ゆく年くる年

 門松


 大晦日からお正月。何事もないように時は流れるのだが、一年中でもこの時が最も新鮮で、心が改まる時期でもある。新しい年を迎えるスタイルは人さまざま。共通しているのは来る年こそはいい年でありますようにと願う気持ちだろう。嫌なことは全て忘れ、新しい年へ心を新たにする。



大石神社

 我が家では家族揃って菩提寺に参り、除夜の鐘を突いた後、近くの神社に初詣をする。大石神社と言って250段近い石段を登ると、その名の通り直径30m以上もある奇岩に囲まれた社がある。無住の神社だから地域の人たちが交代で管理しているのだ。長く、急な石段を登るのが年々きつくなる。若い時とは違う。残念だが、歳は正直に反応するのだ。


   大石神社       
      
 
 NHKは恒例の紅白歌合戦を終えると、流れるように、これまた恒例の番組「ゆく年くる年」に。全国の寺社仏閣を結んで、新年を迎える各地の表情を伝えるのである。テレビから流れる除夜の鐘の音に暮れ行く年を身体に感じながら防寒の身支度をして初詣に出かけるのだ。厳松山信盛院まで車で2~3分。




 参拝者が代わる代わる鐘を突く。寒い。鐘楼前の広場では赤々と大きな焚き火が。未明の夜空には満天の星が光る。いつもと同じようにある空だが、ゆく年くる年の夜空はいつものそれとはなぜか違って見える。焚き火を囲みながら振舞われる甘酒がうまい。寒風にさらされたからだが温まる。「明けましておめでとうございます」。会う人ごとに新年の挨拶を交わし「今年も宜しく・・・」。ほとんどが顔なじみだ。




 除夜の鐘は大晦日から元日に掛けての古くからの慣わし。煩悩を鐘に託して打ち払う。その数は108つ。私達は、面白がってと言ったら不謹慎だが、みんなで思いのままに突いている。しかし、正しくは大晦日のうちに107回を突き、年が明けたら最後の108回目を突くのだそうだ。しかも、そのペース配分も大切で、1回目から大晦日分の107回と新年の108回目までが均一になるのが正式だという。しかも鐘を突く力のバランスも強弱を交互にするのが作法だそうだ。「ゆく年くる年」のテレビに登場する全国の名刹から流れる除夜の鐘は、恐らくそんな作法にのっとっているのだろう。


鐘

 108つ目の鐘が鳴るとお正月。新しい年の始まりだ。一般家庭では少なくなったが、会社、官庁の玄関先にどんと居座る松飾り。「松竹梅」が誰の目にもお正月の到来をいやが上にも印象付ける。言うまでもなく「松竹梅」はおめでたいものの代表格。モノの本によれば、松と竹と梅は「歳寒の三友」と言われ、この三つが一枚の絵に描かれているものを「三友図」という。


松飾り

 さて、この三つの順序。昔から松・竹・梅の順で、これをイレギュラーして言う人はいない。その理由は単なる語呂という説もあれば、最初のは、季節によって葉っぱを落とす竹や梅と違って厳寒にも強く、いつも緑を蓄えるからだという説も。まあ、そんなことはどっちでもいい。お正月は、また旨い酒が飲める。2日は母校(日川高校)の同級会だ。卒業以来、欠かさず開いていて、50回目を迎える。懐かしい友との酒が楽しみだ。




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ラグビーの「花園」

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 その日は一日中、あいにくの雨模様だった。所はラグビーの街・東大阪の花園ラグビー場。全国高等学校ラグビーフットボール大会の開幕日(12月27日)である。メーンスタジアムには全国47都道府県の代表校の選手たちはむろん、応援団がバスを仕立てて続々と詰めかけた。雨空をはねのけるように熱気がムンムン。各県、ほとんどの選手たちは、それぞれの試合日程をも考慮して先発して大阪入りしていた。


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 私たちは山梨県代表・県立日川高等学校の応援団。バス5台を仕立てて乗り込んだ。午前2時半、母校を出発した1号車は、中央自動車道を西へ西へ。途中、何度かのトイレ休憩をはさんで、現地到着は午前9時。6時間半の長旅だ。草津だったか途中のサービスエリア(SA)で行き会った岩手県の応援団は午後7時に現地を出て来たという。それに比べれば、山梨からの私たちが《長旅》などと言うのは、ちょっと憚ったいかも知れない。


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 大会初日の第一試合に組み込まれた日川は、メーンスタジアムの隣・第三球場で正午、キックオフ。対戦相手は滋賀県代表の私立光泉。幸い、それまでの雨は止んだ。赤と黒の横縞ユニホームの日川。濃紺のユニホームの光泉。真正面からぶつかり合った。前半6分、日川はFB岡崎大海のペナルティーゴールで先制したものの、その後はゴール前を再三脅かしながらも加点出来ずに、前半を3対17で折り返し、後半も反則などが起因して光泉に押され気味に終始。結局、ノートライ39失点で惨敗した。




 試合の流れを大きく左右するノックオンなどの反則は、雨によるボールの滑り易さも作用するに違いないが、これはお互いさま。勝敗は《力の差》と認めざるを得ない。体力(体形)差でも日川は光泉に負けていた。光泉の身長は大きく、日川との平均体重は7キロもの差があったという。力と素質。その差を誰もが認めざるを得なかった。でも日川の応援団は総立ちして選手たちに限りない拍手を送り、勝者・光泉に心の籠ったエールを送った。「日川の分まで頑張って勝ち進んで…」。そんな願いだった。




 「ここ聖地・花園でノーサイドの笛が鳴るまで一心不乱に戦い抜くことを誓います」


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 試合に先立つ午前10時からは小雨の中、メーンスタジアムで開会式。大会会長の挨拶や前年度優勝校の優勝杯返還などに続いての選手宣誓である。その主は日川の中沢俊治主将。中沢主将の力強い選手宣誓は雨空を吹き飛ばすようにメーンスタジアムにこだました。

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 スタジアムは、正面スタンドには屋根があるが、向かい側や両サイドは露天。傘を差したり、雨合羽の観衆も。日川は11年連続、46回目の出場。花園の常連校と言ってもいい。




