法被と消防協力隊

 法被。さて、皆さん方は、この二文字の言葉から一体何を連想されるでしょうか。祭り商店街の大売出し各種のイベントさまざまな啓発活動消防団交通安全協会、防犯協会。伝統的な木遣り保存会の見事なあの節回しを思い浮かべる人もいるだろう。なんとなく古風なイメージを持った着物のような気もするが、今も、あっちこっちで生きている。もちろん、その性格によって、全体の色やデザインは異なる。でも、形そのものは少しも代わっていないのである。


法被1   法被2


 我が家にも一着の法被がある。作ったばかりの真新しい法被だ。胸から両側の縦に「岩手分団」「紺屋区消防協力隊」の文字が黒地に白で染め抜かれている。背中には県名「山梨」をあしらった、おなじみの消防団の法被である。違うのは一方の胸から下に染め抜かれた「・・・消防協力隊」の文字だけだ。



 「消防協力隊」はその名の通り消防団への協力部隊である。この4月に発足した。その背景や理由はおおよそお分かりになるだろう。私達の地区の消防団も、ずっと昔から若い人たちの手によって引き継がれてきた。ひとたび火事が起きれば消火の先頭に立ち、地域防災の旗手としての役割を果たしてきた。


消防1


 しかし、その消防団がやせ細る一方。この地域ばかりではなく、世に言う少子化現象を反映、それを担う若者達が減少しているからだ。それに、農業後継者であるはずの若者達の農業離れが拍車をかけた。



 「このままでは万一の場合、地域を守ることは出来ない」



 誰からともなく、そんな声が上がった。そこで登場したのがこの消防協力隊である。いわゆる自主防災組織。消防団OBはもちろん、日中、地元にいることが可能な75歳までの人たち35人余りで編成した。区長代理でもある私が隊長役でもある本部長を仰せつかった。

消防3


 各組長らで本部を構成する一方、機械、水利、交通、筒口ホースの各係りを設けた。本部は部隊の司令塔、機械係はポンプ車、筒口ホース係は最先端での消火作業を担当する。交通係は万一の場合の交通整理だ。水利の確保も含めて日ごろの備えが必要。このため、消防ポンプ車の整備を担当する班も作った。全体を6つの班に分け、ポンプ車の点検整備はもちろん、班ごとに月代わりでポンプ操法の訓練もしている。全員がポンプ車を操れなければ万一の場合、役に立たない。備えあれば憂い無しである。

消防2


 消防ポンプ車の操法訓練は午後6時半からと決めている。夏の時期ならともかく、冬の時期だと真っ暗だ。仕事を終えた時間ということもあるが、実戦に備えるためにはむしろ夜の方がいい。もちろん、指導役は消防団。みんな真剣だ。



 自治体消防はどの地域にもある。しかし、それだけに任せているわけにもいくまい。都市とか農村を問わず、それなりの自主防災組織は欠かせない。特に、農村の場合、消防団への依存度は大きい。その消防団が少子化のあおりを食っている今、全国どの地域でも人事ではないはずである。ただ、実戦の法被は着ないにこしたことはない。




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富士登山と中国人

吉田の火祭り


 毎年の事ながら「吉田の火祭り」富士山のお山じまいを意味し、夏山シーズンの終わりをも意味する。今年も8月26日、山梨県富士吉田市で賑やかに「吉田の火祭り」が繰り広げられた。富士に向かって真っ直ぐに伸びる富士吉田市の目抜き通りには松明が延々と並び、夕暮れと共に一斉に点火されるのだ。松明はいずれも根元の太い所で直径2m、高さは5m近くもある。それに火が点されるのだから厳かでもあり、ダイナミックでもある。


吉田の火祭り2  


 一帯は歩行者天国に早変わり。沿道にはたこ焼きやおでん、綿菓子などの露店が延々と並ぶ。夜の縁日という言葉がぴったり。浴衣姿の娘さんやお父さんお母さんもいる。近郷近在から集まった観光客も含めて、善男善女がゆく夏を惜しむのである。松明のかがり火に照らし出される顔。顔。顔。この松明が燃え尽き、一夜明けると翌日は装いを替えて「ススキ祭り」。文字通り富士山麓に秋の訪れを宣言するのである。


吉田の火祭り4
富士吉田市HPより


 この夏の富士登山者は、山梨県側だけに限ってみても約20万人。マイカー規制の影響もあってか、人数では昨年を下回ったものの富士登山人気は高い。7月1日のお山開きから2ヶ月足らず。一日平均3,000人以上が登山したことになる。富士山への登山口は静岡県側の御殿場口もある。だから全体では、その倍近くになる勘定だ。登山者は言うまでもなく週末に集中する。一日で何万人もの人が山頂を目指す日も珍しくない。まさに≪富士山銀座≫の出現である。


富士登山


 「この夏、人権啓発活動の一環で富士山に登ったのですが、そこで行きかう人に『ご苦労様ですね。事故のないように気をつけてください』と声を掛けたら『I DON`T NO』と返事が返ってきてびっくり。登山者の中に中国人が多いことに驚きました」


人権擁護委員
人権擁護委員


 こんな話をしてくれたのは山梨県人権擁護委員連合会の会長。同連合会の有志は7月30日、富士山の山頂と五合目で人権擁護を呼びかけるチラシやキーホルダーなどのグッズを配って全国から集まる登山者を対象に人権の大切さをアピールした。その会長によれば、声を掛ければ中国語で返って来たり、中国語が分からないと思ってか「I DON`T NO」。人権マスコット・キャラクターの「まもるくん」「あゆみちゃん」グッツを配布すると中国人登山者がわっと押し寄せるのだという。



人権イメージキャラクター
人権イメージキャラクター☆ 人KENあゆみちゃん と 人KENまもる君 ☆



 富士山は日本の富士山にとどまらない。政府の中国人観光客誘致政策も功を奏して日本への中国人観光客はうなぎのぼり。秋葉原や浅草、東京タワーなど東京の観光名所はもちろん、奈良、京都など全国の観光地に中国人が溢れている。一見しただけだと分からないが、言葉を聴いてその多さに気づく方もおいでだろう。夏場の富士山は観光登山のメーンコースなのだ。富士登山者に占める中国人観光客の統計をとることが出来るとすれば、予想外の数になるはずだ。「吉田の火祭り」は日本三奇祭の一つ。今年のお山じまいは、残暑どころか猛暑の中でのフィナーレ。しかし季節の移り変わりは正直。お山が閉まり、「吉田の火祭り」が済むと日本列島には一歩、一歩、確実に秋がやって来る。

