年寄り笑うな、行く道だもの(再)

 「子ども叱るな、来た道だもの、年寄り笑うな、行く道だもの」


 誰が言ったか知らないが、うまい事を言ったものである。私達、生きとし生けるもの、すべての人間への教訓だ。だが、人間は、およそ、叱られ、怒られ、笑われながら生き、死んで行くものかも知れない。



 とはいっても、私には子どもを叱ることは出来ても、お年寄りを笑ったり、蔑むことは到底出来ない。自分が間もなく、そのお年寄りとやらの仲間入りをしなければならないことを、実感せざるを得ない年齢に差しかかろうとしているからだ。


車椅子



 身近には、意味不明なことを言い、明らかに痴呆というか、認知症が進行いる母親がいるし、3分、5分前の事を忘れ、何度も同じことを聞いたり、言ったりする従兄弟もいた。母親は正月三日、96歳の誕生日を迎えた。話の従兄弟は92歳で、つい先ごろ逝ってしまった。考えてみれば人間、90歳にもなれば、そうなっても不思議ではない。第一、私にはそこまで生きられないだろう。





 叔母と甥が一緒に認知症に。それもそのはず、叔母、甥の関係とはいえ、その歳の差はわずか三つ。普通なら兄弟みたいな年齢だ。私と、その従兄弟は24も歳が違う。まさに親子の歳の差である。




 「貧乏人の子沢山」などと大臣が言ったら、その首が飛びかねない、揚げ足取りのような今の世の中だが、この言葉も言い得て妙。昔なら7人、8人の兄弟がいるのは普通。9人、10人だって珍しくはなかった。経済的には決して恵まれていたとはいえない時代だったはずだ。9人も10人も子どもがいれば、その子どもの年齢差が一番上と一番下とでは20も25も違って不思議ではない。今、騒がれている少子化問題がウソのようだ。


老人


 事実、私の親父は9人兄弟の末っ子、母親は8人兄弟だった。母親は長女だったから叔母と姪の年齢が逆転していた。子供の頃、母親が明らかに年下に見える人を「叔母さん」と呼んでいるのを見て、どうしても理解できなかった。親父の兄弟は自らも含めてすべてがこの世を去り、母親の兄弟も半分になった。





 母親は足腰が弱く、自力歩行は困難。だから、医療介護の病院で看てもらっている。緊張感どころか、何不自由ない毎日を送っていると痴呆が進むのか、最近は時々、おかしなことを言うし、昨日のことをみんな忘れてしまうのである。東京や埼玉から来る二人の弟達夫婦はともかく、せっかく来てくれた友達や近所の人たちを忘れてしまうのだから始末が悪い。時には「どなたでしたっけ」とやってしまうものだから、そばにいる私達はひやひやものだ。さすがに、頻繁に行く私達夫婦、特に女房の顔は忘れない。一番世話になっている、ことを知っているのだろう。それも時間の問題かもしれない。


握手



 元気な頃は歌など歌ったことがない母親が、最近、童謡や軍歌を歌うのである。それも正確に歌うのだ。昨日の事は忘れるのに、子供の頃や昔のことは覚えているのである。そんな母を見ていると、無性に目頭が熱くなる。自分も含めて、みんなが行く道、たどる道とはいえ、寂しい思いがする。「頑張って長生きして」。心で祈りながら母の顔を見た。





ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!
スポンサーサイト

秋の虫のオーケストラ(再)

 「うるさいほどの鳴き声」と、表現したら、なんと情感に乏しい人、と蔑まれるかも知れないが、今、我が家の庭先の植え込みとその周囲からは毎夜、虫の音がすごい。恐らく、鈴虫やキリギリス、コオロギなどだろうが、私には判別できない。どうやら分かるのは鈴虫くらいで、本当はキリギリスもコオロギも鳴き声を知っている訳ではない。


鈴虫


 とにかく、その鳴き声は、虫とは思えないほど大きく、明け方まで続くのである。「うるさい」ほどに感ずるのは、我が家が田舎で、車の騒音も聞こえなければ、ご近所の家もちょっと離れているので、人の話し声も聞こえないからかもしれない。寒さと共に虫の鳴き声が途絶える冬場は何の音もないから≪シーンという音≫がする。何らかの騒音が日常的な都会人には理解できないだろうが、本当なのである。



 若い頃はその≪静かな騒音≫が嫌で、音がする都会にあこがれたこともあった。我が家はちょっとした高台にあるから、子供の頃は近くを流れる笛吹川の水の音が聞こえたものだが、上流にダムが出来たことによって、水量が激減、いつの間にかその音も消えた。



 ≪静かな騒音≫を紛らわしてくれているのが虫の音だ。こうして部屋の中でパソコンを叩いていても、近くの居間で勝手に鳴っているテレビの音に負けないほどの虫の音が外から聞こえてくる。夕食後、決まってタバコを吸いながら外に出るのだが、そっと歩く足音にも虫たちは敏感に反応する。ぴたっと音が止み、通り過ぎるとまた鳴き出す。


