退化する体と脳みそ(再)

 何事にも言えることかもしれないが、普段使わなければどんどん忘れ、人間の機能だって退化する。最近そのことをしみじみ思う。例えば、中学、高校と習った連立方程式や因数分解を今やってみろと言われればちんぷんかんぷん。中学校から大学まで習った英語だってしかりだ。




 そんなことはまだいい。今、痛切に感じ始めているのは手足など体の機能である。車に頼り、歩かないから足腰は弱くなる一方。「少しでもいいから、毎日ジョキングか、ウオーキングでもしたら」と言われるのだが、そのじちもない。だから、毎日、何時間かは畑に出ることにしている。




 そうすれば、中腰で鍬を使ったり、転がって草むしりもする。嫌でも足腰や腕の筋肉を使うからだ。汗びっしょりになる。特に夏場だと、その汗はシャツを搾るほど。おかげで体重も3㌔ぐらい減らすことが出来た。昼飯の時に飲む一杯のビールがうまい。つい、一杯が二杯、二杯が三杯に。


ビール



 女房は「せめて昼間は飲むのをやめたら」と、憎たらしくも言う。俺の身体を気遣っての言葉であることは分かっている。でも、このうまさは夜のそれとは比べものにならない。最近ではあきらめたのか、同じ事を言わなくなったが、冷蔵庫からビールを持ってくる顔は、やっぱり渋い。飲まない方がいいに決まっている。だけど・・・。




 肝臓というヤツも同じで、使わなければ機能をどんどん低下させる。お酒の引き合いに出すのは方便に過ぎないが、自分の経験から確実に言える。




 かつての会社仲間4人で「百石クラブ」という集まりを作って、時々、甲府のホテルなどあっちこっちで飲み会を開く。「百石クラブ」は自分達が新米の頃、仕事を共にした旧社屋が甲府市の旧百石町という所にあったことから名付けたものだが、昔話をおかずに飲む酒もうまい。


お酒



 しかし、みんなお酒が弱くなった。現役時代、浴びるほど飲んだ同僚や先輩がすぐに「俺はもう・・」と言い出すのである。「最近、飲む機会が少なくなったせいか、弱くなっちまって」ともいう。年齢のせいもあるが、確かにお酒も飲まないでいれば体が忘れさせてくれるし、肝心の肝臓がその機能をなくしてくれる。




 肝臓ばかりではない。人間の臓器や体は使わなければ確実に退化していく。特に、腎臓という臓器は、それが顕著で、いったん、人工透析などをしてしまったら、自分で働くことを忘れてしまうのだそうだ。




 頭、つまり、脳も同じ。ある年齢以降、緊張感をなくした生活をしていると、ボケること受けあいだと最近自分の事として思うようになった。こうして毎晩、パソコンを叩いてブログを書くのも、指先や少ない脳みそを少しでも使うからいいと思っている。私も大好き人間だが、マージャン仲間が、それをしない人から「好きだねえ」と、冷やかされたりすると「指の運動とボケ防止さ」と;言う。これは方便。徹マンが体にいい訳ないさ。




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若者達のコピペ(再)

 コピペ? 「コピー アンド ペースト」の略だという。へえー、うまく略すもんだ。感心はしたものの、その意味はさっぱり分からない。テレビで見ていて、パソコンやインターネット用語だと分かった。文章など、さまざまなデータをコピーし、貼り付けることを言うのだそうだ。文字の通りだ。そこでまた、へえー。


コピペ



 家族で食卓を囲んでいた時、娘が晩酌中の私に向かって言った。


 「そんなこと、知らないの。お父さんだってやってるじゃない」


 何を言っているのか分からなかった。


 「俺がやっている?」


 「そうよ。お父さんだってブログ書きながら文章を置き換える時、コピーマークをクリックしてから貼り付けたりしてるじゃない」


 「へえー、そのことか」


 単純に頷いたが、テレビはこのコピペを問題意識を持って取り上げていた。コピーし、貼り付けるというこの単純な行為に頼ってしまうと人間の脳は考えることや創造する能力を退化させてしまうのだそうだ。ここでまた、へえー。


パソコン_convert_20110106220352



 テレビを見ていたら、問題視の意味がよく分かった。教育現場、つまり大学や高校、小、中学校に至るまで、このコピペがどんどん入り込んでいるのだそうだ。例えば、大学生にあるテーマで論文を書かせると、学生達はインターネットで、それに近い解説を探して、それを切り張りしながら論文を完成させてしまうのだという。

パソコンをたたく手



 自分で資料を探し、考えながらやれば何日もかかる論文作りをわずか30分足らずでやってしまうという。第一、インターネットからの写しで、自分の考えではないから研究論文とはいえない。このコピペは小、中学校の読書感想文や作文にも今や珍しくなくなったという。私は化け物だと思っているが、インターネットにはなんでもデータが入っている。




 テレビの大学教授は苦笑いしながらこんなことを話していた。


 「学生達の論文を見ていたら、同じ内容のものどころか字句まで同じものがいっぱい。いずれもインターネットからの引用、貼り付けで、ひどいケースだと全体の64%、つまり自分の文字は、文章のつなぎも含めて36%に過ぎなかった」



 子供の頃からテレビゲームで育っているから携帯電話でのメールも空気のようにこなす。パソコンやインターネットも自在だ。私のようなアナログ人間からみれば羨ましい限り。携帯電話を片手に別の事をしながら電話機を見ずにメールを打つ子供たちを見ると「へえー」と尊敬したくもなる。


マウス



 こんな人間からすれば、今の子供たちはものすごく進化しているように見えるのだが、どうして、どうして。幼稚といったら言い過ぎかもしれないが、やっぱり幼稚だ。インターネットの情報をそのままコピペすればすぐにバレてしまうに決まっている。ITは果てしなく進化する。しかし人間の内面はそれに追いついていけないでいる。



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出張菜園と空き家バンク(再)

 先頃の「遊び感覚の農業」で書いた農業のNPO法人に再度触れてみよう。都会の人たちが田舎に、それぞれに見合った農地を確保、土に親しみ、それなりの農業を楽しむ。それは、実践者が言うように「こんな安上がりで、気軽なレジャーはない」。