 日川の選手宣誓は、第86回大会以来10年ぶり。中沢主将は、今夏のリオネジャネイロ五輪にも触れ、こんなことも言った。


 「私たちも花園のために、辛く、厳しい練習を乗り越え、準備して来た。それを支えてくれた人々に感謝の気持ちを持って力いっぱいプレイします」


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 高校生らしく爽やかで、力強く、見事な選手宣誓。スタンドからは惜しみない拍手が沸いた。本当に見事だった。母校の選手という贔屓目だけではない。胸が熱くなった。




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節目の人間

ランドセル


  会社や学校には始業時があれば終業時もある。学校の場合、入学式があって卒業式がある。私達の日常生活を時間的に見ても、一日の始まりと終わり、一週間、一ヵ月、一年といった具合に「節目」がある。一年は1月~12月の暦年で言ったり、学校のように4月~3月の年度で言ったりもする。会社は上半期、下半期、さらに細分化して第一四半期、第二四半期といった具合に1年を4分割、売上や業績を整理したり、チェックしたりする。学校の場合も最近では2学期制に移行する所も出ているが、多くは3学期制だ。



 誕生日も節目のひとつ。生きていれば毎年同じ日に誕生日がやってくる。その瞬間にカチっと年齢の時計が廻る。可愛いわが子やお父さん、お母さんの誕生日をささやかなケーキを囲んで祝う家族もあれば、グループで賑やかに祝うケースもある。年老いてくれば、その誕生日が素直に喜べない事だってあるかもしれない。人生の悲哀というか複雑な気分になる事だってあるだろう。 昨夜もたまたま誕生日だった親しい仲間と麻雀をしながらそんな話をした。




 人間が没すれば一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌といった具合に周りの人がそれなりの法要をしてくれる。もちろん、この回忌は1年ごとにあることは言うまでもないし、仏教では七日、七日が基本。いずれにしても人間、生きていようが、没して仏になろうが、それなりの節目を迎え、重ねて行く。風雪に強い竹にも節があり、樹木には年輪がある。人間も自然界も、みんな節目の中で生きているのである。一年や一日の時間は太陽と地球の関係から作り出したものであり、人間はその中に二十四節気なるものをも当てはめた。そのひとつ霜降が過ぎ、立冬,その後には小雪が。
 とてつもなく大きく、黙って何事もないように動いている自然界はともかく、さまざまな節目に対する人間の受け止めよう、接し方はこれまたさまざま。サラリーマンは一週間の仕事の疲れを癒したり、自らや家族とのレジャーのための週末を楽しみにし、子供たちは学業から解放される夏休みや冬休みが楽しいはずだ。




 私のように勤めをリタイアして、いわゆる「毎日が日曜日」の人間にとっては週末なんか関係ない。曜日だって考えなくてもいい。考えるとすれば、曜日で設定してある無尽会や、地域やグループの会合だけ。多くは日時での約束事が多い。生活の中で月末も月始めも、何の意味も持たないのだ。





 私だけかもしれないが、曜日にとどまらず、さまざまな「節目」がだんだん薄らいでいくような気がしてならない。例えば、あと何日かすればやって来る年の瀬やお正月。なんとなく慌しく、やがて迎えるお正月を控えてウキウキする心の持ちようもないし、お正月だって普段とそれ程変わらない。晴れ着姿に着飾った子供たちの羽根突きや正月を寿ぐ獅子舞もどこかに行ってしまった。デパートやスーパーも年中無休だから「初売り」もなくなった。


羽子板


 節目の行事もさることながら、気温の変化も人間の感覚をあいまいにしているかもしれない。地球規模の温暖化は二十四節気の一つ一つまで、そのイメージを微妙に狂わせている。私のようなズボラな人間には気候的にも習慣的にもやっぱり節目が必要だ。





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誕生会と忘年会

料理

 250人くらいがいただろうか。山梨県甲府盆地の東部、御坂山塊の一角にあるゴルフ場のクラブハウス。クマやイノシシ、鹿の料理もあれば飲み物では沖縄の泡盛も。山梨県中小企業中央会の会長職を退いて、今は野にいる方が毎年この時期に開いてくれるパーティーである。自らの誕生会を口実に親しい友を招いての一足早い忘年懇親会だ。昼間は親睦のゴルフをし、パーティーに臨むのだ。私は、腰を痛めてしばらくゴルフをやらないのだが、別のお付き合いから毎年、この催しにお招き頂いている。


花


 ゴルフ場のクラブハウスだからキャパシティーには自ずと限界がある。生い立ちからか経済人が多いが、政治家もいれば、出席者の職種はさまざま。幅広い付き合いの縮図がそこにある。主催者であり、ホスト役でもあるこの人は、冒頭のご挨拶でこんな話をした。





 「私は先頃、82歳の誕生日を迎えた。多くの方々のご協力も頂きながら、食も心を込めてご用意した。存分に楽しんで頂きたい。私は子供の頃から、食べるものは自分ひとりで食べるな、と親から教わった・・・・」



 この人は、言外に分かち合うことの大切さをさらりと話した。もちろん、主催者の挨拶だからそんなことを言うのが狙いではない。が、なぜか「食べるものは自分ひとりで食べるな・・・」という言葉に重い何かを感じた。この人とは歳が一回り以上も違うのだが、私も確かに同じことを親から教えられた。親と言うより大人たちと言った方がいい。ふと自らに置き換えてみた。「俺達は子供達にそんなことを教えただろうか・・・」。


フルーツ


 この時間ならぼつぼつ勤めから帰宅しているはずの娘の顔を思い浮かべた。その世代に今、食べ物を≪分かち合う≫という考えがあるだろうか。飽食の時代と言われる中にあって、分かち合うどころか、食べ物を粗末にすることが平気になった。大人たちも何時しか貧しかった時代を忘れてしまった。そんな事を考えていたら、久しぶりの友がビールグラスを片手に私の前にやって来た。


