいだとも言う。マカオのカジノには30年ぐらい前、会社の同僚と行った事があるが、もう街全体ががらりと変わっているのだろう。私は自分が根っからの勝負事好きではないかと思うことがある。ちょっと誘われればソウルぐらいならいつでも飛んでいってしまう。今月の終わりに、中学時代の同級生と、またソウルのカジノに行くことになっている。




 今度のハワイ、アラスカの旅でもラスベカスに足を伸ばす予定だった。それを取りやめたのは今回のアラスカクルーズで存分にカジノを楽しめたからである。クルージングの大型客船は6階に大きなスペースを割いてカジノを設けていた。バカラやブラックジャック、ポーカー、レット・イット・ライドなどのカードゲーム、それにクラップスやビンゴ、ルーレットやスロットルマシーンなど何でも楽しめる。


ラスベカス



 カジノの雰囲気とは不思議で、そのすべてをやってみたくなる。だが、残念なことにルール、つまり遊び方を熟知していないので、いつも比較的気軽に出来るブラックジャックのテーブルに着く。カードゲームのテーブルはみんなランク別、つまり10ドル以上、50ドル以上、100ドル以上といった具合に分けてある。10ドル~500ドルのテーブルが私の遊び場である。ランクでは一番低いテーブルだ。


  カジノ



 テーブルはいずれも6,7人掛け。100ドル紙幣5枚をテーブルに出すとデーラーはまず紙幣をテーブルの上に並べて客の見ている前できちっと確認した後、それに見合ったチップを客の手元に出してくれる。カードの配り方を含めて、その手さばきは鮮やかだ。賭けるチップの量はリミットの範囲内であれば自由。客はカードの流れを見ながらチップの量、つまり賭ける金額を加減するのである。ブラックジャックは日本のオイチョカブとやり方は同じ。ただカードと花札の違い、それに上限の勝負数字が21と9の違いである。オイチョカブを知っていれば遊べるゲームだ。



 オイチョカブも同じだが、デーラー(親)が強いに決まっている。お客のほうは勝負勘とツキ以外のなにものでもない。結局は負けてしまうのだが、≪好き≫と≪欲が≫後を追わせる。いつも女房が嫌がるのも無理はない。でもギャンブルとはそんなものだ。


ドル山積み


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海の出稼ぎ(再)

自衛隊1



 ハワイ諸島めぐりのクルージングがきっかけで、船に乗るのが癖になったのか、昨年は海上自衛隊の体験航海に応募、横須賀や清水に飛んで、護衛艦に乗った。水平線に向かってすべるように進む船での航行はいかにもダイナミックで、気持ちがいい。体験航海だから操舵室や船橋(ブリッジ)にも入れてくれる。「面舵いっぱーい」。海上らしいスマートな白の制服に身を包んだ自衛官が双眼鏡をのぞきながら前方を確認し、操舵室に運行指示を出している。肩と胸には階級章がついていて、それぞれの立場が一目で分かるようになっている。


自衛隊2


 面舵とは右旋回、これに対して取り舵は左旋回のことを言う。「いっぱーい」は30度のことをいうのだそうだ。つまり、船は左右30度の旋回が限度ということか。護衛艦は昔の駆逐艦。自衛隊は「駆逐」という言葉を避けているのだろうか。戦艦も客船も多くはタグボートを使って接岸したり、離岸する。しかし最近ではこのタグボートを使わすにすむ機能を備えた船が増えているのだそうだ。

自衛隊3



 護衛艦と客船は目的が異なるから、もちろん見た目も中身も違う。性能は別にして、双方ともレーダーを積載、船橋や操舵室もほぼ同じだろう。当然のことながら根本的に違うのはミサイルなどの搭載。外観の色も違う。客船が極めてカラフルなのに対して護衛艦は相手の視界から見えにくいメタリック色だ。呼称は異なるが、客船でもキャプテン(艦長)以下、幹部は肩、または胸に階級章を付けていて、担当別のクルーの指揮を執っている。


自衛隊5


 例えばレストラン。クルーは幾つかのレストランを日替わりで担当しているようで、あっちこっちで同じ顔ぶれに出っくわして顔馴染みになったりもした。そのクルーばかりでなく、全艦の乗務員に言えることだが、白人より東南アジア人が多いように見えた。主にタイ、マレーシア、フィリピン人のようで、中には黒人もいた。




 日本で言うバイキング方式の大衆レストランはともかく、テーブルに高級ワインやシャンペンを並べ、個々にメニューを渡し、前菜からメーンデッシュ、デザートまでオーダーを取るレストランで、もたもたする私たちに「ジャパニーズ?」と声をかけてきた。「イエス」とこたえると「おげんきですか?」「こんにちは」と、愛想よく片言の日本語で返してくる。グアムの出身だというその男はそのクルーのチーフで、数年前、東京のホテルで接客の研修を受けたという。「研修ではなく、一度は日本に行きたい」とも。


