百姓の方便

畑  



 草生栽培だとか雑草との共生、という言葉をよく聴くようになった。農家、または≪農家もどき≫の人たちの間にである。100歩譲って草生栽培はいいにしても、雑草との共生で農作物が出来る訳がない。「雑草のように強い」と人にも例えられる言葉があるように雑草は逞しい。その雑草の中で農作物が育つ訳がないからだ。どんな野菜だってその周りの雑草を取ってやらないと雑草に食われてしまうのである。




 友人に≪自然との共生≫≪エコ≫をライフワークに考えている男がいる。その考え自体は素晴らしい。しかしよく分からないのは自然との共生が≪正義≫だからジャガイモやかぼちゃ、たまねぎを撒いても、肥料もやらなければ、雑草も取らないのである。ましてや、除草剤なんかもってのほかだ。


野菜づくり



 その畑を見たことがある。畑は一面草ボウボウ。ジャガイモやかぼちゃはよく見なければ分からないほど雑草の中に見事に埋没していた。今もその方法で野菜作りをしているかどうか分からないが、その畑は山間にあって、周りの畑も草ボウボウ。いわゆる遊休農地である。仲間の畑は農業後継者がいない、その遊休農地の一角をただ同然に借りたのだそうだ。ここなら草ボウボウにしていても近所から苦情も来るわけもないし、とヘンなところで納得したものだ。




 ただ、ここで思ったのは遊びの野菜作りといったら、その友人に叱られるかも知れないが、それと、農業で飯を食っていくということは、まったく別ということである。≪自然との共生≫≪エコ≫はこの友人の哲学といっていい。その哲学と実践を引っさげて、あっちこっちで講演をしたりもする。その頃、車もごく小さなものに乗り、そのどてっぱらにはエコを訴える大きな文字を書き込んでいた。


畑2



 そこまでは良かった。その車のわきで、私と立ち話をしながら、道路わきの畑で実る桃を横目に「この桃だって無農薬で作らなきゃあいけん」と、ぶった。そこをたまたま通りかかった農家の親爺らしき男はカンカン。目をむいて、こう言った。


桃



 「てめえら、何様だと思っているんだ。消毒をしちょだって?桃にゃあ灰星病というやつがすぐ着く。俺たちが消毒をしなかった、輸送中にみんな駄目になっちまって、消費者の口にゃ入らねえんだ。第一、俺たちゃあ、これで汗水たらし、飯を食ってるんだ。何も知らねえで、勝手なこと言うんじゃねえよ」



 私はもちろん、友人も一言の反論も出来なかった。




 さて草生栽培というやつだ。桃、葡萄、サクランボなど果樹園ではいいが、野菜作りでは成り立たない。果樹園での草生栽培にしても農家の方便のような気がしてならない。果樹栽培はだんだん高度化し、その一方で手間もかかるようになった。草に追われる農家は草退治に手が回らず、いっそのことと、草との共生を考えたのではないか。草生栽培といっても時を見て、草刈をしたり、除草剤を撒いているのである。らちもない事ばかり言うと「百姓もどきが、つまらぬこと、言うんじゃあねえよ」と叱られそうだ。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!


スポンサーサイト

蔦の爪あと

蔦3



 「蔦の葉絡まるチャペルで・・・」と歌われたり、高校球児のあの暑い夏を連想させる甲子園球場の蔦いかにもロマンチックであったり、爽やかな青春を思い起こさせる。街を歩いていて鉄筋コンクリートの建物を包み込むような青々した蔦を見ると、いかにもクラッシックな洋館を髣髴とさせ、そこに住む人たちの生活ぶりをのぞいてみたくなるのは私ばかりではないだろう。





 私がこれから言う蔦はそんなロマンチックなものだったり、爽やかなものではない。会社をリタイアして戻った実家のお蔵の白壁は蔦に覆われていた。覆われていた、なんてものではなく、あるものは枯れ、汚らしく二階の屋根まで這い上がり、大きなお蔵は廃墟をも連想しかねないぶざまな姿を露呈していた。


蔦  



 ご存知、蔦はタコの吸盤のようなものを持っていて、コンクリートでも、土壁でもどんどん這い上がってしまう。これを取り除くのに始末が悪いのは枯れた蔦である。生きていれば、引っ張ればつるごと取れるのだが、枯れているとポリポリ折れてしまう。腹が立つ。そればかりか、吸盤は小さいから壁に張り付いたままで、取れないのである。枯れた蔦も高い所は梯子を架けて取り除いたが、点々と壁一面に残る吸盤は今も残ったまま。長い間、お蔵にとどまらず、ほったらかしにしていた付けであり、証明である。





 というヤツは畑であれ、空き地であれ、絶対に真ん中には生えないのだそうだ。しかも綺麗にしているところには顔を出さない。つまり、建物や石垣の近くで、這い上がれる所があることが条件だ。蔦の葉か絡まるチャペルや甲子園の蔦は少なくとも人為的に作ったものだが、みんな垂直に這い上がっているのは共通である。いったん始末して、綺麗にしておけばもう顔を出さない。いって見れば、蔦という植物は人や自然の弱みに付け込んで生きる嫌なヤツなのである。


蔦2



 「放って置けば必ず森になる」。秩父多摩甲斐国立公園の山梨県側の一角に乙女高原がある。そこはかつてスキー場だった所。春から秋、色とりどりの野草が花を咲かせ、今では野草の宝庫とまで言われるようになった。その草原を守ろうと、山梨市のある小学校教諭の呼びかけで、ファンクラブが出来た。毎年11月23日に山梨県内外のファンボランティアが集まって下草刈をし、翌年5月にはロープの遊歩道作りをする。





 この下草刈をしないと、あっちこっちに生えるブッシュが、やがて森になってしまうのだそうだ。各地のスキー場がシーズンオフ、野草が咲き乱れる草原として人気を集めるのは、雪の上にブッシュが顔を出さないように秋の下草刈を欠かさないからである。




 蔦ばかりではない。我が家の周りの道の石垣には、かつては小さな芽に過ぎなかった木の芽が長く放って置いたツケなのか大きなブッシュとなって、あっちこっちで道をふさいでいた。この道は6尺ほどの幅を持つ古道。車社会になって忘れ去られようとしている道だが、朝夕犬を連れて散歩する人は結構いる。道をふさいだブッシュと雑草。こんな所でも人に迷惑をかけていたかと思うと「これからは・・」と肝に銘じざるを得なかった。





.ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!


