銀木犀と植え込みの剪定

銀木犀


 庭の植え込みからなんともいえない芳香が漂ってくる。銀木犀の香りである。金木犀の黄色い花と違って、その色は淡い白。小粒の花をいくつも付け、その一つ一つが一斉に芳香を放つのである。金木犀より匂いは柔らかいが、どこか気品がある。春先の沈丁花もいいが、銀木犀もなんともいえない。世界の香水ブランドだってこれには勝てまい。


銀木犀2


 勤めをリタイア、山梨市の実家に戻って、ぼつぼつ8年。子供の頃から、銀木犀の匂いは覚えているのだが、それがいつ咲くのかは定かでなかった。かぐわしい香りに感動するでもなし、花を観察するでもなしで、全く無頓着に過ごしてきたのである。暇になった、と言ってしまえばそれまでだが、周囲の変化に気をとめることが出来るようになったことは確かだ。




 以前は甲府に住んでいたから、庭木の手入れも植木屋さんにまかせっきり。毎年12月の終わりになると35万円前後の請求書が届くのである。しかし今は、植木の剪定は全て自分でやっている。長年、黙っていてもやってくれていた植木屋さんには申し訳ない気持ちもするが、年金暮らしになった自らを省みると、そうばかりも言ってはいられないからだ。



庭3



 それに、自分でやってみると、結構面白い。ホームセンターに行って大小いくつもの剪定鋏や電動のバリカンを,また、JAに行ってこれも大小の脚立を調達するなど道具もそれなりに揃えた。シマッタ、と一瞬思うような枝の落とし方をすることもしばしばだが、自分でやったことだからあきらめも早い。むしろ、失敗は確実に次への糧になる。



 サツキやツツジのように剪定や刈り込みの時期を一歩間違えると翌年、花を付けないものもある。そんな時「どうして?」と詳しい人に素直に聞くことも覚えた。「失敗は成功の元」とはよく言ったものだ。因みにサツキやツツジは花が終わったらすぐ刈り込んでやるのがコツだ。



 「お父さん、植木屋さんみたいだね」。女房は私を褒めた後で「脚立から落ちないでよ」と心配そうに言う。その通り。脚立から落ちでもしたら笑いものだ。万一、落ちたら擦り傷では済まされないことは自分でも分かっている。安全確保のための≪命綱≫を買いに行ったが、うまいものがない。それなりの注意はしている。


庭4



 植木職人と違って自分物の剪定だから、木の作り方も自由。銀木犀も大きすぎて剪定が大変だから高さを5~6mに詰め、回りも不自然でない程度にちぢめた。香りで気づいた銀木犀の花を見て、ハッと思った。剪定の時期を誤らなくてよかったことだ。



 我が家の銀木犀は、今は咲き始だからクリーム色。満開になると白くなる。金木犀も大きな木だが、まだ開花していない。本来、銀木犀が母親で金木犀はその変種だそうで、原産地は中国南部。江戸時代に渡来したことも知った。中国名は「桂花」というのだそうだ。


銀木犀1


 こちらは真っ赤な花を付けるだけで匂いは放たない百日紅は、その名の通り長い開花期間をぼつぼつ閉じようとしている。季節は秋本番へ。庭木の奥の柿も色づいてきた。






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お月様とお天道様

月3


 今年の秋は冷える。寒いと言った方がいい。猛暑、猛暑でうんざりした夏が過ぎてホッとしたのもつかの間、今度は一転、冷え込みだ。だんだん大きくなる大根の間引きと草取りが気がかりだが、なんとなく畑に出るのが億劫になり始めた。大根は種を蒔くとき3~4粒ずつ蒔くので、間引きしてやらないと勢力が弱まるばかりでなく、曲がったりして、真っ直ぐ伸びないのである。我が家の場合、今年は遅蒔きの大根だ。




 私達人間は太陽、つまり、お天道様光と熱をもらい、月、つまり、お月様時間をもらって生きている。宇宙というとてつもない空間に生かされている人間は、太陽と月には特別の敬意と畏敬の念を持って、それぞれに「お」を付け「様」をつけて呼んでいる。「お星様」も同じだが、意味合いが全く違う。




 ご存知、漢字の「月」は三日月の形状から変化したものだ。その月は時間や期間の単位でもある。中秋の名月、いわゆる、十五夜からもう一ヵ月半が経つ。満月から新月に変わった。日ごとに、その姿を変えるお月様の姿がやけに寒々しくなった。「女心と秋の空」という言葉があるが、今年の秋の空はいつもの年と何か違う。短い秋のせいなのか・・・。

 月は肉眼で朔望を確認できる唯一の天体なのである。


月2



 「月」は時間の単位と同時に期間の単位だから、一ヵ月約30日を一定の日数で上手に等分している。いわゆる「当分法」だ。例えば、15日周期を「半月」、10日周期を「旬」、7日周期を「週」または「七曜」、6日周期を「六曜」という。「半月」は1ヵ月を2等分したもので、満月と新月との間が15日であることに因んでいるのだそうだ。




 「旬」は1ヵ月を3等分したもので「上旬」「中旬」「下旬」といった具合に用いている。また、「週」「七曜」は4回から5回で1ヵ月になるし、「六曜」は1ヵ月を5等分したものだ。12と30の最大公約数である。誰が考えたか知らないが、昔の人は頭が良かったし、上手に言葉を作ったものだ。


