柿の当たり年

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 人間とは勝手なものだとつくづく思う。ついこの間まで「暑い、暑い」と言って閉口していた人間が、今度は「寒い、寒い」である。それだけなら、まだいい。「やっぱり暑い方がいいよなあ」という。「オレ、風邪に弱いんだよ。風邪を引かないだけでもいい。やっぱり夏の方が…」。いいかげんな私なんか憚る事なく、そんなことを言ってしまう。
 



 今年の秋は短かった。夏の猛暑、残暑がいつまでも尾を引いたためだ。「暑いですねえ」。そんな言葉がつい先頃までの挨拶言葉であった。それが、わずか2ヶ月あまりで、一転。「寒いですねえ」。甲府盆地では空っ風が吹き始めた。その間には確かに“秋”もあった。何時ものように木々は紅葉し、もみじを装った。


紅葉



 しかし、それもつかの間。赤く染まった木々はどんどん葉を落とし、あられもない格好に。ただ、実を付けている果実はしっかりと存在感を保っている。柿や林檎。その柿や林檎を野鳥は黙って見ていない。熟れた果実を虎視眈々と狙っているのである。


柿1



 狙われる側もしたたか。裸になった木に橙色の実をさらすは品種によって、しっかりと“渋“を蓄え、鳥たちの餌食にならない。「甲州百目」や「はちや」という品種。主には枯露柿に用いられる品種だが、これもむろん、熟れれば渋が抜ける。ただ、熟れて“ずくし”になってしまったら枯露柿の用を足さなくなる。つまり、鳥の攻撃を受ける前に収穫されてしまうのである。




 今年は、その柿が当たり年。枯露柿用の「甲州百目」や「はちや」ばかりでなく、生食用の「富有」や「大秋」、「御所」など全ての柿が大当たり。だから柿という柿は、だぶつき気味。収穫されないまま木の上で“野ざらし”になっている柿もいっぱいだ。柿だけでなく全ての果物に言えること。生らせ過ぎると実は小粒になる。勢い、商品価値を落とす。



枯露柿



 どうやら今年は、鳥たちにとって餌には事欠かない。「ワッハッハ、ワッハッハ」の年なのである。人々は、ただでも全ての柿を採ってしまうようなことはしない。「守り柿」とか「木守柿」と言って木に何個かの実を残す。収穫への感謝であり、自然への感謝。そればかりではない。鳥たちへの人間達の思いやりなのである。




 柿は“年成り”をするという。当たり年の翌年は「違い年」と言って、少量の実しか付けない。この現象、単なる反動ではない。前年、生らせ過ぎのせいで勢力が衰えて実を付けない、と言うだけではない。




 柿や林檎は小枝の先端に実を着ける。収穫の時、その小枝ごと取ってしまうので、豊作の時ほど、“生り芽”を少なくしてしまうのだ。脚立などを使って手で取れる木はいい。大きな木の場合、竹竿の先をハサミのようにして枝ごと折ってしまうので、必然的に“生り芽“が少なくなると言うわけ。


枯露柿



 特に枯露柿用の柿は紐で吊して天日干しをするため、紐にかける部分の小枝が必要になるのだ。柿の剪定は、葡萄などのそれと違う。私は子どもの頃、それを知らずに見よう見真似の剪定をして笑われたことがある。(次回に続く)




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高原の下草刈(再)

 一面に黄色く色づくクヌギやミズナラ、その間に間に真っ赤に燃えるナナカマドやウルシ。秩父多摩甲斐国立公園の一角にある乙女高原から見渡す紅葉は見事だった。杉などの常緑樹がその紅葉をいっそう引き立たせていた。甲武信岳、奥千丈岳、鶏冠山・・・。三角点に立って後ろを振り向けば、五合目から上を雪化粧した富士山が前衛の山を従え、稜線を引いて雄大にそびえる。空は限りなく青かった。


乙女高原



 この日の乙女高原行きは紅葉狩りなんかではない。高原の下草刈のためだ。標高1,700mの乙女高原は全国でも有数と言っていい野草の宝庫。春にはサクラスミレやツツジなどが一斉に花開き、夏を迎えるとキンバイソウをはじめ、100種類を超す花々が高原を彩る。まさに広大なお花畑だ。秋には控えめながらも、あっちこっちに、あの紫のリンドウが・・・。いずれの季節のお花畑にも周囲の白樺かよく似合う。



リンドウ  キンバイソウ



 下草刈はこうした高原の野草を守り、後世に伝えよう、と「乙女高原ファンクラブ」の呼び掛けで始まったものだ。ファンクラブのメンバーは同高原にやって来て見事なお花畑や自然に惚れ込んだ文字通りファンが集まって作ったもので、地元山梨はもちろん、東京や千葉、神奈川、埼玉、茨城など関東近県に広がる。週末、ドライブがてら家族連れでやって来るファンも多い。




 「どんな草原も放って置けば必ず森になる」




 数年前、山梨ロータリークラブの例会に招かれてゲスト卓話をした乙女高原ファンクラブの代表世話人・植原彰さんはこんなことを言った。森になるということは、言うまでもなく、日本で一番大きなスミレの花といわれるサクラスミレなどこの高原の貴重な野草が絶滅することを意味する。


スミレ



 毎年、11月23日(勤労感謝の日)の下草刈りと5月中旬の遊歩道作りは欠かさない。今年も200人を超すボランティアが集まった。多い年には300人近い人が集まる時もある。みんな手弁当で、刈払い機と呼ばれる草刈機や鎌などを持ってやって来る。錦織り成す山々、と言っても高原はもう完全に冬。吐く息は白く、冷たい風が頬を刺す。



草刈2



 午前9時。赤いトタン、丸太造りのロッジ前庭での開会式の後、200人を超すボランテアは一斉に高原に散って作業開始。一面に生い茂ったカヤを刈り、あっちこっちで大きくなりつつあるブッシュを刈り取るのである。山梨ロータリークラブからは会長、副会長以下11人が参加した。



草刈



 一帯は、かつてはスキー場だった所。その面積は760haにも及ぶという。全国的に高原のお花畑は冬のスキー場の跡に多い。長野県の車山高原スキー場のニッコウキスゲもその一つ。放って置くとブッシュが育ってスキー場の体を成さなくなるから、雪が降る前に下草を刈るのである。原理はみな同じだ。