自衛隊4


 東南アジア系のクルーといえば、ハワイの行き帰りの飛行機の中でも同じような現象を見た。日航機だったが、かつてはスチュワーデスといった客室乗務員のほとんどがタイ人だった。この人たちをリードする日本人のアテンダントに内緒で聞いてみたら、日航では10年ぐらい前からタイ人女性を採用しているのだそうで、さらにフリピン女性の採用を検討しているという。東南アジア系の採用は何れも人件費削減策に他ならない。ことの良し悪しは別に日本を除く東南アジア人の≪出稼ぎ≫範囲はあっちこっちに広がっている。そのみんなが、それぞれ夢を持って頑張っているのである。




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クルージングの魅力(再)

クルージング


 凝っているといったら、ちょっと大げさだが、今、クルージングにはまっている。3年前のハワイ諸島めぐり、昨年のアラスカクルージングに次いで、今度はマイアミからロス・アンゼルスまでの旅を女房と一緒に楽しむことにしたのだ。前2回は8日間だったが、今回は15日間である。クルージングは豪華客船の旅ということもさることながら、毎たび、ホテルを変えずに旅行を楽しむことが出来るのがいい。




 陸の旅だとバスや汽車で移動し,その行く先々でホテルを変え,あの重いトランクを持ち運ばなければならない。それに比べ船の旅だと、そのわずらわしさがない。しかもお客が眠っている夜の時間に目的地まで移動してくれる。決まった船室が旅の期間中のホテルであり、行動拠点である。面倒がり屋にはこんな好都合はない。


部屋


 船はざっと20万トン。収容人員は乗客数2,500人。それに1,000人の乗務員が乗り組んでいるのだそうだ。14階建ての船には3箇所のエレベーターホールがあって、それぞれ6基のエレベーターが稼動している。船の全長は300メートル近い。いってみれば、どでかいホテルが海に浮かび、太平洋を動いていると考えればいい。その大きさゆえか、少しもゆれないから快適だ。船酔いなどの心配は全くない。
船


 船の中には大小13のレストランをはじめ,1,500から1,600人収容できるシアターやボーリング場、大人も子供も一緒に楽しめるゲームコーナー、インターネットルームや静かに本を楽しめる読書室、子供専用の遊戯室や大人の遊技場・カジノもある。普通のホテルではロビーに当たる部分は7階にあって、8階まで吹き抜けになっているこの空間には、大小の豪華なソファーがアトランダムに並び、お客同士の待ち合わせや団欒の場となる。

船の中

 また様々な問い合わせに応ずる案内カウンターやドリンクコーナー、それに大型のスクリーンを見たり、歌や楽器のライブを楽しめるようゆったりした空間を演出している。夜のひと時ともなると、臨時の写真スタジオがお目見えして、気軽に記念写真を撮ってくれる。若者たちのグループや老若を問わず、カップルたちがお気に入りのコスチュームに着替えてやってくる。どの顔もみんな楽しそうだ。
ボーリング


 このロビーがある7階は主にシアターや読書室などの娯楽施設、それに大衆レストランなどがある。長い通路の両側にはバックや香水、時計、めがね、ネクタイ、男性、女性用の衣類など各種のブランド店やお土産品店が並んでいる。その通路の一角では、臨時のスタジオばかりではなく、レストランやロビーなどでプロのカメラマンが撮ったお客さんの写真が翌日には展示される。沢山のアングルの中からお気に入りの写真だけをチョイス出来る仕組みだ。


クルーズ3



 屋上には大小のプールがあって、家族連れや若者たちが水しぶきを上げている。ちょっと気温が下がる日には温水に代わる。プールサイドには沢山のビーチチェアが置かれ、人々はサングラスをして日光浴を楽しんだり、透けるような青空の下で読書を楽しんでいた。ドリンクコーナーもある。


ジム


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ピンクのじゅうたん(再)

桃  


 「山梨の人間はバカだねえ・・・」


 「先生、どうして山梨の人はバカなんですか」


 「バカなんだよ」


 「だからどうして・・・」


 「だって、そうだろう。山梨の桃の花はすごい。わたしゃあ、電車で甲府に来たんだが、勝沼駅から塩山駅にかけて見渡す甲府盆地の桃の花は素晴らしい。あれを山梨県のヤツらは、世に出すことも、ましてや活用することすらしねえ・・・」


