人間ドックのトラウマ

人間ドック2


 人間ドックは毎年欠かさず受けている。現役時代は会社の厚生担当が否応なくスケジュールを組み、ドック入りを促すので、いわば待ったなし。職場をリタイアした後も年に一度のドック入りは守っている。現役時代は会社の同僚達と一緒だったが,今は女房と一緒。「お父さん、いつが、都合がいいですか?」。女房が我が家の厚生部長。みんな段取ってくれるのだ。


 

 病院は甲府市内。今は娘夫婦に譲ったが、現役時代住まいしていた家のすぐ近く。長く親しくさせていただいている公立病院の院長が定年後、天下り?した病院。ドックもそこに変えた。JA関係の団体病院で、詳しいことは分からないが、どうやら人間ドックが主力の病院のように見える。


人間ドック



 医療設備にとどまらず、そのためのシステムやスタッフも充実していて、実に気持ちがいい。ちょっと見では、毎日100人を超す検診をこなしている。医師をサポートするスタッフもしっかり教育されていて、受診者を手際よく裁いている。みんな若い女性。愛嬌よく振る舞うから、緊張気味の受診者にとってみれば、心が和むのだ。


 人間ドック3


 元公立病院院長の“天下り”に着いて来たのは単なる親しさからだけではなく、診察の全てに誠意を持って看てくれるからだ。そんな先生だから人気は抜群。公立病院時代は誰が言うともなく、その先生の名前をとって「○○銀座」と言われるほど患者が列を成した。




 専門は消化器内科。今でも,この先生にお願いしているのは胃カメラの検診。これには、ちょっとした訳がある。現役時代のことだ。そう言っては、我が儘に聞こえたり、第一、失礼だが、私に胃カメラを飲ませてくれる先生は、“下手くそ“ばかり。見るからに“新米”で、それも何故か若い女医さんばかりだった。




 カメラを押したり、引いたり。胃袋の中を不器用にかき回すのである。ある時は、その女医さん。カメラの管を持つ手をブルブル震えさせながら「これなあ~に、これなあ~に…」と、子供のように大騒ぎ。私の胃袋の中にアニサキスの幼虫がいたのである。それを始めて観た女医さんが動転したのも分からないでもないが、カメラを突っ込まれている私の身にもなってくださいよ。それも不器用に腹の中をかき回した挙げ句である。 騒ぎは検査室全体に波及したことは言うまでもない。。


病院


 この後にも当事者の私なら笑うに笑えない話があるのだが、ここではあえて省略する。とにかく、そんな話を親しい開業医と酒飲み話にしたら「あなた、そんなことは当たり前だよ」と、一笑に付された。そのドクター氏はこんなことを言った。




 「どんな名医だって“始めて”があるんですよ。経験を積んで名医になるんです。もちろん、重症患者に新米を充てるようなことはしません。はっきり言わせて貰えば、あなたのように肥っていて、鈍感そうな人には、新人を充てますよ。あなただって、もし、医療現場のチーフなら、そうするはず。まあ、医療の発展のためさ…」



 「オイオイ、そうするとオレは新米先生の練習台なのかね?」


 何度もでっくわした新米先生の胃カメラ。今でもそのトラウマは消えない。(次回に続く)




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心電図の乱れ

 イレギュラーしていた。プリントされたその帯グラフの乱れが何を意味するのかも,すぐに分かった。ただならぬ事態を感じ、不安がよぎった。医師がパソコン画面で示してくれた私の心電図は、正常だった前回と比べものにならない程、乱れていたのである。


病院



 人間ドックで、一通りの検査を終えると、医師による説明がある。無邪気な子どもの頃、学期末に通信票を貰う時と同じように、ちょっぴり緊張する瞬間でもある。身長、体重、視力、聴力から始まって肝機能や肺機能、胃カメラの検診結果などがパソコンの画面に。


   

 基準値を逸脱した数値は赤字や黄色で表示され、説明を受けるこちら側にも一目瞭然。悪玉コレストロール、中性脂肪、内臓脂肪、脂肪肝…。黄色の注意信号。肥り過ぎが原因で、いつもここで引っかかる。反省をも込めて納得する結果でもある。


 「あれ?」


 心電図の結果。毎回見ている穏やかな波長のグラフと違って,今回は上下も何もかもバラバラ。一定のリズムで心臓が動いていない証拠である。恐らく隣にいた女房だって「おやっ?」と、気づいただろう。一瞬、何かの間違いではないかとすら思った。
病院2
 「これねえ、中性脂肪や内臓脂肪、脂肪肝などと一緒で、肥りすぎが原因。まず体重を落とす努力をするのはむろん、早急に治療をしなければ…。このままでは血栓が飛んで、脳梗塞や心筋梗塞を誘発しかねません」



 そう言う医師の顔が鬼にも仏にも見えた。


 「紹介状を書きますので、出来るだけ早く治療をしてください」


 脇にいた女房は,心配そうに


 「うちの主人、一年365日、お酒を飲まない日はないんです。お酒は悪いんでしょうね…」


 「お酒はカロリーが高いですからねえ…。タバコは止めた(問診票)ようですが,お酒も控えなければいけませんね」


ビール3_convert_20110125222709


 「お父さん、先生も仰っているでしょう。もう、お酒はダメですよ。絶対。まったく懲りないんだから…」


 人間ドックの最終は,保健婦による食生活指導。ドクターの検査説明と同じように一人一人個室に呼んで指導を受けるのである。こちらは若い保健婦さん。

病院2


 体重89・2㌔(身長173センチ)。当然のことながら、ここでも減量を促された。


 「減量は食生活の改善と運動しかありません。あなたの場合、心臓に欠陥がありますので、ハードな運動はいけません。食生活を工夫することです…」



 「ご飯の茶碗一杯が350カロリー,目玉焼きが…。ビールは缶一本でも140カロリー、お酒は一合○○カロリー…」


 ここでもお酒にブレーキが。「オレもボツボツ年貢の納め時か」。ふとそんな弱気が頭をよぎった。「酒なくてなんでこの世が…」。(次回に続く)


酒_convert_20120217095651


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ブログと庭先の小鳥(再)

