パソコンに向かっている時間(再)

 机に向かっている時間、正確にはパソコンに向かっている時間と言うべきなのだろうが、そんな時間が長くなった。


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 「お父さん、子どもの頃から、これほど熱心に机に向かえば、さぞかし、今頃は博士か大臣か、でしょうね」


 近くでわたしの晩酌の後片付けをしていた女房が、皮肉混じりにこんな軽口を叩いた。



 「お前、俺の子どもの頃なんてよく分かるじゃあないか」



 「分かるわよ。もう40年以上も夫婦、やっているんですもの。お父さんがそんなに勉強しなかったことぐらいお見通しよ」


マウス


 確かにそうだ。パソコンを覚えて5年半。特に、このブログを始めてぼつぼつ5年。暇さえあれば机に向かっている。自分でも不思議に思うくらいだ。インターネットはおろか、パソコンすら触ろうとしない仲間達は「70歳を過ぎて、そんな肩の凝ることを・・・。第一、目に悪いよ」と、笑うのだが、とにかく惹かれるのだ。




 肩が凝るのは今に始まったことではないから、このパソコンが原因じゃあない。もう一つの目もくたびれない。夜、遅くなっても、案外、眠くならないのである。言葉には出さないが、女房が言うように、子どものころこれほど熱心に机に向かっていたら、俺の人生が変わっていたのではと、正直思う。


鉛筆


 考えてみれば、子どもの頃、こんなに意欲的に机に向かったことも、いわんや勉強したこともなかった。女房の言う通りだ。今の教育ママと違って、親達もたくさんの子どもを抱え、生活そのものも楽ではなかったからか、子ども達にそれほど「勉強しろ」などと言わなかった。そんな暇もなかったのだろう。それが幸か不幸か・・・。



 宿題をしていかないと明日、先生から怒られるので、仕方なく机に向かうのだが、これまた昼間の遊び疲れで、すぐに眠くなるのだ。そんな事を繰り返しながら中学、高校へ。3年生になる頃になって大学受験を意識して「これじゃあ困る」と、自覚?にも似た心境になるのだが、その体質が一夜に変わるはずもない。面白くないから、また居眠りだ。




 ところがどうだ。これまでだらだらと飲んでいて女房から嫌がられた晩酌も、さっと切り上げて机に向かうし、マージャンをしたり、お酒を飲んで午前様で帰っても一度はパソコンに向かう。ブログを開き、留守中の訪問者にコメントを返すのだ。



 「お父さん、今何時だと思っていらっしゃるの。眠れないじゃない。早く電気消して、寝てくださいよ」



 女房がうるさいから、仕方なく止めるのだが、このうるさいヤツがいなかったら・・・。



 何事にも言えることだろうが、興味を持つということは恐ろしいものだ。矢印マークやハンドマークを動かしては手当たり次第にクリック、そこにまた「へえ~」と思える発見が。ブログ記事のカット写真を作るため、デジカメも持ち歩くようになった。若い頃、仕事にも使ったアナログのカメラは押入れの中だ。レンズの先の視点も変わった。




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薀蓄のある?言葉(再)

 「いればうるさい、でも、いなきゃ寂しい」

女房のさりげない一言だが、言い得て妙。大げさだが、薀蓄すら感ずる。亭主とは、また、夫婦とは、よく考えてみればそんなものかもしれない。


夫婦


 この言葉は、今は家を空けることなど以前と比べればめっきり少なくなったのだが、それでも仲間との一泊二日、二泊三日の小旅行、飲酒運転が出来ないので宿泊形式でする忘年会や新年会、それに、時折はもつれ込んでしまう徹夜マージャン、そんな時の女房のちょっとした台詞だ。




 若い頃というか、サラリーマン現役時代は、そんな事を言ったり、ましてや感心したりしている心の余裕や暇はなかった。朝起きれば決まった時間には家を飛び出し、帰宅する夜も遅い。時には午前様だって珍しくない。それが当たり前だから、正直言って家も女房も省みたことはほとんどなかった。


夫婦#12860;



 仕事が終われば、仲間と居酒屋へ。仕事をめぐって青臭い議論もすれば、上司や先輩を酒の肴に愚痴も言う。はしごの先に行き着くところはマージャン荘。そこから先はお決まりの午前様。家で待っている女房達はともかく、自分たちにとっては格好のストレス解消策だった。そんな事を繰り返していても疲れなかったし、逆に生き生きしてさえいた。もちろん、振り子のような規則正しい人間もいないわけではない。が、そんなバカなサラリーマンが多かったことも事実。


サラリーマン


 こんなことを言ったら世のお父さん、お母さんから白い目で見られ、ひんしゅくを買うかもしれないが、ここで白状すれば、一人娘が顔を見るたびに、大きくなるのがよく分かった。仕事柄、朝や昼、夜が不規則だから、幼い娘の顔を見ることが少なかったからだ。娘側から見れば、私は時々来るどこかのおじさんみたいなものだったのかもしれない。


子供


 こんな事があった。娘が幼稚園の頃だっただろうか。ある日曜日、娘が友達の家に行ったら、そこには、お友達のお父さんがいて、子ども達と一緒に犬小屋を作り、一緒にインスタントラーメンを食べた。それが、うちの娘にはびっくりするほど特別の事に映ったのだろう。家に帰った娘は母親である女房にそのことを話したという。




 ハッとした。これじゃあいけない、と思った。それからは、時間を見つけては少なからず娘と遊ぶことを心掛けた。休みをやりくりして海にも行った。運動会や幼稚園の父親参観にも顔を出してやった。その時の、娘の嬉しそうな顔を今でも忘れられない。その娘が今では、このブログ作りやパソコンの先生の一人である。今月10日には女児を出産、一児の母になった。




 夢中と言ったら大げさかもしれないが、そんな若かりし時期、女房だって「いればうるさい、いなきゃ寂しい」なんて、感傷的なことを言っている暇もなければ、余裕もなかっただろう。そうとは思いたくないが、歳をとった証拠かもしれない。それに、甲府での生活から一転、田舎生活が本当に落ち着いていない証かも。それにしても、夫婦とは空気のようでいて、空気ではない妙なものである。

