「ボケ防止」という言葉(再)

麻雀1


  「いつもご厄介になりますね。夜遅くまでご主人をお借りしまして・・・」



 「いや、いや、いつも遊んでいただいて済みません。いいじゃあないですか。高校時代のお友達が、何時までもこうして仲良く遊んでいる、羨ましいですよ。主人は『麻雀はボケ防止になる』といつも言っています」



 週に一度は麻雀遊びでお世話になるお宅の奥さんにお会いしたら、奥さんはニコニコしながら、こんなことを話してくれた。私達は主に週末、毎週のように麻雀をする。一年は52週。ゴールデンウイークや、これに盆、暮れ、正月をプラスアルファーすると年間では恐らく60回ぐらいの数になるのだろう。一回が大体10時間前後。通算すると年600時間。バカな計算をしてみると、延べでは25日間ぶっ続けで麻雀に興じている勘定になる。



麻雀2


 その楽しさが分からない方から見れば、「お前たちバカだねえ~」とお笑いになるだろう。現に、うちのかみさんもいつもこう言う。




 「あなたはバカですねえ。8時間も10時間も、よく飽きずに出来ますね。時には徹夜もするんですから・・・。身体を壊しても知りませんよ。お歳を考えたことはないんですか。第一、あなたが無理やりお誘いして皆さんにご迷惑をお掛けしているんじゃあ・・・」




 「いいじゃあないですか」。ニコニコ顔で、私に話してくれた友の奥さんもご主人に向かっては恐らく同じようなことを言っているのだろう。この奥さん、山梨県下一円にネットワークした自販機を舞台に清涼飲料を扱うご主人の販売会社を水面下で切り盛りしている。聡明で、明るく、微塵の屈託も感じさせない。日本舞踊の師匠で、大勢のお弟子さんも持つ。その教えを受けたお嬢さんも、今ではお母さんをしのぐ力を蓄えた。もちろん二児のお母さんだ。何度かその舞台を拝見させて頂いたが、それは見事。舞台が小さくさえ見えるほど素晴らしい舞を見せる。


着物


 「奥さん、大人だよなあ」。親しい友が故に、こんな冗談を言うのだが、この男だって麻雀が嫌いではない。残る面子は65歳定年で自らの特定局を退いた元郵便局長と、葡萄の産地・勝沼で一丁五反を超す葡萄園を栽培する篤農家の男。このレギュラー面子に、やはり日川高校時代の同級生やその知人が時々加わる。言ってみれば、年中、同級会をやっているようなものだ。




 遊びの舞台は冒頭の友のお宅に特設された麻雀部屋。暑さ寒さも空調で程々コントロールされているし、自動の卓だから不自由もない。夜の飯も電話一本、出前が飛んでくる。週一度とはいえ、いいお得意さんなのだ。こんなブログを書いていたら手元のケイタイが。「今日はどう?」。いつもの電話だ。




 清涼飲料の販売会社や葡萄園を営む友を除けば、いわば「毎日が日曜日」の人間だから、それ程ストレスがたまるわけでもないが、目に見えないストレスの解消には、これが一番。最近では言訳交じり、冗談交じりに「ボケ防止」などという言葉も。こんな言葉が出るようになったら人生寂しくなる。この麻雀と仲間の交流は何時までも続けたいと思っている。




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薔薇のトゲ

薔薇1


  ハナから読めないならまだしも、読めるけれども、いざ書いてみろといわれれば書けない漢字は案外多いものだ。その一つが「薔薇」である。「林檎」もそうだろう。でもパソコンとは便利なもので、キーさえ叩けば一発で出してくれる。なにも軽い頭を使って覚えなくていいから、また困る。私なんか一生書くことが出来ない字の一つかもしれない。
薔薇4


 薔薇は日本人にとって桜と共に馴染み深い花。童謡や流行歌にも歌われ、小説や映画、ドラマにもしばしば登場する。日本では「花」といえば「桜」。花の代表格だが、これも日本だけ。しかし「薔薇」は世界的。日本語訳がそうしたのかもしれないが、あの有名な「野ばら」もあれば、「薔薇が咲いた 薔薇が咲いた 真っ赤な薔薇が・・・♪」と誰もが口ずさみたくなるようなものや、ちょっと渋い水原ひろしの「黒い花びら」なんて歌もある。


紅い薔薇


 人間に愛されながらもトゲがあるのもこの花だけ。「美しいものにはトゲがある」などと美しい女性に例えられることもある。「お前にはトゲがないからいいよなあ~」。冗談交じりに喧嘩を売られたとも知らない、うちのかみさんは「何なの?それ・・・」と、キョトンとしながらも、その意味を知って「失礼しちゃうわ。まったく・・・」。



 そのかみさんが植えた薔薇が庭の植え込みのあっちこっちで今が盛りとばかり咲いている。赤、ピンク、橙。大輪のものもあれば、比較的小さいものも。それぞれ咲いている期間は結構長い。種類によっては、これから夏、秋、さらに冬の寒い時期まで咲く薔薇だってある。一年中、楽しめるのだ。よく見ると満開だったり、もう峠を過ぎた花の隣で次々と蕾をつけるのである。


薔薇2



 三分咲き、五分咲き、八分咲きと徐々に花を開いて、春の柔らかい風に吹かれてハラハラと一斉に散ってしまう桜とは違って風情こそないが、そこはかとない重厚さがある。「薔薇」は「ばら」のほか「そうび」とか「しょうび」とも読む。今6月の誕生花で、俳句で言えば夏の季語。ただこの花は不思議な花で「冬薔薇」(ふゆそうび)となると冬の季語になる。季語では≪二重人格≫なのだ。世に多いブスのひがみ。美人の女性にオーバーラップして使われるのもそのためだろう。ラテン語ではRosa。ローズピンクというように色の代表としても使う。クレオパトラの薔薇の硬水は有名だ。
 薔薇の種類は100種類にも及ぶという。我が家にだって、よく見たら10種類以上もの薔薇がある。いずれも、かみさんが、いつももように後先かまわず、行き当たりばったりに植えたものだが、花を付けているうちはいい。いくら無粋者の私だって美しい花を愛でる目ぐらい持っている。


