ハロウィンカボチャと野菜作り

 「お母さん、来年はハロウィンカボチャを作るか」

 「そうねえ。あれ、あっちこっちで見るよねえ。色といい、大きさといい、面白い置物になるよねえ」



 こんな女房との会話は夕食時のテレビのニュースがきっかけ。農業関係のコースを持つ山梨県内の三つの高校が開いたハロウィンカボチャコンクールの話題だった。テレビ画面に映し出された黄色いカボチャは、人間が抱えるほど大きい見事なものであった。


ハロウィン3


 ハロウィンは諸聖人の祝日の前夜、つまり、10月31日にアメリカで行われる祭りで、その起源はスコットランド・アイルランド地方だという。そこに登場するお化けカボチャはユーモラスで、楽しい。日本でも、女房が言うように、観賞用としてあっちこっちで見かけるようになった。

ハロウィン2             ハロウィン1


 ハロウィンカボチャはさておき、かつては盛んに作られた「土手カボチャ」に、とんとお目にかからなくなった。「土手カボチャのような顔」などと形容する言葉があるくらいだから昔はポピュラーな品種だったのだろう。もちろん、正式な品種名ではない。子どもの頃はよく食べたもので、カボチャといえばこれだった。





 全体は平たいのだが、縦ジワに、縦横にボクボクしていて、いかにも絵になるカボチャだった。カボチャの挿絵といえばほとんどがこれ。最近のカボチャは、いわゆる西洋カボチャだ。さまざまな改良品種が出回っている。スーパーや八百屋さんに並んでいるのを見ると、黒っぽい青か、白っぽい黄色で、いずれも型は小型。土手カボチャのような大きいものにはお目にかからない。



 

 我が家でも昨年から、このカボチャを作っているが、確かにうまい。しかし、作り方が難しい。土手カボチャの場合、極端に言えば、食べた後の種を畑に捨てておくと翌年自然に芽を出し、大きなカボチャをゴロゴロならしたものだ。ところが、最近のカボチャときたら、そうはいかない。手を掛け、丹精しないと、駄目。


家のカボチャ



 種からだと失敗するので、ホームセンターなどで苗を買ってきて植えつけるのだが、どうもうまくいかないのである。実は付けたとしても、形もきわめて小さいから、張り合いどころか拍子抜けしてしまう。ツルだけは人並みに張るが思うような実を付けてくれない。あの逞しい土手カボチャが恨めしい。




 野菜という野菜、全てがどんどん改良されていき、味はびっくりするほどうまくなった。その分、作り方が難しくなった。野性味をなくしているようにも思う。例えば、モロコシがいい例だ。一昔前のモロコシは一本の木に何本もの実をならせたが、今の改良品種は一本に一つだけ。栽培農家は本来、いくつかならす実を一本に絞るのである。味は抜群だ。


カボチャ3



 もう一つの特徴は、多くの野菜の苗が接木であることだ。トマト、キュウリ、ナス、みんな接木で、値段も普通のものより高い。私の場合、キュウリやナスはそこそこに作るのだが、毎年、トマトが駄目。どなたかご教授を。





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2年に一度の運動会

玉いれ


 玉入れ、パン食い競争、宝拾い、綱引き、障害物競走、地区対抗リレー。運動会の定番だ。ところが今年は綱引きがプログラムから消えていた。私が住む岩手地区が2年に一度小学校のグラウンドで開く地区ぐるみの大運動会。司会者もちょっと気になったのか「もし、怪我をして、明日の仕事に差し支えてはいけませんので・・・」と注釈をつけた。地域人口の高齢化現象は運動会のプログラムにも反映しているのである。





 岩手地区は山梨市に合併する前は岩手村と言った。戸数500か400足らずの小さな地区だ。一帯は葡萄、桃、サクランボなどの果樹地帯である。最近ではサクランボの面積がどんどん増えて、葡萄、桃を圧倒しつつある。その産地化が急速に進み、山梨県の先進産地である南アルプス市の白根一帯をしのぐ勢いだ。




 一方で、専業農家と兼業農家の二極化は顕著。後継者不足が深刻になりつつある。ここばかりではないわが国の少子化現象を反映するように若者達の数か減るばかりか、農業離れが進んでいるのだ。勢い地域の活性化にブレーキを掛けていることは確かで、直接的な原因ではないにしても、毎年、実施していた運動会も数年前から2年に一度になった。



ゲートボール



 運動会は地区内四つの区の代表で作っている区長会と体育協会の地区支部が実行委員会を設け、その音頭とりで実施している。その実質を担う体協によれば、半年も前から準備を進めるのだそうだ。当日は実行委員会が総出で、本部や救護のためのテントを張り、競技用のトラックを作ったり、場内アナウスのための機器も整備する。




 校舎の中央から放射線状に張った万国旗の下では、各区の役員が公会堂などに保管しているテントやテーブル、ビニールシート、座布団などを運んで、それぞれの区民達の見物席を作るのである。四つの区をさらに細分化した組別の立て札が一定間隔で並んでいる。4年生から6年生までの小学生で編成する太鼓隊の演奏で始まる開会式が終わる頃になると、トラックの回りはざっと6~700人近い人たちで埋まった。


運動会


 ラジオ体操の後始まる競技は定番もののほか、農家の庭先にあるネコと呼ばれる一輪車にいっぱい入れたボールを二人一組で運ぶ「宅急便レース」、仮想して、輪投げでお宝をゲットする「笑わせてゲッツ」、壮年と子ども二人一組で二本の棒の間にボールを挟んで走る「世代間ふれあい」など工夫を凝らした競技種目がいっぱい。いずれも遊び感覚だ。


ボーリング


 実行委員会がプログラム作り段階で、最も気配りするのは比較的歳をとった人でも気軽に参加出来る競技であることが大前提だという。もう一つ、地区間の対抗意識を煽らないようにする工夫である。対抗意識が強まると、つい、身体に無理が生ずるからで、いずれも、地域の高齢化現象への配慮からだ。




