無知と偏見

都会


 偏見。人生、いや、日常生活の中でといった方がいいかもしれないが、偏見はさもない所で生まれるものだとつくづく思う。そのさもない偏見が自らを閉鎖的な世界に追い込んだり、その進路さえ変えかねない。自分だけだったらまだいい。人や事象をいとも簡単に差別したり、傷つけたりすることもあると考えると怖くなる。





 人間とは案外たわいもないもので、どこかに、この偏見と言う名の魔物を宿しているような気がする。人と人とのいさかいや、いさかいまでも行かないまでも、なんとなくしっくり行かない原因の一つに、この偏見がありはしないだろうか。偏見はさまざまな意味での無知と裏表だったりすることもある。


都会



 「戦争は人の心の中に生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」という前文で始まるユネスコ憲章は、こうも述べている。




 「(前略)恐るべき大戦争は、人間の尊厳・平等・相互の尊重という民主主義の原理を否認し、これらの原理の代わりに無知と偏見を通じて人間と人類の不平等という教義を広めることによって可能にされた戦争であった(後略)」




 もう40数年になるが、ユネスコ活動に参加してきた。そして7年前からロータリークラブにも加わった。失礼ながら本音で言わしてもらえば、引っ張り込まれたといった方がいい。次期会長になるという親しい友人が「もう、会社をリタイアするずら。うちのクラブに入ってよ」と半ば無理やり入会を勧められた。




 善良なロータリアンからお叱りを受けるかもしれないが、正直言って、私にはロータリークラブが偽善者に映ったことが何度かあって、好きにはなれなかった。奉仕が行動ではなく、お金、それも相手の目線ではなく、ちょっと高いところからのスタンスが気に入らなかった。偏見とは怖いもの。それまでずっとこの偏見を引きずっていたのである。ただ、私のような偏見をお持ちの方が他にもいないかということである。




 日本人にはお金で物事を解決しようとする風潮が強まっているような気がしてならない。何年か前、国連のPKOをめぐって、世界の国々が日本に対して「ショウ ザ フラッグ」、つまり、お金だけでなく、日本は態度で示せ、という言葉を浴びせて来たことがあった。国家間であれ、個々の人間同士であれ、お金は誠意の道具ではあっても、誠意そのものではない。誠意を表す行動がなければならないし、心がなければならないことは間違いない。



羽



 偏見なんて持たない方がいいに決まっている。しかし、私のように無知が偏見を生み出すのである。無知を責めるだけでは解決しない。要はその受け皿となるところが偏見や誤解をなくす努力を惜しんではならないということである。ロータリークラブをめぐる偏見。自らがその中に入ってしまった今、そんなことを考えている。




 わが国のロータリークラブの数、人口ともここ数年、減少傾向にあるのだそうだ。その減少に歯止めをかけ、若者をも巻き込んで増加に転ずるためには、様々な偏見の源を払拭し、活動への理解を促す努力が大切である。そして行動重視の方向に舵を切らないと・・・。





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メタボ人間とビール

ビール


 「お父さん、昼間から、飲むの、止めたら・・・」

梅雨が明けた。山梨県地方もここ連日、30度を超す猛暑続きだ。畑仕事から帰り、汗びっしょりの身体をシャワーで流し、昼飯を食う。その前のビール一杯がなんと旨いことか。サラリーマン時代、会社帰りによく行ったビヤガーデンの生ビールよりはるかに旨い。当然のことながら、夜も飲むのだから、昼間は飲まない方がいいに決まっている。


トマト



 仕方がなくやる農作業の一方で、頭の隅では「汗をかき、身体を使うことで、多少なりともダイエットが出来、メタボの改善に繋がれば・・・」と、淡い期待もあるのだ。そんな私の心のうちを見透かしている女房だから、ブレーキをかけるのは分かりすぎるほど分かる。


ビール2


 「いくら汗をかいたって、ビールを飲んじゃったら元の木阿弥。ダイエットになんかなりませんよ。まったくっ・・・。意志が弱いんだから・・・」




 その通りだ。内心、そう思うし、私の身体を気遣う女房の心の内をありがたくさえ思う。しかし、私の口を突いて出る言葉は違う。




 「バカ言え。シャツを搾るほど汗を掻いているんだから、ビールの一本や二本、どうってことねえよ。第一、お酒は旨い時に飲むのが一番なんだよ」




 ヘンな理屈である。日曜日で勤めが休みの時なんか、娘も一緒になって


 「お父さん、お母さんの言う通りよ。言うこと聞かなければダメよ。お父さんの体考えているんだから・・・」




 なぜか娘にいわれると弱い。女房のブレーキより効く。タバコのブレーキと同じだ。



ジャガイモ


 自分では、汗を掻く、と言うのだが、一日中でも日差しが最も強い昼日中に野良仕事をするなど、愚のごっちょうなのだ。しっかりした農家は、今時だと午前4時ごろの夜明けを待って畑に出て、暑くなる前の8時、遅くも9時には引き上げてくるのである。





 「こんな暑い時に畑にいたら身体に毒ですよ」




 いつも近所の人から注意を受ける。注意と言うより笑われるといった方がいいかもしれない。しかし、ぐうたらオヤジ、長い間のサラリーマン時代のくせが簡単には抜けないのである。夜更かしなら何時だって平気。だが、早起きとなると、からっきしダメなのだ。勢い、ちゃんとした農家が半日分の仕事を終えて帰ってくるころから、こちらはようやく畑に。暑い最中の仕事、と言う悪循環である。「ええ~い、これもダイエットのためだ」とばかり、ペットボトルの水をがぶがぶ飲みながら頑張るのだ。


