カブト虫とロータリアン(再)

 過日、私が所属するロータリークラブの例会で、カブト虫をテーマにした卓話をしてくれたロータリアンがいた。この方は山梨市や甲州市に店舗を持つ花屋さんだが、根っからのスポーツマン。毎朝、数10キロの山道を走り込み、仕事の合間を見ては、あっちこっちのマラソン大会やロードレース大会にも参加する。メタボのそしりを免れない私などと違って、身体はスリムで、いかにも健康そうだ。


カブトムシ



 「カブト虫が大好き」というこのロータリアンがカブト虫の話をするとき、その顔は童心に返ったように嬉々としてくるのだ。仕事を終えて家に帰り、夕食を済ました後、毎夜のようにカブト虫採りに出掛けるのだという。そんなお父さんに家族はけげんな顔をするのだそうだが、このお父さんはビクともしない。


虫取りあみ



 好きこそ物の上手なれ、ではないが、カブト虫がいそうな所が動物的な感で分かったり、毎朝のジョキングでも普通の人なら見逃してしまう道端のカブト虫も見逃さないのだそうだ。かつては好きと趣味が高じて5,000匹ものカブト虫を飼育、子供たちのために出荷までした事があるという。




 カブト虫の飼育にはおがくずなど、その環境作りが必要だ。しかし、そのおがくずが手に入らないようになって今では断念したという。その語り口調はいかにも寂しそうだ。カブト虫好きの人たちの飼育は別にして、私達の周りにカブト虫が育ち、棲む環境が知らないうちに減ってしまった。


麦わら帽子



 考えてみれば、カブト虫は養殖なんかしなくても、あっちこっちにいた。私は田舎育ちだったから、裏庭の堆肥置き場をひっくり返せば、カブト虫の幼虫がゴロゴロ出てきた。ゴロゴロと言ったのは、その白濁色の幼虫は胴回りが直径2㎝、長さ5~6cmぐらいで、玉のように丸くなって土の中や堆肥の中にいるのである。学名は定かではないが、みんなが「ノケサ」と呼んでいた。




 そのノケサがいっぱいいるのだから、カブト虫があっちこっちにいるに決まっている。夜、窓、というより戸を開けているとセミやカナブンブンなどと共にカブト虫が舞い込んで来るのである。その頃は子供の数が多いから、大騒ぎでセミやカブト虫を追い回すのだ。こんな光景は日常茶飯事で、いわば、田舎のどこにでもある夏の風物詩でもあった。



カブトムシバー


 ところが、卓話のロータリアンさんが言うようにカブト虫はどんどん減って、今や貴重品。毎年夏になれば、デパートやホームセンターではカブト虫売り場が出る。お母さんに連れられた夏休みの子供たちでどこも大賑わいだ。最近では、大人のカブト虫ファンも増えているのだそうで、大人向けのカブト虫ショップも珍しくない。


カブトムシ


 そういえば、日本のどこの博物館だったか、あるいは外国の博物館だったかは忘れたが、そこで見たカブト虫の種類の多さにびっくりしたことがある。カブト虫に目のないフアンなら振るいつきたくなるようなシロモノもいっぱい。マニアの間では5万、10万、高いいものでは100万円単位で売り買いされるものもあるという。


百万円


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新盆とアナログ人間(再)

 中央道など高速道路や一般幹線道路のUターン現象が収まって、今年もお盆が静かに去っていった。家族連れなど思い思いに夏休みを楽しんだ働きバチたちは、またいつもの仕事に戻っていき、子供達の夏休みも終わった。

お盆


 新盆。死者を送り出して、始めてお盆を迎える家庭では、一般家庭より入念にお盆の行事をする。ナスやキュウリで作った牛や馬、菓子や果物など供物を供えた祭壇を飾るのはもちろん、玄関先には真新しい盆ちょうちんをつるし、新しい先祖の霊をお迎えするのである。全国的な風習かどうかは分からないが、ご近所はもちろん、親交が深かった友たちは黒のネクタイで威儀をただして、思い思いにお参りする。


提灯   きゅうり   ナス   提灯


 私も地元山梨市や甲府など6軒の新盆家庭を廻り、お参りさせていただいた。これは5年ほど前の、やはり新盆でのことだが、中学時代の同級生で無尽仲間の家では酒や料理を用意してくれていた。13人の仲間たちは祭壇に線香を手向け、ご馳走になった。お酒を酌み交わしていくうちに、施主でもある友人のご子息と話がはずんだ。


 このご子息は地元民放局の技術畑で活躍する当時35歳。今、2011年、つまり3年足らずで迎える地上波放送の完全デジタル化に向けて詰めの作業の真っ最中だっだ。放送局側は「地上デジタル化」を「チデジ」とちぢめてコマーシャルを流し、視聴者に事前の準備を促していた。


01001


 さて、そのデジタルというヤツだ。「0と1を組み合わせた信号を一秒間に30・・・」と説明されても、アナログ派の人間にはさっぱり分からない。実生活や身の回りの物でもデジタル化はどんどん進んでいる。そのことは分かる。しかし、その仕組みや理屈となるとちんぷんかんぷんである。


 このご子息ばかりでなく、やはり民放局の技術畑にいたご子息のお父さんや私の親友で高校時代の同級生からも聞いたことがあるから、デジタルの説明を聞くのは一度や二度ではない。ジェネレーションギャップにとどめず、自らの凝り固まったアナログ人間ぶりにうんざりする。「0と1の信号・・・」。のっけの説明からよく分からないのだから、おそらく救いようがない。それが自分だけ?と思うと・・・。

障子

 ある時、高校時代の同級生は、障子の升目を例に、また、今度のご子息は方眼紙を例に、それぞれデジタルの説明をしてくれた。0と1の次の説明である。障子の升目と方眼紙、その表現の仕方は違うが、言っていることは同じ。分かりもしないアナログ人間が「へえー」とうなずいたのは、例えの仕方が共通していたことに過ぎない。