 お茶やジュース、ビールや葡萄酒を飲みながら、昼食をはさんで二部構成で楽しむ運動会。みんなの顔に笑顔がみなぎっていた。でも、その顔はいつもほとんど同じ。こうした場に、出てこない人は、今年も出てこない。一方、少子化は進み、2年に一度は活気を見せる運動会場の小学校には数年後に存続の危機が忍び寄っている。





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我が家のひょうたん

 秋の日はつるべ落とし、とはよく言ったものだ。つい2カ月、3ヵ月前だったら7時を過ぎても明るかったのに、11月の声を間近にしたら、まだ5時というのに暗くなる。天気が悪ければなおのことで、冷え込みさえ感ずるようになった。庭の植え込みの先にある野菜畑では、棚に伸びたキューリやゴーヤが実を付けることすら忘れ、葉っぱもだらしなく黄色くなった。その隣では、10個ほどの瓢箪がツルを黄色く枯らして、これまただらしなくぶら下がっている。


瓢箪5



 この瓢箪、実は≪プル友≫つまり、スポーツジムのプールでご一緒するお年寄りがご縁で作ったものだ。この方は80歳を超えているが、毎日プールで歩いたり、泳いだりすることを欠かさない元気者。何をやっても器用な人で、趣味の瓢箪作りはプロ顔負けの腕前だ。瓢箪に絵や字を施し、化粧紐を巻いて置物にするくらいは朝飯前。加工して、フクロウのループタイを作ったり、ツルや亀の置物まで、それは見事に作ってしまう。




 お人柄も温厚な方だから、山梨県瓢箪愛好会の代表も長く務めている。毎年、甲府で愛好者の発表展示会を先頭に立って開くのはもちろん、知り合いに、その技術を教えたりしている。甲府市飯田町の自宅の物置を加工して作ったという≪工房≫にはこの人の傑作がいっぱい。「上手なもんだね」と言ったら「ちょっとやれば、誰にでも出来ますよ」と。テレ笑いしていたが、どうしてどうして。


瓢箪2


 畑の野菜棚にぶら下がっている我が家の瓢箪は、この方から頂いた種を蒔いたものだ。種類はごく普通のもので、抱えるほど大きかったり、奇抜に変形したものではない。3年ほど前、我が家をリホームした時、記念に、と頂いた瓢箪は1m以上もある大きなもので、「気は長~く、心は丸く、腹を立てず、(他)人を大きく、己は小さく」と、教訓めいた文字が入っている。「心」は丸く書かれ、「腹」は縦ではなく、横になっている。トンチも効いたものだ。



 瓢箪1


 瓢箪は古くから縁起物として人々から親しまれている。古来、風水にも用いられ、その形が末広がりであることから、気をためる道具に使われ、財運をもたらすとされた。豊臣秀吉の千成瓢箪は、あまりにもポピュラーだ。美濃の稲葉山城攻略で功を成した秀吉が信長から許された馬印がそれである。以来、秀吉は戦に勝つ度に一つずつ瓢箪を増やしていったという。






 神話にも登場する。中国では古来、中が空洞になっている瓢箪は、その内部に精霊が宿るとか、別世界があるとされ、神話や伝説に登場する。例えば、孫悟空が瓢箪に吸い込まれる話は有名だ。瓢箪が「宇宙」という器の象徴とされたという説もある。


瓢箪3



 乾燥すると容器として使える。横に割ればお椀に、縦に割れば皿やひしゃくの代わりになる。瓢箪に入れたお酒は風味を増すのだそうだ。若い頃、毎晩のように入り浸った居酒屋の一つに「ひさご」という店があって、そこの主は店の屋号について「ひさご」は「ひしゃく」が転化したものだと、お酒と瓢箪の関係を説明してくれたことがある。





 瓢箪作りの名人によれば、我が家の瓢箪も収穫の時期。しばらく水に浸けて種を出すのが肝心だ。「ひょうたんから駒」が出たらいいのになあー。





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我が家の柿と柿落とし

 秋に色づく「柿」柿落とし(こけらおとし)の「柿」とは今の今まで同じだと思っていた。いい歳をして、とお笑いになる方もお出でだろうが、これホント。どうして「こけら」を「柿」と書くのかは不思議に思ったことはある。が、そのまま通り過ぎていた。字面で見れば全く分からないが、字そのものが違うのだそうだ。

柿1


 つまり、食べる「柿」は「木扁」に「亠」の下に「巾」を書く。ところが「柿落とし」の「柿」は「木扁」に「一」を書き、その下に「ワ」を書いて上から「1」を書くのである。言葉で言うと分かりにくいが、食べる「柿」の画数は九、「こけら」の「柿」は八画である。因みに、柿落としは、新しく建てられた劇場ではじめて行われる催しの事だ。「柿(こけら)」とは木片のことで、建設工事の最後に木片を払うことが語源だという。




 「柿落とし」はさておき、我が家の柿も色づき始めた。一口に言って、柿は1,000種類を超す品種があるそうだが、我が家にあるのは富有、御所、甲州百目など数種類にすぎない。かつては次郎、蜂屋といった柿もあったが今はない。富有、御所、次郎は甘柿、甲州百目、蜂屋は渋柿だ。11月も半ばを過ぎて霜でも降りる頃にならないと美味しくならない御所柿と比べ、実りが早い富有柿はあと数日もすれば食べられるだろう。


柿


 「柿が赤くなると医者が青くなる」という、ことわざがある。私の従兄弟にも医者がいるが、柿はビタミンCを多く含むなど栄養価も高い。その上、殺菌作用やタンパク質凝固作用があるため、下痢止め、便秘の解消などの整腸作用、さらには血止めしもやけ、やけど、発熱、風邪の薬にも用いられたという。因みに、ビタミンCの含有量はレモンに次いで2番手グループだという。




 私は柿のずくしが好きで、甲州百目を収穫後、とっておいて、冬場に食べるのである。冷蔵庫で冷やしてコタツの中で食べると実に旨い。そればかりか二日酔いにめっぽう効くのだ。柿には利尿作用がある成分が含まれているので、アルコール分の排出にいいのだそうだ。でも飲みすぎればやっぱり駄目だ。また、柿にはカリウムが多く含まれていて、血液中のナトリウムを排出させ、血圧を下げる作用もあるという。低血圧の人は注意が必要かも。