プチトマト


 農村地帯でも夕方や夜、ウォーキングをする人達が増えている。肥満防止やダイエットのためだ。糖尿病の改善を狙っている人もいる。機械化が進み、農業もかつてのように力の仕事ではなくなった。畑に行くのは軽トラック、除草や耕運も機械。買い物など普段の用事はもちろんだ。実は田舎の人間ほど歩いていないのである。メタボの量産は田舎から、と思えるくらいだ。俺のやり方は、一足早く原点に・・・などと悪あがきをしてもみた。





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ピーナッツと落花生

落花生4



 昭和51年、この年に起きたロッキード事件は米国の航空機メーカーを巻き込んだ、わが国政治史上まれにみる疑獄事件に発展した。時の宰相・田中角栄はこの事件で失脚、間もなく、逮捕されるなど日本の政界は混乱の渦に飲み込まれた。それから30数年、刎頚の友と言われた田中角栄元首相、小佐野賢治元国際興業社主、それに日本の黒幕といわれた児玉誉士夫氏ら事件の主役達はいずれも鬼籍に入ってしまった。




 受託収賄罪。当時としては比較的耳慣れない、この刑法用語がこの事件でポピュラーになった。もう一つ、贈収賄のキーワードとなったのがピーナッツである。つまり、捜査に当たった東京地検が宰相・田中角栄の犯罪として立件を目指したのが受託収賄罪であり、その収賄の現金授受の隠語がピーナッツであった。田中角栄は当時、やはり米国のグラマン社と日本への航空機の売込みを競っていたロッキード社のコーチャン副社長からピーナッツという名の賄賂を受け取り、それに便宜を図ったと言うのである。





 この事件を伝えるテレビ、ラジオの裏番組では、双子の姉妹歌手ザ・ピーナッツが茶の間で人気を集めていた。双子歌手や双子タレントの草分けであつた。もちろん、この二つのピーナッツはまったく関係ないのだが、賄賂の代名詞に対し、こちらは双子の代名詞になったのである。今ではピーナッツという言葉も忘れられたし、ザ・ピーナッツもお茶の間のテレビから姿を消して久しい。

ザ・ピーナッツ



 ピーナッツは南京豆ともいい、落花生の実のことを言う。落花生は実に不思議な植物である。お恥ずかしい話だが、私は60歳の半ばになるまで落花生の実はその根につくものとばかり思っていた。ところ、これが大間違い。文字通りの「落花生」で、花が弦のようになって、地に落ち、実を付けるのである。


落花生1



 私の親しい友人の一人に萩原さんと言う男がいる。この人は私のパソコンの師匠でもあるのだが、ある時お宅を訪ねたら「いい落花生の種があるんだけど蒔いてみるけ。その生育過程をちょっと注意してみていると感動するよ」と言ってくれたのが、その不思議を知るきっかけであった。この萩原さんは実に勉強家で、創意と工夫に旺盛な人である。





 春先に蒔いた落花生の種は間もなく芽を出し、7月下旬ごろから青い葉っぱを沢山付けた枝に黄色い花を付ける。ここからが感動的なのである。この黄色い花がいつの間にかに弦で垂れ下がり、地中に潜るのである。つまり、落花生の実を沢山収穫するためには沢山のいい花を咲かせることもさることながら、花が落ちる所にしっかりと土を盛ってやらなければならない。最初、そのことを知らない私は根元にばかり土寄せしたものだから、花は弦で垂れ下がったものの、潜るところがなく、空中ブランコ。大失敗で、苦笑いしたものである。


落花生3



 今の子供達は、もちろんロッキード事件のピーナッツも、双子姉妹のザ・ピーナッツも知らない。そんなことはどうでもいい。だが、この落花生が織り成す感動だけは教えてやりたいと、正直思った。いい歳して、たわいもないと笑われるかも。




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旬とコミュニケーション

スモモ



 「これ、撥ね出し物だけど、美味しいから食べてくれますか」



 近所の人が、時にはサクランボ、時には桃、スモモといった具合に、段ボール箱や果物のもぎ箱に入れて持って来てくれる。箱への並べ方は大雑把だ。



 「何時も済みませんね」


 お礼を言うと

  「これ、形が悪かったり、過熟気味になってしまって出荷出来ないんですよ」



 いかにも美味しそうだ。食べてみてもうまい。当たり前である。木で熟れた物を、そのまま持って来てくれたからだ。桃でも、スモモでも同じだが、輸送やセリ、店頭での陳列など消費者の口に入るまでの時間を考慮して、熟れる前のものを出荷するのである。出荷の過程で、すぐ過熟になってしまうトマトなどはその典型で、真ん中の尖った所がちょっと赤くなった段階で出荷してしまう。





 桃やスモモに限らず、旬の果物や野菜をあっちこっちから頂く。こちらも、ナスやキユウリ、ジャガイモ、サトイモ、落花生など家の畑で採れたものをお届けする。果樹農家の中には、こうした野菜を自分で作らない人が多いのである。果樹作りで忙しく、手が回らないから、種類が多く、手間のかかる野菜なんか作っている暇がないというのである。