月



 お天道様とお月様。人々の受け止めようはさまざまだろうが、私はこう思う。お天道様が男なら、お月様は明らかに女だ。太陽は燃え滾る炎をイメージし、は人を童謡や詩的なデリケートな世界に誘い込む不思議な力を持っている。地球に生きる動植物は光や熱、それに伴う水がなければ生きていけない。だから、お天道様は極めて分かり易い。




 しかし、お月様やお星様は、時として忘れてしまうことがある。都会の街路灯やネオンにかき消されたり、第一、仕事仕事で追われていると見上げる夜空がなくなる。サラリーマン生活のほとんどを一時期の東京と甲府で過ごした私は少なくともそうだった。




 田舎の実家に戻って、月の満ち欠けや星のきらめき、美しさを改めて見た。時として、そっと外に出る。娘や女房が「タバコはやめたら」と、うるさいからで、タバコの煙の向こうに見える月や星、そして夏なら真っ黒い山の稜線の上に浮かぶ富士山の山小屋の灯火を眺める。夜空がこんなに綺麗だったとは、と再発見にも似た思いに駆られることもしばしばである。あの暑かった8月はじめだと、8合目か9合目あたりまで登山客のライトの光が一本の帯を作ったのだが、今は登山客が姿を消し、わずかに残った山小屋の灯火が月の光にかすんでいる。






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桃太郎の生みの親は白鳳?

桃太郎


 桃太郎が生まれた桃は「白鳳」だった?
 月に一度、定例的に開いているユネスコ関係の友達の無尽会で、お酒を酌み交わしながら、桃作りをしている仲間の話を聞いていて、つまらぬ事を≪発見≫した。この人は甲府盆地の一番東側の山付き、というより土地が肥沃な扇状地の笛吹市御坂町という所で桃作りをしている。



 御坂町は映画、講談の「清水次郎長伝」に必ず登場する悪役・黒駒の勝三の生誕地だ。そんなことはどっちでもいい話だが、彼はこの町では名うての篤農家。この人の話によれば、数ある桃の品種の源流品種といっていい「白桃」と「白鳳」の違いの一つに果肉と種がはなれ易いか否かがあるという。



 「白鳳」は、「白桃」が果肉と種がしっかりくっついているのに対して、それがはがれ易いのだそうだ。桃太郎伝説は、山に柴刈に行ったおじいさんとは別に、川へ洗濯に行ったおばあさんが上流からどんぶりこ、どんぶりこと流れて来た桃を拾って割ってみると、中から大きな男の子が出てきたというご存知のお話である。



 このとき、桃がパックリ割れないとこのお話は、うまく後に繋がらないのである。酔っ払って、たわいもない事を言っているじゃないよって? その通り。どっちでもいい話である。 桃太郎さんはさておき、白鳳と白桃の2系列を源流とした桃は、品種といったらさまざまで、その数は50を超すという。


桃



 町の果物屋さんやスーパーではほとんど「白鳳」「白桃」としか表示していないから消費者の皆さんはご存じないかも知れないが、その桃にはみんな○○白鳳、○○白桃といった具合に名前がついているのである。特に白桃に品種の数が多い。特によく知られているものの一つに「浅間白桃」がある。「浅間」とか「日川」「山根」というように山梨県の地名をとったものが多い。




 御坂町の篤農家さんによれば、日本の桃の原点は中国の水蜜桃。これが日本の風土に合わせて改良されて、比較的早生品種の白鳳の流れを作っていった。この論理からすると、元々は白桃が改良されて白鳳が生まれたことになる。とにかく白桃を中心に桃の品種が多いということは、改良に改良を重ねた先人達の苦労があったことを意味する。




 暑さ、寒さも彼岸までという。あの信じられないような猛暑がいつの間にか去って、季節は名実共に秋。山梨の果実峡であるこの地方は桃のシーズンに終止符を打って、葡萄の季節に移行した。一口に葡萄といっても、さまざま。白鳳の後、つまり、比較的奥手の白桃系の桃と収穫がオーバーラップするデラウエアー種から始まって、人気の巨峰、ピオーネ、甲斐路など、大房系の葡萄へと移行した。


葡萄



 これにネオマスカット、べリーA 、甲州種など、これまでに挙げたポピュラーなものを中心に品種の数は多い。在来種は甲州種ぐらいのもので、ほとんどが外国品種との改良品種である。ただ、桃と違うのは食べてみなくても、その形状、色などで素人でもすぐに区別がつくことだ。とにかく、この地方の実りの秋は、まだしばらく続く。





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若者達のコピペ

 コピペ? 「コピー アンド ペースト」の略だという。へえー、うまく略すもんだ。感心はしたものの、その意味はさっぱり分からない。テレビで見ていて、パソコンやインターネット用語だと分かった。文章など、さまざまなデータをコピーし、貼り付けることを言うのだそうだ。文字の通りだ。そこでまた、へえー。