カラマツの親爺さん

温泉湯桶_convert_20120215132118



 長野県の佐久に近い道の駅の温泉で粋のいい親爺さんに出会った。口の利き方も、いわゆる、江戸っ子のような気風を備え、およそ信州人というニュアンスの人ではなかった。人をどこからでも受け入れるような雰囲気を持っていた。



「長野にもけっこうカラマツが多いですねえ」



 広い湯船の窓越しに見えるカラマツの山を眺めながら、目の前で手ぬぐいを頭に乗せて湯船に浸かっていたその親爺さんに話しかけると、その親爺さんはお湯を両手ですくって顔をぶるっと洗いながら昔を思い出すように話し始めた。



 「昔はあのカラマツが面白いほどどんどん売れた。今じゃあ考えれんがねえ。トラックにカラマツの丸太を積んではひっきりなしに東京に運んだもんだ。そのころのトラックじゃあ4本も積めば限界だったがねえ。あの頃は良かった。若い頃だったが、今考えると懐かしいねえ。いい時代だったよ」



 「カラマツがそんなに売れた時代があるんですねえ」



 外材に押され、スギやヒノキでさえ、国産材はことごとく敬遠され、需要を失っている今、信じられないような話だ。日本のスギやヒノキが悪いわけではない。伐採などに経費がかかりすぎるから、安上がりの外材利用に走ってしまっているのが実情だ。だから宝の山も持ち腐れ。あっちこっちにスギやヒノキの山が転がっている。それどころか下刈りなど山に手を入れないから山という山はどこも荒れ放題だ。ある学者の説によれば「花粉症の要因」まで惹き起している。ただでも素材の悪いカラマツが相手にされるわけが無い。



 今年72 歳になる私より一回り以上も違いそうなこの親爺さんは「わしよりお若いあなた方はご存じないかもしれないが、戦争で焼け野原になった東京ではとにかく材木が必要だった。おっとりっこだった。素材がうんぬんだとか、節があるだの、多いだのなんてことは二の次。その後も東京湾の埋め立てにも引く手あまただった」と話してくれた。




 東京湾埋め立て用のカラマツは杭として使ったのそうだ。安上がりの上、脂が強いので、水や土の中で長持ちするのだという。昔わが国では住宅の基礎や、湿気の多いところにはクリ材を使った。しかしカラマツのほうが安上がりで、効率的であることは間違いない。カラマツはスギやヒノキなどに比べ成長が早い。それを見込んでわが国ではこぞってカラマツを植栽した時期がある。山梨県では明治天皇から国有地を下賜され、恩師林という名の県有地がどーんと増えた。そこに植えたのが主にカラマツだった。それが今ではお荷物になってしまっている。甲府城址に立つ謝恩塔は国有地ご下賜への感謝の象徴だ。山梨県ではそのカラマツをなんとか商品化しようと林業試験場が中心になって開発研究に努めているが、その決め手は見つかっていない。




 カラマツは落葉樹だから秋には山を茶色に染め、冬は葉を落とす。5月も半ばになると緑の芽を吹く。私たちが行った長野の別荘地では緑が芽吹く一方で、建物の屋根の上には冬中に落としたカラマツの葉が汚らしく積もっていた。これまた別荘地のお荷物である。




 カラマツの話をしてくれた親爺さんは昔は材木屋を営んでいたという。「代々の材木屋で、それはいい時代もあったよ。でも今じゃあ材木屋じゃあ食っちゃあいけねえ。だから店も閉めちぃまったよ」。そういう親爺さんの顔はちょっぴり寂しそうだった。



 「うだつがあがらねえ、という言葉を知っているかね。俺にうってつけの言葉だがねえ」。材木屋に見切りをつけざるを得なかった自らを振り返ってでもいるよぅに≪うだつ≫の説明をしてくれた。



 「うだつは隣からの火事を防ぐために屋根に載せた土造りの塀みたいなもんさ。俺なんかにゃあ、そんなマネできっこねえけどなあ」



 「よくいろいろのことを知っていますね」



 その言葉に気をよくしたのか、今度は中山道と甲州街道が合流するところにある下諏訪の諏訪大社(下社)について話し始めた。




諏訪大社



 「家というものにゃあ必ず屋根の両側に波風というやつが2枚ずつ着いている。だけど社の場合、棟のところでクロスして上に突き出している。あれにもオスとメスがあって、上に突き出しているてっぺんが平らのやつはオス、斜めのやつはメスなんだよ。下諏訪にある諏訪大社の下社は女、諏訪湖を挟んで反対側の上諏訪(諏訪市)にある上社は男。だから波風の造りも自ずと違うんだよ。下社には春宮、秋宮、上社には本宮と前宮がある」



 「じゃあ波風の造りは伊勢神宮の内宮、外宮も同じですか」


 「そうさ」


 「ところで、親父さん、商売はなにやっているんですか」


 「俺は建設屋さ。いってみりゃあ大工だよ」


 「それじゃあ詳しいわけですねえ」


 親爺さんはニッコリ笑って湯船を立ち上がった。


 一足遅れて出て行ったら、この親父さん、脱衣場で噴き出す汗を拭いながら涼んでいた。ニコニコしながらまた話しかけてきた。


温泉湯和室_convert_20120215131907



 「山梨から来たんだってねえ。甲州じゃあ、かかあ天下にからっ風って言うんだってねえ。でもねえ、女があんまり威張っちゃあいけねえよ。女はとかく見たまんまを口に出して表現する。目先だけでものを見、全体を見ないんだ。そんな女が段々強くなる今の世の中、絶対よくねえよ。世間全般、細かことでくよくよ言ったり、すぐ物事にヒステリックになる。こんなことじゃ日本は悪くなるねえ」



 気心の知れた仲間のような口ぶりで話す。湯船でのわずか2、30分の出会いだったが、裸の付き合いとはよく言ったものだ。親爺さんがカラマツ材を東京に運んでいた頃のことを「トラックで夕方長野を出て東京に着くのは翌日の朝。碓氷峠を越え、旧中仙道沿いに群馬、埼玉と夜っぴで走ったもんだ」といい、佐久から板橋まで中仙道の宿場町を立て板に水で追っかけてみせたのがなぜか印象的だった。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!

