ハワイの寿司屋

すし屋3


 「やあ~、お久しぶりですねえ。一年ぶりですかねえ。今回はどちらに?・・・。まあ、お座りになってくださいよ。旨いヤツ、握りますから・・・」




 鍵型に15人ぐらいは座れるカウンターには5、6人の白人や日系人らしいお客が座っていた。私達夫婦の顔を見るなり、まるで古くからの客のように、この寿司屋の大将は満面に笑みを浮かべながら迎えた。寿司屋の大将は、日本ならねじりハチマキが似合うのだが、ここはハワイ。白ずくめで、コックのような帽子を被っている。


すし屋4


 店の名前も「KABUKI」(歌舞伎)。ホノルルの市役所や図書館などがある市のいわば官庁街の一角にある。日本の新婚さんが結婚式を挙げることでも有名な教会のすぐ近くだ。夜の帳を下ろすと、この一帯もなんとなくムードを変える。店に入ると30人ぐらいは座れそうなテーブル席、その隣には畳の座敷が。カウンター席はテーブル席の左の奥まった所にある。比較的大きい部類の寿司屋さんだろう。


kabukiレストラン


 私自身もそうだが、店の大将は、古くからの顔馴染みのように思っているらしいが、この店に来るのは4度目。最初は仕事絡みで来た5、6年前のハワイ、ラスベカスの旅。次いで一昨年のハワイ6島クルーズ、昨年のアラスカクルーズ、そして大西洋―カリブ海―パナマ運河―太平洋クルーズの今回だ。




 最初のラスベカスを除いて、いずれも女房との弥次喜多旅行。8日間から、今回のように15日間の船旅だ。ステーキやローストビーフ、ロブスター、スパゲテーなど≪あちら≫のものばかり食べさせられていると、旅の何日目かになると、無性に寿司や天ぷらが食べたくなる。いつもハワイを拠点に動くことにしているから、ハワイに戻ってくると決まってこの店に。不思議と日本に帰ってきたような気持ちになるのだ。


寿司


 大将は新潟県出身で、64歳。三十数年前にハワイに来て、寿司屋を開いたという。同世代ということもあってか、妙に気が合うのだ。1年ぶりなのに私の好みまで覚えてくれている。「最初は鮪でしたね・・・。ヘイ鮪」と言いながら、私の好きなトロやウニ、イクラ、コハダやアオヤギ、アナゴなどを黙っていても握ってくれる。




 メニュー表はもちろん英語「ヘイ、ツナ(鮪)」。私たちとの会話は日本語だが、ほとんどが英語。当たり前のことだが、英語と日本語を使い分ける大将が奇妙に写る。正面には神棚が設えられていて、その脇には大きな目を見開いた招き猫が。


招き猫

 日本酒もあれば、キリンやアサヒ、サッポロと日本のビールも飲める。やっぱり日本酒がいいし、日本のビールがいい。でも、ビールの味が心なしか違う。カナダなどの工場で作っているのだそうだ。「やっぱり分かりますか」。大将は頷くように言った。




 「このシャリ、旨いね。新潟産?」



 「とんでもない。なんでもそうですが、日本から取り寄せたんじゃあ採算に合いませんよ。カリフォリニアですよ。結構いけるでしょう。日本人はカリフォリニア米をバカにするけど、旨いんですよ。寿司米は何も高級米でなくてもいいんです」





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食料の供給基地

クレーン2  


 「お父さん、あれなあに・・・」

15日間にわたった船旅の最終日の朝、いつもの朝と同じように12階にあるビッフェで朝食を摂っていた。女房はフォークとナイフを持ちながら、目で窓の外を差した。そこには、ただ青い空と海だけで、何もなかったはずなのに、いつのまにかの風景が。速度を落として滑るように動く窓には貨物船のような大小のクレーンが写っていた。船旅のゴール・ロス・アンゼルスに着いたのだ。


クレーン3


 ロス・アンゼルス港はとてつもなく大きな港だった。女房が「あれなあに・・・」とびっくりしたのは、クレーンの林。まるで飛び込んで来るように見える目の前のクレーンばかりでなく、広い港のあちこちに林立しているのだ。その間に間に貨物船が浮かびコンテナの山も見える。思わず、窓辺に寄って外を覗き込んだら、それはずっと向こうまで続いていた。




 ロス・アンゼルスはサンフランシスコと並んで米・西海岸の主要都市。海の港、空の港、共にアメリカの西の玄関口だ。世界の旅行者にとって、それぞれの交差点でもある。人の交通は、時間をかけずに移動出来る空の方がずっと多いのだろうが、海だって私たちが乗った船のように一隻寄港すれば4,000人近い人が一度に吐き出されるのだから、バカにならない数だろう。500人乗りのエアバス8機分だ。


クレーン4


 定かなデータがあるわけではないが、人の移動が空にウエイトがあるとすれば、物流は海の航路にある。船の方が一度に大量の物資を輸送できるに決まっている。石油なんかほとんどが船だろう。ロス・アンゼルスがあるカリフォルニア州は、世界の穀倉地帯のひとつ。米、麦、大豆、とうもろこし・・・・。メロンやパイナップル、マンゴウ、パパイヤ、葡萄、トマトやナス、キュウリなどの果物や野菜もそうだろう。




 日本の食料自給率はわずか40%。大半を外国に依存している。このロス・アンゼルスの港からも数多くの農産物が運ばれているのだろう。恐らく海産物だって同じだ。毎日、毎晩、山梨の片田舎の食卓に載っているものの一部がこの港から来ていると思うと、港ばかりか、港のあちこちに停泊する貨物船や、コンテナの山が無性に身近に感じた。


クレーン5


 林立するクレーンは、あるものは船からコンテナを下ろし、あるものは積み込んでいる。見る限り、コンテナは大小2種類。クレーンは手際よく貨物船への積み下ろしをしている。コンテナは、当たり前だが、輸送中に崩れることのないよう積み込む時に一つ一つロックされていく。コンテナの大きさを統一している訳が分かった。積み重ねるたびに「ガチャン、ガチャン」と音がする。崩れないように上下、左右をロックするのだ。




