お葬式の不思議

生花2


 地元紙の山梨日日新聞は、紙面の一角に「おくやみ欄」を設けて、毎朝、県内の物故者と、その葬儀の日取りを伝えてくれる。地域別に整理してくれているから見易いし、第一、便利だ。当たり前だが、結婚式などのようにお祝い事の場合は、招待状が来るから分かる。見方を変えれば、その招待状が来なければ、行けないし、行かない。




 しかし、お葬式は別だ。招待状が来るわけでもないから、何らかのルートで連絡がない限り、お伺いすることが出来ない。だから、このお悔やみ欄は便利で、必ず目を通す。うっかりすると、友人、知人はともかく、そのご家族となると、お悔やみを仕損じかねない。ご不幸を後で知って、改めてお悔やみに参上するハメになるのだ。こんな時はいい訳タラタラである。


お焼香


 病人やお年寄りが最も身体にショックを受けるのは、暑さと寒さ。だから、ご不幸が起き易い時期は夏場であり、冬場である。新聞のお悔やみ欄も、それを顕著に物語っている。この冬はいつになく寒い。正直なことに、新聞のお悔やみ欄もやたらと大きい。




 この一年、お葬式にお伺いする回数がいつもより多かったような気がする。特に、夏から秋にかけてだ。昨年の夏が異常に暑かったためだろう。誰もがそうだろうが、私も親戚や友人、知人はもちろん、地域の人達のご不幸には、何をさて置いても焼香にお伺いする。年齢なのだろうか、結婚式など慶事は少なくなる半面、ご不幸の葬儀に行く回数がやたらと多くなった。

葬儀


 山梨の場合、葬儀の弔問は、特別の都合でもない限り、通夜と告別式の両方にお伺いするのが半ば慣例だ。弔問者は黒の礼服(略式)を着て列を作り、僧侶もお経の中身は違っても、同じようにお経を読む。だから弔問者の数は通夜、告別式共にほとんど変わらない。




 東京や埼玉、神奈川など他都県の葬儀にお伺いしたことがあるが、一般の弔問客のほとんどは通夜の一回。告別式は親族、つまり、お身内の方々中心のようにお見受けした。通夜に、焼香に来る一般の弔問客の服装を見ても、ネクタイだけ変えて、スーツは平服。会社の帰りに弔問するケースが多いという。いかにも都会の合理性が浮き彫りになっているように見えるのだ。




 いつ頃から葬儀当日に行うようになったのか分からないが、いわゆる、ぶっつけ七日と呼ばれる初七日法要の仕方も違う。東京などの方式が親族中心であるのに対して、山梨は多くの一般をも巻き込み、参列者は100人,200人は当たり前。多いケースでは斎場には入りきれないので、ホテルなどで300人を超す規模の法要も。


盛り籠


 各地に斎場が出来て、かつての自宅葬はほとんど姿を消した。農協、つまりJAも参入して斎場業界は、そのシェア拡大にヒートアップ気味だ。人間、誰しも迎える終末。遺族が受け持つ葬儀の仕方も所変われば、である。いつかはみんなが行くあの世へのお見送りもさまざまで当たり前か・・・。




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神頼みの心

鳥居


 本当に祈っているのかと言うとそうでもない。それでは祈っていないかと言うと、それも違う。頼みごとも同じだ。先頃の初詣や、普段、旅行などで寺社、仏閣に参拝した時の心の内だ。神様を信じているとか、いないとかではなく、なんとなく手を合わせ、なんとなく賽銭を投げて、手を合わせている自分に気付く。私だけだろうか。


おみくじ

 ズボラではないとは言い切れないのだが、私自身、そんなにもズボラではないと思っている。だが、はたまた、日常の生活の中で、身近にある神棚に向かっても、これとまったく変わりない自分に気付いて「おれって、ちょっとヘンかな」と思ったりすることがある。そんな私と比べ、女房は毎朝と言えばウソになるが、よく仏壇と神棚に水を上げ、手を合わせている。だから、私だけがおかしいのだろう。



 そんな私でも、神棚の祭り方でずいぶん迷ったことがある。勤めを定年で辞め、甲府から山梨市の実家に戻る時のことだ。私の実家は祖父の時代に建て替えたという築80年以上の昔風の田舎家。大きい事は悪くはないのだが、幾つもの部屋という部屋はみんなふすまや帯戸一枚の仕切りだけ。住みにくいことこの上ない。


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 このふすまなどを取っ払えば、一つの大きなホールになってしまう。その上、天上が高いから、夏場はいいのだが、冬は寒くてしょうがない。そこで、女房とも相談、一部を生活し易いようにリフォームした。居間とキッチンはカウンターを隔ててワンフロアーにし、さらに、そこと、ひと続きの所に書斎とベッドを設けた。つまり、キッチンを伴う居間と、寝室として区切らないベッドと書斎のある部屋は4本の引き戸で自由に開閉できる、文字通りのワンフロアーにしたのである。




 もちろん、それはそれでいい。ところが、はたと困ったのが神棚の取り付け場所だ。神棚の置き場所にはいくつかの条件があるのだそうで、その一つは方角。南、または東向きにし、北、または西向きにはしないのだという。もう一つ、神棚の下を人が通り抜けしないところを選ぶこと、だそうだ。もちろん目線より高い所であることは当然である。


神棚


 そんな所は、いっぱいある、とお思いだろう。ところが、この幾つかの条件を満たす所は、あるようで、ないものだ。夏、冬の冷暖房のためのエアコンだって取り付けなければならないし、部屋全体の調和や美観だって考えなければならない。当たり前のことだが、神棚に足を向けるわけにはいかない。人は寝る時、北枕はしないから、その足側、つまり、その西、または北、南はダメ。そこに方角の南、または東向きの条件が絡むのだ。こう書いている本人だってこんがらかってしまうのだから、お読みになる方はなおさらだろう。


