パナマ運河の感動

パナマ運河2


 感動した。思わず拍手したくなった。どでかいホテルのような客船が山の上の人造湖から流れる水をせき止めた運河を次々と渡って、標高約27mの丘陵を越えて別の海に出るのである。大西洋・カリブの海から82㌔、そこはもう太平洋だった。ざっと100年前にやってのけたアメリカ人の開拓魂の逞しさと男達のロマンに思いをはせる一瞬でもあった。




 カリブ海を挟んで大西洋と太平洋を結ぶパナマ運河。PNAMA CANALだ。完成が1913年というから、その計画を思い立ったのはさかのぼって1800年代。今のような重機もなかった時代、アメリカ人は人力で大西洋と太平洋を繋げてしまうという途方もないことを思い立ったのである。山のてっぺんに人造湖を作り、その両側に掘割の運河を作った。



パナマ運河3   パナマ運河4


 当時、大西洋と太平洋を行き来するには南アメリカの南端をぐるりと廻るしか方法がなかった。それへの船舶の所要日数はさっと65日。それを、わずか8時間に短縮したのだ。経済効果ひとつとっても計り知れない。マラリア、黄熱病。その舞台裏でさまざまの苦難と犠牲があったことも事実。一方で、その利権を巡って隣接国の紛争やアメリカを中心にした関係国の綱引きが行なわれたのも無理はない。経済効果にとどまらず、軍事戦略まで絡むのだから、一口には言い表せない複雑は歴史があったのだろう。





 北アメリカ大陸の南端、フロリダのマイアミを出港した船は、大西洋を航行、細長く横たわるキューバ沖を這うように進んでカリブ海へ。途中、南米・コロンビアに寄った後、このパナマ運河を渡るのである。出港から4日目の午後。船内アナウンスはパナマ運河航行を告げた。マイアミからロス・アンゼルスまで15日間のクルージングのいわば第一のクライマックスなのだ。


パナマ運河5  


 ある者は自分の部屋のテラスから、ある者は7階のデッキや13階、14階の甲板から一斉に外を。誰ともなく歓声が上がり、みんな思い思いにデジカメのシャッターを切った。船はタグボートに両側を押され、ゆっくりと進んでいく。閘門と呼ばれる堰に入ると、また別の機械が。その間、船内アナウンスは運河の構造や建設、完成までの歴史を説明する。




 アナウンス嬢は船の職員ではなく、運河の広報担当職員だ。走行中の客船に、どこからともなく、やって来た一艘のモーターボートが沖あいでピタリと張り付き、広報担当者を乗せるのだ。この広報担当は運河を渡りきり、太平洋の沖あいに出ると、また走行中の船からモーターボートに乗り移って帰っていくのである。


パナマ運河1


 説明によれば、パナマ運河は二重のコンクリート壁と導水管からなる代表的な閘門式の運河。水深は一番浅い所で14m。幅は33~109m。川(チャグレス川)をダム(カトゥン・ダム)でせき止めて、水面標高27mの人造湖(カトゥン湖)を設け、その丘陵(ゴールド・ヒル)地帯の両側に深さ14メートルの掘割を造ったのである。




 分かり易くいえば、閘門式といわれる仕掛けのプールに乗って、徐々に山に登り、また降りていくのである。へえ~、よくこんなことを考えたもんだ、と感心せざるを得ない。詳しくは次回にお話しすることにしよう。




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カジノの友達

 街  

 「ヤマーダサン オゲンキデスカ」

 カリフォルニア州サンディエゴの町のど真ん中で後ろから駆け寄ってきた5~6人の若者達に声お掛けられた。白人や東南アジア系の男達に混じって黒人の女性もいる。みんな親しみを込めてニコニコ笑っている。



 「オオー、アイム ファイン サンキュー、エブリバデー ハウアユー」




 旧知の友たちに会ったような気持ちになった。。継ぎ足しの英語、英語なんてシロモノではないが、この若者達としばらく話した後、それぞれと握手して別れた。




 私の脇で、ハトが豆鉄砲でも食ったような顔で私を見詰めていた女房が言った。


 「お父さん、知り合いなの?でも、こんなアメリカの真ん中で、外人の知り合いに出会うなんて、不思議ね。こんなこと、あるのかしら」


カジノ#12860;


 「お前はバカだなあ。こんな所に俺の知り合いがいる訳ねえじゃねえか。ハワイでの日本人だったらいざ知らず、ここは白人どころか、スパニッシュの方が多いところだぞ。第一、外国人に顔馴染みなんかいるはずがねえよ。カジノだよ、カジノ


カジノ


 このブログをお読みの方々は、ここまでだったらまだお分かりにならないかもしれないが、女房は私のタネ明かしをすぐ理解した。


船


 15日間にわたった大西洋―パナマ―太平洋クルーズのフィナーレを明日に控えた5月2日の昼下がりだった。豚インフルエンザの発生で、アカプリコなどメキシコ2箇所の寄港をすっ飛ばしての、計画外の寄港地・サンディエゴだ。ざっと2,500人の乗客は、3日ぶりに船を降りて事実上、最後となった一日を思い思いに楽しんだ。


カジノ#12861;


 この日は土曜日。約1,200人の乗組員には曜日は関係ないのだが、この寄港地では昼間営業が出来ないのか、カジノのデーラー達も街の散策を楽しんでいたのだ。私の「カジノだよ、カジノ」の一言を簡単に飲み込んだ女房は



 「そうだよね。お父さん、船に乗ってから毎晩、カジノ通い。きっとカモみたいなお客さんだもの、カジノの人たちとも親しくなるはずよね」



カジノ4


 皮肉たっぷりだ。でもその通り。毎晩、毎日、ギャンブル好きの人たちで賑わう船のカジノで、英語をしゃべらない、いや、しゃべれないのは自慢じゃあないが俺一人。デーラー達にとっては≪手の掛かる存在≫に違いない。勝負に強くもなく、ただ一人の日本人だから、目立つに決まっている。名前だって覚えない方がおかしい。 