コピペ



 家族で食卓を囲んでいた時、娘が晩酌中の私に向かって言った。


 「そんなこと、知らないの。お父さんだってやってるじゃない」


 何を言っているのか分からなかった。


 「俺がやっている?」


 「そうよ。お父さんだってブログ書きながら文章を置き換える時、コピーマークをクリックしてから貼り付けたりしてるじゃない」


 「へえー、そのことか」


 単純に頷いたが、テレビはこのコピペを問題意識を持って取り上げていた。コピーし、貼り付けるというこの単純な行為に頼ってしまうと人間の脳は考えることや創造する能力を退化させてしまうのだそうだ。ここでまた、へえー。


パソコン_convert_20110106220352



 テレビを見ていたら、問題視の意味がよく分かった。教育現場、つまり大学や高校、小、中学校に至るまで、このコピペがどんどん入り込んでいるのだそうだ。例えば、大学生にあるテーマで論文を書かせると、学生達はインターネットで、それに近い解説を探して、それを切り張りしながら論文を完成させてしまうのだという。

パソコンをたたく手



 自分で資料を探し、考えながらやれば何日もかかる論文作りをわずか30分足らずでやってしまうという。第一、インターネットからの写しで、自分の考えではないから研究論文とはいえない。このコピペは小、中学校の読書感想文や作文にも今や珍しくなくなったという。私は化け物だと思っているが、インターネットにはなんでもデータが入っている。




 テレビの大学教授は苦笑いしながらこんなことを話していた。


 「学生達の論文を見ていたら、同じ内容のものどころか字句まで同じものがいっぱい。いずれもインターネットからの引用、貼り付けで、ひどいケースだと全体の64%、つまり自分の文字は、文章のつなぎも含めて36%に過ぎなかった」



 子供の頃からテレビゲームで育っているから携帯電話でのメールも空気のようにこなす。パソコンやインターネットも自在だ。私のようなアナログ人間からみれば羨ましい限り。携帯電話を片手に別の事をしながら電話機を見ずにメールを打つ子供たちを見ると「へえー」と尊敬したくもなる。


マウス



 こんな人間からすれば、今の子供たちはものすごく進化しているように見えるのだが、どうして、どうして。幼稚といったら言い過ぎかもしれないが、やっぱり幼稚だ。インターネットの情報をそのままコピペすればすぐにバレてしまうに決まっている。ITは果てしなく進化する。しかし人間の内面はそれに追いついていけないでいる。




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退化する脳みそ

 何事にも言えることかもしれないが、普段使わなければどんどん忘れ、人間の機能だって退化する。最近そのことをしみじみ思う。例えば、中学、高校と習った連立方程式や因数分解を今やってみろと言われればちんぷんかんぷん。中学校から大学まで習った英語だってしかりだ。




 そんなことはまだいい。今、痛切に感じ始めているのは手足など体の機能である。車に頼り、歩かないから足腰は弱くなる一方。「少しでもいいから、毎日ジョキングか、ウオーキングでもしたら」と言われるのだが、そのじちもない。だから、毎日、何時間かは畑に出ることにしている。




 そうすれば、中腰で鍬を使ったり、転がって草むしりもする。嫌でも足腰や腕の筋肉を使うからだ。汗びっしょりになる。特に夏場だと、その汗はシャツを搾るほど。おかげで体重も3㌔ぐらい減らすことが出来た。昼飯の時に飲む一杯のビールがうまい。つい、一杯が二杯、二杯が三杯に。


ビール



 女房は「せめて昼間は飲むのをやめたら」と、憎たらしくも言う。俺の身体を気遣っての言葉であることは分かっている。でも、このうまさは夜のそれとは比べものにならない。最近ではあきらめたのか、同じ事を言わなくなったが、冷蔵庫からビールを持ってくる顔は、やっぱり渋い。飲まない方がいいに決まっている。だけど・・・。




 肝臓というヤツも同じで、使わなければ機能をどんどん低下させる。お酒の引き合いに出すのは方便に過ぎないが、自分の経験から確実に言える。




 かつての会社仲間4人で「百石クラブ」という集まりを作って、時々、甲府のホテルなどあっちこっちで飲み会を開く。「百石クラブ」は自分達が新米の頃、仕事を共にした旧社屋が甲府市の旧百石町という所にあったことから名付けたものだが、昔話をおかずに飲む酒もうまい。


お酒



 しかし、みんなお酒が弱くなった。現役時代、浴びるほど飲んだ同僚や先輩がすぐに「俺はもう・・」と言い出すのである。「最近、飲む機会が少なくなったせいか、弱くなっちまって」ともいう。年齢のせいもあるが、確かにお酒も飲まないでいれば体が忘れさせてくれるし、肝心の肝臓がその機能をなくしてくれる。




 肝臓ばかりではない。人間の臓器や体は使わなければ確実に退化していく。特に、腎臓という臓器は、それが顕著で、いったん、人工透析などをしてしまったら、自分で働くことを忘れてしまうのだそうだ。




 頭、つまり、脳も同じ。ある年齢以降、緊張感をなくした生活をしていると、ボケること受けあいだと最近自分の事として思うようになった。こうして毎晩、パソコンを叩いてブログを書くのも、指先や少ない脳みそを少しでも使うからいいと思っている。私も大好き人間だが、マージャン仲間が、それをしない人から「好きだねえ」と、冷やかされたりすると「指の運動とボケ防止さ」と;言う。これは方便。徹マンが体にいい訳ないさ。





