運命の泣き別れ

雨  


 馬の背を分けるという。この時期、夕立などに見られる現象だ。今、ここでは降っていないのに、すぐ先は雨。その逆もある。もちろん夏の時期ばかりではない。雨が落ちていないところは日が差しているから、「お天気雨」などともいう。山の稜線でも≪馬の背を分ける≫ことがある。あちら側は雨でもこちらは晴れ。やがて一帯が雨雲に覆われることも。




 「じゃあ~、あばよ」。一緒に仲良く落ちてきた雨粒は、山の稜線を境に一方は山のあちら側に、一方はこちら側に泣き別れするのだ。このふた粒の雨は結果的に行き着く先がまったく違うのである。例えば、山梨県の甲府盆地と富士山麓地方を分ける御坂山塊の場合、甲府盆地側に落ちた雨は日本3大急流のひとつ富士川を経て駿河湾に流れ込むし、反対側の富士山麓側に落ちれば桂川に流れ込んで相模湾に。


海2


 山梨県を流れる水系は、たったのふたつ。富士川桂川だ。もちろん、笛吹川や釜無川など、それぞれに支流はいっぱいある。いずれにしても山梨県に降った雨は、みんな太平洋に注ぐ。お隣の長野県の場合、天竜川などを経て太平洋に流れるものもあれば、まったく違う日本海に注ぐものもある。日本列島をアルプスで背を分けるのである。


川



 馬の背分けやお天気雨は、自然界ばかりではない。さっきまで泣いていた人が笑ったり、昨日まで一緒にいた人が、いつの間にかいなくなったり・・・。前者を人は「お天気やさん」という。感情の起伏が激しいのだろうが、これも案外始末が悪い。




 「お天気やさん」はともかく、ふた粒の雨と同じように人の出会いと別れは不思議なものだ。人間、一生のうちに出会う人の数は膨大なものだろう。もちろん、その人の性格や生活環境、生き様などによっても違う。いずれにしてもその舞台は小、中、高、大学などの学校だったり、社会人になれば職場や趣味、広い意味での遊びだったりする。社会人になってからの方が人の出会いは格段に多い。




 初対面の時、名刺交換をする。その一枚の名刺がいいビジネス取引に繋がったり、かけがえのない生涯の友への切符になったりもする。その逆に、たった一度の出会いで終わることだってある。その場合、名刺の交換だけだから、お互い顔すら覚えていないのだ。


名刺交換


 勤めをリタイアした今、在職中にいただいた名刺が山ほどある。40年を超す歳月の重さをいやが上にも思い知らされるのだが、それを整理していながら、ほとんどが顔と名前が一致しないのだ。相手側もまったく同じだろう。人の出会いの入り口であり、その証のような名刺の交換がいかに儀礼的で、儚いものかを今更ながら思い知らされたりもする。


名刺


 たまたま分水嶺に落ちる雨ではないが、子供の頃、小学校や中学校、高校や大学で机を並べた仲間が卒業という分水嶺で別れ、同級会などで再開した時、その変わりようにびっくりすることがある。ふた粒の雨のようにたまたま落ちたところの違いで、駿河湾にも相模湾にも流れれば、太平洋にも日本海にも分かれるのだ。行き着く先の海ばかりではない。そこまでの過程もまったく違う。水の流れとなって、もみ合う仲間の雨も違えば、ぶつかり合う石や岩、岸辺など環境そのものがまったく違うのだ。そう考えると、自然界や人間界には、動かしがたい運命のようなものがあるような気がしてならない。


海


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調子者と温泉

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 すぐ調子に乗る。私もその一人かも知れない。


 「数年前に見たことがある温泉の話、また書いて…」


 そんなコメントをasayanさんから頂いて、また「温泉の話」を書くことにした。asayanさんが言わんとするところがどうであれ、すぐ調子に乗ってしまうのである。




 職場をリタイアして山梨市の片田舎にある実家に戻ってぼつぼつ⒑年。仰せつかったボランティアにも似た幾つかの仕事(活動)と、仕方なくやらなければならない野良仕事。その合間、特に用事がなかったり、雨の日など天気が悪い日には温泉に出かける。




 山梨は全国でも有数の«温泉県»。山梨市だけでも公営、市営合わせて⒑の温泉がある。その距離は、内3つが車なら5分足らずで行ける距離にあるし、遠い所でも15分もあれば楽々行ける。そのほか、お隣の甲州市には塩山温泉郷が、笛吹市には石和温泉郷がある。より取り見取り。温泉には事欠かない。雑誌などに取り上げられて人気が高い「ほったらかし温泉」も。ここは露天風呂からの眺望が素晴らしい。一望出来る甲府盆地の上に富士の雄姿が浮かぶ。


 山梨市内⒑の温泉の内、4つは公営。つまり市営の温泉なのだ。もう何十年も前、竹下内閣の時代全国の市町村にぶりまかれた1億円の「ふるさと創生事業」の«産物»も少なくない。温泉大国・山梨の公営温泉の中には、その恩恵を被った所が多いのだ。


ほったらかし温泉


 当時、降ってわいたように1億円を手にした町や村は「成功報酬」を売りにアプローチして来た温泉掘削業者に飛びついた。住民感覚を意識しなければならないお役人にとって、リスクが伴わない「成功報酬」システムは魅力だったのだろう。石和温泉郷や塩山、湯村、下部など歴史と伝統のある温泉郷とは一味違う公営温泉が各地に雨後のタケノコのように出現したのである。




 かけ流しで、広々とした湯船。家庭風呂では、およそ味わえない魅力がある。広い湯船にとどまらず、露天ぶろやサウナ風呂も。休憩室やお食事処もある。そればかりではない。他人同士、いつの間にか知り合いになり、よもやま話に花が咲く。世間話はむろん、趣味の話や素人の政治談議も。お年寄りからは地域の歴史を。野菜作りのコツも教わった。今、農作業の«実戦»で役立っているものも少なくない。