野菜



 百姓もどきというか百姓見習いの私が作ったものだから、お世辞にも立派なものではないが、無農薬で、採りたての新鮮野菜であることだけは間違いない。




 「お百姓などしたことがない人が、こんなに立派なものをお作りになって。大したもんですねえ」



 お世辞なのかなんだか分からないが、喜ばれるとうれしいものだ。田舎にはいつも、こんなコミュニケーションがあったり、旬というものの実感がある。




 小学校から高校まで、つまり子供の頃を除いてそのほとんどを甲府や東京で過ごした。土のないサラリーマン生活である。ざっと50年近く、野菜や果物はほとんどを買って食べた。子供の頃、実家では桃や葡萄を作っていたので、それを買って食べることにはちょっぴり抵抗があったが、食卓を賄う女房は甲府、つまり非農家の生まれだから、一向に気にしなかった。




 八百屋さんや果物屋さんに行けば、その店頭には一年中何でも並んでいて、季節感なんてものはない。自分ばかりではない。日本人は
というものを忘れさせられてしまったのではないか。ハウス栽培という名の施設園芸の普及とその技術の高度化によるものである。あらゆる野菜や果物が一年中食べられるのだ。

筍


 竹の子を「筍」とも書く。文字通り旬の野菜である。これだけはハウスで作ってもらいたくないものだ。ともかく、会社勤めをリタイア、土のある生活に戻って、特に自分の家で作った野菜のうまさを実感した。物事にかなり鈍感な女房でさえ「お父さん、やつぱり、買ったものと家で作ったものは味が違うね」と言うのだから間違いないだろう。





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百姓の方便

畑  



 草生栽培だとか雑草との共生、という言葉をよく聴くようになった。農家、または≪農家もどき≫の人たちの間にである。100歩譲って草生栽培はいいにしても、雑草との共生で農作物が出来る訳がない。「雑草のように強い」と人にも例えられる言葉があるように雑草は逞しい。その雑草の中で農作物が育つ訳がないからだ。どんな野菜だってその周りの雑草を取ってやらないと雑草に食われてしまうのである。




 友人に≪自然との共生≫≪エコ≫をライフワークに考えている男がいる。その考え自体は素晴らしい。しかしよく分からないのは自然との共生が≪正義≫だからジャガイモやかぼちゃ、たまねぎを撒いても、肥料もやらなければ、雑草も取らないのである。ましてや、除草剤なんかもってのほかだ。


野菜づくり



 その畑を見たことがある。畑は一面草ボウボウ。ジャガイモやかぼちゃはよく見なければ分からないほど雑草の中に見事に埋没していた。今もその方法で野菜作りをしているかどうか分からないが、その畑は山間にあって、周りの畑も草ボウボウ。いわゆる遊休農地である。仲間の畑は農業後継者がいない、その遊休農地の一角をただ同然に借りたのだそうだ。ここなら草ボウボウにしていても近所から苦情も来るわけもないし、とヘンなところで納得したものだ。




 ただ、ここで思ったのは遊びの野菜作りといったら、その友人に叱られるかも知れないが、それと、農業で飯を食っていくということは、まったく別ということである。≪自然との共生≫≪エコ≫はこの友人の哲学といっていい。その哲学と実践を引っさげて、あっちこっちで講演をしたりもする。その頃、車もごく小さなものに乗り、そのどてっぱらにはエコを訴える大きな文字を書き込んでいた。


畑2



 そこまでは良かった。その車のわきで、私と立ち話をしながら、道路わきの畑で実る桃を横目に「この桃だって無農薬で作らなきゃあいけん」と、ぶった。そこをたまたま通りかかった農家の親爺らしき男はカンカン。目をむいて、こう言った。


桃



 「てめえら、何様だと思っているんだ。消毒をしちょだって?桃にゃあ灰星病というやつがすぐ着く。俺たちが消毒をしなかった、輸送中にみんな駄目になっちまって、消費者の口にゃ入らねえんだ。第一、俺たちゃあ、これで汗水たらし、飯を食ってるんだ。何も知らねえで、勝手なこと言うんじゃねえよ」



 私はもちろん、友人も一言の反論も出来なかった。




 さて草生栽培というやつだ。桃、葡萄、サクランボなど果樹園ではいいが、野菜作りでは成り立たない。果樹園での草生栽培にしても農家の方便のような気がしてならない。果樹栽培はだんだん高度化し、その一方で手間もかかるようになった。草に追われる農家は草退治に手が回らず、いっそのことと、草との共生を考えたのではないか。草生栽培といっても時を見て、草刈をしたり、除草剤を撒いているのである。らちもない事ばかり言うと「百姓もどきが、つまらぬこと、言うんじゃあねえよ」と叱られそうだ。




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蔦の爪あと

蔦3



 「蔦の葉絡まるチャペルで・・・」と歌われたり、高校球児のあの暑い夏を連想させる甲子園球場の蔦いかにもロマンチックであったり、爽やかな青春を思い起こさせる。街を歩いていて鉄筋コンクリートの建物を包み込むような青々した蔦を見ると、いかにもクラッシックな洋館を髣髴とさせ、そこに住む人たちの生活ぶりをのぞいてみたくなるのは私ばかりではないだろう。





 私がこれから言う蔦はそんなロマンチックなものだったり、爽やかなものではない。会社をリタイアして戻った実家のお蔵の白壁は蔦に覆われていた。覆われていた、なんてものではなく、あるものは枯れ、汚らしく二階の屋根まで這い上がり、大きなお蔵は廃墟をも連想しかねないぶざまな姿を露呈していた。