 家族連れのサラリーマン氏はこんなことも言った。


 「コンクリートの道を歩き、コンクリートのビルで仕事をして、疲れて帰る所が、またコンクリートの家。女房や学校に行く子ども達だって同じ。ストレスだって知らず知らずのうちに溜まりますよ。だから出張菜園は手ごろのストレス解消策だし、家族の健康づくりの秘訣なんです。情操を豊かにしなければいけない子ども達にとっても格好の情操教育、自然教育の場だと思っています」


葡萄畑2


 このサラリーマン氏の場合、年数万円で山梨市に農地を借り、時期には毎週のように東京からやって来る。土曜日、または日曜日、しかも朝早く家を出るから東京からでも1時間半に満たない距離だ。夏休みなどには近くに安い旅館をキープ、家族旅行を兼ねてやって来ることもあるという。



 ちょっとショッキングな言い方をすればコンクリート地獄に住む都会の人たちにとって、このサラリーマン氏のような願望は決して少なくないように思う。願望があっても、その受け皿や、そこへのアクセスを知らないのが実情のよう。


葡萄畑



 山梨は首都圏から100㌔の圏域。しかし、農業後継者不足は、ここもご多分に漏れずで、農地は余る一方。だから農地は格安で借りられる。私の周りだって、その受け皿はゴロゴロしている。後継者不足と高齢化で耕作の手が回らないということであって、まだ農家がなくなった訳ではない。だから指導者はいる。




 同じクラブでご一緒するロータリアンの中に、宅建業界の幹部を務め、目下、空き家バンクの推進に尽力されている方がいる。都市集中現象。これもご多分に漏れずかも知れないが、山梨市を中心としたこの地方には空き家が少なくない。文字通りこの空き家を有効利用しようというものだ。


水車



 このロータリアンとこんな話をしたことがある。


 「空き家バンクと地域に増えつつある遊休農地をうまくかみ合わせ、都会の人たちに活用してもらうシステムは作れないものか。そうすれば利用者だけにとどまらず、後継者不足に悩む農家にも新展開になるのでは」



 もちろん、これには農地法の規制をはじめ、さまざまのネックがあることも確かである。宅建業界が超えられないテリトリーだってあるはずだ。しかし、行政の関係部署や農業委員会などの機関とが一緒になって、真剣に考えれば打開策はあるはずである。現に、NPO法人は農地の有効活用を角度を変えて実践し始めている。ただ利用者にとって、その受け皿が見えにくかったり、手続きの仕方が分からないから、そこに飛び込めないでいるのだ。これに道筋をつければ双方が助かる。





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アレルギー

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 「ボク、蕎麦アレルギーなんだ…」


 初めての蕎麦打ち体験に興味津々。悪戦苦闘しながらも嬉々として蕎麦作りと取り組む友達をよそに、自ら蚊帳の外になった男の子は、つぶやくように言った。


 「どうして蕎麦アレルギーと分かったの?」


 「お母さんから言われたんだよ。プログラムに(蕎麦打ち体験が)あったので、『やっちゃあダメよ』と言われたんだ。だからボク、遠くにいるんだ」


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 極、当たり前のように言うのだが、どこか寂しそう。外見からすると、少したりともひ弱そうにも見えない普通の男の子。山梨市ユネスコ協会が奥秩父の一角とも言える埼玉県境の山梨市三富町で開いた「ユネスコ歴史探検隊」行事での一コマである。


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 「オレ達の子供の頃、蕎麦アレルギーなどというもの、あったかなあ…」


 今年、70歳になる私は、やはり主催者の仲間に、そんな問いかけを。


 「私ゃあ、医者でも科学者でもないから定かなことは分からないけど、昔だってあったんじゃあないかなあ。それが分からず、お腹が痛い、下痢をした、で片付けちまたんじゃあないのかねえ…」


 「今じゃあ、ちょっとした検査をしさえすれば、アレルギー体質は簡単に分かるんだってね」

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 アレルギーとは、免疫反応が特定の異物(抗原)に対して過剰に起こることをいうのだそうだ。免疫反応は外からの異物を排除するために働く、生体にとって不可欠な生理機能。アレルギーが起こる原因は、生活環境のほか、抗原に対する過剰な曝露、遺伝などが考えられているという。先進国で患者が急増していて、日本ではアレルギーを専門とする診療科目・アレルギー科もお目見えしている。




 もちろん、アレルギーは蕎麦ばかりではない。米、麦、大豆、モロコシなどの穀物類、牛乳、卵、さらには桃、葡萄などの果物に至るまで。米、麦は私たち日本人の主食。これを取り上げられてしまったら…。さらには果物や牛乳、卵。花粉症もその一つだ。花粉症は杉花粉にとどまらず、様々な花に広がっている。私にはアレルギー疾患はないが、多岐にわたるアレルギーの患者を思うと人ごととは思えない。


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 「先進国で患者が急増」。このデータは何を意味するのか。データの裏側には一体何が。現代病という言葉だけで片づけることは出来ない。不気味でもある。見逃せないのは、アレルギーが子供たち若年層に広がりを見せていることだ。食生活を中心にした生活環境が影響しているのだそうだが、ジワジワ裾野を広げるアレルギー疾患は怖い。




 私たちが子供の頃は、集約農業などと言う言葉にはほど遠い米麦養蚕の農業形態。生活は自給自足に近く、田舎だったこともあって、物流も乏しかった。冷蔵庫もなく、保冷のシステムがないので、生鮮食糧品などは高嶺の花。貧しい食生活を強いられた。アレルギーなどという言葉すら聞かなかったし、知らなかった。今の食物アレルギーは、豊かな食生活の産物なのか・・・。




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蕎麦打ち体験

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 蕎麦打ち体験に挑んだ子供達は、悪戦苦闘しながらも大喜び。


 「もっと水を入れろ」
 「そんなに入れちゃあダメだよ」



 無邪気な子供達の会話も真剣そのもの。水と“つなぎ”の小麦粉を混ぜながら懸命にこねる。こねる。額には汗が。おでこやほっぺに白い粉をいっぱい付けながら奮闘する子供達が、また可愛い。


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 この蕎麦打ち体験。山梨市ユネスコ協会が子供達の夏休みに合わせて開いた「ユネスコ歴史探検隊」のプログラムの一つ。参加者は山梨市を中心にした3年生以上の小学生達。男の子もいれば、女の子もいる。25人のよい子の顔がそこにあった。