 大勢の力とはすごいものだ。作業開始から3時間。広大な高原は綺麗になった。スロープになって広がる斜面を眺めながら、土曜日の午後、カバンを放り投げ、手作りのスキー板を担いでバスに乗り、麓から3時間も歩いてこのスキー場に来た子どもの頃を目に浮かべた。ついこの間のような気がするが、50年以上も前だ。この高原は毎夏、ユネスコの国際子どもキャンプでお世話になる。思い入れの深い所でもある。





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祭りと人権啓発

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 所は甲府市の郊外にある県立「小瀬スポーツ公園」。昭和61年の国体(かいじ国体)会場として設けられた大きなスポーツ公園だ。そこで毎年、「県民の日」のお祭りが開かれるのである。メーン通りはむろん、各種の競技場をつなぐ道路はお祭り広場に早変わり。飲食物や金魚釣り、収穫したばかりの大根などの野菜に到るまで多種多様の露店が並ぶ。定番のたこ焼きや焼き鳥、焼きそば、鯛焼き、ビールやお酒、ジュース…。なんでもある。




 目抜き通りには、今や県民的な人気のサッカー-チーム「ヴァンフォーレ甲府」のブースや人権啓発のためのブースも。公園のほぼ中央に設けられたメーンステージでは、二日間の祭り期間中、さまざまなプログラムが組まれて、家族連れのお客さんを楽しませるのである。二日間のお客さんは恐らく10万人を超しただろう。近くには救護本部も。



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 歌やクイズ、お客さん参加型のゲーム…。山梨県人権擁護委員連合会が行う紙芝居もその一つ。ステージに大型のセットを持ち込んで紙芝居を見せるのだ。出演者も一人ではなく、何人もが役割分担して見事に演ずるのである。口調も時代がかった名調子ではなく、登場人物を、それぞれがリアルに演ずるのだ。


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 同県連には「子ども人権委員会」という専門委員会があって、子供達の人権に関わる相談に応じたり、啓発活動をしている。もちろんボランティア。このほか専門委員会は男女共同参画、救済、総務、研修があって、それぞれの分野で委員が自主的に活動しているのである。人権擁護委員は市町村長が議会の同意を経て国に推薦。法務大臣が委嘱する。山梨県には217人の委員がいる。




 時も時。お祭り会場となったスポーツ公園は紅葉に染まっていた。人々はもみじを楽しみながら祭りの世界に。メーン街路は広い。落ち葉が舞う街路脇に設けられたステージ前の観客席。その周りを人々が取り囲んでもまだ街路には余りがある。紙芝居はそんなシチュエーションで始まるのだ。


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 チームは5~6人。“声優“宜しく、登場人物をこなす人もいれば、その画面を変える人もいる。もちろん、ナレーターだって。その呼吸はピッタリ。おじさん達が子どもの頃、村の氏神さま広場に自転車でやって来て、紙芝居を見せてくれた水飴売りのオジサンとは違う。独演の名調子ではなく、こちらはチームプレイ。素人とは思えないほど上手だ。





 それもそのはず。暇を見つけては練習するのだという。人権擁護だから紙芝居のキーワードは「いじめや」「思いやり」「優しさ」。メンバー達は、この日のように祭りでの“公演”よりは学校での“公演”の方が多い。いわゆる「人権教室」だ。子供達は紙芝居を通じて人権の大切さや人権とは何か、を学ぶ。


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 この専門委員会「子ども人権委員会」の努力は地域にも波及、今、山梨県内ではあっちこっちの小中学校で「人権教室」が開かれているのである。いわば民間人の“出前授業”。


 「いじめが原因で若い命が失われるようなことがあってはなりません」


 紙芝居にいじめの防止や人権の擁護を託す「子ども人権」の“役者さん達”は懸命だ。



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紙芝居

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 うまいものだ。仲間でもある人権擁護委員が演ずる紙芝居を見せていただきながらホトホト感心した。その一方で、もう60年以上も前の子供の頃を思い出した。水飴売りの紙芝居屋さんだ。現在の山梨市が市政を敷くずっと前。山梨県は甲府盆地の東部の片田舎。当時は東山梨郡岩手村と言った。のどかと言えば格好いいが、米麦養蚕の、どちらかと言えば貧しい小さな村であった。




 どのくらいの周期でやって来たのかは定かに覚えていないが、紙芝居屋さんのおじさんは、村の氏神さんの広場に自転車を止め、その荷台で紙芝居を始めるのである。子供達はまるで申し合わせたように集まって来て、食い入るように紙芝居を見るのだ。所詮、自転車の荷台にしつらえられたセット。今考えれば、子供だましのようなものだが、わんぱく小僧達は食い入るように見た。


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 「国定忠治」、「銭形平次」、「のらくろ」・・・。「月光仮面」があったかどうかは別にして、紙芝居屋さんの名調子に子供達は興味津々。終われば、小さな手で懸命に拍手した。その紙芝居屋さんは、当たり前のように紙芝居のセットの下に仕込んで来た水飴を売るのである。それが本業だなんて子供達にはどっちでもいい。恐らく3円か5円だったのだろう。おじさんが箸の棒に絡めて売ってくれる水飴はもう一つの楽しみだった。

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 今思えば箸の棒は、使い古しの割り箸。おじさんは水飴の壺から、それは、それは手際よく水飴を箸の棒に絡めてみせる。子供達の“注文”を聞きながら水飴に赤や黄色、ブルーの水溶液を付けてもくれる。それを割り箸で練り合わせる。透明色の水飴はカラフルに。それを美味しそうに食べるのである。食べると言うより、嘗めると言った方がいい。




 子供達はみんな外で遊んだ。今のようにテレビがあるわけでも、ましてやファミコンがあるわけでもない。あるとすれば漫画本を読むくらい。それも、ふんだんにあるわけではない。勢い、遊び場は屋外に。氏神さんの広場や、大きな庭のある家に誰が言うともなく集まってくるのだ。メンコやビー玉、竹馬やかくれんぼ。缶蹴りや石蹴りの遊びもあった。



