暑中見舞いの文化

スイカ


 一葉の暑中見舞いが舞い込んだ。「暑中お見舞い申し上げます」。なんの変わりばえのしない文面だが、「明けましておめでとうございます」の年賀状と同じように、なぜかその季節を感じさせる不思議な魔力を持っている。暑~い夏の到来をいやがうえにも髣髴とさせ、その反対に一抹の涼をも運んでくれる。年賀状からもう半年以上。一方で月日の経つのが早いことを実感させられたりもする。



風鈴


 暑中見舞いの送り主は、ロータリークラブの仲間で、ガス機器の販売会社を手広く営むオーナー会社の社長さん。「平素は格別のご愛顧を賜り・・・」の、これまたお馴染みの文面からしても、商いを主眼にしたご挨拶状に違いない。




 「お父さん、早速、お返事のご挨拶をしてくださいよね。それにしても暑中見舞い、珍しくなりましたねえ」


蚊取り線香  


 女房がいみじくも言うように、まったく暑中見舞いの習慣が日本人の日常から音を立てて崩れ、忘れ去られようとさえしている。商いというか、商取引上の儀礼はともかく、一般での暑中見舞い状のやり取りは、本当に少なくなった。暑中見舞いをいかにも珍しそうに言う女房だから、それを書いている姿なんか見たこともないし、ましてや娘にいたっては、その存在すら知っていないだろう。そういう自分だってもう何年も書いたことがない。何年どころか、何十年かもしれない。



花火


 暑中見舞いは、季節的には寒中見舞いと対極にある。一年中で最も暑い時期、寒い時期に親しい仲間、親戚や知人の健康を気遣う慣わしだ。その期間は暑中見舞いの場合、梅雨明けから立秋、一方、寒中見舞い寒の入りから立春の前の日、つまり節分までの間に出すものとされている。




 年賀状の後に来る寒中見舞いは、二十四節気で一定しているが、暑中見舞いは「梅雨明けから」とされているので、その期間は一定していない。今年の立秋は8月7日。つまり最後は固定しているが、梅雨明けはその地方によって流動的だから、梅雨が明けるのが遅れれば、その期間は勢い狭まることになる。暑中見舞いの後には残暑見舞いがある。



うちわ


 どうして暑中見舞いや寒中見舞いの習慣が希薄になっていくのだろうか。人々の日常がせわしくなったこともさることながら、ケイタイやパソコンの普及が、それに拍車をかけたことは間違いない。いわゆるメールに依存し、人々が手紙そのものを書かなくなった。単なる儀礼のような暑中見舞いや寒中見舞いは、簡単に忘れられるだろうし、今はまだまだ存在感がある年賀状だって、やがてはその運命をたどるのだろう。




 そして絵文字。ケイタイやパソコン、インターネット上で絵文字はアメーバーのように広がっている。絵文字も文字の文化として認知されるのかも。「浮気、不倫も文化」と、しゃあしゃあと言う芸能人も現れるくらいだ。俺だって内心そう思いたいが・・・。とにかく今は、何でもありだ。暑中見舞いのように忘れられる文化もあれば、新たに登場する文化もある。ジェネレーションギャップなどと嘆いてみたところで、止められるもんじゃない。





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蛍の復活

 太鼓1


 ホタルが姿を消し始めたのは昭和30年代だった。わが国が「戦後」に別れを告げ、高度成長期へと突っ走り始めた頃と符節を合わせた。私たちの田舎、山梨県の峡東地方では他の地域に先駆けて葡萄や桃の産地化が始まった頃だ。それまでの米麦、養蚕の農業形態からある意味、革命的とも言える転換だった。それまでの水田や桑畑はあっという間に姿を消し、その跡に果樹園が広がった。


budou.jpg


 果樹栽培には病害虫を駆除するための消毒が欠かせない。40年代に入ると除草剤が登場するのである。言うまでもなく、果樹栽培は米作と違って人手と手間がかかる。農家にとって除草剤の開発はまたとない福音だった。この除草剤は元々米軍が、あのベトナム戦争で開発したというシロモノだから威力は抜群。人手不足の農家に諸手を上げて歓迎され、省力化に貢献したのである。




 消毒薬は病害虫を殺すばかりではないし、除草剤も雑草を枯らすばかりではない。残留物は付近の川に流れ込み「小鮒釣りしかの川」まで死の川に変えた。どの川にも鮠や鮒、鯉は当たり前、シジミも取れたし、この時期には大きな鰻も遡上した。小川は地域の子供たちの遊び場だった。




 川を殺したのは農家ばかりではない。一般家庭も家庭雑廃水という名の排水で川を汚した。三種の神器とか3C(カー、クーラー、カラーテレビ)という言葉が生まれ、どの家庭にも洗濯機も当然のように登場した。急激な高度成長は、至る所にちぐはぐな現象をもたらした。下水道などインフラの整備なんか追いつくはずがないから、洗剤をいっぱいに含んだ家庭排水は、そのまま川に流れ込んだ。川だってたまったものではない。農薬と家庭雑廃水のダブルパンチは、川の生き物を死滅させたのである。か弱いホタルの幼虫なんかひとたまりもない。



太鼓
   

 そんな現状を放って置くほど人間、バカでもノロマでもない。消費者には分からないだろうが、急速に農薬規制が行なわれ、雑廃水たれ流しへの反省も徐々に進んでいる。もちろん死の川が蘇えっているわけではない。しかし、場所によってはホタルが一匹、二匹。


 根津


 山梨市ではこの十年、万力公園を舞台に毎年、ホタル観賞会が開かれている。この公園は、かの戦国武将・武田信玄が治水のために築いた「信玄堤」が今も残るところで「万葉の森」とも言っている。一画には地元が生んだ、あの鉄道王・根津嘉一郎の銅像も。



 


 今年もつい先日、この、ホタル観賞会が開かれた。昼間、市長を先頭に各界の代表が集まってにぎやかに開会行事が。子供たちの「岩手太鼓」で幕を開け、夜の帳が下りると浴衣姿の家族連れなどホタル見物の人達で賑わう。公園の広場には終日、屋台も並んでちょっとしたお祭りムードだ。