吉田の火祭り3
吉田の火祭り・お山さん(御影)



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諏訪湖畔のもてなし

諏訪湖1


諏訪湖3

 波一つない静かな諏訪湖の湖面にスワンが浮かんでいた。スワンといっても白鳥ではなく、遊覧船だ。秋の行楽シーズン。船にはいっぱいのお客さんがのんびりと湖上の遊覧を楽しんでいた。周囲の山々は紅葉にはまだ早い。しかし、湖畔の道路沿いに並木のように植えられたカリンの実は、鮮やかな黄色い袋を被り、まるで花が咲いたよう。そこを通るドライバーは誰しも目を奪われる。


諏訪湖2

 「あれ、何ですか?」。後部座席に乗っていたハワイの老夫婦も興味深そうに尋ねてきた。私の従兄弟でもあるこの老夫婦が来日して1週間。両家の墓参りや友人のお見舞い、親戚訪問など慌しく過ごした二人に気分転換も兼ねてのんびりしてもらおうと女房と長野への一泊旅行を計画したのである。



 和室と洋室を併設したホテルの大きな部屋にくつろいだ二人は、日本のホテルならではの気配りに大喜び。夜は和室で懐石料理を楽しんだ。次々に運ばれてくる料理の中にはマツタケやシメジ、シイタケに牛肉を合わせた、ほう葉焼きとマツタケの土瓶蒸しが。「お父さん、これ、マツタケですよ」。女房は二人にそれを知らせるかのように言った。今年初めてお目にかかったマツタケ.その香りからも秋を実感する瞬間だった。


マツタケ


 しかし、お客さんであるはずのハワイの老夫婦は何の反応もしない。 全く肩透かしを食った感じだ。せっかくのマツタケなのに・・・。でもそれもそのはず、無理もない。86歳になる従兄弟は大学時代の4年間と、ほんの一時期しか日本の生活経験がない。ホテルの若い女子従業員が話す言葉が十分に聞き取れない、ヘンなアメリカ日本人なのだ。



 こんな、ヘンな日本人にマツタケどころかカリンだって分かるわけがない。かつて日本では、庭木にカリンの木やカシの木、ナンテンなどを植えた。カリンは言うまでもなく「借りん」であり、カシは「貸し」、ナンテンは「難を転ずる」で、掛け言葉であり、縁起を担いだのだろう。貸すのはいいが、お金は借りないという昔の堅実な日本人の姿だ。



 我が家にも大きなカシやカリン、ナンテンもある。カシの葉は端午の節句の柏餅に、カリンは焼酎付けにして冬場の風邪薬に使っている。ナンテンは「ご不浄」と呼んだトイレの近くにも植えた。その種類は白と赤、つまり紅白がある。昔の人はうまい事を考えたものだし、のんびりしたものだ。今の若いご家庭の庭木にこれらの木はほとんど見られなくなった。



 生活習慣とは恐ろしいものだ。その一つは風呂だ。日本人は旅に行けば総じて大衆風呂にのんびり浸かるのが楽しみ。私の場合、ホテルや旅館の料理などみんな似たか、よったかだから、風呂の良し悪しは旅のご馳走。ところが、シャワーの方がいいという。ヘンな日本人と思ったが、それもしょうがない。



 そんな私達の思いをよそに、ハワイの老夫婦は大喜び。感謝の気持ちを全身で表現していた。でも、諏訪大社の下社で、春宮、秋宮、また上社の本宮、前宮の説明や男宮の上社から女宮の下社に渡る≪御渡り≫にも関心はなさそう。やっぱりヘンな日本人だ。

諏訪大社



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パソコンとワープロ

パソコン


 サラリーマン時代の先輩でもあり、上司でもある方にお会いした。久しぶりだった。職場を共にした仲間のご家族の葬儀の折のこと。焼香を済ませ、斎場の駐車場でバッタリ顔を合わせたのである。8月ももう終わりというのにやけに暑い。どちらからともなく黒の上着を脱いだ。貧乏人の私なんか間冬兼用、夏物の式服(略式)ではないので、人一倍、クソ暑いのだ。でも話は弾んだ。




 「パソコン、やっているんだって? 俺、昔のワープロを捨てて、安物のパソコンを買ったんだよ。よたよたとやっているんだが、パソコンというヤツはいいねえ。でも、お陰で、だんだん、を書かなくなっちまった」

パソコン2



 この人は昭和4年生まれ。私とは一回りちょっと違うから、もう80歳を過ぎている。趣味は山登りで、若い頃は仕事の合間を見つけては山に登っていた。今は退いたが山梨県山岳連盟の会長も長く務めた。数はそれ程多くはないが、会社内にもこの人の影響を受けて今でも山に登っている人もいる。そんな人だから山に対する造詣は深く、今でも山岳雑誌にエッセイなどを書いている。定かではないが、「岳人」とか「山渓」だろう。詳しいことは言わなかったが、「自分史」なのか、なにやら執筆しているらしい。




 「パソコンというヤツは、加筆、修正、つまり手直しが出来るから、便利な半面、原稿作りの完了に踏ん切りがつけ難い。いつまでも原稿の手直しをしてしまうんだよ・・・」




 お互い、若い頃から推敲に推敲を重ねるような悠長な事をしている暇はなかったので、対照的にそれが気になるのだろう。山男といえば、一見「モサ(猛者)」を連想するのだが、この人は、むしろ何事にも如才なく、しかも器用に物事をこなす方。そう言えばワープロなど使っている人が、ほとんどいなかった時代、どこから見つけて来るのか机の上に自分用のワープロを置いていた。パソコンが登場する前のかなり昔のことだ。言わずもがな、キーボードを叩く姿はお世辞にも上手とは言えなかった。


キーボード


 私の場合、パソコンは60の手習いどころか、65歳になってようやく覚えた。それまでは「こんなものやるもんか」と、半ばふてくされていたばかりか、正直「出来っこない」と決め込んでもいた。ところが人間とは不思議なもの。ある程度覚えると、それが面白くなるのだ。ブログをも開設した。ちょうど6年が経つ。最初は誰も読んでくれなかった自分のブログをだんだん多くの人達に読んでいただけるようになると、これまた不思議なもので、興味どころか、後ろで後押しされているような錯覚をも覚えるのである。