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 そこにはガキ大将がいて、年下のわんぱく小僧達に教えるともなく“遊び”を教えた。年下のわんぱく達が、やがてまたガキ大将になっていくのである。そんな子供達の所にやって来る紙芝居屋さんは、子供達にとって新鮮だった。子供達は紙芝居に出てくるヒーローを自分とオーバーラップしながら見たり、拍手するのだ。




 今のように「少子化」などと言う言葉は無かった。貧しい小さな村にも子供達の歓声があった。もちろん今のように塾などというものはない。子供達は暗くなるまで外で遊んだ。冬場だと手には皹(ヒビ、アカギレ)をつくり、「ゴボウ鼻」をすすり上げる子供だって珍しくなかった。今の子供達にはない無邪気さがあった。
子供

 記憶している限り、そこには「いじめ」なんかなかった。縦割りの遊びだから暗黙の内にガキ大将がそれを許さなかったし、年齢から来る体力差を無意識のうちに補い合っていた。人権擁護委員の紙芝居を見ながらいろいろのことを考えた。(次回に続く)




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ワインとお酒

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 焼酎やウイスキーは普段、あまり飲まないから、よくは分からないが、お酒やワインには甘口と辛口がある。私はお酒でもワインでも辛口派。いつもお酒を買ってきてくれる女房も、それを知っているので、我が家のお酒はみんな辛口ばかりだ。そのことは親しい知人も知っているから、いただくのも辛口。




 女房の学生時代の友達だが、今では家族ぐるみのお付き合いをさせていただいているお一人に広島のOさんご一家が。数年前、その広島を訪ねた折、ご馳走になったお酒を「これは美味しいお酒ですねえ」と言ったのがきっかけで、毎年、旬になると、そのお酒を送ってくれる。銘柄は「賀茂泉」。辛口の本当にうまいお酒なのだ。



賀茂泉



 私は毎晩、晩酌をする。酒量は加齢とともに減ってはいるものの1年365日、お酒を飲まない日はない。「たまには休肝日を作ったら…」。女房からは何時もそういわれる。その通りだ。頭では分かっていても癖とは恐ろしいもの。「人の世話を焼くな」。自らの気持ちと裏腹に、女房に言わないでもいい悪態を言ってしまうのである。




 酒は常温で飲むに限る。特にうまい酒を堪能するには、お燗をしたらダメだと思っている。「健康のためにはお燗をした方がいい」。それが正しいのだろうが、なぜかこだわり続けている。お燗の効用は、体を冷やさないことや一定のアルコールを飛ばすことにあるという。


酒



 これに対してワインは冷やしていただく。ビールほどではないにしても生ぬるかったら興ざめだ。飲み方ではないが高校時代の同級生でワインメーカーの社長をしている男がこんなことを言ったことがある。そのメーカーは勝沼にあるダイアモンド酒造という。




 「お酒はほとんどが水。オレ達が作っているワインは100%果汁。我々は“水”を売ってはいないんだよ」

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 確かにうまい酒造りの生命線は良質の水。これに対してうまいワイン作りは原料葡萄の善し悪しに掛かっているのである。今年はその原料葡萄が記録的と言ってもいい豊作の年。甘口、辛口の選択はさておき、ワイン党には笑いが止まらない。2012年物、ワイン通の皆さんは頭の片隅にとどめておいた方がいい。原料がいい年のワインがうまいに決まっているのだ。



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 甲府盆地の東部。この一帯は早くから果樹、とりわけ葡萄の先進地であった。その原点は甲州種。古くは古代オリエントで生まれ、シルクロードを経て遣唐使が伝えたと言われている。我が国のワインの代表的な原料葡萄なのだ。欧州系葡萄の変種といってもいい。そこから起源して山梨の葡萄作りは、どんどん進化。その品種はフランスなど欧州系を中心に多様化し、私たち地元の人間ですら知らない品種がいっぱい。




 甲州種は山梨の葡萄作りの原点であった。ところが今、巨峰やピオーネなど大房系の葡萄が席巻、更に新しい品種の葡萄が進出して、甲州種の影は萎む一方。今や生食用の座から引きずり下ろされ、ワインの原料に。私は少なくとも葡萄を知る地元の人間。こんなうまい葡萄はないと思っている。しかし果肉が柔らかいため種を抜くことが出来ない。なぜか葡萄に種がないことが当たり前と思っている?消費者に嫌われてしまったのが致命傷なのだ。



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甲州葡萄


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隠岐の男

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隠岐の島 浄土ヶ浦(隠岐の島HPより)



 山梨ロータリークラブのメンバーでもある「サントネージュワイン」長谷川裕寿社長は、島根県は隠岐の島の出身。今年、社長に就任。山梨に来た。




 「今行われている大相撲九州場所で、横綱『日馬富士』に二日目で土を付けたのは『隠岐の海』なんです。大金星ですよねえ…」


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隠岐の島 ローソク島



 山梨ロータリークラブの「職場訪問」行事を買って出てくれ、合わせて卓話と呼んでいるミニ講話をしてくれた長谷川社長は、ちゃっかり古里の隠岐を宣伝。その長谷川さんは、ちょっと見のイメージとは違ってジョーク上手。真面目くさって、こんな小咄を。




 「経営者には、やってはいけないことが三つあります。一つは麻雀に負けてはいけません。点棒(展望)がなくなります。二つ目は早くにハゲになってはいけません。もう毛(儲け)がなくなります。三つ目はゴルフでチップインバーディーをしてはいけません。パット(パッと)しなくなります。



 「う~ん、なるほど」。うまいことを言う。しかし、長谷川さん…。


 「そんなに真面目に聞かないでくださいよ」


 にっこり笑った。



 そこに集まっている人たち、つまり山梨ロータリークラブのメンバーは、私のようにサラリーマン経営者の足を洗い、今は無職に近い百姓モドキの人間と違って、多くは現役の経営者。言い得て妙。「展望」を持たない経営者は失格だろう。二つ目の「儲け」や三つ目の「パッと」つまり、存在感や勢いがなかったらダメ。




 山梨ロータリークラブの会員は増減を繰り返しながら、現在は総勢43人。年齢層は40代から80代と幅広い。職業もさまざま。ロータリークラブは職業奉仕を理念の一つにしているので職業分類にはシビアだ。原則的だが、1業種5人に限定しているのもロータリークラブの特徴かも知れない。幅広い職種のメンバーを広げるのも狙い。