薔薇3


 でも、これほど頭に来る、というか腹が立つヤツはない。花を落とした後だ。当然のことながら秋から冬場にかけて植木の手入れをする。この時、シャツやズボンならまだしも手足まで傷だらけにさせられるのだ。薔薇のトゲは半端ではない。それなりの注意はしているのだが、ことごとくに邪魔をするから正直、頭に来るのである。悔し紛れに剪定鋏で・・・。そこからご想像の夫婦喧嘩。「どうして切ってしまうのよ」。目を剥いて怒るのだ。トゲがあるのは美人だけと思ったら、うちのかみさんにもでっかいトゲがある。そんなかみさんも植え込みから薔薇を切り取って来ては 居間などの花瓶にいけている。女である。




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商社マンと玉葱(再)

ビール


  「やあ~、お久しぶり。今、どこの部署に?」



 「今は本社さ。半月ほど前、東南アジアから帰ったばかり。5年ぶりの本社勤務だよ。やっぱり日本がいいねえ」


 「東南アジアでは、どんな仕事を?」


 「百姓さ。百姓。厳密に言えば百姓の棒頭さ」


 「商社マンが百姓? 棒頭?」


 「そうさ。分かり易く言えば、人件費の安い東南アジアで玉葱などの農産物を作らせ、日本への輸入を図るんだよ。毎日、その現場指揮をしていたのさ」


タマネギ


 もう大分前のことだが、久しぶりに会った友と酒を酌み交わしながら、こんな話をした。この男は大学を出たあと、大手の商社に入り、れっきとした商社マンとして活躍していた。その仕事ぶりは私がイメージしていた商社マンと違っていたから、一つ一つ話は面白かった。久しぶりの再会も手伝って話は弾み、酒も進んだ。この商社マン氏によれば、人件費削減のターゲットとする国は、月給が日本円で1万円以内の所だという。


酒


 「あなたも知っている通り、農産物に限らず、商品のコストダウンを図るためには、まず人件費の削減だ。それだけじゃあダメ。こちらが求める質と量を安定的に作らせることだ。その上にもっと肝心なことがある。玉葱であれ、キューリであれ、全てを同一規格にすることだ。そうでなければ、我々はひとつたりとも引き取らない」


たまねぎ


 「安定供給もさることながら、同一規格にすれば国内で流通させる場合の箱詰めひとつとっても無駄なく、合理的に出来る。第一、値札を付ける場合に、いちいちハカリを使わなくても済む。スーパーなど小売店の省力化、つまりはコストダウンに繋がる寸法さ。形も目方も同じだから、売る側は機械的に値札だけを付ければいい」


トマト


 「そう言えば、スーパーに限らず、生鮮食料品の小売店でハカリが姿を消しちまったよなあ・・・」



 「ハカリで計るという行為ひとつ取ったって、商品のコスト計算上はバカにならないものがあるんだよ」

キュウリ


 山梨市の田舎で生まれた百姓の倅でありながら学生時代からサラリーマン時代のざっと45年間を東京や甲府で過ごしてしまった。自ずと食卓に載る全ての野菜はスーパーや八百屋さんから。現在のように女房と二人で作る曲がったキューリなどお目にかかりようもなかった。一転して今はナスもトマトも大根やサトイモ、玉葱、サツマイモも、みんな形がまちまちであるばかりか、傷モノもいっぱい。でも味は変わらない。むしろ、自分が作った贔屓目かもしれないが、こっちの方がうまい。真っ直ぐであろうが、曲がっていようがキューリの味は同じだ。
 商売上のコスト削減や流通の合理化が、いつの間にか消費者の商品概念を変えた。でも、その反動からか、それが次第に見直されている。「道の駅」など田舎の直売所では形にこだわらないナスやキューリが売れている。消費者だってバカじゃあない。地域の農家と、そんな消費者がうまくかみ合い、どこも人気上昇中なのである。





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蔦の爪あと(再)

蔦3



 「蔦の葉絡まるチャペルで・・・」と歌われたり、高校球児のあの暑い夏を連想させる甲子園球場の蔦いかにもロマンチックであったり、爽やかな青春を思い起こさせる。街を歩いていて鉄筋コンクリートの建物を包み込むような青々した蔦を見ると、いかにもクラッシックな洋館を髣髴とさせ、そこに住む人たちの生活ぶりをのぞいてみたくなるのは私ばかりではないだろう。





 私がこれから言う蔦はそんなロマンチックなものだったり、爽やかなものではない。会社をリタイアして戻った実家のお蔵の白壁は蔦に覆われていた。覆われていた、なんてものではなく、あるものは枯れ、汚らしく二階の屋根まで這い上がり、大きなお蔵は廃墟をも連想しかねないぶざまな姿を露呈していた。


蔦  



 ご存知、蔦はタコの吸盤のようなものを持っていて、コンクリートでも、土壁でもどんどん這い上がってしまう。これを取り除くのに始末が悪いのは枯れた蔦である。生きていれば、引っ張ればつるごと取れるのだが、枯れているとポリポリ折れてしまう。腹が立つ。そればかりか、吸盤は小さいから壁に張り付いたままで、取れないのである。枯れた蔦も高い所は梯子を架けて取り除いたが、点々と壁一面に残る吸盤は今も残ったまま。長い間、お蔵にとどまらず、ほったらかしにしていた付けであり、証明である。





 というヤツは畑であれ、空き地であれ、絶対に真ん中には生えないのだそうだ。しかも綺麗にしているところには顔を出さない。つまり、建物や石垣の近くで、這い上がれる所があることが条件だ。蔦の葉か絡まるチャペルや甲子園の蔦は少なくとも人為的に作ったものだが、みんな垂直に這い上がっているのは共通である。いったん始末して、綺麗にしておけばもう顔を出さない。いって見れば、蔦という植物は人や自然の弱みに付け込んで生きる嫌なヤツなのである。


蔦2



 「放って置けば必ず森になる」。秩父多摩甲斐国立公園の山梨県側の一角に乙女高原がある。そこはかつてスキー場だった所。春から秋、色とりどりの野草が花を咲かせ、今では野草の宝庫とまで言われるようになった。その草原を守ろうと、山梨市のある小学校教諭の呼びかけで、ファンクラブが出来た。毎年11月23日に山梨県内外のファンボランティアが集まって下草刈をし、翌年5月にはロープの遊歩道作りをする。





 この下草刈をしないと、あっちこっちに生えるブッシュが、やがて森になってしまうのだそうだ。各地のスキー場がシーズンオフ、野草が咲き乱れる草原として人気を集めるのは、雪の上にブッシュが顔を出さないように秋の下草刈を欠かさないからである。