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お土産のチョコ

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 旅に出て何時も迷うのが土産選び。それが国内であろうが、外国であろうが同じ。親しい友やご近所の人たちの顔が浮かぶ。性別も違えば、年齢も違う。もちろん、嗜好や趣味も異なる人たちへの土産。迷わない方がおかしい。




 洋の東西を問わず、お土産物屋さんには「これでもか」と言うほどの商品が並ぶ。むろん、売る側からすれは、そこを訪れる客筋を見ながらの商品陳列であることは言うまでもない。一方、お客の側からすれば、だからこそ、迷うのだ。よく考えたら、単なる目移りだけではない。何時も財布の中身と相談しているのである。


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 向こう3軒両隣。旅行など家を空ける時には、必ず声を掛けて出掛ける。野良猫とはいえ、棲み着いてしまった3匹もいる。その世話だってお願いしなければならない。麻雀仲間もいれば、酒飲みの友もいる。そのお一人、お一人の顔が浮かぶのだ。麻雀仲間には、面子が揃わず困っているかな、そんな心配も。




 え~い、面倒だ、などと言ったら叱られるが、正直言って、そんな気持ちになり、まとめ買いのチョコレートやTシャツに。最終的には無難の選択肢に落ち着くのである。外国で日本人のツアー客が歩くコースは大同小異。立ち寄る、と言うより、旅行会社に連れて行かれるお土産物屋さんも同じ。お店側もその辺を心得ていて、日本語で語りかけ、買い物を誘導する。普段の買い物習慣から日本人は物の値段を“こぎる”事をしないからお店側も楽だろう。



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 まずチョコレート。アーモンド入りもあれば、クリームが入っているものも。味だってその国、地方によって微妙に違う。だからお土産。私は、なぜか、ハワイのチョコレートが好き。甘みがなんとなく柔らかい感じがするのだ。とにかく、チョコレートは大人にも子どもにも、男性にも女性にもあう。




 一方のTシャツ。これも結構、ポピュラーな土産の一つ。ただサイズは考えなければならない。当たり前だが、体の大きさはみんな違う。M。L。LL。贈る相手の顔だけでなく体格好まで考えなければならないのだ。MとかL.万国共通なのか。我が国でお目に掛かるサイズと一緒ならいいのだが、それが違っていたら…。欧米人に比べて体が小さい日本人。知識のない私のような人間は、そんなところまで気を回さなければならないのである。



 「お父さんねえ、お土産、日本にいて何処の国のものでも買えるんだってよ」


 「バカ、お前、今頃、知ったのか。そんな仕組み、とっくからあるんだよ。政治家のように選挙目当てに大量の土産を用意しなければならない人たちにとっては便利さ。商売人だって、そこを見逃す筈は無いじゃあないか。便利は便利さ。でもオレ達はそれをしたくないね」


 「そうだよねえ。誠意が無いもんねえ…」


 「土産というのは、その額の大小ではなく、誠意の印なんだよ」


 土産物とは不可解なもの。その国で造られていると思いきや…。生産、製造がとんでもない所の国だったりする。「メイド イン チャイナ」。いっぱいだ。




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飛行機のサービス

飛行機


 「お父さん、ビジネスクラスって、ゆったりしていていいわね」


 我が女房、年甲斐もなく、無邪気に、こんなことを言う。飛行機に搭乗する時、大半を占めるエコノミーの乗客はビジネスクラスのエリアを通って座席に着く。そのエリアが飛行機の前方にあるのだから仕方がない。しかも、搭乗の順番もビジネスクラスが優先。



 女房がひがんで?見せるのも無理もない。エコノミークラスとビジネスクラスは“月とスッポン”とまでは行かないまでも、明らかに違う。狭い座席シートに押し込められて見れば、誰だって実感する。亭主の私だって同じ気持ちだが、そこは、その…。所詮、対価を支払っていないのだから仕方がない。


アリタリア



 今度の旅で乗った飛行機はアリタリアン航空。イタリアの航空会社だ。ズバリ言わせていただければ、サービスが悪い。日本の航空会社・日航や全日空とすぐ比較してしまうのだが、言い出しついでに言わせていただければ、機内でのキャビン・アテンダントの立ち振る舞いだ。食事など中味の良し悪しは、それぞれが支払う航空運賃との絡みなので仕方がない。自らが覚悟すべきことで、文句を付ける筋合いではない。


 

 成田からローマへの直行便。行きも帰りも13時間前後を要する。二度の食事と飲み物のサービスが。アテンダントは狭い通路を二人一組、食事や飲み物を積んだコンテナを引いてやって来るのだが、「お前、手を出せよ」と言わんばかり。しかも、私語を聞きながらの作業だから、ミスも起きる。お膳(食事セット)をひっくり返したり、つまんで渡すパンを落とすのも平気。そんな時にも私語は続き、ミスを詫びる素振りもないのである。




 「ビア-?」(ビールはありますか)に対しても「ノン」の一言。言葉や習慣の違いと言ってしまえば、それまでだが、なんとも素っ気ない。日本語なら、日本人なら、「ノー」の後に「ごめんなさい」とか「すみません」(イクス キューズ ミー)の一言がつく。その二人のアテンダントは、体の大きいオジサンとオバサン。愛嬌など微塵もない。いかにも“客室乗務員”だ。


ビール



 日本の航空会社なら私語を聞きながらの機内サービスなど、およそ考えられないだろうし、もし、そんなことをしたら飛行機から降ろされてしまうに違いない。今は「スチュワーデス」という言葉が使われなくなったが、日本人の頭の中には優れたスチュワーデスのイメージが定着している。笑顔や言葉を中心とした立ち振る舞いなどが、しっかり教育されていた。少なくとも欧米に通ずる語学だって堪能。だから若い女性達にとっては、あこがれの職業であり、ステータスでもあった。