カジノ#12853;


 事実、私がカジノに行くとデーラー達はニコニコしながら一つ覚えのように「ヤマーダサン、オゲンキデスカ」と声を掛け、ある時期からゲームの要領を教えてくれたりもした。それを見ている白人や黒人、その≪中間≫のお客達もフランクで、いつしか言葉が分からなくてもお友達に。レストランやプール、ボウリング場でも声を掛け合うようになった。



プール


 カジノは、洋上ではフリーに営業するが、港に停泊中はクローズになることが多い。寄港地の国や州でカジノが禁止されている所は営業できないのだ。ギャンブルとは関係ないが、7階の廊下の両側にずらりと並ぶ免税店も、接岸中はシャッターを下ろすのである。






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ハワイの地殻変動

 「日本人、とりわけ日本の女性が、来てくれなかったら、ここに軒を並べるブランドショップは、恐らくやっていけなくなるでしょうね。ここで毎日見ていると、日本の女性は入れ替わり立ち代りやって来ては、高級ブランド店の紙袋を提げて帰って行くのです」

アラモアナ5


 ワイキキから程近いアラモアナショッピングセンターの一画に設けられているインフォーメーションスタンドの女性は、感心するようにこんなことを話してくれた。このスタンドは海側に向かって一番左側の1階端にある。街路をはさんで軒を並べるルイヴィトンとディオールの店のちょうど反対側の隅だ。まん前の角には「SIROKIYA」が。何年か前には確か「白木屋」だったような気がしたが、なぜか横文字に変わっていた。


アラモアナ6


 女房が「お父さん、買い物が嫌ならここで待っていてよ」と言い残して、ショッピングに≪奔走≫している間、ブラブラ歩いてこのスタンドにやって来たのだ。そこではまだ可愛さを残す40歳がらみの日本人女性が、それぞれのお客さんを使い分けるように、英語と日本語でショッピングの問いに応じていた。





 この女性は十数年前、東京の八王子市からハワイに来て、このインフォーメーションの仕事をしているのだと言う。私が住む山梨と八王子は70キロ足らず。親近感を覚えた。


アラモアナ4


 「おもしろ半分、と言ってはいけないが、私もいくつかのブランド店を覗いてみたんです。そこにいるのは日本人ばかりでした。外国人は行かないの?」




 「そんなことはありませんが、ほとんどが日本人です。ここでは、みんな、日本人はお金持ちと思っています。バックひとつとっても10万、20万円は当たり前。50万、60万円もするものをポンポン買っていいくのですから・・・。あの袋の中にも、間違いなく何十万円もするバックや財布などが入っていますよ」




 有名ブランド店の紙袋をぶら下げて目の前を帰って行く若い日本人女性を目で追いながら、こんな解説をしてくれた。


ヴィトン  

 「あなたは欲しくない?」


 「私だって、元々日本人ですから、欲しくないと言ったらウソになりますが、よく考えたら馬鹿馬鹿しくなりました。今では欲しいとも思いませんね。第一、そんなお金があったら、違うところに使いますよ。見栄だけではご飯、食べられませんからねえ」




 ちょっぴり皮肉混じりに、こんなことも言った。その案内嬢によると、ここ数年、ハワイを訪れる日本人観光客は減り続けている。アラモアナショッピングセンターも確実に打撃を受けているという。日本人観光客の減少とは関係ないが、そことほど近い所にあった「ダイエー」はいつの間にか「ドンキホーテ」に看板を変えていた。




 1時間半も経った頃だろうか。女房が帰ってきた。「何、買って来たの?バック、買わないのか?」「買うわけないじゃない。第一、そんなお金ないもん」



 手には娘と友達に頼まれたという口紅と、大衆向きで有名なABCストアーのチョコレートをどっさり吊るしていた。やっぱり貧乏人の女房だった。内心、不便にも思った。


ABCストアー



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人種の坩堝アラモアナの街

アラモアナ2



 ワイキキから車でそう遠くない所にあるアラモアナショッピングセンター。そこはショッピングセンターというより、それ自体が大きな街だ。香水や時計、めがね、バックなど世界の一流ブランドの店がずらりと軒を並べ、一日中、大勢の人達で賑わう。




 ハワイ、特に州都・ホノルルがあるこのオアフ島は、いわば世界のリゾート地。一年中常夏の島だから、世界中から、それぞれのスタイルでバカンスを楽しむ人達がやってくるのだ。こうした人達のショッピングロードでもある。もちろんショッピング街の構成は、ブランド品ばかりではない。地元の人たちのお買い物広場でもある。


アラモアナ1



 アメリカ本土のどこかは定かではないが、このアラモアナをしのぐショッピングセンターが出来て、その規模では全米№2となったというが、世界の知名度からすれば№1だろう。恐らくこのオハフ島にやってくる観光客で、ここに来ない人はいないといわれるくらいのスポットである。




 そこにはショッピング好きの人間達をひきつける魅力を十分に備えているのだろう。日本、とりわけ山梨の田舎からやって来た女房でさえ、ここに来ると嬉々とする。その気持ちも分からないわけではないが、私の場合、到底そんな気持ちにはなれないのだ。




 サラリーマンを辞めて「毎日が日曜日」の今、スーツも要らなければ、ネクタイやワイシャツ、靴だって要らない。スーツひとつとってもメタボになって体が入らないものも含めて、長いサラリーマン人生の中で買い込んだものがいっぱい。どうせ着ないのだから処分したいくらいだ。普段、忘れっぽいのでバックは持たないし、ブランド趣味などさらさら持ち合わせていないので、時計やサングラスなどにも興味がない。あらゆるものが機能的なもの、一つかふたつあればいいのだ。