 地上波のデジタル化は、放送界にとって革命だっただろう。視聴者にとっても同じことが言える。電波の発信方法が変わり、それまでの受像機は使えなくなった。テレビをみんな買い換えなければならなかった。その時の需要はおそらく大変なもので、家電業界はかつてないほどの売上増を図ったはず。毎年、お盆に帰ってくる仏さんも綺麗に写るテレビ画面にびっくりししたに違いない。




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庭の百日紅(再)

百日紅2



 庭先の植え込みにある百日紅が今年も花を付けた。紅い、と言うよりは淡いピンクの花である。太い幹のあちこちから出た穂のような枝の先に団子状に付ける小粒のいくつもの花は、一つ一つ見ると、さもない花だが、全体で見ると、風情があって美しい。


百日紅1   


 百日紅とはよく言ったものだ。毎年、7月の終わりから8月にかけて花を付け始め、9月いっぱいは順繰りに花を咲かす。100日とは行かないまでも、2ヵ月、つまり60日以上咲いている。その百日紅、今年は、花を付けるのがいつもの年より、ちょっと早かったような気がする。暑さの始まりが早かったためかもしれない。しかし、なぜかセミの鳴き声がいつもの年より少ない。もう8月も下旬というのに。


百日紅_convert_20110808224142



 私の記憶が間違っていなければ、いつもの年ならアブラセミからミンミンゼミに変わり、その鳴き声が暑苦しさをいっそう掻き立てているはずだ。今年は、どちらかと言うと空梅雨だった。その上、梅雨の間も真夏並みの暑さが続いた。そんな気象が百日紅やセミに影響を及ぼしたのかも知れない。


サルスベリ  



 百日紅は幹がすべすべしていることから、「さるすべり」と読ませる。我が家の百日紅は大きく、太い。もう数百年は経っているだろう。その側には大きな石がある。在るというより、立っている、と言ったほうがいい。子供の頃、近所の子供たちと、まずこの石に這い登り、百日紅によじ登って遊んだものだ。





 私が、もう数百年は経っている、と言ったのは、ぼつぼつ90歳になる私の従兄弟や故人となって久しい親父の従兄弟が、私と会うたびに≪岩手のさるすべり≫と、大きな石の周りで遊んだ思い出を懐かしそうに話すのである。私は今70歳。百日紅の幹の太さは子供の頃とそんなに変わっていない。歳がかなり離れた私の従兄弟や、今生きていれば100歳をとうに超えている親父の従兄弟たちが遊んだ百日紅や大きな石、その周りの植え込みも、それぞれの当時とあまり変わっていないのかもしれない。





 本を読んだり、パソコンを叩いたりする窓辺りの机から見える百日紅は日ごとに花の量を増している。草花は別にして、この時期、大きな木が花を付けるのは百日紅ぐらいのもの。外出しての道すがら目にする百日紅の花はうちのそれと比べて色が濃い。品種なのか、それとも樹齢が若いためなのだろうか。色が濃いから目には爽やかに映る。しかし、淡い色もまた趣がある。


パソコンとサルスベリ



 花を落とすのを待って、毎年枝を切り落としてやることにしている。甲府に住んでいる時分は植木屋さんにまかせっきりだったが、≪毎日が日曜日≫になった今は植え込みの手入れは自分でする。お陰で、さまざまの道具もだんだん揃って来た。植木用のはさみやバリカンなど道具の手入れも、ちょっとした暇を見つけてする。




 自分でやってみると、剪定の仕方や、その時期などもおのずと覚えるようになる。皐月やつつじなどの刈り込み時期も遅まきながら知った。ただ、脚立から落ちないよう注意はしている。もし落ちたら「さるすべりから落ちた」と笑われるのがオチだものねえ。




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諸刃の剣(再)

 ハエ。たかが一匹だが、その存在は気になるものである。こうしてパソコンをたたいているデスクの周りであれ、食卓の周りであれ、いっ時でも早く捕まえて、すりつぶしてやりたくなる。 これが女房や娘だったらもっと大騒ぎだ。躍起になって追い回すのである。そうなると、たかがハエ一匹、そんなにむきになることもあるまいに、と思うのだが・・・。




 そういえば我が家でもとんとハエを見かけなくなった。だから、たかが一匹のハエがやたらと気になるのだ。ふと、子供の頃を思い出した。今もそうだが、私が育ったのは秩父多摩国立公園(現在は秩父多摩甲斐国立公園)に程近い山梨県山梨市の片田舎だったから、ハエなんか全く珍しくなかった。むしろ、それとうまく付き合っていたと言った方がいい。部屋の天井からはハエ取り紙がぶら下がり、どこの家にもハエタタキと言うヤツがあった。





 ハエの量たるや天井からのハエ取り紙や人の手で叩くハエタタキで成敗できるシロモノではない。ちょっとうかうかしていると、茶碗の白いご飯は、ハエで真っ黒。 白いご飯といっても麦飯だが、とにかくそれを追い払って食べるのである。若い方々ばかりでなく、たいていの人たちは、そんな話を聞いただけで「わあっ、汚い」と、目をそむけるだろうが、40年前、50年前の農村地帯はそうだった。

 


 農家だから、どこの家でも牛や豚、ヤギなどの家畜を飼い、堆肥置き場を作る。子供たちはウサギやハトを飼った。トイレも水洗であるはずがない。周り中がハエの温床だ。しかし、昭和30年代半ばごろから、それまでの米麦、養蚕の農業形態は桃、葡萄などの果樹へと急速な勢いで転換して行った。同時に堆肥や豚の糞、いわゆる有機肥料は化学肥料に代わった。また冷蔵庫が普及し始め、牛乳がそこに入るようになって、ヤギが姿を消し、子供たちも少子化と勉強優先からか、ウサギやハトとの付き合いと決別した。