暑中見舞いの文化

スイカ


 一葉の暑中見舞いが舞い込んだ。「暑中お見舞い申し上げます」。なんの変わりばえのしない文面だが、「明けましておめでとうございます」の年賀状と同じように、なぜかその季節を感じさせる不思議な魔力を持っている。暑~い夏の到来をいやがうえにも髣髴とさせ、その反対に一抹の涼をも運んでくれる。年賀状からもう半年以上。一方で月日の経つのが早いことを実感させられたりもする。



風鈴


 暑中見舞いの送り主は、ロータリークラブの仲間で、ガス機器の販売会社を手広く営むオーナー会社の社長さん。「平素は格別のご愛顧を賜り・・・」の、これまたお馴染みの文面からしても、商いを主眼にしたご挨拶状に違いない。




 「お父さん、早速、お返事のご挨拶をしてくださいよね。それにしても暑中見舞い、珍しくなりましたねえ」


蚊取り線香  


 女房がいみじくも言うように、まったく暑中見舞いの習慣が日本人の日常から音を立てて崩れ、忘れ去られようとさえしている。商いというか、商取引上の儀礼はともかく、一般での暑中見舞い状のやり取りは、本当に少なくなった。暑中見舞いをいかにも珍しそうに言う女房だから、それを書いている姿なんか見たこともないし、ましてや娘にいたっては、その存在すら知っていないだろう。そういう自分だってもう何年も書いたことがない。何年どころか、何十年かもしれない。



花火


 暑中見舞いは、季節的には寒中見舞いと対極にある。一年中で最も暑い時期、寒い時期に親しい仲間、親戚や知人の健康を気遣う慣わしだ。その期間は暑中見舞いの場合、梅雨明けから立秋、一方、寒中見舞い寒の入りから立春の前の日、つまり節分までの間に出すものとされている。




 年賀状の後に来る寒中見舞いは、二十四節気で一定しているが、暑中見舞いは「梅雨明けから」とされているので、その期間は一定していない。今年の立秋は8月7日。つまり最後は固定しているが、梅雨明けはその地方によって流動的だから、梅雨が明けるのが遅れれば、その期間は勢い狭まることになる。暑中見舞いの後には残暑見舞いがある。



うちわ


 どうして暑中見舞いや寒中見舞いの習慣が希薄になっていくのだろうか。人々の日常がせわしくなったこともさることながら、ケイタイやパソコンの普及が、それに拍車をかけたことは間違いない。いわゆるメールに依存し、人々が手紙そのものを書かなくなった。単なる儀礼のような暑中見舞いや寒中見舞いは、簡単に忘れられるだろうし、今はまだまだ存在感がある年賀状だって、やがてはその運命をたどるのだろう。




 そして絵文字。ケイタイやパソコン、インターネット上で絵文字はアメーバーのように広がっている。絵文字も文字の文化として認知されるのかも。「浮気、不倫も文化」と、しゃあしゃあと言う芸能人も現れるくらいだ。俺だって内心そう思いたいが・・・。とにかく今は、何でもありだ。暑中見舞いのように忘れられる文化もあれば、新たに登場する文化もある。ジェネレーションギャップなどと嘆いてみたところで、止められるもんじゃない。





.ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!


入道雲と百日紅

入道雲  


 山梨県、とりわけ甲府盆地は周囲を山に囲まれている。だから「盆地」と言うのだろうが、富士山や南アルプスの前衛の山々の上に入道雲が。梅雨が明けて、それまでの空がウソだったように、でっかい青空が広がり、その空を蹂躙するように発生する入道雲は迫力がある。入道雲とはよく言ったものだ。ぼこぼこした坊主頭を連想するし、食いしん坊の子供なら綿菓子を思い起こすかもしれない。



入道雲2

 入道雲は夏の象徴だ。その夏の空の下で、今年も百日紅の花が咲き始めた。すぐ近くではキョウチクトーの花も。この二つは少なくとも夏の花だ。我が家の植え込みでは毎年、梅雨が明けると咲き始める。いずれも淡いピンクというか、紅い花である。白いくちなしや梅雨の時期によくに合う紫陽花とバトンタッチするように咲き出す。今年は開花が早い。

百日紅  

 百日紅は観ようによっては不思議な花。太い幹や枝に新しく伸びる枝の先っぽに花をつけるのだ。いってみれば勢いのいい若い穂先に幾つもの花を凝りのようにつけるのである。誰が名づけたかは知らないが「百日紅」と書いて「さるすべり」と読ませるのだ。


百日紅2

 幹はその名の通り、サルも滑りそうなツルツルした肌をしていて、長い間、花を咲かせる。百日とはいかないまでも、2ヶ月、60日以上は入れ替わり、立ち替わり咲いている。梅雨が終わって7月の残りと8月いっぱい、そして9月の中ごろまで花を付けているのだ。紅い一つ一つの花は時期が来れば、朽ちてひっそりと落ち、そのあとに別の花びらを付けるから、花全体ははじめから終わりまで色あせない。


百日紅3

 百日紅もそうだが、自然界には百とか八がつくものが少なくない。百日草もそうだし、あの天狗がうちわのように使うヤツデ(八つ手)もそうだ。山梨県と長野県の境にある八ヶ岳連邦、また神話などに出てくる、やおよろずの神もそうだ。いずれも単に百とか八、八百万ではない。




 ご存知のように、この数字の意味するところは「多い」「沢山の」という意味合いがあるのだ。例えば八ヶ岳だって、単に八つの峰から成り立っているわけではないし、七里ケ岩とか七里ケ浜というのも単に七里というわけではなく「長い」ことを形容した呼称なのである。九十九里浜も同じだろう。



入道雲3

 我が家の百日紅の根っこにあるヤツデ(八つ手)は、既に花を落としたが、この花のつけ方が珍しい。ご存じない方がおいでかもしれないので、あえて触れさせて頂くが、6月頃、天狗のうちわのような葉っぱの上に垂直に白い棒状の花をつけるのである。花というにはふさわしくないような奇妙な花なのだ。




 百日紅と共に紅い花をつけるキヨウチクトーは、案外ポピュラーな花で、ドライブ中、高速道路の脇などでよく見かける。逞しく幹が何本も出るので、自動車の遮音に役立つのだろう。いずれにしても、この二つの花が咲くと、本格的な夏の到来。山梨でも間もなくアブラゼミガ鳴き始め、8月の半ば、終戦記念日の頃になると、あの粘りつくようなミンミンゼミが鳴く。暑い夏。あまりご馳走ではないが、それが夏なのだろう。

 


ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!