 日本の空から「スチュワーデス」という言葉が消えて、もう何年も経つ。あの「ジェンダーフリー」とか言うなんとも教条的なヤツのせいだろうが、「客室乗務員」などという味もソッペも無い言葉に置き換えるより、オジサン達は「スチュワーデス」のイメージでいて欲しいと思うのだ。そうすればエコノミークラスに乗らなければならない人間だって空の旅が楽しくなる筈である。




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ビッフェとレストラン

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 「お父さん、今夜は、どちらにします? レストラン? それともビュッフェ?」


 地中海クルーズも終わりに近くなった頃、女房は、私にこんな問いかけをした。「お前の関心は食べる事だけか」。それには訳がある。毎晩のフルコース料理に飽きてきたのだ。


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 船には大きく分けてビッフェレストランがある。ビッフェは9階の後方に大きなスペースを取っているし、レストランはやはり船の後方、3階から5階へ吹き抜けで設けられている。なにしろ3、500人もの乗客の胃袋を賄わなければならないのだから、その規模は半端ではない。



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 ビッフェは温水プールなど、くつろぎのスペースにまで広がり、レストランは7~800人は収容出来るものなどが複数ある。いずれも食べ放題で無料。このほかに有料のバーレストランなどもある。有料バーのスタイルは船によって違うが、これまでのクルーズでは「鉄板焼き」や「寿司」バーにもお目に掛かった。これ、なにも日本人向けではない。鉄板焼きや寿司は欧米人にも結構人気があるのだそうだ。


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 レストランとビッフェの違いは言わずもがな。レストランがその都度、ボーイから渡されるメニュー表に沿ったオーダーのフルコースとすれば、ビッフェは、そこに予め用意された料理を自由に取っていただくシステム。日本で言うバイキングである。「バイキング」は何となく世界に通じそうだが、その昔、東京・帝国ホテルの料理長が考案したご存じ、和製のネーミングなのだ。





 人間とは所詮、勝手なもの。「たまにはリッチなレストランで、美味しい料理をいただきましょうよ」。そんなことをせがんでみる女房が、毎日当たり前のようにフルコースの料理漬けになっていると「もう、うんざり」。もちろん、女房ばかりではない。私だって同じだ。昼間は船を降りてエクスカーションに出掛けるので、昼食は行く先々のレストランでいただく。だから、船での食事は主には朝と夜。私たち夫婦は、朝はビッフェと決め込んだ。


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 ここでも不思議。最初はオムレツであろうが、やはり卵のスクランブル、更にベーコンや生ハム、ローストビーフ、ヨーグルト、それに各種のフルーツに到るまで皿に山ほど持って来て食べたのに、いつしか、やっぱり「もう、うんざり」。どこかに潜む貧乏人根性。一時期は“欲”で食べたのだ。それが、いつしか「このままじゃあ、また肥ってしまう」。田舎の日常で試みた、せっかくのダイエットが台無しになることが無性に怖くなるのである。




 「やっぱり、日本人は、肉料理はダメね。インスタントのラーメンやお茶漬け、持ってくれば良かったわね…」

味噌汁



 いつも私の五割増し、食欲旺盛だった女房がそんなことを。「そんなことを言わずに思う存分食べろよ」。面白がって一度はからかってはみたものの、自分だって、そう思う。それから何日か経って振り出しの我が家へ。「お父さん、やっぱり我が家がいいわね。日本が一番いいよ」。一夜明けての食卓は白いご飯に味噌汁。たくあんの漬け物に卵と納豆。「やっぱり、これが一番美味しいわ」。女房が言った。



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欧州の車事情

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 外国を旅して何時も思うのだが、日本という国はいい国だとつくづく思う。格差社会だとか、貧困。文化人と称する方々は、口を開けばもっともらしく、そんなことを仰る。しかし、国民は総じて太平を謳歌し、平和ボケとまで揶揄されもする。法を前提にしたルールも、確立されていて、大方の人間は、そこそこ安心して生活している。




 むろん、言い出せばキリがない。格差がないと言えばウソになるし、犯罪がないわけでもない。ところが、外国、特に観光地ではスリやひったくり、“たかり”専門のジプシーも。もっと身近なのはだ。日本のように食事の後先に黙っていても水を出してくれる国・レストランは何処もない。みんなオーダー制で、有料。水の主流はガス入りだ。もっと日常的に存在するのが煩わしいチップの習慣。日本にはそれがないだけでも助かる。


水



 街に出て、まず気付くのはをめぐるルール。今度の旅行で訪ねたイタリアやフランス、スペインの市街地で見る限り、それはメチャメチャ。道路という道路は違法駐車が当たり前。二重駐車だって平気なのだ。ルールはともかく、止める時はいい。でも出る時はどうするのか。人ごとだが心配になる。みんな後先かまわずに止めてしまうのである。



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 現地のガイドさんによれば、発進する車は、前の車や後ろの車を押したくって間を開けて、出て行くのだという。そんな器用さを心得ていなければ日常を生きていけないのだ。よく見れば、道路の両側には線引きされた“公共の駐車場“も。違法であれ、合法であれ、こうした国々には、そうしなければならない訳がある。




 一口に言えば、国の歴史、街並み、住宅の歴史が、そうさせているのである。住宅はむろん、全ての建物は何百年も前に立てられたもの。いずれも石や煉瓦、コンクリート造り。それが整然と並んで、街並みを形成しているのである。建物の間には一寸の隙間もない。我が国のように、建物を簡単に潰し、建て替える習慣はないのだ。持ち家という感覚、習慣は無く、みんな共同住宅。親子代々、同じ家に住み同じ所での生活を繰り返すのである。



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 そんな街並み構造に後から追っかけて来た車社会。肝心の車の居場所が無いのだ。勢い、そのスペースは道路、ということに。立場を変えて見れば、今のようなモータリゼーションなど、およそ考えられなかった何百年も前、広いスペースの、しかも計画的な道路を基軸にした都市計画を成したヨーロッパ人に敬服する方が先かも。