 こうした農村の生活様式の変化がいつしかハエを減らした。さらに、追い討ちをかけたのが果樹園への農薬の散布である。しばらくすると、これに除草剤が加わった。食卓という食卓、また台所などいたるところを我がもの顔で席巻していたハエどももたまりっこない。今では都市部より、農村部のほうがハエが少ないのである。




 ハエばかりではない。カだって同じだ。もっと決定的なのはブヨ。主に野良に居たブヨには農薬は致命的な決定打だった。ハエやカ、ブヨなどは農薬の標的ではないのだが、果樹の病害虫駆除のあおりを食った、いわば犠牲者なのである。犠牲者はこればかりではない。ハチだって同じだ。農薬はさまざまの虫を殺し、地中のミミズまで少なくした。


桃の花見



 ご存知、山梨は桃の一大産地。甲府盆地がピンクのじゅうたんに変わる頃、農家は人手を惜しんで、人工授粉に取り組む。ほとんどいなくなってしまったハチを頼りにするわけにはいかないのである。皮肉な現実だ。ハエやカがいなくなったのは確かにいい。むしろ快適になった。



 しかし、その代償はけして小さくない。文明とは諸刃の剣。どんな形にせよ、どこかで犠牲者が出る。人間の英知で、それを避けることは出来ないものなのか。



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開かずの箪笥(再)

 その昔、江戸城の大奥には「開かずの間」といわれた部屋があったという。時代劇や講談の世界だが、その開かずの間のストーリーは、その部屋である時、不吉な事件が起き、その時を境に、夜ごと幽霊が出るといった筋書きだ。大奥の女達は怖がって、その開かずの間には近づかなかったというのだ。


扉



 徳川将軍家の大奥と並べては恐れ多いが、我が家には開かずの間ならぬ、「開かずの箪笥」がある。それも何本もである。女房が嫁入りじたくの一つとして持ってきた数本と、その後に増えた何本かだ。我が家の開かずの箪笥は大奥のように不吉なことがあったり、幽霊が出るわけでもない。単に開けたことを見た事がないということである。






 開かずの箪笥などと大げさな、と言われそうだが、私にとっては不可解なこと。女房の箪笥だから中には女物の和服や洋服が入っているのだろう。そんな中身はどっちでもいい。要はほとんど開きもしない箪笥なら、場所を塞ぐだけで意味がないのだから、いっそ中身ごと処分してしまえばいいものを、と思うのである。おそらく、女房は、その中に何を入れたかすら忘れてしまっていると思う。




 注意してやればいいじゃないかって?その通り。ばかばかしい話だが、それが原因で夫婦喧嘩になったこともあるのだ。うちの女房、バカじゃねえのかなあ、と思うことすらある。でも待てよ、世の中に「箪笥の肥やし」という言葉があるのだから、世の女房族の中には、うちの女房のような人間が居るということか、とヘンなところで、その馬鹿馬鹿しさと妥協したこともある。




 良く考えてみれば、俺達、亭主族だって同じようなことが言えるのではないか。サラリーマン時代、会社で個々にあてがわれた事務用のロッカーがいい例だ。いつも利用し、中身を≪クリーニング≫していないと、底の方に何を入れて置いたのかすら忘れてしまうのである。結局、いつの間にか「開かずのロッカー」になっていた、なんて経験は、私ばかりではないかもしれない。

キャビネット


 でも、こんな馬鹿馬鹿しいことはない。無用の長物で、場所っぷさげにとどまらず、経費的にも無駄である。もう10数年、いやもっと前になるかもしれないが、私が勤めていた会社の、あるグループ会社の東京支社では個人用のロッカーや机までなくしたのである。もちろん、事務職にはデスクは必要。個人机を取っ払ったのは営業部署

デスク


 その結果はというと、日常の仕事に不便は全くなく、部屋の中が以前より、ずっと整然としたという。社員達は仕事を終え、帰るとき、その都度、整理をして、一日を終えるようになったと言うのだ。整理整頓の効果ばかりではない。ロッカーのあるなしにとどまらず、その日、その日の仕事のけじめや、広い意味での経費節減にもつながったという。




 つまり、箪笥とかロッカーなど、いわゆる箱物は必要最小限でいいということである。今住んでいる我が家は、サラリーマン時代に住んだ甲府の家と違って田舎家だから、そのスペースはそれほど気にならないが、狭かったら「開かずの箪笥」は絶対ごめんだ。




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認知症

車椅子


 人は老いて子供に返る、という。そのことが頭では分かっていても、現実に、しかも母親が認知症の当事者になると、それが信じられない。「おじさん、また来てね」。介護医療病院のバッドで無邪気に手を振るおふくろの姿を見て、何とも表現しようのない気持ちに襲われるのである。そんな私の気持ちが分かってか、女房が代わって、ベッドまで戻り、「また来るからね」と優しく声をかけるのだ。




 「認知症」。字面からも響きからも分かり難い言葉だ。母の姿を見ている限り、「痴呆症」という言葉の方がぴったり。日本人はなぜか、目先の言葉にヒステリックに反応したり、異を唱えたがる。やれ差別だの人権だのと言って、すぐ青筋を立てる。大臣が言おうものなら、恐らく首まで飛ばしてしまうのだろう。


おばあちゃん


 少なくとも母の場合、「認知症」などという訳のわからない言葉に置き換えるより「痴呆症」とか「ボケ」の方がよっぽどピンとくる。決して差別でも、人間の尊厳を傷つけるものでもない。「老いれば子供に返る」。人間の生理現象であり、むしろ長く生きた者だけに与えられる勲章のようなもの。健常者がもっともらしく言うほどのものではない。ただ介護は大変。長寿社会と言われる時代。言葉尻より、それへの抜本対策を考える方が先ではないのか。認知症患者はこうしているうちにも増えていく。

