お月様とお天道様(再)

月3


 今年の秋は冷える。寒いと言った方がいい。猛暑、猛暑でうんざりした夏が過ぎてホッとしたのもつかの間、今度は一転、冷え込みだ。だんだん大きくなる大根の間引きと草取りが気がかりだが、なんとなく畑に出るのが億劫になり始めた。大根は種を蒔くとき3~4粒ずつ蒔くので、間引きしてやらないと勢力が弱まるばかりでなく、曲がったりして、真っ直ぐ伸びないのである。我が家の場合、今年は遅蒔きの大根だ。




 私達人間は太陽、つまり、お天道様光と熱をもらい、月、つまり、お月様時間をもらって生きている。宇宙というとてつもない空間に生かされている人間は、太陽と月には特別の敬意と畏敬の念を持って、それぞれに「お」を付け「様」をつけて呼んでいる。「お星様」も同じだが、意味合いが全く違う。




 ご存知、漢字の「月」は三日月の形状から変化したものだ。その月は時間や期間の単位でもある。中秋の名月、いわゆる、十五夜からもう一ヵ月半が経つ。満月から新月に変わった。日ごとに、その姿を変えるお月様の姿がやけに寒々しくなった。「女心と秋の空」という言葉があるが、今年の秋の空はいつもの年と何か違う。短い秋のせいなのか・・・。

 月は肉眼で朔望を確認できる唯一の天体なのである。


月2



 「月」は時間の単位と同時に期間の単位だから、一ヵ月約30日を一定の日数で上手に等分している。いわゆる「当分法」だ。例えば、15日周期を「半月」、10日周期を「旬」、7日周期を「週」または「七曜」、6日周期を「六曜」という。「半月」は1ヵ月を2等分したもので、満月と新月との間が15日であることに因んでいるのだそうだ。




 「旬」は1ヵ月を3等分したもので「上旬」「中旬」「下旬」といった具合に用いている。また、「週」「七曜」は4回から5回で1ヵ月になるし、「六曜」は1ヵ月を5等分したものだ。12と30の最大公約数である。誰が考えたか知らないが、昔の人は頭が良かったし、上手に言葉を作ったものだ。


月



 お天道様とお月様。人々の受け止めようはさまざまだろうが、私はこう思う。お天道様が男なら、お月様は明らかに女だ。太陽は燃え滾る炎をイメージし、は人を童謡や詩的なデリケートな世界に誘い込む不思議な力を持っている。地球に生きる動植物は光や熱、それに伴う水がなければ生きていけない。だから、お天道様は極めて分かり易い。




 しかし、お月様やお星様は、時として忘れてしまうことがある。都会の街路灯やネオンにかき消されたり、第一、仕事仕事で追われていると見上げる夜空がなくなる。サラリーマン生活のほとんどを一時期の東京と甲府で過ごした私は少なくともそうだった。




 田舎の実家に戻って、月の満ち欠けや星のきらめき、美しさを改めて見た。時として、そっと外に出る。娘や女房が「タバコはやめたら」と、うるさいからで、タバコの煙の向こうに見える月や星、そして夏なら真っ黒い山の稜線の上に浮かぶ富士山の山小屋の灯火を眺める。夜空がこんなに綺麗だったとは、と再発見にも似た思いに駆られることもしばしばである。あの暑かった8月はじめだと、8合目か9合目あたりまで登山客のライトの光が一本の帯を作ったのだが、今は登山客が姿を消し、わずかに残った山小屋の灯火が月の光にかすんでいる。





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ハチの子とヘボ追い(再)

 ザザムシの佃煮は確かに旨いから後を引く。そこでもう少し書くことにしよう。ある時、親しい友人とお酒を酌み交わしながら、このザザムシの話をした。その友人は書道の先生で、魚釣りが好きな人だった。



 「名前は知らないが、その虫なら笛吹川にもいっぱいいるよ」



 笛吹川 は、山梨市の秩父山塊を水源として、笛吹市、市川三郷町を経て富士川に合流、静岡県の駿河湾に流れ込む。神奈川県の相模湾に注ぐ桂川水系と並ぶ山梨県の2大水系の一つ、富士川水系の支流である。




 笛吹川にもいる、と思ったまではよかったが、それを獲ってフライパンで煎って食べてしまった。「苦くて、旨いものではなかった」という。それでも私から「不老長寿」「精力剤」と聞いていたから、その煎ったザザムシを師匠であるえらい先生に持っていって食べさせてしまったのである。≪ゴマスリ≫もあったのだろう。




 「その先生、食べたんですか?」と聞いたら「なにやら、けげんな顔をしながら食べていた」という。精力剤、不老長寿、と言う殺し文句が効いたのかも知れない。この虫は魚釣りが餌に使う虫で、はっきりとは分からないが、ザザムシとは違うと思う。第一、秘伝の味付けで加工した佃煮と違って、塩味をつけたとはいえ、フライパンで煎ったばかりの、しかも得体の知れない川虫など食べられたものではないことは容易に想像できる。




 人間、ある年になると、妙に「不老長寿」とか「精力剤」という言葉が重みを増す。ハチの子も同じだ。このハチの子はスズメバチなどもあるが、多くはヂバチの幼虫である。これも、よく見ればウジ虫のようで、ザザムシと形こそ違え、グロテスクそのものである。しかし、高たんぱくの食品だ。しかも、量産は出来ないから貴重品であることに違いない。


ハチ


 私達の地域では、このヂバチをヘボと呼んでいて、その巣を獲ることを「ヘボ追い」という。その追い方はこうだ。まず、ハチが餌として好むカエルの小さな肉片に真綿をつけて、ハチが来そうなところに置く。それをくわえて巣に戻るハチを真綿を目印に追うのである。