 山梨市が果樹地帯のど真ん中にあることもあって、その顔ぶれは果樹栽培農家もいれば、会社経営や病院経営、公認会計士や司法書士、町の電器屋さんや花屋さん、割烹旅館の経営者や生け花の師匠もいる。私のような民間会社のOBもいれば、教員など公務員のOBもいる。一口に果樹栽培農家と言っても葡萄もあれば桃や花器もある。会社経営に到っては測量会社もあれば、製造業、清涼飲料などの販売業もある。今回、職場訪問先を引き受けてくれた長谷川さんはワイナリーのサラリーマン社長だ。




 いわゆる多士済々。職業を持っていていれば、それに邁進するのは当たり前だし、サラリーマンが定年を迎え、年を重ねれば年金生活を余儀なくされるのもまた当たり前。面白いのは年齢もまちまち。職業、生業、その生い立ちも、生き様もみんな違う、そんな人たちが奉仕と自己の研鑽を目的に一堂に会していることだ。




 人間だから、それぞれが持つ個性もみんな違う。クラブは原則、毎週水曜日に例会を開く。ワイナリーを見学させていただき、隠岐の男のユーモアを織り交ぜた卓話を聞いた。


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試飲コーナー

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 酒蔵であれ、ワイナリーであれ、見学コースの最後は試飲コーナー。施主側の狙いは自社商品のアピールの場であり、販売戦略だ。山梨ロータリークラブの職場訪問でお邪魔した「サントネージュ」も例外ではなかった。


サントネージュワイン 試飲コーナー


 「これがサントネージュの自慢のワインか。やっぱりうまいな」


 「オレはどちらかと言えば、白より赤の方がいいのさ」


 みんな勝手なことを言いながらグラスを傾ける。試飲コーナーには同社の製品が全て並んでいるから、目移りがする。勢い、“飲み過ぎ”になる。
 
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 「車の方は残念ですが、試飲はしないてください。自転車の方も同じです」



 ホスト役の長谷川裕寿社長は冒頭、ニコニコしながらも飲酒運転にきつく釘を刺した。同社は90種近いワインを今も世に送り出している。我が国の大多数を占める山梨のワイナリーの中でも販売量でトップクラス(第2位)の地位にある。当たり前だが、商品は赤ワインもあれば、白ワインもある。飲み口もさまざま。女性向きの甘口や“通”の人たち?向けの辛口も。瓶の栓を見てもポピュラーなコルクもあれば、スクリュー方式のものもある。


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 長谷川社長によれば、最近の消費者はコルクより、スクリュー型の栓の方を好む傾向にある。さらにボトル、つまり瓶の形態にも変化、ペットボトルタイプが好まれるようになったと言う。甘口、辛口。ワインの味もさることながら瓶のデザインにも女性達は無言の意思表示をしているのである。




 かつて現役の時代、何度もワイナリーの試飲会にお招きを受けた。専門家に混じって“素人”の立場から新作ワインにもの申すのである。もちろん、自分の舌や鼻、目で感じたことを率直に評価表に記す。「舌」は味や風味。「鼻」は香り。「目」は色だ。


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 「香りや色、風味はともかく、全体に甘すぎる」、「そのためかコクに乏しい」


 率直に書いた。これに対してサントリーの山梨ワイナリー(現登美ワイナリー)の試飲会だったが、主催者の場長は、こんなことを言った。



 「確かにそうなんです。でもワインの消費拡大のターゲットは世の奥様方。女性なんです。その女性に飲んでいただくには、やはり甘口でなければ…」

  
  
 因みにこの場長は「貴腐ワイン」を開発した人である。


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 当たり前だ。消費者ニーズを考えないワイン作りも販売戦略もない。その通りだと思った。でも、人間とは勝手なもの。やっぱりコクのある辛口のワインの方がいい。つい先日、山梨市で開いた中部東ブロック(神奈川、静岡、長野、山梨)のユネスコ活動研究大会のレセプション。ご厚意でお出しいただいた甘口のサントネージュワインは、女性にすこぶる人気。一部男性は「甘すぎる」と。みんなの口に合わせるのは無理らしい。



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収穫風景10月



 ワイナリーの構内に設けられた葡萄棚はもう季節を終え、枯れ葉への道を。それでもお客のために残した?甲州種の房がロゼ色に実り、ぶら下がっていた。案内役の土屋さんは、こんなことを言った。「お客さんの中には『甲州の赤(ワイン)』をくれ、と言うんですが、甲州種に赤はないんです」。ワインの赤い色は赤い色素、つまりポリフェノールを持つ葡萄に限られる。甲州種には赤の色素がない。白ワイン専用種なのだ。(次回に続く)




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聖なる雪

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サントネージュワイナリー 地下貯蔵庫



 「全酒類に占めるワインの消費量の割合は?」


 「30%ぐらい?」


 「そんなにあったら、我々はワッハッハ、ワッハッハですよ。実はその10分の1の3%。ビールや焼酎、ウイスキー・・・。いっぱいありますからねえ」


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 ワイナリーの案内役を買って出てくれた「サントネージュワイン」の長谷川裕寿社長は、のっけからこんな話をした。「山梨はワイン王国。もちろん、その生産量でも消費量でも日本一ですし、ワインは県民の日常生活の身近にありますからねえ…」とも。



 所属する山梨ロータリークラブには「職場訪問」という行事があって年に1~2度、会員の企業を中心に、その職場を訪問させていただく。「サントネージュワイン」も会員の企業である。異業種の職場を見せていただくことによって相互の理解を深めることはむろん、職業を通じての奉仕にも役立てよう、というものだ。前回は全面改装した山梨市の総合病院「加納岩病院」をお訪ねした。

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 サントネージュは仏語で「聖なる雪」広大な面積を誇るワイナリーはJR山梨市駅のすぐ近くにある。今はアサヒビールワイナリーと生産統合しているが、その昔は「太平醸造」と言った。かつて自民党の“ドン”と言われ、最後は汚職で失脚した故金丸信氏が創設者。さまざまな変遷を遂げながら今に至っているのだが、「太平醸造」と呼ばれていた時代には天皇皇后両陛下(昭和)が行幸敬され、ワイナリーの敷地の一角には大きな記念碑が。