 パソコンとは便利なものだ。でも先輩氏が言うように確かに字を書かなくなる。勢い字を忘れる。一回りも違う先輩氏の前で言ったら笑われるが、加齢と共にそれが加速するのだ。漢字を覚えていなくても変換機能があるから、書けなくたって目で覚えてさえいれば済む。「へえ~」。逆に字を教えられることだってある。パソコン、そこから接続されるインターネット。ITの世界はますます高度化し、グローバル化してゆく。ペンダコなんか勲章ではない。そんな人間は今や無用の長物。パソコンが自由に操れない人間はこれからと言わず「人」ではなくなる時代になった。




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芝生の緑

庭


 山梨市を車で走っていたら中年のご夫婦が庭先の芝生の草取りをしていた。8月ももう終わろうというのに残暑は止まない。山梨も連日30度を超す猛暑だ。麦藁帽子を被り、芝生に座り込むようにしながら黙々と草をとっている。取っているというより、抜いているといった方が正しい。額から汗がこぼれるのだろう。時折、首に掛けた手拭で汗を拭う。信号で一時停車しながら、見るともなくそんな光景を見ていた。




 真新しいご自宅の前にある芝生は結構広い。何という種類の芝だろうか。真新しく青々としている。最近、山梨市の田舎でもモダンな造りの住宅が増えた。一緒に造られる庭も、このお宅のように芝生を基調に造られているものもあれば、なんとなく西洋風なイメージのものもある。枯山水や、どっしりとした植え込みを持つ庭は少なくなった。私が住む田舎のこの辺りと違って、町場に近くなればなるほど、そんな贅沢なスペースはないのだ。



 第一、今風のモダンな住宅には枯山水の庭や重厚な植え込みは似合わない。日本型の庭だから五葉など松が基調。当然のことながら維持管理に手間暇もかかれば、お金もかかる。今の人たちは、そんな不合理をあえて求めようとはしない。純日本型の田舎家に住む私だって親父や祖父、曽祖父、いやもっと前から引き継がれてきたものだから仕方なしに管理しているのだが、こんな面倒くさい庭など捨ててしまいたいくらいだ。若い時だったら、それに踏み切ったに違いない。




 サラリーマンの足を洗って甲府から山梨市の実家に戻って9年。この間に、たまたまだが松3本が枯れた。松くい虫によるものだ。自分で言うのはちょっとヘンだが、見事な赤松と黒松だった。「もったいないことをしましたね」。近所の人たちはしきりに同情してくれるのだが、当の私はなんとも思わない。むしろ「しめしめ」とさえ思っているのである。見事であればあるほど「こんな面倒なものを・・・」と思っても、切ってしまうのは忍びないし、若い頃ならいざ知らず、この歳になったら、そんなことは出来ない。第一、亡くなって久しい親父や祖父たちのバチが当たる。

庭3


 でも、松くい虫が枯らしてしまったのだから仕方がない。そんな言い訳を心の隅で考えながらも、一方では「この松くい虫め・・・」と恨み節のひとつも言いたくなる。人間とは勝手な動物だ。近所の人に手伝ってもらってチエンソーで切り倒したのだが、そのオジサン、女房にお酒を持ってこさせて≪清めの儀式≫をした後、枝にロープをかけて慎重に切り倒した。「この松は何代もの人たちと共に生きて来たんだよねえ。粗末にしたらいけません」とも。




 芝生の庭はシンプルでいい。しかし、これほど手のかかるものはない。草取りを丹念にしてやらなければ、やがて芝生としての体をなさなくなる。コンクリート社会の都会ではいい。そこらここらに草の種がある田舎では、その種を風が運び、鳥が運ぶ。あっという間に草だらけになってしまうのだ。なまけ者には芝生は禁物だ。今年も残暑の合間を縫って植木屋さんの真似事を始めた。これも年金生活者の≪稼ぎ≫のひとつなのだ。脚立から落ちないようにだけは注意している。





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お天道様のいたずら

デラウエアー
デラウエアー


 山梨市のこの辺りは甲州市の勝沼、塩山や笛吹市の一宮、御坂、春日居などと並んで果樹の一大産地。桃は早生の白鳳系がほぼ終わり、白桃系にバトンタッチする。葡萄は露地モノのデラウエアーが本格的な出荷期を迎えた。既に終わったハウスもののデラウエアーと、こちらもバトンタッチだ。私が住むこの辺りは旧村の岩手地区と言うのだが、今では立派なサクランボの産地。先発の南アルプス市の白根一帯と肩を並べ、日本の伝統産地・山形の前座を立派に担っている。今年はその役割を終え、もはやシーズンオフ。





 果物はおしなべて日照時間が成否の鍵を握る。暑い夏は生産者にとっては大歓迎。連日の猛暑は桃や葡萄の糖度を文句なしに上げてくれるのだ。でも、そうは問屋が卸してくれないのが、これまた生産者の宿命。春先の天候不順のツケが回って来ているのだ。「20日会」といって毎月20日に開いている無尽会に集まって来るオジサンたちの顔色はさえない。春先の天候不順がさまざまな悪影響をもたらしているのである。お天道様のいたずらだ。



光



 「20日会」のメンバー18人のほとんどは果樹農家の主。この時期だからお酒を酌み交わしながらの話題と言えば、桃や葡萄など果樹の出来栄え。共通しているのは桃の核割れと葡萄の病気による被害。核割れというのは文字通り桃の種が割れてしまう現象。おとぎ話の「桃太郎」では話になるのだが、現実の世界では、商品価値はゼロになってしまうのだ。一方、葡萄の被害は梅雨の時期、長雨が続いたため度重なる消毒も効き目がなかった。消毒をした後、雨除けの傘をかけた葡萄園はどうやら助かったが、房作りと並行しての忙しい盛りだから、ほとんどが、そんな早業は無理だ。特に「甲斐路」など赤系の葡萄に被害が多いという。「そんなこと、俺たちにゃあ関係ないよ」。そう言う消費者もお出でだろうが、やがての店頭価格に反映されることは必至なのだ。