蛍まつり


 ホタルはこの時期の環境の良し悪しを測るバロメーター。市をはじめ関係者はこの祭りを環境改善の起爆剤、導火線と位置づけている。小川に鮒や鯉が戻り、夏にはホタルが舞う、そんなふるさとが帰ってきて欲しいものだ。


屋台


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蛍狩りとガキ大将

蛍

 「ほ~ほ~ホタル来い あっちの水は苦いぞ こっちの水は甘いぞ・・・」

この時期になると、周りの田圃は田植えが済んで、夕方ともなればこの青田からは蛙の鳴き声が・・・。そして夜の帳が下りると、一帯にはホタルが舞った。





 子供たちは小さなホタルかごを片手に田圃のあぜ道や小川の淵を飛び回った。浴衣などといったカッコいいものではなかったが、着物姿。もちろん、田舎の夜道に街灯なんかありっこない。あるとすれば、害虫を集める誘蛾灯の光くらいのものだ。




 ホタル草というのがあった。子供たちは誰に教わるともなく、ホタルかごの中にこの草を入れ、水を与えた。ホタル草にたかって光を点滅するかごに向かって、口いっぱいに含んだ水を霧状に吹き付けるのである。ホタル狩りは田舎の子供たちが織り成す夏の風物詩だった。


蛍2


 乱舞するホタルを追いかけているうちに小川に転げ落ちる子も。闇の中を上ばかり見ながら飛び回るのだから転げ落ちるのも当たり前だ。子供たちは川に落ちることを「川っ飛び」といって、特段、苦にもしなかった。親達も、それを叱らなかったし、今の親のように「危い」などとも言わなかった。




 地域にはガキ大将というヤツがいて、幼い子供たちの面倒を見た。ホタル狩りばかりではない。子供たちは知らず知らずのうちに、このガキ大将から遊びを覚え、自らの体験や失敗から、危険や怖さのポイントも知った。その子供たちが、やがてガキ大将になってゆく。そんな子供たちを遠巻きに見ていた親達も、みんな「来た道」だったのだ。


麦わら帽子  


 そんな田舎からホタルが消えて久しい。いつの間にかガキ大将もいなくなった。子供たちの遊びやいたずらを遠目に見ていた親達のスタンスもガラリと変わった。親達の多くは「あれも危ない」「これも危ない」と、子供たちの行動に注文をつけ、ちょっとした事象にも目くじらを立てる。


船


 勢い、子供たちは家に籠るようになった。親達が言うのは「危ない」ばかりではない。「勉強」「勉強」の言葉を年がら年中、子供たちに浴びせるのである。子供たちが家に籠れば、ガキ大将だっていなくなるのは当然。ガキ大将は、縦割りの子供たちがいなければ生まれないのである。横割りだと、知恵も腕力も拮抗するからお互いにつぶしあってしまうのだ。 一方で、わが国の少子化は進む一方だ。





 そんな子供たちに、間もなく夏休みがやってくる。どこにもあるのだろうが、私たちの山梨市にも「青少年育成のための市民会議」というヤツがある。区長会、育成会、民生委員、人権擁護委員など子供たちを取り巻く各界の代表達で構成するのだ。もちろん小中学校の代表も。


虫取り


 言うまでもなく、そこでは夏休み中の子供たちの非行防止や安全対策を話し合うのだ。この市民会議を受けて、近く地区ごとの会議も開かれる。その内容はこと細かく話し合われるのだが、総じて言えば、子供たちを危ないことから遠ざけることだ。こんなにお歴々が協議しなくてもガキ大将がいれば、かなりの部分を・・・。ちょっと楽観的かな?







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蜂の一刺し

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 痛い⁉。一瞬、なんの痛みなのか分からなかった。畑の草を取り、その周りの石崖の草取りをしている最中の出来事。梅雨の合間とはいえ、暑い日の昼下がりであった。痛みの原因を理解するのに時間はかからなかった。少なくとも2~30匹はいただろう。蜂が私の顔を目掛けて襲い掛かって来た。両手でそれを振り払いながら逃げた。




 あしなが蜂に似た蜂であった。でも違う。草むしりの時に、石崖の間にあった蜂の巣をつかんでしまったのだ。巣は大きかった。突然、平穏な生活を脅かされたのだから怒るに決まっている。蜂だって、びっくりしただろうし、こちらだって分かっていれば、あえて怒らすようなことはしなかった。命がけの蜂の一刺し。痛みは半端ではなかった。


ハチ2


 都会にお住まいの方だと、こんな事象に遭遇することは、ないだろう。職場をリタイアして田舎に帰って来た人間だが、元はと言えば、百姓の倅。でも、もう何十年も蜂に刺されたことはなかった。わんぱく盛りの子供の頃は、虫刺されも含めて日常茶飯事であった。




 山梨のこの辺りは長く米麦養蚕の地帯だった。昭和30年代の中ごろを契機にブドウや桃の果樹地帯に。果樹栽培は米麦養蚕と違って病害虫の駆除が必要不可欠。今でこそ全国的に桑は姿を消したが、この桑、消毒の必要はない。病害虫には極めて強い。だからこそ蚕の餌になるのだ。餌となる桑の葉に仮に消毒をしたら…。その先は言わずもがなである。




 農家は除草剤も含めて農薬を使わなかったから、蜂やカブト虫などの昆虫もいっぱいいたし、土の中にはミミズやモグラもいた。子供たちは、その蜂の子やミミズを取っては魚釣りの餌に。それほど蜂の巣はいっぱいあった。当然、子供たちも蜂に刺されまいと注意を払い、それへの知恵も身に着けた。わんぱく小僧は、それでも刺されて痛い目に。

虫取り


 ところが農薬の犠牲になって蜂が姿を消すと、いつの間にか警戒心が人々の頭の中から失せてしまったのだ。鈍感な私なんか刺されて痛みを感じても蜂の姿を見るまでは、その«事実»が咄嗟に理解できない始末である。人の置かれた環境とか、習慣とは恐ろしい。