 寒い。本当に寒い。それもその筈。二十四節気の一つ、大寒を過ぎたのだから無理もない。天気がいいので、外に出て、ちょっとは仕事をしなければと、頭では考えるのだが、それが億劫になる。この時期は、農閑期といっても田舎暮らしをしていれば仕事は山ほどある。むしろ、この時期にやらねばいけない植え込みや柿の木の剪定だってその一つだ。ほとんど燃やしてしまうのだが、剪定した枝などの始末もしなければならない。


枝


 イチョウ、カリン、杏、ざくろ・・・。みんな葉っぱを落として裸になっているが、徒長枝は伸び放題。ここで切り落としてやらないと、いい芽が出ないばかりか、そこからまた新しい芽が出て、植え込みがボウボーになってしまうのである。松やチャボヒバ、棕櫚、モミの木などの常緑樹だって同じことだ。


木


 柏の木のようにいつまでも枯葉を落とさず、見苦しいというか、無残な姿をさらけ出しているものもある。この柏の葉っぱは、やがて来る端午の節句で、あの柏餅を包む、おなじみのものだ。周囲の木々がみんな枯葉を落とし、春への準備をするのに、なぜかこれだけはなかなか葉っぱを落とさない。今日も空っ風に吹かれて、枯葉がカサカサ音を立てている。


柏餅


 「明日にしよう」と、そんな植え込みの剪定の先送りを決め込んで、パソコンに向かっていると、庭の植え込みに何羽もの小鳥が。「あっ、あれがメジロか」。いつも見せて頂く東京の「のりぴー」さんのブログを頭に浮かべた。早速、「のりぴー」さんのブログhttp://blog.goo.ne.jp/nori_peeを訪問。期待通り、今日も見事な小鳥の写真を掲載していた。




 定かなことは分からないが「のりぴー」さんは庭先にミカンやいくつかの餌を置いては、毎日やって来る小鳥をいたわり、望遠レンズでカメラに収めているのだろう。そのひとコマひとコマは実に爽やかで、生き生きしている。メジロもいればヒヨドリやシジュウカラ(四十雀)ジョウビタキも。小鳥というものは、その時々、こんなに豊かな表情を見せるものかと、感心させられたりもする。周囲の植え込みをも写してくれるから、その時の季節感も一緒に伝わってくる。先日は、梅数厘が花開いていた。山梨より東京の方が、春が早いのだろう。


四十雀


 この写真ブログには一口コメントもついている。それによると、小鳥にもはっきりとした力関係があるのだそうで、一見強そうなジョウビタキはメジロが来ると逃げる。シジュウカラはもっと弱いのだそうだ。「のりぴー」さんはカメラのレンズを通して、いつも小鳥達と会話しているから、その力関係や喜怒哀楽まで分かるのだろう。




 そんな事を考えながら、我が家の庭にくる小鳥達を見ていると、無知な自分なりに新たな発見が。「あっ、あれはメジロだ」「ジョウビタキ、シジュウカラもいる」。見慣れぬ小鳥がやってくる、とばかり思っていたら、結構ポピュラーなヤツもいる。.同じ関東の界隈。同じような小鳥が生息しているに決まっている。人間、ちょっと関心をもつか持たないかで普段見えないものも見えたりするから不思議。それにしてもブログとは便利なものだ。


ジョウビダキ


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人権相談のベル(再)

 JR甲府駅に程近いところにある甲府地方法務局の人権擁護委員室。応接用の机の奥にあるデスクの卓上電話が鳴った。時計の針は午前9時ちょっと過ぎを指していた。9時からの人権相談の受付を待っていたのだろう。


人権擁護委員


 「モシモシ、こちら人権相談室です。・・・」


 
 「よろしいでしょうか。私は、名前を申し上げられませんが、実は・・・・」



 ここから先の会話は、書くことは出来ないが、我が子のいじめをめぐる若いお母さんの相談だった。




 山梨県人権擁護委員会連合会が行なっている人権相談は、地域、つまり、市町村ごとの特設相談と、甲府地方法務局や、その出先機関に分かれて毎日開いている常設相談がある。特設相談は隔月、市町村の集会施設で開設していて、相談者はそれぞれの広報での告知を見てやってくる。


人権
人権イメージキャラクター 人KEN守る君



 法務大臣から委嘱を受けた人権擁護委員は、山梨県の場合は217人。市町村での特設相談では、それぞれの地域の委員が終日、会場に詰めて、手分けで相談に応じる。法務局とその出先に分かれての常設相談月曜日から金曜日の午前9時~午後4時まで一人づつ交代で詰めては相談に応ずるのだ。


人権2
人KEN歩みちゃん

 いずれも、いわゆる手弁当のボランテア。私は委嘱を受けて5年だが、この制度の歴史は長い。どの委員もこのボランテアに真剣に、しかも積極的に携わっている。年二回ずつ開いている研修会にもこぞって参加、半日、みっちり勉強する。その運営もとかくありがちな役所任せではなく、自主運営である。私の場合、2年前から県連の事務局長を仰せつかっているが、結構、忙しい。盆暗の私を支えてくれている局次長や総括は、もっと忙しい。頭が下がる思いがするのだ。


本棚


 日常のあらゆる事務も自らの事務局を作って処理するし、編集委員を出して年に何回か、機関紙も発行している。A4版の2ページだが、その名は「結い」(YUI)。題字下には、こんな言葉が。



 「結い、とは田植えなどの時の助け合いのこと。土臭く、温かい言葉です」



 文字通り助け合いであり、思いやりがコンセプトだ。人権擁護活動のひとコマひとコマを柔らかく紹介しているのだが、この中には217人の委員が交代で投稿する一言欄も。ある号では富士吉田市の委員が同市のグループが開いている「人権教室」を紹介していた。




 甲府地方法務局などの常設会場には相談専用の電話が設けられていて、特に子どもには「子ども人権110番」が、またご婦人には「女性の人権ホットライン」が。電話に限らず、そこに出向いてくる相談者も多い。さまざまなケースのいじめ、家庭内暴力、夫婦間や近隣同士のトラブル、虐待、セクハラやストーカー行為、さらにはプライバシーの侵害や名誉毀損に至るまで、そのケースはさまざま。