 


 母の認知症との付き合いは短くない。3年ぐらい前のある日、いつものように病院に見舞うと、話の節々に、アレっという言葉が。「あっ、ボケが始まったな」。そのボケは、いわゆる斑ボケからジワジワと進行していった。




 その過程で、いまだに信じられないことがある。歌を歌うのだ。「歌など誰だって…」とおっしゃるだろうが、私は70年生きて来て、母の歌を一度として聞いたことがなかった。根っからの音痴で、私もその血筋を引いたとばかり思っていたくらいだ。ところが…。唱歌の「荒城の月」や軍歌の「戦友」などを見事に歌うのである。「おばあちゃん、上手だね」。看護師さんや同室の患者さんも拍手するほど。根っからの音痴の私が言ってはおかしいが、決して調子っ外れではない。歌詞だって正確に歌う。


朝顔2  


 一方で、自分のお腹を痛めた長男の私の顔ですら忘れ去っているのである。「どちらさんでしたっけねえ…」。東京や埼玉に住む弟たちの顔は言わずもがな。歌は頭のどこの引き出しにしまっておいたのだろう。私たちが褒めれば、何度も何度も歌うのである。




 これも不思議。息子たちの顔を忘れても、女房の顔はギリギリまで忘れなかった。「最後に世話になるのは、この嫁」。そう思っていたのだろうか…。それとも嫁への姑の本能的な緊張感なのか…。母は既に他界、その答えは分からず仕舞いだ。




 答えなんかどっちでもいい。おふくろの面倒をよく見た女房への感謝の方が先。女房は9年にも及ぶ長い間、毎日と言わないまでも、それに匹敵するほど足しげく病院に通い、おふくろを看た。ご飯をやしなってやり、最後は下の世話まで。そんな嫁に、おふくろは感謝していたはず。それが嫁、つまり女房の顔を最後まで忘れなかった“謎”の答えだろう。




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母の手

手 1


 後ろ髪を引かれるというのはこのことか。正直言って逃げ出したくなるのだ。


 「おじさん、また来てね」。介護医療病院の病室を出る私の背中に、そんな声が。振り向くと、あどけない表情で手を振っている。もみじのようなかわいらしい手だったらいい。白い手だが、無数にしわを刻んだ大きな手。96歳になる母の手である。




 先月よりは今月。昨日より今日と、認知症は目に見えて進んで行く。息子の身からすれば哀れでならないのだ。この病院への入院は、もとはと言えば足腰が悪くなり、自宅での介護が無理になったため。足腰を除けば、何不自由ない病院生活が皮肉にも認知症を引き出したようにも思う。


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 大正5年1月3日生まれ。この生年月日は戸籍上で、実際は4年の12月30日、と聞いたことがある。当時の親にどんな思惑があったか分からないが、暮の慌ただしさを避けて届け出を新しい年に委ねたのだろう。昔はそんなことは珍しくなかったらしい。とにかく母は大正の大部分と、昭和の63年、それに平成と3つの時代を跨いで生きて来た。




 いくつもの戦争も体験。96年の半分近くが少なくとも経済苦の時代だっただろう。長男の私は昭和17年11月も終わりの生まれ。戦中生まれで≪戦争を知らない子供≫が昨年、古希(70歳)迎えた。今、不景気、不景気と騒がれても大方の人が食べ物に不自由することはない。因みに私の一人娘は42歳。高度経済成長期の生まれで、そんな連中に戦争はおろか、経済苦の一かけらだって分かるはずがない。


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 病室のベッドで、まるで無邪気に手を振る母の姿を振り返りながら、自らが幼い頃にタイムスリップした。戦後も間もない頃だった。大人の世界には「供出」という言葉があり、子供の世界にも「配給」という言葉があった。山梨県の片田舎にある小さな小学校のことだが、学年に3つ、ゴム長靴のブース部分を切り取ったような短靴が配給になって、それをくじ引きしたことを今でも鮮明に覚えている。ファッションどころかサイズだってどっちでもよかった。今の子どもだったらくじ引き以前にソッポを向くに違いない。




 今では死語になった栄養失調という言葉も。代わって登場した肥満、ダイエットという現代の用語がウソのよう。幼い頃見た母は、会長として婦人会の先頭に立ち、地域の人たちの栄養改善に奔走していた。自分の年から逆算して、今考えれば、まだ30代も半ばの歳だった。その頃、この地域には「親分、子分」という因習が残っていて、「子分衆(し)」からは父親は「兄さん」、母親は「姉さん」と呼ばれていた。「お父さん」は祖父だ。 物心がついた時には,祖父母は既にいなかった。




 今日、明日の飯にも事欠く時代。「姉さん」と呼ばれる母親は、そんな「子分衆」に米や麦などの食料や、決して上等ではないが、衣類に至るまで届けてやっていた。自らの子供4人、つまり私たちがお腹を空かせ、寒さに震えていることは百も承知だった。教科書では「搾取階級」と教えたが、実際は天と地ほど違っていた。子供が生まれれば名付け親にもなった。嫁姑の諍いがあれば、飛んで行っては自分の親ほども歳が違う姑たちをいさめた。“肝っ玉母ちゃん“だった。(次回へ続く)




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アナログ人間の挑戦

人権イメージキャラクター
人権イメージキャラクター


 「峡南のパソコン教室、盛況です。皆、楽しみながら受講しております。人権教室も今日の山梨日日新聞峡南欄に掲載されましたが、県連の子ども人権委員会の渡辺委員長外5名の委員もお見えになり、参観頂きました」