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 人によっては、そんな事どっちだっていいだろう、と言われる方もおいでだろうが、いざ自分のこととなると、案外、縁起や風習に拘るもの。結局、幾つかの条件に適った所は、たったの一箇所だけ。それも、大きさを考えないと全体の調和が取れなかった。神棚の拝殿?には天照皇大神宮の分厚いお札。地域の道祖神や氏神様のお札も。女房は何か頂き物をしたりすると、仏壇と共にお供えしている。言葉には表さないが、えらいいものだ。



神棚2

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損保の紙面広告

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山梨県における降雪記録が同県史上最大なら、地元の山梨日日新聞に掲載された損保会社の「お見舞い広告」の量も恐らく過去に例を見なかっただろう。2月14日から関東甲信地方、中でも山梨県を襲った大雪による被害が、それほど大きかったことを意味する。



 「大雪による災害のお見舞いを申し上げます」(見出し


 「…一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。○○の保険にご加入の方で、住宅・家財の被害を受けられた方は、左記までご連絡くださいますようお願い申し上げます。…・」



 山梨日日新聞の社会面、第二社会面の下段を埋めたお見舞い広告は、我が国の損保会社のオンパレード。被害が次第に顕著になり始めた降雪から
四日目、五日目の紙面だ。もちろん、その上の記事は社会面、第二社会面ぶち抜きで山梨県内各地の被災状況を伝えていた。



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山梨日日新聞より


 お見舞い広告のオンパレードは、むろん、積極的な損保会社の営業展開に他ならないが、その裏には電通や博報堂など広告代理店の配慮、誘導があったことも確かだろう。広告が掲載された山梨日日新聞は全国最古の地方紙。山梨県における普及率は70%を占めるという。損保会社が東京紙を尻目に同紙に、こぞって広告を出す由縁はそこにもある。



 「お父さん、今朝のサンニチ(山梨日日新聞)、見た?うちの母屋やお蔵の屋根、かなりやられているようよ。保険会社、連絡しろと言っているわよ」



 目ざとい女房は新聞受けから取り出して来たばかりの朝刊を片手にそんなことを言った。我が家は、ただデカイばかりで何の取り得のもない田舎家。職場をリタイアした後、仕方なく一部をリフォーム、ついでに屋根も全面的に葺き替えた。思い切っていくつかの蔵や物置の屋根も一緒にやったので、その工事だけでも2ヶ月を要したものであった。


 「せっかく全面葺き替えしたのに…。母屋といわず、お蔵と言わず、かなり痛んでしまっただろうな…」


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 女房に言われるまでもなく、内心、そう思っていた。「ざ・ざ・ざ~」「どす~ん」。夜となく昼となく、屋根から雪崩のように滑り落ちる大量の雪の塊。本体とも言える一番上の屋根の瓦をずらし、さらに雪の塊を一旦は受け止めなければならない軒の屋根瓦は至る所で割れているに違いない。現に四方に二つずつの袖というか、流しの鬼瓦は、いずれもすっ飛んでいる。時間と共に雪が緩んで、間欠的に滑り落ちる雪の塊は不気味でさえある。




 実は、山梨県では十何年か前、大雪に見舞われた事がある。この時の積雪量は甲府(観測点)で60㎝。今回の積雪のざっと半分だったが、この時も同じように大騒ぎした。山梨県は内陸地帯で、普段はめっぽう雪は少ない。裏を返せば、雪に慣れていないので、ひとたびパンチを受けると大混乱に陥るのだ。交通網は真っ先にマヒ。県民生活はガタガタになり、果樹地帯の葡萄や桃、サクランボのビニールハウスの倒壊も招く。




 山梨県やJAなどによれば、そのビニールハウスの倒壊被害だけでも800㌶に及ぶ。山梨は葡萄など果樹の一大産地。大雪の洗礼を受けなかった首都圏や近畿、関西の消費者だって3ヶ月前後先には、恐らく価格面でそれを実感させられることになるかも…。




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大雪の混乱

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 完全の陸の孤島となった。東は東京、西は長野、つまり山梨県のほぼ真ん中を東西に走る主要交通網・JR中央線と中央自動車道は完全マヒ。南の静岡に繋がる国道52号、北の埼玉を結ぶ国道140号も言うまでもない。2月14日朝から15日昼にかけて降り続いた記録的な大雪は、ざっと89万人の山梨県民を孤立させた。同じように大雪をもたらした関東甲信地方の中でも、その積雪量は別格であった。




 普段から雪に慣れている北陸や東北、北海道など豪雪地帯の方々には、お分かりにならないかも知れないが、なにしろ“初体験”。この地方の人々は目の前の雪を見て正直、茫然自失。なんとか気を取り戻して雪かきに取りかかったのである。


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山梨日日新聞より


 政府・山梨県は災害対策特別本部を設置。自衛隊の出動をも要請した。国道、県道、市道、私道…。それぞれに関わる人達が暗黙の棲み分けで、まずは道路から。真っ先に道路を開けないことには「日常」を取り戻せない。私が住むここ山梨市では連日、ひっきりなしに防災無線が。山梨市の建設課や環境衛生課、市民課、農林課…。JAからも流れて来る。




 建設課からは思うようにはかどらない主要道路の除雪と河川への除雪投棄禁止、環境衛生課からは,ゴミ回収が出来ない現状説明とお詫び、市民課からは運行出来ない市営路線バスの現状と詫び。農林課やJAからは雪を被り、倒壊が相次ぐ葡萄、桃、サクランボのハウス対策。時が経つにつれ、その放送は切実味を増して行く。降雪から一週間経った今も、大幅な改善は図られていない。それほど今度の大雪がもたらしたパンチは大きかった。