モモ


 葡萄に限らず、果樹の生産には消毒が欠かせない。それでメシを食っているのだから、消毒の手を抜くことはない。しかし雨だけは、どうにも為すすべがない。少なくとも半日は晴れてくれないと効き目がないのだ。タイミングを間違うと、せっかくの消毒も雨に洗われて水の泡に。我が家の場合、ズボラが故で柿の消毒を一度手抜きしたら結実後間もなく、ほとんどが落果してしまった。病害虫は人間が隙を見せれば確実につけ込んでくる。




 「20日会」の仲間達に限らず果樹栽培農家の多くは葡萄、桃、サクランボ、スモモといった具合に作付けの中心を単体に絞っている。いわゆる集約型の栽培だ。例えば桃。早生種の白鳳系、奥手の白桃系といった具合に栽培品種をばらつかせて労力配分するのである。サクランボは佐藤錦、高砂を中心に数種類だが、葡萄や桃の品種は多岐にわたる。


サクランボ


 百姓はお天道様と仲良くしなければならない。熱かろうが寒かろうが、それが宿命なのだ。寒い、暑いはいい。ただ、その時期やリズムが狂うと百姓は痛い目に遭うのだ。春先の暑さや寒波、梅雨時の連続降雨。恨めしく思ったところで、相手がお天道様だから喧嘩にもならない。ビールやお酒を酌み交わしながら話すオジサンたちは「今年はダメさ」と不本意ながらも諦めざるを得ないのである。でも心の内は穏やかではない。






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貧乏農家の絆

 中学時代や高校、大学の頃、明日は試験というのに何の準備もしていなかった時「困った」と素直に思う一方で「え~い、今更・・。どうにでもなれ」と、開き直った経験は少なからず、どなたにもおありだろう。怠け者のご粗末を、どなたでもと言ったら叱られる。


畑


 百姓の実家を離れ、東京で気ままに過ごした学生時代はともかく、だだっ広い農地を抱え、四苦八苦していた親父たちを見ていた中学、高校の頃、子供たちの畑仕事への手伝いは当たり前に思った。戦後の農地解放で田畑の面積は大幅に減ったとはいえ、それでも2丁歩以上の土地が残った。親父たちは苦労した。機械力もない時代である。自らの農地を手にした人たちは、その耕作に専念しなければならないので、他人(ひと)の手伝いをしたくても、それを許してくれないのだ。勢い、それぞれが頑張るしかなかったのである。そんな親達が心配にもなった。学生の頃も休みで実家に戻れば文句なく畑仕事を手伝った。親孝行などとたいそうなものではなく、当たり前だった。





 親父の背中を見て4人の子供たちは、不平を言わなかった。言わなかったというより、子供心にも言えなかった。朝は学校に行く前、野良仕事を手伝い、帰ってくれば当たり前に田圃や畑に。お蚕さんと呼んだ養蚕の時期には桑やりを蚕のお腹に合わせなければならないので、夜中も朝っぱらも関係なかった。蚕を「お蚕さん」といい、桑を与えることを「あげる」と言ったことからも、蚕がいかに大切だったかがお分りだろう。眠たい目をこすりながら手伝うのだ。最も忙しい農繁期ともなれば朝飯を食べるのは、いつも野良。時間稼ぎである。子供たちは学校の始業時間に合わせて飛び返り、学校へ。


蚕      繭


 こんなことを並べ立てると、まるで子供をこき使う収容所のように聞こえるかもしれないが、そこは自由奔放な田舎の子供。地域の子供たちと群れになって遊んだし、わんぱくもした。それに加えての百姓の手伝いである。当時も学校の先生がよく言った予習も復習も疲れて出来るはずがない。朝も同じで、学校では居眠りか、目を開けているのが精いっぱい。元々が勉強嫌い。どう考えたって、そんな子供の成績がいいはずがない。


畑2  


 教育ママ、教育パパが氾濫している今では、およそ考えられないし、ひんしゅくを買い、場合によっては「なんとひどいことを・・・」と叱られるかもしれない。でも、当の子供たちはなんとも思わなかった。一方の親父やおふくろたちはどう考えていたかは知る由もないが、恐らく忸怩たる思いをしていただろうことは、自分がその立場になってみると分かる気がする。心の内は生活の現実と子どもたちの教育の狭間に立たされていたはずだ。




 時はそんな経緯を知らないように経って行く。不思議なことに子供たちは、みんなそこそこに育ち、今を生きている。翻って今の子供たちが羨ましくも見え、かわいそうにも思えるのだ。学校から帰れば塾通い。家に戻ったら戻ったで勉強、勉強だ。夏休みや冬休みも塾通いだから休みがないのも同じだ。社会人への入り口・就職試験で父親の職業について聞かれ、農業であることは知っていても、その畑や果樹園がどこにあるかさえ知らない人がいっぱい。家庭の連帯や家族を思う心は確実に希薄になっている。今、新聞やテレビを賑わわせている高齢な親のほったらかしや所在不明騒ぎ。何も小難しいことを言うつもりはないが、勉強、勉強優先の家庭教育は、そんな社会をさらに助長していくのだろうか。




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蚊の空襲

ゼロ戦


  真っ暗闇に戦闘機が。ブ~ンという飛行音だけで姿は見えない。辺りが静かな真夜中のせいか音だけが際立つ。隣でいびきをかきながら寝ているかみさんが無意識ながら太い足をピシャリ、ピシャリと叩いている。空襲に気付いて、かみさんより一足早く目を覚ました。戦闘機はどうやら一機。皮膚がむき出しになっている足や腕はもちろん、顔をも無差別攻撃してくるのだ。




 だ。静まり返っているので、その音は、まさに戦闘機。「よ~し、叩き落してやる」。そう思って耳を澄ませば澄ますほど、自在に飛び回る蚊の音が本物の戦闘機のように聞こえるのだ。戦闘機といっても、実は本物の戦闘機の音は聞いたこともないし、ましてや空襲なんか体験したことはない。




 昭和17年11月生まれ。確かに戦中生まれなのだが、戦争を知らない子供たちの一人なのだ。昭和20年8月15日。日本が終戦を迎えた時は2歳と9ヵ月。山梨市の田舎に生まれ、空襲の体験もないので戦争の記憶はまったくない。同年齢の仲間たちの中で甲府に生まれ、ショッキングな空襲の憂き目に遭った人たちは、幼心にもその記憶を鮮明にしているという。今年もまた、その8月15日・終戦記念日がやって来た。