桃_convert_20120418091221
一宮町観光協会



 その人はツボのような丸い目をむき出すようにしながら、まるで掃き捨てるように言った。その語り口調はドスが利いていて、声はかすれている。ご存知の方は、そのイメージからお分かりになるかもしれない。そう、今は故人となられた岡本太郎画伯だ。大阪万博の、あのシンボルモニュメント「太陽の塔」の作者としてもおなじみ。その作風からピカソを連想する方も多いだろう。

岡本太郎



 もう30年以上も前のことだ。甲府で岡本画伯にお目にかかってインタビューさせて頂いたことがある。お話をお伺いする前、その生い立ちをちょっと調べさせて頂いた。その記憶によると、芸術一家に生まれた岡本さんは、子供の頃は名うてのやんちゃ坊主で、小学校を度々、転校させられた。ところが絵を描かせれば何を描いても上手で、18歳の時、東京美術学校(現東京藝術大学)に入り、その後、一家でフランスに渡るのである。




 岡本青年は、家族が日本に帰った後もパリに残って絵を勉強、そこで出会ったピカソの絵に心酔して、抽象画に傾倒していくのである。原色を使ったあの力強い抽象画を見て誰もがピカソを連想するわけはそこにあるのだ。大阪万博は当時、圧倒的な人気を集め、その入場者総数は6,400万人を数えた。日本人の二人に一人が万博を見た勘定だ。そのシンボルとなった「太陽の塔」の制作費は30億円とも言われた。




 なんとなくピカソを連想しながら向き合っていた私は、この岡本画伯のお話に、頭をガツ~ンと、ぶん殴られたような気がしたのを今でも鮮明に覚えている。なぜって? 今でこそ桃の花をいけばな用に市場化したり、桃の花見の場を設営して観光客を誘致するようになったが、当時、桃作り農家も農協など全ての周囲は、いわば「いい桃の実を作ってなんぼなんぼ」という考えに過ぎなかったのだ。岡本さんが言うように、あの見事な桃の花をビジネスに使うことなど考えなかったのである。


桃2_convert_20110412202905



 いくら素晴らしい花が咲こうと、その中にいれば、当たり前のことで、その素晴らしさに気づかない。岡本さんが言う桃の花に限らず、そこにいる人たちが空気のように誰も気づかず、見過ごしていることって案外多いのかもしれない。色から来る景色を見ての感性、それが芸術ばかりはではなく、ビジネスチャンスにも繋がることを思い知らされた。岡本画伯の感性はひとつキャンパスの上だけではなかった。事実、あの30数年前の乱暴とも思える発言が、やがて農家も周囲も山梨の桃の花に対する視点を変えるきっかけになったことは確かだ。





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散る桜、残る桜も・・・(再)

写真_convert_20120416143633  


 桜、桜と言っているうちに、前線は細長い日本列島をどんどん北上、やがてはどこかに行ってしまうのだろう。手前味噌かもしれないが、私たちは山梨を「日本列島のヘソ」と言っている。その山梨の桜は今が盛りの満開。日曜日、女房と娘、それにご近所のご家族をも巻き込んで、花見の宴を張った。




 舞台は我が家の前にある地域のふれあい広場。かつては我が家の梅畑だった所で、普段はお年寄り達のゲートボールや子どもたちのブランコ遊びなどに使われている。7畝ぐらいの面積で、それほど広くはないが、そうかといって狭くもない。手頃な広さの広場だ。その周りに20本近いソメイヨシノ枝垂桜を植えた。もう何年ぐらい経つのだろう。特に数本のソメイヨシノは見事な枝ぶりになって、今年も溢れんばかりの花を咲かせた。


花見2
 

 花見の宴を張るにはうってつけ。桜の木の下にブルーの大きなシートを敷き、テーブルの上にはサトイモや大根の煮っ転がし、ほうれん草や菜の花のおしたし、ネギの酢味噌和え・・・。みんな我が家の畑で採れたもので、女房や娘の手作りの逸品?である。




 もちろんお酒やビールも。私なんか、むしろ、こっちの方が主眼である。風情のないヤツ、と風流人から目をしかめられるかもしれないが、本音で言えば、花などどっちでもいい。酒と肴があればいいのである。夜の居酒屋やスナックバーで飲む酒とは一味もふた味も違う。時折、盃に風に舞い散る桜の花びらが・・・。


花見3  


 「散る桜 残る桜も 散る桜」


 私のような無粋者でも、調子に乗って、こんな句をなぞってみたくもなる。良寛さんの作と伝えられるこの句、なんとも味わいがある。「散る」と「残る」と「桜」の三つを組み合わせた、一見、単純すぎるほど単純な句だが、考えれば、考えるほど、奥深い。