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サントネージュ山梨ワイナリー



 その向かい側には珍しい「コルクの木」がある。「この木は全国にも数本しかない珍しい木なのです」。「へえ~、これがコルクの木か」。約30人のロータリアンはオリーブの葉っぱのように青く繁るコルクの木の表皮を確かめるようになぜる。「やっぱりコルクだ。柔らかいよなあ~」。どの顔も初めて見、初めて触った感触に子どものように目を丸くした。

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コルクの木



 案内役の土屋和男さんはワインの製造ラインを説明していく。トラックで運ばれてくるコンテナの原料葡萄は、自動的ベルトコンベアに乗り、製造ラインの第一歩を踏む。さらに除梗破砕、搾汁、発酵、貯蔵、熟成を経て瓶詰めされ、製品になるまでの行程を見学コースに沿って案内してくれた。その一方で酵母による発酵など大きな意味での発酵という化学作用を促していることは言うまでもない。

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破砕場


 「皆さん方には見学していただく間、ヘルメットを被っていただきます」


 山梨県は休火山の富士山を抱え、県土のど真ん中を糸魚川構造線という活断層が走っている。しっかりした企業は、地震への備えを怠らない。その動きは顕著だ。地元の新聞社も印刷工場を岩盤が強固な韮崎市に移設する工事を進めている。
 「皆さん方の安全はむろん、消費者に提供するワインを守らなければなりません」。見学者全員に黄色いヘルメットを被らせた。


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 山梨ロータリークラブ恒例の「卓話」という名の長谷川社長のミニ講話。土屋さんの現場説明を含めて約1時間。これまで得た知識の“おさらい”もあるが、その全てが興味深い。どこでもいい。山梨においでをいただいたらワイナリーを覗いてみたら。ワインの神秘が分かる。ご夫婦や恋人同士の語らいにも“風味”が出る。見学コースの最後は試飲コーナーである。(次回に続く)




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人権擁護委員とデジカメ

フィルム一眼レフ

 仕事柄いつもカメラを持ち歩いた。と言っても、もう30年以上も前のことである。ペンタックス、ニコン。いずれも一眼レフだ。比較的ボデイが軽く、シャッター音が心地よいペンタックス。一方、ニコンはボディが重いがレンズの切れがよく、好きなカメラだった。




 もちろん、モータードライブなんて優れものではなかった。当時はフラッシュも重い装着式のもので、これをセットにすると肩にずっしりと来た。疲れた時など、その重さが気になって、捨ててしまいたいような思いをしたことさえある。このカメラ、今も押入れの隅かどこかにカビだらけ、ホコリだらけになって転がっているだろう。



 「このカメラ、お前にやるよ」。もう、だいぶ前になるが、娘に、そう言ったら全くすげなく、こうだ。

 「お父さん、今時、こんなカメラ遣う人、誰もいないよ」


 「バカ、このカメラ、替えレンズも入れれば30万円近くもしたんだぞ」


 こんなたわいもない会話が、ついこの間のような気がする。



 かつて外国でカメラを肩に歩く観光客は日本人の象徴でもあった。ところが、いつの間にかカメラがポケットに入ってしまった。デジカメの普及は観光客のスタイルなんて笑い話ではなく、大手のフィルムメーカーまでぶっ飛ばした。それどころか、その機能がケイタイにまで入り込んで、さらに進化しようとしている。




 ケイタイも含めてポケットに入ってしまうのだから確かに便利だ。それどころか、距離も露出もみんな人間がやらねばならなかった昔のカメラと違って、逆光ででも撮らない限り、絶対に失敗はない。性能は抜群である。習慣とは恐ろしい。今でも一眼レフと同じように片目を瞑って、デジカメを覗いてしまう自分に苦笑いすることがしばしばだ。だからか、どうもデジカメは好きになれない。




 しかし、このブログを始めてから、そうばかりも言っていられなくなった。娘のデジカメを借りては持ち歩く。こんな時、人権擁護委員による特別相談の後、お茶をご一緒した山梨県の人権擁護委員会連合会長に高性能のデジカメを頂いた。この方は大学の先輩で、今は弁護士。お茶を飲みながら「うちの事務所の職員が今日、買ってきたばかり」というカメラを「へえ~、いいカメラですねえ」と言いながら手にとって見ていたら「あなたには世話になった。気に入ったのだったら差し上げますよ」。惜しげもなく、ポーンと「先着40名限定で4万円近くした」カメラをくれたのである。その後、ケイタイで事務所に連絡「今日のカメラ、もう一台買って来てよ」と命じている姿にただただ恐縮した。

finepix.jpg

 先日の私のブログ「花クイズ」の写真22枚は、このカメラで撮ったものだ。確かに切れがいい。腕さえ良ければもっといい写真が撮れたはずだが、こればかりは・・。私のブログは文字日記だから写真など、とも言っていられない。お読みいただくためには、少なからず、ビジュアルにご覧頂く工夫を惜しんではいけないと思っている。


 
花1  花2 花3



 それが気前よくデジカメを頂いた人へのお礼でもあることは無論である。




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トイレと新聞(再)

 「また、そんな所で新聞を読んでぇー。いい加減にしてくださいよ」
私の一日は、女房から叱られることから始まる。私が朝一番で見る新聞はトイレの中と決まっている。「なんてお行儀の悪い」。皆さん方もお笑いになるだろう。場所が場所だから女房が嫌がるのも無理はない。私だって、そんなことがいい事でないことぐらい十分に分かっている。


トイレ2



 しかし、これが止められないのである。元々は、出勤前の慌しさの中での時間稼ぎの意味があった。朝のトイレと新聞に一通り目を通す作業を一辺にやってしまおうというものだ。寝坊なサラリーマンがお出でになるとしたら、その辺の気持ちは分かって頂けるだろう。朝の時間は一分だって惜しい。学校に通う子ども達だって同じだ。私の場合、当時、新聞社に勤めていたから、新聞に目も通さずに出勤とはいかなかった。





 実は、これをやってみると、堪(こた)えられないのである。朝の慌しさの中でもやけに落ち着くのだ。甲府に住んでいる時分だが、新聞を読みながら「この空間をもっと居心地のいい所に出来ないものか」と思いを巡らせたこともある。勤めを辞め、山梨市の田舎に戻るのを機会に実家のリフォームを決意した時、大工さんに注文を付けたいくつかの項目のうちの一つが、このトイレだ。