 蔦ばかりではない。我が家の周りの道の石垣には、かつては小さな芽に過ぎなかった木の芽が長く放って置いたツケなのか大きなブッシュとなって、あっちこっちで道をふさいでいた。この道は6尺ほどの幅を持つ古道。車社会になって忘れ去られようとしている道だが、朝夕犬を連れて散歩する人は結構いる。道をふさいだブッシュと雑草。こんな所でも人に迷惑をかけていたかと思うと「これからは・・」と肝に銘じざるを得なかった。




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サクランボとなまくら息子(再)

サクランボ1


 サクランボといえば山梨県の人たちは南アルプス市の白根をイメージする。しかし、今では白根に勝るとも劣らないのが山梨市の旧岩手地区だと思う。私が住む村だからという贔屓目ではない。東南に面した山付きを中心にサクランボ畑が広がり、そのスケールはけして小さくない。路地ものばかりではなく、シーズンには一面ビニールハウスで埋まる。その立地とおそらく地味の良さも手伝って味もいいのだそうで、人気は年々高まり、4月から5月にかけての最盛期には首都圏からの観光バスがどっと繰り込む。




 その姿を横目にちょっぴり複雑な思いに駆られることがある。全体では一部分でしかないが、一等地のような1~2町歩の土地がかつては我が家の畑だったからだ。あの土地が俺のものだったら、とつい助平根性が頭をもたげる一方で、あの土地が今も残っていたら、と思うと、ゾッとするのである。助平根性などとんでもない。なまくらになってしまっている俺に耕作出来るわけがないからである。


サクランボ2


 子供の頃を思い出した。この地方ばかりではないが、山梨県は米麦、養蚕が農業の主体を成していた。平地は水田、それも二毛作の米と麦、山付きは桑を作って、養蚕をしたり、とうもろこしや薩摩芋も作った。この地方では大きな農家だったから、中学生の頃の農繁休暇には、10人前後の仲間や上級生が宿泊研修という名のお手伝いに来るのである。自分ばかりでなく、みんな懐かしい思い出であったに違いない。70歳近い男たちが今もその思い出話をするのである。




 私が大学に入った頃、つまり昭和30年代の半ばごろから、この地方は桃、葡萄を中心とした果樹への転換が始まり、あっという間に米麦、養蚕の農業スタイルは姿を消した。我が家も水田から桃や葡萄などの果樹園に転換したことは言うまでもない。農家の長男でありながら大学を卒業した後、家に帰らず、いわゆる会社人間の歩みを始めてしまったのである。

葡萄9月



 広い農地を抱え、家業を見向きもしないせがれに親父は頭を抱えたに違いない。我が家の農地の大部分を処分せざるを得なかつた親父の心中が、ちょうど親父の年になる今の私には分かりすぎるほど分かる。その処分の仕方も、やけくそなのか、一生懸命手伝ってくれたお礼なのか、近所の人に、いわば只同然で分けてしまったのである。


桃



 俺がもし親父の立場だったらと考えると、親父のような大胆なやり方はできないだろう。もう大分前になるが、今は南アルプス市となった旧白根町の知り合いがこんなことを話してくれたことがある。



 「うちの畑を道路でも何でもいいから走ってくれないものかとつくづく思う。親から譲り受けた畑を売っぱらうのはちょっと気が惹けるが、公共用地としてなら大義名分がある。息子は大学を出て、会社勤め。百姓なんかやる気はねえんだ」




 なにか自分と親父のことを言われているような気分になったものだ。百姓の長男とはそんなもの。しかし、その百姓をめぐる環境や価値観は何十年かのサイクルで変わるのである。




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カラマツの親爺さん(再)

温泉湯桶_convert_20120215132118



 長野県の佐久に近い道の駅の温泉で粋のいい親爺さんに出会った。口の利き方も、いわゆる、江戸っ子のような気風を備え、およそ信州人というニュアンスの人ではなかった。人をどこからでも受け入れるような雰囲気を持っていた。



「長野にもけっこうカラマツが多いですねえ」



 広い湯船の窓越しに見えるカラマツの山を眺めながら、目の前で手ぬぐいを頭に乗せて湯船に浸かっていたその親爺さんに話しかけると、その親爺さんはお湯を両手ですくって顔をぶるっと洗いながら昔を思い出すように話し始めた。



 「昔はあのカラマツが面白いほどどんどん売れた。今じゃあ考えれんがねえ。トラックにカラマツの丸太を積んではひっきりなしに東京に運んだもんだ。そのころのトラックじゃあ4本も積めば限界だったがねえ。あの頃は良かった。若い頃だったが、今考えると懐かしいねえ。いい時代だったよ」



 「カラマツがそんなに売れた時代があるんですねえ」



 外材に押され、スギやヒノキでさえ、国産材はことごとく敬遠され、需要を失っている今、信じられないような話だ。日本のスギやヒノキが悪いわけではない。伐採などに経費がかかりすぎるから、安上がりの外材利用に走ってしまっているのが実情だ。だから宝の山も持ち腐れ。あっちこっちにスギやヒノキの山が転がっている。それどころか下刈りなど山に手を入れないから山という山はどこも荒れ放題だ。ある学者の説によれば「花粉症の要因」まで惹き起している。ただでも素材の悪いカラマツが相手にされるわけが無い。




 今年71歳になる私より一回り以上も違いそうなこの親爺さんは「わしよりお若いあなた方はご存じないかもしれないが、戦争で焼け野原になった東京ではとにかく材木が必要だった。おっとりっこだった。素材がうんぬんだとか、節があるだの、多いだのなんてことは二の次。その後も東京湾の埋め立てにも引く手あまただった」と話してくれた。




 東京湾埋め立て用のカラマツは杭として使ったのそうだ。安上がりの上、脂が強いので、水や土の中で長持ちするのだという。昔わが国では住宅の基礎や、湿気の多いところにはクリ材を使った。しかしカラマツのほうが安上がりで、効率的であることは間違いない。カラマツはスギやヒノキなどに比べ成長が早い。それを見込んでわが国ではこぞってカラマツを植栽した時期がある。山梨県では明治天皇から国有地を下賜され、恩師林という名の県有地がどーんと増えた。そこに植えたのが主にカラマツだった。それが今ではお荷物になってしまっている。甲府城址に立つ謝恩塔は国有地ご下賜への感謝の象徴だ。山梨県ではそのカラマツをなんとか商品化しようと林業試験場が中心になって開発研究に努めているが、その決め手は見つかっていない。