 因果応報。果樹地帯では、今でこそ当たり前になってしまったが、珍現象も起きている。人工授粉という作業だ。桃、スモモ、サクランボ…。自分たちが農薬で蜂を殺してしまったツケに他ならない。黙っていても蜂がやってくれていた受粉の作業を人間自らの手でやらなければならないのである。大きな刷毛を使うとはいえ、小さな花を一つ一つ受粉していくのだから大変な作業であることは都会の方々でもお分かりいただけるだろう。殺してしまったといえば、蛍や小川のフナやコイ、ドジョウも同じ。小川も死んだ。




 「花から花へ…♪」。この歌の主役はチョーチョ。蜂だって花から花へと渡り歩いて蜜を吸い、結果的に受粉をしてくれるのである。最近では蜂を貸し出す業者も現れた。«受粉お助け隊»だ。商売人は逞しい。ハウス栽培者向けに一箱10,000円前後で貸し出すのである。


ハチ1


 「蜂の一刺し」。時の宰相・田中角栄が、かのロッキード事件で受託収賄罪に問われた公判廷で証言台に立った田中の秘書の妻・榎本美恵子が発した名セリフ。蜂は一度刺したら死ぬのだそうだ。当時「流行語大賞」があったら間違いなく大賞を獲得していただろう。




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あがりの茶碗

すし屋1


 15日間にわたった船の旅(大西洋―カリブ海―パナマ運河―太平洋クルーズ)を終えて一旦ハワイに戻り、日本に戻ったのはそれから一週間後だった。飛行機も混むし、第一、航空運賃が割高になるゴールデンウィークを避けたからだ。



 食べ物も農作業も現実の生活が待っていたのだが、そんな山梨の片田舎に、ハワイから小さな小包が届いた。中にはなんと寿司屋さんであがりを飲む湯飲み茶碗が。ホノルルの官庁街に程近いところにある寿司屋さん「KABUKI」(歌舞伎)の大将が送ってくれたものだ。



湯のみ


 この茶碗は日本の寿司屋さんでもどこにでもある魚偏の漢字、つまり魚の名前を連ねたあれだ。ビールを飲み、寿司をつまみながら、目の前のカウンターに置かれたその茶碗を手に取り「大将、この魚偏の漢字、みんな読める?」と、茶碗の漢字を酒のつまみにしたことを思い出した。




 茶碗に書かれた魚偏の漢字はちょうど50。かながふってあるから「ヘ~、こう読むのか」と分かるのだが、かながふってなければ読めない漢字がいっぱい。50の文字は日本人なら比較的ポピュラーな魚ばかりだが、案外知らない自分が情けなく思った。鯉、鮎、鯖、鯛、鰻、鯨、鰹、鰤、蛸、鰯、鰺などはどうということはないし、鮟、鮒、鯱などは字のイメージからなんとなく分かる。しかし鰌、鰆、鯰、鮠、鰈、鰊、鱸、鯊、鰾、鯔となるともう分からないのだ。中には明らかに当て字のようなものもある。





 「ところで大将、ここの寿司のネタ、どこから来るの?」


 「アメリカ国内もあれば、南米カナダもある。マグロなんかハワイで揚がるんですよ」




 考えてみれば、私たちが日本で食べている寿司ネタだって大方、同じような所から来ているのだ。ウニはカリフォリニアやシアトル、トロはスペイン。恐らく近海ものなんか少ないのだろう。鮪の場合、日本では「大間のマグロ」が有名だが、私たちの口には入らない高級品だ。カニにしたって「越前ガニ」のブランド物になると値段は跳ね上がる。


すし屋2

 そんなことを話している時、隣の白人客は「ODENN」(おでん)をオーダーするのだ。カウンターに置かれたカラフルなメニュー表には載っていないが、壁には手書きの特別メニューが。あるある。おでん(7・50$)ばかりではない。「KOMOTI SISHIYAMO」(子持ちししゃも3pieces 6・50$)「CHICKEN WINNG」(てばやき)「KIMPIRA GOBO」(金平ゴボウ4・50$)「ONSEN TAMAGO」(温泉たまご2・05$)・・・。


メニュー  

 これがまた白人達に人気があるのだそうだ。ゴボウは世界中でも食べるのは日本くらいのものだと、聴いたことがある。しかし、白人たちは結構、旨そうに食べている。それもそのはず。このカウンター席に来るお客はお馴染みさんが多いのだそうで、自称、日本通。中には週何度も来る人もいるという。寿司はもちろん、こうした日本の食べ物がダイエット食として注目されつつあるのだそうだ。





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ハワイの寿司屋

すし屋3


 「やあ~、お久しぶりですねえ。一年ぶりですかねえ。今回はどちらに?・・・。まあ、お座りになってくださいよ。旨いヤツ、握りますから・・・」




 鍵型に15人ぐらいは座れるカウンターには5、6人の白人や日系人らしいお客が座っていた。私達夫婦の顔を見るなり、まるで古くからの客のように、この寿司屋の大将は満面に笑みを浮かべながら迎えた。寿司屋の大将は、日本ならねじりハチマキが似合うのだが、ここはハワイ。白ずくめで、コックのような帽子を被っている。


すし屋4


 店の名前も「KABUKI」(歌舞伎)。ホノルルの市役所や図書館などがある市のいわば官庁街の一角にある。日本の新婚さんが結婚式を挙げることでも有名な教会のすぐ近くだ。夜の帳を下ろすと、この一帯もなんとなくムードを変える。店に入ると30人ぐらいは座れそうなテーブル席、その隣には畳の座敷が。カウンター席はテーブル席の左の奥まった所にある。比較的大きい部類の寿司屋さんだろう。


kabukiレストラン


 私自身もそうだが、店の大将は、古くからの顔馴染みのように思っているらしいが、この店に来るのは4度目。最初は仕事絡みで来た5、6年前のハワイ、ラスベカスの旅。次いで一昨年のハワイ6島クルーズ、昨年のアラスカクルーズ、そして大西洋―カリブ海―パナマ運河―太平洋クルーズの今回だ。