 「やあ~、ご無沙汰していまして・・・。お元気ですか」



 「あなたが獲ったクマや鹿の肉、ご馳走になっていますよ」




 パーティーは立食形式。主催者が用意してくれた上等の泡盛をストレートで頂きながら話が弾んだ。この人は山梨県の茅が岳山麓に住み、運送業を手広く営む社長さん。狩猟が趣味でその時期には茅が岳や八ヶ岳の山麓一帯で仲間達と鹿やクマ、イノシシなど大物を追う。私は毎年、この人のお相伴に預かって、その獲物に舌鼓を打ちながら旨い酒を飲む。もちろん、この日のパーティーの珍しいご馳走もこの人によるものであることは言うまでもない。


ワイン  


 主催者の人脈は広い。この人のようなハンターもいれば、ワイン会社の社長や酒屋のオヤジもいる。頂いている上等な泡盛も、ご婦人たちが和気合い合いと傾けているワインも、そんな仲間達からの差し入れかも。みんなが言わず語らずに≪分かち合う≫ことを知っている。主催者にとってはむしろ高くつくのは言うまでもないのだが、その分かち合いがみんなの和を作っているように思えた。主催者の隠居は「私は生ある限りこの仲間達とのパーティーは続ける」と挨拶を結んだ。




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クリスマスがやって来る

クリスマス


 一足早いクリスマスの集いが開かれた。山梨ロータリークラブ恒例のクリスマス家族会だ。その帰り道、民家の軒先にはあっちにもこっちにもクリスマスの電飾が。その翌日は市民ホールに陸上自衛隊第一音楽隊がやって来て、クリスマス音楽祭が。よほど鈍感な私でもクリスマスや年の瀬が近いことを否応なく実感させられる。


 


 山梨ロータリークラブのクリスマス家族会は毎年、12月の第二週と決まっている。50人のメンバーはもちろん、家族会だから、そのご夫人方やお孫さんたちも加わって参加者は100人を超す。それに地元の市長、ライオンズクラブや青年会議所(JC)の代表もお招きする。


クリスマス 


 会場はフルーツパーク富士屋ホテル。ホールのステージには大きなクリスマスツリーを飾り、ステージの中央からは放射線状に万国旗が。子供も大人もとんがり帽子、首にはレイを着ける。みんなメンバー達の手作りの演出だ。クラブ管理運営委員長や会長の挨拶、来賓代表である市長のお祝いの言葉などセレモニーに続いて、友好団体のライオンズクラブ会長の音頭取りで乾杯をして宴に。


シャンパン


 乾杯のグラスはもちろんシャンパン。テーブルにはチキンやサンドウイッチなど盛沢山の料理、それに子供たちが喜ぶケーキも。パーン、パーン。子供たちはテーブルに用意したクラッカーを、まるで競うかのように鳴らす。宴はいやが上にも盛り上がっていく。2時間余りの最後は山梨の新民謡「よっちゃばれ踊り」やロータリーソング「手に手つないで」をみんなで踊り、歌ってお開きとなるのだ。もちろん二次会も。近くのカラオケハウスである。調子に乗って飲みすぎたら案の定、二日酔いだ。


ケーキ  



 翌日の自衛隊音楽祭は、市民会館が会場。「花かげホール」と名付けられた市民ホールを使うこともある。「十五夜お月さん一人ぼち 桜吹雪の花かげに・・・」で始まる童謡「花かげ」を作った地元出身の大村主計に因んだ命名だ。500人ぐらいは入るだろう今年の会場・市民会館は超満員。プログラムは二部構成。



 第二部は約50人の奏者が全員サンタクロース姿に装いを変えて再登場。そりすべり、クリスマスキャロル・ファンタジー、クリスマス・トゥデイ、行進曲「雷神」などお馴染みの曲が次々と。もちろん「聖夜」も。みんな拍手喝さい。最後は山梨の民謡「武田節」のサービスも忘れなかった。


 クリスマス2


 この時期、町といわず、田舎といわず、お目見えするのがクリスマスの電飾。ビジネス絡みのイルミネーションはともかく、一般家庭のそれはなぜか微笑ましい。子供たちやお父さん、お母さん、家族ぐるみの飾り付けの様子が伝わってくるからだ。でも、気のせいか、飾り付けはいつもの年より寂しい。不景気がこんな所にも影を落としている。


クリスマス2  

 
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チラシとボーナス

チラシ



 「お父さん、今日の新聞、こんなに沢山、チラシが入っているわよ」


 「そうか?明日はボーナスサンディーだものなあ・・・」


 「みんな、ボーナスが出たんですねえ。でも、うちは関係ないよねえ」


 女房はおろか、私だって女房がポストから持って来た新聞の折込チラシを見るまで世の中がボーナスシーズンを迎えていることなど眼中になかった。年金生活といったらわびしくなるから、そうは言いたくないのだが、そんな生活になってぼつぼつ12年。ボーナスという言葉も頭の中から消えていた。




 いつものことだが、女房は新聞の中身より、そこに折り込まれるチラシの方が興味があるらしい。茶の間に広げて、楽しそうに見ている。家電のチラシもあれば、衣類や食品、おもちゃのチラシもある。三つ折の、どでかいものもある。


チラシ2


 「お父さん、こんなに大きいチラシもあるよ。それにしても、みんな安いわね」


 その後に、こんなこともつぶやいた。


 「それにしても、こんなに安売り競争をしていいのかしらねえ・・・。テレビで言っていたけど、デフレが進んでいるんだよね・・・」




 我が女房にしては、思わぬことを言う。毎朝、新聞の中身より先に丹念にチラシに目を通している女房と違って、私はチラシなんかあまり見たことはない。特別これといって欲しいものがあるわけでもないし、毎日食べる物だって女房任せだから、チラシの中身に関心もなければ、興味もない。あるとすれば、今はまっているパソコンくらいのものだ。



チラシ3



 楽しそうにチラシを見る女房を見て、思わずデジカメを向けたら、普段は物事に敏感ではない女房「お父さん、私なんか写さないでよ。今朝はまだお化粧、していないんだから・・・」。咄嗟にブログのカット写真に使われると思ったのだろう。