 百姓の倅に生まれながら40年以上も農業を離れていた自分にとって、頷かされたり、まさに目から鱗。思い知らされることがいっぱいである。温泉は単なる入浴にとどまらず、情報交換の場であったり、「知恵袋」でもあった。地方はむろん、都市部でもだんだん姿を消している銭湯だって、そんな味わいがあるに違いない。

 都市部の銭湯と田舎の温泉とは、どこか違うような気がする。まずお客の年齢層。温泉は銭湯と違って体を洗うのが目的ではなく、いわゆる«癒しの場»。比較的年齢層が高い理由がある。ゆっくり体を癒すタイプなのだ。田舎故なのか人間関係を大事にする心が残っている。そんな背景が湯船での団欒を当たり前のように生み出すのかも知れない。


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 高齢者にとって公営温泉の魅力は入湯料の割引制度。山梨市の場合、150円(一部は100円)。週に一度の休館日を除いて毎日行っている人も。「腰や膝の痛み、農作業の疲れの回復には、これが一番」。そんな効用を説く人も。今日は台風の余波で雨。俺も出かけるか…。今日はもっとも近場で。





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人間ドックのトラウマ

人間ドック2


 人間ドックは毎年欠かさず受けている。現役時代は会社の厚生担当が否応なくスケジュールを組み、ドック入りを促すので、いわば待ったなし。職場をリタイアした後も年に一度のドック入りは守っている。現役時代は会社の同僚達と一緒だったが,今は女房と一緒。「お父さん、いつが、都合がいいですか?」。女房が我が家の厚生部長。みんな段取ってくれるのだ。


 

 病院は甲府市内。今は娘夫婦に譲ったが、現役時代住まいしていた家のすぐ近く。長く親しくさせていただいている公立病院の院長が定年後、天下り?した病院。ドックもそこに変えた。JA関係の団体病院で、詳しいことは分からないが、どうやら人間ドックが主力の病院のように見える。


人間ドック



 医療設備にとどまらず、そのためのシステムやスタッフも充実していて、実に気持ちがいい。ちょっと見では、毎日100人を超す検診をこなしている。医師をサポートするスタッフもしっかり教育されていて、受診者を手際よく裁いている。みんな若い女性。愛嬌よく振る舞うから、緊張気味の受診者にとってみれば、心が和むのだ。


 人間ドック3


 元公立病院院長の“天下り”に着いて来たのは単なる親しさからだけではなく、診察の全てに誠意を持って看てくれるからだ。そんな先生だから人気は抜群。公立病院時代は誰が言うともなく、その先生の名前をとって「○○銀座」と言われるほど患者が列を成した。




 専門は消化器内科。今でも,この先生にお願いしているのは胃カメラの検診。これには、ちょっとした訳がある。現役時代のことだ。そう言っては、我が儘に聞こえたり、第一、失礼だが、私に胃カメラを飲ませてくれる先生は、“下手くそ“ばかり。見るからに“新米”で、それも何故か若い女医さんばかりだった。




 カメラを押したり、引いたり。胃袋の中を不器用にかき回すのである。ある時は、その女医さん。カメラの管を持つ手をブルブル震えさせながら「これなあ~に、これなあ~に…」と、子供のように大騒ぎ。私の胃袋の中にアニサキスの幼虫がいたのである。それを始めて観た女医さんが動転したのも分からないでもないが、カメラを突っ込まれている私の身にもなってくださいよ。それも不器用に腹の中をかき回した挙げ句である。 騒ぎは検査室全体に波及したことは言うまでもない。。


病院


 この後にも当事者の私なら笑うに笑えない話があるのだが、ここではあえて省略する。とにかく、そんな話を親しい開業医と酒飲み話にしたら「あなた、そんなことは当たり前だよ」と、一笑に付された。そのドクター氏はこんなことを言った。




 「どんな名医だって“始めて”があるんですよ。経験を積んで名医になるんです。もちろん、重症患者に新米を充てるようなことはしません。はっきり言わせて貰えば、あなたのように肥っていて、鈍感そうな人には、新人を充てますよ。あなただって、もし、医療現場のチーフなら、そうするはず。まあ、医療の発展のためさ…」



 「オイオイ、そうするとオレは新米先生の練習台なのかね?」


 何度もでっくわした新米先生の胃カメラ。今でもそのトラウマは消えない。(次回に続く)





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内視鏡とアニサキス

病院

 人間ドック、内視鏡、病院。こんなキーワードを耳にした時、私は必ず、と言っていいほど、ヘンな体験を思い出す。もう何年も前のことだ。甲府市内のある社会保険病院で、人間ドックを受診した時のことである。いつものように手術台のような硬いベッドに横になり、黒い管の胃カメラを飲み込んでゲエ~、ゲエ~しながら脂汗を掻いている時だった。




 「あれ困ったわ。コレなあ~に。これなあ~に。いやだ~」





 私の検査を担当してくれた若い女医さんは突然、大声を上げて、動転しはじめたのだ。結果的には、私の胃袋に、それが一匹であるかニ匹であったかは分からないが、アニサキスという虫がうごめいていたのだ。自分の立場も場所も忘れて動転してしまったのだから、この女医さん、はじめて見たアニサキスによほどびっくりしたのだろう。

 

 そのこと自体は分からないでもない。でも、腹にカメラを突っ込まれて苦しい思いをしている私にとってはたまったものではない。女医さんの内視鏡を持つ手は小刻みに震えていた。これをお読みになっている皆さんには、その双方の光景が容易に想像できよう。