 最初のラスベカスを除いて、いずれも女房との弥次喜多旅行。8日間から、今回のように15日間の船旅だ。ステーキやローストビーフ、ロブスター、スパゲテーなど≪あちら≫のものばかり食べさせられていると、旅の何日目かになると、無性に寿司や天ぷらが食べたくなる。いつもハワイを拠点に動くことにしているから、ハワイに戻ってくると決まってこの店に。不思議と日本に帰ってきたような気持ちになるのだ。


寿司


 大将は新潟県出身で、64歳。三十数年前にハワイに来て、寿司屋を開いたという。同世代ということもあってか、妙に気が合うのだ。1年ぶりなのに私の好みまで覚えてくれている。「最初は鮪でしたね・・・。ヘイ鮪」と言いながら、私の好きなトロやウニ、イクラ、コハダやアオヤギ、アナゴなどを黙っていても握ってくれる。




 メニュー表はもちろん英語「ヘイ、ツナ(鮪)」。私たちとの会話は日本語だが、ほとんどが英語。当たり前のことだが、英語と日本語を使い分ける大将が奇妙に写る。正面には神棚が設えられていて、その脇には大きな目を見開いた招き猫が。


招き猫

 日本酒もあれば、キリンやアサヒ、サッポロと日本のビールも飲める。やっぱり日本酒がいいし、日本のビールがいい。でも、ビールの味が心なしか違う。カナダなどの工場で作っているのだそうだ。「やっぱり分かりますか」。大将は頷くように言った。




 「このシャリ、旨いね。新潟産?」



 「とんでもない。なんでもそうですが、日本から取り寄せたんじゃあ採算に合いませんよ。カリフォリニアですよ。結構いけるでしょう。日本人はカリフォリニア米をバカにするけど、旨いんですよ。寿司米は何も高級米でなくてもいいんです」





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食料の供給基地

クレーン2  


 「お父さん、あれなあに・・・」

15日間にわたった船旅の最終日の朝、いつもの朝と同じように12階にあるビッフェで朝食を摂っていた。女房はフォークとナイフを持ちながら、目で窓の外を差した。そこには、ただ青い空と海だけで、何もなかったはずなのに、いつのまにかの風景が。速度を落として滑るように動く窓には貨物船のような大小のクレーンが写っていた。船旅のゴール・ロス・アンゼルスに着いたのだ。


クレーン3


 ロス・アンゼルス港はとてつもなく大きな港だった。女房が「あれなあに・・・」とびっくりしたのは、クレーンの林。まるで飛び込んで来るように見える目の前のクレーンばかりでなく、広い港のあちこちに林立しているのだ。その間に間に貨物船が浮かびコンテナの山も見える。思わず、窓辺に寄って外を覗き込んだら、それはずっと向こうまで続いていた。




 ロス・アンゼルスはサンフランシスコと並んで米・西海岸の主要都市。海の港、空の港、共にアメリカの西の玄関口だ。世界の旅行者にとって、それぞれの交差点でもある。人の交通は、時間をかけずに移動出来る空の方がずっと多いのだろうが、海だって私たちが乗った船のように一隻寄港すれば4,000人近い人が一度に吐き出されるのだから、バカにならない数だろう。500人乗りのエアバス8機分だ。


クレーン4


 定かなデータがあるわけではないが、人の移動が空にウエイトがあるとすれば、物流は海の航路にある。船の方が一度に大量の物資を輸送できるに決まっている。石油なんかほとんどが船だろう。ロス・アンゼルスがあるカリフォルニア州は、世界の穀倉地帯のひとつ。米、麦、大豆、とうもろこし・・・・。メロンやパイナップル、マンゴウ、パパイヤ、葡萄、トマトやナス、キュウリなどの果物や野菜もそうだろう。




 日本の食料自給率はわずか40%。大半を外国に依存している。このロス・アンゼルスの港からも数多くの農産物が運ばれているのだろう。恐らく海産物だって同じだ。毎日、毎晩、山梨の片田舎の食卓に載っているものの一部がこの港から来ていると思うと、港ばかりか、港のあちこちに停泊する貨物船や、コンテナの山が無性に身近に感じた。


クレーン5


 林立するクレーンは、あるものは船からコンテナを下ろし、あるものは積み込んでいる。見る限り、コンテナは大小2種類。クレーンは手際よく貨物船への積み下ろしをしている。コンテナは、当たり前だが、輸送中に崩れることのないよう積み込む時に一つ一つロックされていく。コンテナの大きさを統一している訳が分かった。積み重ねるたびに「ガチャン、ガチャン」と音がする。崩れないように上下、左右をロックするのだ。




 収支と言ったらおかしいが、船に載るコンテナの数は入港時と出港時が同じであることが貨物船の掟だと言う。コンテナの中に荷物があろうがなかろうが、つまり空っぽでもコンテナを積まなければならない。もしこのバランスを崩せば、港によって空のコンテナが山積みされることになるのだ。空のコンテナを積んで帰らないのが経営手腕なのだろう。





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俺はやっぱり日本人

お茶漬け

 人間というヤツは我がままというか、贅沢なものだ。
「お父さん、やっぱりお茶漬けや味噌汁がいいね。ステーキやロブスターなんかもういいよ。わたしゃあ、温かいご飯にお新香だけだっていいさ」



 弥次さん、喜多さんではないが、女房と二人、外国人ばかりの船に乗って、一週間ぐらい経った頃だろうか、女房は私に向かってしみじみと言った。アメリカの最南端フロリダ州のマイアミを出て大西洋からカリブ海、パナマ運河を経て、太平洋に出た頃だった。


クルージング


 「お前もよく言うよなあ・・・。あれほど嬉々として食っていたくせに・・・」



 「それはそれよ・・・」



 事実、毎日、レストランやビッフェで、まるで食わなきゃあ損だ、といわんばかりに食べることに嬉々としていた女房が一転するのだ。15日間のクルーズ中、朝、昼、晩、食事は船の中のレストランやビッフェで摂った。コロンビアやパナマ、エクアドル、コスタリカ、メキシコ、サンディエゴなど寄港地でのツアーの時も船に戻って食べた。