蔦  



 ご存知、蔦はタコの吸盤のようなものを持っていて、コンクリートでも、土壁でもどんどん這い上がってしまう。これを取り除くのに始末が悪いのは枯れた蔦である。生きていれば、引っ張ればつるごと取れるのだが、枯れているとポリポリ折れてしまう。腹が立つ。そればかりか、吸盤は小さいから壁に張り付いたままで、取れないのである。枯れた蔦も高い所は梯子を架けて取り除いたが、点々と壁一面に残る吸盤は今も残ったまま。長い間、お蔵にとどまらず、ほったらかしにしていた付けであり、証明である。





 というヤツは畑であれ、空き地であれ、絶対に真ん中には生えないのだそうだ。しかも綺麗にしているところには顔を出さない。つまり、建物や石垣の近くで、這い上がれる所があることが条件だ。蔦の葉か絡まるチャペルや甲子園の蔦は少なくとも人為的に作ったものだが、みんな垂直に這い上がっているのは共通である。いったん始末して、綺麗にしておけばもう顔を出さない。いって見れば、蔦という植物は人や自然の弱みに付け込んで生きる嫌なヤツなのである。


蔦2



 「放って置けば必ず森になる」。秩父多摩甲斐国立公園の山梨県側の一角に乙女高原がある。そこはかつてスキー場だった所。春から秋、色とりどりの野草が花を咲かせ、今では野草の宝庫とまで言われるようになった。その草原を守ろうと、山梨市のある小学校教諭の呼びかけで、ファンクラブが出来た。毎年11月23日に山梨県内外のファンボランティアが集まって下草刈をし、翌年5月にはロープの遊歩道作りをする。





 この下草刈をしないと、あっちこっちに生えるブッシュが、やがて森になってしまうのだそうだ。各地のスキー場がシーズンオフ、野草が咲き乱れる草原として人気を集めるのは、雪の上にブッシュが顔を出さないように秋の下草刈を欠かさないからである。




 蔦ばかりではない。我が家の周りの道の石垣には、かつては小さな芽に過ぎなかった木の芽が長く放って置いたツケなのか大きなブッシュとなって、あっちこっちで道をふさいでいた。この道は6尺ほどの幅を持つ古道。車社会になって忘れ去られようとしている道だが、朝夕犬を連れて散歩する人は結構いる。道をふさいだブッシュと雑草。こんな所でも人に迷惑をかけていたかと思うと「これからは・・」と肝に銘じざるを得なかった。





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サクランボとなまくら息子

サクランボ1


 サクランボといえば山梨県の人たちは南アルプス市の白根をイメージする。しかし、今では白根に勝るとも劣らないのが山梨市の旧岩手地区だと思う。私が住む村だからという贔屓目ではない。東南に面した山付きを中心にサクランボ畑が広がり、そのスケールはけして小さくない。路地ものばかりではなく、シーズンには一面ビニールハウスで埋まる。その立地とおそらく地味の良さも手伝って味もいいのだそうで、人気は年々高まり、4月から5月にかけての最盛期には首都圏からの観光バスがどっと繰り込む。




 その姿を横目にちょっぴり複雑な思いに駆られることがある。全体では一部分でしかないが、一等地のような1~2町歩の土地がかつては我が家の畑だったからだ。あの土地が俺のものだったら、とつい助平根性が頭をもたげる一方で、あの土地が今も残っていたら、と思うと、ゾッとするのである。助平根性などとんでもない。なまくらになってしまっている俺に耕作出来るわけがないからである。


サクランボ2


 子供の頃を思い出した。この地方ばかりではないが、山梨県は米麦、養蚕が農業の主体を成していた。平地は水田、それも二毛作の米と麦、山付きは桑を作って、養蚕をしたり、とうもろこしや薩摩芋も作った。この地方では大きな農家だったから、中学生の頃の農繁休暇には、10人前後の仲間や上級生が宿泊研修という名のお手伝いに来るのである。自分ばかりでなく、みんな懐かしい思い出であったに違いない。70歳近い男たちが今もその思い出話をするのである。




 私が大学に入った頃、つまり昭和30年代の半ばごろから、この地方は桃、葡萄を中心とした果樹への転換が始まり、あっという間に米麦、養蚕の農業スタイルは姿を消した。我が家も水田から桃や葡萄などの果樹園に転換したことは言うまでもない。農家の長男でありながら大学を卒業した後、家に帰らず、いわゆる会社人間の歩みを始めてしまったのである。

葡萄9月



 広い農地を抱え、家業を見向きもしないせがれに親父は頭を抱えたに違いない。我が家の農地の大部分を処分せざるを得なかつた親父の心中が、ちょうど親父の年になる今の私には分かりすぎるほど分かる。その処分の仕方も、やけくそなのか、一生懸命手伝ってくれたお礼なのか、近所の人に、いわば只同然で分けてしまったのである。


桃



 俺がもし親父の立場だったらと考えると、親父のような大胆なやり方はできないだろう。もう大分前になるが、今は南アルプス市となった旧白根町の知り合いがこんなことを話してくれたことがある。



 「うちの畑を道路でも何でもいいから走ってくれないものかとつくづく思う。親から譲り受けた畑を売っぱらうのはちょっと気が惹けるが、公共用地としてなら大義名分がある。息子は大学を出て、会社勤め。百姓なんかやる気はねえんだ」




 なにか自分と親父のことを言われているような気分になったものだ。百姓の長男とはそんなもの。しかし、その百姓をめぐる環境や価値観は何十年かのサイクルで変わるのである。