 「バカっ。お前を撮るんじゃあないんだよ。チラシだよ。チラシ・・・」



 カメラを向けると咄嗟にポーズをとろうとしたり、何よりもお化粧や身だしなみを考える。女の本能のようなものか。「この歳になっても我が女房、女であることに違いないのか」。内心、おかしくなった。




 チラシからボーナスを連想して、今も現役で頑張っている、かつての職場の後輩達の顔を思い浮かべた。「みんなボーナスもどんどんカットされているんだろうな」。この不況下にあって、どの企業だって業績はよくないはずだ。女房が「沢山・・・」というチラシの量だって、ひと頃と比べれば、格段に少ない。それを折り込んでいる新聞自体だって、そう言ってはクライアントに失礼だが、ろくな広告は入っていない。新聞社も自社広告で穴埋めしている。この二つを見ただけでも経済界や友のボーナスの中身まで透けて見える。




 私達が現役を退いた時もバブルがはじけて不況のトンネルに入っていた。でも地方への波及は遅く、ボーナスもそこそこもらえた。しかし、今は何時抜けるかも分からない真っ暗なトンネルの中。正直言って現役の後輩達に同情したくなる。ここは我慢しかないよ。




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醤油の味

醤油
画像:ヤマサ醤油

 「珍しい苗字ですね。どちらのご出身?」



 九州の大分です。元々は岐阜県の郡上八幡。その昔、先祖は稲葉一徹の国替えに従って移り住んだようです」



 「へえ~、そうなんですか。では、世が世だったら・・・」



 「いや、いや。下っ端の家臣だったんでしょう」


 石和温泉郷のリハビリテーション病院で、ムチウチ症のマッサージ・PT(理学療法)治療を受けながら、療法士の先生と、たわいもない会話を交わした。電流も含めたハリ治療は約1時間。首の牽引が10分。PT治療が30分。週に一度のハリを除いて、こちらは2日から3日置きに受けている。首を吊られている牽引の時は話をするすべもないが、それ以外はたわいもない話をするのだ。年恰好から見れば50歳代後半とお見受けした。




 大分と言えば別府温泉のある所ですねえ」



 「私の所は、そことは少し離れていて、ちょっとした醤油の産地として九州では知られた所です。関東の人達には馴染みがないと思いますが、私なんか、こちらの醤油は、どうしても馴染まないんです。味も風味も全く違うからです。山梨に来てもう7年になりますが、醤油だけは今でも大分から取り寄せています。家の女房は栃木県宇都宮。関東の出身です。その女房も同じことを言うのですから、やっぱり歴然と違うのでしょう」

かつおしょうゆ       花嫁      ゴールデン紫      
画像:大分フンドーキン醤油さんから


 「へえ~、同じ醤油でも所変われば、そんなに違うんですかねえ」



 「ある時、関東の大きなメーカーが大分への進出を図ったのですが、失敗に終わりました。人間、長い間慣れ親しんだ味と言うものは、簡単には代えられないんでしょうね。ひとつ大分の舌と言うより九州の舌と言ってもいいかも知れません」



 この理学療法士さんは、こんな話もしてくれた。


 「私は学生時代、関東で寮生活をしました。当然のことながら、そこには全国から学生が集まりますよねえ。そこで何とも驚いたのはです。お正月に食べるアレです。出てくるのは四角というか、長方形の切り餅でした。私達の九州では餅といえば、みんな丸いんです。お正月に飾るお供えの一番上にあるようなアレです。みんなで焼いて食べる時、角切りされた平べったい切り餅がプ~っと膨らむのを見て、不思議でなりませんでした」


四角餅


 逆に私達、関東の人間からすれば、丸い餅など信じられないし、ましてや、その焼き餅がプ~っと膨らむことを想像しただけでも滑稽でしかない。所変われば品変わる。風俗も習慣も、また細かく見れば、日常でさりげなく接している、さまざまなものの形や、人間が味覚として感ずる舌も違うのだ。


丸餅


 醤油ばかりではない。食の味付けひとつとっても関東と関西は、まるで違うと言う。その境はどこなのだろう。わずか一日とはいえ、時の政権を賭けて東西両軍が激しく戦った、あの「天下分け目」の関が原の合戦。その舞台・岐阜県に近い名古屋あたりと言う人もいる。狭い日本。でも、やっぱり広い。




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別れと火葬炉の扉

 残念なことだが、人間、出会いがあれば、その一方で必ず別れがある。それが親や兄弟、親しい友だって同じ。人間が背負わされた宿命なのである。


葬儀


 つい先頃のことだが、菩提寺の和尚が逝った。享年78歳。晩年、病床にあったとはいえ、ちょっと早い旅立ちだった。このお寺さんとは浅からぬ関係だったから、総代さんらと共に旅立ちの全ての儀式に立ち合った




 お寺さんの場合、それが宗門の本山であれ、末寺であれ、住職の座に就く時には在家、つまり一般家庭を「宿」として、改めて「山」(寺)に入るのである。この儀式を入山(晋山)式といい、その「宿」をこの辺りでは「親」と言っている。我が家は代々、その「親」を務めている。浅からぬ関係とは、そのことだ。




 お寺さんだから葬儀はお家芸。とは言っても実際の舞台回しをするのは檀家や組の人達。つまり一般の人達だ。どんな葬儀もそうだが、結婚式などお祝い事と違って突然やって来る。準備期間もなければ、心の準備もない。みんなバタバタするのが常。でも蛇の道は蛇。お寺さんの葬儀のノウハウを持つ葬儀屋さんと言うのがあるのだそうで、そのスタッフが、いわゆる≪おくりびと≫の役割をこなすのである。


納棺



 もちろん、葬儀の一切は自分のお寺。一般には、山梨でも片田舎に至るまで、斎場が整備されたから、葬儀の全てを、その斎場と葬儀屋さんにお任せすればいい。このシステムになって久しい。葬儀の仕方は、かつての自宅葬の場合と大きく様変わりした。