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 「ユネスコ歴史探検隊」は山梨市ユネスコ協会とユネスコみどりの会が奥秩父の乙女高原などで45年間欠かさず開いてきた国際子供キャンプに代わる催し。会場はやはり奥秩父の一角といってもいい山梨市三富町。埼玉県に隣接する県境の町である。山梨県の重要文化財に指定されている古民家を宿舎にした二泊三日


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 プログラムは蕎麦打ち体験のほか、近くの渓流でのヤマメ釣りやつかみ取り、それを塩焼きしながらのバーベギュー、山間のお寺での修行体験と講話(一日目)。合宿場所になった集落(徳和地区)と信仰の山(乾徳山)の歴史学習、その乾徳山への追跡ハイク、県指定の重要文化財の古民家の囲炉裏を囲んでの民話、肝試しの趣向を盛り込んだナイトハイク(二日目)。宝探しオリエンテーリング「武田家の秘宝を探せ」(三日目)。夕方の入浴は山間の温泉へ。みんな大はしゃぎ。プログラムは盛り沢山だ。


    
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 蕎麦打ち体験は4~5人で構成した班ごとに。子供達に振り分けた材料(4人分)は、そば粉400㌘、小麦粉(中力)100㌘、熱湯200~220cc。子供達は用意されたマニュアル、つまり①混ぜる②熱湯を入れる③こねる④のす⑤たたんで切る⑥ゆでる⑦洗う、の行程で蕎麦打ちと取り組むのだが…。




 出来上がった“そば”は、お世辞にも蕎麦になっていない。細長く切ったはずの蕎麦はボロボロ。それも細いものもあれば極太も。中には団子になってしまったものも。町のそば屋さんで出されたり、お母さんが作ってくれたものだと誰も食べないだろう。ところが子供達は-。



 「オイ、うまいな」
 「ウン、おいしいね」


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 自分たちが苦労して作ったものだから愛着があるのだろう。大量の蕎麦の“傑作”は、あっという間に子供達の胃袋に収まった。それを遠くで見守っていていた一人の男の子。「ボクは蕎麦アレルギーなんだ…」。ちょっと寂しそうに別に用意したおむすびを。蕎麦作り体験は竹を使った食器や箸作りから。鋸やナイフ、ペーパーやすりを駆使してのクラフトから始まるのである。総じて今の子供達は鋸もナイフも使い方を知らない。(次回に続く)




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遊び感覚の農業(再)

日本酒


 特異なケースらしいが、山梨には無尽が多い。もちろん無尽は古くからあった。大坂や堺の商人達が「頼母子講」として始めたのが、その起こりだという。しかし山梨で多い無尽は、そんな経済的な意味合いのものではなく、社交的な場、つまり仲間達の交流の場なのである。




 私も5つの無尽に入っていて、毎月1回ずつお酒を酌み交わしながら、たわいもない話に花を咲かす。ユネスコの仲間達や中学校、高校の同級生たち、さらには地元のおじさんたちのグループである。同級生はもちろん、みんな還暦をとおに過ぎている。果樹農家など自営者を除けばみんな勤めをリタイアした者ばかかり。話題といえば、健康と野菜作り、土いじりの話がもっぱらだ。もちろん、地元のおじさんたちはみんな百姓だから、そんな甘い話はしない。


カボチャ3



 特に非農家が多い仲間達の無尽では時として野菜作りの話が多い。非農家のクセにといったら叱られるが、みんな良く知っている。種を蒔く時期から、手入れの仕方や消毒まで事細かく説明してくれるのである。ヘタな百性よりもっと詳しい。




 それもそのはず、一坪農園ではないが、畑を借りて家庭菜園を楽しんでいるのである。中には、かなりの面積の畑を借りて≪農業≫と取り組んでいる仲間もいる。私の場合、根っからの百姓の倅だから百姓を楽しむという感覚はない。むしろ義務感の方が強い。




 みんな嬉々としている。私も最近では、その義務感が薄れ、楽しさを覚えつつあるが、そんなものではない。退職金で農機具を買い込み、借地をもっと増やしたいという仲間さえいる。家庭菜園型であれ、農業指向型であれ、共通しているのは、野菜作りなどの農業と、健康づくりをダブらせていることだ。




 だから除草剤など一切使わず、草取りに汗を流し、消毒にも細心の注意を払う。「うちのものも食べてみて」と、その時々の野菜を持って来てくれるのだが、それは立派。私の比ではない。時間と手間、それにお金もかけている。健康づくりのために楽しんで作り、自らの手でつくった無農薬、減農薬の新鮮な野菜を食べる、そんな意欲が伝わってくる。



トマト



 中高年層のそんな風潮を見通したのだろう。最近、農地を媒体にした都市の人たちと農家の交流を仕掛けるNPO法人が目立ち始めた。そのパターンも都市、農村を問わず、勤めをリタイアした人たちなどが農家の協力を得て立ち上げるケースだ。




 山梨市のあるNPO法人に籍を置く友人の案内で、そのイベントに参加したことがある。桃の花が咲く季節だった。日曜日の朝。まだ9時前というのに、山梨県内はもちろん、東京や千葉、神奈川などから30人を超す家族連れが集まっていた。自分達が借りている桃の摘花を楽しそうにやっている家族連れもいれば、畑の中での岩魚の薫製作りをする夫婦もいる。指導役は NPOのスタッフや農家だ。


桃の花見



 どの顔も生き生きとしている。みんなおむすびなど、いわゆる手弁当である。毎週日曜日に奥さんと子ども二人の家族全員で、東京からこの畑にやって来るという40代のサラリーマンは「こんな健康的で、お金のかからないレジャーはない」と話していた。楽しむ農業、遊び感覚の農業。都市部には農家の倅にはない志向が膨らんでいる。




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思考回路

ケイタイ_convert_20110722215337


 野良着と一緒に洗濯機に放り込まれたケイタイ電話のデータは、辛くも九死に一生を得た。そそっかしく、トンマながらも“虫の知らせ”のように早くそれに気づいたのが不幸中の幸であった。もちろん、ハードは洗濯機の泡にもまれてダメ。でもデータの命が助かってくれて、まずはホッとした。