 カラマツは落葉樹だから秋には山を茶色に染め、冬は葉を落とす。5月も半ばになると緑の芽を吹く。私たちが行った長野の別荘地では緑が芽吹く一方で、建物の屋根の上には冬中に落としたカラマツの葉が汚らしく積もっていた。これまた別荘地のお荷物である。




 カラマツの話をしてくれた親爺さんは昔は材木屋を営んでいたという。「代々の材木屋で、それはいい時代もあったよ。でも今じゃあ材木屋じゃあ食っちゃあいけねえ。だから店も閉めちぃまったよ」。そういう親爺さんの顔はちょっぴり寂しそうだった。



 「うだつがあがらねえ、という言葉を知っているかね。俺にうってつけの言葉だがねえ」。材木屋に見切りをつけざるを得なかった自らを振り返ってでもいるよぅに≪うだつ≫の説明をしてくれた。



 「うだつは隣からの火事を防ぐために屋根に載せた土造りの塀みたいなもんさ。俺なんかにゃあ、そんなマネできっこねえけどなあ」



 「よくいろいろのことを知っていますね」



 その言葉に気をよくしたのか、今度は中山道と甲州街道が合流するところにある下諏訪の諏訪大社(下社)について話し始めた。




諏訪大社



 「家というものにゃあ必ず屋根の両側に波風というやつが2枚ずつ着いている。だけど社の場合、棟のところでクロスして上に突き出している。あれにもオスとメスがあって、上に突き出しているてっぺんが平らのやつはオス、斜めのやつはメスなんだよ。下諏訪にある諏訪大社の下社は女、諏訪湖を挟んで反対側の上諏訪(諏訪市)にある上社は男。だから波風の造りも自ずと違うんだよ。下社には春宮、秋宮、上社には本宮と前宮がある」



 「じゃあ波風の造りは伊勢神宮の内宮、外宮も同じですか」


 「そうさ」


 「ところで、親父さん、商売はなにやっているんですか」


 「俺は建設屋さ。いってみりゃあ大工だよ」


 「それじゃあ詳しいわけですねえ」


 親爺さんはニッコリ笑って湯船を立ち上がった。


 一足遅れて出て行ったら、この親父さん、脱衣場で噴き出す汗を拭いながら涼んでいた。ニコニコしながらまた話しかけてきた。


温泉湯和室_convert_20120215131907



 「山梨から来たんだってねえ。甲州じゃあ、かかあ天下にからっ風って言うんだってねえ。でもねえ、女があんまり威張っちゃあいけねえよ。女はとかく見たまんまを口に出して表現する。目先だけでものを見、全体を見ないんだ。そんな女が段々強くなる今の世の中、絶対よくねえよ。世間全般、細かことでくよくよ言ったり、すぐ物事にヒステリックになる。こんなことじゃ日本は悪くなるねえ」



 気心の知れた仲間のような口ぶりで話す。湯船でのわずか2、30分の出会いだったが、裸の付き合いとはよく言ったものだ。親爺さんがカラマツ材を東京に運んでいた頃のことを「トラックで夕方長野を出て東京に着くのは翌日の朝。碓氷峠を越え、旧中仙道沿いに群馬、埼玉と夜っぴで走ったもんだ」といい、佐久から板橋まで中仙道の宿場町を立て板に水で追っかけてみせたのがなぜか印象的だった。




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パソコンとにらめっこ

パソコン


 みんなパソコンに向かっている。平職員も係長も課長も…。そこが民間の会社であれ、公務員の役所であれ、インドアの職場では、いつも同じような光景が。天井の照明は心なしか暗い。省エネ対策なのだろう。無駄口はおろか、隣同士、口をきくこともなく、ただ黙々とパソコンと“にらめっこ”している。




 それが特段、変わったことでもなく、不自然なことでもない。でも、何かおかしい。ある役所でのこと。そこをしばしば訪れるオジサン雀たちは、こんなことを。




 「みんな一生懸命仕事、しているんだよねえ。でも、揃いも揃って、みんながみんな一日中、パソコンに向き合っていなければならないほどパソコンを道具にする仕事ってあるのかねえ…」




 「そうだよなあ~。オレ達の現役時代は、パソコンなんか一人一人にあてがってくれなかったもんな。第一、こんなコンパクトなノートパソコンなどなかったからねえ。情報の多くは電話やファックスで入手。それを手書きで書類にまとめたよなあ…」



原稿



 「そうそう。お尻が大きく出っ張ったディスクトップ型のパソコンだった。同じディスクトップでも今のように薄くはなく、ゴツイものだったねえ。とにかく、パソコンなんか、オレ達には操れない、と決め込んで、若い人たちに“丸投げ”しちまった。そのツケが今に回ってきているわけさ。その頃、素直に教わっておけば良かったんだがねえ」




 「後の祭りってヤツさ。当時、なんでも『一太郎』というソフトが出て来て、若い人たちは、それに飛びついた。ところが今じゃあ、“過去の遺物”だそうだ」




 ハードはむろん、パソコンソフトの開発、進化は日進月歩。私たちアナログおじさんたちに、それが使いこなせる訳がないのだが、どんどん進化していることだけは分かる。一声掛ければ教えてもらえる若い人たちがいた現役時代にパソコンのなんたるかや、操作のノーハウを覚えてしまっていたら…。それこそ後の祭りだ。




 自分で言ったらヘンだが、同じアナログ人間でも私なんか、いい方。60の手習いならぬ65の手習いでパソコンを習ってみたからいいが、仲間達の中には、ハナから諦め、触ろうともしない人たちがいっぱい。「目に悪い」、「肩が凝る」。口実はおおよそ決まっている。そんなオジサン雀はこんなことも-。

男性


 「職場で、パソコンに向かっていれば、いかにも仕事をやっているように見えるもんな。インターネットとやらで、私的な情報検索をしたり、仲間とのメールのやり取り、果てはゲーム、つまり“遊び”をしているヤツだっているんじゃあないの…」



 
 「そんなことを言っちゃあいけねえよ。そりゃあ、パソコンもインターネットも分からない人間達の“やっかみ”“ひがみ”ちゅうもんさ」





 バカなオジサン雀たちの、たわいもない会話である。ただ10年前、20年前の職場の原風景が変わったことだけは確か。しかもパソコン操作の技術力は上司と部下で逆。総じて課長より係長、係長より、若い平職員の方が上手。この逆転現象は、まだしばらく続くのか。




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詐欺と盗人(再)

サギ


 「お母さん、振り込め詐欺に騙されるなよなあ・・・」

 「私なんか、そんなにのろまじゃあ、ありませんよ。お父さんじゃあ、あるまいし・・・」

 「おい、おい。ひと言、余計じゃあないのか?