 一見、何事もないように過ぎていく日常の社会の中で、人権侵害事案はいっぱい起きている。人々の生活が高度化したり、社会の機能が進歩すればするほど、こうした事案が増大する。なんとも皮肉な話だ。




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姿を消した雀(再)

 あのたちはどこに行ったのだろう。勤めていた会社を定年で辞め、山梨市の田舎に戻って6年半。春夏秋冬、一年を通して、ほとんどと言っていいほど雀を見かけない。寒くて外に出るのが嫌なものだから、こうしてパソコンを叩きながら、ふと顔を上げ、窓越しの庭や植え込みに眼をやっても、そこにやって来ているのは、見知らぬ鳥ばかり。


鳥



 ざっと40年。今の田舎暮らしから見れば都市部での生活といっていいサラリーマン時代の日常で、雀はおろか小鳥そのものを見たこともなかった。正確に言えば、見るゆとりもなく、慌しく過ごしてしまったと言った方がいい。しかし、≪毎日が日曜日≫となった今、周囲がよく見えるようになった。


景色


 リフォームして家は少し変わったものの、窓越しに見える庭も植え込みも子供の頃とほとんど変わっていない。のっぺりした幹の百日紅も大きな梅の老木も、また金木犀や銀木犀、五葉の松や椿、カリン、柏、石榴、杏、石楠花、キョウチクトウ、南天、くちなし・・。みんな昔のままだ。ところが、そこに来る小鳥はガラリと変わっているのに気づいた。


百日紅



 雀の三倍もありそうなカラフルな鳥もいれば、これも大きく、長い尾をピクピクさせながら、いつも番(つがい)でやってくる小鳥もいる。植え込みの向こうを走る電線に、群れを成して飛んできては一列に規則正しく停まる鳥たちも雀ではない。




 かつて、雀は田舎ののどかな風景のひとコマであった。この時期、子供たちは陽だまりに遊ぶ雀を捕まえようと、笊(ざる)の端を棒で支え、その下に米粒をまいて仕掛けを作り、隠れて紐をひいては遊んだ。朝は雀の鳴き声で目を覚ました。春先の産卵期ともなればわんぱく小僧は高い屋根に上って雀の巣を獲った。雀が巣を作るのは軒先。無邪気にも、瓦を剥がして獲るものだから親父にこっぴどく叱られたものだ。


スズメ2


 「親方、少しは雀の巣、ありますかねえ」


 「ねえねえ。わしら、こうして屋根の葺き替えも沢山やらせてもらうが、最近、雀の巣なんて見たことがねえですよ」



 我が家では、数年前の夏、築80数年の母屋と、それよりもっと古い四つの蔵、そして二つの物置の屋根を思い切って葺き替えた。親方以下、3~4人の屋根職人が二カ月がかりの工事だった。クレーン車など重機を使っての作業だから、ひと頃よりは楽だろうが、高い屋根の上を軽業師のように飛び回る職人さんたちを見て、さすが、と思った。子供の頃が懐かしい。


屋根修理


 「どうして、雀がいなくなっちまったんですかねえ」



 「分からねえねえ。多分で言っちゃあいけねえが、餌が減ってしまったことが原因じゃねえですかねえ。それと、見慣れぬ鳥は地球温暖化というヤツのせいじゃあ・・・」


スズメ


 そうかも知れない。米麦中心の農業形態から葡萄、桃、サクランボなど果樹地帯に姿を変えたこの地方は穀物が一粒もなくなった。消毒するから虫も少なくなった。雀たちにとっては住みにくい世の中になったのだろう。変わって登場した野鳥は逞しい。柿も食べれば葡萄も食べる。サクランボなんか、うかうかしていたら、丸裸にされてしまう。




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スクラップと日々の情報(再)

 「俺ねえ、先生のお宅にお迎えにいったんですよ。そうしたら、部屋の中は新聞の切抜きでいっぱい。足の踏み場もないほど。それはすごいもんです」


新聞



 同級会で一言ずつしゃべった仲間の一人が80歳近くになる恩師を前に、その近況を垣間見る話をした。私たちと一回りも歳が違うが、見た目も、言動もお若い。しかし、一昨年、奥様をお失くしになって、やもめ暮らし。「足の踏み場もない」の何気ない一言は、年老いた男一人の生活ぶりを見事に表現していた。それはそれとして、山ほどの新聞の切抜きである。歳を感じさせないほどお若い、この先生の秘訣は、ここにあるような気がした。

おじいさん

 毎日の新聞を読んだ後、気づいた記事を切り抜いては、情報と知識の整理をなさっているのだろう。恐らく、今日や昨日始めたものではないだろうから、山にもなるはず。私のかつての職場の大先輩にもこの先生と同じような方がいた。周囲が「切抜きさん」とか「鋏さん」と、あだ名するほど毎日、新聞の切抜きをしていた。


はさみ


 そんな方だから、家の中は、その切抜きの山。ズボラな私なんか、この大量のスクラップをどのように整理し、どう活用するのだろうと、大きなお世話かもしれないが心配すらしたほどだ。そういう自分だって、若い頃、同じ事をしたことがある。ただ、このお二人とまったく違うのは、仕事上の必然があった時だけで、それがなくなってしまえば、ハイさようならである。





 確かに、スクラップは、いざという時、便利だし、そうすることによって頭の中にも残るからいい。しかし、最近のように情報のデジタル化というか、データベース化が進んで来ると、このスクラップするという行為がなんとも前近代的に見えてしまうのである。こうしてパソコンを叩いていても、分からないことに出っくわしたり、かつて新聞に紹介された記事を見ようと思えば、インターネットに接続すれば即座に見れる。大抵の新聞社はそのサービスをしてくれている。スクラップなどしなくてもいいように縮刷版も出していてくれたものだが、こちらは、さすがにあまりお目にかからなくなった。