 人間、いつの間にかケイタイに慣らされ、さまざまなデータの管理をそれに依存するようになった。ケイタイは“単なる電話”ではない。様々な機能を内蔵しているから、便利以上に毎日の生活に、なければ不安さえ覚えるようになった。もちろん、なければ困るというものでもないし、なくてもいい。しかし、ないと落ち着かない。家に置き忘れたことを途中で気づき、わざわざ持ちに帰ることもあるほど。




 例えば、一義的な電話機能一つとっても、いちいち電話帳を調べなくてもいいし、留守電でもかかって来た相手にワンタッチで、どこへでも返信が出来る。加入電話が居間にあったり、その子機が目の前に転がっていてもケイタイを手にしてしまう。加入電話より料金体系は高くつくのだろうが、そんな事もお構いなしである。私だけではないようで、今は少なくなった街角の公衆電話ボックスの中で、ケイタイで話している若者を見て、一人笑ってしまった。


携帯


 恐ろしいのはパソコンが人間に文字を忘れさせるのと同じように、ケイタイは人の記憶する力をどんどん失わせる。ケイタイがなかった時代、頭の中には10や20、いやもっと多くの電話番号が入っていた。私ばかりではないだろう。ところが今は、うかうかすると自分の電話番号すら覚えていないのだ。ケイタイの電話番号を聞かれて、戸惑った経験は、どなたにも少なからずおありだろう。わずか11桁の、しかも自分の電話番号を覚えようとしないのである。





 地上波テレビの完全デジタル化も完了。今や地デジによる良質画像が当たり前になった。身の周りのものがどんどんデジタル化され、ITは限りなく進化していく。アナログ人間の私なんかには化け物にも見えるのだが、その化け物は人間の思考回路まで知らず知らずのうちに変えて行くのだ。しかし、ひとたびトラブルを起こしたら日常生活にとんでもない支障をきたす。日本が誇る新幹線だって簡単に止めるし、これからどんなトラブルが起こるかわからない。そそっかしい、かみさんがやってくれた≪ケイタイの洗濯≫に大慌てしながらITという化け物を恨めしく思った。




 そのケイタイも、どんどん様変わりしていく。いつの間にか現れたスマートフォンが、それにとって変わろうとしている。恐らくスマホが日本中を席巻するのは時間の問題だろう。メーカーはケイタイの機種の多様化を競い、デザインの高度化を競った。これもまた、いつの間にかスマホへ。この春、女房と連れだってイタリアやギリシャなどEU諸国の一部を歩いたのだが、日本人の“進化への切り替え”のペースは比べものにならないほど速い。新しがりやの日本人。ITファッションへの飽くなき追求は続く。




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ケイタイの洗濯


 うちのかみさんは洗濯好き。下着であろうが、野良着であろうが、なんでもすぐに洗濯機にかけてしまうのである。私はどちらかと言えば無精者。面倒臭いので黙っていれば2日でも3日でも着替えをしなくても平気。そんな私の身包み剥いで洗濯機へ。それはそれでいい。困るのは、そそっかしいと言うかトンマと言うか、時々とんでもないヘマをやってくれる。


洗濯物



 先日はケイタイを洗濯機にかけられてしまった。ポケットの中を確認せず、ケイタイが入ったままの野良着を洗濯機に放り込まれたのである。ケイタイの性格から言えば当然だが、私は野良に出るときにもケイタイは離さないようにしている。そのケイタイがあえなく、洗濯機の泡の中へ。「バカヤロー」。私は咄嗟に怒鳴った。



 いつもは自分の非を認めようとはしない、かみさんもこの時ばかりは問答無用。神妙な顔つきで「ごめんなさい」。珍しい。しおらしく謝られると、それ以上怒るわけにもいかなくなった。問題はその次だ。

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 よしんばケイタイは買い換えればいい。しかし、その中のデータはお金では買えない。正直言って慌てた。ケイタイを洗濯機にかけてしまったことを、かみさんから告げられた瞬間、「バカヤロー」と怒鳴るより先に「データは・・・」と、言うに言われぬ不安感に襲われた。ケイタイは、私のようなアナログ人間でも「モシモシ」の道具にとどまらない。安っぽい頭では覚えられない,様々なデータが。手帳の役目もしてくれているのだ。




 友人、知人の連絡先の電話番号ばかりでなく、メールアドレスや行事予定まで入っている。加入電話の番号はげにげになら電話帳で調べれば、ちょっとした手間で復活できる。しかし携帯電話の番号やメールアドレスは調べようがない。予定表も同じだ。そんなことを考えた瞬間、叱るより先に「よわったことをしてくれた」と思ったのである。


携帯電話



職場を持っていた現役の頃、財布より手帳を大事にしたことを今更のように思い出した。手帳は一日たりとも手放すことは出来なかった。手帳を見ることから一日が始まるのである。会議や打ち合わせ、彼女に留めず広い意味でのデート・・・。手帳はいわば毎日の羅針盤のようなものだった。住所録の役割も。ケイタイのなかった時代は友人、知人ばかりでなく、取引先や主だった役所、ホテルの電話番号までびっしり書き込んでいた。


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 手帳に蓄積されたデータは、お金には代えられない財産だったのである。もちろん財布を失くしたり、すられたりした時、がっかりしたり、腹も立つのだが、それはそれですぐに諦めもつく。しかし、手帳は今のケイタイと同じで、船舶だったら羅針盤のようなもの。一時たりともなければ困るものであった。




 職場を退き、毎日が日曜日になった今、いつの間にか手帳のありがたさを忘れ、ケイタイがその代役を。電話番号ぐらいだったらまだいいが、予定表の入力となると所詮はアナログ人間。未だに戸惑うこともあるのだが、それを丹念にやっておきさえすれば、これほど便利なものはない。(次回に続く)




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新盆と仲間

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 「同窓 同期 子供と大人の狭間の三年間 其の後のどの三年間を取り出しても比べる事の出来ない三年間 生きて出席できる人は 皆幸せな人達ばかりと思います」



 京都にお住まいの柳居子さんから、こんなコメントをいただいた。柳居子さんは私のブログをお読みいただいているお一人だが、むろん、一面識もない。でもインターネットとは不思議。いつの間にか旧知の仲のような錯覚にも。折に触れ、こちらからも柳居子さんのページをおたずねする。