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出張菜園と空き家バンク

 先頃の「遊び感覚の農業」で書いた農業のNPO法人に再度触れてみよう。都会の人たちが田舎に、それぞれに見合った農地を確保、土に親しみ、それなりの農業を楽しむ。それは、実践者が言うように「こんな安上がりで、気軽なレジャーはない」。


 家族連れのサラリーマン氏はこんなことも言った。


 「コンクリートの道を歩き、コンクリートのビルで仕事をして、疲れて帰る所が、またコンクリートの家。女房や学校に行く子ども達だって同じ。ストレスだって知らず知らずのうちに溜まりますよ。だから出張菜園は手ごろのストレス解消策だし、家族の健康づくりの秘訣なんです。情操を豊かにしなければいけない子ども達にとっても格好の情操教育、自然教育の場だと思っています」


葡萄畑2


 このサラリーマン氏の場合、年数万円で山梨市に農地を借り、時期には毎週のように東京からやって来る。土曜日、または日曜日、しかも朝早く家を出るから東京からでも1時間半に満たない距離だ。夏休みなどには近くに安い旅館をキープ、家族旅行を兼ねてやって来ることもあるという。



 ちょっとショッキングな言い方をすればコンクリート地獄に住む都会の人たちにとって、このサラリーマン氏のような願望は決して少なくないように思う。願望があっても、その受け皿や、そこへのアクセスを知らないのが実情のよう。


葡萄畑



 山梨は首都圏から100㌔の圏域。しかし、農業後継者不足は、ここもご多分に漏れずで、農地は余る一方。だから農地は格安で借りられる。私の周りだって、その受け皿はゴロゴロしている。後継者不足と高齢化で耕作の手が回らないということであって、まだ農家がなくなった訳ではない。だから指導者はいる。




 同じクラブでご一緒するロータリアンの中に、宅建業界の幹部を務め、目下、空き家バンクの推進に尽力されている方がいる。都市集中現象。これもご多分に漏れずかも知れないが、山梨市を中心としたこの地方には空き家が少なくない。文字通りこの空き家を有効利用しようというものだ。


水車



 このロータリアンとこんな話をしたことがある。


 「空き家バンクと地域に増えつつある遊休農地をうまくかみ合わせ、都会の人たちに活用してもらうシステムは作れないものか。そうすれば利用者だけにとどまらず、後継者不足に悩む農家にも新展開になるのでは」



 もちろん、これには農地法の規制をはじめ、さまざまのネックがあることも確かである。宅建業界が超えられないテリトリーだってあるはずだ。しかし、行政の関係部署や農業委員会などの機関とが一緒になって、真剣に考えれば打開策はあるはずである。現に、NPO法人は農地の有効活用を角度を変えて実践し始めている。ただ利用者にとって、その受け皿が見えにくかったり、手続きの仕方が分からないから、そこに飛び込めないでいるのだ。これに道筋をつければ双方が助かる。






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ユリの花と本当の百姓

 「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」

 そこまで書いたら、覗き込んでいた女房が「ヘンな事かかないでよ」と言いながら「立てばビヤ樽、座ればたらい、歩く姿はドラム缶、でしょう」と、かる口を叩いた。このところ、女房を引き合いに出して書くものだから、機嫌が悪い。「お前なんか、お世辞にも、立てば芍薬・・・なんて言えないよなあ」と、返そうと思ったがやめた。


ユリ2



 我が家の植え込み、畑の周りや隅々では今、ユリの花が満開 だ。真っ白いラッパのような花を付ける。一本に三つ四つ、多いものでは五つも六つも。その咲きっぷりはなんとなく控えめで、満開と言う表現はふさわしくないかもしれない。いかにも地味だが、白い花は周りの緑や真っ赤な百日紅の花と見事なコントラストを見せてくれる。



ユリ1



 この時期、我が家の周りで、花といえば、このユリや百日紅のほか、すごく地味な露草くらいのもの。コスモスにはちょっと早い。百日紅の開花時期の息は長く、9月終わりまで咲いているから、今を盛りと咲くユリは遅くに開いて、すぐ散る運命。花びらを落とすとその跡に種の袋が膨らむ。このユリ、今年はやけに大きい。2mを超すものもいっぱいだ。こんなに背丈が大きいユリは始めてである。天候異変のためだろうか。頭が重いので風でも吹けばひっくり返りそうだ。


ユリ3



 畑とは別に、5反ほどあるぶどう園は隣部落の人に作って貰っている。ピンポン玉をひとまわり小さくしたような大きな粒をつけたピオーネの房が収穫期を迎えている。勤めをリタイヤする時には「よーし、今度は俺がいい葡萄を作ってやる」と,本気で思った。しかし、その序盤でやってみた畑仕事、それよりなによりも、作ってくれている人のきめの細かい仕事っぷりや手法を見ていたら「これは駄目だ」と、思った。


葡萄



 なぜかって? 労力もさることながら、技術が全くない。技術なら覚えればいいじゃないか、とお思いの方がおいでかもしれないが、どうして、どうして。一朝一夕に覚えられるものではないし、経験が育むカンはすぐには掴めない。果樹農家は毎年、成功と、失敗を繰り返し、さまざまの研究を重ねながら、今日の葡萄を作っているのである。




