内視鏡のアニサキス

病院

 人間ドック、内視鏡、病院。こんなキーワードを耳にした時、私は必ず、と言っていいほど、ヘンな体験を思い出す。もう何年も前のことだ。甲府市内のある社会保険病院で、人間ドックを受診した時のことである。いつものように手術台のような硬いベッドに横になり、黒い管の胃カメラを飲み込んでゲエ~、ゲエ~しながら脂汗を掻いている時だった。




 「あれ困ったわ。コレなあ~に。これなあ~に。いやだ~」





 私の検査を担当してくれた若い女医さんは突然、大声を上げて、動転しはじめたのだ。結果的には、私の胃袋に、それが一匹であるかニ匹であったかは分からないが、アニサキスという虫がうごめいていたのだ。自分の立場も場所も忘れて動転してしまったのだから、この女医さん、はじめて見たアニサキスによほどびっくりしたのだろう。

 

 そのこと自体は分からないでもない。でも、腹にカメラを突っ込まれて苦しい思いをしている私にとってはたまったものではない。女医さんの内視鏡を持つ手は小刻みに震えていた。これをお読みになっている皆さんには、その双方の光景が容易に想像できよう。




 私は、ただ唖然とするばかり。何が起きたかすら分からない。それを聞いてみようにも太い内視鏡の管を口から突っ込まれているので、口も聞けないのだ。内視鏡室では何人もが検査を受けていた。私と同じようにみんなが、何が起きたかも分からず、カメラの管をくわえたまま「いったい何事が起きたのだろう・・・」と思ったに違いない。



胃1

 当然のことながら、何人もいる先輩医師が黙って見ているわけはない。いかにもベテランらしい医師がすっ跳んで来て、今にも検査を放り出しそうな女医さんに言った。



 「先生、これアニサキスと言うんです。初めてでしたか。あとで取り出して患者さんに見せてあげてください」




 アニサキスという寄生虫の名は、このとき始めて知った。恐らく、一生忘れる事の出来ない名前だ。鯖やホタルイカなどに寄生する虫で、マグロなどにもいるのだそうだ。口の悪い仲間によると、寿司屋さんの舞台裏では、このアニサキスをピンセットで取り除く光景だって決して珍しくない。鯖を酢でしめるのは、ひとつにはこのアニサキスを退治するためだそうだ。因みに、人間の身体に入ったアニサキスは胃酸でやがては死滅するという。




 先輩の先生に、落ち着くよう言外に促された女医先生はやっと平静を取り戻したのか検査を再会。しかし下手くそは変わらず、カメラの管を私の胃袋の中で押したり、引いたり・・・。




 やっと検査が済み、拷問から開放されたような気分でベッドを降りた。ホッとしながら検査の所見を丁重に尋ねた。医者に悪態は損。結果は「異常ありませんね」。「ところでアニサキスは?」。「ああ、あれ。いないわ。カメラを抜く時、落としてしまったのかしら・・」


エコー
 

 これにはまだオチがある。すべての検査を終えて人間ドックの会計窓口に行くと「あなたは治療費がありますので本会計の窓口へ」と言うのである。アニサキスを除去したと言うのだ。検査と治療。検査の帰りにアニサキスを連れ帰ったのは立派な治療だという。そうだとしても俺、アニサキスの顔なんか見てねえんだけどなあ~。なんだか腑に落ちなかった。





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料理への反応

パスタ

 昼間、テレビのチャンネルを回せば、どこかで必ずといっていいほど料理番組をやっている。たわいもないといったら叱られるのだろうが、料理番組は主婦達の間で人気がある証拠だろう。うちのかみさんも真顔でテレビに向かい、そのレシピをメモにとっている。主婦の端くれだから、それはそれでいい。




 番組はタレントさんを使って出来立ての料理を食べさせて見せる。これも当然といえば当然。面白いのはここからだ。みんな「美味しい」「うまい」と表情豊かに身体全体で表現するのだ。そこはタレントさん。職業柄、演技は堂に入っている。10人が10人、100人が100人、間違っても「まずい」などと言う人はいない。中には口に入れるか入れないうちに「うまい」と、身体丸ごとを使って表現して見せるのだ。見ている方からすれば、それがいかにも白々しいのである。



ピザ



 食べ物は噛み締めたり、喉を通した後に初めてその味わいを実感するもの。タレントさんであろうが凡人であろうが、人間はみんな同じだろう。でも、それを端的に表現することは案外難しい。文字ならばさまざまな工夫で表現することが出来るからいい。しかし、言葉、しかも短時間というか瞬間的に表現することは大変だ。そこに引っ張り出されたタレントさん達の苦労が分かるような気もする。




 「うまい」「美味しい」がありふれていて≪味気ない≫と考えたのか、ひと頃、「甘い」という言葉が流行った。若い特に女性のタレントさんが「甘~い」と満面に笑みを浮かべて言って見せるのだ。見ている方、聞いている方からすれば、これが白々しいばかりか、えもいわれぬ違和感を感ずるのである。やっぱり、食べ物は「うまい」「美味しい」だろう。しかし、それを、いかにもうまそうに、美味しそうに表現するかがタレントさんや芸能人の真骨頂なのだ。おやっ、と思ったら最近、「甘~い」という言葉がピタッと影を潜めた。「甘~い」の乱発をディレクターさんから叱られたのかもしれない。


料理



 私には料理番組でこそないが、この食べ物に関係した番組で苦い経験がある。現役サラリーマンの頃、新聞社、放送局のハウス広告代理店の役員をしたことがある。山梨の大手生菓子メーカーが、ここぞと売り出した「信玄桃」という名の生菓子が、あるテレビキー局の番組に登場した。石鹸・洗剤の大手メーカーがスポンサーで、今でも続いている真っ昼間のバラエティー番組だ。テーブルに置かれたこの「信玄桃」を口にしたタレントさん、よせばいいのに「これ酢っぱ~い」とやってしまったのだ。