 今日も地域の防災無線から流れる振り込め詐欺防止の啓発放送を聴きながらの女房との何気ない会話である。女房は「絶対に引っかかりっこない」と断言するが、こういうタイプがいざとなると一番危ない、と私は思っている。なぜかって?娘はいい歳をしているのに、一人娘のためだろうか、今でも、どちらかと言えば過保護気味だからだ。こういうタイプは、ひとたび、巧みに仕掛けられれば、一発だろう。


電話




 「こちら山梨市役所と日下部警察署からお知らせします。今日、山梨市内の70歳代の主婦に電話があり、その女性の息子を装って、俺の携帯の番号が変わったので控えて欲しい。また電話する、と言っていったん電話を切り、改めてATMへのお金の振込みを求めてきました。このような電話があった場合、絶対にお金の振込みはせず、警察へ・・・。また定額給付金の支払いを理由に、手数料名目で現金の振込みを求める電話もかかっています。定額給付金の支給に手数料はありません・・・」




 こんな内容のアナウンスが毎日のように繰り返されているのだ。予防、警告のための放送にとどまらず、実際に被害に遭ってしまった事例も。その放送をよそ事のように聞いている側から見れば、これほど度々警告しているのに・・・と思うのだが、振り込め詐欺の被害は絶えない。よほど巧みな手口で仕掛けてくるのだろう。女房が言うように、みんなが、私だけは引っかかりっこない、と思っていているのに・・・。



 「石川や 濱の真砂は尽きるとも 世に盗人の種は尽きまじ」


 ご存知、石川五右衛門の辞世だが、悪いヤツは、今も昔も次から次へと出てくるものだ。五右衛門から時代は下って江戸時代の「白波五人男」のひとり・弁天小僧菊之助や、あの名台詞「問われて名乗るもおこがましいが、産まれは遠州浜松在、六十余州に隠れもねえ賊徒の首領たあ~・・・」の日本駄右衛門、さらに時代は下って江戸後期の鼠小僧次郎吉。


白浪五人男



 いずれも名うての盗賊に違いはないが、そこには何かしらの愛嬌があった。歌舞伎や庶民が集まる芝居小屋の演目にもなったりしたからだろうか、なぜか憎めない。特に鼠小僧次郎吉は、お金持ちの大名や武家屋敷ばかりを狙い、自らも義賊を標榜したという。




 ところが平成の盗人はどうだ。ATMやケイタイなどITを巧みに駆使し、弱い立場のお年寄りや女性をターゲットにしているのである。ATMを駆使して途中の「足」を消しているから捜査当局にとっても始末が悪い。再三の防災無線による警告のように、みんなで注意するしかないのだろうか。



 とにかく、一刻も早く捕まえて、五右衛門のように、釜茹(煎)でにでもしたらいい、というのが私たち庶民の感情だ。京都の古刹・南禅寺の山門という晴れ舞台まで用意して「絶景かな、絶景かな。春の眺めは値千金とは、ちいせえ、ちいせえ」などと、大見得を切らせるわけにはいくまい。





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嫌な世の中(再)

子供


 電話のベルが鳴った。咄嗟に受話器を取った私は
「はい、○○ですが・・・」




 当然の電話への応対だ。それを聞いていた女房が、電話が済んだ後、



 「私も、おかしいと思うんだけど、最近じゃあ、電話がかかってきても、こちらは、モシモシだけで、自分を名乗らない人が多いんだってよ」



 「どうしてだ?」



 「決まってるじぁない。悪いヤツがいて、間違い電話を装って悪用するからよ」



 なるほどと思う一方で、ヘンな世の中になっちまったもんだ、と改めて思った。


電話


 電話を悪用する常套手段は、このところ頻繁に被害が出ている振り込め詐欺だ。繰り返される振り込め詐欺の被害。それを防止するため、毎日のように、これまた繰り返される防災無線による啓発アナウンス。誰だって身構えたくなる。




 裏を返せば人を信じなくなるということだ。時にはある間違い電話にしても「もしかしたら・・・」と悪い方に勘ぐってしまいかねないのである。普通なら「間違いました。大変失礼いたしました」「いえ、いえ、どういたしまして」で済むところが、そこに猜疑心を残せば後味が悪いものになるのに決まっている。もちろん、振り込め詐欺など悪いヤツは沢山いるわけではない。


携帯電話


 悪意の電話は論外で、単純な間違いにしても、当たり前のマナーさえみんなが心得ていれば、猜疑心は沸かない。人間だから誰だってダイヤルの仕間違いはあるだろう。その時に一言の侘びもせずにプツンと電話を切ったりするから、相手に不快感を与えるばかりか、その猜疑心まで誘発してしまうのだ。




 大人が間違い電話に一瞬、身構えるくらいならまだいい。困ったもんだ、と思うのは子供への教育だ。親も学校の先生も、子ども達に「知らない人に声を掛けられても、黙っていろ」とか「知らない人に声を掛けるな」と教える。万が一の毒牙から子ども達を守る手段だが、そう教えられると子ども達は、人を疑うことばかりを覚えることになる。


k子供



 一方で、挨拶をしろ、と教える。子ども達は面食らうに違いない。大人たちが設ける街角の挨拶運動を促す標語塔が白々しく映る。考えてみれば、全ての動物が本能的に、この猜疑心とか警戒心というヤツを持ち合わせている。自分を守る手段なのだ。しかし、必要以上に猜疑心や警戒心を植えつけたら子ども達はいったい・・・。万一、子どもが事件に巻き込まれたらどうする、と開き直られたら返す言葉がないのだが・・・。


子ども2


 人間が元来、持ち合わせている防衛本能。それに輪を掛け、ことさらに警戒心や猜疑心を植えつけたら子ども達の心は歪むに違いない。「万一、事故が起きたらどうする」という言葉の裏側に、学校や地域の≪事なかれ主義≫が潜んでいたら、これこそ主客転倒だ。それはともかく、ひとつ言えるのは、大人が物事に過剰に反応し過ぎると、純粋な子ども達に悪影響を及ぼしかねないことだけは確かだ。




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パソコンの落とし穴(再)