 私は、ただ唖然とするばかり。何が起きたかすら分からない。それを聞いてみようにも太い内視鏡の管を口から突っ込まれているので、口も聞けないのだ。内視鏡室では何人もが検査を受けていた。私と同じようにみんなが、何が起きたかも分からず、カメラの管をくわえたまま「いったい何事が起きたのだろう・・・」と思ったに違いない。



胃1

 当然のことながら、何人もいる先輩医師が黙って見ているわけはない。いかにもベテランらしい医師がすっ跳んで来て、今にも検査を放り出しそうな女医さんに言った。



 「先生、これアニサキスと言うんです。初めてでしたか。あとで取り出して患者さんに見せてあげてください」




 アニサキスという寄生虫の名は、このとき始めて知った。恐らく、一生忘れる事の出来ない名前だ。鯖やホタルイカなどに寄生する虫で、マグロなどにもいるのだそうだ。口の悪い仲間によると、寿司屋さんの舞台裏では、このアニサキスをピンセットで取り除く光景だって決して珍しくない。鯖を酢でしめるのは、ひとつにはこのアニサキスを退治するためだそうだ。因みに、人間の身体に入ったアニサキスは胃酸でやがては死滅するという。




 先輩の先生に、落ち着くよう言外に促された女医先生はやっと平静を取り戻したのか検査を再会。しかし下手くそは変わらず、カメラの管を私の胃袋の中で押したり、引いたり・・・。




 やっと検査が済み、拷問から開放されたような気分でベッドを降りた。ホッとしながら検査の所見を丁重に尋ねた。医者に悪態は損。結果は「異常ありませんね」。「ところでアニサキスは?」。「ああ、あれ。いないわ。カメラを抜く時、落としてしまったのかしら・・」


エコー
 

 これにはまだオチがある。すべての検査を終えて人間ドックの会計窓口に行くと「あなたは治療費がありますので本会計の窓口へ」と言うのである。アニサキスを除去したと言うのだ。検査と治療。検査の帰りにアニサキスを連れ帰ったのは立派な治療だという。そうだとしても俺、アニサキスの顔なんか見てねえんだけどなあ~。なんだか腑に落ちなかった。





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小鳥のつがいと人間の夫婦

 


曇り空


 久しぶりに晴れた。しかし本当の夏空ではない。この夏、あの勢いのある入道雲など一日か二日しか見たことがない。本当に梅雨が明けたのか。8月に入ったというのに、雨か曇天続き。気象台の梅雨明け宣言を疑いたくもなる。暑さはご馳走ではないが、そうかといって暑くなければ夏ではない。


葡萄1

 そんな天気をよそに、我が家の葡萄園では大房系の巨峰ピオーネが色づき始めた。その棚の下では2羽の山鳩が寄り添うように、チョコ、チョコと餌をついばんでいた。草の種だろう。広い葡萄園に隣接する植え込みでは、やはり2羽の小鳥が。こちらは緑の木々に宿る虫を食べているのだろう。カラフルで尾が長く、大柄な鳥だ。よく見かけるのだが、名前は定かではない。


葡萄2

 2匹はいずれも番い(つがい)だろう。そういえば、群れを成して動くムクドリなどを除けば、多くの小鳥が番い、つまり夫婦で行動している。何を話しながら餌をついばみ、飛び回っているのかは分からないが、仲のいい夫婦であることはおおよそ見当がつく。人間のようにつまらないことで夫婦の喧嘩などしないのだろう。


鳥

 そういえば私達夫婦も喧嘩が少なくなった。若い頃と比べればウソのようだ。60歳も半ばを過ぎ、お互い歳を重ねたせいだろうか。若い時には勤めがあったから女房と顔を合わすのは朝と夜くらいのもの。それでもぶつかった。「バカ野郎」「バカとは何よ」。おおよそ最後はこんな具合だ。


 

 現役を退いた今は毎日が日曜日。農作業や地域のことなど仕事がないわけではないが、女房と一緒にいる時間は格段に増えた。あまり役には立たないが、農作業も手伝ってくれるので、言ってみれば四六時中、一緒にいるのである。お互い、箸の上げ下ろしまで気になっても不思議ではないのだ。

1
 お互い、怒ることや喧嘩することが面倒臭くなったのか、それとも、それを飲み込める力がついたのか。どちらにせよ、歳のせいだろう。それがいいのか、悪いのか。喧嘩がないことに超したことはないが、歳のせいだとすると一抹の寂しさを感じないでもない。


 

 「居ればうるさい。でも、居なきゃ寂しい」



 仲間との飲み会や徹夜麻雀、ちょっとした旅行などで家を留守した後、女房がこんなことを言う。仕事、仕事で追われ、時には家に帰らなかったことすら多かった現役時代は、もちろんこんなことは一度も言わなかった。人間とは不思議なもの。居なければ居ないで当たり前だが、いつも居る人間が居ないと落ち着かないものらしい。


2

 普段、家庭の中で食事をする時もお茶を飲む時も、なぜか座るところまでが決まっている。寝る時も同じだ。そこが空白になった時、何か違和感を感ずるのだ。中学や高校の同級生で無尽会の名の飲み会をいくつか持っているのだが、その仲間達が年に一度実施する旅行にも女房を連れて行くことにしている。小鳥の番いと同じで、いつも一緒だ。


 

 居ればうるさい。居なきゃ寂しい。いい得て妙。亭主とはそんなもの。夫婦とはそんなものかもしれない。でも、喧嘩があった頃の方が生活に活気があったような気がする。

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あっ、赤トンボが・・・

赤とんぼ  


 地図で見る限り、山梨県は日本列島のど真ん中だ。少なくとも私はそう思っている。山に囲まれた海なし県。それゆえに冬は乾燥し、夏は湿度が高く、蒸し暑い。内陸地方特有の気象なのだ。今は田舎暮らしになって、幾分、過ごし易いが、なべ底のような盆地の底・甲府に住んでいた時分は、夏場の夜など寝苦しくて眠れたものではなかった。今住んでいる山梨市とは標高が200mは違うだろうし、第一、緑の量も家並みの空間も違う。