信玄桃


 たまたまだが、生菓子メーカーの社長も含めて新聞社、放送局の大口クライアントの社長さんをご案内して10日余りのヨーロッパ旅行から帰った日のことだった。そこは儀礼。会社には相次いでお礼の電話が。ただ一人、生菓子メーカーの社長の電話は違った。「会社に戻ったら大騒ぎ。うちの目玉商品をどうしてくれるんです」。早速、問題になった番組のビデオテープを見た。司会者の小堺一輝は何とかつくろったが、あとの祭り。キー局や、ましてやタレントさんだけのせいにしているわけにもいかない。キー局に抗議する一方で放送局の幹部を生菓子メーカーに飛ばして平身低頭したのである。因みに、そのタレントは後の番組から姿を消した。





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夫婦喧嘩

 パンダの蘭蘭ではないが、うちの女房にはヒゲではなく、「トントン」「ブータン」という愛称がある。どうして「トントン」「ブータン」なのかを文字で書くと角が立つのでやめることにするが、その女房を呼ぶ時、この「トントン」などのほか「お母さん」と呼んだりする。

子豚

 これに対する返事で、女房の心中の雲行きが分かるから面白い。不機嫌なときはこうだ。



 「わたしゃあ、あなたのお母さんじゃないわよ」




 もっと雲行きが悪くなると「あなた」が「あんた」に変わるのである。おっしゃる通りで、俺のお母さんではない。お袋が元気な頃、私が女房を「お母さん」と呼ぶものだから、調子が狂ったのか目をパチクリしたものだ。「あんた、とはなんだ」と、ちょっと声を強めたら、言い過ぎと思ったのか口をつぐんだ。




 私の場合、大抵の事なら、怒らない。ただ、言い訳だけは嫌いだ。ちょっとした女房の言い訳がきっかけで口論、これがエスカレートして、いわゆる夫婦喧嘩になるのである。例えばこうだ。



 「こんな天気の日に、何も洗濯なんかしなくてもいいじゃないか」



 「しょうがないじゃない。雨ばかり降っているんだもの」



 「少しは後先、考えてやれよ」



 「考えてるわよ」




 「言い訳するな。少しは考えてやれ、と言っているんだ。バカめ」



 「バカとは何よ」




 「バカだからバカと言っているんだ」


洗濯物


 我が家の夫婦喧嘩はざっとこんな具合で、この場合、私が洗濯など、天気のいい時にやればいいのに、と、注意したのがきっかけ。たわいもない事から、ちょっとした口論となり、それがエスカレートするのである。「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」とはよく言ったものだ。





 その後を見ていれば分かるが、女房はかなりカッカとしている。しかし私の方は少しもカッカしていないのである。私の何気ない注意を≪売られた喧嘩≫と勘違い?したまでのこと。「考えてやれよ」と言われたときに「そうだよねえ」と言えば、そこで口論にも喧嘩にもならなかったはずである。





 私は結婚式の挨拶で時々こんなことを言うことがある。「夫婦だからこそ喧嘩する。どんどんすればいい。ただ喧嘩は売るもので、買うものではない。買わなければ本当の喧嘩には絶対にならない」と。八つ当たりして猫を蹴飛ばす、なんて話もあるものねえ。




 話のきっかけが何であったかは忘れたが、長野に行った時、道の駅の温泉で出会った大工の棟梁と名乗る親爺さんがうまいことを言ったのを思い出した。



 「女はとかく、目先だけでものを考え、後先考えずに直感でものを言う。だから怖いんだよなあー。そこへ行くと、男はそんなバカなことはしねえ」




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貴腐ワイン

 ちょうど35年くらい前のことだ。今は故人となられたが、当時、サントリーの名物社長だった佐治敬三氏を囲んで貴腐ワインを頂いた。しこたま、と言ったら品がない。惜しげもなくといった方がいい。まだ30代も半ば。ただでもアルコールに弱い方ではなかった上、無作法や失礼をも省みず頂いてしまったのだろう。甲府市のある有名ホテルの座敷だった。


佐治敬三氏
佐治敬三氏
画像・すべてサントリーHPより


 サントリーは当時、日本で初めて貴腐ワイン作りに成功。立場柄というか仕事柄というか、発売前の試飲会にお招きを受けたのだ。貴腐ワインの原料は言うまでもなく貴腐葡萄。貴腐というのは完熟した葡萄の実にポトリティス・シネレア菌が付着、果実の水分が蒸発して糖度が高まる珍しい現象。もちろん、そこには気温や湿度など気象、気候上の複雑な条件が絡むことは言うまでもない。


ワイン樽


 この貴腐葡萄で醸したワインは専門家の間でも「ワインの帝王」と呼ばれ、それが醸しだす甘味と風味が、その希少性と共に珍重されているのだ。ポトリティス・シネレア菌がもたらす貴腐葡萄を発見、初めて貴腐ワインを世に出したのが山梨県北巨摩郡双葉町(現甲斐市)のサントリー登美の丘ワイナリーである。当時は確か、サントリー山梨ワイナリーと言った。試飲会だからサントリー関係者はともかく、一般人では最初に貴腐ワインを口にした一人であったことは間違いない。

貴腐ワイン

貴腐ワイン「登美ノーブルドール」


 さて、その貴腐葡萄なるもの。貴腐ワインを試飲しながらポトリティス・シネレア菌云々の説明を聞いていた一人がこれまた失礼にも「これって、ぶどう作りの失敗作じゃあないの?」と言った。試飲に招かれた人たちのほとんどは葡萄作りなどには縁のない人達ばかり。でも、正直言って私もそう思った。葡萄の産地に生まれ育ち、少なからず、葡萄作りに携わった経験があるからだ。ポトリティス・シネレア菌などと難しいことは分からないにしても確かに、そんな葡萄は我が家の葡萄園にも。言葉を変えれば発生した。しかし、栽培農家の間では、より高品質な葡萄作りを目指し、品種改良をする一方で、病害虫や病原菌を駆除するための消毒を徹底するようになった。この話はワイン醸造用の葡萄ではなく、生食用のことである。当然のことながらポトリティス・シネレア菌だって死滅する。