 菩提寺の和尚の一連の葬儀に立ち合って、お葬式の原点を省みたような気がした。ご遺体が≪おくりびと≫の介添えを得ながら庫裏の座敷に集まった親族の手で棺に収まるまでは一般と同じ。そこから先の儀式は全て本堂が舞台。そこで読経する僧侶の数も一般とは格段に違う。厳かに粛々と行なわれていくのである。このお寺さんは曹洞宗の末寺で、400前後の檀家を持つ。先代は神奈川県鶴見にある総本山・総持寺のナンバー3、ナンバー2を務めた。


葬儀2


 ただ棺は、一度は外に出なければならない。荼毘にふすためだ。霊柩車に乗って境内を出、火葬場でお骨となって再び寺に戻るまでは一般の仏さんと同じ。集骨、骨上げと呼び、箸を使ってのいわゆる≪箸渡し≫をする。これが仏教のやり方なのだ。


箸渡し


 人間、それが肉親、知人を問わず、死に直面した時、誰しもが言い知れない寂しさに襲われる。その節目は死というものに遭遇した瞬間から始まって、棺に納める納棺の時、仏が霊柩車で自宅を離れる時、そして火葬場の炉に収まる瞬間だ。感情を押さえ切れずに棺にしがみ付いて泣く人たちも多い。誰だって別れたくはない。




 でも人間とは不思議なもの。火葬炉の厚い扉が閉まった途端、なぜか諦めにも似た気持ちになるのだ。自分もそうだが、ましてや集骨、骨上げになって泣いている人はまずない。人との別れの最後は火葬炉の扉かもしれない。




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トンマなムチウチ男と池の鯉

錦鯉 


 がこんなに不細工で、グロテスクな魚とは思わなかった。「お前、藪から棒に何言ってるんだ」と言われるかもしれないが、両側に距離を置いたツボのような目と、その下に、これもまた奇妙な形の二つの鼻。口はもっとグロテスク。大きいばかりではなく、よくもこれまで唇が伸びるものだと思うほど。前に突き出してパクパクやるのだ。その両側には、こともあろうに鰌(どじょう)ひげのような品のない髭をつけている。赤、白、黒・・・。綺麗に着飾った錦鯉でさえ、しかりだ。陸(おか)で見ていると結構、面白い。




 「お前は、そんなのんびりしたことを言っていられていいね」。確かにそうだ。でも年金生活になった暇人だからというわけでもない。ムチウチ症のリハビリ治療のひとつPT(理学療法)や首の牽引を終えて、次のメニューOT(作業療法)を待つ間、病棟の中庭の一角に設けられた大きな池の傍にあるベンチに腰掛けて、ボ~っと、池の中を眺めていた


庭


 真鯉もいれば、緋鯉もいる。もちろん、赤や白、黄色、黒と見事な模様をつけた錦鯉も。小さいのもいれば、でっかいのもいるが、大きさはそれ程変わらない。当然のことながら、ここに来るのは障害や疾患を持つ人ばかり。私のように首が痛かったり、足を引きずった人や車椅子の人。そんな患者達の心の内を知ってか知らずか、池の鯉は悠然と泳いでいる。




 さすがに私のようなメタボな鯉はいない。総じてスマートだ。胴が太く、どっしりした黒い真鯉やメタリックがかったドイツ鯉は、一匹だけ見詰めれば、海深く航行する潜水艦のよう。数ある船の中で、ただ一つ海底を行く潜水艦が、魚を真似して造られたのだから仕方がない。その泳ぎっぷりは迫力さえある。




 鯉は顔つきが不細工ばかりではない。顔はみんな同じだと思っていたら、全くの十匹十色。でも自分の顔が入ってしまうようなでっかい口でパクパクする仕草はみんな同じだ。「お前だけは、もっと品良くしろよ」。綺麗な錦鯉だってそうなのだ。

 
鯉



 「恋」は優しい。しかし、一方のこの「鯉」はどう猛なのだろうか。そのでっかい口で、何でもかんでもパクパク飲み込む。虫であろうが、舞い落ちる木の葉であろうが、手当たり次第に口に入れるのである。一旦はみんな口に入れ、また吐き出す。しっかりしたもので、虫やパン屑など餌になるものは見逃さない。木の葉など自分に必要のないものは、何事もなかったように水中に戻すのだ。もちろん、錦鯉だって同じことをやっている。




 石和温泉郷にあるこのリハビリテーション病院と目と鼻の先には錦鯉の養殖場もある。 この辺りは、その名の通り温泉地だから、錦鯉の養殖には適しているのだろう。鯉は産地の新潟県から来るのだが、いくつかの養殖屋さんはファンなら知る人ぞ知っている。付近を流れる平等川など小川には真鯉や緋鯉に混じって錦鯉もいっぱい泳いでいる。養殖にしても、自然の小川にしても、水が温かいから魚にも天国なのだろう。


錦鯉センター


 入れ替わり立ち代りやって来る患者達を今日も明日も平然と見ている池の鯉。帰りがけに前庭の駐車場を見たら半分以上が県外ナンバーだった。埼玉、東京、神奈川・・・。地元山梨に住みながら知らなかった石和の温泉リハビリの広域性を再認識させられた。




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患者の欲

風景


 これまでの人生で、私達は、しばしば、こんなことを言われたり、自らも言ったりもして来た。


 「お前、素直じゃあねえな。もっと自分に正直になれよ」


 この「素直になる」「正直になれ」という言葉。文字通りの意味にとどまらず、「反抗」とか「文句」のような意味合いの態度をやめるよう促したり、また戒めたりする時にも広く使われる。子供の頃は親や先生から言われ、大人になった今、我が子や職場の後輩に言ったりするのだ。

子供


 素直でなくてはいけない子供の頃、親にすねてみたり、反抗もした。学校で先生の言うことを聴かず、逆らったりもした。もっと素直になって親や先生の言うことを聴いて勉強したり、努力をしていたら、少しは違った人生があっただろうに、と思うのだが、今となっては後の祭り。そんな自分が子供たちや職場の後輩に向かって「素直にやれ」とか「真面目にやれ」などと、たいそうごもっともに大口を叩いているのだから世話はない。


 