我慢を忘れたカナリヤ

木魚


 「今の人間は、我慢というものをしなくなった。我慢することを忘れてしまったのだろうか。食べることもそうだし、言動もそうだ。むしゃくしゃするから、気に食わないからと言って簡単に人を殺したり、自分の子供が先生に叱られたからと言って、親が学校や教育委員会に怒鳴り込む。今の社会、いったいどうなっちまったんでしょうかねえ・・・」




 ある和尚さんが法話の中で、こんなことを言った。私たちの地域のお寺さんでは毎年7月20日前後の時期に「施食会」という法要を営む。350人前後の檀家が何がしかのお布施を持ってお寺の庫裏に集まり、代わる代わる簡単な食事をした後、方丈さんの法話を聞き、「施食会式」に臨むのである。


お寺


 このお寺さんは曹洞宗の巌松山信盛院という。私たちはこの「施食会」を一般に「御施餓鬼」と呼んでいた。「御施餓鬼」は訓読すれば「餓鬼に施す」と読む。その方丈さんによれば、六道輪廻の世界の中で、死後、餓鬼道に落ちた者のために食べ物を施し、その霊を供養することをいう。この日、初めて知ったのだが、曹洞宗では施すものと施されるものの間に尊卑、貴賎の差があってはいけないととして、「施食会」と呼んでいるのだそうだ。




 仏教界の六道輪廻とは天上界、人間界、阿修羅界、餓鬼界、畜生界、地獄界の6つをいう。この方丈さんは、この世の此岸、あの世の彼岸、さらには天国、黄泉、西方浄土などという言葉についても解説。あまたいる人間が死んだ時、惜しまれるか、惜しまれないかは、その人間が生前、どう生きたかにほかならない、と話した。人間として立派に生きれば天上界にも行くし、その逆だと地獄に落ちるとも。


仏壇


 自らの歳を50代半ばを過ぎた、という方丈さんは「我慢」についてこういう。


 「私たちは経済的に貧しい時代に子供の頃を過ごした。今と比べれば、比較にならないほど生活は貧しく、物も乏しかった。そんな中で、誰に教わらなくても耐えることや我慢することを覚えた。貧しいからと言って卑屈になったり、それを他人や社会のせいにはしなかった」




 確かにそうだ。言いたい放題のことをいい、やりたい放題のことをする。親を金属バットで殴ったり、刃物で刺し殺したりもする。むしゃくしゃするから、世の中が気に食わないからと言って通り魔的に無差別殺人もする。こうした人達は決まって社会や他人のせいにする。事件を論評する評論家先生も、もっともらしく、社会構造やその背景を持ち出すばかりで、ごく当たり前の教育家庭のしつけの欠陥自分たちの責任に言及しようとしない。


国会議事堂


 政治の世界では延長国会が舞台を参議院に移して安保法案の審議に入る。、“良識の府”とは名ばかり。衆議院の再現をするのだろうが、その審議ぶりは与野党とも党利党略だけにしか見えない。与党に応援するつもりはないが、野党の皆さん方はどんどん変化する国際情勢や我が国の置かれた立場を本当に考えているのだろうか。メディアもそれに似た大合唱。そして劇場にでもいるような国民は、単純に「戦争」というキーワードに踊らせられ、何とはなしに迎合していく。大切な国の安全保障の論議には見えない。



 「あいつが、あの政党が悪いから」。本当にそれを代えれば日本は良くなるのだろうか。政治家達は自らの欠陥をそっちのけ、党利党略で「あいつが悪い」と同じ事を繰り返すのだろう。言いたい放題、やりたい放題はまだエスカレートするのか。





ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!


野麦峠の感慨

野麦峠  


 どこから聞こえてくるのかウグイスの鳴き声が。標高1672m。夏といってもそこの空気はひんやりしていた。峠道の脇の杉木立では、可愛らしい一匹の小猿がくりくりした目で、愛嬌たっぷりにこちらを見ていた。




 野麦峠。長野県松本市と岐阜県高山市の境に位置する。山本茂美の小説「ああ野麦峠」の舞台になった所だ。昭和54年、山本薩夫監督が確か大竹しのぶを主演女優として映画化、多くの人達に感動を与えた。


ああ野麦峠


 小説「ああ野麦峠」は明治から大正にかけた時代のルポルタージュのノンフィクション。この時代、岐阜県の飛騨から長野県の岡谷や諏訪の製糸工場にいわば身売り同然に駆り立てられた娘さんたちの峠越えを描いた作品である。この野麦峠は、その時代の女工哀史を語る上でも悲しい物語を秘めた所なのだ。




 北アルプスを横断して信州と飛騨を結ぶこのあたりは昔から積雪の多い所。この一帯の主要道路・野麦街道の難所だった。積雪で峠を越えられずに死んでいった人達もいたといい、そこには現在も「お助け小屋」というのが残っている。もちろん、今は車の時代。「お助け小屋」はお土産や食事所に姿を変えてはいるが、何とはなしに哀愁を残している。


お助け小屋2


 そこを訪れる私たちの胸をいやがうえにもジ~ンとさせるのは「お助け小屋」の前庭に建てられている「ああ飛騨が見える」の石像だ。等身大とはいかないまでも大きな石像は、製糸工場で病に倒れて里に突っ返される妹を背負い子で担ぐ兄を形作ったものだ。石像の裏面に刻まれた解説によると、病の娘は政井みね。20歳。兄は11違いの辰次郎。みねは明治42年12月20日、この野麦峠の頂上で、やっと見ることが出来た故郷に「ああ飛騨が見える」と言って息を引き取った。


お助け小屋


 この野麦峠行きは、仲間に誘われての木曽路へのワラビ採りの帰り道だった。御嶽山の目の前のような所にある岐阜県高山市高根町の山には太いワラビがいっぱい。我が家は女房と二人、2時間余りで大きな籠にどっさり、近所に木曽の香りをおすそ分けした。




 木曽といっても山梨から車でちょうど3時間。そんなに遠くない。伊那ICで中央自動車道を降り、権兵衛トンネルを経て、国道19号をしばらく走る。そこから林道に入るのだが、目の前には御嶽山、その向かいには穂高が見える。到着は7時。朝もやの木々は、まだ朝露に濡れていた。林道脇には松本ナンバーの車が3~4台。先客がいた。帰り道、御嶽山の麓で、ウド採りを試みたが、こちらはさすがに時期遅しだった。




 そこから野麦峠までは約1時間。帰りは、もちろん、道そのものは違うのだが、飛騨の娘達が歩んだ信州に降り、国道19号を中央自動車道塩尻ICに向かうのである。途中、あの有名な奈良井宿が。平日だったが、現存するわが国でも最大級の宿場町は散策する観光客で賑わっていた。






ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!