夜の庭


 母屋から植え込みを過ぎて、ちょっと離れた石の門柱の脇の道沿いに腰掛けて、一人静かにタバコを吸っていると、暗闇の中で、あっちこっちから虫の音が。それも無数といっていいほどの鳴き声だ。ステージで聞く100や120のオーケストラなんてものではない。


 
 どでかい自然をステージにした虫たちのオーケストラの演奏を聞きながら、遠くに黒く連なる山塊の麓に見える帯のように小さく光る家々の灯りをボーッと眺める。あの光が笛吹市一宮町神沢の友の家だろうか、とか、あれが甲州市勝沼町の親戚の灯りだろうかと、思いを巡らしてみたりする。その間も虫たちのオーケストラは絶え間なく続くのである。


虫


 今、鳴いている鈴虫は、もちろん野生のものだ。かなり前のことだが、甲府に住んでいた頃、会社の同僚の中に鈴虫をふ化させる事が得意の人がいて、時期になると、しばしば、その幼虫をもらっては金魚鉢のようなガラスの器で飼っては部屋の中でその鳴き声を楽しんだものだ。騒音と雑音の中で忙しく仕事をして帰った自宅で聞く鈴虫の音は、つかの間の憩いであり、安らぎだった。

 

 かつて鈴虫のふ化は珍しく、毎年その時期になると新聞の話題になった。しかし、実際はそんなに難しいものではなく、そのことを知った同僚は、自分でふ化することを覚え、毎年大量の鈴虫の幼虫を生み出しては私達にくれたのである。今もふ化をさせ続けているに違いない。


虫2


 田舎の実家に戻って、毎晩、うるさいほどの虫の音を聞いていると、あの頃が無性に懐かしくなったりもする。人間とはわがままで、贅沢な生き物である。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!

大空への夢ブルーインパルス(再)

航空祭3


 本格的な秋空とはいえないまでも、浜松の空は青かった。航空自衛隊の浜松基地滑走路を次々と飛び立つ6機のブルーインパルスは大空で編隊を組んで、さまざまな曲芸飛行を繰り広げる。地上で空を見上げる観衆は、どよめきにも似た歓声を上げ、その一方では、機関銃のように切られるカメラのシャッター音が。


航空祭2  


 この秋、静岡県の航空自衛隊浜松基地で開かれた航空祭のハイライトである。広大な敷地の一画に設けられた広いスペースの見学者ゾーンには、さまざまな機種の戦闘機パトリオットミサイルが展示され、大きな格納庫では航空機への体験搭乗サービスも。南北の玄関口からの通路、また航空管制塔や格納庫、それに研修棟などの管理施設に繋がる道路には焼きそばや、たこ焼き、お弁当などの屋台、それに航空自衛隊グッツの販売コーナーがずらりと並び、お祭りムードもいっぱい。航空ショーが始まる午前9時には見学者ゾーンは数万人の観客で埋まった。


体験登場サービス  
体験搭乗サービス


 目の前のかなり離れた滑走路から発進して行く訓練用の戦闘機。大空で、縦横無尽に展開する編隊飛行の爆音はけたたましい。その下では大型ヘリ2機を使って地上からの人命救助のデモンストレーションも。前座とも言えるショーの数々が終わると、ブルーインパルスのアクロバット飛行だ。


 ロープで区切られた観客席の目の前には、一番機から六番機が給油車をはさんで、一定間隔で並んでいる。午後1時ちょっと前、ブルーの上下つなぎの制服、純白のネッカチーフ姿のパイロット、つまり、ブルーインパルスのメンバーが登場すると、観客席は拍手喝采。一緒に行った女房も無心になって拍手していた。航空機の脇には3人一組の整備士ら補助者が整列。場内アナウンスはメンバーを次々紹介していく。


航空祭4

 いずれも、2~3等空佐、1~3等空尉の将校クラスのベテラン達だ。給油や整備士の点検の後、これから大空に「夢と感動」を描くアクロバットチーム「ブルーインパルス」の搭乗機が観客席の前をすべるように滑走路に向かう。一番機を先頭に最初が3機、その後を3機が相次いで追う。メーンイベントの開幕だ。


 縦横無尽に大空で繰り広げるアクロバット飛行。編隊、分裂を繰り返しながら、上下、左右、特に垂直上昇、垂直下降は迫力満点だ。ハイライトは大空に大きなハートを描き、矢で真ん中を射たり、それよりもっと大きいお星様のマークを描く妙技は、まさにダイナミックそのもの。観客席はどよめきにも似た歓声に包まれた。子どもならずとも大空への夢を駆り立てられる瞬間だった。



航空祭1

 今から48年前の昭和39年10月10日、東京オリンピックの開会式が行われた国立競技場の上空を思い出した。当時大学の4年生だった。高度3,000mの大空に直径1,800mといわれる五輪の輪で描いていく。千駄ヶ谷駅前で見た、その時の感動は今でも忘れられない。これもブルーインパルスの妙技だったのである。初代のブルーインパルスで、その機体F-86は当時の主力戦闘機だったのだそうだ。


ブログランキングに参加中です。  

 ↓この下の「山梨情報」をクリック いただけると励みになります。

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!