 山梨代表の日川が全国高校野球選手権大会で和歌山の簑島を破り、初戦突破を果たした日、山梨県南部の市川三郷町にお住まいの上田勝也さんは,お祝いメールの後ろに、こんなメッセージを付け加えてくれた。お祝いメールはもちろん私が日川の同窓であることを知ってのことだが、もう一つ嬉しかったのは,このメッセージ。




 上田さんとは山梨県人権擁護委員連合会の各種の役員会などでご一緒する。副会長をお務めいただき、県連リーダーのお一人。




 県連は今、ICT(Information and Communication Technology=情報通信技術)推進本部を立ち上げ、事務処理や相互通信の電子化への道を模索している。その旗振り役(推進本部長)をこともあろうにアナログ人間の私が仰せつかったのである。そう言っては失礼だが、私と同じ70代の上田さんもアナログ世代の一人であることに間違いない。その上田さんがアッという間に自らのメールアドレスを開設、こうしてメールをどんどん打っていただいているのだ。立場上、とはいえ、そのご努力に頭がさがる。

パソコン



 「IT、ICT,パソコンやケイタイのメール?今時、そんなの当たり前だよ」


 お若い方々はそう言ってお笑いになるだろう。でもアナログ世代のオジサン達にはそうは簡単にいかないのだ。今、山梨県には当該の市町村議会の同意を経えて推薦され、法務大臣の委嘱を受けた人権擁護委員は218人。県連が打ち出したITC化作戦には,大半が戸惑い、中にはアレルギー反応を示す委員が少なくない。平均年齢67歳。置かれた年齢が足かせになっているのだ。全国には約14,000人の人権擁護委員がいる。47の都道府県、大なり小なり同じだろう。それが証拠に、都道府県連のICT化は遅々として進んでいないのである。官民問わず、どんどん進むICT化。笑われても仕方あるまい。




 山梨県連のICT作戦は、事務処理や相互通信の電子化によってその合理化はむろん、迅速化を図り、さらには経費の削減を図ろうというものだ。子供達のいじめは社会問題にまで発展、児童虐待や家庭内暴力(DV)も後を絶たない。その相談や救済、予防のための啓発…。いずれもボランティアの活動。それを束ね、リードする都道府県連の事務作業は肥大化する一方。法務省指導の「自主運営」が壁にぶつかり始めているのだ。


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 上田さんがメールで書いている「パソコン講座」は山梨県連のICT化への“地ならし”。NTT山梨支社の全面協力で、今年11月まで一年間の講座開設が進行中だ。パソコンアレルギーをなくして、少なくともパソコン操作に慣れ、メールの送受信を可能にして貰うのが狙い。受講は無料で、少人数制の初級講座である。




 もう一つ、上田さんのメールに出て来る「人権教室」は、言うまでもなく啓発活動の一環。男女共同参画、救済などと並ぶ専門委員会の一つ・子ども人権委員会が主体となっての活動だ。学校を中心に紙芝居などでことも達に分かり易く「人権」を説いている。




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日川の健闘に乾杯

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日川高校HPより


 「よくやった」。夏の高校野球全国大会7日目、山梨代表の日川は、二回戦で涙を飲んだ。先制、逆転,同点。延長戦の末の惜敗。甲子園球場の応援団はむろん、テレビで試合を見守っていた茶の間の応援団もナインの健闘に心から拍手を送った。




 過去3回、甲子園の土を踏みながら、初戦で涙を飲んで来た日川。その初戦を突破した日川に神様は、また試練を与えた。初戦は和歌山の伝統強豪校・簑島。今度は大阪桐蔭。昨年の春・夏の大会を制した文字通りの強豪だ。今大会の優勝候補の一つである。


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 大会初日の8日、簑島を破って初戦を飾った日川にぶつけて来た2回戦の対戦相手。正直言って大方の山梨県人は、勝利を期待しながらも心のどこかに,えもいわれぬ複雑な気持ちが。「クジ運が悪いよ」。恨めしそうに言う人もいた。




 世の中には“位負け”という言葉がある。それが勝負であれ、ビジネスであれ、人と人との交流でも、それがあって、目に見えないプレッシャーになるのである。「知らぬが仏」。それならいいが、知ったが故に重圧となることは少なくない。人間のどこかに潜んでいる“位負け”という心の綾は、人をマイナス方向に導く不思議な力を持っているのだ。


日川高校校歌
日川高等学校校歌


 日川の球児達はそれを微塵も感じさせないのびのびプレイをみせた。むしろ今の若者達には、そんな言葉がないのかも知れない。大舞台で堂々と自らの力量を発揮、個性を主張して見せるのだ。「試合を楽しむ」、「競技を楽しむ」。アスリート達は緊張するはずの大舞台に臨んでも、よくこんな言葉を口にする。そんな心の余裕を持ち合わせているから大舞台でもひるまないのだろう。記憶にある限り、昔は大舞台に臨んで「競技を楽しむ」などと言ってのけるアスリートはいなかった。


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 ヒットを打ち、ホームランを放つ。守備のファインプレー。その都度、誇らしげにガッツポーズを取って自らを表現して見せる。そんな高校球児のドラマは観る人たちを爽やかな気分にしてくれるのである。日川のナインも例外ではなかった。そんなのびのび野球が声援を送る人たちに共感を呼んだ。




 「お父さん、日川、よく頑張ったね。私だってワクワクしたわよ。今夜はその健闘に乾杯よ」。孫が生まれてこの10日で4ヶ月。“育児逗留”していた娘も孫を連れて甲府に帰ってしまった我が家も数日ぶりに野球の応援で活気づいた。いつもなら晩酌の量にブレーキを掛ける女房が「さ~、飲んで」。「私も飲むわ」。夫婦二人しての乾杯である。たかが野球。されど野球。たわいもない決して若くはない夫婦がナインの健闘を称えるのだ。