 「もののあわれ」は古典の昔から、相場は秋。十五夜の月を眺めながら、ものの哀れにしたり、やがて来る晩秋の風、舞い散る枯葉に人生のはかなさを重ね合わせるのだ。いかにも日本人らしい感傷だが、そのシチュエーションはぴったりだ。


月見


 秋は色に例えても白。白髪が意味するように人生も黄昏れ時。これに対して春は青。はつらつとした時期、つまり、青春なのだ。しかし、良寛さんは、春爛漫の桜に人生のはかなさを重ね合わせた。これ、私の読み違いかな?とにかく、意味深な句であることは間違いない。




 そんなことはどっちでもいい。無粋者は花より団子。飲むほどに、酔うほどにオンチな歌のひとつも飛び出す。みんな満面に笑みを浮かべ、大声で笑っている。近くを通りかかる人達もニコニコ笑っている。「俺も仲間に入れてよ」。一人、二人と花見の宴は、人数を増やした。その後はお決まりのコース。「お父さん、あんまり飲みすぎないでよ」。それ来た。女房のいつもの、きついブレーキだ。




 東京は上野のお山の桜、隅田川沿岸の桜・・・。今頃はやっぱり私のような飲ん兵衛が・・・。しかし、不景気なご時世、盛り上がり方はちょっと違うかも。でも、こんな時だからこそ、飲んで、歌あって、明るくしなけりゃあ・・・。これ、飲ん兵衛も言い訳?




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摩訶不思議な桜(再)

桜2


 どちらにお住まいかは存じ上げないが、テンテンさんからこんなコメントを頂いた。
「たかが花見、されど花見ですね。この風習が続く限り、日本の自然は美しく残されていくのだと信じています」



 このコメントに私もこうお返事させていただいた。


 「そう言われれば、その通りですね。日本人に花見の習慣がある限り、花を愛で、自然を大切にする心が育まれていくのでしょうね。私のような花をおかずにする飲ん兵衛も一役買っている?のですね」




 飲ん兵衛の一役は、もちろん冗談。とにかく、という花は不思議な魔力を持っていて、人々に春を実感させ、人の心をウキウキさせるのだ。100年に一度の不況だの、なんだのといっても、日本全国、至る所の桜の名所は、今年も花見客で賑わった。当然のことのように、私のような酔客も。

桜



 毎年、2月から3月になると新聞、テレビ、ラジオは競うように日本列島の桜前線を予想し、各地の地方気象台も、それぞれが持つ標準木と首っ丈で、役にかかって開花宣言を発表する。そこには、平年比、前年比で何日早いの、遅いのまで解説するのだ。人々はそれによって気候や気温の移り変わりを実感したり、農村地帯や果樹地帯では、その作業の目安にさえするのである。




 梅の花からバトンタッチする水仙や、後に花開く桃の花、さらには西洋など外来種の草花もあわせ、一斉に花を開かせる。いわゆる春爛漫を演出する自然界にあってはその象徴的な存在なのだ。山梨、特に私が住む甲府盆地の東部は、日本一の桃の産地。間もなくすると桃の花が満開となって、一帯がピンクのじゅうたんに変わる。しかし、このスケールの大きいピンクのじゅうたんも、やっぱり花としては桜には位負けだ。




 日本人は、なんと言っても桜が大好き。だから映画や舞台にも桜を登場させる。今は全体的に少なくなったが、時代劇、つまりチャンバラ映画には桜がつき物だった。あの遠山の金さんにいたっては、背中から二の腕に掛けての刺青は桜吹雪。北町奉行所のお白州で片方の裃をはずして「手前ら、とぼけるのもいい加減にしろい・・」と二の腕に掛けての桜吹雪を見せながら啖呵を切ると観客は拍手喝さい。いわば最後の見せ場となるのだ。



桜4


 子供たちの学生服のボタンや小学校の校章も、かつては桜をあしらったものが多かった。外国人から見た日本の象徴は、今でもフジヤマ芸者と並んで、やっぱり桜。日本人に桜を重ね合わせるのである。昨年、アメリカのシアトルに行ったとき、ワシントン大学を訪ねたら三木首相時代に日本が贈ったという桜並木が、その構内で幹を太くし、立派に息づいていた。ワシントン州での日米友好の証なのだ。




 桜は全ての花に比類がないほど、散り際がいい。日本人のDNAにある「侍」にも似た共通点がどこかで人の心をくすぐるのだろう。しかも、散った後も「葉桜」という言葉があって、まだ桜が生きているのである。花は散れば終わりだが、なぜか桜だけは違うのだ。


桜3



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嫌な世の中(再)