船


 13あるというレストラン、ビッフェのうち、低額だが有料のバー方式のレストランを除いて全てが無料で食べ放題。その時の好みやお腹の調子で≪食事処≫を変えるのだ。気軽に何でも自由に食べたい時にはビッフェ。ディナーのようにちょっとお洒落に落ち着いて食べたい時にはそれなりのレストランへ。普段着だと、ちょっと肩身が狭いような、そんなレストランもあれば、比較的軽めのメニューを用意してくれているレストランもある。


船上


 ビッフェは、いわゆる大衆的で、日本風で言うヴァイキング方式。パンやハム、ベーコン、サラミ、ヨーグルトや牛乳、ジュース、肉や魚、豆やコーン、フルーツ・・・。それぞれあらゆる種類が用意されている。肉を例にとってもステーキを好みで焼いてくれもすれば、ローストビーフも好みの厚さに。もちろんチキンだってある。フルーツだってオレンジ、バナナ、葡萄、梨、林檎、桃、西瓜は当たり前。メロンやパイナップル、アボカド、マンゴー・・・。名前も分からないようなものも並んでいる。




 チーズやヨーグルト、ジャムも同じで、よくもこれほどそろえたものだと思うほどの種類が。朝は目の前でスクランブルやオムレツを作ってくれる。その具も何種類もあって、好みに応じてくれるのだ。そんな具合だから、例え朝であっても、あれもこれもと目が食べたくなってしまうのだ。勢い、大きなお皿はいっぱい。てんこ盛りに。

オムレツ


 レストランだって同じ。フランス料理、イタリア料理とさまざまなメニューを用意してくれていて、欧米人との胃袋の違いだろうか、一つ一つの量が多いのだ。確かに美味しい。目が食べたいばかりか、貧乏人の嵯峨が頭をもたげ、正直言って≪欲≫で食べてしまうのだ。「せっかくのダイエットが・・・」と、一方の自分がブレーキをかけるのだが・・・。




 しかし、そんな毎日が続くと、女房ではないが、あっさりした日本食が恋しくなる。ある意味、カルチャーショックだ。外国へ旅行したあと、いつも思うのだが、お茶漬け、お新香、熱い味噌汁が一番旨い。やっぱり俺達夫婦は日本人だ。根っからの貧乏人かも。

味噌汁



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異国の文化

スシ

 よく考えてみれば、異国の文化などというものはそのまま伝わったり、そのまま受け入れられるものではないのだ。今度のアメリカ旅行中、あっちこっちで見たり、接した日本の文化は、一見へんてこりんに、見ようによってはものの見事にアレンジされて、人々の間に、何事もなげに息づいていた。食の文化もしかり、風俗習慣もしかりだ。言葉だってそうかも知れない。




 確かに寿司は日本生まれだ。だからといって、そのシャリはササニシキやコシヒカリなど日本米でなくて、あの大きくて細長いカリフォリニア米でいいし、その国の舌に合わなかったらシャリに酢を打たなくたっていい。ネタだって鮪や海老、烏賊や蛸、コハダやアオヤギなどの生鮮海産物ではなく、果物野菜だっていいのだ。現に日本の回転寿司だってアボカドやメロンの寿司も登場している。家族連れの子供たちは、むしろ自然に受け入れてしまっているのだ。




中華


 立場を変えて、私たちが日本で口にしている中国料理は、はたして本当の中国料理か。北京料理とか上海、広東、四川といった料理は大なり、小なり日本風にアレンジされているのである。日本人の舌に合わせてあるのだ。横浜の中華街で食べる中華料理だって何の違和感もないのはそのためである。




 もう20年ぐらい前のことだが、北京に近い河北省の省都・石家荘を訪ねたことがある。そこは、かつて日本軍が駐留したこともある所だそうだが、私が訪ねた当時、日本人観光客は極めて少ない地域だった。食事をした時のことだ。テーブルに並ぶ美味しそうな料理はどれも香料?が強い。当然のように、その感じ方が口を突いて出る。中には「ふりかけか梅干でも持ってくれば良かった」と、言う人も出る始末。


中華2


 驚いたのはその翌日だ。日本人の鼻を突いたその香料がものの見事に消えていた。言葉が分からないかのように前日は、何の反応も見せなかったレストラン側が、中国料理を私たちの口に合わせてしまったのである。同席した日本人は顔を見合わせて一瞬ホッとした。でも待てよ。私たちはお陰で滞在中、本当の河北料理を食べなかったことになる。





 漢字。いうまでもなく日本には中国から伝わった。しかし、同じ字を書きながら≪本家≫の中国と日本ではその意味が全く違うものは少なくない。例えば、中国ではトイレットペーパーの意味がある「手紙」がどうしたことか日本に来たら、便りの手紙に。中国の「火車」は日本では「汽車」。因みに日本の「汽車」は、中国では「自動車」なのだ。




 伝わる過程で変わったのか、故意に変えたのかは分からないが、文化の移動には、こんなことはおおよそ付き物だろう。≪本家≫から見たり、自分側から見れば、へんてこりんだが、実は人種や国境を越えれば、当たり前のことかもしれない。私たちが今、何事もないように受け入れている外国の食文化や習慣、マナーだって≪本家≫の国の人達から見れば、へんてこりんに写ることはいっぱいあるに違いない。片方の違和感で目くじらを立てたって仕方がない。文化とはおおよそそんなものだろう。





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文化とは何だ

ショー


 何かヘンだ。外国人から見た日本の文化とは一体なんだ、とつくづく思った。実際とみんな何かちぐはぐなのだ。15日間の大西洋―カリブ海―パナマ―太平洋クルーズを中心にした約1ヶ月のアメリカ旅行で、そんな場面に度々出っくわした。
例えば、今度の旅のメーンとなった船の中。インフォーメーションカウンターやロビーがある7階には「スシバー」(SUSHI BAR)がある。その隣には「鉄板焼きバー」(TETSUPANYAKI BAR)が。鉄板焼きはともかく、なんとなく違和感を感ずるのは寿司屋だ。


スシバー1  寿司あー2


 カウンターはそこそこ。その中で寿司を握っているのは、恐らく東南アジアの若者らしい男だった。私よりかなり≪日焼け≫していた。新鮮な魚介類を扱う職人が持つ「威勢」や「愛想」などというものは微塵もなく、黙々と客の注文に応じている。お客はみんな白人だ。箸と並んでフォークも。それはそれでいい。問題は寿司そのものだ。