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 「一緒に応援に行こう」。在京で京浜の同級生に声を掛けて甲子園に乗り込んだ雨宮輝也氏らも同じように慰労の杯を挙げているかも知れない。




 ブログ友達の柳居子さんが言う経済への波及効果。日本列島は折しも猛暑、猛暑。ビールの消費量はただでもうなぎ登り。それに重なる夏の風物詩・高校野球がもたらす相乗効果は大きいはずだ。勝って飲み、負けて飲む。人間、生きていてまんざらでもない。山梨代表・日川球児の夏は終わった。


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甲子園の架け橋

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日川高校HPより


 「取り敢えずの 一勝 おめでとうございます。 さぞヒート・アップしているでしょうね」


 山梨代表の日川高校が高校野球全国選手権大会で、和歌山代表の簑島を破って,同校初の初戦突破を果たした日、京都にお住まいの柳居子さんから、こんなメールをいただいた。


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 「柳居子」は、ブログネーム。私の拙いブログをお読みいただいている方だ。お顔も存じ上げないし、もちろん、お会いしたこともない。ブログとは摩訶不思議。柳居子さんに限らないが、交流しているうちに旧知の仲のような錯覚に陥るのである。その柳居子さんからは日川が山梨県大会を制し、甲子園切符を掴んだ日にも、こんなメールを。拙ブログ「甲子園への軍資金」をお読みいただいてのことだ。



 「銭も要るが 金が廻りますね。大義名分の立つ納得の支出。甲子園での活躍を期待しています。若し応援にでもお越しになるのでしたらお眼に掛かりましょうか」



 甲子園に来るなら,どこかで会おうというものだ。結果は私の一方的な都合で不発に終わるのだが、見ず知らずの方のお心遣いが嬉しかった。“65の手習い”。ブログを始めて良かったと思った。柳居子さんのブログは,私のそれと違って硬派のブログ。世代はどうやら同じくらい。筆調からは学者タイプにも見える。


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 ブログ仲間からはこのほかにもいっぱい。山登りであちこちを歩いている「ゴチ」さんは。


 「エースの山田基樹君、194cmの身長と145kmの速球を持つ本格派投手のようで甲子園での活躍が期待できそうです。プロになれば150kmオーバーの速球が投げられそう。注目しておきたいと思います」



 「日川高校、4-2で逃げ切れて良かったですね。何度かチャンスを逃しているので、もう少し緻密な野球が望まれるようです。あの大舞台では難しいですね」


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 在京の同級生からのメールは、もっと熱い。そのひとつ。


 「“天地の正気甲南に” 甲子園で聞く校歌のなんと神々しいことか。テレビの前で一緒に歌ったが、画面がかすみ、最後まで歌うことが出来なかった。甲子園初勝利、おめでとう。後輩に感謝。これからの健闘を皆で祈ろう」(日澤優氏)


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 日澤さんは高校時代はブラスバンドの指揮を務めた人。きっと甲子園のアルプススタンドを重ね合わせたに違いない。

 同窓以外の方からも。


 「日川球児の熱戦に目が離せませんでした。猛暑も忘れテレビ観戦でしたが緊迫した試合展開に熱が入りました。丸山(公夫)同窓会長にも早速お祝いのメールを送らせて頂きました。日川高校の今の勢いでは大阪桐蔭に対しても勝機は我にありです。私の長男の嫁も上石森の出で、父親が日川高校のOBですが、安藤(朗)係長のご子息がベンチ入りしておりましたので増々身近に感じ、応援に熱が入ります。次の試合大いに楽しみです」(上田勝也氏)




 上田さんは山梨県の南部で、はんこの町、花火の町・市川三郷町の方。山梨県人権擁護委員連合会の副会長をお務めいただいている。


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 女房の学生時代の仲良しからも。千葉、静岡、広島…。亭主の“同窓バカ”を知ってのメール。柳居子さんの言う経済波及効果も含めた高校野球の波紋は大きい。当然、そこにも地域代表の“ごひいき”があるはずだ。(次回に続く)




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初戦突破の興奮

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日川高校HPより


 「勝った、勝った」


 夏の全国高校野球選手権大会が開幕した8日、山梨代表の日川は第三試合で和歌山の強豪・簑島を4-2で制して初戦突破を果たした。過去3回、甲子園の土を踏みながらも、ことごとく初戦で敗退、悔し涙を飲んだ。「これが喜ばずにいられるものか」。ナインの健闘に、同窓達は拍手喝采した。


日川高校甲子園
山梨日日新聞より


 日川4得点のうち3点はホームラン。今大会5号、6号、7号。甲子園球場に立て続けに3本のアーチを架けた。テレビに映る三塁側スタンドの日川応援団はむろん、茶の間の応援団も歓喜した。この日午前5時、在校生や同窓生等を乗せた応援団は,20数台のバスを連ねて山梨を出発。その先頭には丸山公夫同窓会長の姿もあった。


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 その前日、丸山さんから一本の電話が。「明日の特設人権相談会、出られませんが,宜しく…」。私も人権擁護委員を丸山さんとご一緒させていただいているのだ。年間計画に決められた相談所の開設が母校の試合日と重なってしまったのである。「当然ですよ。同窓会長が行かなかったら、叱られますよ」。



 “残留組”は仕方なくテレビ観戦。市民会館の特設相談所を3時半に閉め、3時40分からのプレイボールに滑り込みセイフ。


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 「お父さん、日川が勝つといいわね」


 女房や産後の育児で“逗留”している娘もにわか応援団。両チームの一挙手一投足に歓声を挙げるのだ。普段、野球におよそ関心を示さない女房や娘が、この日ばかりは“解説”までしてみせるのである。高校野球はそんな不思議な力を持っている。