柿3



 アルコールといえば、我が家でもやるのだが、柿の渋を抜く一つの方法焼酎をへたの部分に塗ってビニール袋に入れ、4~5日置く、と渋が抜けるのである。これから町の果物屋さんに並ぶ渋抜きの柿は、こんな方法だとまどろっこしいので、炭酸ガスを使っての渋抜きをしているはず。倉庫のような大きな部屋で、コンテナのようなものに入れた柿に炭酸ガスをかけて渋抜きする方法だ。





 毎年、柿が実ると東京や埼玉に住む弟達に送ってやる。子どもの頃食べた味と同じ。大喜びしてくれる。それが嬉しい。そのためには、冬場に剪定もし、何回かの消毒も欠かせない。消毒を欠かしたら柿は絶対駄目。実を付けたとしても必ず落ちてしまうのである。もう一つ、柿の木には登ってはいけない。柿の木は裂け易い。くれぐれもご用心あれ。





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マツタケは素人にも採れるか

マツタケ



 秋の味覚のトップバッターといえば、やっぱりマツタケだろう。場所によってかもしれないが、今年はこのマツタケが不作だったという。春から夏にかけての天候不順が影響したのだそうだ。私達庶民の口にそうそう入るものではないが、やっぱり残念だ。土瓶蒸し、焼きマツタケ、握りのマツタケ寿司。あの香りと食感。なんとも言えない。ポピュラーなマツタケご飯もある。




 山に行っていないから分からないが、山梨市の岩手山にある我が家の持ち山にも見つければマツタケの一つや二つは生えているのだろう。子どもの頃は秋になればみんながビクを腰に山に入った。遊びと実用だった。アメジコウ、ウラトリ、シメジ、ミネゴシ、クロット、ホウキダケ。田舎の子は田舎の子ならでは、かもしれない。危険なキノコは絶対に採らなかった。誰からともなく、毒キノコの怖さを教えられていたのである。

まつたけ  

 よく考えてみると、マツタケを採った記憶はない。第一マツタケなど知らなかったといった方がいい。子どもばかりでなく、みんなが食べる事が先で、マツタケの香りや食感を楽しむなどという余裕などなかったのだろう。マツタケ採りを初めてしたのは27歳のころだった。今でもよく覚えている。今は北杜市になったが、当時、南アルプスの前衛山麓に武川村という村があって、そこの小学校の校長先生を辞めた後、村議会議員をしていた人と知り合ったのがきっかけ。その人は中山という自分の山をマツタケ山として開発、お客の誘致を始めたのである。




 マツタケ狩りの山開きの日になると毎年私を招待してくれた。のしをつけた酒2升を吊るしては山に登ると、その親爺さんは嬉しそうに、私に言うのである。「あなたの来る前にマツタケを採って置いたから、まずこれで一杯やろう」。バラックのような管理小屋で、茶碗酒だ。時には親爺さんが獲ったばかりだというアオダイショウを藁灰で焼いて食べたこともある。硬いが、うまかった。帰りには藁とスギの葉で作った筒状のものにマツタケをいっぱい差して持たせてくれるのである。


松茸  


 それから間もなくして、県の林務事務所と国の営林署の人たちと八ヶ岳山麓の別の山にマツタケ狩りに出かけた。自他共に≪マツタケ採りの名人≫という地元の人が案内役だった。その名人は途中で地面に直径1mぐらいの円を描き「この中にマツタケがある」というのである。しかし目を皿のようにしてもマツタケはない。ニコニコしながら名人が円の中心付近の土を指で掃くようにのけると、土の下からマツタケが。






 タネあかしはこうだ。マツタケは毎年、同じ所に出るのだそうで、名人はそのポイントをみんな知っているのである。テリトリーはざっと300.シーズンになると二日に1回、巡回しては土がちょっと盛り上がったところ、つまりマツタケが地面に頭を出す前に抜き取るのだという。いっぱいある雑キノコには見向きもしない。




 名人はそうしながら新たなポイントを見つけては一つずつテリトリーを増やしていくのだそうで、そのテリトリーはかわいい我が子にも教えないという。私はこの時を境に「素人にマツタケなど採れる筈がない」と、勝手に決め込んでいる。素人が採れるのは、山を自分の庭のように歩く名人達が、目こぼししたものに過ぎないからだ。





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テレビのハチ追い

ハチ1


 懐かしい。子どもの頃を思い出した。友から鹿児島旅行の土産として頂いた美味しい焼酎を飲みながらテレビを見ていたら、蜂追いの名人が画面で大活躍していた。秋の花の蜜を吸う蜂の胴体に薄紙の目印を付ける名人。飛び立つ蜂を双眼鏡で追い、無線電話でリレーする仲間達。蜂の巣を見つけた名人達のグループは、薬剤をジェット噴射、蜂が催眠している間に土の中から巣を掘り出すのである。





 「今もやっているんだ」。その手法は私達と、と言うより、ここでは俺達と言った方がいいが、同じだ。ただ、違うのは双眼鏡もなければ、まして携帯無線も、ケイタイもなかった。最後の詰めともいえる、一斉に交戦して来る蜂の大群を抑止するスプレーだって同じだ。さらに、目印の薄い紙っ片を蜂の胴体に付ける知恵までは廻らず、餌に付けてそれを運ばせたのである。


ハチ


 この目印は蜂追いの最大のポイントである。肝心の蜂を見失ったら、目的の巣に辿り着けないからだ。そこは今も昔も同じ。違うのは、携帯無線も携帯電話もなかったから蜂を追うのは独り。何人かの仲間をあちこちに配置しておくチームワークプレーの知恵が廻らなかったのである。これだけは携帯無線などの化学兵器が無かった時代でも出来たはず。後の祭りだ。空を飛ぶ蜂だけを見て走る。今だったらこんな危ない事は絶対出来ない。






 最後の詰めがまた違う。蜂の巣を取り出すということは、とりもなおさず、蜂の城をのっとるという事にほかならない。そこには最もえらい女王蜂を守る二重三重の警備兵や外敵を迎え撃つ特攻兵もいるのだ。昔は蜂よけの防護服やマスクなんかなかったから、この場面は緊張の瞬間だった。