 収支と言ったらおかしいが、船に載るコンテナの数は入港時と出港時が同じであることが貨物船の掟だと言う。コンテナの中に荷物があろうがなかろうが、つまり空っぽでもコンテナを積まなければならない。もしこのバランスを崩せば、港によって空のコンテナが山積みされることになるのだ。空のコンテナを積んで帰らないのが経営手腕なのだろう。





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俺達やっぱり日本人

お茶漬け

 人間というヤツは我がままというか、贅沢なものだ。
「お父さん、やっぱりお茶漬けや味噌汁がいいね。ステーキやロブスターなんかもういいよ。わたしゃあ、温かいご飯にお新香だけだっていいさ」



 弥次さん、喜多さんではないが、女房と二人、外国人ばかりの船に乗って、一週間ぐらい経った頃だろうか、女房は私に向かってしみじみと言った。アメリカの最南端フロリダ州のマイアミを出て大西洋からカリブ海、パナマ運河を経て、太平洋に出た頃だった。


クルージング


 「お前もよく言うよなあ・・・。あれほど嬉々として食っていたくせに・・・」



 「それはそれよ・・・」



 事実、毎日、レストランやビッフェで、まるで食わなきゃあ損だ、といわんばかりに食べることに嬉々としていた女房が一転するのだ。15日間のクルーズ中、朝、昼、晩、食事は船の中のレストランやビッフェで摂った。コロンビアやパナマ、エクアドル、コスタリカ、メキシコ、サンディエゴなど寄港地でのツアーの時も船に戻って食べた。


船


 13あるというレストラン、ビッフェのうち、低額だが有料のバー方式のレストランを除いて全てが無料で食べ放題。その時の好みやお腹の調子で≪食事処≫を変えるのだ。気軽に何でも自由に食べたい時にはビッフェ。ディナーのようにちょっとお洒落に落ち着いて食べたい時にはそれなりのレストランへ。普段着だと、ちょっと肩身が狭いような、そんなレストランもあれば、比較的軽めのメニューを用意してくれているレストランもある。


船上


 ビッフェは、いわゆる大衆的で、日本風で言うヴァイキング方式。パンやハム、ベーコン、サラミ、ヨーグルトや牛乳、ジュース、肉や魚、豆やコーン、フルーツ・・・。それぞれあらゆる種類が用意されている。肉を例にとってもステーキを好みで焼いてくれもすれば、ローストビーフも好みの厚さに。もちろんチキンだってある。フルーツだってオレンジ、バナナ、葡萄、梨、林檎、桃、西瓜は当たり前。メロンやパイナップル、アボカド、マンゴー・・・。名前も分からないようなものも並んでいる。




 チーズやヨーグルト、ジャムも同じで、よくもこれほどそろえたものだと思うほどの種類が。朝は目の前でスクランブルやオムレツを作ってくれる。その具も何種類もあって、好みに応じてくれるのだ。そんな具合だから、例え朝であっても、あれもこれもと目が食べたくなってしまうのだ。勢い、大きなお皿はいっぱい。てんこ盛りに。

オムレツ


 レストランだって同じ。フランス料理、イタリア料理とさまざまなメニューを用意してくれていて、欧米人との胃袋の違いだろうか、一つ一つの量が多いのだ。確かに美味しい。目が食べたいばかりか、貧乏人の嵯峨が頭をもたげ、正直言って≪欲≫で食べてしまうのだ。「せっかくのダイエットが・・・」と、一方の自分がブレーキをかけるのだが・・・。




 しかし、そんな毎日が続くと、女房ではないが、あっさりした日本食が恋しくなる。ある意味、カルチャーショックだ。外国へ旅行したあと、いつも思うのだが、お茶漬け、お新香、熱い味噌汁が一番旨い。やっぱり俺達夫婦は日本人だ。根っからの貧乏人かも。

味噌汁



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異国の文化

スシ

 よく考えてみれば、異国の文化などというものはそのまま伝わったり、そのまま受け入れられるものではないのだ。今度のアメリカ旅行中、あっちこっちで見たり、接した日本の文化は、一見へんてこりんに、見ようによってはものの見事にアレンジされて、人々の間に、何事もなげに息づいていた。食の文化もしかり、風俗習慣もしかりだ。言葉だってそうかも知れない。




 確かに寿司は日本生まれだ。だからといって、そのシャリはササニシキやコシヒカリなど日本米でなくて、あの大きくて細長いカリフォリニア米でいいし、その国の舌に合わなかったらシャリに酢を打たなくたっていい。ネタだって鮪や海老、烏賊や蛸、コハダやアオヤギなどの生鮮海産物ではなく、果物野菜だっていいのだ。現に日本の回転寿司だってアボカドやメロンの寿司も登場している。家族連れの子供たちは、むしろ自然に受け入れてしまっているのだ。




中華


 立場を変えて、私たちが日本で口にしている中国料理は、はたして本当の中国料理か。北京料理とか上海、広東、四川といった料理は大なり、小なり日本風にアレンジされているのである。日本人の舌に合わせてあるのだ。横浜の中華街で食べる中華料理だって何の違和感もないのはそのためである。




 もう20年ぐらい前のことだが、北京に近い河北省の省都・石家荘を訪ねたことがある。そこは、かつて日本軍が駐留したこともある所だそうだが、私が訪ねた当時、日本人観光客は極めて少ない地域だった。食事をした時のことだ。テーブルに並ぶ美味しそうな料理はどれも香料?が強い。当然のように、その感じ方が口を突いて出る。中には「ふりかけか梅干でも持ってくれば良かった」と、言う人も出る始末。


中華2


 驚いたのはその翌日だ。日本人の鼻を突いたその香料がものの見事に消えていた。言葉が分からないかのように前日は、何の反応も見せなかったレストラン側が、中国料理を私たちの口に合わせてしまったのである。同席した日本人は顔を見合わせて一瞬ホッとした。でも待てよ。私たちはお陰で滞在中、本当の河北料理を食べなかったことになる。