 もちろん、鮪もあれば、海老もある。ところが、メーンは巻き寿司。海苔巻きかというとそうではない。太巻きの中の渦には海苔が見えるのだが、周りには海苔はない。中身の芯はピーマンパプリカ。日本の定番、芋の弦やかんぴょう、玉子焼き、キュウリなどは入っていない。シャリはというと、細長い大きな粒のカリフォルニア米。もっとピンとこないのはシャリに酢を打っていないことだ。


 


 そういっては失礼だが、食えたシロモノではない。寿司の命はシャリ。酢の微妙な使い方も旨さを醸し出すコツだ。日本の寿司屋では「むらさき」と呼ぶ醤油は、欧米では「ショウイソース」として、テーブルに載り「キッコウマン」や「ヤマサ」は知る人ぞ、知っている。ところが、酢というのは舌が理解しないのだろう。




 日本ならこんな寿司屋にお客は来ないに違いない。ところが毎晩、そこそこ賑わっている。目を内装に向けると、壁のデザインは唐草模様の原型。あのラーメンのどんぶりに描かれているデザインだ。店の雰囲気は中国風といった感じ。欧米人は日本と中国の区別が分からないらしい。


芸者ショー


 船には1,500人前後のキャパシティをもつ立派なシアターがあって、毎晩、趣向を凝らしたステージを繰り広げる。ジャズやクラッシックのコンサートもあれば、プレビューやマジック、コントのショーも。14日間、乗客を飽きさせない。そのフィナーレは「芸者」(GEISHIYA)をテーマにしたダンスのショーだった。足の長い、それは綺麗な白人や黒人女性が和服に草履、下駄履き姿で登場、ロックミュージックに乗って踊るのだ。


芸者ショー2


 ショーには二本差のサムライや忍者も。朱の欄干、滝、朱の鳥居もバックで彩を添え、ステージから客席に向けては、頭上に提灯が。その提灯に書かれている文字は「吉祥」や「大吉」。日本のゲイシャをロックで表現、提灯は中国風。その違和感が面白い。女房は
「あれなあに。へんてこりんよねえ・・・」


 

 寿司にしろ、ステージにしろ異国の文化を受け入れる側は、それを自在にアレンジする。





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レディファーストの苦労

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 日本の「かかあ天下」はともかく、アメリカのレディファーストの精神は徹底している。アメリカというより欧米といった方がいいのかもしれないが、とにかく日常に根付いている。車の乗り降りもそうだし、エレベーターだってそうだ。車もドアを開け、ご婦人を乗せた後、男性は、その反対側に廻って乗り込むのである。降りる場合も同じだ。




 エレベーターだって男性は女性を乗せて、後から乗り込む。船では毎朝、周回できるデッキを散歩、ウオーキングするカップルが。年配者が目立つ。ご夫婦だろう。ほとんどが手を繋いでいる。日本でも手を繋いで街ゆく若いカップルが目立つようになった。恋人、愛情の表現だろうが、待てよ。アメリカのそれは、日本の若者達のそれとちょっと違うような気がした。


レディーファースト


 つまり、愛情の表現もさることながら、そこには男性の女性に対する、いたわりの心、ナイトの精神があるように思えた。ナイトといえば、同意語のように武士が。外国人は、日本といえば侍をイメージし、腹切り(切腹)をイメージする人が少なくないという。事実、今度の大西洋―パナマ―太平洋クルーズ中、毎晩のように通ったカジノでもデーラー達は日本人の私に、親しみを込めて「サムライ」「ハラ キリー」と言った。




 三島由紀夫著書「葉隠れ入門」の中で葉隠れ武士の精神だろう「武士道とは死ぬことと見つけたり」と書いている。とにかく、外国人に日本―サムライ―ハラキリと言われるのは愉快なものではない。男の哲学だろうが、武士道にだってナイトにも似た哲学があるはずなのだ。レディファーストを全てに地でいく船の中でそんな事を思ったものだ。

船



 タキシードを着たボーイは、レストランで私たち二人をテーブルに案内すると決まって、奥まったところの椅子に女房を座らせた上で、メニュー表も先に渡してオーダーを取るのだ。全てが女性優先。まあ、そんなことはどっちでもいい。スープ、サラダ、ステーキ、チキン、アイスクリームくらいは分かるが、その中身の説明もさることながら、メニュー表いっぱいに書かれている横文字を見ているとチンプンかんぷん。それだけで、食欲をなくすのだ。田舎者の私なんか、こんな高級レストランより大衆的なビッフェの方がいい。


料理


 そこにいくと女は逞しい。女房はこれから出てくるご馳走を想像してか目を輝かせている。もちろん、メニュー表の横文字なんか読めるはずがないから「これとこれ」と言った具合に指差すのだ。だから、何が出て来るかは分からないのだが、前菜、スープ、メインデッシュ、デザートと一応形は整う。




 失敗は明日への糧。自信にも繋がる。最初のクルーズ、つまり3年前のハワイ6島の旅で、女房はメニュー表が読めないばかりか、前菜もメインデッシュの区別も分からず「これとこれ」とやったものだから、テーブルにはメインデッシュが3つも4つも。冷や汗ものだった。さすがに、女房も今度はその徹は踏まない。レディファーストに懲りたのか、今度は「お父さん、これなんとなく美味しそうだよねえ」と、私の顔を見るのだ。その顔は、やっぱり「レディファーストはもういいよ」と言いたそうだった。






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レディファーストと女房

船上  


 「お父さん、外国じゃあ、みんなあのようにするんですよ。レディファースト、レディファースト。お父さんもそうしなきゃあ・・・」




 「バカ、俺は日本人だ。そんな事が出来るか・・・」



 ディナーのレストランで、隣のテーブルに案内されてきた紳士然とした男性は、恐らく奥さんだろう、連れ添って来た女性の椅子を静かに引いて座らせ、その後で向かいの席に座った。それを見ていた女房はいかにも私にもそうしろ、と言わんばかりに、そう言う。