  


 警備兵や特攻部隊に気づかれないうちに催眠剤を穴の中に差し込むのである。その催眠剤も、化学薬品のスプレーなんかではなく、歯ブラシや学校で使う筆箱や下敷きであった。勉強で使う筆箱や下敷きを燃やしてしまうのだから、その学業成績は何をかいわんや、言わずと知れたことである。





 テレビを見ていて、おやっと思ったのは蜂の呼び名だ。蜂の種類であるヘボ(ジバチ)とスズメバチが一緒である。画面に映っているのは明らかにスズメバチ。スズメバチは黒い横縞があって、肌は黄色く、ヘボより二まわりも三まわりも大きい。ヘボは形が小さいばかりか、肌は黒く、白の横縞があるのだ。


ハチ2



 ディレクターのご苦労がよく分かる。蜂追いの名人から細部にわたって取材をし、さまざまの角度から番組作りの検討を重ねたはずだ。しかし、わんぱく小僧を体験した人間との差は、歴然と現れるものだ。都会で生まれ、都会で育った人間がいかに、しっかり勉強し、取材したとしても、時として十分に理解しきっていないことはあって当たり前。




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成田の別れ

 「世話になったなあー。いい思い出になった。おかげで、双方の先祖の墓参りも出来た。有難う。本当に有難う」


 「また来てよ。今度は別の所を案内するからね」


 「この歳じゃあ、一年ごとに長旅は無理になる。お前達、二人でハワイに来いよ。そう遠くないうち じゃないと駄目だぞ」

  
 「そんなことはないさ。春がいい。来年の春はどう?」



空港2

 成田空港の出発ロビーのエスカレーター脇にあるJALファミリーサービスルームの時計は午後8時20分を指していた。従兄弟達老夫婦がハワイに帰るJOO72便のフライト時間の10時までにはまだ時間があるが、見送りに来た私達夫婦が山梨にとんぼ返りする高速バスの最終便まで、あと10分しかない。


 二組の夫婦は握手した。抱き合った。握手する手にも、抱き合う肩にも力がはいった。老夫婦の目には涙が光っていた。


空港


 思えばアッという間の17日間だった。86歳と84歳になるこの老夫婦が成田空港に降り立ったのは9月16日。以来、我が家に滞在しながら、二人の先祖の墓参りはもちろん、それぞれの親しい友との再会、ミセスの幼馴染の病院への見舞いも果たした。二人とも生粋の日本人だが、米国籍パスポートを持って日本にやって来る。当たり前だが、それがなにか違和感として写るのである。


 ミスターは大学時代とそれを前後した一時期を除いて86年のほとんどがアメリカでの暮らし。話す日本語もどこかたどたどしい。日本を敗戦に追い込んだあの太平洋戦争の後も母国に米軍属として進駐したのである。20代の前半だった。日本進駐の大部分は神奈川県の横浜に程近い戸塚にあった米軍の物流基地勤務だったという。



アメリカ国旗


 その物流基地は日本全国に何万と進駐していた米軍と、その家族の生活物資を一手に賄う一大基地。進駐軍は東京などの大都市を中心に全国各地に駐在しているから、毎日、貨車やトラックで配送をするのだそうだ。もちろんそこの管理は米軍属。その下に優秀な日本人スタッフと従業員が働いていた。



 そのスタッフの一人がかつての上司の訪日を聞いて、私達夫婦の招きもあって埼玉県の所沢から遠路我が家にやってきた。従兄弟と三つ違いの83歳だという。今でも英語はぺらぺら。立場こそ違え、混乱の一時期を共に過ごした二人の老人は昼食をはさんで夕方まで思い出話に花を咲かせた。その顔は20代の若き日にタイムスリップしていた。従兄弟のミセスは結婚する前まで日本の映画女優として活躍していた。故人となった船越英二ら映画人との知故も多く、このミセスも加えた3人のあの日、あの時の話題は尽きなかった。



及川千代  


 成田で、目にいっぱい涙をため、私達と別れるとき、二人の脳裏には始めて見た富士山5合目のあの雲海も焼きついていただろう。諏訪湖や横浜・中華街、それに山中湖への宿泊旅行も思い出の一つだろう。「いつまでも長生きしてくれ」。そんな気持ちで手を振った。


空港3



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大根の間引き

 台風が去って、やっと、秋空が戻ってきた。秋が来たと思ったら、また台風。今度も大型だという。雨ばっかり。冷え込みも目立つ。こんな年も珍しい。葡萄など果樹農家はもちろん、行楽客相手の観光農園も痛手だろう。我が家の畑も雨続きのあおりを食って、草だらけだ。一番気がかりなのは大根畑。サツマイモやサトイモ、トウノイモ、落花生などは成熟して、収穫真近かだからいいが、大根は今からが成長期。しっかり草くらい取ってやらないと、草に負けてとぼれてしまうのである。植物の世界だってサバイバルなのだ。


サトイモ


大根はほうれん草などと違って発芽率は高い。我が家の場合、蒔いた種はほぼ100%発芽した。ところが、雨や野暮用を理由に草取りを怠ったら、発芽したはずの大根もいつの間にかダウン。30cm位の等間隔に列で蒔いた大根は、あっちこっちで、まるで歯が抜けたよう。「雑草のよう」という言葉どおり、雑草は強く、逞しい。


大根1



 雨が止むのを待って、畑に出た。大根より大きくなった雑草を取り、3つ、4つにかたまった小さな大根を間引きしていくのである。今ではホームセンターに行けばローラー式の小さな腰掛があって、中腰にならなくて済むから、腰痛持ちでも多少は楽だ。ただ、畑は長雨をたっぷり吸い込んでいるので、地下足袋は泥まみれである。