子供


 電話のベルが鳴った。咄嗟に受話器を取った私は
「はい、○○ですが・・・」




 当然の電話への応対だ。それを聞いていた女房が、電話が済んだ後、



 「私も、おかしいと思うんだけど、最近じゃあ、電話がかかってきても、こちらは、モシモシだけで、自分を名乗らない人が多いんだってよ」



 「どうしてだ?」



 「決まってるじぁない。悪いヤツがいて、間違い電話を装って悪用するからよ」



 なるほどと思う一方で、ヘンな世の中になっちまったもんだ、と改めて思った。


電話


 電話を悪用する常套手段は、このところ頻繁に被害が出ている振り込め詐欺だ。繰り返される振り込め詐欺の被害。それを防止するため、毎日のように、これまた繰り返される防災無線による啓発アナウンス。誰だって身構えたくなる。




 裏を返せば人を信じなくなるということだ。時にはある間違い電話にしても「もしかしたら・・・」と悪い方に勘ぐってしまいかねないのである。普通なら「間違いました。大変失礼いたしました」「いえ、いえ、どういたしまして」で済むところが、そこに猜疑心を残せば後味が悪いものになるのに決まっている。もちろん、振り込め詐欺など悪いヤツは沢山いるわけではない。


携帯電話


 悪意の電話は論外で、単純な間違いにしても、当たり前のマナーさえみんなが心得ていれば、猜疑心は沸かない。人間だから誰だってダイヤルの仕間違いはあるだろう。その時に一言の侘びもせずにプツンと電話を切ったりするから、相手に不快感を与えるばかりか、その猜疑心まで誘発してしまうのだ。




 大人が間違い電話に一瞬、身構えるくらいならまだいい。困ったもんだ、と思うのは子供への教育だ。親も学校の先生も、子ども達に「知らない人に声を掛けられても、黙っていろ」とか「知らない人に声を掛けるな」と教える。万が一の毒牙から子ども達を守る手段だが、そう教えられると子ども達は、人を疑うことばかりを覚えることになる。


子ども


 一方で、挨拶をしろ、と教える。子ども達は面食らうに違いない。大人たちが設ける街角の挨拶運動を促す標語塔が白々しく映る。考えてみれば、全ての動物が本能的に、この猜疑心とか警戒心というヤツを持ち合わせている。自分を守る手段なのだ。しかし、必要以上に猜疑心や警戒心を植えつけたら子ども達はいったい・・・。万一、子どもが事件に巻き込まれたらどうする、と開き直られたら返す言葉がないのだが・・・。


子ども2



 人間が元来、持ち合わせている防衛本能。それに輪を掛け、ことさらに警戒心や猜疑心を植えつけたら子ども達の心は歪むに違いない。「万一、事故が起きたらどうする」という言葉の裏側に、学校や地域の≪事なかれ主義≫が潜んでいたら、これこそ主客転倒だ。それはともかく、ひとつ言えるのは、大人が物事に過剰に反応し過ぎると、純粋な子ども達に悪影響を及ぼしかねないことだけは確かだ。





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パソコンに向かっている時間(再)

 机に向かっている時間、正確にはパソコンに向かっている時間と言うべきなのだろうが、そんな時間が長くなった。

パソコン_convert_20110106220352



 「お父さん、子どもの頃から、これほど熱心に机に向かえば、さぞかし、今頃は博士か大臣か、でしょうね」


 近くでわたしの晩酌の後片付けをしていた女房が、皮肉混じりにこんな軽口を叩いた。



 「お前、俺の子どもの頃なんてよく分かるじゃあないか」



 「分かるわよ。もう40年も夫婦、やっているんですもの。お父さんがそんなに勉強しなかったことぐらいお見通しよ」

マウス



 確かにそうだ。パソコンを覚えて3年半。特に、このブログを始めてぼつぼつ3年。暇さえあれば机に向かっている。自分でも不思議に思うくらいだ。インターネットはおろか、パソコンすら触ろうとしない仲間達は「60代も半ばを過ぎて、そんな肩の凝ることを・・・。第一、目に悪いよ」と、笑うのだが、とにかく惹かれるのだ。




 肩が凝るのは今に始まったことではないから、このパソコンが原因じゃあない。もう一つの目もくたびれない。夜、遅くなっても、案外、眠くならないのである。言葉には出さないが、女房が言うように、子どものころこれほど熱心に机に向かっていたら、俺の人生が変わっていたのではと、正直思う。

鉛筆



 考えてみれば、子どもの頃、こんなに意欲的に机に向かったことも、いわんや勉強したこともなかった。女房の言う通りだ。今の教育ママと違って、親達もたくさんの子どもを抱え、生活そのものも楽ではなかったからか、子ども達にそれほど「勉強しろ」などと言わなかった。そんな暇もなかったのだろう。それが幸か不幸か・・・。