収穫   貴腐葡萄
「貴腐まじりの葡萄の収穫」      「収穫された貴腐葡萄」



 つい先頃、中国は上海や千葉の柏から来た友と一緒に訪ねたサントリー登美の丘ワイナリーで、若かりし頃を思い出しながら、貴腐ワインをかみさんにも飲ませてやりたいし、友たちにも土産に持たせたかった。希少価値だから高価であることは分かっている。ところが、そこにあった貴腐ワインのお値段は20数万円。0が一つどころか二つも違うのだ。一瞬、「お土産・・・」の「お」の字を飲み込んだ。もちろん高価といっても3万、5万のモノだってあるのだろう。しかし、そこは所詮貧乏人の性。思わず手が引っ込んだ。女房だって貧乏人の連れ合い。「お父さん、もったいないわよ」と言うに決まっている。




 貴腐ワインは高嶺の花であることは確か。でも女房ぐらいには思いっきり飲ませてやりたいと思う半面で、自分の若かりし頃と、その後も何度かお目にかかった佐治社長の温和なお顔を昨日のことのようにまぶたに浮かべ、赤面の至り、顔が熱くなった。





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数字の好き嫌い

数字


 食べ物に好き嫌いがあるように人間には数字にも好き嫌い
が。嫌いの方(ほう)は「あえて言えば」の類でしょうが、意識的に避けている数字もある。例えば、病院は「4」と「9」の部屋番号を避けているところが多いことにお気づきだろう。病院が嫌うというのではなく、そこに入院する患者さんが嫌うからだ。




 全くのこじつけだったり、縁起担ぎだったりするのだが、「4」は「死」に、また「9」は「苦」に結び付けてしまうのだ。アパートやマンションの中にもそんなところがないでもない。ただ頭の数字は、その建物のフロアー(階)を現すから、一概に避けたり、嫌ったりするわけにはいかないこともある。

マンション


 車にはナンバープレートがある。ここでも「4」と「9」は嫌われ者。日本では一般の車両ナンバーは4桁。そのうち前の2桁であれ、後ろの2桁であれ、「4」と「9」がセットになったりすると、これもやっぱり「死」「苦」で忌み嫌うのだ。これを「死ぐ」に語呂合わせしてしまうと、やっぱり穏やかではない。車は大なり小なり交通事故の危険と隣り合わせ。普段、数字のこじつけや縁起かつぎになんか無頓着な人でも周りからそんなことを言われると、気味悪く思ってしまう。




 今は車のナンバーを選べるシステムになっているので、そんなことの解消は簡単。「俺、陸運に行ってナンバーを変えてもらってきたよ」という知人もいた。車のナンバーには一番頭に〇〇と、その地域を特定する文字が入っている。いわゆる「〇〇ナンバー」といわれるものだ。山梨、静岡両県の富士山麓には「富士山ナンバー」が創設されて、珍しさも手伝ってか、ちょっとした人気。車のナンバーは車両の登録エリアを意味するものだから、この〇〇部分は、選択の余地はない。そんな中でも例えば東京の「足立ナンバー」と「品川ナンバー」を比較すると「品川」の方が人気があるのだという。「品川」の方がスマートな印象があるようだ。「足立」の方々、ごめんなさい。

富士山



 一方、好きな数字はその人によってまちまち。「7」が好きな人もいれば、「8」や「1」などさまざま。中には誕生日の数字で競馬の馬券を買う人もいる。例えば4月12日生まれの人が「4番」「12番」というように、どんなレースでもその番号を一枚は買うのだという。ただ、そこには実力がモノをいうレース上の根拠があるわけではないので、ほとんどがハズレ馬券ということに・・・。でもまかり間違えると万馬券では済まされない。




 「ラッキーセブン」とか「末広がり」というように「7」や「8」は人気者だが、やっぱり日本人がその昔から好んで使うのは「3」だろう。お正月は「三が日」、やはりおめでたの結婚式は「三々九度」。極めつけは「三大〇〇」である。日本人は何でもかんでも「三つ」にまとめたがるのだ。「三大祭」「三奇祭」「三奇矯」「三大急流」「三大夜景」・・・。日本の「三大〇〇」は山ほどある。「3」という数字はそれなりの根拠もあるのだ。拍手の「三三七拍子」はリズム上の感覚、絵画や設計でいう「黄金法」も根拠がある。見事な空間をもたらす「鼎」も3本足。カメラの三脚は当たり前。共通点は安定感だ。




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数字の不思議

 世の中で絶対にウソを言わないのが数字。半面、摩訶不思議なのが数字かもしれない。かみさんにはいつも叱られるのだが、私は勝負事が大好き人間。パチンコや競馬、競輪・・・。勝負事と名のつくものはいっぱいある。これがいつの世も廃れないのは、人間がそもそも持っている本能のようなものに起因しているのだろう。


麻雀


 曜日にもかまわず、昼でも夜でも、何人かの仲間がいれば楽しめるのがトランプであったり、花札や麻雀。この中で麻雀は4人に限定されるが、3麻と呼ばれる3人麻雀も登場している。4人の仲間集めが難しい時、小回りが利くからいい。日本人の知恵が生んだゲーム方式の改良なのだろう。パチンコや競馬、競輪などは主催者が開催したり、店を開いてくれなければ楽しむことは出来ない。

花札


 この勝負事、全てに数字が絡むのである。茶の間でも楽しめるトランプ花札。松、梅、桜、藤、菖蒲、牡丹・・・。花札は1月から12月までの1年、つまり1から12までを絵札で表している。いずれも4枚ずつあるので、ワンセットは48枚。一方、トランプはというとA(エース)から10、それにJ(ジャック)、Q(クィーン)、K(キング)。13まであって、それぞれが4枚(ダイヤ、ハート、クラブ、スペード)あるから、こちらのワンセットは52枚。