 ぶどう狩りを楽しんだり、ただ食べている人たちには分からなくていい。果樹作りや百姓を甘く見てはいけないことを思い知った。そればかりではない。私にとって、絶対駄目だと思ったのは、地域ブランドを壊し、隣近所にご迷惑をかけかねないことだ。いい加減なものを作ればブランドの足を引っ張るし、消毒の手を抜けば病害虫の温床になり、隣近所に降りかかるのである。そんなことが出来るはずがない。


葡萄



 大根やジャガイモは種を蒔けば芽を出し、そこそこの収穫が出来る。しかし、そんな家庭菜園に毛が生えたような百姓とは違う。勝沼で一町七反のぶどう園を栽培するマージャン仲間の同級生は「どんなに遅く寝てもお天とう様が出る頃には畑にいる」と、言う。その手を見ると、グローブのように大きい。




 その仲間のように本当の百姓は、大根やジャガイモなんか作っていない。忙しくて、そんなところに手が回らないのである。俺はあきらめた。家庭菜園に毛が生えた百姓でいい。






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おかんなりさん

 鬼がトラの皮を肩からまとい、首に数珠のようにかけた太鼓を叩いている。鬼だから二本の角を出しているが、決して怖くはなく、笑っているようで実にユーモラスだ。雷さま、雷神の絵である。誰が書いたのか知らないがうまく表現したものだ。


雷さま



 その雷が今年はやけに多いような気がする。こうしてパソコンを叩く窓越しの闇に稲妻が走ったかと思うと、間髪をいれずにゴロゴロっと雷鳴が響き渡る。その次に来るのが雨だ。真っ昼間の雷鳴だってある。



 物事にハマルとは不思議なもので、畑にいても直感的にパソコンのデータが気になる。いつも野良着のズボンに押し込んでいる携帯電話で家にいる女房に連絡してパソコンの電源を落としてもらうのである。



 今のことだから、雷へのガードぐらいしてあるのだろうが、そんなことがよく分かっていないアナログ人間は電源を切らなければ不安なのだ。「どっちみち使わないのだから、外に出るときぐらい電源を落としておけばいいのに」と、女房は言うが、そこがズボラ人間の成せるワザだ。



 この雷、日本人は、なぜか敬語をつけて呼ぶ。「おかんなり」「かみなりさん」。さらに頭に「お」を、尻に「さん」を付けて「おかんなりさん」とも言う。童謡であり、文部省唱歌の「富士山」では、その一節で「雷様」と歌っている。インターネットで調べてみたらこの歌の作詞は 巌谷小波という人だそうだ。



 ご存知、歌詞はこうだ。


     「あたまを雲の上に出し 四方のお山を見渡して 雷様を下に聞く 
冨士は日本一の山」


富士山  


 富士山は3,776m。「雷様を下に聞く」のだから雷は少なくと 3,700m以下の所で発生することになる。ちなみに富士山の高さは「ミナナロウ富士山のように」と覚えればいい。いい歳して馬鹿なこと言ってるじゃないよ、と言われるかも知れないが、飛行機の上で雷を聞くことはない。ところで、雷をどうして敬語で呼ぶのだろうか。昔から怖いものの例えで「地震」「雷」「火事」「親父」という。語呂との絡みもあるのだろうが、雷は地震の次だ。雷神という言葉があるように人々が恐れ、慄いた存在であった証だろう。




 もう一つ。私にはそれを科学的に説明することは出来ないが、昔から農家の人たちは「雷が多い年は豊作だ」と言った。その根拠は雷が空気中に窒素を合成するからだそうだ。ご存知、窒素はリン酸、カリと共に植物の3大栄養素の一つ。それを只で作り、五穀豊穣をもたらしてくれるとあったら、やっぱりありがたい神様だ。



 雷の次の「火事」は別として、「親父」はそんなに怖い存在だったのだろうか。地震や火事ほどではなかったが、やっぱり親父は怖かった。しかし今の親父はどうか。威厳がなくなっているどころか、うかうかしていたら子供に金属バットで殺されかねない時代になってしまった。親父が「おかんなりさん」を落とせなくなったのである。






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美人とのすれ違い

赤トンボ



 芽を出した大根畑で草取りをしていたら、赤とんぼが飛んでいた。秋の到来を実感する瞬間だった。でも残暑はきつい。今日も30度を超しているだろう。額の汗を首にぶら下げた手拭で拭いながら、その赤トンボを目で追っていたら、その先に真っ白い蝶ちょが。はて? この時期に、こんな蝶ちょがいたっけ。春じゃあなかったか。いかに、自然に無頓着に過ごしていたかを実感した一瞬でもあった。





 問題は、白い蝶ちょだ。これまでなら確実に、ヒラヒラと舞うこの蝶ちょを、可愛らしく思い、目を細めて追っただろう。だが違った。瞬間的に、追っかけて捕まえ、すりつぶしたくなった。「お前は異常性格者か」と、ひんしゅくを買うかもしれないが、異常性格でもなんでもない。単なる立場の問題だ。実はこの蝶ちょ、無邪気に初秋の空を舞う赤とんぼと違い、ちゃんと目的があるのだ。可愛らしく、舞っているようだが、実は魂胆があるのである。