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 戦い済んで…。甲子園の丸山さんに電話を入れた。


 「勝ちましたよ。勝ちました」


 普段は冷静沈着な弁護士さんも,この時ばかりはうれしさを前面に。子供のようなはしゃぎよう。母校の初戦突破の喜びを携帯電話に余すことなく伝えて来た。そんなお人柄が人の信頼を引き付けるのだろう。丸山さんは山梨県人権擁護委員連合会の会長を10年近くも務めた。その事務局がある甲府地方法務局人権擁護課の係長の息子さんも三塁側・日川のベンチにいた。いま,2年生。来年が楽しみな選手だ。




 テレビというものは面白い。主眼の試合そのものばかりでなく,スタンドの応援席の表情や解説者と実況アナのやり取りまで映し出してくれる。ホームラン打者のバッテング,守備のファインプレイなど、その時々の“瞬間”をタイムリーに再現してくれるのだ。甲子園球場が大きくも小さくも見える。


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 甲府地方法務局の係長の息子さんは大月市の猿橋中の出身。30㎞はあろう山梨市の日川高に来た。“同窓バカ”ならぬ“親バカ”のお父さんもあのスタンドのどこかにいるのだろう。親しい仲間のAやBもいるはずだ。甲子園球場から7~800㎞はあろう山梨市の片田舎。甲子園と茶の間の距離がなくなるから不思議。(次回に続く)




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イタチごっこ(再)

葡萄畑       ブドウ
ブドウ畑


 都会と違って田舎、特に農村地帯だから、畑ばかりではなく、家屋敷も狭くはない。そこで、この時期、格闘が続くのが雑草との闘いだ。幸か不幸か、いや不幸にも我が家は屋敷分だけでも約一丁歩。このうち6反歩ぐらいは、ピオーネと巨峰の葡萄。私がサラリーマンで耕作出来ないものだから知り合いに委ねて作ってもらって来た。ぐ~たら人間。退職後もその延長線上にある。残るざっと4反歩は、住宅や植え込みの他は柿畑や主には野菜畑である。興味半分に何本かの林檎(ふじ)も植えた。




 他人(ひと)に委ねている所は、草が生えようが、葡萄がよく出来ようが、その反対だろうが正直言って他人(ひと)任せ。しかし、残り、つまり4反歩は自分で始末しなければならない。家や幾つかのお蔵が建っている部分には草は生えないが、野菜畑ばかりでなく植え込みまで、ちょっと気を許せば草だらけ、草ボウボウになる。「草などそんなに気にしないでも・・・」。そうおっしゃる方もお出でかもしれないが、放っておいたら草に埋まる。確実にお化け屋敷になる。屋敷ばかりではない。周りの道路や石垣も同じだ。




 植え込みの手入れも含めて「この始末だけは俺の仕事」と、心に決めている。野菜畑だから今の時期だとナス、キューリ、トマト、インゲン、ピーマン、枝豆を作る。オクラ、シシトウ、モロヘイヤだって。サツマイモもツルを伸ばしている。ジャガイモ、タマネギは既に収穫した。来月・9月になれば大根や白菜も蒔く。カボチャやサトイモ、トウノイモは今、成長中。ニラやニンニク、茗荷や蕗は手がかからない。春、冬野菜のほうれん草やコカブ、アカカブ、エンドウ、春菊など一年を通じてみると、20種類を超す。


タカのツメ           大根


 その一つ一つの量は小家族の我が家だけで食べきれるものではない。ほとんどはご近所にお配りしたり、来客に持たせて帰すのである。富有や御所などの柿も同じ。甲州百目は枯露柿に。職場をリタイアしてから植えた林檎(ふじ)もようやく実をつけた。これらも辿るコースは似たり、よったりだろう。


枯露柿     枯露柿2
枯露柿


 「そんなことだったら、何も苦労して作らなくても・・・」。これまた、そうおっしゃる方がお出でだろうが、実はここがミソ。何も作っていなければ、当然のことながら草ボウボウになる。何かを作れば、いくら怠け者といっても草取りもすれば、肥料もやり、それなりの手入れもする。正直言えば、ぐ~たらオヤジが自らを律する手立てなのだ。




 月に何度か中学時代や高校時代の中間達が無尽会を口実に集まっては酒を酌み交わす。年齢からサラリーマンは、ほとんど全てが職場をリタイアした。話題の多くが健康や趣味。中には手頃な土地を借りて家庭菜園を楽しむ仲間も。目を輝がやかせ、嬉嬉として話すのだ。種蒔きや植え付け、消毒の時期までよく知っている。百姓顔負けである。




 そんな仲間達の話を専業農家の人たちはニコニコしながら聞いている。私だってその一人だ。ただ専業農家と私では多分、温度差があるに違いない。中途半端な≪百姓もどき≫だからである。生産性のない草とのおっかけっこ、イタチごっこは明日(あした)も続く。




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ブヨ(再)

真夏


 真夏日。熱帯夜。やっぱり暑い。家の中の温度計は31度。温度計といっても、どなたかの結婚式の引き出物に頂いたデジタル時計。大きく算用数字で刻まれる時間の下に温度と湿度が表示されるのだ。電波時計というヤツで、同じシステムの壁時計、テレビやラジオの時報と1分、1秒違わない。例え狂ったとしても、どこかで必ず合わせてくれるのである。電波でコントロールしているのだそうだが、その理屈がアナログ人間に分かるはずがない。そんな時計に付いているのだから温度計だって正確だろう。




 山梨は県丸ごと内陸地帯に位置しているので、蒸し暑さでは天下一品。特に四方を山に囲まれた甲府盆地は天然の蒸し風呂みたいなものだ。太平洋側であれ、日本海側であれ、海に面した所にお住まいの方々が羨ましい。娘が小さいころは私と女房の両方の親も連れて伊豆の海に行った。避暑などとかっこいいものではなかったが、娘を海で遊ばせてやりたい気持ちと暑さ逃れであったことは間違いない。伊東であったり、下田や土肥の海岸であったりした。そんな親爺達もみんな逝ってしまった。