 48枚の花札と52枚のカード。この間には何の因果関係もないように見えるのだが、実はれっきとした数字上での因果関係があるのだ。花札が1年を基調にしているとしたらトランプもちゃんと1年の数で構成されているのである。「そんなバカな」とおっしゃる方がお出でかもしれないが、そうなのだ。
トランプ

 トランプの総枚数52枚に1年12ヶ月、つまり12を乗ずると364。「この数字は1年に一日足りないじゃあないか」とおっしゃるだろうが、あと1枚を忘れていませんか。そう。ジョーカーだ。このジョーカーを加えると365。つまり1年365日に。ジョウカーのないトランプはない。数字を逆さから見詰めてみると面白いものだ。




 麻雀だって同じ。麻雀の牌は萬子、索子、筒子が1から9まで4個ずつで、合わせて108。それに東、南、西、北、白、發、中の4個ずつ合わせて28。合計では136個の牌がある。ゲームはそれを4人で13個ずつ持って14枚目を順番に切り替えながら聴牌を目指し、上がりを競うのである。4人が持っている牌の合計は52。これに1年12を乗ずると364。最後は上がり牌の1個を加えなければならないから、やはり365になるのだ。上がりが成立するのは一人だけ。その時の牌の数は必ず14なのである。



地球  


 ご存知のように地球は太陽の周りを365日かけて一周する。現在の暦であるグレゴリオ暦では、これを12ヶ月に分けている。一周360度を12等分すると30度。これを根拠に基本的には一ヶ月を30日に設定したわけ。一年12ヶ月、この「12」という数字は量の単位・ダースにも当てはまる。ひと頃、熱くなった競馬。今はすっかり足を洗ったが、この競馬にも「12」が見え隠れするのだ。レース距離の1,200m、その倍数の2,400mである。もちろんマイル戦もある。


馬   馬2   馬3


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カラマツの親爺さん

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 長野県の佐久に近い道の駅の温泉で粋のいい親爺さんに出会った。口の利き方も、いわゆる、江戸っ子のような気風を備え、およそ信州人というニュアンスの人ではなかった。人をどこからでも受け入れるような雰囲気を持っていた。



「長野にもけっこうカラマツが多いですねえ」



 広い湯船の窓越しに見えるカラマツの山を眺めながら、目の前で手ぬぐいを頭に乗せて湯船に浸かっていたその親爺さんに話しかけると、その親爺さんはお湯を両手ですくって顔をぶるっと洗いながら昔を思い出すように話し始めた。



 「昔はあのカラマツが面白いほどどんどん売れた。今じゃあ考えれんがねえ。トラックにカラマツの丸太を積んではひっきりなしに東京に運んだもんだ。そのころのトラックじゃあ4本も積めば限界だったがねえ。あの頃は良かった。若い頃だったが、今考えると懐かしいねえ。いい時代だったよ」



 「カラマツがそんなに売れた時代があるんですねえ」



 外材に押され、スギやヒノキでさえ、国産材はことごとく敬遠され、需要を失っている今、信じられないような話だ。日本のスギやヒノキが悪いわけではない。伐採などに経費がかかりすぎるから、安上がりの外材利用に走ってしまっているのが実情だ。だから宝の山も持ち腐れ。あっちこっちにスギやヒノキの山が転がっている。それどころか下刈りなど山に手を入れないから山という山はどこも荒れ放題だ。ある学者の説によれば「花粉症の要因」まで惹き起している。ただでも素材の悪いカラマツが相手にされるわけが無い。



 今年72 歳になる私より一回り以上も違いそうなこの親爺さんは「わしよりお若いあなた方はご存じないかもしれないが、戦争で焼け野原になった東京ではとにかく材木が必要だった。おっとりっこだった。素材がうんぬんだとか、節があるだの、多いだのなんてことは二の次。その後も東京湾の埋め立てにも引く手あまただった」と話してくれた。




 東京湾埋め立て用のカラマツは杭として使ったのそうだ。安上がりの上、脂が強いので、水や土の中で長持ちするのだという。昔わが国では住宅の基礎や、湿気の多いところにはクリ材を使った。しかしカラマツのほうが安上がりで、効率的であることは間違いない。カラマツはスギやヒノキなどに比べ成長が早い。それを見込んでわが国ではこぞってカラマツを植栽した時期がある。山梨県では明治天皇から国有地を下賜され、恩師林という名の県有地がどーんと増えた。そこに植えたのが主にカラマツだった。それが今ではお荷物になってしまっている。甲府城址に立つ謝恩塔は国有地ご下賜への感謝の象徴だ。山梨県ではそのカラマツをなんとか商品化しようと林業試験場が中心になって開発研究に努めているが、その決め手は見つかっていない。




 カラマツは落葉樹だから秋には山を茶色に染め、冬は葉を落とす。5月も半ばになると緑の芽を吹く。私たちが行った長野の別荘地では緑が芽吹く一方で、建物の屋根の上には冬中に落としたカラマツの葉が汚らしく積もっていた。これまた別荘地のお荷物である。




 カラマツの話をしてくれた親爺さんは昔は材木屋を営んでいたという。「代々の材木屋で、それはいい時代もあったよ。でも今じゃあ材木屋じゃあ食っちゃあいけねえ。だから店も閉めちぃまったよ」。そういう親爺さんの顔はちょっぴり寂しそうだった。



 「うだつがあがらねえ、という言葉を知っているかね。俺にうってつけの言葉だがねえ」。材木屋に見切りをつけざるを得なかった自らを振り返ってでもいるよぅに≪うだつ≫の説明をしてくれた。