 宿題をしていかないと明日、先生から怒られるので、仕方なく机に向かうのだが、これまた昼間の遊び疲れで、すぐに眠くなるのだ。そんな事を繰り返しながら中学、高校へ。3年生になる頃になって大学受験を意識して「これじゃあ困る」と、自覚?にも似た心境になるのだが、その体質が一夜に変わるはずもない。面白くないから、また居眠りだ。




 ところがどうだ。これまでだらだらと飲んでいて女房から嫌がられた晩酌も、さっと切り上げて机に向かうし、マージャンをしたり、お酒を飲んで午前様で帰っても一度はパソコンに向かう。ブログを開き、editaから留守中の訪問者にコメントを返すのだ。


エディタ


 「お父さん、今何時だと思っていらっしゃるの。眠れないじゃない。早く電気消して、寝てくださいよ」



 女房がうるさいから、仕方なく止めるのだが、このうるさいヤツがいなかったら・・・。



 何事にも言えることだろうが、興味を持つということは恐ろしいものだ。矢印マークやハンドマークを動かしては手当たり次第にクリック、そこにまた「へえ~」と思える発見が。ブログ記事のカット写真を作るため、デジカメも持ち歩くようになった。若い頃、仕事にも使ったアナログのカメラは押入れの中だ。レンズの先の視点も変わった。




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ビルの林の花粉症(再)

都会



 「わたしゃあねえ、先日、病院関係の会議に出席するため、久しぶりに東京に行ったんです。そこで改めてびっくりしたのは、マスクを掛けて街ゆく人がなんと多いことか。インフルエンザではなく、花粉症なんですねえ。その数は半端じゃあないんです」




 ロータリークラブの例会での会食中、隣り合わせた仲間の話である。この人は山梨市にある、いわば地域中核病院の理事長で、自らもドクターだ。




 東京は巨大なビルの林。もちろん、公園や街路樹などがあるから、スギ花粉など花粉症を惹き起こす花粉の飛散源がないわけではない。しかし、山梨のように四方を山で囲まれ、その中に点在する森や林。東京と田舎の飛散源の量は比べものにならないはずだ。花粉症を持ち出した、このドクターの話を補足するように、別の仲間がこんな話をしてくれた。


スギ2


 「花粉の飛散は、単なる発生量だけではないと思うんですよ。確かに東京と山梨の発生量を比較すれば、山梨の方が圧倒的に多いはずだ。問題は蓄積度の問題じゃあないんでしょうかねえ」



 「蓄積度?」



 「そう。山梨などの田舎の場合、土などの自然が飛散した花粉を吸収してくれる。しかし、東京のような都市、つまり、ビルの林の中では花粉を消化しないんです」


ビル



 この話、私のように、ど素人でも、分かるような気がする。確かに巨大なビルの林の東京はその一つ一つがコンクリートの塊。網の目のように張り巡らされた道路という道路もどこまでもアスファルトの舗装である。自然の土がないのだから、飛んできた花粉だって行き場がなく、たまる一方だろう。それが沢山の車や人によってかき回されて、また舞い上がる。その繰り返しだ。




 私たちの地域の山や林では、もう少し経つと青い空を黄色くするほど風に煽られてスギ花粉が飛散する。こんな話を聞くと、花粉症でお悩みの方だと即倒するかもしれないが、これホント。いわば、季節の風物詩みたいなもので、私なんか、これと言ってびっくりもしない。それ自体が地域の人たちに免疫を施しているのかもしれない。


スギ



 私たちは子供の頃、この杉林の中で遊んだ。小さなスギの実を使ってスギ鉄砲あそびをするのである。花粉症などという言葉もなかった。それとも知らずに漆の木を使ってチャンバラごっこもした。でもかぶれることもなかった。免疫力も日常の生活や、遊びの中で備わっていたのだろう。今でも漆の枝でチャンバラごっこが出来るかって?まったく自信がない。恐らく、体中、かぶれで腫れ上がるだろう。




 スギ花粉をひとつとっても、その飛散量は、昔よりずっと多くなったという。人間が山を荒れ放題にしたツケだ。かつては、スギ山はヒノキ山と共に宝の山だった。ところが安い外材が入って来るようになって、その宝の山も持ち腐れ。下草刈りや間伐などをしないから、成長を妨げる。子孫を残そうとする本能からスギは余計に実を付けようとするのだそうだ。山を大事にしなくなった日本人が、こんな所でも、ツケを背負わされている?