 漢字。いうまでもなく日本には中国から伝わった。しかし、同じ字を書きながら≪本家≫の中国と日本ではその意味が全く違うものは少なくない。例えば、中国ではトイレットペーパーの意味がある「手紙」がどうしたことか日本に来たら、便りの手紙に。中国の「火車」は日本では「汽車」。因みに日本の「汽車」は、中国では「自動車」なのだ。




 伝わる過程で変わったのか、故意に変えたのかは分からないが、文化の移動には、こんなことはおおよそ付き物だろう。≪本家≫から見たり、自分側から見れば、へんてこりんだが、実は人種や国境を越えれば、当たり前のことかもしれない。私たちが今、何事もないように受け入れている外国の食文化や習慣、マナーだって≪本家≫の国の人達から見れば、へんてこりんに写ることはいっぱいあるに違いない。片方の違和感で目くじらを立てたって仕方がない。文化とはおおよそそんなものだろう。





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梅雨と紫陽花

紫陽花  


 雨には紫陽花が良く似合う。雨というより梅雨と言った方がいいかもしれない。我が家の紫陽花は今が見ごろ。植え込みのあっちこっちで花を咲かせている。直径20cmを超すような大きなものもあれば、ひと回りもふた回りも小さいものも。白っぽい花がやがて青く、また紫にも変わる。紫陽花とはよく言ったものだ。その表情は、その時々、見事に変化する。梅雨の合間、夏の日差しを浴びれば、いっそう爽やかに、雨に打たれれば梅雨空の鬱陶しさをぶっ飛ばしてくれもする。


紫陽花3

 紫陽花は思ったより逞しい植物である。放って置くとどんどん枝を増やすし、大きくもなる。だから私は花が終わった後の夏以降、秋口に毎年、かなり乱暴ぐらいに傷めてやる。株が大きくなると周りの植え込みとの調和を損なうからだ。ただ、ここ1~2年の経験からすると、あまり傷めすぎると花は確実に小ぶりになる。


紫陽花2


 初春が梅なら、春爛漫は桜。そしてこの時期の梅雨とくれば花は間違いなく紫陽花だ。日本の四季の中で欠くことのできない存在である。梅や桜と間を置いて全国の紫陽花の名所がテレビや新聞で紹介され、名所はどこも見物客で賑わう。見物客は梅雨空なんて何のその。傘を差してでも足を運ぶのである。梅や桜には雨は似合わないのだが、不思議と紫陽花には雨傘がよく似合うのだ。


雨傘  


 「○○には○○がよく似合う」。どこかで聞き覚えのあるフレーズだ。そう。あの太宰治が「富嶽百景」の中で書いた「富士には月見草がよく似合う」である。その碑は山梨県の御坂峠にある天下茶屋のすぐ近くにある。御坂峠は富士五湖のひとつ・河口湖の高台にあって、正面に雄大な富士を望むことが出来る。


富士には月見草が良く似合う

 この付近には月見草の姿は見えない。太宰が富士によく似合うとした月見草がどこのものだったかは私には分からないが、ここに、その碑が建立されたのは天下茶屋が拠り所であることは間違いない。太宰は天下茶屋に2ヶ月あまり滞在、未完の小説「火の鳥」を執筆。その時の体験を基に書いたのが「富嶽百景」だ。だから、この天下茶屋には一年を通して太宰をしのぶ人達が訪れるし「桜桃忌」には大勢の太宰ファンが集まる。



 月見草は、その名の響きからロマンチックにも聞こえるが、どこの野辺にもありそうな、しがない花だ。夕方に咲き、日中は花を閉じるから人の目には付きにくい。紫陽花のように、どこにでもありそうでいて、どこにでもない花とは違う。いわゆる野辺の花である。甲府盆地のど真ん中を流れる富士川の支流・笛吹川の土手には、かつていっぱい咲いていた。しかし、いつの頃からか、その姿をほとんど見かけなくなった。


紫陽花4

 紫陽花のような逞しさや人気もない。太宰が「富士には月見草がよく似合う」と書かなかったら、とっくに人々の頭の中から忘れ去られていただろう。俳句や短歌にもしばしば登場する紫陽花。一方、太宰に取り上げられて永遠に残る月見草。この二つの花は、はっきりと明暗を分ける。紫陽花に向けてカメラのシャッターを切りながらそう思った。






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文化とは何だ?

ショー


 何かヘンだ。外国人から見た日本の文化とは一体なんだ、とつくづく思った。実際とみんな何かちぐはぐなのだ。15日間の大西洋―カリブ海―パナマ―太平洋クルーズを中心にした約1ヶ月のアメリカ旅行で、そんな場面に度々出っくわした。
例えば、今度の旅のメーンとなった船の中。インフォーメーションカウンターやロビーがある7階には「スシバー」(SUSHI BAR)がある。その隣には「鉄板焼きバー」(TETSUPANYAKI BAR)が。鉄板焼きはともかく、なんとなく違和感を感ずるのは寿司屋だ。


スシバー1  寿司あー2


 カウンターはそこそこ。その中で寿司を握っているのは、恐らく東南アジアの若者らしい男だった。私よりかなり≪日焼け≫していた。新鮮な魚介類を扱う職人が持つ「威勢」や「愛想」などというものは微塵もなく、黙々と客の注文に応じている。お客はみんな白人だ。箸と並んでフォークも。それはそれでいい。問題は寿司そのものだ。





 もちろん、鮪もあれば、海老もある。ところが、メーンは巻き寿司。海苔巻きかというとそうではない。太巻きの中の渦には海苔が見えるのだが、周りには海苔はない。中身の芯はピーマンパプリカ。日本の定番、芋の弦やかんぴょう、玉子焼き、キュウリなどは入っていない。シャリはというと、細長い大きな粒のカリフォルニア米。もっとピンとこないのはシャリに酢を打っていないことだ。


 


 そういっては失礼だが、食えたシロモノではない。寿司の命はシャリ。酢の微妙な使い方も旨さを醸し出すコツだ。日本の寿司屋では「むらさき」と呼ぶ醤油は、欧米では「ショウイソース」として、テーブルに載り「キッコウマン」や「ヤマサ」は知る人ぞ、知っている。ところが、酢というのは舌が理解しないのだろう。