 市民生活回復の第一歩は除雪であることは言うまでもない。この除雪、都市部ほど躓(つまづ)いた。田舎なら除雪した雪は道の両側に積み上げればいい。畑に押しやることも出来る。ところが、住宅街はむろん、商店街では、それが出来ないのだ。一方、田舎と都市部では、そこに住む人達の“非常時”に対する考え方、対処の仕方が微妙に違うのだ。


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 私が住む山梨市の田舎を例にすれば、今度の場合も区長が防災無線で地域の幹線道路の除雪作戦を呼びかければ、みんなで駆けつけ、力を合わす。対して,都市部は…。行政任せだったり、果ては対処の手遅れを非難したり。ズバリ言って、そんな人達だって少なくはない。恐らく、この傾向は全国何処も同じだろう。




 「お父さんねえ,テレビで言っていたけど、こっち(山梨市)のスーパーにも物(商品)がないのよ。売り場の棚はみんなガラガラ…


 降雪から四日目、やっと車で買い物に出た女房が我が家に戻って、そんなことを言った。


 「当たり前じゃあないか。JR中央線はむろん、中央道や主要国道まで寸断されているんだから物資が底をつくに決まってる。所詮、お前と二人きり。冷蔵庫の物を食べていれば、そのうちに陸の孤島は解消されるさ。第一、こんな機会でもなければ、お前には冷蔵庫の奥は片付けられんよ」


 「男の人はいいわよねえ。そんな、のんきなことを言っていられるんだから…」


 そんな会話を交わすバカな夫婦は,半ば、開き直っていた。




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雪の怖さ

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 「この辺りは豪雪地帯ですから、住宅の造りも、ちょっと違うんです。例えば、ご覧いただくように玄関口の位置。毎日、人が出入りする玄関口は軒下には設けず、側面に造るのです」




 何時だったか、北陸地方を旅した時、バスのガイドさんが沿道の民家を指差しながら、こんなことを言ったことを思い出した。「へえ~。所変われば品変わるってことか…」。何か珍しい物でも見せていただいたような、それでいて,人ごとのように聞き流したガイドさんの話。まさに通り一遍の話として、春の淡雪のように脳裏から消えていた。


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 軒下に通用口を造らないのは,豪雪をもたらす冬中、何時落ちてくるか分からない屋根からの落雪から身を守ることに他ならない。ところが、その人ごとのような屋根からの落雪を、この山梨で体験するハメになったのだ。あわや雪の下敷きに。雪かき中の私達夫婦は屋根から滑り落ちて来た大量の雪に肝を冷やされたのである。




 14日朝から15日昼近く前まで降り続き、関東甲信地方にもたらした大雪。中でも山梨県地方は半端ではなく、観測点がある甲府で114㎝。明治28年の観測開始以来120年の歴史の中にもない、まさに記録的な大雪となったのである。むろん、山付き地帯の積雪は、それを上回り、私が住む甲府盆地の東北部・山梨市のこの辺りは、楽に130㎝を超えた。


大雪

 「一面の銀世界」などと情緒的な表現は、およそ似合わない、何もかも雪に埋まった。庭も、そこから伸びる道や植え込みも。みんな真っ白い雪で姿を消した。雪が止んで、どの家も雪かきが最優先の仕事になったことは言うまでもない。これもまた「雪かき」などという生やさしいものではなく、「除雪」と言った方がいいのかも知れない。




 雪かきの原則は、それぞれの家が自らの周りの道筋を開け、隣近所とネットワークして行くことだ。その拡大が道路網を復活させるのである。雪かきは、いわば各戸の義務であり、使命でもある。




 「お母さん、庭や植え込み、普段は(頻繁に)使わない表の道は後回しにしようよ。車が出入りする裏道が先だ。この雪かきは一日や二日では、とても済まんぞ」




 女房と二人、雪かき大作戦が始まった。お隣と言っても我が家の裏庭から、その家の前を走る市道までは7~80㍍はある。積雪130㎝といえば、ちょっとした子どもの背丈。「これは容易なことではないぞ」。これから始まる雪かきに茫然とした。女房もそうだろう。二人とも防寒着と長靴に身を固め、長い柄の付いた雪かきでの作業開始。


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 屋根からの落雪雪崩の遭遇は、それから三日目。車が出られるようにと、裏庭から始めた除雪作戦をなんとか終え、今度は表庭から古道に繋がる道の除雪に入ろうとする矢先だった。古道は「隠れ秩父往還」。道幅が狭いせいもあって、今は散歩道になり下がっている。




 「ど・ど・ど~」。轟音とも言える大きな音と共に雪崩のように大量の雪の固まりが落ちて来た。考えてみれば屋根にも130㎝の雪があったのだ。二人のすぐ脇。その重さは定かに分からないが、何トンかはあるはず。雪が止んで時間が経つに連れ、雪は水分を含んで重くなる。二人のすぐ脇。まさに危機一髪だった。(次回に続く)




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茂太(もた)さんとワイン

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 20年以上も前の齋藤茂太さん,愛称「茂太(もた)さん」との話の延長戦。茂太さんをお迎えしての講演会は当日を迎えた。会場は山梨県立の県民会館大ホール。今は取り壊されて駐車場に変貌し、跡形もないが、甲府のど真ん中、県庁前にあった。




 演題は覚えていない。会場のホールは2,000人を超すシートを余すところなく埋め,開演を待っていた。午後1時からの講演だから前夜の酒は抜けていた。私は40代の半ば。茂太さんはどうか分からないが、少なくとも私は前夜の深酒の“後遺症”はなかった。二人は関係者も含めて何人かで、楽屋というか、控え室というか、殺風景な部屋を待ち合いに女子社員が運んでくれたお茶を飲みながらたわいもない話で時間の穴埋めをしていた。