パソコン_convert_20110106220352


 「足コメありがとう。しかし、随分と上から目線での物言いですねえ。年長者でも、使っていい言葉と、そうでない言葉がありますよ。お気をつけ下さい」




 私が自分のブログにおいで頂いた方に書かせていただいた、足あとコメントの返事だ。一瞬、ドキッとした。明らかに叱責だ。抗議でもある。何か失礼なことを書いてしまったのだろうか。いや、そんなことはない。初対面の方だから、失礼にならないようにコメントを書かせていただいたはずだ。

マウス



 すぐに私が書いたコメントを見てみた。結論から言おう。とんでもない変換ミスをしていたのである。恥をしのんで、お叱りを招いたコメントの内容を掲載してみる。




 「(前略)よくいらっしゃいました。私は山梨の田舎ですから、子どもの頃、大きなウサギ小屋を作って何匹ものウサギを飼ったことがあります。そんな時代を懐かしく思い起こしました。(中略)こちらからも、または意見しに伺います




 (前略)の部分では相手方のブログを読ませていただいた感想を、また(中略)の部分では山梨の近況を書かせていただいた。お叱りを頂いた「随分と上から目線での物言い」は、最後の部分だった。自分では「こちらからも、また(ブログを)拝見しに伺います」と書いたつもりが「こちらからも、または意見しに伺います」になってしまったのだ。




 つまり、変換ミスで「また拝見しに・・・」が「または意見しに・・・」に。ブログを拝見させて頂くのではなく、意見をしに行くことになってしまったのだから、まったくの、大きなお世話で、お怒りになるのも当たり前。




 「拝見」と「は意見」。一字違いで意味がまったく異なってしまう。パソコンほど利口者はいない、と思っていたら、とんだ落とし穴が潜んでいたのである。変換ミスをご理解頂ければ、何の事はない、笑い話のような話だが、このパソコンのいたずら、場合によっては人を傷つけたり、傷つけられたりするのだ。いつでも起こり得るから怖い。


キーボード


 助詞とか、接続詞との組み合わせから生ずる変換ミスばかりでなく、同異語の変換ミスもあるだろう。いわゆる、誤字、脱字の類なら「あいつ、バカだなあ」で済まされもするが、それによって文章の意味がまったく違ってしまったら、場合によって「ごめんなさい」では済まされない。大抵の変換ミスは文脈を乱して、意味が分からなくなるからいい。しかし、私のご粗末のように、よく見れば一字、不自然な「は」が入ってはいるものの、全体では意味を違えて読み下してしまえるから始末が悪い。




 手書きの文字だったら、こんな間違いや、そこから生ずるトラブルはまずなかった。あっても「あいつ、また、こんな誤字を書いて・・・」と笑われるくらいで済んだ。そういう自分だって、それをしかねないから、目で笑って終わりだ。

パソコン1_convert_20110722215928


 しかし、パソコンというヤツは時に、アナログ人間を狙い撃ちにして落とし穴にはめる。キーを叩き損ねて、また打ち直す。変換ミスどころか、そんな悪戦苦闘をしているのだから困ったものだ。パソコン様、くわばら、くわばらである。



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和尚さんの話

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 「今ある物を大事にする。それは失った物を取り戻す事よりずっと簡単な筈。でも私たちは、その“今ある物”を大事にしているだろうか…」


 山梨県の「峡東地区明るい社会作り運動協議会」の総会の後、記念講演した和尚さんは「行持報恩」と題したお話しの中で、こんなことを言った。



和尚さん2_convert_20130510140110



 その言葉をお聞きしていてふと考えた。自らの日常に重ね合わせて“急所”を突かれた気がしたのである。人間、今というものを空気のように見過ごし、その一方で過ぎ去ったものや失ったものに執着していないか。郷愁だったり、愛着だったら、まだいい。でも和尚さんが言うように“今”を大事にしなかったら“明日”がないことは確か




 乱暴な言葉とお叱りを受けることを覚悟で言わせていただければ、市井には「死んだ子の歳を数える」という言葉がある。いつまでもクヨクヨすることの例えを言うのだが、過ぎ去った過去に拘って生きるより、「これから」を見据えながら前向きに生きることの方がいいに決まっている。




 「明るい社会作り運動協議会」は全国的な組織。環境の浄化や青少年の育成、福祉や平和など幅広い分野で活動している。新入学児童に「黄色い帽子」を贈る交通事故防止キャンペーンは、学校や社会に定着した。数年前から同協議会の役員を仰せつかり、末席を汚している。一方、その総会で講演した和尚さんは山梨市にある曹洞宗のお寺さん「龍石山永昌院」のご住職。このお寺さんは甲斐の武将・武田氏ゆかりの名刹である。



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 和尚さんは神奈川県鶴見の総持寺と並ぶ曹洞宗の本山、福井県・永平寺での修業時代を振り返りながら、こんなお話も。永平寺は曹洞宗の僧侶なら一度は門をくぐる修行道場だ。




 「(雲水の)修行は毎日が朝も暗い3時(夏)、または3時半(冬)から就寝時間の夜9時まで。小さな手桶半分の水で歯磨きを含む洗顔で身支度を調え、一日が始まる。そこにある一滴の水も大事にし、不自由の中に身を置く。座禅も日課の一つ。座禅は自分と向き合う時間だ。そこでは誰もが自分の心の中で自らを制御することの難しさに直面する」




 座禅であれ、何であれ、人が日常のどこかで、心を落ち着けて自らと向き合うことの大切さを言外に説いた。




 このお寺さんでは毎年8月、夏休み中の子供達を集めて座禅会を開いている。地域ではなかなかの好評。無邪気ながらも子供達は座禅の中に「何か」を掴んでいるのだろう。永昌院は甲府盆地の東部・果樹地帯を一望出来る高台にあって、御坂山塊を前衛にした富士山が真正面に見える。


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 「あんな素晴らしい環境で座禅を組んだら人間、心が洗われるよなあ~」。夕餉の晩酌をしながら、凡人は凡人らしく、そんな話をしたら、我が女房殿


 「そうよ。お父さんのような人は、座禅でも組んで、自分を見つめ直し、改めなければダメよ。この夏は永昌院さんにお邪魔してカツを入れていただいたら…」


 何時もの事ながら一言多い。でも言っていることは、まんざら間違ってはいない。



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パソコン革命

封筒と万年筆



 筆、ペン、万年筆、ボールペン、鉛筆…。パソコンは文字文化を支えてきたツールを片っ端から飲み込んで、“我が世の春”を謳歌する勢いだ。400字という文字の単位を築き挙げてきた原稿用紙だって同じ。消しゴム、下敷き、鉛筆削り、筆箱…。いわゆる文房具というヤツを丸ごと飲み込んで知らぬ顔をしている時代がやって来た。