 日本ならこんな寿司屋にお客は来ないに違いない。ところが毎晩、そこそこ賑わっている。目を内装に向けると、壁のデザインは唐草模様の原型。あのラーメンのどんぶりに描かれているデザインだ。店の雰囲気は中国風といった感じ。欧米人は日本と中国の区別が分からないらしい。


芸者ショー


 船には1,500人前後のキャパシティをもつ立派なシアターがあって、毎晩、趣向を凝らしたステージを繰り広げる。ジャズやクラッシックのコンサートもあれば、プレビューやマジック、コントのショーも。14日間、乗客を飽きさせない。そのフィナーレは「芸者」(GEISHIYA)をテーマにしたダンスのショーだった。足の長い、それは綺麗な白人や黒人女性が和服に草履、下駄履き姿で登場、ロックミュージックに乗って踊るのだ。


芸者ショー2


 ショーには二本差のサムライや忍者も。朱の欄干、滝、朱の鳥居もバックで彩を添え、ステージから客席に向けては、頭上に提灯が。その提灯に書かれている文字は「吉祥」や「大吉」。日本のゲイシャをロックで表現、提灯は中国風。その違和感が面白い。女房は
「あれなあに。へんてこりんよねえ・・・」


 

 寿司にしろ、ステージにしろ異国の文化を受け入れる側は、それを自在にアレンジする。





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レディファーストと女房

船上  


 「お父さん、外国じゃあ、みんなあのようにするんですよ。レディファースト、レディファースト。お父さんもそうしなきゃあ・・・」




 「バカ、俺は日本人だ。そんな事が出来るか・・・」



 ディナーのレストランで、隣のテーブルに案内されてきた紳士然とした男性は、恐らく奥さんだろう、連れ添って来た女性の椅子を静かに引いて座らせ、その後で向かいの席に座った。それを見ていた女房はいかにも私にもそうしろ、と言わんばかりに、そう言う。


レストラン


 大西洋―カリブ海―パナマ―太平洋クルーズの船の中では、13ある大小のレストランで朝、昼、晩、それぞれの好みで食事を取れるようになっている。この13のレストランの中には、一部「スシバー」とか「テッパンヤキ」といった、いわゆるバー方式のレストランがあるが、これを除いて、いずれも無料。食べ放題だ。
 
スシバー


 ビッフェと言うのだが、日本風に言うバイキング方式の大衆型のレストランもあれば、見るからに高級なワインやシャンパンを並べ、タキシード姿のボーイがオーダーのためのメニュー表を渡してくれるレストランもある。


メニュー表  


 「お父さん、このワインやシャンパン、只じゃあないんでしょうね」



 「バカ、そんなにでっかい声で言うな。当たり前じゃあないか。ドリンク類だけはどこだって有料だよ」


 「そうなの?大きな声って言うけど、みんな日本語なんて分かる人、いないわよ」



 貧乏人は毎晩、そんな高級ワインやシャンパンを飲むわけには行かない。ボーイの問いに「ノー サンキュー」。こちらには、そんな事もあろうかと、成田の免税店から買い込んで来た高級日本酒があるのだ。免税だから「久保田の万寿」だって、そこそこ安い。


演奏  


 ブレックファーストやランチはともかく、ディナーの時には、ほとんどが正装?に着替えてやって来る。男性はスーツ姿、女性はイブニングドレスだ。昼間、プールやデッキ、バスケットボールコートやゴルフの打ちっ放しでくつろぐ姿とは装いを変えるのである。




 女房がまるで鬼の首でも取ったように言うレディファースト。その言葉に、なぜか、甲府にある山梨学院大学に初代の学長をお訪ねした若い頃の事を思い出した。現学長のお父さんで、みんなが「髭の学長」というほど立派なカイゼル髭を蓄えていた。その学長先生はカイゼル髭をねじり上げながら、ちょうど子供ほどの若い私にこう言うのである。




 「先生はナイト武士の違いが分かりますか」


 「先生などと、おっしゃらないでください。それはともかく、ナイトと武士はヨーロッパと日本の違いで、その根底にあるものは同じではないでしょうか.ナイトはイギリス中世の騎士階級に由来した称号…」



 その時、学長は答えを言わなかった。ここでは女房の言うレディファーストとナイトをオーバーラップしたのだが、日本はいまやレディファーストの先進国。「かかあ天下」という言葉がそれで、世の女房族の多くは亭主を尻に敷いているのである。欧米の弱きものをいたわるレディファーストなんて言葉は日本では逆だ。






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レディファーストの苦労

名称未設定-4


 日本の「かかあ天下」はともかく、アメリカのレディファーストの精神は徹底している。アメリカというより欧米といった方がいいのかもしれないが、とにかく日常に根付いている。車の乗り降りもそうだし、エレベーターだってそうだ。車もドアを開け、ご婦人を乗せた後、男性は、その反対側に廻って乗り込むのである。降りる場合も同じだ。




 エレベーターだって男性は女性を乗せて、後から乗り込む。船では毎朝、周回できるデッキを散歩、ウオーキングするカップルが。年配者が目立つ。ご夫婦だろう。ほとんどが手を繋いでいる。日本でも手を繋いで街ゆく若いカップルが目立つようになった。恋人、愛情の表現だろうが、待てよ。アメリカのそれは、日本の若者達のそれとちょっと違うような気がした。


レディーファースト


 つまり、愛情の表現もさることながら、そこには男性の女性に対する、いたわりの心、ナイトの精神があるように思えた。ナイトといえば、同意語のように武士が。外国人は、日本といえば侍をイメージし、腹切り(切腹)をイメージする人が少なくないという。事実、今度の大西洋―パナマ―太平洋クルーズ中、毎晩のように通ったカジノでもデーラー達は日本人の私に、親しみを込めて「サムライ」「ハラ キリー」と言った。