 「お父さんて、ヘンだよね。マージャンや競馬、カジノなんかのギャンブルに使うお金はなんとも思わないのに・・・。まったくヘンよね。物だったら残るんじゃない」


カジノ#12861;


 女房には、よくそう言われるのだが、自分でも不思議なくらい興味がない。醒めているといった方がいい。




 とにかく女房の買い物が済むまで街路のベンチで座って待つことにした。これが面白い。ここは世界の人種の坩堝といってもいい。目の前をさまざまな人種の人達が行き交う。白人もいれば黒人もいる。私のように黄色いのもいれば、それよりちょっと日に焼けた人達もいる。目つきからロシアやドイツ人らしい人もいた。日本人らしい若者達も。でも中国や韓国人との区別はしにくい。年老いた人は比較的少ないが、デブもいればスマートな人もいる。なぜかブスが少ないから不思議だ。ここを歩くと綺麗に見えるのかもしれない。


アラモアナ3  


 目の前にはルイ・ヴィトンが、すぐ後ろにはディオールが。面白半分、覗いてみたら、いるいる。日本人女性たちが・・・。年の頃は2~30代から40代。スマートな黒いスーツの紳士然とした店員が日本語で丁重に応対していた。店内には10人近い女性がいたが、いずれもグループではなさそうだ。みんなのお目当てはどうやらブランドのバックらしい。




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世界のリゾート地

マイアミ海5

 えもいわれぬエメラルドグリーンの海と背を分けるように大きな弓状に水平線まで延びる白浜。その広い白浜を挟んで海の反対側に何本も林立するビル。ホテルだろうかマンションだろうか。それともコンドミニアムか。その間に間に高い椰子の木が。ハリウッドのマフィア映画にでも出てきそうな広い屋敷の豪邸も見える。まるで絵葉書のような光景だ。

マイアミ4


 ここなら半袖のカラフルなシャツにサングラス、スーツなら薄手の白が似合いそうだ。弓状の浜辺は、私たち関東の人間が湘南や伊豆の海岸で見るそれとは大違い。真っ白く、どこまでも伸び、その白さと空の青さ、海のエメラルド色が見事なコントラストを見せていた。ハワイのワイキキもいいが、スケールはそんなものではない。

マイマミ2


 船からは一人一人のナイスバディーは見えないが、恐らく想像に難くないだろう。水平線まで続く白い浜辺では、表情こそ見えないものの沢山の人達が太陽に裸をさらし、のんびりと夏のバカンスを楽しんでいた。静かに大西洋の沖に向かう船から飛び降りて、ナイスバディーがいっぱいだろう、その白浜に行ってみたい衝動に駆られた。




 私たちは海に近い空港に降り、そこから程近いホテルに一泊、そのまま船に乗ってしまったからマイアミの街そのものはつぶさに見ることが出来なかった。しかし、ここはハワイと共に世界のリゾート地。ハワイをしのぐとも言われている。ハワイでもそう思ったが、こんな所で第二の人生を過ごせたらなあ~と、儚い夢が頭をよぎったりもした。


マイアミ5


 日本人にとってはマイアミよりハワイのほうが身近なリゾート地なのだろう。ハワイは成田からは、ざっと6,000キロ、空路8時間足らずの距離。それに比べマイアミは、少なくとも時間、距離共にその倍近くあるだろう。現に私たちはハワイからロス・アンゼルス経由で10時間以上かかった。日本の飛行機と違ってサービスが悪いノースウエスト機での10時間は、乗換えがあったにせよ、いささかうんざりしたものだ。




 マイアミの浜辺はどうであったか分からないが、帰りに再びワイキキに寄ってみると、いるいる。白人達と比べると一回りも、ふた回りも小さいが、ナイスバディーの日本の若者達が大はしゃぎで波に戯れていた。大西洋のマイアミからパナマ運河を経て太平洋を北上、ロス・アンゼルスまで15日間のクルージングを終えてホノルルに戻ったのは5月3日。日本のゴールデンウイークの真っ只中だから無理もない。日本、いや山梨はこの頃からずっと雨だったらしいが、ワイキキの空はいつものように抜けるような青さだった。


ハワイ


 ワイキキと並ぶハワイの観光スポットといえば、アラモアナショッピングセンター。ここにも日本人はいた。私は日本でもそうだが、女房のショッピングのお供は、まっぴら御免こうむっている。どうして女というヤツは、こんな表現をしたら世の女性からお叱りを受けるかもしれないが、買い物となるとこんなにも嬉々とするのか。この歳になってもまだ分からない。




 「お父さん、嫌なら、そこで待っていてね」


 お世辞にも普段、それほど機敏に動くでもない女房が目を輝かせて飛び回るのだ。





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エメラルドの海

マイアミ海2   

 やがては紺碧の海に変わるのだが、マイアミの海はエメラルド色だった。エメラルドグリーンといった方がいいかもしれない。4月19日午後4時、ざっと2,500人の乗客と1,000人を超す乗員スタッフを乗せた豪華客船「NORWEGIAN」は、動いていることすら分からないほど静かにマイアミの港を出港、15日間のクルウジングのスタートを切った。





 さすが北アメリカの南端、午後4時といっても日差しは強い。しかし焼き付けるような暑さではなく、全く爽やかだ。涼しい風と混じって心地いい。表現の仕様がないほど美しいエメラルドグリーンの海に、デッキに出ていた乗客は一様に歓声を上げた。隣にいた女房も同じように感激したのだろう。