 「うだつは隣からの火事を防ぐために屋根に載せた土造りの塀みたいなもんさ。俺なんかにゃあ、そんなマネできっこねえけどなあ」



 「よくいろいろのことを知っていますね」



 その言葉に気をよくしたのか、今度は中山道と甲州街道が合流するところにある下諏訪の諏訪大社(下社)について話し始めた。




諏訪大社



 「家というものにゃあ必ず屋根の両側に波風というやつが2枚ずつ着いている。だけど社の場合、棟のところでクロスして上に突き出している。あれにもオスとメスがあって、上に突き出しているてっぺんが平らのやつはオス、斜めのやつはメスなんだよ。下諏訪にある諏訪大社の下社は女、諏訪湖を挟んで反対側の上諏訪(諏訪市)にある上社は男。だから波風の造りも自ずと違うんだよ。下社には春宮、秋宮、上社には本宮と前宮がある」



 「じゃあ波風の造りは伊勢神宮の内宮、外宮も同じですか」


 「そうさ」


 「ところで、親父さん、商売はなにやっているんですか」


 「俺は建設屋さ。いってみりゃあ大工だよ」


 「それじゃあ詳しいわけですねえ」


 親爺さんはニッコリ笑って湯船を立ち上がった。


 一足遅れて出て行ったら、この親父さん、脱衣場で噴き出す汗を拭いながら涼んでいた。ニコニコしながらまた話しかけてきた。


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 「山梨から来たんだってねえ。甲州じゃあ、かかあ天下にからっ風って言うんだってねえ。でもねえ、女があんまり威張っちゃあいけねえよ。女はとかく見たまんまを口に出して表現する。目先だけでものを見、全体を見ないんだ。そんな女が段々強くなる今の世の中、絶対よくねえよ。世間全般、細かことでくよくよ言ったり、すぐ物事にヒステリックになる。こんなことじゃ日本は悪くなるねえ」



 気心の知れた仲間のような口ぶりで話す。湯船でのわずか2、30分の出会いだったが、裸の付き合いとはよく言ったものだ。親爺さんがカラマツ材を東京に運んでいた頃のことを「トラックで夕方長野を出て東京に着くのは翌日の朝。碓氷峠を越え、旧中仙道沿いに群馬、埼玉と夜っぴで走ったもんだ」といい、佐久から板橋まで中仙道の宿場町を立て板に水で追っかけてみせたのがなぜか印象的だった。




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水利権

川


 「川」という字は「鳥」などと共に象形文字の典型。大きな「河」と違って、山間の、のどかで、素朴な流れを髣髴とさせ、街の中や田園地帯をひっそり流れる「せぎ」や「小川」をも連想させる。「川の字に寝る」という言葉もあって、字の形がかもし出すイメージは穏やかな日常そのものだ。





 しかし、その川が知らず知らずのうちに変わってしまった。どの川も水量を減らした。そればかりならまだいい。川は汚れる一方だ。洗剤などを多く含んだ家庭雑廃水や工場廃水が川を汚す。工場廃水のたれ流しは法的規制もあって、さすがに減っているが、下水道化が遅れている地方では、どうしても家庭の雑廃水が流れ込む。





 昔は地方へ行けばいくほど、田舎へ行けばいくほど、川を大事にした。川は人々の生活の生命線だったからだ。人はそこで食卓に上る野菜を洗い、顔や食器まで洗った。だから、みんなが川を大事にした。川自体も自浄能力が強く「3尺流れればお水神様が清める」とまで言った。


川2


 無邪気な子どもが川に向かって小便でもしようものなら、大人たちは「おちんちんが曲がるぞ」といって、戒めたものである。ところが、今は子どもを戒めるはずの大人が平気で川に立小便をし、お母さん達は台所の野菜くずを川に捨てる。川をゴミ捨て場と勘違いしていると思えるような若いお母さんさえいる。





 川自体の水量も減った。無理もない。上流にダムが出来、本来下流に流れるはずの水が灌漑用水としてスプリンクラーで畑にまかれ、上水道水になった。水が減れば汚れを滞留させ、酸素を入れないから自浄作用も低下させる。それが、一方で紛争の火種すら起こそうとしている。


川3



 農業形態や生活環境の変化で人々が忘れかけていた「水利権」という≪寝た子≫を起こそうとしているのである。同じクラブでご一緒するロータリアンに、この地方一帯の水利権組合を束ねる連合会の会長さんがいる。彼は頭を抱えながら、こう言う。




 「地域の水にみんなが無関心になった。それをよいことに行政も水利権者と締結している協定を無視、行政だけの都合で水を使おうとする。例えば水道水への転用だ。水道に使ってはいけない、と言っているのではない。そのバランスを考えなければ将来必ず禍根を残す。田んぼを作ろうと思ってもそれも出来ないし、万一火事があっても川に水の流れがなければ消火作業すら間々ならなくなる。挙げ出せばきりがない。水というものは一つの目的ばかりでなく、多様性をはらんでいるのだ」



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 「空気や水のよう」。私達は日常生活の中で、よくこんな言葉を使う。あって当たり前で、その大切さが分からないことの例えだ。しかし、その水が都会にお住まいの方々ばかりでなく、私のように田舎暮らしをする者ですら、時にお金を出して買う時代になっている。ブランド名はともかく、どこのご家庭の冷蔵庫にも一本や二本、水のペットボトルが入っているだろう。遊び感覚だが、富士山頂などでは「空気の缶詰」も売られている。


空気の缶詰


 水代わりのお茶もそうだ。山梨では葬式の香典返しにお茶を袋で引くケースが多く、お茶なんかいっぱいあるのに、ペットボトルのそれを買って飲むのに抵抗感すらなくなった。女房に「もったいないじゃないか。あれ使えよ」と言った自分も、いつの間にか平気になった。  いつもお邪魔する仲間の家のマージャンルームには家庭用のものをちょっと小型にした冷蔵庫がポツーンと置いてあって、中には清涼飲料がいっぱい入っている。もちろん、コーヒーや各種のジュース類もあって、水やお茶ばかりではない。ペットボトルやカンは便利だ。お茶にしてもわざわざお湯を沸かさなくてもいいから気軽である。