 若い女子社員の顔を見た茂太さん,誰に言うともなく


 「あのねえ、演題の脇に水差しがあるでしょう。あれ、水ではなくワインを入れておいてくれるといいんだがなあ」。独り言のように言った。


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 女子社員は一瞬、戸惑ったのだろう。控えめながらも目配せで私を控え室の外に呼んだ。


 「本当に水差しの中味をワインに変えるんですか?」


 「バカ言え、先生特有の冗談さ。夕べも、かなり(お酒を)飲んでいるんだよ。講演中、迎え酒でもあるまいに…。心配しなくてもいいよ。冗談、冗談…」


 「そうですよねえ…」


 開演のベルが鳴って拍手で迎えられた茂太さんの話が始まった。質疑も交えて約2時間、茂太さんは聴衆の拍手を浴びながら話した。


 「ご苦労様でした。講演会、大成功でしたよ。ありがとうございました」


 私の社交辞令も込めた挨拶が終わるか、終わらないうちに茂太さんは


 「今日の講演は失敗でしたよ。どうしてもノラないんです。お聞きになっていて分かったでしょう。あの水差しの中味がワインだったら…」



 「そんなことはありませんよ。聴衆は拍手喝采していたじゃあありませんか.ワインの話、冗談とばかり思い込んでしまって…。すみません」


 「皆さん、分からないと思いますが。私は、ちょっとしたことで落ち込むタチなんです」


 お酒を酌み交わしながら陽気に話す前夜の茂太さんの顔を思い起こしながら思わぬ一面を見た思いがした。それと同時に「済まないことをしてしまった」と思った。後の祭りだった。その一方で、「この先生、ひょっとすると鬱の…」と、うがった見方もしたものだ。




 こんな失敗も役に立つ。今なら酒でもワインでも用意するし、させもする。演壇の水差しの中味は100人が100人「水」だと思っている。飲む人が良ければ、それが何であれかまわないはずだ。白ワインなら分からない。茂太さんが言うように「融通の利かない長男」を地でいったような失敗だった。私の次男ならきっと融通を利かした対処をしただろう。


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 ただ、水差しの中味がワインであることを聴衆に分かってはいけない。話し手だって微塵もそんな素振りは禁物。時によっては言わず語らず、である。人間とは面白いものだ。




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兄弟のポジション

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齋藤茂太さん


 齋藤茂太さん。既に故人となられたが、知る人ぞ知る精神科医であり、エッセイスト。アララギ派の詩人・斎藤茂吉の息子さんと言えば、もっと分かり易い。やはりエッセイストであり、作家の北杜夫さんは弟さんだ。その齋藤茂太さんを人は「茂太(もた)さん、もたさん」と親しみを込めて呼んだ。




 その茂太さんとお酒をご一緒させていただく機会があった。もう20年以上も前のこと。甲府での講演会の講師としてお招きしての前夜、ホテルの一室であった。「酒好き」だという茂太さんは、飲むほどに、酔うほどに明るくなった。所詮はお酒のみの話。らちもない話の積み重ねだが、茂太さんは、ふと、こんなことを言った。


酒



 「あなたは何男?そう。長男ですか。野球は9人でプレイしますよねえ。その9つのポジションで長男がいないポストがあるんですよ。私はある時、プロ野球セパ両リーグの選手を時代を遡ってつぶさに調べたことがあるんです。結果論かも知れませんが、あるポジションだけは長男がいないんです。そのポジションとは何処か分かりますか?」





 投手、捕手、一塁手、二塁手、三塁手・・・・。9つのポジションを頭に浮かべてみた。さて何処だろう。分からない。見当もつかない。茂太さんは言った。



 「セカンドなんですよ」



 「どうしてなんですか?」



 「セカンドというポジションはファーストやショート、サード、果てはセンターやピッチャーにも気配りをしなくちゃあいけない。つまり、上にも下にも気配りしなければ務まらないポジション
なんですよ」



野球



 なるほど。そう言われてみれば、頷ける。茂太さんによれば、長男は全体を見たり、考えたりすることには長けているかも知れないが、細かい気配りは下手くそ。そこへいくと次男は上にも下にも気配りをして日常を生きてきた。上からは頭を押さえられ、下からは突き上げられる・・・。「もちろん、これは一般論」。「生い立ちは人間の生き様のあちこちに現れるもの」とも。



 茂太さんは、こんなことも言った。



 「長男は人から笑われることを嫌うのです。これは日常生活のことなんですが、世の中には人に笑われなければメシを食えない商売がありますよね。噺家と呼ばれる落語家や、漫才師です。データを取ったことはありませんが、この世界でも長男は少ないと思いますよ」



 「なるほどねえ。反対に長男が多い職種ってあるんでしょうか」



 「次男は一般的に機を見て敏。世渡りが上手なのですが、一方、長男の取り柄は責任感が強いこと。総領の甚六なんて言葉もあります。職種的にみれば銀行マンや公務員、学校の先生にも多いんじゃあないかな。もちろん、これもデータを取った訳ではないんです」




 長男、次男、三男…。子供が多かった時代の話だ。(次回に続く)




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弟の文句

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 「おまん(お前)は、いつまでも兄貴ヅラするな」


 母親の三回忌のため向かった菩提寺でのことであった。弟は、どちらかというと今時珍しい堅物。いいモノはいい、悪いモノは悪い。はっきりモノをいう。「オレは表もなければ裏もない」とも。信念のようなものだろう。だから時には、その人の心にグサっと響くような事まで平然と言ってしまうことも珍しくない。