ハチ1



 ヂバチだから土の中や木のウロの中に巣をつくる。巣の在りかを確認したら、穴からスプレーで催眠剤を注入、土の中のハチを眠らせて、巣を取り出すのである。子供の頃の昔は、セルロイドやエボナイト製の筆箱や下敷き、歯ブラシの柄まで、これに使ってしまった。そんな子どもの学業は言わずもがなである。


ハチ2


 ヘボ追いは、見失ったら一巻の終わりだから、上、つまり、ハチばかりを見て走るのである。今、考えればゾッとするようなことを平気でしていたのである。しかし、今の子供たちは、こんな遊びはしなくなった。第一、肝心のハチがいなくなった。果樹地帯を中心に消毒によって、ハチはどんどん姿を消している。むしろ、消毒薬に無縁の都会の軒先にスズメバチが巣を食い、大騒ぎするケースが目立っている。テレビでその駆除の光景を見ると「ハチの子が沢山獲れるのに」と、その顛末が気になるのである。




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ポール・アンカは生きていた(再)

ポール・アンカ1


 ポール・アンカは生きていた。こんな表現をしたら、往年のファンからお叱りを受けるかも知れないが、友人のお宅に行く途中、カーラジオから流れて来た「ポール・アンカ来日」の話題に正直言ってびっくりした。もう≪過去の人≫になっていると思ったからだ。




 ご存知の方はご存知。ポール・アンカはアメリカの1950年代、60年代を代表する歌手の一人。自作自演、いわゆるシンガーソングライターの草分け的な存在で、決して戦争を美化しなかった歌手としても有名だ。




 実は、ポール・アンカは私にとって青春の思い出であり、青春の1ページであった。アメリカ音楽にハマった訳わけでも、そんなに歌ったわけでもない。高校1年の頃だった。親しい友がハマっていたのである。学校からの帰り道、家に誘われては、ヒット曲「ダイアナ」「君はわが運命」をよく聴いた。




 友は私のような田舎者と違って、秀才型のお坊ちゃんといった感じで、経済的にも恵まれていたのだろう。たいしたお金にもならない農地を沢山抱えた百姓に対して、父親は山梨市の市長を務めるなど、子どもながらにスマートな家庭に見えた。お小遣いを沢山もらっていたのか、親におねだりしたのかは分からないが、次から次えとレコードを買ってくるのである。








 昭和33年頃のことで、レコードプレィヤーを持っている友達はいなかつたから、私にも珍しかった。当時、この友達がどうしてポール・アンカにハマったのか、分からなかったが、ドライブ中のカーラジオで聞いた「ポール・アンカの初来日は1958年」という話を聞いて、「ああそうか、彼はこれに影響されたのか」と頷けた。




 つまり、ポール・アンカが来日した1958年は昭和33年。時期がぴったり符合する。ポール・アンカは16歳のとき「ダイアナ」を歌い、アメリカに先駆けて日本で空前の大ヒットを飛ばしたのである。この頃、日本では、三橋美智也の「夕焼とんび」や島倉千代子の「からたち日記」フランク永井の「有楽町で逢いましょう」が茶の間の人気を集めていた。




 1958年といったら分かりにくいかも知れないが、その2年後は皇太子、つまり、今の天皇のご成婚、4年後は東京オリンピックである。北京オリンピックで高度成長を遂げる中国と同じように日本が発展を遂げようとしている時代であった。東海道新幹線や首都高速道路が開通した時代だったり、「貧乏人は麦を食え」と、励ましたはずの時の首相の首がとんだ時代でもあった。




 田舎者の我が家を振り返れば、レコードプレィヤーならぬ、蓄音機があった。その扉を開けると、ポール・アンカどころか「浪花節」のレコードがいっぱい入っていた。そんなレコードには興味がないから、みんなおもちゃのように叩き割った。ある時、この蓄音機を見た専門家が「これは100年以上前のアメリカ製のもの。大切にしなければいけませんよ」と言われて、「へえー、そうですか」といった程度のもの。ポール・アンカに魅せられたとはいえ、音楽オンチの人間とはこんなものだ。


レコードプレーヤー



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防災無線とふれあい広場(再)

 防災無線。いかにもいかめしい呼び名だが、言ってみれば、地域の生活情報を伝える基地局だ。キー局は山梨市役所の中にあるのだろう。施設は市内の地域端末局とネットワークされていて、情報の性格や対象によってキー局からでも地域の端末局からでも自由に放送できる仕組みになっている。私達の地域は町場と違って、平坦ではなく、傾斜地や高低差があるので、火の見やぐらにそれぞれの方向に向けたスピーカーを取り付け、放送を聞き取り易くしている。

  


 キー局からの発信は、言うまでもなく市民全体向け。行政、民間を問わず、全市レベルの連絡事や催し物情報などが流される。一方、地域局は地区の行事連絡から始まって、果樹の消毒など農業指導やご不幸のお知らせと通夜、告別式など葬儀の連絡など何でもこなす。時々ある認知症のお年寄りの捜索には決まって威力を発揮する。行方不明の放送があって数分後には「発見」の放送が。みんながホッとするのである。





 回覧板という情報ツールもあるのだが、当然のことながら、スピードにかけては、これには勝てない。しかし、他地区に職場を持っていたり、放送時に地元を留守にしている人もいるので、回覧板も欠かせない。回覧板はその都度、隣組に発信するのである。今、区長代理を兼ねた組長を仰せつかっているが、回覧板が組を一巡して手元に戻るまでにはかなりの時間がかかる。
回覧板