メタボ人間とビール

ビール


 「お父さん、昼間から、飲むの、止めたら・・・」

 山梨県地方もここ連日、30度を超す猛暑続きだ。畑仕事から帰り、汗びっしょりの身体をシャワーで流し、昼飯を食う。その前のビール一杯がなんと旨いことか。サラリーマン時代、会社帰りによく行ったビヤガーデンの生ビールよりはるかに旨い。当然のことながら、夜も飲むのだから、昼間は飲まない方がいいに決まっている。


トマト



 仕方がなくやる農作業の一方で、頭の隅では「汗をかき、身体を使うことで、多少なりともダイエットが出来、メタボの改善に繋がれば・・・」と、淡い期待もあるのだ。そんな私の心のうちを見透かしている女房だから、ブレーキをかけるのは分かりすぎるほど分かる。


ビール2


 「いくら汗をかいたって、ビールを飲んじゃったら元の木阿弥。ダイエットになんかなりませんよ。まったくっ・・・。意志が弱いんだから・・・」




 その通りだ。内心、そう思うし、私の身体を気遣う女房の心の内をありがたくさえ思う。しかし、私の口を突いて出る言葉は違う。




 「バカ言え。シャツを搾るほど汗を掻いているんだから、ビールの一本や二本、どうってことねえよ。第一、お酒は旨い時に飲むのが一番なんだよ」




 ヘンな理屈である。日曜日で勤めが休みの時なんか、娘も一緒になって


 「お父さん、お母さんの言う通りよ。言うこと聞かなければダメよ。お父さんの体考えているんだから・・・」




 なぜか娘にいわれると弱い。女房のブレーキより効く。タバコのブレーキと同じだ。



ジャガイモ


 自分では、汗を掻く、と言うのだが、一日中でも日差しが最も強い昼日中に野良仕事をするなど、愚のごっちょうなのだ。しっかりした農家は、今時だと午前4時ごろの夜明けを待って畑に出て、暑くなる前の8時、遅くも9時には引き上げてくるのである。





 「こんな暑い時に畑にいたら身体に毒ですよ」




 いつも近所の人から注意を受ける。注意と言うより笑われるといった方がいいかもしれない。しかし、ぐうたらオヤジ、長い間のサラリーマン時代のくせが簡単には抜けないのである。夜更かしなら何時だって平気。だが、早起きとなると、からっきしダメなのだ。勢い、ちゃんとした農家が半日分の仕事を終えて帰ってくるころから、こちらはようやく畑に。暑い最中の仕事、と言う悪循環である。「ええ~い、これもダイエットのためだ」とばかり、ペットボトルの水をがぶがぶ飲みながら頑張るのだ。


プチトマト


 農村地帯でも夕方や夜、ウォーキングをする人達が増えている。肥満防止やダイエットのためだ。糖尿病の改善を狙っている人もいる。機械化が進み、農業もかつてのように力の仕事ではなくなった。畑に行くのは軽トラック、除草や耕運も機械。買い物など普段の用事はもちろんだ。実は田舎の人間ほど歩いていないのである。メタボの量産は田舎から、と思えるくらいだ。俺のやり方は、一足早く原点に・・・などと悪あがきをしてもみた。






.ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!


電線の雀

雀電柱_convert_20150715233320


 パソコンから目を離し、窓越しに梅雨空を見上げたら、何匹かの雀が電線で羽を休めていた。そこにまた一羽、二羽。その度に弓状に撓んだ電線が小刻みに揺れる。どんよりとした空はいかにも鬱陶しいが、その前衛に咲く青簾の朝顔は爽やかでいい。




 外来種だというこの朝顔。在来のものと違って種から生長するのではなく、前の年に残した根っこから毎年ツルを伸ばしてくれる。花は直径20センチ前後。時間帯によってピンクや紫に表情を変える。その先の植え込みで今を盛りと咲いている紫陽花と違って息が長、い。11月頃まで順繰りに花を付け、夏場はその簾が格好の日除けになってくれるのである。


朝顔4


 電線の雀たちは、そんな下界を眺めている。何も考えることなく部屋の中からボ~っと梅雨空を眺めているオジサンの姿も目に入っているに違いない。




 ♪電線に雀が三羽止まってた それを猟師が鉄砲で撃ってさ♪
 ♪煮てさ 焼いてさ 食ってさ ヨイヨイヨイヨイ オットットット♪





 この歌を「電線音頭」と言った。お若い方々はご存じないだろうが、もう30年以上も前、テレビの人気バラエティー番組で、タレントの伊東四朗と小松政夫が看板ソングとして歌い、茶の間を沸かせた。その番組は確か「見ごろ!食べごろ!笑いごろ!」と言った。


電線温度_convert_20150715234305


 バラエティー番組らしい、単純な歌詞だが、いかにも人間くさい。電線に止まっている雀を鉄砲で撃ち落として煮たり、焼いたりして食べてしまう、というスジ書きである。でも今時、そんなことをしたら誰かが間違いなく目くじらを立てるに違いない。




 オジサン達が子供の頃は、空気銃やモチなど様々な道具や仕掛けを使って雀を捕り、食べもした。人々の習慣や見方、考え方は、当たり前のように変わった。おどけて「電線音頭」を歌って茶の間の人気をさらった小松政夫は、既にこの世の人ではない。


小松_convert_20150715233938


 バラエティー番組そのものも様変わりした。「ドタバタ」と言ったら叱られるかも知れないが、やはり人気番組の一つだった「8時だよ 全員集合」などといった番組は、ウソのように姿を消した。変わって登場したのはクイズ形式のバラエティーだ。




 ザ・ドリスターズなど、そのテのタレントさんは姿を消し、代わって登場したのが、自他共に認めるインテリタレント。名門と言われる大学を、ことさらに強調する演出がちょっぴり鼻を突くのだが、結構面白い。ゴールデンタイムといわれる時間帯を席巻している。




 そこへの移行過程では、いわゆる“バカキャラ”を織り込んでの演出もあった。これも、さらりと捨てた。スタジオと茶の間が一緒に考えるスタイルを取っているので、茶の間の団らん、一体感を醸し出すのにも一役買う。




 クイズのネタなんていくらでもある。大きなお世話かも知れないが、番組の作り手にしたって、ドタバタ劇を演出するより楽なはずだ。第一、教育ママさんたちから「低俗番組」などと悪口を叩かれなくても済む。ただ、同じ手法の演出だと視聴者から飽きられる。




 テレビや茶の間も知らず知らずに変わっている。電線の雀だって同じ。よく見たら雀ではなくどうやら雀によく似た別の鳥のよう。雀より一回り大きい。自然界も変わっている。





.ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!