大根4



 通りかかった隣のおじさんが愛想良く話しかけてきた。


 「よくやりますねえ。わたしゃあ腰が悪いから草取りがどうも苦手でねえ。大根の中の草だから除草剤を使う訳にもいけんし、よわったもんです」



 この人はかなりの面積の桃や葡萄を栽培する果樹農家だが、80歳近くなって「もう果樹作りは無理。困ったもんですよ」と、よくこぼす。隣の畑に眼をやると、あっちもこっちも草まみれ。我が家と同じように小さい大根と、ツルを張ったサツマイモが雑草にうずもれていた。




 我が家もサツマイモを植えたが、実を言うと、畑に草をはやさないためだ。サツマイモは実に逞しい野菜で、グングンとツルを張る。だから草を≪食って≫くれるのである。サツマイモは、本当は植えるのではなく、差すのである。種芋から出た芽を20cmぐらいに伸びたところで切り取って、盛土の列に30cmぐらいの間隔で差していくのである。いわば、さし木で、根がなくても100%根付く。今年はゴールデンウイーク中の5月3日に差した。土地がそれほどよくない所でも出来るので栽培は簡単だ。


大根3


 雑草の話に戻るが、今では篤農家といわれる人ほどこの雑草を気にしない。忙しくて、気になんかしていられないこともあるのだろうが「草生栽培」という名の≪草との共生≫方法を取っている。ただ、これは果樹栽培に限ったことで、野菜作りには通用しない。



 だから、本格派の果樹農家は自家用の野菜作りなんかしない人が多い。そんな手間をかけるのだったら、買って食べた方が安いというのである。山梨市などこの地方は果樹地帯だから水田は完全といっていいほど姿を消し、農家はお米も買って食べている。野菜作りは、いわば趣味か農家のなれの果てといったところかも知れない。





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立小便の告白

 ワイン


 旅行中のバスの中や外で、尿意をもようした時ほど困ることはない。数年前の事だ。ロス・アンジェルスのハリウットに近いビバリーヒルズの街を歩いている時、その尿意をもようしてしまったのだ。ホテル「ハイアット」のレストランで、夕食をとりながらワインをたらふく飲んでしまったからいけなかった。夜でもあったから、道からちょっと脇にそれて・・・。日本ではそれほど罪悪感がない立小便もさすがに気がとがめた。


ワイン2  

 この失敗談を来日中のハワイの従兄弟老夫婦にうっかり話してしまった。その従兄弟は真面目顔で、私を叱った。
 


 「そんな事をしたら、アメリカでは後ろに手が回るんだよ。日本人は全般にマナーが悪い。立小便など、何をかいわんやだが、タバコだって歩きながら吸ったり、公園でもどこでも吸いたがる。大声で話しながら歩くのも日本人だ」



 確かにそうだ。日本と違って、外国を歩いていて道端にタバコの吸殻一つ見たことがない。空港やホテルの外に設けてある数少ない喫煙所にたむろすのは、ほとんど日本人だ。自分もその中の一人と思うと赤面ものだが、日本に帰るとまた・・・。




 この際、白状してしまうのだが、ロス・アンジェルスからラスベカスに飛んだときの事。よく考えてみれば,これもお酒が原因の失敗だった。カジノで夢中になってのゲーム中、尿意をもようしてトイレに立ったが、トイレが見つからない。黒のタキシードに身を包んだ従業員に尋ねるのだが、トイレという言葉がなんとしても伝わらない。そのうちに我慢できなくなってゼスチャーで、なりふりかまわず伝えようとしたが、これも駄目



 相手も困って日本語の分かる従業員にバトンタッチ。「ああ、レストルームですね」と指差したのはすぐ目の前のネオン。どでかい字で「RESTROOM」と書いてあった。笑い話にもならないお粗末な話だが、その時はまずそこに駆け込むしかなかった。これも恥を忍んで従兄弟に話したら「トイレでも分かるはずだがなあー。でもレストルームがいい。バスルームでもいいんだよ」と、教えてくれた。




 このトイレ騒動にはオチまでついた。用を足して、さっきまでの自分がウソのように、すっきりとした気分でレストルームを出て来たまでははいいが、今度は自分が戻るはずのテーブルが分からない。このカジノは私達が宿泊したホテル「ベネチアン」の1階を全部使ったように見えるほど広いスペースをとっていて、いわば、迷子になってしまったのだ。


ベネチアン


 ご存知の方はご存知。このホテルはそれ自体がひとつの街といった方がいいほど、ドでかいから、カジノの大きさも想像できよう。ゲーム中、ビールでもブランデーでもスコッチでもバニーガールがにこやかに持って来てくれるのだから酒量も増えようというものだ。酒好き人間の嵯峨、それが失敗を誘うのである。分かっちゃいるけど・・・である。


ラスベカス

 カジノでいつもやるのはブラックジャック。21と9、それにカードと花札の違いだけで、ゲームの原理は日本のオイチョカブと同じだ。速い展開の繰り返しだから時間の経つのも速い。裏を返せば負けるのも早いのである。立小便と同じで、女房族にとっては非難の的かもしれない。





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朝顔の大輪

朝顔2


 朝顔、昼顔、夕顔。これに「寝顔」を付けくわえると、一転、無粋になってしまうのだが、ここで取り上げたいのは粋な朝顔の花。今から1,100年以上も前の奈良時代に中国から遣唐使によってわが国に伝えられたという朝顔は、庶民の間で大きなブームを巻き起こした江戸時代に品種改良が進み、観賞用植物に変わったのだそうだ。


朝顔  



浮世絵にもいっぱい描かれているから、朝顔は下町の夏をいや応なく連想させてくれる。その朝顔が、今、我が家の庭先で見事な大輪をいくつも咲かせている。「いい品種の朝顔だから植えてみて」と、近所の人がくれた園芸用のポットに植えつけたものだ。直径10~11cmもある大輪は赤もあれば青もある。これまでもさまざまの朝顔を見てきたがこんな見事なものにお目にかかったことはない。


朝顔2  


 持って来てくれた人が「いい品種」と言うだけあって、改良品種であることは十分に理解できる。だが、作り方を明らかに失敗。園芸用のポットから大きな鉢に植え替え、ツルを這わせる棒を2本立て、横棒も渡すなど工夫したまではよかったが、縦の棒が短過ぎたのである。分かっているようで分かっていない。無知とは恐ろしいものだ。朝顔のツルはグングン空に向かって伸びるのだが、途中で支えを失うから、下に落ちるしかない。