 防災無線はその名の通り、元々の設置目的は地震や火事など非常時の災害への対処だろう。これこそ、頻繁にあっては困るのだが、火事が発生した場合「今、○○で火災が発生しました」と、その一報を速報するばかりでなく、鎮火したかどうかも知らせる。場合によって、火事の途中情報も。また、交通事故や、それに伴う交通規制などの情報もタイムリーに伝える。

 その防災無線と前後して私達の地域に登場したのが災害時に住民が避難するための広場だ。これも現実的には多目的広場。広場の隅には防災倉庫を設けて万一に備えているが、日常的には子ども達の遊びの広場であったり、お年寄りのゲートボール場だったりする。いわゆる住民達の憩いの場だ。もちろん9月1日の「防災の日」には訓練会場になる。それでいい。
防災訓練3



 この広場には、ちょっとしたいきさつがあった。10数年前のことである。当時の区長ら区の役員が顔を揃えてやって来て「お宅の梅畑を貸して欲しい」と座り込んで来たのである。「地域のためになるなら」と、快く応じたものだ。その面積は10アール近いが、畑には戻らないから寄付したに等しい。それでいい。周囲のしだれ桜やハナミズキもすっかり大きくなり、寄付させて頂いたベンチや防災倉庫もそこに彩を添えている。


お花見 009


 いつの間にか秋がやって来た。ひと頃の猛暑がウソのようだ。昼間の子ども達やゲートボールのお年寄りの歓声とは違って、宵闇に瞬時の涼を求めるように花火を楽しむ家族ずれ。ふれあい広場にお使い頂いて良かったと、しみじみ思う。




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今日も流れる「花かげ」のメロディ(再)

十五夜



「十五夜お月さま ひとりぼち 桜吹雪の花かげに 花嫁姿のお姉さま お馬にゆられて行きました」


 ご存知、童謡「花かげ」の一節である。この「花かげ」のメロディが毎日午後5時になると、私が住む山梨市と笛吹川を挟んで反対側の甲州市から流れてくる。甲州市ばかりでなく、この地方では防災無線の放送設備が整備されていて、さまざまの連絡媒体として威力を発揮しているのである。




 甲州市では午後5時の「花かげ」ばかりでなく、朝7時には「のばら」のメロディを流す。私達の山梨市では音楽ではなくて、チャイムで時を知らせるのである。地域の人たちは、それを合図に農作業や家事、出・退勤の時間的な目安にするのである。




 「花かげ」のメロディを流すのには理由がある。今は甲州市の一部・旧塩山市の塩の山の麓に向岳寺という名刹があって、そこに「花かげ」の歌碑があるからだ。いわば、地元のテーマソングみたいなものだろう。塩山市のロータリークラブでは月初めの例会では必ずこの歌を歌うのだそうだ。「花かげ」を地域の人たちが誇りにしている証拠である。




 「花かげ」の作詞者・大村主計(1904~1980年)の生誕地はその塩山市の隣村の旧牧丘町。私達が住む旧岩手村の隣村で、今は山梨市に組み込まれている。「花かげ」の歌詞に出て来る「花嫁姿のお姉さま」は大村のお姉さん。「お馬に揺られて」通りかかった「桜吹雪」は向岳寺の桜並木だったのだろう。


桜吹雪

 このお寺さんは 臨済宗向岳寺派の総本山。日蓮宗の総本山身延山久遠時と共に山梨県では二つしかない総本山の一つである。大村が「桜吹雪」と歌った境内の桜や塩の山付近の桜は見事で、シーズンには大勢の花見客で賑わいを見せる。ただ、その桜吹雪と歌の冒頭に出て来る「十五夜お月さま」がいかにもミスマッチのような気がしてならない。




 つまり、十五夜は「旧暦の8月15日・・・」と言うから、文字通りの解釈をすれば秋。いうまでもなく桜は春だから季節が合わない。恐らく、「十五夜お月さま」は、いわゆる中秋の名月ではなく、満月のお月さまを指しているのだろう。大村主計と「花かげ」の資料は山梨と埼玉を結ぶ国道140号(雁坂道)沿いに設けられた牧丘町の道の駅の隣接地に移築された町の資料館に展示されている。




 大村主計さんとは生前、何度か仕事の関係でお目にかかったことがある。当時、大村さんは山梨県の文化人達でつくる山人会のメンバーで、毎月、東京・新橋にある中華料理屋さんで会合を持っていた。文化人というと個性的な方々が多いのだが、実に穏やかで,優しい雰囲気をお持ちになった方だった。




 今にして思えば、その時に「十五夜お月さん」と「桜吹雪の花かげ」の裏話も聞いておけばよかった、と思っている。ただ「花嫁姿のお姉さま」は実のお姉さまであることはご本人のお話なので間違いない。心優しい大村さんならではの歌である。秋の日はつるべ落とし。だんだん日が短くなっているが、毎夕流れて来る「花かげ」のメロディは感慨深い。




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水利権(再)

川


 「川」という字は「鳥」などと共に象形文字の典型。大きな「河」と違って、山間の、のどかで、素朴な流れを髣髴とさせ、街の中や田園地帯をひっそり流れる「せぎ」や「小川」をも連想させる。「川の字に寝る」という言葉もあって、字の形がかもし出すイメージは穏やかな日常そのものだ。