 さもない日常を題材にした私のラフなエッセイと違って、こちらは硬派の評論調。学者肌を感じさせるトーンだ。。どうやら60代で、同世代だからか、勝手に馬が合いそうな気がしている。コメントは前回の「古希の記念誌」に対するご意見である。




 「古希の記念誌」は、京浜地区に住む高校(日川)時代の仲間達が重ねてきた同期会の模様を写真中心にまとめたもの。アナログ世代にありながらも、よくしたもので、ITを駆使して立派にそれを作り上げる仲間もいるのだ。定期的な懇親会やゴルフ会の模様ばかりでなく、もう50年以上も前になってしまった高校時代の写真を卒業アルバムから引っ張り出して今と対比もさせてもいる。懐かしい恩師達のお顔も。


日川高校2



 柳居子さんが仰る通り、高校時代は「子供と大人の狭間の三年間」。確かに「其の後のどの三年間を取り出しても比べる事の出来ない三年間」なのである。総じてそれほど勉強したわけでも、そうかと言って遊んだわけでもない、“なんとはなしの“3年間であったにしても「古希の記念誌」を生む源になっていることだけは間違いない。そこにはしっかりした仲間の絆がある。




 その絆の一方で、運命とは皮肉。かけがえのない仲間達を鬼籍に引っ張り込んで行く。京浜同期会の中でも古くは成沢広三氏、近くは松本満氏・・・。いずれも癌だった。松本氏は卓球の名手。山梨県の高校卓球界の覇者にもなった。プロ野球読売巨人軍の松本選手の伯父でもある。スポーツマン一族だ。




 「オレには時間がないんだ」。自らの余命を悟っていた彼は同期会の会合やゴルフ会にも進んで参加し、懸命に明るく振る舞った。胸が熱くなった。時には、ややもすると遅れがちになりかねない同期会の催しを促したりもしたという。折しも今、お盆。新盆会を営む最愛の奥さんら遺族の元に帰っているのだろう。山梨では功刀忠夫氏、窪田兵吾氏らが・・・。



日川高校



 年月の過ぐるのは早い。古希という、また新しい節目を迎え、それを実感する。ひ近な還暦からの10年は、あっという間であった。一昨年、母校・日川高校の創立110周年を記念して作り替えた同窓会名簿の整理に関わって、鬼籍に入った仲間達の多いことに愕然とし、涙を禁じ得なかった。その数は一割を超すし、消息不明の人たちも少なくない。


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 自分では全く実感しないが、世間では私たちのことを「高齢者」と呼ぶ。「コノヤロー」と思うのだが、一方で、体の衰えは隠しようもない。持久力がなくなったばかりでなく、足腰など体のあちこちに故障が。この一年、それが顕著なのだ。これまで味わったことがない。「お父さん、いつまでも若いと思ったら間違いですよ…」。それほど年が変わらない女房に、そんなことを言われて何とも言えない自分がそこにある。



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「古希の記念誌」

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 「顔は男の履歴書」とは、まさに言い得て妙。送られてきたCDを見た瞬間,そんなことを思った。このCDは、山梨を離れ京浜地区に住む高校(日川)時代の仲間達が開いて来た同期会の模様をまとめたものだ。ゴルフ会の写真もある。名付けて「古希の記念誌」。そこに映し出された顔は70歳を迎えたり、迎えようとしている男達である。


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 スナップ写真から引き抜いたのだろう。仲間達一人一人の顔写真が。興味深いのはその顔写真に添えられた卒業アルバムの写真。51年前との対比が歴然である。みんな学生帽を被り、神妙な顔つきで写っている。二つの落差が面白い。当時、ちょっぴり粋がり、大人ぶってみたものの所詮は18歳の少年。言ってみれば、まだ子供だ。

 
 

 そして今。その初々しい顔はオジサンの顔に。半世紀の年月は重い。頭に白いものをいただき、それすら無くした人も。共通しているのは、みんなが「いい顔」をしていることだ。イケメンというのではなく、それぞれに「いい歳」をとっている。言うまでもない。イケメンという歳ではない。


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 高校卒業は昭和36年3月。そのまま実社会に飛び出た者もいれば、4年間の大学生活を経て社会に出た人もいる。卒業式があった3月1日を境に、それぞれがそれぞれの道を歩んだ。青春の特権、恋もした。結婚もした。苦しいこともあった。楽しいこともあった。




 息子や娘の結婚に喜び、孫の誕生に目を細めもした。親など肉親、知人との別れもあった。泣きもした。酒好きな人は、大げさに言えば浴びるほど飲んだ。「飲む、打つ、買う」。そんな男の遊びをみんなやった男もいるかも。




 仕事。今はみんな職場をリタイアしたが、それなりに夢中で頑張った。事業で挫折を味わった人もいるかも知れない。でもみんながそれを乗り越えた。だからみんなの今がある。今の男の顔がある。高度成長期の真っ直中に実社会に出、バブル経済や、その崩壊にも立ち会った。



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 仲間達はみんな戦中生まれ。もっと分かり易く言えば、昭和17年の遅生まれと18年の早生まれ。この頃はまだ子供が多かったのだろう。日川高校の1学年定員は400人。50人学級で8クラスあった。今の30人、40人学級から見れば、雲泥の差。でもクラスはまとまっていて、学級崩壊などという言葉もなかった。

 



 400人もいたのだから3年間で席を共に出来るのはほんの一部分。でも「古希の記念誌」に掲載された同級生の顔は少なからず知っている。ところが、そこにある“今の顔”は分からない。卒業以来、会っていない人もいるからだ。恐らく街ですれ違っても分からないだろう。50年という歳月はそれほど人間の顔を変えていた。



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 歳月が人の顔を変えるのは当たり前。それどころか仲間達を鬼籍にも引っ張り込んだ。少なくても一割前後の仲間が逝った。消息が分からない友もいる。京浜の同期会にとどまらず、地元山梨にも同期生の交流はある。そんな核が一人二人と友の再会を促しもする。わずか3年。されど3年。“同じ釜”のメシを食った仲間達の交流は、味わいがある。「古希の記念誌」は仲間達の新たな絆の端緒に。制作してくれた高野泰賢氏や田村俊夫氏ら各回の幹事役に拍手した。



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体罰の是非と教育のツケ(再)