夏  


 私にとって空襲の場面はリアルに描かれる映画のそれでしかない。真夜中、しかも真っ暗闇の蚊の急襲は目に見えないので、イメージが膨らんで、ことさらリアルになるのだ。音といい、そのタイミングといい、空襲という言葉がぴったり。迎撃の兵器はないので、こちらは音だけを頼りに姿が見えない戦闘機を、ただの感だけで叩いているに過ぎない。




 「畜生、今度は叩き潰してやる」。戦術を変え、今度は捨て身の作戦に。血を吸わせて置いて・・・。狙いを定めて「ピシャリ」とやるのだが、敵もさる者。どうやら撃墜作戦はまたも失敗。戦闘機との格闘は続く。同じような肉付き、言葉を変えればメタボ人間なのに、戦闘機は私の方だけを集中攻撃してくるように思えるのだ。「俺の血より、いつも旨いものを食っている、かみさんの血の方がずっと旨いはずなのに・・・」。


ブタ蚊取り線香


 同じ条件でこちらばかりを狙うのは、やっぱりお酒か。蚊はアルコールが好き、と誰かに聞いたことがある。連日のこの猛暑。蚊だってビールの一杯や二杯飲みたいはずだ。そんな馬鹿なことを考えるヒマもなく、戦闘機は二次、三次の襲撃を仕掛けて来る。「お母さん、蚊取り線香どこにあるの?持って来いよ」。いびきをかき、白川夜船のかみさん、無意識ながらも戦闘機の空襲下にあることに気付いて、蚊取り線香を。戦闘機は引き上げ、空襲はピタリと止んだ。


蚊取り線香


 ハエも蚊も同じ。沢山よりも一匹の方が気になる。こんな山梨市の片田舎でも滅多にお目にかからないから、なおさらかもしれない。大勢の家族揃っての夕食のあと、うちわ片手にたわいもない団欒。みんな揃って蚊帳の中に入って寝た子供の頃が懐かしい。気付いてみたら蚊やハエの一匹で大騒ぎしている自分がおかしくなる。ただ年寄りがよく言った「おかんなりさん(雷)が鳴ったら蚊帳の中に入れ」の訳は今でも分からない。





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花火の醍醐味

神明の花火大会
神明の花火大会


  夜空に次々と描かれる光の芸術。その広大なキャンパスにアクセントをつけるような「ド~ン」「ド~ン」という音。まさに光と音の競演だ。夏の夜空を彩る花火は、江戸の昔から庶民の間で親しまれた夏の風物詩でもある。浴衣姿の若いお嬢さんたち。甚平さん姿のオジサンもいる。老若男女が集まって大空を見上げるのだ。


花火を見上げる観客
観客席


 今年も山梨県の南部・市川三郷町の富士川水系の河川敷を舞台に開かれた「神明の花火大会」。26回目。主催者発表で20万人を超す見物客で賑わった。辺りが暗くなる7時半から9時まで2万発の花火を打ち上げる山梨県内では最大の花火大会である。山中湖や河口湖など富士五湖で繰り広げる湖上祭の花火を上回る規模になった。


神明の花火大会3


 河川敷には特設の桟敷席が設けられていて、目の前で打ち上げられる花火の競演に「わあ~」と歓声が。拍手だって沸く。「玉屋あ~」。どこで覚えてきたのか子供の可愛らしい掛け声も。お父さんか、おじいちゃんにでも教わったのだろう。「玉屋」は江戸を代表する花火師の屋号。花火好きの人ならお馴染みだ。


神明の花火2


 その「玉屋」は江戸時代、「鍵屋」と人気を二分した。転じて見事な花火に掛ける賞賛の掛け声になったという。人気二分の花火師「玉屋」と「鍵屋」の関係が面白い。モノの本によれば、「玉屋」は日本橋横山町の花火師・「鍵屋」六代目弥平衛の番頭・清六。「鍵屋」に暖簾分けしてもらって独立した身だ。両国吉川町で「玉屋市兵衛」を名乗り、やがて隅田川の上流を「玉屋」、下流を「鍵屋」と二大花火師が棲み分け、隅田川花火を競演して見せたのである。現在の隅田川花火大会の会場が上流と下流の二つに分かれているのもその名残だろうか。


市川花火2


 花火好きの江戸庶民は、この二つを競わせて応援、その掛け声が「たまや~」「かぎや~」になったのである。しかし、今では主従が逆転、子供さえ言う「玉屋ぁ~」の掛け声の方がポピュラーに。因みに清元の「玉屋」、それに振り付けした日本舞踊の「玉屋」はシャボン玉売りのことを描いたもの。「玉尽くし」「おどけ節」が入った楽しい曲だ。歌舞伎の名跡・大川橋蔵の屋号はご存知のように「玉屋」である。


市川花火


 この時期、市川三郷町に限らず、全国には、おらが自慢の花火大会が星の数ほどある。中でも東京・隅田川の花火は、その伝統や規模の大きさからも有名。毎年、テレビ中継もされるので、いわば国民的と言っていい。うちの娘なんか両国に住まいするお友達に会うのを楽しみに毎年のように飛んでゆく。25年ぐらい前になるのだろうか。娘は学生の時分、雑踏で転んで足を骨折、痛い思いをしたばかりでなく、私たちまで心配させたのに懲りた様子もない。


神明の花火大会2


 花火はどんな人間をも純粋にさせる。大空で繰り広げる音と光の競演を誰もが無心に眺めるのだ。大人も子供も老人も、この時ばかりは頭の中を空っぽに。不思議なことに心配事も悩み事もみんな吹っ飛ばしてくれる。うちのかみさんばかりではない。みんな口をあんぐり開けて上を見詰め、無意識に歓声と拍手を送っている。片手にビール片手にうちわ。そんな自分だって同じだ。花火は光の芸術もさることながら、お酒と同じように五臓六腑に染み渡る「ド~ン」「ド~ン」という音の響きがいい。花火は近くで観るに限る。それが花火の醍醐味だ。


神明の花火


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ブヨ

真夏


 真夏日。熱帯夜。やっぱり暑い。家の中の温度計は31度。温度計といっても、どなたかの結婚式の引き出物に頂いたデジタル時計。大きく算用数字で刻まれる時間の下に温度と湿度が表示されるのだ。電波時計というヤツで、同じシステムの壁時計、テレビやラジオの時報と1分、1秒違わない。例え狂ったとしても、どこかで必ず合わせてくれるのである。電波でコントロールしているのだそうだが、その理屈がアナログ人間に分かるはずがない。そんな時計に付いているのだから温度計だって正確だろう。