インターネット



 私たちの情報に対する日常が知らず知らずのうちに変わってしまっていることに気づく。スクラップするという行為が示すように、私たちは情報というものを≪蓄積する≫と言う概念を持っていた。しかし、いつの間にか≪消費する≫に変わった。考えてみれば、使い捨てでいいのかもしれない。




 ただ、知識だけは確実に違う。使い捨てにはしないはずだ。ところが、インターネットなどで検索した知識は、どうしてもその場限りになりがち。私だけかも知れないが、例えば、漢字や、その意味にしても辞書を引いて調べたものは案外記憶に残る。つまり、スクラップするという行為、大げさだが、苦労が記憶を促すのだ。



 「おじさん、すぐ忘れるのって、それ歳のせいだよ」。そう言われれば、返す言葉のすべもない。まだボケは来ていないと思っているが、アナログ人間の自覚だけはある。インターネットを駆使して、どんな情報も知識も集めてしまう若い方々が羨ましい。





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消え往く手書き文字

お正月_convert_20110121204847


 松の内が去ったと思ったら、あっ、という間に十四日正月も。一年中でも正月は時が過ぎるのが一番早いような気がする。親しい友や親戚、知人からの年賀状も、もう色あせたような感じがする。年賀状の束は、その顔ぶれを一部変えて、また今年の暮れまで引き出しに入る運命なのである。




 引き出しで眠らせる前、もう一度、目を通すこの年賀状。今、改めて見ても、なんと味気ないものか。みんな、申し合わせたように活字で宛先や名前が打たれ、裏返して本文を見ても印刷の活字。その内容も、似たり、依ったりで、ほとんど同じだ。


パソコン加工



 パソコン普及の功罪はこんなところにもある。パソコンが身近になかった時分は、もちろん、みんな手書きだった。自分もそうだが、字の下手くそな人もいれば、びっくりするほど上手な人もいる。大きな字を書く人や縮こまったような字の人も。また、文章が上手だったり、そうでない人も。




 つまり、みんな個性があったその字が家族の団欒の話題になったり、贈り手の心の温もりを伝えた。一人一人の顔や生活ぶりまでが目に浮かんだ。年賀状一枚一枚に血が通っていた。ところがどうだ。今のパソコン年賀状は大なり、小なり、みんな同じだから味もそっぺもない。決まり文句の本文なんか読むまでもないし、言ってみれば、どなたからの年賀状であるかを確認するに過ぎない。ちょっと言い過ぎだろうか。




 パソコンのソフトメーカーも、こうした声を反映しているのだろう。毛筆に似た字体のソフトを改良したりしているのだが、所詮は作り物。人の心や感情を活字に映し出すことは叶うまい。第一、みんな平均的で、上手過ぎるからいけないのだ。機械が書いた字が人の心を表せる筈がないし、掴める筈もない。





 私は勤めの現役時代、その職責柄、山梨県のいくつかの書道会の新年会や表彰式に招かれた。その名の通り、書家たちの集まりだから、当然のことながら、年賀状はもちろんのこと、日常の手紙も直筆でお書きになるだろう。現に、頂く年賀状はみんな個性豊かな毛筆だ。自分も、こんな字が書けたらと、つくずく思う。

習字

 挨拶をせよ、というので、その都度、私はこんなことを言わせて頂いた。



 「私の年賀状の95㌫以上はパソコンなど印刷文字。どうか自筆の文字を大切にし、それを書くことを教え、育み続けてほしい。そうしないと、日本人が日本人でありながら日本の文字を書くことを知らず知らずのうちに忘れてしまう。そんな気がしてならないのです。先生方はどうお考えになりますか」




 確かにパソコンはいい。この年賀状一つ例にとっても、原稿さえ作れば、備え付けのプリンターで大量に印刷が出来、宛名書きだって、そのソフトさえ組めば自動的にやってくれる。作業に要する時間だって、大幅に短縮できる。




 でも、それだけでいいのだろうか。こんなことに頼っていたら早晩、年賀状の習慣は廃れていくに違いない。現に、若者達はその通信がパンクするほどメール志向に走っている。




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銀世界と葡萄農家

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 この冬、はじめて雪らしいが降った。甲府盆地は一面に雪化粧。野も山も、庭の植え込みや畑も。我が家は、ちょっと高台にあるので、ご近所の家々の屋根が下に見える。真っ白になった屋根の直線と,その前衛を担う木々の曲線のコントラストがまたいい。すっかり葉を落とした木々の枝や幹だけが黒く浮かび上がって、まさに絵になる光景だ。




 間もなく正午。夜半からの雪はまだ降り続いている。積雪はもう10㎝を超しただろうか。大雪だ。テレビ、ラジオもトップニュースで。気象台は大雪警報を出し、山梨市の防災無線は,交通事故防止を促し、葡萄園などでの雪落としを呼びかけた。


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 「お父さん、“牡丹雪”に変わったわよ。ボツボツ止むんじゃない」


 窓越しに,降りしきる雪を見ながら女房はそんなことを言った。でも、天気予報ではこの雪、夕方まで降り続くという。




 牡丹雪とは,大きな雪片となって降る雪が牡丹の花びらのように見えることからそう呼ぶのだが、女房が言うように,この辺りでは、なぜか牡丹雪に変わると雪が止む前兆のように言った。


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 そんなことを言っているうちに,それまでの牡丹雪はサラサラとした小粒の雪に。木々の枝に積もった雪は時折、枝をブル~ンと揺らして地面に落ちる。サラサラと言ってもこの辺りに降る雪はかなり水分を含んでいて重い。枝の太さにもよるが、ある程度の雪を乗せると、身震いするように雪を落とすのである。




 甲府盆地の東部に当たるこの地方は果樹地帯。桃園は少なく、葡萄が主力。もう10年ぐらい前になるだろうか。60センチを超す積雪を記録。「60年ぶりの大雪」と大騒ぎした。交通や物流に大混乱をきたしたばかりでなく、葡萄棚が倒壊、大きな被害を受けた。


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 雪の重みで棚を潰されたのである。都会にお住まいの方々にはお分かりにならないかも知れないが、葡萄は棚一面にツルを伸ばし、房を着ける。栽培農家は収穫後の冬の時期に、そのツルを落とす。いわゆる剪定をして,新たな芽吹きを待つのだ。棚は無駄なツルをなくし、基幹となる枝だけに間引きされるのである。