大根の間引き(再)

 台風が去って、やっと、秋空が戻ってきた。秋が来たと思ったら、また台風。今度も大型だという。雨ばっかり。冷え込みも目立つ。こんな年も珍しい。葡萄など果樹農家はもちろん、行楽客相手の観光農園も痛手だろう。我が家の畑も雨続きのあおりを食って、草だらけだ。一番気がかりなのは大根畑。サツマイモやサトイモ、トウノイモ、落花生などは成熟して、収穫真近かだからいいが、大根は今からが成長期。しっかり草くらい取ってやらないと、草に負けてとぼれてしまうのである。植物の世界だってサバイバルなのだ。


サトイモ


大根はほうれん草などと違って発芽率は高い。我が家の場合、蒔いた種はほぼ100%発芽した。ところが、雨や野暮用を理由に草取りを怠ったら、発芽したはずの大根もいつの間にかダウン。30cm位の等間隔に列で蒔いた大根は、あっちこっちで、まるで歯が抜けたよう。「雑草のよう」という言葉どおり、雑草は強く、逞しい。


大根1



 雨が止むのを待って、畑に出た。大根より大きくなった雑草を取り、3つ、4つにかたまった小さな大根を間引きしていくのである。今ではホームセンターに行けばローラー式の小さな腰掛があって、中腰にならなくて済むから、腰痛持ちでも多少は楽だ。ただ、畑は長雨をたっぷり吸い込んでいるので、地下足袋は泥まみれである。


大根4



 通りかかった隣のおじさんが愛想良く話しかけてきた。


 「よくやりますねえ。わたしゃあ腰が悪いから草取りがどうも苦手でねえ。大根の中の草だから除草剤を使う訳にもいけんし、よわったもんです」



 この人はかなりの面積の桃や葡萄を栽培する果樹農家だが、80歳近くなって「もう果樹作りは無理。困ったもんですよ」と、よくこぼす。隣の畑に眼をやると、あっちもこっちも草まみれ。我が家と同じように小さい大根と、ツルを張ったサツマイモが雑草にうずもれていた。




 我が家もサツマイモを植えたが、実を言うと、畑に草をはやさないためだ。サツマイモは実に逞しい野菜で、グングンとツルを張る。だから草を≪食って≫くれるのである。サツマイモは、本当は植えるのではなく、差すのである。種芋から出た芽を20cmぐらいに伸びたところで切り取って、盛土の列に30cmぐらいの間隔で差していくのである。いわば、さし木で、根がなくても100%根付く。今年はゴールデンウイーク中の5月3日に差した。土地がそれほどよくない所でも出来るので栽培は簡単だ。


大根3


 雑草の話に戻るが、今では篤農家といわれる人ほどこの雑草を気にしない。忙しくて、気になんかしていられないこともあるのだろうが「草生栽培」という名の≪草との共生≫方法を取っている。ただ、これは果樹栽培に限ったことで、野菜作りには通用しない。



 だから、本格派の果樹農家は自家用の野菜作りなんかしない人が多い。そんな手間をかけるのだったら、買って食べた方が安いというのである。山梨市などこの地方は果樹地帯だから水田は完全といっていいほど姿を消し、農家はお米も買って食べている。野菜作りは、いわば趣味か農家のなれの果てといったところかも知れない。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!

監督の放談

日川高校甲子園_convert_20131021202101
日川高校HPより


 「今の子供達は、言ったことはやるが、それ以上はやらない」


 夏の全国高校野球選手権大会山梨県大会で台頭著しい私学を撃破して3年ぶり3度目の甲子園出場を果たした県立の日川高校野球部監督・池谷公雄さんの言葉である。この言葉は「今の子供達」を非難したものでもなければ、諦めでもない。それを裏付けるように池谷さんはこう言う。

池谷監督
日川高校野球部・池谷公雄監督


 「やれるようにするには“信じ”“待ち”“許す”ことだ。子供達の心の成長で野球は変わる」


 何処の高校にもあるように、日川高校にも同窓会があって,その審議機関として常任理事・理事会がある。会議は夜の時間を利用して母校で開くのだが、時折、議題審議の後、同窓の“時の人”を招いて放談会を開く。創立113年。同窓生の数はざっと20,000人。何処の学校も同じで、その顔ぶれは多士済々。経済人もいれば、政治家や科学者、医者や弁護士、芸術家や文化人と言われる人達もいる。所在地が甲府盆地の東部・果樹地帯のど真ん中にあるので桃や葡萄の栽培に取り組むとびっきりの篤農家もいる。
  そうそう。同夜の常任理事・理事会は,11月3日同校体育館で開く恒例の同窓会総会の議題審議。総会は年に一度の同窓達の“交流会”なのだ。先輩、後輩が入り交じってお酒を酌み交わす。