緑


 毎年の事ながら日本列島を丸太に大移動したお盆休みも終わり、働き蜂のサラリーマンは、また職場に戻った。そんなお盆休みの後、区の役員さんに呼び掛けて、地域のふれあい広場に除草剤を散布した。今月末に予定している地区の防災訓練に備えるためである。防災訓練は9月1日の「防災の日」を前にした地区ぐるみの大掛かりな訓練だ。




 この夏、山梨県地方は梅雨明けが早かったものの、その後もまるで梅雨空のようなお天気が続いた。どうやら晴れ上がって夏らしくなったのは8月も10日過ぎ。草だって伸び放題だ。広場の周りで太くなったソメイヨシノや枝垂桜、栴檀やハナミズキなどの剪定をする一方で、除草剤を噴霧散布するのである。




 暑い。みんな汗びっしょりだ。女房が用意したペットボトルのお茶や水をがぶがぶ飲みながらベンチで一服。こんな時には水が何よりのご馳走だ。手拭で噴出す汗を拭いながら、ふと空を見上げるとトンボがいっぱい。赤トンボやアキアカネだろう。「もう秋だよなあ」。役員さんの一人がつぶやくように言った。トンボが近づくを告げていた。


赤トンボ  


 今年の夏は雨や曇天が多かったせいか、例年の夏とどこか違う。いつもならアブラ蝉ミンミン蝉とリレーするように蝉が鳴き、モクモクと湧き上がる入道雲の空の下の水辺にはシオカラトンボが舞った。それが夏を象徴し、暑さを煽り立ったものだ。そんな暑さの中で、子供の頃は越中フンドシひとつで河原でトンボを追い回し、水浴びに興じた。木によじ登って蝉も採った。


網


 アブラ蝉からミンミン蝉、ヒグラシなど蝉の順番どころか、一足飛びに赤トンボだ。いつもの年だとミンミンゼミが暑苦しいほど鳴くのだが、今年はほとんどその声を聞かない。昔、「日本で一番長い日」という映画があった。終戦の日8月15日をテーマにしたものだが、そこでも、いかにも暑い夏を印象付けるように蝉が鳴いていた。




 は一年のほとんどを土の中で過ごす。木に張り付いてミンミン鳴くのは死ぬまでのわずかに1週間前後だという。そう考えると、この夏の天候不順は、蝉にとっても恨めしいに違いない。世に出て、鳴き声もあげずに死んでいってしまう蝉もいるのだろう・・・。


蝉の抜け殻  


 天候不順の犠牲
になったのはばかりではない。農家も同じだ。野菜農家は日照不足による不作に泣き、果樹、特に桃栽培農家は春先の猛暑と遅霜、それに収穫期の日照不足がたたって核割れをもたらした。葡萄だって同じ。糖度はもちろん、色付きは昼間と夜の温度差が大切。雨続きで昼間の温度が上がらなかったため、巨峰、ピオーネの色付きはよくない。やっぱり冬は寒く、夏は暑くなければダメだ。狂ったのは今年ばかりか・・。どうやら地球規模で狂っているらしい。




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珍味のうるか

鮎
 もう何年ぐらい前になるだろうか。鮎釣りが三度のメシより好き、という割烹料理店のオヤジがいた。甲府市の中心街に程近い所で店を構えていたのだが、世間が「釣りキチ」というほど、時には仕事そっちのけの釣り三昧。「釣りキチ」といっても、なぜか鮎しかやらない。夏場だけで、山女も岩魚も見向きもしないのだ。




 「うちのダンナ、少し叱ってやってくださいよ」



 そこの女将がよく言った。釣り三昧を責めているのではない。女将も釣りキチは認めるというか、諦めているのだが、この男は世に言う一風流の性格で、いい、悪いをはっきりしないと気がすまないタイプ。だから客とも平気でぶつかってしまうのである。



 「お勘定はいらねえ。帰ってくれ」



 そんな啖呵も珍しくはない。その代わり、板前としての腕は一級品。常連の客なら誰でもが認めるほどの腕を持っている。だから、固定客をしっかり掴んでいて、いつ行ってもそこそこの客がいた。そんなオヤジと若い私はなぜか気が合った。




 「今夜、暇? 暇なんかありっこねえよなあ。とにかく、旨いやつ食わせるから来いよ。早いうちなんて言わねえ。遅くなってもいいから寄ってよ。必ずだよ・・・」




 夏の夕方、このオヤジから職場に電話がかかってくるのだ。「この小忙しいのに、何言ってるんだ」と、一瞬思うのだが、オヤジの電話の先にある「旨いもの」が気になる。会社帰りに店を覗くのである。いつも午前零時を廻っていた


酒


 「待ってたよ。のれんはもう下ろしたが、さあ、座った、座った。あんた方の仕事、夜が忙しいんだものなあ・・・。俺も一緒に飲むか」





 このオヤジが用意してくれていた旨いものというのは鮎の「うるか」だった。


 「最初はビールだったよなあ~。うまい酒もあるよ」



 「このうるか、旨いねえ」



 「そうだろう・・・」



 「もっとくれよ」


 「バカ言っちゃあ、いけねえよ。これだけの、うるか、作るのに何匹の鮎使うか、分かっちゃあいねえな・・・」




 うるか、といってもご存じない方もお出でだろうから、ちょっと説明するが、一口に言えば鮎の内臓の塩辛である。鮎は小さいうちは虫などの餌を食べるが、大きくなるとそれをしない。食べるのは水蘚だけ。だから内臓が綺麗。川魚で内臓を好んで食べるのは、あまたいる魚の中で鮎くらいのものだろう。