 ツルは折り返した途中でくちゃくちゃになるばかりか、地に落ちたツルは土の上をどんどん這うのである。その勢いは逞しい。一面が瞬く間にツルだらけになる。そこでは決して花を付けない。空中でなければ花を咲かせない植物なのだろうか。


朝顔3



 この朝顔とは別に、ぶどう園の周りでいっぱい野生の朝顔が咲く。花の大きさ、美しさは比べものにならないが、これも逞しさでは負けない。支線を伝わってぶどう棚にどんどん這い上がるのである。在来種ではない。恐らく、肥料に混じって外国からやってきたものだろうが、繁殖力は強く、自然に落ちた種は来年、何十倍にもなって生えてくる。一般雑草用の除草剤では枯れない。




 昼顔や夕顔も同じだ。野生とか、観賞用を問わず、私達の身の回りには見慣れない植物がいっぱい。花好きの女房がやたらに買ってくる鉢植えや土に下ろす花を見ても、およそ日本のものとは思えない、名前すら分からないものばかりだ。畑や道端の雑草だって「こんなもの、あったっけ」と、思うものがいっぱいだ。タンポポなどは、在来種は完全と言っていいほど駆逐され、葉っぱがギザギザした逞しい外来種に変わった。みんな肥料や飼料が媒介しているのだろう。


庭の花



 朝顔は東京の下町の夏を連想させる。爽やかな花をポツンポツンと飛ばした朝顔の緑で涼をとる庶民ののどかな暮らしを髣髴とさせてくれる。一方、朝顔は「源氏物語」の五十四帖の巻きの一つに登場する。もっとも花ではなく、作中人物だが、その朝顔は源氏に好意を抱くのである。



 失敗作とはいえ、立派な大輪をつけた我が家の朝顔。花が終わったら種を取り、欲しい人に分けてあげたいと思ったのだが,実はこの朝顔、種を付けない。霜が降りる11月初旬まで花を付けているのも特徴だ。朝顔の季節ももう終わりに向かう。




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銀木犀と植え込みの剪定

銀木犀


 庭の植え込みからなんともいえない芳香が漂ってくる。銀木犀の香りである。金木犀の黄色い花と違って、その色は淡い白。小粒の花をいくつも付け、その一つ一つが一斉に芳香を放つのである。金木犀より匂いは柔らかいが、どこか気品がある。春先の沈丁花もいいが、銀木犀もなんともいえない。世界の香水ブランドだってこれには勝てまい。


銀木犀2


 勤めをリタイア、山梨市の実家に戻って、ぼつぼつ8年。子供の頃から、銀木犀の匂いは覚えているのだが、それがいつ咲くのかは定かでなかった。かぐわしい香りに感動するでもなし、花を観察するでもなしで、全く無頓着に過ごしてきたのである。暇になった、と言ってしまえばそれまでだが、周囲の変化に気をとめることが出来るようになったことは確かだ。




 以前は甲府に住んでいたから、庭木の手入れも植木屋さんにまかせっきり。毎年12月の終わりになると35万円前後の請求書が届くのである。しかし今は、植木の剪定は全て自分でやっている。長年、黙っていてもやってくれていた植木屋さんには申し訳ない気持ちもするが、年金暮らしになった自らを省みると、そうばかりも言ってはいられないからだ。



庭3



 それに、自分でやってみると、結構面白い。ホームセンターに行って大小いくつもの剪定鋏や電動のバリカンを,また、JAに行ってこれも大小の脚立を調達するなど道具もそれなりに揃えた。シマッタ、と一瞬思うような枝の落とし方をすることもしばしばだが、自分でやったことだからあきらめも早い。むしろ、失敗は確実に次への糧になる。



 サツキやツツジのように剪定や刈り込みの時期を一歩間違えると翌年、花を付けないものもある。そんな時「どうして?」と詳しい人に素直に聞くことも覚えた。「失敗は成功の元」とはよく言ったものだ。因みにサツキやツツジは花が終わったらすぐ刈り込んでやるのがコツだ。



 「お父さん、植木屋さんみたいだね」。女房は私を褒めた後で「脚立から落ちないでよ」と心配そうに言う。その通り。脚立から落ちでもしたら笑いものだ。万一、落ちたら擦り傷では済まされないことは自分でも分かっている。安全確保のための≪命綱≫を買いに行ったが、うまいものがない。それなりの注意はしている。


庭4



 植木職人と違って自分物の剪定だから、木の作り方も自由。銀木犀も大きすぎて剪定が大変だから高さを5~6mに詰め、回りも不自然でない程度にちぢめた。香りで気づいた銀木犀の花を見て、ハッと思った。剪定の時期を誤らなくてよかったことだ。



 我が家の銀木犀は、今は咲き始だからクリーム色。満開になると白くなる。金木犀も大きな木だが、まだ開花していない。本来、銀木犀が母親で金木犀はその変種だそうで、原産地は中国南部。江戸時代に渡来したことも知った。中国名は「桂花」というのだそうだ。


銀木犀1


 こちらは真っ赤な花を付けるだけで匂いは放たない百日紅は、その名の通り長い開花期間をぼつぼつ閉じようとしている。季節は秋本番へ。庭木の奥の柿も色づいてきた。





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ハチの子とヘボ追い

 ザザムシの佃煮は確かに旨いから後を引く。そこでもう少し書くことにしよう。ある時、親しい友人とお酒を酌み交わしながら、このザザムシの話をした。その友人は書道の先生で、魚釣りが好きな人だった。



 「名前は知らないが、その虫なら笛吹川にもいっぱいいるよ」



 笛吹川 は、山梨市の秩父山塊を水源として、笛吹市、市川三郷町を経て富士川に合流、静岡県の駿河湾に流れ込む。神奈川県の相模湾に注ぐ桂川水系と並ぶ山梨県の2大水系の一つ、富士川水系の支流である。