 機能もさることながら、ゆったりしたスペースをとることだった。ただこの注文がトイレの側面の裏側に設けたクローゼットにしわ寄せして、使いにくいものになってしまったのだが、それはそれでしょうがない。クローゼットの奥行きが半分になった分、トイレが広くなった訳で、新聞を開いても差し障りがないし、第一圧迫感がないから心地いい。


トイレ



 「新聞~」と、トイレの中から声を掛けると、女房はいつものようにブツブツ言いながら新聞受けから持ってくるのである。そんな自分が後ろめたくもあるが、今日もそれを繰り返している。こんなことをしているのは私だけだと思ったら、他にもいた。いつもマージャン遊びでお世話になる仲間の家のトイレをお借りしたら、週刊誌などの雑誌と一緒に新聞が小さな台の上に重ねてあった。




 ちょっと前のことになるが、ある心理学者が書いた本を読んでいたら、人間が心理的に最も落ち着く空間としてトイレを挙げていた。その時「俺も普通の人間だよなあー」と、妙にうなずいたものだ。トイレは自分が入っていれば絶対に人がはいってくることはない。テレビの音など外部の雑音も入ってこない。自分だけの空間なのだ。「お父さんのポーズは考える人、だね」。嫌な顔をしながら新聞を持ってくる女房が言うように、考え事をするにもうってつけである。





 我が家のような田舎家の場合、およそ個室などとは縁遠い。ふすまや帯戸一枚で仕切られた部屋がいくつも並んでいるだけ。娘達が嫌がるのも無理はない。居間やキッチン、それに書斎、寝室をオープン形式にして結構使い易くリフォームしたのだが、個室はない。老後も考え、トイレの位置やバスも近場にまとめた。女房と二人だから個室のようなものだ。




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飛行機雲(再)

 今日は天気がいい。久しぶりに秋の青空が戻ってきた。畑仕事の手を休め、額の汗を首に掛けた手拭で拭いながら空を眺めると、一筋の飛行機雲が。その後からも、また一機。フランスやドイツなどヨーロッパに向かうのだろう。高度は、恐らく10,000mから12,000m。ゆっくりに見えるが、時速では800㌔以上で飛んでいるのである。


飛行機雲


 「高度や速度まで、よく分かるかって?」。外国旅行をする時、座席の正面の大型スクリーンに映し出される安定飛行の高度や速度は、いつもそのくらいだからだ。高度や速度はともかく、真っ直ぐに東の空から西の空へと伸びる飛行機雲がまだ消えないうちに、次の飛行機雲が追っかけてくる。



 山梨の上空は外国、特にヨーロッパ航路の通り道。成田空港から飛び立って、しばらくすると、スチュワーデス、いや今は客室乗務員とか客室アテンダントと言うのだそうだが「左側をご覧ください。富士山が・・・」と、機内アナウンスをする。そのあたりが今の飛行機雲のあたりなのだ。


富士山と雲



 我が家から見上げると、南側の上空の時もあれば、北側もある。大まかに、その上空を飛んでいることになる。陽が西の山に沈んで、夜空に変わると、飛行機雲は回転灯に変わる。チカチカと光る赤い光の玉がゆっくりと東の空から西の空へと消えていく。目の錯覚だろうか、スピードは昼間の飛行機雲より遅いような気がする。


飛行機


 夜8時、9時を過ぎると、その間隔はグーンと広くなる。昼間の1分、2分間隔の飛行機雲と打って変わって、まばらになり、やがて星空だけになる。それぞれの便の到着時間との関係もあるのだろうが、その大きな理由は空港周辺住民との関係、つまり、騒音問題に起因している。成田空港の出国ロビーもこの頃になると閑散とし始める。




 昭和52年か、53年だったと思う。成田空港が開港する直前に、そこを見せて頂いた時、係官が控えめながらも、その辺の事情を説明していたものだ。事実、この空港を造る時の周辺住民の反対運動はものすごかった。騒音に対する地元住民の反対運動にとどまらず、国家プロジェクトに対する左翼系闘士の反対運動も加わって、いわゆる成田闘争が長く繰り広げられたのである。左翼系闘士はその後分散、一部は山梨県の北冨士演習場・梨が原で今も活動している。




 ちょっと肩苦しくなった。飛行機雲に戻る。先ほど「一筋の」と書いたが、遠くからだから一本に見えるが、実は飛行機雲は二本。当たり前だが、ジェット機はジェット噴射で飛ぶ。そのジェット噴射で、周りの水分が気化して、あの飛行機雲が出来るのだ。お恥ずかしいが、この原理は、先頃、航空自衛隊浜松基地で、ブルーインパルスのアクロバット飛行を見せて頂いた時のアナウンスで知った。


ブルーインパルス


 大空をキャンパスにブルーインパルスが描くアクロバットの曲線ジェット口の脇に取り付けたノズルから色のついたオイルを流すと、それがジェット噴射で気化して、あのカラフルな飛行機雲になるのだそうだ。「そんな事、みんな知っているって?」。そうだよね。





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エベレストの女

エベレスト


 渡辺玉枝。73歳。知る人ぞ知る女性登山家である。11年前の63歳の時、世界の最高峰・エベレストに登頂して、女性の世界最高齢記録を樹立。世界のアルピニストを「あっ」と言わせた。なにしろ名もない、しかも63歳の女性が彗星のように現れ、世界の最高峰の登頂を成し遂げたのだから無理もない。それから10年。今年の夏、再び、エベレストに挑み、自らが持つ世界最高齢記録をいっぺんに10歳も更新したのである。


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渡辺枝さん(毎日.jp)


 先頃、その渡辺さんのお話を聞いた。山梨県人権擁護委員連合会が開いた研修会での講演。標高約5,000㍍のベースキャンプを振り出しに世界の最高峰8,848㍍に挑んだ一部始終を話した。一口にベースキャンプと言っても、その標高は富士山(3,776㍍)よりずっと高い。空気は薄い。アタックは体を慣らすことから始まる。進めば進むほど空気は薄くなる。その先には氷河の絶壁が待っている。そんな緊迫感をこともなげに話す渡辺さん。