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 三男坊の弟に,そう言わしめたのは、さもないことだった。お寺さんの奥さんとの、ちょっとした会話の中味が発端。「お前ねえ、人には触れて貰いたくないモノって一つや二つあるんだよ。余計なことを言うもんじゃあないよ」。“純真“な弟には、その忠告が気にくわなかったのだろう。むろん奥さんとのやり取りは冷やかしや悪気があってのことではない。




 「オレはオレで責任を持って言っているんだよ。(いくら弟とはいえ)60歳も半ばを超えた人間に何時までも兄貴ヅラしてくれるなよ」



 真顔だった。兄弟とはいえ,何とも言いようのない冷たいものを感じた。ムシの居所が悪かったのか。いやそうではない。これまでの鬱積が貯まっていたのだろう。振り返ってみれば、この弟には何故か苦言めいたことを言うことが多かった。それを心よしとしなかったのだろう。苦言は長男としてではない。肉親の兄弟としての思いやりの忠告だ。

 
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 私とは五つ違い。大学を出て,当時、小さな印刷会社を立ち上げて間もない次男の会社に身を委ねた。従業員の数、僅か数人の町工場にすぎなかった会社は、今では7~80人規模に成長した。三男坊は専務として兄である社長を支えている。この二人の弟の違いは,社長である次男が他人の会社勤めの経験があるのに対し、三男坊には“他人の飯を食った”経験はない。その違いかどうか分からないが、その振る舞いはまるで違う。




 私の兄弟は四人。二人の弟の他に姉がいる。昨年夏、他界したから厳密には「四人だった」という方が正しい。同じ母親から生まれながらも顔も違えば、性格も違う。当たり前の事だが、考えようによっては不思議でもある。その兄弟がみんな孫を持つようになった。私の孫はまだ10ヶ月を過ぎたばかりだが、弟たちの孫の中には大学生もいて、間もなく成人式を迎える。ふと振り向けば自分に関わる四人の親はむろん、40人近くいた伯父(叔父)や叔母(伯母)も皆無に等しくなりつつある。それどころか、姉を亡くし,兄弟まで欠けた。




 無邪気に兄弟喧嘩をしていた子供のころが懐かしい。親父やおふくろに叱られながらも喧嘩をし、泣いたり、笑ったりした。広い田舎家の中で追いかけっこ、取っ組み合いの喧嘩も。今はそんな喧嘩がたまらなく懐かしい。今の子供は兄弟が少ないから,喧嘩をしようにも、しようがない。昔の子供は兄弟喧嘩をし、いたずらをしては親に叱られながら大きくなった。そこから知らず知らずに“学んだ”ことも少なくない。喧嘩の一方で、兄弟愛のようなものも育んだ。




 大人になってからの兄弟喧嘩は,場合によって“致命的”。修復しない事もあるという。くわばら、くわばら。兄弟って何だ、肉親って何だ。弟とのさもないやり取りを通じて、ちょっぴり考えさせられた。(次回に続く)

大雪


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孫の10ヶ月の“誕生日”


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 2月10日。孫娘の“月誕生日”だった。ちょうど10ヶ月になった。


 「オレにも抱かせろよ」。娘に代わって、それまで母親気取りで抱っこしていた女房から奪い取るように抱き上げた孫娘。ズシっと重さを感じた。知らず知らずというか、日に日に体重を増やしているのだ。赤子の成長を実感する瞬間でもある。


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 私が気に食わないのは、抱っこして間もないのに、大声で泣き出すことだ。


 「オレじゃあ気に入らないのか」


 「そうよ。お爺ちゃんじゃあダメよ」


 そんな私達夫婦の会話を娘は、ニコニコしながら聴いている。孫娘が泣き出すのは、私が気に入らないのではなく、抱き方が気に食わないのだろう。慣れとはそんなものかも知れない。ただニコニコしている娘。何も言わない。母親の自信というか、余裕なのかも。


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 仕方なくフローリングの床に下ろした。床暖房を施した居間の床は冷たくはないはずだ。「ウオー、ウオー…」.いつものように意味不明なことを言いながら部屋中を這い回る。そればかりではない。手当たり次第に,そこにある物に触れ、かき回す。手に取れる物は何でもかんでも口に運ぶ。食器やおもちゃ、そこにある新聞や雑誌の隅まで嘗めるのである。まったく気が気ではない。「お前達は注意していないとダメだぞ」

 
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 でも、冷静に考えてみれば、物事の分別が付かない赤ちゃんは,こうして自らの口でなめてみることによって“本能的”に危険か否かをかぎ取っているのかも知れない。ある雑誌でこんなことを読んだことがある。




 「赤ちゃんは,酸っぱいものや辛いものは絶対に食べない」。それを食べるようになるのは“嗜好”が分かる、ある程度の年齢になってからだ。酸っぱいもの=腐敗しているもの、つまり、危険を本能的に察知するのだという。アルコール類やタバコだって同じ。好奇心を持つ年齢が、それを寄せ付け、知らず知らずにのめり込んで行く。麻薬だってそうだろう。


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 もうお亡くなりになっているだろう。30年ぐらい前のことである。富士山の山梨県側の旧登山道に「中の茶屋」という所があって、そこの茶屋のおばあちゃんがこんなことを言ったことがある。ツーリングというかモトクロスというのかグループでやって来て、おばあちゃんが庭先に干していたキノコを囲んで「コレ、何というキノコだよ」などと騒いでいる若者達に一括。




 「お前ら、無邪気に触るんじゃあねえよ。そのキノコはなあ、オレが命がけで食える(食用に出来る)かどうかを確かめたもんだ。一晩中、転げ回るほど苦しんだこともあるんだ!」