 こんな悪餓鬼や大人が、素直になれる相手がいる。医者だ。言うまでもなく、医者と向き合う時は、少なからず病や疾患を持っている。それが重症であればあるほど素直になれるのだ。指示された処方に従って薬も飲めば、決められた時間に病院にも通う。酒を控えろ、タバコをやめろ、と言われれば、それにも従う。言ってみれば言うなりだ。


先生


 世の中に「先生」と呼ばれる職業の人達はいっぱいいる。学校の先生もいれば、政治家の先生もいる。芸術家や研究者、料理の講習をする人や、話の講演をする人達にも「先生」をつける。しかし、医者を除いて、それに向き合う人達は、心のどこかで疑念を抱いたり、反発もするのだ。学校の先生に対する悪ガキ達もそのひとりだろう。先生だって、そんな子供たちに手こずるのである。


男の子


 患者と医者は弱者と強者の関係。つまり、助けられる者と助ける者の関係だ。患者側から見れば、「何とか病や患部を治してもらいたい、助けてもらいたい」。そう思う。自分も、つい最近までムチウチ症が原因の激痛を経験したが、辛ければ、辛いほどその一心になる。反発したり、ましてや邪念なんか入り込む余地はない。



病院



 弱者と強者。患者と医者と同じように、その例えは適切ではないかもしれないが、学校の児童・生徒と先生も同様だろう。これも当然だが、児童、生徒は教えてもらう立場だし、対して先生は、上から教える立場。経験を伴う年齢も違う。医者と教師。同じ先生でも相手の立場が全く違う。一方が障害を持つ、いわゆる病人であるのに対し、片っ方は、子供と言えども健常者。待てよ。医者に対する「素直さ」、よく考えたら患者の「欲」かも・・。




 人間、60歳も半ばを過ぎると、親や親戚、知人など多くの人達の死と直面する。その顔は、みんながみんな穏やかで、本当に素直な顔をしている人間が欲とか邪念を全て捨て去った時の姿なのだろう。私のような凡人には本当の意味での「素直さ」を身に付けるのは、そんな時でしかないのだろうか。




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喪中の挨拶状

喪中


 「お父さん、○○さんのお母さんがお亡くなりになったんだそうですよ。今からでも、ご挨拶にお伺いしなきゃあ・・・」



 女房がポストに届いた「喪中」の挨拶状を私の手元に持ってくる。



 「喪中につき年末年始のご挨拶をご遠慮申し上げます」



 文面はみんな同じだが、こんな挨拶状が11月に入れば毎日のように届く。もちろん、ほとんどが葬儀・告別式に弔問しているので心当たりがあるのだが、中には、この挨拶状で初めてご不幸を知ることもある。特に友の奥さんのご実家のご不幸の場合、知らせがなければ知る由もない。そんな時、早々に文(ふみ)をお送りしたり、お悔やみに駆けつけたりする。この場合、決まり文句のような言い訳を伴うのだ。「知らないこととはいえ・・・」。



喪中2



 この挨拶状は文言の通り、喪中であることを知らせ、予め年賀状など新年の挨拶をしないことを伝えるのだ。≪ブク≫を被らせてはいけない、という配慮からである。その習慣がどこにもあるかどうかは分からないが、ここ山梨ではある意味で年末を控えての風物詩でもある。人々が年賀状を書き始める前に発送することは言うまでもない。




 毎年、年賀状を交換している親戚、友人、知人など親しい人達を対象にする人もいれば、葬儀・告別式への参列者全員に出す場合もある。昨年の年賀状の控えではなく、香典帳を基にした、いわゆる儀礼的な発送だ。その場合、かなりの枚数になるから、作業も大変。時期が制約されているので、年賀状のように明日、明日と先送りは出来ない。




風景



 「あの人も・・」「この人も・・」。今年はお葬式が多かった。少なくても10件や20件ではない。年々その数が多くなるような気がする。このお葬式にお伺いする数は、人それぞれの交友関係のバロメーター。一般とは少々性格を異にするが、政治家は大変だなあ、と思ったことがある。「私なんか少ない方」と言う、ある県議会議員の場合、その数は350件を超すと言う。平均すれば、毎日、1件の割合でお葬式を廻っていることになる。




 法律で政治家の寄付行為は禁止されているとはいえ、お葬式の香典は古くからの慣行であるばかりか、相互扶助的な意味合いもある。手ぶらで弔問するわけにもいくまい。大きなお世話かもしれないが、その経費だけでも大変だろう。大政治家ならいざ知らず、県議会議員や市議会議員など、献金のような政治資金がほとんどない地方政治家の場合、頭が痛いはず。全く大きなお世話。選挙のためだから仕方がないか・・。



富士



 喪中の挨拶状が一段落する頃になると師走。一年が経つのがなんと早いことか。仕事に追われ、毎日を慌しく過ごしていた現役時代の方が一年が長かったような気がする。今年の幹事さんは手回しがいい。とっくに新年会(クラス会)の案内状が舞い込んだ。窓越しに見える富士山も下界に降る一雨ごとに雪化粧を厚くする。庭の柿の木も日に日に葉っぱを薄くしている。地面に落ちた枯葉がカラコロと音を立てて転がる。こうしてパソコンを叩く足元も冷たくなった。師走になると時間の経つペースはどんどん速くなる。一日送りにしていた年賀状だって書かなければならない





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ワインとお酒

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 焼酎やウイスキーは普段、あまり飲まないから、よくは分からないが、お酒やワインには甘口と辛口がある。私はお酒でもワインでも辛口派。いつもお酒を買ってきてくれる女房も、それを知っているので、我が家のお酒はみんな辛口ばかりだ。そのことは親しい知人も知っているから、いただくのも辛口。




 女房の学生時代の友達だが、今では家族ぐるみのお付き合いをさせていただいているお一人に広島のOさんご一家が。数年前、その広島を訪ねた折、ご馳走になったお酒を「これは美味しいお酒ですねえ」と言ったのがきっかけで、毎年、旬になると、そのお酒を送ってくれる。銘柄は「賀茂泉」。辛口の本当にうまいお酒なのだ。