 とにかく駐車場が無いのだから、人々は、それなりの工夫をするほかはない。車の小型化だ。日本のように黄色ナンバー、つまり小型車の区分はないので、みんな白いナンバーだが、道路の両側にビッシリ止まっている車も、街を行く車も大型車は一台としてない。小型化はどんどん進み、最近では一人乗りの車も人気を集めているのだそうだ。「ぶっつけられてもいい」。人々は高級車には乗らない。中古車まがいの車ばかりである。



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 もう一つは日本車の進出。イタリア、フランス、スペインのほか、昨年旅したギリシャやクロアチアなどを含めてヨーロッパのこの地方では、トヨタ、ニッサンなど日本車がほとんど目につかない。日本車の進出が顕著なアメリカとは、まさに対照的。欧米の車事情はさまざまだ。




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モスク(教会)の時計

 「あれ?あんな所に時計が…」


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 ツアーでご一緒したご夫婦の一人がモスクの壁に設えられた、古びた大きな時計を見上げながら言った。そのモスクがどの国の、何処にあったものかは、定かに覚えていない。それほど今度の地中海クルーズで立ち寄った三カ国(イタリア、フランス、スペイン)と、その島々で見たモスクの数は多い。大きさと言い、そのデザイン性と言い、並外れたサクラダ・ファミリアはさておき、ほかは似たり、よったり。でも、壮大であることは違いない。




 天井は普通の建物に置き換えれば、どれも3~4階部分まで吹き抜けになっていて、その広いホールのような礼拝堂の正面高台には、決まってキリストの像が。その姿は十字架に掛けられたものもあれば、マリアさまに抱かれたものなど、さまざま。いずれもキリストは死後の姿である。その周りには、沢山の宗教画が並んでいるほか、窓という窓にはカラフルなステンドグラスが。柱には見事な彫刻が施されている。


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 礼拝堂だから、大勢の信者がミサに参加出来るように固定の椅子席が広いホールを埋めていた。いずれも木製で、何列も何列も。大掛かりなミサとヨーロッパ人の信仰心の厚さをいやがうえにも彷彿とさせてくれる。建設中のサグラダ・ファミリアでは先頃、6、500人もの名だたる僧正が集まって記念ミサが行われたという。聖歌隊だけでも800人を超すと言うから大掛かりなミサだ。



 礼拝堂の壁の高いところに据え付けられた古時計。「よく、お気づきになりました。これはねえ…」。現地ガイドは説明を始めた。




 「昔、この教会に、それは、それは長い説教をする牧師さんがいたのです。ミサに来る人たちは、何時しか、それをうんざりするようになり、なんとかならないものか、と考えたあげく、思いついたのが時計。苦肉の策。皮肉も込められていたのでしょう」


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 結婚式であれ、各種の会合、式典であれ、世の中には長~い挨拶や話しをする方がおいでになる。自分たちも案外、それをやっているのかも知れないが、当事者ば、それに気付かない。「いいかげんにしてくれ」。周りがそんな気持ちになり、主催者や事務局が、後のスケジュールを鑑みてヤキモキし始めても…。




 先日、こんな事があった。私が所属させていただいているロータリークラブは山梨・静岡両県をエリアとするRI(国際ロータリー)の2620地区。その次期(7月~来年6月)会長・幹事会議というのが静岡県のホテルを会場に開かれた。そこでの主催者、つまり次期ガバナーのご挨拶が長い、長~い。地区ロータリアンのトップとして単位クラブの会長、幹事にメッセージを送るのだから丁寧に超したことはないのだが、ここでも会議を予定通りに運営しなければならない事務局は、ヤキモキ。




 山梨24クラブ、静岡54クラブの代表二人ずつとそれぞれの分区のアシスタントガバナーなど約100人が出席しているのだが、そこからもニヤニヤする表情が。事務局は後ろから再三のメモを。次期クラブ幹部へ語りかける雄弁な演説だからまだいい。でも、これが牧師さんの、お堅い説教だったら…。時計を設けたくなる信者の気持ちが分かる。(次回へ続く)




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ローマの休日

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スペイン広場


 スペイン広場の石段中央付近で、振り返るように微笑むオードリー・へプパーン、それを笑顔で送るグレゴリー・ペック。さもない出会いから恋に落ちる某皇室の王女と新聞記者の短い恋の物語。若い二人が織りなしたいかにも「ローマでの休日」を彷彿とさせる楽しそうなアングル。そう、往年の映画ファンなら誰でも記憶に残す『ローマの休日』のラストシーンだ。




 「オードリー・へプパーンは、この辺で微笑むんだよねえ。写真撮ってよ、写真…」
我が女房殿。スペイン大使館のすぐ目の前のスペイン広場で、年甲斐もなく『ローマの休日』の主演女優にでもなったように大はしゃぎ。振り向いたら同じツアーの奥さんも。『ローマの休日』が私たち夫婦のような世代の人たちに、いかに受けていたかがよく分かる。それにしても女というものは、いくつになっても臆面もなく行動出来る。羨ましい?限りだ。



オードリーヘップバーン



 『ローマの休日』(Roman Holiday)は1953年の制作と言うから、ちょうど60年前の作品だ。当然、日本に配給されたのはその後。定かではないが、50年代も半ば過ぎだろう。甲府の映画館で観たか、東京・新宿歌舞伎町の映画街にあるミラノ座だったかも知れない。ミラノ座だったら学生時代だ。




 とにかく1950年代というのは、今のように娯楽が多様化した時代ではなかった。映画が庶民の娯楽の大きな柱であったことは間違いない。「大映」など映画制作会社が球団を持っている時代。石原裕次郎や小林旭らの日活、板妻(板東妻三郎)や嵐寛(嵐寛十郞)、長谷川一夫、中村銀之助(後の萬屋銀之助)らの東宝や松竹、東映、さらにハリウッドやイタリアなど洋画もどんどん入ってきた。イタリア映画の西部劇はマカロニ・ウエスタンなどとも呼んだ。「マカロニ・ウエスタン」は和製。欧米では「スパゲッティ・ウエスタン」と言ったそうだ。フランスのアラン・ドロンやブリジッド・バルドーは大好きな俳優、女優であった。