 隣にいる子、つまり幼馴染の頭から一筋の血が流れた。小学校の5年生の時だった。何が原因だったかは覚えていないが、担任の先生が筆箱で頭をコツーンと叩いたのである。その頃の筆箱はジュラルミンで出来ていて、上が半開きに開けられる角ばった物だった。




 それでコツーンとやったものだから力を入れなくても当たり所によって頭が切れて血が出よう。先生の弁解をする訳ではないが、決して向きになって叩いたわけではない。ちょっとした弾みで筆箱の角が当たってしまったのだ。




 血を見た先生は、ちょっとうろたえた。「ごめんよ。お父さん、お母さんに謝りに行こうか」。その子は即座に言った。「僕が悪いんだ。お願いだからうちには来ないで。大丈夫だよ」。


子供


 「僕が悪いんだ」という言葉は、その子の本当の気持ちだっただろう。その一方で「うちに来られたらまずい」と考えたことも確かだ。なぜそんなことが分かるのかって? 先生に殴られたことを親に知られたら「お前が悪いことをしたのだろう」と、今度は親からぶん殴られるに決まっているからだ。その子ばかりでなく、クラスのみんなが分かっていた。





 ここで私が言いたいのは二つ。まず一つは先生の叱りだ。結果的に筆箱の角が当たってしまったのだが、それは教師としての子どもへの戒めであり、決して感情的なものではなかったことだ。そしてもう一つ。子どもが取った態度。というより子どもを通して映し出す親達の姿である。どの家庭の親達も学校や先生達を信頼していた。少なくとも我が子のいたずらや非行を棚に挙げて、学校に飛んで行って噛み付くような親はいなかった。





 こんな姿を現代に置き換えて、こんなことを言う評論家がいる。「親達も高学歴化が進み、先生達と同格意識が強まった」。私はこの考え方は違っていると思っている。≪子ども達との目線≫の勘違いから先生を始とした目上の人たちへの尊敬の念とか、自分中心主義の是非を教えることを怠ったツケが親に表れているのだと思う。つまり、そんな先生に教わった子供たちが親になっているのである。もちろん、すべての先生という訳ではない。


親子


 いっぱいあるがもう一つだけ例を挙げよう。今度は中学校のケース。ある時、部活動に使う部室の前で起きた教師の体罰事件だ。先生が部室にあったドライヤーで生徒の頭を殴り、頭を切った生徒が病院に運ばれたというのだ。この事件の顛末を書き出したら長くなるので、その要点だけを書くことにする。




 先生が、久しぶりに訪ねてきた知人と部室の前で立ち話をしていた時のことだ。たまたま通りかかった生徒がすれ違いざまにその先生を小馬鹿にするような言葉を浴びせた。カッとした先生はお客さんである知人が帰るのを待って、その生徒を呼びつけ、ドライヤーでメッタ打ちしたというのである。その先生は普段は教育熱心な先生だった。




 少子化。そこそこの経済力。子どもへの教育投資。先生はもちろん、親達からも殴られることのなかった子どもたちが先生になっていく。もちろんそのことが悪いわけではない。しかし、どこを叩いたら危ないかすら知らない先生がいたとしたら、これこそ怖い。




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プル友の不思議(再)

 私にはメル友ならぬプル友がいる。もう3年越しに通うスポーツジム(甲府)のプールで出来た仲間達である。年齢は20代から80代と幅広い。中には、どこの誰かも分からないプル友もいる。もちろん、男性ばかりではなく、若いお嬢さんもいれば、下っ腹に沢山お肉を着けたおばさん達もいる。


プール
 


 さまざまの筋トレ施設の一方で、25mの立派なプールを設けているのだが、ここはスイミングスクールと違って、競技志向ではなく、健康づくりにウエイトを置いている。だから私のようにメタボのそしりを免れない人間や、その予備軍も多い。事実、私は少しでもお腹をへっこませたり、体脂肪を減らせないものかと、ここに通い始めたのである。




 だからと言って、私自身もそうだが、プールの中にそんな悲壮感が漂っているわけではない。みんな楽しそうに水中オークをしたり、泳いでいる。水中エアロビックスのプログラムもあって、幅広い年齢のご婦人達から人気だ。 ご婦人達に混じっておじさんたちも頑張っている。


プール


 それぞれゾーンが分かれているから、思い思いにプールを楽しむことが出来る。泳ぎ専用レーンは三つ。ウオーキング専用レーンは一つだが、幅を広めにとって、その中央に直線を断続させた手すりを設け、左回りで周回出来る仕組みになっている。水中エアロビックスのゾーンは二つのレーンを一つにして、若いインストラクターが30分、または45分のプログラムで指導してくれる。




 水中エアロビックスは私のようなメタボ人間にはちょっとハードだが、ご婦人たちは30分、45分単位のプログラムを三つも四つも嬉々としてこなすのである。メンバーになって間もないという山梨市に住む友人の奥さんも「私も三つか四つぐらいやるんですよ」とニッコリ話していた。もちろんこうしたレッスンをこなすのには時間がかかる。だから昼食用のおむすび持参のご婦人もいる。


プール2


 人それぞれ、思い思いにプールを楽しみ、その合間や、終わればプールに併設のジャグジーに入ったり、お風呂に行って露天風呂やサウナ風呂を楽しむ。そのすべてが≪裸の付き合い≫である。ビジネス上の付き合いだったり、職場や学校の先輩、後輩の付き合いではないので、その肩書きや年齢などまったく関係ない。単なる人間としての付き合いだ。「どこの誰だか・・」といったのはそのことで、名前すら知らないプル友も少なくない。




 プル友は「こんにちは」「頑張ってますね」「お先に」「ごゆっくり」と言った極、簡単な会話から始まる。≪裸同士の付き合い≫は回を重ねていくうちにだんだん親しさを増してゆくものだ。時にはこのプル友が集まって納涼会や忘、新年会、それに桜の季節になれば花見の宴を張ったりする事もある。私のように60半ばの男もいれば、70,80を過ぎた人生経験、社会経験豊かな人もいる。もちろん、素顔のプールと打って変わって、綺麗に化粧したご婦人やお嬢さんたちもいる。その仲間は20人近くに膨れ上がった。




 人間、男女を問わず、親しくなって始めて裸の付き合いになる。しかし、プル友とは不思議で、それが全く逆なのである。親しくなると着物を着たり、化粧をするのだ。



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カブト虫とロータリアン(再)