賀茂泉



 私は毎晩、晩酌をする。酒量は加齢とともに減ってはいるものの1年365日、お酒を飲まない日はない。「たまには休肝日を作ったら…」。女房からは何時もそういわれる。その通りだ。頭では分かっていても癖とは恐ろしいもの。「人の世話を焼くな」。自らの気持ちと裏腹に、女房に言わないでもいい悪態を言ってしまうのである。




 酒は常温で飲むに限る。特にうまい酒を堪能するには、お燗をしたらダメだと思っている。「健康のためにはお燗をした方がいい」。それが正しいのだろうが、なぜかこだわり続けている。お燗の効用は、体を冷やさないことや一定のアルコールを飛ばすことにあるという。


酒



 これに対してワインは冷やしていただく。ビールほどではないにしても生ぬるかったら興ざめだ。飲み方ではないが高校時代の同級生でワインメーカーの社長をしている男がこんなことを言ったことがある。そのメーカーは勝沼にあるダイアモンド酒造という。




 「お酒はほとんどが水。オレ達が作っているワインは100%果汁。我々は“水”を売ってはいないんだよ」

ワイン4_convert_20121120095658


 確かにうまい酒造りの生命線は良質の水。これに対してうまいワイン作りは原料葡萄の善し悪しに掛かっているのである。今年はその原料葡萄が記録的と言ってもいい豊作の年。甘口、辛口の選択はさておき、ワイン党には笑いが止まらない。2012年物、ワイン通の皆さんは頭の片隅にとどめておいた方がいい。原料がいい年のワインがうまいに決まっているのだ。



ワイン6_convert_20121120100012



 甲府盆地の東部。この一帯は早くから果樹、とりわけ葡萄の先進地であった。その原点は甲州種。古くは古代オリエントで生まれ、シルクロードを経て遣唐使が伝えたと言われている。我が国のワインの代表的な原料葡萄なのだ。欧州系葡萄の変種といってもいい。そこから起源して山梨の葡萄作りは、どんどん進化。その品種はフランスなど欧州系を中心に多様化し、私たち地元の人間ですら知らない品種がいっぱい。




 甲州種は山梨の葡萄作りの原点であった。ところが今、巨峰やピオーネなど大房系の葡萄が席巻、更に新しい品種の葡萄が進出して、甲州種の影は萎む一方。今や生食用の座から引きずり下ろされ、ワインの原料に。私は少なくとも葡萄を知る地元の人間。こんなうまい葡萄はないと思っている。しかし果肉が柔らかいため種を抜くことが出来ない。なぜか葡萄に種がないことが当たり前と思っている?消費者に嫌われてしまったのが致命傷なのだ。



甲州葡萄_convert_20121120100253
甲州葡萄


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トイレと新聞

 「また、そんな所で新聞を読んでぇー。いい加減にしてくださいよ」
私の一日は、女房から叱られることから始まる。私が朝一番で見る新聞はトイレの中と決まっている。「なんてお行儀の悪い」。皆さん方もお笑いになるだろう。場所が場所だから女房が嫌がるのも無理はない。私だって、そんなことがいい事でないことぐらい十分に分かっている。


トイレ2



 しかし、これが止められないのである。元々は、出勤前の慌しさの中での時間稼ぎの意味があった。朝のトイレと新聞に一通り目を通す作業を一辺にやってしまおうというものだ。寝坊なサラリーマンがお出でになるとしたら、その辺の気持ちは分かって頂けるだろう。朝の時間は一分だって惜しい。学校に通う子ども達だって同じだ。私の場合、当時、新聞社に勤めていたから、新聞に目も通さずに出勤とはいかなかった。





 実は、これをやってみると、堪(こた)えられないのである。朝の慌しさの中でもやけに落ち着くのだ。甲府に住んでいる時分だが、新聞を読みながら「この空間をもっと居心地のいい所に出来ないものか」と思いを巡らせたこともある。勤めを辞め、山梨市の田舎に戻るのを機会に実家のリフォームを決意した時、大工さんに注文を付けたいくつかの項目のうちの一つが、このトイレだ。




 機能もさることながら、ゆったりしたスペースをとることだった。ただこの注文がトイレの側面の裏側に設けたクローゼットにしわ寄せして、使いにくいものになってしまったのだが、それはそれでしょうがない。クローゼットの奥行きが半分になった分、トイレが広くなった訳で、新聞を開いても差し障りがないし、第一圧迫感がないから心地いい。


トイレ



 「新聞~」と、トイレの中から声を掛けると、女房はいつものようにブツブツ言いながら新聞受けから持ってくるのである。そんな自分が後ろめたくもあるが、今日もそれを繰り返している。こんなことをしているのは私だけだと思ったら、他にもいた。いつもマージャン遊びでお世話になる仲間の家のトイレをお借りしたら、週刊誌などの雑誌と一緒に新聞が小さな台の上に重ねてあった。




 ちょっと前のことになるが、ある心理学者が書いた本を読んでいたら、人間が心理的に最も落ち着く空間としてトイレを挙げていた。その時「俺も普通の人間だよなあー」と、妙にうなずいたものだ。トイレは自分が入っていれば絶対に人がはいってくることはない。テレビの音など外部の雑音も入ってこない。自分だけの空間なのだ。「お父さんのポーズは考える人、だね」。嫌な顔をしながら新聞を持ってくる女房が言うように、考え事をするにもうってつけである。





 我が家のような田舎家の場合、およそ個室などとは縁遠い。ふすまや帯戸一枚で仕切られた部屋がいくつも並んでいるだけ。娘達が嫌がるのも無理はない。居間やキッチン、それに書斎、寝室をオープン形式にして結構使い易くリフォームしたのだが、個室はない。老後も考え、トイレの位置やバスも近場にまとめた。女房と二人だから個室のようなものだ。




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飛行機雲

 今日は天気がいい。久しぶりに秋の青空が戻ってきた。畑仕事の手を休め、額の汗を首に掛けた手拭で拭いながら空を眺めると、一筋の飛行機雲が。その後からも、また一機。フランスやドイツなどヨーロッパに向かうのだろう。高度は、恐らく10,000mから12,000m。ゆっくりに見えるが、時速では800㌔以上で飛んでいるのである。