マイアミ海  


 「お父さん、綺麗だね。こんな海、見たことないよね。写真撮ってよ。写真・・・」



 まるで子供のようにはしゃいだ。私は、そのエメラルドグリーンの海をどこを見るともなく真っ直ぐ眺めながら、女房との新婚旅行、南紀白浜の海を思い出していた。その時も、これほど見事なエメラルドグリーンではなかったものの、その素晴らしさに感動したものだ。




 私が28歳、女房が26歳。もう38年、いわば40年も前のことだ。昭和45年1月。この頃、日本列島の真ん中・山梨からの新婚旅行といえば、この南紀白浜あたりがせいぜい。思い切って足を伸ばしたとしても九州・宮崎くらいだったのだろう。それから間もなくハワイ、グアム、そしてアメリカの西海岸、東海岸、ヨーロッパと日本人新婚旅行のエリアは世界に広がっていくのだが、その時分は海の向こうなど思いもよらなかった。



マイアミ海4  


 大学を出て社会人となったのは昭和40年。通勤の足といえば50ccのバイク。仕事の足も同じだった。中古のマイカーを持てたのはそれから数年後のことである。昭和45年といえば、今の天皇が美智子さまとご成婚されてちょう10年。東京五輪を経てわが国は高度成長路線を走り、3C(カー、クーラー、カラーテレビ)などという言葉が生まれた時代だった。





 新婚旅行の足は女房が花嫁道具の一つとして持って来たマークⅡ。 富士・河口湖に一泊、その足で山中湖から籠坂峠を越えて東名高速に乗り、京都、大阪、南紀へと向かったのである。エメラルドグリーンの海は、ドライブ中に見た、恐らく白浜か勝浦あたりの太平洋だ。その海は私たちがこれからパナマ運河を経て、やがて見る中南米の海と繋がっていたと思うと感慨深い。やや傾きかけた冬の柔らかい日差しに照らされて、きらきら輝くエメラルドの海が40年経った今も瞼の奥に鮮明に焼きついている。


マイアミ海7

 「お父さん、ダメじゃない。早く写真撮ってよ」


 同じように見たはずだが、40年も前の南紀の海や、まして新婚旅行のことなどみんな忘れてしまっているのだろう。女というヤツは現実的で、およそロマンなどというものは持ち合わせていないのだ。ただ目の前のものだけを見てはしゃぐ女房の声を聞くともなく聞きながらそんな事を思った。


マイアミ海6

 「早く、早く・・・」。振り向いて見た女房の顔は丸々太り、ウエストも大きなお尻とほぼ同じだった。そういう自分も出っ張ったお腹をデッキの手すりに引っ掛けていた。


マイアミ   



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出会いの不思議

プール  


 「はじめまして・・しおんです。素敵なところにお住まいですね。私はスキーの指導員をしていたので未だに山を見ると滑りたくなります。毎年、元旦はフジテンスノーリゾートで富士山を見ながら初すべりです。昔、スポーツブランド商社だったので私もアメリカのコロラドのロッキーの山の中(VAIL)に2年住んでいました。(後略)」


 

 人の出会いとは不思議なものだ、とつくづく思った。これはブログでお知り合いになった「しおん」さんから頂いたコメントだが、そのちょうど前日、米・コロラド州のコロラドスプリングのご婦人から山梨の私の自宅に一本の電話を頂いていた。

 
出会いの不思議3


 このご婦人は女房と二人して加わった大西洋―パナマ―太平洋クルーズ中に知り合った3組の夫婦連れグループの一人である。3組ともご主人はアメリカ人。ご夫人達はいずれも日本人だった。座間の米軍キャンプなどで知り合って結婚、アメリカに渡って、もう4~50年の歳月が経つという。


出会いの不思議2  

 「ジャパニーズ?」


 船の13階のプール脇にあるオープンの展望サロンで、何やら英語で話していた夫婦連れに話しかけたら、3組のご夫人達は一斉に私の方を向いた。そのうちの一番若そうなご婦人が口を開いた。


 「あなた、日本人?奥さんと二人だけで来たの?元気いいわねえ。この船、2,500人以上お客さん乗ってるけど、日本人誰もいないよね。あなた方、度胸いいわ」


出会いの不思議5


 神奈川県の町田市出身だというこの奥さんは72歳で、まるで江戸っ子のような口調で話す。カイゼル髭を蓄えたご主人が兵役の後、警察幹部を経て、今は悠々自適の年金生活であること、3人のご婦人が町のスポーツジムで知り合い、家族くるみの付き合いをしていること、標高が高くて雪が多く、日本からのスキーヤーも多いコロラドスプリングのことなどを話してくれた。


出会いの不思議4


 この奥さんによると、兵役が志願制度のアメリカでは兵隊さんへの待遇は恵まれているようで、この人のご主人は現在、50万ドル以上の年金をもらっている。20年以上の兵役をした人たちは医療費もタダ。中にはベトナム戦争に行ったというご主人もいたが、この人達には年金額がさらに上乗せされる仕組みになっているのだという。




 アメリカはいうまでもなく不況の最中。こうした高待遇を当て込んで、兵役志願の若者達も増えているのだそうだ。オバマ大統領のイラク撤退とアフガンへの軍の増派政策。その裏側での若者志向の一端を見た思いだった。コロラドに住んだ、という「しおん」さんのコメントはひょんな所で私たち夫婦のアメリカ弥次喜多道中に結びついた。



不思議な出会い2


 洋上で出会ったコロラドの人達ご夫婦の、ご主人達はいずれも在日経験があるせいか、みんな親日的だった。もちろん日本語は話せない。でも、私の継ぎ足しとも言える英語に一生懸命答えようとしてくれた。日本人の奥さんとの間に生まれた子供、そして何人ものお孫さんもいる。家庭では日本語が消えたという。私たちと久しぶりに聞く日本語がたまらなく懐かしそうだった。 