蝶


 やっと芽を出し、二枚葉になったばかりの大根の葉っぱの裏側に、次々と卵を産み付けるのだ。この卵はやがて蝶の幼虫となって、大根の葉っぱを食いつぶすという寸法である。よほどののうてんきでも、可愛い、などと言ってはいられまい。汗だくで種を蒔き、晩秋というか、初冬の収穫を夢見ている百姓にとつては天敵以外のなにものでもない。





 蝶ちょへの恨み節はさておき、残暑はあってももう秋だ。日が暮れれば庭先の植え込みからはコーロギや鈴虫の鳴き声が。私はこの時期になると毎夜のように密かに外へ出る。虫の音を聞くためではなく、ある美人に会うため だ。




 「お父さん、毎晩、外に何しに出るの」。女房の疑いを込めた問いかけに「美人に会いに行くんだよ」と、言ったら「なに馬鹿なこと言ってるのよ」と、これまた、けげんな顔。庭先の月下美人を見に行っていることを知った女房は「ああ、そうか。もうそんな季節になったんですねえ」。うちの女房、極楽トンボで、季節感がねえのかなあ。


月下美人2



 我が家の月下美人は一昨年、親しい友が鉢植えで持って来てくれたものだ。昨年も見事な大輪を三つも四つもつけた。色といい、形といい、まさに美人である。なんともいえない気品も備えている。才色兼備である。その上、なんともいえない、いい香りを放つ。シャネルやエルメスなど世界の香水ブランドでもこの香りはつくれまい。ご存知、月下美人は夜、花を開き、一夜にして萎む。「美人薄命」という言葉はここから来たのだろう。



月下美人1



 今年はその美人とすれ違いになってしまった。マージャン会や無尽会で、留守にした夜に咲いてしまったのである。シワだらけに萎んだ≪昔の美人≫がいくつもぶら下がっていた。私が「美人、美人」と言うものだから女房は何を勘違いしたのか「お父さんねえ、≪美人は三日で飽きる、ブスは三日で慣れる」と言うんだよ」と。「じゃあ、救いようのないブスはどう言うんだ」と聞いたら「一円玉ブス、と言うんでしょう」。「そうだよなあ、これ以上、壊しようがねえものなあ」。「お父さん、美人に逃げられたからといって八つ当たりはよしてよ」と笑っていた。とにかく美人との再会は来年までお預けだ。







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大根の種

空


 それまでの雨が止み、厚い雲が所々切れて、その合間から青空がのぞく。それを待っていたように、庭の植え込みでミンミンゼミが泣き出した。この一週間、台風の余波で雨の日が断続的に続いた。その雨は局地的な豪雨となって各地に被害をももたらし、新聞やテレビを賑わわせた。今年はミンミンゼミが泣き出すのが遅く、お盆を過ぎていた。

 


 セミはこの世に出てきて、わずか一週間でその生涯を閉じるのだそうだ。行く夏を惜しむように、あっちでもこっちでも。すごい。夏を惜しむなんて叙情的なものではないかも知れない。泣かねば損だ、とでも言わんばかりだ。限りある一生の真っ只中でこんなに雨に降られたのではたまったものではないはずである。差し込む日差しは確実に秋だ。



セミ


 こちらは、その雨を見込んで大根の種を蒔いた。もっと早く蒔かねば駄目、という人もいれば、早過ぎると虫にやられる、という人もいる。ともあれ、この雨が功を奏して大根が見事に芽を出した。ナスや、遅蒔きのキュウリやインゲンを採りに行った女房が「お父さん芽が出てきましたよ」と、言いながら嬉しそうに畑から戻ってきた。


大根の芽



 大根の種を蒔く、というより野菜を作ること自体、全く縁のなかった女房だが、自分も手伝って種を巻いたり、苗を植えたりすると、愛着が生まれるものらしい。よく分かるような気がする。自分自身もそうだが、百姓の倅でありながら≪土≫と生活したのは家にいた高校時代まで。学生時代は東京、サラリーマン時代は一部、韮崎、東京の両支社、支局を除けば甲府で、ずっと≪土≫のない生活だった。





 それが一転、コンクリートの上の生活から≪土≫の上の生活に変わった。下駄や地下足袋、長靴で歩く。雨などで足元が悪い時に便利な高歯の下駄も見つけてきた。毎日≪土≫の上を歩き、野菜作りのための草取りや種まき、苗の移植作業もする。ナス、キュウリ、トマト、カボチャ、ジャガイモ、インゲン、枝豆など夏の野菜は当たり前、サトイモ、サツマイモ、ていも、ほうれん草やエンドウ、こかぶ、春菊。さらに、モロヘイヤやニラ、ニンニク、茗荷、落花生も作る。どうも土壌壌が合わないようだが、スイカも。


キュウリ



 田舎では昔からかんぴょうなどと共に寿司の芯に用いたイモのツル、地方によっては随喜ともいうトーノイモも作り、初冬に皮を剥いて天日に干したりもする。トーノイモはサトイモと良く似ているが、イモ自体は美味しくない。主にツルを食べるのである。