鮎2


 釣れる鮎は大小あるが、所詮は鮎。一匹から取れる内臓の量は知れたもの。そのことを考えれば、貴重品に違いない。オヤジは言った。




 「これなあ、商品じゃあねえんだよ。いくら沢山釣ったからといって、そこから採れるうるかは、何ぼもねえ。それに伴う苦労も考えりゃあ、値段なんてつけられねえよ」




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月下美人と女房

月下美人1


 「お母さんは間違いなく長生きするよなあ・・・」

 いつものように居間で晩酌をしながら、夕餉の支度をする女房をからかうように言ったら、キョトンとしながらも、からかわれたことに腹を立てたのか、ちょっぴりオカンムリ。


 「お父さん、急に何をおっしゃるんですか。人をバカにするようなことを言わないでくださいよ」



 「そうだろう、美人薄命と言う言葉、知ってるか?」




 そこまで言ったら女房は「私はブスと言うことですか」とう代わりに「そうですか。咲いたんですね」と言いながら、飛んで来て居間のサッシ戸を開けた。わが女房、まんざらの鈍感でもない。居間の外側に置いてある月下美人が咲いたことを直感したのだ。




月下美人2   月下美人3



 私は晩酌の途中でかかってきた仲間からの電話に立った時から、開花に気付いてワクワクしていた。女房を驚かせてやろうと、我が家にとってはこの大ニュースを温めていたのだ。女房だって開花がいつか、いつか、と思っていた一人なのである。サッシ戸を開けた途端、なんともいえないあのかぐわしい香りが。四つもいっぺんに咲いたのだ。




 その匂い、なんと表現していいか分からない。なんともソフトで、気品がある。シャネルなど女性たちが追い求める、世界の香水ブランドだってこの匂いを作り出すことは出来まい。強くもなく、そうかといって弱くもなく、あたり一面に芳香を漂わせるのである。匂いの発信元がどこか分からないほど穏やかなのだ。


月下美人6


 かぐわしいのは、匂いだけでなく、その姿、容姿だ。15~6㎝はあろう花の大輪は、真っ白というか白濁色。写真でご覧頂くように花の中央にはおしべ、めしべまで、くっきりと見て取れる。花全体が醸し出す気品は半端ではない。春夏秋冬、花はあまた咲くが、この花の気品には恐らく、勝つものはないだろう。




 初春にいただくシンビジュームやカトレア、コチョウランも確かに気品を備えた花だが、その気品、品格は月下美人には及ばない。この花を何よりも神秘的にしているのは、一夜限りの花ということだろう。「美人薄命」などといわれる所以もそこにあるのだが、いかにもドラマチックだ。お隣甲州市の友人夫婦にも電話で知らせ、夜中まで美人を愛でた。


月下美人5


 そもそも比較しては≪美人≫に叱られるかもしれないが、「百日紅」と書く「さるすべり」のように長期間咲いている花とは対照的。月見草は、昼間は花を閉じるが、次の夜にはまた開く。しかし、この花は、全くの一夜限り。誰が名づけたか月下美人、転じて美人薄命とはよく言ったものだ。


月下美人4


 月下美人はメキシコが原産で、サボテン科の植物。2年ほど前、親しい仲間からもらったものだが、これだけは大事にしたいと女房にも言い聞かせている。いわゆるサボテンの一種だから、あまり水はいらないのだろう。だんだん、幹も太くなり、背丈も150cmぐらいになった。鉢と土を変えてやらねばと思っている。ところが無粋な人間とは困ったもの。その要領を知らないのだ。どなたかご教示を頂ければ有り難いのですが・・・。




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遊びの変化

 「買う」方は力不足で、からっきしダメだったが、残る「飲む」「打つ」はそこそこやった。人並み以上かもしれない。もちろん、人並みがどのあたりかは物差しがないが、自分ではそう思っているのだ。その感想?あまり、褒められたものではないし、今にして思えば、そんなお金があったらもっと違うところに使ったら・・・、といくばくかは後悔している。恐らく、家一軒ぐらいは建っただろう。


家


 今はそんな言葉は死語になりつつあるが、「飲む」「打つ」「買う」は、古くからの遊びの代名詞。遊びの三要素といってもよかった。もちろん、男の遊びだ。「なんと下品なオジサン」と、ご婦人やお若い方々からひんしゅくを買うかもしれないが、そんな時代があったことは事実だ。




 遊びは驚くほど多様化した。趣味も広義の遊びと捉えれば、まさに多種多様。情報化社会、交通網の発達が拍車をかけたことは間違いない。不況だの貧困、格差社会などといわれても、日本人、そこそこのお金をも持っている。子供たちは夏休みに入り、そんな子供たちを巻き込んでお父さん達の夏休み、いわゆる盆休みもやって来る。



スイカ


 この時期、日本中の高速道路は行楽を楽しむ家族連れの車であふれ、どの空港も海外でバランスを楽しむ人達でごった返す。今年も中央自動車道など、どの高速道路も、あの30㌔、40㌔の交通渋滞を生むのだろう。行く先のホテルや旅館は普段の5割増し、10割り増し。車の渋滞にうんざりしながらも、ホテルや旅館の料金の割高に閉口しながらも人は動く。普段忙しいサラリーマンにとって、お金より暇、時間の方が尊いのである。


道路


 あるある。書店を覗けば、趣味も含めて遊びをガイドする雑誌がいっぱい。釣りもあれば、ハイキングや登山、ドライブ、音楽、手芸、囲碁や将棋の入門書もある。マンションのベランダで出来る趣味の園芸も。種類はないものがないほど多岐にわたる。しかも、その切り口も年齢層で輪切りにしてあるのだ。顧客心理を掴むためターゲットを絞り込んでいる。