葡萄畑1
葡萄棚

 

 葡萄棚の倒壊を招いたのは,その剪定作業が遅れた農家。葡萄農家は、その苦い経験を身に染みて知っている。10年ぐらい前も今日と同じ時期であった。確か成人式を前後した頃だったと記憶している。剪定の時期は,余り急がない方がいい、という技術指導もある。厳寒の中で剪定によって木を傷めるのはむろん、傷口を寒さにさらさない方がいいという考え。でも、雪による棚の倒壊の方がもっと怖い。


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 胆に命じた大雪被害も10年は一昔前。のど元過ぎれば…。未剪定の農家も多く、この日は朝から家族総出で葡萄園に出て雪落とし作業に大わらわ。そんな苦労や豪雪地帯の方々には申し訳ないが、雪景色とはいいものだ。この歳になっても心が浮き浮きする。「雪やこんこん、霰やこんこん…♪」。童心に返る。一面の銀世界はいつ見てもいい。でも後が…。そこが豪雪地帯と違うところ。残雪が見苦しいのだ。シャーペット状になって…。




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小正月の道祖神祭り

 「十四日祭礼、お祝い申~せ」
 「家内安全、お祝い申~せ」


 ひと頃より、少しは日が長くなったとはいえ、まだまだ暗くなるのが早い。この夕暮れを待って、子供たちは今年も可愛らしい声を夜空に響かせながら、地域の家々を廻った。みんな手に手に灯篭を提げ、その後ろを育成会のお父さんやお母さん、それに交通安全協会の役員さんが見守っている。


道祖神お札



 十四日正月、つまり小正月、この地域に伝わる道祖神祭りのひとコマである。道祖神祭りの風習というか行事は、地域によって、みんな違うのだろうが、この地域では毎年、1月13日の夜、「きっかんじ」といって灯篭を担いで家々を廻り、五穀豊穣家内安全無病息災を祈った。




 この時ばかりは子供たちが主役。子供たちは七日正月が過ぎたところで、家々の松飾りや正月飾りを集めて道祖神場に「オコヤ」と呼ばれる小屋を作り、道祖神を祭るのである。今は生活改善や自然保護のため、松飾りをせずに、紙の代用品の松飾りになってしまったので、子供たちはこの「オコヤ」作りの素材集めに苦労しているらしい。米作農業から果樹農業に完全に転換されてしまったから、松ばかりか藁も手に入らない。



道祖神1



 昔のことを言ったら笑われるかも知れない。でも私たちが子供の頃、考えてみたらもう50年も前のことだが、その時分は大きな「オコヤ」を作った。東北地方の冬の風物詩でもあるあの「かまくら」にも似て、子供たちはその「オコヤ」でモチを焼いたり、みかんを食べたりして遊んだ。悪ガキ達が集まる夜のコミュニケーションの場でもあったのである。
 


道祖神2



 灯篭も縦5~60cm、横4~50cmもある立方体の骨組みを作って、障子紙を張り、色とりどりのリボンや造花で飾った。灯篭の四面には「家内安全」「五穀豊穣」「無病息災」などのことばを書き込み、デスプレイするのである。子供たちはそれをいかにカラフルに、豪華にするかを競ったりもした。


道祖神


 しかし、半世紀の時はさまざまな面で変化をもたらした。この灯篭一つ例にとっても、子供たちの手作りではなく、みんな親が作ったか、専門家が作ったもの。そのスタイルも竹竿の先に固定して担ぐのではなく、形をぐ~ん、と小さくして、手にぶら下げる方式に変わった。子供たちは「団子食うべし、虫歯の薬、お祝い、申~せ」といった言葉を今も引き継いでいるのだが、その意味すら分かっているかどうか。米、麦、粟・・・。「五穀豊穣」の五穀も見たくても見ることが出来ない。


どんど焼き


 五穀は桃や葡萄、サクランボに置き換えればいい。しかし、肝心なのは祭りを担う?子供たちが激減してしまったことだ。その一方で、過保護のお父さん、お母さんだけはどんどん増えている。「きっかんじ」の行事も、へたをすれば一人っ子に二親が付き添って廻るのだから、子供の数より大人の方が多いのである。子供たちはほとんど親掛かり。育成会のリーダーがちょっと手を抜けば、この伝統行事もあっという間に消滅しかねない。




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寒さの今昔

冬 氷 つらら 景色_convert_20130112112258


 この冬は、やけに寒い。歳のせいだろうか。


 「お父さん、歳のせいなんかじゃあありませんよ。やっぱり、この冬は寒いんですよ」
朝起きて、また、炬燵でご飯を食べながら女房と、よくこんな話をする。居間にあるデジタルの時計に併設された温度表示は5度(摂氏)を示していた。午前7時である。



冬 氷 寒さ 葉_convert_20130112114449



 現役時代の甲府の住まいを引き払い、山梨市の実家に戻って、リフォームした今の居間。冷暖房の設備もあるのだが、夏の冷房も含めてほとんど使わない。なぜかって?「このくらいの寒さで…」、「このくらいの暑さで…」。強がりと言ってもいい、たわいもない意地のようなものである。



 庭の植え込みの向こうに望む富士山が、いかにも寒そうに冷たく光っている。天気はいい。放射冷却現象というのだろう。たまたま居間のテレビが伝える山梨県地方(甲府)のこの日の最低気温は氷点下2度。「そのくらいの温度で…」。東北や北陸、北海道にお住まいの方からは、笑われるかも知れないが、この辺りに住む人間にしてみれば、“厳寒”とも言っていいのである。寒さに対する“訓練”がされていないのだ。
 

冬 氷 つらら 寒さ 木_convert_20130112114841


 上州・群馬県も同じだが、山梨県も「甲州名物、かかあ天下に空っ風」と言われるように冬場、風が強い。「かかあ天下」は後に触れることにして、空っ風と呼ばれる冬場の強い風は、内陸地方特有の冷たい風なのである。乾燥した空っ風は人間の体感温度を大きく下げるのだ。