日川甲子園3_convert_20131021202638


 放談会は4~50分のミニ講話。その時々、タイムリーな“講師”を招く。話す方も聞く方もみんな同窓なので,至って気軽。とは言っても話す方は先輩が多い理事会だから、ちょっぴり緊張するのかも知れない。池谷さんは,同校の同窓にとっては“時の人”。大げさに言えば、山梨県の“時の人”なのだ。過去2回、甲子園に駒を進めながらも、一回戦で敗退、涙を飲んだ。放談会のテーマは「ベンチから見た野球観」だった。




 甲子園常勝校の人達には分からないかも知れないが、「なんとか甲子園で初戦を突破、一勝をあげたい」、「甲子園で選手と一緒に校歌を声高らかに歌いたい」。そんな素朴な願いはナインにとどまらず、応援の同窓たちにもあるのだ。そんな願いを叶えてくれたのが池谷監督率いる日川のナインであった。

日川天地_convert_20131021201921


 一回戦で、かつて甲子園で名をはせた伝統校・四国の簑島を撃破して、初の二回戦に駒を進めた。そこでも昨年の春、夏を制覇した大阪桐蔭を一時は圧倒。延長10回、惜敗を喫したものの、終始、見事な戦いぶりを見せた。私たち同窓はむろん、山梨県の高校野球ファンは、こぞって拍手喝采した。「県立も頑張ってくれよ」。私学に押されっぱなしの公立校への判官贔屓かも知れない。


日川高校甲子園2_convert_20131021202401



 池谷さんは同校の甲子園出場(夏)3回全てに関わっている。1回目は選手としてベンチに入り、2回目は今回と同じように監督として甲子園の土を踏んだ。高校、大学(東京農大)共にキャップテンを務めるなど野球一筋。その先頭に立った。母校との関わりは17年になるという。



 「野球の主役はボール。練習が(ナインの)信頼感を生む。失敗を恐れるな」



 口癖だった。「打者は3割打てばまずまず。(裏を返せば)野球は7回失敗しても許されるスポーツだ」とも言う。夏休みも冬休みもない。子供達といつも向き合っている池谷さんは、私たち首を傾げる年配者と違って、変わりゆく「現代若者気質」も知り尽くしている。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!

立小便の告白(再)

 ワイン


 旅行中のバスの中や外で、尿意をもようした時ほど困ることはない。数年前の事だ。ロス・アンジェルスのハリウットに近いビバリーヒルズの街を歩いている時、その尿意をもようしてしまったのだ。ホテル「ハイアット」のレストランで、夕食をとりながらワインをたらふく飲んでしまったからいけなかった。夜でもあったから、道からちょっと脇にそれて・・・。日本ではそれほど罪悪感がない立小便もさすがに気がとがめた。


ワイン2  

 この失敗談を来日中のハワイの従兄弟老夫婦にうっかり話してしまった。その従兄弟は真面目顔で、私を叱った。
 


 「そんな事をしたら、アメリカでは後ろに手が回るんだよ。日本人は全般にマナーが悪い。立小便など、何をかいわんやだが、タバコだって歩きながら吸ったり、公園でもどこでも吸いたがる。大声で話しながら歩くのも日本人だ」



 確かにそうだ。日本と違って、外国を歩いていて道端にタバコの吸殻一つ見たことがない。空港やホテルの外に設けてある数少ない喫煙所にたむろすのは、ほとんど日本人だ。自分もその中の一人と思うと赤面ものだが、日本に帰るとまた・・・。




 この際、白状してしまうのだが、ロス・アンジェルスからラスベカスに飛んだときの事。よく考えてみれば,これもお酒が原因の失敗だった。カジノで夢中になってのゲーム中、尿意をもようしてトイレに立ったが、トイレが見つからない。黒のタキシードに身を包んだ従業員に尋ねるのだが、トイレという言葉がなんとしても伝わらない。そのうちに我慢できなくなってゼスチャーで、なりふりかまわず伝えようとしたが、これも駄目



 相手も困って日本語の分かる従業員にバトンタッチ。「ああ、レストルームですね」と指差したのはすぐ目の前のネオン。どでかい字で「RESTROOM」と書いてあった。笑い話にもならないお粗末な話だが、その時はまずそこに駆け込むしかなかった。これも恥を忍んで従兄弟に話したら「トイレでも分かるはずだがなあー。でもレストルームがいい。バスルームでもいいんだよ」と、教えてくれた。




 このトイレ騒動にはオチまでついた。用を足して、さっきまでの自分がウソのように、すっきりとした気分でレストルームを出て来たまでははいいが、今度は自分が戻るはずのテーブルが分からない。このカジノは私達が宿泊したホテル「ベネチアン」の1階を全部使ったように見えるほど広いスペースをとっていて、いわば、迷子になってしまったのだ。


ベネチアン


 ご存知の方はご存知。このホテルはそれ自体がひとつの街といった方がいいほど、ドでかいから、カジノの大きさも想像できよう。ゲーム中、ビールでもブランデーでもスコッチでもバニーガールがにこやかに持って来てくれるのだから酒量も増えようというものだ。酒好き人間の嵯峨、それが失敗を誘うのである。分かっちゃいるけど・・・である。


ラスベカス

 カジノでいつもやるのはブラックジャック。21と9、それにカードと花札の違いだけで、ゲームの原理は日本のオイチョカブと同じだ。速い展開の繰り返しだから時間の経つのも速い。裏を返せば負けるのも早いのである。立小便と同じで、女房族にとっては非難の的かもしれない。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!