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真珠湾の見える丘

ハワイ家2

 アメリカ旅行でハワイ滞在中は従兄弟の家にお世話になった。そこは真珠湾が見下ろせる閑静な住宅街であった。それぞれかなりのスペースを持った住宅はいずれも平屋建て。上手に区画整理されていて、街路も広く、圧迫感が微塵もない。のどかな感じを受ける。申し合わせたようにそれぞれの家には木で出来た自動シャッター付きの車庫がついていて、屋根は瓦ではなくブロックの木造りである。木造りのシャッターはどこの家も格子模様だ。




 平屋建てと併せて屋根に重量感がないのも街全体に圧迫感を感じさせない理由かも知れない。木のブロックを重ね合わせた屋根は雨の音をうまく吸収してくれるようだ。時々スコールのような雨が降ったが、少しもうるさく感じなかった。

 

ハワイ家


 これも申し合わせたように庭には刈り込み形の植木が幾種類も植栽してある。平屋建ての住宅との調和のためなのか大きな樹木は植えていない。玄関ドアを開けて中に入ろうとすると、従兄弟から「待った」がかかった。靴は外に脱いで家に入るのだそうだ。少なくともこの住宅街の家のつくりは同じだが、みんなが玄関の外で靴を脱いで入るのではない。従兄弟夫婦は日本人。欧米人のように外と内が土足の生活様式ではない。そんな詳しい説明はしなかったが、頭ではすぐうなづけた。でも、その違和感は滞在中ずっと消すことは出来なかった。ちょっと改良したらいいのにと思ったのは一緒に行った女房も同じだろう。玄関に上がりかまちがないのだから靴は外に脱ぐしかない。





 車庫はどの家も車2台が入るスペースを確保しているが、家の前の道路にはそこに入り切れない車が止まっている。夕食後、散歩がてら広い住宅街を20分ほど歩いてみた。何気なくそれぞれの家の前に止まっている車をみているうちにその車種を調べてみたくなった。結果は何とここでは90パーセントが日本車だった。ちなみにトヨタ車が大半を占めた。



車中


 ハワイには定期バスはあるが、鉄道も地下鉄もない。だから日本の田舎のように車がなければ1日とて過ごせないのである。一家に2台、3台はあたり前。成人の数だけ車を持たなければならないから、その量が多いのは当然だ。この国の車の所有率はすごく高いだろう。朝夕のラッシュ時は日本と同じようにすごい。ただ日本と違うのは道路が10車線、12車線と広いからまさに車の洪水だ。その解消策かどうか分からないが、時差出勤を採用している企業が多いのだそうで、朝4時、5時に出勤するサラリーマンも多いという。組合が強いこの国のこと、きっちり8時間労働だから帰りも早い。午後1時、2時には帰宅しているサラリーマンも多いのだ。




 ハワイは小さな島の集まり。アメリカ全土で見た場合、国土が広いから鉄道や地下鉄、それに定期バスをくまなくネットワークするわけにはいかない。車産業が発達したゆえんがそこにあるし、車がなければ一日も過ごせない現実がそこにある。ただ、この車産業、トヨタやホンダ、日産、マツダ、三菱など日本車に40パーセントのシェアを取られ、さらに追い上げられているのだから心中穏やかではないだろう。現に経営危機に陥っている有力メーカーも出てきているという。さてオバマ大統領はどんな救援策を取るのだろう。





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ハワイと8の因縁

 ハワイ王室最後の女王の婿となったビショップ氏の冠がつけられたミュウジアム(博物館)の建物は威厳をも漂わせる見事な建築だ。その年は1889年というから日本の明治中期である。中身も2,400万点をも所蔵、当時のハワイ原住民の生活や風俗、習慣が一目で分かるよう気を配っている。


ミュージアム


 ハワイの原住民には生活の中に文字というものが無かった時代があった。カメハメハ大王の後を継いだ2世の王(カメハメハの息子)は、このことを憂い、12の文字からなる言葉を作った。いわゆるハワイ語である。アルハベットが26字だからその構成は極めて少ないが、人々に文字による言葉が初めて生まれたのである。3世(2世の弟)は土地を住民に解放する一方、コイン(通貨)や切手を発行、ホノルルをハワイの首都に定めた。こうしてハワイ王朝は国家としての体裁をだんだん整えていくのである。さらに4世(3世の甥)は病院を作り、5世(4世の兄)は日本と平和条約を締結して外交への足がかりを作った。6世は老人ホームを造り、7世はサトウキビ農場を奨励して住民の経済基盤を確立したのである。特に7世は平和条約を足がかりに日本の皇室との縁組を提案している。しかし、この提案は実らず、8世の民間アメリカ人迎え入れにつながっていく。そのころ日本の天皇家がハワイの皇室と縁組をするはずがない。





 王を王室だけで継承したのは5世まで。6世から議会から選ぶ、いわゆる公選制にしたのである。血縁による婚姻から起きる弊害で王位の継続すらままならないハワイ王朝の裏側が透けて見える。例えば2世の兄から王位を継承した3世は、若干10歳であった。



海


 ビショップ・ミュウジアムのエントランスホールには、左側にハワイ王朝最後の女王8世の肖像画が、右側にその婿ビショップの肖像画が大きく掲げられ、その右側の大きな部屋には威厳と威儀をただしたカメハメハ大王から7世までの肖像画が展示されている。エントランスをはさんで右側、さらに2階、3階の大きな展示ホールにはざっと2,400万点といわれるハワイの歴史、文化、自然にかかわるコレクションが並んでいるのである。その一つひとつにハワイと南太平洋諸島の逸話をはらんでいることは間違いない。


ミュージアム2
 

 8という数字。ハワイ王朝8人の王が統治したハワイ諸島8つの島。その統治期間が98年、その終焉、つまりアメリカ合衆国入りの年が1889年みんな8絡みなのである。そしてハワイの州都ホノルルの人口は、今80万人だ。