 笛吹川にもいる、と思ったまではよかったが、それを獲ってフライパンで煎って食べてしまった。「苦くて、旨いものではなかった」という。それでも私から「不老長寿」「精力剤」と聞いていたから、その煎ったザザムシを師匠であるえらい先生に持っていって食べさせてしまったのである。≪ゴマスリ≫もあったのだろう。




 「その先生、食べたんですか?」と聞いたら「なにやら、けげんな顔をしながら食べていた」という。精力剤、不老長寿、と言う殺し文句が効いたのかも知れない。この虫は魚釣りが餌に使う虫で、はっきりとは分からないが、ザザムシとは違うと思う。第一、秘伝の味付けで加工した佃煮と違って、塩味をつけたとはいえ、フライパンで煎ったばかりの、しかも得体の知れない川虫など食べられたものではないことは容易に想像できる。




 人間、ある年になると、妙に「不老長寿」とか「精力剤」という言葉が重みを増す。ハチの子も同じだ。このハチの子はスズメバチなどもあるが、多くはヂバチの幼虫である。これも、よく見ればウジ虫のようで、ザザムシと形こそ違え、グロテスクそのものである。しかし、高たんぱくの食品だ。しかも、量産は出来ないから貴重品であることに違いない。


ハチ


 私達の地域では、このヂバチをヘボと呼んでいて、その巣を獲ることを「ヘボ追い」という。その追い方はこうだ。まず、ハチが餌として好むカエルの小さな肉片に真綿をつけて、ハチが来そうなところに置く。それをくわえて巣に戻るハチを真綿を目印に追うのである。


ハチ1



 ヂバチだから土の中や木のウロの中に巣をつくる。巣の在りかを確認したら、穴からスプレーで催眠剤を注入、土の中のハチを眠らせて、巣を取り出すのである。子供の頃の昔は、セルロイドやエボナイト製の筆箱や下敷き、歯ブラシの柄まで、これに使ってしまった。そんな子どもの学業は言わずもがなである。


ハチ2


 ヘボ追いは、見失ったら一巻の終わりだから、上、つまり、ハチばかりを見て走るのである。今、考えればゾッとするようなことを平気でしていたのである。しかし、今の子供たちは、こんな遊びはしなくなった。第一、肝心のハチがいなくなった。果樹地帯を中心に消毒によって、ハチはどんどん姿を消している。むしろ、消毒薬に無縁の都会の軒先にスズメバチが巣を食い、大騒ぎするケースが目立っている。テレビでその駆除の光景を見ると「ハチの子が沢山獲れるのに」と、その顛末が気になるのである。




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お月様とお天道様

月3


 今年の秋は冷える。寒いと言った方がいい。猛暑、猛暑でうんざりした夏が過ぎてホッとしたのもつかの間、今度は一転、冷え込みだ。だんだん大きくなる大根の間引きと草取りが気がかりだが、なんとなく畑に出るのが億劫になり始めた。大根は種を蒔くとき3~4粒ずつ蒔くので、間引きしてやらないと勢力が弱まるばかりでなく、曲がったりして、真っ直ぐ伸びないのである。我が家の場合、今年は遅蒔きの大根だ。




 私達人間は太陽、つまり、お天道様光と熱をもらい、月、つまり、お月様時間をもらって生きている。宇宙というとてつもない空間に生かされている人間は、太陽と月には特別の敬意と畏敬の念を持って、それぞれに「お」を付け「様」をつけて呼んでいる。「お星様」も同じだが、意味合いが全く違う。




 ご存知、漢字の「月」は三日月の形状から変化したものだ。その月は時間や期間の単位でもある。中秋の名月、いわゆる、十五夜からもう一ヵ月半が経つ。満月から新月に変わった。日ごとに、その姿を変えるお月様の姿がやけに寒々しくなった。「女心と秋の空」という言葉があるが、今年の秋の空はいつもの年と何か違う。短い秋のせいなのか・・・。

 月は肉眼で朔望を確認できる唯一の天体なのである。


月2



 「月」は時間の単位と同時に期間の単位だから、一ヵ月約30日を一定の日数で上手に等分している。いわゆる「当分法」だ。例えば、15日周期を「半月」、10日周期を「旬」、7日周期を「週」または「七曜」、6日周期を「六曜」という。「半月」は1ヵ月を2等分したもので、満月と新月との間が15日であることに因んでいるのだそうだ。




 「旬」は1ヵ月を3等分したもので「上旬」「中旬」「下旬」といった具合に用いている。また、「週」「七曜」は4回から5回で1ヵ月になるし、「六曜」は1ヵ月を5等分したものだ。12と30の最大公約数である。誰が考えたか知らないが、昔の人は頭が良かったし、上手に言葉を作ったものだ。


月



 お天道様とお月様。人々の受け止めようはさまざまだろうが、私はこう思う。お天道様が男なら、お月様は明らかに女だ。太陽は燃え滾る炎をイメージし、は人を童謡や詩的なデリケートな世界に誘い込む不思議な力を持っている。地球に生きる動植物は光や熱、それに伴う水がなければ生きていけない。だから、お天道様は極めて分かり易い。




 しかし、お月様やお星様は、時として忘れてしまうことがある。都会の街路灯やネオンにかき消されたり、第一、仕事仕事で追われていると見上げる夜空がなくなる。サラリーマン生活のほとんどを一時期の東京と甲府で過ごした私は少なくともそうだった。




 田舎の実家に戻って、月の満ち欠けや星のきらめき、美しさを改めて見た。時として、そっと外に出る。娘や女房が「タバコはやめたら」と、うるさいからで、タバコの煙の向こうに見える月や星、そして夏なら真っ黒い山の稜線の上に浮かぶ富士山の山小屋の灯火を眺める。夜空がこんなに綺麗だったとは、と再発見にも似た思いに駆られることもしばしばである。あの暑かった8月はじめだと、8合目か9合目あたりまで登山客のライトの光が一本の帯を作ったのだが、今は登山客が姿を消し、わずかに残った山小屋の灯火が月の光にかすんでいる。





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看板はなくてもいい

 ハワイでも、シアトル、アラスカ、そしてカナダのビクトリアでも、なぜか街がスッキリしているように見えた。あっ、そうか。看板だ。商店にも、歯科医などのお医者さんにもケバケバシシイ看板がない。これとは対照的なのが中国や韓国である。カラフルと言えば聞こえがいいが、いかにもドギツイ。皮肉なことに、この看板のドギツサが中国や韓国のイメージにすらなっている。