 しかし、その川が知らず知らずのうちに変わってしまった。どの川も水量を減らした。そればかりならまだいい。川は汚れる一方だ。洗剤などを多く含んだ家庭雑廃水や工場廃水が川を汚す。工場廃水のたれ流しは法的規制もあって、さすがに減っているが、下水道化が遅れている地方では、どうしても家庭の雑廃水が流れ込む。





 昔は地方へ行けばいくほど、田舎へ行けばいくほど、川を大事にした。川は人々の生活の生命線だったからだ。人はそこで食卓に上る野菜を洗い、顔や食器まで洗った。だから、みんなが川を大事にした。川自体も自浄能力が強く「3尺流れればお水神様が清める」とまで言った。


川2


 無邪気な子どもが川に向かって小便でもしようものなら、大人たちは「おちんちんが曲がるぞ」といって、戒めたものである。ところが、今は子どもを戒めるはずの大人が平気で川に立小便をし、お母さん達は台所の野菜くずを川に捨てる。川をゴミ捨て場と勘違いしていると思えるような若いお母さんさえいる。





 川自体の水量も減った。無理もない。上流にダムが出来、本来下流に流れるはずの水が灌漑用水としてスプリンクラーで畑にまかれ、上水道水になった。水が減れば汚れを滞留させ、酸素を入れないから自浄作用も低下させる。それが、一方で紛争の火種すら起こそうとしている。


川3



 農業形態や生活環境の変化で人々が忘れかけていた「水利権」という≪寝た子≫を起こそうとしているのである。同じクラブでご一緒するロータリアンに、この地方一帯の水利権組合を束ねる連合会の会長さんがいる。彼は頭を抱えながら、こう言う。




 「地域の水にみんなが無関心になった。それをよいことに行政も水利権者と締結している協定を無視、行政だけの都合で水を使おうとする。例えば水道水への転用だ。水道に使ってはいけない、と言っているのではない。そのバランスを考えなければ将来必ず禍根を残す。田んぼを作ろうと思ってもそれも出来ないし、万一火事があっても川に水の流れがなければ消火作業すら間々ならなくなる。挙げ出せばきりがない。水というものは一つの目的ばかりでなく、多様性をはらんでいるのだ」



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水(再)

 「空気や水のよう」。私達は日常生活の中で、よくこんな言葉を使う。あって当たり前で、その大切さが分からないことの例えだ。しかし、その水が都会にお住まいの方々ばかりでなく、私のように田舎暮らしをする者ですら、時にお金を出して買う時代になっている。ブランド名はともかく、どこのご家庭の冷蔵庫にも一本や二本、水のペットボトルが入っているだろう。遊び感覚だが、富士山頂などでは「空気の缶詰」も売られている。


空気の缶詰


 水代わりのお茶もそうだ。山梨では葬式の香典返しにお茶を袋で引くケースが多く、お茶なんかいっぱいあるのに、ペットボトルのそれを買って飲むのに抵抗感すらなくなった。女房に「もったいないじゃないか。あれ使えよ」と言った自分も、いつの間にか平気になった。  いつもお邪魔する仲間の家のマージャンルームには家庭用のものをちょっと小型にした冷蔵庫がポツーンと置いてあって、中には清涼飲料がいっぱい入っている。もちろん、コーヒーや各種のジュース類もあって、水やお茶ばかりではない。ペットボトルやカンは便利だ。お茶にしてもわざわざお湯を沸かさなくてもいいから気軽である。





 この仲間はそのお茶やコーヒー、ジュースを自動販売機で売る清涼飲料水販売会社のオーナーである。何台もの車や大勢の従業員を使って、県下各地に設置している系列の自販機を巡回して中の飲料水の管理や集金をしているのである。パチンコ屋さんなど設置場所がいいところに当たれば、一般では考えられないような売り上げをするのだそうだ。お茶やスポーツドリンクなどと並んで水もよく売れるという。

水


 全く別の仲間だが、いつか、こんな愚痴を言ったことがある。


「俺達が汗水たらして売る牛乳は水より安いんだよ。全く、やっていれねえよ」



 この男は富士山の西山麓にある冨士豊茂という所で、牛を何頭も飼う酪農家だ。富士山のすぐ麓だから夏は涼しいが、冬ともなれば一面の銀世界。凍てつく、という言葉がぴったりの寒さの中に巻き込まれる。




 草がある夏場のうちにサイロに牛達の餌になる枯れ草を確保して越冬しなければならない。牛との生活だからハエだつてブンブン。汚いだの、うるさいだのと言ってはいられない。冨士豊茂は山梨県でも最も大きい酪農基地。八ヶ岳山麓の田舎町からここに婿養子に来た男だから、まさに水は空気のようなもの。今の自分の苦労と重ね合わせるから「水が牛乳より高い」現実に割り切れないでいるのも無理はない。


牛乳



 県外から山梨に来たお客さんが新聞などのインタビューに応えて「水が旨いし、空気が旨い」と口を揃えるように言うのを聞くと「なんとキザな」と感じたものだ。しかし、いったん東京など都市部で暮らしてみると、そのことが逆の立場からよく分かる。




 確かに旨い。キザでもなければ、お世辞でもない。たかが、甲府から山梨市の実家に戻っただけでもそれを感じるのだ。しかしその水、旨い、旨いと有頂天になってばかりではいられない。例えば、水道水。最近、滅菌用の塩素が強くなったような気がするのだ。




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≪健康欲≫で食べる(再)

 頭で食べる。決して進んで食べたいと思っているわけではないが、食べているものがある。その一つがゴーヤだ。この付近では「ニガウリ」ともいう。女房は「体のためにいいんだそうですよ。沖縄の人たちが長生きするのもゴーヤや豚肉の料理を沢山食べるからだそうよ」と、いかにも知ったかぶりに言いながら、このゴーヤ料理を出してくれるのだが、私にとってお世辞にも旨い、とは言えない。