 ハリウッド映画の『ローマの休日』は、お城を抜け出してきた王女と、たまたま出会った新聞記者の恋物語だが、その中で、スクリーンはローマの主だった名所を余すところ無く登場させるのである。スペイン広場はむろん、パンテオン、コロッセオ、真実の口、トレビの泉…。日本人観光客は、そんなポピュラーな名所を回り、「へえ~」と頷くのだ。若い頃、既に映画を通じて観た舞台に立つのだから女房ならずともはしゃぎたくなる。



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コロッセオ


 『ローマの休日』には、ちょっとした裏話が。うろ覚えでモノを言ってはいけないが、この映画の当初のヒロイン候補は、確かエリザベステーラーだった。制作監督のギャランティーでもめ、監督が入れ替わった、そんなちょっとした騒動を機に当時は無名のオードリー・ヘプパーンに白羽の矢が当たったという。うろ覚えとは言え、そんなエピソードまで記憶の片隅にある程、この映画は私にとってもインパクトがあったのだ。オードリー・へプパーンは『ローマの休日』を契機に一躍スターダムにのし上がるのである。


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トレビの泉


 スペイン広場とトレビの泉は、目と鼻の先。ツアーの添乗員さんや現地ガイドによれば、この辺りはローマの中でも風紀の悪い所だという。現に「ジプシー」と呼ばれる“たかり”に何組も出会った。ツアーのオジサン、オバサンたち。そんな雰囲気を察知したためか、トレビの泉では、財布を出すのを恐れ、「後ろ向きで願いを込めて泉に小銭を投げる」あのポーズはなかった。夢多き若者達とは違うものね。



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ツアーの産物

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 「同じ釜の飯を食う」。日本には古くから、こんな言葉がある。人々が同じ環境の中で生活し、お互いが気心を通わせる仲になることを言う。学園生活もそうだし、その中での運動部の合宿もそうだ。想像の範囲でしかないが、戦場で生死を分けるような過酷な軍隊生活をした人たちもそうだろう。苦楽が激しければ激しいほど、その絆は深まる。




 旅行もその一つ。特に見知らぬ人たちが集まるツアーもそうだ。今度の地中海クルーズの旅は、旅行社「クラブツーリズム」が募集したツアー。36人。単身参加の男女と母娘連れもいたが、ほとんどが私たちのような夫婦連れ。一組の母娘連れを除けば、単身者も歳取った“カップル”も、みんな職場をリタイアした人たち。


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 成田の出国ロビーに集合した顔ぶれは、東京(足立区)はむろん、千葉(柏)や神奈川(横浜、大和)、群馬(伊勢崎)、静岡(冨士宮)などのほか、雪の北海道からも。私たちと同じ山梨(山中湖)もいた。「どちらからお出でですか?」。そんな会話からから始まる。最初は他人行儀であっても食事を共にして一夜明ければ、みんな仲良しに。




 なんと言っても、心の交流が出来るのは夜6時半からのディナーの一時。それがイタリア料理であれ、フランス料理であれ、レストランでフルコースをいただくのだから2時間はたっぷりかる。美味しい料理を楽しみながら、ゆっくり話が出来るのだ。そうなるとみんな、ざっくばらん。それぞれの田舎のことや趣味や道楽の話まで。何でも飛び出して和やかな雰囲気に拍車を掛ける。



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 食べ物や飲み物とは不思議。その時の気分で味が変わるのか。例えばビール一つとっても昨年、エーゲ海のクルーズに来た時、その中継点のフランクフルトで飲んだビールより美味しく感じた。言うまでもなく、ドイツはビールの“産地”だ。ワインも私たちが時々、日本で飲むフランスのそれより、ずっとうまい。恐らく雰囲気のせいだろう。



 「ハッピー バースディー ツー ユー」



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 突然、ボーイさんばかりでなくコックさんたちも加わって大きなケーキを肩に掲げてテーブルへ。私たちのグループにその日、誕生日を迎えたラッキーな男がいたのだ。その時、レストランでディナーを楽しんでいたのは700~800人はいただろう。二階の中央部分でお祝いの音楽が奏でられるものだから、お客さんは総立ち。


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 そればかりではない。フォークやナイフを置いて、みんなが前の人の肩に両手を載せて、スキップを踏みながらテーブルの間を縫うように歩き回るのである。みんな笑っている。カジノで遊んでいる時もそうだし、外国を旅する時に何時も感じるのだが、欧米人は常に陽気だ。旅とは捨てがたい何かがある。人との出会い。思わぬサプライズだってある。だから旅は面白いのだ。(次回に続く)




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バチカンの煙

 「イタリアーノ」、「イタリアーナ」。船の客室のテレビは一人、早口でしゃべっている。英語も十分に話せない人間がイタリア語を聞き取れる筈がない。でも、その節々に映る映像からバチカンの法王選考を伝えるショー番組であることくらいは分かる。日本のモーニングショーの手法と似たり、よったりで、3~4人のコメンテーターを並べ、進行役のキャスターが番組を取り仕切るのだ。


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 たまたま地中海クルーズの船はローマのチピタベッキア港を離れ、初めての寄港地・ジェノバにあるサボナの港に着こうとしている頃であった。現地時間で午前7時半過ぎ。習慣とは恐ろしい。イタリア語のテレビなど所詮、分かる筈がないのに、朝起きればテレビを点ける。女房と二人だけ。それも特段に変わった客室ではないので、「我が家の朝」と、一瞬、勘違いしてしまうのである。



 「お父さん、どうせ言葉が分からないんだからテレビなんか、いいじゃない。ビッフェに行って朝ご飯にしましょうよ」



 女房は、分かりもしないテレビのモーニングショーには、ハナから無関心。その日のニュースや出来事など、どっちでもいい。ましてやここはイタリア。それも海の上だ。私の旅の朝は、期間中ずっと、起きたらテレビを点け、大きなバスルームでシャワーを浴びて、女房と一緒にビッフェに向かう。テレビは分かっても分からなくてもいいのだ。