 この仲間はそのお茶やコーヒー、ジュースを自動販売機で売る清涼飲料水販売会社のオーナーである。何台もの車や大勢の従業員を使って、県下各地に設置している系列の自販機を巡回して中の飲料水の管理や集金をしているのである。パチンコ屋さんなど設置場所がいいところに当たれば、一般では考えられないような売り上げをするのだそうだ。お茶やスポーツドリンクなどと並んで水もよく売れるという。

水


 全く別の仲間だが、いつか、こんな愚痴を言ったことがある。


「俺達が汗水たらして売る牛乳は水より安いんだよ。全く、やっていれねえよ」



 この男は富士山の西山麓にある冨士豊茂という所で、牛を何頭も飼う酪農家だ。富士山のすぐ麓だから夏は涼しいが、冬ともなれば一面の銀世界。凍てつく、という言葉がぴったりの寒さの中に巻き込まれる。




 草がある夏場のうちにサイロに牛達の餌になる枯れ草を確保して越冬しなければならない。牛との生活だからハエだつてブンブン。汚いだの、うるさいだのと言ってはいられない。冨士豊茂は山梨県でも最も大きい酪農基地。八ヶ岳山麓の田舎町からここに婿養子に来た男だから、まさに水は空気のようなもの。今の自分の苦労と重ね合わせるから「水が牛乳より高い」現実に割り切れないでいるのも無理はない。


牛乳



 県外から山梨に来たお客さんが新聞などのインタビューに応えて「水が旨いし、空気が旨い」と口を揃えるように言うのを聞くと「なんとキザな」と感じたものだ。しかし、いったん東京など都市部で暮らしてみると、そのことが逆の立場からよく分かる。




 確かに旨い。キザでもなければ、お世辞でもない。たかが、甲府から山梨市の実家に戻っただけでもそれを感じるのだ。しかしその水、旨い、旨いと有頂天になってばかりではいられない。例えば、水道水。最近、滅菌用の塩素が強くなったような気がするのだ。




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今日も流れる「花かげ」のメロディ

十五夜



「十五夜お月さま ひとりぼち 桜吹雪の花かげに 花嫁姿のお姉さま お馬にゆられて行きました」


 ご存知、童謡「花かげ」の一節である。この「花かげ」のメロディが毎日午後5時になると、私が住む山梨市と笛吹川を挟んで反対側の甲州市から、6時になると今度は山梨市から流れてくる。山梨市や甲州市ばかりでなく、この地方では防災無線の放送設備が整備されていて、さまざまの連絡媒体として威力を発揮しているのである。




 甲州市では午後5時の「花かげ」ばかりでなく、朝7時には「のばら」のメロディを流す。私達の山梨市では、朝は音楽ではなくて、チャイムで時を知らせるのである。地域の人たちは、それを合図に農作業や家事、出・退勤の時間的な目安にするのである。




 「花かげ」のメロディを流すのには理由がある。今は甲州市の一部・旧塩山市の塩の山の麓に向岳寺という名刹があって、そこに「花かげ」の歌碑があるからだ。いわば、地元のテーマソングみたいなものだろう。塩山市のロータリークラブでは月初めの例会では必ずこの歌を歌うのだそうだ。「花かげ」を地域の人たちが誇りにしている証拠である。




 「花かげ」の作詞者・大村主計(1904~1980年)の生誕地は甲州市の隣村の旧牧丘町。私達が住む旧岩手村の隣村で、今は山梨市に組み込まれている。「花かげ」の歌詞に出て来る「花嫁姿のお姉さま」は大村のお姉さん。「お馬に揺られて」通りかかった「桜吹雪」は向岳寺の桜並木だったのだろう。


桜吹雪

 このお寺さんは 臨済宗向岳寺派の総本山。日蓮宗の総本山身延山久遠時と共に山梨県では二つしかない総本山の一つである。大村が「桜吹雪」と歌った境内の桜や塩の山付近の桜は見事で、シーズンには大勢の花見客で賑わいを見せる。ただ、その桜吹雪と歌の冒頭に出て来る「十五夜お月さま」がいかにもミスマッチのような気がしてならない。




 つまり、十五夜は「旧暦の8月15日・・・」と言うから、文字通りの解釈をすれば秋。いうまでもなく桜は春だから季節が合わない。恐らく、「十五夜お月さま」は、いわゆる中秋の名月ではなく、満月のお月さまを指しているのだろう。大村主計と「花かげ」の資料は山梨と埼玉を結ぶ国道140号(雁坂道)沿いに設けられた牧丘町の道の駅の隣接地に移築された町の資料館に展示されている。




 大村主計さんとは生前、何度か仕事の関係でお目にかかったことがある。当時、大村さんは山梨県の文化人達でつくる山人会のメンバーで、毎月、東京・新橋にある中華料理屋さんで会合を持っていた。文化人というと個性的な方々が多いのだが、実に穏やかで,優しい雰囲気をお持ちになった方だった。




 今にして思えば、その時に「十五夜お月さん」と「桜吹雪の花かげ」の裏話も聞いておけばよかった、と思っている。ただ「花嫁姿のお姉さま」は実のお姉さまであることはご本人のお話なので間違いない。心優しい大村さんならではの歌である。毎夕流れて来る「花かげ」のメロディは感慨深い。




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犬の散歩

犬


 庭の植え込みと葡萄園の向こうを東西に走る幅六尺弱ぐらいの古道を、近くのおばさんが大きな犬に引かれるようにして通る。ふと、机の脇を見たら、時計の針は午後五時ちょっと過ぎを指していた。この散歩、毎日の日課のようで、決まってこの時間に通る。今日は寒い。おばさんは、夏場に農家の主婦が日焼けを防ぐために、両方の頬まで包むように使う大きなつばつきの帽子を頭からすっぽり被って、寒さに完全武装といった格好だ。