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夏は曙

大豆


 「お父さん、こんなに沢山、大豆を蒔いてどうするのよ?」


 「枝豆の旬には、ご近所にお裾分けするのさ。後はお前の味噌作りの原料だ」


 我が家は田舎だから野菜作りの畑には事欠かない。その上、ぶどう作りを諦めて今は空畑になった所も広い。6月下旬、そこに蒔いた「曙大豆」は、日に日に大きくなっている。大豆は発芽率がいい穀物。幸い、鳥に種を拾われることもなかった。お隣の牧丘町や三富町のように猿や鹿はいないので、被害の心配もない。後は管理機を使って草取りなど圃場管理をすればいい。山間部では猪も含め鳥獣の横暴は目に余るものがあるのだ。




 「曙大豆」の調達をしてくれたのは上田勝也さんと言って身延町・曙地区と富士川を挟んで対岸の旧六郷町にお住まいの方。むろん、種は厳選されたもので、きちっと消毒処理まで施されていた。そんな上田さんのお心遣いがあるので、我が家の大豆作りは、一際、思い入れが強いのだ。




 ビールのつまみには枝豆がよく似合う。酒好きの私ばかりでなく、お裾分けしてお食べいただく人達の喜ぶ顔が今から目に浮かぶ。一方、女房の味噌作り。数年前から地元の農協婦人部の有志グループに加わって、見よう見真似で始めた。



 「今年は自前の大豆で味噌作りが出来るわね」



 会社勤めをリタイア、それを契機に甲府の住まいを引き払って私の実家で田舎暮らしを始めてボツボツ10年。味噌作りはおろか、野菜作りの経験もなかった女房が、嬉々としてとはいかないまでも、今では抵抗もなく畑にも出る。キュウリ、ナス、トマトの管理や収穫はむろん、今度の大豆の種蒔きにも積極的に手伝った。


トマト


 何事も“やる気”さえ持てば出来るもの。ちょっと教えてやれば、野菜の種や苗の調達もするし、蒔き付けや植え付けもする。女房が蒔き付けたインゲンもツルをどんどん伸ばしている。毎朝、畑を回り、今が旬のナスやキュウリは糠漬けとして食卓に乗る。油味噌など煮物、炒め物も旨い。ここ10年、我が家で消費する野菜は、すべて自家製だ。すべて無農薬。自分で作ったものは旨い。




 上田さんの住む六郷町は古くからのハンコの町。越中富山が薬の訪問販売の元祖なら、こちらは通信販売の元祖なのである。情報網の進化も手伝って今や通信販売天国。六郷町のハンコは、そんな今をずっと遡った頃から通信販売を手がけ、全国に販路を広げた。文字通り通信販売の草分けであった。




 峡南地方というより、静岡に近い地域、といった方が分かり易い、この地域には個性的な町が多い。ハンコの町・六郷町のお隣・市川大門(市川三郷町)は、これも全国に名の知れた和紙の町。四国などから原料のミツマタなどを仕入れて全国に和紙製品を送り出しているのだ。町には中国・西安の「碑林」を模した公園もある。花火の町でもある。


和紙紙漉き_convert_20140712220803



 「曙大豆」で知られる曙地区がある身延町は、言わずと知れた信仰の町。日蓮宗総本山身延山久遠寺は四季を問わず、信者や観光客で賑わう。隣の早川町付近は「雨畑硯」で有名。静岡県境の南部町は、あの南部藩(岩手)ゆかりの地である。





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百日紅の花

百日紅_convert_20110808224142



 大騒ぎした台風が去った。久しぶりに青空が広がった。植え込みの木々は心なしか青さを濃くした。水を存分に吸ったためだろう。その緑の上に紅い百日紅の花が。一つ、二つ、三つ…。まるで穂のように花を付け始めた。その下には向日葵のま~るい花が黄色く笑っている。緑の“地”に映える二つの花のコントラストがいい。


ひまわり_convert_20110808223955  


 百日紅が開花すると、何故か梅雨明けが間近いことを直感するのである。百日紅(さるすべり)。うまい字を充てたものだ。幹は猿でも滑りそうなほどツルツルしていて、その枝には、百日と言わないまでもロングランで紅い花を付ける。




 例年の事ながら、ボツボツ梅雨が終わりを告げる頃、花を開き始め、9月いっぱいは咲き続けるのだ。猛暑の夏には向日葵がよく似合うが、その一方で百日紅も逞しく、暑い夏を彩る。




 長雨のせいにしてほったらかしにしておいたタマネギを遅ればせながら収穫。隣の畑では、サツマイモや大豆が元気がいい。長雨で存分に水を吸ったサツマイモや大豆は、今度は太陽の恵みをいっぱい吸って、その勢いを増すに違いない。




 ジャガイモの後を追っかけて、サツマイモは毎年作るが、大豆は久しぶりだ。久しぶりと言うより、ある種の思い入れを込めて蒔いた。懇意にさせていただいている方から「曙大豆」の種をいただいたからで、今から収穫の時期が待ち遠しいのである。



 曙大豆2
身延町商工会より



 「曙大豆」は甲府盆地の南部、身延町・曙地区でブランド化した大豆。枝豆としてビールのつまみによし、味噌や醤油の原料によし。地元の商工会や農協は“種の保存”に力を入れている。

曙大豆



 甲府盆地の東北部・山梨市のこの辺りは昭和30年代の半ば、それまでの米麦養蚕の農業構造から一変、葡萄、桃の果樹地帯に衣替えした。最近ではサクランボも加わって、観光客を集めるようになった。農業感覚は完全に様変わり。大豆や小豆などを作る農家はゼロと言っていい。




 米を作っていた時代は、畦豆と言って水田の周り(畦)にも大豆を作った。ビールのつまみなどと言った、そんな趣向品めいたものではなかった。生活の必需品である味噌、醤油の原料にするためである。