 習慣とか環境というものはある意味、恐ろしい。例えば山梨県地方、特に甲府盆地は、夏は蒸し暑く、冬は雪が少ない。もちろん雪も何度か降るのだが、積雪量は数㎝。10センチを超えることは珍しい。10年ぐらい前だっただろうか。60センチぐらいの雪が降り、「60年ぶりの大雪」と、大騒ぎした。交通は大混乱。その影響は物流や地域経済にまで波及した。本当なんです。


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 「私たちが子どもの頃は、もっと寒かったわよね」


 女房が言うように確かに昔はもっと寒かった。それが証拠に、周りの池という池ばかりでなく山中湖や河口湖など富士五湖も全面結氷し、スケート客やワカサギ釣りの家族ずれを集めた。秋の収穫を終えた田んぼに水を張れば、子供達のスケートリンクになった。おかげで運動神経が鈍い私のような者でも今も遜色なく滑ることが出来る。


冬景色_convert_20120201135048


 昔の寒さを象徴する事象はまだある。台所の釜のメシが凍った。若い方々や年配者でも都会にお住まいの方々は、もちろん経験されないだろうが、山梨市の片田舎であるこの辺りでは冬場、釜のメシばかりでなく、料理のきんぴらゴボウや油を使った炒め物まで凍り付いた。台所だから、もちろん家の中である。


冬 氷 景色_convert_20130112112726

 今のように電気炊飯器があるわけではない。保温のシステムもないし、“チン”するレンジもない。おふくろは、また、かまどで薪を焚いて再料理するのである。地球の温暖化はジワジワと進む。その一方で人間は「寒い、寒い」と、その時々に反応するだけなのだ。




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同級会と校歌

日川高校



 流行歌であろうが,何であろうがは人の心の内に棲み着き、想い出を呼び起こす不思議な魔力を持っている。楽しかった時。苦しかった時。ラジオやテレビから流れていた,あの歌。この歌。街角で聴いた歌もある。学生時代だった。大晦日を明日に控えた暮れの30日。さあ山梨の田舎に帰ろう。昭和30年代の半ば過ぎ。確か大学の一年坊主だった。




 大学に程近い所にある、とあるチョコレートメーカーでのアルバイトを終え、茶封筒のアルバイト料をポケットに押しこみ、街角に出た時だった。そこには橋幸夫と吉永小百合のディュエット曲「いつでも夢を」が。ラジオは,その年の「日本レコード大賞」を発表していいたのである。そのグランプリ曲だ。


いつでも夢を_convert_20130110112404



 親元を離れ、東京の安下宿で生活する貧乏学生。当時、田舎の親からの月々の仕送りは確か2万円。生活して行くのにやっとだった。だからアルバイトは当たり前。その夜も寒い晦日であった。国鉄(現JR)中央線の最終列車に乗って帰郷するのだ。今のように電化されていないので、蒸気機関車。もちろん特急「あずさ」もない。鈍行である。




 街角のラジオから流れて来た「いつでも夢を」。なぜか寒さも、それまでのアルバイトの疲れも一瞬に吹っ飛んだ。橋幸夫、吉永小百合。同世代の人間が歌っているのも共感の理由かも知れないが、歌詞がいい。メロディーがいい。「そうだ。いつでも夢をだ」。そんなことを思った。




 それから50年。毎年恒例の高校(日川)時代の同級生の新年会。1月2日。「天地の正気 甲南に…」。宴の最後にいつもの校歌を歌いながら、過ぎし昔を思い浮かべた。それほど勉強した訳でもなければ,それほど悪ガキでもなかった平凡な3年間だったが、なぜか懐かしい。校歌は、その一コマ、一コマを呼び起こしてくれるのである。


天地の生気
(故)松村文一(瑞山)氏(旧中39卒)
遺墨 日川高等学校校歌



 毎年、この新年会で校歌の指揮を執るのは日沢優氏。高校時代は音楽部のリーダー。今は日銀を退職して天下り? そんなことはどっちでもいいのだが、この男がタクトを取ると、それぞれに懐かしい想い出が。それが証拠に古希・70歳にもなったおじさん達が神妙な顔つき、と言うより青春時代にタイムスリップして力いっぱい歌っているのだ。


 
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 「フレー、フレー 日川」。最後の締めは応援団宜しく威勢のいい気勢を上げる。その指揮も決まっていて元特定郵便局長の松本良一氏。この男、私と同じで、根っからの「日川バカ」。自らの学舎(まなびや)に愛着を持っていて、それは半端ではない。例えば、春、夏の高校野球県大会では、母校の試合には球場に足を運ぶ。応援もさることながら、スタンドで学生達と歌う校歌に限りない充足感を覚えているらしい。


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 学舎への愛着?母校愛? 本人にただしたことはないので分からないが、きっと校歌や野球の応援スタンドに自らの青春をオーバーラップ、元気を呼び起こしているのかも知れない。ただ一ついえるのは,校歌は流行歌と違って、その学舎で生活を共にした者だけのもの。こんな記事も同じ学舎を巣立った者しか分からないし、ましてや関係ない。でも、須く人には学舎がある。そこには,それぞれの校歌があり、それぞれの青春がある。


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古希のメッセージ

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 「古希を祝う会」と銘打った高校時代の仲間達の新年会で、恩師先生の長~いご挨拶・ご高説をお聞きした後は、どっちでもいい同級生たちの1分間スピーチ。どっちでもいい、と言ったら叱られるかも知れないが、この新年会に集まる顔ぶれは、なぜか毎年多くは変わらない。「近況」だってそれほど変わるわけがない。


酒



 「オレねえ~、幹事さんがこの日のために企画した古希の資料作りに協力して先生のお宅にお伺いしたんだよ。そうしたら先生、原稿用紙に綴った10枚を手渡し、『あと10枚は書く。もう一度取りに来てくれ』と仰るんだよ。オレ、先生に申し上げたんだ。『これはねえ、古希を迎えた仲間達の近況集へ寄せていただく恩師の一言。本を作るんじゃあないんですよ』、と」