飛行機雲


 「高度や速度まで、よく分かるかって?」。外国旅行をする時、座席の正面の大型スクリーンに映し出される安定飛行の高度や速度は、いつもそのくらいだからだ。高度や速度はともかく、真っ直ぐに東の空から西の空へと伸びる飛行機雲がまだ消えないうちに、次の飛行機雲が追っかけてくる。



 山梨の上空は外国、特にヨーロッパ航路の通り道。成田空港から飛び立って、しばらくすると、スチュワーデス、いや今は客室乗務員とか客室アテンダントと言うのだそうだが「左側をご覧ください。富士山が・・・」と、機内アナウンスをする。そのあたりが今の飛行機雲のあたりなのだ。


富士山と雲



 我が家から見上げると、南側の上空の時もあれば、北側もある。大まかに、その上空を飛んでいることになる。陽が西の山に沈んで、夜空に変わると、飛行機雲は回転灯に変わる。チカチカと光る赤い光の玉がゆっくりと東の空から西の空へと消えていく。目の錯覚だろうか、スピードは昼間の飛行機雲より遅いような気がする。


飛行機


 夜8時、9時を過ぎると、その間隔はグーンと広くなる。昼間の1分、2分間隔の飛行機雲と打って変わって、まばらになり、やがて星空だけになる。それぞれの便の到着時間との関係もあるのだろうが、その大きな理由は空港周辺住民との関係、つまり、騒音問題に起因している。成田空港の出国ロビーもこの頃になると閑散とし始める。




 昭和52年か、53年だったと思う。成田空港が開港する直前に、そこを見せて頂いた時、係官が控えめながらも、その辺の事情を説明していたものだ。事実、この空港を造る時の周辺住民の反対運動はものすごかった。騒音に対する地元住民の反対運動にとどまらず、国家プロジェクトに対する左翼系闘士の反対運動も加わって、いわゆる成田闘争が長く繰り広げられたのである。左翼系闘士はその後分散、一部は山梨県の北冨士演習場・梨が原で今も活動している。




 ちょっと肩苦しくなった。飛行機雲に戻る。先ほど「一筋の」と書いたが、遠くからだから一本に見えるが、実は飛行機雲は二本。当たり前だが、ジェット機はジェット噴射で飛ぶ。そのジェット噴射で、周りの水分が気化して、あの飛行機雲が出来るのだ。お恥ずかしいが、この原理は、先頃、航空自衛隊浜松基地で、ブルーインパルスのアクロバット飛行を見せて頂いた時のアナウンスで知った。


ブルーインパルス


 大空をキャンパスにブルーインパルスが描くアクロバットの曲線ジェット口の脇に取り付けたノズルから色のついたオイルを流すと、それがジェット噴射で気化して、あのカラフルな飛行機雲になるのだそうだ。「そんな事、みんな知っているって?」。そうだよね。





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柿の当たり年

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 人間とは勝手なものだとつくづく思う。ついこの間まで「暑い、暑い」と言って閉口していた人間が、今度は「寒い、寒い」である。それだけなら、まだいい。「やっぱり暑い方がいいよなあ」という。「オレ、風邪に弱いんだよ。風邪を引かないだけでもいい。やっぱり夏の方が…」。いいかげんな私なんか憚る事なく、そんなことを言ってしまう。
 



 今年の秋は短かった。夏の猛暑、残暑がいつまでも尾を引いたためだ。「暑いですねえ」。そんな言葉がつい先頃までの挨拶言葉であった。それが、わずか2ヶ月あまりで、一転。「寒いですねえ」。甲府盆地では空っ風が吹き始めた。その間には確かに“秋”もあった。何時ものように木々は紅葉し、もみじを装った。


紅葉



 しかし、それもつかの間。赤く染まった木々はどんどん葉を落とし、あられもない格好に。ただ、実を付けている果実はしっかりと存在感を保っている。柿や林檎。その柿や林檎を野鳥は黙って見ていない。熟れた果実を虎視眈々と狙っているのである。


柿1



 狙われる側もしたたか。裸になった木に橙色の実をさらすは品種によって、しっかりと“渋“を蓄え、鳥たちの餌食にならない。「甲州百目」や「はちや」という品種。主には枯露柿に用いられる品種だが、これもむろん、熟れれば渋が抜ける。ただ、熟れて“ずくし”になってしまったら枯露柿の用を足さなくなる。つまり、鳥の攻撃を受ける前に収穫されてしまうのである。




 今年は、その柿が当たり年。枯露柿用の「甲州百目」や「はちや」ばかりでなく、生食用の「富有」や「大秋」、「御所」など全ての柿が大当たり。だから柿という柿は、だぶつき気味。収穫されないまま木の上で“野ざらし”になっている柿もいっぱいだ。柿だけでなく全ての果物に言えること。生らせ過ぎると実は小粒になる。勢い、商品価値を落とす。



枯露柿



 どうやら今年は、鳥たちにとって餌には事欠かない。「ワッハッハ、ワッハッハ」の年なのである。人々は、ただでも全ての柿を採ってしまうようなことはしない。「守り柿」とか「木守柿」と言って木に何個かの実を残す。収穫への感謝であり、自然への感謝。そればかりではない。鳥たちへの人間達の思いやりなのである。




 柿は“年成り”をするという。当たり年の翌年は「違い年」と言って、少量の実しか付けない。この現象、単なる反動ではない。前年、生らせ過ぎのせいで勢力が衰えて実を付けない、と言うだけではない。




 柿や林檎は小枝の先端に実を着ける。収穫の時、その小枝ごと取ってしまうので、豊作の時ほど、“生り芽”を少なくしてしまうのだ。脚立などを使って手で取れる木はいい。大きな木の場合、竹竿の先をハサミのようにして枝ごと折ってしまうので、必然的に“生り芽“が少なくなると言うわけ。


枯露柿



 特に枯露柿用の柿は紐で吊して天日干しをするため、紐にかける部分の小枝が必要になるのだ。柿の剪定は、葡萄などのそれと違う。私は子どもの頃、それを知らずに見よう見真似の剪定をして笑われたことがある。(次回に続く)




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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