 ホノルルを中心にハワイには日系人が多い。ひところ3分の1を占めるといわれたが、最近やや減っているという。それにしても、これほど日本の影響が大きい島も世界にあるまい。現に、私たち夫婦がお世話になっている真珠湾が望める高台・ローヤルサミット近くの丘には従兄弟夫婦が暮らしているし、ブログ仲間で、いつもネットを通じて交流させて頂いているマダムさんも、このハワイのどこかにお住まいだ。

ハワイ景色


 ここでは、私のように英語がヘタな人間でも苦にならない。日本語で通じるからで、こんな便利な島はない。無理して英語をしゃべらなくてもいいからだ。





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欽ちゃんの週刊誌

週刊文春


 週刊文春(5月7日・14日ゴールデンウイーク特大号)「欽ちゃん『73歳』のボケないキャンパス珍道中」を引用して書かせていただいた「プラス マイナス ゼロ」の続き。欽ちゃん、こと萩本欽一さんは、こんなことも言っている。




 「ボクみたいに歳を取ったら、勉強は出来ませんでした、ではなくて、勉強を積極的にしないといけない。(大学=駒澤大学仏教学部=受験のための)試験勉強をしている時は『いまさら覚えないぞ』と、脳みそが抵抗して『分かった。お前がそこまでやるならしょうがない』と動き始めるまでに何ヶ月もかかったけど…。ぼくみたいな人間には、ただ黙々と勉強するのではなく、『学ぼうとしている若い人から学ぼう』という姿勢が大切なんだ」




 欽ちゃんの随筆は4ページにわたっているのだが、貧しかった少年時代のことや、高校を卒業すると同時に当時の人気コメディアン・大宮デン助に弟子入りする様子も綴られている。一道に秀で、抜け出す人間の執念にも似たド根性を垣間見た。その根底にあるのは、飽くなき向学心であり、常に他人(ひと)に教えを請う謙虚さとお見受けした。


欽ちゃん3


 人は他人(ひと)の言動、とりわけ同世代、同年齢の人間の言葉や行動を自分のそれと重ね合わせて頷いたり、励まされたりする。時には「自分はなんと情けない人間か」と、自らを戒める時だってある。毎朝の新聞の「おくやみ欄」で、同年齢の訃報を見ると、何とも言えない、やるせない気持ちになり「癌?それとも脳疾患?心臓疾患?どんな病気で亡くなったのだろう?」と、その人を、おもんばかったりもする。




 週刊誌をよく読むようになったのはここ1年ぐらい。気軽に読めるのがいい。以前は折に触れては本を買い込んでは読んだのだが、最近はウソのように読まなくなった。買って来ても、すぐ飽きて、いわゆる“積ん読”だ。目が疲れて、そのうちに眠たくなってしまうのである。特に夜はダメ。




 でも、週刊誌は気軽でいい。人間の覗き見的な本性をくすぐるゴシップ記事もあれば、政治、経済、文化…。様々なジャンルの記事がある。見事なグラビア写真で目を休ませてもくれる。時代もの、現代ものの連載小説もあれば、著名な人達が執筆したエッセイも。トンチの効いた漫画や、サラリーマン川柳もある。




 私のベッドの脇には、これまで読んだ週刊誌がどっさり摘んである。何故かそのほとんどが「週刊文春」だ。今では、買い物帰りの女房が黙っていても、コンビニに立ち寄っては、買って来てくれる。ベッドの頭部分の縁に寄りかかりながら、読みたいだけ読み、眠たくなったら寝ればいいのだ。記事は、ほとんどが1ページ、2ページ。欽ちゃんの新連載「…ボケないキャンパス珍道中」のように多くても4ページである。小説だって連載だから4~5ページだ。ボリューム的に、私のような根気のない人間にはうってつけ。

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 欠かさず読んでいるのが林真理子の連載「夜ふけのなわとび」(1、409回)。同郷で、高校の同窓のせいもあるのか、何故か身近に。歳ばかりを重ねた、無邪気なオジサンは、そのエッセイに山梨市のことや母校・日川高校のことが出て来たらちょっぴり嬉しくなるのだ。




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プラス マイナス ゼロ

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 「歳を取ったらプラス マイナス ゼロの生き方をしよう。忘れたっていいさ。忘れたら、その分、新しいことを覚えればいいのさ」




 晩酌を終え、ほろ酔い加減で雑誌「週刊文春」のページをめくっていたら「欽ちやんのボケないキャンパス珍道中」という記事の中に、こんな一文が目にとまった。




 「欽ちゃん」というのは、タレント・萩本欽一さん。ページの頭に「新連載①」と書いてあるから、これから連載される記事の第1回ということだろう。欽ちゃんは、今は亡き坂上二郎さんと「コント55号」を結成、浅草の演芸場やテレビ、ラジオなどで活躍。茶の間の人気者に。一世を風靡したのである。


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 カット見出しには「73歳」と、ことさらに年齢を記してあった。



 「へぇ~、オレと一つ違いだったのか」



 年齢もさることながら、 “プラス マイナス ゼロ”の生き方が、なぜか気に入った。気に入ったと言うより、共鳴した、と言った方がいい。私も今年11月になると73歳になる。自分では、ボケるのには、まだ早いと思っているのだが、物忘れは実感するし、心身のあちこちに衰えは隠せない。




 欽ちゃんが連載の第1回目「新しい友達ができたよ」で書いていたのは、73歳にして大学進学を目指して難関を突破、晴れて駒澤大学仏教学部の入学式に臨んだところから。ほとんどが曹洞宗の坊さん(僧侶)を志す人達。入学式に臨んだ欽ちゃんにしてみれば、そこにいるのは、みんな孫みたいな年齢の若者ばかり。緊張した欽ちゃんの心の内やキャンパスの中での“異質”な存在ぶりが文章からも伝わって来る。ほほえましくもある。