メイド イン外国

朝


 ロータリークラブの早朝例会で、メンバーの一人がこんな話をした。
早起きは3文の得と言う言葉がありますが、その通りなんです。朝一番の陽を浴びると、人間、健康にいいんです。特に、メタボ人間には最適なのです」





 私たちの山梨ロータリークラブは、毎週1回の例会は昼休みの時間、つまり午後零時半から1時半までの1時間を原則にしているが、夏の時期だと午前6時半からの早朝例会、冬場だと午後6時半からの夜間例会を年何回かは実施する。いずれも水曜日だ。



朝2



 例会では、会員が交代で「卓話」という名の講話をする。メンバーの職域は多岐にわたっている。医者もいれば、機械金属、建設、不動産、測量、旅行、ワインなど会社経営者や、家電時計文房具、花キなどの商店主、公認会計士司法書士学校の校長先生新聞記者のOB銀行マン僧侶だっている。もちろん、果樹地帯のど真ん中だから、桃や葡萄の栽培者だって少なくない。




 目の前の医者をちょっとはばかりながらも、この日の卓話の担当者は「聞いた話」と前置きしながら朝日、早起きとメタボ改善の医学的な因果関係を説いた。この人はアパレル業界で会社を営む人だから、話の中心はファッション



1


 「今、女性物、男性物を問わず、値段はどんどん安くなっている。その秘密は外国での生産だ。われわれ専門家から観れば、技術は劣るが、そこそこのファッション性があるから消費者にとって安さは魅力。男性者のスーツが9,000円台で売っているんですねえ。そんな人はいないとは思いますが、この背広を5年も6年も着られたのでは、われわれはたまったものではないんです」





 そう言ってこのアパレルメーカーの社長は、苦笑いした。確かに、安かろう、悪かろうと言ってはいい過ぎかもしれないが、ファッション製品にとどまらず、わが国で売られているのは≪メイドイン外国≫。中国や、タイ、フィリピンなどの東南アジアは当たり前。このアパレルメーカーの社長によれば、ファッション製品の中には、欧州のブルガリアなどで作らせているものもあるのだそうだ。「ヨーグルトだけでたくさん」。この社長は本音とも思えるオチをつけた。


ヨーグルト


 そんな話を聞いた日の昼間、テレビを見ながら飯を食っていたら「思いっきりDO~N」という番組で、ニシオカ何がしというタレントさんが商店街を歩いて買い物した衣服を「生着替え」するという中継番組をやっていた。買って着替えた下着はもちろん、ワンピースや帽子から靴まで、値札を貼って、その金額をトータルしてみるのだ。




 なんとその合計金額は5千数百円。一部の千数百円を除いてほとんどが千円未満。テレビだから、その素材だとか仕立ての技術は分からないが、見るからにカッコいいし、イケてる。




 早朝例会でのアパレルメーカー社長の話とオーバーラップさせながら「なるほど」とヘンなところで納得した。その一方で、苦境に立たされる日本のメーカーに同情したくもなった。日本の製造業はまだまだ空洞化が進むのか・・・。






.ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!


一匹のハエ

うちわ

 暑い。汗びっしょりになって野良から帰ったら、かみさんと娘がなにやら大騒ぎしているのだ。それほど広くもない茶の間をうちわ片手に飛び回っているのである。部屋の中は程よく冷房が効いている。



 「お前達、何やってるんだ?」

 「ハエよ、ハエ・・・」


 「たかがハエ一匹。大騒ぎすること、ないじゃあないか」

 「だって汚いじゃあない・・・」


ハエ


 見れば大きなハエが一匹。むきになって追い回す二人をあざ笑うように右に左に、上に下にと飛び回っている。ハエだって命は欲しい。バカな二人に易々捕まってたまるものか、と思っているのだろう。女二人とハエの闘いだ。第一、うちわなんかでハエが獲れるはずがない。女どもは単純だ。

ハエ


 「サッシ戸を開けてやれば外に逃げるじゃあないか」

 「ダメよ。こいつは死刑よ。絶対逃がさないわよ。絶対・・・」

 「勝手にしろ・・・」



 女は執念深い。


 この辺りは、山間部とまではいかないまでも山梨市の片田舎。そういえば、ここしばらくハエにお目にかかったことがない。かつては、わんさといたハエは、いったい何処に行ってしまったのだろう。子供の頃を思い出した。リフォームしてイメージこそ違ってはいるものの、夏のこの時期、我が家の部屋という部屋、ハエがブンブン飛んでいた。



 何処の雑貨屋さんにもハエタタキはもちろん、ハエ取り紙というヤツが売っていて、どの家でも1ダースのケースごと買って来るのだ。それを天井からぶら下げるのである。モチのような油紙にハエが張り付く仕組みなのだ。しばらくすると真っ黒になるほどハエが捕れる。

  実はこのハエ取り作戦も焼け石に水。ハエは次から次へと湧いてくるのだ。だから正直、ハエを気にしていたら一日も過ごせない。うかうかしていたら、ちゃぶ台(食卓)に置かれた麦飯ご飯もハエで真っ黒に。習慣とは恐ろしい。みんなビクともしなかった。

 ヘンな例えだが、ある意味で農村の風物詩のようなものだった。「わあ~、汚い」。娘はもちろん、農村育ちではない、かみさんはそんな話に顔をそむけるのだが、田舎育ちの私なんかハエ一匹、どっちだっていいのである。ハエ取り紙もハエ叩きも完全に姿を消した。


リボンハエ取り
リボンハエ取り


 農業形態や生活環境の変化が確実にハエを駆逐した。農耕用の馬や牛。それに家畜の豚や山羊、鶏もいなくなった。番犬として外で飼った犬もほとんど姿を消し、代わって可愛い猫や犬が座敷に上がった。米麦、養蚕に代わって家の周りを埋めた果樹園では病害虫駆除のための消毒が。ハエなんか住める環境ではない。

 目に見えるハエ。目には見えない消毒の影響。さて、どっちの方が・・・。かみさんや娘が追い回す一匹のハエを見ながら暮らしの変化を思い知らされた。ただ、いっぱいいるハエより、時々紛れ込む一匹のハエの方が確かに気になる。不思議だ。





.ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!