 今ある柿(御所、富有、甲州百目)に加えて、新しい富有柿とりんごの木を何本か植えた。食用かどうか分からないが、今、畑の隅々や植え込みのあっちこっちでユリが真っ白い花を咲かせている。やがて、この種が落ち、来年、草取りの時、ちょっと注意して残してやればどんどん増える。今でもユリ屋敷の風情だ。甲州百目は冬場には枯露柿に変わる。



干し柿



 非農家の生まれで、しかも農業などおよそ縁のない生活をしていた女房が最近では畑仕事を手伝うようになった。ちょっと注意すると「私なんかやったことがないんだから・・・」と、言い訳をしながらも結構≪土≫との生活を楽しんでいる。自分も加わって蒔いた種が芽を出して実り、それを料理して食べる。それはやったことのない人ほど楽しいはずだ。





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遊び感覚の農業

日本酒


 特異なケースらしいが、山梨には無尽が多い。もちろん無尽は古くからあった。大坂や堺の商人達が「頼母子講」として始めたのが、その起こりだという。しかし山梨で多い無尽は、そんな経済的な意味合いのものではなく、社交的な場、つまり仲間達の交流の場なのである。




 私も5つの無尽に入っていて、毎月1回ずつお酒を酌み交わしながら、たわいもない話に花を咲かす。ユネスコの仲間達や中学校、高校の同級生たち、さらには地元のおじさんたちのグループである。同級生はもちろん、みんな還暦をとおに過ぎている。果樹農家など自営者を除けばみんな勤めをリタイアした者ばかかり。話題といえば、健康と野菜作り、土いじりの話がもっぱらだ。もちろん、地元のおじさんたちはみんな百姓だから、そんな甘い話はしない。


カボチャ3



 特に非農家が多い仲間達の無尽では時として野菜作りの話が多い。非農家のクセにといったら叱られるが、みんな良く知っている。種を蒔く時期から、手入れの仕方や消毒まで事細かく説明してくれるのである。ヘタな百性よりもっと詳しい。




 それもそのはず、一坪農園ではないが、畑を借りて家庭菜園を楽しんでいるのである。中には、かなりの面積の畑を借りて≪農業≫と取り組んでいる仲間もいる。私の場合、根っからの百姓の倅だから百姓を楽しむという感覚はない。むしろ義務感の方が強い。




 みんな嬉々としている。私も最近では、その義務感が薄れ、楽しさを覚えつつあるが、そんなものではない。退職金で農機具を買い込み、借地をもっと増やしたいという仲間さえいる。家庭菜園型であれ、農業指向型であれ、共通しているのは、野菜作りなどの農業と、健康づくりをダブらせていることだ。




 だから除草剤など一切使わず、草取りに汗を流し、消毒にも細心の注意を払う。「うちのものも食べてみて」と、その時々の野菜を持って来てくれるのだが、それは立派。私の比ではない。時間と手間、それにお金もかけている。健康づくりのために楽しんで作り、自らの手でつくった無農薬、減農薬の新鮮な野菜を食べる、そんな意欲が伝わってくる。



トマト



 中高年層のそんな風潮を見通したのだろう。最近、農地を媒体にした都市の人たちと農家の交流を仕掛けるNPO法人が目立ち始めた。そのパターンも都市、農村を問わず、勤めをリタイアした人たちなどが農家の協力を得て立ち上げるケースだ。




 山梨市のあるNPO法人に籍を置く友人の案内で、そのイベントに参加したことがある。桃の花が咲く季節だった。日曜日の朝。まだ9時前というのに、山梨県内はもちろん、東京や千葉、神奈川などから30人を超す家族連れが集まっていた。自分達が借りている桃の摘花を楽しそうにやっている家族連れもいれば、畑の中での岩魚の薫製作りをする夫婦もいる。指導役は NPOのスタッフや農家だ。


桃の花見



 どの顔も生き生きとしている。みんなおむすびなど、いわゆる手弁当である。毎週日曜日に奥さんと子ども二人の家族全員で、東京からこの畑にやって来るという40代のサラリーマンは「こんな健康的で、お金のかからないレジャーはない」と話していた。楽しむ農業、遊び感覚の農業。都市部には農家の倅にはない志向が膨らんでいる。




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体罰の是非と教育のツケ

 隣にいる子、つまり幼馴染の頭から一筋の血が流れた。小学校の5年生の時だった。何が原因だったかは覚えていないが、担任の先生が筆箱で頭をコツーンと叩いたのである。その頃の筆箱はジュラルミンで出来ていて、上が半開きに開けられる角ばった物だった。




 それでコツーンとやったものだから力を入れなくても当たり所によって頭が切れて血が出よう。先生の弁解をする訳ではないが、決して向きになって叩いたわけではない。ちょっとした弾みで筆箱の角が当たってしまったのだ。




 血を見た先生は、ちょっとうろたえた。「ごめんよ。お父さん、お母さんに謝りに行こうか」。その子は即座に言った。「僕が悪いんだ。お願いだからうちには来ないで。大丈夫だよ」。


子供


 「僕が悪いんだ」という言葉は、その子の本当の気持ちだっただろう。その一方で「うちに来られたらまずい」と考えたことも確かだ。なぜそんなことが分かるのかって? 先生に殴られたことを親に知られたら「お前が悪いことをしたのだろう」と、今度は親からぶん殴られるに決まっているからだ。その子ばかりでなく、クラスのみんなが分かっていた。