木


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詐欺と盗人(再)

サギ



 「お母さん、振り込め詐欺に騙されるなよなあ・・・」

 「私なんか、そんなにのろまじゃあ、ありませんよ。お父さんじゃあ、あるまいし・・・」

 「おい、おい。ひと言、余計じゃあないのか?」



 今日も地域の防災無線から流れる振り込め詐欺防止の啓発放送を聴きながらの女房との何気ない会話である。女房は「絶対に引っかかりっこない」と断言するが、こういうタイプがいざとなると一番危ない、と私は思っている。なぜかって?娘はいい歳をしているのに、一人娘のためだろうか、今でも、どちらかと言えば過保護気味だからだ。こういうタイプは、ひとたび、巧みに仕掛けられれば、一発だろう。


電話



 「こちら山梨市役所と日下部警察署からお知らせします。今日、山梨市内の70歳代の主婦に電話があり、その女性の息子を装って、俺の携帯の番号が変わったので控えて欲しい。また電話する、と言っていったん電話を切り、改めてATMへのお金の振込みを求めてきました。このような電話があった場合、絶対にお金の振込みはせず、警察へ・・・。また定額給付金の支払いを理由に、手数料名目で現金の振込みを求める電話もかかっています。定額給付金の支給に手数料はありません・・・」




 こんな内容のアナウンスが毎日のように繰り返されているのだ。予防、警告のための放送にとどまらず、実際に被害に遭ってしまった事例も。その放送をよそ事のように聞いている側から見れば、これほど度々警告しているのに・・・と思うのだが、振り込め詐欺の被害は絶えない。よほど巧みな手口で仕掛けてくるのだろう。女房が言うように、みんなが、私だけは引っかかりっこない、と思っていているのに・・・。



 「石川や 濱の真砂は尽きるとも 世に盗人の種は尽きまじ」


 ご存知、石川五右衛門の辞世だが、悪いヤツは、今も昔も次から次へと出てくるものだ。五右衛門から時代は下って江戸時代の「白波五人男」のひとり・弁天小僧菊之助や、あの名台詞「問われて名乗るもおこがましいが、産まれは遠州浜松在、六十余州に隠れもねえ賊徒の首領たあ~・・・」の日本駄右衛門、さらに時代は下って江戸後期の鼠小僧次郎吉。



白浪五人男
                                   白波五人男


 いずれも名うての盗賊に違いはないが、そこには何かしらの愛嬌があった。歌舞伎や庶民が集まる芝居小屋の演目にもなったりしたからだろうか、なぜか憎めない。特に鼠小僧次郎吉は、お金持ちの大名や武家屋敷ばかりを狙い、自らも義賊を標榜したという。




 ところが平成の盗人はどうだ。ITMやケイタイなどITを巧みに駆使し、弱い立場のお年寄りや女性をターゲットにしているのである。ATMを駆使して途中の「足」を消しているから捜査当局にとっても始末が悪い。再三の防災無線による警告のように、みんなで注意するしかないのだろうか。



 とにかく、一刻も早く捕まえて、五右衛門のように、釜茹(煎)でにでもしたらいい、というのが私たち庶民の感情だ。京都の古刹・南禅寺の山門という晴れ舞台まで用意して「絶景かな、絶景かな。春の眺めは値千金とは、ちいせえ、ちいせえ」などと、大見得を切らせるわけにはいくまい。




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ジャガイモの種まき

梅4


 
「暑さ寒さも彼岸まで」。先人はうまいことを言ったものだ。寒い、寒い、と肩を丸めているうちに日はどんどん長くなり、いつになく開花が遅れたサクラも一輪、二輪と花を開き始めた。その足下の地べたでは水仙が黄色い花をつけ、チューリップも緑の葉っぱをいつの間にか大きくしている。庭先の白梅や紅梅はサクラにバトンを譲る。ただ、御坂山塊を前衛にして窓越しに浮かぶ富士山は、まだ厚い雪を被っている。



 「お父さん、ジャガイモ、蒔かなきゃあいけませんね」


 「そうだなあ・・・」



 よくしたもので、畑仕事など人ごとと思っていた、うちの女房、いつの間にか先手をとって私を促すようになった。ジャガイモを「蒔く」ではなく「植える」と言っていたズブの素人の女房が今では、その用語ばかりでなく、種まきの時期まで分かるようになった。昨年、20万円近い大枚をはたいて買った管理機も見よう見まねで動かす


ジャガイモ



 何事にもいえることだろうが、人に言われて渋々やる仕事と違って自らの意欲でやる仕事には嬉々とした表情がある。「お父さん、今年は5㌔にしようか、それとも7㌔?」。農協への種芋の注文も自分の手で。男爵とメークインをうまくバランスさせていた。