 茂手木氏が言う「近況集」とは、この「古希を祝う会」の案内通知の返信欄に記された「一言メッセージ」と、幹事さんが恩師と何人かの仲間達に書かせた「寄稿文」。A4サイズ17ページにまとめた、ちょっとした冊子だ。最初に二人の幹事さんの挨拶があって、母校(日川高校)の写真をあしらった校歌や応援歌(その一、その二)。その後に恩師と仲間達のメッセージが続くのである。在京グループの仲間の一人、高野泰賢氏が作った「古希の記念誌」に刺激され、萩原直樹氏が手がけた。



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 その中身は、やっぱり“古希”。お孫さんとの語らい、健康作りや、それへの不安…。「体力の衰えを痛感」する仲間も。ほとんどが、それぞれの“現役”を去って世に言う「第二の人生」。官民を問わず、サラリーマンから身を転じ、実家の百姓に取り組む者もいれば、その真似事を楽しむ者も。中には「料理教室に通い始めた」というユニーク?な男も。


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 この男は芦澤邦秀氏と言って医療機器メーカーを脱サラして、自ら関連の企業を興し、今は社長を退いて会長職。山登りが好きで、今でも山梨百名山の踏破に余念がない。“第二の人生”にちょっと遅れたのは大学で教鞭を執っていた人たち。「この春、やっと定年を迎えます」(天野義文、雨宮輝也氏)。大学の退官年齢は70歳。




 「人は歳を取ると“我”が強くなるもの。『自分は正しい、争いの根はそこにある』。この言葉を忘れずに残りの人生を送りたいものだ」。赤松弘和氏はいかにも僧侶らしい。石田功氏は「何となく70歳になってしまいました。これと言った実績を歴史に残すこともなく…」と大方の人たちを代弁。集いには欠席だが、田村俊夫氏のこんなメッセージも。



 「毎月1回、JR船橋駅近くのホテルで、同期の皆さん(在京)と昼食懇談会を開いています。10人前後が参加し、活発な議論もあって、あっという間に時間が過ぎます。始めてからほぼ10年、皆さん元気で頑張っています」


日川高校2


 みんな歳を取った。52年前の卒業アルバムの写真がウソのようだ。時の経つのは早い。健康がいい。元気がいい。みんなが仲良くお酒を酌み交わすのがいい。(次回に続く)



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長~いご高説

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 「人生七十古来稀」(杜甫の詩「曲江」の結句)


 やっぱり恩師先生のご高説は「古希」だった。毎年1月2日、母校(日川高校)正門前の寿司屋さんで開く新年会で、挨拶するのは長坂昭雄氏といって、かつては国語の先生。「オレは生きている限りお前らの新年会には出て来る」。そう言って憚らない恩師先生だ。挨拶では決まってその年の干支を講釈してくれる。




 その教え子、つまり私たちは70歳の古希を迎えた。恩師先生の今回のご高説は、当然のことながらいつもの干支ではない。「70歳と言えば『古希』、『従心』などという言葉がある」と前置きしながら杜甫の「曲江」と題する七言絶句(四行詩)の講釈を。




 学校の教室宜しく“講義”は延々と。その前には先輩格の先生のご挨拶が。こちらは馬淵和喜氏といって剣道錬師七段の武闘派。米寿。玉砕寸前で死を免れ、シベリア抑留を体験した戦争下の青春時代を語った。幹部候補生として戦地の最前線にいた若き将校の体験談は興味深いし、古希のご高説も面白い。でも、目の前には美味しそうなご馳走や冷たいビール、程よく燗がついたお酒が…。もうお一人のご挨拶があることは、ご存じなのだが恩師先生のボルテージは上がっていく。「この詩作は杜甫が40歳の時の…」。




 古希を迎えたと言っても居並ぶ面々も恩師先生の前では“生徒”。でも、悪ガキどもの本領がムクムクと。「もういいよ」、「まだ、もう一人いるんだぞ」。あっちでこそこそ、こっちでこそこそ。そんなことはお構いなし。80歳を超した恩師先生。若者達が言う「KY」などという言葉はおよそ無縁のよう。口の悪い悪ガキは「先生(の職にあった人)は教え子がいくつになっても“先生”のままでいるのさ」。




 流石に3人目の先生は、その場の空気を悟って「私もお話ししたいことはいっぱいありますが」と、極めて簡潔に。それでもお三方のご挨拶は、ざっと1時間。さて「やっとお酒が飲めるぞ」と思いきや、今度は幹事さん。「乾杯してからでは、話を聞いてもらえませんので、ここで出席の皆さんから一分スピーチを」。「おいおい、まだやるのかね」。この日の出席者は30人を超していた。一人1分で済むわけがないから、また1時間ぐらいは…。目の前のお酒は、お預け。今年の幹事さんのチーフは女性。かつては高校教師だった。


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 3人目の先生は深沢孟雄氏といって、若いときにはサッカーの名選手。高校時代は日川の山梨県制覇に一役買い、全国大会へ。教育大(現筑波)でも活躍。後に母校の校長も務めた。サッカーj1に復帰を果たした「ヴァンフォーレ甲府」の育ての親でもある。年齢的には、お三方の中で一番下。


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 といっても私たちとは丁度10歳違う。その深沢先生。後にお酒を酌み交わしながら「オレねえ、サッカーの話をしたかったんだよ。でも、長い話をしたらみんなに悪いもんな」。当時の強豪・韮崎を1-0で破るのだが、その1点は深沢のゴール。韮崎高はサッカーの名門。あの中田英寿を輩出した高校だ。当時は、現在の国立競技場(東京)がなかったので、全国大会は、大阪の花園だったという。(次回に続く)



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お歳暮の蟹と大吟醸

 「お父さん、○○さんからお歳暮が届きましたよ」

 「いつも悪いよなあ。今年はお前と一緒に作った枯露柿、送ってやるか」


枯露柿


 東京に住む親しい友人から今年も大きなタラバガニが届いた。私が蟹大好き人間と知っていてこの人は毎年、蟹を送ってくれるのである。もう何年になるだろうか。その度に、夜が早いこの時期、早めの晩酌をしながら、じっくり頂くのだ。保冷技術もよく、しかも前日発送された物は翌日の午前中に届いてしまうのだから、鮮度も抜群。旨い。勢い、お酒も進む。