 三島由紀夫著書「葉隠れ入門」の中で葉隠れ武士の精神だろう「武士道とは死ぬことと見つけたり」と書いている。とにかく、外国人に日本―サムライ―ハラキリと言われるのは愉快なものではない。男の哲学だろうが、武士道にだってナイトにも似た哲学があるはずなのだ。レディファーストを全てに地でいく船の中でそんな事を思ったものだ。

船



 タキシードを着たボーイは、レストランで私たち二人をテーブルに案内すると決まって、奥まったところの椅子に女房を座らせた上で、メニュー表も先に渡してオーダーを取るのだ。全てが女性優先。まあ、そんなことはどっちでもいい。スープ、サラダ、ステーキ、チキン、アイスクリームくらいは分かるが、その中身の説明もさることながら、メニュー表いっぱいに書かれている横文字を見ているとチンプンかんぷん。それだけで、食欲をなくすのだ。田舎者の私なんか、こんな高級レストランより大衆的なビッフェの方がいい。


料理


 そこにいくと女は逞しい。女房はこれから出てくるご馳走を想像してか目を輝かせている。もちろん、メニュー表の横文字なんか読めるはずがないから「これとこれ」と言った具合に指差すのだ。だから、何が出て来るかは分からないのだが、前菜、スープ、メインデッシュ、デザートと一応形は整う。




 失敗は明日への糧。自信にも繋がる。最初のクルーズ、つまり3年前のハワイ6島の旅で、女房はメニュー表が読めないばかりか、前菜もメインデッシュの区別も分からず「これとこれ」とやったものだから、テーブルにはメインデッシュが3つも4つも。冷や汗ものだった。さすがに、女房も今度はその徹は踏まない。レディファーストに懲りたのか、今度は「お父さん、これなんとなく美味しそうだよねえ」と、私の顔を見るのだ。その顔は、やっぱり「レディファーストはもういいよ」と言いたそうだった。






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ワイドなスクリーン

海1

 船のデッキで手摺に寄りかかって見るのもよし、デッキに並べられた長椅子に寝っ転がって見るのもよし、そこから見える空は圧巻だ。何も考えずに、である。大西洋のキューバやカリブ海の南米・コロンビア、そこからパナマ運河を通り抜けると、そこは太平洋。さらに船は中南米のパナマ、コスタリカ、エクアドル、ガテマラ、メキシコと地図上では、その沿岸を進むのだが、島のひとつ、ましてや大陸の端だって見えない。いわば、船は海のど真ん中を航行するのである。ただ見えるのは青い海青い空だけ。海によく似合うカモメだって一匹もいない。




 「何も考えずに・・・」と書いたのは、大西洋や太平洋のど真ん中に、ちっぽけな自分の身を置いたら、不思議な事に何も考えなくてもよくなるのだ。考えるとすれば「この海は日本にも繋がっているのだなあ」という、ロマンだけだ。大きな海と大きな空を見ていたら、みみっちく、煩わしい日常なんか入り込む余地がない。


海5


 それが海のもたらす魅力だ。私がクルージングにはまっているのも実はそこにある。決してお世辞にもロマンチストと言えない女房でさえ、デッキで心地よい潮風を頬に受けながら、こんなことを漏らした。




 「お父さん、海っていいね。この海、何にもない海を見ていると、ちまちましたことなんか、どっちでもよくなるね」


海6

 確かにそうだろう。誰がどう言ったとか、果てはスーパーの大根が一本いくら安い、などといった日常を過ごしている女房にしてみれば、なおさらかも知れない。




 一言で海とか空と言っても、その様は千変万化。朝、昼、晩、その時々に見事といっていいほど表情を変える。よく見れば一度として同じ顔を見せないのだ。海のことは前回のブログで書いた。海も、その変化はとても文字や文章で表現出来るものではないが、空だって全く同じである。


海2

 船のデッキや甲板の船首、船尾で見る海と空は、まるで手が届くようなところにある水平線がその境界をくっきりと分けている。どこにいても180度見える水平線は、地球が丸いことを思わせるように弧を描いている。それほど遠くない水平線の向こうで、海の水がこぼれてしまわないかと思うくらいだ。




 大きな空は、まるで大パノラマだ。あのプッツリ切れる水平線の向こうには何があるのだろうか。コロンブスやマジェランが大海に漕ぎ出した気持ちがよく分かる。大航海時代、土佐の海から漕ぎ出したジョン万次郎の気持ちも全く同じだったのだろう。一方で、この海のどこかで、今も昔も海賊が暗躍すると思うと、映画の世界にでも飛び込んだような気分になる。



海3

 銀幕の世界で、ワイドスクリーンが生まれた頃、シネマスコープという言葉が使われた。水平線から始まる空は、とてつもなく大きなシネマスコープで、4層、六層の屏風なんてものではない。狩野派や洋画のどんな優れた画家だって、このキャンパスは埋められまい。


海4


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表情豊かな海

海


 「海は広いな 大きいな・・・・」
ご存知、童謡「海」の一節だ。子供の頃よく口ずさんだ。「松原遠く 消ゆるところ・・・」と歌い出す、やはり海をテーマにした文部省唱歌もある。





 童謡や文部省唱歌ばかりではない。クラッシックにだってあの有名なショパンの「大洋」のように海をテーマにした曲は世界にも多い。日本の歌謡曲だって同じだ。海をテーマにした歌は、恐らく山よりはるかに多いだろう。人間の海への憧れがそうしたに違いない。



海2

 私は、このが大好きだ。周囲を山に囲まれた山梨の片田舎に生まれ育ったせいなのか、海への憧れは人一倍強い。内陸に住む人間の≪ないものねだり≫なのかもしれないし、あるいはコンプレックスの裏返しかも。





 娘が小さいころは、なかなか取れない勤めの休みをやり繰りして伊豆や湘南へ海水浴に出かけた。若い頃は、ガールフレンドと海を見に何度もドライブしたことも。おっと、このブログ、女房に覗かれてもいけないので、あえて注釈をつけておく。「若い時」だ。