レストラン


 大西洋―カリブ海―パナマ―太平洋クルーズの船の中では、13ある大小のレストランで朝、昼、晩、それぞれの好みで食事を取れるようになっている。この13のレストランの中には、一部「スシバー」とか「テッパンヤキ」といった、いわゆるバー方式のレストランがあるが、これを除いて、いずれも無料。食べ放題だ。
 
スシバー


 ビッフェと言うのだが、日本風に言うバイキング方式の大衆型のレストランもあれば、見るからに高級なワインやシャンパンを並べ、タキシード姿のボーイがオーダーのためのメニュー表を渡してくれるレストランもある。


メニュー表  


 「お父さん、このワインやシャンパン、只じゃあないんでしょうね」



 「バカ、そんなにでっかい声で言うな。当たり前じゃあないか。ドリンク類だけはどこだって有料だよ」


 「そうなの?大きな声って言うけど、みんな日本語なんて分かる人、いないわよ」



 貧乏人は毎晩、そんな高級ワインやシャンパンを飲むわけには行かない。ボーイの問いに「ノー サンキュー」。こちらには、そんな事もあろうかと、成田の免税店から買い込んで来た高級日本酒があるのだ。免税だから「久保田の万寿」だって、そこそこ安い。


演奏  


 ブレックファーストやランチはともかく、ディナーの時には、ほとんどが正装?に着替えてやって来る。男性はスーツ姿、女性はイブニングドレスだ。昼間、プールやデッキ、バスケットボールコートやゴルフの打ちっ放しでくつろぐ姿とは装いを変えるのである。




 女房がまるで鬼の首でも取ったように言うレディファースト。その言葉に、なぜか、甲府にある山梨学院大学に初代の学長をお訪ねした若い頃の事を思い出した。現学長のお父さんで、みんなが「髭の学長」というほど立派なカイゼル髭を蓄えていた。その学長先生はカイゼル髭をねじり上げながら、ちょうど子供ほどの若い私にこう言うのである。




 「先生はナイト武士の違いが分かりますか」


 「先生などと、おっしゃらないでください。それはともかく、ナイトと武士はヨーロッパと日本の違いで、その根底にあるものは同じではないでしょうか.ナイトはイギリス中世の騎士階級に由来した称号…」



 その時、学長は答えを言わなかった。ここでは女房の言うレディファーストとナイトをオーバーラップしたのだが、日本はいまやレディファーストの先進国。「かかあ天下」という言葉がそれで、世の女房族の多くは亭主を尻に敷いているのである。欧米の弱きものをいたわるレディファーストなんて言葉は日本では逆だ。






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カッコーの鳴き声

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 「カッコー」、「カッコー」…。こうしてパソコンを叩いていても、畑で野良仕事をしている時も、どこからかカッコーの鳴き声が聞こえてくる。毎年、この時季に毎日のように聞くのだが、一度も姿を見たことがない。実は、見ていても知識がないから知らないだけのことかも知れない。声はすれども姿は見えず。兎に角、もの知らずのオジサンにとっては不思議な鳥である。




 烏は「カア~、カア~」と鳴く。雀は「チュン、チュン」、鶯は「ホ~ホケキョー」。カッコーのように鳴き声が、そのまま名前(和名)になっている鳥はそう多くない。「ブッポウソウ」と鳴く、仏法僧くらいしか知らない。この「ブッポウソウ」と鳴くのは、実は「コノハズク」だそうで、だいぶ前のことだが、その鳴き声を巡る論争が日本鳥類学会で起きたことを、うろ覚えだが記憶している。




 カッコウは鳥類学上、列記としたカッコウ目カッコウ科の鳥。実はチャッカリ屋さんで、他人(他の鳥)の巣に勝手に卵を産み付けて、ふ化してもらうのだそうだ。ものの本によれば、「托卵」という。主にはモズやオオヨシキリ、ホオジロなどの巣に卵を産み付けるのだそうで、さらに利口なのは、その巣にある卵の帳尻を合わせるのだそうだ。




 つまり、一つ産み付けたら、元々、巣にある卵を一つ持ち去るのだという。それを知らない鳥は、自分の卵として一心に温めてふ化する。「人のフンドシで相撲を取る」。人間の世界にはそんな言葉があるが、まさしくそれである。人間も含めて「人のフンドシで相撲を取る」小利口な生き物はあまたいるかも知れないが、帳尻を合わす周到なヤツは人間を除けばあまりいまい。そう考えるとカッコウは賢い鳥だ。




 カッコウは別名、「閑古鳥」ともいう。先人は旨い例えをしたものだ。「カッコウ」、「カッコウ」…という鳴き声は確かにもの寂しい響きがある。そこから作り上げた「閑古鳥」は、日本人の情緒豊かな国民性と、ボキャブラリーに富んだ日本の文化かも知れない。日本人は古来、そうして一つ一つの言葉をつくり、育てて来たのだろう。




 「閑古鳥が鳴く」。飲食店などの客商売をする人にとっては、これほど嫌な言葉はあるまい。何気なくカッコウの鳴き声を聞きながら、そんなことを考えると、カッコウが自分にとって実は«幻の鳥»ではなくなるから不思議だ。




 7月1日。富士山は、お山開きを迎えた。多くの登山者にとってその出発点は富士吉田市の北口本宮富士浅間神社。古くは江戸八百八町にあったといわれる「冨士講」の信者達は付近の「御師」と呼ばれる宿坊で宿を取って身を清め、富士を目指したという。同じように河口湖の河口浅間神社と、その周辺の御師も東西からやって来る富士講信者に関わった。こちらの方が歴史が古い、と言う識者もいる。


富士


 もう大分前のことだが、バードウォッチャーを自認する方と北口本宮富士浅間神社周辺の富士山麓を散策したことがある。「人間、素直に鳥の鳴き声に耳を傾けるゆとりがあってもいい。そうすれば自然との共生が出来るし、普段なら聞こえない鳥の声も聞こえるようになるんです」。カッコウの鳴き声を聞きながら、そんなバードウォッチャーの言葉を思い起こした。