 ひと頃より、陽が長くなった。あたりはまだ明るい。こうしてパソコンを叩いている私と目が合ったのか、おばさんはぺこっ、と頭を下げた。私も窓越しに頭を下げた。立ち上がって窓を開け、手招きをすると、おばさんはニコニコしながら石の門柱の間を通って、30mぐらいのじょう口をゆっくりとこちらに入って来た。


裏道3


 「毎日、よく歩きますねえ」



 「この犬、繋ぎっ放しじゃあ、可愛そうだからねえ・・・。でも、本当は自分のため。言ってみりゃあ、このワンちゃんに一緒に歩いてもらっているんですよ」



 おばさんは、足元に静かに座り込んだ身長7~80cmもありそうな大きな犬をいたわるように見ながら



 「私等、こうでもしないと、一日中、なんぼうも歩かんですもの。野良に行くのは軽のトラック、買い物も、もちろん車ですもんねえ・・・」



 「そうだよねえ。俺も、ここに帰ってきてからというもの、本当に歩かなくなっちまった。寒いから家に籠ってパソコンなんか叩いていりゃあ、なおさらだよねえ。暖かくなったら万歩計でも買って、歩くことにするか・・・」



 「そうですよ。人間歩かにゃあいけませんよ。この辺でも、みんなよく歩いていますよ。お若い人だってねえ・・・」



 「ところで、おじいちゃんの足腰はどう・・・」



 「それが、あんまりよくないんですよ。特に寒い時期だからねえ。病人と二人暮しだと、こうでもして、外でも歩かないと、気がめいっちゃいますよ。私ゃあ、このワンちゃんと話しながら歩くんですが、知らず知らずのうちにワンちゃんに愚痴を言ってるんです・・・。さあ、ぼつぼつ帰って、おじいちゃんの夕飯の支度、しなきゃあねえ」




 おばさんのご主人は、もうとっくに80を過ぎている。体の具合も悪いから、もちろん畑仕事なんか出来っこない。やっと、かなりの面積の葡萄園やサクランボ畑を耕作してくれる人を探して委ねたという。



 「おばさん、ほうれん草、持って行ってよ。俺が作ったもんだから、大したもんじゃあないけどねえ」



 「いつも、済みませんねえ」。年老いたおばさんは新聞紙に包んだ、ほうれん草を小脇に抱え、また犬に引かれて帰って行った。その小道を、このおばさんとすれ違うように中年の夫婦がやっぱり犬を連れて歩いてきた。陽はすぐ西の山にとっぷりと沈もうとしていた。


裏道2



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百姓の方便

畑  



 草生栽培だとか雑草との共生、という言葉をよく聴くようになった。農家、または≪農家もどき≫の人たちの間にである。100歩譲って草生栽培はいいにしても、雑草との共生で農作物が出来る訳がない。「雑草のように強い」と人にも例えられる言葉があるように雑草は逞しい。その雑草の中で農作物が育つ訳がないからだ。どんな野菜だってその周りの雑草を取ってやらないと雑草に食われてしまうのである。




 友人に≪自然との共生≫≪エコ≫をライフワークに考えている男がいる。その考え自体は素晴らしい。しかしよく分からないのは自然との共生が≪正義≫だからジャガイモやかぼちゃ、たまねぎを撒いても、肥料もやらなければ、雑草も取らないのである。ましてや、除草剤なんかもってのほかだ。


野菜づくり



 その畑を見たことがある。畑は一面草ボウボウ。ジャガイモやかぼちゃはよく見なければ分からないほど雑草の中に見事に埋没していた。今もその方法で野菜作りをしているかどうか分からないが、その畑は山間にあって、周りの畑も草ボウボウ。いわゆる遊休農地である。仲間の畑は農業後継者がいない、その遊休農地の一角をただ同然に借りたのだそうだ。ここなら草ボウボウにしていても近所から苦情も来るわけもないし、とヘンなところで納得したものだ。




 ただ、ここで思ったのは遊びの野菜作りといったら、その友人に叱られるかも知れないが、それと、農業で飯を食っていくということは、まったく別ということである。≪自然との共生≫≪エコ≫はこの友人の哲学といっていい。その哲学と実践を引っさげて、あっちこっちで講演をしたりもする。その頃、車もごく小さなものに乗り、そのどてっぱらにはエコを訴える大きな文字を書き込んでいた。


畑2



 そこまでは良かった。その車のわきで、私と立ち話をしながら、道路わきの畑で実る桃を横目に「この桃だって無農薬で作らなきゃあいけん」と、ぶった。そこをたまたま通りかかった農家の親爺らしき男はカンカン。目をむいて、こう言った。


桃



 「てめえら、何様だと思っているんだ。消毒をしちょだって?桃にゃあ灰星病というやつがすぐ着く。俺たちが消毒をしなかった、輸送中にみんな駄目になっちまって、消費者の口にゃ入らねえんだ。第一、俺たちゃあ、これで汗水たらし、飯を食ってるんだ。何も知らねえで、勝手なこと言うんじゃねえよ」



 私はもちろん、友人も一言の反論も出来なかった。




 さて草生栽培というやつだ。桃、葡萄、サクランボなど果樹園ではいいが、野菜作りでは成り立たない。果樹園での草生栽培にしても農家の方便のような気がしてならない。果樹栽培はだんだん高度化し、その一方で手間もかかるようになった。草に追われる農家は草退治に手が回らず、いっそのことと、草との共生を考えたのではないか。草生栽培といっても時を見て、草刈をしたり、除草剤を撒いているのである。らちもない事ばかり言うと「百姓もどきが、つまらぬこと、言うんじゃあねえよ」と叱られそうだ。