デッキ2

 今度の大西洋―パナマ―太平洋クルーズもそれへの憧れのひとつにほかならない。昨年6月のアラスカ、一昨年のハワイ6島のクルーズに次ぐ、私たち夫婦にとっては第3弾の海の旅である。前2回は8日間、今回は15日間。海への憧れもさることながら、ホテルを移動しなくても済む船の旅は、ものぐさ人間にはうってつけなのである。


デッキ

 レストランでのちょっと早いディナーで、シャンパンやワインを飲み過ぎた時、船の中の遊びに飽きた時、決まって7階のデッキや13階、14階の甲板に出た。海風を吸うためだ。そんなこともあろうと、成田空港で買い込んで来た何冊かの本もデッキの椅子に寝っころがって読んだりもした。サングラスをした白人や黒人も、やはり同じことをしていた。



プールの前で  

 船は次の寄港地まで二日も三日も走り続けることもある。見えるのはただでっかい海と抜けるような青い空だけ。そんな海や空を見ていても少しも飽きない。飽きるどころか、時を忘れるほど面白いのだ。海と空は、その時々、その節目が分からないように表情を変えるのである。





 海。青いと思っていたが、大間違い。ある時は青く、ある時はエメラルドに。藍より青い時もあるし、どす黒い海に変わることもある。同じ青、同じ黒といってもみんな微妙に色合いを異にするのだ。太陽光線の強弱や角度によっても変わるし、風によっても表情を変える。船のスクリューにかき回され、それにピタッと合った光線を浴びれば、エメラルドに。光線の角度によって、えもいわれぬエメラルドグリーンにも変わる。もちろん朝の顔と、昼間や夜の顔も違う。


海へ  

 星空の下での航行もいい。夜のデッキに立つとちょっぴり肌寒いが、どす黒く、不気味でさえある海とは対照的に、今にも降って来そうな無数の星が。誰だってロマンチックになる。「南十字星はどこだ?」と、独り言のようにつぶやくと、隣にいた女房が「お父さん、見えるわけ、ないじゃん。ここは北半球なのよ」。つい勘違い。女房のおっしゃる通りだ。




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船のパイロット

船のパイロット   


 パナマ運河は、アメリカからその管理運営権を勝ち取ったパナマ政府にとって、まさにドル箱に違いない。運河を通してもらう経費は半端なものではない。航行する船に乗り込んで船内アナウンスをする広報担当嬢によると、この運河で働く職員はざっと9,000人。この人数から類推しても、いかに経費がかかるか、おおよそ見当がつこうというものだ。運河の構造や歴史をアナウンスするこの担当者も運河の職員の一人なのである。大西洋―カリブ海―パナマ運河―太平洋の航路を持つ客船だから、運河を紹介するアナウンスくらい自前でやればいいのに、と思うのだが、港湾労働者、海の男達の掟なのだろう。


自衛隊


 海の港には、一般には知られざる≪掟≫がある。それぞれの港にいるパイロットと、そのパイロットの指示に従って船を押すタグボートの存在だ。空の港・空港で飛行機が勝手に離発着できないのと同じである。飛行機はいかなる事があっても管制塔の指示を受けて航行しなければならないのだ。飛行機のパイロットには離発着の裁量権はない。


タグボート


 飛行機の機長に当たるのが、言うまでもなく船では船長。大海では船の航行の一切を指揮するが、港への入港、また出港は全てその港のパイロットに指揮を委ねるのである。パナマ運河もそうだが、港の沖合いまで来ると、どこからやって来るのか、モーターボートの男が船に乗り込む。港のパイロットである。モーターボートは航行中の船のデッキにピタリと張り付き、パイロットを乗り込ませるのだ。港を出港する場合も同じで、船を沖合いまで出すと、迎えに来たモーターボートで航行中の船から帰って行くのである。


 

 掟と言うより、港の安全管理上、欠かせないシステムなのだ。パイロットは港の隅々まで熟知している。次々にやってくる船舶を安全、的確に港に迎え入れ、また沖に出すのだ。その秩序を崩し、万一、港の中で事故やトラブルでも起こしたら、大混乱を招くばかりか、場合によっては港としての機能を失うことになる。


船のパイロット2


 パイロットの指示で船を動かすのがタグボート。パイロットのモーターボートと前後してやって来て、船の両側にピタリと付いて押して行くのである。入港にしても、出港にしても全ての船舶は、この2艘のタグボートに全面的にお任せ。見ていると、こんなに小さな、たった2艘のタグボートのどこにそんな力があるのだろう、と思うほど大きな船を自在に操るのである。




 船が桟橋に接岸、ブイにロープがかかると、パイロットの任務は終わる。タグボートもどこかに姿を消す。出港の場合は、港のはるか外の沖合いまで誘導、Uターンするのだ。船はだんだんスピードを上げ、さらに沖へと進んでいく。パイロットはそのスピードを上げる船から巧みにモーターボートに乗り移って帰って行くのである。

船のパイロット3


 客船であれ、軍艦であれ、船の航行指揮はブリッチ(船橋)で執る。そのブリッチは船首の一番高いところにあって、実際に船を動かす操舵室は別の部屋。つまり、ブリッチから操舵室に指示が流れて船は動くのだが、恐らく、入港、出港時は港のパイロットとタグボートにその全てを任すのだろう。タグボートは、いわば操舵室の役割を果たすのだ。






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陸のタグボート

ボート

 PANAMA KANALは中央アメリカのパナマ地峡を横断して、カリブ海と太平洋を結ぶ運河である。具体的にはカリブ海側のクリストバルという港から太平洋側のバルホアという港までの全長82kmの水路を言うのだ。




 閘門式を採用しているのが特徴。つまり、カトゥンの三段式の閘門、ペトロ・ミクルの一段式閘門、ミラプロレスの二段式閘門で構成されている。分かり易く言えば、閘門は船舶を高低差の大きい水面で昇降させる装置。二つの水門で仕切られた、いわばプールのような閘室を駆使して船を標高27メートルの丘陵に持ち上げ、また下ろしていくのだ。