 山梨は県丸ごと内陸地帯に位置しているので、蒸し暑さでは天下一品。特に四方を山に囲まれた甲府盆地は天然の蒸し風呂みたいなものだ。太平洋側であれ、日本海側であれ、海に面した所にお住まいの方々が羨ましい。娘が小さいころは私と女房の両方の親も連れて伊豆の海に行った。避暑などとかっこいいものではなかったが、娘を海で遊ばせてやりたい気持ちと暑さ逃れであったことは間違いない。伊東であったり、下田や土肥の海岸であったりした。そんな親爺達もみんな逝ってしまった。


生み


 誰もがお気付きだろうが、暑い、暑いと言っているうちに、ジワジワと日が短くなっている。ひと頃は7時半頃まで明るかったものが今では6時半といえばボツボツ薄暗くなる。日中は、しゃら暑いので夕方から畑に出て野良仕事の真似をするのだが、日が短くなるのが何かもったいないような気がするのだ。まだちょっと早いが、「秋の日はつるべ落とし」という。すぐそんな時期になる。




 日が長くなったり、短くなるのは季節の変化の証。それはそれで仕方がない。問題は野良にしかいないブヨや夕方から活動し始める藪っ蚊の存在だ。この時期、まるで我が世の春、とばかり畑の草むらや植え込みの中で暗躍。なにしろ小さいので姿、形はほとんど分かり難いから始末が悪い。襟元であれ、顔であれ容赦なく喰いついてくる。足首や手首は地下足袋や手袋で防備できるからいいが、顔や襟元は防ぎようがない。



ブヨ     ブヨ     ブヨ



 人間の体温が彼らを寄せ付けるのか、それとも汗の臭いなのか。仕方なく丸いケース入りの蚊取り線香を腰にぶら下げて作業をするのである。犬の散歩で通りかかった近所のおばさんは「私なんか、うっかりしていたら、この始末ですよ」と、自分の襟元を指差した。ブヨに食われた痕が何箇所も真っ赤に腫れ上がっていた。75歳も過ぎると色気もなくなるのか襟元をさらけ出すようにして見せてくれた。


蚊とり線香

 

 この蚊やブヨ。篤農家の果樹園や野菜畑にはほとんどいない。果樹園はひっきりなしに消毒するし、野菜畑は丹念に草取りをしているからだ。怠け者の畑が彼らの楽園。畑や植え込みをほったらかしにしていると、隅々から必ずつけ込んで来る蔦と同じだ。蔦というのは葦と同じ不思議な植物で、人間が手を加えないことが分かると、ここぞと、ばかり、はびこって来るのである。都会の方々はご存知ないかもしれないが、ブヨは蚊よりも始末が悪い。食われた痕はかさぶたのようになり、周りは真っ赤に腫れ上がるのだ。子供の頃はびっくりもしなかったが、免疫が薄れたせいか、今では百姓の倅も真っ赤に腫れ上がる。





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カブト虫

カブトムシ


 横浜に住む知人夫婦がやって来た。手には虫籠を。中にはカブト虫がうようよ。50匹ぐらいが入っていた。立派な角を持ったものもいれば、角のないヤツもいる。真ん中に置かれた桃に群がり、競うように果汁を吸っている。




 「こんなに沢山のカブト虫どこで採って来たの?」


 「甲州市の塩山です。桃畑にいっぱいいるんですよ」


 「へえ~・・・」


 この二人、夫婦だから、もちろん子供ではない。二人とも40歳近くになるれっきとした大人である。ご主人がカブト虫大好きのようで、日曜日の未明、横浜の自宅を山梨に向けて車で出発。予め話をつけておいた桃畑に直行したという。未明の出発を試みたのは夏の行楽シーズン真っ只中。交通渋滞を避ける意味合いもあった。

虫かご


 「これだけ獲るのに、そんなに時間はかかりませんでしたよ」


 「そんなに沢山いるの?」


 「それがいるんです。木の下に落ちた果熟の桃に一匹、ニ匹と・・・。まるで桃に喰らいつくように、甘い汁を吸っているんです」




 栽培農家は、農協―市場―小売店という流通ルートの所要時間を想定、果肉が硬い未熟のうちに出荷する。完熟してしまった桃は商品にならないのだ。傷物と一緒にジュース用に回されるか、畑に落ちて腐ってしまう運命なのである。カブト虫にとっては格好のご馳走ということになる。出荷期を控えた農家は大分前から消毒をしないので、カブト虫にとって身の危険もない。


桃


 カブト虫は、なにもお百姓さんに叱られないように落ちた不要の桃だけに群がるわけではない。これから商品になる桃にだって喰らいつく。農家にとっては招かざる邪魔者なのだ。「だから天敵駆除にも一役買っているわけ。農家の人たちも快く獲らせてくれました」。カブト虫少年ならぬカブト虫オジサンは真顔で話してくれた。




 私たち田舎者にとってはカブト虫など珍しくも何でもない。畑に行けば一匹や二匹出遭ったし、植え込みにもいた。夏のこの時期、夜、窓を開けていれば茶の間の灯りに誘われ、蝉やカナブンブンと一緒に飛び込んでも来た。クーラーなんかない時代である。春先から初夏の時期、農業用の堆肥置き場をかき回すと「のけさ」と、この地方では呼んだカブト虫の幼虫がいっぱい出てきた。大人の親指ぐらいの太さをした白濁色で、いつも丸くなっているのだ。「これがカブト虫に?」。子供心に不思議でならなかった。


虫取りあみ


 カブト虫やクワガタは、いつの世も子供たちの人気者。横浜からの知人のように大人だって惹きつけるのだ。デパートにはカブト虫コーナーがお目見えし、街角にもカブト虫ショップが。その多くはどこかで養殖しているのだろう。田舎の果樹園では生産性を向上させるための農薬が幅を利かす。当たり前にいたカブト虫は、そこから追いやられる運命なのだ。桃畑で獲れなくなるのも時間の問題だろう。