 大きなお世話だろうが、こんなに多様の本を出して出版社は採算に合っているのかと思ってみたくもなる。裏を返せば、それほど遊びのガイドを求めて止まない人達が多いということを意味する。


麦わら帽子


 私たちが子供の頃と比べれば、遊びも、その環境も雲泥の差だ。当然のことながら子供たちには夏休みはあった。でも、この時期、一帯は桃や葡萄の出荷の真っ盛り。子供たちも当然のことながら、その手伝いに駆り出されるのである。それを逃げ出して遊ぶとすれば、水浴びか雑魚獲り。車なんかないからドライブや遠出の旅行など知るよしもない。


水遊び


 社会人となった昭和40年代初頭、サラリーマンはみんな働き蜂。昼間は仕事、仕事で終わり、夜はといえば、赤提灯、ネオンの下町へ。その帰りは我が家ではなく、麻雀荘。時代が過ぎて甲府市郊外ともいえる石和町に場外馬券場がお目見えすると、週末には決まって競馬だ。花札やソウルへのカジノにも通った。競馬はなんとなく卒業したが、麻雀は、まだ現役。週末ともなると「今日は?・・・」。いつものように同級生の仲間から誘いの電話が来るのである。そして午前様だ。


麻雀

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釣りバカおじさん

魚  

 ひと頃のテレビの人気ドラマ「釣りバカ日誌」のハマちゃんではないが、私の親しい同級生に、それはそれは釣りが大好きな男がいる。釣りばかりではない。春、秋にとどまらず、年がら年中、山菜取りもすれば、狩猟もする。射撃は一級の腕前だ。




 例えば、春の山菜・フキノトウやタラの芽、コシアブラ、夏場に近くなっての山ウド、ゼンマイ、ワラビ、秋になってのマツタケや冬場のセンブリ、キハダ・・・。思い立ったらいつでも山を飛び歩く。釣りだって同じだ。もやれば、山女岩魚も。狩猟はクマイノシシなどの大物もやれば、キジヤマドリなどの小物もやる。


イノシシ  


 そんな男だから、地元の漁協や狩猟協会も放って置くはずがない。当然のことながらその役員も務めている。漁協といっても、山梨は海なし県。相手はだ。もちろん、河口湖や山中湖など富士五湖のように湖沼もあるが、この人は川の漁協だ。釣り人を楽しませるための鮎や山女の放流に携わりもすれば、その管理や指導、監督もする。


魚2


 年齢から、仕事も第一線を退いている今は、まあ時間もあるかもしれないが、現役時代も、いつの間に山や川を飛び歩いているのかと、不思議に思うほど、上手に時間をやり繰りするのだ。ことさらに、それを話したりもしない。山菜や川の鮎や山女など獲物は仲間達に振舞うのである。ショウガ醤油やニンニク醤油で食べる鹿の刺身、岩魚の骨酒。天下一品。酒飲みには至福の味だ。




 ○○さんや○○さん。私のこのブログにおいでいただく方々の中にも釣り好きな方がいっぱいいらっしゃる。恐らく同じような≪釣りバカ≫だろう。そこに共通しているのは、釣りを通じてのいい仲間がいることだ。ブログを拝見していても、それが言わず語らずに伝わってくる。「釣りバカ日誌」のスーさんのようにだ。


釣りバカ日誌  


 鮎の最もポピュラーな漁法は友釣り縄張り意識が強い鮎の習性を逆手にとって、友鮎を群れの中に投入して攻撃してくる鮎を友鮎の後ろにつけた釣り針に引っ掛けて釣り上げる手法だ。普段の鮎の餌は水蘚。これも知っていた。今はやらないが、わんぱく盛りの子供の頃、せいせい、鮎釣りをしたからだ。




 「へえ~」。私は釣りバカのこの仲間に教わったことが幾つもある。例えば、は餌では釣らないというか、釣れないと、この歳まで思っていた。ところが、餌で釣れるのだという。ただ稚魚の時だ。富士川の下流で、試釣りして来たという餌釣りの稚鮎をいただいたことがある。擬餌針もあるが、山女や岩魚、ニジマス、鯉や鮒、鮠などに至るまでおしなべて川魚は餌で釣る。でも、鮎だけは・・と思っていたのである。「知らないのはお前だけだよ」と言われるかもしれないが、そうなのだ。大げさかもしれないが、目から鱗だった。

魚3

 この釣りバカさんは柔道もやる。腕前は6段。山梨県柔道連盟の山梨市副支部長をしている。やがては支部長を務めるのだろう。見せて頂いたことがあるが、6段以上になると締める帯も違ってくる。赤と白のツートーン。競技ではほとんど見かけない。恐らく名誉的な要素もあるのだろう。66歳。「若い連中とまともに戦ったら、もうかなわない。黒帯どころか白帯にだって無理だ」という。





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野麦峠の感慨

野麦峠  


 どこから聞こえてくるのかウグイスの鳴き声が。標高1672m。夏といってもそこの空気はひんやりしていた。峠道の脇の杉木立では、可愛らしい一匹の小猿がくりくりした目で、愛嬌たっぷりにこちらを見ていた。




 野麦峠。長野県松本市と岐阜県高山市の境に位置する。山本茂美の小説「ああ野麦峠」の舞台になった所だ。昭和54年、山本薩夫監督が確か大竹しのぶを主演女優として映画化、多くの人達に感動を与えた。


ああ野麦峠


 小説「ああ野麦峠」は明治から大正にかけた時代のルポルタージュのノンフィクション。この時代、岐阜県の飛騨から長野県の岡谷や諏訪の製糸工場にいわば身売り同然に駆り立てられた娘さんたちの峠越えを描いた作品である。この野麦峠は、その時代の女工哀史を語る上でも悲しい物語を秘めた所なのだ。