 そう言えば、生活はみんな自給自足であった。大豆や小豆ばかりではない。大根も作れば、白菜も作る。人参やゴボウ、ウドや蕗、ミョウガ、ニラ、何でもあった。キュウリ、ナス、トマト…。ジャガイモや里芋は当たり前。




 裏庭の鶏小屋では、鶏が卵を産み、その隣では山羊が草をはんだ。池には鯉が。みんな大家族のタンパク源であった。子供達は牛乳ではなく、山羊乳で大きくなった。むろん、乳搾りは子供達の役目。




 「食糧自給率」などと言う言葉もなかった。果物?葡萄や林檎、梨、スモモ…。みんな有った。それがいつの間にか…。畑や裏庭は姿を変えた。(次回へ続く)





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人間の記憶

1

 私の拙いブログをお読みいただいている方のお一人にハンドルネーム「ガバチャ」さんがいる。この方が先日、こんなことを書いていた。




 「最近、歳のせいか物忘れが激しくて、ニワトリと一緒で、三歩歩いたら、ついさっきのことを忘れてしまいます(後略)」




 正直言って、このブログを拝見してホッとした。同病相哀れむの例え通りか。私なんかそんなことは日常茶飯事。ガバチャさんはこんなことも書いていた。




 「(前略)会った人、その人の名前がどうしても思い出せないことがあるんです」
私なんか、これも度々だ。勤めをリタイアして4年。毎日が日曜日になって人様にお目にかかる数は、当然のことながら現役の頃と比べれば格段に少なくなった。そうは言っても出先での人との出会いがないわけではない。相手は「やあ~、お久しぶりですねえ。今どこに・・・」と、いかにも懐かしそうに話しかけてくるのだが、肝心の私がその方のお名前をなんとしても思い出せないのだ。



2



 お顔は知っている。話しているうちに思い出すだろうとタカをくくっているのだが、思い出せない。時間が経ってしまうと「お宅はどなたでしたっけ・・・」などと、聞けなくなる。素直ではない。仕方なく「今はどちらに・・・。お名刺をいただけませんか」とやるのだ。その答えがこう来る。




 「私もあなたより先から毎日が日曜日。名刺など持つ身分ではありませんよ」


名刺


 物忘れは歳のせい? ガバチャさんが言うようにその通りだろう。毎月18日と13日、その顔ぶれは変わるが、高校時代の同級生の飲み会、山梨で言う無尽会があるのだが、そこでも物忘れの話がよく出る。




 脳の衰えから来るのだろう物忘れはともかく、人間の記憶力ほどたわいもないものはない。例えば、いつも通っている道沿いで、ある時、以前というよりつい先頃まであった建物が解体され、更地になったとする。そこにあった建物が何の店だったか何としても思い出せないのである。しばしば私の車に同乗する女房も「お父さん、あそこに何が建っていたっけ?」と言うから、一人、私だけではないのだろう。




 こんなケースは今に始まったことではない。若い頃もそうで、毎日、朝晩、通勤で通る道すがらで朝はあった建物が帰りには解体されて跡形もなくなくなっているケースに出っくわした時、なんとしても思い出せないのだ。口の悪いヤツなら「それはお前の頭が悪いだけだよ」と言うかもしれない。でもそれだけだろうか。


にわとり

 ガバチャさんが言う「ニワトリと一緒」。私はニワトリ以下かもしれない。ガバチャさんはうまいことも言った。




 「だから(忘れてしまうから)ストレスが溜まらないのかも・・・」




 おっしゃる通りだろう。人間、忘れる動物。仮に、いいこと、悪いこと、みんな覚えていたら頭がおかしくなるに違いない。そこはまた人間の欲。肝心の事は覚えていたいのだ。






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法事とカラオケ

法事    法事2


 墓地改修の竣工とそれに合わせたご先祖の法要に招かれた。「思い切って墓を直すことにしました」と言う知人は80歳を超えた。息子さんに家業の自動車整備工場を委ね、事実上、隠居の身になったこの人は、やがて誰もが通らなければならない≪行く末≫をも考えたのだろう。秋の彼岸を前にした墓地の改修だった。



 「極、内輪の披露と法事に留めたんですよ」


 この人は、招待者を家族のほかは、兄弟夫婦と極めて親しい友達だけにしたという。墓地の新設や改修は春秋の彼岸に合わせるのが、どうやら慣例のようだ。どの墓地を見ても石塔の裏側には「○○年 秋(春)彼岸 ○○建立」と刻んである。


墓


 出席者は菩提寺の本堂でのご先祖の法要に臨んだ後、改装なった墓地に詣でた。線香を手向け、手を合わせる。そして会場を替えての「おとき」の席と続くのだ。挨拶は「おめでとうございます」でいいのだが、みんな、さすがにその言葉は、ちょっと言いにくいらしい。しかし、おときの席は七七忌や一周忌のそれと違って明るい。法事につき物のある種の暗さはなかった。


花


 墓地の改修、新設などが人ごとではない年齢になったのか、仲間達の酒席で、この話が話題になった。建設費用、お寺さんへのお布施、招待者。みんな身近な話題と受け止めているようだった。その中の一人がこんな話をした。