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月下美人と女房

月下美人1


 「お母さんは間違いなく長生きするよなあ・・・」

 いつものように居間で晩酌をしながら、夕餉の支度をする女房をからかうように言ったら、キョトンとしながらも、からかわれたことに腹を立てたのか、ちょっぴりオカンムリ。


 「お父さん、急に何をおっしゃるんですか。人をバカにするようなことを言わないでくださいよ」



 「そうだろう、美人薄命と言う言葉、知ってるか?」




 そこまで言ったら女房は「私はブスと言うことですか」とう代わりに「そうですか。咲いたんですね」と言いながら、飛んで来て居間のサッシ戸を開けた。わが女房、まんざらの鈍感でもない。居間の外側に置いてある月下美人が咲いたことを直感したのだ。




月下美人2   月下美人3



 私は晩酌の途中でかかってきた仲間からの電話に立った時から、開花に気付いてワクワクしていた。女房を驚かせてやろうと、我が家にとってはこの大ニュースを温めていたのだ。女房だって開花がいつか、いつか、と思っていた一人なのである。サッシ戸を開けた途端、なんともいえないあのかぐわしい香りが。四つもいっぺんに咲いたのだ。




 その匂い、なんと表現していいか分からない。なんともソフトで、気品がある。シャネルなど女性たちが追い求める、世界の香水ブランドだってこの匂いを作り出すことは出来まい。強くもなく、そうかといって弱くもなく、あたり一面に芳香を漂わせるのである。匂いの発信元がどこか分からないほど穏やかなのだ。


月下美人6


 かぐわしいのは、匂いだけでなく、その姿、容姿だ。15~6㎝はあろう花の大輪は、真っ白というか白濁色。写真でご覧頂くように花の中央にはおしべ、めしべまで、くっきりと見て取れる。花全体が醸し出す気品は半端ではない。春夏秋冬、花はあまた咲くが、この花の気品には恐らく、勝つものはないだろう。




 初春にいただくシンビジュームやカトレア、コチョウランも確かに気品を備えた花だが、その気品、品格は月下美人には及ばない。この花を何よりも神秘的にしているのは、一夜限りの花ということだろう。「美人薄命」などといわれる所以もそこにあるのだが、いかにもドラマチックだ。お隣甲州市の友人夫婦にも電話で知らせ、夜中まで美人を愛でた。


月下美人5


 そもそも比較しては≪美人≫に叱られるかもしれないが、「百日紅」と書く「さるすべり」のように長期間咲いている花とは対照的。月見草は、昼間は花を閉じるが、次の夜にはまた開く。しかし、この花は、全くの一夜限り。誰が名づけたか月下美人、転じて美人薄命とはよく言ったものだ。


月下美人4


 月下美人はメキシコが原産で、サボテン科の植物。2年ほど前、親しい仲間からもらったものだが、これだけは大事にしたいと女房にも言い聞かせている。いわゆるサボテンの一種だから、あまり水はいらないのだろう。だんだん、幹も太くなり、背丈も150cmぐらいになった。鉢と土を変えてやらねばと思っている。ところが無粋な人間とは困ったもの。その要領を知らないのだ。どなたかご教示を頂ければ有り難いのですが・・・。




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危なっかしい子供たち

乙女高原ロッジ

 秩父多摩甲斐国立公園の一角・乙女高原で二日間にわたって開いたユネスコの国際子供キャンプは天候にも恵まれ、無事終わった。何であれ、野外活動は、その成否が天候に左右される。昨年からだが、8月のお盆前の土、日としたのは正解だった。この時期は天候が安定する時期だからだ。

乙女高原の花


 しかし、弱点もある。山梨市を中心に、峡東と呼ばれるこの地方は山梨県きっての果樹地帯。桃や葡萄が出荷の最盛期を迎える。だからキャンプを運営するスタッフや指導者の確保が難しくなるのも確かだ。


 このキャンプは、もちろん子供たちが主役。国際子供キャンプだから日本ばかりではなく、外国籍の子供たちもいる。今年はブラジルやペルーの子供たちを含めて主役は約50人。これに大人のスタッフや指導者を合わせて参加者は総勢80人を超した。


 主催者の山梨市ユネスコ協会とユネスコみどりの会が入念に用意したプログラムに沿って子供たちは二日間の野外生活を楽しむのである。歌やゲーム、思考を凝らした創作活動、ハイキングや星空の観察、キャンプファイヤーもある。キャンプだから自分達が寝るテント張りや食事のための飯盒炊さんもある。


ナベ

 子供たちが和気合い合いに取り組むのはやっぱり飯盒炊さん。カレーが定番で、子供たちは持ち寄ったおコメを研ぐ傍ら、タマネギやジャガイモ、肉など具の調理をする。これがまた悪戦苦闘。まず、包丁の使い方をほとんどの子供たちが知らない。危なっかしくて見ていれないから使い方を教えるのだが、今度はジャガイモを小さなサイコロに切ってしまうのである。


 こんなことならまだいい。タマネギを剥かせたら、芯まで剥いてしまう。今回はなかったが、もっとひどいケースになると、飯ごうに水を入れずにご飯を炊いたり、「コメを研ぐ」という言葉が分かりにくいと気遣った指導者が「おコメを洗って」と言葉を置き換えたら「洗剤はどこ」と言うのである。世のお母さん達、ホントだよ。


笑うに笑えない話だ。考えてみれば無理もない。子供たちは家庭で母親が作ったご飯を食べ、料理を食べる。そこで親に手伝うとか、手伝わせるといったことがない証拠である。ご飯を炊くのは自動炊飯器だから、火をたく必要もない。しかし子供たちは嬉々として火を焚き、カレーの具を作った。




 もっとびっくりしたのはトイレ。小学4年生の子が「トイレが出来ない」と、ベソをかいて来るのである。「どうしたの」と言うと、キャンプ場のトイレが和式だったからだった。跨ぐのが怖かったというのである。スタッフもすぐには理解しかねたと言う。


 この子の場合、生まれながらに便座の洋式トイレで育ったのだ。スタッフの中には教師もいるので聞いてみたら、そんな子供は珍しくないのだそうで、学校では和式ばかりでなく、洋式トイレを増設しているのだそうだ。生活のハイレベル化は子供たちを軟弱にしてしまうのか。野外活動の大切さを改めて思い知らされた。



乙女高原風景




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子供たちの国際交流

 「遠~きや~まに日は落ちて・・・」

 真っ赤に燃え盛るキャンプフヮイヤーを囲んだ子供たちの歌声は、静まり返った山々の闇に響き渡った。ここは秩父多摩甲斐国立公園の山梨県境に位置する乙女高原の一角である。