 行く先々、ハワイやシアトルにも中国人街や韓国人街があった。やはり看板がドギツイ。もちろん国が違うから文字が違うのは当然だが、共通しているのは色だ。などの原色を使っている。看板の目的からすれば当たり前の色手法だ。しかし周囲との調和とか落ち着きと言う観点から見れば確かに疑問が多い。


中華街1


 ロス・アンジェルスのハリウッドに近いところにある ビバリーヒルズ に行ったことがある。ハリウッドなどの有名人が多く住む高級住宅街だ。この街には看板がなかった。町の政策で看板の設置を抑制しているのだそうだ。景観を保全するためである。そのためか街全体に落ち着きがあって、それが気品のようなものまで醸し出しているから不思議だ。アメリカでは景観保全が進んでいる。その入り口がこの看板かもしれない。


アメリカ景色住宅


 ホノルルに住む従兄弟夫婦が歯科医を営む息子のところへ連れて行ってくれた。その≪歯科医院≫はハワイ州庁などがある官庁街の一角にあるビルの一室にあった。20階建てぐらいの、普通のオフイスビルである。○○歯科といった日本にあるような看板もなければ、もちろんネオンもない。エレベーターで13階に昇ると、廊下の両側に何の変哲もない部屋が並んでいる。言ってみればみんなホテルの部屋のようだから、ドアにあっさり書いてあるネームを見なければ何の部屋かは分からない。



 「患者にとって不便だって?そんなことはないさ。日本のよぅに大きな看板がなくたって、十分にここに来られるんだよ。電話帳もあれば、住所や電話番号がある広告が載ったフリーペーパーもある。ここでは通りがかりで来る患者ではなく、ほとんどが予約制。歯医者ばかりでなく、患者側はみんなホームドクターを持っているんだよ」



 従兄弟は私の疑問になんでもないように答えてくれた。確かにハワイではこのフリーペーパーがかなりの数で発行されていて、スーパーなどには必ず置いてある。もちろんフリーペーパーは有料ではないから、発行者にとって広告は唯一の収入源。生鮮食料品から衣料品、自動車などあらゆる業種の広告を載せている。その歯医者の広告も載っていた。



 消費者は買い物帰りにこのフリーペーパーを店頭から自由に持ち帰り、ニュースを読み、広告を見るのである。フリーペーパーが進んでいるこの国では有料の新聞などとらなくても済むのかも知れない。フリーペーパーはみんなタブロイド版。中身も気軽に読めるよぅに工夫されている。日本の日刊ゲンダイもあった。


 確かにドギツイ看板は街の景観を壊す。スッキリした街並みは街往く人たちの心を落ち着かせる。日本は街の景観保全後進国かもしれない。米国に学ぶところは多い。




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人種の坩堝アラモアナの街

アラモアナ2



 ワイキキから車でそう遠くない所にあるアラモアナショッピングセンター。そこはショッピングセンターというより、それ自体が大きな街だ。香水や時計、めがね、バックなど世界の一流ブランドの店がずらりと軒を並べ、一日中、大勢の人達で賑わう。




 ハワイ、特に州都・ホノルルがあるこのオアフ島は、いわば世界のリゾート地。一年中常夏の島だから、世界中から、それぞれのスタイルでバカンスを楽しむ人達がやってくるのだ。こうした人達のショッピングロードでもある。もちろんショッピング街の構成は、ブランド品ばかりではない。地元の人たちのお買い物広場でもある。


アラモアナ1



 アメリカ本土のどこかは定かではないが、このアラモアナをしのぐショッピングセンターが出来て、その規模では全米№2となったというが、世界の知名度からすれば№1だろう。恐らくこのオハフ島にやってくる観光客で、ここに来ない人はいないといわれるくらいのスポットである。




 そこにはショッピング好きの人間達をひきつける魅力を十分に備えているのだろう。日本、とりわけ山梨の田舎からやって来た女房でさえ、ここに来ると嬉々とする。その気持ちも分からないわけではないが、私の場合、到底そんな気持ちにはなれないのだ。




 サラリーマンを辞めて「毎日が日曜日」の今、スーツも要らなければ、ネクタイやワイシャツ、靴だって要らない。スーツひとつとってもメタボになって体が入らないものも含めて、長いサラリーマン人生の中で買い込んだものがいっぱい。どうせ着ないのだから処分したいくらいだ。普段、忘れっぽいのでバックは持たないし、ブランド趣味などさらさら持ち合わせていないので、時計やサングラスなどにも興味がない。あらゆるものが機能的なもの、一つかふたつあればいいのだ。




 「お父さんて、ヘンだよね。マージャンや競馬、カジノなんかのギャンブルに使うお金はなんとも思わないのに・・・。まったくヘンよね。物だったら残るんじゃない」


カジノ#12861;


 女房には、よくそう言われるのだが、自分でも不思議なくらい興味がない。醒めているといった方がいい。




 とにかく女房の買い物が済むまで街路のベンチで座って待つことにした。これが面白い。ここは世界の人種の坩堝といってもいい。目の前をさまざまな人種の人達が行き交う。白人もいれば黒人もいる。私のように黄色いのもいれば、それよりちょっと日に焼けた人達もいる。目つきからロシアやドイツ人らしい人もいた。日本人らしい若者達も。でも中国や韓国人との区別はしにくい。年老いた人は比較的少ないが、デブもいればスマートな人もいる。なぜかブスが少ないから不思議だ。ここを歩くと綺麗に見えるのかもしれない。


アラモアナ3  


 目の前にはルイ・ヴィトンが、すぐ後ろにはディオールが。面白半分、覗いてみたら、いるいる。日本人女性たちが・・・。年の頃は2~30代から40代。スマートな黒いスーツの紳士然とした店員が日本語で丁重に応対していた。店内には10人近い女性がいたが、いずれもグループではなさそうだ。みんなのお目当てはどうやらブランドのバックらしい。






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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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