渡辺珠枝2
NHKより


 「私は、そもそも、こうしたところで話すのは不得手。幸い、素晴らしい映像があるんですよ」




 そこに映し出された映像は、観る者をワクワクさせた。「同行してくれたカメラマンは、山岳映像にかけては、我が国では二人といない技術の持ち主」。おおまかに標高5,000㍍地点とは思えないような広く、一見、のどかにも見えるベースキャンプの表情、そこから目の前に迫る世界の最高峰・エベレスト。そんな映像を15分のCDにまとめていた。



IMG_8700_convert_20121107141641.jpg



 一歩、一歩、確かめるように踏みしめ、歩を進める渡辺さん。その顔は真っ黒。高山での紫外線の強さが否応なく分かる。途中から酸素マスクを。覆い尽くされた氷河や絶壁との戦いが始まる。クレパスに架けたアルミのはしごを渡って行く。映像とともに語られる話を聞くだけでも足下がゾクっとする。そんな一部始終を映像とともに話していく渡辺さんの顔には“偉業”を成し遂げた誇らしさと自信がにじみ出ていた。


IMG_8707_convert_20121107142348.jpg



 彗星のように、と言っても渡辺さんには世界の記録を作る確たるステップがあった。1977年、マッキンリーに登頂したのを始め、世界8,000㍍級の山4座を極め、モンブランやキリマンジャロ、アコンカグアなどへの登頂経歴を持っている。




 山梨県富士河口湖町の出身で、都留短期大学を卒業後、神奈川県庁入り。そこで出会った山岳会が登山にのめり込むきっかけ。同県の県立高校の事務長を最後に退職後は実家のある富士河口湖町に戻った。2004年には植村直己冒険賞を受賞している。



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NHKより



 「記録への挑戦は場合によって生死を分ける。自らの体調や天候など自然に逆らってはいけない。それが世界の最高峰であれ、何であれ、山登りの鉄則なのです」




 「山ガール」なる人たちも出現。中高年の登山ブームの中で目立つ安易な登山。それが原因の山岳事故へ言外に警鐘を鳴らす。中国・河北省の万里の長城で起きた積雪遭難も中高年の日本人であった。
 「記録への挑戦はまだ続くのか」。そんな質問に「“金欠病”を治さないと…。山登りはお金がかかるんです。シェルパを雇っても100万円かかります。一回のアタックに掛かる経費は推して知るべし。スポンサーが付かなければ…」。今は実家で農業をしながら月に一度は山登りをして体を鍛えていると言う。




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「あずさ1号」

あずさ
あずさ


 その人は「あずさ1号」でやって来た。奥秩父の山懐に抱かれた「みとみ笛吹の湯」でお会いした山男である。「新宿を朝7時に出て8時40分には韮崎に。そこからバスに乗り、瑞
山へ。瑞山―金峰山―大弛―甲武信岳。一泊二日の縦走コースだった」。途中、金峰山の山小屋近くのキャンプ場でテントを張ったという。

 


 JR中央線を走る特急「あずさ号」は、山梨県人や長野県南部(南信)の人たちにとっては身近な存在。それぞれの郷里と東京を結んでいるのだから、その頻度はともかくお世話になる列車なのである。もちろん「鈍行」と呼ばれる普通列車も走っているのだが、近距離間の連絡と「かいじ号」も含む特急列車の“つなぎ”の役割に過ぎない。


かいじ
かいじ


 「あずさ1号」は文字通り中央線の一番特急。しかし、私たち山梨県に住む人たちには縁が薄い特急列車なのである。朝の7時に新宿を出る。そう、前の晩、遊びすぎて東京泊まりを余儀なくされ、“朝帰り”でもしない限り乗ることのない列車だ。でも山男達にとっては都合のいい列車なのだ。




 この山男氏、聞けば51歳。20日間の有給休暇と、やはり20日間のリフレッシュ休暇を利用して山梨を中心にあちこちの山を歩くのだという。ほとんどが単独行。インターネットを駆使、列車とバスを上手に使ってスケジュールを組む。もう一つ欠かさないのが露天風呂がある山間の温泉だ。「山歩きの後には、これが一番」。


ほったらかし温泉


 そういえば、やはり山好きの方だろう。私のブログにちょくちょくおいでいただく何人かの方がこんな書き込みを




 「昨日、毛無山から下山後、富士宮市にある「花の湯」に立ち寄りました。新しいタイプのクワハウスタイプでしたが、疲れが取れた様な気がしました。山梨市近郊に多くの名湯があることを知り、山梨県の山に登ることが多い小生にとっては嬉しい情報でした」 (ゴチさん)




 「8月に富士登山に行き、帰りに『ほったらかし温泉』に浸かって来ました。露天風呂からの眺めは最高でした」 (hamさん)




 「温泉はいいですね~。日帰りでもホイホイ出かけます 一泊出来るとなればなおさら喜んでホイホイです 」(Eさん)




 ちょっと駄洒落が過ぎるかも知れないが、「山があっても山梨(無し)県」。山には事欠かない。若い頃は富士山はもちろん、南アルプス、八ヶ岳、それに地元の奥秩父。“それなりに“歩いた。露天の風呂で山を下りて来たばかりの山男氏の話を聞きながら、むらむらと…。でもそれは夢のまた夢。歳もさることながらメタボの人間に山を歩けるはずがない。女房にそんな話をしたら一笑に付されるだろう。


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南アルプス連峰と富士山(南アルプス市HPより)



 この山男氏。露天風呂にゆっくり浸かって、すぐ目の前の停留所からバスでJR山梨駅へ。今度は特急「かいじ号」で東京へ帰る。身支度はシンプル。背負っているリュックの中にはテントや防寒具のほか、お湯を沸かすラジウスや食器なども入っているはずだが・・・。山歩きの装備は小気味よくコンパクトに変わっている。
 食料もフリーズ加工物が多く、お湯をかけるだけで食べられるばかりか、後にゴミを残さないように工夫されているのだ。季節は晩秋へ。周囲は紅葉を始めていた。




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種まきのコツ

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 そうだったのか。山間の露天風呂で聞いた老人の話に一つ一つ頷いた。種まきや、その後の手入れ、管理のコツ。片田舎と言っていい、山梨の百姓の倅に生まれながら東京での学生生活も含めて45年以上もの間、百姓の世界の外にいた。