地図   

真っ赤な炎に照らし出された顔、顔、顔。みんな清らかに輝いていた。


キャンプファイヤー2

 国際子供キャンプ。山梨県高校ユネスコのOBたちで組織したユネスコみどりの会が子供たちの国際交流を狙いに1966年、やはり山梨県山梨市の万力林で始めたのが、その始まりである。その後、ユネスコみどりの会が母体となって結成した山梨市ユネスコ協会が継承、再びユネスコみどりの会と共催で、1回も休むことなく43年間実施してきた。



 このキャンプに参加した子供たちの数は延べでは3,000人近い。参加者の人数にとどまらず、さまざまの場面で
歴史の重みを実感ずる。最初の頃に参加した子供たちが親となって、その息子や娘達を参加させているのである。無邪気に飯盒炊さんや創作クラフト、ハイキングやキャンプファイヤーを楽しんだ子供たちが立派なお父さんやお母さんになっていた。間もなくお孫さんをこのキャンプに送り込んでくるだろう。

キャンプファイヤー


 しかし、子供たちを取り巻く環境は変わった。例えば、日本の子供たちと並んでキャンプの主役となる外国の子供たち。かつては横田基地などを廻り、キャンプの米兵の子弟に参加を促した。白人もいれば黒人もいるが、当然のことながらアメリカ人一色。ところが、今は違う。中国、韓国は当たり前。タイ、フィリピン、インドネシアなどの東南アジア、さらにブラジルやペルーなど南米、またイラン、イラクなど中近東といった具合に参加国は多岐にわたる。一方、アメリカ人は影を潜め、イギリスやフランス人はほとんどいない。 外人さん金髪 笑



 最初の頃のアメリカの子供たちはほとんど日本語が話せなかったのに対して、今参加している外国の子供たちは日本語がぺらぺら。それもそのはず、半ば日本の社会から閉鎖された米軍キャンプの子弟達の多くは、アメリカ人学校に通っていたから日本語が話せないのも無理はない。子供たちの環境が全く違う。



 今参加している外国の子供たちは、そのすべてが山梨県内の小、中学校の在籍者。かつては山梨県の学校にはほとんどいなかった外国人の師弟が今はかなりの数にのぼる。確かな数は分からないが、平均では30人、40人学級のクラスに1
人ぐらいの割合でいるのではないか。子供たちのお父さん達は日本で懸命に働き、やがては母国に帰る人たちもいるのだそうだ。外国人の師弟は甲府や、その近郊を中心に増加の傾向にあるという。


乙女高原



 こうした子供たちは言葉ばかりでなく、日本の生活や習慣まで結構理解している。だから、かつてのように米軍キャンプのアメリカ人の師弟が片言の日本語を話し、日本の子供たちが片言の英語を覚える、といった光景はなくなった。言葉ばかりでなく、風俗や習慣は、それぞれ国によって違うのだが、二日間のキャンプ生活の中で外国の子供たちは、それを日本の子供たちに合わせてしまうのである。考えてみれば、今の子供たちは国際交流を銘打ったキャンプ生活以前に毎日の学校生活の中で国際交流をしているのである。



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諸刃の剣

 ハエ。たかが一匹だが、その存在は気になるものである。こうしてパソコンをたたいているデスクの周りであれ、食卓の周りであれ、いっ時でも早く捕まえて、すりつぶしてやりたくなる。 これが女房や娘だったらもっと大騒ぎだ。躍起になって追い回すのである。そうなると、たかがハエ一匹、そんなにむきになることもあるまいに、と思うのだが・・・。




 そういえば我が家でもとんとハエを見かけなくなった。だから、たかが一匹のハエがやたらと気になるのだ。ふと、子供の頃を思い出した。今もそうだが、私が育ったのは秩父多摩国立公園(現在は秩父多摩甲斐国立公園)に程近い山梨県山梨市の片田舎だったから、ハエなんか全く珍しくなかった。むしろ、それとうまく付き合っていたと言った方がいい。部屋の天井からはハエ取り紙がぶら下がり、どこの家にもハエタタキと言うヤツがあった。





 ハエの量たるや天井からのハエ取り紙や人の手で叩くハエタタキで成敗できるシロモノではない。ちょっとうかうかしていると、茶碗の白いご飯は、ハエで真っ黒。 白いご飯といっても麦飯だが、とにかくそれを追い払って食べるのである。若い方々ばかりでなく、たいていの人たちは、そんな話を聞いただけで「わあっ、汚い」と、目をそむけるだろうが、40年前、50年前の農村地帯はそうだった。

 


 農家だから、どこの家でも牛や豚、ヤギなどの家畜を飼い、堆肥置き場を作る。子供たちはウサギやハトを飼った。トイレも水洗であるはずがない。周り中がハエの温床だ。しかし、昭和30年代半ばごろから、それまでの米麦、養蚕の農業形態は桃、葡萄などの果樹へと急速な勢いで転換して行った。同時に堆肥や豚の糞、いわゆる有機肥料は化学肥料に代わった。また冷蔵庫が普及し始め、牛乳がそこに入るようになって、ヤギが姿を消し、子供たちも少子化と勉強優先からか、ウサギやハトとの付き合いと決別した。





 こうした農村の生活様式の変化がいつしかハエを減らした。さらに、追い討ちをかけたのが果樹園への農薬の散布である。しばらくすると、これに除草剤が加わった。食卓という食卓、また台所などいたるところを我がもの顔で席巻していたハエどももたまりっこない。今では都市部より、農村部のほうがハエが少ないのである。




 ハエばかりではない。カだって同じだ。もっと決定的なのはブヨ。主に野良に居たブヨには農薬は致命的な決定打だった。ハエやカ、ブヨなどは農薬の標的ではないのだが、果樹の病害虫駆除のあおりを食った、いわば犠牲者なのである。犠牲者はこればかりではない。ハチだって同じだ。農薬はさまざまの虫を殺し、地中のミミズまで少なくした。


桃の花見



 ご存知、山梨は桃の一大産地。甲府盆地がピンクのじゅうたんに変わる頃、農家は人手を惜しんで、人工授粉に取り組む。ほとんどいなくなってしまったハチを頼りにするわけにはいかないのである。皮肉な現実だ。ハエやカがいなくなったのは確かにいい。むしろ快適になった。



 しかし、その代償はけして小さくない。文明とは諸刃の剣。どんな形にせよ、どこかで犠牲者が出る。人間の英知で、それを避けることは出来ないものなのか。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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