ゴーヤ


 我が家では卵や豆腐などと炒め物にして食べる。独特の苦が味と食感、進んでは食べたくないシロモノだ。しかし、何も言わずに食べている。それも全部である。健康のため、という≪欲≫のためだ。酒のつまみにめざしを出させたりする。近くにJAの直売所があって、そこに、ちょっと乾燥気味の旨いヤツが売っているのである。





 これも、健康、という≪欲≫のためだ。ゴーヤもそうだが、栄養的にどうのこうのと知っている訳ではない。若い時は、食べ物に、健康などということを考えなかったが、60歳も半ばを過ぎると、そんなことも考えるようになるのである。苦い薬でも我慢して飲むように、年齢を重ねれば重ねるほど健康への欲が優先するのかもしれない。





 食卓に上るゴーヤはすべて我が家の自前。ゴーヤばかりではない。春先のこかぶやエンドウ、春菊、夏場のタマネギ、ジャガイモ、トマト、ナス、キュウリ、インゲン、秋のサツマイモ、大根、サトイモ、冬場のほうれん草などみんな自前である。今、食べているカボチャやモロヘイヤもそうだ。百姓の真似事をするようになって、野菜は買ったことがない。


野菜



 高さ約2m、長さ15mぐらいの三角屋根のような棚の両側斜面に張ったネットにゴーヤは今も青々とツルを張り、実をならしている。ほぼ同じ頃に植え付けしたキュウリやインゲンは、もう完全に枯れ、トマトももう駄目。ナスもひところの勢いを完全になくしてしまった。




 キュウリと違って、表面がトゲのようにごつごつして、グロテスクなゴーヤ。いかにも逞しい。その生命力が、それを食べる人間にもいいのだろう。知らなかったが、モロヘイヤも逞しさでは負けない。私の身の丈ほどにも大きく繁茂したモロヘイヤはイメージとは大違い。





 子供の頃、地元の岩手小学校の先生をしていて、今も親しくさせて頂いている知人から頂いたものを植えたものだ。最初は園芸用のポットに植えられた20本ぐらいだったが、若芽のように小さいが故に、グングン伸びるカボチャのツルに覆われて、ほとんどが消滅、残った数本だ。おしたしのようにして食べるのだが、そのネバネバ感が人の健康欲をそそるらしい。これも、ゴーヤと同じように決して旨いものではない。




 三角屋根のようなツル物の野菜作りの棚は、骨組みを竹で作っている。ホームセンターに行けば手軽に組み立てられるパイプ状の材料が手に入るのだが、私は自前の竹を使うことにしている。竹は冬場の12月ごろに切ったものがいいという。虫が入らないのだそうだ。近所の人や知人、先輩に教わりながら、一つ一つ自分のものにしたいと思っている。




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個人情報保護法の怪(再)

 「お父さん、駄目、駄目。これ、賞味期限が切れてるよ」

食卓に並んだプリンを食べようとしたら、自分のプリンの容器を何気なく見た娘が言った。


プリン


 「大丈夫だよ。傷んでいる訳じゃないんだから」と言ったら、一緒にいた女房までが「駄目、駄目」と、まるで汚いものでも見るような目つきで言う。賞味期限も、消費期限もみんな同じ。黙っていれば、プリンは残飯入れへ一直線だ。もったいない話である。




 「期限」という文字に人が異常に反応するようになった。よしんば、消費期限が切れたからといってすぐ食べられなくなるという訳ではないのに。おっと、これは生産者の立場で言ってもらっては困るのだが、実際には食べることが出来るのである。賞味期限とは、その商品を美味しく食べられる期限を言っているのに「食べられない」と受け取ってしまう。

卵



 商品にさまざまな表示をする。そのことはいいことだ。特に安全を真っ先に考えなければならない食品の場合、ことさらだ。しかし、今の私達は自分の舌や鼻を忘れてしまっていないだろうか。こんな表示が無かった時代、誰もが自分の舌や鼻で、それが食べられるか、食べられないかをきちっと判断した。




 ところが、いつの間にか、表示に頼りっきり。もしスーパーなどの店頭に賞味期限はおろか、消費期限切れの商品でも並んでいようものならきっと大騒ぎだ。物事をあまり考えることをしないまま、すぐに反応してしまうのである。




 例えがちょっと飛躍するかもしれないが、個人情報保護法というヤツもそうだ。普段、法律などに無頓着な国民が、なぜか、これには異常に反応する。昨夜、あるロータリークラブのホームページを検索したら、会員や役員部分はロックされていた。見られて不都合なものなら、初めから載せなければいいのだが、そこまで気配りしている。




 こんなことならまだいい。学校現場では、個人情報保護を理由に、子ども達の緊急時に使う連絡網の一覧表を廃止してしまったところがいっぱいだという。子ども達の名前や電話番号が明記されるからいけないのだそうだ。同好のグループや公私を問わず組織の中でも、誰かがその≪錦の御旗≫を持ち出すと会員名簿は消えてしまうという。


人々2



 役所も、何でもかでも、個人情報保護の一点張り。空き家バンクの制度作りに奔走していた、ある宅建業界の役員が地域の空き家の実態を役所に調べに行ったら、この法律を盾に門前払いだったという。また交通安全協会の役員の場合、無事故無違反者を表彰するため、その資料を得ようとしたら、警察もやっぱり同じ。例は挙げ出せば限がない。