朝顔の大輪(再)

朝顔2


 朝顔、昼顔、夕顔。これに「寝顔」を付けくわえると、一転、無粋になってしまうのだが、ここで取り上げたいのは粋な朝顔の花。今から1,100年以上も前の奈良時代に中国から遣唐使によってわが国に伝えられたという朝顔は、庶民の間で大きなブームを巻き起こした江戸時代に品種改良が進み、観賞用植物に変わったのだそうだ。


朝顔  



浮世絵にもいっぱい描かれているから、朝顔は下町の夏をいや応なく連想させてくれる。その朝顔が、今、我が家の庭先で見事な大輪をいくつも咲かせている。「いい品種の朝顔だから植えてみて」と、近所の人がくれた園芸用のポットに植えつけたものだ。直径10~11cmもある大輪は赤もあれば青もある。これまでもさまざまの朝顔を見てきたがこんな見事なものにお目にかかったことはない。


朝顔2  


 持って来てくれた人が「いい品種」と言うだけあって、改良品種であることは十分に理解できる。だが、作り方を明らかに失敗。園芸用のポットから大きな鉢に植え替え、ツルを這わせる棒を2本立て、横棒も渡すなど工夫したまではよかったが、縦の棒が短過ぎたのである。分かっているようで分かっていない。無知とは恐ろしいものだ。朝顔のツルはグングン空に向かって伸びるのだが、途中で支えを失うから、下に落ちるしかない。




 ツルは折り返した途中でくちゃくちゃになるばかりか、地に落ちたツルは土の上をどんどん這うのである。その勢いは逞しい。一面が瞬く間にツルだらけになる。そこでは決して花を付けない。空中でなければ花を咲かせない植物なのだろうか。


朝顔3



 この朝顔とは別に、ぶどう園の周りでいっぱい野生の朝顔が咲く。花の大きさ、美しさは比べものにならないが、これも逞しさでは負けない。支線を伝わってぶどう棚にどんどん這い上がるのである。在来種ではない。恐らく、肥料に混じって外国からやってきたものだろうが、繁殖力は強く、自然に落ちた種は来年、何十倍にもなって生えてくる。一般雑草用の除草剤では枯れない。




 昼顔や夕顔も同じだ。野生とか、観賞用を問わず、私達の身の回りには見慣れない植物がいっぱい。花好きの女房がやたらに買ってくる鉢植えや土に下ろす花を見ても、およそ日本のものとは思えない、名前すら分からないものばかりだ。畑や道端の雑草だって「こんなもの、あったっけ」と、思うものがいっぱいだ。タンポポなどは、在来種は完全と言っていいほど駆逐され、葉っぱがギザギザした逞しい外来種に変わった。みんな肥料や飼料が媒介しているのだろう。


庭の花



 朝顔は東京の下町の夏を連想させる。爽やかな花をポツンポツンと飛ばした朝顔の緑で涼をとる庶民ののどかな暮らしを髣髴とさせてくれる。一方、朝顔は「源氏物語」の五十四帖の巻きの一つに登場する。もっとも花ではなく、作中人物だが、その朝顔は源氏に好意を抱くのである。



 失敗作とはいえ、立派な大輪をつけた我が家の朝顔。花が終わったら種を取り、欲しい人に分けてあげたいと思ったのだが,実はこの朝顔、種を付けない。霜が降りる11月初旬まで花を付けているのも特徴だ。朝顔の季節ももう終わりに向かう。



ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!

銀木犀と植え込みの剪定(再)

銀木犀


 庭の植え込みからなんともいえない芳香が漂ってくる。銀木犀の香りである。金木犀の黄色い花と違って、その色は淡い白。小粒の花をいくつも付け、その一つ一つが一斉に芳香を放つのである。金木犀より匂いは柔らかいが、どこか気品がある。春先の沈丁花もいいが、銀木犀もなんともいえない。世界の香水ブランドだってこれには勝てまい。


銀木犀2


 勤めをリタイア、山梨市の実家に戻って、ぼつぼつ3年。子供の頃から、銀木犀の匂いは覚えているのだが、それがいつ咲くのかは定かでなかった。かぐわしい香りに感動するでもなし、花を観察するでもなしで、全く無頓着に過ごしてきたのである。暇になった、と言ってしまえばそれまでだが、周囲の変化に気をとめることが出来るようになったことは確かだ。