 そんな女房を近所の人たちも黙ってみていない。


 「奥さん、よくやりますねえ」


 褒めてもくれる。そればかりか、百姓モドキの私に変わって、「これは、こうした方が・・・」と、手伝ってくれるのである。


 「今夜は農協婦人部の総会。2時間ばかり出掛けてきますよ」


 いつの間にか農協まで顔を出すようになった。ご近所の手助けばかりでなく、こんなところにも情報源が。私がジャガイモの種まきを、いつもの年より1週間ほど遅れさせた理由もちゃんと知っている。


 「いつまでも寒さが続く年はあまり早く種を蒔くと遅霜にやられるんだそうよ」


ジャガイモ


 会社勤めをリタイア。それを機に甲府から山梨市の実家に戻って足かけ7年。最初の頃は田舎生活を歓迎しなかった女房。野菜作りなど、土との生活をよしとしなかったのだが、今はどうしてどうして。率先して私に手伝う。




 ジャガイモの種まきは、夏野菜の作付けの第一弾。あと一ヶ月もするとナスやキュウリ、トマトの植え付けもする。サツマイモの苗を差すのもこの時期だ。毎年、5月早々のゴールデンウイーク中に作業をすることにしている。




 この頃になると今は厚い雪を被っている富士山も次第に雪を溶かし、その中腹に残雪で形作る「農鳥」が出現する。「農鳥」の出現は、いわば、初夏の農作業開始のゴーサイン。山梨県地方では、早いところでは田植えも始まる。サクラの後陣を拝す桃の花も、もちろん散って青い実をつけ、農家は摘粒の作業に追われるのである。長引く寒さで、ちょっとイレギュラーした自然界も人々の動きも普段の年に戻る。




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パソコンの落とし穴(再)

PC2


 「足コメありがとう。しかし、随分と上から目線での物言いですねえ。年長者でも、使っていい言葉と、そうでない言葉がありますよ。お気をつけ下さい」




 私が自分のブログにおいで頂いた方に書かせていただいた、足あとコメントの返事だ。一瞬、ドキッとした。明らかに叱責だ。抗議でもある。何か失礼なことを書いてしまったのだろうか。いや、そんなことはない。初対面の方だから、失礼にならないようにコメントを書かせていただいたはずだ。


マウス



 すぐに私が書いたコメントを見てみた。結論から言おう。とんでもない変換ミスをしていたのである。恥をしのんで、お叱りを招いたコメントの内容を掲載してみる。




 「(前略)よくいらっしゃいました。私は山梨の田舎ですから、子どもの頃、大きなウサギ小屋を作って何匹ものウサギを飼ったことがあります。そんな時代を懐かしく思い起こしました。(中略)こちらからも、または意見しに伺います




 (前略)の部分では相手方のブログを読ませていただいた感想を、また(中略)の部分では山梨の近況を書かせていただいた。お叱りを頂いた「随分と上から目線での物言い」は、最後の部分だった。自分では「こちらからも、また(ブログを)拝見しに伺います」と書いたつもりが「こちらからも、または意見しに伺います」になってしまったのだ。




 つまり、変換ミスで「また拝見しに・・・」が「または意見しに・・・」に。ブログを拝見させて頂くのではなく、意見をしに行くことになってしまったのだから、まったくの、大きなお世話で、お怒りになるのも当たり前。




 「拝見」と「は意見」。一字違いで意味がまったく異なってしまう。パソコンほど利口者はいない、と思っていたら、とんだ落とし穴が潜んでいたのである。変換ミスをご理解頂ければ、何の事はない、笑い話のような話だが、このパソコンのいたずら、場合によっては人を傷つけたり、傷つけられたりするのだ。いつでも起こり得るから怖い。


キーボード


 助詞とか、接続詞との組み合わせから生ずる変換ミスばかりでなく、同異語の変換ミスもあるだろう。いわゆる、誤字、脱字の類なら「あいつ、バカだなあ」で済まされもするが、それによって文章の意味がまったく違ってしまったら、場合によって「ごめんなさい」では済まされない。大抵の変換ミスは文脈を乱して、意味が分からなくなるからいい。しかし、私のご粗末のように、よく見れば一字、不自然な「は」が入ってはいるものの、全体では意味を違えて読み下してしまえるから始末が悪い。




 手書きの文字だったら、こんな間違いや、そこから生ずるトラブルはまずなかった。あっても「あいつ、また、こんな誤字を書いて・・・」と笑われるくらいで済んだ。そういう自分だって、それをしかねないから、目で笑って終わりだ。


PC1


 しかし、パソコンというヤツは時に、アナログ人間を狙い撃ちにして落とし穴にはめる。キーを叩き損ねて、また打ち直す。変換ミスどころか、そんな悪戦苦闘をしているのだから困ったものだ。パソコン様、くわばら、くわばらである。




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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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