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ワイドなスクリーン

海1

 船のデッキで手摺に寄りかかって見るのもよし、デッキに並べられた長椅子に寝っ転がって見るのもよし、そこから見える空は圧巻だ。何も考えずに、である。大西洋のキューバやカリブ海の南米・コロンビア、そこからパナマ運河を通り抜けると、そこは太平洋。さらに船は中南米のパナマ、コスタリカ、エクアドル、ガテマラ、メキシコと地図上では、その沿岸を進むのだが、島のひとつ、ましてや大陸の端だって見えない。いわば、船は海のど真ん中を航行するのである。ただ見えるのは青い海青い空だけ。海によく似合うカモメだって一匹もいない。




 「何も考えずに・・・」と書いたのは、大西洋や太平洋のど真ん中に、ちっぽけな自分の身を置いたら、不思議な事に何も考えなくてもよくなるのだ。考えるとすれば「この海は日本にも繋がっているのだなあ」という、ロマンだけだ。大きな海と大きな空を見ていたら、みみっちく、煩わしい日常なんか入り込む余地がない。


海5


 それが海のもたらす魅力だ。私がクルージングにはまっているのも実はそこにある。決してお世辞にもロマンチストと言えない女房でさえ、デッキで心地よい潮風を頬に受けながら、こんなことを漏らした。




 「お父さん、海っていいね。この海、何にもない海を見ていると、ちまちましたことなんか、どっちでもよくなるね」


海6

 確かにそうだろう。誰がどう言ったとか、果てはスーパーの大根が一本いくら安い、などといった日常を過ごしている女房にしてみれば、なおさらかも知れない。




 一言で海とか空と言っても、その様は千変万化。朝、昼、晩、その時々に見事といっていいほど表情を変える。よく見れば一度として同じ顔を見せないのだ。海のことは前回のブログで書いた。海も、その変化はとても文字や文章で表現出来るものではないが、空だって全く同じである。


海2

 船のデッキや甲板の船首、船尾で見る海と空は、まるで手が届くようなところにある水平線がその境界をくっきりと分けている。どこにいても180度見える水平線は、地球が丸いことを思わせるように弧を描いている。それほど遠くない水平線の向こうで、海の水がこぼれてしまわないかと思うくらいだ。




 大きな空は、まるで大パノラマだ。あのプッツリ切れる水平線の向こうには何があるのだろうか。コロンブスやマジェランが大海に漕ぎ出した気持ちがよく分かる。大航海時代、土佐の海から漕ぎ出したジョン万次郎の気持ちも全く同じだったのだろう。一方で、この海のどこかで、今も昔も海賊が暗躍すると思うと、映画の世界にでも飛び込んだような気分になる。



海3

 銀幕の世界で、ワイドスクリーンが生まれた頃、シネマスコープという言葉が使われた。水平線から始まる空は、とてつもなく大きなシネマスコープで、4層、六層の屏風なんてものではない。狩野派や洋画のどんな優れた画家だって、このキャンパスは埋められまい。


海4


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表情豊かな海

海


 「海は広いな 大きいな・・・・」
ご存知、童謡「海」の一節だ。子供の頃よく口ずさんだ。「松原遠く 消ゆるところ・・・」と歌い出す、やはり海をテーマにした文部省唱歌もある。





 童謡や文部省唱歌ばかりではない。クラッシックにだってあの有名なショパンの「大洋」のように海をテーマにした曲は世界にも多い。日本の歌謡曲だって同じだ。海をテーマにした歌は、恐らく山よりはるかに多いだろう。人間の海への憧れがそうしたに違いない。



海2

 私は、このが大好きだ。周囲を山に囲まれた山梨の片田舎に生まれ育ったせいなのか、海への憧れは人一倍強い。内陸に住む人間の≪ないものねだり≫なのかもしれないし、あるいはコンプレックスの裏返しかも。





 娘が小さいころは、なかなか取れない勤めの休みをやり繰りして伊豆や湘南へ海水浴に出かけた。若い頃は、ガールフレンドと海を見に何度もドライブしたことも。おっと、このブログ、女房に覗かれてもいけないので、あえて注釈をつけておく。「若い時」だ。


デッキ2

 今度の大西洋―パナマ―太平洋クルーズもそれへの憧れのひとつにほかならない。昨年6月のアラスカ、一昨年のハワイ6島のクルーズに次ぐ、私たち夫婦にとっては第3弾の海の旅である。前2回は8日間、今回は15日間。海への憧れもさることながら、ホテルを移動しなくても済む船の旅は、ものぐさ人間にはうってつけなのである。


デッキ

 レストランでのちょっと早いディナーで、シャンパンやワインを飲み過ぎた時、船の中の遊びに飽きた時、決まって7階のデッキや13階、14階の甲板に出た。海風を吸うためだ。そんなこともあろうと、成田空港で買い込んで来た何冊かの本もデッキの椅子に寝っころがって読んだりもした。サングラスをした白人や黒人も、やはり同じことをしていた。



プールの前で  

 船は次の寄港地まで二日も三日も走り続けることもある。見えるのはただでっかい海と抜けるような青い空だけ。そんな海や空を見ていても少しも飽きない。飽きるどころか、時を忘れるほど面白いのだ。海と空は、その時々、その節目が分からないように表情を変えるのである。





 海。青いと思っていたが、大間違い。ある時は青く、ある時はエメラルドに。藍より青い時もあるし、どす黒い海に変わることもある。同じ青、同じ黒といってもみんな微妙に色合いを異にするのだ。太陽光線の強弱や角度によっても変わるし、風によっても表情を変える。船のスクリューにかき回され、それにピタッと合った光線を浴びれば、エメラルドに。光線の角度によって、えもいわれぬエメラルドグリーンにも変わる。もちろん朝の顔と、昼間や夜の顔も違う。


海へ  

 星空の下での航行もいい。夜のデッキに立つとちょっぴり肌寒いが、どす黒く、不気味でさえある海とは対照的に、今にも降って来そうな無数の星が。誰だってロマンチックになる。「南十字星はどこだ?」と、独り言のようにつぶやくと、隣にいた女房が「お父さん、見えるわけ、ないじゃん。ここは北半球なのよ」。つい勘違い。女房のおっしゃる通りだ。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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