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 何よりも感心させられるのは、73歳にして、なお勉学を志そうとする根性とバイタリティーだ。18歳から22歳まで、つまり50年前の学生時代を重ね合わせ、もし73歳のオレが孫のような若者達と、これから4年間、学生生活を送ることが出来るだろうか、と考えたら間違いなくNOだ。そんなエネルギーもなければ、自信もない。欽ちゃんには、そのエネルギーとバイタリティーがあるのだ。




 「ぼくが大学に行こうと思ったのは、第一にボケ防止が理由。人は歳を取ると物忘れがひどくなっていく。自分の人生がものを忘れるという『マイナスの時期』に入るなら、何でもいいからプラスの行動を始めれば、合わせてゼロになるかも知れない」




 欽ちゃんは、こうも言っている。



 「若い頃は、大学というと、勉強の出来る奴が行くところだと思っていた。でも、歳を取って、ふと考えてみれば、本当は、そうじゃない。勉強が出来ない奴が勉強をしに行く場所なんだ。ぼくみたいに、歳を取ったら、勉強は出来ません、ではなくて、勉強を積極的にしないといけない」




 一言、一言が頷ける。欽ちゃんの“爪の垢”でも煎じて飲ませていただきたいと思った。いい記事を読ませてもらった。(次回に続く)





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カメハメハ王朝の終焉

 「七転び八起き」とか「末広がり」といって、わが国では8は縁起のいい数字だ。しかしハワイ王朝にとって8という数字は、結果的にその終焉を意味する不吉なものであった。




 かつてこの王朝が支配したハワイには8つの島がある。南からハワイ島、マウイ島、ラナイ島、マルカイ島、オハフ島、カウアイ島、それに人を寄せ付けない無人島と、個人が所有する島だ。ご存知、州都ホノルルはオハフ島にある。


ハワイ_convert_20090430202936


 アラスカに次いで50番目の州になったハワイ全土の人口は今、ざっと120万人。うち約80万人がホノルルを中心としたオハフ島に住んでいるのだそうだ。一年中アロハシャツとサンダルがあれば過ごせる、まさに世界のリゾート地である。ワイキキの浜辺では1年を通してナイスバデイの若者たちが海水浴やサーフインを楽しみ、リタイアした老夫婦たちものんびり日光浴をしている。白人や黒人に混じって浜辺ではしゃぐ日本人の姿も少なくない。ただ、一年中アロハシャツとサンダルがあれば過ごせるということは、裏を返せば、ここで世界のファッションなどというものは決して生まれるはずがない。


ハワイ2_convert_20090430205554


 ハワイはもともとは一個の王国。あの有名なカメハメハ大王から始まって8人の王様が8つのハワイ諸島を支配するのである。しかし8世でハワイ王国は終焉を迎え、1889年、アメリカ合衆国に組み入れられる。建国から98年、ハワイ王国は100年足らずの歴史しかないし、アメリカになっての歴史も120年足らずということになる。


カメハメハ大王像


 ハワイ王国はどうして100年足らずで崩壊してしまったのか。ホノルルからそう遠くないところにあるビショップ・ミュウジアム(博物館)の学芸員によれば、血族結婚にその原因の一つがあった。ハワイ王朝は代々、王族間で婚姻が結ばれた。そのためか病弱の王が多く、100年足らずで8人が王様を交代するハメになった。ひとりが平均12年3ヵ月しか王位を勤めなかったことになるから、いかに短命政権が続いたかが分かる。


博物館


 そのことに気づいた王室は8世(女王)のとき、その婿に一般人を迎え入れた。しかし時はすでに遅く、8世の女王は20歳台の若さで病死、王家の血筋は完全に絶えてしまったのである。皇室間の婚姻に終止符を打ち、2代に渡って皇太子妃を一般人から迎かえたどこかの国とよく似ている。皇室ではないが、265年続いた徳川幕府の将軍職は15人。1人平均の在職期間は17年6ヵ月。やはり、それほど長くはないが、ハワイ王朝とはちょっと違う。徳川幕府は家柄を重んじた縁組の一方で、万一の場合を考え、後継者を確保する手段として公式に≪大奥≫というシステムを作った。そこには血縁の近い婚姻がもたらす弊害を避けようという意図もあったのである。



博物館2


 女王を亡くした婿は王家の全財産を学校や博物館の建設などハワイの公共事業に寄付、98年のハワイ王朝に終止符を打ったのである。その人の名がビショップ氏、この博物館も王朝が崩壊した年に建てられたものだ。
世界のリゾート地としての座をほしいままにしているハワイ。その原点を知る上で欠くことのできない施設である。


ミュージアム
ビショップ・ミュウジアム



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クルージングと出稼ぎ

自衛隊4


 船に乗ることに興味を覚えたきっかけは2年前のハワイ諸島めぐりのクルージング。昨年は海上自衛隊の体験航海に応募、横須賀や清水に飛んで、護衛艦に乗った。水平線に向かってすべるように進む船での航行はいかにもダイナミックで、気持ちがいい。体験航海だから操舵室や船橋(ブリッジ)にも入れてくれる。「面舵いっぱ~い」。海上らしいスマートな白の制服に身を包んだ自衛官が双眼鏡をのぞきながら前方を確認し、操舵室に運行指示を出している。肩と胸には階級章がついていて、それぞれの立場が一目で分かるようになっている。