 過日、私が所属するロータリークラブの例会で、カブト虫をテーマにした卓話をしてくれたロータリアンがいた。この方は山梨市や甲州市に店舗を持つ花屋さんだが、根っからのスポーツマン。毎朝、数10キロの山道を走り込み、仕事の合間を見ては、あっちこっちのマラソン大会やロードレース大会にも参加する。メタボのそしりを免れない私などと違って、身体はスリムで、いかにも健康そうだ。


カブトムシ



 「カブト虫が大好き」というこのロータリアンがカブト虫の話をするとき、その顔は童心に返ったように嬉々としてくるのだ。仕事を終えて家に帰り、夕食を済ました後、毎夜のようにカブト虫採りに出掛けるのだという。そんなお父さんに家族はけげんな顔をするのだそうだが、このお父さんはビクともしない。


虫取りあみ



 好きこそ物の上手なれ、ではないが、カブト虫がいそうな所が動物的な感で分かったり、毎朝のジョキングでも普通の人なら見逃してしまう道端のカブト虫も見逃さないのだそうだ。かつては好きと趣味が高じて5,000匹ものカブト虫を飼育、子供たちのために出荷までした事があるという。




 カブト虫の飼育にはおがくずなど、その環境作りが必要だ。しかし、そのおがくずが手に入らないようになって今では断念したという。その語り口調はいかにも寂しそうだ。カブト虫好きの人たちの飼育は別にして、私達の周りにカブト虫が育ち、棲む環境が知らないうちに減ってしまった。


麦わら帽子



 考えてみれば、カブト虫は養殖なんかしなくても、あっちこっちにいた。私は田舎育ちだったから、裏庭の堆肥置き場をひっくり返せば、カブト虫の幼虫がゴロゴロ出てきた。ゴロゴロと言ったのは、その白濁色の幼虫は胴回りが直径2㎝、長さ5~6cmぐらいで、玉のように丸くなって土の中や堆肥の中にいるのである。学名は定かではないが、みんなが「ノケサ」と呼んでいた。




 そのノケサがいっぱいいるのだから、カブト虫があっちこっちにいるに決まっている。夜、窓、というより戸を開けているとセミやカナブンブンなどと共にカブト虫が舞い込んで来るのである。その頃は子供の数が多いから、大騒ぎでセミやカブト虫を追い回すのだ。こんな光景は日常茶飯事で、いわば、田舎のどこにでもある夏の風物詩でもあった。



カブトムシバー


 ところが、卓話のロータリアンさんが言うようにカブト虫はどんどん減って、今や貴重品。毎年夏になれば、デパートやホームセンターではカブト虫売り場が出る。お母さんに連れられた夏休みの子供たちでどこも大賑わいだ。最近では、大人のカブト虫ファンも増えているのだそうで、大人向けのカブト虫ショップも珍しくない。


カブトムシ


 そういえば、日本のどこの博物館だったか、あるいは外国の博物館だったかは忘れたが、そこで見たカブト虫の種類の多さにびっくりしたことがある。カブト虫に目のないフアンなら振るいつきたくなるようなシロモノもいっぱい。マニアの間では5万、10万、高いいものでは100万円単位で売り買いされるものもあるという。


百万円


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偽善を教えてくれた住職(再)

偽


 「人の為、というのは、実は偽善なんだよねえ。偽りという字はにんべん(イ)にため(為)、つまり、人の為と書くんだよ」



 高校時代の同級生でお寺の住職をしている友人が、ある時こんな事を言った。なるほど、仏門の人間だけあって、うまいことを言う。その言葉の一方で何を言おうとしたのかは分からなかったが、そうだよなあ、と、うなづいた。


空



 私も常々そう思っていた。まったく同感。だから同じようなことをロータリークラブの例会で言ってしまった。3年前の事で、その例会は、事もあろうに私の入会日。新入会員の挨拶でやってしまったのである。




 「生意気なヤツが入って来たもんだ」と、みんなが思ったに違いない。しかし私は≪故意犯≫だった。ロータリークラブに対する偏見があったことも事実だ。でも少なくとも新入会員が言うことではなかったかもしれない。例会が終わっての帰り道、たまたまメーキャップで来ていた他クラブの知人に「俺、言い過ぎだったかなあ」と言ったら、その知人は「俺達ロータリアンには、そんな所がないとは言えないよ。みんなにいい刺激になったさ」と、言ってくれた。

 


 ロータリアンは、傍から見て偽善者に映っていないだろうか。私は自らの戒めとして今でも自問自答している。人の為、なんてまだまだ未熟な私が言えた柄ではない。「情けは人の為ならず」と言う言葉もある。そのスタンスを整えないと、地域社会や多くの人たちの理解は得られないと思っている。


木  



 友人が住職務めるお寺には、親戚や知人の法事などでよくお邪魔する。その本堂には、うまいことが書いてあつた。『「私は正しい」争いの根はそこにある』とか「現代の愚かさは知性に満ちた愚かさである」。こんなのもあった。「どこにも人間はいない。いるのは幸福の奴隷ばかりだ」。確かにそうだ。




 叱られるかもしれないが、私は僧侶の読経をいつもあまり聴いていない。聞いていても分からないからだ。ごめん。「このバチ当たり者め」と言われるだろうが、自分が施主を務める法事ですら「早くお経が終わらないものか」と思ったりする。何日か前のお盆中にこんなことを書いたら、帰っていた親父に仏壇からぶん殴られるに決まっている。




 友である住職さんに、そのことを白状し「むしろ法話に力を入れてもらったらいいのになあ」と言ってみたら、その答えは「そうもいかんよ」。当然だろう。私だけかもしれないが、経文は分かりにくい。262文字の般若心経ぐらい、中身を理解し、覚えてみようと、解説書めいた本を買ってきてはみたものの、ちょっと読んで机に積んだままだ。




 最近、私達の地域でも、自宅葬は完全になくなり、その道のプロが仕切る祭場葬に代わった。自宅葬の場合、隣組の人たちが葬具の手配やものによっては自分達の手で準備もした。その過程で仏教について、知らず知らずに知ることもあった。無知や無関心、そしてややもすると陥る傲慢は偽善を生みかねない。友の住職に教えられたような気がする。