菊


 「たまたまだが、昨日、叔父の一周忌に招かれた。これが面白いのだ。カラオケのどんちゃん騒ぎとまでは行かないまでも、賑やかな法事だった」





 その友人氏によると、みんなかしこまって、ご仏前に献杯した後、施主である故人の奥さんが、こう挨拶したという。



 「故人は根っからの明るい性格で、お酒が好き、カラオケが大好きでした。今日はそんな、在りし日の主人を偲んでいただくためにも存分に飲み、存分に歌ってください」




 かしこまって、うつむき加減に座っていた招待者は、途端に開放されたかのように賑やかに。やがてカラオケが始まったという。故人の「十八番」や物まねも。もちろん拍手喝さいも。おときの席は、まるで場違いのように盛り上がった。法事の後のおときの席といったら、美味しそうなお膳を前に、みんな神妙な顔付きで座っている、と言うのが一般的だ。




 上手な挨拶、泣かせるような挨拶に、一瞬、拍手しそうになって、その手を照れくさそうに引っ込めた経験をお持ちの方もお出でだろう。法事の雰囲気とは、また誰とはなしに作り上げてきた概念なのかもしれない。


菊2

 でも、待てよ。カラオケで賑やかに故人をしのぶ法事だってあってもいい。むしろ、その方が故人の供養になるはずだ。2時間前後を、暗い表情でお膳に向かい、お隣との会話も声を落とす。そんな習慣はやめたらいい。お酒を飲みながらの仲間達の共通意見だった。しかし、いざとなると、やっぱり出来ないのが、この法事の席なのかもしれない。





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運命の泣き別れ

雨  


 馬の背を分けるという。この時期、夕立などに見られる現象だ。今、ここでは降っていないのに、すぐ先は雨。その逆もある。もちろん夏の時期ばかりではない。雨が落ちていないところは日が差しているから、「お天気雨」などともいう。山の稜線でも≪馬の背を分ける≫ことがある。あちら側は雨でもこちらは晴れ。やがて一帯が雨雲に覆われることも。




 「じゃあ~、あばよ」。一緒に仲良く落ちてきた雨粒は、山の稜線を境に一方は山のあちら側に、一方はこちら側に泣き別れするのだ。このふた粒の雨は結果的に行き着く先がまったく違うのである。例えば、山梨県の甲府盆地と富士山麓地方を分ける御坂山塊の場合、甲府盆地側に落ちた雨は日本3大急流のひとつ富士川を経て駿河湾に流れ込むし、反対側の富士山麓側に落ちれば桂川に流れ込んで相模湾に。


海2


 山梨県を流れる水系は、たったのふたつ。富士川桂川だ。もちろん、笛吹川や釜無川など、それぞれに支流はいっぱいある。いずれにしても山梨県に降った雨は、みんな太平洋に注ぐ。お隣の長野県の場合、天竜川などを経て太平洋に流れるものもあれば、まったく違う日本海に注ぐものもある。日本列島をアルプスで背を分けるのである。


川



 馬の背分けやお天気雨は、自然界ばかりではない。さっきまで泣いていた人が笑ったり、昨日まで一緒にいた人が、いつの間にかいなくなったり・・・。前者を人は「お天気やさん」という。感情の起伏が激しいのだろうが、これも案外始末が悪い。




 「お天気やさん」はともかく、ふた粒の雨と同じように人の出会いと別れは不思議なものだ。人間、一生のうちに出会う人の数は膨大なものだろう。もちろん、その人の性格や生活環境、生き様などによっても違う。いずれにしてもその舞台は小、中、高、大学などの学校だったり、社会人になれば職場や趣味、広い意味での遊びだったりする。社会人になってからの方が人の出会いは格段に多い。




 初対面の時、名刺交換をする。その一枚の名刺がいいビジネス取引に繋がったり、かけがえのない生涯の友への切符になったりもする。その逆に、たった一度の出会いで終わることだってある。その場合、名刺の交換だけだから、お互い顔すら覚えていないのだ。


名刺交換


 勤めをリタイアした今、在職中にいただいた名刺が山ほどある。40年を超す歳月の重さをいやが上にも思い知らされるのだが、それを整理していながら、ほとんどが顔と名前が一致しないのだ。相手側もまったく同じだろう。人の出会いの入り口であり、その証のような名刺の交換がいかに儀礼的で、儚いものかを今更ながら思い知らされたりもする。


名刺


 たまたま分水嶺に落ちる雨ではないが、子供の頃、小学校や中学校、高校や大学で机を並べた仲間が卒業という分水嶺で別れ、同級会などで再開した時、その変わりようにびっくりすることがある。ふた粒の雨のようにたまたま落ちたところの違いで、駿河湾にも相模湾にも流れれば、太平洋にも日本海にも分かれるのだ。行き着く先の海ばかりではない。そこまでの過程もまったく違う。水の流れとなって、もみ合う仲間の雨も違えば、ぶつかり合う石や岩、岸辺など環境そのものがまったく違うのだ。そう考えると、自然界や人間界には、動かしがたい運命のようなものがあるような気がしてならない。


海


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珍味のうるか

鮎
 もう何年ぐらい前になるだろうか。鮎釣りが三度のメシより好き、という割烹料理店のオヤジがいた。甲府市の中心街に程近い所で店を構えていたのだが、世間が「釣りキチ」というほど、時には仕事そっちのけの釣り三昧。「釣りキチ」といっても、なぜか鮎しかやらない。夏場だけで、山女も岩魚も見向きもしないのだ。




 「うちのダンナ、少し叱ってやってくださいよ」



 そこの女将がよく言った。釣り三昧を責めているのではない。女将も釣りキチは認めるというか、諦めているのだが、この男は世に言う一風流の性格で、いい、悪いをはっきりしないと気がすまないタイプ。だから客とも平気でぶつかってしまうのである。