 男勝りというか、男顔負けの、このおばあちゃんによれば、山のキノコを煮たり、焼いたり,裏を剥がし取って観たり…。もちろん、キノコの専門書も読んだ。一番参考にしたのは熊や猿の動向。「動物は本能で、食べることが出来るか出来ないかをかぎ分ける。でも、オレ達の年齢になっちまったら本能が何処かに行っちまった」と。何でも嘗めてみる孫娘に、このおばあちゃんの言葉を重ね合わせて独り頷きもした。





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貧しくも逞しく…

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 「お・も・て・な・し」と並んで「倍返しだ!」という言葉は、昨年の流行語大賞にも選ばれた。業界がびっくりするほどの高視聴率をあげた民放のテレビドラマ「半沢直樹」がもたらした名台詞。庶民派のサラリーマンに、ある種の痛快感をも与えたのだろう、巷の人達も「倍返しだ!」と、ユーモアも交えて口にした。因みに「お・も・て・な・し」も言わずと知れた東京への五輪誘致のプレゼンテーションで飛び出したあの見事な台詞だ。




 ここで今、私が書こうとしているのは、優しく、なんとなく世の中を明るくしたり、ホッとさせたりする「お・も・て・な・し」という言葉や、ある意味、人の心を奮い立たせるような「倍返しだ!」とは逆に、「半分」「半分」になって来た事象である。低下する一方の子供の出生率だ。我が国における困った社会現象と言ってもいい。


倍返しだ_convert_20140209112917


 例えば私の親、兄弟、子供を考えてみる。世代を追うごとに、なぜか「半分」、「半分」になって来ているのである。つまり、親父の兄弟は9人。おふくろは8人。その息子である私の兄弟は4人。実際なら5人だった。1人は死産だったという。女房の親、兄弟の数もほぼ同じだ。おふくろの兄弟は大正から昭和にかけての生まれだが、父親の兄弟は全て明治生まれ。私の代になると理由があるにせよ、早くも一人っ子。半分どことではない。




 昭和17年。戦中生まれの人間に明治はおろか、大正や戦前の時代だって分かるはずがない。ただ、絶対に言えるのは経済的にも、日常を取り巻く環境も決して恵まれてはいなかったはず。もっと分かり易く言えば、貧しい時代だったに違いない。が、人々は今のように、やれ「育児対策」だの、教育費や医療費の無料化などと、青筋を立てて騒ぐこともなかった。貧乏人の子沢山。でも、どの親達も貧しくも立派に子供を育てた。
子供_convert_20120606114602

 娘がやっている「育児」の悪戦苦闘ぶりをみていて8人、9人。4人、5人の子供を育てたそれぞれの親達は,一体…、沢山の子供を抱えて平気とまでは行かなかったにせよ,動じなかった。少なくとも、育児を国など自治体に頼ったり、思いあまって我が子を殺(あや)めるような親はいなかった。子供達にしたって協力し合って、上の子は親に代わって下の子の面倒をみた。9人、10人の兄弟、一番上と、終っ子では親子に近い年齢差があるはずだ。私だって5つ違いの弟の世話をした数々の想い出が今でも鮮明に残っている。誰もが“人のせい”や“おんぶにだっこ”ではなく、自らのこととして受け止めて生きて来た。




 背景には大家族制度があった。お爺ちゃん、お婆ちゃんも一緒に住んでいたし、隣近所の人達も支え合った。子供が危ない遊びをしたら他人の子でも叱ったり、親身になって面倒もみた。ところが社会は知らず知らずのうちに一変。大家族制度は核家族化の名の下に核分裂、一方で進んだ個人主義の考え方は勢い、隣近所、地域社会の人間関係まで希薄にした。それに輪を掛けたのが少子化現象なのだ。確かな数字は分からないが、今の我が国の出生率は1,4人前後。この数字で見る限り、いかに一人っ子が多いかが分かろうというもの。我が家の初孫。娘は40を過ぎての、いわゆる“高齢出産”だから,二人目は望めないかも…。孫も女の子。我が家は“女系時代”を辿るのか。




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育児休暇

南紀白浜_convert_20140207130159


 「行って来いよ。でもなあ、あんまり、ゆっくりしていると,お前の“席”がなくなってしまっているかも知れんぞ」




 むろん冗談に決まっているが、新婚旅行に送り出す職場の先輩の言葉だった。私達夫婦が見合いのような、恋愛のような“出会い”で結婚式を挙げたのは昭和45年の1月。私が27歳、女房が26歳。1年何ヶ月の違いがあるが、早生まれと遅生まれの勢もあって年齢では二つ違いだ。私の口から言ってはヘンだが、その頃は女房も純真で、今のように亭主を尻に敷くなどという素振りは微塵も見せなかった。


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 与えられた休暇は5日。行く先は南紀白浜。女房が“持参金代わり”に持ってきた「マークⅡ」に乗ってその日の夕刻、甲府での披露宴に次いで“二次披露宴”の会場となった勝沼を出掛けた。御坂山塊を抜け、山中湖から御殿場に出て、開通して7年足らずの東名高速を大阪へと突っ走った。山梨からの新婚旅行の行き先と言えば南紀白浜あたりが人気だったのだろう。ハワイやグアム、つまり“海外”は、そのしばらく後の話なのである。


南紀白浜2_convert_20140207130448


 当時の結婚式というと、会場はホテルか旅館の大広間。畳の座敷だ。料理も二の膳、三の膳付きの和式。花婿は紋付き袴、花嫁は角隠しを付けた着物姿が定番だった。その両脇には「仲人さん」と呼んだ媒酌人夫妻が威儀をただして座っていた。私は田舎の百姓の長男。次男や三男坊と違って地域の人達への“お披露目”もしなければならなかった。“二次披露宴“は、そのためのものであった。