タラバガニ


 蟹好きの私は、女房が笑うほど上手に、しかも綺麗に食べるのである。足も本体も、そして最後はミソも合わせて甲羅酒。これがまたいい。つまり、みんな、しっかり頂いてしまうのだ。




 蟹といえば、私には忘れられない味がある。もう35年ほど前になるが、当時の総理府の外郭団体に「北方領土対策協議会」というのがあって、その案内で北海道・根室の納沙布岬に行ったことがある。確か引揚者対策の施設だったと記憶しているが、根室の市長もお出でになって懇談した折、ご馳走になったタラバガニである。




 何月だったか覚えていないが、とにかくコートの襟を立てるほど寒い時期だった。蟹とはこんなに旨いものかと思うほど美味しかった。市長ら地元の人たちのダイナミックな食べっぷり。「今が旬」と話していた。産地だから獲り立ての蟹だったのだろう。旨いはずだ。寒さも、味に彩を添えたのだろう。お歳暮に蟹を頂く度に、根室を思い出す。


お歳暮


 当たり前だが、このお歳暮、その人の住む環境や立場によって意味合いや心も変わるもの。例えば、会社勤めの現役時代がいい例だ。お中元も含めて、お歳暮のやり取りの多くはそのときの立場やポジションによって行き来する。もちろん、心がないわけではないが、多くは義理である。部下から送られてくるものもあるし、取引先の会社から機械的に送られてくるものもある。いわゆる儀礼なのだ。




 それが証拠に、会社を辞めれば、潮が引くようにそれがなくなっていく。職場を去って3年。その儀礼的なお中元、お歳暮はほとんど全部と言っていいほどなくなった。その代わり、残ったお歳暮のやり取り、新たに生まれるやり取りは、みんな心が通ったものばかり。親しい友だから、お互いが好みまで知っている。だから、お中元とかお歳暮の時期に拘らずに旬に合わせたり、旅先からも送ったり、送られたりする。




 つい先日は広島から「賀茂泉」というお酒の大吟醸が送られてきた。家族ぐるみでお付き合いさせて頂いている女房の学生時代の友達で大方さんというご夫妻。昨年、広島にお邪魔した折、ご馳走になったそのお酒が「美味しい」と言ったら、折に触れては送ってくれるのである。お世辞抜きで、このお酒が旨いのだ。「賀茂泉」の社長が聞けば涙を流して喜ぶかも知れない。

賀茂泉


 意気投合したこのご主人は、まったくの下戸。こちらからは毎秋、葡萄をお送りする。喜んでくれるその顔がまた嬉しい。とにかく、今夜は蟹と「賀茂泉」で乾杯だ。




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紙の門松

 慣れとか、習慣とは恐ろしいものだ。玄関先に飾る門松(松飾)が簡易式の紙になってもう何年、いや何十年になるのだろう。大きな紙に刷り込まれた松竹梅の門松に少しも違和感がなくなった。「な~んだ。紙か」と言った頃がウソみたいだ。


賀正ポスター


 私たちの地域では区で全世帯の(紙の)門松を一括購入、組長がそれぞれの組の世帯にお届けするのである。昨夜は公会堂で区の役員会を開き、この門松の配布はもちろん、年末、年始の諸行事について打ち合わせた。




 年末、年始の行事のメーンは、なんと言っても新年拝賀式と互礼会。全戸の代表が集まって、地域の氏神様に参拝、その年の地域とそこに住む人達の安泰を祈願し、一年をスタートさせる行事だ。そのために、区の役員が総出で、氏神様へのしめ縄飾りや、その周辺の清掃はもちろん、拝賀式の後、区民がお神酒を交わす公会堂の大掃除もする。




 こちらは女房達の役目。それぞれの家庭で行う大掃除と同じように区民の拠り所になって来た公会堂の一年の垢を洗い落とすのである。毎年その日は30日を充てている。しめ縄や門松など正月飾りは31日の大晦日や29日にもしない。31日の飾りつけは「一夜松」といって昔から嫌ってきた。縁起担ぎなのだが、29日の場合も同じ。こちらは「九」「苦」で、大掃除もしない。もちろん「九餅」「苦餅」といって餅つきもしない。


門松


 松竹梅の門松が絵入りの門松に変わって久しい。かつて、この門松はクリスマスツリーのモミの木と共に、その調達は子供たちの年末行事の一つだった。ちょうど冬休みになったばかりの子供たちは、当たり前のように近くの山に入り、松を取って来るのである。もちろん、子供ながらにも、小さな松を根元から切って来るようなことはしなかった。松の木によじ登り、手頃な枝を切り落として来るのである。




 子供たちは誰に教わるともなく、山を大事にすることを知っていた。今のように、自然保護がうるさく問われたり、第一、そんな言葉が無かった時代である。山は人々の生活の一部だったからだ。山の木は、今の電気やガスに匹敵する燃料、つまり薪であり、その落ち葉は田んぼや畑の有機肥料だった。




 そのことを大人たちはむろん、子供たちも知っているから無茶な伐採はしなかった。むしろ、年に一度の門松採りやクリスマスツリーとなるモミの木採りは格好の枝払いであり、下刈りでもあった。しかし、都会の人達には自然破壊に写ったに違いない。特に、教条的ともいえる自然保護団体にかかったらどうにもならなかったのだろう。


屋台2


 確かにむやみに切ったら自然の破壊だ。だが、間伐と伐採は違う。門松採りはともかく、人々の生活環境の変化は、山の無視を加速させた。松はもちろん、杉やヒノキに至るまで、やらなければならないはずの枝払いや下刈りもしなくなった。お陰で、山という山がいたる所で荒れ放題。そのツケは花粉症惹起の要因にもなっているという。


お飾り


 女房が「九」を避けて早いうちに組の各戸に紙の門松を配り歩いた。クリスマスが済んでつかの間、今度は街角に松飾りやしめ縄飾りの屋台がお目見えした。いよいよお正月だ。




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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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