生み


 誰もがお気付きだろうが、暑い、暑いと言っているうちに、ジワジワと日が短くなっている。ひと頃は7時半頃まで明るかったものが今では6時半といえばボツボツ薄暗くなる。日中は、しゃら暑いので夕方から畑に出て野良仕事の真似をするのだが、日が短くなるのが何かもったいないような気がするのだ。まだちょっと早いが、「秋の日はつるべ落とし」という。すぐそんな時期になる。




 日が長くなったり、短くなるのは季節の変化の証。それはそれで仕方がない。問題は野良にしかいないブヨや夕方から活動し始める藪っ蚊の存在だ。この時期、まるで我が世の春、とばかり畑の草むらや植え込みの中で暗躍。なにしろ小さいので姿、形はほとんど分かり難いから始末が悪い。襟元であれ、顔であれ容赦なく喰いついてくる。足首や手首は地下足袋や手袋で防備できるからいいが、顔や襟元は防ぎようがない。



ブヨ     ブヨ     ブヨ



 人間の体温が彼らを寄せ付けるのか、それとも汗の臭いなのか。仕方なく丸いケース入りの蚊取り線香を腰にぶら下げて作業をするのである。犬の散歩で通りかかった近所のおばさんは「私なんか、うっかりしていたら、この始末ですよ」と、自分の襟元を指差した。ブヨに食われた痕が何箇所も真っ赤に腫れ上がっていた。75歳も過ぎると色気もなくなるのか襟元をさらけ出すようにして見せてくれた。


蚊とり線香

 

 この蚊やブヨ。篤農家の果樹園や野菜畑にはほとんどいない。果樹園はひっきりなしに消毒するし、野菜畑は丹念に草取りをしているからだ。怠け者の畑が彼らの楽園。畑や植え込みをほったらかしにしていると、隅々から必ずつけ込んで来る蔦と同じだ。蔦というのは葦と同じ不思議な植物で、人間が手を加えないことが分かると、ここぞと、ばかり、はびこって来るのである。都会の方々はご存知ないかもしれないが、ブヨは蚊よりも始末が悪い。食われた痕はかさぶたのようになり、周りは真っ赤に腫れ上がるのだ。子供の頃はびっくりもしなかったが、免疫が薄れたせいか、今では百姓の倅も真っ赤に腫れ上がる。





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本物の予感

日川高校


 「今年は“本物”ですよ」


 夏の全国高校野球山梨県大会が幕を開ける少し前、日川高校の松本純也校長が、つぶやくようにこんなことを言ったことを思い出した。“本物”とは“勝てる”という自信に他ならなかった。ラグビーと野球の違いこそあれ、スポーツマン・ラガーの感なのか。

日川高校4



 秋の山梨県大会を制覇、今大会、第3シード校となった日川は、松本校長の言葉通り快進撃で日本航空との決勝戦まで上り詰め、4度目の甲子園切符を手にした。コールドゲームも2回。投打に相手チームを圧倒した。




 身長194㎝という恵まれた体格のエース・山田基樹は、145㎞の剛速球で攻め、打線も長短絡めて援護した。決勝戦では3ラン本塁打も。投手の押さえ三枝龍史も終始、見事に職責を果たした。松本校長の“本物予感”は、ここにあったのだろう。


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山田基樹投手(日川高校HPより)



 とりわけエース山田に対する評価は高く、あるスポーツ紙は「第二のダルビッシュ」とまで書いた。早くもプロ球界からも注目を集め、大リーグからのオファーもあるという。甲子園でのチームの進撃は山田の出来いかん。その出来、不出来は山田自身の甲子園での注目度や“進路”をも左右するに違いない。決して過大評価ではない。



 「(前略)長く応援(勝ち進むことが)出来るよう祈っています」



 日川は過去3回、甲子園に駒を進めながらも初戦で敗退。悔し涙を飲んで、甲子園の土だけを持ち帰った。在京の同級生グループの幹事が一斉配信した「優勝速報」に返信した仲間の一人・石橋佳久氏の言葉は、まず「初戦突破」、更には次への進撃への期待に他ならない。「オレ達にも甲子園での勝利の快感を味わわせてくれよ」。そんな同窓の思いが…。


日川高校2



 日川高校の所在地・峡東地方と呼ばれる甲府盆地の東部一帯は桃、葡萄の一大産地。桃は早稲種の「白鳳」が終わって「白桃」が収穫のピークを超した。葡萄も先発のデラウエアーが峠を越し、一呼吸すると巨峰、ピオーネ、甲斐路など大房系の収穫期を迎える。果樹農家は忙しい盛り。そんな中での日川の甲子園行きは一服の清涼剤。私学の台頭に慣れっこになっている人々は、公立、しかも普通高校の甲子園行きに熱い視線を送っている。




 地域の人々に“元気”を与えているのである。「降って沸いた」と言ったら失礼かも知れないが、おおかたが予期しなかったことだけは確か。だからこそか。29日夜の同窓会の会議を受けて寄付金集めに回っても,みんながみんな「期待」を込めて、快く応じてくれた。


日川高校3



 高校野球は不思議な魅力を持っている。普段、プロ野球も観ないお年寄りが茶の間のテレビに夢中に声援を送る。そんな話を聞いたことがある。夏の高校野球の出場校は東京など一部を除いて一県一校。つまり都道府県対抗戦の意味合いも併せ持つ。それよりも何よりもフアンを引き付けるのは、球児達の真剣なプレーだろう。




 それがプロ顔負けの名プレーを生む。体で喜び、そして泣く。猛暑の中で繰り広げる球児達のドラマは、だからこそ観る人を感動させるのである。そこに“同窓バカ”は物心の支援を惜しまないのだ。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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