 北アルプスを横断して信州と飛騨を結ぶこのあたりは昔から積雪の多い所。この一帯の主要道路・野麦街道の難所だった。積雪で峠を越えられずに死んでいった人達もいたといい、そこには現在も「お助け小屋」というのが残っている。もちろん、今は車の時代。「お助け小屋」はお土産や食事所に姿を変えてはいるが、何とはなしに哀愁を残している。


お助け小屋2


 そこを訪れる私たちの胸をいやがうえにもジ~ンとさせるのは「お助け小屋」の前庭に建てられている「ああ飛騨が見える」の石像だ。等身大とはいかないまでも大きな石像は、製糸工場で病に倒れて里に突っ返される妹を背負い子で担ぐ兄を形作ったものだ。石像の裏面に刻まれた解説によると、病の娘は政井みね。20歳。兄は11違いの辰次郎。みねは明治42年12月20日、この野麦峠の頂上で、やっと見ることが出来た故郷に「ああ飛騨が見える」と言って息を引き取った。


お助け小屋


 この野麦峠行きは、仲間に誘われての木曽路へのワラビ採りの帰り道だった。御嶽山の目の前のような所にある岐阜県高山市高根町の山には太いワラビがいっぱい。我が家は女房と二人、2時間余りで大きな籠にどっさり、近所に木曽の香りをおすそ分けした。




 木曽といっても山梨から車でちょうど3時間。そんなに遠くない。伊那ICで中央自動車道を降り、権兵衛トンネルを経て、国道19号をしばらく走る。そこから林道に入るのだが、目の前には御嶽山、その向かいには穂高が見える。到着は7時。朝もやの木々は、まだ朝露に濡れていた。林道脇には松本ナンバーの車が3~4台。先客がいた。帰り道、御嶽山の麓で、ウド採りを試みたが、こちらはさすがに時期遅しだった。




 そこから野麦峠までは約1時間。帰りは、もちろん、道そのものは違うのだが、飛騨の娘達が歩んだ信州に降り、国道19号を中央自動車道塩尻ICに向かうのである。途中、あの有名な奈良井宿が。平日だったが、現存するわが国でも最大級の宿場町は散策する観光客で賑わっていた。






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メタボ人間とビール

ビール


 「お父さん、昼間から、飲むの、止めたら・・・」

 山梨県地方もここ連日、30度を超す猛暑続きだ。畑仕事から帰り、汗びっしょりの身体をシャワーで流し、昼飯を食う。その前のビール一杯がなんと旨いことか。サラリーマン時代、会社帰りによく行ったビヤガーデンの生ビールよりはるかに旨い。当然のことながら、夜も飲むのだから、昼間は飲まない方がいいに決まっている。


トマト



 仕方がなくやる農作業の一方で、頭の隅では「汗をかき、身体を使うことで、多少なりともダイエットが出来、メタボの改善に繋がれば・・・」と、淡い期待もあるのだ。そんな私の心のうちを見透かしている女房だから、ブレーキをかけるのは分かりすぎるほど分かる。


ビール2


 「いくら汗をかいたって、ビールを飲んじゃったら元の木阿弥。ダイエットになんかなりませんよ。まったくっ・・・。意志が弱いんだから・・・」




 その通りだ。内心、そう思うし、私の身体を気遣う女房の心の内をありがたくさえ思う。しかし、私の口を突いて出る言葉は違う。




 「バカ言え。シャツを搾るほど汗を掻いているんだから、ビールの一本や二本、どうってことねえよ。第一、お酒は旨い時に飲むのが一番なんだよ」




 ヘンな理屈である。日曜日で勤めが休みの時なんか、娘も一緒になって


 「お父さん、お母さんの言う通りよ。言うこと聞かなければダメよ。お父さんの体考えているんだから・・・」




 なぜか娘にいわれると弱い。女房のブレーキより効く。タバコのブレーキと同じだ。



ジャガイモ


 自分では、汗を掻く、と言うのだが、一日中でも日差しが最も強い昼日中に野良仕事をするなど、愚のごっちょうなのだ。しっかりした農家は、今時だと午前4時ごろの夜明けを待って畑に出て、暑くなる前の8時、遅くも9時には引き上げてくるのである。





 「こんな暑い時に畑にいたら身体に毒ですよ」




 いつも近所の人から注意を受ける。注意と言うより笑われるといった方がいいかもしれない。しかし、ぐうたらオヤジ、長い間のサラリーマン時代のくせが簡単には抜けないのである。夜更かしなら何時だって平気。だが、早起きとなると、からっきしダメなのだ。勢い、ちゃんとした農家が半日分の仕事を終えて帰ってくるころから、こちらはようやく畑に。暑い最中の仕事、と言う悪循環である。「ええ~い、これもダイエットのためだ」とばかり、ペットボトルの水をがぶがぶ飲みながら頑張るのだ。


プチトマト


 農村地帯でも夕方や夜、ウォーキングをする人達が増えている。肥満防止やダイエットのためだ。糖尿病の改善を狙っている人もいる。機械化が進み、農業もかつてのように力の仕事ではなくなった。畑に行くのは軽トラック、除草や耕運も機械。買い物など普段の用事はもちろんだ。実は田舎の人間ほど歩いていないのである。メタボの量産は田舎から、と思えるくらいだ。俺のやり方は、一足早く原点に・・・などと悪あがきをしてもみた。






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メイドイン外国

朝


 ロータリークラブの早朝例会で、メンバーの一人がこんな話をした。
早起きは3文の得と言う言葉がありますが、その通りなんです。朝一番の陽を浴びると、人間、健康にいいんです。特に、メタボ人間には最適なのです」