ホタルの復活

 太鼓1


 ホタルが姿を消し始めたのは昭和30年代だった。わが国が「戦後」に別れを告げ、高度成長期へと突っ走り始めた頃と符節を合わせた。私たちの田舎、山梨県の峡東地方では他の地域に先駆けて葡萄や桃の産地化が始まった頃だ。それまでの米麦、養蚕の農業形態からある意味、革命的とも言える転換だった。それまでの水田や桑畑はあっという間に姿を消し、その跡に果樹園が広がった。


budou.jpg


 果樹栽培には病害虫を駆除するための消毒が欠かせない。40年代に入ると除草剤が登場するのである。言うまでもなく、果樹栽培は米作と違って人手と手間がかかる。農家にとって除草剤の開発はまたとない福音だった。この除草剤は元々米軍が、あのベトナム戦争で開発したというシロモノだから威力は抜群。人手不足の農家に諸手を上げて歓迎され、省力化に貢献したのである。




 消毒薬は病害虫を殺すばかりではないし、除草剤も雑草を枯らすばかりではない。残留物は付近の川に流れ込み「小鮒釣りしかの川」まで死の川に変えた。どの川にも鮠や鮒、鯉は当たり前、シジミも取れたし、この時期には大きな鰻も遡上した。小川は地域の子供たちの遊び場だった。




 川を殺したのは農家ばかりではない。一般家庭も家庭雑廃水という名の排水で川を汚した。三種の神器とか3C(カー、クーラー、カラーテレビ)という言葉が生まれ、どの家庭にも洗濯機も当然のように登場した。急激な高度成長は、至る所にちぐはぐな現象をもたらした。下水道などインフラの整備なんか追いつくはずがないから、洗剤をいっぱいに含んだ家庭排水は、そのまま川に流れ込んだ。川だってたまったものではない。農薬と家庭雑廃水のダブルパンチは、川の生き物を死滅させたのである。か弱いホタルの幼虫なんかひとたまりもない。



太鼓
   

 そんな現状を放って置くほど人間、バカでもノロマでもない。消費者には分からないだろうが、急速に農薬規制が行なわれ、雑廃水たれ流しへの反省も徐々に進んでいる。もちろん死の川が蘇えっているわけではない。しかし、場所によってはホタルが一匹、二匹。


 根津


 山梨市ではこの十年、万力公園を舞台に毎年、ホタル観賞会が開かれている。この公園は、かの戦国武将・武田信玄が治水のために築いた「信玄堤」が今も残るところで「万葉の森」とも言っている。一画には地元が生んだ、あの鉄道王・根津嘉一郎の銅像も。



 


 今年もつい先日、この、ホタル観賞会が開かれた。昼間、市長を先頭に各界の代表が集まってにぎやかに開会行事が。子供たちの「岩手太鼓」で幕を開け、夜の帳が下りると浴衣姿の家族連れなどホタル見物の人達で賑わう。公園の広場には終日、屋台も並んでちょっとしたお祭りムードだ。


蛍まつり


 ホタルはこの時期の環境の良し悪しを測るバロメーター。市をはじめ関係者はこの祭りを環境改善の起爆剤、導火線と位置づけている。小川に鮒や鯉が戻り、夏にはホタルが舞う、そんなふるさとが帰ってきて欲しいものだ。


屋台




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!


蛍狩りとガキ大将

蛍

 「ほ~ほ~ホタル来い あっちの水は苦いぞ こっちの水は甘いぞ・・・」

この時期になると、周りの田圃は田植えが済んで、夕方ともなればこの青田からは蛙の鳴き声が・・・。そして夜の帳が下りると、一帯にはホタルが舞った。





 子供たちは小さなホタルかごを片手に田圃のあぜ道や小川の淵を飛び回った。浴衣などといったカッコいいものではなかったが、着物姿。もちろん、田舎の夜道に街灯なんかありっこない。あるとすれば、害虫を集める誘蛾灯の光くらいのものだ。




 ホタル草というのがあった。子供たちは誰に教わるともなく、ホタルかごの中にこの草を入れ、水を与えた。ホタル草にたかって光を点滅するかごに向かって、口いっぱいに含んだ水を霧状に吹き付けるのである。ホタル狩りは田舎の子供たちが織り成す夏の風物詩だった。


蛍2


 乱舞するホタルを追いかけているうちに小川に転げ落ちる子も。闇の中を上ばかり見ながら飛び回るのだから転げ落ちるのも当たり前だ。子供たちは川に落ちることを「川っ飛び」といって、特段、苦にもしなかった。親達も、それを叱らなかったし、今の親のように「危い」などとも言わなかった。




 地域にはガキ大将というヤツがいて、幼い子供たちの面倒を見た。ホタル狩りばかりではない。子供たちは知らず知らずのうちに、このガキ大将から遊びを覚え、自らの体験や失敗から、危険や怖さのポイントも知った。その子供たちが、やがてガキ大将になってゆく。そんな子供たちを遠巻きに見ていた親達も、みんな「来た道」だったのだ。


麦わら帽子  


 そんな田舎からホタルが消えて久しい。いつの間にかガキ大将もいなくなった。子供たちの遊びやいたずらを遠目に見ていた親達のスタンスもガラリと変わった。親達の多くは「あれも危ない」「これも危ない」と、子供たちの行動に注文をつけ、ちょっとした事象にも目くじらを立てる。


船


 勢い、子供たちは家に籠るようになった。親達が言うのは「危ない」ばかりではない。「勉強」「勉強」の言葉を年がら年中、子供たちに浴びせるのである。子供たちが家に籠れば、ガキ大将だっていなくなるのは当然。ガキ大将は、縦割りの子供たちがいなければ生まれないのである。横割りだと、知恵も腕力も拮抗するからお互いにつぶしあってしまうのだ。 一方で、わが国の少子化は進む一方だ。





 そんな子供たちに、間もなく夏休みがやってくる。どこにもあるのだろうが、私たちの山梨市にも「青少年育成のための市民会議」というヤツがある。区長会、育成会、民生委員、人権擁護委員など子供たちを取り巻く各界の代表達で構成するのだ。もちろん小中学校の代表も。


虫取り


 言うまでもなく、そこでは夏休み中の子供たちの非行防止や安全対策を話し合うのだ。この市民会議を受けて、近く地区ごとの会議も開かれる。その内容はこと細かく話し合われるのだが、総じて言えば、子供たちを危ないことから遠ざけることだ。こんなにお歴々が協議しなくてもガキ大将がいれば、かなりの部分を・・・。ちょっと楽観的かな?







.ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!