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 バチカンの煙突から煙が上がった。テレビはそんな映像をアップして映し出している。「新しい法王が決まった合図?」。何処かでそう聞いたことがある。なにしろバチカンでは法王が生前に引退することは珍しく、90数年ぶりの事というから、新しい法王の誕生は壇信徒やイタリアのみならず、ヨーロッパ全土の関心の的であったに違いない。




 バチカンは、言うまでもなくイタリアでもなければ、ローマでもない。それ自体が国。世界最小の面積の国なのだ。しかも、地元イタリアにとどまらず信仰心の厚いヨーロッパ人にとって、かけがえのない存在なのである。私たちがエクスカーションから帰った午後もローマ法王選考、誕生の番組だった。一日中、そのニュースを伝えていたのだろう。




 その小さな、小さな国は信心深いヨーロッパの信徒達の精神文化に大きな影響を与え続けて来た。ローマ法王はそのシンボルなのである。私たちは今度の地中海クルーズでも行く先々の国々、島々で沢山のモスク(教会)を見た。もちろん、宗教そのものの派閥があるのだから、全てがバチカンに繋がっているわけではないのだろう。宗教や信仰に、およそ無縁の私たち夫婦に、そのなんたるかが分かる筈もなければ、説明出来る筈もない。




 ただ、宗教の力の大きさ、偉大さには驚く。下世話な見方かも知れないが、各地で見た、あの壮大で、厳かなモスクを行政ではなく、信者、信仰の力で成し遂げてしまっていることだ。スペインのサグラダ・ファミリアもそうだし、フランスのノートルダム寺院もそうだ。よく考えれば日本の宗教だって同じかも知れない。特に新興と言われる宗教。立派な教会や道場を造ってしまうのである。(次回へ続く)




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荘厳なモスク(教会)

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サクラダファミリア


 あと20年で完成するという。スペインの目玉観光地の一つサグラダ・ファミリア(聖家族教会)。ご存じバルセロナの市街地にあるモスク(教会)である。これまた誰もが知るアントニオ・ガウディの設計。ガウディはスペイン・カタルーニヤ出身の建築家だ。19世紀から20世紀にかけて活躍、このサグラダ・ファミリアをはじめ、グエル公園・ミラ邸などの作品群は、もう40年も前にユネスコの世界遺産に登録された。


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グエル公園



 サクラダ・ファミリアには年間300万人近い観光客が押し寄せると言うから凄い。20年ぐらい前、仕事がらみで訪ねたことがあるが、南部地方のアルハンブラ宮殿やマドリードのプラド美術館を抜いてスペインで最も観光客を集めるモニュメントなのである。




 もっと凄いのは、その建設の有り様だ。建設費用を入場料や個人寄付金で賄い、なんと130年もの年月を掛けて、ゆっくり、ゆっくりと造っていることだ。親父の段階で手を着け、孫子の代での完成を目指す。ヨーロッパ人とはそんなに気長なのか。それとも私たち日本人がせっかちなのか。


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 東京の東銀座に歌舞伎座が装いを新たに完成。こけら落とし公演が行われている。外国人観光客にとっても新しい東京の観光名所になるだろう。やはり東京の新名所となったスカイツリーだって同じ。日本だったら10年どころか、いくら大きなプロジェクトでも3年から、せいぜい5年もあれば完成を見る。100年を超す建設計画など日本人なら発想すらしないだろう。



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 100年スパンの遠大なプロジェクト。人間とは、また不思議でそんなスパンで「あと20年」と聞くと「いよいよ完成か」、と間近に感ずるのだ。でも私の年齢から考えると、恐らく完成を見ることはあるまい。ゆっくり、ゆっくり進む、と言っても20年という歳月は、やっぱりサグラダ・ファミリアの形を変えていた。



 中心部に20年前には無かった礼拝施設がほぼ完成。間もなく周りの高窓にもステンドグラスが一枚、二枚と入って行くのだろう。周りも一回り大きくなった。地下には20年前には無かった展示館も設けられていて、完成模型もあった。ガウディは元来、些細な設計図は残していないのだという。とにかくサグラダ・ファミリアは、ヨーロッパのモスクのシンボル的な存在。



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 ヨーロッパにはモスクが多い。人々と宗教が深く結びついている証拠だ。旅の行く先々でモスクを見た。連れて行かれた。そのレベルは日本で言う教会というイメージではなく、その重厚さ、豪華さ、神秘さ、全てに圧倒されるのだ。旅行社がツアーのコースに各地のモスクを組み入れるのも理解できるというものだ。




 フランスにはパリにノートルダム寺院があるし、イタリアのローマにはバチカンが。バチカンのそれを巷のモスクと一緒にしたら叱られる。旅行中、あっちこっちでモスクを見せていただきながら我が女房。「あなたも週末、ミサに通い、罪深き己を懺悔したら…」。余計なことを言う。でも、その通りかも知れない。自分でもそう思う。(次回へ続く)




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ゴッホとフランス

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 「お父さん達、やっぱり『跳ね橋』、見てきたの?」


 「お前、『跳ね橋』なんて、よく知ってるじゃないか」


 「そんなこと常識よ。あのゴッホが残した有名な作品の一つに描かれた橋でしょう?」


 「じゃあ、ゴッホは何処の国の人だ?」


 「オランダに決まっているじゃあない」


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ファン・ゴッホ


 女房と二人しての地中海クルーズから帰り、そのあちこちで撮ったデジカメの写真を覗きながらの娘との会話。私は今でこそオランダ人であることを知っているのだが、恥ずかしながら今の娘と同じ年頃までフランス人だと思っていた。ミレーやセザンヌなど印象派の人たちの影響を受けた、いわゆる後期印象派の画家だからだ。