自衛隊


 面舵とは右旋回、これに対して取り舵は左旋回のことを言う。「いっぱ~い」は30度のことをいうのだそうだ。つまり、船は左右30度の旋回が限度ということか。護衛艦は昔の駆逐艦。自衛隊は「駆逐」という言葉を避けているのだろうか。戦艦も客船も多くはタグボートを使って接岸したり、離岸する。しかし最近ではこのタグボートを使わすにすむ機能を備えた船が増えているのだそうだ。


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 護衛艦と客船は目的が異なるから、もちろん見た目も中身も違う。性能は別にして、双方ともレーダーを積載、船橋や操舵室もほぼ同じだろう。当然のことながら根本的に違うのはミサイルなどの搭載外観の色も違う。客船が極めてカラフルなのに対して護衛艦は敵の視界から見えにくいメタリック色だ。呼称は異なるが、客船でもキャプテン(艦長)以下、幹部は肩、または胸に階級章を付けていて、担当別のクルーの指揮を執っている。


自衛隊2


 例えばレストラン。クルーは幾つかのレストランを日替わりで担当しているようで、あっちこっちで同じ顔ぶれに出っくわして顔馴染みになったりもした。そのクルーばかりでなく、全艦の乗務員に言えることだが、白人より東南アジア人が多いように見えた。主にタイ、マレーシア、フィリピン人のようで、中には黒人もいた。




 日本で言うバイキング方式の大衆レストランはともかく、テーブルに高級ワインやシャンペンを並べ、個々にメニューを渡し、前菜からメーンデッシュ、デザートまでオーダーを取るレストランで、もたもたする私たちに「ジャパニーズ?」と声をかけてきた。「イエス」とこたえると「おげんきですか?」「こんにちは」と、愛想よく片言の日本語で返してくる。グアムの出身だというその男はそのクルーのチーフで、数年前、東京のホテルで接客の研修を受けたという。「研修ではなく、一度は日本に行きたい」とも。


食事_convert_20090430200808


 東南アジア系のクルーといえば、ハワイに来る時の飛行機の中でも同じような現象を見た。日航機だったが、かつてはスチュワーデスといった客室乗務員のほとんどがタイ人だった。この人たちをリードする日本人のアテンダントに内緒で聞いてみたら、日航では10年ぐらい前からタイ人女性を採用しているのだそうで、さらにフィリピン女性の採用を検討しているという。東南アジア系の採用は何れも人件費削減策に他ならない。ことの良し悪しは別に日本を除く東南アジア人の≪出稼ぎ範囲≫はあっちこっちに広がっている。そのみんなが、それぞれ夢を持って頑張っているのである。





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日本人の通り道

  獣道。文字の通り、鹿や熊など獣が通る道だ。山を歩いたことがおありの方なら、そんな「道」に出っくわしたことがおありだろう。人間ばかりでなく、獣だって習慣的に通る道があるのだ。今は女房からでさえ「メタボ人間」と蔑まれるわが身では、山登りどころか、ハイキングに毛が生えた程度の山菜採りだっておぼつかないのだから、そんな道に遭遇するはずがない。今は昔、そんなメタボ人間にだって、スリムで山を自在に飛び回った頃もあったのだ。


乙女高原2



  藪を縫い、曲がりくねりながら伸びる細い道。恐らく、人間には計り知れない動物達の悲喜こもごもの「ホームグラウンド」であり、「生活道路」の証なのだろう。その道のどこかに鹿や熊の親子が・・・。そんな思いを巡らすと、何故か少年のような夢の世界にも、いざなってくれる。毎年夏、ボランティアでユネスコの国際子供キャンプを率いて山梨、埼玉の県境にまたがる奥秩父連峰の乙女高原に行くのだが、あっちこっちに散らばる鹿やウサギの糞に出っくわした時、そこを飛び歩いていた野生動物の姿が頭に浮かぶ。そんな瞬間は結構楽しいものだ。このGW中も、その下見で登った山で何度も出会った。


乙女高原
乙女高原


 人間の通る道を獣道と一緒にしたら叱られるかもしれないが、人間にもそんな道があるような気がするのだ。外国旅行、特にツアー旅行の時である。ハワイであれ、イギリス、フランス、スペイン、イタリアであれ、日本人が歩く道は大なり小なり同じ。その昔、「ノーキョーさん」と揶揄された「旗」を立てての旅行はさすがに姿を消したものの、時代と共に変わる人気スポットは、ツアーを仕組む旅行社が違っても、そんなに変わるものではないらしい。私達はそのことに案外気付かないのだ。

旅行
コロンビアで


 いるいる。どこに行っても日本人に出っくわす。むろん相手側もそう思っているのだろう。二月、三月の春先には、卒業旅行と称した学生さん達、また一年を通しておばさんたちのグループが目立つ。新婚旅行らしい若いカップルだって少なくない。行く先々で日本人に会うものだから、とてつもなく沢山の日本人が外国のあっちこっちを歩いているような錯覚に陥るのだ。




 よく考えてみたら、何の事はない。成田や関空を毎日同じ時間に飛び立ち、同じような観光スポットを歩いているのだから、やたらと日本人に会うのは当たり前。会わない方がおかしいのだ。野生動物の獣道ならぬ人間達の旅行道を歩いているのに過ぎないのである。恐らく飛行機、一機か二機分に過ぎないお客の数だろう。



クルーズ


 それが証拠に、日本のツアーを外れて旅行してみたら、不思議と思えるほど日本人とは出っくわさない。丁度一年前のアメリカ旅行(大西洋―パナマー太平洋クルーズ)、今度の中国旅行(上海、蘇州)では、まったくと言うほど日本人の顔を見なかった。ちょっぴり孤独感を味わわないでもないが、広い外国、それが当たり前だ。出発時間、朝食、荷物出しの時間に到るまで、時間に縛られた旅行はもううんざり。これからは獣道ならぬ旅行道から外れた気ままの旅の方がいい。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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