 ここで私が言いたいのは二つ。まず一つは先生の叱りだ。結果的に筆箱の角が当たってしまったのだが、それは教師としての子どもへの戒めであり、決して感情的なものではなかったことだ。そしてもう一つ。子どもが取った態度。というより子どもを通して映し出す親達の姿である。どの家庭の親達も学校や先生達を信頼していた。少なくとも我が子のいたずらや非行を棚に挙げて、学校に飛んで行って噛み付くような親はいなかった。





 こんな姿を現代に置き換えて、こんなことを言う評論家がいる。「親達も高学歴化が進み、先生達と同格意識が強まった」。私はこの考え方は違っていると思っている。≪子ども達との目線≫の勘違いから先生を始とした目上の人たちへの尊敬の念とか、自分中心主義の是非を教えることを怠ったツケが親に表れているのだと思う。つまり、そんな先生に教わった子供たちが親になっているのである。もちろん、すべての先生という訳ではない。


親子


 いっぱいあるがもう一つだけ例を挙げよう。今度は中学校のケース。ある時、部活動に使う部室の前で起きた教師の体罰事件だ。先生が部室にあったドライヤーで生徒の頭を殴り、頭を切った生徒が病院に運ばれたというのだ。この事件の顛末を書き出したら長くなるので、その要点だけを書くことにする。




 先生が、久しぶりに訪ねてきた知人と部室の前で立ち話をしていた時のことだ。たまたま通りかかった生徒がすれ違いざまにその先生を小馬鹿にするような言葉を浴びせた。カッとした先生はお客さんである知人が帰るのを待って、その生徒を呼びつけ、ドライヤーでメッタ打ちしたというのである。その先生は普段は教育熱心な先生だった。




 少子化。そこそこの経済力。子どもへの教育投資。先生はもちろん、親達からも殴られることのなかった子どもたちが先生になっていく。もちろんそのことが悪いわけではない。しかし、どこを叩いたら危ないかすら知らない先生がいたとしたら、これこそ怖い。





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プル友の不思議

 私にはメル友ならぬプル友がいる。もう3年越しに通うスポーツジム(甲府)のプールで出来た仲間達である。年齢は20代から80代と幅広い。中には、どこの誰かも分からないプル友もいる。もちろん、男性ばかりではなく、若いお嬢さんもいれば、下っ腹に沢山お肉を着けたおばさん達もいる。


プール
 


 さまざまの筋トレ施設の一方で、25mの立派なプールを設けているのだが、ここはスイミングスクールと違って、競技志向ではなく、健康づくりにウエイトを置いている。だから私のようにメタボのそしりを免れない人間や、その予備軍も多い。事実、私は少しでもお腹をへっこませたり、体脂肪を減らせないものかと、ここに通い始めたのである。




 だからと言って、私自身もそうだが、プールの中にそんな悲壮感が漂っているわけではない。みんな楽しそうに水中オークをしたり、泳いでいる。水中エアロビックスのプログラムもあって、幅広い年齢のご婦人達から人気だ。 ご婦人達に混じっておじさんたちも頑張っている。


プール


 それぞれゾーンが分かれているから、思い思いにプールを楽しむことが出来る。泳ぎ専用レーンは三つ。ウオーキング専用レーンは一つだが、幅を広めにとって、その中央に直線を断続させた手すりを設け、左回りで周回出来る仕組みになっている。水中エアロビックスのゾーンは二つのレーンを一つにして、若いインストラクターが30分、または45分のプログラムで指導してくれる。




 水中エアロビックスは私のようなメタボ人間にはちょっとハードだが、ご婦人たちは30分、45分単位のプログラムを三つも四つも嬉々としてこなすのである。メンバーになって間もないという山梨市に住む友人の奥さんも「私も三つか四つぐらいやるんですよ」とニッコリ話していた。もちろんこうしたレッスンをこなすのには時間がかかる。だから昼食用のおむすび持参のご婦人もいる。


プール2


 人それぞれ、思い思いにプールを楽しみ、その合間や、終わればプールに併設のジャグジーに入ったり、お風呂に行って露天風呂やサウナ風呂を楽しむ。そのすべてが≪裸の付き合い≫である。ビジネス上の付き合いだったり、職場や学校の先輩、後輩の付き合いではないので、その肩書きや年齢などまったく関係ない。単なる人間としての付き合いだ。「どこの誰だか・・」といったのはそのことで、名前すら知らないプル友も少なくない。




 プル友は「こんにちは」「頑張ってますね」「お先に」「ごゆっくり」と言った極、簡単な会話から始まる。≪裸同士の付き合い≫は回を重ねていくうちにだんだん親しさを増してゆくものだ。時にはこのプル友が集まって納涼会や忘、新年会、それに桜の季節になれば花見の宴を張ったりする事もある。私のように70を過ぎた男もいれば、80、90を過ぎた人もいる。もちろん、素顔のプールと打って変わって、綺麗に化粧したご婦人やお嬢さんたちもいる。その仲間は20人近くに膨れ上がった。




 人間、男女を問わず、親しくなって始めて裸の付き合いになる。しかし、プル友とは不思議で、それが全く逆なのである。親しくなると着物を着たり、化粧をするのだ。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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