 ローマを出航した船「コスタ・パシフィック号」は、やはりイタリアのサボナを経て三日目、第二の訪問国・フランスのマルセイユに。「ひまわり」や「夜のカフェテラス」、それに自らの肖像画などとともにゴッホの代表作の一つとなった「跳ね橋」は、港からそんなに遠くない所にあった。



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 いかにもフランスの田舎町。のどかな田園を流れる小さな運河に掛けられたさもない橋。規模は全く違うが、東京の隅田川に架かる勝鬨橋と原理は同じだ。船が運河を航行する度に橋を二つに分けて開け閉めしたのだという。画家生活の大部分をパリで過ごし、晩年は、このアルル地方に移り住んだ。その時、手がけた作品のモチーフが、この跳ね橋であった。




 人間の思い込みの発端とはさもないもの。画家としての生活がパリであったり、アルルの田舎町であったことから、てっきりフランスの人間と思い込んでいたのだ。そんなことはどっちでもいい。このアルルの町の散策は“ゴッホとのふれあい”の一時でもあった。町の中心部だろう。その一角にはゴッホの「夜のカフェテラス」のモデルになった店が現存。たまたま日曜日だったせいか、店の前の街路や公園では、大人も子どもも入り交じってのレクリェーション行事が和やかに開かれていた。


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ゴッホ「夜のカフェテラス」



 その目と鼻の先の公園にはメリーゴーランドも。いかにもアルルの田舎町の雰囲気を醸し出していた。そのメリーゴーランドが面白い。子供達の夢を誘うメリーゴーランドは、イメージ的に白馬やコーヒーカップが通り相場だが、ここでは豚や牛も。この時ばかりはと、日本からの訪問者のオジサン、オバサンも豚や牛に乗って童心に。「写真、撮ってよ。写真…」。我が女房殿は子どものように大はしゃぎであった。


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 「跳ね橋の写真、結構、うまく撮れているじゃない」


 娘は私が撮ってきた写真を見ながら、ゴッホの解説を。音痴の私は音楽はむろん、芸術もダメ。その子にして、と言ってはなんだが、絵にはそこそこ詳しい。高校時代美術部長を務めたり、大学時代も美術のサークルに所属していたせいか。その娘に近々、待望の子供が生まれる。私にとっては初孫だ。その日が待ち遠しい。(次回に続く)




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大航海時代

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 「お父さん、コロンブスはここから出掛けて行ったのかしらね…」


 サグラダファミリアなどバルセロナの街を観光、バスで船に戻る途中、隣の席の女房が窓の外を見ながらつぶやくように言う。「コロンブスの塔」と呼ばれるモニュメントは港に近い街の一角で6~7㍍はあろう台座の上から海を眺めるように立っていた。恐らくアメリカの方角を向いているのだろう。


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コロンブスの塔



 コロンブスは定説ではイタリアのジェノバの出身。スペインだという異説もある。確たる説はなく、それが証拠。かつての貨幣を見ればよく分かる。紙幣の肖像画で、イタリアは5,000リラ札で、スペインは5、000ベタ札、エルサルバドルもコロン札でコロンブスを扱っている。「オラが国のコロンブス」ということだろう。もちろん今は統一貨幣のユーロ。



コロンブス



 子どもの頃、コロンブスといえば「アメリカ大陸を発見」と教わった。でも、アメリカ大陸には古くからインディアンやインディオなどの先住民族がいて、独自の文明を築いていた筈。だからコロンブスがアメリカ大陸を発見したわけではなく、正確に言えば「大西洋航路を発見」、つまり、ヨーロッパとアメリカ大陸を結ぶ航路を発見したに過ぎないのでは。ヨーロッパ人の傲慢な見方と言えないか。この時代、地球は欧州で回っていたのだろうか。



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コロンブスが作成されたとする地図



 コロンブスばかりではない。バスコダガマ、マジェラン、マルコポーロ…。むろん、時代の差異があるにせよ、冒険家、探検家といわれる人たちは海に漕ぎ出し、いわゆる大航海時代を築き挙げたのである。推測に過ぎないが、一皮剥けば海賊にも似たものであったかもしれないし、奴隷船のなれの果てであったかも。




 一つ言えるのは車も、ましてや飛行機もなかった時代、貿易も通商もその出入り口は海であったことはだけは間違いなかった。長い年月の栄枯盛衰があるにせよ、大航海時代、海に面した国が栄華を誇ったことは歴史が証明している。




 翻って島国の日本。歴史を「レバタラ」で言ったらいけないが、あの徳川政権(幕府)が260年を超す鎖国政策を取らなかったら…。あるいは、もっと早く鎖国を解いていたら…。確実に日本は変わっていたに違いない。一方でジョン万次郎は海に漕ぎ出したし、数々の人たちが政府の目を盗むように海に出た。それもなかったら…。




 我が国では今、TPP(環太平洋連携協定)交渉への参加を巡って国論が二分している。そこに透けて見えるのは,農業など立場上のエゴのぶつかり合いでしかない。政治は政治で選挙の票を意識して本音を隠す。本音と建て前が違うのだ。古今東西、交渉ごとで対等のレベルでの話し合いなどあり得ない。そこには必ず強い者と弱い立場の者がいる。交渉事とはその上に立っての駆け引き。私たち、日常の営業活動だってそうだろう。平和ボケの日本人は、そこを勘違いしているのだ。




 徳川幕府は鎖国によって確かに265年もの長期政権を維持した。その一方で貿易や通商を阻害、我が国の文化の向上に取り返しのつかない遅れを取った。TPPにも他山の石、とならないか。グローバル経済。地球はどんどん小さくなる。大航海時代のロマンにしたる一方で、複雑な思いにも駆られた。時の為政者の責任、政治の責任は重い。(次回へ続く)




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旅のスタンス

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トレビの泉


 海外への旅の出発点は、厳密に言えばそれぞれのお宅の玄関口だが、大きな意味で言えば飛行機で空港を飛び出す時から始まる。そのスタイルは、その時点からまちまち。私たち夫婦のように狭い座席に甘んじて、ブロイラーの鶏にも似たエコノミークラスの者もいれば、ビジネスクラスでゆったり出掛ける人もいる。