 以前は甲府に住んでいたから、庭木の手入れも植木屋さんにまかせっきり。毎年12月の終わりになると35万円前後の請求書が届くのである。しかし今は、植木の剪定は全て自分でやっている。長年、黙っていてもやってくれていた植木屋さんには申し訳ない気持ちもするが、年金暮らしになった自らを省みると、そうばかりも言ってはいられないからだ。



庭3



 それに、自分でやってみると、結構面白い。ホームセンターに行って大小いくつもの剪定鋏や電動のバリカンを,また、JAに行ってこれも大小の脚立を調達するなど道具もそれなりに揃えた。シマッタ、と一瞬思うような枝の落とし方をすることもしばしばだが、自分でやったことだからあきらめも早い。むしろ、失敗は確実に次への糧になる。



 サツキやツツジのように剪定や刈り込みの時期を一歩間違えると翌年、花を付けないものもある。そんな時「どうして?」と詳しい人に素直に聞くことも覚えた。「失敗は成功の元」とはよく言ったものだ。因みにサツキやツツジは花が終わったらすぐ刈り込んでやるのがコツだ。



 「お父さん、植木屋さんみたいだね」。女房は私を褒めた後で「脚立から落ちないでよ」と心配そうに言う。その通り。脚立から落ちでもしたら笑いものだ。万一、落ちたら擦り傷では済まされないことは自分でも分かっている。安全確保のための≪命綱≫を買いに行ったが、うまいものがない。それなりの注意はしている。


庭4



 植木職人と違って自分物の剪定だから、木の作り方も自由。銀木犀も大きすぎて剪定が大変だから高さを5~6mに詰め、回りも不自然でない程度にちぢめた。香りで気づいた銀木犀の花を見て、ハッと思った。剪定の時期を誤らなくてよかったことだ。



 我が家の銀木犀は、今は咲き始だからクリーム色。満開になると白くなる。金木犀も大きな木だが、まだ開花していない。本来、銀木犀が母親で金木犀はその変種だそうで、原産地は中国南部。江戸時代に渡来したことも知った。中国名は「桂花」というのだそうだ。


銀木犀1


 こちらは真っ赤な花を付けるだけで匂いは放たない百日紅は、その名の通り長い開花期間をぼつぼつ閉じようとしている。季節は秋本番へ。庭木の奥の柿も色づいてきた。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!

お月様とお天道様(再)

月3


 今年の秋は冷える。寒いと言った方がいい。猛暑、猛暑でうんざりした夏が過ぎてホッとしたのもつかの間、今度は一転、冷え込みだ。だんだん大きくなる大根の間引きと草取りが気がかりだが、なんとなく畑に出るのが億劫になり始めた。大根は種を蒔くとき3~4粒ずつ蒔くので、間引きしてやらないと勢力が弱まるばかりでなく、曲がったりして、真っ直ぐ伸びないのである。我が家の場合、今年は遅蒔きの大根だ。




 私達人間は太陽、つまり、お天道様光と熱をもらい、月、つまり、お月様時間をもらって生きている。宇宙というとてつもない空間に生かされている人間は、太陽と月には特別の敬意と畏敬の念を持って、それぞれに「お」を付け「様」をつけて呼んでいる。「お星様」も同じだが、意味合いが全く違う。




 ご存知、漢字の「月」は三日月の形状から変化したものだ。その月は時間や期間の単位でもある。中秋の名月、いわゆる、十五夜からもう一ヵ月半が経つ。満月から新月に変わった。日ごとに、その姿を変えるお月様の姿がやけに寒々しくなった。「女心と秋の空」という言葉があるが、今年の秋の空はいつもの年と何か違う。短い秋のせいなのか・・・。

 月は肉眼で朔望を確認できる唯一の天体なのである。


月2



 「月」は時間の単位と同時に期間の単位だから、一ヵ月約30日を一定の日数で上手に等分している。いわゆる「当分法」だ。例えば、15日周期を「半月」、10日周期を「旬」、7日周期を「週」または「七曜」、6日周期を「六曜」という。「半月」は1ヵ月を2等分したもので、満月と新月との間が15日であることに因んでいるのだそうだ。




 「旬」は1ヵ月を3等分したもので「上旬」「中旬」「下旬」といった具合に用いている。また、「週」「七曜」は4回から5回で1ヵ月になるし、「六曜」は1ヵ月を5等分したものだ。12と30の最大公約数である。誰が考えたか知らないが、昔の人は頭が良かったし、上手に言葉を作ったものだ。


月



 お天道様とお月様。人々の受け止めようはさまざまだろうが、私はこう思う。お天道様が男なら、お月様は明らかに女だ。太陽は燃え滾る炎をイメージし、は人を童謡や詩的なデリケートな世界に誘い込む不思議な力を持っている。地球に生きる動植物は光や熱、それに伴う水がなければ生きていけない。だから、お天道様は極めて分かり易い。




 しかし、お月様やお星様は、時として忘れてしまうことがある。都会の街路灯やネオンにかき消されたり、第一、仕事仕事で追われていると見上げる夜空がなくなる。サラリーマン生活のほとんどを一時期の東京と甲府で過ごした私は少なくともそうだった。




 田舎の実家に戻って、月の満ち欠けや星のきらめき、美しさを改めて見た。時として、そっと外に出る。娘や女房が「タバコはやめたら」と、うるさいからで、タバコの煙の向こうに見える月や星、そして夏なら真っ黒い山の稜線の上に浮かぶ富士山の山小屋の灯火を眺める。夜空がこんなに綺麗だったとは、と再発見にも似た思いに駆られることもしばしばである。あの暑かった8月はじめだと、8合目か9合目あたりまで登山客のライトの光が一本の帯を作ったのだが、今は登山客が姿を消し、わずかに残った山小屋の灯火が月の光にかすんでいる。





ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!