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習い始めの面白さ

パソコン加工



 面白い。習い始とはこんなものなのかもしれない。パソコンなど見向きもしなかつた自分が不思議でならない。毎晩、電子メールやインターネットを開く。お酒を飲んだり、マージャンで夜中に帰っても同じだ。「お父さんもう遅いですよ」と言っていた女房が最近では「いい加減にしたら。今、何時だと思っているんですか」と不機嫌な顔を見せる。




 「子供と同じですね」とも言う。確かにそうだ。スキーやスケートを覚えたばかりの子供の頃、早く雪が降らないかなあ、明日は田圃が凍るかなあ、と空を見上げたことを思い出す。「子供と同じ・・・」と言う女房の言葉の裏には、そのうち飽きるだろうという思いがあるのだろうが、どうしてどうして。

顔つきパソコン



 全く不思議だ。本だと目が疲れてしまったり、第一、読んでいるうちに眠たくなってしまうのがオチ。ところがパソコンだと少しも眠くならないし、奇妙なことに目もそれほどくたびれない。ところが初心者の私には決定的な弱みがある。いろいろの機能を熟知していないから、いったんどこかで躓くと万事休す。前に進めないのである。





 初心者だから思うのかどうか知らないが、パソコンを媒体にしたインターネットや電子メールの奥の深さは底知れないような気がする。もう何十年前になるのだろうか。娘が幼い頃、スーパーマリオというテレビゲームをやったことがある。今にして思えば、その頃から不器用だったのか、すぐにダウン。その先がどうなっているのかさっぱり分からなかった。パソコンもテレビゲームのスーパーマリオと同じ轍を踏んでしまうのだろうか。


スーパーマリオ

 

 パソコンとは都合のいいものだ。消しゴムも要らなければ、定規も要らない。第一、文字や文章の書き換え、置き換えが自在に出来る。プリントが必要ならプリンターに接続すればいい。今、地元の区長代理や組長をしているが、総会資料や連絡文書も綺麗に出来上がる。事業報告や活動報告もその都度パソコンを叩いておけばいい。第一、手書きの文書など最近お目にかからなくなった。




 しかし、その便利さの一方で、怖くなることもある。文字を書かないから字をどんどん忘れてしまうような気がするのである。確実に言えることだが、文字というものは書かなければ駄目。目で読んだり、パソコンで叩きだしたりしたものでは絶対に覚えられない。文字はいい年をしているのだから、みんなそこそこ読める。しかし書いてみれば以外に書けないものだ。それが字なのである。ところが、変換機能を使えば正しい字に置き換えることが出来てしまうから逆に厄介だ。


キーボード



 もう一つ、寂しいのは、手書きの文字が自分達の周りからどんどん消えていることだ。例えば、今年ももう8ヵ月を過ぎようとしているが、年賀状がそうだし、今の時期なら残暑見舞いがいい例である。むしろ手書きの年賀状や暑中見舞い、残暑見舞いは希少価値になりつつある。第一、年賀状はともかく、暑中見舞いや残暑見舞いは書くことすら忘れてしまった。携帯電話の普及、そしてパソコンは、やがて年賀状をも駆逐、メールの世界に引きずり込んでしまうに違いない。巨大な化け物インターネットがそれに拍車をかける。


封筒と万年筆


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アナログ人間のパソコン(再)

 何事にもいえることだが、基本を覚えることが大事。そんなことはよく分かっているのだが、現実には見よう見まねで始めてしまうことは多い。ゴルフもその一つ。今は腰を痛めて、ずっとクラブを握っていないが、ひところ、少しも成長しない自分にうんざりしながら、基本をしっかり教わればよかった、と思ったものだ。





 そんなことが分かってのことかどうかは知らないが、私がパソコンを始めて間もない頃、娘がキーボードを叩く練習用のソフトを入れてくれた。「特打」というヤツだが、結構うまくできている。練習すればいいのに、と思うのだが、ほとんど開いたことがない。ゴルフと同じで、キーボードの叩き方も全くの自己流である。ずぼらというか、目先で動いてしまうから、なんでもヘンな癖がついてしまうのかもしれない。



特打


 私がパソコンを始めてまだ間もない。高校時代の同級生が遊びに来たとき、「勤めがあるわけじゃないし、時間があるんだからパソコンでもやってみたら」と勧めてくれたのがきっかけだった。山梨市の西の境、笛吹市に近いところに住む萩原という男だが、この人は頭が下がるほど奇特な人で、何度も何度も出前で教えに来てくれた。




 ありがたかった。この人に出会わなかったら、おそらく一生パソコンに触れることがなかったと思う。人の出会いというものは妙なものだ。こんなことがきっかけで女房も関心を持つようになり、二人で山梨市が開いてくれたパソコン講座にも通った。入門編から始まってワード、エクセルと三つのシリーズに分け、2時間ずつ週4日、延べで12日間の講座である。

パソコンをたたく手



 60の手習いである。講座を受けながらつくづく思った。萩原さんに基本的な操作を教わっていなかったら、その講座について行けなかったということだ。隣に座った女房なんか、事あるたびに「お父さんどうするの」 と、袖を引っ張るのである。基本的なことを教わっていた私でさえまごつく事だらけだったから、無理もない。





 考えてみれば、パソコンぐらい職場にいる時に覚えておけばよかったのに、つくづく思う。そうすれば、改めて講座に通ったり、今頃もたもたしていなかっただろうし、第一、給料分で覚えてしまえたはずだ。

マウス



 サラリーマン時代、パソコンが職場に顔を見せ始めた頃から、それに素直に着いていけないものだから、書類作りも部下に丸投げ。職場での地位というか、年齢的なタイミングからか、それが出来てしまったからいけなかった、と今にして思う。後の祭りだ。かつての部下である仲間達のことを思い出しては恨めしく思ったりもする。





 50代、といったら言い過ぎかもしれないが、少なくとも60代の人たちは私と似たり、よったりではないかと思う。中学や高校の同級生の無尽やユネスコなどの仲間たちとの飲み会で話すとき、パソコンに多くが後ろ向き。インターネットに至ってはなにをかいわんや、である。その口実は「目に悪い」「今さら」といったものだ。本当は逃げているのだが、飛び込んでみると結構面白い。食わず嫌いはいつの年齢にもある。





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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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