 人間が善良で円滑な市民生活をするために設けるルールが法律だ。第一、私達が日常生活の中で、法律を考えたり、意識してから行動することはまずない。普通の社会生活を営んでいる限り、現実には法律は空気みたいなものだ。五万とある法律の中で、これほど国民がヒステリックに反応を示す法律はないだろう。確かに、プライバシーの保護は大事だ。しかし、法の精神とは別に行き過ぎた解釈やむやみな反応は、人々の生活を阻害する。




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勝者のアングルの謎(再)

 今、開かれているパラリンピックもそうだが、オリンピックでメダリストが一様にとる、あるポーズを見ていて、市川右太衛門という、往年の大スターを思い浮かべた。そのポーズとはメダリストがカメラに収まるとき、まるで申し合わせたように、首にかけたメダルを顔の近くに持って行って微笑むか、それを噛んで見せる形のことだ。


メダルを噛む


 市川右太衛門 といえば北大路欣也のお父さん。というより、そう、あの旗本退屈男の早乙女主水之介を演じた俳優さんだ。少なくとも60歳を超えた人なら誰でも知っている。映画「旗本退屈男」(1930~1963年)は33年間で30作品を数えたわが国の映画史上記録的な人気シリーズだ。

旗本退屈男

 若い頃、その市川右太衛門さんにお会いしてお話を伺ったことがある。映画では早乙女主水之介が悪を懲らしめる見せ場で「天下御免の向こう傷。ご存知、旗本退屈男・・・」と見栄を切って、太刀を構えるシーンがある。右太衛門さんはこのポーズについて、こんなことを話してくれたのである。



 「諸羽流正眼崩などという剣法は元々ないんです。映画の世界の話なのですが、最大の見せ場となる見栄を切った後の太刀の構え方にはかなりの時間を費やして、あのポーズを作り上げたのです」



 右太衛門さんによれば、着流し姿の早乙女主水之介の看板は、額に紅く刻まれた、三日月型のいわゆる「天下御免の向こう傷。これと「諸羽流正眼崩」の太刀の構えを一枚の絵にまとめるには太刀の位置を顔の近くに持ってこなければならなかった、というのだ。



 つまり、剣術の基本的な構え方でもある上段、または下段の構えでは額の向こう傷がアップされない。いくら見栄を切ったところで、「天下御免の向こう傷」を強調できなかったら台詞の意味がなくなってしまう。隠れた映画作りの苦労話に、なるほど、とうなずいたものだ。



 オリンピックばかりでなく、各種のスポーツ大会で勝者が顔の横にメダル持って微笑んだり、メダルを噛んで見せたりするのはこの理屈だと思ったのである。カメラマンがそうしたポーズを求めたのが最初だったことは容易に想像できる。早乙女主水之介の刀ではないが、メダルを首から長く吊るしたまま、ニッコリ微笑まれても≪絵≫にならないからだ。



オリンピックメダリスト村田_convert_20120910144805

 ポーズをとる、という言葉の一方で、とらせる、という言葉もある。ポーズをとるのは右太衛門さんのような被写体であり、とらせるのは監督やカメラマンである。そこに共通しているのは見る側に、いかに好感やインパクトを与えるかを考えているということだ。それが動画であろうが、スチールの一枚写真であっても同じことだ。



 私達、素人だって、デジタルカメラで写真を撮るとき「ハイ、ポーズ」とやったり、「ハイ、チーズ」とやったりする。いつの間にか撮られる方も「ハイ、チーズ」とポーズをとるようになる。それがオリンピックでのあのポーズにつながるのだろう。それにしても、勝者の笑顔はいつ見てもサマになるし、素晴らしい。


オリンピックメダリスト鈴木聡美_convert_20120910143749


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桃太郎の生みの親は白鳳?(再)

桃太郎


 桃太郎が生まれた桃は「白鳳」だった?
 月に一度、定例的に開いているユネスコ関係の友達の無尽会で、お酒を酌み交わしながら、桃作りをしている仲間の話を聞いていて、つまらぬ事を≪発見≫した。この人は甲府盆地の一番東側の山付き、というより土地が肥沃な扇状地の笛吹市御坂町という所で桃作りをしている。



 御坂町は映画、講談の「清水次郎長伝」に必ず登場する悪役・黒駒の勝三の生誕地だ。そんなことはどっちでもいい話だが、彼はこの町では名うての篤農家。この人の話によれば、数ある桃の品種の源流品種といっていい「白桃」と「白鳳」の違いの一つに果肉と種がはなれ易いか否かがあるという。



 「白鳳」は、「白桃」が果肉と種がしっかりくっついているのに対して、それがはがれ易いのだそうだ。桃太郎伝説は、山に柴刈に行ったおじいさんとは別に、川へ洗濯に行ったおばあさんが上流からどんぶりこ、どんぶりこと流れて来た桃を拾って割ってみると、中から大きな男の子が出てきたというご存知のお話である。



 このとき、桃がパックリ割れないとこのお話は、うまく後に繋がらないのである。酔っ払って、たわいもない事を言っているじゃないよって? その通り。どっちでもいい話である。 桃太郎さんはさておき、白鳳と白桃の2系列を源流とした桃は、品種といったらさまざまで、その数は50を超すという。


桃



 町の果物屋さんやスーパーではほとんど「白鳳」「白桃」としか表示していないから消費者の皆さんはご存じないかも知れないが、その桃にはみんな○○白鳳、○○白桃といった具合に名前がついているのである。特に白桃に品種の数が多い。特によく知られているものの一つに「浅間白桃」がある。「浅間」とか「日川」「山根」というように山梨県の地名をとったものが多い。