ハチの子とヘボ追い(再)

 ザザムシの佃煮は確かに旨いから後を引く。そこでもう少し書くことにしよう。ある時、親しい友人とお酒を酌み交わしながら、このザザムシの話をした。その友人は書道の先生で、魚釣りが好きな人だった。



 「名前は知らないが、その虫なら笛吹川にもいっぱいいるよ」



 笛吹川 は、山梨市の秩父山塊を水源として、笛吹市、市川三郷町を経て富士川に合流、静岡県の駿河湾に流れ込む。神奈川県の相模湾に注ぐ桂川水系と並ぶ山梨県の2大水系の一つ、富士川水系の支流である。




 笛吹川にもいる、と思ったまではよかったが、それを獲ってフライパンで煎って食べてしまった。「苦くて、旨いものではなかった」という。それでも私から「不老長寿」「精力剤」と聞いていたから、その煎ったザザムシを師匠であるえらい先生に持っていって食べさせてしまったのである。≪ゴマスリ≫もあったのだろう。




 「その先生、食べたんですか?」と聞いたら「なにやら、けげんな顔をしながら食べていた」という。精力剤、不老長寿、と言う殺し文句が効いたのかも知れない。この虫は魚釣りが餌に使う虫で、はっきりとは分からないが、ザザムシとは違うと思う。第一、秘伝の味付けで加工した佃煮と違って、塩味をつけたとはいえ、フライパンで煎ったばかりの、しかも得体の知れない川虫など食べられたものではないことは容易に想像できる。




 人間、ある年になると、妙に「不老長寿」とか「精力剤」という言葉が重みを増す。ハチの子も同じだ。このハチの子はスズメバチなどもあるが、多くはヂバチの幼虫である。これも、よく見ればウジ虫のようで、ザザムシと形こそ違え、グロテスクそのものである。しかし、高たんぱくの食品だ。しかも、量産は出来ないから貴重品であることに違いない。


ハチ


 私達の地域では、このヂバチをヘボと呼んでいて、その巣を獲ることを「ヘボ追い」という。その追い方はこうだ。まず、ハチが餌として好むカエルの小さな肉片に真綿をつけて、ハチが来そうなところに置く。それをくわえて巣に戻るハチを真綿を目印に追うのである。


ハチ1



 ヂバチだから土の中や木のウロの中に巣をつくる。巣の在りかを確認したら、穴からスプレーで催眠剤を注入、土の中のハチを眠らせて、巣を取り出すのである。子供の頃の昔は、セルロイドやエボナイト製の筆箱や下敷き、歯ブラシの柄まで、これに使ってしまった。そんな子どもの学業は言わずもがなである。


ハチ2


 ヘボ追いは、見失ったら一巻の終わりだから、上、つまり、ハチばかりを見て走るのである。今、考えればゾッとするようなことを平気でしていたのである。しかし、今の子供たちは、こんな遊びはしなくなった。第一、肝心のハチがいなくなった。果樹地帯を中心に消毒によって、ハチはどんどん姿を消している。むしろ、消毒薬に無縁の都会の軒先にスズメバチが巣を食い、大騒ぎするケースが目立っている。テレビでその駆除の光景を見ると「ハチの子が沢山獲れるのに」と、その顛末が気になるのである。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!

防災無線とふれあい広場(再)

 防災無線。いかにもいかめしい呼び名だが、言ってみれば、地域の生活情報を伝える基地局だ。キー局は山梨市役所の中にあるのだろう。施設は市内の地域端末局とネットワークされていて、情報の性格や対象によってキー局からでも地域の端末局からでも自由に放送できる仕組みになっている。私達の地域は町場と違って、平坦ではなく、傾斜地や高低差があるので、火の見やぐらにそれぞれの方向に向けたスピーカーを取り付け、放送を聞き取り易くしている。

  


 キー局からの発信は、言うまでもなく市民全体向け。行政、民間を問わず、全市レベルの連絡事や催し物情報などが流される。一方、地域局は地区の行事連絡から始まって、果樹の消毒など農業指導やご不幸のお知らせと通夜、告別式など葬儀の連絡など何でもこなす。時々ある認知症のお年寄りの捜索には決まって威力を発揮する。行方不明の放送があって数分後には「発見」の放送が。みんながホッとするのである。