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「芸術の森」佐藤正明のビックアップルNo45をのぞむ丘



 甲府の郊外に山梨県立の「芸術の森」というのがあって、そこには美術館や文学館がある。美術館はひと頃、“ミレーの美術館”として脚光を浴び、今でも人気は衰えていない。その目と鼻の先にあるのが文学館。ミレーの常設展と並んで、タイムリーに開く特設展行きの後には、必ずと言っていいほど、この文学館を覗く。


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山梨県立文学館



 美術館と比べれば、こちらは、ちょっと地味な存在だが、関心を持ってみれば結構面白い。太宰治や芥川龍之介など山梨ゆかりの文豪達の企画展をやっているのだ。そこに必ずと言っていいほど展示されているのが、それぞれの作家の執筆原稿。それも名だたるヒット作の生原稿だから、興味が沸かないはずがない。

 


 二本棒で消したり、黒く塗りつぶして消したり、矢印で字句の入れ替えをしたり。原稿の推敲の跡が見る者をリアルな世界に引きずり込むのだ。そんな文字の動きは、作家達の心の動きそのものだから、見る人にストレートに生々しさを伝えてくれる。言うまでもなく人間が書いた文字だからで、その心の動きまでが原稿用紙のマス目に息づいている。




 これがパソコンで綺麗に打たれた人工の文字だったら、ショーケースをのぞき込む人は誰もいまい。文字に個性があって、書き手の息づかいが伝わって来るから面白いのであって、パソコン文字の原稿など興味を抱かせる筈がない。逆の見方をすれば、それは見る側の勝手な感情であって、合理性だったら、これに勝るものはあるまい。




 消しゴムもいらなければ、修正液もいらない。不都合なことがあれば、キーを一つ叩けば消してくれるし、字句の入れ替えをしようと思えば、いとも簡単にやってくれる。コピペ(コピー・アンド・ペースト)、つまり、コピーしたり、それを貼り付けたりすることだって、いとも簡単。そう言えば修正液なるシロモノ、何時しか姿を消してしまった。


手紙2


 お目当ての活字が見当たらなければ、「手書き文字」で検索すれば、見つけてくれる。インターネットを絡ませれば、辞書機能も含めて、あらゆる情報を導き出せるのだ。和文から英文に、その逆だってワンタッチでやってくれる。翻訳機能だ。




 「人間は考える葦である」。何処かの国に、そんなことを言った哲学者がいた。それから数世紀。電卓もそうだが、パソコンを生み出した人間は、自ら記憶する努力や考えることをしなくなった。特に漢字だ。ただでも物忘れが進んでいる私なんか、それに拍車を掛けるように、どんどん、忘れていくのである。パソコンの変換機能に頼るためで、新たな記憶の蓄積をしないばかりか、考える事を忘れるのである。



 パソコンの普及は諸刃の剣。便利の一方で、マイナーな一面も助長しているのである。インターネット社会は、これから、もっと、もっと進化する。化け物のように…。



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パソコンの功罪

ペン


 「ペンを取る」とか「ペンを走らせる」という言葉は「ダイヤルを回す」と同じように、最早、死語になりつつある、日常にパソコンが普及したからだ。同じ意味合いの「筆」は一足早く、少なくとも我が家の日常からは姿を消した。電話はボタン式になって久しい。




 ヘンな表現だが、文字を書かなければならない人ほど「文字を書かない」。それを生業とする作家や新聞記者たちである。「書く」から「叩く」。原稿用紙に向かうのではなく、パソコンに向かってキーを叩くのだ。役所や会社で書類作りに携わる人だって同じだろう。




 こうしてブログを“書き”、パソコンに“遊んで”貰っている暇な人間ですら、日常で文字を書くことが縁遠くなっている。あるとすれば年に一度の年賀状と、お中元やお歳暮など友や知人からの贈り物に対するお礼状くらいのもの。お礼状は電話やメールで済ませてしまうことが多いので、あえて言えば、年賀状ぐらいのもの。その年賀状だって今やパソコンがやってくれるのだ。


年賀状



 文字の文化を支えたのは、紛れもなく筆であり、ペン・万年筆であった。しばらく経ってボールペンが開発されて、これに取って代わった。もちろん、鉛筆の存在は欠かせないし、子供達の間ではシャープペンが。シャープペンやボールペンには、サンリオのキティちゃんなどの人気キャラクターが施され、ファッション性をも備えるようになった。それほど顕著では無いにしても筆やペン・万年筆にも、もちろんデザイン性はあった。



ペン



 いずれも文字を形成するツールとして、それぞれの場面にあわせて役割を果たして来たのである。署名や記録の手段、そのためのツールとしては、筆や万年筆がその役割を担い、鉛筆やシャープペン、ボールペンは、それを補完するラフなツールであったように思う。




 パソコンの登場は、そんな文字文化を根本からひっくり返してしまったのである。筆であれ、万年筆やボールペン、鉛筆であれ、これまでの文字を書くツールの形態が決まって棒状で、しかも手に持って書いたのに対して、こちらはキーを叩くだけの動作に


キーボード



 それだけではない。パソコンという“革命児”「ペンダコ」という言葉も死語にしてしまった。ペンダコは作家や新聞記者のように文字を沢山書く人の証であり、勲章のようなものでもあった。主には右手中指の第一関節付近に出来るのだ。しかし、今や過去の遺物。そんなものがあったら若い方々からは笑われるに違いない。




 確かにパソコンは便利だ。しかし、そこから流れ出す文字はみんな画一的。当たり前だが、手書き文字が醸し出す個性は言うに及ばず、味のひとかけらもない。女房はよく言う。



 「お父さん、パソコンはいいよね。いくら字が下手くそでも分からないものねえ…」


 似た者夫婦。考える事は同じだ。


 ソフト会社は筆文字を作ったり、さまざまな字体を作ってくれてはいるものの、所詮は人工文字。いくら知恵を絞り、工夫を凝らしたとしても人間一人一人が持つ個性を創造することは出来まい。パソコンは日本の文字文化を雪崩のように変えていく。人間はいつの間にかそれが当たり前と受け止めていくのだ。(次回に続く)



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墓所の風景(再)