 御坂町の篤農家さんによれば、日本の桃の原点は中国の水蜜桃。これが日本の風土に合わせて改良されて、比較的早生品種の白鳳の流れを作っていった。この論理からすると、元々は白桃が改良されて白鳳が生まれたことになる。とにかく白桃を中心に桃の品種が多いということは、改良に改良を重ねた先人達の苦労があったことを意味する。




 暑さ、寒さも彼岸までという。あの信じられないような猛暑がいつの間にか去って、季節は名実共に秋。山梨の果実峡であるこの地方は桃のシーズンに終止符を打って、葡萄の季節に移行した。一口に葡萄といっても、さまざま。白鳳の後、つまり、比較的奥手の白桃系の桃と収穫がオーバーラップするデラウエアー種から始まって、人気の巨峰、ピオーネ、甲斐路など、大房系の葡萄へと移行した。


葡萄



 これにネオマスカット、べリーA 、甲州種など、これまでに挙げたポピュラーなものを中心に品種の数は多い。在来種は甲州種ぐらいのもので、ほとんどが外国品種との改良品種である。ただ、桃と違うのは食べてみなくても、その形状、色などで素人でもすぐに区別がつくことだ。とにかく、この地方の実りの秋は、まだしばらく続く。




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おかんなりさん(再)

 鬼がトラの皮を肩からまとい、首に数珠のようにかけた太鼓を叩いている。鬼だから二本の角を出しているが、決して怖くはなく、笑っているようで実にユーモラスだ。雷さま、雷神の絵である。誰が書いたのか知らないがうまく表現したものだ。


雷さま



 その雷が今年はやけに多いような気がする。こうしてパソコンを叩く窓越しの闇に稲妻が走ったかと思うと、間髪をいれずにゴロゴロっと雷鳴が響き渡る。その次に来るのが雨だ。真っ昼間の雷鳴だってある。



 物事にハマルとは不思議なもので、畑にいても直感的にパソコンのデータが気になる。いつも野良着のズボンに押し込んでいる携帯電話で家にいる女房に連絡してパソコンの電源を落としてもらうのである。



 今のことだから、雷へのガードぐらいしてあるのだろうが、そんなことがよく分かっていないアナログ人間は電源を切らなければ不安なのだ。「どっちみち使わないのだから、外に出るときぐらい電源を落としておけばいいのに」と、女房は言うが、そこがズボラ人間の成せるワザだ。



 この雷、日本人は、なぜか敬語をつけて呼ぶ。「おかんなり」「かみなりさん」。さらに頭に「お」を、尻に「さん」を付けて「おかんなりさん」とも言う。童謡であり、文部省唱歌の「富士山」では、その一節で「雷様」と歌っている。インターネットで調べてみたらこの歌の作詞は 巌谷小波という人だそうだ。



 ご存知、歌詞はこうだ。


     「あたまを雲の上に出し 四方のお山を見渡して 雷様を下に聞く 
冨士は日本一の山」


富士山  


 富士山は3,776m。「雷様を下に聞く」のだから雷は少なくと 3,700m以下の所で発生することになる。ちなみに富士山の高さは「ミナナロウ富士山のように」と覚えればいい。いい歳して馬鹿なこと言ってるじゃないよ、と言われるかも知れないが、飛行機の上で雷を聞くことはない。ところで、雷をどうして敬語で呼ぶのだろうか。昔から怖いものの例えで「地震」「雷」「火事」「親父」という。語呂との絡みもあるのだろうが、雷は地震の次だ。雷神という言葉があるように人々が恐れ、慄いた存在であった証だろう。




 もう一つ。私にはそれを科学的に説明することは出来ないが、昔から農家の人たちは「雷が多い年は豊作だ」と言った。その根拠は雷が空気中に窒素を合成するからだそうだ。ご存知、窒素はリン酸、カリと共に植物の3大栄養素の一つ。それを只で作り、五穀豊穣をもたらしてくれるとあったら、やっぱりありがたい神様だ。



 雷の次の「火事」は別として、「親父」はそんなに怖い存在だったのだろうか。地震や火事ほどではなかったが、やっぱり親父は怖かった。しかし今の親父はどうか。威厳がなくなっているどころか、うかうかしていたら子供に金属バットで殺されかねない時代になってしまった。親父が「おかんなりさん」を落とせなくなったのである。




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ユリの花と本当の百姓(再)

 「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」

 そこまで書いたら、覗き込んでいた女房が「ヘンな事かかないでよ」と言いながら「立てばビヤ樽、座ればたらい、歩く姿はドラム缶、でしょう」と、かる口を叩いた。このところ、女房を引き合いに出して書くものだから、機嫌が悪い。「お前なんか、お世辞にも、立てば芍薬・・・なんて言えないよなあ」と、返そうと思ったがやめた。


ユリ2



 我が家の植え込み、畑の周りや隅々では今、ユリの花が満開 だ。真っ白いラッパのような花を付ける。一本に三つ四つ、多いものでは五つも六つも。その咲きっぷりはなんとなく控えめで、満開と言う表現はふさわしくないかもしれない。いかにも地味だが、白い花は周りの緑や真っ赤な百日紅の花と見事なコントラストを見せてくれる。



ユリ1



 この時期、我が家の周りで、花といえば、このユリや百日紅のほか、すごく地味な露草くらいのもの。コスモスにはちょっと早い。百日紅の開花時期の息は長く、9月終わりまで咲いているから、今を盛りと咲くユリは遅くに開いて、すぐ散る運命。花びらを落とすとその跡に種の袋が膨らむ。このユリ、今年はやけに大きい。2mを超すものもいっぱいだ。こんなに背丈が大きいユリは始めてである。天候異変のためだろうか。頭が重いので風でも吹けばひっくり返りそうだ。