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無知と偏見

都会


 偏見。人生、いや、日常生活の中でといった方がいいかもしれないが、偏見はさもない所で生まれるものだとつくづく思う。そのさもない偏見が自らを閉鎖的な世界に追い込んだり、その進路さえ変えかねない。自分だけだったらまだいい。人や事象をいとも簡単に差別したり、傷つけたりすることもあると考えると怖くなる。





 人間とは案外たわいもないもので、どこかに、この偏見と言う名の魔物を宿しているような気がする。人と人とのいさかいや、いさかいまでも行かないまでも、なんとなくしっくり行かない原因の一つに、この偏見がありはしないだろうか。偏見はさまざまな意味での無知と裏表だったりすることもある。


都会



 「戦争は人の心の中に生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」という前文で始まるユネスコ憲章は、こうも述べている。




 「(前略)恐るべき大戦争は、人間の尊厳・平等・相互の尊重という民主主義の原理を否認し、これらの原理の代わりに無知と偏見を通じて人間と人類の不平等という教義を広めることによって可能にされた戦争であった(後略)」




 もう40数年になるが、ユネスコ活動に参加してきた。そして7年前からロータリークラブにも加わった。失礼ながら本音で言わしてもらえば、引っ張り込まれたといった方がいい。次期会長になるという親しい友人が「もう、会社をリタイアするずら。うちのクラブに入ってよ」と半ば無理やり入会を勧められた。




 善良なロータリアンからお叱りを受けるかもしれないが、正直言って、私にはロータリークラブが偽善者に映ったことが何度かあって、好きにはなれなかった。奉仕が行動ではなく、お金、それも相手の目線ではなく、ちょっと高いところからのスタンスが気に入らなかった。偏見とは怖いもの。それまでずっとこの偏見を引きずっていたのである。ただ、私のような偏見をお持ちの方が他にもいないかということである。




 日本人にはお金で物事を解決しようとする風潮が強まっているような気がしてならない。何年か前、国連のPKOをめぐって、世界の国々が日本に対して「ショウ ザ フラッグ」、つまり、お金だけでなく、日本は態度で示せ、という言葉を浴びせて来たことがあった。国家間であれ、個々の人間同士であれ、お金は誠意の道具ではあっても、誠意そのものではない。誠意を表す行動がなければならないし、心がなければならないことは間違いない。



羽



 偏見なんて持たない方がいいに決まっている。しかし、私のように無知が偏見を生み出すのである。無知を責めるだけでは解決しない。要はその受け皿となるところが偏見や誤解をなくす努力を惜しんではならないということである。ロータリークラブをめぐる偏見。自らがその中に入ってしまった今、そんなことを考えている。




 わが国のロータリークラブの数、人口ともここ数年、減少傾向にあるのだそうだ。その減少に歯止めをかけ、若者をも巻き込んで増加に転ずるためには、様々な偏見の源を払拭し、活動への理解を促す努力が大切である。そして行動重視の方向に舵を切らないと・・・。




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開かずの箪笥

 その昔、江戸城の大奥には「開かずの間」といわれた部屋があったという。時代劇や講談の世界だが、その開かずの間のストーリーは、その部屋である時、不吉な事件が起き、その時を境に、夜ごと幽霊が出るといった筋書きだ。大奥の女達は怖がって、その開かずの間には近づかなかったというのだ。


扉



 徳川将軍家の大奥と並べては恐れ多いが、我が家には開かずの間ならぬ、「開かずの箪笥」がある。それも何本もである。女房が嫁入りじたくの一つとして持ってきた数本と、その後に増えた何本かだ。我が家の開かずの箪笥は大奥のように不吉なことがあったり、幽霊が出るわけでもない。単に開けたことを見た事がないということである。






 開かずの箪笥などと大げさな、と言われそうだが、私にとっては不可解なこと。女房の箪笥だから中には女物の和服や洋服が入っているのだろう。そんな中身はどっちでもいい。要はほとんど開きもしない箪笥なら、場所を塞ぐだけで意味がないのだから、いっそ中身ごと処分してしまえばいいものを、と思うのである。おそらく、女房は、その中に何を入れたかすら忘れてしまっていると思う。




 注意してやればいいじゃないかって?その通り。ばかばかしい話だが、それが原因で夫婦喧嘩になったこともあるのだ。うちの女房、バカじゃねえのかなあ、と思うことすらある。でも待てよ、世の中に「箪笥の肥やし」という言葉があるのだから、世の女房族の中には、うちの女房のような人間が居るということか、とヘンなところで、その馬鹿馬鹿しさと妥協したこともある。




 良く考えてみれば、俺達、亭主族だって同じようなことが言えるのではないか。サラリーマン時代、会社で個々にあてがわれた事務用のロッカーがいい例だ。いつも利用し、中身を≪クリーニング≫していないと、底の方に何を入れて置いたのかすら忘れてしまうのである。結局、いつの間にか「開かずのロッカー」になっていた、なんて経験は、私ばかりではないかもしれない。

キャビネット


 でも、こんな馬鹿馬鹿しいことはない。無用の長物で、場所っぷさげにとどまらず、経費的にも無駄である。もう10数年、いやもっと前になるかもしれないが、私が勤めていた会社の、あるグループ会社の東京支社では個人用のロッカーや机までなくしたのである。もちろん、事務職にはデスクは必要。個人机を取っ払ったのは営業部署

デスク


 その結果はというと、日常の仕事に不便は全くなく、部屋の中が以前より、ずっと整然としたという。社員達は仕事を終え、帰るとき、その都度、整理をして、一日を終えるようになったと言うのだ。整理整頓の効果ばかりではない。ロッカーのあるなしにとどまらず、その日、その日の仕事のけじめや、広い意味での経費節減にもつながったという。




 つまり、箪笥とかロッカーなど、いわゆる箱物は必要最小限でいいということである。今住んでいる我が家は、サラリーマン時代に住んだ甲府の家と違って田舎家だから、そのスペースはそれほど気にならないが、狭かったら「開かずの箪笥」は絶対ごめんだ。




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おきてがみ
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やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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