陸のタグボート


 順を追って説明すると、2,500人を超す乗客と約1,200人の乗員を乗せた船は、カリブ海側の港・クリストバル港から運河を11km航行、川をせき止めて造った人造湖・カトゥン湖へ入る。そこからパナマ地峡の背骨ともいえる丘陵地帯を掘削して造ったクレプラ掘割へ。次いでペトロ・ミゲルの閘門で船は、標高17mまで下げられ、さらにミラプロレスの閘門で海水面まで下げられるのだ。そこから約13㎞航行すると太平洋側のバルホア港に着くのである。この間の所要時間は約8時間。


陸のタグボード2


 一番の見所は、閘門と呼ばれる扉で仕切られ、水が増えたり、減ったりする水路を船が航行する瞬間だ。往復だろう何本かの水路があって、私たちの船の隣の水路では、3艘のヨットと、それほど大きくないタンカーが同じように太平洋方向に静かに移動していた。その場面はちょうど最後の閘門、つまり太平洋側の港の海面水位まで下げていく瞬間だから、プール状の水路の水はどんどん吐き出されていく。船は見る見る水路の底に沈んでいくのだ。その水位が海面とひとつになったところで、観音開きの分厚い鉄の扉が開いて、船は何事もなかったように海水面に出て行くのである。





 ここでの船は自力での航行はしない。水路の両側には電車のレールのようなものが敷かれてあって、そこを機関車のようなものが両側から等距離に船と繋いだロープで引っ張り、慎重に誘導するのだ。タグボートについては次回、改めて触れるが、このレールの上から誘導する両側の機械は、いわば≪陸のタグボート≫みたいなものだ。


陸のタグボード3


 もちろん、専門的な呼び名があるのだろう。船内アナウンスの広報担当者は当然、この事にも触れているのだろうが、英語を聞き取れない日本人、いまさら地団駄を踏んだところでどうにもならない。


船


 私たちが乗った船は、このパナマ運河を航行する最大級の大きさなのだろう。船体と水路の両側のコンクリート壁の間は1m足らず。≪陸のタグボート≫は、そのどでかい船体を両側のわずか1本のロープで、事も無げに運河を渡してしまうのである。水路のコンクリート壁に船体の一部と言えどもこすろうものなら、船は万事休す。そこに立ち往生せざるを得なくなるのだ。パナマ運河は中東のスエズ運河と並んで世界の海のバイパス。大小を問わず世界の船がひっきりなしに航行するのである。造った人達のロマンもさることながら、運行を管理する人達のロマンも平凡な私にも伝わってくる。





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性善説と性悪説

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 性善説が正しいのか、それとも性悪説? 小難しく聞こえるかも知れないが、2歳になって間もないとは言え、日に日に成長して行く孫娘を見ていて、そんなことを考えた。人間、生まれながらに悪の素質を持っているわけないよ。一日中、無邪気に飛び回る孫の姿や振る舞いを見ていてそう思った。




 ご存じ、性善説は孟子が説いた。人間は、そもそもは善行を行うべき道徳的な本性を持っている、と言うのだ。人間がしばしば行う悪の行為は、その本性を汚し、隠蔽する行為から起こるという正統的な儒教の人間観である。一方、荀子が首唱した性悪説は、人間の本性はそもそも利己的で、善の行為は後天的習得によってのみ可能になるという説だ。




 言い換えると、この二つは、人間は生まれつきは善だが、成長すると悪業を学ぶ、と言うのが性善説。片や、人間は、生まれつきは悪だが、成長すると善を学ぶ、と言うのが性悪説だ。さて、どっちが本当? 分からない。


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 幼い孫娘を見ながら「この子に悪が宿っているはずがない」と、思う一方で、荀子がいう利己的な本性を覗かせることも確かにあるのだ。かたくなに「イヤ、イヤ」を連発したり、「ダメ、ダメ」と、大人の言うことを拒否しても見せる。こんな傾向は、寝起きの時に顕著。本性とも思えるのだ。孟子の性善説を支持したいのだが、さもない孫娘の言動から、荀子が言っている性悪説も分からないでもない気がした。




 「オギャ~」。人間は生まれた時には目も見えなければ、耳も聞こえないが、声を出すことは知っている。やがて、這うことを覚え、二本脚で歩く。言葉を覚えると、自ら言動したり、他人の言うことも聴くことが出来るようになるのだ。時には従順に、一方で反抗もする。母親が手を焼く「かんの虫」という、よく考えると、理解しがたい言葉だってある。


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 若者達の凶悪事件が後を絶たない。子供が親を殺し、女子学生が、何の恨みもない同級生を殺して「解剖してみたかった」と、平然と言ってのける。「むしゃくしゃするから…」と、何の関係もない幼い子を殺したり、街中で無差別殺人もやってのけるのである。その動機は極めて短絡的だ。




 昔も子供が親を殺す事件は、あった。でも今、あっちこっちで起きている事件とは性格が違った。懸命な介護に疲れて自信を失い、親の行く末をふびんに思い、やむなく殺害の道を選ぶケースや不治の病に苦しむ年老いた親を、何とか楽にしてやろう、と手をかけるケース。殺人に変わりはないが、若者達がしばしば起こす短絡的な事件とは、ちょっと異なっていたような気がする。




 女性の凶悪殺人事件も珍しくなくなった。カレーにヒ素を混入、地域の人達の大量殺人を謀った事件は記憶に新しいし、結婚を繰り返しながら、保険金や財産目当てに何人もの年配男性を殺害した主婦。「女性は怖い」。世の男性を震え上がらせた。




 人間は、そもそも利己的な動物なのか。生きる環境や受ける教育によっても人の諸行は違って来る。性善説か性悪説かではなく、その両方なのかも知れない。





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孫娘とママ

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 我が国の少子化は進む一方。いっこうに歯止めが掛からない。特に地方は深刻で、過疎化に拍車を掛ける導火線になっている。公的機関の人口推計調査によると、このまま推移すれば、何十年か後には自治体の体を失い、消滅する町や村が出て来るのだという。データで見る限り、その数は半端ではない。政府は「地方創生」を旗印に、対策に乗り出してはいるものの、その実効は疑問。かけ声倒れの感もある。