 あれから40数年。結婚式の在りようも新婚旅行の在りようも、すべてがガラリと変わった。若い方々の結婚観まで変わって来ている。「媒酌人」という言葉は死語になり,新婚旅行もみんな外国。「成田離婚」などと言う言葉も。独身を良しとし、それを“謳歌”している若者がいると思えば、結婚したくても相手を見つけきれない人達も珍しくない。山梨市には「結婚相談所」というのがあって、現に女房は,市からその任を命じられている。


花束_convert_20110615225505



 今では当たり前になったのが「育児休暇」というシステムだ。女性ばかりでなく連れ合いの男性にも与えられるようになっている、というから、ちょっと古いオジサンは「世の中も変わったものだ」と、つくずく思う。




 「お父さんなんか、私がこの子(娘)を産む時、お腹や背中を摩るどころか病院にも来てくれなかったわよねえ。仕事、仕事…。それに引き替え今の若い人達は優しいわよ」




 娘の出産の時、職場を休み、我が子の出産を一晩中、見守った娘婿を引き合いに、そんなことを言った。皮肉混じりのこの言葉。恨み節でもあるまいが、女房は折に触れて言う。それに反論をしたところで、仕方がない。でも心の中では「男が子供を産むわけでもあるまいに…」と、思っている。




 「この子が成人し、一児の母親になる時代はどんな時代なのだろう」。訳も分からないことを言いながら、居間を這い回っている孫に目を細めながら、ふと,そんなことを思った。考えてみたら,その時、私は確実にこの世にいない。そう考えると一転、寂しくなる。 (次回に続く)





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少子化と育児

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 任期満了に伴う山梨市の市長選挙は2日、新人の前県議・望月清賢氏が、再選を目指した現職・竹越久高氏を僅差で破って当選。7日間の選挙戦の幕を閉じた。「万歳、万歳」。勝者は一夜明けた3日朝、祝勝会を開いて喜びと新市政スタートへの気勢を上げ、互角と言ってもいい二つの陣営は、避けて通ることは出来ない明暗を分けた。




 選挙期間中はむろんのこと、祝勝会でも当選者は、幾つかの政策の柱の中に「子育て支援」を挙げた。「若い人達が安心して子供を産めるような社会を…」。道路や下水道など立ち遅れたインフラの整備とともに「子育て支援」は、重要な政策課題なのである。




 少子高齢化対策は全国共通の課題。しかし、その一環である「子育て支援」は、都市部と地方では、ちょっとニュアンスが違うのだ。「保育所や保育園の入所(園)者待機ゼロを目指す」。都市部がそう言うのに対し、地方、特に田舎では「子供を一人でも多く産んで貰う。産んでもらえるような環境作りをしなければならない」と訴える。つまり地方には保育所や幼稚園どころか、そこに入る子供そのものがいないのだ。

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 4万人弱の山梨市もご多分にもれず、人口は減少に歯止めがかからない。勢い、高齢化を進ませるお決まりの循環だ。サクランボの産地化が進むこの辺りは、まだいい。同じ山梨市の中には人口の流失が進み、「限界集落」に近い所だってある。学校の児童、生徒数の減少は軒並みだ。私が住むこの辺りは「岩手地区」という。そこにある岩手小学校は児童数が60人を割り、50人を割り込むのも時間の問題だろう。学年ではなく、全校で、である。学校そのものの存続論議が目の前に。人口が急増する都会では想像すら出来まい。




 「お父さん、パソコンなんか叩いていないで、京佳ちゃん(孫)の面倒みててよ。(世話に)困れば、すぐ、そこに逃げちゃうんだから…。まったく…」




 台所で忙(せわ)しげに食事の後片付けをしていた女房が言う。赤ちゃん(孫)がいなければ、歳取った夫婦の、そんな会話もない。確かに物事のわきまえが全くない子供だから、うるさいばかりか、何をするか分からない。危ない。一時(いっとき)とも目を離せない。でも大人達は、それを手放しで良しとし、目を細めているのである。


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 だが、この賑やかな孫、ある時間が経てば甲府に帰ってしまう。自分たちは“内孫”と思っているのだが、考えてみれば、嫁がせてしまった一人娘の子。少子化現象が進む中で、この地域にも我が家のようなケースはいっぱいだ。職場、言葉を換えれば雇用関係にも起因する。通勤時間などを考慮、山梨県の中で生活する場合でも甲府など都市部に住まいを移してしまうのである。若者達にとって道路などのインフラ、買い物などサービスやさまざまなシステムが優れ、便利な都会の方がいいに決まっている。




 こうしてパソコンを叩いている目と鼻の先に地区の「ふれあい広場」がある。請われて我が家の畑を開放したものだが、そこにはブランコや滑り台など沢山の遊具も立派に揃えた。ところが、そこで遊ぶ子供がいない。目の前にいる可愛い孫がそこで遊んでくれる日が待ち遠しい。広場に子供達の元気な声が戻って来れば,地域は必ず活気が出る。(次回に続く)




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孫の戦場

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 息子はスノボー大好き人間。息子と言っても娘婿だが、一人娘で男の子がいない私たち夫婦にとっては実の息子以上に可愛い婿だ。職業は地方公務員。娘と同じく四十路を過ぎている。学生時代はテニスをやり、スノボーは社会人になってから始めたという。根っからのスポーツマンなのだろう。週休二日の少なくとも一日は、そのスノボーだ。




 白馬や志賀高原、乗鞍など長野や新潟方面が多い。時には「全国大会がある」と言っては北海道などに出掛けることも。真夏だってやる。四国などあっちこっちに人工の施設があるのだそうだ。好きこそものの上手なれ。労だっていとわない。3時、4時の早起きは当たり前。時には夜っぴで四国や関西まで車を飛ばす。時には娘だってついて行く。そこは夫婦だ。その鍛えが功を奏しているのだろう。体もガッチリしているし、なによりも健康だ。寒さに震えている私たちをよそに部屋の中では半袖シャツでも平気。