 考えてみれば、そのブランクが簡単に埋まるはずがなく、「百姓の倅」というだけの“潜在的な自信”など通じるはずもない。「職場をリタイアしたので、親が残してくれた、だだっ広い農地で今度は百姓をやろう」。世の中そんなに甘くない。




 ほうれん草や人参など野菜の種まき。百姓の入り口だ。何のことはない、極当たり前のこと。ところがお恥ずかしいかな、この歳になるまで、そのコツを知らなかったのである。「かける土は蒔く種の三倍」。老人は言った。


芽


 「だってそうだろう。ほうれん草でも、人参でも、あの小さな種に沢山の土をかけられたら、芽を出す前に窒息してしまうよ。小さな芽が表に出れっこないさ。素人が野菜作りで失敗するのは、たいていが種まき段階だ」




 考えてみれば、その通り。百姓を困らす雑草は、自分で付けた種を地べたに落とすだけで、その翌年には何十倍も、何百倍もの芽を出す。誰も土をかけてはくれないのだ。土をかけて貰うのではなく、土に潜って芽を出すのである。そう考えると、土などあえてかけなくてもいいくらいだろう。もう一つ。ほうれん草などの場合、一晩、水につけて冷蔵庫で寝かせ、水を切った上で播種するのもコツ。石灰をまき、酸性土壌を中和するのは、言うまでもない。


雑草



 雑草に学べ、である。人間にも言えそう。暑さ、寒さを人為的に操作。「安全」の名のもとに、子供達を「小さな危険」からも遠避ける。そんな子供に冒険心など培われるはずもないし、第一、危険への免疫なんか生まれるはずもない。よしんば、親がいる内はいい。守ってくれる親がいなくなったら…。過保護は子供の内だけ。大人になったら親はいない。




 そんな子供が親になる。そこで過保護の怖さを気づけばいいのだが、育ちは育ち。そのまま“立派な”親になる。我が子の“安全”が少しでも損なわれたり、ましてや先生にゲンコツの一つも貰おうものなら、学校に飛んでいって「どうしてくれる」と文句を言う。対する先生も先生。同じような家庭教育を受けた人間だから、それに毅然とした対処が出来ない。その繰り返しが続いていくのである。


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 週末の土曜日。若いお父さんが二人の男の子を連れて露天風呂に入って来た。小学校の低学年か、幼稚園の年齢に見える二人の子供は、大はしゃぎ。露天の湯船を奔放に泳ぎ始めた。湯しぶきが上がる。最初は目を細めてニコニコしていた周りの大人達も次第に顔をしかめ始めた。
 ところが若いお父さん。無邪気に、というより乱暴に湯船で遊ぶ我が子を見てニコニコ笑っているだけ。老人は小声で言った。「今時の若いのはアレだよ。子供を叱ることを忘れちまった。困ったもんだよなあ…」。更に老人は「芽が出ないのは種が悪いんじゃない。蒔くヤツが蒔くすべを知らないから悪いのさ」とも言った。




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露天風呂の語らい

タマネギ


 「タマネギ、ぼつぼつ植え付けをしなきゃあ、いけませんかね」


 「そうだ。霜が来る前に植え付けなくちゃあ…」


 「わたしゃあ、今年はタマネギ作り、失敗しちまいましたよ。ホームセンターから買って来た苗を植えたんですが、玉が大きくならないうちにトウが立っちまって…」


 「買って来る苗には当たり外れがあるのさ。タマネギに限らず、野菜は自分で種を取り、苗作りから始めるのに限るね。でも、忙しかったり、初めての人は、そうするわけにはいかない。そんな時には信頼出来る種屋さんや苗屋さんをみつけることさ」


 山間の露天風呂で知り合った親爺さんとの話は弾んだ。この親爺さんは、山梨県は桃の一大産地・一宮町からやって来る。「この笛吹の湯の露天風呂が大好きだ」。車で3~40分かかるという。御年、84歳。「癌で胃袋を全部取っちまった」。体は痩せているが、元気いっぱい。毎日、朝は5時に起き、畑を見回る。家で食べる野菜は全部、自分の手で作るのだという。広い桃畑は「息子に任せた」。


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 「癌が見つかったのは、この春。腹に出た帯状疱疹の治療で医者に行ったのがきっかけさ。ひょうたんから駒ってヤツさ。医者は『切らなければ三ヶ月と命は持たない』と言った。84歳になる今の今まで医者に10円と払ったことはなかった。それがねえ…。癌だってよ。どうせ死ぬなら痛い思いはご免。手術を拒んだ。でも家族に説得されて切ったのさ」



 親爺さんはそんな話もしてくれた。


 「オレの癌はともかく、露天風呂とはいいものだよ。体の癒しばかりでなく、勉強になるぜ。たわいもない世間話から始まって農作業や政治の話も。ただ聞いているだけでも面白い。一つ野菜作りを例にとっても、種まきの旬から、作り方のコツまで、雑談の中で教わるんだ。この歳になっても『ああ、そうか』と再発見することがいっぱいさ」


はやぶさ温泉鯉


 こうも言う。


 「野菜作りだって何だってそうだが、成功するには人の知恵を借りることさ。みんな、失敗を重ね、工夫を重ねながら本物を掴む。オレは胃袋を切っぱらう前からここに来ているが、湯船の中でたわいもなく教わったことは数知れないね。人間、『ああ、そうか』の繰り返しだよね」



 やっぱり歳の功。うまいことを言う。


 「野菜であろうが、果樹であろうが、手を加える“旬”というヤツがある。野菜の場合、種まきの遅い早いで、その後の手の加え方が異なるし、標高や土壌などによっても違う。隣の家で摘花や摘果を始めたからと言って、うちもやらなければ、というのは間違い。微妙な違いをしっかり掴まなきゃあ…。カボチャでも何でも“花結び”の時期の扱いは特に気を配らなければいけないよ。妊婦のそれと同じなんだから…」


かぼちゃ


 「私はほうれん草や人参作りがへたくそで、毎年、ロクなものが出来ないんです」


 「肝心なことを、あんたは知っていないんだよ。間違いなく土のかけ過ぎだ」
(次回に続く)
 


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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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