 「お勘定はいらねえ。帰ってくれ」



 そんな啖呵も珍しくはない。その代わり、板前としての腕は一級品。常連の客なら誰でもが認めるほどの腕を持っている。だから、固定客をしっかり掴んでいて、いつ行ってもそこそこの客がいた。そんなオヤジと若い私はなぜか気が合った。




 「今夜、暇? 暇なんかありっこねえよなあ。とにかく、旨いやつ食わせるから来いよ。早いうちなんて言わねえ。遅くなってもいいから寄ってよ。必ずだよ・・・」




 夏の夕方、このオヤジから職場に電話がかかってくるのだ。「この小忙しいのに、何言ってるんだ」と、一瞬思うのだが、オヤジの電話の先にある「旨いもの」が気になる。会社帰りに店を覗くのである。いつも午前零時を廻っていた


酒


 「待ってたよ。のれんはもう下ろしたが、さあ、座った、座った。あんた方の仕事、夜が忙しいんだものなあ・・・。俺も一緒に飲むか」





 このオヤジが用意してくれていた旨いものというのは鮎の「うるか」だった。


 「最初はビールだったよなあ~。うまい酒もあるよ」



 「このうるか、旨いねえ」



 「そうだろう・・・」



 「もっとくれよ」


 「バカ言っちゃあ、いけねえよ。これだけの、うるか、作るのに何匹の鮎使うか、分かっちゃあいねえな・・・」




 うるか、といってもご存じない方もお出でだろうから、ちょっと説明するが、一口に言えば鮎の内臓の塩辛である。鮎は小さいうちは虫などの餌を食べるが、大きくなるとそれをしない。食べるのは水蘚だけ。だから内臓が綺麗。川魚で内臓を好んで食べるのは、あまたいる魚の中で鮎くらいのものだろう。


鮎2


 釣れる鮎は大小あるが、所詮は鮎。一匹から取れる内臓の量は知れたもの。そのことを考えれば、貴重品に違いない。オヤジは言った。




 「これなあ、商品じゃあねえんだよ。いくら沢山釣ったからといって、そこから採れるうるかは、何ぼもねえ。それに伴う苦労も考えりゃあ、値段なんてつけられねえよ」




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日常生活の鏡

蛸


 「たこ」。一口に「たこ」と言ってもさまざまだ。大空を地上からの糸に引っぱられて果敢に舞う「凧」もあれば、大空とは反対に、海の底で外敵に追われれば真っ黒い墨を吐いて逃げる「蛸」もいる。また、その人の生活習慣の証のように手足など身体の一部に出来る「胼胝(タコ)」だってある。





 お正月の風物詩でもあった凧揚げは、今ではすっかり影を潜め、その一方で静岡県浜松市のように子供たちの健やかな成長を願って大々的に繰り広げる凧揚げもある。遠州灘の砂丘を舞台に繰り広げる、この凧揚げ祭りは爽快だ。誰もが一度は見てみたい行事の一つだろう。


凧揚げ


 花より団子。「たこ」は「たこ」でも「蛸」は食べられる。酢蛸もよし、生の刺身で食べる蛸も旨い。あのたこ焼きには欠かせない具にもなる。祭りや夏の縁日で食べる、たこ焼きは格別だ。子供の頃は、ねじり鉢巻をしたオジサンが、今の年になったら屋台の活きのいいオニイサンさんが売ってくれるたこ焼きは、祭りや縁日には欠かせない味の一つ。都会の街角でのたこ焼き屋さんも街ゆく人達と見事に息が合う。


祭り


 一方、同じ「たこ」でも「胼胝(タコ)」は風情もなければ、味もそっぺもない。OLのかかとに出来る靴擦れのタコのように邪魔者であり、無用の長物だ。しかし、見方を変えれば良くも悪くも、その人の人生の証かもしれない。ちょっと大げさなモノの言いようかもしれないが、そうなのだ。例えば、畳屋さんには肘に、大工さんには手に・・・。およそ職人と言われる方々には、身体のどこかに、この「胼胝(タコ)」がある。考えようによれば、これほど尊いものはない。その人の生き様であり、年輪なのだ。


手


 私にも三箇所にタコがある。いずれも右手。その一つは麻雀タコだ。職人さんの尊いタコと一緒にしたら叱られる。「良くも悪くも・・・」と書いたのはそのためだ。学生時代の4年間、サラリーマン時代の40年間、そしてリタイア後の現在まで、ざっと50年間のろくでもない男の証なのである。言い訳のようだが、職人さんたちに失礼なので繰り返しておく。自慢のできるシロモノではない。


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 胼胝(タコ)というものは、同じ習慣を繰り返していれば、成長するのである。場所によっては邪魔になる。私の場合、右手の中指の第二と第三の節に出る。大きくなるので時々、爪切りで削り取るのである。その手を見て女房は、馬鹿にし、あざけるようにこう言う。




 「どこで死んでいてもこの手を見れば麻雀好きの人間とすぐ分かりますよねえ」



 あと二つのタコは、若い時のペンダコと勤めをリタイアした後に出来た農作業によるタコ。時代が一変、今はパソコンだからペンダコなんか出来っこない。そんなものを見せたら「オジサンはいつの人?」と笑われるのがオチ。自分だって今はこうしてパソコンを叩いている。自らは心の底では勲章と思っているペンダコもやせ細る一方だ。もう一つ農作業でのタコは、鍬や立ち鉋を使うからで、こちらはどうやらまとも。野菜作りが主で、ささやかな汗の結晶である。でも我が家の経済にはそれほど結びついてはいない。


トマト            畑



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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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