ユリ3



 畑とは別に、5反ほどあるぶどう園は隣部落の人に作って貰っている。ピンポン玉をひとまわり小さくしたような大きな粒をつけたピオーネの房が収穫期を迎えている。勤めをリタイヤする時には「よーし、今度は俺がいい葡萄を作ってやる」と,本気で思った。しかし、その序盤でやってみた畑仕事、それよりなによりも、作ってくれている人のきめの細かい仕事っぷりや手法を見ていたら「これは駄目だ」と、思った。


葡萄



 なぜかって? 労力もさることながら、技術が全くない。技術なら覚えればいいじゃないか、とお思いの方がおいでかもしれないが、どうして、どうして。一朝一夕に覚えられるものではないし、経験が育むカンはすぐには掴めない。果樹農家は毎年、成功と、失敗を繰り返し、さまざまの研究を重ねながら、今日の葡萄を作っているのである。




 ぶどう狩りを楽しんだり、ただ食べている人たちには分からなくていい。果樹作りや百姓を甘く見てはいけないことを思い知った。そればかりではない。私にとって、絶対駄目だと思ったのは、地域ブランドを壊し、隣近所にご迷惑をかけかねないことだ。いい加減なものを作ればブランドの足を引っ張るし、消毒の手を抜けば病害虫の温床になり、隣近所に降りかかるのである。そんなことが出来るはずがない。


葡萄



 大根やジャガイモは種を蒔けば芽を出し、そこそこの収穫が出来る。しかし、そんな家庭菜園に毛が生えたような百姓とは違う。勝沼で一町七反のぶどう園を栽培するマージャン仲間の同級生は「どんなに遅く寝てもお天とう様が出る頃には畑にいる」と、言う。その手を見ると、グローブのように大きい。




 その仲間のように本当の百姓は、大根やジャガイモなんか作っていない。忙しくて、そんなところに手が回らないのである。俺はあきらめた。家庭菜園に毛が生えた百姓でいい。




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美人とのすれ違い(再)

赤トンボ



 芽を出した大根畑で草取りをしていたら、赤とんぼが飛んでいた。秋の到来を実感する瞬間だった。でも残暑はきつい。今日も30度を超しているだろう。額の汗を首にぶら下げた手拭で拭いながら、その赤トンボを目で追っていたら、その先に真っ白い蝶ちょが。はて? この時期に、こんな蝶ちょがいたっけ。春じゃあなかったか。いかに、自然に無頓着に過ごしていたかを実感した一瞬でもあった。





 問題は、白い蝶ちょだ。これまでなら確実に、ヒラヒラと舞うこの蝶ちょを、可愛らしく思い、目を細めて追っただろう。だが違った。瞬間的に、追っかけて捕まえ、すりつぶしたくなった。「お前は異常性格者か」と、ひんしゅくを買うかもしれないが、異常性格でもなんでもない。単なる立場の問題だ。実はこの蝶ちょ、無邪気に初秋の空を舞う赤とんぼと違い、ちゃんと目的があるのだ。可愛らしく、舞っているようだが、実は魂胆があるのである。


蝶


 やっと芽を出し、二枚葉になったばかりの大根の葉っぱの裏側に、次々と卵を産み付けるのだ。この卵はやがて蝶の幼虫となって、大根の葉っぱを食いつぶすという寸法である。よほどののうてんきでも、可愛い、などと言ってはいられまい。汗だくで種を蒔き、晩秋というか、初冬の収穫を夢見ている百姓にとつては天敵以外のなにものでもない。





 蝶ちょへの恨み節はさておき、残暑はあってももう秋だ。日が暮れれば庭先の植え込みからはコーロギや鈴虫の鳴き声が。私はこの時期になると毎夜のように密かに外へ出る。虫の音を聞くためではなく、ある美人に会うため だ。




 「お父さん、毎晩、外に何しに出るの」。女房の疑いを込めた問いかけに「美人に会いに行くんだよ」と、言ったら「なに馬鹿なこと言ってるのよ」と、これまた、けげんな顔。庭先の月下美人を見に行っていることを知った女房は「ああ、そうか。もうそんな季節になったんですねえ」。うちの女房、極楽トンボで、季節感がねえのかなあ。


月下美人2



 我が家の月下美人は一昨年、親しい友が鉢植えで持って来てくれたものだ。昨年も見事な大輪を三つも四つもつけた。色といい、形といい、まさに美人である。なんともいえない気品も備えている。才色兼備である。その上、なんともいえない、いい香りを放つ。シャネルやエルメスなど世界の香水ブランドでもこの香りはつくれまい。ご存知、月下美人は夜、花を開き、一夜にして萎む。「美人薄命」という言葉はここから来たのだろう。



月下美人1



 今年はその美人とすれ違いになってしまった。マージャン会や無尽会で、留守にした夜に咲いてしまったのである。シワだらけに萎んだ≪昔の美人≫がいくつもぶら下がっていた。私が「美人、美人」と言うものだから女房は何を勘違いしたのか「お父さんねえ、≪美人は三日で飽きる、ブスは三日で慣れる」と言うんだよ」と。「じゃあ、救いようのないブスはどう言うんだ」と聞いたら「一円玉ブス、と言うんでしょう」。「そうだよなあ、これ以上、壊しようがねえものなあ」。「お父さん、美人に逃げられたからといって八つ当たりはよしてよ」と笑っていた。とにかく美人との再会は来年までお預けだ。





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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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