仲間の死

菊

 親しい仲間が逝った。享年69歳。癌だった。手術と入退院を繰り返しながら癌と闘った。必死だっただろう。桃や葡萄など広い果樹園も一部を人に委ね、栽培面積を縮小した。行く末を案じたのだろう。それがまた痛々しい。それでも暗い顔は微塵も見せずに畑にも出、仲間たちとも明るく振舞った。


葡萄畑


 そんな人柄の男だったから、地元にいる特に同級生達は、入院中も自らの仕事の合間を縫って農作業を補った。「うちのことなんか、心配するな。そんな心配より、治療に専念することだよ」。みんなで励ました。しかし、不敵にも癌は強かった。日ごとにこの人の体を蝕み、最後は骨と皮といってもいいほどに肉体まで食い尽くした。


インゲン


 この人には、これまでも身の回りに相次いで不幸が襲った。早くに愛する奥様を亡くし、二人兄弟の弟も何年か前に亡くした。この弟さんは三つ違いで、私と同ない歳だった。どうしてこうも不幸は集中攻撃するのか・・・。この世には神も仏もないのか。





 それでも男手ひとつで一人娘を育てて嫁がせ、二人のお孫さんにも恵まれた。自らの行く末を覚悟しながらも愛らしいお孫さんに目を細め、可愛がった。心の中ではこのお孫さんの成長をもっともっと見届けたかったに違いない。それもふびんでならない。


光


 告別式。仲良しトリオのうちの一人が弔事を読んだ。自他共に認める無二の親友だったこの人は「俺は○○ちゃんと呼ばせてもらうよ」と祭壇の遺影に語り掛け、在りし日の思い出や、その人柄を切々と話した。




 それによると、身の回りを相次いで襲った不幸、その上、自らにも襲い掛かった病魔との闘いにも愚痴ひとつ漏らさなかった。いつも明るく振舞い、周りの仲間達を気遣った。古めかしい言葉かもしれないが、義理人情にも厚かった。「気遣うのはお前ではなく、むしろ俺達だったのに・・・」。そんな故人は息を引き取る数日前、この人の手を握り、弱々しい声で「俺はもうだめだ。あとを頼む。みんなを・・・」と言った。手にはもう力がなかったと言う。無二の親友が読む弔辞は参列者の涙を誘った。


空


 たまたま時期を同じくしたのだが、この告別式の翌日、別の友人の父親が逝った。こちらは98歳だった。69歳の告別式とは対照的だった。年齢差は親子ほどもある。同じ弔辞の中でも「天寿をまっとう・・」という言葉が。人間誰しも、かくありたいと思うのだが、そうはいかないのがこの世の常。




 「人間、60歳を過ぎれば、後先の順番はないんですよ」



 うまい事を言った人がいた。そう思いたくはないが確かにそうだろう。仏教用語で「諸行無常」という言葉がある。人の寿命は神様しか分からない。ただ言えるのは、その人間がどう生きたかなのだろう。寿命の長短だけではない。仲間や周囲を愛しみ、仲間達からも愛された69歳の男を送りながらそうも考えた。


1


 梅雨の季節は真っ盛り。その後には暑い夏が待っている。みんなが健康で、仲良くありたい。それが若くして逝った友に報いる道だ。行とし生きるものの鉄則だ、と思っている。





.ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!


あがりの茶碗

すし屋1


 15日間にわたった船の旅(大西洋―カリブ海―パナマ運河―太平洋クルーズ)を終えて一旦ハワイに戻り、日本に戻ったのはそれから一週間後だった。飛行機も混むし、第一、航空運賃が割高になるゴールデンウィークを避けたからだ。



 食べ物も農作業も現実の生活が待っていたのだが、そんな山梨の片田舎に、ハワイから小さな小包が届いた。中にはなんと寿司屋さんであがりを飲む湯飲み茶碗が。ホノルルの官庁街に程近いところにある寿司屋さん「KABUKI」(歌舞伎)の大将が送ってくれたものだ。



湯のみ


 この茶碗は日本の寿司屋さんでもどこにでもある魚偏の漢字、つまり魚の名前を連ねたあれだ。ビールを飲み、寿司をつまみながら、目の前のカウンターに置かれたその茶碗を手に取り「大将、この魚偏の漢字、みんな読める?」と、茶碗の漢字を酒のつまみにしたことを思い出した。




 茶碗に書かれた魚偏の漢字はちょうど50。かながふってあるから「ヘ~、こう読むのか」と分かるのだが、かながふってなければ読めない漢字がいっぱい。50の文字は日本人なら比較的ポピュラーな魚ばかりだが、案外知らない自分が情けなく思った。鯉、鮎、鯖、鯛、鰻、鯨、鰹、鰤、蛸、鰯、鰺などはどうということはないし、鮟、鮒、鯱などは字のイメージからなんとなく分かる。しかし鰌、鰆、鯰、鮠、鰈、鰊、鱸、鯊、鰾、鯔となるともう分からないのだ。中には明らかに当て字のようなものもある。





 「ところで大将、ここの寿司のネタ、どこから来るの?」


 「アメリカ国内もあれば、南米カナダもある。マグロなんかハワイで揚がるんですよ」




 考えてみれば、私たちが日本で食べている寿司ネタだって大方、同じような所から来ているのだ。ウニはカリフォリニアやシアトル、トロはスペイン。恐らく近海ものなんか少ないのだろう。鮪の場合、日本では「大間のマグロ」が有名だが、私たちの口には入らない高級品だ。カニにしたって「越前ガニ」のブランド物になると値段は跳ね上がる。


すし屋2

 そんなことを話している時、隣の白人客は「ODENN」(おでん)をオーダーするのだ。カウンターに置かれたカラフルなメニュー表には載っていないが、壁には手書きの特別メニューが。あるある。おでん(7・50$)ばかりではない。「KOMOTI SISHIYAMO」(子持ちししゃも3pieces 6・50$)「CHICKEN WINNG」(てばやき)「KIMPIRA GOBO」(金平ゴボウ4・50$)「ONSEN TAMAGO」(温泉たまご2・05$)・・・。


メニュー  

 これがまた白人達に人気があるのだそうだ。ゴボウは世界中でも食べるのは日本くらいのものだと、聴いたことがある。しかし、白人たちは結構、旨そうに食べている。それもそのはず。このカウンター席に来るお客はお馴染みさんが多いのだそうで、自称、日本通。中には週何度も来る人もいるという。寿司はもちろん、こうした日本の食べ物がダイエット食として注目されつつあるのだそうだ。





.ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  


こちらもよろしくお願いします!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!


ランキング参加中です!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】
おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

最新記事
カテゴリ
最新コメント
FC2カウンター
ブログ成分解析
ブログランキングならblogram
検索フォーム
月別アーカイブ
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

全国からアクセスありがとう!

ジオターゲティング
最新トラックバック
アルバム
リンク
忍者ツール
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
FC2ブログジャンキー

「アクセス数が全然伸びない…」そんな悩みをブログジャンキーが解決します!