墓


 その人が建立した墓所甲府盆地を一望でき、その向こうに富士山の雄姿が望める湯村山の中腹にあった。春といっても頬をなぜる風はまだ冷たい。なにしろ小高い山の中腹だし、そこから見渡す見事な眺望のせいもあってか、その風は一層爽やかだ。墓所建立の竣工法要に参列した人達が誰ともなく「いい所ですねえ」と、つぶやいた。




 もう60年以上も前、富士山麓に程近い御坂山塊の麓の片田舎から、山梨県の県都・甲府に出てきて運輸業を興した。この人の手腕、力量がモノをいって、会社は着実に業績を伸ばす一方、人柄、人望が手伝って、次第に山梨県経済界の重鎮としての座を不動なものにした。80歳になったのを機に県内の中小企業を束ねる経済団体の会長職を退き、後進に道を譲った。



風紀2


 自らの人生に、ひとつの区切りをつけたのだろう。墓所建立の法要を済ましての、おときの席で、大勢の来賓を前に「やっと念願が叶ってホッとした」と、自らの80年の来し方を振り返った。その顔は経済界の重鎮でも、企業を率いる会長の顔でもなかった。一人の年老いた柔らかな人間の顔に戻っていた。




 「建設中も大勢の人が見に来てくれたんですよ」と、控えめながらもこの人が言うように、墓所は掛け値なしの立派なもの。広く囲んだ玉垣の中には中央に大きないしぶみと、その両側に石塔が。左側の石塔にはこの人の戒名が、やはり健在の奥様のものと並んで刻まれている。もちろん、お二人の戒名の一字は紅。「慶徳院和山宗睦大居士」。戒名の一字「大」がこの人を誰にも分かるように物語っている。


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 中央のいしぶみには大きな文字で「孝順」の二文字が刻まれている。墓所建立法要のあとの、おときの席で、この「孝順」を揮毫した臨済宗向岳寺派の管長と、墓所建立の施主であるこの人は、それぞれの立場で、この言葉の奥深い意味を説いた。いつの世にあっても普遍な親や先祖への敬い、感謝、畏敬の念・・・。みんなが頷いた。


孝順


 管長は、挨拶の中で、こんなことも話した。

 「最近の風潮として≪個≫を重んずるあまりに人と人との絆がどんどん弱くなっている。例えば、一番小さな社会である家庭を見ても≪個≫を優先し、親子や家族の絆が希薄になって、そこから家庭内暴力など、さまざまな問題を露呈している」




 そんな僧侶のお話を拝聴しながら「確かに」と頷いた人は多かっただろう。≪個≫を尊重することは決して悪くない。しかし、それが一人歩きすると「自己虫」がどんどん増える。身近な日常でも度々出っくわす「自己虫」。これからの日本は、いったい・・・。




 ところで戒名。この人のそれに、さりげなくというか、重々しくついている「大」の一文字には大きな意味がある。この人の人となりを見事に表しているのだ。社会への貢献もさることながら、広い意味での先祖を敬い、お寺、宗門への貢献度がその基調になっているのだ。権力の象徴でも、ましてやお金でもない。その人がどう生きたかにほかならない。霊園の大小を問わず「大」とか「殿」の文字がつく戒名は少ない。





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赤か黒か(再)

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 「赤と黒」「赤と白」「白と黒」「赤、青、黄色」「青と白」・・・。

色を充てた言葉や題材は私たちの日常で、決して少なくない。「赤と黒」はご存知、19世紀中期のフランスの作家・スタンダールの長編小説。「赤と白」はハチマキだったり、紅白歌合戦のように、対抗戦に用いる色。「白と黒」犯罪や疑惑などをめぐって、よく使われる「白か黒か・・・」のあれだ。「赤、青、黄色」は言うまでもなく信号の色「青と白」東西を表す色だ。因みに北は黒、南は赤だ。





 結婚式やお葬式など、祝儀、不祝儀の儀礼の時に使う、のし袋も「赤と黒」である。数日前のことだが、この「赤と黒」で、ずいぶん迷った事がある。こんなケースだ。さて、皆さんならどうします?

赤か黒か



 知人が自らの墓所を建立、その竣工と合わせてご先祖の供養、つまり法要を営むというのだ。この方は、80歳を超えられた山梨県経済界の重鎮で、普段、懇意にさせていただいている関係もあって、ご招待を頂いた。そこまではいい。問題はその次だ。




 そこに行くのに、こちらの気持ちを表す「のし袋」が必要。そこで、はたと困ったのがか」である。墓所の竣工だったら、当たり前のこと「赤」ののし袋。一方、ご先祖の法要も、というと、もちろん「黒」である。墓所の竣工にウエートがあるのだから、お祝いの赤でいいのだろうが、その後の法事がなんとなく心に引っかかるのである。


赤か黒か2


 結局、お前はどうしたって?私は迷った挙句「ご香料」としたためた赤ののし袋を胸のポケットに納めて出かけた。「赤か黒か」で戸惑ったのは、やっぱり、私ばかりではなかった。この行事に参列した、いわゆる来賓は年配者ばかり。竣工と法要のセレモニーを終えて、甲府市内のホテルでのおときの席に臨む前、あっちこっちで「赤?」「黒?」でボソボソと。中には赤と黒、二つののし袋を胸に潜ませて臨機応変の「赤信号、みんなで渡れば怖くない」式のお客さんも。




 しかし、この迷いは、おときの席での菩提寺住職のご挨拶でいっぺんに吹っ飛んだ。いい歳をした私たちのたわいもない迷いを知ってか知らずか「立派な墓所の竣工、おめでとうございます」から始まった。施主の菩提寺は山梨県甲州市塩山にある臨済宗向岳寺派の総本山向岳寺。そこの管長だから説得力もある。


赤か黒


 そう言われてみれば何と言うことはない。般若心経などの読経が響く墓所を囲んでいるのも紅白の幕だし、お寺さんのご挨拶も「おめでとう」。のし袋だって赤に決まっているじゃないか。あとで考えればそうなんですよ。「只今から○○家の法要を・・・」と始まったおときの神妙な席も、みんなの迷いが吹っ切れたのか、途端に明るくなった。




 ところで、みんなが持って来たのし袋は赤?それとも黒?それが分からないんです。どうしてって?それが、施主側が「お心遣いはご無用」とハナから受け取らなかったのである。そうなると「これでいいのか」とまた引っかかるのだ。とにかく「赤か黒か」、みんなの胸のポケットに入っていた、のし袋の色を見たいものである。




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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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