 回覧板という情報ツールもあるのだが、当然のことながら、スピードにかけては、これには勝てない。しかし、他地区に職場を持っていたり、放送時に地元を留守にしている人もいるので、回覧板も欠かせない。回覧板はその都度、隣組に発信するのである。今、区長代理を兼ねた組長を仰せつかっているが、回覧板が組を一巡して手元に戻るまでにはかなりの時間がかかる。
回覧板


 防災無線はその名の通り、元々の設置目的は地震や火事など非常時の災害への対処だろう。これこそ、頻繁にあっては困るのだが、火事が発生した場合「今、○○で火災が発生しました」と、その一報を速報するばかりでなく、鎮火したかどうかも知らせる。場合によって、火事の途中情報も。また、交通事故や、それに伴う交通規制などの情報もタイムリーに伝える。

 その防災無線と前後して私達の地域に登場したのが災害時に住民が避難するための広場だ。これも現実的には多目的広場。広場の隅には防災倉庫を設けて万一に備えているが、日常的には子ども達の遊びの広場であったり、お年寄りのゲートボール場だったりする。いわゆる住民達の憩いの場だ。もちろん9月1日の「防災の日」には訓練会場になる。それでいい。
防災訓練3



 この広場には、ちょっとしたいきさつがあった。10数年前のことである。当時の区長ら区の役員が顔を揃えてやって来て「お宅の梅畑を貸して欲しい」と座り込んで来たのである。「地域のためになるなら」と、快く応じたものだ。その面積は10アール近いが、畑には戻らないから寄付したに等しい。それでいい。周囲のしだれ桜やハナミズキもすっかり大きくなり、寄付させて頂いたベンチや防災倉庫もそこに彩を添えている。


お花見 009


 いつの間にか秋がやって来た。ひと頃の猛暑がウソのようだ。昼間の子ども達やゲートボールのお年寄りの歓声とは違って、宵闇に瞬時の涼を求めるように花火を楽しむ家族ずれ。ふれあい広場にお使い頂いて良かったと、しみじみ思う。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!

水利権(再)

川


 「川」という字は「鳥」などと共に象形文字の典型。大きな「河」と違って、山間の、のどかで、素朴な流れを髣髴とさせ、街の中や田園地帯をひっそり流れる「せぎ」や「小川」をも連想させる。「川の字に寝る」という言葉もあって、字の形がかもし出すイメージは穏やかな日常そのものだ。





 しかし、その川が知らず知らずのうちに変わってしまった。どの川も水量を減らした。そればかりならまだいい。川は汚れる一方だ。洗剤などを多く含んだ家庭雑廃水や工場廃水が川を汚す。工場廃水のたれ流しは法的規制もあって、さすがに減っているが、下水道化が遅れている地方では、どうしても家庭の雑廃水が流れ込む。





 昔は地方へ行けばいくほど、田舎へ行けばいくほど、川を大事にした。川は人々の生活の生命線だったからだ。人はそこで食卓に上る野菜を洗い、顔や食器まで洗った。だから、みんなが川を大事にした。川自体も自浄能力が強く「3尺流れればお水神様が清める」とまで言った。


川2


 無邪気な子どもが川に向かって小便でもしようものなら、大人たちは「おちんちんが曲がるぞ」といって、戒めたものである。ところが、今は子どもを戒めるはずの大人が平気で川に立小便をし、お母さん達は台所の野菜くずを川に捨てる。川をゴミ捨て場と勘違いしていると思えるような若いお母さんさえいる。





 川自体の水量も減った。無理もない。上流にダムが出来、本来下流に流れるはずの水が灌漑用水としてスプリンクラーで畑にまかれ、上水道水になった。水が減れば汚れを滞留させ、酸素を入れないから自浄作用も低下させる。それが、一方で紛争の火種すら起こそうとしている。


川3



 農業形態や生活環境の変化で人々が忘れかけていた「水利権」という≪寝た子≫を起こそうとしているのである。同じクラブでご一緒するロータリアンに、この地方一帯の水利権組合を束ねる連合会の会長さんがいる。彼は頭を抱えながら、こう言う。




 「地域の水にみんなが無関心になった。それをよいことに行政も水利権者と締結している協定を無視、行政だけの都合で水を使おうとする。例えば水道水への転用だ。水道に使ってはいけない、と言っているのではない。そのバランスを考えなければ将来必ず禍根を残す。田んぼを作ろうと思ってもそれも出来ないし、万一火事があっても川に水の流れがなければ消火作業すら間々ならなくなる。挙げ出せばきりがない。水というものは一つの目的ばかりでなく、多様性をはらんでいるのだ」



ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!
ランキング参加中です!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】
おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

最新記事
カテゴリ
最新コメント
FC2カウンター
ブログ成分解析
ブログランキングならblogram
検索フォーム
月別アーカイブ
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

全国からアクセスありがとう!

ジオターゲティング
最新トラックバック
アルバム
リンク
忍者ツール
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
FC2ブログジャンキー

「アクセス数が全然伸びない…」そんな悩みをブログジャンキーが解決します!