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 孫もその父親似だろうか。贔屓目かも知れないが、足腰が巷の赤ちゃんより頑丈のように見える。とにかく元気印。動きも活発だ。そんな孫に年中、翻弄されている。でも帰ってしまうと,火が消えたように寂しい。女房は言う。




 「ああ、くたびれた。あれが帰るとホっとしますよ。でも、いなくなると寂しいよね。無事に(甲府まで)帰ったかしらねえ」


 「そうだよなあ。もう少し経ったら電話してみろよ」


 私は女房と二人の時、「お前は乳母だからなあ」と、冗談交じりに言う。まさに乳母だ。オムツを替えてやったり、離乳食を口に運んでやったり…。お乳は無理にしても、泣けば、だっこして,あやし、何時までも一緒に遊んでやる。乳母と言うより、まるで母親のようにも見える。


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 「お父さん、ちょっと行って来ますよ」


 「何処へ行くんだ?」


 「決まっているじゃない。甲府(孫のところ)よ」


 私に昼飯の支度をして置いたことを告げて、嬉しそうに出掛けて行く。女房の気持ちがよく分かる。「お前はどうだって?」。女房と同じ気持ちだが、泣かれたらどうしようもない。正直言って逃げ出したくなるのだ。赤ん坊の世話には全く自信がない。ニコニコ遊んでいる分ならいいが、一度(ひとたび)つむじを曲げ、泣き出したりでもしたものならお手上げ。正直言って手には負えない。こんな時には娘や“乳母”を呼んで“育児放棄”だ。


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 今、子供の世話に懸命な娘が生まれたのは昭和45年の10月23日。43年前である。三島由紀夫が東京の陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地でクーデターに失敗、割腹自殺を図るショッキングな事件が起きた年(11月25日)であった。私達は20代。今の娘夫婦よりずっと若かった。仕事、仕事…。考えてみれば、娘の成長など気にした確かな想い出はない。




 女房のおふくろをはじめ、四人の両親には並々ならぬご苦労をかけたのだろう。でも、私たち夫婦と同じように結構、楽しんでいたのかも。その親たちはみんなこの世を去った。 (次回に続く)




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賑やかな孫

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 「ウオー、ウオー」。何かを言いたいのだろう。でも言葉にならない。


 「お前(孫娘)は自動掃除機みたいだな」。時々、テレビのコマーシャルに登場してくる,あの丸い自動掃除機のように部屋中を這い回りながら何やら独り言を言っている。職場をリタイアした後、戻ってきた山梨市の私の実家。リフォームしてフローリングした居間は、滑りがよく、這い歩くにはうってつけなのだろう。その上、床暖房が施してあるので、寒くはないはずだ。


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 最近では炬燵の縁に手を添えて立ち上がり、歩くようになった。むろん、一人歩きとは行かない。でも、うかうかしていると食卓代わりともなる炬燵の上に這い上がり、茶碗でもお皿でも手当たり次第にひっくり返す。“おばあちゃん”となった女房は娘と相談したのだろう。孫の身の丈ほどの“檻”のようなものを買い込んで来て,手の放せない時には、そこに“収容”するのだ。




 赤、青、黄色。白や紫、緑色もある。結構、カラフルだ。大人だったら“檻”などと言ったら叱られるだろう。プラスチックらしき材質で出来ていて,組み立て方式だから始末もいい。その中におもちゃやおしゃぶりのようなモノをあてがってやるのだが、敵も然る者。こちらの思惑通りに遊んでいてはくれない。意味不明な言葉で“抗議”、結局は“檻”の外へ出してやらなければならないハメに。



 
 私たち夫婦にとって70歳前後にして初めて授かった孫だ。昨年の4月10日生まれ。間もなく10ヶ月。日に日に大きくなるような気がする。娘は母乳と並行して、離乳食も与え始めた。定期検診のお医者さんやカウンセラーは、そんな指導もしてくれるのだろう。娘達夫婦は,普段は私たちが現役時代住んでいた甲府の中心部にほど近い家に住まいしているのだが、私たちを気遣ってか、週末ともなれば,孫を連れて来てくれる。嬉しいひと時だ。


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 「よく来た。よく来た」。途端に家中が賑やかになる。話のすべて、やること、なすこと、みんな主役はこの孫娘。甲府からここまでは、ざっと20㎞。車のベビーシートにいわい付けられてやって来る。車での“旅”に抵抗はないらしく、親の都合で連れて行かれる東京行きも苦にならないらしい。距離にしてざっと120㎞、時間にして約2時間の間、結構、静かにしているのだそうだ。両親の学生時代の友達の家に行ったり,新宿や銀座のファッションショップでの買い物に付き合わされるのである。さぞかし迷惑なことだろう。



 「あなたは(赤ちゃんのころ)こんなに元気がよくなかったわよ」



 女房は娘と孫を比較しながら、よくこんなことを言う。とにかく元気がいい。起きている間は這い歩いたり、訳も分からないことをわめき散らしている。小さな体を100%使っての動きだから疲れるのだろう。夜は決まって8時頃になると眠ってしまう。朝も6時半前後には必ず目を覚まして騒ぎ出す。昼寝もする。“生活”にリズムのようなものがあるから不思議。


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 ぐっすり眠っているのか,我が家では“夜泣き”などめったに聞いたことがない。ただ甲府では車の音や近くの公立病院にやって来る救急車のサイレンで目を覚まし、泣き出すこともあるという。(次回に続く)



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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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