 飛行機を降りれば、陸路で旅する人もいるし、海路の人も。当たり前の事。目的地だってまちまちだ。でも日本人が歩くコースは大なり、小なり同じ。個人旅行なら別だが、日本の旅行社が連れて行く所は、おおよそ決まっているのだ。旅行会社が仕掛けるツアーは、そんなに違うものではなく、その募集チラシやパンフレットが逆に消費者に旅の行き先の選択を知らず知らずにイメージづけるのだ。


飛行機



 「お父さん、日本人って旅行好きなのね。行くとこ、行くとこ、いっぱいじゃあない。景気が悪いなんて信じられないわね」




 こんな時ばかりは素直にものを見る我が女房。ローマのコロセオでもスペイン広場やトレビの泉、スペインのサグラダ・ファミリアでも、いる、いる。日本人が。若者が多い。大学生が春休みのせいか。小柄な体に似合わないリュックサックを背負い、アイスクリームを食べながらデジカメで写真をパチパチ。


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サクラダファミリア


 中には大きなマスクを掛けたオバサングループも。欧米人に比べ、そもそも体が小さいから異様に映る。人ごとのように言っているが、振り向けば、こちらも似たか、よったかである。それほど日本人が多いので郷愁も起きない。だから言葉も掛けない。相手方もこちらを同じような目で見ているのだろう。自分のことは案外、分からないものなのである。




 私たち夫婦は、言葉のハンディーを顧みず、アメリカのツアーに参加して船の旅をしたことがある。その時のエクスカーション。8日間だったり、15日間の旅の期間中、その時には日本人に誰ひとりお目に掛からなかった。


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 「この時期、日本人は旅行に来ないのかしらねえ…」。女房がそう言って首をかしげる程。



 それは決して不思議なことではない。答えは簡単。日本人と欧米人が歩くコースが違うだけのこと。考えてみればよく分かる。400人、500人乗りの飛行機で目的地の空港に降り立つ。旅行社が違うのでホテルも違えば、ツアーバスも違う。でもコースはそれほど変わらない。同じようなところを回っているのだから顔を合わすのは当たり前。例えば狭い日本。そこに400人や500人送り込んだとしてもバラバラだったらその人影なんか…。




 日本人の旅行パターンは古くから寺社仏閣見物型。国内ばかりでなく外国旅行もそうで、旅行社のプログラムは、なんでもモスク(教会)や古(いにしえ)の宮殿だ。ツアーは、行く先々のエクスカーションのバスとの関係もあって人数は30人前後。多くても40人だ。今でも添乗員は小旗を掲げて誘導する。これに対して外国人ツアーは、どちらかと言えば自然散策型。その地方ならではの自然を楽しみ、味を楽しむ。バカンスを楽しむ、と言ったイメージかも。日本の旅行社のようなハードなスケジュールは組まない。のんびりと旅を楽しんでいる。(次回に続く)




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フォーマルナイト

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 女性はイブニングドレス、男性もフォーマルスーツに実を整えてやって来る。カジュアルウエアでのエクスカーションとうって変わってディナーを含めた夜の時間は、乗客達は気分も雰囲気も異にするのである。女房も“それなりに“お洒落してフォーマルな世界に。私? 根っからの田舎者だからわざとらしく着替えるのは嫌。“失礼にならない程度”で済ます。




 クルーズでは「フォーマルナイト」の習慣がある。今度の地中海クルーズで、お世話になった「コスタ パシフィカ号」のケースでは8日間の期間中、2回。レストランでの食事、免税店での買い物、シアターでのショー、カジノでの遊び、ラウンジやバーでの語らい…。乗客達は思いっきりお洒落して船上での夜を楽しむのだ。


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 船が訪問先の港に着き、エクスカーションに出掛けてしまう日中とは違って船の中は華やいだ雰囲気になる。ざっと3、500人の乗客が“街”に出て来るのだから免税店が並ぶ街路も、どこもかしこも混雑するに決まっている。ベッドメイクや洗濯、厨房など船の裏方さんを入れれば、この船の乗客乗員は5、000人近い。




 もちろん、この裏方さん達は、レストランやバー、ラウンジ、カジノのデーラーなど管理的な立場にある者以外は表には出てこない。“街”はお客達の舞台であることは言うまでもない。男子はタキシードに蝶ネクタイ。女性はワンピースのイブニングドレス。その二人が仲むつまじく腕を組み、“街”を歩く。欧米人は体が大きく全体にスマートだから“さま”になるのである。



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 そんな見方をしていること自体、気劣りしている証拠。私たちばかりではない、ある年齢以上の日本人には少なからずある欧米人に対するコンプレックスであり、“位負け”か。とはいえ、日本人だって負けてはいない。私たちのツアーグループのご婦人の中には和服を見事に着こなして登場。堂々と振る舞って見せた。一緒にいる者としても嬉しくなった。




 欧米人のイブニングドレスと違って和服はスーツケースの中でガサ張る。その努力に敬意を表す一方で、日本人女性がみんなそんな気持ちになったら日本の着物文化をアピール、文化交流の絶好のチャンス、などと真面目くさって考えてもみた。



 「お前達、夫婦はどうしたって?」


 そう、私たち田舎者夫婦の出発前一週間前の会話。


 「お父さん、フォーマルナイトの服装、何にしたらいいの」


 「勝手にしろよ。そんなもの、何でもいいんだよ。荷物が多くなるばかりじゃないか」


 「お父さんは、そんなこと言うけど、女性はそうも、いかないのよ。全く野暮天だから」


 フォーマルナイトには、街路のちょっとしたスペースやラウンジの階段付近に臨時の写真スタジオが。フォーマルスーツに身を包んだご夫婦や恋人達は、そこで思い思いのポーズで記念写真に収まるのだ。写真屋さんも手慣れたもの。翌日、展示コーナーに並べられたそのポーズ、出来映えを見るとつい手が出てしまうのである。(次回に続く)




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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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