 私たちの山梨ロータリークラブは、毎週1回の例会は昼休みの時間、つまり午後零時半から1時半までの1時間を原則にしているが、夏の時期だと午前6時半からの早朝例会、冬場だと午後6時半からの夜間例会を年何回かは実施する。いずれも水曜日だ。



朝2



 例会では、会員が交代で「卓話」という名の講話をする。メンバーの職域は多岐にわたっている。医者もいれば、機械金属、建設、不動産、測量、旅行、ワインなど会社経営者や、家電時計文房具、花キなどの商店主、公認会計士司法書士学校の校長先生新聞記者のOB銀行マン僧侶だっている。もちろん、果樹地帯のど真ん中だから、桃や葡萄の栽培者だって少なくない。




 目の前の医者をちょっとはばかりながらも、この日の卓話の担当者は「聞いた話」と前置きしながら朝日、早起きとメタボ改善の医学的な因果関係を説いた。この人はアパレル業界で会社を営む人だから、話の中心はファッション



1


 「今、女性物、男性物を問わず、値段はどんどん安くなっている。その秘密は外国での生産だ。われわれ専門家から観れば、技術は劣るが、そこそこのファッション性があるから消費者にとって安さは魅力。男性者のスーツが9,000円台で売っているんですねえ。そんな人はいないとは思いますが、この背広を5年も6年も着られたのでは、われわれはたまったものではないんです」





 そう言ってこのアパレルメーカーの社長は、苦笑いした。確かに、安かろう、悪かろうと言ってはいい過ぎかもしれないが、ファッション製品にとどまらず、わが国で売られているのは≪メイドイン外国≫。中国や、タイ、フィリピンなどの東南アジアは当たり前。このアパレルメーカーの社長によれば、ファッション製品の中には、欧州のブルガリアなどで作らせているものもあるのだそうだ。「ヨーグルトだけでたくさん」。この社長は本音とも思えるオチをつけた。


ヨーグルト


 そんな話を聞いた日の昼間、テレビを見ながら飯を食っていたら「思いっきりDO~N」という番組で、ニシオカ何がしというタレントさんが商店街を歩いて買い物した衣服を「生着替え」するという中継番組をやっていた。買って着替えた下着はもちろん、ワンピースや帽子から靴まで、値札を貼って、その金額をトータルしてみるのだ。




 なんとその合計金額は5千数百円。一部の千数百円を除いてほとんどが千円未満。テレビだから、その素材だとか仕立ての技術は分からないが、見るからにカッコいいし、イケてる。




 早朝例会でのアパレルメーカー社長の話とオーバーラップさせながら「なるほど」とヘンなところで納得した。その一方で、苦境に立たされる日本のメーカーに同情したくもなった。日本の製造業はまだまだ空洞化が進むのか・・・。






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一匹のハエ

うちわ

 暑い。汗びっしょりになって野良から帰ったら、かみさんと娘がなにやら大騒ぎしているのだ。それほど広くもない茶の間をうちわ片手に飛び回っているのである。部屋の中は程よく冷房が効いている。



 「お前達、何やってるんだ?」

 「ハエよ、ハエ・・・」


 「たかがハエ一匹。大騒ぎすること、ないじゃあないか」

 「だって汚いじゃあない・・・」


ハエ


 見れば大きなハエが一匹。むきになって追い回す二人をあざ笑うように右に左に、上に下にと飛び回っている。ハエだって命は欲しい。バカな二人に易々捕まってたまるものか、と思っているのだろう。女二人とハエの闘いだ。第一、うちわなんかでハエが獲れるはずがない。女どもは単純だ。

ハエ


 「サッシ戸を開けてやれば外に逃げるじゃあないか」

 「ダメよ。こいつは死刑よ。絶対逃がさないわよ。絶対・・・」

 「勝手にしろ・・・」



 女は執念深い。


 この辺りは、山間部とまではいかないまでも山梨市の片田舎。そういえば、ここしばらくハエにお目にかかったことがない。かつては、わんさといたハエは、いったい何処に行ってしまったのだろう。子供の頃を思い出した。リフォームしてイメージこそ違ってはいるものの、夏のこの時期、我が家の部屋という部屋、ハエがブンブン飛んでいた。



 何処の雑貨屋さんにもハエタタキはもちろん、ハエ取り紙というヤツが売っていて、どの家でも1ダースのケースごと買って来るのだ。それを天井からぶら下げるのである。モチのような油紙にハエが張り付く仕組みなのだ。しばらくすると真っ黒になるほどハエが捕れる。

  実はこのハエ取り作戦も焼け石に水。ハエは次から次へと湧いてくるのだ。だから正直、ハエを気にしていたら一日も過ごせない。うかうかしていたら、ちゃぶ台(食卓)に置かれた麦飯ご飯もハエで真っ黒に。習慣とは恐ろしい。みんなビクともしなかった。

 ヘンな例えだが、ある意味で農村の風物詩のようなものだった。「わあ~、汚い」。娘はもちろん、農村育ちではない、かみさんはそんな話に顔をそむけるのだが、田舎育ちの私なんかハエ一匹、どっちだっていいのである。ハエ取り紙もハエ叩きも完全に姿を消した。


リボンハエ取り
リボンハエ取り


 農業形態や生活環境の変化が確実にハエを駆逐した。農耕用の馬や牛。それに家畜の豚や山羊、鶏もいなくなった。番犬として外で飼った犬もほとんど姿を消し、代わって可愛い猫や犬が座敷に上がった。米麦、養蚕に代わって家の周りを埋めた果樹園では病害虫駆除のための消毒が。ハエなんか住める環境ではない。

 目に見えるハエ。目には見えない消毒の影響。さて、どっちの方が・・・。かみさんや娘が追い回す一匹のハエを見ながら暮らしの変化を思い知らされた。ただ、いっぱいいるハエより、時々紛れ込む一匹のハエの方が確かに気になる。不思議だ。





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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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