 死活問題に発展しかねない幼稚園は深刻。子供が減れば、経営を圧迫するのは当たり前。地方では園児の獲得合戦に躍起だ。私達夫婦が山梨市の田舎に戻った後、娘達夫婦と孫娘が住んでいる甲府では、送り迎えのバスを走らせて、体験入園を募ったり、子供ばかりでなく、親も招いてアピールイベントを開くなど、あの手この手。入園後の園児の送り迎えは当たり前になった。むろん園の専用バス。運行は広範囲に及んでいる。


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 「明日は○○幼稚園に行くの。あの幼稚園は設備が整っているんだよ。鉄棒や砂場などさまざまな遊具の中にはトランポリンなどもあるんだから…」




 ノロマとばかり思っていた娘は、結構したたかな母親になっていた。2歳になったばかりの孫娘を連れて“下見”をしているのである。どうやら、いくつかの幼稚園を回っているらしい。“下見”の入り口となる情報は、どこから得るのか知らないが、若いお母さん達の情報網は、どこかにちゃんとあるのだろう。3歳からの入園をもくろんでいるようだ。




 肝心なのは連れ回される孫娘だが、結構、喜んでいるらしい。




 「昼食のお弁当を持って行くのだけれど、お友達と一日中、嬉々として遊んでいるのよ」




 母親の娘は、そう言って目を細めるのである。体験幼稚園は週3回だという。孫娘が連れて行かれるのは、こればかりではない。幼児の英語塾というのがあるのだそうだ。私のようにオールド派は「日本語も話せないのに…」と思うのだが、これまた大真面目。アメリカ人教師が遊んでくれるのだそうで、最近、我が孫娘「ば~ば、アップル!」などと祖母の女房にリンゴをせがんだりするのだ。こちらは母親の英語コンプレックスがなせる技? 親の思惑はともかく、子供達の無邪気な歓声が聞こえて来そうだ。


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 先日、何気なくテレビを見ていたら、「子供達の歓声がうるさい」と、幼稚園の周辺住民が抗議をしているという報道番組が流れていた。東京都内での話だ。幼稚園側は周囲を遮音壁で囲んだという。「エッ、子供の歓声がうるさい?」。一瞬、耳を疑った。子供達の元気な声、元気な振る舞いは、大人に「元気」を与えてくれるものだと思っていた。




 「世の中、どうなっているの?」。日本人に「許容」という言葉はなくなったのか。自分に都合が悪いことは、すぐさま声を上げて文句を言う。子供だって許しはしない。自己主張が優先するのだ。この幼稚園の周辺住民の抗議にはおまけもついた。「子供達を送り迎えする車も朝夕の静寂を壊す」というのである。つまり、うるさい、と言うのだ。夜中のことではない。子供、大きな意味での育児には、大人の理解ある包容力が大切だよね。子供こそが国や地域の宝だもの…。少なくとも可愛い孫を持つオジサンは、そう思っている。
(次回に続く)






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2歳になった孫

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 「お父さん、チビちゃんが帰るとホッとするね」


 チビちゃんとは孫娘のことである。4月10日で2歳になった。娘夫婦に連れられて週末にはやって来る。その孫娘の世話をして送り返した後、女房は、いつも、そんなことを言う。口では「ホッとする」とか「くたびれた」と言いながらも、帰ってしまうのが寂しくて仕方がないのだ。そんなことを言っている私だって同じ。


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 子供の成長は早い。ついこの間まで這い回っていたと思ったら、いつの間にか立ち上がって、ヨチヨチながらも歩くことを覚え、アッと言う間に飛び歩くようになった。片言とは言え、言葉もしゃべるように。「パパ」、「ママ」から始まって「じ~じ」、「ば~ば」。最近では「いや、いや」、「ダメ、ダメ」のように、物事に拒否反応を示すことも覚えた。そればかりか「くっく(靴)」とか「おんも(外)」のように大人達に自分の意に叶う行動を促す知恵も出て来た。




 言葉を覚えていく過程で興味深いのは、「パパ」、「ママ」のように最初は二つの同じ音の組み合わせから。それが「じ~じ」、「ば~ば」のように、ちょっと変化。やがて「いや、いや」、「ダメ、ダメ」のように、違った二つの音の組み合わせになっていく。「くっく(靴)」とか「おんも(外)」は自己を主張する言葉。かなりの進化と言っていい。




 自分では話すことが出来なくても、こちらの言っていることは大体分かる。「これをママの所に持って行って」と言えば、それを実行するし、お客さんが来た時、「こんにちわは?」と言うと、頭をペコリと下げる。夕餉の食卓で晩酌をする私の傍にやって来て、自分の吸い飲みカップと私のグラスをぶっつけ合って「カンパイ(乾杯)」。いつ覚えたのだろう。




 「お前も一杯やるか?」と、冗談に言うと女房は「お父さん、バカなこと言わないでよ」と血相をかいて怒るのである。単純な我が女房。台所から大真面目に反応するのだ。ビールやお酒など飲ませるはずがないし、第一、赤子に近い子供が口にするはずがない。腐ったものなど自分に害をもたらしかねないものは拒絶する力を本能的に持っているのだ。酸っぱいものや辛いものを食べるようになるのは、その味を理解する年齢になってからだという。嗜好品のお酒やタバコも同じこと。好奇心が先行したとしても寄せ付けない。


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 街場の住宅と違って田舎家は部屋の一つ一つが大きいのでチビちゃんが飛び回って遊ぶのにはうってつけ。それでも飽き足らず、「おんも(外)、おんも」と、せがむものだから、女房は言うなりに外へ。「仕方がないわね」と言いながらも顔は笑っている。




 「○○さんの奥さんがチビちゃんに、こんなに沢山のサクランボや、お菓子をくれたわよ」




 人見知りをしないで、誰にでも愛嬌を振りまくから、近所の人達にも結構、人気者。可愛がっていただくのである。




 オムツはとれていない。今のオムツはコンパクトに出来ているので、その上からパンツをはかせても外見からも全く違和感がない。母親である娘は、そのオムツをとることを考えているらしく、小児用の仮設便座を買い込んで来た。(次回に続く)





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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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